(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】心筋トロポニンの測定方法及び測定試薬
(51)【国際特許分類】
G01N 33/53 20060101AFI20220203BHJP
【FI】
G01N33/53 D
(21)【出願番号】P 2018539718
(86)(22)【出願日】2017-09-12
(86)【国際出願番号】 JP2017032793
(87)【国際公開番号】W WO2018051965
(87)【国際公開日】2018-03-22
【審査請求日】2020-08-13
(31)【優先権主張番号】P 2016178919
(32)【優先日】2016-09-13
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】306008724
【氏名又は名称】富士レビオ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001656
【氏名又は名称】特許業務法人谷川国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】榊 みずほ
(72)【発明者】
【氏名】北村 由之
(72)【発明者】
【氏名】八木 慎太郎
(72)【発明者】
【氏名】青柳 克己
【審査官】海野 佳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2008/126780(WO,A1)
【文献】特許第5864530(JP,B2)
【文献】国際公開第2014/122973(WO,A1)
【文献】特開2000-241429(JP,A)
【文献】国際公開第2016/005328(WO,A2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体から分離された試料
と、酸性化剤
又は陰イオン性界面活性剤を含む前処理液とを混和する前処理工程を含む、生体から分離された試料中の
ヒト由来の心筋トロポニンをイムノアッセイにより測定する方法
【請求項2】
前記前処理液が、さらに還元剤を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記陰イオン性界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸リチウム又はドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムである請求項1又は2記載の方法。
【請求項4】
前記
前処理液が、陰イオン性界面活性剤を含み、前記前処理工程が、加熱条件下で行われる、請求項
1~3のいずれか1項に記載に記載の方法。
【請求項5】
前記前処理液が酸性化剤を含み、前処理工程における酸性化剤の終濃度が0.05N超0.5N以下である、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
前記心筋トロポニンが、心筋トロポニンIである、請求項1~
5のいずれかに記載の方法。
【請求項7】
前記試料が、血清、血漿、全血、尿、便、口腔粘膜、咽頭粘膜、腸管粘膜又は生検試料である、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
酸性化剤
又は陰イオン性界面活性剤を含む前処理液を備える
、請求項1記載の方法のための、ヒト由来の心筋トロポニンのイムノアッセイ用試薬。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、心筋トロポニンの測定方法及び測定試薬に関する。
【背景技術】
【0002】
心筋トロポニンは、心筋収縮の調節に関与し、心筋トロポニンI、トロポニンC、心筋トロポニンTの3種のサブユニットから構成される複合体の形で存在する。心筋トロポニンIと心筋トロポニンTは、いずれも心臓において特異的に発現しており、心筋細胞が傷害されると血中に放出されるため、心筋梗塞の診断、心臓疾患のモニタリングにおいて、血中マーカーとして利用されている。
【0003】
心筋トロポニンの測定に関連する技術として、以下が報告されている。
特許文献1には、所定のアニオン性界面活性剤(1個のスルホナート基を有するアルキル基)を含むマトリクスを利用することにより標準液中の心筋トロポニンを安定化できることが記載されている。特許文献2には、心筋トロポニンの免疫学的測定において2価の陽イオンを利用できることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】国際公開第2006/116005号
【文献】特許第5864530号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
血中の心筋トロポニンは心筋梗塞の診断マーカーとして広く利用されているが、血中においては心筋トロポニンI、トロポニンC及び心筋トロポニンTからなる複合体として存在し、かつ血中成分と複合体を形成する。特に、心筋トロポニンIは、ヘパリン存在下ではヘパリンと相互作用を示す、容易に血中プロテアーゼにより分解されるなど他の成分等の状態によって性状が変化しやすく、抗トロポニン抗体を用いた免疫測定において安定な値を示さないため、不安定なタンパク質とみなされている。例えば、血清を血液試料として用いた場合の心筋トロポニンIの測定値、及び血漿を血液試料として用いた場合の心筋
トロポニンIの測定値は必ずしも同一の値を示さないことがある。医療の現場では、種々の抗凝固剤(例、ヘパリン、EDTA、クエン酸)を含む採血管が血漿の調製に利用されているが、血漿中の心筋トロポニンIの測定値は、血漿の調製に用いた抗凝固剤の種類によって異なる値を示すことがある。また異なる抗体を検出に用いる測定試薬間でトロポニン測定値の乖離がみられる。したがって、心筋トロポニンI量を測定する心筋梗塞の診断においては、免疫測定法において心筋トロポニンIの真値を規定することは困難であり、ゆえに、試料の種類や他成分の影響を受けない一定の正常人値を設定するのが困難である
という課題がある。心筋トロポニンT測定は、単一の測定法のみ用いられているためトロポニンIのような測定値の乖離の問題は比較的小さいが、複数の測定法が報告されるようになった場合は、心筋トロポニンIと同様の課題が生じる可能性がある。
【0006】
本発明は、試料の種類や他成分の有無に関わらず、試料に含まれる心筋トロポニン量をより正確に測定し得る、心筋トロポニンの測定方法及び測定試薬を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、上記目的を達成するために鋭意検討した結果、生体試料中の心筋トロポニンIを免疫学的に測定する方法を用いるにあたり、前記生体試料を免疫反応に供する前に、界面活性剤及び酸性化剤のいずれか又は両方を含む前処理液とを混和する前処理工程を介することで、生体試料の種類や他成分の有無に関わらず、再現性のよい心筋トロポニン測定値が得られることを見出し、本発明を完成した。
【0008】
本発明の構成は以下の通りである。
(1)生体から分離された試料と、酸性化剤又は陰イオン性界面活性剤を含む前処理液とを混和する前処理工程を含む、生体から分離された試料中のヒト由来の心筋トロポニンをイムノアッセイにより測定する方法
(2)前記前処理液が、さらに還元剤を含む、(1)に記載の方法。
(3)前記陰イオン性界面活性剤が、ドデシル硫酸ナトリウム、ドデシル硫酸リチウム又はドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウムである(1)又は(2)記載の方法。
(4)前記前処理液が、陰イオン性界面活性剤を含み、前記前処理工程が、加熱条件下で行われる、(1)~(3)のいずれか1項に記載に記載の方法。
(5)前記前処理液が酸性化剤を含み、前処理工程における酸性化剤の終濃度が0.05N超0.5N以下である、(1)に記載の方法。
(6)前記心筋トロポニンが、心筋トロポニンIである、(1)~(5)のいずれかに記載の方法。
(7)前記試料が、血清、血漿、全血、尿、便、口腔粘膜、咽頭粘膜、腸管粘膜又は生検試料である、(1)~(6)のいずれか1項に記載の方法。
(8)酸性化剤又は陰イオン性界面活性剤を含む前処理液を備える、(1)記載の方法のための、ヒト由来の心筋トロポニンのイムノアッセイ用試薬。
【発明の効果】
【0009】
本発明によれば、心筋トロポニンを他の成分から遊離させ、相互作用による影響を低減させることにより、試料の種類や他成分の有無に関わらず、試料に含まれる心筋トロポニン量をより正確に測定し得る、心筋トロポニンの測定方法及び測定試薬を提供することができる。また、本発明によれば、心筋トロポニンの性状を均一化することにより、心筋トロポニンを安定的に高感度で測定することが可能な心筋トロポニンの測定方法及び測定試薬を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】市販測定試薬による血清中の心筋トロポニンI測定値と、酸性化前処理を伴う本発明の測定方法による血清中の心筋トロポニンI測定値との相関を示す図である。
【
図2】酸性化前処理を伴う本発明の測定方法で高値を示す検体のゲル濾過クロマトグラフィーの各画分が、心筋トロポニンIの検出に与える影響を示す図である。
【
図3】酸性化前処理を伴う本発明の測定方法における、前処理液の酸濃度と測定値との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
<心筋トロポニンの測定方法>
本発明の方法で測定される心筋トロポニンは、心筋トロポニンI、トロポニンC及び心筋トロポニンTのいずれでもよく、好ましくは、心筋トロポニンIである。心筋トロポニンI(cTnI)は、心筋収縮の調節に関与する心筋トロポニン複合体を構成する3種のサブユニット(トロポニンI、C及びT)の一つである。本発明で測定される心筋トロポニンは、任意の動物由来の心筋トロポニンであるが、好ましくは、哺乳動物(例、ヒト、サル、チンパンジー等の霊長類;マウス、ラット、ウサギ等の齧歯類;イヌ、ネコ等の愛玩動物;ブタ、ウシ等の家畜;ウマ、ヒツジ等の使役動物)由来の心筋トロポニンであり、より好ましくは霊長類由来の心筋トロポニンであり、特に好ましくは、ヒト由来の心筋トロポニンである。ヒト由来の心筋トロポニンIのアミノ酸配列については、例えばGenBank:CAA62301.1を参照のこと。勿論、ヒト由来の心筋トロポニンIは、上記番号で参照されるアミノ酸配列からなるものに限定されず、その変異体(例、天然に生じる変異体)であってもよい。また、本発明で測定される心筋トロポニンIは、生体試料中で遊離型、トロポニンC及び/又はトロポニンTとの複合体の形態、及び自己抗体などの他の分子との複合体の形態で存在していてもよい。ヒト由来のトロポニンCのアミノ酸配列については、例えばGenBank:AAA36772.1を参照のこと。ヒト由来の心筋トロポニンTのアミノ酸配列については、例えばGenBank:CAA52818.1を参照のこと。
【0012】
1.前処理工程
本発明の方法は、生体試料と抗体とを反応させる免疫反応により生体試料中に存在する心筋トロポニンIを測定する方法であるが、免疫反応(反応工程)の前に、生体試料と前処理液とを混和することによる前処理工程を含むことを特徴とする。前処理工程により、心筋トロポニンIを遊離状態として、他の蛋白質等の成分との相互作用の影響を低減することができる。前処理液は、界面活性剤及び酸性化剤のいずれかを含んでいてもよく、両方を含んでいてもよい。好ましくは、前処理液は、界面活性剤又は酸性化剤のいずれかを含む。
【0013】
前記前処理工程において混和する生体試料と前処理液の体積比は、1:10~10:1、特に1:5~5:1、さらに1:3~3:1とすることが好ましい。本発明で用いられる生体試料は、心筋トロポニンIを含有し得る試料であれば特に限定されず、例えば、血清、血漿、全血、尿、便、口腔粘膜、咽頭粘膜、腸管粘膜および生検試料(例、腸管試料、肝臓試料)が挙げられる。好ましくは、生体試料は、血清または血漿である。
【0014】
前記前処理液に含まれる界面活性剤としては、陰イオン性界面活性剤、陽イオン性界面活性剤、両イオン性界面活性剤、非イオン性界面活性剤のいずれも使用可能であるが、特に陰イオン性界面活性剤が好ましい。陰イオン性界面活性剤としては、ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)、N-ラウロイルサルコシンナトリウム(NLS)、ドデシル硫酸リチウム、ドデシルベンゼンスルホン酸ナトリウム、デオキシコール酸、などを好適に使用でき、特にSDS、NLSを好適に使用できる。陽イオン界面活性剤としては、例えばヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド(C16TAC)、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTAB)等を使用できる。両イオン性界面活性剤としては、例えば、CHAPS等を使用できる。非イオン性界面活性剤としては、例えば、Tween20、Triton X-100等を使用できる。界面活性剤の濃度は、心筋トロポニンIを他の蛋白質等から遊離させるために十分な濃度であることを要し、生体試料と混和した混和液の前処理時の濃度として、0.1~12.5%、特に0.25~10%、さらに0.5~7.5%とすることが好ましい。界面活性剤濃度を0.1~12.5%とすることで、心筋トロポニンIを十分に遊離させるとともに、析出等を生じにくい、という効果を奏する。
【0015】
前記前処理液に含まれる酸性化剤としては、塩酸、硫酸、酢酸等を好適に使用できる。前処理液の酸の規定度は、前処理時の濃度として、0N超0.5N以下、特に0.03N以上0.125N以下とすることが好ましい。前処理に酸性化剤を用いる場合、生体試料との混和時に沈澱が生じないよう、陽イオン性界面活性剤を添加することが好ましい。陽イオン界面活性剤としては、特に炭素数10個以上の一本鎖アルキル基と、第3級アミンまたは第4級アンモニウム塩を同分子中に有している陽イオン性界面活性剤が好ましい。このような界面活性剤の例としては、デシルトリメチルアンモニウムクロライド、ドデシルトリメチルアンモニウムクロライド、テトラデシルトリメチルアンモニウムクロライド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムクロライド(C16TAC)、デシルトリメチルアンモニウムブロマイド、ドデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、テトラデシルトリメチルアンモニウムブロマイド、ヘキサデシルトリメチルアンモニウムブロマイド(CTAB)、ラウリルピリジニウムクロライド、テトラデシルピリジニウムクロライド、セチルピリジニウムクロライド等が挙げられる。陽イオン界面活性剤の添加量は、検体との混和時の濃度で0.01%以上15%以下が好ましく、さらに、0.05%~10%が好ましい。
【0016】
前処理液には、さらに還元剤が使用されることが好ましい。還元剤としては、2-(ジエチルアミノ)エタンチオール塩酸塩(DEAET)、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン塩酸塩(TCEP)、ジチオトレイトール(DTT)、2-メルカプトエタノール、チオグリセロール、亜硫酸ナトリウム、ボロハイドライド等の既存の還元剤をいずれも使用可能であるが、溶液中の安定性という理由で、DEAET、TCEPを特に好適に使用できる。還元剤の濃度としては、前処理時の濃度として0.1~200mM、特に0.5~100mM、さらに1.0~40.0mMとすることが好ましい。
【0017】
前処理液には、必要に応じて、尿素、チオ尿素等、他のタンパク変性剤が含まれていてもよい。変性剤の濃度は、処理時濃度で0.1M以上が好ましく、さらに0.5M以上4M未満が好ましい。また、前処理液には、処理効果を増強させるために、単糖類、二糖類のいずれか、またはこれらを組合せて添加してもよい。さらに、前処理液には、キレート剤が含まれていてもよい。心筋トロポニンIは、カルシウムイオン等の二価陽イオンの存在下でトロポニンC等との相互作用を生じやすいことが知られている。キレート剤を使用することにより、カルシウムイオン等の影響を回避し、心筋トロポニンIを遊離しやすくすることができる。キレート剤としては、EDTA、クエン酸、EGTA、フィチン酸等をいずれも使用可能であるが、EDTAの使用が特に好ましい。
【0018】
前処理工程は、生体試料と前処理液を混和した後、さらに加熱することが好ましい。特に、前処理液に界面活性剤を使用する場合には、その効果を高めるために加熱をすることが好ましい。加熱温度は35~95℃、特に50~90℃、さらに70~85℃とすることが好ましい。また、加熱時間は、1分以上、特に3分以上、さらに5分以上とすることが好ましい。加熱時間の上限は特に存在しないが、通常、60分以下、特には30分以下の加熱時間でよい。
【0019】
前処理工程は、生体試料と前処理液の混和後に、さらに中和液を添加して混和する中和処理を具えていてもよい。特に前処理液に酸性化剤を使用する場合には、その後の反応工程(抗原抗体反応)の前に、混和液のpHを反応に適した状態に調整するために有用である。中和液としては、水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等のアルカリ化剤、及びBicine、Tricine等のpH緩衝剤を含む溶液を好適に使用できる。中和液には、さらに、SDS、NLS等の界面活性剤を含んでいてもよい。
【0020】
2.反応工程
本発明の方法の上記前処理工程で得られた生体試料混和液は、次いでイムノアッセイの反応工程に供される。反応工程においては、生体試料混和液を緩衝液と混合させ、混合液中の抗原を心筋トロポニンに対する抗体と反応させる。
【0021】
前記緩衝液としては、例えば、MES緩衝液、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液、Tris緩衝液、炭酸緩衝液をベースとしたものが挙げられ、特に、リン酸緩衝液、クエン酸緩衝液をベースとしたものを好適に使用できる。また、緩衝液は、前処理の効果を持続させるため、EDTA等のキレート剤を含んでいてもよい。前処理液として界面活性剤を含有するものを使用した場合には、例えば、BSA、ポリビニルピロリドン(PVP)、ポリビニルアルコール(PVA)、デキストラン硫酸ナトリウム等の水溶性高分子を前処理後の混和液と混合した際の終濃度で0.01~10%、特に0.05~5.0%程度含む緩衝液を使用することが好ましい。また、前処理液として酸性化剤を含有するものを使用した場合には、アルカリ剤を含むか、前処理液の酸の影響を緩和し得る緩衝能を有する緩衝液を使用することが好ましい。前処理工程の混和液と緩衝液との混合は、体積比で、1:10~10:1、特に1:5~5:1、さらに1:3~3:1とすることが好ましい。
【0022】
本発明の方法で使用される心筋トロポニンに対する抗体は、心筋トロポニンのアミノ酸配列の少なくとも一部をエピトープとして認識する抗体である。心筋トロポニンIに対する抗体により認識されるエピトープとしては、特異的エピトープを始めとして種々のものが知られている(例、Filatov vl et al.,Biochem.Mol.Biol.Int.1998,45(6):1179-1187;国際公開第2012/115221号)。したがって、心筋トロポニンIに対する抗体は、特に限定されず、このような種々のエピトープを認識する抗体であってもよいが、遊離の心筋トロポニンIを認識する性質を有する抗体を好適に使用できる。特に、複合体を形成した心筋トロポニンと比して、遊離(単体)の心筋トロポニンIに対する反応性の高い抗体が好ましい。このような抗体のエピトープとしては、例えば、トロポニンCとの結合部位と重複する領域(43番目~65番目のアミノ酸残基)又はその一部の領域が挙げられる。また、例えば心筋トロポニンTとの結合部位と重複する領域(66番目~89番目)又はその一部の領域が挙げられる。このようなエピトープ領域は、通常の検体中では複合体の内部に存在するため、分解を受けにくく、安定的に存在し得る。なお、本明細書における心筋トロポニンIタンパク質のアミノ酸番号は、GenBank:CAA62301.1に記載されたアミノ酸配列(配列番号1)を基準とするものである。
【0023】
心筋トロポニンIに対する抗体は、入手が容易な市販の抗体であってもよい。ヒト由来の心筋トロポニンIのアミノ酸配列において、例えば、20番目~60番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープ(例、24~40番目、又は41~49番目のアミノ酸残基からなるペプチド)、61番目~120番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープ(例、86~90番目のアミノ酸残基からなるペプチド)、130番目~150番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープ、及び160番目~209番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープが挙げられる。好ましくは、心筋トロポニンIに対する抗体は、心筋トロポニンI特異的エピトープ(特に、ヒト心筋トロポニンI特異的エピトープ)を認識する抗体である。
【0024】
心筋トロポニンに対する抗体は、ポリクローナル抗体又はモノクローナル抗体のいずれであってもよい。心筋トロポニンに対する抗体は、免疫グロブリン(例、IgG、IgM、IgA、IgD、IgE、IgY)のいずれのアイソタイプであってもよい。心筋トロポニンに対する抗体はまた、全長抗体であってもよい。全長抗体とは、可変領域および定常領域を各々含む重鎖および軽鎖を含む抗体(例、2つのFab部分およびFc部分を含む抗体)をいう。心筋トロポニンに対する抗体はまた、このような全長抗体に由来する抗体断片であってもよい。抗体断片は、全長抗体の一部であり、例えば、定常領域欠失抗体(例、F(ab’)2、Fab’、Fab、Fv)が挙げられる。心筋トロポニンに対する抗体はまた、単鎖抗体等の改変抗体であってもよい。
【0025】
心筋トロポニンに対する抗体は、従前公知の方法を用いて作製することができる。例えば、心筋トロポニンに対する抗体は、上記のエピトープを抗原として用いて作製することができる。また、上述したようなエピトープを認識する心筋トロポニンに対する多数の抗体が市販されているので、このような市販品を使用することもできる。
【0026】
心筋トロポニンに対する抗体は、固相に固定されていてもよい。本明細書において、固相に固定された抗体を、単に固相化抗体ということがある。固相としては、例えば、液相を収容または搭載可能な固相(例、プレート、メンブレン、試験管等の支持体、及びウェルプレート、マイクロ流路、ガラスキャピラリー、ナノピラー、モノリスカラム等の容器)、ならびに液相中に懸濁または分散可能な固相(例、粒子等の固相担体)が挙げられる。固相の材料としては、例えば、ガラス、プラスチック、金属、及びカーボンが挙げられる。固相の材料としてはまた、非磁性材料、又は磁性材料を用いることができるが、操作の簡便性等の観点から、磁性材料が好ましい。固相は、好ましくは固相担体であり、より好ましくは磁性固相担体であり、さらにより好ましくは磁性粒子である。抗体の固相化方法としては、従前公知の方法を利用することができる。このような方法としては、例えば、物理的吸着法、共有結合法、親和性物質(例、ビオチン、ストレプトアビジン)を利用する方法、及びイオン結合法が挙げられる。特定の実施形態では、心筋トロポニンに対する抗体は、固相に固相化された抗体であり、好ましくは、磁性の固相に固相化された抗体であり、より好ましくは、磁性粒子に固相化された抗体である。
【0027】
反応工程は、前処理工程の混和液と緩衝液とを混合した後、固相化した抗体に接触させてもよく、また、緩衝液中に例えば粒子上に固相化した抗体を予め入れて粒子液とし、前記混和液と粒子液とを混合させてもよい。反応工程は、例えば免疫凝集法や競合法のように一次反応工程のみで実施してもよいが、二次反応工程を設けてもよい。なお、二次反応工程を設ける場合、一次反応工程と二次反応工程の間に、未反応成分を除去するための洗浄工程を設けてもよい。
【0028】
心筋トロポニンに対する抗体は、標識物質で標識化されていてもよい。本明細書において、標識物質で標識化された抗体を、単に標識化抗体ということがある。標識物質としては、例えば、酵素(例、ペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ)、親和性物質(例、ストレプトアビジン、ビオチン)、蛍光物質またはタンパク質(例、フルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、緑色蛍光タンパク質、赤色蛍光タンパク質)、発光又は吸光物質(例、ルシフェリン、エクオリン、アクリジニウム、ルテニウム)、放射性物質(例、3H、14C、32P、35S、125I)が挙げられる。また、本発明の方法では二次反応を設ける場合、二次反応に用いる抗体としては、このような標識物質で標識化されていてもよい。
【0029】
特定の実施形態では、本発明の方法は、二次反応に用いる抗体として、心筋トロポニンに対する抗体と異なるエピトープを認識する心筋トロポニンに対する別の抗体を含む。このような別の抗体が認識するエピトープの詳細は、上述した心筋トロポニンに対する抗体について詳述したエピトープと同様である(但し、併用される場合、エピトープの種類は異なる)。心筋トロポニンに対する抗体により認識されるエピトープと、心筋トロポニンに対する別の抗体により認識されるエピトープとの組合せは、特に限定されない。例えば、心筋トロポニンIに対する抗体として20番目~60番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出される特定のエピトープ(例、24~40番目、又は41~49番目のアミノ酸残基からなるペプチド)を認識する抗体を用いる場合、心筋トロポニンIに対する別の抗体として当該特定のエピトープ以外のエピトープ、例えば、20番目~60番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出される別のエピトープ(例、24~40番目、又は41~49番目のアミノ酸残基からなるペプチド)、61番目~120番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープ(例、86~90番目のアミノ酸残基からなるペプチド)、130番目~150番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープ、又は160番目~209番目のアミノ酸残基からなるペプチド部分中に見出されるエピトープを認識する抗体を用いることができる。このような別の抗体の使用は、例えば、サンドイッチ法が利用される場合に好ましい。
【0030】
3.検出工程
一次抗体又は二次抗体に標識を用いた場合、使用する標識に適した方法、例えば酵素標識を用いた場合は酵素の基質を添加することによって、検出する。例えば、アルカリホスファターゼ(ALP)を標識抗体として用いた場合は、3-(2’-スピロアダマンタン)-4-メトキシ-4-(3’-ホスホリルオキシ)フェニル-1,2-ジオキセタン・ 2ナトリウム塩(AMPPD)を酵素基質として用いた化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)の系とすることができる。
【0031】
本発明の方法は、心筋トロポニンに対する抗体を使用するイムノアッセイである。このようなイムノアッセイとしては、例えば、直接競合法、間接競合法、及びサンドイッチ法が挙げられる。また、このようなイムノアッセイとしては、化学発光酵素免疫測定法(CLEIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)、免疫比濁法(TIA)、酵素免疫測定法(EIA)(例、直接競合ELISA、間接競合ELISA、及びサンドイッチELISA)、放射イムノアッセイ(RIA)、ラテックス凝集反応法、蛍光イムノアッセイ(FIA)、及びイムノクロマトグラフィー法が挙げられる。これらのイムノアッセイ自体は周知であり、ここで詳しく述べる必要はないが、それぞれ簡単に説明する。
【0032】
直接競合法は、測定すべき標的抗原(本発明では心筋トロポニンI)に対する抗体を固相に固相化し(固相及び固相化については上記のとおり)、非特異吸着を防ぐためのブロッキング処理(血清アルブミン等のタンパク質溶液で固相を処理)後、この抗体と、前記標的抗原を含む被検試料(本発明では、上記のとおり前処理工程を行った生体試料)と、一定量の標識した抗原(標識は上記のとおり)とを反応させ、洗浄後、固相に結合した標識を定量する方法である。被検試料中の抗原と標識抗原とが、抗体に対して競合的に結合するので、被検試料中の抗原量が多いほど、固相に結合する標識の量が少なくなる。種々の既知濃度の抗原標準液を作製し、それぞれについて固相に固定化されて標識量(標識の性質に応じて、吸光度、発光強度、蛍光強度等、以下同じ)を測定して、抗原濃度を横軸、標識量を縦軸にとった検量線を作成する。未知の被検試料について、標識量を測定し、測定された標識量を検量線に当てはめることにより、未知の被検試料中の抗原量を測定することができる。直接競合法自体はこの分野において周知であり、例えば、US 20150166678 A1に記載されている。
【0033】
間接競合法では、標的抗原(本発明では心筋トロポニンI)を固相に固相化する(固相及び固相化については上記のとおり)。次いで、固相のブロッキング処理後、標的抗原を含む被検試料(本発明では、上記のとおり前処理工程を行った生体試料)と、一定量の抗標的抗原抗体とを混合し、前記固相化抗原と反応させる。洗浄後、固相に結合された前記抗標的抗原抗体を定量する。これは、前記抗標的抗原抗体に対する標識した二次抗体(標識は上記のとおり)を反応させ、洗浄後、標識量を測定することにより行うことができる。種々の既知濃度の抗原標準液を作製し、それぞれについて固相に固定化されて標識量を測定して、検量線を作成する。未知の被検試料について、標識量を測定し、測定された標識量を検量線に当てはめることにより、未知の被検試料中の抗原量を測定することができる。なお、標識二次抗体を用いずに、標識した一次抗体を用いることも可能である。間接競合法自体はこの分野において周知であり、例えば、上記したUS 20150166678 A1に記載されている。
【0034】
サンドイッチ法は、固相に抗標的抗原抗体を固相化し(固相及び固相化については上記のとおり)、ブロッキング処理後、標的抗原を含む被検試料(本発明では、上記のとおり前処理工程を行った生体試料)を反応させ、洗浄後、標的抗原に対する標識した二次抗体(標識は上記のとおり)を反応させ、洗浄後、固相に結合した標識を定量する方法である。種々の既知濃度の抗原標準液を作製し、それぞれについて固相に固定化された標識量を測定して、検量線を作成する。未知の被検試料について、標識量を測定し、測定された標識量を検量線に当てはめることにより、未知の被検試料中の抗原量を測定することができる。サンドイッチ法自体はこの分野において周知であり、例えば、US 20150309016 A1に記載されている。
【0035】
上記した各種イムノアッセイのうち、化学発光酵素イムノアッセイ法(CLEIA)、化学発光イムノアッセイ(CLIA)、酵素イムノアッセイ法(EIA)、放射イムノアッセイ(RIA)、蛍光イムノアッセイ(FIA)は、上記した直接競合法、間接競合法、サンドイッチ法等を行う際に用いる標識の種類に基づいて分類したイムノアッセイである。化学発光酵素イムノアッセイ法(CLEIA)は、標識として酵素(例えば、上記したアルカリフォスファターゼ)を用い、基質として化学発光性化合物を生じる基質(例えば、上記したAMPPD)を用いて、イムノアッセイである。酵素イムノアッセイ法(EIA)は、標識として酵素(例えば、上記したペルオキシダーゼ、アルカリフォスファターゼ、ルシフェラーゼ、βガラクトシダーゼ等)を用いるイムノアッセイである。各酵素の基質としては、吸光度測定等により定量可能な化合物が用いられる。例えば、ペルオキシダーゼの場合には、1,2-フェニレンジアミン(OPD)や3,3'5,5'-テトラメチルベンチジン(TMB)等、アルカリフォスファターゼの場合には、p-ニトロフェニルフォスフェート(pNPP)等、β-ガラクトシダーゼの場合には、MG:4-メチルウンベリフェリルガラクトシド、NG:ニトロフェニルガラクトシド等、ルシフェラーゼの場合には、ルシフェリン等が用いられる。放射イムノアッセイ(RIA)は、標識として放射性物質を用いる方法であり、放射性物質としては、上記のとおり3H、14C、32P、35S、125I等の放射性元素が挙げられる。蛍光イムノアッセイ(FIA)は、標識として蛍光物質または蛍光タンパク質を用いる方法であり、蛍光物質または蛍光タンパク質としては、上記のとおりフルオレセイン、フルオレセインイソチオシアネート、ローダミン、緑色蛍光タンパク質、赤色蛍光タンパク質等が挙げられる。これらの標識を用いるイムノアッセイ自体はこの分野において周知であり、例えば、US 8039223 BやUS 20150309016 A1に記載されている。
【0036】
免疫比濁法(TIA)は、測定すべき標的抗原(本発明では心筋トロポニンI)と、該抗原に対する抗体との抗原抗体反応により生成された抗原抗体複合物により濁度が増大する現象を利用したイムノアッセイである。抗標的抗原抗体溶液に、種々の既知濃度の抗原を添加し、それぞれ濁度を測定し、検量線を作成する。未知の被検試料について、同様に濁度を測定し、測定された濁度を検量線に当てはめることにより、未知の被検試料中の抗原量を測定することができる。免疫比濁法自体は周知であり、例えば、US 20140186238 A1に記載されている。ラテックス凝集法は、免疫比濁法と類似しているが、免疫比濁法における抗体溶液に代えて、表面に抗標的抗原抗体を固定化したラテックス粒子の浮遊液を用いる方法である。免疫比濁法及びラテックス凝集法自体はこの分野において周知であり、例えば、US 820,398 Bに記載されている。
【0037】
イムノクロマトグラフィー法は、ろ紙、セルロースメンブレン、ガラス繊維、不織布等の多孔性材料で形成された基体(マトリックスやストリップとも呼ばれる)上で上記したサンドイッチ法や競合法を行う方法である。例えば、サンドイッチ法によるイムノクロマトグラフィー法の場合、抗標的抗原抗体を固定化した検出ゾーンを上記基体上に設け、標的抗原を含む被検試料(本発明では、上記のとおり前処理工程を行った生体試料)を基体に添加し、上流側から展開液を流して標的抗原を検出ゾーンまで移動させ、検出ゾーンに固定化させる。固定化された標的抗原を、標識した二次抗体でサンドイッチして、検出ゾーンに固定化された標識を検出することにより、被検試料中の標的抗原を検出する。標識二次抗体を含む標識ゾーンを検出ゾーンよりも上流側に形成しておくことにより、標的抗原と標識二次抗体との結合体が検出ゾーンに固定化される。標識が酵素の場合には、酵素の基質を含めた基質ゾーンも検出ゾーンよりも上流側に設けられる。競合法の場合には、例えば、検出ゾーンに標的抗原を固定化しておき、被検試料中の標的抗原と、検出ゾーンに固定化された標的抗原とを競合させることができる。検出ゾーンよりも上流側に標識抗体ゾーンを設けておき、被検試料中の標的抗原と標識抗体を反応させ、未反応の標識抗体を検出ゾーンに固定化して標識を検出又は定量することにより、被検試料中の標的抗原を検出又は定量することができる。イムノクロマトグラフィー法自体は、この分野において周知であり、例えばUS 6210898 Bに記載されている。
【0038】
<心筋トロポニンIの測定試薬>
本発明の心筋トロポニンの測定試薬は、上述の心筋トロポニンの測定方法を実現し得る測定試薬である。本発明の測定試薬は、通常のイムノアッセイに使用される構成に加え、界面活性剤及び酸性化剤のいずれか又は両方を含む前処理液を構成成分として含むことを特徴とする。
【0039】
本発明の試薬は、互いに隔離された形態または組成物の形態において各構成成分を含む。具体的には、各構成成分はそれぞれ異なる容器(例、チューブ、プレート)に収容された形態で提供されてもよいが、一部の構成成分が組成物の形態(例、同一溶液中)で提供されてもよい。あるいは、本発明の試薬は、デバイスの形態で提供されてもよい。具体的には、構成成分の全部がデバイス中に収容された形態で提供されてもよい。あるいは、構成成分の一部がデバイス中に収容された形態で提供され、残りのものがデバイス中に収容されない形態(例、異なる容器に収容された形態)で提供されてもよい。この場合、デバイス中に収容されない構成成分は、標的物質の測定の際に、デバイス中に注入されることにより使用されてもよい。
【0040】
好ましい実施形態では、本発明の試薬は、採用されるべきイムノアッセイの種類に応じた構成を有していてもよい。例えば、サンドイッチ法が採用される場合、本発明の試薬は、必須の構成成分として、i)前処理液、ii)心筋トロポニンIに対する抗体、iii)緩衝液、並びに任意の構成成分として、iv)心筋トロポニンIに対する別の抗体、v)標識物質、vi)希釈液、及び、必要に応じて、vii)標識物質と反応する基質を含んでいてもよい。ii)及びiii)の構成成分は、同一溶液に含まれていてもよい。iv)の構成成分は、v)標識物質で標識化されていてもよい。好ましくは、心筋トロポニンに対する抗体は、磁性粒子に固相化されていてもよい。
【実施例】
【0041】
<実施例1 SDS前処理の効果確認試験(1)>
(1)抗心筋トロポニンI(cTnI)抗体プレートの作製
ポリスチレン製96穴マイクロウェルプレート(Nunc社製)に抗cTnI抗体19
C7(Hytest社製)を2μg/mL含む抗体希釈液(0.1M 炭酸水素ナトリウム、pH9.6)を100μL/ウェル分注し、4℃で一晩インキュベーションを行った。マイクロウェルプレートをPBSで3回洗浄し、次いで、ブロッキング液(0.5% カゼインナトリウム、2% スクロース、0.05% ProClin(登録商標)300を含むPBS)を350μL/ウェル分注し、室温で2時間以上インキュベーションを行った。ブロッキング液を除去した後、プレートを乾燥させ、抗cTnI抗体プレートとした。
【0042】
(2)検体前処理
表1に示す前処理液1~3を調製した。cTnI濃度既知の2つの血清検体とブランク(健常人血清)について、前処理液1~3と、前処理液:血清検体=1:2(体積比、以下同様)となるよう混合し、1000rpmの振とう条件下で、80℃で5分間加熱し、処理済検体とした。併せて、PBSと各血清検体とを、PBS:血清検体=1:2となるように混合し、未処理検体とした(加熱なし)。血清検体のcTnI濃度は、予めシーメンス社Centaurを用いて測定した。
【0043】
(3)検体中のcTnI測定
処理済検体を緩衝液(24mM リン酸二水素カリウム、76mM リン酸水素二カリウム、1.0% BSA、1.0% PVP、0.05% カゼインナトリウム、0.05% Tween20(商品名)、0.05% 塩化ナトリウム、0.10% Proclin(登録商標)300)とを、処理済検体:緩衝液=1:2となるよう混合し、抗cTnI抗体プレートに100μL/ウェル添加した(一次反応)。振とう条件下で室温で2時間反応させた後、洗浄液(0.05% Tween20(商品名)/PBS)で5回洗浄した。ビオチン化抗cTnI抗体16A11(Hytest社)を1μg/mL含む
緩衝液を100μL/ウェル分注し、振とう条件下で室温で1時間反応させた(二次反応)。洗浄液で5回洗浄した後、HRP標識ストレプトアビジン(ロシュ社製)を緩衝液で10000倍希釈した標識抗体液を100μ/ウェル分注し、振とう条件下で室温で30分間反応させた。洗浄液で5回洗浄した後、OPD基質液(Wako社製)を100μL/ウェル分注し、室温で15分間暗所に静置した。2N硫酸を100μL/ウェル分注して反応を停止させ、各ウェルの490nm/630nmの吸光度を測定した。
【0044】
(4)結果
各前処理条件でのcTnI測定結果を表1に示す。前処理を行うことで、陽性検体のシグナル強度(吸光度)が上昇することが分かった。特に、前処理液2、3の条件で前処理を行った場合に、未処理の測定条件と比してシグナル強度、S/N比がいずれも向上することが分かった。
【0045】
【0046】
<実施例2 SDS前処理の効果確認試験(2)>
cTnI濃度既知の血清検体7例について、前処理液を表2中の前処理液4とした以外は、実施例1と同様の方法で測定した。測定結果を表2に示す。
【0047】
【0048】
<実施例3 SDS前処理・測定系の特異性確認>
濃度既知の血清検体4例について、一次反応系に20μg/mLの抗cTnI抗体19C7(Hytest社)を添加し、二次反応系に10μg/mLの未標識抗cTnI抗体16A11を添加した以外は、実施例2と同様の試験を行った(阻害試験)。各条件での測定結果及び実施例2の結果との比較を表3に示す。阻害試験において、すべての検体で前処理を実施しても95%を超える阻害がかかることが確認され、特異性のある測定系であることが確認できた。
【0049】
【0050】
<実施例4 酸性化前処理の効果確認・ELISA>
(1)抗cTnI抗体プレートの作成
ポリスチレン製96穴イクロウェルプレート(Nunc社製)に抗cTnI抗体24F9(富士レビオ社製、cTnIの37番目~60番目のアミノ酸残基を認識する)を2μg/mL含む抗体希釈液(0.1M 炭酸水素ナトリウム、pH9.6)を100μL/ウェル分注し、4℃で一晩インキュベーションを行った。マイクロウェルプレートをPBSで3回洗浄し、次いで、ブロッキング液(0.5% カゼインナトリウム、2% スクロース、0.05% ProClin(登録商標)300を含むPBS)を350μL/ウェル分注し、室温で2時間以上インキュベーションを行った。ブロッキング液を除去した後、プレートを乾燥させ、抗cTnI抗体プレートとした。
【0051】
(2)cTnIの測定
cTnI濃度既知の3つの血清検体とブランク(健常人血清)について、各70μLを前処理液5(0.83M 尿素、0.14N 塩酸、0.25% TritonX-100(商品名)、0.07% C18TAB、0.17% C16APS、0.02% CHAPS、83.3mM イミダゾール、20mM DEAET)70μLと混和し、37℃で5分間加温して酸性化前処理サンプルを調製した。同検体について、別途各70μLを70μLのPBSと混和し、同様に加温したものを未処理サンプルとした。血清検体のcTnI濃度は、予めシーメンス社Centaurを用いて測定した。
【0052】
抗cTnIマイクロウェルプレートに緩衝液(0.6M Bicine、2% スクロース、10mM EDTA 2Na、2% BSA、 Proclin(登録商標)300、NaOH(~pH9.2))を25μL分注し、次いでサンプル(酸性化前処理、未処理)を75μLずつ添加して混合した。未処理検体については、pH7.0の緩衝液を使用した。振とう条件下で37℃で1時間インキュベーションして、洗浄液(0.05% Tween20(商品名)/PBS)で5回洗浄した。ビオチン化抗cTnI抗体16A11(Hytest社)を1μg/mL含む緩衝液を100μL/ウェル分注し、振とう条件下で37℃で1時間反応させた(二次反応)。洗浄液で5回洗浄した後、HRP標識ストレプトアビジン(ロシュ社製)を緩衝液で10000倍希釈した標識抗体液を100μL/ウェル分注し、振とう条件下で室温で30分間反応させた。洗浄液で5回洗浄した後、OPD基質液(Sigma社製)を100μL/ウェル分注し、室温で15分間暗所に静置した。2N硫酸を100μL/ウェル分注して反応を停止させ、各ウェルの490nm/630nmの吸光度を測定した。
【0053】
各サンプルのcTnI測定結果を表4に示す。酸性化前処理を行うことで、陽性検体のシグナル強度(吸光度)が上昇することが分かった。
【0054】
【0055】
<実施例5 酸性化前処理の効果確認・CLEIA>
cTnI測定試薬の調製
抗体結合粒子溶液(固相化抗体溶液):カルボキシル化磁性粒子(富士レビオ製)に抗cTnI抗体24F9を結合した抗体結合磁性粒子を、緩衝液(36mM リン酸二水素カリウム、114mM リン酸水素二カリウム、2.5% BSA、0 .05% カゼインナトリウム、1.5% Triton X-100(商品名)、0.1M 塩化ナトリウム、20mM EDTA2Na、0.1% Proclin(登録商標)300、pH7.0)に0.025%(w/v)の濃度となるように懸濁し、抗体結合粒子溶液を調製した。
【0056】
標識化抗体溶液:抗cTnI抗体16A11(Hytest社)をアルカリフォスファターゼ(高活性、糖低減の組換え体、ロシュ製)により標識して得られた標識化抗体を、標識体希釈液(50mM MES、2.5%(w/v) BSA、100mM NaCl、0.3mM ZnCL2、及び1.0mM MgCl2、pH6.8)で0.5μg/mLとなるように希釈し、標識化抗体溶液を調製した。
【0057】
これらの溶液を自動免疫測定装置 ルミパルスプレスト(富士レビオ社製)の専用試薬ボトルに充填し、所定の位置にセットした。
【0058】
(2)検体の酸性化前処理
血清16検体について、各67μLを前処理液6(0.83M 尿素、0.14N 塩酸、0.25% TritonX-100(商品名)、0.07% C18TAB、0.17% C16APS、0.02% CHAPS、83.3mM イミダゾール、20mM DEAET)134μLと混和し、37℃で5分間加温した。その後、中和液(0.6M Bicine、2% スクロース、10mM EDTA 2Na、2% BSA、200mM NLS、Proclin(登録商標)300、1N NaOH(~pH9.2))を101μL添加して混和し、酸性化前処理サンプルを調製した。
【0059】
(3)cTnI量測定
自動免疫測定装置(ルミパルスプレスト、富士レビオ社製)を用いて、以下の手順に従って、酸性化前処理サンプルのcTnI量を測定した。
【0060】
反応用キュベットに抗体結合粒子溶液50μLと酸性化前処理サンプル100μLを分注して第1反応液を調製した。第1反応液は、撹拌後、37℃で8分間インキュベートし、磁性粒子に結合した抗cTnI抗体とサンプルに含まれるcTnI抗原との免疫複合体を形成させた。
【0061】
インキュベーション後、磁性粒子を磁石によって管壁に集め、磁性粒子に未結合の物質を除去した。その後、洗浄液(ルミパルス(登録商標)洗浄液、富士レビオ社製)の注入及び洗浄液の除去を繰り返して磁性粒子を洗浄した。
【0062】
洗浄後、標識化抗体溶液50μL及び磁性粒子を混合して第2反応液を調製した。第2反応液は、37℃で8分間インキュベートし、磁性粒子に固相化された抗cTnI抗体-cTnI抗原-標識抗体で構成される免疫複合体を形成させた。
【0063】
インキュベーション後、磁性粒子を再び磁石によって管壁に集めて磁性粒子に未結合の物質を除去した。その後、洗浄液の注入及び洗浄液の除去を繰り返して磁性粒子を洗浄した。
【0064】
AMPPD(3-(2’-スピロアダマンタン)-4-メトキシ-4-(3’-ホスホリルオキシ)フェニル-1,2-ジオキセタン・2ナトリウム塩)を含む基質液(ルミパルス(登録商標)基質液、富士レビオ社製)200μLを磁性粒子に加え、撹拌後、37℃で4分間インキュベートした。基質液に含まれるAMPPDが、磁性粒子に間接的に結合したアルカリフォスファターゼの触媒作用により分解し、波長477nmに発光極大を持つ光が放出された。発光強度は磁性粒子に結合したcTnI量を反映するため、波長477nmの発光強度(カウント)を測定することでcTnI量を測定することができる。
【0065】
(4)市販試薬の測定値との比較
上記方法で測定した血清16検体について、別途、市販試薬を用いて、添付文書の記載にしたがってcTnIを測定した。各検体の市販試薬における測定値と、上記の(1)~(3)に示す方法で得られた測定値(カウント)を表5及び
図1に示す。本発明の方法と市販試薬におけるcTnI測定値は、ほとんどの検体において良好な相関を示したが、本発明の方法で顕著に測定値が高くなる検体が2検体あった(No.15、16)。
【0066】
【0067】
<実施例6 乖離検体のゲル濾過クロマトグラフィーによる解析>
(1)乖離検体のゲル濾過クロマトグラフィー
実施例5において、酸性化剤前処理サンプルの測定値が市販試薬との相関曲線から高値側に乖離した検体No.16について、高値化の要因を明らかにするため、ゲル濾過クロマトグラフィーを用いた解析を行った。
【0068】
フィルター済みのゲル濾過緩衝液(50mM PB、0.05% Tween20、0.08% CHAPS、300mM NaCl、1mM EDTA、pH6.0)50μLと、フィルター済みの検体150μLとを混合し、さらにフィルター済みのプロテアーゼ阻害剤14μLを添加して、ゲル濾過サンプルを調製した。ゲル濾過カラムにサンプルを全量導入し、下記条件で分離を行った。
【0069】
(分離条件)
カラム:Superdex 200 10/30
分離緩衝液:50mM PB, 0.05% Tween20, 0.08% CHAPS,300mM NaCl, 1mM EDTA pH6.0
流速:0.5mL/分
回収範囲:6-23mL Total 34 fr.(0.5mL/画分)
【0070】
(2)既知濃度TnI溶液の回収試験
回収した各画分100μLに1.125ng/mL nativeトロポニンI(TnI)溶液を80μL添加して、回収率測定用サンプルを調製した。磁性粒子に固相化する抗体を24F9から19C7に変更した以外は、実施例5と同様の方法で、抗体結合粒子溶液、標識化抗体溶液を調製し、各画分の回収率測定用サンプルについて、ルミパルスプレストを用いて、実施例5と同様の条件でcTnIの測定を行った。各画分の測定結果(発光強度(カウント))を
図2に示す。未処理の検体No.16について、11.5mL付近の溶出画分に、nativeTnIと19C7抗体との反応を顕著に阻害する物質が存在することが示された。 この阻害物質は、溶出容量、抗ヒトIgG抗体との反応性等から、ヒト抗cTnI抗体(自己抗体)であることが示唆された。
【0071】
実施例5において比較用として実施した市販試薬を用いたcTnI測定法は、検体の前処理等の工程を含まない、nativeTnIを測定する系であるが、検体No.16の測定時には、上記の阻害物質の影響を受けて実際のcTnI量よりも低値となった可能性がある。一方、本発明の方法では、検体の前処理でcTnIを単体化することにより、nativeTnIとの反応を特異的に阻害する物質(自己抗体と推測される)の影響を回避することができるため、cTnI測定値が高くなり、市販試薬との相関曲線から高値側に乖離したと推測される。
【0072】
<実施例7 酸性化剤の至適濃度>
酸性化前処理に用いる酸性化剤の至適濃度を検討した。塩酸濃度を0.03、0.05、0.06、0.125、0.25、0.28、0.5Nのいずれかとした以外は、実施例5と同様の方法で、7種類の前処理剤を調製した。各前処理剤に対応する中和液は、前処理液との混和後のpHが7.5±0.2となるようにpHを調整した以外は、実施例5と同様の方法で調製した。
【0073】
NativeTnI、cTnI濃度既知の血清検体2件(No.17、18)について、cTnI濃度が2250pg/mLとなるようにPBSで希釈した。次いで、上記7種類の前処理液及び対応する中和液を用いて、実施例5と同様の方法でそれぞれ酸性化前処理を行った。各酸性化前処理サンプルについて、実施例5と同様の方法で、ルミパルスプレストを用いてcTnI量に対応する発光強度(カウント)を測定した。上記のNativeTnI及び検体に代えて、PBSでも同様の処理及び測定を行い、ブランクとした。各サンプルのカウント値を、対応するブランクのカウント値で除してS/N比を算出した
表6及び
図3に、各酸処理条件下のS/N比を示す。
【0074】
【0075】
本実施例においては、酸性化前処理は、酸濃度が0N超0.5N以下の条件下でS/N比を上昇させる効果を奏した。特に、酸濃度が0.03N~0.125Nの時にS/N比が上昇することが確認された。
【0076】
本実施例で使用した抗cTnI抗体24F9について、発明者らは、NativeTnIよりも単体cTnIと強く反応することを確認した(データ示さず)。一方で、市販の抗cTnI抗体19C7は、単体cTnIとも反応するが、NativeTnIとより強く反応することを確認した(データ示さず)。19C7のような抗体を用いる場合、酸性化前処理により、阻害物質の影響を回避する効果は得られるものの、cTnIの単体化によりその効果は相殺される可能性がある。24F9のような抗体を用いる場合は、酸性化前処理によって、阻害物質の影響回避効果に加え、cTnIの単体化がさらにプラスに作用するため、低い酸濃度であっても顕著に測定値を上昇させると推察される。
【配列表】