(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-01-19
(54)【発明の名称】セメント組成物及びその製造方法、並びにモルタル又はコンクリートの製造方法
(51)【国際特許分類】
C04B 7/147 20060101AFI20220112BHJP
C04B 7/02 20060101ALI20220112BHJP
C04B 18/14 20060101ALI20220112BHJP
C04B 22/14 20060101ALI20220112BHJP
C04B 24/26 20060101ALI20220112BHJP
C04B 7/36 20060101ALI20220112BHJP
C04B 7/52 20060101ALI20220112BHJP
C04B 7/38 20060101ALI20220112BHJP
C04B 28/08 20060101ALI20220112BHJP
【FI】
C04B7/147
C04B7/02
C04B18/14 A
C04B22/14 A
C04B24/26 E
C04B7/36
C04B7/52
C04B7/38
C04B28/08
(21)【出願番号】P 2017129079
(22)【出願日】2017-06-30
【審査請求日】2020-04-21
(31)【優先権主張番号】P 2016249987
(32)【優先日】2016-12-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000206
【氏名又は名称】宇部興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002170
【氏名又は名称】特許業務法人翔和国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】高林 龍一
(72)【発明者】
【氏名】伊藤 貴康
(72)【発明者】
【氏名】三隅 英俊
(72)【発明者】
【氏名】小西 和夫
(72)【発明者】
【氏名】高橋 俊之
【審査官】手島 理
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-107816(JP,A)
【文献】特開2016-190771(JP,A)
【文献】特開平10-007445(JP,A)
【文献】特開2016-088768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 2/00-32/02
C04B40/00-40/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
セメントと高炉スラグと
を含む粉体と、水と混和剤とを含むセメント組成物であって、
前記セメント中のC
3A(式中、CはCaOを表し、AはAl
2O
3を表す。)含有量が10質量%以上20質量%以下であり、
前記粉体中の前記セメントの含有量が5質量%以上60質量%以下であり、
前記粉体中の前記高炉スラグの含有量が40質量%以上95質量%以下であり、
前記混和剤を、前記
粉体100質量部に対して0.5質量部以上3質量部以下含む、セメント組成物。
【請求項2】
前記セメントが、C
3A含有量が9質量%超である高C
3Aクリンカと、C
3A含有量が9質量%以下であるポルトランドクリンカと、石膏とを含む、請求項1に記載のセメント組成物。
【請求項3】
前記粉体中の前記セメントの含有量が10質量%以上50質量%以下であり、
前記粉体中の前記高炉スラグの含有量が50質量%以上90質量%以下である、請求項1又は2に記載のセメント組成物。
【請求項4】
前記高炉スラグのAl
2O
3含有量が11質量%以上18質量%以下である、請求項1ないし3のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項5】
前記セメント中のフリーライム含有量が0.5質量%以上3.0質量%以下である、請求項1ないし4のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項6】
SO
3含有量が0.01質量%以上5質量%以下である、請求項1ないし5のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項7】
前記セメントと前記高炉スラグとの合計100質量部に対して0.01質量部以上1質量部以下の硫酸アルカリを含む、請求項1ないし6のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項8】
前記セメントが、C
3A含有量が9質量%超である高C
3Aクリンカと、C
3A含有量が9質量%以下であるポルトランドクリンカと、石膏とを含み、
高C
3Aクリンカとポルトランドクリンカとの質量比が2:8~8:2である、請求項1ないし7のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項9】
前記混和剤がポリカルボン酸系減水剤であり、
前記ポリカルボン酸系減水剤がグルコン酸塩を含む、請求項8に記載のセメント組成物
【請求項10】
更に、硫酸塩を含む、請求項1ないし9のいずれか一項に記載のセメント組成物。
【請求項11】
請求項1ないし10のいずれか一項に記載のセメント組成物の製造方法であって、
前記セメント組成物の製造工程が、
ボーグ式算定のC
3A含有量と、C
4AF含有量とを、石灰石、珪石、粘土系原料、鉄原料の使用量で調整する調合工程と、
ロータリーキルンでf.CaO含有量が0.5~3.0質量%となるようにクリンカを焼成する焼成工程と、
前記クリンカと、石膏と、高炉スラグとを粉砕する粉砕工程とを有し、
前記調合工程が、焼成後の前記クリンカのC
3A含有量が
9質量%超20質量%以下となるように調整することを特徴とする、セメント組成物の製造方法。
【請求項12】
Al
2O
3含有量が11質量%以上である高炉スラグと、Al
2O
3含有量が11質量%未満である高炉スラグとを選別して、別々に保管する原料受入工程を含み、
前記粉砕工程において、Al
2O
3含有量が11~18質量%である高炉スラグを選別して用いることを特徴とする、請求項11に記載のセメント組成物の製造方法。
【請求項13】
前記調合工程が、焼成後の前記クリンカのC
3A含有量で
9質量%超20質量%以下となるように調整することを特徴とし、
前記焼成工程でC
3A含有量が9質量%超20質量%以下である高C
3Aクリンカと、C
3A量が9質量%以下であるポルトランドクリンカとを別々に保管し、
前記粉砕工程において、前記高C
3Aクリンカと前記ポルトランドクリンカとを混合粉砕することを特徴とする、請求項11又は12に記載のセメント組成物の製造方法。
【請求項14】
前記調合工程及び/又は焼成工程において、
セメント組成物中の硫酸アルカリ量が、セメント組成物100質量部に対して0.01質量部以上1質量部以下となるように、クリンカ中のSO
3含有量とアルカリ金属量とを調整する、請求項11ないし13のいずれか一項に記載のセメント組成物の製造方法。
【請求項15】
前記粉砕工程において、
前記セメント組成物中の硫酸アルカリ量が、該セメント組成物100質量部に対して0.01質量部以上1質量部以下となるように、硫酸アルカリを含むクリンカ及び/又は硫酸アルカリを含む水溶液を混合する、請求項11ないし14のいずれか一項に記載のセメント組成物の製造方法。
【請求項16】
請求項1ないし10のいずれか一項に記載のセメント組成物を用いて、又は請求項11ないし15のいずれか一項に記載の製造方法によって得られたセメント組成物を用いて、モルタル又はコンクリートを製造する、モルタル又はコンクリートの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スラグを含有するセメント組成物及びその製造方法に関する。また本発明は、モルタル又はコンクリートの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
高炉セメントは高炉スラグを混合材とするセメントである。近年、セメント製造時の二酸化炭素排出量への関心が高まっていることから利用が推進されている。一方で、高炉セメントはセメントの水和反応によって発生する水酸化カルシウムを刺激剤として徐々に硬化するというスラグの潜在水硬性を利用しているため、普通ポルトランドセメントと比較して凝結が遅延することや硬化して十分な強度が得られるまでに長い時間を要することが従来からの課題となっている。
【0003】
高炉セメントの初期強度や凝結遅延の改善に関する既往の報告では、水酸化カルシウム及び石膏の添加(特許文献1)、硫酸アルカリの添加(特許文献2)、及び石膏や高炉スラグの粉末度を高める(特許文献3)といった技術が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-155701号公報
【文献】特開2016-190771号公報
【文献】特開2008-179504号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、水酸化カルシウムや硫酸アルカリ等の添加剤の調達や、石膏や高炉スラグの高粉末度化には生産コストが増大するという問題があった。また、高炉スラグの含有量が60質量%を超えるような場合や、特定の成分を有する混和剤を使用した場合には、凝結の遅延が著しく、更なる対策が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、前記課題に関し鋭意検討した結果、セメント組成物中のセメントに含有されるC3A量を調整することにより、異常な凝結遅延が抑制されたセメント組成物を提供できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち、本発明は、セメントと高炉スラグとを含むセメント組成物であって、
前記セメント中のC3A(式中、CはCaOを表し、AはAl2O3を表す。)含有量が9質量%超20質量%以下であり、
前記高炉スラグの含有量が30質量%超95質量%以下である、セメント組成物を提供するものである。
【0008】
また、本発明は、前記セメント組成物と、水と、混和剤とを含むセメント組成物であって、前記混和剤はポリカルボン酸系減水剤である、セメント組成物を提供するものである。また、前記ポリカルボン酸系減水剤がグルコン酸を含む、セメント組成物を提供するものである。
【0009】
また本発明は、前記のセメント組成物の好適な製造方法であって、
前記セメント組成物の製造工程が、
ボーグ式算定のC3A含有量と、C4AF含有量とを、石灰石、珪石、粘土系原料、鉄原料の使用量で調整する調合工程と、
ロータリーキルンでf.CaO含有量が0.5~3.0質量%となるようにクリンカを焼成する焼成工程と、
前記クリンカと、石膏と、高炉スラグとを粉砕する粉砕工程とを有し、
前記調合工程が、焼成後の前記クリンカのC3A含有量が9質量%超20質量%以下となるように調整することを特徴とする、セメント組成物の製造方法を提供するものである。
【0010】
更に本発明は、セメント組成物中のC3A含有量と、硫酸アルカリと、遊離石灰量と、高炉スラグ中のAl2O3含有量とを調整することによって、
高炉スラグと、水と、混和剤とを含むセメント組成物の硬化遅延を抑制する、モルタル又はコンクリートの製造方法を提供するものである。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、セメント中のC3A含有量や硫酸アルカリ量を調整することによって、生産コストの増大を抑えながら凝結遅延が抑制されたセメント組成物を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】
図1は、NMRによる混和剤中のグルコン酸塩の有無の確認方法を示したグラフである。
【
図2】
図2は、実施例2について測定した発熱速度と時間との関係を示すグラフである。
【
図3】
図3は、実施例5及び7について測定した発熱速度と時間との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の好適な実施形態について詳細に説明する。
【0014】
本発明のセメント組成物は、セメントと高炉スラグとを含む。
【0015】
本発明におけるセメントは、C3A(式中、CはCaOを表し、AはAl2O3を表す。)含有量が9質量%超20質量%以下であり、好ましくは13質量%以上18質量%以下であり、更に好ましくは15質量%以上17質量%以下である。C3A含有量をこのような範囲とすることによって良好な凝結性状を得ることができる。更にC3A含有量を高めたセメントは製造時に多量の原料系廃棄物を利用することが可能であるため、環境負荷低減に貢献するとともに余計なコストをかけることなく凝結性状を改善することが可能となる。
【0016】
C3Aはアルミネート相を意味し、その化学式は3CaO・Al2O3である。セメント中のC3A含有量は下記のボーグ式によって求められるほか、セメントのX線回折(XRD)パターンをリートベルト解析することでも求めることができる。なお、セメント中のAl2O3含有量及びFe2O3含有量は、JIS R 5202に規定される方法で測定した結果が利用できる。
C3A含有量(質量%)=2.65×(セメント中のAl2O3含有量(質量%))-1.69×(セメント中のFe2O3含有量(質量%))
【0017】
本発明におけるセメントは特に限定されないが、例えばJIS R 5210に規定されるポルトランドセメントが使用できる。セメントの製造方法も特に限定されず、調合工程、焼成工程、粉砕工程を含み、粉砕工程は例えばセメントクリンカに石膏を添加してボールミルにより粉砕して製造することができる。セメントに使用するセメントクリンカの製造方法も特に限定されるものではなく、焼成工程は通常のセメント焼成設備で製造されたものを使用することができる。例えばSP方式(多段サイクロン予熱方式)又はNSP方式(仮焼炉を併設した多段サイクロン予熱方式)等のセメント製造設備である。
【0018】
特に、セメントは、C3A含有量が9質量%超である高C3Aクリンカと、C3A含有量が9質量%以下であるポルトランドクリンカと、石膏とを含むことが、C3A含有量の調整が容易になる点から好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、高C3AクリンカのC3A含有量は、9質量%超20質量%以下が好ましく、11質量%以上18質量%以下がより好ましく、12質量%以上16質量%以下が特に好ましく、13質量%以上15質量%以下が最も好ましい。一方、ポルトランドクリンカのC3A含有量は、9質量%以下がより好ましく、1質量%以上9質量%以下が特に好ましい。また、高C3Aクリンカとポルトランドクリンカの質量比は、2:8~8:2が好ましく、3:7~7:3がより好ましい。
【0019】
セメントクリンカ(以下、クリンカともいう)の原料についても特に限定されるものではなく、例えば石灰石、高炉スラグ、石炭灰、下水汚泥、建設発生土、珪石、銅がらみ、粘土等のセメントクリンカの製造に通常使用されているものが使用できる。
【0020】
本発明のセメント組成物におけるセメント含有量は、5質量%以上70質量%未満であることが好ましく、更に好ましくは10質量%以上60質量%以下、より好ましくは20質量%以上50質量%以下、特に好ましくは20質量%以上40質量%以下、最も好ましくは20質量%以上30質量%以下である。セメント含有量がこのような範囲であれば、強度発現性を維持しながら良好な凝結性状を維持できる。
【0021】
本発明のセメント組成物は、例えば高炉水砕スラグや、高炉徐冷スラグ等の高炉スラグを含む。良好な凝結性状を得るためにはJIS A 6206「コンクリート用高炉スラグ微粉末」に規定される高炉スラグを使用することが好ましい。また本発明によれば、JIS A 6206の規格に適合しない高炉スラグを使用した場合でも凝結性状を改善することができ、従来では利用の難しかったJIS適合外の高炉スラグを有効利用することができる。高炉スラグは、そのAl2O3含有量が11質量%以上18質量%以下であることが、硬化時の発熱量の増大及びそれに起因する硬化遅延の抑制の点から好ましい。この利点を一層顕著なものとする観点から、高炉スラグのAl2O3含有量は、11質量%以上16質量%以下であることが更に好ましく、12質量%以上15質量%以下であることが一層好ましい。最も好ましくは、14質量%以上15質量%以下である。なお、高炉スラグのAl2O3含有量は、JIS R 5202に記載の方法によって測定される。後述するとおり、高炉スラグは、Al2O3含有量が11質量%以上である高炉スラグと、Al2O3含有量が11質量%未満である高炉スラグとを選別して、別々に保管しておき、使用に際してどちらか一方を用いるか、又は両者を混合して適切なAl2O3含有量に調整して用いてもよい。
【0022】
本発明のセメント組成物における高炉スラグの含有量は30質量%超95質量%以下であり、好ましくは40質量%以上90質量%以下であり、より好ましくは50質量%以上90質量%以下、特に好ましくは60質量%以上80質量%以下である。高炉スラグ含有量をこのような範囲とすることにより、二酸化炭素発生量を十分に削減できるとともに凝結遅延の十分な改善効果が得られる。
【0023】
本発明のセメント組成物はSO3含有量が好ましくは0.01質量%以上5質量%であり、更に好ましくは0.1質量%以上5質量%以下であり、一層好ましくは1質量%以上3質量%以下であり、更に一層好ましくは1.5質量%以上2.5質量%以下である。本発明のセメント組成物におけるSO3含有量をこのような範囲とすることにより、凝結遅延を更に改善することができる。SO3含有量はクリンカ中のSO3含有量や石膏の添加量によって調整することができる。加える石膏の種類や製法は特に限定されず、二水石膏や半水石膏、無水石膏等が使用可能である。セメント組成物中のSO3含有量は、JIS R 5202又はJIS R 5204に記載の方法によって測定される。
【0024】
本発明のセメント組成物はセメントと高炉スラグの合計100質量部に対して0.01質量部以上1質量部以下の硫酸アルカリを含んでもよい。このような範囲とすることによって更に凝結の遅延を抑制することができる。硫酸アルカリ含有量は、セメントクリンカ中に存在する硫酸アルカリのほか、添加剤として硫酸ナトリウムや硫酸カリウム等の硫酸のアルカリ金属塩を加えることにより調整することができる。なお、クリンカ中の硫酸アルカリ量は、後述の〔セメント組成物の製造方法〕の各種工程において、SO3含有量とアルカリ金属量とで調整することができる。クリンカ中のSO3含有量は0.5質量%以上3.0質量%であり、好ましくは0.8質量%2.5質量%以下、更に好ましくは1.2質量%以上2.0質量%以下、最も好ましくは1.5質量%以上2.0質量%以下である。また、クリンカ中のアルカリ金属量(R2O)は、0.2質量%以上0.8質量%以下、好ましくは0.3質量%以上0.65質量%以下、更に好ましくは0.4質量%以上0.6質量%以下、最も好ましくは0.5質量%以上0.55質量%以下である。
【0025】
本発明のセメント組成物に使用されるセメントは、日本セメント協会標準試験方法(JCAS I-01:1997「遊離酸化カルシウムの定量方法」)に基づいて測定されるフリーライム(以下、f.CaOともいう)含有量が0.5質量%以上3.0質量%以下であり、好ましくは0.6質量%以上2.0質量%以下であり、より好ましくは0.7質量%以上1.5質量%以下であり、更に好ましくは1.0質量%以上1.2質量%以下である。このような範囲とすることによって更に凝結の遅延を抑制することができる。フリーライム含有量は、セメントクリンカ中に存在するフリーライムのほか、添加剤として水酸化カルシウムなどを加えることで調整可能である。
【0026】
本発明のセメント組成物は、JIS A 6201に規定されるフライアッシュ、JIS R 5212に規定されるシリカ質混合材、及びJIS R 5210に規定される少量混合成分等を更に含んでもよい。
【0027】
本発明のセメント組成物は石膏を含むこともできる。石膏の種類や製法は特に限定されず、例えば上述した二水石膏や半水石膏、無水石膏が使用可能である。またその製法も特に限定されない。
【0028】
本発明のセメント組成物は、前記添加剤としての硫酸アルカリに加えて、又はこれに代えて、更に硫酸塩を含むこともできる。硫酸塩としては、例えば上述した硫酸ナトリウムや硫酸カリウムに加えて、硫酸リチウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウム等が挙げられる。これらの硫酸塩は単独で又は複数の硫酸塩を組み合わせて用いることができる。水和反応の遅延を一層抑制することが可能となる観点から、硫酸塩を単独で用いる場合には、硫酸マグネシウムを用いることが好ましい。
【0029】
硫酸塩を複数組み合わせて用いる場合には、硫酸塩の組み合わせは特に限定されないが、例えば硫酸カルシウムと硫酸マグネシウムとの組み合わせや、硫酸カリウムと硫酸カルシウムとの組み合わせ等が挙げられる。これらの硫酸塩の製法や由来は特に限定されず、例えば、各々の硫酸塩を所定の割合で混合して工業的に製造することもでき、硫酸塩が複数含まれる天然鉱物をそのまま又は粉砕等の工程を経て用いることもできる。天然鉱物としては、例えばK2SO4・2CaSO4(カルシウムラングバイナイト)等の鉱物を使用することができる。
【0030】
本発明のセメント組成物は、硫酸塩を含むことによって、前記の硫酸アルカリ単独で硬化遅延を制御する場合と比べて、セメント組成物中のアルカリ量を低減しながら硬化遅延を抑制することが可能となる。
【0031】
硫酸塩の添加量は特に限定されないが、セメントと高炉スラグとの合計100質量部に対して0.01~5質量部が好ましく、0.02~1質量部がより好ましい。この範囲で硫酸塩を含むことによって、水和反応の遅延を抑制することができる。
【0032】
〔セメント組成物の製造方法〕
本発明のセメント組成物の製造方法では、調合工程、焼成工程、混合工程、粉砕工程等の各種の工程を含むことができる。
【0033】
調合工程においては、セメント中のC4AF含有量や、上述のボーグ式算定のC3A含有量を本発明の好ましい範囲とするために、石灰石、珪石、粘土系原料、鉄原料の使用量を増減させることにより、C4AF含有量及び/又はC3A含有量を調整することができる。特に調合工程において、後述の焼成工程後のセメントクリンカのC3A含有量を9質量%超20質量%以下となるように調整することが、凝結遅延改善の観点から好ましい。
【0034】
焼成工程においては、ロータリーキルン等の回転式窯を用いることで、f.CaO含有量が0.5~3.0質量%となるようにセメントクリンカを焼成することが、本発明の効果を奏するうえで好ましい。焼成温度や焼成時間などによりf.CaO含有量を調整することができる。なお、焼成後も、後述の混合工程や粉砕工程などにおいて水酸化カルシウムなどの添加剤を加えることによってセメント組成物中のf.CaO含有量を調整することができる。
【0035】
混合工程や粉砕工程において、セメントクリンカ、高炉スラグ、石膏、及び少量混合物などを混合及び/又は粉砕する方法は特に制限されるものではなく、例えばセメントクリンカと石膏と高炉スラグとを混合粉砕し、混合工程と粉砕工程を同時に行う方法や、セメントクリンカと石膏とを混合粉砕後、別粉砕した高炉スラグとを混合する方法等が挙げられる。
セメントクリンカは、C3A含有量が9質量%超の高C3Aクリンカと、ポルトランドクリンカとを混合粉砕して使用することが好ましい。これにより、前記の各種工程におけるC3A含有量の調整がより容易になる。高C3AクリンカのC3A含有量は、10質量%以上20質量%以下が好ましく、11質量%以上18質量%以下がより好ましく、12質量%以上16質量%以下が特に好ましく、13質量%以上15質量%以下が最も好ましい。ポルトランドクリンカのC3A含有量は9質量%以下が好ましく、1質量%以上9質量%以下がより好ましい。また、高C3Aクリンカとポルトランドクリンカの質量比は、2:8~8:2が好ましく、3:7~7:3がより好ましい。
【0036】
その他に、C3A含有量の異なるクリンカ同士を混合してセメント組成物中のC3A含有量を容易に調整するためには、高C3Aクリンカとポルトランドクリンカとを別々に保管する原料受入工程を有することが好ましい。
また、高炉スラグの品質変動の影響を低減する観点から、Al2O3含有量が11質量%以上である高炉スラグと、Al2O3含有量が11質量%未満である高炉スラグとを選別して、別々に保管する原料受入工程を有することが好ましい。この工程を有することにより、粉砕工程において、Al2O3含有量が11~18質量%である高炉スラグを選別して用いることができ、本発明のセメント組成物を簡便に得ることができる。
これらの原料受入工程は、セメントクリンカと、石膏と、高炉スラグとを粉砕する粉砕工程を行う前のいずれかの段階において行えばよい。
【0037】
セメント組成物中に硫酸アルカリを含ませる場合、上述の粉砕工程において、硫酸アルカリを含むクリンカ及び/又は硫酸アルカリを含む水溶液を混合し、セメント組成物100質量部に対して0.01質量部以上1質量部以下となるように調整することができる。また、上述の調合工程及び/又は焼成工程において、クリンカ中のSO3含有量とアルカリ金属量とで調整することによっても、硫酸アルカリ量を調製することができる。
【0038】
本発明のセメント組成物は、そのブレーン比表面積が3000cm2/g以上4500cm2/g以下であることが好ましく、更に好ましくは3300cm2/g以上4000cm2/g以下であり、より好ましくは3500cm2/g以上3800cm2/g以下である。ブレーン比表面積をこのような範囲とすることでスランプロスを低減しながら凝結遅延を改善することができる。ブレーン比表面積は、例えばJIS R 5201:1997「セメントの物理試験方法」に従い、ブレーン空気透過装置を用いて測定される。
【0039】
本発明のセメント組成物は、これに水及び/又は混和剤を加えることでセメントペーストやモルタル、コンクリートといった流動性を持つセメント組成物としてもよい。混和剤の種類は特に限定されず、例えばAE剤、減水剤、AE減水剤、高性能減水剤、高性能AE減水剤、流動化剤等が挙げられる。好ましい混和剤は、ポリカルボン酸系減水剤である。更に、混和剤中にグルコン酸塩が含まれていると、本発明の効果は顕著なものとなる。詳細な機構は明らかではないが、一般に、グルコン酸塩が含まれる混和剤を高炉セメントに適用した場合には著しい凝結遅延が起きるところ、本発明のセメント組成物によれば、混和剤中にグルコン酸塩が含まれていても、凝結遅延を効果的に改善することができる。特に、セメント組成物中のC3A含有量と、硫酸アルカリと、遊離石灰量と、高炉スラグ中のAl2O3含有量とを上述の範囲内で調整することによって、凝結遅延を抑制する所望のモルタル又はコンクリートを製造することができる。
【0040】
混和剤の構造は1H-NMRやFT-IRなどの各種構造解析によって知ることができる。特に混和剤中のグルコン酸塩の有無及び含有量については、1H-NMRスペクトルの化学シフト3.75~4.75ppmに現れるグルコン酸塩等の低分子量成分が含まれるピークの有無及び積算値から算出することができる。混和剤中のグルコン酸塩の有無及び含有量をより精密に測定する観点から、共存成分との重複が比較的少ない4.15ppm付近及び4.05ppm付近のピークを使用して定量することが特に好ましい。
【0041】
前記混和剤の使用量は特に限定されず、混和剤の一般的な使用量であれば凝結遅延を改善することができる。例えば、混和剤の使用量は、セメント組成物100質量部に対して0.01質量部以上5質量部以下であり、より好ましくは0.5質量部以上3質量部以下であり、更に好ましくは1質量部以上2質量部以下である。このような範囲であれば、より効果的に凝結遅延を抑制することができる。
【0042】
本発明の硬化遅延抑制方法は、セメント組成物中のC3A量、f.CaO量、硫酸アルカリ量、高炉スラグ中のAl2O3量を調整することによって、セメントペーストやモルタル、コンクリートの凝結遅延を抑制するものである。使用される混和剤が、ポリカルボン酸系減水剤であると凝結遅延効果をより発揮できる。減水剤の中にグルコン酸塩が含まれると更にその効果が発揮できる。
【実施例】
【0043】
以下に、実施例、比較例及び参考例を挙げて本発明の内容を詳細に説明する。本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。また、特に断りがない場合、「%」は「質量%」を意味する。
【0044】
〔1.セメントの製造〕
原料として工業試薬の炭酸カルシウム、二酸化ケイ素、酸化鉄(IV)、酸化アルミニウム、炭酸マグネシウム、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、二水石膏を混合し、1450℃で焼成してセメントクリンカを得た。得られたセメントクリンカの化学組成をJIS R 5202:2015「セメントの化学分析方法」に基づき測定した結果及びセメントクリンカの化学組成から計算したボーグ鉱物組成を、クリンカ1及びクリンカ2として表1に示す。
得られたセメントクリンカ又はセメントクリンカの混合物に、セメント組成物中のSO3含有量が1.8±0.1質量%となるように二水石膏を混合してブレーン比表面積が3300±50cm2/gとなるようボールミルにより粉砕し、表2に示すセメント1ないし3を製造した。これらのセメントについて、蛍光X線(XRF)を用いた組成分析の結果、及びJCAS I-01:1997「遊離酸化カルシウムの定量方法」により測定したフリーライム含有量を表2に示す。表1及び表2中、CはCaOを表し、SはSiO2を表し、AはAl2O3を表し、FはFe2O3を表す。f.CaOはフリーライムを表す。
【0045】
【0046】
【0047】
〔2.セメント組成物の製造〕
製造したセメントに対し、高炉スラグ、硫酸カリウム、水酸化カルシウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウムを、以下の表4に示すとおり添加して実施例及び比較例並びに参考例のセメント組成物を得た。なお、一部のセメントでは水酸化カルシウムを添加することでセメント中のフリーライム量を調整した。また、硫酸カリウムを添加することでセメント組成物中の硫酸アルカリ量を調整した。実施例11においては、カルシウムラングバイナイト(K2SO4・2CaSO4)の添加を模擬した実験として、硫酸カリウムと硫酸カルシウムとをモル比1:2で添加、混合してセメント組成物を製造した。以下に示す表3には、使用した高炉スラグの物性をスラグ1ないし3として示す。なお、一部の高炉スラグでは二水石膏を添加してSO3含有量を調整した。二水石膏、水酸化カルシウム、硫酸カリウム、硫酸マグネシウム、硫酸カルシウムは和光純薬工業株式会社の試薬特級を使用した。
また、参考例1及び2ではセメントクリンカ及び石膏の代わりとして市販の普通ポルトランドセメント(OPC)を使用し、混和剤A及びBの硬化遅延効果の比較を行った。表5に示すとおり、混和剤A及びBはいずれもポリカルボン酸系減水剤であるが、Aはグルコン酸塩を含まず、Bはグルコン酸塩を含む。
【0048】
【0049】
【0050】
〔3.凝結時間の評価〕
作製したセメント組成物に対し、水粉体質量比(水/セメント組成物)=0.5となるように水と表5に示す混和剤(セメント組成物に対して外割で0.5~1.0質量%)との混合液を加えて混練しセメントペーストを得た。なお、混和剤量は水量の一部とした。混和剤の構造は
1H-NMRを用いて測定し、化学シフト3.75~4.75ppmのピークが存在する場合にはグルコン酸塩などの低分子量成分が含まれるものと判断した。
図1にその判断結果の一例を示した。
以下に
1H―NMRの測定条件を示す。
測定装置:Bruker Biospin社製、AVANCE 500型
測定溶媒:
1H
測定温度:27℃
溶媒 :重水
【0051】
【0052】
グルコン酸塩を含有する混和剤Bに関し、前記1H-NMRを用いた絶対定量法によりグルコン酸塩含有量の分析を行った。所定量を重水に溶解させたグルコン酸ナトリウムを1H-NMRにより測定し、4.15ppm及び4.05ppmのピークの積分値と試料量との関係から検量線を作成した。同様の方法で測定した混和剤B中のグルコン酸ナトリウムのピーク積分値から、作成した検量線に当てはめて定量した結果、混和剤B中のグルコン酸ナトリウム量は3.7質量%であった。
【0053】
得られたセメント組成物は直ちにセメント水和熱熱量計(CHC―OM6、株式会社東京理工製)を用いて水和発熱速度を測定し、凝結開始に要する時間を調査した。具体的には、高炉スラグの水和反応に起因する第2の水和発熱ピークに着目し、第2ピークの立ち上がり部分における発熱速度プロットの線形近似曲線と誘導期の発熱速度プロットの線形近似曲線との交点を凝結開始時間とした。実施例2について測定した発熱速度と時間との関係のグラフを
図2に示す。
【0054】
〔4.結果〕
結果を表4に示す。参考例1及び2において、同添加量での混和剤A及びBの硬化遅延効果を比較した場合、グルコン酸を3.7質量%含む混和剤Bは、グルコン酸を含まない混和剤Aよりも凝結遅延効果が高いことが判る。また、各実施例のセメント組成物では、セメントクリンカのC
3A含有量を9質量%超とすることによって硬化遅延が抑制された。特に、凝結遅延効果が大きい混和剤Bを使用した場合で、その効果が顕著であった。
またその効果は、従来技術である硫酸アルカリ量、フリーライム含有量及びSO
3含有量を調整した場合を上回るものとなった。C
3A含有量を9質量%超とし、更に硫酸アルカリ量、フリーライム含有量及びSO
3含有量を増加することによって凝結の遅延は更に抑制された(実施例3、4、6及び8)。実施例7及び10はスラグのAl
2O
3含有量が11~14質量%であり、スラグのAl
2O
3含有量がそれぞれ15質量%である実施例5及び9と比較して積算の発熱量が増大した(
図3)。また、硫酸塩を含有する実施例11及び12は、実施例1及び2に比べてセメントのC
3A含有量が低いにもかかわらず、凝結の遅延が同程度にまで抑制されていることが判る。このように、本発明のセメント組成物によれば、硬化遅延が抑制され、水和が促進される。