(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-22
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】吸光光度法を利用した流れ分析法
(51)【国際特許分類】
G01N 21/3577 20140101AFI20220111BHJP
【FI】
G01N21/3577
(21)【出願番号】P 2017217276
(22)【出願日】2017-11-10
【審査請求日】2020-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】591061208
【氏名又は名称】日東精工アナリテック株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097928
【氏名又は名称】岡田 数彦
(72)【発明者】
【氏名】大野 慎介
(72)【発明者】
【氏名】雨宮 朋和
(72)【発明者】
【氏名】長畑 孝典
(72)【発明者】
【氏名】酒井 康成
【審査官】大河原 綾乃
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-523787(JP,A)
【文献】特開昭58-052550(JP,A)
【文献】ZAGATTO, E.A.G.,Compensation of the Schlieren effect in flow-injection analysis by using dual-wavelength spectrophotometry,Analytica Chimica Acta,1990年,Vol.234, No.1,p.153-160
【文献】DIAS, Ana Cristi B.,A critical examination of the components of the Schlieren effect in flow analysis,Talanta,2006年,Vol.68, No.4,p.1076-1082
【文献】本水 昌二,フローインジェクション分析法:海水分析への応用,日本海水学会誌,1996年,第50巻 第5号,第363-377頁
【文献】ARAUJO, Alberto N.,A SIA SYSTEM WITH A MIXING CHAMBER FOR HANDLING HIGH CONCENTRATED SOLUTIONS: SPECTROPHOTOMETRIC CATALYTIC DETERMINATION OF IODIDE IN NUTRITION SALTS,Journal of Flow Injection Analysis ,1997年,Vol.14, No.2,p.151-163
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N21/00 - G01N21/61
G01N35/00 - G01N37/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
流体に試料を注入して試料中の目的成分を吸光光度法によって定量する流れ分析法であって、
試料ごとに吸光度を測定して得られるピーク信号の解析において、ベースラインからの変化量を積算してピーク面積を演算することによって目的成分を定量するに当たり、ベースラインの上下に一対のピークが現れた際、当該一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算してピーク面積を演算することを特徴とする流れ分析法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸光光度法を利用した流れ分析法に関するものであり、詳しくは、環境水などに含まれる微量成分をより高精度に定量可能な流れ分析法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
海水、環境水、工場用水、工場排水あるいは土壌などに含まれる微量成分、例えば、窒素、リン、ふっ素化合物、シアン化合物などを定量する場合には、吸光光度法が多く利用されるが、より効率的に多数回の分析を行うため、自動分析システムにおいては、吸光光度法を利用したフローインジェクション分析法(FIA)が広く普及している。フローインジェクション分析法は、流れ分析の一つであり、連続して細管中を流れているキャリヤー溶液に試料を注入し、次いでこれに試薬を混合した後、例えば吸光光度法を利用し、検出器で特定波長における細管中の反応生成物の吸光度を測定することにより目的成分を定量する。
【0003】
流れ分析における吸光光度法による定量においては、目的成分の濃度に応じて検量線の濃度範囲を決め、多数段階の濃度の検量線用標準液を予め調製し、試料の測定条件下で各検量線用標準液を測定し、得られた信号の解析によって検量線用標準液の濃度と吸光度に応じたピーク高さ又はピーク面積との関係線を作成しておく。そして、試料の測定では、得られた吸光度のピーク信号について、ベースライン(バックグランド)からの変化量としてピーク高さ又はピーク面積を求め、検量線に基づいて目的成分を定量する(非特許文献1,2)。
【0004】
また、上記のような流れ分析法に関しては、例えば海水試料の分析において、塩濃度の違いによりピーク信号に影響を受けることが指摘されている。すなわち、吸光度を測定した場合、流体中のキャリヤー溶液と試料ゾーンとの密度の違いにより、換言すれば、屈折率の違いにより、所謂シュリーレン現象が生じ、ピーク信号を解析した際、ベースラインに対して正と負の一対のピークが現れる場合がある。吸光度を測定して得られるピークを模式的に
図2に示すと、通常の試料では、
図2(a)、(b)に示すように、ベースラインから立ち上がる正の値のピークが得られるのに対し、シュリーレン現象の影響を受ける場合には、
図2(c)に示すように、ベースラインに対して正と負の値の一対のピークが得られる。このようなシュリーレン現象は、特に高感度の測定において影響するため、その場合には、大容量の試料を注入して一対のピークの間隔を広げ、その間に出現する目的信号の高さを測定すること等が示唆されている(非特許文献3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】日本工業規格,JIS K-0170:2011,「流れ分析法による水質試験方法-第4部:りん酸イオン及び全りん」
【文献】日本工業規格,JIS K-0126:2009,「流れ分析法通則」
【文献】日本海水学会誌,第50巻,第5号(1996),「フローインジェクション分析法:海水への応用」
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、流れ分析法は、短時間で多数回の測定を行うのに極めて有効な分析手法であるが、上記のようなシュリーレン現象による問題から、分析装置の開発も含め、比較的高濃度の成分の分析や塩類などの影響を受けない分析に関して普及しているという実情がある。
【0007】
具体的には、シュリーレン現象の影響を受けない通常のピーク信号の解析では、
図2(a)に示すように、ピーク高さを測定する場合、ピークのSV値(電圧値)の最高点を特定すると共に、ピークの始点と終点を結ぶ直線(ベースライン)に対する前記のSV値の最高点からの垂線の長さをピーク高さH1とする。また、
図2(b)に示すように、ピーク面積を測定する場合は、ピーク部分のSV値を積算して面積S3を演算すると共に、ベースラインの下側部分の面積S4を差し引いてピーク面積とする。
【0008】
しかしながら、塩類などの影響を受けるような分析、すなわち、キャリヤー溶液と試料の密度差によってシュリーレン現象が現れるピーク信号の解析では、
図2(c)に示すように、正のピークと負のピークが出現し、正のピーク高さやピーク面積が目的成分の濃度に対応しないため、実際、正確な定量が困難である。勿論、このような分析では、メーキング液を使用して補正することも考えられるが、準備工程が大掛かりとなり、成分の異なる多種多様な試料に対応することは実用上難しい。
【0009】
本発明は、上記の実情に鑑みてなされたものであり、その目的は、吸光光度法を利用した流れ分析法であって、キャリヤー溶液と試料の密度差によってシュリーレン現象が現れる分析にも適用でき、極めて微量な成分の分析においても高精度に定量可能な改良された流れ分析法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記の課題を解決するため、本発明者等は、成分濃度が既知の多数の試料を使用してシュリーレン現象が現れるピーク信号の解析を繰り返し、ベースラインの上下に現れる正と負の一対のピークの特性を解析し、それぞれ正のスカラー値の積算と負のスカラー値の積算とを比較したところ、意外にも、シュリーレン現象による妨害の程度に拘わらず、すなわち、ピークの高さに拘わらず、シュリーレン現象自体による正のピーク面積と負のピーク面積とが常に略同一であることを知徳した。更に、目的成分の濃度の違いによる正のピーク面積の変化に着目して検証した結果、正と負の一対のピークについて、ベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算するならば、シュリーレン現象による影響が相殺され、その結果、極めて微量濃度でも目的成分を正確に定量し得ることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の要旨は、流体に試料を注入して試料中の目的成分を吸光光度法によって定量する流れ分析法であって、吸光度を測定して得られるピーク信号の解析において、ベースラインからの変化量を積算してピーク面積を演算することによって目的成分を定量するに当たり、ベースラインの上下に一対のピークが現れた際、当該一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算してピーク面積を演算することを特徴とする流れ分析法に存する。
【発明の効果】
【0012】
本発明に係る流れ分析法によれば、ピーク信号の解析においてベースラインの上下に一対のピークが現れた際、これら一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算してピーク面積を演算することにより、シュリーレン現象による影響を相殺できるため、キャリヤー溶液と試料の密度差に拘わらず吸光光度法によって目的成分を定量することができ、極めて微量な成分も高精度に分析することができる。また、その結果、成分の異なる多種多様な試料を一層効率的に分析することができる。しかも、本発明は、ピーク信号解析用のプログラミングを変更するだけで既存の分析装置において容易に実施することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明に係る流れ分析法におけるピーク信号の解析原理を示す模式的なグラフである。
【
図2】従来のピーク信号の解析原理を示す模式的なグラフであり、分図(a)、(b)はシュリーレン現象のない通常のピークを示すグラフ、分図(c)はシュリーレン現象が現れるピークを示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係る流れ分析法の実施形態について
図1を参照して説明する。本発明の流れ分析法は、吸光光度法を利用した分析法であり、海水、環境水、工場用水、工場排水あるいは土壌などに含まれる微量成分、例えば、窒素、リン、ふっ素化合物、シアン化合物などの定量分析に適用することができる。本発明の流れ分析法としては、流れている流体に試料を注入して試料中の目的成分を吸光光度法によって定量する流れ分析法であれば特に制限はないが、一層効率的な分析処理を行う観点から、フローインジェクション分析法が好適である。
【0015】
フローインジェクション分析法に使用される分析装置は、JIS K-0170にも記載されているように、機器構成自体は公知であり、細管で構成された分析ラインの基端側からキャリヤー溶液を供給する送液ポンプ、多方切替弁または自動試料注入装置から構成され且つ分析ラインに試料を注入する試料導入部、当該試料導入部よりも下流側に設けられ且つ分析ラインに試薬を注入する試薬添加部、当該試薬添加部よりも下流側に設けられ且つ恒温槽に収容された反応コイル、当該反応コイルの下流側に設けられ且つ収容されたフローセルに流れる流体の吸光度を測定する吸光光度検出器、演算処理装置を含み且つ吸光光度検出器で得られた信号を処理する解析部から主として構成される。
【0016】
上記の分析装置を使用したフローインジェクション分析法においては、先ず、送液ポンプにより分析ラインにキャリヤー溶液として例えば水を0.1~2.0ml/minの一定流量で供給する。次いで、試料導入部から分析ラインのキャリヤー溶液に試料を一定流量注入する。試料の注入量は、目的成分の濃度にもよるが、通常は100~500μl程度とされる。続いて、試薬添加部を通じて、分析ラインに試薬を注入し、分析ライン内で一定流量で送液される試薬と試料を混合する。試薬は、目的成分に応じて予め調製されるが、例えば、工場排水中のりん酸イオンを定量する場合には、モリブデン酸アンモニウム溶液やアスコルビン酸溶液を試薬として用いる。
【0017】
次いで、反応コイルにおいて試料中の目的成分と試薬を反応させた後、これを吸光光度検出器のフローセルに導入して吸光度を測定する。反応コイル及びフローセルは、内径が0.5~0.8mmのフッ素樹脂製の細管で構成され、吸光光度検出器では、通常、波長880nmでの吸光度を測定する。そして、吸光光度検出器で得られた電圧信号を解析部で処理し、バックグランドをベースラインとしてピーク信号を得た後、演算処理装置により斯かるピーク信号を解析して目的成分を定量する。
【0018】
吸光光度法による分析においては、従来の分析法と同様に、先ず、予め調製した複数の濃度の検量線用標準液について上記のように吸光度を測定し、ピーク信号の解析によって検量線用標準液の濃度と吸光度に応じたピーク面積との関係線を作成しておく。そして、同様にして試料を測定し、吸光度を測定して得られるピーク信号の解析において、ベースラインからの変化量を積算してピーク面積を演算し、検量線に基づいて目的成分を定量する。
【0019】
本発明においては、ピーク面積に基づいて目的成分を定量するに当たり、
図1に示すように、ベースラインの上下に一対のピークが現れた際、換言すれば、シュリーレン現象が現れた場合、これら一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算してピーク面積を演算する。すなわち、ベースラインから立ち下った負のSV値(設定電圧値)を積分して得られる負のピーク面積S1に対して、ベースラインから立ち上がった正のSV値(設定電圧値)を積分して得られる正のピーク面積S2を加算し、これをピーク面積とする。これにより、シュリーレン現象が現れる解析においても、通常のピーク信号の解析と同様に目的成分を定量することができる。
【0020】
シュリーレン現象が現れるピーク信号の解析において、一対のピークについて上記のように正・負の値として全て積算することによって目的成分を定量し得る理由は次のように考えられる。すなわち、キャリヤー溶液と試料との密度の違いでシュリーレン現象が生じる場合、その程度の如何に拘わらず、シュリーレン現象による一対のピークの正のピーク面積と負のピーク面積とが常に略同一であるため、正と負の一対のピークについて、ベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算することにより、シュリーレン現象による影響が相殺され、その結果、極めて微量濃度でも目的成分を正確に定量することができる。
【0021】
因に、通常の解析では、ベースラインより正の頂点、又は負の頂点からベースラインに垂線を引き、正側の面積を計算されるが、シュリーレン効果が見られる場合には、満足する分析値を得ることが出来ない。
【0022】
上記のように、本発明の流れ分析法によれば、吸光度を測定して得られるピーク信号の解析において、ベースラインからの変化量を積算してピーク面積を演算することによって目的成分を定量するに当たり、ピーク信号の解析においてベースラインの上下に一対のピークが現れた際、これら一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として全て積算してピーク面積を演算することにより、シュリーレン現象による影響を相殺できるため、キャリヤー溶液と試料の密度差に拘わらず吸光光度法によって目的成分を定量することができ、かつ、極めて微量な成分も高精度に分析することができる。また、特段の準備工程を必要とせずに流れ分析法を実施できるため、成分の異なる多種多様な試料を一層効率的に分析することができる。しかも、本発明は、ピーク信号解析用のプログラミングを変更するだけで既存の分析装置において容易に実施することができ、分析コストの増大も抑制できる。
【実施例】
【0023】
本発明の流れ分析法について、塩水中のふっ化物イオンの定量分析を想定し、予め標準試料を複数準備してこれを分析し、その精度を確認した。分析方法は、フローインジェクション分析とし、吸光光度法によってその目的成分を定量した。標準試料として、一定量のふっ化物イオン溶液へ塩化ナトリウム溶液を添加したものを6種類準備した。これらの塩化ナトリウム濃度は0~50g/lの範囲で設定した。そして、解析部の吸光光度検出器で標準試料の吸光度を測定し、得られたピーク信号を解析部の演算処理装置で処理し、ベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として積算してピーク面積を演算することにより目的成分であるふっ化物イオンを定量した。シュリーレン現象が現れるものは、ベースラインの上下に現れる一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として積算し、これをピーク面積とした。その結果、各標準試料について、表1に示すようなふっ化物イオン濃度を測定することができた。なお、表中のふっ化物イオンの回収率は、本来の標準試料中のふっ化物イオン濃度に対する測定で得られたふっ化物イオン濃度の比率を示す。
【0024】
また、分析精度を比較するため、上記と同様の6種類の標準試料について、吸光度の測定で得られたピーク信号について、ピーク高さに基づいてふっ化物イオン濃度を定量した。シュリーレン現象が現れるものは、ベースラインの上下に現れるピークのうちの正のピークの高さをピーク高さとした。この測定で得られたふっ化物イオン濃度およびふっ化物イオンの回収率を表1に参考例として示す。これらの結果から、一対のピークについてベースラインからの変化量をそれぞれ正・負の値として積算してピーク面積とする解析法が有効であり、かつ、塩化ナトリウム濃度が高くなるに従い、ピーク高さによる解析法よりもピーク面積による解析法の精度が高くなることが確認された。
【0025】
【産業上の利用可能性】
【0026】
吸光光度法を利用した本発明の流れ分析法は、キャリヤー溶液と試料の密度差によってシュリーレン現象が現れる分析にも適用でき、短時間で多数回の測定を行うのに極めて有効である。