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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-20
(45)【発行日】2022-02-03
(54)【発明の名称】β-NMN高含有酵母エキス
(51)【国際特許分類】
   C12N 9/12 20060101AFI20220127BHJP
   C12N 9/16 20060101ALI20220127BHJP
   C12P 19/30 20060101ALI20220127BHJP
   A23L 31/15 20160101ALN20220127BHJP
   C12R 1/845 20060101ALN20220127BHJP
【FI】
C12N9/12
C12N9/16 B
C12P19/30
A23L31/15
C12R1:845
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2018518359
(86)(22)【出願日】2017-05-18
(86)【国際出願番号】 JP2017018709
(87)【国際公開番号】W WO2017200050
(87)【国際公開日】2017-11-23
【審査請求日】2020-05-13
(31)【優先権主張番号】P 2016100151
(32)【優先日】2016-05-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519127797
【氏名又は名称】三菱商事ライフサイエンス株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100160978
【弁理士】
【氏名又は名称】榎本 政彦
(72)【発明者】
【氏名】深水 祐一郎
(72)【発明者】
【氏名】田崎 一成
(72)【発明者】
【氏名】立山 亮治
【審査官】戸来 幸男
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/069860(WO,A1)
【文献】特開平08-056611(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 31/00-31/15
C12N 9/00-9/99
C12N 1/00-1/38
FSTA/CAplus/AGRICOLA/BIOSIS/
MEDLINE/EMBASE(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
Google
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
次の理化学的性質を有する酵素。
(1)作用:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドをニコチンアミドモノヌクレオチド
に加水分解する。
(2)至適pH:pH4.5~6.0。
(3)至適温度:45℃~60℃。
(4)由来:Rhizopus 属に属する微生物
【請求項2】
請求項1の酵素により、ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドをニコチンアミドモノヌクレオチドに加水分解する工程を含むニコチンアミドモノヌクレオチドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、Candida utilisを培養して得られた抽出液にRhizopus oryzae等のRhizopus属から調製した粗酵素を作用させる工程を含む、食品規格の長寿遺伝子 (サ-チュイン)を活性化させる分子 (サ-チュインアクティベ-タ-)である「β-Nicotinamide mononucleotide (β-NMN)」を高含有した酵母エキスの製造法を提供する。
【背景技術】
【0002】
β-Nicotinamide mononucleotide(β-NMN)は、生体内のde novo経路やSalvage経路の代謝物質であるβ-Nicotinamide adenine dinucleotide(NAD)の中間代謝物質である (特許文献1~4、非特許文献1)。β-NMNは、生体に投与することによりNADの生合成を直接に誘導、組織中のNAD濃度を向上させることが出来る (非特許文献2)。サ-チュイン遺伝子がコ-ドしているタンパク質にはヒトでは、SIRT1を中心にSIRT2、SIRT3、SIRT4、SIRT5、SIRT6、SIRT7のタンパク質ファミリ-の存在が確認されている (非特許文献1)。これらサ-チュインファミリ-は、NAD依存性脱アセチル化酵素であり、NADを基質に活性化され、幅広い抗老化作用を発現させる (非特許文献1)。このように、サ-チュインアクティベ-タ-であるβ-NMNが関わる機能として、「糖代謝異常の改善 (非特許文献2)」、「サ-カディアンリズムへの関与 (非特許文献3)4)」、「老化ミトコンドリアの機能改善 (非特許文献5)」、「虚血再灌流からの心臓の保護 (非特許文献6)」、「老化による神経幹細胞の減少の抑制 (非特許文献7)」、「エピジェネティク制御機構によりClaudin-1の発現を抑制し、糖尿病性腎症のアルブミン尿の低下 (非特許文献8)」、「プログラム細胞死の制御 (非特許文献9)」、「パ-キンソン病の改善 (非特許文献10)」、「老化による酸化ストレスや血管機能障害の回復 (非特許文献11)」などが報告されている。このように、細胞または組織、器官レベルの老化が関与する数多くのネガティブな生体現象は、β-NMNの投与によってNADの生合成を高め、SIRT1を中心としたサ-チュインファミリ-の活性化によって、回復、予防が期待できる。このことにより、個体の老化を総合的に遅らせ、最終的には延命 (長寿)に繋がることが期待できる。
【0003】
また、酵母は各種食品等に使用されており、トルラ酵母(Candida utilis)はアメリカ食品医薬品局 (FAD)より高い栄養機能性と食経験からの安全性が評価されている食用酵母である。このことより、長年にわたって医薬品やサプリメント、調味料などに有効活用されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開WO2014/146044
【文献】中国特許公報登録第101601679 B
【文献】米国特許公開第2011-0123510 A1
【文献】米国特許登録第7737158号
【非特許文献】
【0005】
【文献】Liana, R Stein . et al. The dynamic regulation of NADmetabolism in mitochondria. Trends in Endocrinology and Metabolism. 2012, Vol. 23, No. 9
【文献】J, Yoshino . et al. Nicotinamide Mononucleotide, a Key NAD+ Intermediate, Treats the Pathophysiology of Diet- and Age-Induced Diabetes in Mice . Cell Metab. 2011, 14(4), P. 528-536.
【文献】Clara Bien Peek1 . et al. Circadian Clock NAD+ Cycle Drives Mitochondrial Oxidative Metabolism in Mice . Science. 2013, 342(6158), 1243417.
【文献】Ramsey, KM . et al. Circadian clock feedback cycle through NAMPT-mediated NAD+ biosynthesis . Science. 2009, 324(5927), P. 651-654.
【文献】Ana, P. Gomes . et al. Declining NAD+ Induces a Pseudohypoxic State Disrupting Nuclear-Mitochondrial Communication during Aging . Cell. 2013, 155(7), P. 1624-1638.
【文献】T, Yamamoto . et al. Nicotinamide mononucleotide, an intermediate of NAD+ synthesis, protects the heart from ischemia and reperfusion . PLoS One. 2014, 9(6), e98972.
【文献】Liana, R Stein . et al. Specific ablation of Nampt in adult neural stem cells recapitulates their functional defects during aging . EMBO J. 2014, 33(12), P. 1321-1340
【文献】K, Hasegawa . et al. Renal tubular Sirt1 attenuates diabetic albuminuria by epigenetically suppressing Claudin-1 overexpression in podocytes . Nat Med. 2013, 19(11), P. 1496-1504
【文献】Nicolas Preyat. et al. Complex role of nicotinamide adenine dinucleotide in the regulation of programmed cell death pathways . Biochem Pharmacology. 2015, S0006-2952(15)
【文献】Lei lu . et al. Nicotinamide mononucleotide improves energy activity and survival rate in an in vitro model of Parkinson’s disease . Exp Ther Med. 2014, 8(3), P. 943-950.
【文献】Natalie E.de Picciotto . et al. Nicotinamide mononucleotide supplementation reverses vascular dysfunction and oxidative stress with aging in mice. Aging cell. 2016, 15, P. 522-530.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現在、β-NMNは研究用途のみの販売で、食品規格のものは販売されていない。よって、食経験のある酵母からβ-NMNを含有した酵母エキスを得ること、酵母由来のβ-NMNを高含有化させた組成物を得ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者は、酵母から酵母エキスを抽出し、Rhizopus oryzaeなどのRhizopus属に属する微生物から得られた酵素又は粗酵素で、最適化(温度45~60℃、pH4.5~6.0)した酵素反応を行うことで、β-NMNを高含有化させた酵母エキスを得られることを見出し、本発明を完成させた。
【0008】
具体的には、以下のような発明である。
(1)β‐ニコチンアミドモノヌクレオチドを乾燥固形分あたり2.0%(w/v)以上含有するβ‐ニコチンアミドモノヌクレオチド高含有酵母エキス。
(2)次の理化学的性質を有する酵素を用いて反応させる工程を含む前記(1)のβ‐ニコチンアミドモノヌクレオチド含有酵母エキスの製造方法。
(a)作用:ニコチンアミドアデニンジヌクレオチドをニコチンアミドモノヌクレオチドに加水分解する。
(b)至適pH:pH4.5~6.0。
(c)至適温度:45℃~60℃。
(d)由来:Rhizopus 属に属する微生物。
(3)前記(1)の製造方法において、使用する酵素が、Rhizopus 属に属する微生物から抽出したタンパク質であるβ‐ニコチンアミドモノヌクレオチド含有酵母エキスの製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明によると、β-Nicotinamide mononucleotide(β-NMN)を食経験のある酵母から簡便に取得できる。特にトルラ酵母は古くから食経験のある酵母であり、これから取得した酵母エキスは安全性が高い。このような、β-Nicotinamide mononucleotideを高含有する酵母エキスは、医薬品、サプリメント、機能性食品等として摂取できる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】β-NMNとNADの分子構造ならびに組成式、分子量を示す。
図2】β-NMN標準物質のMS/MSスぺクトルとLC-MS/MSによる保持時間を示すクロマトグラムである。
図3】NAD標準物質のMS/MSスぺクトル
図4】LC-MS/MSによる保持時間を示すクロマトグラムである。
図5】実施例3の結果。酵素反応の際の至適反応温度を示すグラフである。
図6】実施例4の結果。酵素反応の際の至適反応pHを示すグラフである。
図7】実施例5の結果。酵素反応の際の粗酵素の金属要求性を示すグラフである。
図8】実施例6の結果。酵素反応の際の至適反応時間と至適酵素添加量を示すグラフである。
図9】Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とRhizopus oryzae由来の粗酵素の反応より得られた酵母エキス中のβ-NMNならびにNADの定量に用いた検量線を示す。
図10】実施例7の結果。Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とRhizopus oryzae由来の粗酵素の反応より得られた酵母エキス中のβ-NMNならびにNADを示すクロマトグラムである。
図11】実施例7の結果。Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とRhizopus oryzae由来の粗酵素の反応より得られた酵母エキス中のβ-NMNならびにNAD含量を示すグラフである。
図12】Candida utilis IAM 4264 から調製した抽出液とRhizopus oryzae由来の粗酵素の添加によるβ-NMN生成の本反応機構を示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明では、酵母として食用酵母が使用できる。例えばSaccharomyces属に属する酵母、Kluyveromyces属、Candida属、Pichia属などが挙げられ、中でも、Candida属のCandida utilisが好ましい。より具体的には、Candida utilis IAM 4264、Candida utilis ATCC 9950、Candida utilis ATCC 9550、Candida utilis IAM 4233、Candida utilis AHU 3259などである。さらに好ましくは、グルタチオンを高含有する酵母を使用すると、β-NMNの含量が高まる。グルタチオンを高含有する酵母は、公知の方法で得られる酵母を使用可能である(特開昭59-151894、特開昭60-156379など)。
【0012】
酵母を培養する際の培地には、炭素源として、ブドウ糖、酢酸、エタノ-ル、グリセロ-ル、糖蜜、亜硫酸パルプ廃液等が用いられ、窒素源としては、尿素、アンモニア、硫酸アンモニウム、塩化アンモニウム、硝酸塩などが使用される。リン酸、カリウム、マグネシウム源も過リン酸石灰、リン酸アンモニウム、塩化カリウム、水酸化カリウム、硫酸マグネシウム、塩化マグネシウム等の通常の工業用原料でよく、その他亜鉛、銅、マンガン、鉄イオン等の無機塩を添加する。その他は、ビタミン、アミノ酸、核酸関連物質等を使用しないでも培養可能であるが、これらを添加しても良い。コ-ンスチ-ブリカ-、カゼイン、酵母エキス、肉エキス、ペプトン等の有機物を添加しても良い。
【0013】
培養温度やpH等の培養条件は、特に制限なく適用でき、使用する酵母菌株に合わせて設定し、培養すれば良い。一般的には、培養温度は21~37℃、好ましくは25~34℃が良く、pHは3.0~8.0、特に3.5~7.0が好ましい。
【0014】
本発明の培養形式としては、バッチ培養、あるいは連続培養のいずれでも良いが、工業的には後者が望ましい。培養時の撹拌、通気等の条件は特に制限なく、一般的な方法でよい。
【0015】
培養後の菌体は、前処理により抽出液の調製を行う。菌体培養後の湿潤酵母菌体を蒸留水に懸濁して遠心分離を繰り返すことで洗浄した後に、抽出を行う。抽出法は、使用する酵母菌体の種類に応じて適宜調整すればよいが、β-NMNの含量を高めるには、酵母中のNAD(ニコチンアミドアデニンジヌクレオチド (nicotinamide adenine dinucleotide))、β-NMNが分解されないような条件で行うことが望ましい。自己消化法、アルカリ抽出法、温水抽出法、又はこれらの組み合わせにより行う。Candida utilisを用いた場合の方法は菌体濃度が乾燥重量換算7~10%、好ましくは8~9%になるように蒸留水に再懸濁する。この菌体懸濁液の抽出の際に、必要に応じてpH調整を行う。最も好ましくは抽出時のpHを6.0付近に調整する。pH調整は、公知の方法でよい。
【0016】
抽出温度は50~90℃、好ましくは、50~65℃とする。温度の調整法は、抽出液が前記の温度になれば特に制限なく公知の方法が利用できる。
【0017】
抽出時間は、5分以上行えばよい。抽出中は、撹拌することが望ましい。撹拌速度等は、適宜調整すればよく、特に制限はない。また、抽出時間を40~50分とすると、β‐NMNの含量が高まるので、さらに好ましい。
【0018】
抽出後は、菌体懸濁液を遠心分離で除去し、上清を得る。この上清を抽出液とし、本発明である酵素反応の基質溶液とした。
【0019】
使用する酵素は、前段までで得られた溶液中に含まれるNADを基質とし、β-NMNを生成する酵素を用いる。具体的には、Rhizopus 属に属する糸状菌類由来の酵素を用いる。Rhizopus 属は、Rhizopus oryzae、Risopus microsporus、Rhizopus oligosporusなどがあげられ、食経験のある Rhizopus属由来の酵素を用いることができる。
【0020】
本発明で使用する酵素は、前述のようにRhizopus属の微生物から調製した粗酵素を用いることができる。Rhizopus属の微生物は、食品工業等で使用される株で良い。Rhizopus oryzae等のRhizopus属菌類は、プロテア-ゼ等の酵素生産の製造に用いられているため(特開2010-004760など)、そのような株が特に良い。さらに、Rhizopus属の糸状菌は、ATCC、NBRC等の菌株分譲機関、又は市販の種菌株販売会社等から入手した株でも良い。本発明で用いる粗酵素の調製は、一般的な酵素調製法で可能であり、例えば、菌体培養、クロマトグラフィ-による粗精製工程を経て酵素などのタンパク質群を含む画分を取得する。本願は、粗酵素を用いることができるため、培養液からタンパク質群を含む画分、又は、培養液とRhizopus oryzaeを破砕し、細胞内のタンパク質群を含む画分を用いても良い。乾燥工程を得て乾燥物としても良い。さらに、Rhizopus属由来の酵素は、各種市販されており、このような市販酵素の多くは、夾雑酵素を含んでいるため、本願の方法に用いることができる酵素も入手可能である。
【0021】
以上のような酵素は、NADを基質としてNMNを生成する酵素であり、酵母中のNADだけでなく、NAD純品を基質として、NMNを生成する酵素にも用いることができる。NADは、一般的に入手可能なものを利用できる。
【0022】
反応に用いる酵素の添加量に関しては、酵素の調製方法によって異なるが、通常は、0.05%(w/v)~0.25%(w/v)添加、好ましくは0.1%(w/v)添加する。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ-NMNの測定方法は、実施例中に記載したLC-MSの測定条件による。
【0023】
粗酵素の反応の至適温度は、45~60℃、好ましくは50℃~55℃、もっとも好ましくは55℃である。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ-NMNの検出方法は、実施例中に記載したLC-MSの測定条件による。
【0024】
粗酵素の反応の至適pHは、4.5~6.0、好ましくは5.0~5.5、もっとも好ましくはpH5.0である。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ-NMNの検出方法は、実施例中に記載したLC-MSの測定条件による。
【0025】
前述のように培養した酵母から調製した抽出液にRhizopus oryzae由来の粗酵素を添加し、至適反応条件で酵素反応を行うことで、酵母エキスの固形分に対して2.0%(w/w)以上のβ-NMNを含有する酵母エキスを得ることが出来る。本発明β-NMNは、酵母中のNAD含量により生成されるβ-NMNの含量は異なる。酵母菌体から抽出する酵素反応の基質溶液中に含まれるNAD含量を高めると、さらにβ-NMNを高含有化することができる。なお、本願で酵素の至適反応条件の検討に用いたβ-NMNの検出方法は、実施例中に記載したLC-MSの測定条件による。
【0026】
酵素反応を施した抽出液は、濃縮後、凍結乾燥又は熱風乾燥することで、β-NMN含有酵母エキスの乾燥物を得ることが出来る。
さらに、β-NMN含有酵母エキスから、β-NMNを精製することで、酵母由来のβ-NMNをさらに高含有化した組成物を得ることができる。また、前段の乾燥前の酵母抽出液からβ-NMNを精製することでも、酵母由来のβ-NMNを高含有化した組成物を得ることが出来る。精製法は、イオン交換樹脂等を用いた一般的な精製法が利用できる。
【0027】
本発明の酵母エキス又は酵母由来のβ-NMN含有組成物の摂取方法は、特に限定されず、経口投与、静脈内、腹膜内もしくは皮下投与等の非経口投与をあげることが出来る。具体的には、錠剤、散剤、顆粒剤、丸剤、懸濁剤、乳剤、浸剤・煎剤、カプセル剤、シロップ剤、液剤、エリキシル剤、エキス剤、チンキ剤、流エキス剤等の経口剤、又は注射剤、点滴剤、クリ-ム剤、坐剤等の非経口剤のいずれでもよい。
【0028】
酵母エキスは、医薬品だけでなく、食品として摂取可能であり、機能性食品、栄養補助食品、サプリメント等としても摂取出来る。
【0029】
また、本発明は、β-NMNのサ-チュイン活性を低下させない又はβ-NMNのサ-チュイン活性を増強させる他の組成物と併用することも可能である。例えば、賦形剤、希釈剤となるデキストリン、マルチト-ル、ソルビト-ル、デンプンなどである。
【0030】
本発明の摂取量は、β-NMNのサ-チュイン活性が発現される量を投与すればよい。一般的に、β-NMNの活性に必要な投与量を決定するには、摂取者の状態、投与される組成物の選択、摂取者の年齢、体重、および応答、摂取者の状態などによって決定される。
【実施例
【0031】
以下に、本願発明を具体的に示すが、本願発明は、これに限定されるものではない。
【0032】
(至適酵素反応条件の検討に使用したβ-NMNの測定条件)
LC-MSにより測定
質量分析計 (MS)測定条件
分析機器: amaZon speed (Bruker daltonics 社)
イオン化法: Electro spray ionization (ESI)
分離部: イオントラップ
検出部: Positive mode (MRM mode)
β-NMN → プレカ-サ-イオンm/z 335にフラグメントイオン m/z 123をトレ-ス NAD → プレカ-サ-イオンm/z 664にフラグメントイオン m/z 524、542をトレ-ス
キャピラリ-電圧: 4.5 kV
ネブライザ-: 30.0 psi
ドライガス: 10.0 L/min
ドライ温度: 250℃

高速液体クロマトグラフィ- (HPLC)測定条件
ポンプ: LC-20AD (島津製作所 社)
デガッサ-: DGU-20A3 (島津製作所 社)
オ-トサンプラ-: SIL-20AC HT (島津製作所 社)
ダイオ-ドアレイ検出器: SPD-M20A (島津製作所 社)
カラムオ-ブン: CTO-20AC (島津製作所 社)
移動相A: LC-MS用ギ酸 (和光純薬 社)をLC-MS用超純水 (和光純薬 社) で0.1%(v/v) になるように添加 (pH 2.5)。
移動相 B : 0.1% LC-MS用ギ酸アセトニトリル (和光純薬 社)
カラム: Inertsil ODS-3 (粒子径3 um、長さ150 mm、内径2.1 mm) (GL science 社)
カラムオ-ブン温度: 45℃
流速: 0.2 mL/min
サンプル注入量: 5 uL
サンプルク-ラ-温度: 4℃
溶出法: リニアグラジエント
グラジエント条件: 0 min (0% 移動相 B)-20 min (100% 移動相 B)-25 min (100% 移動相B)-25.1 min (0% 移動相 B)-40 min (0% 移動相 B)
物質分析 20 min、カラム洗浄 5 min、カラム平衡化 15 minの計40 min分析
分析検体の調製法: 反応溶液を移動相0.1%(v/v) ギ酸で100倍希釈をした。その後、希釈溶液は、シリンジに装着したDISMIC 13CP020AS 0.22 umフィルタ- (ADVANTEC 社)によって不溶性物質をろ過し、LC-MSに供した。
【0033】
(至適条件反応により取得した乾燥物中のβ-NMNならびにNADの定量分析条件)
HPLCにより測定
ポンプ、デガッサ-: Chromaster 5110 (日立ハイテクサイエンス 社)
オ-トサンプラ-: Chromaster 5210 (日立ハイテクサイエンス 社)
UV-VIS 検出器: Chromaster 5420 (日立ハイテクサイエンス 社)
カラムオ-ブン: Chromaster 5310 (日立ハイテクサイエンス 社)
移動相: 75 mM リン酸二水素アンモニウム (pH 2.3) (和光純薬 社)。アスピレ-タ-で60 分間の脱気処理を行った。
カラム: Wakosil-II 5C18 RS (粒子径5 um、長さ30 mm、内径4.6 mm) (和光純薬 社)
→ Wakosil-II 5C18 RS (粒子径5 um、長さ150 mm、内径4.6 mm) (和光純薬 社) → Wakosil-II 5C18 RS (粒子径5 um、長さ250 mm、内径4.6 mm) (和光純薬 社)の順でカラムをタンデムに3連結した。
カラムオ-ブン温度: 26℃
流速: 1.0 mL/min (0.0 min) → 1.0 mL/min (7.0 min) → 0.2 mL/min (8.0 min) → 0.2 mL/min (20.0 min) → 1.5 mL/min (21.0 min) → 1.5 mL/min (55.0 min) → 1.0 mL/min (56.0 min) → 1.0 mL/min (60.0 min)
溶出法: アイソクラティック
検出波長: abs 260 nm
分析時間: 60 min
サンプル注入量: 5 uL
サンプルク-ラ-温度: 2℃
分析検体の調製法: 本発明によって得られた酵母エキス乾燥物を移動相75 mM リン酸二水素アンモニウム (pH 2.3)で終濃度1% (w/w)になるように溶解、調整した。その後、シリンジに装着したDISMIC 13CP020AS 0.22 μmフィルタ- (ADVANTEC 社)によって不溶性物質をろ過し、HPLCに供した。
定量分析に使用した標準物質: β-NMN (Sigma-Aldrich 社)、NAD (Sigma-Aldrich 社)図8に示す検量線から、本発明によって得られた酵母エキス乾燥物中のβ-NMNの含量を算出した。
【0034】
(酵母の培養)
Candida utilis IAM 4264を予めYPD培地(酵母エキス1%、ポリペプトン2%、グルコ-ス2%)を含む三角フラスコで種母培養し、これを30 L容発酵槽に18 L培地に1~2%植菌した。培地組成は、グルコ-ス4%、燐酸一アンモニウム0.3%、硫酸アンモニウム0.161%、塩化カリウム0.137%、硫酸マグネシウム0.08%、硫酸銅1.6 ppm、硫酸鉄14 ppm、硫酸マンガン16 ppm、硫酸亜鉛14 ppmを用いた。培養条件は、pH4.0、培養温度30℃、通気量1 vvm、撹拌600 rpmで行い、アンモニアを添加しpHのコントロ-ルを行った。16時間の菌体培養した後、培養液を回収し、遠心分離により集菌し、180gの湿潤酵母菌体を得た。
得られた酵母菌体を蒸留水に懸濁して遠心分離を繰り返すことで洗浄した。乾燥固形分濃度82.88 g/Lとなるよう蒸留水に再懸濁した。この時pH 5.8であった。
【0035】
<実施例1>
(酵母エキスの抽出)
上記菌体懸濁液に95℃のウォ-タ-バス下で緩やかに懸濁液を撹拌しながら90℃まで昇温し、撹拌しながら10分間の抽出処理を行う。抽出処理後、サンプリングした菌体懸濁液25 mLを氷中下で冷却し、10000 rpmで10分、4℃下で遠心分離し、上清を取得した。沈殿物に上清と等量の超純水を添加、懸濁し、再び度遠心分離し、上清を取得した。最初の遠心分離で取得した上清と2回目に遠心分離して取得した上清をプ-ルし、超純水で50 mLにフィルアップしたものを抽出液とした。
【0036】
<実施例2>
(β-NMNならびにNAD標準物質のマススペクトル)
前記の測定条件でβ-NMNとNADのマススペクトルを取得した。β-NMNは図2で示すように、β-NMNのm/z 334をプレカ-サ-イオンにMS/MSを行うと、Nicotinamide (Nam)のm/z 123のフラグメントイオンを検出した。このプレカ-サ-イオン m/z 335、フラグメントイオンにm/z 123を前記の条件でLC-MS/MSを行ったところ、図2に示すように、3.0 minにβ-NMNを検出した。NADは図3で示すように、NADのm/z 664をプレカ-サ-イオンにMS/MSを行うと、Adenosine diphosphate ribose (ADP-ridose)由来のm/z 524とm/z 542、Adenosine diphosphate (ADP)のm/z 428、Ribose 5-phosphate (R5P)のm/z 232のフラグメントイオンを検出した。このプレカ-サ-イオン m/z 664、フラグメントイオンにm/z 524、542を前記の条件でLC-MS/MSを行ったところ、図3に示すように、8.5minにNADを検出した。
【0037】
<実施例3>
(至適酵素反応温度の検討)
実施例1と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度をそれぞれ30℃、35℃、40℃、45℃、50℃、52℃、53℃、54℃、55℃、56℃、58℃、60℃、62℃、65℃、70℃ 、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHで6.5に調整し、Rhizopus oryzaeから調製した粗酵素を0.1%(w/v)添加量後、1時間の酵素反応を行った。LC-MSを用いた測定による、各温度でのβ-NMNの生成率は、図4に示すようになった。反応温度が45~60℃、特に55℃付近で最も高いβ-NMN生成率を示した。β-NMN生成率は、酵素未反応の抽出液中のβ-NMNのイオン強度を1とした際の相対値を示す。イオン強度はLC-MSによって測定した。
【0038】
<実施例4>
(至適酵素反応pHの検討)
実施例1と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度を54℃、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHでpH4.0、pH4.5、pH5.0、pH5.5、pH6.0、pH6.5、pH7.0、pH7.5にそれぞれ調整し、Rhizopus oryzaeから調製した粗酵素を0.1%(w/v)添加量後、1時間の酵素反応を行った。LC-MSを用いた測定による、各pHでのβ-NMNの生成率は、図5に示すようになった。反応pHが4.5~6.0付近の範囲、特にpH5.0付近で最も高いβ-NMN生成率を示した。β-NMN生成率は、酵素未反応の抽出液中のβ-NMNのイオン強度を1とした際の相対値を示す。イオン強度はLC-MSによって測定した。
【0039】
<実施例5>
(酵素の金属イオン要求性の検討)
実施例1と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度を55℃、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHでpH5.0に調整し、最終濃度100 mMになるように、塩化マンガン (MnCl2・4H2O)、塩化亜鉛 (ZnCl2)、塩化銅 (CuSO4・5H2O)、塩化マグネシウム (MgCl2・6H2O)、塩化カルシウム (CaCl2・2H2O)、塩化第二鉄 (FeCl3・6H2O)、エチレンジアミン四酢酸 (EDTA・2Na)をそれぞれ加えた。さらに、Rhizopus oryzaeから調製した粗酵素を0.1%(w/v)添加量後、1時間の酵素反応を行った。LC-MSを用いた測定による、各金属イオン存在下でのβ-NMNの生成率は、図6に示すようになった。反応液中のZnイオン、Cuイオン、Feイオンの存在はβ-NMNの生成が阻害されることが示された。さらに、反応液中にキレ-ト剤であるEDTAが存在している際にもβ-NMNの生成活性を示すことから、本酵素反応には金属化合物の添加は必要としない。β-NMNの生成率は、金属化合物未添加の酵素反応後の液中のβ-NMNのイオン強度を100とした際の相対値を示す。イオン強度はLC-MSによって測定した。
【0040】
<実施例6>
(至適酵素添加量、酵素反応時間の検討)
実施例1と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度を55℃、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHでpH5.0に調整し、Rhizopus oryzaeから調製した粗酵素を0.010%(w/v)、0.025%(w/v)、0.050%(w/v)、0.10%(w/v)、0.25%(w/v)、0.50%(w/v)、0.75%(w/v)、1.0%(w/v)それぞれ添加量後、5時間の酵素反応を行った。反応中は30分、1時間、2時間、3時間、4時間、5時間と1時間毎にサンプリングを行い、それぞれのβ-NMN生成の継時変化を調べた。LC-MSを用いた測定による、各添加量ならびに反応時間における酵母エキス中のβ-NMNの生成率は、図7に示すようになった。粗酵素の添加量が0.25%(w/v)以上となると生成されたβ-NMNは30分~1時間付近で分解されていくことが示された。0.010%(w/v)と0.025%(w/v)の添加では緩やか且つリニアにβ-NMNの生成を示した。最もβ-NMNの生成率が高かったのが0.10%(w/v)添加の3時間の酵素反応であった。β-NMN生成率は、酵素未反応の抽出液中のβ-NMNのイオン強度を1とした際の相対値を示す。イオン強度はLC-MSによって測定した。
【0041】
<実施例7>
(至適酵素反応条件でのβ-NMN含量の測定)
Candida utilis IAM 4264を用いて、実施例1と同様に酵母を培養、抽出処理し、酵母抽出液の温度を55℃、反応pHを9 N HClまたは9 N NaOHでpH5.0に調整し、Rhizopus oryzaeから調製した粗酵素を0.1%(w/v)添加量後、3時間の至適反応を行った。その後、乾燥工程によりβ-NMNを含む酵母エキスの乾燥物を得た。乾燥物は前記の測定条件で定量分析を行った。クロマトグラムに関しては、図9に示すようになった。至適酵素反応条件における酵母エキス中のβ-NMNの含量は、図8の検量線粗用いてβ-NMNを定量した所、図10に示すように乾燥固形分あたり2.15%(w/w)であった。反応前では、NADが乾燥固形分あたり2.29%(w/w)含まれており、反応後にはNADが乾燥固形分あたり0.18%(w/w)と減少するとともに、β-NMNが生成されている。このことから、本酵素反応によるβ-NMNの生成は、図11に示すような機構が予測される。
【0042】
<実施例8>
市販されているRhizopus属の酵素を用いて、β-NMNの生成を確認した。実施例1と同様に、酵母抽出液を作成し、市販酵素「リリパーゼA-10D」(ナガセケムテックス社製)を0.1%(w/v)添加量後、3時間の至適反応を行った。反応条件は、pH5.0、温度55℃で行った。その結果、β-NMNを2.01%(w/w)含む酵母エキスを得ることができた。
【産業上の利用可能性】
【0043】
食用として安全な酵母からβ-NMNを得ることが出来、医薬品だけでなく、機能性食品、栄養補助食品としても摂取可能であり、本発明品の摂取により、β-NMNの有する機能性を得ることが出来る。

図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図10-1】
図11
図12