(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-01-19
(54)【発明の名称】イメージング質量分析データ処理装置
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20220112BHJP
【FI】
G01N27/62 Y
(21)【出願番号】P 2020522473
(86)(22)【出願日】2018-05-30
(86)【国際出願番号】 JP2018020834
(87)【国際公開番号】W WO2019229898
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2020-09-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 真一
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-173103(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2010/0239139(US,A1)
【文献】GUT, Yoann,Application of chemometric algorithms to MALDI mass spectrometry imaging of pharmaceutical tablets,Journal of Pharmaceutical and Biomedical Analysis,2015年02月25日,Vol.105,PP.91-100
【文献】標準技術集 質量分析技術(マススペクトロメトリー),[online],特許庁,2006年05月12日,PP.165-176,http://warp.da.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10342974/www.jpo.go.jp/shiryou/s_sonota/hyoujun_gijutsu/mass/2-4-1.pdf#1-1
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)微小領域毎に、前記プロファイルデータにより形成される波形形状が山形状であるピークに対してセントロイド変換処理を適用することにより、該ピークを棒状ピークに変換するピーク波形処理部と、
b)前記測定領域の全体又はその一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的とする化合物に対応する質量電荷比値又は目的とする質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に包含される前記棒状ピークに基づいて、該目的とする化合物又は目的とする質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する分布画像作成部と、
を備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項2】
試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)微小領域毎に、前記プロファイルデータにより形成される波形形状が山形状であるピークを、該ピークの波形から求まる質量中心位置を中心として該ピークのピーク幅よりも狭いピーク幅を持つ狭幅ピークに変換するピーク波形処理部と、
b)前記測定領域の全体又はその一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的とする化合物に対応する質量電荷比値又は目的とする質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に包含される前記狭幅ピークに基づいて、該目的とする化合物又は目的とする質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する分布画像作成部と、
を備えることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイメージング質量分析データ処理装置であって、
前記ピーク波形処理部は、セントロイド変換処理により山形状ピークを棒状ピークに変換する際に、該山形状ピークについて質量分析装置の精度に相当する範囲の信号強度を積算することで棒状ピークの高さを求めることを特徴とするイメージング質量分析データ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置により収集された、試料上の測定領域内の多数の微小領域それぞれにおける質量分析データを処理し、例えば特定の化合物の2次元強度分布を示す画像を作成して表示するイメージング質量分析データ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料の表面の形態を光学顕微鏡によって観察しながら、同じ試料表面における特定の質量電荷比m/zを有するイオンの2次元的な強度分布を測定することが可能な装置である(特許文献1、非特許文献1など参照)。イメージング質量分析装置を用いて、例えば癌などの特定の疾病に特徴的に現れる化合物由来のイオンについての2次元強度分布を示す質量分析イメージング画像を観察することにより、その疾病の拡がり具合や投薬等による治療の効果などを把握することが可能である。こうしたことから、近年、イメージング質量分析装置を利用し、生体組織切片等を対象とした薬物動態解析や各器官での化合物分布の相違、或いは、癌等の病理部位と正常部位との間での化合物分布の差異などを解析する研究が盛んに行われている。
【0003】
こうしたイメージング質量分析装置では、試料上の測定領域に設定された又は該測定領域を細かく区切った多数の微小領域(測定点)毎にそれぞれ所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析が実施されるが、一つの微小領域において得られるデータは質量電荷比方向に連続的な波形を示すプロファイルデータである。イメージング質量分析装置におけるデータ処理部、具体的にはデータ処理用のコンピュータでは、測定によって収集された微小領域毎のプロファイルデータが記憶装置に格納され、このデータを用いたデータ処理によって質量分析イメージング画像が作成される。
【0004】
具体的には、従来の一般的なイメージング質量分析データ処理装置(以下、単に「データ処理装置」という)では、例えば以下のような手順及びデータ処理により質量分析イメージング画像が作成される。
【0005】
ユーザが試料中の或る化合物の2次元分布画像を観察したい場合、その化合物の質量電荷比値Mと質量電荷比の許容幅(以下、単に「許容幅」という)ΔMとを指定したうえで、画像作成処理の実行を指示する。化合物の質量電荷比値を指定するのではなく、ユーザが化合物名を指定すると、該化合物名に対応する質量電荷比値が化合物データベースから導出される構成が採られる場合もある。上記許容幅は通常、イメージング質量分析装置の質量分解能に基づいて決められる。イメージング質量分析装置では一般に飛行時間型質量分析装置等の質量分解能の高い質量分析装置が利用されるため、通常、許容幅はかなり小さい値とされる。
【0006】
画像作成開始の指示を受けたデータ処理装置は、記憶装置に格納されていた各微小領域のプロファイルデータから、微小領域毎に、指定された質量電荷比値Mと許容幅ΔMとに基づくM±ΔMの質量電荷比範囲(以下「精密質量範囲」という)が包含されるような、ピーク強度を積算する範囲であるビン(bin)の範囲(以下「強度積算範囲」という)を探索する。
図3、
図4はそれぞれ、精密質量範囲と強度積算範囲との関係を示すプロファイルスペクトルである。
【0007】
図3、
図4において、測定により得られたプロファイルデータにより形成されるピークの中心の質量電荷比値がMmである。理想的には、このピークは質量電荷比値Mmの位置に幅のない1本の縦棒として観測されるべきものであるが、実際には、装置そのものの質量精度や分解能による制約のほか、繰り返し測定時の精度のばらつきなどの誤差要因によってピーク幅を有する。このピーク幅は一般に、ピーク中心の装置精度の幅に比べるとかなり広い。上記強度積算範囲はこのピークの幅をほぼカバーするように設定されるため、このピークのほぼ全体の強度の積算値、換言すればピークの面積値に相当する信号強度値がピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値とされる。
【0008】
いま、
図3、
図4のいずれでも、質量電荷比値Mmをピーク中心とするピーク波形の形状は同じであるので、ピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値は同じである。また、
図3、
図4のいずれにおいても精密質量範囲は強度積算範囲に包含されるので、質量電荷比値Mmにおける信号強度値がユーザにより指定された化合物に対応する信号強度であるとみなされる。各微小領域において同様の処理が実施されることで、微小領域毎の信号強度値が求まり、それを画像化することでユーザにより指定された化合物に対応する質量分析イメージング画像が作成される。
【0009】
しかしながら、
図3の場合と
図4の場合とでは次のような相違がある。
図3の場合には、精密質量範囲内にピーク中心である質量電荷比値Mmが含まれる。つまり、このピーク中心である質量電荷比値Mmと目的化合物の精密な質量電荷比値との差異は装置精度の範囲内であり、上述したように計算されたピーク中心である質量電荷比値Mmにおける信号強度値は目的化合物に対応する信号強度値をほぼ示していると推測できる。一方、
図4の場合には、精密質量範囲は強度積算範囲に包含されるものの、ピーク中心である質量電荷比値Mmは精密質量範囲に含まれない。そのため、実際にはこのピーク自体が、ユーザが意図する目的化合物に対応したものではない可能性がある。即ち、
図4の場合には、目的化合物ではない別の化合物の信号強度値が、目的化合物の質量分析イメージング画像の作成に利用される可能性があり、そのために該画像の2次元強度分布の正確性を損ねることになる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】国際公開第2017/183086号パンフレット
【文献】特開2017-32465号公報
【非特許文献】
【0011】
【文献】「iMScope TRIO イメージング質量顕微鏡」、[online]、[平成30年3月16日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : http://www.an.shimadzu.co.jp/bio/imscope/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0012】
本発明は上記課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、ユーザが観察したい目的化合物の、又はユーザにより指定された質量電荷比値の2次元強度分布画像の正確性を向上させることができるイメージング質量分析データ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0013】
上記課題を解決するために成された本発明の第1の態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)微小領域毎に、前記プロファイルデータにより形成される波形形状が山形状であるピークに対してセントロイド変換処理を適用することにより、該ピークを棒状ピークに変換するピーク波形処理部と、
b)前記測定領域の全体又はその一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的とする化合物に対応する質量電荷比値又は目的とする質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に包含される前記棒状ピークに基づいて、該目的とする化合物又は目的とする質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する分布画像作成部と、
を備えることを特徴としている。
【0014】
また上記課題を解決するために成された本発明の第2の態様は、試料上の測定領域内の複数の微小領域からそれぞれ得られるプロファイルデータである質量分析データを処理するイメージング質量分析データ処理装置であって、
a)微小領域毎に、前記プロファイルデータにより形成される波形形状が山形状であるピークを、該ピークの波形から求まる質量中心位置を中心として該ピークのピーク幅よりも狭いピーク幅を持つ狭幅ピークに変換するピーク波形処理部と、
b)前記測定領域の全体又はその一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的とする化合物に対応する質量電荷比値又は目的とする質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に包含される前記狭幅ピークに基づいて、該目的とする化合物又は目的とする質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する分布画像作成部と、
を備えることを特徴としている。
【0015】
本発明における「質量分析データ」は、イオンに対する解離操作を伴わない単純なマススペクトルデータのみならず、nが2以上であるMSn分析により得られたMSnスペクトルデータも含む。本発明による処理の対象であるデータは、測定領域内の微小領域毎に収集された所定の質量電荷比範囲のプロファイルデータである。また、質量分析データを取得する質量分析装置の方式は特に問わないが、一般的には、飛行時間型質量分析装置である。
【0016】
本発明の第1の態様の装置では、ピーク波形処理部は、各微小領域において得られるプロファイルデータに基づいてプロファイルスペクトルを作成し、そのプロファイルスペクトルに現れる山形状のピークに対してセントロイド変換処理を適用する。即ち、各ピーク波形の所定の範囲(例えば所定の定義によるピーク始点位置とピーク終点位置との間の範囲)でのピークの重心位置を求め、その重心位置に対応する質量電荷比値を質量中心位置とし、ピーク面積値を該重心位置における高さとした棒状ピークを求める。セントロイド変換処理は、質量分析分野において例えば特許文献2等に開示されているように線スペクトルを作成する際に頻用される周知の技術である。なお、棒状ピークの高さは、上述のようにピーク面積値を用いるのが一般的であるが、単にプロファイルスペクトルのピークトップの高さを用いてもよいし、質量中心位置の質量電荷比におけるイオン強度を採用してもよい。
【0017】
例えば測定領域の一部の領域について或る化合物の2次元強度分布画像を作成する旨の指示が与えられると、分布画像作成部は、その一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的化合物に対応する質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に包含される棒状ピークの高さ(信号強度値)をそれぞれ求め、該目的化合物の質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する。或る微小領域において、目的化合物に対応する質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に棒状ピークが存在しなければ、その微小領域における信号強度値はゼロである。なお、所定の許容幅はユーザが適宜に設定できるようにしてもよいが、一般的には装置自体の精度程度の幅である。
【0018】
一方、本発明の第2の態様の装置では、ピーク波形処理部は、各微小領域において得られるプロファイルデータに基づいてプロファイルスペクトルを作成し、そのプロファイルスペクトルに現れる山形状のピークを、該ピークの波形から求まる質量中心位置を中心として該ピークのピーク幅よりも狭いピーク幅を持つ狭幅ピークに変換する。具体的には、ピーク分離等の際にしばしば用いられる周知の技術であるデコンボリューション処理を用いればよい。この場合の狭幅ピークのピーク幅は、質量分析装置の精度程度とすればよい。このピーク幅はプロファイルスペクトルに現れるピークのピーク幅に比べれば格段に小さい。
【0019】
分布画像作成部は、例えばその一部の領域に含まれる微小領域毎に、目的化合物に対応する質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に質量中心位置が包含される狭幅ピークの面積等による信号強度値をそれぞれ求め、該目的化合物の質量電荷比値における2次元強度分布を示す画像を作成する。或る微小領域において、目的化合物に対応する質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲に質量中心位置が包含される狭幅ピークが存在しなければ、その微小領域における信号強度値はゼロである。
【0020】
ユーザが観察したい目的化合物に対応する質量電荷比値を含む所定の許容幅の範囲がプロファイルスペクトルに現れる山形状のピークの裾部(リーディング及びテーリング)にあるような場合、従来装置であれば、そのピークの信号強度の積算値が目的化合物についての信号強度値として採用されるが、本発明の第1、第2の態様のいずれにおいても、そのピークの信号強度値は目的化合物についての信号強度値には反映されない。即ち、測定により得られたプロファイルスペクトル上のピークの幅が大きくても、該ピークの中心位置と目的化合物に対応する精密な質量電荷比値との差が或る程度大きい場合には、そのピークの信号強度は目的化合物の2次元強度分布に反映されない。これにより、目的化合物ではない別の化合物における信号強度値が目的化合物の2次元強度分布の一部となることを回避することができる。
【0021】
なお、上述したように、一般にセントロイド変換処理ではピーク面積を計算して該面積値を棒状ピークの高さとするが、そのピーク面積を計算する際の質量電荷比範囲を質量分析装置の精度に相当する程度の範囲に定めておくと、山形状ピークの裾部の多くは計算から除外される。山形状ピークの裾部はピークトップ付近に比べて信号強度が不安定になる傾向にあるため、裾部の信号強度を計算から除外すると棒状ピークの高さの精度が向上する。
【0022】
そこで、第1の態様のイメージング質量分析データ処理装置において、ピーク波形処理部は、セントロイド変換処理により山形状ピークを棒状ピークに変換する際に、該山形状ピークについて質量分析装置の精度に相当する範囲の信号強度を積算することで棒状ピークの高さを求める構成とするとよい。
【発明の効果】
【0023】
本発明によれば、ユーザが観察したい目的化合物の、又はユーザにより指定された質量電荷比値の2次元強度分布画像、つまりは質量分析イメージング画像の正確性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
【
図1】本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。
【
図2】本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像作成処理の説明図。
【
図3】目的化合物に対応する精密質量範囲と測定により得られたピークの強度積算範囲との関係の一例を示す図。
【
図4】目的化合物に対応する精密質量範囲と測定により得られたピークの強度積算範囲との関係の他の例を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0025】
以下、本発明に係るイメージング質量分析データ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例によるイメージング質量分析装置の概略構成図、
図2は本実施例のイメージング質量分析装置におけるMSイメージング画像作成処理の説明図である。
【0026】
本実施例のイメージング質量分析装置は、試料に対して測定を実施するイメージング質量分析部1と、試料上の光学顕微画像を撮影する光学顕微撮像部2と、データ処理部3と、ユーザインターフェイスである入力部4及び表示部5と、を含む。
【0027】
イメージング質量分析部1は例えば
マトリクス支援レーザ脱離イオン化(MALDI
)イオントラップ飛行時間型質量分析装置を含み、
図2(a)に示すように、生体組織切片などの試料100上の2次元的な測定領域101内の多数の微小領域(測定点)102に対してそれぞれ質量分析を実行して微小領域毎に質量分析データを取得するものである。
ここでは、質量分析データは所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータであるが、特定のプリカーサイオンに対するMS
n
スペクトルデータでもよい。光学顕微撮像部2は光学顕微鏡に撮像部を付加したものであり、試料上の表面の2次元領域の顕微画像を取得するものである
。
【0028】
データ処理部3は、イメージング質量分析部1で収集された各微小領域におけるマススペクトルデータを受けて所定の処理を行うものであり、データ収集部31、データ格納部32、入力受付部33、ピーク波形変換処理部34、イメージング画像作成部35、表示処理部36、を機能ブロックとして備える。データ格納部32は、イメージング質量分析部1による測定で収集された生データを格納するプロファイルデータ格納領域321と後述するピーク波形変換処理による処理後のデータを格納する変換後データ格納領域322とを含む。
【0029】
なお、通常、データ処理部3の実体はパーソナルコンピュータ(又はより高性能なワークステーション)であり、該コンピュータにインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることにより、上記各ブロックの機能が達成される構成となっている。その場合、入力部4はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はディスプレイモニタである。
【0030】
次に、本実施例のイメージング質量分析装置による試料の測定作業について説明する。
まず作業者(ユーザ)が分析対象である試料100を光学顕微撮像部2の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行うと、光学顕微撮像部2は該試料100の表面を撮影し、その画像を表示部5の画面上に表示する。作業者はその画像上でその試料100の全体又は一部である測定領域を入力部4で指示する。
【0031】
作業者は試料100を一旦装置から取り出し、その表面にMALDI用のマトリクスを付着させる。そして、マトリクスが付着された試料100をイメージング質量分析部1の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行う。これにより、イメージング質量分析部1は、試料100上の、上述したように指示された測定領域内の多数の微小領域についてそれぞれ質量分析を実行し、所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析データを取得する。このときデータ収集部31は、いわゆるプロファイルアクイジションを実行し、質量電荷比範囲内で質量電荷比方向に連続的な波形であるプロファイルデータを収集してデータ格納部32のプロファイルデータ格納領域321に保存する。当然のことながら、プロファイルデータ格納領域321に保存されるのは、連続的なプロファイル波形を所定のサンプリング間隔(波形のピーク幅に比べて十分に小さな間隔)でサンプリングしたサンプルをデジタル化したデータの列である。
【0032】
なお、マトリクスを試料表面に付着させても該試料表面の模様(異なる組織の境界等)が比較的鮮明に観察できる場合には、先に試料の表面にマトリクスを付着させたあとに光学顕微撮像部2で撮影を実施してもよい。
【0033】
目的とする試料100についての測定が終了した後、作業者は試料100中の2次元強度分布を確認したい化合物(以下「目的化合物」という)を入力部4から指定する。入力受付部33はこの入力情報を受け付ける。目的化合物が指定された場合、入力受付部33は、予め記憶してある化合物データベースなどを参照して、指定された化合物に対応する精密な質量電荷比値(通常は質量電荷比の理論値)を求める。
【0034】
目的化合物の指定は、例えば化合物名を直接入力する、予め用意された化合物リストの中から化合物を選択する、等の方法で行うことができる。また、複数の目的化合物を指定する場合には、上記手法で目的化合物を一つ一つ指定してもよいが、予め複数の目的化合物をリスト化しておき、そのリストを選択することで該リストに載っている複数の目的化合物をまとめて指定できるようにしてもよい。また、目的化合物を指定するのではなく、2次元強度分布を確認したい質量電荷比値Ma(以下「目的質量電荷比値」という)そのものを指定することもできるようにしてもよい。
【0035】
また作業者は、目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に併せて、想定される質量電荷比の許容幅ΔMを指定する。但し、複数の目的化合物や目的質量電荷比値を指定する際に許容幅は必ずしもその目的化合物毎、目的質量電荷比値毎に指定しなくてもよく、例えば全ての目的化合物や目的質量電荷比値に対して許容幅は共通でもよい。また、許容幅を「Da」、「u」等の質量電荷比の単位の数値で指定するのではなく、中心となる質量電荷比値に対する比率、例えば「ppm」等で指定できるようにしてもよい。もちろん、それ以外の指定方法でも構わない。重要なことは、目的化合物毎又は目的質量電荷比毎に何らかの許容幅が定められることである。したがって、目的化合物、目的質量電荷比値のいずれが指定された場合であっても、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、中心となる質量電荷比値Maと許容幅ΔMの情報が得られる。
【0036】
ピーク波形変換処理部34は、各微小領域についての指定された質量電荷比値M付近の所定の質量電荷比範囲のプロファイルデータをプロファイルデータ格納領域321から読み出しプロファイルスペクトルを形成する(
図2(b)、(c)参照)。そして、微小領域毎に、プロファイルスペクトルに現れる山形状のピークを検出し、検出されたピークに対してセントロイド変換処理を実行する。セントロイド変換処理は例えば特許文献2等に記載の周知のアルゴリズムを用いればよく、典型的には山形状のピークの重心位置及び面積値を計算して、該重心位置つまり質量電荷比値を棒状ピークの位置とし面積値を棒状ピークの高さつまりは信号強度値とする。これにより、
図2(d)に示すように、一つの山形状ピークは一つの棒状ピークに変換される。
【0037】
なお、指定された質量電荷比値Ma付近の所定の質量電荷比範囲のプロファイルスペクトルではなく、測定により取得された質量電荷比範囲全体のプロファイルスペクトルについてピークを検出し、検出された各ピークをそれぞれセントロイド変換処理してもよい。また、こうしてセントロイド変換処理を行うことで求まった棒状ピークを含むマススペクトルを構成するデータをデータ格納部32の変換後データ格納領域322に保存しておくことで、同じプロファイルスペクトルについて再度セントロイド変換処理を行うことなく、後述する画像作成処理を行うことができる。
【0038】
イメージング画像作成部35は、各微小領域において、目的化合物毎に又は目的質量電荷比値毎に、質量電荷比値Maと許容幅ΔMとから質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]を算出する。そして、その質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在するか否かを判定し、
図2(e)に示すように、質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在する場合には、その棒状ピークの高さ(信号強度値)Icを、その微小領域においてその目的化合物に対応する信号強度値とみなす。一方、
図2(f)に示すように、質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]内に棒状ピークが存在しない場合には、その微小領域においてその目的化合物に対応する信号強度値を0とする。
【0039】
そしてイメージング画像作成部35は、各微小領域において同様の処理を行うことで各微小領域にそれぞれ対応する信号強度値を決定する。これにより、目的化合物毎、又は目的質量電荷比値毎に、測定領域101に含まれる多数の微小領域102それぞれの信号強度値が求まるから、その信号強度値を微小領域の位置に応じて2次元的に配置し、所定のカラースケールに従って信号強度値に表示色を与えることで、
図2(g)に示すようなヒートマップ状の質量分析イメージング画像200を作成する。表示処理部36は、目的化合物や目的質量電荷比値それぞれについて作成された質量分析イメージング画像200を例えば一覧表の形式で表示部5の画面上に表示する。
【0040】
既に
図4により説明したように、質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]と山形状ピーク(
図2(f)中では点線)との関係が
図2(f)に示した状態であれば、従来の装置では、その山形状ピークの信号強度の積算値が目的化合物の信号強度値とされる。そのために、目的化合物とは異なる化合物の信号強度が目的化合物の質量分析イメージング画像に反映される可能性がある。これに対し、質量電荷比範囲[Ma-ΔM~Ma+ΔM]と棒状ピークとの関係が
図2(f)に示した状態であれば、本実施例の装置においては、目的化合物の信号強度値は0となる。そのため、目的化合物とは異なる化合物の信号強度が目的化合物の質量分析イメージング画像に反映される可能性が低くなり、目的化合物の質量分析イメージング画像における2次元強度分布の正確性を向上させることができる。
【0041】
なお、通常、セントロイド化されたピークの高さは元の山形状ピークの面積値であり、該面積値はピークの開始点から終了点までの範囲に亘る信号強度の積算値に相当するが、ピーク面積の計算範囲をピークの開始点から終了点までの範囲よりも狭くしてもよい。例えばピーク面積の計算範囲を、ピークトップの位置の前後で、その信号強度がピークトップの信号強度値×α(但し、0<α<1)となる位置の範囲に定め、αを例えば0.3~0.7程度にすると、そのピークの裾部の多くがピーク面積の計算範囲から除外される。プロファイルスペクトルにおいてピークの裾部はその信号強度が不安定で再現性が良好でないことが多いが、上述したようにピークの裾部の多くをピーク面積の計算範囲から除外することでピーク面積値、つまりは各微小領域における信号強度値の精度を向上させることができる。
【0042】
また、セントロイド化されたピークの高さとしてピーク面積値でなく、単にプロファイルスペクトルのピークトップの高さ(最大信号強度値)を用いてもよいし、プロファイルスペクトルにおけるピークの質量中心位置の質量電荷比におけるイオン強度を用いてもよい。
【0043】
また、上記実施例の装置では、ピーク波形変換処理部34は山形状のピークに対しセントロイド変換処理を行って該ピークを棒状ピークに変換していたが、山形状のピークを棒状ピーク又は棒状ではなくてもピーク幅が山形状ピークに比べて十分に小さいピーク幅の狭幅ピークに変換できさえすれば、セントロイド変換処理以外の波形処理手法を用いてもよい。
【0044】
具体的には、ガウス関数等の所定の分布関数を用いたデコンボリューションを利用することでピークを構成するデータを再構成することにより、質量分析装置の精度程度のピーク幅を持つピークを算出することができる。デコンボリューションはディジタルフィルタの一種であり、畳み込まれた信号を畳み込み前の信号に戻す処理である。本例の場合には、ピーク中心位置におけるごく狭いピーク幅のピークが畳み込み前の信号であり、この信号が装置の応答性や安定性に起因する畳み込み関数によって、例えばガウス関数分布を示す所定の広がりを持つ信号に畳み込まれていると想定する。この所定の広がりを持つ信号をデコンボリューションによって畳み込み前の信号に戻すことで狭幅のピークが得られる。もちろん、それ以外の波形処理手法を用いて狭幅のピークを求めるようにしてもよい。
【0045】
また、上記実施例は本発明の一例にすぎず、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは明らかである。
【符号の説明】
【0046】
1…イメージング質量分析部
2…光学顕微撮像部
3…データ処理部
31…データ収集部
32…データ格納部
321…プロファイルデータ格納領域
322…変換後データ格納領域
33…入力受付部
34…ピーク波形変換処理部
35…イメージング画像作成部
36…表示処理部
4…入力部
5…表示部
100…試料
101…測定領域
102…微小領域(測定点)
200…質量分析イメージング画像