(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-21
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】建造物補強用繊維シート
(51)【国際特許分類】
D06M 15/55 20060101AFI20220203BHJP
D03D 1/00 20060101ALI20220203BHJP
E01D 22/00 20060101ALI20220203BHJP
D06M 101/36 20060101ALN20220203BHJP
E04G 23/02 20060101ALN20220203BHJP
【FI】
D06M15/55
D03D1/00 A
E01D22/00 B
D06M101:36
E04G23/02 D
(21)【出願番号】P 2017072163
(22)【出願日】2017-03-31
【審査請求日】2020-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000219266
【氏名又は名称】東レ・デュポン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100115440
【氏名又は名称】中山 光子
(72)【発明者】
【氏名】岡田 泰一
(72)【発明者】
【氏名】岡本 めぐみ
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 祐亮
【審査官】鈴木 祐里絵
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-181679(JP,A)
【文献】特開2013-057146(JP,A)
【文献】特開2012-207326(JP,A)
【文献】特開昭63-000551(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第03912521(DE,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D06M13/00-15/715
B29B11/16
15/08-15/14
C08J5/04-5/10
5/24
D03D1/00-27/18
D06M17/00-17/10
E01D1/00-24/00
E04C5/00-5/20
E04G23/00-23/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
織編物からなる補強用繊維シートであって、
前記繊維シートのたて糸および/またはよこ糸として、
水分率15~200重量%に調整されたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維骨格内に、硬化性エポキシ化合物および必要に応じて硬化剤を、浸透・含浸させてなるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体
を用いたことを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
【請求項2】
請求項1記載の水分率15~200重量%に調整されたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維骨格内に、
更に下記一般式(I)で表される相溶化剤を、前記硬化性エポキシ化合物との合計量として0.1重量%以上10.0重量%以下、浸透・含浸させてなるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体
を用いたことを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
【化1】
(式中、R
1 は炭素原子数1~10のアルキル基、または炭素原子数1~10のアルケニル基であり、R
2は水素原子、または炭素原子数1~5のアルキル基または炭素原子数1~5のアルケニル基を示す。また、Aは炭素原子数2~4のアルキレン基を、nはオキシアルキレン基(AO)の平均付加モル数を表す1~10の整数である。なお、-(AO)-においては、同一のオキシアルキレン基が付加していても、2種類以上のオキシアルキレン基が付加していてもよい。)
【請求項3】
硬化性エポキシ化合物が、脂肪族エポキシ化合物、芳香環を有するエポキシ化合物から選ばれる1種類または、2種類以上の混合物である、請求項1または2に記載の
建造物補強用繊維シート。
【請求項4】
硬化性エポキシ化合物が、グリセロールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテルから選ばれる1種類または、2種類以上の混合物である、請求項1または2に記載の
建造物補強用繊維シート。
【請求項5】
請求項1~4のいずれかに記載のポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体と、引張強さが16cN/dtex以上の高強度繊維との交編編物または交織織物であることを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
【請求項6】
請求項1~4のいずれかに記載のポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体の織編物における比率(質量比)が30質量%以上である、請求項5に記載の
建造物補強用繊維シート。
【請求項7】
高強度繊維がパラ系アラミド繊維、高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、PBO(ポリベンゾビスオキサゾール)繊維、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1種である、請求項5または6に記載の
建造物補強用繊維シート。
【請求項8】
下記式(II)で示す織編物カバーファクター(CF)が900~2300である、請求項1~7のいずれかに記載の
建造物補強用繊維シート。
CF:織編物カバーファクター
Dw:たて糸繊度(dtex)
Df:よこ糸繊度(dtex)
Nw:たて糸密度(本/cm)
Nf:よこ糸密度(本/cm)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、補強用繊維シートに関する。さらに詳細には、コンクリートや石、煉瓦製の橋梁、道路、灯台。煙突、建物などの建造物の床盤や壁面など、建造物の補強用繊維シートに関する。
【背景技術】
【0002】
一般道路や高速道路などコンクリート製の建造物は多数存在するが、地震による破壊に対する耐震補強あるいは交通量の増加による耐久性の改善など常に補強する必要がある。また、歴史的建造物である石造りの灯台や、煉瓦製の建物、コンクリートや煉瓦製の煙突など、寿命の延長や耐震補強の必要な建造物がある。
【0003】
それらの補強方法は、例えば鉄道高架などコンクリート柱の補強には、コンクリート面を覆う方法や、アラミド繊維や炭素繊維などの補強用繊維シートを建造物の壁面に樹脂で貼り付け、もしくは巻き付けて補強、補修する方法などがある。鉄板で覆う方法は、重い鋼板を扱うために施工には重機や頑丈な足場が必要で大がかりな工事となる。アラミド繊維や炭素繊維などの補強用繊維シートを貼り付け、もしくは巻き付ける方法は、重量物を扱う必要がないので、重機や大がかりな足場の必要がなく施工が簡単で、また狭い所での施工も容易にできる利点がある。
【0004】
繊維シートによる補強、補修方法は、アラミド繊維などの引張強力が高い補強用繊維シートを、エポキシ系樹脂、ビニルエステル系樹脂、不飽和ポリエステル系樹脂、もしくはフェノール系樹脂等によってコンクリートの表面に接着させることにより行われる。その際、エポキシ樹脂は、繊維シートをコンクリートに接着させるだけでなく、繊維シートに含浸し、シートの強度を向上させ、さらに繊維シートの強度をコンクリートに伝える媒体としての役割を果たす。
【0005】
補強用繊維シートをコンクリート柱に巻き付ける場合、必要な耐力を得るために補強用繊維シートの重ね巻きを行う。この場合、たとえば、3層巻きするよりも、その3倍の耐力の補強用繊維シートを用いて巻き付け補強をすれば、巻き付け作業時間は1/3に短縮される。このように補強用繊維シートにおいては、高い耐力(100トン/m以上)の繊維シートが望まれるが、高い耐力にするには、単位幅あたりの繊維量を多くしなければならない。その手段として、ヤーンの太さを太くするか、単位幅あたりのヤーンの本数を増加する手段があるが、いずれも補強用繊維シートの曲げ硬さを増加し、また樹脂含浸性を阻害する要因である。曲げ硬さの増加は、補強用繊維シートの建造物の隅角部への密着性を低下させると共に、樹脂含浸性は作業効率に影響する。
【0006】
道路の床盤や柱、灯台などの補強用繊維シートは、一般的に高強度の補強が必要であることから、1枚の繊維シートで補強を完了できる高耐力の補強用繊維シートが求められている。高耐力補強用繊維シートは、それに用いる繊維の単位幅あたりの繊維密度を高くすることによって得られるが、単位幅あたりの繊維密度を多くすると繊維間の空間が少なくなり樹脂の含浸性が損なわれ、繊維シートと補強される建造物の積層面との接着力が低下し、十分な補強がされないことになる。特に平織りのように、たて・よこ糸の交錯点の多い織物は、高耐力シートにおいては樹脂の含浸性に問題を生じやすい。
【0007】
特許文献1には、トンネル内のコンクリート面に貼り付ける補強用繊維シートに、アラミド繊維からなる目の粗い(目付が約180g/m2以下)織物、編物、メッシュ状物または三次元編物を用いる方法が提案されている。
【0008】
特許文献2には、たて糸にアラミド繊維を用いよこ糸にたて糸よりも細い繊度のポリエステル繊維を用いて製織された、高耐力の一方向補強用繊維シートが提案されている。
【0009】
特許文献3には、たて糸およびよこ糸にアラミド繊維を用いて製織された、通気性が5~20(cm3/cm2・sec)である、高耐力の二方向補強用繊維シートが提案されている。
【0010】
特許文献4には、たて糸およびよこ糸にアラミド繊維を用いた、目付が50~1000g/m2程度で、通気量が100~800(cm3/cm2・sec)の範囲の補強用繊維シートが提案されている。通気量がこの範囲を下回ると、樹脂の浸透性が低下し、逆にこの範囲を越えるとシート状物の強度が低下し形態安定性が悪くなる繊維シートである。
【0011】
これらの補強用繊維シートは、高耐力であっても目ずれがなく、樹脂含浸性の良いシートであるが、作業効率の点でより一層樹脂含浸性の良好なシートが求められている。
【0012】
特許文献5には、たて糸にポリエチレン繊維を用い、よこ糸にたて糸よりも細い繊度のポリエステル繊維を用いて製織された繊維シートに、目付35g/m2以下のポリエステル不織布を熱接着してなる補強用繊維シートが提案されている。このシートは、剛性が低いポリエチレン繊維製の織物に不織布を積層することで、補強用繊維シートの垂れ性を改善したものであるが、シートの製造工程が煩雑である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】特開2003-269090号公報(特許請求の範囲、[0014]等)
【文献】特開2000-034639号公報(特許請求の範囲)
【文献】特開2001-146815号公報(特許請求の範囲)
【文献】特開2003-013612号公報(特許請求の範囲、[0039]等)
【文献】特開2015-161039号公報(特許請求の範囲、[0025]等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は、上記従来技術に鑑みてなされたものであり、橋梁、道路、灯台、煙突、建物などの建造物の床盤や壁面などの補強をするために、布帛密度が高い織編物に対する樹脂含浸性が良好で、樹脂含浸シートの耐力が高く、施工時の作業性や作業効率の良い補強用繊維シートを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
前記課題を達成するため、本発明者等は鋭意検討を行った結果、アラミド繊維骨格内に硬化性エポキシ化合物を浸透させたアラミド繊維複合糸を織編してなる織編物を用いることにより、繊維密度が高い繊維シートへの樹脂含浸性が良く、耐力が高く、施工時の取扱性の良い補強用繊維シートが得られることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0016】
すなわち、本発明は、以下の通りである。
【0017】
(1)織編物からなる補強用繊維シートであって、
前記繊維シートのたて糸および/またはよこ糸として、
水分率15~200重量%に調整されたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維骨格内に、硬化性エポキシ化合物および必要に応じて硬化剤を、浸透・含浸させてなるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体
を用いたことを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
(2)上記(1)記載の水分率15~200重量%に調整されたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維骨格内に、
更に下記一般式(I)で表される相溶化剤を、前記硬化性エポキシ化合物との合計量として0.1重量%以上10.0重量%以下、浸透・含浸させてなるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体
を用いたことを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
【化1】
(式中、R
1 は炭素原子数1~10のアルキル基、または炭素原子数1~10のアルケニル基であり、R
2は水素原子、または炭素原子数1~5のアルキル基または炭素原子数1~5のアルケニル基を示す。また、Aは炭素原子数2~4のアルキレン基を、nはオキシアルキレン基(AO)の平均付加モル数を表す1~10の整数である。なお、-(AO)-においては、同一のオキシアルキレン基が付加していても、2種類以上のオキシアルキレン基が付加していてもよい。)
(3)硬化性エポキシ化合物が、脂肪族エポキシ化合物、芳香環を有するエポキシ化合物から選ばれる1種類または、2種類以上の混合物である、上記(1)または(2)に記載の
建造物補強用繊維シート。
(4)硬化性エポキシ化合物が、グリセロールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテルから選ばれる1種類または、2種類以上の混合物である、上記(1)または(2)に記載の
建造物補強用繊維シート。
(5)上記(1)~(4)のいずれかに記載のポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体と、引張強さが16cN/dtex以上の高強度繊維との交編編物または交織織物であることを特徴とする
建造物補強用繊維シート。
(6)上記(1)~(4)のいずれかに記載のポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体の織編物における比率(質量比)が30質量%以上である、上記(5)に記載の
建造物補強用繊維シート。
(7)高強度繊維がパラ系アラミド繊維、高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、PBO(ポリベンゾビスオキサゾール)繊維、炭素繊維およびガラス繊維から選ばれる少なくとも1種である、上記(5)または(6)に記載の
建造物補強用繊維シート。
(8)下記式(II)で示す織編物カバーファクター(CF)が900~2300である、上記(1)~(7)のいずれかに記載の
建造物補強用繊維シート。
CF:織編物カバーファクター
Dw:たて糸繊度(dtex)
Df:よこ糸繊度(dtex)
Nw:たて糸密度(本/cm)
Nf:よこ糸密度(本/cm)
【発明の効果】
【0018】
本発明の補強用繊維シートは、繊維密度が高い繊維シートへの樹脂含浸性が良好で、補強耐力が高く、効率的な補強が行える実用的価値が高いものである。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の補強用繊維シートのたて・よこ糸に用いるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体は、水分率15~200重量%に調整されたポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維骨格内に、硬化性エポキシ化合物および必要に応じて硬化剤を、更には下記一般式(I)で表される相溶化剤を、硬化性エポキシ化合物との合計量として0.1重量%以上10.0重量%以下、浸透・含浸させてなるポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維複合体である。
【0020】
本発明におけるポリパラフェニレンテレフタルアミド(以下、「PPTA」と称する。)とは、テレフタル酸とパラフェニレンジアミンを重縮合して得られる重合体であるが、少量のジカルボン酸及びジアミンを共重合したものも使用することができ、得られる重合体又は共重合体の数平均分子量は通常20,000~25,000の範囲内が好ましい。
【0021】
PPTA繊維の製造方法の代表例としては、PPTAを濃硫酸に溶解して、18~20重量%の粘調な溶液とし、これを紡糸口金から吐出して、わずかの間空気中に紡出後、水中へ紡糸する。この時、口金吐出時のせん断速度を25,000~50,000sec-1にするのが好ましい。その後、紡糸浴中で凝固した繊維を水酸化ナトリウム水溶液で中和処理した後、100~150℃で、好ましくは20秒間以下熱処理することにより、水分率が15~200重量%の範囲内にあるPPTA繊維を調製することができる。
【0022】
硬化性エポキシ化合物は、脂肪族エポキシ化合物、芳香環を有するエポキシ化合物のいずれも使用でき、これらを併用することもできる。
【0023】
脂肪族エポキシ化合物としては、グリセロール、ソルビトール、ポリグリセロールなどの多価アルコールのグリシジルエーテル化合物から選ばれる1種または、2種以上の混合物であることが好ましい。例えば、グリセロールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテル、ペンタエリスリトールポリグリシジルエーテルなどが挙げられる。これらの中でも、グリセロールジグリシジルエーテル、グリセロールトリグリシジルエーテル、ソルビトールポリグリシジルエーテル、ポリグリセロールポリグリシジルエーテルが特に好ましく用いられる。
【0024】
芳香環を有するエポキシ化合物としては、ビスフェノール型エポキシ樹脂から選ばれる1種または、2種以上の混合物であることが好ましい。例えば、ビス(4-ヒドロキシフェニル)メタン[ビスフェノールF]、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン[ビスフェノールA]、2,2-ビス(3-メチル-4-ヒドロキシフェニル)プロパン[ビスフェノールC]などのグリシジルエーテル化物が挙げられる。これらの中でも、常温で液状の、ビスフェノールA、ビスフェノールFのグリシジルエーテル化物が特に好ましく用いられる。
【0025】
硬化剤としては、アミン化合物が好ましく、三級アミン化合物が特に好ましい。例えば、ジメチルオクチルアミン、ジメチルデシルアミン、ジメチルラウリルアミンや、脂肪族一級アミンにエチレンオキサイドを付加した長鎖アルキルポリオキシエチレン型三級アミンなどが挙げられる。
【0026】
相溶化剤は、下記一般式(I)で表されるグリコールエーテル系化合物が好ましく用いられる。R
1 の炭素原子数が大きくなると、水溶性が低下するため水分率の高いPPTA繊維に浸透・含浸し難くなる。nが大きくなると、高分子量化することによりPPTA繊維に浸透・含浸し難くなる。相溶化剤は、硬化性エポキシ化合物よりも親水性の化合物であることが望ましい。
【化1】
【0027】
上記一般式(I)において、R1は炭素原子数1~10、好ましくは炭素原子数4~8のアルキル基またはアルケニル基であり、R2は水素原子、または炭素原子数1~5のアルキル基または炭素原子数1~5のアルケニル基を示す。好ましくは、R2 は水素原子である。また、Aは炭素原子数2~4のアルキレン基、好ましくは炭素原子数2~3のアルキレン基であり、nはオキシアルキレン基(AO)の平均付加モル数を表す1~10の整数、好ましくは2~8である。なお、-(AO)-においては、同一のオキシアルキレン基が付加していても、2種類以上のオキシアルキレン基が付加していてもよい。
【0028】
一般式(I)で示される化合物の具体例としては、ジエチレングリコールモノブチルエーテル、ジエチレングリコールモノ2-エチルヘキシルエーテル、ジプロピレングリコールモノブチルエーテル、ポリプロピレングリコール(n=3)グリセリルエーテルなどが挙げられる。グリコールエーテル系化合物は、それぞれ単独で使用してもよいし、2種類以上を適宜組み合わせて使用してもよい。
【0029】
本発明のPPTA繊維複合体では、硬化性エポキシ化合物及び相溶化剤の繊維への含浸量は、これらの合計量として、好ましくは0.1重量%以上10.0重量%以下である。ここで、「含浸量」は、PPTA繊維の水分率を0%に換算したときの繊維重量に対する値である。望ましい含浸量は、それぞれ、0.1~2.0重量%であり、特に好ましくは0.2~1.0重量%である。
【0030】
硬化剤を併用する場合、硬化剤の含浸量は0.02~1.0重量%が好ましく、特に好ましくは0.04~0.5重量%である。硬化性エポキシ化合物と硬化剤を浸透・含浸させたPPTA繊維複合体では、硬化剤の触媒効果により硬化性エポキシ化合物が反応しやすくなることで、より短時間で、後述する硬化性エポキシ化合物のエージングを終了することができる。
【0031】
次に、PPTA繊維複合体の製造方法を詳細に説明する。
先ず、水分率が15~200重量%の範囲内にあるPPTA繊維に、硬化性エポキシ化合物、硬化性エポキシ化合物と硬化剤、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤、又は、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤と硬化剤を付与し、PPTA繊維骨格内にこれらの薬剤を浸透・含浸させる。
【0032】
薬剤を浸透・含浸させるPPTA繊維の水分率が15重量%以上の場合、平衡水分率よりも高い水分を含有する乾燥前の状態であるため、結晶サイズが比較的小さく、PPTA繊維結晶間の間隙が広いので、硬化性エポキシ化合物や相溶化剤を繊維骨格内に浸透・含浸させることが容易である。また、水分率が200重量%以下であれば、繊維の巻き出しや巻き取り操作も容易である。水分率が20~50重量%の範囲内にあることが、より好ましい。
【0033】
浸透・含浸させた後、乾燥して、PPTA繊維の水分率を15重量%未満、より好ましくは10重量%未満、更に好ましくは3~10重量%の範囲内とし、繊維表面及び繊維内部に、硬化性エポキシ化合物のコーティング層、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤のコーティング層、あるいは、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤と硬化剤のコーティング層を形成する。
【0034】
薬剤を浸透・含浸させたPPTA繊維複合体は、乾燥により繊維骨格内の水分を除去することで、繊維表面及び繊維内部に、エポキシ化合物や相溶化剤を強固に含浸させることができる。また、当該乾燥は、エポキシ化合物を硬化させるためのエージングの役割も果たす。
【0035】
薬剤を浸透・含浸させたPPTA繊維複合体の乾燥は、任意の製造段階で実施することができ、例えば、水分率の高いPPTA繊維複合体を乾燥した後にボビンに巻き取る方法、水分率の高いPPTA繊維複合体を一旦ボビンに巻き取った後ボビンから巻き出して乾燥する方法、水分率の高いPPTA繊維複合体を巻き取ったボビンを乾燥条件下に曝す方法のいずれを採用してもよい。
【0036】
乾燥方法も、PPTA繊維の水分率を15重量%未満、より好ましくは10重量%未満にできる方法であれば、加熱乾燥(50~300℃、好ましくは70~250℃)、熱風乾燥、減圧乾燥、マイクロ波乾燥、高周波乾燥などを採用することができ、これらの方法を併用することもできる。
【0037】
硬化性エポキシ化合物及び相溶化剤を、PPTA繊維に付与する場合は、予め、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤を、硬化性エポキシ化合物/相溶化剤=2/8~8/2(重量比)の割合で含有する薬剤原液を調製しておき、この薬剤原液を上記のPPTA繊維に付与し、薬剤を含浸・浸透させるのがよい。薬剤原液を水などの溶媒で希釈した薬剤希釈液を用いてもよい。硬化剤は、なくても反応は進行するが、用いる硬化性エポキシ化合物の特性、所望の反応速度などによっては、使用してもよい。
【0038】
薬剤原液には、その他の成分として、油剤、非イオン界面活性剤などの浸透剤、シリコーン系化合物、フッ素系化合物、有機界面活性剤などの平滑剤、静電防止剤、シラン系やイソシアネート系などのカップリング剤などが、それぞれ20重量%以下の量、含有されていてもよい。
【0039】
上記の薬剤原液あるいは薬剤希釈液を、PPTA繊維に付与する方法は、特に限定されるものではなく、従来公知の任意の方法が採用されてよく、例えば、浸漬給油法、スプレー給油法、ローラー給油法、計量ポンプを用いたガイド給油法などの方法で付与される。
【0040】
PPTA繊維複合体では、繊維骨格内に浸透・含浸させた硬化性エポキシ化合物によって、エポキシ樹脂などとの濡れ性、接着性が向上する。PPTA繊維複合体は、通常のPPTA繊維よりエポキシ樹脂など含浸樹脂に対する親和性が高い。PPTA繊維複合体をたて・よこ糸に用いた織編物は、繊維間の空間が少なくなっても樹脂含浸性が損なわれ難く、カバーファクターの高い織編物を提供することができる。また、カバーファクターを通常のPPTA繊維を用いた織編物と同程度にしたときには、樹脂含浸性の高い、作業効率を改善した補強用繊維シートが得られる。更に、繊維骨格内に浸透・含浸させた相溶化剤によって、エポキシ樹脂など含浸樹脂との濡れ性が向上し、コンクリート面との補強用繊維シートとの間に空気層が発生するのを防止することができる。
【0041】
本発明の補強用繊維シートは、上記の方法で製造されたPPTA繊維複合体をたて糸および/またはよこ糸に用いた織編物、または、PPTA繊維複合体と引張強さが16cN/dtex以上の高強度繊維との交織織物あるいは交編編物で構成される。なお、引張強さは、JIS L 1013 8.5に準じて測定した値である。
【0042】
交織織物及び交編編物を形成する場合、PPTA繊維複合体をたて糸またはよこ糸に用いることができる。たて糸及び/またはよこ糸を、PPTA繊維複合体と高強度繊維との引揃え糸とすることもできる。交織織物及び交編編物におけるPPTA繊維複合体の比率(質量比)は、良好な樹脂含浸性を保持するため、たて・よこ糸全量に対して、30質量%以上が好ましく、より好ましくは50質量%以上、更に好ましくは70質量%以上である。
【0043】
上記の高強度繊維としては、パラ系アラミド繊維、高分子量ポリエチレン繊維、ポリアリレート繊維、PBO(ポリベンゾビスオキサゾール)繊維などの有機繊維;炭素繊維、ガラス繊維などの無機繊維;ステンレス繊維などの金属繊維が挙げられる。しなやかさ、軽量性、折れ難さ、施工現場での取り扱い易さの点で、有機繊維または無機繊維が好ましく、有機繊維がより好ましい。パラ系アラミド繊維としては、例えば、ポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維、コポリパラフェニレン-3,4’-オキシジフェニレンテレフタルアミド繊維などを挙げることができ、これらのパラ系アラミド繊維の中でも、高弾性率である点でポリパラフェニレンテレフタルアミド繊維が特に好ましい。
【0044】
PPTA繊維複合体および高強度繊維は、単糸繊度0.5~7dtexであることが、樹脂含浸性、施工現場での裁断など取り扱い易さの点で好ましい。
【0045】
補強用繊維シートの糸繊度は、単位幅あたりの繊維密度と織編物の強力維持とのバランスを考慮すると、1,500~5,000dtexが好ましい。1,500dtex以上であれば、樹脂含浸性が良好でかつ高耐力の織物を得ることができ、また5,000dtex以下であれば、製織性や織物としての特性を損なうことがない。
【0046】
織編物のカバーファクター(CF)は、下記式(II)で求められる。織編物を構成するたて糸とよこ糸がその投影面をカバーしている程度を表す。カバーファクターが高いほど、織編物を構成する繊維密度は高い。
【0047】
CF:織編物カバーファクター
Dw:たて糸繊度(dtex)
Df:よこ糸繊度(dtex)
Nw:たて糸密度(本/cm)
Nf:よこ糸密度(本/cm)
【0048】
本発明の補強用繊維シートのカバーファクターは、900以上であることが好ましく、より好ましくは900~2,300、更に好ましくは1,000~2,000である。カバーファクターが900以上であれば、樹脂含浸シートに相応の耐力を付与することができ、また、カバーファクターが2,300以下であれば、作業効率に影響を及ぼすことなく樹脂含浸性を付与することができる。
【0049】
補強用繊維シートは、たて糸とよこ糸の交錯率が比較的高い織編物に対しても樹脂含浸性が良いため、補強用繊維シートの取り扱い時などにおいてたて・よこ糸がずれる“目ずれ”が生じにくい。織物組織としては、平織り、綾織り、朱子織り、バスケット織り、模紗織りなどが好ましく、製織性に優れる平織り繊維シートを用いることができる。編物組織としては、よこ編、たて編のいずれでも良く、よこ編は平編、ゴム編、パール編、多軸編物などが好ましい。
【実施例】
【0050】
以下に実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はそれらに限定されるものではない。なお、補強用繊維シートの特性評価は以下の方法により行った。
【0051】
(1)繊維シートの耐力
次の方法により試験片を調製し、JIS K 7073「炭素繊維強化プラスチックの試験方法」に準拠して測定した。測定値は、繊維シート幅1mの引張強さに換算し、繊維シートの耐力とした。
(試験片の調製)
住友ゴム工業(株)製のグリップボンドGB-35(エポキシ系樹脂)を、主剤と硬化剤を仕様書に従って混合し、離型フィルムの上に繊維シート目付量と同重量の樹脂を下塗りし、その上に繊維シートを貼り付けて繊維シートに樹脂を含浸させた後、繊維シートの目付の4割の樹脂で上塗りして樹脂含浸試験片を作製する。室温で5日間放置し、樹脂の硬化を確認した後、離型フィルムより樹脂含浸した繊維シートを取出す。これを幅12.5mm、長さ200mmの試験片にカットし、つかみ間隔100mmで引っ張り試験する。
【0052】
(2)樹脂含浸性
住友ゴム工業(株)製のグリップボンドGB-35(エポキシ系樹脂)を、主剤と硬化剤を仕様書に従って混合し、離型フィルムの上に繊維シート目付量の1.4倍の重量の樹脂を下塗りし、その上に20×20cmの繊維シートをのせ、幅10cmの金属ローラを用い、2kgの荷重下で3回往復させた後、放置する。樹脂は、繊維シート下側から表面に向かって浸み出し、シート表面が濡れたようになる。5分後にシート表面への樹脂含浸を観察し、以下の基準で判定する。
○;シート表面への樹脂の浸み出しがシート表面の90%以上。
×:シート表面への樹脂の浸み出しがシート表面の90%未満。
【0053】
(実施例1~3)
PPTA(分子量約20,000)1kgを4kgの濃硫酸に溶解し、直径0.1mmのホールを1,000個有する口金からせん断速度30,000sec-1となるよう吐出し、4℃の水中に紡糸した後、10%の水酸化ナトリウム水溶液で、10℃×15秒の条件で中和処理し、その後、110℃×15秒間熱処理をして、水分率35%の乾燥前のPPTA繊維(水分率0%換算のとき総繊度1,670dtex)を調製した。
【0054】
このPPTA繊維に、硬化性エポキシ化合物としてソルビトールポリグリシジルエーテルを40部、相溶化剤としてジエチレングリコールモノ2-エチルヘキシルエーテル60部、硬化剤としてラウリルアミンエチレンオキサイド10モル付加体5部を含有する薬剤原液を付与し、硬化性エポキシ化合物と相溶化剤と硬化剤をPPTA繊維に浸透・含浸させた後、ボビンに巻き取り、水分率35%のPPTA繊維複合体を製造した。含浸量(対絶乾繊維重量換算)は、硬化性エポキシ化合物が0.5%、相溶化剤が0.5%、硬化剤が0.06%であった。
【0055】
この後、このPPTA繊維複合体をボビンから巻き出し、コンピュートリータ処理機(リッツラー社製)を用いて、3.9Nの張力での緊張下130℃20秒間、加熱乾燥・エージングして巻き取り、水分率が6.9%のPPTA繊維複合体(単繊維繊度1.67dtex)を得た。
【0056】
得られたPPTA繊維複合体の糸条を2本引き揃えたものに、50(回/m)の撚りを加えて、たて糸およびよこ糸とした。レピア織機により、織物組織4枚朱子(2×2)、4枚朱子(4×4)および2/2綾織り(4×4)を製織した。
【0057】
(比較例1)
パラ系アラミド繊維糸条(東レ・デュポン社製、商品名:Kevlar(登録商標)、単繊維繊度1.67dtex、フィラメント数1,000、引張強さ20.3cN/dtex)を2本引き揃えたものを用い、実施例1と同様の方法で織物組織2/2綾織り(4×4)を製織した。
【0058】
(実施例4)
たて糸に実施例1で製造したPPTA繊維複合体の糸条を用い、よこ糸に比較例1のパラ系アラミド繊維糸条を用いて、2/2綾織り(4×4)を製織した。
【0059】
以上の結果を表1に示す。
【0060】
【0061】
表1から、たて・よこ糸に、硬化性エポキシ化合物を含浸させたPPTA繊維複合体を用いた織物は、硬化性エポキシ化合物を含浸させていないパラ系アラミド繊維を用いた織物と比べて耐力が同等で、樹脂含浸性が向上していることが分かる。
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明の補強用繊維シートは、樹脂含浸性に優れ、パラ系アラミド繊維と同等の耐力を有するため、特にコンクリート製建造物の床版や壁面など作業効率が要求される建造物の補強に有用である。