(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-01-19
(54)【発明の名称】歯科用に好適なジルコニア仮焼体
(51)【国際特許分類】
C04B 35/488 20060101AFI20220112BHJP
A61C 5/77 20170101ALI20220112BHJP
A61C 13/083 20060101ALI20220112BHJP
C01G 25/02 20060101ALI20220112BHJP
C04B 35/48 20060101ALI20220112BHJP
【FI】
C04B35/488
A61C5/77
A61C13/083
C01G25/02
C04B35/48
(21)【出願番号】P 2021553144
(86)(22)【出願日】2021-07-01
(86)【国際出願番号】 JP2021025036
【審査請求日】2021-09-07
(31)【優先権主張番号】P 2020114377
(32)【優先日】2020-07-01
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】301069384
【氏名又は名称】クラレノリタケデンタル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100107641
【氏名又は名称】鎌田 耕一
(74)【代理人】
【識別番号】100174779
【氏名又は名称】田村 康晃
(72)【発明者】
【氏名】加藤 新一郎
(72)【発明者】
【氏名】▲松▼本 篤志
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2019/131782(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/056330(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/039924(WO,A1)
【文献】特開平7-188578(JP,A)
【文献】国際公開第2018/155459(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C04B 35/488
A61C 5/77
A61C 13/083
C01G 25/02
C04B 35/48
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する少なくとも3層の積層構造を備え、
ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、
前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が互いに異なる層を少なくとも2層備え、
前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備え、
安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なる、ジルコニア仮焼体。
【請求項2】
安定化剤の含有率が略同一である層同士は隣接している、請求項1に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項3】
前記着色成分が、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Pr、Tb及びErの群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物、又は(Zr,V)O
2を含む、請求項1又は2に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項4】
前記ジルコニアの55%以上が単斜晶系である、請求項1~3のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項5】
前記ジルコニアの75%以上が単斜晶系である、請求項1~4のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項6】
前記安定化剤の含有率が互いに異なる層同士は、互いに異なる単斜晶系の割合を有する、請求項1~5のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項7】
前記積層構造が、安定化剤の含有率が一番高い層を1層のみ含む、請求項1~6のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項8】
前記安定化剤の含有率が一番高い層が、着色成分を含まない、請求項1~7のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項9】
前記安定化剤の含有率が一番高い層が、着色成分を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項10】
前記安定化剤の含有率が一番高い層に含まれる着色成分の組成が、他の層の着色成分の組成と互いに異なる、請求項9に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項11】
前記安定化剤の少なくとも一部はジルコニアに固溶されていない、請求項1~10のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項12】
前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
安定化剤の含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化しない、請求項1~11のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項13】
前記安定化剤がイットリアである、請求項1~12のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項14】
前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化せず、
前記ジルコニアと前記イットリアの合計molに対して、
前記一端を含む層のイットリアの含有率が3.5mol%以上6.5mol%以下であり、
前記他端を含む層のイットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満である、請求項13に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項15】
前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化せず、
前記ジルコニアと前記イットリアの合計molに対して、
前記一端を含む層と前記他端を含む層のイットリアの含有率の差が3.0mol%以下である、請求項14に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項16】
X線回折パターンにおいてイットリアのピークが存在する、請求項13~15のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項17】
以下の数式(1)に基づいて算出したf
yが0%超である、請求項13~16のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【数1】
(ただし、I
y(111)は、CuKα線によるX線回折パターンにおける2θ=29°付近のイットリアの(111)面のピーク強度を示し、
I
m(111)及びI
m(11-1)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの単斜晶系の(111)面及び(11-1)面のピーク強度を示し、
I
t(111)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの正方晶系の(111)面のピーク強度を示し、
I
c(111)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの立方晶系の(111)面のピーク強度を示す。)
【請求項18】
前記f
yが13%以下である、請求項17に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項19】
前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアとイットリアの合計molに対するイットリアの含有率の増減傾向が変化せず、
前記一端を含む層において、
前記f
yが1%以上である、請求項17又は18に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項20】
前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアとイットリアの合計molに対するイットリアの含有率の増減傾向が変化せず、
前記他端を含む層において、
前記f
yが0.5%以上である、請求項17~19のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
【請求項21】
前記ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された第1の焼結体の色調(L
1
*、a
1
*、b
1
*)と、前記ジルコニア仮焼体を当該適正焼成温度で120分間焼成して作製された第2の焼結体の色調(L
2
*、a
2
*、b
2
*)とを比較したとき、
全ての層において、以下の式(3)で表される色差ΔE
*が2.7以下である、請求項1~20のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
ΔE
*={(L
2
*-L
1
*)
2+(a
2
*-a
1
*)
2+(b
2
*-b
1
*)
2}
1/2 (3)
【請求項22】
前記ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された焼結体における前記安定化剤の含有率が略同一である層に含まれる2層に関して、第1層の色調(L
3
*、a
3
*、b
3
*)と、第2層の色調(L
4
*、a
4
*、b
4
*)とを比較したとき、
以下の式(4)で表される第1層の色調と第2層の色調との色差ΔE
2
*が、0.3以上6.0以下である、請求項1~21のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体。
ΔE
2
*={(L
4
*-L
3
*)
2+(a
4
*-a
3
*)
2+(b
4
*-b
3
*)
2}
1/2 (4)
(式中、色調(L
3
*、a
3
*、b
3
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第1層の色調を表し、色調(L
4
*、a
4
*、b
4
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第2層の色調を表す。)
【請求項23】
ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であるジルコニア粒子と安定化剤とを含む原料粉末から形成されたジルコニア成形体を800℃~1200℃で仮焼する、請求項1~22のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体の製造方法。
【請求項24】
請求項1~22のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体を最高焼成温度1400℃~1650℃で焼成する、ジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項25】
最高焼成温度での保持時間が120分未満である、請求項24に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
【請求項26】
請求項1~22のいずれか一項に記載のジルコニア仮焼体を切削加工した後に焼結する、歯科用製品の製造方法。
【請求項27】
前記切削加工がCAD/CAMシステムを用いた切削加工である、請求項26に記載の歯科用製品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、歯科用に好適なジルコニア仮焼体及びその製造方法並びに歯科用製品の製造方法に関する。
【0002】
ジルコニアは、複数の結晶系間で相転移が生じる化合物である。そこで、イットリア(酸化イットリウム;Y2O3)等の安定化剤をジルコニアに固溶させて相転移を抑制した部分安定化ジルコニア(PSZ;Partially-Stabilized Zirconia)及び完全安定化ジルコニアが種々の分野において利用されている。
【0003】
歯科分野において、ジルコニア材料は高強度である特性により、フレーム用材料として使用されてきた。また、近年はジルコニア材料の透光性向上に伴い、ジルコニアのみで歯科用補綴物を作製することも多くなっている。特許文献1には、層ごとにイットリアの含有率が異なるジルコニア焼結体が開示されており、切端部から歯頚部に向かってイットリアの含有率を減らすことにより、歯科用補綴物として適切な透光性を発現している。特許文献2には層ごとにイットリアの含有率が異なる顔料を含むジルコニア焼結体が開示されており、切端部から歯頚部に向かってイットリアの含有率を減らすことにより、歯科用補綴物として適切な透光性を発現している。
【0004】
また、ジルコニアのみの歯科用補綴物の作製は歯科技工所で行われることが多いが、歯科医院で簡便に作製することも近年増えてきており、それに伴いジルコニアを短時間で焼成することの需要が高まっている。特許文献3には短時間焼成しても透光性が高く歯科用に好適なジルコニア仮焼体が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】米国特許出願公開第2013/0221554号明細書
【文献】米国特許出願公開第2016/0120765号明細書
【文献】国際公開第2018/056330号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上述のように、近年では歯科医院で簡便にジルコニア製の歯科用補綴物を作製することも増えてきており、ジルコニアのみで強度を維持しつつ優れた審美性を発現する必要がある。また、歯科医院でのワンデートリートメントへの対応など、短時間で焼成できる必要がある。
【0007】
特許文献1及び2に記載のジルコニアにおいては、イットリアの含有率が異なる層を持ち、歯科用補綴物として適切な透光性と強度を持つと考えられるが、焼成を行う際、最高焼成温度での保持時間は2時間であり、短時間焼成はできないという課題がある。また、歯科用補綴物では様々な天然歯に適合させるため、多くの品種をラインナップする必要があるが、特許文献1及び2に記載のジルコニアは各層のイットリアの含有率は全て異なっており、歯科用補綴物で求められる様々な透光性、色調、強度に全て対応することができないという課題がある。
【0008】
特許文献3に記載のジルコニア仮焼体においては、イットリアの少なくとも一部はジルコニアに固溶しておらず、短時間(例えば最高焼成温度での保持時間30分)での焼成においても、従来の焼成条件(最高焼成温度での保持時間=2時間)と同等の透光性をもつ焼結体が作製できる。ただし、この焼結体のイットリアの含有率は歯頚部から切端部にわたり一定であり、切端部で要求される透光性及び色調と、歯頚部で要求される強度及び色調とを両立することはできないという課題がある。
【0009】
そこで、短時間焼成でも、焼成後の焼結体が歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性及び強度を有するジルコニア仮焼体が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、主たる結晶系が単斜晶系であるジルコニア仮焼体とすること、及び各層の安定化剤及び着色成分の含有率を適切に調整したジルコニア仮焼体とすることによって、上記課題を解決できることを見出し、この知見に基づいてさらに研究を進め、本発明を完成するに至った。
【0011】
すなわち、本発明は以下の発明を包含する。
【0012】
[1]ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する少なくとも3層の積層構造を備え、
ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、
前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が互いに異なる層を少なくとも2層備え、
前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備え、
安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なる、ジルコニア仮焼体。
[2]安定化剤の含有率が略同一である層同士は隣接している、[1]に記載のジルコニア仮焼体。
[3]前記着色成分が、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Pr、Tb及びErの群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物、又は(Zr,V)O
2を含む、[1]又は[2]に記載のジルコニア仮焼体。
[4]前記ジルコニアの55%以上が単斜晶系である、[1]~[3]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[5]前記ジルコニアの75%以上が単斜晶系である、[1]~[4]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[6]前記安定化剤の含有率が互いに異なる層同士は、互いに異なる単斜晶系の割合を有する、[1]~[5]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[7]前記積層構造が、安定化剤の含有率が一番高い層を1層のみ含む、[1]~[6]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[8]前記安定化剤の含有率が一番高い層が、着色成分を含まない、[1]~[7]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[9]前記安定化剤の含有率が一番高い層が、着色成分を含む、[1]~[7]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[10]前記安定化剤の含有率が一番高い層に含まれる着色成分の組成が、他の層の着色成分の組成と互いに異なる、[9]に記載のジルコニア仮焼体。
[11]前記安定化剤の少なくとも一部はジルコニアに固溶されていない、[1]~[10]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[12]前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
安定化剤の含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化しない、[1]~[11]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[13]前記安定化剤がイットリアである、[1]~[12]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[14]前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化せず、
前記ジルコニアと前記イットリアの合計molに対して、
前記一端を含む層のイットリアの含有率が3.5mol%以上6.5mol%以下であり、
前記他端を含む層のイットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満である、[13]に記載のジルコニア仮焼体。
[15]前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率の増減傾向が変化せず、
前記ジルコニアと前記イットリアの合計molに対して、
前記一端を含む層と前記他端を含む層のイットリアの含有率の差が3.0mol%以下である、[14]に記載のジルコニア仮焼体。
[16]X線回折パターンにおいてイットリアのピークが存在する、[13]~[15]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[17]以下の数式(1)に基づいて算出したf
yが0%超である、[13]~[16]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
【数1】
(ただし、I
y(111)は、CuKα線によるX線回折パターンにおける2θ=29°付近のイットリアの(111)面のピーク強度を示し、
I
m(111)及びI
m(11-1)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの単斜晶系の(111)面及び(11-1)面のピーク強度を示し、
I
t(111)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの正方晶系の(111)面のピーク強度を示し、
I
c(111)は、前記X線回折パターンにおけるジルコニアの立方晶系の(111)面のピーク強度を示す。)
[18]前記f
yが13%以下である、[17]に記載のジルコニア仮焼体。
[19]前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアとイットリアの合計molに対するイットリアの含有率の増減傾向が変化せず、
前記一端を含む層において、
前記f
yが1%以上である、[17]又は[18]に記載のジルコニア仮焼体。
[20]前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、
イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアとイットリアの合計molに対するイットリアの含有率の増減傾向が変化せず、
前記他端を含む層において、
前記f
yが0.5%以上である、[17]~[19]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
[21]前記ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された第1の焼結体の色調(L
1
*、a
1
*、b
1
*)と、前記ジルコニア仮焼体を当該適正焼成温度で120分間焼成して作製された第2の焼結体の色調(L
2
*、a
2
*、b
2
*)とを比較したとき、
全ての層において、以下の式(3)で表される色差ΔE
*が2.7以下である、[1]~[20]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
ΔE
*={(L
2
*-L
1
*)
2+(a
2
*-a
1
*)
2+(b
2
*-b
1
*)
2}
1/2 (3)
[22]前記ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された焼結体における前記安定化剤の含有率が略同一である層に含まれる2層に関して、第1層の色調(L
3
*、a
3
*、b
3
*)と、第2層の色調(L
4
*、a
4
*、b
4
*)とを比較したとき、
以下の式(4)で表される第1層の色調と第2層の色調との色差ΔE
2
*が、0.3以上6.0以下である、[1]~[21]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体。
ΔE
2
*={(L
4
*-L
3
*)
2+(a
4
*-a
3
*)
2+(b
4
*-b
3
*)
2}
1/2 (4)
(式中、色調(L
3
*、a
3
*、b
3
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第1層の色調を表し、色調(L
4
*、a
4
*、b
4
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第2層の色調を表す。)
[23]ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であるジルコニア粒子と安定化剤とを含む原料粉末から形成されたジルコニア成形体を800℃~1200℃で仮焼する、[1]~[22]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体の製造方法。
[24][1]~[22]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体を最高焼成温度1400℃~1650℃で焼成する、ジルコニア焼結体の製造方法。
[25]最高焼成温度での保持時間が120分未満である、[24]に記載のジルコニア焼結体の製造方法。
[26][1]~[22]のいずれかに記載のジルコニア仮焼体を切削加工した後に焼結する、歯科用製品の製造方法。
[27]前記切削加工がCAD/CAMシステムを用いた切削加工である、[26]に記載の歯科用製品の製造方法。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、短時間焼成でも、焼成後の焼結体が歯科用(特に歯科医院での使用)に好適な色調、透光性及び強度を有する、ジルコニア仮焼体を提供することが可能となる。本発明によれば、特に、短時間焼成でも、焼成後の焼結体が天然歯と同様の透光性及び色調を有すると目視で認識でき、かつ透光性が徐々に低下するグラデーションを有する、ジルコニア仮焼体を提供することが可能となる。また、本発明によれば、短時間焼成でも、焼成収縮率の差が小さく、変形及び割れのない歯科用補綴物を作製することができるジルコニア仮焼体を提供することが可能となる。なお、本明細書において、「焼成収縮率の差」とは、後述する実施例に記載されるように、焼成後における層間の収縮率の差を意味する。「短時間焼成」とは、適正焼成温度における保持時間が30分以下であることを意味し、25分以下、20分以下、又は15分以下であってもよい。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図2】適正焼成温度の判断に関するジルコニア焼結体の外観の写真である。
【
図3A】焼成収縮率測定用サンプルの模式図である。
【
図4】実施例1の1層目において作製した仮焼体のX線回折パターンである。
【
図5】比較例3の1層目において作製した仮焼体のX線回折パターンである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明のジルコニア仮焼体は、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する少なくとも3層の積層構造を備え、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が互いに異なる層(以下、単に「安定化剤の含有率が互いに異なる層」ともいう)を少なくとも2層備え、前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層(以下、単に「安定化剤の含有率が略同一である層」ともいう)を少なくとも2層備え、安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なることを特徴とする。
【0016】
本発明のジルコニア仮焼体について説明する。ジルコニア仮焼体は、ジルコニア焼結体の前駆体(中間製品)となり得るものである。本発明において、ジルコニア仮焼体とは、例えば、ジルコニア粒子(粉末)が完全には焼結していない状態でブロック化したものをいうことができる。ジルコニア仮焼体の密度は2.7g/cm3以上が好ましい。また、ジルコニア仮焼体の密度は4.0g/cm3以下が好ましく、3.8g/cm3以下がより好ましく、3.6g/cm3以下がさらに好ましい。この密度範囲にあると加工を容易に行うことができる。なお、本明細書において、数値範囲(各成分の含有量、各成分から算出される値及び各物性等)の上限値及び下限値は適宜組み合わせ可能である。
【0017】
本発明のジルコニア仮焼体は、少なくとも3層の積層構造を備え、各層は、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤と、を含有する。該安定化剤は、部分安定化ジルコニアを形成可能なものが好ましい。該安定化剤としては、例えば、酸化カルシウム(CaO)、酸化マグネシウム(MgO)、イットリア、酸化セリウム(CeO2)、酸化スカンジウム(Sc2O3)、酸化ニオブ(Nb2O5)、酸化ランタン(La2O3)、酸化エルビウム(Er2O3)、酸化プラセオジム(Pr6O11)、酸化サマリウム(Sm2O3)、酸化ユウロピウム(Eu2O3)及び酸化ツリウム(Tm2O3)等の酸化物が挙げられ、イットリアが好ましい。本発明のジルコニア仮焼体及びその焼結体中の安定化剤の含有率は、例えば、誘導結合プラズマ(ICP;Inductively Coupled Plasma)発光分光分析、蛍光X線分析等によって測定することができる。本発明のジルコニア仮焼体及びその焼結体において、該安定化剤の含有率は、ジルコニアと安定化剤の合計molに対して、0.1~18mol%が好ましく、1~15mol%がより好ましく、1.5~10mol%がさらに好ましい。
【0018】
短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性及び強度を達成し、焼成収縮率の差を低減させる観点から、本発明のジルコニア仮焼体におけるジルコニアの主たる結晶系は単斜晶系であることが必要である。また、好適な透光性が得られる観点からも本発明のジルコニア仮焼体におけるジルコニアの主たる結晶系は単斜晶系であることが好ましい。本発明において、「主たる結晶系が単斜晶系である」とは、ジルコニア中のすべての結晶系(単斜晶系、正方晶系及び立方晶系)の総量に対して以下の数式(2)で算出されるジルコニア中の単斜晶系の割合fmが50%以上の割合を占めるものを指す。本発明のジルコニア仮焼体において、以下の数式(2)で算出されるジルコニア中の単斜晶系の割合fmは、単斜晶系、正方晶系及び立方晶系の総量に対して55%以上が好ましく、歯科用(特に歯科医院での使用)としてより好適な色調と優れた強度を示す観点から、60%以上がより好ましく、70%以上がさらに好ましく、75%以上がよりさらに好ましく、80%以上が特に好ましく、85%以上がさらに特に好ましく、90%以上が最も好ましい。これらの単斜晶系の割合であれば、好適な透光性も得られる。また、好適な色調等が得られる点から、安定化剤の含有率が互いに異なる層同士は、互いに異なる単斜晶系の割合を有することが好ましい。単斜晶系の割合fmは、CuKα線によるX線回折(XRD;X-Ray Diffraction)パターンのピークに基づいて以下の数式(2)から算出することができる。なお、ジルコニア仮焼体における主たる結晶系は、収縮温度の高温化及び焼成時間の短縮化に寄与していると考えらえる。
【0019】
本発明のジルコニア仮焼体においては、正方晶系及び立方晶系のピークが実質的に検出されなくてもよい。すなわち、単斜晶系の割合fmを100%とすることができる。
【0020】
【0021】
数式(2)において、Im(111)及びIm(11-1)は、それぞれジルコニアの単斜晶系の(111)面及び(11-1)面のピーク強度を示す。It(111)は、ジルコニアの正方晶系の(111)面のピーク強度を示す。Ic(111)は、ジルコニアの立方晶系の(111)面のピーク強度を示す。
【0022】
本発明のジルコニア仮焼体において、短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性及び強度を達成し、焼成収縮率の差を低減させる観点から、前記安定化剤は、ジルコニアの結晶のうち少なくとも一部が単斜晶系であるように、存在していることが好ましい。短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性及び強度を達成し、焼成収縮率の差を低減させる観点から、該安定化剤の少なくとも一部がジルコニアに固溶されていないことが好ましい。安定化剤の一部がジルコニアに固溶されていないことは、例えば、XRDパターンによって確認することができる。ジルコニア仮焼体のXRDパターンにおいて、安定化剤に由来するピークが確認された場合には、ジルコニア仮焼体中においてジルコニアに固溶されていない安定化剤が存在していることになる。安定化剤の全量が固溶された場合には、基本的に、XRDパターンにおいて安定化剤に由来するピークは確認されない。ただし、安定化剤の結晶状態等の条件によっては、XRDパターンに安定化剤のピークが存在していない場合であっても、安定化剤がジルコニアに固溶されていないこともあり得る。ジルコニアの主たる結晶系が正方晶系及び/又は立方晶系であり、XRDパターンに安定化剤のピークが存在していない場合には、安定化剤の大部分、基本的に全部、はジルコニアに固溶しているものと考えられる。本発明のジルコニア仮焼体においては、該安定化剤の全部がジルコニアに固溶されていなくてもよい。なお、本発明において、「安定化剤が固溶する」とは、例えば、安定化剤に含まれる元素(原子)がジルコニアに固溶することをいう。
【0023】
本発明のジルコニア仮焼体は、歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調及び強度を達成する観点から、前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、安定化剤の含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かって上記数式(2)で算出されるジルコニア中の単斜晶系の割合f
mの増減傾向が変化しないことが好ましい。いいかえると、ジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが単調に増加又は減少することが好ましい。また、好適な透光性が得られる観点からも前記単斜晶系の割合f
mの増減傾向が変化しないことが好ましい。以下、ジルコニア仮焼体の模式図として
図1を用いて説明する。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、安定化剤の含有率が互いに異なる層については、ジルコニア中の単斜晶系の割合f
mの増加傾向又は減少傾向は逆方向に変化しないことが好ましい。すなわち、一端Pから他端Qに向かう直線上においてジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが減少傾向にある場合、安定化剤の含有率が互いに異なる層については、ジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが実質的に増加する区間が存在しないことが好ましい。また、ある実施形態においては、安定化剤の含有率との関係において、歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調及び強度を達成する観点から、一端Pから他端Qに向かう直線上において安定化剤の含有率が減少傾向にある場合、前記一端Pから他端Qに向かう直線上においてジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが増加傾向にあることが好ましい。また、好適な透光性が得られる観点からも、一端Pから他端Qに向かう直線上において安定化剤の含有率が減少傾向にある場合、前記一端Pから他端Qに向かう直線上においてジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが増加傾向にあることが好ましい。
【0024】
本発明のジルコニア仮焼体は着色成分を含有する。着色成分としては、ジルコニア焼結体を着色するものであれば特に限定されず、顔料、複合顔料及び蛍光剤等が挙げられる。
【0025】
前記顔料としては、例えば、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Zn、Y、Zr、Sn、Sb、Bi、Ce、Pr、Sm、Eu、Gd、Tb及びErの群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物が挙げられ、Ti、V、Cr、Mn、Fe、Co、Ni、Pr、Tb及びErの群から選択される少なくとも1つの元素の酸化物を含むことが好ましい。前記複合顔料としては、例えば、(Zr,V)O2、Fe(Fe,Cr)2O4、(Ni,Co,Fe)(Fe,Cr)2O4・ZrSiO4、(Co,Zn)Al2O4等が挙げられ、(Zr,V)O2を含むことが好ましい。前記蛍光剤としては、例えば、Y2SiO5:Ce、Y2SiO5:Tb、(Y,Gd,Eu)BO3、Y2O3:Eu、YAG:Ce、ZnGa2O4:Zn、BaMgAl10O17:Eu等が挙げられる。
【0026】
本発明のジルコニア仮焼体はジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が互いに異なる層を少なくとも2層備える。安定化剤の含有率が互いに異なる層の数は、2層以上であれば特に限定されず、3層であってもよく、4層であってもよく、5層以上であってもよい。本明細書において、安定化剤の含有率(例えば、イットリアの含有率)が「互いに異なる」とは、安定化剤の含有率の差が0.1mol%以上であり、0.3mol%以上であることが好ましく、0.5mol%以上であることがより好ましい。また、安定化剤の含有率の差が3.0mol%以下であることが好ましく、2.5mol%以下であることがより好ましく、2.0mol%以下であることがさらに好ましく、1.5mol%以下であることが特に好ましく、1.0mol%以下であることが最も好ましい。さらに、本発明のジルコニア仮焼体はジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備える。安定化剤の含有率が略同一である層の数は、2層以上であれば特に限定されず、3層であってもよく、4層であってもよく、5層以上であってもよい。さらに、安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なる。本発明のジルコニア仮焼体は安定化剤の含有率が互いに異なる層を備えるとともに、安定化剤の含有率が略同一である層を備え、さらに安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なることによって、歯頚部領域の透光性と色調変化を天然歯と同様に再現しつつ、歯頚部から切端部の間で透光性が段階的に移行し、透光性のグラデーションも再現でき、切端部の透光性と色調を再現し、適切な強度を有し、かつ審美性に優れるものである。着色成分の組成が互いに異なり、安定化剤の含有率が略同一である層同士は、審美性に優れる点から、隣接していることが好ましい。
【0027】
本明細書において、安定化剤の含有率(例えば、イットリアの含有率)が「略同一である」とは、安定化剤の含有率の差が0.1%未満であり、0.05%未満であることが好ましく、0.03%未満であることがより好ましい。また、「着色成分の組成が異なる」とは、各層に含まれる着色成分の種類のみが異なる場合も含み、各層での着色成分の含有量のみが異なる場合も含む。例えば、後述するように、ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された焼結体における安定化剤の含有率が略同一である層に含まれる2層に関して、第1層の色調と第2層の色調との色差ΔE2
*が所望の範囲となるように、各層に含まれる着色成分の種類及び含有量を変更できる。なお、着色成分はジルコニア仮焼体の少なくとも1層に含まれていればよい。例えば、後記する好適な実施形態(X-1)において、第2層又は第3層の一方のみが着色成分を含むものであってもよい。ジルコニア仮焼体が、安定化剤の含有率が異なる層と、安定化剤の含有率が同じで着色成分の量が異なる層とを同時に持つことにより、得られるジルコニア焼結体について、一つの材料の中で部位(層)により必要とされる透光性、色調、強度をそれぞれ適正に設定することが可能となる。各層の厚さは、特に限定されないが、0.5mm~3cm程度であってもよい。
【0028】
本発明のジルコニア仮焼体において、安定化剤の含有率が互いに異なる層は、安定化剤の含有率が略同一である層と一部の層が重複していてもよい。以下に、具体例を挙げて説明する。ある好適な実施形態(X-1)としては、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する3層の積層構造を備え、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、第1層と第2層の安定化剤の含有率が互いに異なり、第2層と第3層の安定化剤の含有率が略同一である、ジルコニア仮焼体が挙げられる。他の好適な実施形態(X-2)としては、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する4層の積層構造を備え、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、第1層、第2層及び第3層の安定化剤の含有率が互いに異なり、第3層と第4層の安定化剤の含有率が略同一である、ジルコニア仮焼体が挙げられる。また、他の好適な実施形態(X-3)としては、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する4層の積層構造を備え、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、第1層と第2層の安定化剤の含有率が互いに異なり、第2層、第3層及び第4層の安定化剤の含有率が略同一である、ジルコニア仮焼体が挙げられる。また、本発明のジルコニア仮焼体において、安定化剤の含有率が一番高い層は、端面に存在する1層であることが好ましい。例えば、
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、一端Pを含む層が安定化剤の含有率が一番高い層であってもよい。ある好適な実施形態では、歯科用として好適な色調が得られる点から、積層構造は、安定化剤の含有率が一番高い層を1層だけ含む、ジルコニア仮焼体が挙げられる。本発明のジルコニア仮焼体において、安定化剤の含有率が一番高い層は、着色成分を含んでいてもよい。安定化剤の含有率が一番高い層が着色成分を含む場合、当該層に含まれる着色成分の組成は、他の層に含まれる着色成分の組成と互いに異なることが好ましい。安定化剤の含有率が一番高い層に含まれる着色成分の組成が他の層の着色成分の組成と互いに異なるジルコニア仮焼体としては、例えば、安定化剤の含有率が一番高い層が切端部を含む層に相当するように、安定化剤の含有率が略同一である層に比べて、着色成分の含有率を減らす、着色成分の種類を変更する等の変更によって着色成分の組成が異なるジルコニア仮焼体等が挙げられる。また、ある実施形態では、前記安定化剤の含有率が一番高い層における安定化剤の含有率は、安定化剤がイットリアである場合、後記するジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層のイットリアの含有率であってもよい。また、他のある実施形態では、安定化剤の含有率が略同一である層における安定化剤の含有率は、安定化剤がイットリアである場合、後記するジルコニア仮焼体10の他端Qを含む層のイットリアの含有率であってもよい。
【0029】
本発明のジルコニア仮焼体は、歯科用として好適な色調及び強度を達成する観点から、前記ジルコニア仮焼体の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、前記一端から他端に向かってジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤(好適にはイットリア)の含有率が略同一である複数の層を含みつつも、全体としてその増減傾向が変化しないことが好ましい。いいかえると、安定化剤(好適にはイットリア)の含有率が単調に増加又は減少することが好ましい。また、好適な透光性が得られる観点からも、前記ジルコニア仮焼体の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、安定化剤(好適にはイットリア)の含有率が略同一である複数の層を含みつつも、全体としてその増減傾向が変化しないことが好ましい。以下、ジルコニア仮焼体の模式図として
図1を用いて説明する。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、安定化剤の含有率の増加傾向又は減少傾向は逆方向に変化しないことが好ましい。すなわち、一端Pから他端Qに向かう直線上において安定化剤の含有率が減少傾向にある場合、安定化剤(好適にはイットリア)の含有率が略同一である複数の層を含みつつも、安定化剤の含有率が実質的に増加する区間が存在しないことが好ましい。
【0030】
本発明のジルコニア仮焼体から作製したジルコニア焼結体の強度及び透光性の観点から、安定化剤はイットリアが好ましい。以下、安定化剤はイットリアである場合の実施形態を説明する。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層のイットリアの含有率は、ジルコニアとイットリアの合計molに対して、3.5mol%以上が好ましく、3.7mol%以上がより好ましく、3.8mol%以上がさらに好ましく、4.0mol%以上が特に好ましく、また、6.5mol%以下が好ましく、6.0mol%以下がより好ましく、5.8mol%以下がさらに好ましく、5.5mol%以下が特に好ましい。前記層におけるイットリアの含有率が3.5mol%以上6.5mol%以下の場合、ジルコニア焼結体の透光性を高めることができ、歯科用補綴物の切端部として適切な透光性を得ることができる。また、ジルコニア仮焼体10の他端Qを含む層のイットリアの含有率は、ジルコニアとイットリアの合計molに対して、2.5mol%以上が好ましく、3.0mol%以上がより好ましく、3.3mol%以上がさらに好ましく、3.5mol%以上が特に好ましく、また、4.5mol%未満が好ましく、4.2mol%以下がより好ましく、4.1mol%以下がさらに好ましく、4.0mol%以下が特に好ましい。前記層におけるイットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満の場合、ジルコニア焼結体の強度を高めることができ、歯科用補綴物の歯頚部として適切な強度を得ることができる。さらに、イットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満の場合、透光性は高くなり過ぎず、歯科用補綴物の歯頚部として適切な透光性を得ることができる。なお、本発明のジルコニア仮焼体は、一端Pを含む層と他端Qを含む層の間に、イットリアの含有率が一端Pを含む層又は他端Qを含む層のいずれかの含有率と異なる層を中間層として少なくとも1つ含む。これにより、歯頚部から切端部の間で、透光性が段階的に移行し、天然歯と同様の透光性を得ることができる。また、本発明のジルコニア仮焼体は、前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、イットリアの含有率が互いに異なる層について、前記一端から他端に向かってジルコニアとイットリアの合計molに対するイットリアの含有率の増減傾向が変化しないものであって、前記各層のイットリアの含有率がそれぞれ所定の範囲内にあるものがより好ましい。
【0031】
ジルコニア仮焼体10は、ジルコニアとイットリアの合計molに対して、ジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層と他端Qを含む層のイットリアの含有率の差が3.0mol%以下であると好ましく、2.5mol%以下であるとより好ましく、2.0mol%以下であるとさらに好ましい。また、当該イットリアの含有率の差が0.3mol%以上であると好ましく、0.5mol%以上であるとより好ましく、1.0mol%以上であるとさらに好ましい。ジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層と他端Qを含む層のイットリアの含有率の差が3.0mol%以下の場合、ジルコニア仮焼体10から作製される歯科用補綴物の切端部と歯頚部での透光性の差が大きくなり過ぎず、歯科用補綴物として適切な透光性を得ることができる。さらに、該イットリアの含有率の差が3.0mol%以下の場合、一端Pを含む層と他端Qを含む層の焼成収縮率の差を0.3%以内とすることが可能となり、ジルコニア仮焼体10から歯科用補綴物を作製する際にクラックの発生及び変形を防ぐことが可能となる。ある実施形態では、本発明のジルコニア仮焼体は、一端Pを含む層と他端Qを含む層の間にイットリアの含有率が一端Pを含む層又は他端Qを含む層のいずれかの含有率と異なる層を中間層として少なくとも1つ含む。中間層と、イットリアの含有率が中間層と異なる層(例えば一端Pを含む層又は他端Qを含む層)とのイットリアの含有率の差は、2.0mol%以下であると好ましく、1.5mol%以下であるとより好ましく、1.0mol%以下であるとさらに好ましい。また、当該イットリアの含有率の差が0.1mol%以上であることが好ましく、0.3mol%以上であることがより好ましく、0.5mol%以上であることがより好ましい。
【0032】
本発明のジルコニア仮焼体において、ジルコニアに固溶されていないイットリア(以下において「未固溶イットリア」ということがある)の存在率fyは、以下の数式(1)に基づいて算出することができる。
【0033】
【0034】
数式(1)において、Iy(111)は、CuKα線によるXRDパターンにおける2θ=29°付近のイットリアの(111)面のピーク強度を示す。Im(111)及びIm(11-1)は、ジルコニアの単斜晶系の(111)面及び(11-1)面のピーク強度を示す。It(111)は、ジルコニアの正方晶系の(111)面のピーク強度を示す。Ic(111)は、ジルコニアの立方晶系の(111)面のピーク強度を示す。
【0035】
本発明のジルコニア仮焼体における未固溶イットリアの存在率f
yは、短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)としてより好適な色調及び透光性と優れた強度を示す観点から、0%超であると好ましく、1%以上がより好ましく、2%以上がさらに好ましい。未固溶イットリアの存在率f
yの上限は、例えば13%以下であってもよいが、好適にはジルコニア仮焼体におけるイットリアの含有率に依存する。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層、すなわちイットリアの含有率が3.5mol%以上6.5mol%以下である層においては、f
yは13%以下とすることができる。
図1のジルコニア仮焼体10の他端Qを含む層、すなわちイットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満である層においては、f
yは7%以下とすることができる。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層、すなわちイットリアの含有率が3.5mol%以上6.5mol%以下である層においては、f
yは1%以上が好ましく、2%以上がより好ましく、3%以上がさらに好ましい。
図1のジルコニア仮焼体10の他端Qを含む層、すなわちイットリアの含有率が2.5mol%以上4.5mol%未満である層においては、f
yは0.5%以上が好ましく、1%以上がより好ましく、2%以上がさらに好ましい。
【0036】
なお、上記数式(1)は、Iy(111)の代わりに他のピークを代入することによって、イットリア以外の安定化剤の未固溶存在率の算出にも適用することができる。
【0037】
本発明のジルコニア仮焼体は、短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性と強度を達成する観点から、前記ジルコニア仮焼体の一端から他端に向かう第1方向に延在する直線上において、イットリアの含有率が互いに異なる層については、前記一端から他端に向かって上記数式(1)で算出されるジルコニア仮焼体における未固溶イットリアの存在率f
yの増減傾向が変化しないことが好ましい。いいかえると、イットリアの含有率が互いに異なる層については、イットリアの含有率が単調に増加又は減少し、ジルコニア仮焼体中の未固溶イットリアの存在率f
yが単調に増加又は減少することが好ましい。以下、ジルコニア仮焼体の模式図として
図1を用いて説明する。
図1のジルコニア仮焼体10の一端Pから他端Qに向かう第1方向Yに延在する直線上において、イットリアの含有率が互いに異なる層については、ジルコニア仮焼体中の未固溶イットリアの存在率f
yの増加傾向又は減少傾向は逆方向に変化しないことが好ましい。すなわち、一端Pから他端Qに向かう直線上において、イットリアの含有率が互いに異なる層については、イットリアの含有率が単調に増加又は減少するのに伴って、ジルコニア仮焼体中の未固溶イットリアの存在率f
yが減少傾向にある場合、ジルコニア仮焼体中の未固溶イットリアの存在率f
yが実質的に増加する区間が存在しないことが好ましい。また、ある実施形態においては、安定化剤の含有率との関係において、短時間焼成において歯科用(特に歯科医院での使用)として好適な色調、透光性と強度を達成する観点から、一端Pから他端Qに向かう直線上においてイットリアの含有率が互いに異なる層については、ジルコニア仮焼体中の未固溶イットリアの存在率f
yが減少傾向にある場合、前記一端Pから他端Qに向かう直線上においてジルコニア中の単斜晶系の割合f
mが増加傾向にあることが好ましい。
【0038】
以上、
図1の模式図を用いて説明してきたが、本発明において、例えば、ジルコニア仮焼体及びその焼結体が歯冠形状を有する場合、上記「一端」及び「他端」とは、切端部側の端部の一点及び根元側(歯頚部側)の端部の一点を指すと好ましい。当該一点は、端面上の一点でもよいし、断面上の一点でもよい。
【0039】
ジルコニア仮焼体が、円板形状或いは直方体等の六面体形状を有する場合、上記「一端」及び「他端」とは、上面及び下面(底面)上の一点を指すと好ましい。当該一点は、端面上の一点でもよいし、断面上の一点でもよい。
【0040】
なお、本発明において、「一端から他端に向かう第1方向」とは、イットリアの含有率が変化している方向を意味する。例えば、第1方向とは、後述の製造方法における粉末を積層する方向であることが好ましい。例えば、ジルコニア仮焼体が歯冠形状を有する場合、第1方向は、切端部側と歯頚部側を結ぶ方向であることが好ましい。
【0041】
本発明のジルコニア仮焼体の曲げ強さは、機械的加工を可能にする強度を確保するために、15MPa以上が好ましい。また、ジルコニア仮焼体の曲げ強さは、機械的加工を容易にするために、70MPa以下が好ましく、60MPa以下がより好ましい。
【0042】
前記曲げ強さは、ISO 6872:2015に準拠して測定することができるが、試験片の大きさの条件のみを変えて、5mm×10mm×50mmの大きさの試験片を用いて測定を行う。該試験片の面及びC面は、600番のサンドペーパーで長手方向に面仕上げする。該試験片は、最も広い面が鉛直方向(荷重方向)を向くように配置する。曲げ試験測定において、スパンは30mm、クロスヘッドスピードは0.5mm/分とする。
【0043】
本発明のジルコニア仮焼体は、本発明の効果を奏する限り、ジルコニア、安定化剤及び着色成分以外の添加物を含有してもよい。また、安定化剤の含有率が一番高い層は、着色成分を含んでいてもよく、含まなくてもよい。該添加物としては、例えば、アルミナ(Al2O3)、酸化チタン(TiO2)、シリカ(SiO2)等が挙げられる。
【0044】
本発明のジルコニア仮焼体は、ジルコニア粒子と安定化剤と着色成分を含む原料粉末から形成されたジルコニア成形体をジルコニア粒子が焼結に至らない温度で焼成(即ち仮焼)して作製することができる(仮焼工程)。安定化剤の含有率が一番高い層は、着色成分を含んでいてもよく、含まなくてもよい。ジルコニア成形体は、特に限定されず、ジルコニア粒子と安定化剤とを含む原料粉末を用いて、公知の方法(例えば、プレス成形等)を用いて製造することができる。前記原料粉末に含まれるジルコニア粒子としては、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であるジルコニア粒子(粉末)を用いることができる。ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であるジルコニア粒子は市販品を用いてもよい。前記原料粉末の製造方法は、特に限定されず、例えば、国際公開第2018/056330号に記載された方法を用いることができる。具体的には、単斜晶系の酸化ジルコニウムとイットリアとを合わせて混合物を作製する。なお、この単斜晶系の酸化ジルコニウムとイットリアはそれぞれ独立した工程で作製したものである。次に、前記混合物を水に添加してスラリーを作製し、所定の平均粒子径(例えば、平均粒子径0.13μm)までボールミルで湿式粉砕混合する(一次粉砕工程)。次に、粉砕後のスラリーをスプレードライヤで乾燥させた粉末を950℃で2時間焼成する(焼成工程)。次に、焼成後の粉末を水に添加してスラリーを作製し、所定の平均粒子径(例えば、平均粒子径0.13μm)以下になるまでボールミルで湿式粉砕した(二次粉砕工程)。粉砕後のスラリーにバインダを添加した後、スプレードライヤで乾燥させて、組成物として前記原料粉末を作製することができる。仮焼工程における焼成温度(仮焼温度)は、ブロック化を確実にするため、例えば、800℃以上が好ましく、900℃以上がより好ましく、950℃以上がさらに好ましい。また、焼成温度は、寸法精度を高めるため、例えば、1200℃以下が好ましく、1150℃以下がより好ましく、1100℃以下がさらに好ましい。すなわち、本発明のジルコニア仮焼体の製造方法として、800℃~1200℃であることが好ましい。このような焼成温度であれば、仮焼工程において安定化剤の固溶は進行しないと考えられる。
【0045】
本発明のジルコニア仮焼体は、所定の形状を有する成形体であってもよい。例えば、ジルコニア仮焼体は、ディスク(円板)形状、直方体形状、歯科製品形状(例えば歯冠形状)を有することができる。仮焼したジルコニアディスクをCAD/CAM(Computer-Aided Design/Computer-Aided Manufacturing)システムで加工した歯科用製品(例えば歯冠形状の補綴物)も仮焼体に含まれる。
【0046】
本発明のジルコニア仮焼体は、色調に関して、短時間焼成でも好適な色調を有する焼結体を作製することができる。本発明のジルコニア仮焼体を適正焼成温度で、ある一定時間焼成して作製した焼結体を第1の焼結体とする。また、本発明のジルコニア仮焼体を適正焼成温度で120分間焼成して作製した焼結体を第2の焼結体とする。第1の焼結体の焼成時間を15分間として、第1の焼結体の色調(L1
*、a1
*、b1
*)と第2の焼結体の色調(L2
*、a2
*、b2
*)を比較したとき、全ての層において、以下の式(3)で表される色差ΔE*が2.7以下であることが好ましく、2.0以下がより好ましく、1.6以下がさらに好ましく、0.8以下が特に好ましい。
ΔE*={(L2
*-L1
*)2+(a2
*-a1
*)2+(b2
*-b1
*)2}1/2 (3)
なお、本発明における適正焼成温度、色調及び色調の差については、後述の実施例において評価方法等の詳細を説明する。
【0047】
上記のように、本発明のジルコニア仮焼体において、積層構造は安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備える。言い換えると、積層構造は安定化剤の含有率が略同一である第1層と第2層を少なくとも備える。ある実施形態においては、ジルコニア仮焼体を適正焼成温度で15分間焼成して作製された焼結体における安定化剤の含有率が略同一である層に含まれる2層に関して、第1層の色調(L3
*、a3
*、b3
*)と、第2層の色調(L4
*、a4
*、b4
*)とを比較したとき、以下の式(4)で表される第1層の色調と第2層の色調との色差ΔE2
*は、焼結体において天然歯の歯頚部領域の色調変化を再現する点から、0.3以上であることが好ましく、0.4以上がより好ましく、0.5以上がさらに好ましい。また、色差ΔE2
*は、6.0以下であることが好ましく、5.0以下がより好ましく、4.5以下がさらに好ましく、4.0以下が特に好ましい。
ΔE2
*={(L4
*-L3
*)2+(a4
*-a3
*)2+(b4
*-b3
*)2}1/2 (4)
(式中、色調(L3
*、a3
*、b3
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第1層の色調を表し、色調(L4
*、a4
*、b4
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第2層の色調を表す。)
【0048】
他のある実施形態においては、焼結体において天然歯の歯頚部領域の色調変化を再現する点から、安定化剤の含有率が略同一であるすべての層について、隣接する層同士の色差ΔE2
*が前記範囲にあるものが好ましい。
【0049】
本発明のジルコニア仮焼体は、積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備え、安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なることに加えて、各層に含まれるジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であることによって、安定化剤の含有率が略同一である層を備えるにもかかわらず、短時間焼成において、ジルコニア焼結体における安定化剤の含有率が略同一である層間の色差ΔE2
*を前記範囲とすることができる。安定化剤の含有率が互いに異なる層を少なくとも2層備えることに加えて、焼結体において天然歯の歯頚部領域の色調変化を再現するのに必要な色差を有することも一因として、得られるジルコニア焼結体は全体として、天然歯と同様の透光性及び色調があり、かつ透光性が徐々に低下するグラデーションを形成することができる。特許文献1及び2等の従来技術では、ブロック又はブランクにおける各層のイットリアの含有率は全て異なっていることに加えて、例えば、特許文献1の実施例(段落0123)では、市販の単斜晶系のジルコニアとは区別されると記載されるように、各層に含まれるジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であるものも示唆されておらず、使用されていなかったため、このような効果を奏することはできなかった。
【0050】
本発明のジルコニア焼結体について説明する。本発明において、ジルコニア焼結体とは、例えば、ジルコニア粒子(粉末)が焼結状態に至ったものということができる。特に、本発明のジルコニア焼結体は、本発明のジルコニア仮焼体から作製されたものをいう。該ジルコニア焼結体の相対密度は99.5%以上が好ましい。相対密度は、理論密度に対する、アルキメデス法で測定した実測密度の割合として算出することができる。
【0051】
本発明のジルコニア焼結体には、成形したジルコニア粒子を常圧下ないし非加圧下において焼結させた焼結体のみならず、HIP(Hot Isostatic Pressing;熱間静水等方圧プレス)処理等の高温加圧処理によって緻密化させた焼結体も含まれる。
【0052】
本発明のジルコニア焼結体におけるジルコニア及び安定化剤の含有率は、焼結体作製前の仮焼体における含有率と同様である。該ジルコニア焼結体におけるジルコニアの結晶系については、単斜晶系の割合fmは、10%以下が好ましく、5%以下がより好ましく、実質的には含有されていない(0%)とさらに好ましい。単斜晶系以外の結晶系は、正方晶系及び/又は立方晶系である。
【0053】
本発明のジルコニア焼結体における安定化剤の固溶の割合については、含有されている安定化剤の95%以上がジルコニアに固溶されていると好ましく、実質的には全ての安定化剤が固溶されているとより好ましい。すなわち、未固溶イットリアの存在率fyは、5%以下が好ましく、1%以下がより好ましく、実質的にはすべて固溶されている(0%)とさらに好ましい。なお、後述の焼結工程において、安定化剤(例えばイットリア)は、ジルコニアに固溶されると考えられる。
【0054】
本発明のジルコニア焼結体の製造方法について以下に説明する。本発明のジルコニア焼結体は、ジルコニア粒子が焼結に至る温度でジルコニア仮焼体を焼成して作製することができる(焼結工程)。焼結工程における焼成温度は、例えば、1400℃以上が好ましく、1450℃以上がより好ましい。また、該焼成温度は、例えば、1650℃以下が好ましく、1600℃以下がより好ましい。昇温速度及び降温速度は300℃/分以下が好ましい。すなわち、本発明のジルコニア焼結体の製造方法として、ジルコニア仮焼体を最高焼成温度1400℃~1650℃で焼成することが好ましい。ジルコニア仮焼体の適正焼成温度は、前記最高焼成温度としてもよい。
【0055】
焼結工程において、焼結可能温度(例えば、最高焼成温度)における保持時間は、120分未満が好ましく、90分以下がより好ましく、75分以下がさらに好ましく、60分以下がよりさらに好ましく、45分以下が特に好ましく、30分以下が最も好ましい。さらに、25分以下、20分以下、又は15分以下とすることもできる。また、当該保持時間は1分以上が好ましく、5分以上がより好ましく、10分以上がさらに好ましい。本発明のジルコニア仮焼体によれば、このような短い焼成時間であっても、作製されるジルコニア焼結体の色調の変化を抑制することができる。また、焼成時間を短縮することにより、生産効率を高めると共に、エネルギーコストを低減させることができる。
【0056】
焼結工程における昇温速度及び降温速度は、焼結工程に要する時間が短くなるように設定すると好ましい。例えば、昇温速度は、焼成炉の性能に応じて最短時間で最高焼成温度に到達するように設定することができる。最高焼成温度までの昇温速度は、例えば、10℃/分以上、50℃/分以上、100℃/分以上、120℃/分以上、150℃/分以上、又は200℃/分以上とすることができる。降温速度は、焼結体にクラック等の欠陥が生じないような速度を設定すると好ましい。例えば、加熱終了後、焼結体を室温で放冷することができる。最高焼成温度とは焼結工程において、最も高くなる温度を意味する。
【0057】
本発明のジルコニア仮焼体を焼成したジルコニア焼結体は、歯科用製品に好適に使用できる。歯科用製品としては、例えば、コーピング、フレームワーク、クラウン、クラウンブリッジ、アバットメント、インプラント、インプラントスクリュー、インプラントフィクスチャー、インプラントブリッジ、インプラントバー、ブラケット、義歯床、インレー、アンレー、矯正用ワイヤー、ラミネートベニア等が挙げられる。また、その製造方法としては各用途に応じて適切な方法を選択することができるが、例えば、本発明のジルコニア仮焼体を切削加工した後に焼結することにより、歯科用製品を得ることができる。なお、該切削加工においてCAD/CAMシステムを用いることが好ましい。
【0058】
本発明は、本発明の効果を奏する限り、本発明の技術的思想の範囲内において、上記の構成を種々組み合わせた実施形態を含む。
【実施例】
【0059】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではなく、本発明の技術的思想の範囲内で多くの変形が当分野において通常の知識を有する者により可能である。
【0060】
[ジルコニア仮焼体の作製]
各実施例及び比較例のジルコニア仮焼体を以下の手順により作製した。
【0061】
実施例1~3及び比較例1、2ジルコニア仮焼体を作製するために使用する原料粉末の作製方法について説明する。まず、単斜晶系のジルコニア粉末とイットリア粉末を用いて、表1に記載の組成となるように混合物を作製した。次に、この混合物を水に添加してスラリーを作製し、平均粒子径0.13μm以下になるまでボールミルで湿式粉砕混合した。粉砕後のスラリーをスプレードライヤで乾燥させ、得られた粉末を950℃で2時間焼成して、粉末(一次粉末)を作製した。なお、前記平均粒子径は、レーザー回折散乱法により求めることができる。レーザー回折散乱法は、具体的に例えば、レーザー回折式粒子径分布測定装置(SALD-2300:株式会社島津製作所製)により、0.2%ヘキサメタリン酸ナトリウム水溶液を分散媒に用いて測定することができる。
【0062】
得られた一次粉末に対して、表1に記載の組成で着色成分を添加した。その後、着色成分を添加した粉末を水に添加してスラリーを作製し、平均粒子径0.13μm以下になるまでボールミルで湿式粉砕混合した。粉砕後のスラリーにバインダを添加した後、スプレードライヤで乾燥させて、粉末(二次粉末)を作製した。作製した二次粉末を原料粉末として、後述のジルコニア仮焼体の製造に用いた。
【0063】
また、比較例3に係るジルコニア仮焼体を作製するために使用する原料粉末として、1層目に東ソー株式会社製Zpex(登録商標)Smile、2、3層目に東ソー株式会社製Zpex(登録商標)を用いた。
【0064】
次に、ジルコニア仮焼体の製造方法について説明する。まず、内寸20mm×25mmの金型に、前記原料粉末を表1に記載された順に充填し、一軸プレス成形機によって、面圧300kg/cm2で90秒間、1次プレス成形した。得られた1次プレス成形体を1700kg/cm2で5分間、CIP成形して、積層構造を有する成形体を作製した。なお、4層の積層構造を備える実施例3では、各層の充填量は7.5g、3層の積層構造を備える実施例1,2及び比較例1~3では、各層の充填量は10gで作製した。得られた成形体を1000℃で2時間焼成してジルコニア仮焼体を作製した。
【0065】
[ジルコニア仮焼体の適正焼成温度の定義と測定]
本発明において、ジルコニア仮焼体の適正焼成温度は、市販のジルコニアを用いる場合には製造元により指定された焼成温度を指す。一方、特に指定された焼成温度の情報が無い場合は、以下のように規定することができる。まず、ジルコニア仮焼体を種々の温度で120分焼成し、その後、両面を#600の研磨紙を用いて研磨加工して厚さ0.5mmのジルコニア焼結体の試料を得た。得られた試料の外観を目視にて観察し、試料の透明度に基づき以下の基準により各ジルコニア仮焼体の適正焼成温度を決定した。
図2の左側の試料のように、透明度が高く背景が透過する状態は、ジルコニア仮焼体が十分に焼成されているとみなすことができる。一方、
図2の右側の試料のように、透明度の低い状態あるいは白濁した状態は、焼成不足と判断できる。本発明において、
図2の左側の試料のように十分に焼成されているとみなすことができる最低の温度をジルコニア仮焼体の適正焼成温度と判断した。なお、ジルコニア仮焼体において、最もイットリアの含有率が多い層での適正焼成温度を、そのジルコニア仮焼体の適正焼成温度とする。
各実施例及び比較例で用いたジルコニア仮焼体の適正焼成温度は、上記の測定により実施例1では1500℃、実施例2,3及び比較例1,2では1550℃という結果となった。一方、東ソー株式会社製のZpex(登録商標)及びZpex(登録商標)Smileを使用した比較例3では製造元の指定する焼成温度が1450℃である。
【0066】
[焼成収縮率の差の測定]
各実施例及び比較例のジルコニア仮焼体を用いてジルコニア焼結体を以下の方法で作製し、一端Pを含む層と他端Qを含む層の焼成収縮率の差を評価した。
まず、
図3Aに示したように、前述の方法で作製した実施例及び比較例のジルコニア仮焼体から、8mm×10mmの断面を持った積層方向に長い直方体形状のジルコニア仮焼体20を切り出し、一端Pを含む層の長辺WP、短辺LP及び他端Qを含む層の長辺WQ、短辺LQのそれぞれの長さを測定した。
次に、切り出したジルコニア仮焼体20を適正焼成温度で120分間又は15分間焼成して、ジルコニア焼結体を作製した。なお、昇温速度と降温速度は、120分間と15分間焼成の両条件とも同一条件とした。
得られた焼結体においても、一端Pを含む層の長辺WP、短辺LP及び他端Qを含む層の長辺WQ、短辺LQのそれぞれの長さを測定し、焼成収縮率の差を以下の式により算出した(n=3)。算出値の平均値を評価結果として表1に示す。なお、焼成収縮率の差は絶対値で表すこととする。
【数4】
【0067】
(実施例1~3及び比較例1~3)
表1に示すように、実施例1~3及び比較例1、2では焼成収縮率の差が0.3%以内となり、該ジルコニア仮焼体を用いることで変形及び割れのない歯科用補綴物を作製することができるという結果となった。なお、実施例1、2及び比較例1,2において、表1に記載の焼成収縮率の差は、1層目と3層目の焼成収縮率の差の値を示し、1層目と2層目の焼成収縮率の差、2層目と3層目の焼成収縮率の差についても、0.3%以内の値であった。また、実施例3において、表1に記載の焼成収縮率の差は、1層目と4層目の焼成収縮率の差の値を示し、1層目と2層目の焼成収縮率の差、2層目と3層目の焼成収縮率の差、3層目と4層目の焼成収縮率の差についても、0.3%以内の値であった。一方、比較例3の15分間焼成での焼成収縮率の差は0.3%を大きく超える結果となり、該ジルコニア仮焼体は、焼成した際の変形が大きく、歯科用補綴物として使用することができないものである。
【0068】
【0069】
[ジルコニア焼結体の審美性評価]
各実施例及び比較例のジルコニア仮焼体を用いてジルコニア焼結体を以下の方法で作製し、天然歯の外観との比較の観点で、目視により審美性を評価した。評価にあたっては、天然歯と同等の外観を有する市販のシェードガイドを使用することができる。市販のシェードガイドは、具体的に例えば、VITA社製シェードガイドVITA Classical(商品名)が挙げられる。
まず、前述の方法で作製した実施例及び比較例のジルコニア仮焼体10から、CAD/CAMシステム(「カタナ(登録商標)CAD/CAMシステム」、クラレノリタケデンタル株式会社)を用いて歯冠形状に切削加工した。得られた切削加工後のジルコニア仮焼体を、適正焼成温度で120分間又は15分間焼成して、ジルコニア焼結体を作製した。なお、昇温速度と降温速度は、120分間焼成と15分間焼成の両条件とも同一条件とした。また、積層方向のジルコニア焼結体の長さはいずれも約8mmであった。得られたジルコニア焼結体について、以下の基準で目視により評価した(n=1)。表2に結果を示す。
<評価基準>
〇:120分間焼成と15分間焼成の両方において、天然歯と同様の透光性及び色調があり、透光性が徐々に低下するグラデーションの形成が認められる
△:120分間焼成においてのみ、天然歯と同様の透光性及び色調があり、透光性が徐々に低下するグラデーションの形成が認められる
×:120分間焼成と15分間焼成の両方において、透光性が徐々に低下するグラデーションの形成が認められない
【0070】
(実施例1~3及び比較例1~3)
実施例1~3では、いずれのジルコニア焼結体も、
図1に示すジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層に相当する領域から他端Qを含む層に相当する領域に向かって、透光性が徐々に低下し、色調が濃くなるグラデーションが形成され、歯頚部領域の透光性と色調変化及び切端部の透光性と色調を再現できており、天然歯と同様の外観を呈していた。また、ジルコニア仮焼体を焼成する際の適正焼成温度での保持時間について、120分間と15分間のいずれの条件においても焼結体の透光性と色調に大きな差は無く、短時間焼成においても適正な透光性と色調を持つ歯科用補綴物を作製できることが確認された。
【0071】
一方、特許文献3に相当する比較例1では、
図1に示すジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層に相当する領域から他端Qを含む層に相当する領域に向かって、色調は濃くなる傾向はみられたものの、イットリアの含有率が全層で同じであることに起因して、120分間と15分間のいずれの条件においても透光性の変化は十分でなく、天然歯と同様の外観を呈するとは言えなかった。比較例2では、
図1に示すジルコニア仮焼体10の一端Pを含む層に相当する領域から他端Qを含む層に相当する領域に向かって、透光性が徐々に低下し、色調が濃くなるグラデーションが形成されたものの、イットリアの含有率と着色成分の量が共に変化することに起因し、120分間と15分間のいずれの条件においても歯頚部領域の透光性と色調変化を併せ持つことができず、天然歯と同様とは言えなかった。また、比較例3では、適正焼成温度での保持時間を120分間とした場合の透光性に対して、15分間とした場合の透光性は大きく低下し、短時間焼成では天然歯のような透光性が発現せず、天然歯と同様の透光性を持つ歯科用補綴物を作製することができないという結果となった。
【0072】
[ジルコニア焼結体の色調評価]
各実施例及び比較例のジルコニア焼結体の各層における色調について、以下の方法で各層それぞれ単独のジルコニア焼結体を作製し、L*a*b*表色系(JIS Z 8781-4:2013 測色-第4部:CIE 1976 L*a*b*色空間)による(L*,a*,b*)を測定した。また、120分及び15分焼成した焼結体の各(L*,a*,b*)から得られる色差ΔE*を算出し、色調の差を確認した。
まず、得られるジルコニア焼結体の両面を#600研磨加工した後に厚さ1.2mmのジルコニア焼結体が得られるように、予めサイズを調整してプレス成形を行うことで、各実施例及び比較例の各層における原料粉末からなる成形体を作製した。次に、該成形体を1000℃で2時間焼成してジルコニア仮焼体を作製した。次に、適正焼成温度に設定して、120分間又は15分間、該ジルコニア仮焼体を焼成してジルコニア焼結体を作製した。得られたジルコニア焼結体の両面を#600研磨加工し、厚さ1.2mmのジルコニア焼結体とした後、コニカミノルタ株式会社製の分光測色計CM-3610Aを用いて、D65光源、測定モードSCI、測定径/照明径=φ8mm/φ11mm、白背景にて色調を測定した。色差ΔE*は120分焼成した場合のジルコニア焼結体の色調(L2
*、a2
*、b2
*)と、15分焼成した場合のジルコニア焼結体の色調(L1
*、a1
*、b1
*)を用い、下記式によって求められた(n=3)。表2に算出結果の平均値を示す。
ΔE*={(L2
*-L1
*)2+(a2
*-a1
*)2+(b2
*-b1
*)2}1/2 (3)
色差ΔE*は歯科用製品として好適であることから、2.7以下であることが好ましく、2.0以下がより好ましく、1.6以下がさらに好ましく、0.8以下が特に好ましい。
また、15分焼成した場合のジルコニア焼結体の色調(L1
*、a1
*、b1
*)の測定結果を用いて、実施例1、2及び比較例1~3の第2層と第3層、実施例3の第3層と第4層における色差ΔE2
*を、以下の式(4)によって算出した。
ΔE2
*={(L4
*-L3
*)2+(a4
*-a3
*)2+(b4
*-b3
*)2}1/2 (4)
(式中、色調(L3
*、a3
*、b3
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第1層(実施例1、2及び比較例1~3の第2層、実施例3の第3層)の色調を表し、色調(L4
*、a4
*、b4
*)は、安定化剤の含有率が略同一である第2層(実施例1、2及び比較例1~3の第3層、実施例3の第4層)の色調を表す。)
表2に示される色調の値から算出した結果、ΔE2
*は、実施例1~3では、それぞれ、3.15、2.85、3.70であった。実施例1~3では、歯頚部領域の色調変化を再現できており、切端部と合わせて、短時間焼成の場合にも、目視において天然歯と同様の色調を与える理由が確認できた。
【0073】
表2より、実施例1~3及び比較例1,2のジルコニア焼結体の各層において、適正焼成温度での保持時間が120分の場合の色調と15分の場合の色調は大差なく、色差ΔE*はいずれも1.6以下となった。一方、比較例3の各層において適正焼成温度での保持時間が120分の場合の色調と15分の場合の色調は大きく異なり、色差ΔE*は3以上となった。
【0074】
【0075】
[ジルコニア焼結体の曲げ強さの測定]
(実施例3)
実施例3の4層目における原料粉末を用いて、前記仮焼体の製造方法にしたがいジルコニア仮焼体を作製し、その後、後述の条件にて焼成を行い、ジルコニア焼結体を得た。ISO6872に従い、サンプルサイズ1.2mm×4.0mm×16.0mm、支点間距離(スパン長)12mm、クロスヘッドスピード0.5mm/分の条件にて曲げ強さを測定したところ、最高焼成温度での保持時間が120分の場合は1170MPa、最高焼成温度での保持時間が15分の場合は1120MPaとなった。最高焼成温度での保持時間が120分、15分のいずれにおいても1000MPa以上であり、歯科用補綴物の歯頚部として必要な強度を持つことが確認された。なお、表2に示したように、実施例3の審美性(透光性、色調)は最高焼成温度での保持時間が120分、15分のいずれにおいても歯科用補綴物として好適である。すなわち、歯科用補綴物として適正な審美性と強度を同時に併せ持つことが確認された。
(実施例1)
実施例1の3層目における原料粉末を用いて、上記実施例3と同様にジルコニア焼結体を得た。該ジルコニア焼結体を用いて、上記実施例3と同様に曲げ強さを測定したところ、最高焼成温度での保持時間が120分の場合は1310MPa、最高焼成温度での保持時間が15分の場合は1298MPaであった。
(実施例2)
同様に、実施例2の3層目における原料粉末を用いて、上記実施例3と同様にジルコニア焼結体を得た。該ジルコニア焼結体を用いて、上記実施例3と同様に曲げ強さを測定したところ、最高焼成温度での保持時間が120分の場合は1157MPa、最高焼成温度での保持時間が15分の場合は1139MPaであった。
【0076】
[ジルコニア仮焼体のXRD測定]
ジルコニアの結晶系及び安定化剤がジルコニアに固溶されていない程度を確認した。結果を表2に示す。
【0077】
(実施例1~3及び比較例1~3)
実施例1~3及び比較例1~3の各層におけるジルコニア仮焼体について、CuKα線を用いてXRDパターンを測定し、f
y及びf
mを算出した。結果を表1、2に示す。
図4に、実施例1の1層目のジルコニア仮焼体のXRDパターンを示す。
図5に、比較例3の1層目で作製したジルコニア仮焼体のXRDパターンを示す。
【0078】
図5に示される通り、比較例3の1層目におけるジルコニア仮焼体においては、単斜晶系のジルコニアのピークは確認されなかった。また、イットリアのピークも確認されなかった。比較例3の2層目も同様の結果となった。一方、
図4より、実施例1の2層目におけるジルコニア仮焼体においては、単斜晶系、正方晶系及び立方晶系のジルコニアのピークが確認され、単斜晶系のピークのほうが高強度であった。他の実施例も同様の結果となった。また、実施例のいずれのジルコニア仮焼体においても、2θが29.4°付近にイットリアのピーク(
図4におけるピーク番号6)も確認され、それぞれのジルコニア仮焼体においては、一部のイットリアがジルコニアに固溶していないと考えられる。
【0079】
本明細書に記載した数値範囲については、別段の記載のない場合であっても、当該範囲内に含まれる任意の数値ないし範囲が本明細書に具体的に記載されているものと解釈されるべきである。
【産業上の利用可能性】
【0080】
本発明のジルコニア仮焼体及びその焼結体は、補綴物等の歯科用製品に利用することができる。
【符号の説明】
【0081】
10 ジルコニア仮焼体
P 一端
Q 他端
L 全長
Y 第1方向
20 焼成収縮率測定用サンプル(ジルコニア仮焼体)
WP 一端Pを含む層の長辺
LP 一端Pを含む層の短辺
WQ 他端Qを含む層の長辺
LQ 他端Qを含む層の短辺
【要約】
本発明は、短時間焼成で、好適な色調、透光性及び強度を有するジルコニア仮焼体を提供する。本発明は、ジルコニアと、ジルコニアの相転移を抑制可能な安定化剤とを含有する少なくとも3層の積層構造を備え、ジルコニアの主たる結晶系が単斜晶系であり、前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が互いに異なる層を少なくとも2層備え、前記積層構造が、ジルコニアと安定化剤の合計molに対する安定化剤の含有率が略同一である層を少なくとも2層備え、安定化剤の含有率が略同一であるすべての層は着色成分を含み、かつ当該層における着色成分の組成が互いに異なる、ジルコニア仮焼体に関する。