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特許6998133リポ多糖を用いた脳機能改善剤、食品及び医薬品
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】リポ多糖を用いた脳機能改善剤、食品及び医薬品
(51)【国際特許分類】
   A61K 31/739 20060101AFI20220111BHJP
   A61K 35/741 20150101ALI20220111BHJP
   A61K 35/74 20150101ALI20220111BHJP
   A61P 25/28 20060101ALI20220111BHJP
   A23L 33/10 20160101ALI20220111BHJP
【FI】
A61K31/739
A61K35/741
A61K35/74 B
A61P25/28
A23L33/10
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017105133
(22)【出願日】2017-05-28
(65)【公開番号】P2018199643
(43)【公開日】2018-12-20
【審査請求日】2020-04-01
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構、 戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)次世代農林水産業創造技術、産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】510096614
【氏名又は名称】自然免疫制御技術研究組合
(73)【特許権者】
【識別番号】500315024
【氏名又は名称】有限会社バイオメディカルリサーチグループ
(73)【特許権者】
【識別番号】508098394
【氏名又は名称】自然免疫応用技研株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】100110191
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 和男
(72)【発明者】
【氏名】杣 源一郎
(72)【発明者】
【氏名】稲川 裕之
(72)【発明者】
【氏名】河内 千恵
(72)【発明者】
【氏名】小林 優多郎
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】池田幸矢 ほか,マクロファージ細胞株RAW264.7におけるPantoea agglomerans由来LPSの貪食能活性化に関する検討,バイオ治療法研究会学術集会プログラム・抄録集,2016年,第20回,p.42,特に「背景・目的」欄
【文献】INAGAWA, Hiroyuki et al.,Primed Activation of Macrophages by Oral Administration of Lipopolysaccharide Derived from Pantoea a,in vivo,2016年,Vol.30,pp.205-211,ISSN:0258-851X, 特に第210頁左欄第27行~第36行
【文献】KOBAYASHI, Y. et al.,Effect of Lipopolysaccharide Derived from Pantoea agglomerans on the Phagocytic Activity of Amyloid,Anticancer Res.,2016年,Vol.36(7),pp.3693-3698,ISSN:0250-7005, 特に「アブストラクト」、第3693頁右欄第1行~第7行、第19行、第3693頁右欄第
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
A23L 33/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アミロイドβタンパク質の脳内蓄積を抑制することによって脳機能を改善するための脳機能改善剤、食品又は医薬品であって、パントエア菌LPSからなるリポ多糖を有効成分とし経口投与、経皮投与又は口腔投与する、脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【請求項2】
改善される脳機能が、加齢又は加齢に伴う脳疾患に起因して低下した認知機能であることを特徴とする請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【請求項3】
パントエア菌LPSを有効量含有する、請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【請求項4】
アルツハイマー病を予防するための、請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【請求項5】
パントエア菌LPSを1日投与単位あたり0.1~1mg/kg体重の割合で含有する請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リポ多糖を含有する脳機能改善剤、食品及び医薬品に関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、我が国では、総人口が減少する一方で、65歳以上の高齢者人口は年々増加傾向にある。厚生労働省によると、高齢者人口(2015年)は3300万人を超え、高齢化率は26.7%に達しているといわれている。高齢者疾患のひとつである認知症においては、国内の患者数は現在460万人を超えており、2025年には、700万人、高齢者の5人に1人になると見込まれている。認知症患者の約60%はアルツハイマー病、約20%が血管性認知症であり、残りはレビー小体型認知症などの種々の認知症疾患が含まれている。アルツハイマー病の臨床症状は、記憶障害や言語障害などの認知機能障害、精神症状、行動障害等である。アルツハイマー病の病理学的特徴として、アミロイド斑ともよばれる老人斑と神経原線維変化等の異常構造物が大脳皮質・海馬の広範囲に沈着することがある。アミロイド斑の主構成成分はアミロイドβタンパク質(以下、単に「Aβ」ともいう)であり、特に、42残基からなるAβペプチド(以下、単に「Aβ1-42」ともいう)は凝集性が高く、アミロイド沈着に中核的な役割を果たすことが知られている。後者は、過剰にリン酸化されたタウタンパク質である。現在、アルツハイマー病の病理カスケードとしてアミロイド仮説が一般的に支持されている。Aβの過剰な蓄積によるアミロイド斑の形成、タウタンパク質の蓄積(神経原線維変化)、次いで神経変性・神経細胞死へ至るという時系列である(非特許文献1)。健常者の脳内においても加齢とともにAβは出現するが、Aβ産生に関わる酵素の遺伝子変異又はAβ分解系の活性低下により、Aβ蓄積が促進されると考えられている。アルツハイマー病の治療薬としては、神経伝達物質やその受容体を標的にした治療薬(アセチルコリンエステラーゼ阻害薬やN-メチル-D-アスパラギン酸受容体拮抗薬)が開発されてきたが、Aβの蓄積やタウタンパク質の凝集等の病理変化を治療する治療薬ではないため、アルツハイマー病の進行を阻止できる根本的な治療薬ではない。
【0003】
一方、脳組織のマクロファージであるミクログリアは損傷を受けた組織の修復、脳内における老廃物の貪食除去等、脳内の恒常性(ホメオスタシス)維持に重要な役割を担うことが明らかとなっている。ミクログリアはAβ受容体を発現しており、貪食反応によりAβの取り込み・分解を行うことから、ミクログリアのAβ貪食能活性化を活性化させることによって、Aβの過剰蓄積を起因とするアルツハイマー病の予防が期待できる。近年、ミクログリアのAβ貪食能を活性化できる作用を有する化合物の探索が進められており、オレイン酸アミド(非特許文献2)やペプチド(特許文献1)等の食品成分がin vitro実験系で効果が報告されている。
【0004】
ところで、リポ多糖はグラム陰性菌の細胞壁の外膜成分のひとつである。コレラ菌由来毒性物質に対してエンドトキシンという名称が1892年に与えられ、エンドトキシンの本体がリポ多糖であることが1954年に報告された(非特許文献3)。しかし、近年、アルツハイマー病モデルマウスに対するリポ多糖の頭蓋内注射は、ミクログリアの活性化を誘導し、Aβの脳内沈着を抑制することが報告されている(非特許文献4)。同様に、リポ多糖の構成成分であるリピッドAの誘導体であり、アジュバント(免疫賦活剤)として認可されているMPL(Monophosphoryl lipid A)の腹腔内注射は、Aβ脳内沈着抑制作用及び学習機能改善作用を示すことが報告されている(非特許文献5)。一方、リポ多糖の経口又は経皮による摂取においては、明らかな毒性が認められず、高脂血症やアレルギー等の疾患に対する改善効果を示すとの報告がある(非特許文献6)。杣らは、このリポ多糖のひとつが小麦共生細菌パントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)に由来するリポ多糖(以下、「パントエア菌LPS」ともいう)であることを発見し、化粧品、食品、機能性食品等に添加しても安全なリポ多糖を得るための発酵及び培養方法を報告している(特許文献2)。深坂らは、舌下投与されたパントエア菌LPSはアジュバントとして作用し、粘膜の免疫活性を高めることを動物実験で報告している(非特許文献7)。さらに、小林らは、マウス脳由来ミクログリアの初代細胞を用いた検討により、パントエア菌LPSがAβ1-42に対する貪食能を高めることを報告している(非特許文献8)。ところで経口投与したリポ多糖は消化管からは殆ど吸収されない。これが例えばデンプンであれば、ヒトはデンプン(グルコースのα1-4結合している高分子多糖)を消化する酵素(アミラーゼ、マルターゼ)を持っている(ウィキペディア、デンプン)ために消化されるが、LPSの多糖は3-5種類の6炭糖や5炭糖からなる構造であり(ウィキペディア、リポ多糖)、ヒトはLPSの多糖構造に対して分解できる消化酵素を持っていないため、消化されない。また脳内移行に関しては脳血液関門があることなどにより、仮に経口投与によりリポ多糖が血液中に吸収されたとしても脳内移行はさらに効率が低下することになるので、経口投与したリポ多糖は脳内まで到達することはないと考えられる。いわんやリポ多糖の経口投与によるAβ脳内沈着抑制効果又は学習機能改善効果は、これまで報告されておらず、いずれの文献にも記載されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-193865号公報
【文献】特開2011-193877号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】J. Hardy et al., Science, 297,353-356, 2002
【文献】Y. Ano et al., PLOS ONE, 10,e0118512, 2015
【文献】O. Westpal et al., AngewandteChemie, 66, 407-417, 1954
【文献】D. L. Herber et al., Journalof NeuroImmune Pharmacology, 2, 222-231, 2007
【文献】J. P. Michaud et al.,Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States ofAmerica, 110, 1941-1946, 2013
【文献】C. Kohchi et al., Journal of Bioscience and Bioengineering, 102,485-496, 2006
【文献】M. Fukasaka et al., PLOS ONE, 10,e0126849, 2015
【文献】Y. Kobayashi et al.,Anticancer Research, 36, 3693-3698, 2016
【文献】J. E. Morley et al.,Biochimica et Biophysica Acta, 1822, 650-656, 2012
【文献】J. Mehla et al., Journal ofAlzheimer’s Disease, 39, 145-162, 2014
【文献】K. Nakata et al., NutritionResearch and Practice, 5, 435-442, 2011
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
脳内Aβ沈着の抑制効果又は学習機能の改善効果は、認知症、特にアルツハイマー病の予防に有用であると考えられている。本発明は、以上のような背景に鑑みてなされたものであり、上記の発酵培養法(特許文献2)により比較的容易に入手可能なリポ多糖によるAβ脳内沈着の抑制効果又は学習機能の改善効果を有する脳機能改善剤、食品及び医薬品を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討した。パントエア菌LPSをアルツハイマー病モデルマウスに対して経口投与し、その影響を調べた。その結果、パントエア菌LPSの経口投与によって、脳内のAβペプチド蓄積量が有意に減少すること、学習機能が改善することを見出し、本発明を完成した。本発明の脳機能改善剤は、パントエア菌LPSを有効成分として含有することを特徴とする、アルツハイマー病に対するものである。
【0009】
即ち、本発明は下記の構成を有するものである。
(1)アミロイドβタンパク質の脳内蓄積を抑制することによって脳機能を改善するための脳機能改善剤、食品又は医薬品であって、パントエア菌LPSからなるリポ多糖を有効成分とし経口投与、経皮投与又は口腔投与する、脳機能改善剤、食品又は医薬品。
(2)改善される脳機能が、加齢又は加齢に伴う脳疾患に起因して低下した認知機能であることを特徴とする請求項1の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
(3)パントエア菌LPSを有効量含有する、請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
(4)アルツハイマー病を予防するための、請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
(5)パントエア菌LPSを1日投与単位あたり0.1~1mg/kg体重の割合で含有する請求項1に記載の脳機能改善剤、食品又は医薬品。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、パントエア菌LPSにより、アルツハイマー病の予防効果、特に、Aβ脳内沈着の抑制効果及び学習機能改善効果を有する薬剤、食品等の組成物を提供できる。パントエア菌LPSは食品用、化粧品用、飼料用等の形態による経口又は経皮投与における安全性が確認されていることから、副作用のリスクが小さい予防効果が期待できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】水迷路試験におけるトレーニング試験の結果を示したものである。連続した5日間のトレーニングにより、プラットフォーム到達に要する時間はすべての群で短縮したことを示すグラフである。なお、群間での差は認められていない。
図2】水迷路試験におけるプローブ試験における代表的な水泳軌跡を示したものである。点線の円はプラットフォームが設置されていた位置を示している。
図3】水迷路試験のプローブ試験において、プラットフォームが設置されていた四分円領域にマウスが滞在していた時間の結果を示したものである。高脂肪飼料を摂取したPC群では滞在時間の減少が認められていることに対して、パントエア菌LPS摂取は滞在時間を延長させることを示す結果である。
図4】18週間飼育後のマウスから摘出した脳におけるAβ(Aβ1-40及びAβ1-42)の蓄積量を示す。高脂肪飼料を摂取したPC群では、NC群と比較して、Aβ1-40量の有意な上昇が認められており、パントエア菌LPS摂取は、PC群と比較して、Aβ1-40及びAβ1-42量の有意に低下させることを示す結果である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明の脳機能改善剤及び食品組成物は、パントエア菌LPSを含有する。
【0013】
ここで、「パントエア菌LPS」は、特に記載した場合を除き、特許文献2に記載の手順に従い、小麦に共生するグラム陰性菌のパントエア・アグロメランス(Pantoea agglomerans)を小麦粉で培養し、菌体からリポ多糖を熱水抽出し、固形分を除去したリポ多糖を指す。
【0014】
本発明の脳機能改善剤及び食品は、加齢又は加齢に伴う脳疾患に起因する脳機能障害、特に認知機能障害を改善することができる。認知機能障害を伴う脳疾患としては、例えば、アルツハイマー病等を明示できる。
【0015】
本発明のパントエア菌LPSは、ヒト、ヒト以外の哺乳類(ブタ、ウシ、ヒツジ、ウマ、イヌ、ネコ等の家畜)、鳥類(ニワトリ、シチメンチョウ、アヒル等の家禽)等に適用することができる。
【0016】
本発明の医薬組成物の投与経路、剤形は、目的、症状、対象者の年齢、体重等に応じて適宜設計することができる。投与経路の例としては、経口投与、経皮投与、口腔投与、皮下注射、皮内注射、腹腔内注射、筋肉内投与などがある。好ましくは、経口投与、経皮投与、口腔投与である。剤形の形としては、散剤、顆粒剤、液剤、カプセル、細粒剤、丸剤、シロップ剤、乳剤等が挙げられる。この医薬組成物は、経口投与が可能であり、かつ有効である。これらの製剤は、パントエア菌LPSに加えて、医薬品として許容可能な種々の添加物、例えば、安定化剤、充填剤、乳化剤、増量剤、賦形剤、結合剤、保湿剤、崩壊剤、界面活性剤、懸濁剤、コーティング剤、着色剤、香料、風味剤、甘味剤、保存剤、酸化防止剤を含有させることができる。
【0017】
本発明の食品組成物は、パントエア菌LPSをそのまま使用し、あるいは他の食品又は食品成分と混合する等、食品組成物における常法に従って使用できる。また、その形態についても、特に制限されず、通常用いられる食品の状態、例えば、固体状(粉末、顆粒状等)、ペースト状、液状又は懸濁状のいずれでもよい。本発明の食品組成物は、栄養機能食品、特定保健用食品、機能性表示食品、健康食品、栄養補助食品、ドリンク剤、清涼飲料、アルコール飲料、サプリメント、飼料、飼料添加物等とすることができる。
【0018】
本発明の脳機能改善剤又は食品組成物は、経口摂取の場合、パントエア菌LPSを、成人1日あたり0.1~1mg/kg体重の範囲で含有するように配合されるのが好ましく、1~数回に分けて投与することができる。好ましくは0.3~1mg/kg体重、より好ましくは0.5~1mg/kg体重である。かかる用量は、対象者の年齢、体重、健康状態、投与方法及び他の剤(又は食品成分)との組み合わせなどの種々の因子に応じて適宜調整することができる。長期間に亘って予防の目的で摂取する場合には、上記範囲より少量であってもよい。
【実施例
【0019】
以下、実施例により本発明をより詳細に説明するが、本発明は、以下の実施例に制限されるものではない。
[実施例1]アルツハイマー病モデルマウスに対するパントエア菌LPSの経口投与試験方法
パントエア菌LPSは、杣らが開発したリポ多糖の発酵培養法(特許文献2)に従い、調製・精製されたもの(Lipopolysaccharide, Pantoea agglomerans〈LPS〉、自然免疫応用技研社)を使用した。実験には、アルツハイマー病モデルマウスとして12-14週齢の雄SAMP8マウス(Senescence accelerated mouse-prone 8/Ta Slc、日本SLC社)を使用し、1週間予備飼育後、体重により4群に分けた。35%脂肪を含む飼料(リサーチダイエット)を与え、0.3又は1mg/kg体重/dayのパントエア菌LPSを含む水を、自由飲水による経口投与で与えた。なお、コントロール群には、35%脂肪を含む飼料又は4%脂肪を含む飼料(リサーチダイエット)を与え、同様の方法で水を与えた。マウスの飼育は、温度湿度管理された動物施設にて、自由摂食、自由飲水、12時間光照射/12時間暗黒下の環境条件にて行った。17週間飼育後、以下に示す水迷路試験を1週間行い、学習機能を評価した。水迷路試験終了の翌日、心臓より採血をした。脳、肝臓、精巣上体周囲白色脂肪細胞を摘出した。本動物実験は香川大学動物実験委員会によって承認されている。
【0020】
この実施例では、アルツハイマー病モデルマウスとして雄SAMP8マウスを使用した。本マウスは加齢に伴い、脳内Aβ沈着量の増加や学習機能の低下等、アルツハイマー病様の症状を示すことから、老化促進モデルマウスとして使用されている(非特許文献9)。また、高脂肪食の摂取は、2型糖尿病様の症状、例えば、空腹時血糖値の増加、HbA1c値の増加等を誘導することで、アルツハイマー病の進展を加速化することが報告されている(非特許文献10)。
【0021】
本実施例では、マウスを以下の4群に分けた。
(1)NC群:4%脂肪を含む飼料(低脂肪飼料)及び水を自由摂取により与えた。
(2)PC群:35%脂肪を含む飼料(高脂肪飼料)及び水を自由摂取により与えた。
(3)パントエア菌LPS
0.3mg/kg体重/day群:高脂肪飼料及びパントエア菌LPS(0.3mg/kg体重/day)を含む水を自由摂取により与えた。
(4)パントエア菌LPS 1mg/kg体重/day群:高脂肪飼料及びパントエア菌LPS(1mg/kg体重/day)を含む水を自由摂取により与えた。
【0022】
[水迷路試験]
(1)装置
円筒形プール(直径100 cm、深さ40 cm)に水(23±1℃)を入れ、透明なプラットフォーム(直径10 cm)が水面下1cmに沈むように設置した。市販の黒色インクをプールの水に加え、水泳中のマウスがプラットフォームを視認できないようにした。プール水面の真上に市販のデジタルカメラを設置し、マウスの水泳を動画で記録した。水泳軌跡の解析は、画像解析ソフトAminalTrackerを用いて、「Neuroinformatics, 14, 479-481, 2016」記載の方法に従い行った。
【0023】
(2)手順
試験前日に、マウスをプールに馴れさせるために、各々1回泳がせた。手順は、水面上1cmに固定したプラットフォームにマウスを20秒間静置したのち、30秒間自由に泳がせた。その後、実験者の手でマウスをプラットフォーム上に誘導し、20秒間静置した。また、プールに入れる際はマウスをプールの壁向きに入水させ、実験者は速やかにマウスから見えない位置に移動した。1~5日目はマウスにプラットフォームの位置を記憶させるトレーニングを実施した。トレーニングは1日に4回連続して行った。トレーニングの手順は、マウスを任意の位置からプールに入れ、60秒間泳がせ、水面下1cmに設置したプラットフォームを探索させた。プラットフォーム到達に要する時間を記録し、60秒で到達できない場合は60秒と記録した。また、時間内にプラットフォームに到達しないマウスは実験者の手でプラットフォームに誘導した。プラットフォームに到達後、20秒間静置し、マウスをプールから取り出した。6日目にプローブ試験を行った。プローブ試験は、プールからプラットフォームを取り除き、マウスを60秒間泳がせ、プールの各4分円領域内での滞在時間を測定した。なお、プローブ試験は各マウスにつき1回行った。
【0024】
血液の血糖値は血糖値測定装置(Roche diagnostics)、HbA1cは酵素法測定キット(積水メディカル)を用いて測定した。血漿中のトリグリセリド、総コレステロール、LDLコレステロール、HDLコレステロールは酵素法測定キット(和光純薬工業)を用いて測定した。血漿中の酸化LDLはELISAキット(Kamiya Biomedical Company)を用いて測定した。脳内Aβペプチド蓄積量はELISAキット(和光純薬工業社)を用いて測定した。取扱説明書のプロトコルに従い、摘出したマウス大脳サンプルからAβ画分を調製し、Aβ1-42及び40残基からなるAβペプチド(Aβ1-40)を各々定量した。結果は、平均値及び平均値の標準誤差(SEM)で表した。また、Tukey-Kramerの多重比較に従い一元配置分散分析を行った。異なる符号はP<0.05で有意差があることを示す。
【0025】
[結果]
18週間の飼育後、体重は、NC群とPC群で有意な差が認められたが、パントエア菌LPS投与群との差は認められなかった。空腹時血糖値は、NC群と比較してPC群で明らかな増加、及びPC群と比較してパントエア菌LPS投与群で有意に低下した。同様に、HbA1cは、NC群と比較してPC群で明らかな増加、及びPC群と比較してパントエア菌LPS 1mg/kg体重/day群で有意に低下した。また、肝臓重量及び精巣上体周囲白色脂肪重量は、NC群と比較してPC群で明らかな増加、及びPC群と比較してパントエア菌LPS投与群での有意な低下が認められた(表1)。このことから、高脂肪飼料を摂取したマウスでは、2型糖尿病様の症状(血糖値やHbA1c値の上昇等)を発症しており、パントエア菌LPSの投与により、糖代謝機能が改善されることが分かる。
【0026】
血中脂質を解析した結果、パントエア菌LPS投与群において、総コレステロール及びLDLコレステロールの明らかな低下が認められた。HDLコレステロールは、PC群と比較して、パントエア菌LPS1mg/kg体重/day群では明らかな上昇が認められた。また、血漿の酸化LDLは、パントエア菌LPS0.3mg/kg体重/dayよりもパントエア菌LPS1.0mg/kg体重/dayの方がPC群と比較して低い値となった(表1)。このことから、高脂肪飼料を摂取したSAMP8マウスにおいて、パントエア菌LPSの経口投与は、糖代謝及び脂質代謝を改善することが分かる。これまで、中田らは、糖尿病モデルマウス(KK-Ay)に対するパントエア菌LPS配合(0.02%w/w)茶飲料の経口投与試験において、水を与えたコントロール群と比較して、空腹時血糖値が有意に低下したこと、さらに、同パントエア菌LPS配合茶飲料の臨床試験(二重盲検無作為化比較試験)において、当該飲料の摂取によるLDLコレステロールの低下及びHDLコレステロールの増加を報告している(非特許文献10)。
【0027】
【表1】
【0028】
水迷路試験のトレーニング試験を行った結果、5日間のトレーニングにより、いずれの群においてもプラットフォーム到達に要する時間の短縮が認められたが、群間で差は認められなかった(図1)。トレーニング試験の翌日にプローブテストを行った。マウスの水泳軌跡は、各群において代表的なデータを図2に示した。プラットフォームが設置されていた4分円領域の滞在時間において、NC群と比較して、PC群で明らかな減少が認められた。また、パントエア菌LPS0.3mg/kg体重/dayよりもパントエア菌LPS1.0mg/kg体重/dayの方がPC群と比較して長い時間となった(図3)。水迷路試験に基づいた学習機能評価の結果から、パントエア菌LPSの経口投与によって、アルツハイマー病発症(老化促進)モデルマウスの学習機能に関する脳機能が改善されることが分かる。
【0029】
脳内のAβ蓄積量をELISAにより測定した結果、Aβ1-40はNC群と比較してPC群で明らかな増加、及びPC群と比較してパントエア菌LPS投与群で有意に低下することが認められた。また、Aβ1-42については、NC群及びPC群間では有意な差が認められなかったが、PC群と比較してパントエア菌LPS投与群で有意な低下が認められた(図4)。このことから、パントエア菌LPSはAβの脳内蓄積を抑制することで、アルツハイマー病の発症(学習機能機能低下等)を抑制することが分かる。
図1
図2
図3
図4