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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】プラズマ溶射用材料
(51)【国際特許分類】
   C23C 4/04 20060101AFI20220111BHJP
   A61L 27/04 20060101ALI20220111BHJP
   A61L 27/06 20060101ALI20220111BHJP
   A61L 27/10 20060101ALI20220111BHJP
   A61L 27/18 20060101ALI20220111BHJP
   A61L 27/32 20060101ALI20220111BHJP
   A61L 27/56 20060101ALI20220111BHJP
   C23C 4/134 20160101ALI20220111BHJP
【FI】
C23C4/04
A61L27/04
A61L27/06
A61L27/10
A61L27/18
A61L27/32
A61L27/56
C23C4/134
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2021559697
(86)(22)【出願日】2021-06-30
(86)【国際出願番号】 JP2021024830
【審査請求日】2021-10-07
(31)【優先権主張番号】P 2020129674
(32)【優先日】2020-07-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000237972
【氏名又は名称】富田製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100124431
【弁理士】
【氏名又は名称】田中 順也
(74)【代理人】
【識別番号】100174160
【弁理士】
【氏名又は名称】水谷 馨也
(74)【代理人】
【識別番号】100175651
【弁理士】
【氏名又は名称】迫田 恭子
(72)【発明者】
【氏名】北村 直之
(72)【発明者】
【氏名】板東 明人
(72)【発明者】
【氏名】津村 勇多
(72)【発明者】
【氏名】櫛木 陽平
【審査官】中西 哲也
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-325553(JP,A)
【文献】特開平10-072666(JP,A)
【文献】特許第6522271(JP,B1)
【文献】国際公開第01/081243(WO,A1)
【文献】F.E. BASTAN et.al.,Spray draying of hydroxyapatite powders: The effct of spray drying parameters and heat treatment on,Journal of Alloys and Compounds,NL,ELSEVIER,2017年07月10日,Vol.724,p.586-596
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 4/00-6/00
A61L 27/00-27/60
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
Science Direct
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
平均粒子径(D50)が15~40μmであり、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上における細孔容積が0.20~0.80cc/gであるハイドロキシアパタイト粉末を含む、プラズマ溶射用材料。
【請求項2】
前記細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.25cc/gである、請求項1に記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項3】
前記平均粒子径(D50)が20~40μmである、請求項1又は2に記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項4】
前記ハイドロキシアパタイト粉末のBET比表面積が5m2/g未満である、請求項1~3のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項5】
1種以上の単原子分子のみからなるガスを作動ガスとして使用するプラズマ溶射に用いられる、請求項1~のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項6】
基材上での皮膜形成に使用される、請求項1~のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項7】
前記基材の素材が樹脂、金属、又はセラミックである、請求項に記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項8】
前記基材の素材がポリエーテルエーテルケトンである、請求項又はに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項9】
前記基材の素材がチタン合金である、請求項又はに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項10】
前記基材がインプラントである、請求項6~9のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
【請求項11】
請求項1~10のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料をプラズマ溶射し、基材上にハイドロキシアパタイト皮膜を形成させる、ハイドロキシアパタイト皮膜の形成方法。
【請求項12】
前記基材の素材が樹脂、金属、又はセラミックである、請求項11に記載のハイドロキシアパタイト皮膜の形成方法。
【請求項13】
前記基材の素材がポリエーテルエーテルケトンである、請求項11又は12に記載のハイドロキシアパタイト皮膜の形成方法。
【請求項14】
前記基材の素材がチタン合金である、請求項11又は12に記載のハイドロキシアパタイト皮膜の形成方法。
【請求項15】
前記基材がインプラントである、請求項11~14のいずれかに記載のハイドロキシアパタイト皮膜の形成方法。
【請求項16】
平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上における細孔容積が0.20~0.80cc/gであるハイドロキシアパタイト粉末の、プラズマ溶射用材料としての使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、硬度が高く摩耗しにくいハイドロキシアパタイトの皮膜を形成できるプラズマ溶射用材料に関する。
【背景技術】
【0002】
高齢化により骨折や変形性股関節症が主な原因として、人工関節や脊椎内固定器具等のインプラントを使用するケースが増加している。従来、インプラントの基材としては、強度及び安定性が高いチタン合金やCo-Cr-Ni合金等の金属材料が多用されてきた。しかしながら、金属材料は高強度であるものの、弾性が低いため自家骨への損傷を生じさせたり、X線透過性が低いため骨病変部の診断が困難になったりするという欠点があった。
【0003】
そこで、金属材料の前記欠点を解消するために、自家骨と近似した強度、弾性、耐薬品性、及びX線透過性を持つポリエーテルエーテルケトン(以下、PEEKと表記することもある)等の樹脂材料をインプラントの基材として使用されるようになっている。但し、PEEKは、優れた物性をもつものの、生体不活性であり、生体組織と直接結合しないため、PEEKを基材とするインプラントでは緩みが生じるという問題点がある。
【0004】
PEEKを基材とするインプラントの前記問題点を解決するために、PEEK表面に生体活性材料をコーティングする方法やPEEKと生体活性材料を混錬する方法により、生体親和性(生体組織と直接結合するような性能)を付与する検討等がなされている。しかしながら、混錬法では、生体活性材料とPEEKを混錬するため、PEEK本来の物性が保持できず、更に表面全体に生体活性材料を存在させることはできない。そのため、PEEK本来の物性を保持しつつ、表面全体に生体親和性を備えさせるには、コーティング法が好ましいと考えられている。
【0005】
従来、生体活性材料としてハイドロキシアパタイト(以下、HApと表記することもある)が主に使用されており、そのコーティング方法としてはプラズマ溶射法、浸漬法、電気泳動法、フレーム溶射法等の方法による皮膜形成が検討されているが、生産効率や装置の普及率の観点からプラズマ溶射法が最も好ましいとされている。従来、プラズマ溶射法によってPEEK等のプラスチック材料にHApの皮膜を形成させる手法について報告されている(例えば、特許文献1等参照)。
【0006】
一方、プラズマ溶射法では、陰極と陽極間に電圧をかけ発生したアークにアルゴンガス等の作動ガスが供給されると作動ガスが電離し、これにより発生したプラズマフレーム中にプラズマ溶射材料を供給することで、プラズマフレームが持つ温度及び気流によって溶融したコーティング材料が基材に接着し、皮膜が形成される。プラズマフレームは約10000℃付近に達するため、基材が高温になる。基材が金属の場合、フレーム熱により分解することはないが、基材が樹脂製の場合、熱分解や熱変性を起こすことがある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平4-146762号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
プラズマ溶射法によってPEEK等の樹脂製基材にHAp皮膜を形成する場合、樹脂製基材の熱分解や熱変性を抑制するために、プラズマ溶射時のフレームエネルギーを低下させることが必要になる。しかしながら、フレームエネルギーを低下させると、皮膜を形成できなくなったり、形成された皮膜の硬度が不十分で摩耗し易くなったりする。そのため、プラズマ溶射の条件を制御するだけでは、PEEK等の樹脂製基材に高い硬度のHAp皮膜を形成することができないという問題点がある。
【0009】
そこで、本発明は、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成できるプラズマ溶射用材料を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者等は、前記課題を解決すべく鋭意検討を行ったところ、平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであるHAp粉末は、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成することが可能になっており、樹脂製基材に対して熱分解や熱変性を生じさせることなくHAp皮膜を形成できることを見出した。本発明は、かかる知見に基づいて、更に検討を重ねることにより完成したものである。
【0011】
即ち、本発明は、下記に掲げる態様の発明を提供する。
項1. 平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであるHAp粉末を含む、プラズマ溶射用材料。
項2. 前記細孔容積が0.01~0.25cc/gである、項1に記載のプラズマ溶射用材料。
項3. 前記平均粒子径(D50)が20~40μmである、項1又は2に記載のプラズマ溶射用材料。
項4. 前記HAp粉末のBET比表面積が5m2/g未満である、項1~3のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
項5. 前記HAp粉末の水銀圧入法によって測定される2000nm以上における細孔容積が0.20~0.80cc/gである、項1~4のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
項6. 1種以上の単原子分子のみからなるガスを作動ガスとして使用するプラズマ溶射に用いられる、項1~5のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
項7. 基材上での皮膜形成に使用される、項1~6のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
項8. 前記基材の素材が樹脂、金属、又はセラミックである、項7に記載のプラズマ溶射用材料。
項9. 前記基材の素材がポリエーテルエーテルケトンである、項7又は8に記載のプラズマ溶射用材料。
項10. 前記基材の素材がチタン合金である、項7又は8に記載のプラズマ溶射用材料。
項11. 前記基材がインプラントである、項7~10のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料。
項12. 項1~11のいずれかに記載のプラズマ溶射用材料をプラズマ溶射し、基材上にHAp皮膜を形成させる、HAp皮膜の形成方法。
項13. 前記基材の素材が樹脂、金属、又はセラミックである、項12に記載のHAp皮膜の形成方法。
項14. 前記基材の素材がポリエーテルエーテルケトンである、項12又は13のいずれかに記載のHAp皮膜の形成方法。
項15. 前記基材の素材がチタン合金である、項12又は13に記載のHAp皮膜の形成方法。
項16. 前記基材がインプラントである、項12~15のいずれかに記載のHAp皮膜の形成方法。
項17. 平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであるHAp粉末の、プラズマ溶射用材料としての使用。
【発明の効果】
【0012】
本発明のプラズマ溶射用材料によれば、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成することができる。そのため、本発明のプラズマ溶射用材料を用いて、PEEK等の樹脂製基材に対して低いフレームエネルギーでプラズマ溶射を行うことにより、当該樹脂製基材の熱分解や熱変性を抑制することができる。
【0013】
限定的な解釈を望むものではないが、本発明のプラズマ溶射用材料では、使用するHAp粉末において、平均粒子径が比較的小さい範囲に限定されていることにより低いフレームエネルギーでも粒子全体を溶融することが可能になっており、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が比較的小さい範囲に限定されていることに起因して、粒子内に存在する空隙が少ないため、粒子内部への熱の伝達が遮断されず、プラズマフレームの熱が粒子全体に伝達し易くなっており、更に基材への衝突エネルギーが高くなっていると類推される。本発明のプラズマ溶射用材料は、このような特性に基づいて、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件での要求性能を満足できると考えられる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1-1】実施例1~4のHAp粉末の外観を顕微鏡観察した像を示す。
図1-2】実施例5~6及び比較例1のHAp粉末の外観を顕微鏡観察した像を示す。
図1-3】比較例2~7のHAp粉末の外観を顕微鏡観察した像を示す。
図2-1】実施例1~4のHAp粉末をプラズマ溶射することにより形成したHAp皮膜の断面外観を顕微鏡観察した像を示す。
図2-2】実施例5~6及び比較例5のHAp粉末をプラズマ溶射することにより形成したHAp皮膜の断面外観を顕微鏡観察した像を示す。
図3】実施例1及び2のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を求めた結果を示す。
図4】実施例3及び4のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を求めた結果を示す。
図5】比較例1~3のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を求めた結果を示す。
図6】比較例4及び5のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を求めた結果を示す。
図7】比較例6及び7のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を求めた結果を示す。
図8】実施例5及び6のHAp粉末について、水銀圧入法で細孔径の分布を行った結果を示す。
図9】実施例1のHAp粉末について、粉末X線回折分析を行った結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のプラズマ溶射用材料は、平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであるHAp粉末を含むことを特徴とする。以下、本発明のプラズマ溶射用材料について詳述する。
【0016】
[HAp粉末の物性]
HApは、化学式Ca5(PO43(OH)で表されるリン酸カルシウムである。
【0017】
本発明で使用されるHAp粉末は、平均粒子径(D50)が15~40μmである。本発明で使用されるHAp粉末の平均粒子径(D50)として、好ましくは20~40μm、より好ましくは20~30μm、更に好ましくは25~30μm、特に好ましくは26~30μmが挙げられる。なお、本発明において、「平均粒子径(D50)」は、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて測定される体積累積基準粒度分布において累積度が50%となる粒子径(メジアン径)である。
【0018】
本発明で使用されるHAp粉末のD90については、前記平均粒子径(D50)の範囲を満たすことを限度として特に制限されないが、例えば、30~70μm、好ましくは35~55μm、より好ましくは41~47μmが挙げられる。なお、本発明において、「D90」は、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて測定される体積累積基準粒度分布において、累積度が90%となる粒子径である。
【0019】
本発明で使用されるHAp粉末のD10については、前記平均粒子径(D50)の範囲を満たすことを限度として特に制限されないが、例えば、7~30μm、好ましくは10~25μm、より好ましくは14~19μmが挙げられる。なお、本発明において、「D10」は、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて測定される体積累積基準粒度分布において、累積度が10%となる粒子径である。
【0020】
本発明で使用されるHAp粉末において、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積は0.01~0.30cc/gである。前述する平均粒子径の範囲と当該細孔容積の範囲を充足することにより、低いフレームエネルギーでのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成することが可能になる。低いフレームエネルギーでのプラズマ溶射条件下で形成されるHAp皮膜の硬度及び耐摩耗性をより一層向上させるという観点から、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積として、好ましくは0.01~0.25cc/g、より好ましくは0.01~0.23cc/g、更に好ましくは0.01~0.22cc/gが挙げられる。
【0021】
本発明において、「水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積」は、水銀ポロシメーターを用いて測定された細孔容積において、細孔径2000nm以下の領域の累積細孔容積である。当該細孔容積の測定において水銀ポロシメーターの条件は、水銀の接触角を140°、水銀の表面張力を480erg/cm2に設定される。
【0022】
本発明で使用されるHAp粉末において、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上における細孔容積については、特に制限されないが、例えば、0.20~0.80cc/g、好ましくは0.30~0.75cc/g、より好ましくは0.35~0.70cc/gが挙げられる。
【0023】
本発明において、「水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上における細孔容積」は、水銀ポロシメーターを用いて測定された細孔容積において、細孔径2000nm以上の領域の累積細孔容積である。当該細孔容積の測定において、水銀ポロシメーターの条件は、前記「細孔径2000nm以下における細孔容積」の場合と同様である。
【0024】
本発明で使用されるHAp粉末において、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下におけるモード径については、特に制限されないが、例えば、3~1000nm、好ましくは4~750nm、より好ましくは5~500nmが挙げられる。
【0025】
本発明において、「水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下におけるモード径」とは、水銀ポロシメーターを用いて測定された細孔分布において、細孔径2000nm以下の領域で出現比率が最も高い直径(最頻細孔直径)である。当該モード径の測定において、水銀ポロシメーターの条件は、前記「細孔径2000nm以下における細孔容積」の場合と同様である。
【0026】
本発明で使用されるHAp粉末において、水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上におけるモード径については、特に制限されないが、例えば、2000~15000nm、好ましくは5000~13000nm、より好ましくは7500~13000nm、特に好ましくは8000~11000nmが挙げられる。
【0027】
本発明において、「水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以上におけるモード径」とは、水銀ポロシメーターを用いて測定された細孔分布において、細孔径2000nm以上の領域で出現比率が最も高い直径(最頻細孔直径)である。当該モード径の測定において、水銀ポロシメーターの条件は、前記「細孔径2000nm以下における細孔容積」の場合と同様である。
【0028】
本発明で使用されるHAp粉末において、ガス吸着法によって測定される細孔容積については、特に制限されないが、例えば、0.0001~0.01cc/g、好ましくは0.0005~0.005cc/g、より好ましくは0.001~0.003cc/gが挙げられる。
【0029】
本発明において、「ガス吸着法によって測定される細孔容積」は、高速比表面積細孔分布測定装置を用いて、以下の方法で測定される値である。先ず、HAp粉末1.0~2.0gを正確に量り、吸着管に封入し、105℃で3時間脱気する。次いで、液体窒素ガス温度下で窒素ガスの吸着等温線を求め、液相対圧P/P0(P0:飽和蒸気圧)が0.995におけるガス吸着量から全細孔容積(cc/g)を算出する。
【0030】
また、本発明で使用されるHAp粉末において、ガス吸着法によって測定される平均細孔径については、特に制限されないが、例えば、5~1000nm、好ましくは8~700nm、より好ましくは10~550nmが挙げられる。
【0031】
本発明において、「ガス吸着法によって測定される平均細孔径」は、以下の式に従って算出される値である。
平均細孔径(nm)=4V/S×1000
V:ガス吸着法によって測定される細孔容積(cc/g)
S:BET比表面積(m2/g)
【0032】
また、本発明で使用されるHAp粉末の嵩密度については、特に制限されないが、例えば0.1~3.0g/mL、好ましくは0.4~2.0g/mL、より好ましくは0.6~1.1g/mLが挙げられる。
【0033】
本発明において、「嵩密度」は、ASTM B212に規定されている試験方法に基づいて測定されるゆるみ嵩密度である。
【0034】
本発明で使用されるHAp粉末のBET比表面積については、特に制限されないが、例えば、5m2/g未満、好ましくは0~2m2/g、より好ましくは0~1m2/gが挙げられる。
【0035】
本発明において、「BET比表面積」は、高速比表面積細孔分布測定装置を用いて、以下の方法で測定される値である。先ず、HAp粉末1.0~2.0gを正確に量り、吸着管に封入し、105℃で3時間脱気する。次いで、液体窒素ガス温度下で窒素ガスの吸着等温線を求め、その吸着等温線を用いて、多点BET法により比表面積(m2/g)を算出する。
【0036】
本発明で使用されるHAp粉末の安息角については、特に制限されないが、例えば、20~90°、好ましくは40~70°、より好ましくは40~60°が挙げられる。このような安息角を具備させるには、HAp粉末の粒子形状は、球形、略球状等であることが好ましい。
【0037】
本発明において、「安息角」は、注入法により、振動時間を30秒、振幅を0.5mmに設定して測定される値である。
【0038】
本発明で使用されるHAp粉末の粒子硬度については、特に制限されないが、例えば、100~15000gf/mm2、好ましくは500~10000gf/mm2、より好ましくは800~8000gf/mm2が挙げられる。
【0039】
本発明において、HAp粉末の「粒子硬度」は、粒子硬度測定装置を用いて、測定速度を10μm/s、極大値検出減少率を80%(ピーク値を読み取る閾値;直前のピーク値から20%荷重が下がった場合に、直前のピーク値を極大値として検出)、試料台検出荷重(原点位置を検出するための目安となる荷重)を10.0gfに設定して10回の測定を行い、平均値を算出することにより求められる値である。
【0040】
[HAp粉末の製造方法]
本発明で使用されるHAp粉末の製造方法については、前述する物性を備えるHAp粉末が得られることを限度として特に制限されないが、好適な一例として、下記第1工程~第5工程を含む製造方法が挙げられる。
第1工程:(1)水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する逐次添加工程を含む湿式法、又は(2)リン酸を水に溶解させたリン酸水溶液に水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液を添加する逐次添加工程を含む湿式法によりHApを生成させる。
第2工程:前記第1工程で得られたHApを湿式粉砕し、HApの湿式粉砕処理物を得る。
第3工程:前記第2工程で得られたHApの湿式粉砕処理物を乾燥し、乾燥HAp粉末を得る。
第4工程:前記第3工程で得られた乾燥HAp粉末に対して、1050℃超~1400℃未満の温度で焼成処理する。
第5工程:前記第4工程で得られた焼成HAp粉末を篩い分けすることにより、平均粒子径(D50)が15~40μmのHAp粉末を回収する。
【0041】
第1工程では、(1)水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する、又は(2)リン酸を水に溶解させたリン酸水溶液に水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液を添加することによって、カルシウムイオンとリン酸イオンを反応させて、HApの合成反応[10Ca(OH)2+6H3PO4→Ca10(PO46(OH)2]を行えばよい。前記第1工程では、最終的に共存させる水酸化カルシウムとリン酸の割合がHApのカルシウムとリンの割合と同等になるように調整すればよい。水酸化カルシウムを水中で乳液状に懸濁した液は、酸化カルシウムを水に添加して水和反応させることによって得ることができる。また、水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する場合、滴下するリン酸は、リン酸を水に溶解させたリン酸水溶液の状態であることが好ましい。水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する場合であれば、リン酸を滴下する速度については、滴下後の反応液のpHが9以下になるように適宜調整すればよいが、例えば、カルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子が0.05~0.6mol/h、好ましくは0.1~0.3mol/h、より好ましくは0.2mol/hとなる範囲が挙げられる。また、リン酸を水に溶解させたリン酸水溶液に水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液を添加する場合であれば、リン(P)原子1molに対し、カルシウム(Ca)原子が0.05~0.6mol/hとなる範囲が挙げられる。
【0042】
また、第1工程において、カルシウムイオンとリン酸イオンを反応させる際の温度(反応温度)については、滴下量、滴下速度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、20℃以上、好ましくは30~70℃、より好ましくは40~60℃となる範囲が挙げられる。さらに効率的にカルシウムイオンとリン酸イオンを反応させ、反応液を生成させるために、カルシウムイオンとリンイオンとを全量共存させた後に、前記温度条件で熟成させることが望ましい。本発明において、熟成とは、静置又は撹拌下で一定時間置いておくことを指す。熟成時間については、滴下量、滴下速度、反応温度等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、0分間以上、好ましくは0.5~5時間、より好ましくは1~3時間となる範囲が挙げられる。ここで、「熟成時間」とは、カルシウムイオンとリン酸イオンの全量が水中に共存した時点を0分として、静置又は撹拌下で置いておく時間を指し、例えば、水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する場合であれば、リン酸の滴下終了時点を0分として算出される時間である。
【0043】
なお、水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液とリン酸を同時に混合する湿式法でHApの合成を行うと、前述する物性を備えことができず、プラズマ溶射に供し得るHApは形成できなくなる。
【0044】
本発明で使用されるHAp粉末を効率的に製造するという観点から、第1工程は、水酸化カルシウムを懸濁させた懸濁液にリン酸を滴下する逐次添加工程を含む湿式法により行うことが好ましい。
【0045】
斯くして第1工程を行うことにより、HApが生成した反応液が得られる。
【0046】
第2工程では、前記第1工程で得られたHApを湿式粉砕し、HApの湿式粉砕処理物を得る。
【0047】
第2工程では、第1工程後の反応液をそのまま湿式粉砕に供してもよいが、第1工程後の反応液を濃縮した濃縮液や、第1工程後の反応液からHApを回収して水やアルコール等の有機溶媒に新たに懸濁させた懸濁液を湿式粉砕に供してもよい。
【0048】
第2工程において、湿式粉砕の方法は特に制限されず、例えば衝撃、せん断式、磨砕式、圧縮、振動等のいずれの方式で行ってもよい。また、湿式粉砕装置の種類についても、特に制限されず、例えば、高圧流体衝突ミル、高速回転スリットミル、アトライター、ボールミル、ビーズミル、ロールミル、リング状粉砕媒体ミル、高速旋回薄膜ミル等のいずれの装置であってもよい。これらの装置自体は公知又は市販のものを使用することができる。これらの湿式粉砕装置の中でも、ビーズミルを好適に用いることができる。
【0049】
湿式粉砕装置としてビーズミルを使用する場合、ビーズの種類については、特に制限されないが、ジルコニア系材料からなるビーズが好適である。ビーズの大きさは、例えば、直径0.1~3mm程度であればよい。ビーズの充填量については、用いる装置の大きさ等に応じて適宜設定すればよいが、例えば、50~90体積%程度の範囲内で適宜調整すれば良い。
【0050】
第2工程において、湿式粉砕の程度は、適宜調節すればよいが、前述する物性を備えるHAp粉末を効率的に製造するという観点から、湿式粉砕後のHAp粒子が、平均粒子径10μm以下、好ましくは5μm以下、最大粒子径100μm以下、好ましくは30μm以下、より好ましくは平均粒子径1~3μm且つ最大粒子径20μm以下となるように調整することが望ましい。本発明において、湿式粉砕後のHAp粒子の「平均粒子径」及び「最大粒子径」とは、それぞれ、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置を用いて測定されるメジアン径(D50)及び最大粒子径である。
【0051】
第3工程では、前記第2工程で得られたHApの湿式粉砕処理物を乾燥し、乾燥HAp粉末を得る。第3工程で使用される乾燥方式については、特に制限されないが、例えば、スプレードライ(噴霧乾燥)、箱形乾燥、バンド乾燥、真空乾燥、凍結乾燥、マイクロ波乾燥、ドラムドライヤ、流動乾燥等が挙げられる。
【0052】
これらの中でも、球状粒子に乾燥させてプラズマ溶射用材料として好適な形状を備えさせるという観点から、好ましくはスプレードライが挙げられる。スプレードライの条件としては、前述する物性を備えるHApが得られることを限度として特に制限されないが、例えば、入口温度を200~500℃、出口温度を100~200℃、ディスク回転数を5000~30000rpmに設定すればよい。
【0053】
第4工程では、前記第3工程で得られた乾燥HAp粉末に対して、1050℃超~1400℃未満の温度で焼成処理する。従来、湿式法で製造されたHAp粉末の焼成処理は、一般的には1000℃以下の温度条件で行われているが、このような温度条件では、前述する物性を具備するHAp粉末は得られない。第4工程において、前記第3工程で製造されたHAp粉末の焼成処理の温度条件を1050℃超~1400℃未満の温度に設定することによって、前述する物性を具備するHAp粉末を得ることが可能になる。第4工程における焼成処理の温度条件として、好ましくは1050℃超~1350℃、より好ましくは1100~1300℃が挙げられる。
【0054】
また、第4工程における焼成処理の温度条件の保持時間については、温度条件を勘案した上で、前述する物性を具備するHAp粉末が生成する範囲で適宜設定すればよく、前述の焼成処理の温度条件に一瞬でも達していればよいが、好ましくは0.1~10時間、更に好ましくは1~5時間が挙げられる。
【0055】
第5工程では、第4工程で得られた焼成HAp粉末を篩い分けすることにより、平均粒子径(D50)が15~40μmのHAp粉末を回収する。第5工程で使用する篩の目開きについては、平均粒子径(D50)が15~40μmのHAp粉末を回収できることを限度として特に制限されないが、例えば、500μm以下、好ましくは20~500μm、更に好ましくは30~50μmが挙げられる。
【0056】
斯くして第5工程を行うことにより、前述する物性を備えるHAp粉末(本発明で使用されるHAp粉末)を得ることができる。
【0057】
また本発明で使用されるHAp粉末は、前記第1工程~第5工程を含む製造方法以外の方法で製造されたHAp粉末から、前述する物性を備えるHAp粉末を篩い分け等によって分画することによって得ることもできる。
【0058】
[用途・使用方法]
本発明では前記HAp粉末をプラズマ溶射用材料として使用する。「プラズマ溶射用材料」とは、プラズマ溶射に供される粉末(形成される皮膜の原料となる粉末)である。また、「プラズマ溶射」とは、プラズマ溶射用材料(粉末)を、プラズマで加熱し、溶融させて液状微粒子とし、この液状微粒子をプラズマジェットとともに、基材の表面に高速で衝突させ、基材上にプラズマ溶射用材料の皮膜を形成させる技術である。
【0059】
本発明のプラズマ溶射用材料を用いたプラズマ溶射において、HAp皮膜の形成対象となる基材の素材については、特に制限されないが、例えば、PEEK、ポリエチレン、ポリエステル、ポリプロピレン、ポリアミド、ポリエーテル、ポリエーテルケトン、アクリル、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレン、ヒドロキシエチルメタクリレート、ポリアミド、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリラクチド、ポリグリコリド、ポリパラジオキサノン、トリメチレンカーボネート、ε-カプロラクトン等の樹脂;チタン合金(Ti-6Al-4V合金、Ni-Ti等)、コバルト合金(Co-Cr-Ni合金、Co-Cr-Mo、Co-Cr-W-Ni等)、マグネシウム合金(Mg-Y-RE、Mg-Ca-Zn、Mg-Li-Al等)ステンレス鋼(SUS316L、SUS304等)、チタン、コバルト、モリブデン、ニオブ、タンタル、金、白金、タングステン、イリジウム、インコネル等の金属;アルミナ、ジルコニア等のセラミック等が挙げられる。本発明のプラズマ溶射用材料は、低いフレームエネルギーでのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成できるという特徴があり、低いフレームエネルギーでのプラズマ溶射条件を採用することにより樹脂製基材の熱分解や熱変性を抑制することができる。このような本発明の効果を鑑みれば、HAp皮膜の形成対象となる基材の素材の好適な例として、樹脂(特にPEEK)が挙げられる。
【0060】
また、HAp皮膜の形成対象となる基材の種類(用途)については、特に制限されないが、例えば、人工関節、人工歯根、人工骨等のインプラント;補助人工心臓、人工血管、ステント、ペースメーカー、縫合糸、カテーテル、人工皮膚、人工筋肉、眼内レンズ等の生体内留置機器の筐体等が挙げられる。これらの中でも、インプラント(特に、人工関節)は、生体内で負荷がかかり易く、基材上に設けられたHAp皮膜の硬度が高く、摩耗しにくい特性が強く要求される。本発明のプラズマ溶射用材料は、インプラント(特に、人工関節)に求められる前記要求特性を満足できるHAp皮膜を形成できるので、インプラント(特に、人工関節)の表面に設けられるHAp皮膜の形成材料として好適に使用される。
【0061】
本発明のプラズマ溶射用材料を用いて基材にHAp皮膜を形成させる際のプラズマ溶射の条件については、特に制限されず、基材の種類、形成させるHAp皮膜の厚み等に応じて、通常採用されているプラズマ溶射の条件の範囲内で適宜設定すればよい。
【0062】
また、前述の通り、本発明のプラズマ溶射用材料は、低いフレームエネルギーでのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成できるという特徴があるため、本発明のプラズマ溶射用材料が適用されるプラズマ溶射の好適な一例として、フレームエネルギーが低いプラズマ溶射条件が挙げられる。フレームエネルギーが低いプラズマ溶射条件の具体例としては、プラズマ溶射における作動ガスとして、アルゴン、ヘリウム等の単原子分子の比率が高いガスを使用する条件が挙げられる。アルゴン、ヘリウム等の単原子分子は、水素、窒素、酸素等の二原子分子よりも保有エネルギーが低いため、作動ガスとして単原子分子の比率が高いガスを使用することにより、プラズマ溶射時のフレームエネルギーが低くなり、PEEK等の樹脂製の基材の熱分解や熱変性を抑制できるプラズマ溶射条件にすることが可能になる。フレームエネルギーが低くなる作動ガスとして、より具体的には、1種以上の単原子分子のみからなるガス、好ましくはアルゴン及びヘリウムからなる混合ガスが挙げられる。
【実施例
【0063】
以下に実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0064】
1.プラズマ溶射用材料(HAp粉末)の製造
実施例1
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0065】
次いで、得られた反応液を1mm径のジルコニアビーズ(ビーズ充填量70%(v/v))により平均粒子径として2μm、最大粒子径として15μmとなるまで湿式粉砕を行い、湿式粉砕処理物を得た後、ディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数16000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0066】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて1220℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Aにて篩過を行い、篩を通過した粉末を回収し、HAp粉末を得た。
【0067】
実施例2
焼成温度を1300℃に変更したこと以外は、実施例1と同様条件で、HAp粉末を得た。
【0068】
実施例3
焼成温度を1150℃に変更したこと以外は、実施例1と同様条件で、HAp粉末を得た。
【0069】
実施例4
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0070】
次いで、得られた反応液をディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数10000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0071】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて1150℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Bにて篩過を行い、篩を通過した粉末を回収し、HAp粉末を得た。
【0072】
実施例5
実施例1で得られたHAp粉末に対して、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Cにて篩過を行い、篩を通過した粉末を回収し、HAp粉末を得た。
【0073】
実施例6
実施例1で得られたHAp粉末に対して、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Cにて篩過を行い、篩上に残留した粉末を回収し、HAp粉末を得た。
【0074】
比較例1
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0075】
次いで、得られた反応液をディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数11000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0076】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて800℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、HAp粉末を得た。
【0077】
比較例2
市販のHAp粉末(Medicoat社Hydroxyapatite(Medipure20-15No101))を使用した。
【0078】
比較例3
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0079】
次いで、得られた反応液をディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数10000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0080】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて1150℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、HAp粉末を得た。
【0081】
比較例4
市販のHAp粉末(Medicoat社Hydroxyapatite(Medipure20-15No102))を使用した。
【0082】
比較例5
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0083】
次いで、得られた反応液をディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数11000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0084】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて800℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Dにて篩過を行い、篩を通過した粉末を回収し、HAp粉末を得た。
【0085】
比較例6
反応槽に水6L及び酸化カルシウム1kgを投入して水和反応させた後に、懸濁液に水を加え、合計15Lに調整した。次いで、50℃に加温し、pH8になるまでリン酸水溶液をカルシウム(Ca)原子1molに対し、リン(P)原子を0.2mol/hとなる滴下速度で添加した。得られた溶液を95℃に加温して2時間反応させた。
【0086】
次いで、得られた反応液を1mm径のジルコニアビーズ(ビーズ充填量70%(v/v))により平均粒子径として2μm、最大粒子径として15μmとなるまで湿式粉砕を行い、湿式粉砕処理物を得た後、ディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数16000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0087】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて1180℃で3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、卓上型ふるい振とう機(VSS-200S型、筒井理化学器械株式会社)を用いて表1に記載の条件Dにて篩過を行い、篩上の粉体を回収し、HAp粉末を得た。
【0088】
比較例7
水5Lに水酸化カルシウム25重量%懸濁液2.5L及びリン酸50重量%溶液1LをpH7にて3時間かけて同時に滴下した。
【0089】
次いで、得られた反応液をディスク式の噴霧手段を備えたスプレードライヤを用いて、入口温度300℃、出口温度130℃、ディスク回転数10000rpmにて噴霧乾燥を行い、乾燥物を回収した。
【0090】
更に、得られた乾燥物に対して、電気炉(草葉化学株式会社)を用いて1200℃3時間焼成(昇温速度65℃/h)を行った。放冷後、HAp粉末を得た。
【0091】
篩過条件
前記実施例1~6及び比較例5~6のHAp粉末の製造において、採用した篩過条件は、表1に示す通りである。
【0092】
【表1】
【0093】
2.プラズマ溶射用材料の評価方法
2-1.プラズマ溶射用材料の物性評価
実施例1~6及び比較例1~7の各HAp粉末について、以下の方法で、嵩密度、粒度分布、細孔径2000nm以下/2000nm以上のモード径及び細孔容積(水銀圧入法)、BET比表面積、細孔容積(ガス吸着法)、平均細孔径(ガス吸着法)、結晶化度、安息角、粒子硬度、及び外観の評価を行った。
【0094】
嵩密度
ASTM B212に規定されている試験方法に基づいて嵩密度(ゆるみ嵩密度)を測定した。
【0095】
粒度分布
HAp粉末を水中に分散させて、レーザー回折・散乱式粒度分布測定装置(MicrotracBEL株式会社「MICROTRAC MT3300EXII」)を用いて、粒度分布を測定し、D10、D50(平均粒子径)、及びD90を求めた。
【0096】
細孔径2000nm以下/2000nm以上のモード径及び細孔容積(水銀圧入法)
水銀ポロシメーター(Quantachrome Corporation、「poremaster60GT」)を用いて、以下の条件でモード径及び細孔容積の測定を行った。HAp粉末0.1~1.0gを測定用セルに封入し、水銀の接触角を140°、水銀の表面張力を480erg/cm2として、測定した圧力からモード径及び細孔容積を算出した。なお、解析範囲は、細孔径2000nm以下と2000nm以上の範囲に分けて行った。
【0097】
BET比表面積
高速比表面積細孔分布測定装置(Quantachrome Corporation「NOVA-4000」)を用いて、以下の操作条件でBET比表面積の測定を行った。前処理:HAp粉末1.0~2.0gを正確に量り、吸着管に封入し、105℃で3時間脱気した。
測定及び解析:液体窒素ガス温度下で窒素ガスの吸着等温線を求め、その吸着等温線を用いて多点BET法により比表面積(m2/g)を算出した。
【0098】
細孔容積(ガス吸着法)
高速比表面積細孔分布測定装置(Quantachrome Corporation「NOVA-4000」)を用いて、以下の操作条件で、ガス吸着法による細孔容積の測定を行った。
前処理:HAp粉末1.0~2.0gを正確に量り、吸着管に封入し、105℃で3時間脱気した。
測定及び解析:液体窒素ガス温度下で窒素ガスの吸着等温線を求め、相対圧P/P0(P0:飽和蒸気圧)が0.995におけるガス吸着量から全細孔容積(cc/g)を算出した。
【0099】
平均細孔径(ガス吸着法)
下記の式にて平均細孔径(ガス吸着法)を算出した。
平均細孔径(nm)=4V/S×1000
V:細孔容積(ガス吸着法)(cc/g)
S:BET比表面積(m2/g)
【0100】
結晶化度
HAp粉末(試験検体)、及びHAp粉末を1000℃で15時間処理したサンプル(前処理品)をX線回折装置「SmartLab」(株式会社リガク)によって2θ=25~50°の範囲で回折パターンの測定を行った(測定条件は、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mA、走査範囲:25~50°、スキャンスピード:1.000°/分、スキャンステップ:0.02°、走査モード:連続)。下表2に示した格子面間隔(d)に該当する回折角(θ)を、ブラッグの式d=λ/2sinθより算出し、当該回折角(2θ)をピークトップとする回折ピークについて、前処理品の各ピークの積分強度和に対する、試験検体の各ピークの積分強度和の比率を算出した。
【0101】
【表2】
【0102】
安息角
POWDER TESTER PT-X型(ホソカワミクロン株式会社)を用いて、振動時間を30秒、振幅を0.5mm、周波数50Hzに設定して、安息角の測定を行った。
【0103】
粒子硬度
粒子硬度測定装置 New GRANO GM-N型(岡田精工株式会社)を用いて、以下の条件にて、HAp粉末の粒子硬度の測定を行った。
測定条件:測定速度を10μm/s、極大値検出減少率を80%、試料台検出荷重を10.0gfに設定して、10回測定し、その平均を算出した。
【0104】
外観
電界放出形走査電子顕微鏡を用いて、500倍及び10000倍で、各HAp粉末の外観を観察した。
【0105】
粉末X線回折分析
X線回折装置「SmartLab」(株式会社リガク)によって2θ=25~50°の範囲で測定を行った(測定条件は、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mA、走査範囲:20~50°、スキャンスピード:1.000°/分、スキャンステップ:0.02°、走査モード:連続)。
【0106】
2-2.プラズマ溶射試験
Ti-6Al-4V合金製の基材(縦30mm、横40mm、厚さ3mm)の表面をブラスト処理により粗面化した後、大気圧下で表3に示すプラズマ溶射条件にて、実施例1、5及び6のHAp粉末を用いてHAp皮膜を形成した。また、PEEK製の基材(縦30mm、横40mm、厚さ5mm)の表面をブラスト処理により粗面化した後、大気圧下で表3に示すプラズマ溶射条件にて、実施例1~4及び比較例1~7の各HAp粉末を用いてHAp皮膜を形成した。
【0107】
なお、下記表3に示すプラズマ溶射条件では、作動ガスとしてアルゴンガスとヘリウムガスを使用しており、フレームエネルギーが小さくなる条件になっている。そのため、PEEK製の基材に対して、HApを使用してプラズマ溶射を行っても、基材の熱変形や熱分解は生じていなかった。
【0108】
【表3】
【0109】
形成されたHAp皮膜について、以下の方法で、断面硬さ、皮膜厚み、表面粗さ、摩耗量、不純物相(α-TCP(α型リン酸三カルシウム)、β-TCP(β型リン酸三カルシウム)、TTCP(リン酸四カルシウム)、CaO)、色差、結晶化度、Ca/P比及び外観の評価を行った。
【0110】
断面硬さ
ビッカース硬度計を用いて、試験力0.3kgにおけるHAp皮膜の断面硬さを測定した。
【0111】
皮膜厚み
マイクロメーターを用いて、HAp皮膜の厚みを測定した。
【0112】
表面粗さ
表面粗さ計を用いて、JIS B 0031:1994に基づきHAp皮膜の表面粗さ(算術平均粗さ:Ra)を測定した。
【0113】
摩耗量
スガ摩耗試験機を用いて、荷重1N、摩耗紙SiC♯320、摩耗回数100回における摩耗量を測定した。
【0114】
不純物相
HAp粉末(実施例3)に対して各不純物相を所定の含有量(0.5重量%、1.0重量%、2.5重量%、5.0重量%、6.0重量%)になるように混合して標準サンプルを作成した。次に標準サンプルを粉末X線回析装置「SmartLab」(株式会社リガク)によって2θ=25~50°の範囲で回折パターンの測定を行った(測定条件は、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mA、走査範囲:25~50°、スキャンスピード:1.000°/分、スキャンステップ:0.02°、走査モード:連続)。下表4に示した格子面間隔(d)に該当する回折角(θ)を、ブラッグの式d=λ/2sinθより算出し、当該回折角(2θ)をピークトップとする回折ピークの積分強度を算出した。算出したHApの積分強度に対する各不純物相の積分強度比及び対応する各不純物相の含有量から検量線を作成した。続いて、HAp皮膜(試験検体)を同様の条件にて測定し、HAp、各不純物相の積分強度及び前記作成した検量線から不純物相を算出した。
【0115】
【表4】
【0116】
Ca/P比
前記不純物相の含有量から、下記式に従ってHAp皮膜のCa/P比を算出した。
【数1】
【0117】
結晶化度
HAp皮膜(試験検体)、及びHAp粉末(実施例4)を1000℃で15時間処理したサンプル(前処理品)をX線回折装置「SmartLab」(株式会社リガク)によって2θ=25~50°の範囲で回折パターンの測定を行った(測定条件は、ターゲット:Cu、管電圧:40kV、管電流:30mA、走査範囲:25~50°、スキャンスピード:24.000°/分、スキャンステップ:0.02°、走査モード:連続)。前記表2に示した格子面間隔(d)に該当する回折角(θ)を、ブラッグの式d=λ/2sinθより算出し、当該回折角(2θ)をピークトップとする回折ピークについて、前処理品の各ピークの積分強度和に対する、試験検体の各ピークの積分強度和の比率を算出した。
【0118】
色差
基材上に形成したHAp皮膜について、測色色差計(日本電色工業株式会社「ZE6000」)を用いて、反射条件にてL値、a値、及びb値を求め、下記式に従ってW(白色度)を算出した。
W=100-〔(100-L)2+(a2+b2)〕1/2
【0119】
外観
走査型電子顕微鏡を用いて、500倍及び1000倍で、HAp皮膜の断面を観察した。
【0120】
3.評価結果
得られた結果を表5及び6、並びに図1~9に示す。図1-1、図1-2及び図1-3にはHAp粉末の外観を顕微鏡観察した像、図2-1及び図2-2にはHAp皮膜の断面外観を顕微鏡観察した像、図3~8には水銀圧入法でHAp粉末の細孔径の分布を測定した結果、図9には実施例1のHAp粉末の粉末X線回折分析の結果を示す。
【0121】
比較例1~4及び比較例6のHAp粉末では、粒子径が大きいため、プラズマフレームのエネルギーが不足し、粒子自体が溶融できず、皮膜を形成できなかったと考えられる。比較例7のHAp粉末では、粒子径が小さいため、流動性が低く、溶射装置への供給が安定しなかったため、皮膜を形成できなかったと考えられる。また、比較例5のHAp粉末では、粒子径が適正であるものの、細孔容積が大きいことにより、プラズマフレームの熱が粒子全体に伝導できず、未溶融粉末が皮膜に残存し、皮膜の摩耗が増加し、皮膜の硬度が低くなったと考えられる。
【0122】
それに対し、実施例1~6のHAp粉末を使用してプラズマ溶射法により形成したHAp皮膜は、断面硬さについては、比較例5と比べて約1.2倍以上の硬さを示しており、また摩耗量については3.0倍以上の耐性を持つことが確認された。実施例1~6のHAp粉末では、平均粒子径(D50)が15~40μmと小さく、且つ細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gと小さいため、低いフレームエネルギーであっても粒子が均一に溶融することができ、その結果、チタン合金の基材だけでなくPEEK製の基材においても熱変形や熱分解を生じさせることなく、高い硬度で摩耗量が低いHAp皮膜を形成できたと考えられる。また、実施例1~6のHAp粉末を使用して形成したHAp皮膜は、結晶化度も高く維持されており、不純物相も低く維持されているから、インプラントとして好適に使用できるものであった。
【0123】
【表5】
【0124】
【表6】
【要約】
本発明の課題は、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成できるプラズマ溶射用材料を提供することである。
平均粒子径(D50)が15~40μmであり、且つ水銀圧入法によって測定される細孔径2000nm以下における細孔容積が0.01~0.30cc/gであるHAp粉末は、低いフレームエネルギーのプラズマ溶射条件でも、プラズマ溶射が可能で、且つ硬度が高く摩耗しにくいHAp皮膜を形成することができる。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2-1】
図2-2】
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9