(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法、非アルコール性脂肪肝疾患検出用キットおよび非アルコール性脂肪肝疾患検出用バイオマーカー
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220203BHJP
【FI】
G01N33/53 S
(21)【出願番号】P 2020547977
(86)(22)【出願日】2019-06-19
(86)【国際出願番号】 JP2019024293
(87)【国際公開番号】W WO2020066162
(87)【国際公開日】2020-04-02
【審査請求日】2021-03-22
(31)【優先権主張番号】P 2018180886
(32)【優先日】2018-09-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(73)【特許権者】
【識別番号】507236258
【氏名又は名称】学校法人聖路加国際大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】藤本 宏隆
(72)【発明者】
【氏名】青木 豊
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 孝明
(72)【発明者】
【氏名】木村 武志
(72)【発明者】
【氏名】増田 勝紀
(72)【発明者】
【氏名】平家 勇司
(72)【発明者】
【氏名】宇山 静香
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 一彦
(72)【発明者】
【氏名】浅見 まり子
(72)【発明者】
【氏名】浦山 ケビン
(72)【発明者】
【氏名】林 邦好
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】特表2018-502286(JP,A)
【文献】特表2011-503547(JP,A)
【文献】国際公開第2013/002381(WO,A1)
【文献】特開2016-065873(JP,A)
【文献】特表2010-500566(JP,A)
【文献】Yi-syuan LAI et al.,Mass-spectrometry-based serum metabolomics of a C57BL/6J mouse model of high-fat-diet-induced non-al,Journal of agricultural and food chemistry,2015年09月09日,Vol.63,No.35,PP.7873-7884
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
哺乳動物の体液に由来する試料を取得することと、
前記試料における2-アミノアジピン
酸の検出を行うことと、を備える非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項2】
請求項1に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、
前記検出における、
2-アミノアジピン酸に対応する検出信号の大きさに基づいて得られた、前記哺乳動物が、非アルコール性脂肪肝疾患を患っているか否かについての情報を出力する、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項3】
請求項2に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、
前記検出信号の大きさに基づいて、前記試料における
2-アミノアジピン酸の濃度を算出し、算出された前記濃度が所定の閾値に基づく条件を満たしているか否かに基づいて得られた、前記哺乳動物が非アルコール性脂肪肝疾患を患っているか否かについての情報を出力する、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項4】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、
前記検出は、ガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、質量分析、ガスクロマトグラフィ/質量分析、液体クロマトグラフィ/質量分析、核磁気共鳴分光法、および免疫学的検出法の少なくとも一つにより行われる、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項5】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、
前記哺乳動物は、人間である、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項6】
請求項1から3までのいずれか一項に記載の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、
前記体液は、血液である、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法。
【請求項7】
2-アミノアジピン
酸の測定試薬を含む、非アルコール性脂肪肝疾患検出用キット。
【請求項8】
2-アミノアジピン
酸を含む、非アルコール性脂肪肝疾患検出用バイオマーカー。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法、非アルコール性脂肪肝疾患検出用キットおよび非アルコール性脂肪肝疾患検出用バイオマーカーに関する。
【背景技術】
【0002】
非アルコール性脂肪肝疾患(nonalcoholic fatty liver disease;NAFLD)は、脂肪沈着のみが認められ、予後が良好な肝疾患である単純性脂肪肝(simple steatosis;SS)と、高度の線維化や肝発癌をきたす進行性の非アルコール性脂肪性肝炎(nonalcoholic steatohepatitis;NASH)を包括する疾患概念である(非特許文献1参照)。SSはNASHを引き起こす場合がある等、進行すると重篤な疾患を引き起こすため、SSを含めたNAFLDをより早い段階、または可能であるなら疾患を発症する前にその発症の予測を行うことは重要である。
【0003】
しかし、現在、NAFLDの発症を予測する診断手法は確立していない。SSのスクリーニングや程度を把握する方法として、腹部超音波検査やCT、MRI等の画像検査が用いられる。NASHの診断は生検が標準的な方法である。この肝生検は侵襲的であり、安全性と経済性の面でスクリーニングには適していない。
【0004】
簡便かつ非侵襲的な方法でNAFLDおよびNASHを診断できるバイオマーカーの開発は現在最も注目されている領域の一つであるが、臨床の現場で有効に活用できるバイオマーカーは確立されていない。近年、多数のタンパク質を網羅的に解析することができるプロテオミクスやメタボロミクスの技術の進歩により、これらの技術を用いたNAFLD患者の血清等におけるバイオマーカーの探索が行われるようになってきている(非特許文献2参照)。
【0005】
非特許文献3および特許文献1には、NASH等の患者と、健常者とを対象に、血漿中の脂質代謝物を定量した結果が報告されている。非特許文献4には、各種肝臓疾患の患者と、健常者等を対象に、ジペプチド等を定量した結果が報告されている。特許文献2には、アセトアミノフェンが投与された、NASH等の患者および健常者を対象に、血漿中のアセトアミノフェン-グルクロニドを定量した結果が報告されている。特許文献3には、NAFLD患者と、健常者とを対象に、血清中のキニノーゲン由来のペプチドを定量した結果が報告されている。特許文献4には、各種肝臓疾患の患者と、健常者とを対象に、血清中の可溶性LR11を定量した結果が報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】日本国特表2010-500566号公報
【文献】日本国特表2012-504629号公報
【文献】国際公開第2009/051259号
【文献】日本国特開2014-167446号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Naga Chalasani, Zobair Younossi, Joel E. Lavine, Anna Mae Diehl, Elizabeth M. Brunt, Kenneth Cusi, Michael Charlton, Arun J. Sanyal. "The diagnosis and management of non-alcoholic fatty liver disease: practice guideline by the American Gastroenterological Association, American Association for the Study of Liver Diseases, and American College of Gastroenterology" Gastroenterology,(米国), American Gastroenterological Association, 2012年6月、Volume 142, Issue 7, p.1592-1609
【文献】Marc-Emmanuel Dumas, James Kinross, Jeremy K. Nicholson. "Metabolic Phenotyping and Systems Biology Approaches to Understanding Metabolic Syndrome and Fatty Liver Disease." Gastroenterology,(米国), American Gastroenterological Association, 2014年1月、Volume 146, Issue 1, p.46-62
【文献】Puneet Puri, Michelle M. Wiest, Onpan Cheung, Faridoddin Mirshahi, Carol Sargeant, Hae-Ki Min, Melissa J. Contos, Richard K. Sterling, Michael Fuchs, Huiping Zhou, Steven M. Watkins, and Arun J. Sanyal1. "The plasma lipidomic signature of nonalcoholic steatohepatitis." Hepatology,(米国), American Association for the Study of Liver Diseases, 2009年12月、Volume 50, Issue 6, p.1827-1838
【文献】Tomoyoshi Soga, Masahiro Sugimoto, Masashi Honma, Masayo Mori, Kaori Igarashi, Kasumi Kashikura, Satsuki Ikeda, Akiyoshi Hirayama, Takehito Yamamoto, Haruhiko Yoshida, Motoyuki Otsuka, Shoji Tsuji, Yutaka Yatomi, Tadayuki Sakuragawa, Hisayoshi Watanabe, Kouei Nihei, Takafumi Saito, Sumio Kawata, Hiroshi Suzuki, Masaru Tomita, Makoto Suematsu. "Serum metabolomics reveals γ-glutamyl dipeptides as biomarkers for discrimination among different forms of liver disease." Journal of Hepatology,(オランタ゛王国), European Association of Study of the Liver, 2011年10月、Volume 55, Issue 4, p.896-905
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
これらの報告では、NAFLDについての被験者の数が数十人以下と多くなかった。より多くの症例を対象とした各種分子の定量に基づいて得られた、より信頼性の高いバイオマーカーを用いて、被験者由来の試料からNAFLDに関する情報を得ることが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の第1の態様によると、非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法は、哺乳動物の体液に由来する試料を取得することと、前記試料における2-アミノアジピン酸の検出を行うことと、を備える。
本発明の第2の態様によると、第1の態様の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、前記検出における、2-アミノアジピン酸に対応する検出信号の大きさに基づいて得られた、前記哺乳動物が、非アルコール性脂肪肝疾患を患っているか否かについての情報を出力する。
本発明の第3の態様によると、第2の態様の非アルコール性脂肪感疾患の検出方法において、前記検出信号の大きさに基づいて、前記試料における2-アミノアジピン酸の濃度を算出し、算出された前記濃度が所定の閾値に基づく条件を満たしているか否かに基づいて得られた、前記哺乳動物が非アルコール性脂肪肝疾患を患っているか否かについての情報を出力する。
本発明の第4の態様によると、第1から第3までのいずれかの態様の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、前記検出は、ガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、質量分析、ガスクロマトグラフィ/質量分析、液体クロマトグラフィ/質量分析、核磁気共鳴分光法、および免疫学的検出法の少なくとも一つにより行われる。
本発明の第5の態様によると、第1から第4までのいずれかの態様の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、前記哺乳動物は、人間である。
本発明の第6の態様によると、第1から第5までのいずれかの態様の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、前記体液は、血液である。
本発明の第7の態様によると、非アルコール性脂肪肝疾患検出用キットは、2-アミノアジピン酸の測定試薬を含む。
本発明の第8の態様によると、非アルコール性脂肪肝疾患検出用バイオマーカーは、2-アミノアジピン酸を含む。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、数千人を対象とした大規模な分析に基づいて得られたより信頼性の高いバイオマーカーに基づいて、より正確に被験者由来の試料からNAFLDに関する情報を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、一実施形態の検出方法の流れを示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、図を参照して本発明を実施するための形態について説明する。以下の実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患(NAFLD)の検出方法は、対象の個体に由来する試料における所定の分子の検出を行い、当該検出に基づいてこの個体がNAFLDを患っているか否かについての情報を取得するものである。
【0013】
上記所定の分子は、NAFLDを患っている個体由来の試料と、健常な個体由来の試料とにおいて濃度が異なる分子である。試料中の当該分子を検出することで、個体がNAFLDを患っているか否かについての情報を得られるため、上記所定の分子は、NAFLDのバイオマーカーであり、以下、マーカーと呼ぶ。
【0014】
本実施形態におけるNAFLDのマーカーは、2-アミノアジピン酸、2-オキソカプロン酸、2-オキソグルタル酸、アラニン、グルタミン酸、チロシン、乳酸、尿酸、バリン、ピルビン酸、フェニルアラニン、およびプロリンからなる群から選択される。本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法では、この群から選択される少なくとも一つのマーカーの検出を行い、検出されたマーカーに対応する検出信号の大きさに基づいて、上記個体がNAFLDを患っているか否かの情報を取得することができる。
なお、以下の実施形態において、「マーカーを検出する」とは、試料に含まれているマーカーを定量するための検出を行うことを指し、イオン化されたマーカー、解離されたマーカー、またはマーカーの誘導体等の、マーカー由来の物質を直接検出するがマーカー自体を直接検出しない場合も含む。
【0015】
(試料について)
NAFLDを患っている個体由来の試料と、健常な個体由来の試料とにおいてマーカーの濃度が異なれば、対象となる個体の生物種は特に限定されないが、哺乳動物が好ましく、人間がより好ましい。
【0016】
NAFLDを患っている個体由来の試料と、健常な個体由来の試料とにおいてマーカーの濃度が異なれば、対象となる個体の任意の体液を用いて試料を調製することができるが、当該体液は、血液が好ましい。以下では、人間の血液に由来する試料におけるマーカーを検出する例を用いて説明する。本実施形態のNAFLDの検出方法の対象となる人間を被験者とよぶ。
【0017】
被験者となる対象は、特に限定されないが、例えばNAFLDと診断されていない人間である。人間ドック等、定期的な健康診断を受ける人間を対象とすることが好ましいが、健康診断を受ける生命保険の加入予定者等でもよい。アルコールを所定の量以上摂取している人間や、所定の疾患を現在または過去に患っている者は、適宜対象から除外してもよい。上記所定の量は、例えばエタノール換算で男性30g/日以上、女性20g/日以上である。上記所定の疾患は、例えば、肝疾患、糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症または悪性疾患である。
【0018】
(マーカーの検出について)
試料におけるマーカーの検出方法は、検出されたマーカーの濃度が、NAFLDに対応する濃度か否かを所望の精度で判別することができれば特に限定されない。
【0019】
定量性等の観点から、試料に含まれるマーカーは、ガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、質量分析、核磁気共鳴分光法、若しくは、これらの組合せ、またはELISAに代表される免疫学的検出法により検出されることが好ましい。様々な種類の物質を含む試料から、目的のマーカーを好適に分離して検出する観点から、試料に含まれるマーカーは、ガスクロマトグラフィ/質量分析(以下、GC/MSと呼ぶ)または液体クロマトグラフィ/質量分析(LC/MSと呼ぶ)により検出されることがより好ましい。ここで、GC/MSおよびLC/MSは、タンデム質量分析やMSn等の複数回の質量分離を行う場合も含むものとする。
【0020】
従って、試料に含まれるマーカーを検出する検出装置または検査装置としては、ガスクロマトグラフ、液体クロマトグラフ、質量分析計、NMR分光計、またはこれらを組み合わせた装置が用いられる。上述の通り、ガスクロマトグラフ-質量分析計(以下、GC-MSと呼ぶ)によりGC/MSを行ったり、液体クロマトグラフ-質量分析計(以下、LC-MSと呼ぶ)によりLC/MSを行うことが好ましい。質量分析計はシングル質量分析計でも2段階以上の質量分離が可能な質量分析計でもよい。質量分析計の内部でこれらの質量分離を行う質量分析器についてもその種類は特に限定されず、四重極マスフィルタ、イオントラップおよび飛行時間型質量分析器等を適宜含むものとすることができる。
【0021】
一方、検出の容易さや迅速さ等の観点から、試料に検出試薬を加え、当該検出試薬とマーカーとの化学反応を利用してマーカーの濃度を検出することが好ましい。例えば、検出試薬は、マーカーとの化学反応により発色する指示薬を含むことができ、当該指示薬を加えた試料溶液の色調からマーカーの濃度を検出することができる。
【0022】
上述のガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、質量分析若しくは核磁気共鳴分光法に用いる消耗品、または上記検出試薬を備える非アルコール性脂肪肝疾患検出用キットが提供される。このようなキットを用いて本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法を行うことで、より迅速に、かつ/またはより簡便に、被験者がNAFLDを患っているか否かについての情報を取得することができる。
【0023】
(試料の前処理について)
被験者から採血等により得られた試料は、適宜保管された後、前処理に供される。試料は、血液のまま保管されてもよいし、血液を遠心分離して得られた血漿または血清の状態で保管されてもよい。試料の保管方法は特に限定されず、冷凍保存、冷蔵保存または常温での保存を行うことができる。
【0024】
マーカーを検出するために試料を検出装置に供する前の前処理の方法は特に限定されない。GC/MSを行う場合、試料に内部標準を加え、溶媒抽出した後に遠心濃縮、凍結乾燥および誘導体化を適宜行うことができる。内部標準は、検出するマーカーのm/zや試料の種類(血清、血漿等)等に合わせて適宜選択することができる。例えば血清試料においてm/z 500以下の領域を測定する場合、血清に含まれない合成化合物である2-イソプロピルリンゴ酸等を適宜用いることができる。誘導化の方法は特に限定されず、例えば凍結乾燥後の試料にメトキシアミン溶液を加えオキシム化した後、N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド(MSTFA)を加えてシリル化することができる。前処理が行われた試料は、検出装置に導入される。
【0025】
(検出により得られたデータの解析について)
検出により得られたデータを解析する方法は特に限定されず、試料におけるマーカーの濃度(以下、マーカー濃度と呼ぶ)が算出できれば良い。当該データの解析は、パーソナルコンピュータ等の情報処理装置や、検出装置に含まれる処理装置等の解析装置により行われることが好ましいが、人間が行ってもよい。質量分析によりマーカーの検出を行った場合には、マススペクトルやマスクロマトグラムに対応するデータが作成される。その後、これらにおけるピークの強度や面積に基づいてマーカーの検出量が算出され、マーカーの検出量を内部標準の検出量で割った値と、内部標準の既知の濃度との積等によりマーカー濃度が算出される。
【0026】
マーカー濃度が算出されたら、マーカー濃度が所定の閾値(以下、マーカー閾値と呼ぶ)に基づく条件を満たすか否かにより、被験者がNAFLDを患っているか否か、またはNAFLDを患っているリスクが高いか否かが判定(以下、罹患判定と呼ぶ)される。マーカー閾値は、過去に測定された、NAFLDの患者および健常者におけるマーカーの濃度に基づき、例えば感度または特異度が所望の値になるように予め設定されたものを用いる。例えば、NAFLDの患者におけるマーカーの濃度が健常者におけるマーカーの濃度よりも統計的に高いとすると、被験者におけるマーカー濃度がマーカー閾値よりも高い場合に、被験者がNAFLDの患者として判定されるようにマーカー閾値に基づく条件が設定されている。
【0027】
罹患判定は1つのマーカーについてのマーカー濃度により行うことができる。複数のマーカーについてのマーカー濃度を用いて罹患判定を行う場合は、複数のマーカー濃度の値と、対応する複数のマーカー閾値とに基づいて多変量解析等により行うことができる。あるいは、複数のマーカーのうち、マーカー濃度がマーカー閾値に基づく条件を満たすものの個数により、罹患判定を行ってもよい。この場合、当該個数によりリスクを「高」「中」「低」の3段階等に分類してもよい。
【0028】
検出により得られたデータの解析により得られた、マススペクトル若しくはマスクロマトグラム、マーカー濃度または罹患判定の結果を示す情報等は医師や医療従事者等に向けて表示される。この情報により、医師は、被験者がNAFLDを患っているか否かについて診断を行い、被験者がNAFLDである場合は治療を行うことができる。また、医療従事者等は被験者の状態を把握等することができる。
【0029】
図1は、本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法の流れを示すフローチャートである。本実施形態の検出方法は、NAFLDの診断を行うため、被験者の血液由来の試料からマーカーをイン・ビトロで検出する方法である。
図1のフローチャートでは、GC/MSによりマーカーを検出する例を示すが、本発明はこれに限定されない。
【0030】
NAFLDの診断ステップS1001において、医療従事者等により採血等が行われ、被験者から血液が取得される。ステップS1001が終了したら、ステップS1003が開始される。ステップS1003において、検査者や、検出装置のユーザー等が血液に対して前処理を行い、血液に由来する試料を調製する。ステップS1003が終了したらステップS1005が開始される。
【0031】
ステップS1005において、試料がガスクロマトグラフィにより分離される。ステップS1005が終了したら、ステップS1007が開始される。ステップS1007において、分離された試料に含まれるマーカーが質量分析により検出される。ステップS1007が終了したら、ステップS1009が開始される。
【0032】
ステップS1009において、マーカーに対応する検出信号の大きさから、試料におけるマーカーの濃度が算出される。ステップS1009が終了したら、ステップS1011が開始される。ステップS1011において、算出されたマーカーの濃度が、所定の閾値(マーカー閾値)に基づく条件を満たしているかが判定され、判定結果に基づいて、被験者がNAFLDを患っているか否かについてのデータが作成される。ステップS1011が終了したら、ステップS1013が開始される。
【0033】
ステップS1013において、ステップS1011で作成されたデータに基づいて、被験者がNAFLDを患っているか否かについての情報が表示装置等に出力される。ステップS1013が終了したら、処理が終了される。
【0034】
上述の実施の形態によれば、次の作用効果が得られる。
(1)本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法は、人間の血液に由来する試料を取得することと、試料における2-アミノアジピン酸、2-オキソカプロン酸、2-オキソグルタル酸、アラニン、グルタミン酸、チロシン、乳酸、尿酸、バリン、ピルビン酸、フェニルアラニン、およびプロリンからなる群から選択される少なくとも一つの分子の検出を行うことと、を備える。これにより、迅速に非アルコール性脂肪肝疾患のスクリーニングを行うことができる。また、これらの分子は後述の実施例に記載されたように、大規模な症例に基づいた分析により得られたマーカーであるから、正確なスクリーニングを行うことができる。
【0035】
(2)本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、マーカーの検出における、マーカーに対応する検出信号の大きさに基づいて得られた、被験者がNAFLDを患っているか否かについての情報を出力する。これにより、定量されたマーカーに基づいて、より精密にスクリーニングを行うことができる。
【0036】
(3)本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、マーカーに対応する検出信号の大きさに基づいて、試料におけるマーカーの濃度を算出し、算出された濃度がマーカー閾値に基づく条件を満たしているか否かに基づいて、被験者がNAFLDを患っているか否かについての情報を出力する。これにより、定量されたマーカーの濃度に基づいて、より精密にスクリーニングを行うことができる。
【0037】
(4)本実施形態の非アルコール性脂肪肝疾患の検出方法において、マーカーの検出は、ガスクロマトグラフィ、液体クロマトグラフィ、質量分析、ガスクロマトグラフィ/質量分析、液体クロマトグラフィ/質量分析、核磁気共鳴分光法または免疫学的検出法により行うことができる。これにより、試料に含まれる各成分を分離し、より精密にスクリーニングを行うことができる。
【0038】
(5)本実施形態に係る非アルコール性脂肪肝疾患検出用バイオマーカーは、試料における2-アミノアジピン酸、2-オキソカプロン酸、2-オキソグルタル酸、アラニン、グルタミン酸、チロシン、乳酸、尿酸、バリン、ピルビン酸、フェニルアラニン、およびプロリンからなる群から選択される少なくとも一つの分子を含む。これにより、迅速に非アルコール性脂肪肝疾患のスクリーニングを行うことができる。また、これらの分子は後述の実施例に記載されたように、大規模な症例に基づいた分析により得られたマーカーであるから、正確なスクリーニングを行うことができる。
【0039】
本発明は上記実施形態の内容に限定されるものではない。本発明の技術的思想の範囲内で考えられるその他の態様も本発明の範囲内に含まれる。
【実施例】
【0040】
以下の実施例では、腹部超音波所見によりNAFLDと診断された患者(NAFLD群)と、健常者(正常群)とから得られた血清をGC/MSに供し、NAFLD群と正常群とで濃度の異なる血清中の成分を探索した分析の結果が説明される。
なお、本発明は、以下の実施例に示された数値、条件に限定されない。
【0041】
(対象者)
2015年10月から2016年9月までに病院を訪れた日本人の人間ドック受診者からランダムに抽出した者のうち、採用基準を満たした3733人の血清の分析を行った。採用基準は以下の(1)~(5)のいずれにもあてはまらないこととした。
(1)研究参加に不同意を表明した者
(2)アルコール摂取量(男性:エタノール換算30g/日以上、女性:エタノール換算20g/日以上)であった者
(3)肝疾患で治療中の現病歴を有する者
(4)糖尿病、脂質異常症、高尿酸血症の少なくとも一つについて治療中の現病歴を有する者
(5)悪性疾患について治療中の現病歴を有する者
上記採用基準を満たした者はいずれも人間ドックで腹部超音波所見が得られており、病院内の研究倫理審査委員会の承諾の下に臨床情報と血清を分析した結果とがつき合わされた。
【0042】
NAFLD群と正常群とを合わせた3733名のうち、女性は2252名(60.3%)であり、中央値年齢は51歳(四分位範囲:43歳~61歳)であった。分析対象となった研究集団のベースライン特性を以下の表1に示した。BMIの平均は、算術平均を用いた。
【0043】
【0044】
(前処理)
採血後、遠心分離により血清が抽出され、採血から5~8時間以内に-80℃で冷凍保存された。冷凍保存された血清を25℃に5分間置いて解凍した。解凍された血清を、10,000×g、4℃の条件で1分間遠心を行い上清をうつしかえ、氷上に静置した。メタノール/水/クロロホルムを2.5:1:1の割合で混合した混合液250μLに、内部標準溶液(0.1mg/mL 2‐イソプロピルリンゴ酸)6μLを添加し、この混合液をうつしかえた血清試料に加え、ボルテックスミキサーを用いて撹拌した。血清試料を37 ℃、30分間、1,200rpmの条件で振とうした。振とう後の試料を16,000×g、25℃の条件で5分間遠心した。遠心後の上清150μLを、予め、水140μLを加えたチューブに添加し、ボルテックスミキサーを用いて撹拌した。撹拌後の溶液を、16,000×g、25℃の条件で5分間遠心した。遠心後の上清180μLを新しいチューブに回収した。室温で60分間遠心エバポレーターにより濃縮を行った。濃縮後の試料を、-80℃下に30分放置し凍結させた。凍結した試料をオーバーナイトで乾燥させた。乾燥後の試料は、デシケーターで保存した。乾燥した試料にメトキシアミン溶液(20mg/mL、ピリジンで溶解)80μLを添加し、37℃、30分間、200rpmの条件で振とうした。その後、N-メチル-N-トリメチルシリルトリフルオロアセトアミド40μLを添加し、37℃、30分間、1200rpmの条件で振とうした。振とう後の試料を、16000×g、25℃の条件で5分間遠心した。遠心後の上清50μLをガラスバイアルに移し、このバイアルをGC-MSのオートサンプラーに設置した。
【0045】
(GC/MS)
ガスクロマトグラフィの条件
システム:GCMS-TQ8040(島津製作所)
カラムオーブン温度:80℃、インジェクション温度:280℃、インジェクションモード:スプリット導入法、キャリアガス:ヘリウム、キャリアガス流量:39cm/sec
分離カラム:
DB-5(アジレントテクノロジー):固定相;(5%-フェニル)-メチルポリシロキサン(無極性)、長さ;30.0m、内径:0.25mm、膜厚:1.00μm
カラム温度プログラム:
時間(分) 温度(℃)
0 80
2.5 80
18.5 280
23.0 280
【0046】
質量分析の条件
システム:GCMS-TQ8040(島津製作所)
イオン源温度:200℃、インターフェイス温度:250℃、検出器電圧:0.2kV、測定モード:スキャンモード、走査範囲:m/z 85-500
【0047】
(データ解析)
各保持時間においてm/zを走査して得られた検出強度から、各保持時間におけるマススペクトルを作成した。過去に得られた血清試料におけるマススペクトルのデータに基づいて、作成したマススペクトルにおける各ピークに対応する代謝物(136種)を同定した。各代謝物に対応する検出強度を、内部標準であるイソプロピルリンゴ酸に対応する検出強度を用いて標準化し、試料における濃度を算出した。NAFLD群と正常群とにおいて各代謝物の濃度を統計解析により比較した。統計解析では、単変量解析として対応の無いt検定およびマン・ホイットニーのU検定を用い、複数の代謝物についての多変量解析としてロジスティック回帰分析を用いた。NAFLDの診断能は、各代謝物については、ROC(Receiver Operating Characteristic)曲線を作成し、ROC曲線より下側の部分の面積(AUC)を用いて評価した。複数の代謝物での検討はLASSO法を用いた。代謝物および調整因子を投入したモデルでは、c統計量を用いて評価した。
【0048】
(結果)
NAFLD群および正常群の2群間で対応のないt検定を行い、有意な差が認められた代謝物はグルタミン酸、2-オキソグルタル酸、バリン、チロシン、2-アミノアジピン酸、フェニルアラニン、ピルビン酸、尿酸、2-オキソカプロン酸およびアラニン(p値が最も小さい代謝物を第1位とし、p値が小さい順に第10位までの代謝物を列挙)であった。以下の表2に、これらの代謝物のp値とt統計量とを示した。t統計量はいずれの代謝物においても負の値であったことから、NAFLD群よりも正常群において代謝物の量が少なかったことがわかる。表中「xE-y」の表記は、xに10の-y乗を掛けあわせた値を示し、以下の各表でも同様である。
【0049】
【0050】
従属変数としてNAFLD群/正常群、調整因子として年齢、性およびBMIを投入しNAFLD群と各代謝物の関連をロジスティック回帰分析で検討した結果、2-オキソグルタル酸で最も強い関連を認めた(回帰係数 0.5658、標準誤差 0.0547、1SD当たりの変化に対するオッズ比1.761、95%信頼区間 1.582-1.960、p値=4.10E-25)。以下の表3に2-オキソグルタル酸を含む5代謝物のロジスティック回帰分析における回帰係数、標準誤差およびp値を示した。なお、調整因子での調整を行わなかった時(すなわち表2における)の順位、およびt統計量とP値を記載した。
【0051】
【0052】
診断能について検討した。従属変数はNAFLD群/正常群とし各代謝物についてROC解析を行い、AUCを検討した結果、値の大きかった代謝物はグルタミン酸(AUC=0.759)、2-オキソグルタル酸(AUC=0.729)、バリン(AUC=0.699)であった。以下の表に各代謝物のAUCを示す。
【0053】
【0054】
前記では、単一の代謝物による診断能の検討であったが、複数の代謝物を用いて、同様に検討した。LASSO法による検討を行った結果、70の代謝物が選択され、その場合のAUCは0.870であった。70の代謝物は以下の通りである。ホウ酸、フェノール、2-ヒドロキシイソ酪酸、グリコール酸、アラニン、グリシン、2-ヒドロキシ酪酸、p-クレゾール、3-ヒドロキシ酪酸、3-ヒドロキシイソ酪酸、2-ヒドロキシイソ吉草酸、2-アミノ酪酸、3-ヒドロキシイソ吉草酸、バリン、尿素、カプリル酸、グリセロール、アセツル酸、リン酸、イソロイシン、プロリン、コハク酸、フマル酸、セリン、グルタル酸、2‐デオキシテトロン酸、デカン酸、アスパラギン酸、メチオニン、ピログルタミン酸、ヒドロキシプロリン、グルタミン酸、フェニルアラニン、ラウリン酸、アスパラギン、2-アミノアジピン酸、アコニット酸、グルタミン、ヒスチジン、チロシン、パルミトレイン酸、尿酸、ステアリン酸、トリプトファン、2-ピリドン、ピルビン酸、3-アミノプロパン酸、エリトリトール、トレオン酸、2-オキソグルタル酸、クレアチニン、キシリトール、アラビトール、フコース、エタノールアミンリン酸、イソクエン酸、ヒポキサンチン、馬尿酸、1,5-アンヒドロ-D-グルシトール、3-メチルヒスチジン、マンノース、リシン、パラキサンチン、シロイノシトール、3-インドールプロピオン酸、キヌレニン、シスチン、アセト酢酸、グルコン酸、リボース。
【0055】
同じ従属変数に対して調整因子として年齢、性およびBMIを投入したモデルでのc統計量はグルタミン酸が0.873と最も大きくなった。以下の表5に各代謝物のc統計量を示した。なお、調整因子での調整を行わなかった時(すなわち表4における)の順位、およびAUCを記載した。
【0056】
【0057】
近年、BMIが高くない、つまり肥満とはされない群におけるNAFLDが臨床的に問題視されている。そこで、上記解析をBMIが25未満の肥満ではない群において行ったところ、同様の結果となった。
【0058】
さらに、BMIが23未満の標準体重未満ではない群において、上述の解析を行ったところ、同様の結果となった。
【0059】
次の優先権基礎出願の開示内容は引用文としてここに組み込まれる。
日本国特許出願2018年第180886号(2018年9月26日出願)