(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】微細藻類を用いた炭化水素の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12P 5/00 20060101AFI20220111BHJP
C12N 1/12 20060101ALI20220111BHJP
C10L 1/02 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
C12P5/00 ZNA
C12N1/12 C
C10L1/02
(21)【出願番号】P 2017139275
(22)【出願日】2017-07-18
【審査請求日】2020-07-15
【微生物の受託番号】IPOD FERM P-22332
(73)【特許権者】
【識別番号】504194878
【氏名又は名称】国立研究開発法人海洋研究開発機構
(73)【特許権者】
【識別番号】517252130
【氏名又は名称】株式会社ファイトペトラム
(73)【特許権者】
【識別番号】304027349
【氏名又は名称】国立大学法人豊橋技術科学大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】原田 尚美
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 都
(72)【発明者】
【氏名】小野寺 丈尚太郎
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 史紘
(72)【発明者】
【氏名】広瀬 侑
【審査官】竹内 祐樹
(56)【参考文献】
【文献】CHANG KJL et al.,A novel series of C18-C22trans ω3 PUFA from Northern and Southern Hemisphere strains of the marine,Journal of Applied Phycology,2016年,Vol.28,pp.3363-3370,p.3364頁右欄、p.3367頁右欄、Figs.1,4、Table2
【文献】Imantonia rotunda 18S ribosomal RNA gene, partial sequence,GenBank Accession No.KP061857.1,2015年02月25日,全文,[2018年9月13日検索]インターネット<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/KP061857>
【文献】EDVARDSEN B et al.,Phylogenetic reconstructions of the Haptophyta inferred from 18S ribosomal DNA sequences and availab,Phycologia,2000年,Vol.39,pp.19-35,Table1
【文献】Imantonia rotunda 18S rRNA gene, strain UIO 101,GenBank Accession No.AJ246267.1,2000年05月10日,全文,[2018年8月30日検索]インターネット<URL:http://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/aj246267>
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00-41/00
C12N 1/00-7/08
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イマントニア(Imantonia)属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類を培養し、培養物を得る工程、及び
培養物から炭化水素を採取する工程
を含む、炭化水素の製造方法:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項2】
培養が、5-25℃で実施される、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
培養が、海水を含む環境で実施される、請求項1または2に記載の製造方法。
【請求項4】
培養中の微細藻類の密度が、1×10
4cells/mL以上である、請求項1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
炭化水素が、炭素数10-38の直鎖飽和炭化水素のいずれかを含む、請求項1から4のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項6】
請求項1から5のいずれか1項に記載の製造方法で得られた炭化水素を用いることを特徴とする、燃料の製造方法。
【請求項7】
イマントニア属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と99.77%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
【請求項8】
単離された、請求項7に記載の微細藻類。
【請求項9】
請求項7または8に記載の微細藻類の抽出物。
【請求項10】
請求項7または8に記載の微細藻類の培養物であって、該微細藻類を1×10
4cells/mL以上の濃度で含む、培養物。
【請求項11】
凍結、脱水または乾燥された、請求項7または8に記載された微細藻類または請求項10に記載の培養物。
【請求項12】
炭化水素の製造に使用するための、Imantonia属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類の培養物:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、微細藻類を用いる炭化水素の生産方法に関する。
【背景技術】
【0002】
世界のエネルギー需要の約85%が化石燃料により賄われているといわれる。常温で液体である石油は、利用しやすい燃料ではあるが、このまま使い続ければ50-60年ほどで尽きてしまうと見られている。近年、埋蔵量に限りがある石油に代わるものとして、生物が作り出す炭化水素が注目されている。
【0003】
微細藻類は、二酸化炭素(無機炭素)と光エネルギーと水があれば光合成を行い、炭化水素を含む有機物を生産することができる。ボツリオコッカス・ブラウニー(Botryococcus braunii)は、直鎖状の炭化水素を生産可能であり、藻類の中ではもっとも実用化が期待されているものの一つである。Botryococcus brauniiは淡水に生息する緑藻の一種であり、重油相当(C25-37)の長鎖の炭化水素を細胞内に油滴として蓄積するという特徴を有する(非特許文献1)。
【0004】
また、炭化水素生産能を有する新規微細藻類として、シュードコリシスチス・エリプソイディア・セキグチ・エト・クラノ ジェン・エト・エスピー・ノブ(Pseudochoricystis ellipsoidea Sekiguchi et Kurano gen.et sp.nov.)MBIC11204株およびMBIC11220が知られている(特許文献1)。MBIC11204株は、9種類の炭化水素を生産することが確認された。いずれも直鎖状の炭化水素であり、n-ヘプタデセン(n-heptadecene;C17H34)、n-ヘプタデカン(n-heptadecane;C17H36)、n-オクタデセン(n-octadecene;C18H36)、n-オクタデカン(n-octadecane;C18H38)、n-ノナデセン(n-nonadecene;C19H38)、n-ノナデカン(n-nonadecane;C19H40)の6種と、残り3種はn-エイコサジエン(n-eicosadiene;C20H38)で、二重結合が2ヶ所存在するが、いずれも二重結合の位置は特定されていない。また、MBIC11220株は、n-ヘプタデセン(h-heptadecene;C17H34)、n-ヘプタデカン(n-heptadecane;C17H36)、n-ノナデセン(n-nonadecene;C19H38)、n-ノナデカン(n-nonadecane;C19H40)の4種類の炭化水素を生産することが確認された。この微細藻類は淡水に生息し、生育温度域は15℃-30℃である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開WO2006/109588(特許第4748154号)
【非特許文献】
【0006】
【文献】Metzger and Largeau,Botryococcus braunii: a rich source for hydrocarbons and related ether lipids,Appl.Microbiol.Biotechnol 66(2005)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
これまで検討されてきた微細藻類の生産する炭化水素には、不飽和のものが多く含まれている。不飽和炭化水素は酸化分解しやすく不安定である。そのため微細藻類の生産する炭化水素は、それのみでは燃料として使用できず、他の燃料に10%程度混合して利用することが行われている。石油と同様の組成で直鎖飽和炭化水素を合成する生物は、報告されていない。
【0008】
また、上記のBotryococcus brauniiは淡水性の緑藻であり、最適生育水温が20℃以上であるため、培養プラントの設置は、熱帯、亜熱帯、または温室のような施設内であって、かつ豊富な淡水が利用できる地域に限られる。炭化水素生産に用いる微細藻類としては、豊富に存在する海水で培養できるものが望ましく、さらに比較的低温でも十分に増殖できるものが望ましい。
【課題を解決するための手段】
【0009】
発明者らは、海水サンプルから新規微細藻類株を分離し、その解析を行った。その結果、当該株が、イマントニア・ルツンダ(Imantonia rotunda)に属し、また予想外にも直鎖飽和炭化水素の生産能を有することを見出し、本発明を完成した。
【0010】
本発明は、以下を提供する。
[1] イマントニア(Imantonia)属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類を培養し、培養物を得る工程、及び
培養物から炭化水素を採取する工程
を含む、炭化水素の製造方法:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
[2] 培養が、5-25℃で実施される、1に記載の製造方法。
[3] 培養が、海水を含む環境で実施される、1または2に記載の製造方法。
[4] 培養中の微細藻類の密度が、1×104cells/mL以上である、1から3のいずれか1項に記載の製造方法。
[5] 炭化水素が、炭素数10-38の直鎖飽和炭化水素のいずれかを含む、1から4のいずれか1項に記載の製造方法。
[6] 1から5のいずれか1項に記載の製造方法で得られた炭化水素を用いることを特徴とする、燃料の製造方法。
[7] イマントニア属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と95%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
[8] イマントニア・ルツンダ(Imantonia rotunda)FERM P-22332、または
イマントニア属に属し、下記(1)、(2)、(3)および(4)の科学的性質を有する、微細藻類:
(1)色は半透明で大きさは4-5μmである。
(2)2本の鞭毛を有し、遊泳性を有する。
(3)油滴を細胞内に蓄積することができる。
(4)細胞表面は、円石および有機鱗片は観察されず、滑らかである。
[9] 単離された、7または8に記載の微細藻類。
[10] 7または8に記載の微細藻類の抽出物。
[11] 7から9のいずれか1項に記載の微細藻類の培養物であって、該微細藻類を1×104cells/mL以上の濃度で含む、培養物。
[12] 凍結、脱水または乾燥された、7から9のいずれか1項に記載された微細藻類または11に記載の培養物。
[13] 炭化水素の製造に使用するための、Imantonia属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類の培養物:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と90%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
【発明の効果】
【0011】
本発明により、イマントニア(Imantonia)属に属する微細藻類を用いた、炭化水素の新規な製造方法が提供される。本発明の炭化水素の製造方法は、豊富に存在する海水を利用することができる。本発明の炭化水素の製造方法は、比較的低温で(例えば10-20℃において)実施することができる。
本発明の炭化水素の製造方法により、直鎖飽和炭化水素が製造できる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】得られた株の特徴1。グルタルアルデヒドによる一次固定・自然乾燥法による試料をFE-SEM観察に供した。得られた株は、細胞表面に円石および有機鱗片は観察されず、滑らかな表面を有する。
【
図2】得られた株の特徴2。A:光学顕微鏡観察。B:UV励起クロロフィル自家蛍光+BODIPY蛍光(黄)、C:B励起+BODIPY蛍光(黄)。新規株は、ハプト藻に特徴的な2本の鞭毛を持ち、遊泳性がある。また、Emiliania huxleyiなどに見られるLipid Bodyとよく似た油滴を細胞内に蓄積している。
【
図3】得られた株の特徴3。培養8日後、いずれの水温で培養したものにも細胞内油滴が観られる。
【
図4】得られた株の18S rRNA遺伝子配列(SEQ ID NO.:1)
【
図5】作成した系統樹(18S rRNAによる分子系統解析結果)。
【
図6】Imantonia rotundaから得られた炭化水素のクロマトグラム。石油とよく似た炭化水素組成を示す。
【
図7】各水温での増殖特性。短期間(2-4日目)であれば、水温が高いほうがよく増殖するが、10日目頃には10℃の培養も他の水温に匹敵する細胞数となる。
【
図8】培養温度ごとのGC-FIDクロマトグラム。10-20℃のどの水温でも炭化水素を合成する。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明は、炭化水素生産性の微細藻類を用いる、炭化水素の製造方法を提供する。炭化水素とは、特に記載した場合を除き、炭素および水素からなる化合物、または脂肪酸、油脂(脂質ということもある。)等の種々の化合物における炭化水素部分をいう。炭化水素には、特定の数の炭素原子を含む、直鎖状、または分枝状の、脂肪族、脂環式または芳香族の炭化水素が含まれる。炭化水素に関し、CX-Yと表す場合、数値範囲X-Yは両端の数値を含む炭素原子の数の範囲を示している。C10-38(C10-C38と表されることもある。)の炭化水素とは、炭素数が10以上38以下の炭化水素から成る群から選択される、いずれかの炭化水素または炭化水素群を指す。
【0014】
I. 微細藻類
本発明の製造方法においては、炭化水素生産性の微細藻類、より特定すれば、イマントニア属(Imantonia)に属する微細藻類を用いる。炭化水素生産能を有するImantoniaに属する微細藻類であれば、特に限定されないが、本発明に用いることのできる微細藻類の好ましい例は、イマントニア・ルツンダ(Imantonia rotunda)に分類される微細藻類である。
【0015】
〔新規株〕
好ましい態様においては、炭化水素生産性微細藻類として、本発明者らにより単離された新規な株を用いる。この株は、北極海、より詳細には70°00.06'N, 168°44.96'W, 深度10 mで採取された海水サンプルから単離され、形態観察、および18Sリボソーム遺伝子解析により、Imantonia rotundaに分類されることが分かった。この株は、受託番号FERM P-22332として、2017年4月11日付で独立行政法人製品評価技術基盤機構 特許生物寄託センター(日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8 120号室)に、国立研究開発法人海洋研究開発機構(日本国神奈川県横須賀市夏島町2-5)により、寄託されている。本発明により、このような本発明者らにより単離されたImantonia rotundaの新規な株が提供される。
【0016】
Imantonia rotunda受託番号FERM P-22332は、色は半透明で大きさは4-5μm、Haptiophytaに特徴的な2本の鞭毛を持ち、遊泳性がある。また、Emiliania huxleyi等に見られるLipid Bodyとよく似た油滴を細胞内に蓄積する。他のPrymnesiaceaeに見られるような細胞表面の円石および有機鱗片は観察されず、滑らかな表面を有する(
図1および
図2)。
【0017】
Imantonia rotunda 受託番号FERM P-22332は、下記(1)-(5)の科学的性質を有する。
(1)色は半透明で大きさは4-5μmである。
(2)2本の鞭毛を有し、遊泳性を有する(
図2)。
(3)油滴を細胞内に蓄積することができる(
図2)。
(4)細胞表面は、円石および有機鱗片は観察されず、滑らかである(
図1)。
(5)C
10-38の直鎖飽和炭化水素を生産することができる。
【0018】
Imantonia rotunda 受託番号FERM P-22332はまた、下記の培養上の性質を有する。
(1)培地: L1培地(Guillard. R. R. L., Hargraves. P. E. Stichochrysis immobilis is a diatom. not a chrysophyte. Phycologia 32:234-236. (1993))により培養できる。他に、f/2培地(Guillard, R. R. L., Ryther, J. H. Studies of marine planktonic diatoms. I. Cyclotella nana Hustedt, and Detonula confervacea (Cleve) Gran. Can. J. Microbiol., 8, 229-239(1962))でも培養できる。
(2)培養温度:10-20℃で培養できる。
(3)培養期間:2-4週間培養できる。
(4)培養方法:静置培養が適する。
(5)光要求性:下記の条件で培養することができる。
光条件:白色蛍光灯
光強度:10μmol/m2・s、または45μE
明暗周期:明期時間12時間/暗期時間12時間、または明期時間16時間/暗期時間8時間
【0019】
L1培地は、下記の成分(終濃度)を海水に加えて、加熱滅菌することにより調製できる。
【0020】
【0021】
培地のpH(滅菌前)は、pH8.2とすることができる。加熱温度・時間は、120℃、15分とすることができる。長期保存のためには、継代培養することができる。継代培養は、上記と同じ培養条件で行い、上記のいずれかの培地で50倍に希釈することによって実施できる。植継間隔は、約2週間毎とすることができる。植継直後は、培養液が僅かに茶褐色に色づくことがある。培養中には、培養液の色調が濃くなることがある。植継直前には、米溶液の色調の増加が止まることがある。
【0022】
図4および配列表にSEQ ID NO.:1には、Imantonia rotunda受託番号FERM P-22332の18S rRNA遺伝子のヌクレオチド配列(1763塩基長)を示した。この配列は、NCBIから提供されるBLASTプログラムによる解析では、Imantonia sp. MBIC10497 の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AB183605.1)とは1720/1725(99.71%)、Imantonia sp. MBIC10500の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AB183606.1)とは1720/1726(99.65%)同一であり、Imantonia sp. CCMP 1404の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AM491015.1)とは1720/1726(99.65%)同一であり、Imantonia rotunda, strain UIO 101の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AJ246267.1)とは1718/1726(99.54%)同一であり、Imantonia rotunda, strain ALGO HAP23の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AM491014.2)と1692/1696(99.76%)同一である。
【0023】
〔他の株〕
本発明の炭化水素の製造方法においては、上記の寄託株以外の、Imantonia rotundaに分類される微細藻類株を用いることができる。本発明者らの検討によると、Imantonia rotundaに分類される微細藻類は、上記の寄託株に限らず、原油と同様の組成のC10-38の直鎖飽和炭化水素を生産する能力が高いと考えられる。
【0024】
Imantonia rotundaは、当該技術分野で公知の方法、例えば形態観察、18S rRNA遺伝子解析等に基づき、同定することができる。なお、本発明や本発明の実施態様を説明する際に、上記の寄託株を用いた場合を例に説明することがあるが、その説明は、Imantonia rotundaに分類される他の微細藻類株を用いた場合にもあてはまる。
【0025】
好ましい態様においては、Imantonia属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類を用いることができる:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と高い同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。
【0026】
高い同一性とは、たとえば90%以上であることをいい、好ましくは95%以上であり、より好ましくは98.0%以上であり、さらに好ましくは98.5%以上であり、さらに好ましくは99.0%以上であり、さらに好ましくは99.77%以上である。
【0027】
ヌクレオチド配列(塩基配列、または単に配列ということもある。)に関し、同一性とは、特に記載した場合を除き、2つの配列を最適の態様で整列させた場合に、2つの配列間で共有する一致したヌクレオチドの個数の百分率を意味する。同一性%は、(一致した位置の数/位置の全数)×100で算出でき、市販されているアルゴリズムを用いて計算することができる。また、このような計算は、当業者には周知のアルゴリズムまたはプログラム(例えば、BLASTN、BLASTP、BLASTX、ClustalW)により行うことができる。プログラムを用いる場合のパラメーターは、当業者であれば適切に設定することができ、また各プログラムのデフォルトパラメーターを用いてもよい。これらの解析方法の具体的な手法もまた、当業者には周知である。
【0028】
別の好ましい態様においては、Imantoniaに属し、下記(1)、(2)、(3)および(4)の科学的性質を有する、微細藻類を用いることができる。
(1)色は半透明で大きさは4-5μmである。
(2)2本の鞭毛を有し、遊泳性を有する。
(3)油滴を細胞内に蓄積することができる。
(4)細胞表面は、円石および有機鱗片は観察されず、滑らかである。
このような微細藻類であれば、C10-38の直鎖飽和炭化水素を生産することができると考えられる。
【0029】
〔単離された微細藻類、微細藻類の抽出物、微細藻類の培養物〕
後述する本発明の炭化水素の製造方法には、単離された微細藻類を用いることもでき、また目的の炭化水素の製造を著しく妨げない限り、他の微生物と共存した状態にある微細藻類を用いることもできる。微細藻類に関し、単離とは、特に記載した場合を除き、複数の微生物からなる集団から、特定の微細藻類のみを取り出す(純粋培養する、純菌化する、ということもある。)操作をいう。Imantonia rotundaは自然界では他の微細藻類等と共存しており、単離されたImantonia rotundaは、天然には存在しない。本発明により、単離されたImantonia rotundaが提供される。
【0030】
本発明はまた、Imantonia rotundaの抽出物を提供する。抽出物には、圧搾物、抽出物の分画物、粗精製物、濃縮物、乾燥物、抽出物から単離または精製された特定の成分、例えば、核酸(DNA、およびRNA)、タンパク質、糖類、脂質等が含まれる。
【0031】
抽出物の原料となるImantonia rotundaは、単離されたものであることが好ましい。単離されたImantonia rotundaから得られる抽出物は、重要な遺伝子、例えば直鎖飽和炭化水素の生合成に関わる遺伝子のクローニングなどにおいて、好適に用いることができると考えられるからである。
【0032】
Imantonia rotundaは自然界では、ごく低い密度で存在しており、炭化水素の製造に適した密度や、微細藻類の保存に適した密度では、天然には存在しない。本発明は、Imantonia rotundaを1×104cells/mL以上の密度で含む、培養物も提供する。培養物の好適な例の一つは、Imantonia rotundaを培養に適した密度、すなわち1x105cells/mL以上、好ましくは1x106cells/mL以上で含んだものである。培養物におけるImantonia rotundaの密度の上限は、特に限定されないが、培養または保存に適しているとの観点からは、5x109cells/ml以下であることが好ましく、1x109cells/ml以下がより好ましく、1x108cells/ml以下がさらに好ましい。培養物は、生きたImantonia rotundaの懸濁液の形態である場合があり、またその凍結物、脱水物または乾燥物であってもよい。
【0033】
単離されたImantonia rotunda、抽出物の原料としてのImantonia rotunda、およびImantonia rotundaの培養物のそれぞれにおける、Imantonia rotundaの好ましい例は、次のものである:
・Imantonia属に属し、下記(a)または(b)からなる18S rRNA遺伝子を有する微細藻類:
(a)配列番号1に記載の配列からなるポリヌクレオチド、
(b)配列番号1に記載の配列と95%以上の同一性を有する配列からなるポリヌクレオチド。または
・Imantonia rotunda FERM P-22332、またはImantonia属に属し、下記(1)、(2)、(3)および(4)の科学的性質を有する、微細藻類:
(1)色は半透明で大きさは4-5μmである。
(2)2本の鞭毛を有し、遊泳性を有する。
(3)油滴を細胞内に蓄積することができる。
(4)細胞表面は、円石および有機鱗片は観察されず、滑らかである。
【0034】
〔ゲノムDNAの塩基配列〕
本発明はまた、Imantonia rotundaのゲノムDNAの塩基配列情報とその利用を提供する。本発明により、Imantonia rotundaの全ゲノムの配列情報が提供される。この配列情報を利用して、所望の炭化水素産生に関連する遺伝子を特定し、それらの遺伝子を利用することができる。ゲノム配列情報および特定の遺伝子の利用には、Imantonia rotundaの遺伝子の解析に有用なDNAアレイを提供すること、遺伝子にコードされたタンパク質を製造すること、遺伝子が関連する炭化水素産生特性を示す藻類を育種すること、遺伝子を用いて形質転換し、増殖および炭化水素産生能に優れた微生物を得ること、形質転換した微生物を用いて炭化水素の製造を行うことが含まれる。
【0035】
II. 炭化水素の製造方法
本発明の炭化水素の製造方法は、
(1)微細藻類を培養し、培養物を得る工程、及び
(2)培養物から炭化水素を採取する工程
を含む。本発明の製造方法では、炭化水素は、脂肪酸、油脂等の種々の化合物における炭化水素部分として製造される場合がある。すなわち炭化水素の製造方法は、製造される炭化水素が油脂の炭化水素部分である場合は、油脂の製造方法、または油脂組成物の製造方法ということができる。
【0036】
〔微細藻類を培養し、培養物を得る工程〕
培養工程において、培地は、用いる微細藻類を培養できる限り、特に限定されず、公知の種々の培地を使用することができる。微細藻類の培養のための培地として、AF-6培地、Allen培地、BBM培地、C培地、CA培地、CAM培地、CB培地、CC培地、CHU培地、CSi培地、CT培地、CYT培地、D培地、ESM培地、f/2培地、HUT培地、M-11培地、MA培地、MAF-6培地、MF培地、MDM培地、MG培地、MGM培地、MKM培地、MNK培地、MW培地、P35培地、URO培地、VT培地、VTAC培地、VTYT培地、W培地、WESM培地、SW培地、SOT培地が知られている。
【0037】
Imantonia rotundaは海生である。したがって、本発明の培養工程は、海水を含む環境で実施することができる。好ましい態様においては、上記の培地のうち、海水系のものを用いることができる。上記の培地のうち、AF-6培地、Allen培地、BBM培地、C培地、CA培地、CAM培地、CB培地、CC培地、CHU培地、CSi培地、CT培地、CYT培地、D培地、HUT培地、M-11培地、MA培地、MAF-6培地、MDM培地、MG培地、MGM培地、MW培地、P35培地、URO培地、VT培地、VTAC培地、VTYT培地、W培地、SW培地、SOT培地は淡水系であるが、これらを適宜改変して用いることもできる。海水を用いる場合、天然のもの(海の水)を用いてもよく、人工海水(海水の組成を模して人工的に調製された液体)を用いてもよい。天然海水は、水を主成分とし、通常、約3.5%の塩分(塩化ナトリウム、塩化マグネシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム、塩化カリウム等)を含み、弱アルカリ性である。また「海水を含む環境」は、汽水(河口など淡水と海水が混じりあう水域の水)を用いる場合も包含する。天然の海水や汽水を用いる場合の採取地は、用いる微細藻類を培養できる限り、特に限定されない。培地中における海水や汽水の使用量(海水の割合、濃度)も、用いる微細藻類を培養できる限り、特に限定されない。海水または汽水に上記の培地と比較して不足している成分を追加することにより培地を調製してもよい。培地は、滅菌することができる。
【0038】
培地は、培養途中で適宜、追加、交換等することができ、前培養、本培養、増殖期、生産期等の工程に応じ、また培養途中の適当な時期に、変更してもよい。
【0039】
培養工程において、培養温度(培地水温)は、用いる微細藻類を培養できる限り、特に限定されず、適宜とすることができる。Imantonia rotundaは比較的低温でも十分生育することができ、このような低温での培養は、中緯度帯や寒冷域での実施を容易にし、好ましい。
【0040】
好ましい態様においては、培養工程は、5℃以上25℃以下で行われる。10℃以上20℃以下で行われることがより好ましい。
【0041】
培養工程において、微細藻類の密度は、用いる微細藻類に応じ、適宜とすることができる。培養初期において、微細藻類の密度は、例えば1x103cells/ml以上であり、好ましくは1x104cells/ml以上であり、より好ましくは1x105cells/ml以上である。培養時の微細藻類密度の上限は、培養条件にもよるが、5x109cells/ml以下が好ましく、1x109cells/ml以下がより好ましく、1x108cells/ml以下がさらに好ましい。
【0042】
培養工程において、光源は、用いる微細藻類を培養できる限り、特に限定されず、公知の種々の光源を使用することができる。微細藻類の培養に用いることのできる光源としては、太陽光、LED、蛍光灯、白熱球、キセノンランプ、ハロゲンランプ等が知られている。好ましい態様においては、上記の培地のうち、自然エネルギーである太陽光、発光効率のよいLED、簡便に利用できる蛍光灯を用いてもよい。光量、および明暗条件は、用いる微細藻類に応じ、適宜とすることができる。
【0043】
培養は静置培養とすることができるが、必要に応じ、撹拌を行ってもよい。微細藻類の培養には、二酸化炭素が必要であるが、大気中の二酸化炭素を利用することができ、また、大気よりも高濃度の二酸化炭素を含む環境を利用することもできる。
【0044】
培養中の培地のpHは、微細藻類の種類に応じ、適宜とすることができるが、培養開始時の培地は、通常4-8の範囲にあり、5-7の範囲にあることが好ましい。培地のpHは、培養に伴って変化する場合がある。そのため、pH緩衝作用のある培地成分を培地中に添加することができる。また、培養期間中に、pH調整作用のある成分を適宜添加してもよい。
【0045】
培養工程は、微細藻類が十分に増殖するまで行うことができ、また対数増殖期を経た微細藻類の増殖がほぼ停止した後、微細藻類内での炭化水素の蓄積を十分とするために、さらに継続して数日間行うことができる。培養期間は、用いる微細藻類の種類や開始時の微細藻類の量に応じて、適宜とすることができるが、0.1-10x106cells/mlで開始した場合、3日以上数か月以下であり、5日以上1か月以下であることが好ましく、7日以上21日以下であることがさらに好ましい。
【0046】
〔培養物から炭化水素を採取する工程〕
培養工程により得られた培養物は、必要に応じ、濃縮し、乾燥し、細胞内の炭化水素を採取することができる。本工程は、培養工程で得られた水性スラリーを濃縮する、水性スラリー濃縮工程をさらに含んでもよい。濃縮する手段としては、例えば、濾過を挙げることができる。培養工程で得られた微細藻類の懸濁液を、微細藻類細胞を通過させない程度の孔径(好ましくは1-100μm)を有するメッシュを用いて濾過することにより培地の一部を除去し、濃縮された形態とすることが好ましい。ここで、微細藻類により生産された炭化水素は、通常細胞質中に蓄積されるので、培地を濾液として除去しても、炭化水素の収量を減少させることはない。濃縮することにより、炭化水素抽出工程において、効率的に炭化水素を抽出することができる。濃縮物は、必要に応じさらに含水率を下げ、乾燥してもよい。
【0047】
濃縮物からの炭化水素の採取方法は、同様の目的の公知の方法を適宜適用することができる。例えば、超音波処理によって微細藻類を破砕し、あるいはプロテアーゼや酵素などによって微細藻類を溶解した後、適切な有機溶媒を用いて抽出する方法がある(例えば、特表2010-530741に記載の方法)。本発明でもこの様な方法を用いることができる。炭化水素の抽出に用いられる溶媒は、微細藻類が生産する炭化水素を溶解し得るものであれば特に限定されない。具体的には、低極性又は非極性の水非混和性媒体であればよく、n-ヘキサン(以下、単にヘキサンと記載することもある。)、またはn-ヘプタンのようなC6-10脂肪族もしくは脂環式炭化水素、またはベンゼンのようなC6-10芳香族炭化水素が好ましく、ヘキサンまたはn-ヘプタンがより好ましい。抽出のために濃縮物と溶媒とを接触させる時間は、10分以上であることが好ましく、10-180分の範囲であることがより好ましく、10-120分の範囲であることが特に好ましい。上記の条件で本工程を実施することにより、炭化水素の抽出効率を高めて炭化水素の収量を向上させることが可能となる。
【0048】
炭化水素の抽出に用いられる油性媒体の量が増大すると、炭化水素の収量は向上するが、コストおよび環境負荷の観点からは好ましくない。そのため、微細藻類の乾燥質量に対する抽出溶媒の質量比は、15以下であることが好ましく、0.1-15の範囲であることがより好ましく、0.5-15の範囲であることがさらに好ましく、0.5-6の範囲であることがさらに好ましく、1-6の範囲であることがさらに好ましい。抽出された炭化水素は、減圧蒸発又は分別蒸留等の分離手段によって溶媒と分離することができる。
【0049】
抽出した炭化水素がクロロフィルなどの不純物を含む場合は、精製を行ってもよい。精製は、シリカゲルカラムクロマトグラフィーによるもの、蒸留(例えば、特表2010-539300に記載の蒸留方法)によるものなどがある。本発明でもこの様な方法を用いることができる。
【0050】
本発明者らの検討によると、Imantonia rotundaの培養物には、C10-38の直鎖飽和炭化水素が含まれる。詳細には、n-デカン(n-decane)C10H22、n-ウンデカン(n-undecane)C11H24、n-ドデカン(n-dodecane)C12H26、n-トリデカン(n-tridecane)C13H28、n-テトラデカン(n-tetradecane)C14H30、n-ペンタデカン(n-pentadecane)C15H32、n-ヘキサデカン(n-hexadecane)C16H34、n-ヘプタデカン(n-heptadecane)C17H36、n-オクタデカン(n-octadecane)C18H38、n-ノナデカン(n-nonadecane)C19H40、n-エイコサン(n-icosane)C20H42、n-ヘンエイコサン(n-heneicosane)C21H44、n-ドコサン(n-docosane)C22H46、n-トリコサン(n-tricosane)C23H48、n-テトラコサン(n-tetracosane)C24H50、n-ペンタコサン(n-pentacosane)C25H52、n-ヘキサコサン(n-hexacosane)C26H54、n-ヘプタコサン(n-heptacosane)C27H56、n-オクタコサン(n-octacosane)C28H58、n-ノナコサン(n-nonacosane)C29H60、n-トリアコンタン(n-triacontane)C30H62、n-ヘントリアコンタン(n-hentriacontane)C31H64、n-ドトリアコンタン(n-dotriacontane)C32H66、n-トリトリアコンタン(n-tritriacontane)C33H68、n-テトラトリアコンタン(n-tetratriacontane)C34H70、n-ペンタトリアコンタン(n-pentatriacontane)C35H72、n-ヘキサトリアコンタン(n-hexatriacontane)C36H74、n-ヘプタトリアコンタン(n-heptatriacontane)C37H76、n-オクタトリアコンタン(n-octatriacontane)C38H78が含まれることが確認された。また各炭化水素の量は、0.1-30 ng/g dry cellであると確認された。
【0051】
Imantonia rotundaが、直鎖飽和炭化水素を生産可能なことはこれまで知られていなかった。また、このような原油に近い組成の炭化水素を生産可能な微細藻類は、これまで知られていなかった。
【0052】
得られた炭化水素は、ジェットエンジン燃料として、ガソリンエンジン燃料として、またはディーゼルエンジン燃料として用いることができる。得られた炭化水素は、他の燃料と混合してもよく、また原油に近い組成を有するので、他の燃料と混合することなく、燃料として使用することができる。
【0053】
下表に、寄託株に代表されるImantonia rotundaの特徴を、従来の炭化水素生産性微細藻類の代表であるBotryococcus brauniiと比較してまとめた。
【0054】
【実施例】
【0055】
以下の実施例により本発明を更に具体的に説明するが、本発明は以下の実施例によって限定されるものではない。
【0056】
I. 新規株の単離、同定
下記にしたがって、新規な株を単離し、シングルクローン化し、同定した。
〔新規株の単離方法〕
1. 70°00.06'N, 168°44.96'W, 深度10 mで採取された海水サンプル20 mLを使用した。
2. 1.の海水に酸化ゲルマニウムを終濃度1mg/Lになるように加えたx1/10 MNK培地180 mL(組成は表3参照)を添加し、蛍光灯の光照射下(光強度:45μE、明:16時間、暗:8時間)、約4℃で浮遊培養フラスコを用い、静置培養する。この時24時間ごとに攪拌する。
3. 2.のサンプルを改変ESM培地(組成は表4参照)で適宜希釈し,蛍光灯の光照射下,約4℃で静置培養する。24時間ごとに攪拌する。
4. 単離株となったことを確認するには、顕鏡観察および18Sリボソーム遺伝子解析によって行う。クローン株の確立にはフローサイトメトリーを使用することができる。
【0057】
【0058】
【0059】
〔シングルクローン化〕
1. 2.1%のLow melting agar (#16520-050 Invitrogen)をオートクレーブにかけて、少し冷ます(65℃-90℃)。
2. 1mlのAgarを9mlのESM培地と混ぜ、素早く混合する。
3. 0.5mlの培養液を加えて素早く混ぜ、シャーレに流し込んで4℃の冷蔵庫で固める(培養液は1000倍、1万倍、10万倍希釈)
4. 2-3週間程度でコロニーが現れる
5. 顕微鏡下でコロニーをつつき、1mlのESM培地へ植え継ぐ(20-30本程度)
6. 2-3週間後、10%程度の培地にImantonia rotundaが増殖する。
【0060】
〔特徴観察〕
得られたImantonia rotundaの新規な株の形態を観察した。
【0061】
グルタルアルデヒドによる一次固定・自然乾燥法による試料をFE-SEM観察に供した。細胞表面に円石および有機鱗片は観察されない。滑らかな表面を有する(
図1)。
【0062】
得られた株は、ハプト藻に特徴的な2本の鞭毛を持ち、遊泳性である。またEmiliania huxleyiなどに見られるLipid Bodyとよく似た油滴を細胞内に蓄積している(
図2)。
【0063】
得られた株を、前培養の後、10℃、15℃、20℃の各水温で浮遊培養フラスコを用い8日間静置培養した。いずれの水温で培養したものにも、細胞内油滴が観られる(
図3)。
【0064】
〔18S rRNAによる分子系統解析〕
単離株の培養液より細胞を回収し、DNA抽出(Qiagen Plant Dneasy plant kit miniを使用)を行い、18S rRNAプライマーによってPCR増幅し、ダイレクトシーケンス法により配列を決定した。決定した配列を、
図4および配列表にSEQ ID NO.:1として示した。
【0065】
NCBIから提供されるBLASTプログラムによる解析では、Imantonia sp. MBIC10497 の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AB183605.1)とは1720/1725(99.71%)、Imantonia sp. MBIC10500の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AB183606.1)とは1720/1726(99.65%)同一であり、Imantonia sp. CCMP 1404の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AM491015.1)とは1720/1726(99.65%)同一であり、Imantonia rotunda, strain UIO 101の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AJ246267.1)とは1718/1726(99.54%)同一であり、Imantonia rotunda, strain ALGO HAP23の18S rRNA遺伝子(Sequence ID: AM491014.2)と1692/1696(99.76%)同一であった。
【0066】
また、得られた配列から、ハプト藻類の18S rRNA配列ライブラリーの配列を用いて系統樹を作成した。18S rRNA配列と系統解析ソフトMEGA 5.2.2を用いてアライメントを確認後、作成した系統樹を
図5に示す。系統樹の妥当性は(Fabien et al. 2009,Edvardsen et al. 2011)の報告と比較し、検証した。新規株は、Imantonia rotundaであると考えられる。新規単離株は、受託番号 FERM P-22332として所定の寄託機関に特許寄託された。
【0067】
II. 炭化水素の抽出および定量方法
下記にしたがって、単離株(受託番号FERM P-22332)から炭化水素を抽出し、定量した。
【0068】
〔炭化水素の抽出方法〕
器具は極力ガラス製を使用し、予め塩酸洗浄し、450℃で3-4時間焼成の後、使用する。溶媒抽出の過程のみステンレス製容器を使用する。
1. Imantonia rotundaの乾燥細胞を10mg-100mg程度溶媒抽出用のステンレス製セルに分取する。細胞の成長ステージや培養条件により、単位細胞あたりの脂質量は異なってくるため、用いる細胞量は適宜調整する。
2. 高速溶媒抽出装置(ASE-200, DIONEX Japan Ltd.)にて100℃、1500psi (=10343kPa)で20分の条件下にてジクロロメタンとメタノール(9:1容量比)の混合溶媒を用いて全脂質を抽出する。
3. 抽出した脂質を含む上記ジクロロメタン・メタノール混合溶媒を濃縮し、そこに0.5規定の水酸化カリウム/メタノール溶液を加え、80℃で2時間けん化(脂質を酸の塩とアルコールに加水分解する過程)を行う。
4. 3.の溶液を冷まし、ガラス瓶にヘキサンを加えて2分間よく振とうさせ、ヘキサンに脂質成分を溶解させたのち、ヘキサン画分をパスツールピペットでガラス製の試験管に取り出す(この作業をさらに2回繰り返す)。
5. 4.のヘキサンフラクションを1ml程度になるまで濃縮する。
6. 5.をシリカゲルカラムクロマトグラフィー(Rapid Trace SPE Workstation(登録商標), Zymark Corp.)に、5.のサンプルを添加し、カラムにヘキサンを通す。
7. 6.のヘキサンフラクションを濃縮し、ガラス製カラム(HP-5MS, 長さ60m, 内径0.32mm, 膜厚0.25μm)を搭載したガスクロマトグラフィーにて検出した。ガスクロマトグラフの条件は、装置:Agilent6890N, Agilent Technologies Inc、注入モード:オンカラムインジェクター、注入口温度:トラックオーブン、注入量:2.5μl、カラム流量:2.3ml/min、昇温プログラム:60℃-10℃/min-120℃-5℃/min-310℃(22min)FID検出器付き
【0069】
〔炭化水素の同定〕
炭化水素の同定には、ガスクロマトグラフ質量分析計を用いた。同定の確度を高める為に2機関で実施した。
【0070】
海洋研究開発機構:Agilent5973GC/MSD質量分析計。装置の条件は、注入モード:オンカラムインジェクター、注入口温度:トラックオーブン、カラム:HP-5MS(長さ60m, 内径0.25mm, 膜厚0.25μm)、注入量:2.5μl、カラム流量:2.3ml/min、昇温プログラム:60℃-10℃/min-120℃-5℃/min-310℃(42min)、質量分析計条件はイオン化法、イオン源温度230℃、四重極温度:150℃、質量分析モード:スキャンモード、質量レンジ:m/z 50-700 (EI)
【0071】
アジレントテクノロジー(株)アプリケーションセンター:Agilent7200GC/Q-TOF質量分析計を用いた。装置の条件は、注入モード:スプリットレス、注入口温度:320℃、カラム:DB-5ms(長さ30m, 内径0.25mm, 膜厚0.25μm)、注入量:1μl、カラム流量:1.2ml/ml、昇温プログラム:60℃(5min)-20℃/min-130℃-4℃/min-320℃(20min)、質量分析計条件はイオン化法:EI, PCI(メタン1ml/min)、イオン源温度280℃(EI)200℃(PCI)、四重極温度:150℃、質量分析モード:TOF、質量レンジ:m/z 35-800 (EI)、m/z 75-800 (PCI)
【0072】
〔炭化水素の定量〕
炭化水素の定量には、ガスクロマトグラフを用いた。C10 - C38の炭化水素標準物質 (GLScience Inc.)を用い、各炭化水素のFID検出器感度と濃度の関係の検量線を作成し、試料に含まれる各炭化水素の濃度計算を行った。5α-cholestane (GLScience Inc.)を内部標準に用いて回収率を求めた。上記一連の実験による炭化水素の回収率は、C10-C14の炭化水素で60-70%、C15以上の炭化水素で95%以上であり、繰り返し精度はC10-C38炭化水素について濃度の3%以内である。
【0073】
〔分析結果〕
得られた株(受託番号FERM P-22332)についての以上の分析の結果、試料に含まれる成分とその乾燥細胞重量あたりの濃度を下表に示した。また得られた炭化水素のクロマトグラムを
図6に示した。
【0074】
【0075】
Imantonia rotundaの細胞から得られた炭化水素は、石油とよく似た組成を示すことが分かった。
【0076】
III. 培養実験
【0077】
得られた株(受託番号FERM P-22332)について、培養条件等を検討した。
【0078】
〔方法〕
I.の項の1.- 3.の記載にしたがい前培養を行った株(受託番号FERM P-22332)を浮遊培養フラスコに入れて、10℃、15℃、または20℃で、静置培養した。改変ESM培地(組成は表4参照)を用い、蛍光灯の光照射下(光強度:45μE、明:16時間、暗:8時間)、24時間ごとに攪拌した。細胞量は、750nmの波長で測定される光学密度(OD750:750nmの波長でこれらの培養水を照らした際、どのくらい光強度が弱まるかを測定する)により算出した。
【0079】
〔結果〕
各温度における増殖特性を、下表および
図7に示した。また、無極性画分(100%n-ヘキサン)のGC-FIDクロマトグラムを
図8に示した。
【0080】
【0081】
短期間(2-4日目)であれば、水温が高いほうがよく増殖したが、10日目頃には10℃の培養も他の水温に匹敵する細胞数となった。また、GC-FIDクロマトグラムから、10-20℃のどの水温でも炭化水素を合成することが分かった。
【0082】
IV. ゲノムDNA塩基配列の決定
得られた株(受託番号FERM P-22332)のゲノムDNAの塩基配列を特定した。
Imantonia細胞を、20mlのL1培地、培養温度15℃、光量10μEの白色蛍光灯下で培養し、回収した細胞からゲノムDNAをQiagen社 Genome Tipを用いて精製した。
得られたゲノムDNAをPacbio社RSIIシークエンサーを用いてシークエンスした。シークエンス作業はマクロジェン株式会社に委託した。
【0083】
DNA Polymerase Binding kit P6v2試薬を使用し、SMRT cell 8PacV3 8セル分のfastq形式のシークエンスデータを取得した。合計、1,065,602リード、9,633,300,629 bpの配列が得られた。これらの配列をcanu v1.5(Koren S. et al., 2017 Genome Res.)を用いてアセンブルし、得られた配列に対し、アセンブルに使用した配列をPacbio社配布のSMRT analysis v4.0.0パッケージのpbalignを使用してマッピングし、quiverを使用してアセンブル配列の補正を行った。続いて、Kapa社 Hyper prep kitを使用し、ゲノムDNAからシークエンスライブラリーを調整し、豊橋技術科学大学設置のillumina社MiSeqシークエンサーを用いてシークエンスした。試薬はMiSeq reagent kit v3 600 cycle kitを用い、ライブラリの両端300bpをシークエンスした。リード後半のクオリティの低い配列をfastx tool kit(http://hannonlab.cshl.edu/fastx_toolkit)を用いて除去し、得られたリードをbwa 0.7.15(Li H. et al., 2009 Bioinformatics)を使用してquiver補正済みの配列に対してマッピングし、ユニークにリードがマップされた領域について、pilon(Walker B. J. et al., 2014 PLoS One)を使用してアセンブル配列の更なる補正を行った。最終的に、合計86,826,871bp、コンティグ数157、最大コンティグ長4,705,222bp、平均コンティグ長553,037bp、N50コンティグ長1,851,323bp、GC含量66.75%のゲノムの塩基配列を取得した。
【配列表フリーテキスト】
【0084】
SEQ ID NO.:1, 18S rRNA of Imantonia rotunda FERM P-22332
SEQ ID NOs.:2-158, genome DNA of Imantonia rotunda FERM P-22332
【配列表】