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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-01-19
(54)【発明の名称】細胞培養槽
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20220112BHJP
   C12M 1/00 20060101ALI20220112BHJP
【FI】
C12M3/00 Z
C12M1/00 D
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017201693
(22)【出願日】2017-10-18
(65)【公開番号】P2019071850
(43)【公開日】2019-05-16
【審査請求日】2020-06-08
(73)【特許権者】
【識別番号】000000099
【氏名又は名称】株式会社IHI
(74)【代理人】
【識別番号】100088155
【弁理士】
【氏名又は名称】長谷川 芳樹
(74)【代理人】
【識別番号】100113435
【弁理士】
【氏名又は名称】黒木 義樹
(74)【代理人】
【識別番号】100176245
【弁理士】
【氏名又は名称】安田 亮輔
(74)【代理人】
【識別番号】100170818
【弁理士】
【氏名又は名称】小松 秀輝
(72)【発明者】
【氏名】辻川 順
(72)【発明者】
【氏名】石井 浩介
【審査官】川合 理恵
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-086791(JP,A)
【文献】特開2017-140007(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 3/00
C12M 1/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
培養対象である細胞を含む培地を受け入れて、下方から上方に向かうプラグフローを生じさせながら前記細胞を培養する細胞培養槽であって、
前記細胞を培養して前記細胞を含む細胞塊を成長させる上層部と、
前記上層部よりも下方に設けられ、前記培地を受け入れて前記培地を前記上層部に向けて流すと共に、所定粒径よりも大きく成長することによって沈降した前記細胞塊を前記所定粒径よりも小さくなるように分断する下層部と、
前記上層部と前記下層部との間に設けられ、前記下層部から受け入れた前記培地を前記上層部に向けて上方に流す中層部と、を備え、
前記下層部において前記培地の流れが有する上昇速度成分は、第1速度から前記第1速度よりも遅い第2速度に減速し、
前記中層部において前記培地の流れが有する上昇速度成分は、前記第2速度を維持し、
前記上層部において前記培地の流れが有する上昇速度成分は、前記第2速度から前記第2速度よりも遅い第3速度に減速し、
前記下層部では、流路面積が第1面積から前記第1面積より大きい第2面積へ増加し、
前記中層部では、流路面積が前記第2面積を維持し、
前記上層部では、流路面積が前記第2面積から前記第2面積より大きい第3面積へ増加する、細胞培養槽。
【請求項2】
前記第1速度と前記第2速度との速度差の絶対値は、前記第2速度と前記第3速度との速度差の絶対値よりも大きい、請求項1に記載の細胞培養槽。
【請求項3】
前記下層部は、逆円錐台形状であり、
前記中層部は、円筒形状であり、
前記上層部は、逆円錐台形状である、請求項1又は2に記載の細胞培養槽。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞培養槽に関する。
【背景技術】
【0002】
細胞を培養するための装置として、特許文献1に記載の装置が知られている。この細胞培養装置は、水平断面積が上方に向かって次第に増大する細胞培養槽を有する。この細胞培養槽によれば、細胞塊の大きさに応じて、槽内において均一に細胞塊を分布させることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2016-86791号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
細胞培養槽は、いわゆる浮遊培養のための槽である。細胞培養槽は、その内部に保持する培地に細胞を浮遊させた状態とし、細胞を培養する。細胞は、複数の細胞が集まって細胞塊を形成しており、細胞が培養されると細胞塊が成長する。細胞培養槽の内部において、培地は、下方から上方に向って流れる。そうすると、細胞塊の大きさに応じた沈降速度と、培地の上昇速度成分とが釣り合う位置において、細胞塊が浮遊する。このような細胞の培養においては、細胞塊の大きさを所望の範囲に収めることが望まれる。
【0005】
ここで、培地は常に流動しているので、培地に含まれた細胞及び細胞塊も不規則に移動する。この不規則な移動によって細胞同士又は細胞塊同士が接触する。細胞同士又は細胞塊同士の接触は、融合を生じさせ、細胞塊がより大きくなってしまう。従って、細胞塊の大きさが所望の範囲を超えてしまうことが生じ得る。
【0006】
本発明は、所望の大きさを有する細胞塊の融合を抑制可能な細胞培養槽を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一形態は、培養対象である細胞を含む培地を受け入れて、下方から上方に向かうプラグフローを生じさせながら細胞を培養する細胞培養槽であって、細胞を培養して細胞を含む細胞塊を成長させる上層部と、上層部よりも下方に設けられ、培地を受け入れて培地を上層部に向けて流すと共に、所定粒径よりも大きく成長することによって沈降した細胞塊を所定粒径よりも小さくなるように分断する下層部と、上層部と下層部との間に設けられ、下層部から受け入れた培地を上層部に向けて上方に流す中層部と、を備え、下層部において培地の流れが有する上昇速度成分は、第1速度から第1速度よりも遅い第2速度に減速し、中層部において培地の流れが有する上昇速度成分は、第2速度を維持し、上層部において培地の流れが有する上昇速度成分は、第2速度から第2速度よりも遅い第3速度に減速する。
【0008】
この細胞培養槽では、細胞塊の大きさに応じた沈降速度と培地の上昇速度成分とに基づいて、細胞塊の浮遊位置が決まる。従って、比較的小さい細胞塊は、第2速度から第3速度に減速する上層部に存在し、当該上層部において成長することにより大きくなる。細胞塊が大きくなると沈降速度が高まるので、当該沈降速度と釣り合う上昇速度成分が生じる位置まで細胞塊は沈降する。つまり、細胞塊は、上層部の下方に位置する中層部或いは下層部に移動する。下層部まで移動した細胞塊は、分断されて粒径が小さくなるので、再び釣り合いが取れる浮遊位置まで移動する。ここで、中層部における培地は、上昇速度成分が第2速度を維持している。従って、第2速度と釣り合う沈降速度を有する細胞塊が広く存在することが可能になる。つまり、単位体積あたりに存在する細胞塊の数が少なくなり、細胞塊同士の距離が近づきすぎることが抑制される。従って、細胞塊同士の距離が保たれると、細胞塊同士の接触機会が低減される。このため、細胞塊同士の接触に起因する融合を抑制することができる。
【0009】
一形態において、第1速度と第2速度との速度差の絶対値は、第2速度と第3速度との速度差の絶対値よりも大きくてもよい。この構成によれば、下層部において流速の変化が大きくなるので、細胞塊に与えるせん断力を高めることが可能になる。従って、下層部に存在する細胞塊を好適に分断することができる。また、上層部において流速の変化が小さくなるので、細胞塊に与えるせん断力を小さくすることが可能になる。従って、上層部に存在する細胞塊に与えるストレスが低減されるので、好適に細胞を成長させることができる。
【0010】
一形態において、下層部は、流路面積が第1面積から第1面積より大きい第2面積へ増加し、中層部は、流路面積が第2面積を維持し、上層部は、流路面積が第2面積から第2面積より大きい第3面積へ増加してもよい。この構成によれば、下層部及び上層部における上昇流の流速を上方に向かうほどに遅くすることができる。また、中層部における上昇流の流速を一定に保つことができる。
【0011】
一形態において、下層部は、逆円錐台形状であり、中層部は、円筒形状であり、上層部は、逆円錐台形状であってもよい。この構成によれば、下層部及び上層部における上昇流の流速を上方に向かうほどに遅くすることができる。また、中層部における上昇流の流速を一定に保つことができる。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、所望の大きさを有する細胞塊の融合を抑制可能な細胞培養槽が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本実施形態に係る細胞培養槽を備える細胞培養装置の構成を示す図である。
図2図2は、細胞培養槽の要部を拡大して示す断面図である。
図3図3の(a)部は細胞培養槽の高さと流路面積との関係を例示するグラフであり、図3の(b)部は細胞培養槽の高さと培地の流速との関係を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、添付図面を参照しながら本発明を実施するための形態を詳細に説明する。図面の説明において同一の要素には同一の符号を付し、重複する説明を省略する。
【0015】
図1に示されるように、気密構造を有する細胞培養装置1は、細胞培養ユニット2(細胞培養槽)と、曝気ユニット3と、廃液ユニット4と、を有する。細胞培養ユニット2は、培地流出管5及び培地導入管6によって曝気ユニット3と接続される。また、曝気ユニット3は、培地排出管7によって廃液ユニット4と接続される。
【0016】
細胞培養ユニット2は、培地Mにより培養対象である細胞を培養する。細胞培養ユニット2は、培地Mを収容する。培地Mは、細胞、細胞塊、或いは細胞が付着した担体を含む。担体は、マイクキャリアとも称される微小な粒体である。担体は、細胞の付着基盤となる。そして細胞は担体上で増殖する。細胞培養ユニット2は、培養槽20(細胞培養槽)と、柱体21とを有する。なお、以下の説明においては、培養槽20が本実施形態における細胞培養槽であるとするが、培養槽20と柱体21とにより構成されるものを細胞培養槽としてもよい。
【0017】
図2に示されるように、培養槽20の上部は開放され、培養槽20の底部22aは閉鎖される。培養槽20は、下部から培地Mを受け入れ、上部に向かって培地Mを流す。この下部から上部に向かう培地Mの流れをプラグフローと呼ぶ。プラグフローは、培養槽20の軸線まわりに回転する回転速度成分と、下部から上部へ向かう上昇速度成分と、を有する流れである。以下の説明において、この上昇速度成分の方向をフロー方向Zと呼ぶ。
【0018】
培養槽20の内部には、培養槽20の中心軸線の方向に延びる柱体21が配置される。柱体21は、円筒又は円錐といった柱状の形状を呈し、柱体21の中心軸線は培養槽20の中心軸線に一致する。柱体21は、柱体21の外周面と培養槽20の内周面との間の隙間を形成する。この隙間は、培地Mの流路である。
【0019】
培養槽20は、フロー方向Zに沿って、下層部22と、中層部23と、上層部24とを有する。例えば、下層部22は、培地Mを収容する収容領域と、当該領域を形成する壁体と、を含む。これら下層部22、中層部23及び上層部24が有する壁体は、一体である。つまり、下層部22、中層部23及び上層部24の壁体によって形成されるそれぞれの収容領域は、互いに連通する。
【0020】
また、図2に示される上向きの矢印は、プラグフローの上昇速度成分を示す。そして、各矢印の長さは、上昇速度成分の大きさを示す。具体的には、矢印の長さが長いほど上昇速度成分が大きいことと示し、矢印の長さが短いほど上昇速度成分が小さいことと示す。例えば、下層部22に示された矢印は、上層部24に示された矢印よりも長い。従って、下層部22における上昇速度成分は、上層部24における上昇速度成分より大きいことを示す。
【0021】
下層部22は、培養槽20の底面を含む。下層部22は、逆円錐台形状あるいはすり鉢状の収容領域を有する。具体的には、下層部22の壁体内径は、フロー方向Zに沿って内径D1から内径D2へ拡大する。本実施形態において、この拡大の形態は直線状である。一方、拡大の形態は直線状に限定されず曲線状であってもよい。壁体内径の拡大は、培地Mの流路面積の拡大を意味する。ここでいう流路面積とは、プラグフローにおける上昇速度成分の方向に直交する面の広さをいう。流路面積は、下層部22の壁体内径に基づいて決定される。なお、より詳細には、培養槽20は柱体21を有する。従って、流路面積は、厳密にいえば、下層部22の壁体内径により決まる面積から、当該位置における柱体21の断面積を減じたものである。つまり、下層部22は、フロー方向Zに沿って流路面積が増大する。そして、流路面積が増大すると、培地Mにおける上昇速度成分が流路面積の増大の度合いに応じて低下する。
【0022】
また、下層部22には、培地受入部11が設けられる。培地受入部11は、曝気ユニット3から培地Mを受け入れる。具体的には、培地受入部11は、2本の培地導入管6を介して曝気ユニット3と接続される。培地導入管6の中途部には、ポンプ12が設けられる。ポンプ12が作動することで、曝気ユニット3内の培地Mが、培地導入管6を介して培養槽20に供給される。培地受入部11には、培地導入管6の一端が接続される。培養槽20における接続位置は、培養槽20の中心軸線を挟んで点対称である。培地導入管6の他端は、曝気ユニット3に接続される。
【0023】
中層部23は、上層部24と下層部22との間に設けられる。中層部23は、円柱状の収容領域を形成する。つまり、中層部23の壁体は、円筒形状(リング状)である。従って、中層部23の壁体内径は、フロー方向Zに沿って維持される。内径D2の維持は、流路面積(A2)の維持を意味する。そして、流路面積(A2)が維持されると、培地Mにおける上昇速度成分の大きさも維持される。
【0024】
ここで、中層部23の本質は、上昇速度成分が一定である流れ場を形成することにある。従って、中層部23の壁体内径は、厳密に一定でなくてもよく、収容領域における流れ場の均質化に寄与し得る変形を伴ってもよい。
【0025】
上層部24は、中層部23の上に設けられる。上層部24は、下層部22のように概略的には逆円錐台形状あるいはすり鉢状の収容領域を有する。つまり、上層部24の壁体内径は、フロー方向Zに沿って内径(D2)から内径(D3)へ拡大する。従って、流路面積も壁体内径の拡大に伴って増大する。
【0026】
再び図1を参照する。培養槽20の上部には、気密構造の蓋10が設けられる。培養槽20の上端には開口が形成され、当該開口は蓋10によって気密に閉塞される。蓋10は、培地流出管5によって、曝気ユニット3に繋がる。培地流出管5の一端は、蓋10の底面における最も下方の位置に連通する。培地流出管5の他端は、曝気ユニット3に連結される。
【0027】
曝気ユニット3は、培養槽20に供給する培地Mを貯溜し、培地Mのガス濃度を調整する。曝気ユニット3には、培地導入管6の他端が接続される。培地導入管6の他端は、曝気ユニット3の内部まで延びる。曝気ユニット3には、さらに、ガス供給管31及び培地供給管32が接続される。
【0028】
廃液ユニット4は、曝気ユニット3から排出された余剰の培地Mを貯溜する。廃液ユニット4には、培地排出管7の一端が接続される。培地排出管7の一端の位置は、廃液ユニット4に貯溜されている廃液の液面より上方である。
【0029】
次に、細胞培養装置1の動作について説明する。本実施形態では、培地Mに担体を浮遊させ、担体を足場にして細胞の増殖を行う細胞培養を例示する。なお、細胞培養装置1は、担体を用いない細胞培養あるいは細胞塊培養にも適用可能である。
【0030】
まず、新しい培地Mが培地供給管32から曝気ユニット3に供給される。供給された培地Mは、曝気ユニット3に貯溜される。また、ガス供給管31を介してエアフィルタ33より除菌された酸素や二酸化炭素等のガスが曝気ユニット3に供給される。ガス供給管31により供給されたガスは、曝気ユニット3に貯溜された培地Mの酸素濃度及び水素イオン濃度(pH)を細胞培養の好気性培養に適した条件に調整する。条件調整がなされた培地Mは、ポンプ12によって、曝気ユニット3から培地導入管6を介して培養槽20へ供給される。
【0031】
細胞の培養が進行すると、培地Mでは、酸素等の培地成分が減少する一方で、細胞から排出された老廃物が増加する。培地Mは、培養槽20の上端部から蓋10へと導かれ、培地流出管5を介して曝気ユニット3に流出する。曝気ユニット3に流出した培地Mは、曝気ユニット3において再び酸素等の培地成分の供給を受ける。そして、再び曝気ユニット3から培地導入管6を介して培養槽20へ供給される。一方、培地供給管32より新しい培地Mを追加した場合には、培地Mの追加に伴い余剰となった培地Mは、培地排出管7を介して廃液ユニット4に排出される。
【0032】
従って、細胞塊は、プラグフローの上昇速度成分の大きさと沈降速度とが釣り合う位置において浮遊する。例えば、比較的粒径の小さい細胞塊は、沈降速度が小さい。従って、上昇速度成分の小さい上層部24において浮遊する。そして、流れの状態が穏やかな上層部24において細胞が培養されて、細胞塊が大きくなる。
【0033】
細胞塊が大きくなりその沈降速度が上層部24における上昇速度成分より大きくなると、上層部24から中層部23へ沈降する。中層部23は、理想的には上下方向及び直径方向において上昇速度成分の速度差は無視し得るほど小さい。従って、中層部23には上昇速度成分と釣り合う沈降速度を生じる粒径を有する細胞塊が浮遊する。中層部23における上昇速度成分は、ストークスの式(下記式(1))を利用して決定することが可能である。細胞塊の沈降速度は、いわゆるストークスの式に示されるように、細胞塊の粒径に依存する。そうすると、中層部23に保持すべき細胞塊の粒径が決まると、当該粒径を有する細胞塊の沈降速度が求まる。そして、求まった沈降速度と同等になるように中層部23における第2速度(V2)を決定する。第2速度(V2)が決定されると、流路面積が求まる。
【数1】

v:細胞塊の沈降速度
Dp:細胞塊の粒径
ρp:細胞塊の密度
ρf:培地Mの密度
η:培地Mの粘度
【0034】
中層部23は、フロー方向Zに流路面積が一定であるから、当該流路面積が一定である範囲において、所定粒径を有する細胞塊が存在し得る。従って、所定粒径を有する細胞塊が存在し得る空間の体積が十分に確保され、細胞塊同士の接触機会が低減する。また、上層部24に浮遊させて成長させるべき細胞塊と、下層部22に浮遊させて分断させるべき細胞塊と、を中層部23によって互いに離される。従って、成長させるべき細胞塊と分断するべき細胞塊とを確実に分離することもできる。
【0035】
中層部23に浮遊する細胞塊は、細胞塊同士の接触や細胞の培養などの要因によって、さらに大きくなりえる。そうすると、細胞塊は、下層部22へ移動する。下層部22では、上昇速度成分の変化が大きく、細胞塊が受けるせん断力が大きい。このせん断力よって、細胞塊が分断される。分断された細胞塊は、その大きさに応じた沈降速度と釣り合う位置まで上昇する。
【0036】
ここで、培養槽20の流路面積と上昇速度成分との関係に注目する。図3の(a)部は、培養槽20における高さ方向に沿った流路面積を示す。図3の(a)部に示したグラフG1は、横軸が流路面積を示し、縦軸は高さ方向の位置を示す。図3の(b)部に示したグラフG2は、横軸が培地の流速(上昇速度成分)を示し、縦軸は高さ方向の位置を示す。つまり、縦軸の値が増加する方向は、フロー方向Zに対応する。
【0037】
縦軸において高さ(H1)は、下層部22と中層部23との接続部23aに対応する。高さ(H2)は、中層部23と上層部24との接続部24aに対応する。高さ(H3)は、上層部24の上端24bに対応する。つまり、高さ(0)から高さ(H1)までは、下層部22に対応する。高さ(H1)から高さ(H2)までは、中層部23に対応する。高さ(H2)から高さ(H3)までは、上層部24に対応する。
【0038】
高さ(0)から高さ(H1)までの間(下層部22)では、流路面積がフロー方向Zに沿って第1面積(A1)から第2面積(A2)へ直線的に大きくなり(グラフG1)、上昇速度成分が第1速度(V1)から第2速度(V2)へ減速する(グラフG2)。なぜならば、下層部22が逆円錐形状を有しているので、徐々に内径が大きくなるためである。また、下層部22における速度差(ΔV1)は、V1-V2である。なお、第1速度(V1)は、例えば、単位時間あたりに培地導入管6から供給された培地Mの体積と、下層部22の基準位置における断面積を用いて得ることとしてよい。
【0039】
高さ(H1)から高さ(H2)までの間(中層部23)では、流路面積がフロー方向Zに沿って第2面積(A2)を維持し(グラフG1)、上昇速度成分が第2速度(V2)を維持する。中層部23が円筒形状を有しているので、内径(D2)が維持されるためである。また、中層部23における速度差(ΔV2)は、ほぼゼロである。なお、第2速度(V2)、第3速度(V3)などは、例えば、単位時間あたりに培地導入管6から供給された培地Mの体積と、中層部23、上層部24の基準位置における断面積を用いて得ることとしてもよい。
【0040】
高さ(H2)から高さ(H3)までの間(上層部24)では、流路面積がフロー方向Zに沿って第2面積(A2)から第3面積(A3)へ直線的に大きくなり、上昇速度成分が第2速度(V2)から第3速度(V3)へ変化する(グラフG2)。なぜならば、上層部24が逆円錐形状を有しているので、徐々に内径が大きくなるためである。また、上層部24における速度差(ΔV3)は、V2-V3である。
【0041】
ここで、下層部22の速度差(ΔV1)と上層部24の速度差(ΔV3)に注目する。グラフG2に示されるように、下層部22の速度差(ΔV1)は、上層部24の速度差(ΔV3)よりも大きい。つまり、下層部22における培地Mの流れの変化は、上層部24における培地Mの流れの変化よりも大きい。従って、下層部22の培地Mに浮遊する細胞塊には、強いせん断力が作用する。よって、下層部22の培地Mに浮遊する細胞塊をせん断することが可能になる。一方、上層部24の培地Mに浮遊する細胞塊には、強いせん断力が作用せず、細胞塊が受けるストレスは小さい。よって、よりストレスが小さい環境において、細胞を培養することが可能になる。
【0042】
以下、本実施形態に係る細胞培養装置1の作用効果について説明する。
【0043】
この培養槽20では、細胞塊の大きさに応じた沈降速度と培地Mの上昇速度成分とに基づいて、細胞塊の浮遊位置が決まる。従って、比較的小さい細胞塊は、第2速度(V2)から第3速度(V3)に減速する上層部24に存在し、当該上層部24において成長することにより大きくなる。細胞塊が大きくなると沈降速度が高まるので、当該沈降速度と釣り合う上昇速度成分が生じる位置まで細胞塊は沈降する。つまり、細胞塊は、上層部24の下方に位置する中層部23或いは下層部22に移動する。下層部22まで移動した細胞塊は、分断されて粒径が小さくなるので、再び釣り合いが取れる浮遊位置まで移動する。ここで、中層部23における培地は、上昇速度成分が第2速度(V2)を維持している。従って、第2速度(V2)と釣り合う沈降速度を有する細胞塊が広く存在することが可能になる。つまり、単位体積あたりに存在する細胞塊の数が少なくなり、細胞塊同士の距離が近づきすぎることが抑制される。従って、細胞塊同士の距離が保たれると、細胞塊同士の接触機会が低減される。このため、細胞塊同士の接触に起因する融合を抑制することができる。
【0044】
この培養槽20では、第1速度(V1)と第2速度(V2)との速度差(ΔV1)の絶対値は、第2速度(V2)と第3速度(V3)との速度差(ΔV3)の絶対値よりも大きい。この構成によれば、下層部22において流速の変化が大きくなるので、細胞塊に与えるせん断力を高めることが可能になる。従って、下層部22に存在する細胞塊を好適に分断することができる。また、上層部24において流速の変化が小さくなるので、細胞塊に与えるせん断力を小さくすることが可能になる。従って、上層部24に存在する細胞塊に与えるストレスが低減されるので、好適に細胞を成長させることができる。
【0045】
下層部22は、流路面積が第1面積(A1)から第1面積(A1)より大きい第2面積(A2)へ増加する。中層部23は、流路面積が第2面積(A2)を維持する。上層部24は、流路面積が第2面積(A2)から第2面積(A2)より大きい第3面積(A3)へ増加する。この構成によれば、下層部22及び上層部24における上昇流の流速を上方に向かうほどに遅くすることができる。また、中層部23における上昇流の流速を一定に保つことができる。
【0046】
下層部22は、逆円錐台形状である。中層部23は、円筒形状である。上層部24は、逆円錐台形状である。この構成によれば、下層部22及び上層部24における上昇流の流速を上方に向かうほどに遅くすることができる。また、中層部23における上昇流の流速を一定に保つことができる。
【0047】
以上、本発明の実施形態について説明したが、上記実施形態に限定されることなく様々な形態で実施される。
【0048】
下層部22には、細胞塊を分断するためのブレードを設けてもよい。例えば、ブレードは、細胞塊を分断する薄板状の刃物である。具体的には、ブレードの基端部は、下層部22の底面に対して固定される。つまり、ブレードは、下層部22に対して相対的に移動することがない。そして、ブレードは、柱体21を挟んで互いに点対称となる位置に配置される。つまり、ブレードは、180度の間隔をもって配置される。
【符号の説明】
【0049】
1 細胞培養装置
2 細胞培養ユニット
3 曝気ユニット
4 廃液ユニット
5 培地流出管
6 培地導入管
7 培地排出管
10 蓋
11 培地受入部
12 ポンプ
20 培養槽
21 柱体
22 下層部
22a 底部
23 中層部
23a 接続部
24 上層部
24a 接続部
24b 上端
31 ガス供給管
32 培地供給管
33 エアフィルタ
A1 第1面積
A2 第2面積
A3 第3面積
D1 内径
D2 内径
G1 グラフ
G2 グラフ
M 培地
V1 第1速度
V2 第2速度
V3 第3速度
Z フロー方向
ΔV1 速度差
ΔV3 速度差
図1
図2
図3