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特許6997855優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板及び製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-21
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板及び製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20220111BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20220111BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C21D9/46 Z
C22C38/12
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020502209
(86)(22)【出願日】2018-04-12
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-09-24
(86)【国際出願番号】 KR2018004271
(87)【国際公開番号】W WO2019031681
(87)【国際公開日】2019-02-14
【審査請求日】2020-01-16
(31)【優先権主張番号】10-2017-0100390
(32)【優先日】2017-08-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコ
【氏名又は名称原語表記】POSCO
(73)【特許権者】
【識別番号】506376458
【氏名又は名称】ポステック アカデミー-インダストリー ファンデーション
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【弁理士】
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100111235
【弁理士】
【氏名又は名称】原 裕子
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ソン-ハク
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ギュ-ヨン
(72)【発明者】
【氏名】リュ、 ジュ-ヒョン
(72)【発明者】
【氏名】イ、 セ-ウン
(72)【発明者】
【氏名】ソン、 ソク-ス
(72)【発明者】
【氏名】イ、 ヒョン-ス
(72)【発明者】
【氏名】チョ、 ミン-チョル
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-508184(JP,A)
【文献】特表2015-503023(JP,A)
【文献】特開平05-255813(JP,A)
【文献】特開平04-346636(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/46- 9/48
C21D 8/00- 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、C:0.05%以上~0.4%未満、Mn:10~15%、Al:2%以下、Si:0.1~2%、Mo:0.5%以下(0を除く)、V:0.5%以下(0を除く)、P:0.01%以下、S:0.01%以下、及び残部Fe及びその他の不可避不純物からなり
微細組織が、面積%で、焼戻しマルテンサイト:50~75%、二次(Secondary)マルテンサイト:20%以下(0を除く)、イプシロンマルテンサイト:2%以下(0を除く)、及び残留オーステナイト:8~30%からなり
1500MPa以上の引張強度、900MPa以上の降伏強度、及び20%以上の伸び率を有する、優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板。
【請求項2】
重量%で、C:0.05%以上~0.4%未満、Mn:10~15%、Al:2%以下、Si:0.1~2%、Mo:0.5%以下(0を除く)、V:0.5%以下(0を除く)、P:0.01%以下、S:0.01%以下、及び残部Fe及びその他の不可避不純物からなるスラブを1150~1250℃で再加熱する段階と、
前記再加熱されたスラブを900~1100℃で熱間仕上げ圧延して熱延鋼板を得る段階と、
前記熱延鋼板を500~700℃で巻取る段階と、
前記巻取られた熱延鋼板を常温まで空冷させる段階と、
前記空冷された熱延鋼板を200~500℃で焼戻しする段階と、
前記焼戻しされた熱延鋼板を空冷する段階と、を含み、
微細組織が、面積%で、焼戻しマルテンサイト:50~75%、二次(Secondary)マルテンサイト:20%以下(0を除く)、イプシロンマルテンサイト:2%以下(0を除く)、及び残留オーステナイト:8~30%からなり、
1500MPa以上の引張強度、900MPa以上の降伏強度、及び20%以上の伸び率を有する、優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板の製造方法。
【請求項3】
前記焼戻しは0.5~10時間の間行われる、請求項に記載の優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板及び製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
エネルギー節約及び環境に優しい自動車開発における最も重要な要素のうちの一つは車体の軽量化であり、そのために、各国の自動車メーカー及び鉄鋼メーカーでは、高強度及び高成形性を有する鉄鋼素材に対する開発に向けて、多くの人材と研究費を投資している。自動車車体などといった構造部材に用いられる鋼は、車両衝突時における高エネルギー吸収能が要求される部品に主に適用され、高い引張強度だけでなく、さらに高い伸び率が要求される。車体軽量化を目的として適用される高強度鉄鋼素材のうちギガ級自動車鋼板市場は、高強度冷延板材と熱間プレス成形(Hot Press Forming)鋼に二分化されており、特に1.5GPa以上級では現在HPF材だけが用いられているのが実情である。
【0003】
上述の先行技術としては特許文献1が挙げられる。特許文献1は、高強度ブランク成形法により素材を900℃以上の高温で十分にオーステナイト組織を有するようにした後、熱くなった素材を常温で成形且つ急冷する過程を経て、最終的に製品がマルテンサイト組織を有するようにすることにより、高強度を維持しながらも、複雑な形状を加工可能にする技術である。しかし、特許文献1のようなHPF鋼は、高温で成形してから水冷を行う、すなわち、ダイ(Die)との接触を介して急冷され、最終強度が確保される工程を経るようになる。但し、このような追加の工程により、設備投資費の増加、熱処理及び工程コストの増加といった欠点を示す。
【0004】
上述の欠点を補完するための技術として特許文献2が挙げられる。特許文献2では、合金組成を制御し、微細組織がマルテンサイト、オーステナイト、及びフェライトを含むようにすることにより強度及び延性を向上させようとしたが、Crなどの高価な合金元素を必須に含むためコストが増加するという問題がある。また、冷延及び冷延後の焼鈍工程を行うため、工程上の時間と製造コストが増加するという欠点がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】韓国公開特許第2014-0006483号公報
【文献】韓国公開特許第2012-0113806号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、マンガン偏析を活用することにより、優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板及び製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一実施形態は、重量%で、C:0.05%以上~0.4%未満、Mn:10~15%、Al:2%以下、Si:0.1~2%、Mo:0.5%以下(0を除く)、V:0.5%以下(0を除く)、P:0.01%以下、S:0.01%以下、及び残部Fe及びその他の不可避不純物を含み、微細組織が、面積%で、焼戻しマルテンサイト:50~75%、二次(Secondary)マルテンサイト:20%以下(0を除く)、イプシロンマルテンサイト:2%以下(0を除く)、及び残留オーステナイト:8~30%を含む優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板を提供する。
【0008】
本発明の他の実施形態は、重量%で、C:0.05%以上~0.4%未満、Mn:10~15%、Al:2%以下、Si:0.1~2%、Mo:0.5%以下(0を除く)、V:0.5%以下(0を除く)、P:0.01%以下、S:0.01%以下、及び残部Fe及びその他の不可避不純物を含むスラブを1150~1250℃で再加熱する段階と、上記再加熱されたスラブを900~1100℃で熱間仕上げ圧延して熱延鋼板を得る段階と、上記熱延鋼板を500~700℃で巻取る段階と、上記巻取られた熱延鋼板を常温まで空冷させる段階と、上記空冷された熱延鋼板を200~500℃で焼戻しする段階と、上記焼戻しされた熱延鋼板を空冷する段階と、を含む優れた強度及び伸び率を有する熱延鋼板の製造方法を提供する。
【発明の効果】
【0009】
本発明の一側面によると、1500MPa級の引張強度と20%以上の伸び率を有する熱延鋼板及び製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】鋼材の熱間圧延後のマンガン偏析帯が現れた様子をEPMA(electron probe micro-analysis)で観察した写真であって、(a)は、SEM写真であり、(b)は、(a)に対するMn組成のマッピング(Mapping)写真である。
図2】本発明の実施例のうち発明例3をEBSD(electron back-scatter diffraction)で観察した写真であって、(a)は、オーステナイト(FCC)、マルテンサイト(BCC)、イプシロンマルテンサイト(HCP)の相マップ(Phase Map)であり、(b)は、(a)に対するオーステナイト(FCC)相の逆極点図マップ(Inverse Pole Figure Map)写真である。
図3】本発明の実施例のうち比較例3をEBSD(electron back-scatter diffraction)で観察した写真であって、(a)は、オーステナイト(FCC)、マルテンサイト(BCC)、イプシロンマルテンサイト(HCP)の相マップ(Phase Map)であり、(b)は、(a)に対するオーステナイト(FCC)相の逆極点図マップ(Inverse Pole Figure Map)写真である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
図1は、鋼材の熱間圧延後のマンガン偏析帯が現れた様子をEPMAで観察した写真であって、(a)は、SEM写真であり、(b)は、(a)に対するMn組成のマッピング(Mapping)写真である。高強度だけでなく優れた伸び率を確保するために、鋼板に、マルテンサイト組織に加えて様々な変形機構を有するオーステナイト組織を含ませようとする場合には、オーステナイト安定化元素としてMnとCを大量に含有させると、図1のように大量に含有されたMnにより、圧延工程時における圧延方向に沿ってバンド状の偏析が発生し、Mnの豊富層と欠乏層が生成される。一般に、上記偏析帯は、機械的物性の異方性ならびに延性及び成形性の低下をもたらすと知られている。しかし、本発明者らは、上記Mn偏析帯を活用することにより、適正な安定度を有するオーステナイトバンド構造を生成させ、マルテンサイト及びオーステナイトを適切に形成することにより、優れた強度ならびに伸び率及び加工硬化能を確保することができることを認知し、本発明を提案した。
【0012】
以下、本発明を詳細に説明する。まず、本発明の合金組成について説明する。以下で表記される「%」とは重量%を意味する。
【0013】
C:0.05%以上~0.4%未満
Cは、高強度のために必須の元素であって、固溶強化及び析出強化効果に寄与する。また、オーステナイト安定化のための元素であって、0.05%以上添加される必要がある。Cが0.05%未満の場合には、残留オーステナイトの生成が難しい。Cは、焼戻し時に、比較的速い拡散速度を示し、残留オーステナイトの成長及び新しいオーステナイト核生成に寄与する。Cが高いほど熱処理後に残留するオーステナイト相分率が増加する。但し、0.4%以上になると、残留オーステナイトの安定度が過度に増加し、変形時の変態誘起塑性効果を奏することが難しく、逆に加工硬化の効果が減少して引張強度の減少をもたらす可能性がある。一方、上記Cの含有量は、より好ましくは0.05~0.3%の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは0.1~0.25%の範囲を有することが有利である。
【0014】
Mn:10~15%
Mnは、Cとともにオーステナイト相を安定化させる元素である。また、Mnは、Cとの親和力が高いため、Mnの添加により鋼内に固溶可能なCの量を増加させることから、オーステナイト相の安定化にさらに寄与することができる。特に、本発明が提案する範囲のMn添加時には、熱延工程でMn偏析帯が生成され、かかるMn偏析帯の形成及び200~500℃の焼戻しを介した残留オーステナイト相の分率及び形状ならびにサイズ調節により、適切な安定度のオーステナイトを形成させることで、変形時の変態誘起塑性効果による十分な加工硬化効果を得ることができる。但し、Mnの含有量が10%未満の場合には、焼戻し時にオーステナイトを十分に安定化させることができないため、変態誘起塑性による強化効果を奏することが難しく、15%を超えると、焼戻し後の最終組織における焼戻しマルテンサイト及び二次マルテンサイトの分率が低くなり、強度が低下するという問題がある。一方、上記Mnの含有量は、より好ましくは10.1~14%の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは10.2~12.5%の範囲を有することが有利である。
【0015】
Al:2%以下
Alは、フェライト安定化元素であって、焼戻し後の一定量の焼戻しマルテンサイト及び二次マルテンサイトを確保することで降伏強度を増加させる役割を果たす。また、Alは、オーステナイト及び二相域の範囲を増加させることにより、広い温度範囲で意図する相分率を実現することができるため、製造工程の偏差による材質偏差を低減するのに有利な面がある。上記Alの含有量が2.0%を超えると、鋳造性が低下し、熱間圧延時における鋼表面の酸化が激しくなり、表面品質が低下するという問題がある。また、残留オーステナイトの変形挙動が変化し、変態誘起塑性効果を奏することが難しくなり、加工硬化量が減少する可能性がある。したがって、本発明では、上記Alの含有量を2.0%以下に制限する。一方、上記Alの含有量は、より好ましくは0.5~2%の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは0.5~1.5%の範囲を有することが有利である。
【0016】
Si:0.1~2%
Siは、焼戻し時における加熱段階で炭化物の成長を遅延させる役割を果たすことで、固溶状態の炭素がオーステナイトに拡散してオーステナイト相を安定化させるのに有効な元素である。また、Siは、焼戻しマルテンサイト及び二次マルテンサイトならびにオーステナイトに固溶され、固溶強化により鋼の降伏強度及び引張強度を向上させる。本発明では、かかる効果を得るために、Siが0.1%以上含まれることが好ましい。但し、Siの含有量が2.0%を超えると、熱間圧延時の表面にSi酸化物が大量に形成され、表面品質が低下するという問題がある。
【0017】
Mo:0.5%以下(0を除く)
Moは、P、Sなどの不純物元素による粒界破壊の脆性化を緩和させる効果を奏し、残留オーステナイトの分率及び安定度を調節して引張強度を向上させる効果を奏する。また、結晶粒微細化及びナノ結晶粒による析出強化の効果を示し、降伏強度及び引張強度を上昇させる。但し、Moが0.5%を超えると、鋼の靭性が弱くなり、コストの増加の面で不利になるという欠点がある。
【0018】
V:0.5%以下(0を除く)
Vは、結晶粒微細化効果を奏し、低温で微細な析出物を形成させることで、鋼の降伏強度及び引張強度を増加させる重要な役割を果たす。但し、Vの含有量が0.5%を超えると、高温で粗大な炭化物が形成され、熱間加工性が低下するという問題が発生する。
【0019】
P:0.01%以下
Pは、不可避に含まれる不純物であって、偏析によって鋼の加工性を低下させるのに主な原因となる元素であることから、その含有量を可能な限り低く制御することが好ましい。理論上、Pの含有量は0%で制御することが有利であるが、製造工程上Pを必然的に含有せざるを得ない。したがって、上限を管理することが重要であり、本発明では、上記Pの含有量の上限を0.01%に制限する。
【0020】
S:0.01%以下
Sは、不可避に含まれる不純物であって、粗大なマンガン硫化物(MnS)を形成してフランジクラックのような欠陥を発生させ、鋼板の穴拡げ性を大幅に低下させるため、その含有量を可能な限り低く制御することが好ましい。理論上、Sの含有量は0%で制御することが有利であるが、製造工程上Sを必然的に含有せざるを得ない。したがって、上限を管理することが重要であり、本発明では、上記Sの含有量の上限を0.01%に制限する。
【0021】
本発明の熱延鋼板は、上記合金組成に加えて、残部Fe及びその他の不可避不純物を含む。
【0022】
一方、本発明における微細組織は、面積%で、焼戻しマルテンサイト:50~75%、二次(Secondary)マルテンサイト:20%以下(0を除く)、イプシロンマルテンサイト:2%以下(0を除く)、及び残留オーステナイト:8~30%を含むことが好ましい。
【0023】
焼戻しマルテンサイト:50~75面積%
焼戻しマルテンサイトは、熱延工程で形成されたマルテンサイトが焼戻し後に軟化されたマルテンサイトであり、転位の生成及び移動によって塑性変形に一部寄与する。機械的物性の面では、分率に応じて降伏強度及び引張強度の確保に寄与する。上記焼戻しマルテンサイトの分率が50%未満の場合には、降伏強度及び引張強度が低下するという欠点があり、75%を超えると、十分な伸び率の確保が難しいという欠点がある。
【0024】
二次(Secondary)マルテンサイト:20面積%以下(0を除く)
二次(Secondary)マルテンサイトは、降伏強度の確保に寄与する。上記二次(Secondary)マルテンサイトの分率が20%を超えると、伸び率が急激に低下するという欠点がある。これに対し、本発明で言及する二次(Secondary)マルテンサイトとは、焼戻し熱処理及び空冷後に新たに生成されるマルテンサイトを意味する。焼戻し時にマンガン偏析帯に沿ってオーステナイトバンド組織が成長するようになるが、粗大に成長したオーステナイトでは、安定度が低くなり、空冷時に再びマルテンサイトへのせん断変態が起こる。したがって、焼戻しマルテンサイトに比べて、高い転位密度を見せる。これは、降伏強度の上昇に寄与するところが大きく、伸び率の面では否定的な影響を与える。
【0025】
イプシロンマルテンサイト:2面積%以下(0を除く)
イプシロンマルテンサイトは、焼戻し熱処理及び空冷後に、一部のオーステナイト結晶粒で生成されるマルテンサイトである。上記イプシロンマルテンサイトは、変形誘起マルテンサイトの形成が二段階に起こるようにして加工硬化率を増加させるのに寄与する。これにより、引張強度と伸び率の値を全体的に向上させる役割を果たす。しかし、上記イプシロンマルテンサイトの分率が2%を超えると、引張変形時に形成される変形誘起マルテンサイトの核生成サイトを事前に提供するため、変態誘起塑性が急激に行われるようにして、引張強度の向上効果を減少させる。
【0026】
残留オーステナイト:8~30面積%
残留オーステナイトは、適切な安定度の確保による変態誘起塑性効果により加工硬化効果の確保を有利にし、引張強度及び変形率をともに確保するのに寄与する。上記残留オーステナイトの分率が8%未満の場合には、十分な変態誘起塑性効果を確保することが難しく、30%を超えると、マルテンサイトの分率が減少し、降伏強度の減少を引き起こすという欠点がある。
【0027】
一方、本発明の熱延鋼板は、マンガン偏析帯の平均厚さが1.9~9.1μmであることが好ましい。上記マンガン偏析帯の平均厚さが1.9μm未満の場合には、焼戻し熱処理後に生成される残留オーステナイトの安定度が過度に上昇し、変形時の変態誘起塑性効果を奏することが難しくなる。これに対し、9.1μmを超えると、焼戻し熱処理時におけるオーステナイトの成長により結晶粒が増加し、空冷段階における冷却変態を介して二次マルテンサイトにすべて変態するため、バンド状のオーステナイトによる変態誘起塑性効果を奏することが難しくなる。
【0028】
また、本発明の熱延鋼板は、マンガン偏析帯の平均間隔が2.2~30μmであることが好ましい。上記マンガン偏析帯の平均間隔が2.2μm未満の場合には、オーステナイトをバンド状に形成させたときの利点を失うようになる。バンド状のオーステナイトは、より硬い相であるマルテンサイトによって囲まれている構造を有し、マルテンサイトによって静水圧を受けるようになる。オーステナイトからマルテンサイトへの変態時には、約0.9%の体積膨張が発生する。これは、周辺のマルテンサイトによって体積膨張が抑制され、安定化されるという効果を得ることができ、破壊時までの継続的な変態誘起塑性効果を奏するようになり、結果として、引張物性の向上に寄与することができる。尚、オーステナイトのマルテンサイト変態時に発生する体積膨張により、界面で幾何学的必要転位(Geometrically Necessary Dislocation)が生成され、バンド組織における変形勾配で効果的な加工硬化効果をもたらす。しかし、上記マンガン偏析帯の平均間隔が30μmを超えると、幾何学的必要転位の生成による十分な加工硬化効果を満たすことが難しくなるという短所がある。
【0029】
上記のように提案される本発明の熱延鋼板は、1500MPa以上の引張強度、900MPa以上の降伏強度、及び20%以上の伸び率をすべて有することにより、超高強度冷延鋼板及びHPF鋼を代替することができると期待され、強度の増加に起因する鋼板厚さの減少効果により、車体軽量化の効果及び燃費効率の向上に寄与することができる。
【0030】
以下、本発明の熱延鋼板の製造方法について説明する。
【0031】
上述した合金組成を有する鋼スラブを1150~1250℃で再加熱することが好ましい。上記再加熱温度範囲は、オーステナイト単相領域帯であって、上記スラブ再加熱処理により材料の均質化を図ることができる。上記鋼スラブ再加熱温度が1150℃未満の場合には、後続する熱間圧延時における荷重が急激に増加するという問題があり、1250℃を超えると、表面スケールの量が増加し、材料損失量が多くなるという欠点がある。また、Mnが大量に含まれる場合には、液相が存在する可能性があるため、上記温度範囲に制限することが好ましい。一方、上記スラブ再加熱温度は、より好ましくは1150~1200℃の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは1180~1200℃の範囲を有することが有利である。
【0032】
上記スラブ再加熱時間は1時間以上であることが好ましい。上記スラブ再加熱時間が1時間未満の場合には、十分な均質化効果を得ることが難しくなるという欠点がある。
【0033】
上記再加熱されたスラブを900~1100℃で熱間仕上げ圧延して熱延鋼板を得ることが好ましい。上記熱間圧延により、約40~45mmの厚さのスラブから約2.8mmの厚さの熱延鋼板を製造することができる。上記熱間仕上げ圧延温度領域帯では、VC炭化物が900℃から一部生成されるが、ほぼオーステナイト単相をなす領域である。したがって、上記熱間仕上げ圧延温度が900℃未満の場合には、粗大な炭化物が形成され、熱間加工性が低下するという問題が発生し、1100℃を超えると、スケールによる表面欠陥を誘発する可能性が高くなるという問題がある。
【0034】
上記のように得られた熱延鋼板を500~700℃で巻取ることが好ましい。上記巻取温度が700℃を超えると、鋼板の表面に酸化膜が過度に形成され、欠陥の原因となる可能性がある。これに対し、500℃未満の場合には、MoC炭化物が形成される温度範囲であって、粗大な炭化物が形成され、物性の低下をもたらす可能性がある。一方、上記巻取温度は、より好ましくは550~700℃の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは600~700℃の範囲を有することが有利である。
【0035】
その後、上記巻取られた熱延鋼板を常温まで空冷させることが好ましい。
【0036】
上記空冷された熱延鋼板を200~500℃で焼戻しすることが好ましい。本発明の熱延鋼板は、熱延工程を経て、マルテンサイトと一部の残留オーステナイトが含まれる組織を示す。しかし、冷却変態を介して生成されたマルテンサイト組織は、非常に強い一方で脆性が強く、冷却時に残留したオーステナイトは、十分な安定性を有することができず、変態誘起塑性のような変形挙動を示すことができないことから、加工硬化に大きな影響を与えない。したがって、本発明では、上記温度範囲における焼戻し熱処理を施すことにより、脆性のマルテンサイトに対しては、回復を介して焼戻しマルテンサイトを製造し、強度の面では一部減少するが、ある程度の延性を付与し、オーステナイト安定化元素であるMn、Cに対しては、残留オーステナイトへの拡散を介して安定度を高めて変形時に変態誘起塑性が起こるように意図する。上記効果を十分に得るために、上記焼戻し温度が200℃であることが好ましいが、500℃を超えると、逆に残留オーステナイトの量が減少し、冷却時に生成される二次マルテンサイトの量が増加し、結果として、延性が低下するという欠点がある。一方、上記焼戻し温度は、より好ましくは300~500℃の範囲を有することが有利であり、さらに好ましくは400~500℃の範囲を有することが有利である。
【0037】
このとき、上記焼き戻しは0.5~10時間の間行われることが好ましい。上記焼戻し時間が0.5時間未満の場合には、十分な焼戻しマルテンサイト及び残留オーステナイト分率を確保することが難しいという欠点がある。一方、上記焼戻し時間及び温度の増加に応じて、残留オーステナイト分率は増加する傾向を見せる。上記焼き戻し時間が10時間を超えると、逆に残留オーステナイトの量が減少し、冷却時に生成される二次マルテンサイトの量が増加し、延性が低下するという問題がある。
【0038】
上記焼戻しされた熱延鋼板を空冷することが好ましい。上記空冷工程を介して上記焼戻し工程により生成された焼戻しマルテンサイトとオーステナイト安定化元素が集まっている残留オーステナイトを常温でも維持することができる。
【実施例
【0039】
以下、実施例を介して本発明をより詳細に説明する。但し、下記実施例は、本発明を説明するための例示であるだけであって、本発明を限定しない。
【0040】
(実施例)
下記表1のような組成を有する鋼スラブを準備した後、下記表2の条件で熱延鋼板を製造した後、空冷した。このようにして得られた熱延鋼板に対して微細組織及び機械的物性を測定した後、その結果を下記表3に示した。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
【表3】
【0044】
本発明が提案する合金組成及び製造条件を満たすように製造された発明例1~6の場合には、適切なレベルの微細組織の分率を有することにより、本発明が目的とする1500MPa以上の引張強度、900MPa以上の降伏強度、及び20%以上の伸び率を確保することが分かる。
【0045】
しかし、比較例1~6の場合には、本発明が提案する合金組成は満たしているものの、焼戻し温度を満たすことができず、結果として、本発明が提案する微細組織の分率も適切なレベルを確保できないため、優れた機械的物性を確保できないことが分かる。
【0046】
また、比較例7~10の場合には、本発明の製造条件は満たしているものの、合金組成は満たしていないため、引張強度、降伏強度、及び伸び率をすべて高いレベルで確保できないことが分かる。
【0047】
図2は、発明例3をEBSD(electron back-scatter diffraction)で観察した写真であって、(a)は、オーステナイト(FCC)、マルテンサイト(BCC)、イプシロンマルテンサイト(HCP)の相マップ(Phase Map)であり、(b)は、(a)に対するオーステナイト(FCC)相の逆極点図マップ(Inverse Pole Figure Map)写真である。図2に示すように、本発明の条件を満たす発明例3の場合には、残留オーステナイトがバンド状にマンガン偏析帯に沿って分布することが確認できる。かかる微細組織の分布形態は、引張変形時における効果的な変態誘起塑性の誘導を予測することができる。
【0048】
図3は、比較例3のEBSD(electron back-scatter diffraction)で観察した写真であって、(a)は、オーステナイト(FCC)、マルテンサイト(BCC)、イプシロンマルテンサイト(HCP)の相マップ(Phase Map)であり、(b)は、(a)に対するオーステナイト(FCC)相の逆極点図マップ(Inverse Pole Figure Map)写真である。図3に示すように、マンガン欠乏層内でオーステナイト粒子が生成されていることが分かる。
図1(a)】
図1(b)】
図2
図3