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特許6999055高重合度メタリン酸塩を用いた、畜肉臭矯臭剤、食肉組成物、畜肉矯臭方法および食肉製品の製造方法。
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  • 特許-高重合度メタリン酸塩を用いた、畜肉臭矯臭剤、食肉組成物、畜肉矯臭方法および食肉製品の製造方法。 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-23
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】高重合度メタリン酸塩を用いた、畜肉臭矯臭剤、食肉組成物、畜肉矯臭方法および食肉製品の製造方法。
(51)【国際特許分類】
   A23L 13/40 20160101AFI20220111BHJP
   A23L 13/00 20160101ALI20220111BHJP
【FI】
A23L13/40
A23L13/00 A
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021049380
(22)【出願日】2021-03-24
【審査請求日】2021-04-09
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000229519
【氏名又は名称】日本ハム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】230104019
【弁護士】
【氏名又は名称】大野 聖二
(74)【代理人】
【識別番号】100119183
【弁理士】
【氏名又は名称】松任谷 優子
(74)【代理人】
【識別番号】100149076
【弁理士】
【氏名又は名称】梅田 慎介
(74)【代理人】
【識別番号】100173185
【弁理士】
【氏名又は名称】森田 裕
(74)【代理人】
【識別番号】100162503
【弁理士】
【氏名又は名称】今野 智介
(74)【代理人】
【識別番号】100144794
【弁理士】
【氏名又は名称】大木 信人
(72)【発明者】
【氏名】後藤 清太郎
(72)【発明者】
【氏名】今井 章寛
(72)【発明者】
【氏名】小俣 元
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-036370(JP,A)
【文献】特開2006-042636(JP,A)
【文献】特公昭46-015658(JP,B1)
【文献】特開2008-301814(JP,A)
【文献】特開2019-196338(JP,A)
【文献】特開2016-059282(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2011-0059584(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A23L 13/
A23L 27/
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を含有する、畜肉臭矯臭剤。
【請求項2】
少なくとも、食肉と、平均重合度が20以上であるメタリン酸塩とを含有し、
食肉組成物全体に対する、前記メタリン酸塩が、0.1重量%以上1.0重量%以下である、食肉組成物。
【請求項3】
亜硝酸ナトリウムを含有しない、請求項2に記載の食肉組成物。
【請求項4】
平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を食肉に接触させる処理を含む、畜肉臭矯臭方法。
【請求項5】
請求項に記載の畜肉臭矯臭方法を実施する工程を含む、食肉製品の製造方法。
【請求項6】
さらに、処理された食肉を加熱する工程を含む、請求項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、食肉製品の畜肉臭を消す(矯臭する)ための剤や、それを用いた食肉製品の製造方法に関する。別の側面からは、本発明は、メタリン酸塩の用途に関する。
【背景技術】
【0002】
食肉製品(食肉加工品)の発色剤として亜硝酸ナトリウムが使用される場合がある。亜硝酸ナトリウムには、加熱後の肉色を好ましいピンク色にする発色の効果のほか、加熱した肉に発生する脂肪酸化に起因した畜肉臭を消す矯臭効果があるとされている。一方で、発色剤として亜硝酸ナトリウムを使用せず上記のような効果を発揮する食肉製品の要望もあり、様々な検討がなされている。
【0003】
畜肉臭を低減するための剤やそれを用いた食肉製品の製造方法はこれまでにいくつか提案されている。例えば、特許文献1には、豆乳または乳清の、乳酸菌および酵母による発酵物を有効成分とし、畜肉臭等のマスキングするための発酵調味料組成物が記載されている。特許文献2には、エタノールアミンを有効成分として含有する、畜肉臭等のマスキング剤が記載されている。特許文献3には、スクラロースを含有する、食肉臭のマスキング剤が記載されている。
【0004】
一方、メタリン酸塩は、ピロリン酸塩、ポリリン酸塩などと共に、食肉加工品の保水性および結着性を向上させるための結着補強剤として、また微生物(食中毒菌)の繁殖を抑制する静菌剤として、一般的に用いられている(なお、ピロリン酸塩、ポリリン塩およびヘキサメタリン酸塩は「重合リン酸塩」と総称されることもある。)が、その他の効果を目的として用いることも提案されている。例えば、特許文献4には、コチニール色素およびメタリン酸ナトリウムを含有する畜肉水産練り製品用の着色料製剤が記載されている。特許文献5には、所定の必須成分を含有し、pHが7.01~12である、食品の劣化の防止や食感の向上のための食品改質剤が記載されており、そのpH調整剤の一例として、リン酸およびその塩などを用いることができることが記載されている。しかしながら、畜肉臭の矯臭を目的としてメタリン酸塩を使用することはこれまで提案されていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2017/014253号公報(特許第6668349号)
【文献】特開2016-220555号公報(特許第6674198号)
【文献】特表2000-157184号公報
【文献】特開2006-109722号公報
【文献】特開2011-030490号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1~3に記載されている発明が有する効果は、あくまでも加熱時の酸化により急増する畜肉臭をマスキングするものであり、畜肉臭の発生自体を抑制する(矯臭する)効果とはいえない。また、上記特許文献の発明に用いられている物質は、従来から食肉加工に用いられている食品または添加物でないため、食肉加工品中の材料(容器包装に表示すべき成分)の種類を増やしてしまうという問題や、味を大きく変えてしまうという問題があった。
【0007】
本発明は、食肉加工品中の材料の種類を増やすことなく、また好ましくは畜肉臭以外の風味には大きく影響することなく、亜硝酸ナトリウムを用いなくても畜肉臭の矯臭を可能とする手段を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者らは、食肉加工品中の材料の種類としては一般的であった「メタリン酸塩」のうち、結着補強剤や静菌剤などの従来の用途においてはこれまで活用されていなかった、重合度が一定水準以上の「高重合度メタリン酸塩」が、亜硝酸Naを使用しなくても畜肉臭の発生を抑制し、亜硝酸Naを使用している場合と遜色のない風味を呈するという、驚くべき作用を有することなどを見出し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は少なくとも、下記の発明を提供する。
[1]
平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を含有する、畜肉臭矯臭剤。
[2]
少なくとも、食肉と、項1に記載の畜肉臭矯臭剤とを含有する、食肉組成物。
[3]
前記食肉組成物全体に対する、前記畜肉臭矯臭剤中の平均重合度が20以上であるメタリン酸塩が、0.1重量%以上1.0重量%以下である、項2に記載の食肉組成物。
[4]
亜硝酸ナトリウムを含有しない、項2または3に記載の食肉組成物。
[5]
平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を食肉に接触させる処理を含む、畜肉臭矯臭方法。
[6]
項5に記載の食肉臭矯臭方法を実施する工程を含む、食肉製品の製造方法。
[7]
さらに、処理された食肉を加熱する工程を含む、項6に記載の製造方法。
[8]
項6または7に記載の製造方法により得られた食肉製品。
【0010】
なお、当業者であれば、本発明の技術的思想、本明細書の記載事項および技術常識に基づき、上記の各項に記載の発明に関する事項を、他のカテゴリーの発明に関する事項に変換する(読み替える)ことが可能である。例えば、項1の「平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を含有する、畜肉臭矯臭剤」は、「畜肉臭を矯臭するための(畜肉臭矯臭剤としての)、高重合度メタリン酸塩の使用」などの発明に変換することができる。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、矯臭作用を有する発色剤である亜硝酸ナトリウムを用いることなく、加熱時の畜肉臭の生成が抑制された、また好ましくはその他の風味にほとんど影響しない、食肉製品を製造することができる。このような効果は、例えば、畜肉臭の発生量の定量的な測定による評価と、官能試験による評価の両面によって確かめることができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1図1は、試験例2における、ソーセージの検体に含まれる畜肉臭(畜肉臭の指標成分)をガスクロマトグラフィーで測定した結果を示す。NC:無添加区、PC:亜硝酸塩添加区、T1:高重合度メタリン酸塩添加区(0.25%)。
図2図2は、試験例3における、ソーセージの検体に含まれる畜肉臭(畜肉臭の指標成分)をガスクロマトグラフィーで測定した結果を示す。NC:無添加区、T2:低重合度メタリン酸塩添加区(0.2%)、T3:高重合度メタリン酸塩添加区(0.2%)、T4:超高重合度メタリン酸塩添加区(0.2%)。
【発明を実施するための形態】
【0013】
-畜肉臭矯臭剤-
本発明の「畜肉臭矯臭剤」は、畜肉臭を矯臭する目的で使用される、平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を含有する。本明細書では、平均重合度が20以上であるメタリン酸塩を「高重合度メタリン酸塩」と呼び、そのうち平均重合度が100以上であるメタリン酸塩を「超高重合度メタリン酸塩」と呼ぶことがあるが、「超高重合度メタリン酸塩」も「高重合度メタリン酸塩」に包含され、「高重合度メタリン酸塩」として使用することができる。一方、平均重合度が20未満であるメタリン酸塩を「低重合度メタリン酸塩」と呼ぶことがあるが、「低重合度メタリン酸塩」は「高重合度メタリン酸塩」には該当せず、「高重合度メタリン酸塩」として本発明で使用することはできない。従来、食品に添加されていた「メタリン酸塩」は「低重合度メタリン酸塩」であった。
【0014】
ここで、「メタリン酸塩」(低重合度、高重合度、超高重合度いずれも)は「縮合リン酸塩」と総称される化合物群に属する。縮合リン酸塩は、オルトリン酸(H3PO4)を加熱することにより脱水反応が起こり、無機高分子となった化合物の塩を指す総称であり、メタリン酸塩以外にも、ポリリン酸塩およびウルトラリン酸塩を包含する。メタリン酸塩は、四面体PO4がO同士で架橋した鎖状構造を有する化合物の塩のうち、分子量が比較的高いもの、または、四面体PO4がO同士で架橋した環状構造を有する化合物の塩を指し、一般式(MPO3n(Mは塩の金属元素、例えばNa)で表されるとみなすことができ、酸化物比R(=M2O/P25)は1とみなすことができる。これに対して、ポリリン酸塩は、四面体PO4が架橋した鎖状構造を有する化合物の塩のうち、分子量が比較的低いものを指し、一般式Mn+2n3n+1で表すことができ(メタリン酸塩が鎖状構造を有する場合、ポリリン酸塩の一般式のnが十分に大きければ、メタリン酸塩の一般式(MPO3nに近似する)、酸化物比Rは1~2である。ウルトラリン酸塩は、四面体PO4が架橋した網目状構造を有する化合物の塩を指し、一般式xMnO・P25(0<x<1)で表すことができ、酸化物比Rは0~1である。
【0015】
メタリン酸塩は、原料化合物の加熱温度その他の条件により重合度(「鎖長」と表記されることもある。)が変動し、通常は重合度が異なる複数種のメタリン酸塩がそれぞれ所定の比率で存在する(つまり所定の分布を有する)集合体として合成される。本発明で用いる高重合度メタリン酸塩は、集合体中の化合物の重合度(鎖長)の平均値、すなわち平均重合度(平均鎖長)が、20以上であるメタリン酸塩の集合体であればよい。言い換えれば、平均重合度が20以上であるメタリン酸塩は、集合体としてそのような平均重合度を有するメタリン酸塩であればよく、集合体中の全てのメタリン酸塩の重合度が20以上である必要はない。
【0016】
高重合度メタリン酸塩の平均重合度は、20以上の範囲で、本発明における作用効果や製造コスト等を考慮しながら適宜調節することができるが、例えば、好ましくは30以上、より好ましくは100以上である。平均重合度が大きいほど、同量の高重合度メタリン酸塩によりもたらされる矯臭作用が高い傾向にある。言い換えれば、平均重合度が大きいほど、所望の程度の矯臭作用を達成するために必要な高重合度メタリン酸塩の使用量は、少なくて済む傾向にある。一方で、平均重合度が大きい高重合度メタリン酸塩または超高重合度メタリン酸塩を用いた場合、リン酸塩由来の渋い収斂味およびその他の風味が感じられるようになるなど、製品の良好な風味に影響することがある。高重合度メタリン酸塩の平均重合度は、矯臭作用と収斂味等への影響のバランスが所望のものとなるよう、また必要に応じて食肉製品の実施形態等を考慮して、その使用量とともに適切に調節する(一例として、平均重合度が30以上100未満のメタリン酸塩を、0.1重量%以上0.3重量%以下で用いる)ことが好ましい。
【0017】
平均重合度が20以上であるメタリン酸塩は、原料化合物の加熱温度その他の条件を調節することにより、公知の方法で合成することが可能である。また、平均重合度が20以上であるメタリン酸塩は、市販の製品として、または受注生産により、入手することも可能である(例えば、実施例で使用している高重合度メタリン酸塩および超高重合度メタリン酸塩)。なお、市販の製品のカタログ等に平均重合度(平均鎖長)が20以上であると記載されている場合や、受注生産において平均重合度が20以上であるものとして納品される場合のように、規格値として平均重合度が20以上であることが提示されているメタリン酸塩は、高重合度メタリン酸塩とみなし、本発明において使用することができる。
【0018】
本明細書において記載するメタリン酸塩の重合度の平均値は、「数平均」である。合成された(食肉と接触させる前の状態の)メタリン酸塩の重合度の数平均による平均値(数平均重合度)は、公知の手法により、例えば分析重合度として、求めることが可能である。例えば、分析重合度であれば、次のようにして数平均重合度を算出することができる。メタリン酸塩の所定の濃度(g/l)の試料液を調製する。金属原子MおよびリンPそれぞれの濃度(mol/l)を、炎光法、比色法等により測定する。測定されたMとPの濃度(原子数)の比からメタリン酸塩であることを確認する(約1となる)とともに、メタリン酸塩1gあたりのMまたはPの原子数から、メタリン酸塩1molあたりのMまたはPの原子数、すなわち数平均重合度が算出できる。なお、仮にメタリン酸塩がナトリウム塩だとし、数平均重合度をnとおけば、分子式は(NaPO3n、1分子あたりのNaおよびPの原子数はn、メタリン酸塩の分子量は約122nである。
【0019】
本発明の畜肉臭矯臭剤は、(i)ソーセージ類などを製造するための食肉組成物中や、ハム類、ベーコン類などの製造に用いられる塩漬剤組成物(例えば調味液)中に配合される前の、独立した状態の(通常は粉末状の)物質を指す場合もあるし、(ii)食肉組成物中にすでに配合されている、または塩漬用組成物中で他の成分と混合している(例えば塩漬液中に溶解している)状態の物質を指す場合もある。
【0020】
畜肉矯臭剤は、高重合度メタリン酸塩のみからなるものであってもよいし、高重合度メタリン酸塩と、本発明の作用効果を阻害しない範囲で、好ましくは増強するために、必要に応じて畜肉臭の矯臭等を目的として併用されるその他の成分(化合物等)をさらに含有する組成物(混合物)であってもよい。
【0021】
本発明の一実施形態において、高重合度メタリン酸塩は、塩漬用成分(塩漬剤としての一般的な成分)を含有する、塩漬剤組成物(例えば調味液)に配合して使用することができる。「塩漬用成分」は、従来の塩漬剤(塩漬用組成物)に配合されている一般的な成分を含有することができる。そのような塩漬用成分としては、例えば、食塩の他、亜硝酸ナトリウム等の発色剤;グルタミン酸ナトリウム等の調味料;砂糖、乳糖、ブドウ糖等の糖類;大豆たんぱく質、卵たんぱく質、乳たんぱく質、血液たんぱく質、カゼイン、澱粉等の結着材料;(本発明における高重合度メタリン酸塩以外の)重合リン酸塩等の結着補強剤;カゼインナトリウム等の乳化安定剤;L-アスコルビン酸ナトリウム等の酸化防止剤、ソルビン酸カリウム等の保存料;香辛料;甘味料;着色料などから選ばれる少なくとも1種が挙げられる。
【0022】
また、高重合度メタリン酸塩は、適量を用いた場合、従来の低重合度メタリン酸塩と同様に静菌作用を有する。したがって、本発明の畜肉臭矯臭剤は、静菌剤としての機能を兼用することも可能である。
【0023】
なお、発色剤として一般的に用いられている亜硝酸ナトリウムも矯臭作用を有するが、本発明では、塩漬剤組成物に亜硝酸ナトリウムを含めてもよいし、含めなくても(いわゆる無塩せきにしても)よい。本発明の好ましい一実施形態では、塩漬剤組成物は亜硝酸ナトリウムを含有せず、高重合度メタリン酸塩が矯臭作用にとっての有効成分となることができる。
【0024】
-食肉組成物-
本発明の食肉組成物は、少なくとも、食肉(原料肉)と、高重合度メタリン酸塩とを含有する。このような食肉組成物は、典型的には、本発明の畜肉臭矯臭方法において(接触処理等により)得られるもの、または本発明の食肉製品の製造工程の中間段階において得られるものであり、加熱処理前の状態のものを指す場合もあるし、加熱処理後の状態のものを指す場合もある。
【0025】
本発明における「食肉」としては、一般的な食肉製品、特に加熱工程を経て製造される食肉製品と、同様の食肉を採用することができ、特に限定されるものではない。そのような食肉としては、例えば、牛肉、豚肉、馬肉、羊肉、山羊肉等の畜肉;家禽肉;家兎肉;鰹、鮪等の魚肉;鯨肉等が挙げられる。食肉は、挽肉状(チョッピングされた状態)であってもよいし、ブロック状であってもよい。
【0026】
例えば、ソーセージ類などの製造において調製される、挽肉状の食肉と、高重合度メタリン酸塩と、必要に応じて用いられるその他の成分(例えば塩漬用成分)との混合物は、本発明の食肉組成物の一実施形態である。また、ハム類、ベーコン類などの製造等において調製される、高重合度メタリン酸塩と、必要に応じてその他の成分(例えば塩漬用成分)とを含有する溶液(例えば調味液)が注入されたブロック状の食肉や、当該溶液に浸漬されたブロック状の食肉も、本発明の食肉組成物の一実施形態ということができる。
【0027】
本発明の食肉組成物における高重合度メタリン酸塩の含有量は、高重合度メタリン酸塩の重合度や、食肉組成物の用途に応じて、例えばその食肉組成物をどのような食肉製品を製造するために使用するか(例:食肉(原料肉)からの畜肉臭の発生のしやすさ)、調製された食肉組成物をどのような条件で加熱するか(例:加熱処理の時間、温度等)などに応じて、所望の本発明の作用効果が奏されるよう、適切に調節することができ、一律に限定されるものではない。
【0028】
本発明の一実施形態において、高重合度メタリン酸塩は、食肉組成物全体に対して、好ましくは0.1重量%以上となる量で、より好ましくは0.2重量%以上となる量で、また好ましくは1.0重量%以下、より好ましくは0.3重量%以下となる量で、使用することができる。高重合度メタリン酸塩の使用量が比較的少ない場合、畜肉臭の矯臭作用が所望の程度に達しないことがある。一方で、高重合度メタリン酸塩の使用量が比較的多い場合、リン酸塩由来の渋い収斂味およびその他の風味が感じられるようになるなど、製品の良好な風味に影響することがある。また、高重合度メタリン酸塩の使用量が同じ場合、重合度の高いものほど畜肉臭を矯臭する効果が高くなることがある。高重合度メタリン酸塩の使用量は、矯臭作用と収斂味等への影響のバランスが所望のものとなるよう、また必要に応じて食肉製品の実施形態等を考慮して、その平均重合度とともに適切に調節する(一例として、平均重合度が30以上100未満の高重合度メタリン酸塩を、0.1重量%以上0.3重量%以下で用いる)ことが好ましい。
【0029】
食肉組成物中の高重合度メタリン酸塩は、公知の手法により検出および定量することができる。例えば、(i)高重合度メタリン酸塩(または低重合度メタリン酸塩、配合リン酸塩等)を抽出するために、検体とする食肉組成物または食肉製品に過塩素酸を加えてホモジナイズし、濾液として試験液を調製する、(ii)試験液にEDTA緩衝液を加えて撹拌した後、強塩基性陰イオン交換樹脂を充填したカラムに通液し、所定の濃度の(例えば0.6~0.7Mの)塩化カリウム・EDTA溶液を通液して定容し、(iii)定容溶液にモリブデン酸溶液を加えて沸騰浴中につけ、その後硫酸ヒドラジン溶液を加えてさらに沸騰浴中につけた後、冷水につけて反応を止め、830nmで吸光度を測定する、(vi)測定された吸光度と、含有量および重合度が既知の高重合度メタリン酸塩(または対照としての低重合度メタリン酸塩、配合リン酸塩等)を含有する、検体と同種の食肉組成物または食肉製品である標準品から作成した検量線とを対比することにより、検体中の高重合度メタリン酸塩の含有量を算出する、あるいは検体が高重合度メタリン酸塩を含有するか(それとも低重合度メタリン酸塩を含有するかなど)を判定することができる。
【0030】
本発明の好ましい一実施形態では、食肉組成物は、発色剤として一般的に用いられており、矯臭作用も有する、亜硝酸ナトリウムを含有しないでよい、つまり無塩せき用の食肉組成物とすることができる。
【0031】
-畜肉臭矯臭方法-
本発明の畜肉臭矯臭方法は、高重合度メタリン酸塩を、食肉(原料肉)と接触させる処理(本明細書において「接触処理」と呼ぶことがある。)を含む。なお、本発明の畜肉臭矯臭方法は、典型的には後述する「食肉製品の製造方法」の一部として(一工程において)実施される発明であるが、本発明の一側面において、「畜肉臭矯臭方法」自体も一つの発明を構成する。
【0032】
高重合度メタリン酸塩を、食肉と接触させる手段は特に限定されるものではなく、必要に応じて適宜行われる処理によって、本発明の作用効果により畜肉臭の矯臭ができるようであれば、実施形態は特に限定されるものではない。例えば、ソーセージ類などを製造する場合、挽肉状の食肉に、高重合度メタリン酸塩、および必要に応じて用いられるその他の成分を、順次または同時に添加して混合することにより、それらを接触させることができる。また、ハム類、ベーコン類などを製造する場合、高重合度メタリン酸塩、および必要に応じて用いられるその他の成分を含有する溶液(例えば調味液)を調製し、ブロック状の食肉をその溶液に浸漬したり、ブロック状の食肉にその溶液を注入したりすることで、それらを接触させることもできる。
【0033】
本発明の畜肉臭矯臭方法の後には、接触処理により得られた食肉を加熱する処理(本明細書において「加熱処理」と呼ぶことがある。)が行われる。逆に言えば、本発明の接触処理は、加熱処理の前の任意の時点で行うことができる。例えば、接触処理は、塩漬処理の前に行う(塩漬処理前の食肉に高重合度メタリン酸塩を接触させる)ことも、塩漬処理と同時にまたは一体化して行う(塩漬処理中の食肉に高重合度メタリン酸塩を接触させる)ことも、塩漬処理の後に行う(塩漬処理後の食肉に高重合度メタリン酸塩を接触させる)こともできる。接触処理は、加熱処理により発生する畜肉臭を通常よりも抑制するための前処理ともいうべき処理に相当し、加熱処理は、通常よりも発生する畜肉臭が抑制されるという本発明の効果を実際に確認できる処理に相当する。加熱処理は、食肉(原料肉)の用途に応じて、特に目的とする食肉製品に応じて、適切な時間、温度等の条件下で行うことができる。
【0034】
本発明の畜肉臭矯臭方法は、必要に応じて、上述した接触処理および加熱処理以外に、本発明の作用効果を阻害しないその他の処理を含むこと、または接触処理とその他の処理とを一体化することができる。そのような処理の典型例としては、塩漬処理が挙げられる。例えば、高重合度メタリン酸塩を前述したような塩漬用成分と一緒に食肉と接触させる接触処理を行った後、適切な期間、適切な温度、圧力、pH等の条件下で静置する塩漬処理を行うことができる。塩漬処理のための(処理済みの食肉を静置する)期間や温度、圧力等の条件は、食肉の用途、特に目的とする食肉製品に応じて適宜設定することができるが、例えば、従来の塩漬用組成物を用いた塩漬処理と同様の期間や条件を採用することができる。
【0035】
本発明の畜肉臭矯臭方法において、高重合度メタリン酸塩は、前述したような本発明の畜肉臭矯臭剤として、食肉と接触させることができる。本発明の畜肉臭矯臭剤または食肉組成物に関して記載した事項は適宜、本発明の畜肉臭矯臭方法に関する事項に読み替えることができる。例えば、本発明の高重合度メタリン酸塩を、前述したような塩漬用成分と共に含有する塩漬用組成物を調製した場合、その塩漬用組成物と食肉を接触させて静置することにより、接触処理および塩漬処理を一体的に行うことができる。
【0036】
本発明の畜肉臭矯臭方法により得られた食肉、すなわち、食肉(原料肉)に、高重合度メタリン酸塩を接触させる処理により得られたものは、高重合度メタリン酸塩を(例えば前述したような好ましい量で)含んでいる食肉である。食肉が加熱処理の前のものであれば、加熱処理を行ったときに、発生する畜肉臭が通常よりも抑制されるという効果を確認することができる。
【0037】
-食肉製品の製造方法-
本発明の食肉製品の製造方法は、上述したような本発明の畜肉臭矯臭方法を実施する工程を含む。例えば、本発明の食肉製品の製造方法は、本発明の畜肉臭矯臭方法における接触処理を実施する工程(接触工程)を含むことができる。本発明の畜肉臭矯臭方法(そこに含まれる処理)に関して記載した事項は適宜、本発明の食肉製品の製造方法(そこに含まれる工程)に関する事項に読み替えることができる。
【0038】
本発明における「食肉製品」は、一般的な食肉製品、特に加熱工程など畜肉臭が発生しやすい工程を経て製造される食肉製品と、同様の形態とすることができる。食肉製品の種類は特に限定されるものではなく、加熱食肉製品(包装後加熱、加熱後包装)および特定加熱食肉製品のいずれであってもよく、畜肉臭を矯臭することが必要である(好ましい)場合は、非加熱食肉製品や乾燥食肉製品であってもよい。そのような食肉製品としては、例えば、ハム類(ロースハム、ボンレスハム、プレスハム、生ハム等)、ベーコン類(ロースベーコン等)、ソーセージ類(フランクフルトソーセージ、ウインナーソーセージ等)、ローストビーフ、焼豚等が挙げられる。また、食肉製品は、レトルトパウチ食品であってもよい。
【0039】
本発明の食肉製品の製造方法は、食肉製品に応じて、従来の製造方法に含まれる工程と同様のその他の工程をさらに含むことができる。そのような工程としては、例えば、成形工程、塩漬工程、加熱工程が挙げられる。
【0040】
成形工程は、ソーセージ類の製造方法においては、挽肉状の食肉組成物をケーシング(羊、豚、牛等に由来するもの、または塩化ビニル等から人工的に製造されたもの)に充填する処理を実施する工程とすることができ、ハム類およびベーコン類の製造方法においては、ブロック状の食肉組成物を所定の形状に切断(スライス)する処理を実施する工程とすることができる。
【0041】
塩漬工程は、接触処理と一体的に実施される工程であってもよいし、接触処理とは分離された塩漬処理を実施する工程であってもよい。塩漬工程の条件(時間、温度等)は適宜調節できるが、例えば処理時間は、好ましくは24~134時間、より好ましくは72~124時間とすることができる。
【0042】
加熱工程は、成形工程を経る前の、または経た後の食肉組成物を、燻製処理したり、ボイル処理したりする工程とすることができる。また、食肉製品を容器で密封した後に行われるレトルト処理(加圧加熱殺菌処理)する工程も、加熱工程に相当する。
【実施例
【0043】
以下、実施例を通じて、本発明の実施形態をより具体的に開示するが、本発明の技術的範囲は実施例として開示した実施形態に限定されるものではない。当業者であれば、目的とする本発明の用途や作用効果に適応するよう、本発明の技術的思想ならびに本明細書および図面の内容を全体的に考慮して、実施例として開示した実施形態を拡張したり、他の様々な実施形態に改変したりすること、あるいは必要に応じて、従来技術(公知の発明)が備える技術的特徴をさらに組み合わせたりできることを、当業者は理解することができる。本明細書に記載したもの以外の、本発明を実施するために必要な事項は、本発明の属する技術分野における技術常識や従来技術を適宜参酌することができる。
【0044】
以下の実施例(試験例)で用いた配合リン酸塩およびメタリン酸塩は次の通りである。
配合リン酸塩=ピロリン酸四カリウム、ピロリン酸二水素二ナトリウム、ピロリン酸四ナトリウム、ポリリン酸カリウム、ポリリン酸ナトリウムの混合物。
低重合度メタリン酸塩:「メタリン酸ナトリウム」(太平化学産業株式会社)。平均重合度(鎖長)20未満(規格値)。
高重合度メタリン酸塩:「メタリン酸ナトリウム」(太平化学産業株式会社)。平均重合度(鎖長)20以上(規格値)。
超高重合度メタリン酸塩:「スーパーヘキサ」(登録商標、ミテジマ化学株式会社)。平均重合度100以上(規格値)。
【0045】
[試験例1]ソーセージの製造および官能評価試験
表1に示す配合に従って原料を混合し、ソーセージ用食肉組成物を調製した。調製された食肉組成物を乾燥、燻煙、蒸煮を含む63℃、30分相当の加熱を経てソーセージを製造した。その後4時間冷却し、N2置換包装し、2日間冷蔵保存した。
【0046】
【表1】
【0047】
上記のようにして得られたNCを1検体、PCを1検体、およびT1を2検体(AおよびB)、合計4検体を用意した。これら4検体について、6名のパネラーに下記の2つの質問を行い、質問1の評価点の平均値および質問2の順位の平均値を求めた。官能評価については意図的な評価にならないよう、サンプル名を明記せず目隠しにて行った。
質問1:口に入れて2~3回噛んだときの風味および臭いの評価(5=良い~1=悪い)
質問2:全体的な風味および臭いに関して良好な順位(1位~4位)
【0048】
結果を表2に示す。高重合度メタリン酸塩を用いたT1は、亜硝酸Naと用いたPCと同等の良好な風味を示した。
【0049】
【表2】
【0050】
[試験例2]臭気成分分析
試験例1において製造したNC、PCおよびT1、それぞれ1検体ずつ、次の手順でガスクロマトグラフィー(GC)により臭気成分を分析した。各検体をホモジナイズし、有機溶媒にて抽出してサンプルを得た。サンプルをエバポレーターで蒸留した後、回収した溶媒層を、ステンレスカラム「GC-2010」(株式会社SHIMADZU)を用いてGCを行った。リテンションタイム(R.T.)10.6分付近で検出される畜肉臭の指標成分のピーク面積を測定した。
【0051】
結果を図1に示す。畜肉臭の指標となる成分は、T1(高重合度メタリン酸塩添加区)のソーセージにおいて、PC(亜硝酸Na添加区)と同等に低かった。
【0052】
[試験例3]重合度の異なるメタリン酸塩の比較(臭気成分分析)
ソーセージ用食肉組成物の配合を表3に示すように変更したこと以外は試験例1と同様にして、ソーセージを製造し、冷蔵保存した。
【0053】
【表3】
【0054】
上記のようにして得られた各試験区のソーセージそれぞれ1検体ずつを、試験例2と同様の手順で、GCにより臭気成分を分析した。結果を図2に示す。T3(高重合度メタリン酸塩添加区)およびT4(超高重合度メタリン酸塩添加区)は、NC(無添加区)と比較して畜肉臭の指標となる成分が著しく低く、畜肉臭を抑える効果、すなわち矯臭効果が高いことが認められた。T2(低重合度メタリン酸塩添加区)も、NC(無添加区)と比較して畜肉臭の指標となる成分がやや低下した。
【0055】
[試験例4]重合度の異なるメタリン酸塩の比較(官能評価)
ソーセージ用食肉組成物の配合を表4に示すように変更したこと以外は試験例1と同様にして、ソーセージを製造し、冷蔵保存した。それぞれのソーセージの検体について、5名のパネラーに下記の2つの質問を行い、質問3および4それぞれの評価点の平均値を求めた。
質問3:口に入れて2~3回噛んだときの畜肉臭の評価(5=良い~1=悪い)
質問4:口に入れて2~3回噛んだときのその他の風味の評価(5=良い~1=悪い)
【0056】
【表4】
【0057】
結果を表4にあわせて示す。メタリン酸塩を添加した試験区(T5~T9)は、無添加の試験区(NC)と比較したときに、官能評価における畜肉臭の矯臭効果が認められた。また、配合量が同じ場合、T6(高重合度メタリン酸塩添加区)およびT9(超高重合度メタリン酸塩添加区)は、T5(低重合度メタリン酸塩添加区)よりも、官能評価における畜肉臭の矯臭効果が高い傾向にあり、PC(亜硝酸塩添加区)に匹敵する矯臭効果を示すことができるが、T5はPCほどの矯臭効果を示すことができなかった。ただし、高重合度メタリン酸塩の配合量が0.5%以上の試験区(T7およびT8)や、超高重合度メタリン酸塩が配合された試験区(T9)では、リン酸塩に由来すると考えられる渋い収斂味が「その他の風味」として感じられるようになることも示された。矯臭効果をもたらすとともに、収斂味等の「その他の風味」になるべく影響しないようにするためには、超高重合度メタリン酸塩(平均重合度が100以上)よりも高重合度メタリン酸塩(平均重合度が30以上100未満)を選択したり、高重合度メタリン酸塩や超高重合度メタリン酸塩の使用量を適切な範囲に調節したりすることが望ましい傾向にあることが分かる。
【要約】
【課題】食肉加工品中の材料の種類を増やすことなく、また好ましくは畜肉臭以外の風味には大きく影響することなく、亜硝酸ナトリウムを用いなくても畜肉臭の矯臭を可能とする手段を提供する。
【解決手段】平均重合度が20以上であるメタリン酸塩(高重合度メタリン酸塩)を含有する畜肉臭矯臭剤、および少なくとも食肉と当該畜肉臭矯臭剤とを含有する食肉組成物。食肉組成物全体に対する、畜肉臭矯臭剤中の高重合度メタリン酸塩は、0.1重量%以上1.0重量%以下であることが好ましい。食肉組成物は、矯臭効果を有する発色剤である亜硝酸ナトリウムを含有しないでもよい。
【選択図】なし
図1
図2