(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-24
(45)【発行日】2022-01-18
(54)【発明の名称】徐放性薬剤の製造方法及び徐放性薬剤
(51)【国際特許分類】
A61K 47/34 20170101AFI20220111BHJP
A61K 9/19 20060101ALI20220111BHJP
A61P 7/02 20060101ALI20220111BHJP
A61K 45/00 20060101ALI20220111BHJP
A61K 31/727 20060101ALI20220111BHJP
A61K 47/30 20060101ALI20220111BHJP
A61K 47/08 20060101ALI20220111BHJP
A61K 47/10 20060101ALI20220111BHJP
A61K 47/02 20060101ALI20220111BHJP
【FI】
A61K47/34
A61K9/19
A61P7/02
A61K45/00
A61K31/727
A61K47/30
A61K47/08
A61K47/10
A61K47/02
(21)【出願番号】P 2018540944
(86)(22)【出願日】2017-08-31
(86)【国際出願番号】 JP2017031410
(87)【国際公開番号】W WO2018056019
(87)【国際公開日】2018-03-29
【審査請求日】2020-06-01
(31)【優先権主張番号】P 2016184314
(32)【優先日】2016-09-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000001339
【氏名又は名称】グンゼ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000914
【氏名又は名称】特許業務法人 安富国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中山 英隆
【審査官】石井 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-513100(JP,A)
【文献】特開2005-046538(JP,A)
【文献】特開2002-146084(JP,A)
【文献】特開2004-277421(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 9/00- 9/72
A61K 47/00-47/69
A61L 15/00-33/18
A61P 1/00-43/00
A61K 45/00
A61K 31/727
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体吸収性高分子と、薬効成分と、前記生体吸収性高分子に対して溶解度の低い貧溶媒である溶媒1と、前記生体吸収性高分子に対して溶解度が高い良溶媒であり、かつ、前記溶媒1と相溶しない溶媒2と、前記溶媒1及び溶媒2と相溶する共溶媒3とを用いて、前記薬効成分が均一に分散し、かつ、前記生体吸収性高分子を溶解した薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する溶液調製工程と、
前記薬効成分-生体吸収性高分子溶液を冷却して薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を析出させる析出工程と、
前記薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を凍結乾燥して薬効成分を担持した多孔質体からなる徐放性薬剤を得る凍結乾燥工程を有し、
前記共溶媒3を1種又は2種以上用い、前記共溶媒3の種類及び配合比を調整することにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の放出速度を制御する
ことを特徴とする徐放性薬剤の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬効成分を生体吸収性高分子からなる多孔質体に担持させ、該薬効成分の放出速度を制御することができる徐放性薬剤の製造方法、及び、徐放性薬剤に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、患者への薬剤の投与方法としては、経口投与が知られている。経口投与として口から薬剤を服用した場合、すぐに薬剤が崩壊して有効成分が放出され、早急に効能を発揮することができる。これに対して、薬効成分がゆっくり溶け出すように特殊な製剤化を施した徐放性薬剤が提案されている。徐放性薬剤では、長期間にわたって少しずつ薬効成分が放出されることから、服用回数を減らしたり、重篤な副作用を防止したりすることができる。
薬効成分の徐放性を制御する方法として、薬効成分を生体吸収性高分子からなる多孔質体に担持させることでその放出速度を制御する方法が知られている(例えば、特許文献1、2)。
【0003】
生体吸収性高分子からなる多孔質体を用いた徐放性薬剤は、再生医療への応用にも期待される。再生医療とは、ヒト細胞を含む数々の動物細胞を用いてヒトの組織や器官を再構築しようとする試みである。例えば、臨床において人工血管として最も使用されているのはゴアテックス等の非吸収性高分子を用いたものであるが、非吸収性高分子を用いた人工血管は、移植後長期にわたって異物が体内に残存することから、継続的に抗凝固剤等を投与しなければならないという問題があり、小児に使用した場合には成長に伴って改めて手術する必要が生じるという問題もあった。これに対して、生体吸収性高分子からなる多孔質体を用いた再生医療による血管組織の再生が試みられている。
【0004】
ここで、再生医療による血管組織の再生においては、血栓の形成防止も重要である。特に直径の小さな血管組織の再生では、しばしば血栓の形成により血管が詰まってしまい、正常な血管が再生されないばかりか、更に重篤な症状を招くおそれもある。これに対して、生体吸収性高分子からなる多孔質体中にヘパリン等の抗凝固剤を含有させ、多孔質体の分解に従いヘパリンを徐放させることができれば、継続的に抗凝固剤を投与する必要もなく、長期間にわたって血栓の形成を防止することができる。このようなヘパリンを含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体としては、例えば非特許文献1には、生体吸収性高分子を溶解した有機溶剤中にヘパリンナトリウム水溶液と界面活性剤を添加してミセル化させた溶液を用いてナノファイバーからなる血管用材料を製造する方法が記載されている。
【0005】
しかしながら、求められる薬効成分の放出速度は、目的やステージによって異なる。例えば、再生医療による血管組織の再生において生体吸収性高分子からなる多孔質体からヘパリンを放出させる場合、急性血栓の形成が懸念される移植後24~72時間程度までは比較的大量にヘパリンを放出させる必要がある一方、それ以降にはヘパリンの徐放を比較的少なく一定とすることが求められる。しかしながら、従来の徐放性薬剤では、目的やステージにあわせて薬効成分の放出速度を制御することは困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開平8-175981号公報
【文献】特表2007-520614号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Coloids and Surfaces B:Biointerfaces,128(2015),106-114
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明は、上記現状に鑑み、薬効成分を生体吸収性高分子からなる多孔質体に担持させ、該薬効成分の放出速度を制御することができる徐放性薬剤の製造方法、及び、徐放性薬剤を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、生体吸収性高分子と、薬効成分と、前記生体吸収性高分子に対して溶解度の低い貧溶媒である溶媒1と、前記生体吸収性高分子に対して溶解度が高い良溶媒であり、かつ、前記溶媒1と相溶しない溶媒2と、前記溶媒1及び溶媒2と相溶する共溶媒3とを用いて、前記薬効成分が均一に分散し、かつ、前記生体吸収性高分子を溶解した薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する溶液調製工程と、前記薬効成分-生体吸収性高分子溶液を冷却して薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を析出させる析出工程と、前記薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を凍結乾燥して薬効成分を担持した多孔質体からなる徐放性薬剤を得る凍結乾燥工程を有し、前記共溶媒3を1種又は2種以上用い、前記共溶媒3の種類や配合比を調整することにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の放出速度を制御する徐放性薬剤の製造方法である。
以下に本発明を詳述する。
【0010】
生体吸収性高分子からなる多孔質体においては、組織再生の足場材としての機械的強度や生体吸収挙動、細胞の侵入性、侵入した細胞への栄養の供給等の観点から、その孔径やかさ密度等の制御が極めて重要である。このような生体吸収性高分子からなる多孔質体として、生体吸収性高分子に対する良溶媒と貧溶媒とを混合して均一相を形成させた後、冷却することにより多孔質体を得る、相分離法が知られていた。相分離法では、良溶媒と貧溶媒との混合比により、得られる多孔質体の孔径を調整することができる。しかしながら、相分離法で多孔質体の孔径を調整しようとすると、得られる多孔質体のかさ密度が大きく変動する。即ち、大孔径の多孔質体を得ようとすると貧溶媒の比を大きくする必要があるが、相対的に良溶媒の比が小さくなることから、得られる多孔質体のかさ密度が大きくなってしまう。逆に、小孔径の多孔質体を得ようとすると、良溶媒の比を大きく、貧溶媒の比を小さくするため、得られる多孔質体のかさ密度が小さくなってしまう。従って、相分離法により、同一のかさ密度で孔径の異なる多孔質体を製造することは極めて困難であるという問題があった。また、相分離法では、良溶媒と貧溶媒とが相溶であることが要求される。貧溶媒として取り扱いが容易な水を選択した場合、良溶媒としては1,4-ジオキサン、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド等の限られた選択肢しかない。しかしながら、これらの溶媒は生体に対する毒性が高いことから、臨床応用のためには多孔質体から溶媒を完全に除去する工程が必須となり、極めて煩雑であるという問題もあった。
【0011】
本発明者らは、鋭意検討の結果、生体吸収性高分子の良溶媒と貧溶媒に、更に該良溶媒と貧溶媒とのいずれもと相溶可能な共溶媒を組み合わせた多孔質体の製造方法を発明した。共溶媒を組み合わせることにより、良溶媒と貧溶媒との相溶性が不要となることから、良溶媒と貧溶媒との組み合わせの選択肢が大きく広がる。また、この製造方法においては、良溶媒として1,4-ジオキサン、N-メチルピロリドン、ジメチルスルホキシド等以外の、毒性の低い有機溶媒を選択することもできる。更に、共溶媒を2種以上組み合わせて、該2種以上の共溶媒の配合比を調整することにより、容易に多孔質体のかさ密度と孔径とを調整することができる。
そして本発明者らは、生体吸収性高分子の良溶媒又は貧溶媒のいずれかとして薬効成分を溶解可能であるものを選択して、該良溶媒又は貧溶媒に予め薬効成分を溶解させることにより、薬効成分を担持した多孔質体からなる徐放性薬剤を製造できることを見出した。更に、本発明者らは、共溶媒を1種又は2種以上用い、該共溶媒の種類や配合比を調整することにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の放出速度を制御することができることを見出し、本発明を完成した。
【0012】
本発明の徐放性薬剤の製造方法では、まず、生体吸収性高分子と、薬効成分と、該生体吸収性高分子に対して相対的に溶解度の低い溶媒1と、該生体吸収性高分子に対して相対的に溶解度が高く、かつ、該溶媒1と相溶しない溶媒2と、該溶媒1及び溶媒2と相溶する共溶媒3とを用いて、薬効成分が均一に分散し、かつ、生体吸収性高分子を溶解した薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する溶液調製工程を行う。
【0013】
上記生体吸収性高分子としては、例えば、ポリグリコリド、ポリラクチド、ポリ-ε-カプロラクトン、ラクチド-グリコール酸共重合体、グリコリド-ε-カプロラクトン共重合体、ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体、ポリクエン酸、ポリリンゴ酸、ポリ-α-シアノアクリレート、ポリ-β-ヒドロキシ酸、ポリトリメチレンオキサレート、ポリテトラメチレンオキサレート、ポリオルソエステル、ポリオルソカーボネート、ポリエチレンカーボネート、ポリ-γ-ベンジル-L-グルタメート、ポリ-γ-メチル-L-グルタメート、ポリ-L-アラニン、ポリグリコールセバスチン酸等の合成高分子や、デンプン、アルギン酸、ヒアルロン酸、キチン、ペクチン酸及びその誘導体等の多糖類や、ゼラチン、コラーゲン、アルブミン、フィブリン等のタンパク質等の天然高分子等が挙げられる。これらの生体吸収性材料は単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0014】
上記薬効成分としては、水溶性薬剤、難水溶性薬剤(疎水性薬剤及び脂溶性薬剤)のいずれも用いることができる。また、水溶性薬剤と難水性薬剤とを併用してもよい。
なお、本明細書において水溶性薬剤とは、水に対する溶解度が高い薬剤を意味し、具体的には例えば、第17改正日本薬局方の表現でいうところの、水に対する溶解性が、「極めて溶けやすい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が1ml未満)」、又は「溶けやすい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が1ml以上10ml未満))」、又は「やや溶けやすい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が10ml以上30ml未満))」、又は「やや溶けにくい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が30ml以上100ml未満))」である性状を意味する。
一方、本明細書において難水溶性薬剤とは、水に対する溶解度が低い薬剤を意味し、具体的には例えば、第17改正日本薬局方の表現でいうところの、水に対する溶解性が、「ほとんど溶けない(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が10000ml以上)」、又は、「極めて溶けにくい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が1000ml以上10000ml未満)」、又は、「溶けにくい(溶質1g又は1mlを溶かすに要する溶媒量が100ml以上1000ml未満)」である性状を意味する。
【0015】
上記水溶性薬剤としては、例えば、ヘパリン、アスピリン、アセノクマロール、フェニンジオン、EDTA等の抗血栓剤や、アスコルビン酸ナトリウム、ビタミンB群等のビタミン類や、グルタミン酸、アスパラギン酸、タウリン等のアミノ酸類や、オリゴ糖、ガラクトール、トレハロース等の糖類(sugar)や、βラクタム系、アミノグリコシド系、DPT、LZD、colistin等の抗生剤等が挙げられる。これらの水溶性薬剤は単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0016】
上記難水溶性薬剤としては、例えば、L-メントール、オリーブ油の汎用添加物や、ビタミンE、ビタミンA等の脂溶性ビタミン類や、ワーファリン等の抗血栓剤、アベルメクチン、イベルメクチン、スピラマイシン、セフチオフール等の抗生物質や、アモキシシリン、エリスロマイシン、オキシテトラサイクリン、リンコマイシン等の抗菌剤や、デキサメタゾン、フェニルブタゾン等の抗炎症剤や、レボチロキシン等のホルモン剤や、パルミチン酸デキサメタゾン、トリアムシノロンアセトニド、酢酸ハロプレドン等の副腎皮質ステロイドや、インドメタシン、アスピリン等の非ステロイド抗炎症薬や、プロスタグランジンEl等の動脈閉塞治療剤や、アクチノマイシン、ダウノマイシン等の制ガン剤や、アセトヘキサミド等の糖尿病用剤や、エストラジオール等の骨疾患治療薬等が挙げられる。これらの難水性薬剤は単独で用いてもよく、2種以上を併用してもよい。
【0017】
上記溶媒1は、上記生体吸収性高分子に対して溶解度の低い貧溶媒である。ここで貧溶媒とは、上記溶媒2よりも上記生体吸収性高分子を溶解しにくい性質を有することを意味し、より具体的には、25℃の室温下において上記溶媒1の100gに溶解する上記生体吸収性高分子の質量が0.01g以下であることを意味する。
上記溶媒1としては、上記生体吸収性高分子が合成高分子である場合には、例えば、水、メタノール、n-プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール等を用いることができる。なかでも、取り扱い性に優れることから、水が好適である。
【0018】
上記溶媒2は、上記生体吸収性高分子に対して溶解度の高い良溶媒である。ここで良溶媒とは、上記溶媒1よりも上記生体吸収性高分子を溶解しやすい性質を有することを意味し、より具体的には、25℃の室温下において上記溶媒2の100gに溶解する上記生体吸収性高分子の質量が0.1g以上であることを意味する。
上記溶媒2は、上記溶媒1と相溶しないものである。ここで相溶しないとは、25℃の室温下で混合、撹拌しても相分離することを意味する。
【0019】
上記溶媒2としては、上記生体吸収性高分子が合成高分子であって、上記溶媒1として水を選択した場合には、例えば、メチルエチルケトン、ジエチルケトン、メチルプロピルケトン、メチルイソブチルケトン、メチルアミノケトン、シクロヘサノン、クロロホルム、酢酸エチル、トルエン等の有機溶媒を用いることができる。なかでも、比較的毒性が低いことから、メチルエチルケトン、クロロホルム、等が好適である。
【0020】
上記共溶媒3は、上記溶媒1と溶媒2とのいずれとも相溶する。このような共溶媒3を組み合わせることにより、上記溶媒1と溶媒2とが非相溶であっても相分離法による多孔質体を製造することが可能となり、溶媒1と溶媒2との組み合わせの選択肢が飛躍的に広がる。ここで相溶するとは、25℃の室温下で混合、撹拌しても相分離しないことを意味する。
【0021】
得られる多孔質体の孔径は、上記溶媒1と溶媒2との配合比を調整することにより制御することができる。具体的には、上記溶媒1の比率を高くすると得られる多孔質体の孔径が大きくなり、上記溶媒2の比率を高くすると得られる多孔質体の孔径が小さくなる。
上記溶媒1と溶媒2との配合比は特に限定されないが、溶媒1と溶媒2とが重量比で1:1~1:100の範囲内であることが好ましい。この範囲内であると、均一な多孔質体を製造することができる。より好ましくは、1:10~1:50の範囲内である。
上記溶媒1と溶媒2との合計と上記共溶媒3の配合比は特に限定されないが、溶媒1と溶媒2との合計と共溶媒3が重量比で1:0.01~1:0.5の範囲内であることが好ましい。この範囲内であると、均一な多孔質体を製造することができる。より好ましくは、1:0.02~1:0.3の範囲内である。
【0022】
上記共溶媒3としては、上記生体吸収性高分子が合成高分子であって、上記溶媒1として水を、上記溶媒2として有機溶媒を選択した場合には、例えば、アセトン、メタノール、エタノール、プロパノール、イソプロパノール、n-ブタノール、2-ブタノール、イソブタノール、テトラヒドロフラン等を用いることができる。
【0023】
本発明の徐放性薬剤の製造方法では、上記共溶媒3を1種又は2種以上用い、上記共溶媒3の種類や配合比を調整することにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の放出速度を制御する(以下、共溶媒3に含まれる2種以上の溶媒を「共溶媒3-1」、「共溶媒3-2」、・・・ともいう。)。このメカニズムについては必ずしも明らかではないが、例えば、共溶媒3-1と共溶媒3-2の配合比を調整することにより、分散されている薬効成分のミセル径が変わり、得られる多孔質体壁に表出している薬効成分の径が異なってくるためではないかと考えられる。
また、上記共溶媒3を2種以上組み合わせて、例えば、共溶媒3-1と共溶媒3-2の配合比を調整することにより、得られる多孔質体の孔径を制御することができる。即ち、上記溶媒1と溶媒2と共溶媒3の配合比を一定としたまま、共溶媒3に含まれる共溶媒3-1と共溶媒3-2の配合比を調整することにより、得られる多孔質体の孔径を制御することもできる。これは、得られる多孔質体のかさ密度をほぼ一定として、孔径のみを調整可能なことを意味する。このような本発明の徐放性薬剤の製造方法によれば、任意の孔径とかさ密度を有する多孔質体からなる徐放性薬剤を製造することが容易になる。
【0024】
上記生体吸収性高分子と各溶媒の組み合わせとしては特に限定されないが、例えば、上記生体吸収性高分子がラクチド-ε-カプロラクトン共重合体に対して、上記溶媒1が水、溶媒2がメチルエチルケトンである組み合わせや、上記生体吸収性高分子がポリラクチドに対して、上記溶媒1が水、溶媒2がクロロホルムである組み合わせや、上記生体吸収性高分子がポリラクチドに対して、上記溶媒1が水、溶媒2がクロロホルムである組み合わせ等が挙げられる。このような各組み合わせに対して、更に共溶媒3としてエタノールを組み合わせたり、共溶媒3-1がエタノール、共溶媒3-2がプロパノールとして種々の配合比で組み合わせたりすることが挙げられる。
【0025】
上記溶液調製工程においては、生体吸収性高分子と薬効成分と溶媒1と溶媒2と共溶媒3とを用いて、薬効成分が均一に分散し、かつ、生体吸収性高分子を溶解した薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する。
より具体的に上記薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する方法としては、例えば、予め薬効成分を上記溶媒1又は上記溶媒2に溶解しておき、生体吸収性高分子と、溶媒1、溶媒2及び共溶媒3を含む混合溶媒(以下、単に「混合溶媒」ともいう。)を混合した後、加熱する方法が挙げられる。また、より容易に薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する方法として、例えば、上記混合溶媒を予め加熱し、該加熱した混合溶媒に生体吸収性高分子を加える方法や、生体吸収性高分子をいったん溶媒2に溶解した後、加熱しながら溶媒1及び共溶媒3を加える方法等も挙げられる。更に、より容易に薬効成分-生体吸収性高分子溶液を調製する方法として、あらかじめ薬効成分を上記溶媒1、上記溶媒2、上記共溶媒3又は上記混合溶媒を用いてコロイド(ミセル)化しておき、上記生体吸収性高分子を溶媒2に溶解した溶液に、加熱しながら該コロイド(ミセル)化した薬効成分を加える方法等も挙げられる。
上記混合方法は特に限定されず、例えば、スターラチップ、撹拌棒等を用いた公知の混合方法を用いることができる。
なお、上記工程において薬効成分は、上記溶媒1、上記溶媒2又は上記共溶媒3のいずれか溶解し得る方に溶解させればよく、上記溶媒1、上記溶媒2、上記共溶媒3又は上記混合溶媒によりコロイド(ミセル)化させてもよい。例えば、薬効成分がヘパリンである場合には、溶媒1として水を選択し、これにヘパリンを溶解させればよい。また、溶媒1として水を選択してこれにヘパリンを溶解させた後、該溶液に共溶媒3としてエタノールを選択して加えることにより、ヘパリンをコロイド(ミセル)化させてもよい。
【0026】
得られた薬効成分-生体吸収性高分子溶液において、上記生体吸収性高分子は均一に溶解し、薬効成分は均一に分散している。上記薬効成分-生体吸収性高分子溶液中においては、薬効成分は自己ミセル化して安定なミセルを形成しているものと考えられる。
【0027】
上記溶液調製工程における加熱の温度としては、上記生体吸収性高分子が均一に溶解する温度であれば特に限定されないが、上記溶媒1、溶媒2及び共溶媒3のいずれの沸点よりも低い温度であることが好ましい。沸点以上の温度にまで加熱すると、各溶媒の配合比が変動して、得られる多孔質体の孔径、かさ密度を制御できなくなることがある。
【0028】
本発明の徐放性薬剤の製造方法では、次いで、得られた薬効成分-生体吸収性高分子溶液を冷却して薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を析出させる析出工程を行う。冷却することにより、不溶となった上記生体吸収性高分子からなる多孔質体が析出する。これは、上記生体吸収性高分子が結晶化され析出する前に、上記生体吸収性高分子が結晶化する温度以上で、液体状態の生体吸収性高分子と各溶媒とがまず熱力学的不安定性により相分離(液-液相分離)するためと考えられる。この際、薬効成分-生体吸収性高分子溶液中に分散していた薬効成分は、ファンデルワールス力等により、析出した生体吸収性高分子からなる多孔質体の表面に均一に付着する。
【0029】
上記析出工程における冷却の温度としては、生体吸収性高分子からなる多孔質体を析出できる温度であれば特に限定されないが、4℃以下であることが好ましく、-24℃以下であることがより好ましい。
なお、得られる多孔質体の孔径は冷却速度にも影響される。具体的には、冷却速度が速いと孔径が小さくなり、冷却速度が遅いと孔径が大きくなる傾向がある。従って、特に孔径の小さい多孔質体を得る場合には、冷却温度を低く設定して急速に冷却することが考えられる。
【0030】
本発明の徐放性薬剤の製造方法では、次いで、得られた薬効成分を含有する生体吸収性高分子からなる多孔質体を凍結乾燥して薬効成分を担持した多孔質体からなる徐放性薬剤を得る凍結乾燥工程を行う。
上記凍結乾燥の条件としては特に限定されず、従来公知の条件で行うことができる。
上記凍結乾燥工程は、上記冷却工程後にそのまま行ってもよいが、溶媒として用いた各種有機溶媒を除去する目的で、予めエタノール等に多孔質体を浸漬して置換してから、凍結乾燥を行ってもよい。この際、多孔質体から薬効成分が溶出してしまわないように、薬効成分を溶解しない溶媒を用いる。
【0031】
本発明の徐放性薬剤の製造方法を用いれば、極めて簡便に薬効成分を担持した多孔質体からなる徐放性薬剤を製造することができ、特に共溶媒3を1種又は2種以上用い、該共溶媒3の種類や配合比を調整することにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の放出速度を制御することができる。また、毒性の高い溶媒を用いることなく、容易に徐放性薬剤を構成する多孔質体のかさ密度と孔径とを調整することができる。
【0032】
本発明の徐放性薬剤の製造方法により製造された徐放性薬剤は、生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に薬効成分が担持、固着又は含有されている形態を有する。
ここで、共溶媒3の種類や配合比を調整することにより、多孔質体の壁に表出した薬効成分の粒子径が異なることが確認されている。このような多孔質体の壁に表出した薬効成分の粒子径と徐放速度とが関連しており、従って、共溶媒3の種類や配合比を調整することにより徐放速度を制御できるのではないかと考えられる。
【0033】
上記徐放性薬剤において、多孔質体の壁に表出した薬効成分の平均粒子径の好ましい下限は10nm、好ましい上限は1000μmである。多孔質体の壁に表出した薬効成分の平均粒子径がこの範囲内であると、適度な徐放速度とすることができる。多孔質体の壁に表出した薬効成分の平均粒子径のより好ましい下限は30nm、より好ましい上限は900μmであり、更に好ましい下限は50nm、更に好ましい上限は800μmである。
【0034】
生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に薬効成分が担持、固着又は含有されている徐放性薬剤であって、上記多孔質体の壁に表出した薬効成分の平均粒子径が10nm以上、1000μm以下である徐放性薬剤もまた、本発明の1つである。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、薬効成分を生体吸収性高分子からなる多孔質体に担持させ、該薬効成分の放出速度を制御することができる徐放性薬剤の製造方法、及び、徐放性薬剤を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
【
図1】実施例1で得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡により撮影した電子顕微鏡写真である。
【
図2】実施例2で得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡により撮影した電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例3で得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡により撮影した電子顕微鏡写真である。
【
図4】実施例1~3で得られた徐放性薬剤からの薬効成分(ヘパリン)の累積放出量曲線である。
【
図5】実施例4で得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡により撮影した電子顕微鏡写真である。
【
図6】実施例4で得られた徐放性薬剤を昇温したときの重量減少率曲線である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
以下に実施例を挙げて本発明の態様を更に詳しく説明するが、本発明はこれら実施例にのみ限定されるものではない。
【0038】
(実施例1)
25℃の室温下にて、L-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体(モル比50:50、重量平均分子量150000)0.25gと、溶媒1として薬効成分ヘパリン(和光純薬工業社製、試薬特級ヘパリンナトリウム)を7200units/mLの濃度で溶解させた水0.3mL、溶媒2としてメチルエチルケトン2.0mL、共溶媒3としてアセトン(共溶媒3-1)とアルコール(共溶媒3-2)(ここで、アルコールはエタノール100%)との1:1(体積比)混合物1.0mLを含有する混合溶液に混合した。L-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体を溶解しない不均一溶液が得られた。不均一溶液では、ヘパリンは沈殿することなく安定なミセルを形成していた。
次いで、得られた不均一溶液を直径3.3mmのガラス管に入れて55℃に加熱したところ、ヘパリンが均一に分散し、L-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体が溶解した溶液が得られた。
次いで、得られた溶液を冷凍庫内に入れることにより4℃又は-24℃に冷却したところ、ヘパリンを含有するL-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体からなる多孔質体が析出した。
得られた多孔質体を、50mLのエタノール槽中に4℃又は-24℃、12時間浸漬し、次いで、50mLのt-ブチルアルコールに25℃、12時間浸漬して洗浄を行った。
その後、-40℃の条件で凍結乾燥を行い、直径3.0mm、高さ15mmの円柱状の徐放性薬剤を得た。
【0039】
得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、TM-1000)により10000倍の倍率で撮影した電子顕微鏡写真を
図1に示した。
図1より、得られた徐放性薬剤は、生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に、薬効成分(ヘパリン)が担持、固着又は含有されている形態を有することがわかる。ここで、多孔質体の壁に表出した薬効成分(ヘパリン)の粒子径を測定したところ、平均粒子径は約430nmであった。
【0040】
(実施例2)
共溶媒3としてアセトン(共溶媒3-1)とアルコール(共溶媒3-2)(ここで、アルコールは、エタノールとプロパノールとの90:10(体積比)混合溶液)との1:1(体積比)混合物1.0mLを用いた以外は実施例1と同様にして徐放性薬剤を得た。
なお、得られた不均一溶液では、ヘパリンは沈殿することなく安定なミセルを形成していた。
【0041】
得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、TM-1000)により10000倍の倍率で撮影した電子顕微鏡写真を
図2に示した。
図2より、得られた徐放性薬剤は、生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に、薬効成分(ヘパリン)が担持、固着又は含有されている形態を有することがわかる。ここで、多孔質体の壁に表出した薬効成分(ヘパリン)の粒子径を測定したところ、平均粒子径は約780nmであった。
【0042】
(実施例3)
共溶媒3としてアセトン(共溶媒3-1)とアルコール(共溶媒3-2)(ここで、アルコールは、エタノールとプロパノールとの60:40(体積比)混合溶液)との1:1(体積比)混合物1.0mLを用いた以外は実施例1と同様にして徐放性薬剤を得た。
なお、得られた不均一溶液では、ヘパリンは沈殿することなく安定なミセルを形成していた。
【0043】
得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、TM-1000)により10000倍の倍率で撮影した電子顕微鏡写真を
図3に示した。
図3より、得られた徐放性薬剤は、生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に、薬効成分(ヘパリン)が担持、固着又は含有されている形態を有することがわかる。ここで、多孔質体の壁に表出した薬効成分(ヘパリン)の粒子径を測定したところ、平均粒子径は約1300nmであった。
【0044】
(評価)
実施例1~3で得られた徐放性薬剤について、以下の方法によりヘパリンの放出速度の評価を行った。
即ち、37℃でインキュベートしながら、溶出してくるヘパリンの量を、トルイジンブルーを用いた吸光度法(Wollin.A,et al.,Throm.Res.,vol.2,377(1973)を参照のこと)にて測定した。
得られた徐放性薬剤からの薬効成分(ヘパリン)の累積放出量曲線を
図4に示した。
図4より、共溶媒3の組成比(共溶媒3-2のアルコールの組成比)を変えることにより、得られる徐放性薬剤の薬効成分の徐放速度を制御できることが確認できた。
なお、
図4中、エタノールはE、プロパノールはPと表記している。
【0045】
(実施例4)
25℃の室温下にて、L-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体(モル比50:50)0.25gと薬効成分L-メントール(和光純薬工業社製、試薬特級)0.22gを溶媒2としてメチルエチルケトン1.75mLに溶解させた。次いで、得られた溶液に、共溶媒3としてアセトン(共溶媒3-1)とエタノール(共溶媒3-2)との1:1(体積比)混合物1.2mLと、溶媒1として水0.25mLとを含有する混合溶液を60℃に加熱しながら混合したところ、L-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体が溶解した均一溶液が得られた。
次いで、得られた溶液を冷凍庫内に入れることにより4℃又は-24℃に冷却したところ、L-メントールを含有するL-ラクチド-ε-カプロラクトン共重合体からなる多孔質体が析出した。
得られた多孔質体を、50mLの水槽中に4℃に12時間浸漬を2回し洗浄を行った。
その後、24時間の自然乾燥にて、直径3.0mm、高さ15mmの円柱状の徐放性薬剤を得た。
【0046】
得られた徐放性薬剤の断面を走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジーズ社製、TM-1000)により10000倍の倍率で撮影した電子顕微鏡写真を
図5に示した。
図5より、得られた徐放性薬剤は、生体吸収性高分子からなる多孔質体の壁に、薬効成分(L-メントール)が担持、固着又は含有されている形態を有することがわかる。ここで、多孔質体の壁に表出した薬効成分(ヘパリン)の粒子径を測定したところ、平均粒子径は約640μmであった。
【0047】
(評価)
実施例4で得られた徐放性薬剤について、以下の方法により徐放性の評価を行った。
即ち、熱重量/示差熱(TG/DTA)分析装置(パーキンエルマー社製、STA6000)を用いて、条件a)5℃/minで30℃から40℃に昇温させ30分間等温保持、及び、条件b)5℃/minで30℃から50℃に昇温させ30分間等温保持でのTG曲線から重量減少率曲線を描いた。
得られた重量減少率曲線を
図6(a)(条件a)、
図6(b)(条件b)に示した。また、比較対象として、L-メントール単体について、条件a)5℃/minで30℃から40℃に昇温させ30分間等温保持でのTG曲線から重量減少率曲線を描いたものを
図6(c)に示した。
図6より、L-メントール単体では条件a)で急激な揮発性を示しているのに対して、実施例4で得られた徐放性薬剤では条件a)ではほとんど徐放せず、条件b)で緩やかに徐放していることが確認できた。
【産業上の利用可能性】
【0048】
本発明によれば、薬効成分を生体吸収性高分子からなる多孔質体に担持させ、該薬効成分の放出速度を制御することができる徐放性薬剤の製造方法、及び、徐放性薬剤を提供することができる。