(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】エッチング方法
(51)【国際特許分類】
H01L 21/308 20060101AFI20220111BHJP
B23K 26/53 20140101ALI20220111BHJP
H01L 21/306 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
H01L21/308 C
B23K26/53
H01L21/306 B
(21)【出願番号】P 2017027118
(22)【出願日】2017-02-16
【審査請求日】2019-12-09
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成28年8月20日 公益社団法人 精密工学会発行の「2016年度精密工学会秋季大会 学術講演会講演論文集」にて発表 平成28年9月8日 公益社団法人 精密工学会 茨城大学 水戸キャンパスで開催された「2016年度精密工学会秋季大会 学術講演会」において発表 平成28年12月14日~16日 東京ビッグサイトで開催された「SEMICON Japan」にて発表 平成28年12月20日 名古屋大学 工学部で開催された公益社団法人 科学技術交流財団 研究交流事業 研究会 各種SiC結晶成長法における高品質化とその応用 第4回研究会にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】504190548
【氏名又は名称】国立大学法人埼玉大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000190116
【氏名又は名称】信越ポリマー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100083806
【氏名又は名称】三好 秀和
(74)【代理人】
【識別番号】100101247
【氏名又は名称】高橋 俊一
(74)【代理人】
【識別番号】100095500
【氏名又は名称】伊藤 正和
(74)【代理人】
【識別番号】100098327
【氏名又は名称】高松 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】池野 順一
(72)【発明者】
【氏名】山田 洋平
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 秀樹
【審査官】馬場 慎
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-151317(JP,A)
【文献】特開2017-41526(JP,A)
【文献】KATSUNO Masakazu, et al.,Mechanism of Molten KOH Etching of SiC Single Crystals: Comparative Study with Thermal Oxidation,Japanese Journal of Applied Physics,1999年08月,Vol.38,No.8,pp.4661-4665
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 21/308
B23K 26/53
H01L 21/306
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基板面がSi面とC面とで構成されるSiC基板を溶融アルカリでエッチングするエッチング方法であって、
前記溶融アルカリとして所定の高温域にした溶融水酸化ナトリウムを用いることで、高温かつ酸素を含む環境下で前記SiC基板の被エッチング面に酸化被膜を形成しつつ、
前記被エッチング面に等方性エッチングを行うことで前記酸化被膜を除去し、前記被エッチング面のSi面をC面よりも高い速度で除去することを特徴とするエッチング方法。
【請求項2】
前記高温かつ酸素を含む環境下として、大気中で前記溶融水酸化ナトリウムを用いる環境下とすることを特徴とする請求項
1に記載のエッチング方法。
【請求項3】
前記高温かつ酸素を含む環境下として、前記被エッチング面に酸素ガスを供給する空間で前記溶融水酸化ナトリウムを用いる環境下とすることを特徴とする請求項
1に記載のエッチング方法。
【請求項4】
前記SiC基板の被エッチング面に前記溶融水酸化ナトリウムを流すことで前記酸化被膜を除去することを特徴とする請求項
1~3の何れか1項に記載のエッチング方法。
【請求項5】
前記被エッチング面に前記溶融水酸化ナトリウムを流す際、前記被エッチング面を上面側にして前記SiC基板を水平面に対して所定角度傾斜させ、前記被エッチング面の上部側から下部側へ前記溶融水酸化ナトリウムを流すことを特徴とする請求項
4に記載のエッチング方法。
【請求項6】
前記所定の高温域を650℃以上とすることを特徴とする請求項
5に記載のエッチング方法。
【請求項7】
レーザ光を集光するレーザ集光手段をSiC結晶部材の被照射面上に非接触に配置する工程と、
前記レーザ集光手段により
、被照射面にレーザ光を照射して前記SiC
結晶部材内部に前記レーザ光を集光するとともに、前記レーザ集光手段と前記SiC結晶
部材とを相対的に移動させて、前記SiC結晶部材内部に2次元状の改質層を形成する工
程と、
前記改質層により分断されてなる結晶層を前記改質層から剥離することでS
iC結晶基板を形成する工程と、
を行い、前記剥離によって得られた前記SiC結晶基板を前記SiC基板と
して用いることを特徴とする請求項6に記載のエッチング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、SiC基板を溶融アルカリでエッチングするエッチング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
半導体の製造などでは、SiC(シリコンカーバイド)などの基板をエッチングして鏡面化することが広く行われている。そして、SiC基板は、その優れた特性から次世代のパワー半導体基板として期待されている。
【0003】
ダメージの少ない良好な鏡面をSiC基板に形成することは、高性能で歩留まりの高い半導体装置を製造する上で重要である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、ダメージの少ない良好な鏡面をSiC基板に形成するには、必要な処理工程数が多く、多くの時間およびコストがかかるという課題がある。また、欠陥のない状態を得るためには精密な研磨加工が必要なので、必要な処理工程数が多くなり、これも多くの時間およびコストがかかるという要因になっている。
【0006】
特にSiC基板は、高硬度であり、一部の薬品を除いては化学的に安定な難加工材料、難削材料であるため、研磨、研削に時間がかかり、これらの課題が一層顕著となる。
【0007】
本発明は、上記課題に鑑み、エッチピットの存在しない状態でエッチングすることが可能で、結果として欠陥の存在しない表面状態と鏡面とを有するウエハを製造可能とするエッチング方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明者は、上記課題を解決すべく、検討を重ね、溶融アルカリ(溶融しているアルカリ)によるSiCウエハの欠陥を調べる方法に着目した。この方法は、SiCウエハ表面近傍に存在する欠陥を検出する方法であり、溶融アルカリにSiCウエハを浸漬することにより欠陥がエッチピットとして観察されるものである。
【0009】
そして、実験を重ねて検討することで、SiC基板を溶融アルカリに浸漬せずに、酸化被膜を成形しながら連続的にエッチングすることでエッチピットの存在しない鏡面のウエハを得ることが可能であることを見出した。そして更に実験を重ねて検討を加え、本発明を完成するに至った。
【0010】
上記課題を解決するための本発明の一態様によれば、基板面がSi面とC面とで構成されるSiC基板を溶融アルカリでエッチングするエッチング方法であって、前記溶融アルカリとして所定の高温域にした溶融水酸化ナトリウムを用いることで、高温かつ酸素を含む環境下で前記SiC基板の被エッチング面に酸化被膜を形成しつつ、前記被エッチング面のSi面をC面よりも高い速度で除去することを特徴とする。これにより、エッチピットの存在しない状態でエッチングすることが可能で、結果として欠陥の存在しない表面状態と鏡面とを有するウエハを製造可能とするエッチング方法とすることができる。
【0011】
前記被エッチング面に等方性エッチングを行うことで前記酸化被膜を除去してもよい。
【0012】
前記SiC基板の酸化速度を前記酸化被膜の溶解速度以上にすることにより前記被エッチング面に前記等方性エッチングを行ってもよい。
【0013】
前記高温かつ酸素を含む環境下として、大気中で前記溶融水酸化ナトリウムを用いる環境下としてもよい。
【0014】
前記高温かつ酸素を含む環境下として、前記被エッチング面に酸素ガスを供給する空間で前記溶融水酸化ナトリウムを用いる環境下としてもよい。
【0015】
前記SiC基板の被エッチング面に前記溶融水酸化ナトリウムを流すことで前記酸化被膜を除去してもよい。
【0016】
この場合、前記被エッチング面に前記溶融水酸化ナトリウムを流す際、前記被エッチング面を上面側にして前記SiC基板を水平面に対して所定角度傾斜させ、前記被エッチング面の上部側から下部側へ前記溶融水酸化ナトリウムを流してもよい。
【0017】
前記所定の高温域を650℃以上としてもよい。
【0018】
この場合、レーザ光を集光するレーザ集光手段をSiC結晶部材の被照射面上に非接触に配置する工程と、前記レーザ集光手段により、前記被照射面にレーザ光を照射して前記SiC結晶部材内部に前記レーザ光を集光するとともに、前記レーザ集光手段と前記SiC結晶部材とを相対的に移動させて、前記SiC結晶部材内部に2次元状の改質層を形成する工程と、前記改質層により分断されてなる結晶層を前記改質層から剥離することでSiC結晶基板を形成する工程と、を行い、前記剥離によって得られた前記SiC結晶基板を前記SiC基板として用いてもよい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、良好な鏡面を広範囲にわたって高速で形成することができるエッチング方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
【
図1】(a)~(c)は、それぞれ、本発明の一実施形態に係るエッチング方法でSiC基板を順次エッチングしていくことを説明する模式的な正面図である。
【
図3】本発明の一実施形態に係るエッチング方法で、使用するSiC基板を形成するための基板加工装置の一例を示す斜視図である。
【
図4】
図3に示した基板加工装置の補正環内のレンズを説明する側面図である。
【
図5】本発明の一実施形態の変形例に係るエッチング方法でSiC基板をエッチングすることを説明する模式的な側面図である。
【
図6】実験例1で、エッチング後の基板面の粗さを示すグラフ図である。
【
図7】実験例1で、エッチング後の基板面の非浸漬部における界面付近を示す写真図である。
【
図8】実験例1で、エッチング後の基板面の浸漬部を示す写真図である。
【
図9】実験例1で、エッチング後の非浸漬部をAFMで撮像して得られた斜視図である。
【
図10】実験例2で、エッチング温度とエッチングレートとの関係を示すグラフ図である。
【
図11】実験例2で、(a)は浸漬部におけるエッチング時間と粗さとの関係を示すグラフ図、(b)は非浸漬部の界面付近におけるエッチング時間と粗さとの関係を示すグラフ図である。
【
図12】実験例2で、(a)は窒素流量とエッチングレートとの関係を示すグラフ図、(b)は窒素流量と粗さとの関係を示すグラフ図である。
【
図13】実験例2で、(a)は空気流量とエッチングレートとの関係を示すグラフ図、(b)は空気流量と粗さとの関係を示すグラフ図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、添付図面を参照して、本発明の実施の形態について説明する。以下の説明では、すでに説明したものと同一または類似の構成要素には同一または類似の符号を付し、その詳細な説明を適宜省略している。
【0022】
図1(a)~(c)は、それぞれ、本発明の一実施形態(以下、本実施形態という)に係るエッチング方法でSiC基板を順次エッチングしていくことを説明する模式的な正面図である。
図2は
図1(b)の部分拡大側面図である。
【0023】
本実施形態に係るエッチング方法は、基板面がSi面とC面とで構成されるSiC基板を溶融アルカリでエッチングするエッチング方法であり、溶融アルカリとして所定の高温域にした溶融水酸化ナトリウムを用いることで、高温かつ酸素を含む環境下でSiC基板の被エッチング面に酸化被膜を形成しつつ、被エッチング面のSi面をC面よりも高い速度で除去する方法である。
【0024】
具体的には、大気中で、容器10に入れた溶融水酸化ナトリウムSHLに、基板面がSi面とC面とで構成されるSiC基板PLをまず入れる(
図1(a)参照)。そして、SiC基板PLを一定速度で徐々に引き上げていく(
図1(a)~(c)参照)。従って、SiC基板PLの基板面PLSにおける溶融水酸化ナトリウムSHLの界面位置F(液面位置)が基板上端から下方へ順次移動していく。なお、
図1、
図2に示すように、本明細書で溶融水酸化ナトリウムSHLの界面位置Fとは溶融水酸化ナトリウムSHLの液面位置と同じである。
【0025】
溶融水酸化ナトリウムSHLが配置されていることにより、その周囲の大気の温度が上昇する。従って、大気中の酸素によりSiC基板PLの基板面PLSは酸化され易い環境となる。そして、SiC基板PLの界面付近Vや界面に近い非浸漬部NIM(特に界面付近V)では、大気中の酸素によって酸化反応が効率良く進み、酸化被膜が効率良く形成される。そして、これと併行して溶融水酸化ナトリウムSHLによって酸化被膜が除去されることで良好なエッチングが高速で行われる。
【0026】
しかも、界面付近Vや非浸漬部NIM(特に界面付近V)では、SiC基板PLの被エッチング面のSi面をC面よりも大幅に高い速度でエッチング除去することができる。なお、Si面、C面とは1つのSiC結合を切断したとき、Si原子が表面となる方向を向いた面(Si原子で終端されている基板面)がSi面であり、C原子が表面となる方向を向いた面(C原子で終端されている基板面)がC面である。
【0027】
また、特に溶融水酸化ナトリウムを用いると、SiC基板PLのSi面を高速度でエッチングし易い。Si面は、機械的にも化学的にも研磨し難いので、このことはSi面を高速度で鏡面化する上で大変効果的である。
【0028】
Si面を高速度でエッチングするためには、より高温雰囲気下でエッチングすることが好ましく、具体的には650℃以上、より好ましくは800℃以上でありさらに高温でもよい。本発明のエッチング方法ではSi面に酸化膜(酸化被膜)を形成しつつエッチングにより酸化膜を除去していくものであるが、形成される酸化膜は速やかに酸化される10nm程度の酸化膜を連続的にエッチングにより除去していき最終的に10μm~数十μmの膜厚を除去することで研削痕や欠陥のない良好な鏡面が得られるものと考えられる。この酸化の過程においてウエハ内部に存在する欠陥部分も酸化膜とすることで等方性エッチングが可能となる。
【0029】
SiC基板PLの引き上げ速度(上昇速度)は、酸化被膜の厚さや酸化被膜形成速度とエッチング速度との関係を考慮し、溶融水酸化ナトリウムSHLの種類、温度、ガス雰囲気中の酸素濃度、などに応じ、Si面で良好なエッチングが高速に行われるように決定する。
【0030】
そして本実施形態では、SiC基板PLの酸化速度を酸化被膜の溶解速度以上にすることにより被エッチング面に等方性エッチングを行う。このように、SiC基板PLの酸化速度を酸化被膜の溶解速度以上にすることで、酸化されていない段階の基板材料(SiC)がエッチングされることが回避されている。すなわち、基板材料に欠陥(結晶欠陥)が生じていてもこの欠陥は酸化されてから、つまり酸化被膜となってからエッチングされ、結果としてSiC基板PLが等方性エッチングされることになる。よって、この等方性エッチングによってエッチングされる面の欠陥も除去され、基板面PLSの欠陥が直接にエッチングされる異方性エッチングが避けられるので、基板面PLSに良好な鏡面を広範囲にわたって高速で形成することができる。すなわち、SiC基板全部を溶融水酸化ナトリウムSHLにどぶ漬けする(基板全体を浸漬部にする)ことでエッチングすることに比べて遥かに短時間でこの良好な鏡面を基板全面にわたって形成することができる。
【0031】
なお、溶融水酸化ナトリウムSHLにSiC基板PLを上方から一定速度で徐々に下降させることで、SiC基板PLにおける溶融水酸化ナトリウムSHLの界面位置F(溶融水酸化ナトリウムSHLの液面位置)を基板上方へ順次移動させても、SiC基板PLの基板面PLSに良好な鏡面を広範囲にわたって高速で形成することができる。
【0032】
溶融水酸化ナトリウムに代えて溶融水酸化カリウム(KOH)を用いることも考えられるが、コストや入手し易さなどの観点では溶融水酸化ナトリウムSHL(
図1、
図2参照)が好ましい。
【0033】
この場合、水酸化ナトリウムを600℃以上(更に好ましくは650~1100℃の範囲、あるいはそれ以上の温度)にした溶融水酸化ナトリウムを用いると、このような高速で良好なエッチングを行い易い。なお、1000℃以上では後述の
図10には示された750℃のエッチングレートよりももっと高いエッチングレートになる。
【0034】
また、溶融水酸化ナトリウムSHLの温度を高くしていくとエッチングレートが大きく上昇していくとともに界面付近Vの粗さを短時間で小さくすることができるので(後述の実験例2、
図10、
図11(b)も参照)、基板面PLSの凸部に溶融水酸化ナトリウムSHLを振りかけて効率的に平滑化させてもよい。
【0035】
また、基板面PLSに温度分布を形成して温度の高い基板面部分でのエッチングレートを上げることで、基板面PLSの平面度を調整することも可能である。この温度分布は例えばレーザ光照射などで行うことができる。
【0036】
また、SiC基板PLの被エッチング面である基板面PLSを酸化させてエッチングささる際、所定厚み(例えば数nm~数十nmの厚み)の酸化被膜を形成しつつ、所定の高温域にした溶融水酸化ナトリウムSHLでこの酸化被膜を除去することも可能である。この場合、エッチングによって最終的に除去される酸化被膜厚さ(エッチング深さ)は10~80μmの範囲とすることが好ましい。10μmよりも薄いと、エッチング量が不足し易くなる懸念があり、80μmよりも厚いと、鏡面を得難くなり易い。
【0037】
また、SiC基板PLとしては、SiC結晶部材から切り出したものであってもよいし、或いはSiC結晶部材から剥離させたものであってもよい。
【0038】
SiC結晶部材から剥離させてSiC基板PLを得るには、例えば以下のようにして得る。まず、
図3に示すように、XYステージ11上にSiC結晶部材20を載置する。そして、レーザ光Bを集光するレーザ集光手段14をSiC結晶部材20の被照射面20r上に非接触に配置する工程を行う。
【0039】
そして、レーザ集光手段14により、SiC結晶部材20(
図3では、一例として基板状で描いている)の被照射面20rにレーザ光Bを照射してSiC結晶部材20内部の所定厚み位置にレーザ光Bを集光するとともに、レーザ集光手段14とSiC結晶部材20とを相対的に移動させて、SiC結晶部材20の内部に2次元状の改質層22を形成する工程を行う。
【0040】
更に、改質層22により分断されてなる結晶層を改質層22から剥離することでSiC結晶基板を形成する工程を行う。この剥離によって得られたSiC結晶基板をSiC基板PLとして用いる。これにより、所定厚みのSiC結晶基板の剥離面に、エッチングによって良好な鏡面を広範囲にわたって高速で形成することができる。
【0041】
そしてこの剥離面(基板面)の表面粗さが粗くても剥離面の凸部に溶融水酸化ナトリウムSHLを振りかけて効率的に平滑化させてもよく、また、剥離面に温度分布を形成して温度の高い基板面部分でのエッチングレートを上げることで剥離面の平面度を調整してもよい。
【0042】
用いるSiC結晶部材20は、
図3に示すように基板状であってもよく、これにより、改質層22からの剥離によって所定厚みの2枚のSiC結晶基板を得ることが可能である。
【0043】
また、レーザ集光手段14は、補正環13と、補正環13内に保持された集光レンズ15とを備えていて、SiC結晶部材20の屈折率に起因する収差を補正する機能、すなわち収差補正環としての機能を有していてもよい。具体的には、
図4に示すように、集光レンズ15は、空気中で集光した際に、集光レンズ15の外周部Eに到達したレーザ光Bが集光レンズ15の中央部Mに到達したレーザ光Bよりも集光レンズ側で集光するように補正する。つまり、集光した際、集光レンズ15の外周部Eに到達したレーザ光Bの集光点EPが、集光レンズ15の中央部Mに到達したレーザ光Bの集光点MPに比べ、集光レンズ15に近い位置となるように補正する。これにより、レーザ光の集光によって形成される加工痕のレーザ照射方向における長さを短く、すなわち改質層22の厚みを薄くし易い。
【0044】
このように改質層22の厚みを薄くするには、この集光レンズ15を、例えば、空気中で集光する第1レンズ16と、この第1レンズ16とSiC結晶部材20の間に配置される第2レンズ18と、で構成する。そして、補正環13の回転位置を調整すること、すなわち第1レンズ16と第2レンズ18との間隔を調整することにより、集光点EPと集光点MPとの間隔が調整できるようになっており、レーザ集光手段14は、簡単な構成で補正環付きレンズとしての機能を有する構成にされている。
【0045】
(変形例)
以下、容器内の溶融水酸化ナトリウムを流動させつつエッチングを行う例を説明する。本変形例では、
図5に示すように、電気炉30と、電気炉30内に設置され上面側に基板を保持する基板保持部32と、溶融水酸化ナトリウムを貯留して供給口34mから供給可能なタンク34と、基板保持部32上の基板面PLSを流れた溶融水酸化ナトリウムSHLを流入させて収容する収容部36とを配置する。
【0046】
基板保持部32には、上面側で基板PL(SiCウエハ)を保持する傾斜保持板38を設けておく。この傾斜保持板38としては、基板PL上部へ流された溶融水酸化ナトリウムSHLを基板PL下方へ流すように水平面に対して傾斜角度可変に傾斜していて、かつ、供給口34mに対して基板PL上部全体にわたって水平移動(紙面直交方向に移動)できる構成にしておく。なお、基板PL上部へノズルから溶融水酸化ナトリウムSHLを吹きかけてもよく、また、傾斜保持板38を回転軸まわりに回転可能な構成にしてもよい。
【0047】
また、電気炉30には、開閉バルブ39を介して酸素供給部40(例えば酸素ボンベ)を接続する。そして電気炉30には開閉バルブ42を接続し、電気炉内の気体を放出可能にしておく。
【0048】
本変形例では、傾斜保持板38を水平面に対して所定角度傾斜させ、この傾斜保持板38に、SiC基板PLを、上面側を被エッチング面にして保持させておく。そして、酸素雰囲気にした電気炉30内で、SiC基板PLの被エッチング面である基板面(基板上面)PLSの上部側にタンク34から溶融水酸化ナトリウムSHLを流しつつ、傾斜保持板38を水平移動(紙面直交方向に移動)させてSiC基板PL上部全体にわたって溶融水酸化ナトリウムSHLが下部側へ流れるようにする。電気炉30内の温度、溶融水酸化ナトリウムSHLの温度および流量、SiC基板PLの移動速度などは、SiC基板PLの酸化速度を酸化被膜の溶解速度以上となるように、しかも、SiC基板PLの被エッチング面である基板面PLSに形成される酸化被膜が効率良く除去されていくことでSi面をC面よりも高い速度で除去できるように、調整する。
【0049】
本変形例では、このように、傾斜させたSiC基板PLの基板面PLSに上部から下方へ溶融水酸化ナトリウムを流すので、SiC基板PLを等方性エッチングしつつ、基板面PLSに良好な鏡面を広範囲にわたって高速で形成することを高効率で行うことができる。
【0050】
なお、本変形例のように電気炉内の全域を酸素で置換しなくても、少なくとも被エッチング面(基板面)を酸素で覆うようにすることで、本変形例と同等の効果が得られる。
【0051】
<実験例1(ウエットエッチングによる高速鏡面化現象の確認)>
本実験例では、溶融NaOH(溶融水酸化ナトリウム)にSiCウエハを半分程度に浸漬することで、溶融NaOHに浸漬している浸漬部IMと、溶融NaOHに浸漬していない非浸漬部NIMとが生じる状態でエッチングした。なお、以下の実験例で用いたSiCウエハは、前加工としてダイヤモンドホイールの#1000で表面を研削したものである。
【0052】
(実験条件および実験方法)
本発明者は、Ni(ニッケル)製のるつぼに固形のNaOHを約5g入れ,電気炉で加熱して750℃の溶融状態にし、Ni線で固定したSiCウエハ(SiC基板)を溶融したNaOHに半分程度に浸漬し、20分間のエッチングを行った。使用したウエハはオフ角4°、10mm角の4H-SiCウエハである。前加工としてはダイヤモンドホイール(SD#1000)によって研削を施した。エッチグレートの評価はエッチング前後の厚さの差分から求めた。粗さ測定には触針式粗さ測定機(Taylor Hobson 社製PGI840)を用いた。なお、研削を行う主な理由は、ウエハのうねりや反りを除去しておくためである。
【0053】
(エッチング面の外観と形状)
図6にエッチング後のSiCウエハ表面の形状を示す。
図6を得るための計測では、基板面で直線に沿った表面の高さを計測した。
【0054】
図6からは、浸漬部IMよりも非浸漬部NIMの方がエッチングで除去されていることが判る。特に非浸漬部NIMでは、界面位置Fから1mm離れた領域では浸漬部IMよりも60μmも多く除去されていた。
【0055】
(エッチング表面の詳細観察)
また、浸漬部IMと非浸漬部NIMの界面付近Vとをレーザ顕微鏡像によって観察し撮像した。撮像結果をそれぞれ
図7、
図8に示す。
【0056】
浸漬部IMではエッチピットの発生が観察されたが(
図8参照)、非浸漬部NIMではエッチピットのない平滑面であることが確認された(
図7参照)。
【0057】
さらにAFMで非浸漬部NIMを1μm×1μmで計測した結果を
図9に示す。この計測の結果、粗さが0.54nmRa、8.7nmRzの鏡面であることが確認された。
【0058】
<実験例2(エッチングの基礎特性の調査)>
本実験例では、エッチングの特性が温度、ガス雰囲気でどのように影響されるかを調べる実験を行った。
【0059】
(温度が到達面粗さとエッチングレートとに及ぼす影響)
実験例1の実験方法を基本にして、実験時間を20~120分、温度を600~750℃としてエッチング実験を行った。本実験例では、浸漬部IMと非浸漬部NIMの界面付近Vとについて、エッチング温度とエッチングレーとトの関係を調べた。実験結果を
図10に示す。
【0060】
浸漬部IM、界面付近Vとも、高温度ほどエッチングレートは大きくなる傾向があり、大きくなる割合は両者とも同程度であることが判った。そして、界面付近Vでのエッチングレートは、浸漬部IMよりも2~3 倍程度高くなっていた。とくに750℃では289μm/hと高い値となった。
【0061】
また、
図11(a)に浸漬部IMのエッチング面の粗さを示し、
図11(b)に非浸漬部NIMの界面付近Vのエッチング面の粗さを示す。浸漬部IMでは一度粗さが増大し、その後は減少する傾向が見られた。エッチング面の観察結果から考察すると、エッチング初期でダイヤモンド研削による潜傷が現れ、その後徐々に滑らかになるためであると推察される。
【0062】
また、浸漬部IMではエッチングレートが低く、120分間の実験では浸漬部IMの粗さを小さくするには不十分な時間であったと思われる。ただし、エッチピットが増加していく傾向が見られることから鏡面化への適用は難しいものと思われた。
【0063】
一方、非浸漬部NIMでは700℃以上になると到達面粗さ1.4nmRaに達していることが判った。そして、エッチング面の観察結果からはどの条件でもエッチピットの発生は見られなかった。このエッチピットについては、エッチングレートが23μm/hと低い処理条件である600℃120分のエッチング処理後の観察結果からも発生は見られなかった。
【0064】
(雰囲気が粗さとエッチングレートとに及ぼす影響)
実験例1の実験条件を基本にして、実験時間を30分間とし、ガス雰囲気を大気の場合と窒素ガス(酸素ガスを排除して不活性にするためのガス)の場合とでそれぞれ実験を行い、その影響を調査した。
【0065】
(窒素雰囲気の影響)
電気炉内に窒素を流しながらエッチングを行った。浸漬部IMと非浸漬部NIMの界面付近Vとについて、窒素流量とエッチングレートとの関係を
図12(a)に、窒素流量と粗さとの関係を
図12(b)にそれぞれ示す。なお、
図12(a)で窒素流量0L/minは、窒素を流さないので、電気炉内が大気雰囲気のままであることを意味する。
【0066】
エッチングレートは、浸漬部IM、界面付近Vとも、窒素流量10L/minでいずれも大きく低減しており、これ以上の流量ではこれ以上の変化があまり見られなかった。
【0067】
一方、粗さについては、浸漬部IM、界面付近Vとも、窒素流量が増えるほど増大する傾向にあった。従って、エッチング時にはまず研削による潜傷が露出し,その後消失することで鏡面になると推察される。エッチング面の観察結果からは、浸漬部IM、界面付近Vとも潜傷が観察されており、粗さの増大傾向はエッチングレートの低下による鏡面プロセスの鈍化が原因であると考えられる。
【0068】
(大気の影響)
次に、大気の影響を調べるためのエッチングを行った。浸漬部IMと非浸漬部NIMの界面付近Vとについて、空気流量とエッチングレートとの関係を
図13(a)に、空気流量と粗さとの関係を
図13(b)にそれぞれ示す。浸漬部IM、界面付近Vとも、空気流量に関わらずエッチングレートはほとんど変化しなかった。しかし、同じエッチング時間でも浸漬部IMでは空気流量が増加するほど潜傷(エッチプット)が除去されていくことがわかった。また空気流量が20L/minでは界面付近Vに膜状の凹凸ができ、粗さが著しく増大した。
【0069】
なお、大気中および空気流量10L/minまでで目的とするエッチング状態が得られるという結果になった。空気流量がこれ以上だと酸化被膜が過剰に発生し好ましくない可能性がある。ただし空気流量のみではなくエッチング温度と溶融水酸化ナトリウムの液量との関係を調整することで、空気流量がこれ以上であっても効果が得られる可能性がある。
【0070】
以上の実験結果、推察により、エッチングには空気が作用していることがわかった。よって、非浸漬部NIMでは水酸化ナトリウム蒸気もしくは表面張力による溶融水酸化ナトリウムの薄膜がSiCと反応する際に大気の酸素を取り込んで酸化を促進させていることが考えられる。
【0071】
<実験例3(Si面とC面とでエッチングによる除去量の調査)>
本実験例では、一方の基板面がSi面で他方の基板面がC面であるSiC基板で、両基板面についてエッチング量(SiCの除去量)を測定することで、エッチング速度を比較した。
【0072】
本実験例では、それぞれの基板面から、基板深さ方向に等間隔となる位置にレーザ光を集光させて加工痕を形成しておいた。形成位置は、浸漬部IM、界面付近V、および、非浸漬部NIMとした。そして、溶融水酸化ナトリウムによるエッチング後に、浸漬部IM、界面付近V、および、非浸漬部NIMにおける加工痕の深さ位置を顕微鏡で測定した。測定結果を表1に示す。
【0073】
【0074】
表1から判るように、C面での除去量は、浸漬部IM、界面付近V、非浸漬部NIMであまり差はなかったが、Si面での除去量は、界面付近Vで最も大きく、浸漬部IMでは界面付近Vに比べてほとんど除去されておらず、非浸漬部NIMで界面付近Vの半分程度という結果であった。
【0075】
そして、浸漬部IMおよび非浸漬部NIMではSi面での除去量はC面での除去量よりも小さかったが、界面付近Vでは、Si面での除去量はC面での除去量よりも大きいという結果になった。
【0076】
<実験例1~3のまとめ>
以上説明したように、実験例1~3により、溶融NaOHを用いたSiC基板のウエットエッチングで非浸漬部におけるSi面(Si原子で終端されている基板面)の高能率な鏡面化現象を見出した。その基礎特性の調査のための実験から、750℃、20分間のエッチングで到達面粗さ1.4nmRaとなり、750℃、45分間でエッチングレートが最大の304μm/h となることがわかった。さらにエッチング雰囲気においては、空気が作用していることがわかった。
【0077】
以上、実施形態および実験例を説明したが、これらの実施形態および実験例は、この発明の技術的思想を具体化するための例示であり、発明の範囲はそれらに限定することは意図していない。これらの実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。
【産業上の利用可能性】
【0078】
本発明により、エッチングを効率良く行うことができることから、半導体分野、ディスプレイ分野、エネルギー分野などの幅広い分野において利用可能であり、SiC系パワーデバイスなどに最適であり、透明エレクトロニクス分野、照明分野、ハイブリッド/電気自動車分野など幅広い分野において適用可能である。
【符号の説明】
【0079】
14 レーザ集光手段
20 SiC結晶部材
20r 被照射面
22 改質層
B レーザ光
F 界面位置
PL SiC基板
SHL 溶融水酸化ナトリウム