(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-02-03
(54)【発明の名称】回折レンズおよびそれを用いた車載用灯具
(51)【国際特許分類】
G02B 5/18 20060101AFI20220127BHJP
F21S 41/00 20180101ALI20220127BHJP
F21S 43/00 20180101ALI20220127BHJP
F21S 45/00 20180101ALI20220127BHJP
F21W 102/00 20180101ALN20220127BHJP
F21Y 115/10 20160101ALN20220127BHJP
【FI】
G02B5/18
F21S41/00
F21S43/00
F21S45/00
F21W102:00
F21Y115:10
(21)【出願番号】P 2017005772
(22)【出願日】2017-01-17
【審査請求日】2020-01-09
(73)【特許権者】
【識別番号】500103199
【氏名又は名称】マクセルフロンティア株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001689
【氏名又は名称】青稜特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】島野 健
【審査官】菅原 奈津子
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-274646(JP,A)
【文献】特開2004-318055(JP,A)
【文献】特開2009-134841(JP,A)
【文献】特開2014-026741(JP,A)
【文献】特開2013-168195(JP,A)
【文献】特開2006-053994(JP,A)
【文献】特開2004-247025(JP,A)
【文献】国際公開第2009/028076(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2004/0047269(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02B 1/00- 1/08
3/00- 3/14
5/18
9/00-17/08
21/02-21/04
25/00-25/04
G11B 7/12- 7/22
F21K 9/00- 9/90
F21S 2/00-45/70
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車載用灯具において、
光を放射する光源と、
前記光源から放射された光を反射、集光するリフレクタと、
前記リフレクタで反射、集光された光の一部を遮蔽するシェードと、
前記シェードを通過した光を入射して車両前方へ照射する回折レンズとを備え、
前記回折レンズは、光線の入射側と出射側の両方が凸形状である回折レンズにおいて、
前記出射側には回折次数の絶対値が5次以上の出射回折面を配置し、
前記入射面の面頂点における曲率の絶対値よりも、前記出射回折面の包絡面の面頂点における曲率の絶対値の方が小さい、または、前記入射面の光軸方向のサグ量の絶対値の最大値よりも、前記出射回折面の包絡面の光軸方向のサグ量の絶対値の方が小さい形状とし、
前記入射面の面頂点と前記出射回折面の包絡面の面頂点との間隔に対する、レンズ有効領域の最外周における面間隔の比が、0.25以上、0.5以下である
ことを特徴とする
車載用灯具。
【請求項2】
請求項1に記載の
車載用灯具であって、
前記入射面と前記出射回折面のトータルレンズパワに対する、前記出射回折面のレンズパワの比が、0.3以上、0.6以下であることを特徴とする
車載用灯具。
【請求項3】
請求項1に記載の
車載用灯具であって、
レンズ焦点距離に対する、前記入射面の面頂点と前記出射回折面の包絡面の面頂点との間隔の比が、0.2以上、0.35以下であることを特徴とする
車載用灯具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、回折レンズおよびそれを用いた車載用灯具に関する。
【背景技術】
【0002】
本発明の背景技術として、特許文献1には、カメラやプロジェクタなどに用いるレンズをその光学性能を維持したまま薄肉化するため、高次回折光を用いる回折レンズで構成することが開示されている。そしてこの回折レンズは、車載用灯具にも適用できることが示唆されている。
【0003】
また特許文献2には、車載用灯具の全長を短縮するため、フレネルレンズを用いる構成が開示されている。さらに特許文献3には、光ディスク用対物レンズとして、複数の波長で共用するために回折レンズを用いることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2016-1203号公報
【文献】特開2008-181717号公報
【文献】特開2005-18967号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
車載用前照灯に用いるレンズには、薄肉化の要求とともに、ロービーム照射時のカットオフラインの結像性能の確保が求められる。
【0006】
特許文献1に記載されている回折レンズはメニスカスレンズ(片面が凹面で他の面がそれより曲率の大きい凸面で構成されるレンズ)であり、金型成形で離型、冷却する過程で発生する応力により回折レンズの格子面が変形しやすい。その結果、車載用前照灯として用いる場合、ロービームのカットオフラインの結像性能(コントラスト)が低下する課題がある。
【0007】
特許文献2に記載されているレンズは車載用レンズであるが、フレネルレンズのためにロービームのカットオフラインの結像性能が十分得られない課題がある。ここでフレネルレンズとは、一様な連続するレンズ曲面を光軸から面内に放射状に等間隔に、または光軸方向に面の高さを等間隔に区分して、区分された面形状を保ったまま光軸方向に面の高さを切り揃えて薄肉化したレンズである。よって、所望のレンズ特性を得るための包絡面の形状とレンズパワを規定する位相関数とを同時に満足させることが困難である。
【0008】
特許文献3に記載されているレンズは車載用のレンズではなく光ディスク用レンズであるが、回折レンズとして一般的に知られており、情報記録面をセンサに結像する役目がある。この回折レンズは、複数の波長のレーザー光に用いるために1次回折光を利用しているが、車載用前照灯として白色光に用いるためには、回折効率の低下や不要な高次回折光の迷光発生などが課題となる。
【0009】
本発明は、白色光源を用いる車載用灯具において、ロービームのカットオフラインを良好に結像することができ、薄肉で成形性の良い回折レンズを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、光線の入射側と出射側の両方が凸形状である回折レンズにおいて、前記出射側には回折次数の絶対値が5次以上の出射回折面を配置し、入射面の面頂点における曲率の絶対値よりも、前記出射回折面の包絡面の面頂点における曲率の絶対値の方が小さい、または、前記入射面の外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の最大値よりも、前記出射回折面の包絡面の外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の方が小さい形状とした、ことを特徴とする。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、白色光源を用いる車載用灯具において、ロービームのカットオフラインを良好に結像することができ、薄肉で成形性の良い回折レンズを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】実施例1に係る回折レンズの形状を示す側面図。
【
図3】輪帯境界の半径位置の算出方法を説明する図。
【
図4】ロービーム照射時のカットオフラインの形成の原理を説明する図。
【
図5】ロービーム照射時の配光分布の基準特性を示す図。
【
図6】実施例1の回折レンズによるロービームの配光分布を示す図。
【
図7】実施例1の回折レンズによるハイビームの配光分布を示す図。
【
図8】実施例2に係る回折レンズの形状を示す側面図。
【
図10】実施例3に係る回折レンズの形状を示す側面図。
【
図12】条件(第3の特徴)を満たさない回折レンズの配光分布を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を図面を用いて説明する。実施例1~3では、ロービーム照射時に好適な光学性能(配光分布)が得られる回折レンズの形状について、また実施例4では、回折レンズを用いた車載用灯具の構成について述べる。
【実施例1】
【0014】
図1は、実施例1に係る回折レンズの形状を示す側面図であり、
図2は回折レンズの寸法仕様の例を一覧表で示したものである。
【0015】
図1において、回折レンズ101の左側の入射面102には仮想光源103からの入射光線104が入射し、右側の出射面105からほぼ平行光となって出射している。後述するように、仮想光源103の位置には、自動車前照灯のロービーム照射時のカットオフラインを形成するための遮蔽物であるシェードが配置される。そのシェードのエッジの影が無限遠(実質的には十数mより遠い位置)に結像されるように、この回折レンズ101の形状が設計されている。
【0016】
回折レンズ101の出射面105には、光軸106を中心とした光軸106に略平行な段差を有する輪帯状の回折レンズ面107(出射回折面とも呼ぶ)を配置している。回折レンズ面107は、段差の中央位置を連ねた包絡面108の形状によってその大局的な形状が規定されるとともに、段差によって区分されたその両側の輪帯を透過する光線に所定の光路差を与えるように設計している。
【0017】
本実施例では
図2に示す通り、設計中心波長550nmで40次回折光(高次の回折光)がほぼ100%の回折効率を生じるようにしている。その回折条件は、垂直入射光の光路差は屈折率nと段差dに対し(n-1)dで与えられ、この光路差が波長の40倍となればよい。具体的には、レンズ材料として前記中心波長における屈折率nが1.494のアクリル樹脂を用いていることからであり、段差dを46μm程度とすることで実現できる。斜め入射の光線に対しては前記光路差を実現する段差は変化するため、上記段差量は、斜め入射光線が多い外周領域では実際にはこの段差よりやや深くなる。
【0018】
回折レンズ面107における入射角と出射角については、格子ピッチをp、前記包絡面108に対する入射光線の入射角をθ1、波長をλ、N次回折光の出射角をθ2、入射空間の屈折率をn1、出射空間の屈折率をn2、とするとき、数式1の関係が成り立つ。
【0019】
【0020】
数式1から分かるように、0次光の場合は包絡面に対して通常の屈折の法則(スネルの法則)を満足する出射角となり、そこから次数ごとにほぼ等間隔の角度刻みで各次数の出射角が決まる。しかし、本実施例の回折レンズはいわゆるブレーズ回折格子に当たるため、設計次数の波長で所定の入射角で上記光路差となる深さの格子形状とすることで、所定の次数にエネルギーを集中させることができる。
【0021】
ここで回折レンズ面の格子ピッチpは、回折面をレンズとして作用させるためには一定値にはならず、外周に向けて徐々にピッチを細かくしていかなければならない。その設計においては、通常、回折面によって加わる光路差の分布を位相関数として表し、その係数の値を、光学設計ソフトウエアにおいて最適化することで決定する。レンズの瞳半径座標を有効半径Rで規格化した規格化半径をρとすると、位相関数φ(ρ)は一般に数式2で表される。
【0022】
【0023】
ここで、α0、α2、α4が位相関数のそれぞれ0次、2次、4次の係数である。これを用いて回折レンズの輪帯境界の半径位置を決定する。
【0024】
図3は、輪帯境界の半径位置の算出方法を説明する図である。グラフの横軸が規格化半径ρ、縦軸が位相関数値φ(ρ)であり、位相関数値が2πの整数倍となる半径位置ごとにその輪帯境界1301の半径位置を決定する。このとき、回折レンズの格子ピッチpは、位相関数のある半径ρにおける局所的な傾きにピッチpを乗じた位相変化が2Nπになる条件(数式3)から、数式4のように求められる。
【0025】
【0026】
【0027】
本実施例における格子ピッチpは、設計した位相関数から最外周においては90.4μmであった。
【0028】
このように高次の回折光を用いる場合、波動光学による設計上は、40次回折光が実用的な回折効率で生じる波長域は550nmを中心に非常に狭い範囲にすぎない。しかし、その両側に39次と41次、さらにその両側には38次と42次と、次々に隣接する回折次数が入れ替わり立ち替わり生じる。その結果、実質的には可視光波長域の全域に渡って、連続的に高い回折効率が得られるのと等価な作用となる。隣接する回折次数の回折角は設計波長の回折角に近く、実質的に不要な迷光とはならず、実用的に利用可能な光となる。
【0029】
これに対して、特許文献3などに記載される1次回折光を用いる回折レンズの場合は、1次回折光の得られる波長範囲は40次回折光より広いものの、可視光波長域の全域をカバーできない。そのため、設計波長から大きくはずれた波長域では、1次回折光の回折効率が低下するとともに、回折角が1次回折光とは大きく異なる2次回折光や0次回折光が生じ、不要な迷光となる課題がある。この課題は、高次の回折光を用いることで解消される。
【0030】
回折レンズにおいてどの次数から高次回折レンズと言えるかという点については、その境界は期待する効果の程度によって異なってくる。しかし、1次回折光を用いる従来の回折レンズが次数を延長されたとしても、ほとんど±5次以内で利用されている。よって、±5次以上の次数であれば本実施例で意図する高次回折レンズの範疇であり、上記した特有の効果が期待できる。白色光で用いる光学系において多くは550nmなど緑色の波長を中心波長として光学系が設計されるが、一般に中心波長で5次回折光程度の次数を用いれば、可視光の波長域で複数の次数が最大回折効率のピークを持つようになる。従って、5次以上の回折次数を用いれば、少なくとも複数の回折次数の光が入れ替わり立ち替わり利用できる状況を享受することができる。
【0031】
このようにして高次回折レンズで回折される光線は、実際上、回折レンズ面107の各輪帯面の表面で単に屈折される光線と等価となる。このようなレンズ作用は1次回折光を用いる従来の回折レンズと比べると、回折レンズというよりはむしろ特許文献2などに記載されているフレネルレンズに近いものとなる。しかし、一般にフレネルレンズは、元になる一様な曲面のレンズを光軸に垂直な面内で光軸からの距離を等間隔に区切るか、または光軸方向の面のサグ量を等間隔に区切るかして、区切られた面を光軸方向にスライドさせて略平面状に配列させたレンズである。このようなレンズの各輪帯面は、スライドさせる前には所定のレンズ作用を得るために最適な形状であったとしても、スライドさせることでレンズ厚が局所的に変わった状態となり、レンズ性能が劣化してしまう。
【0032】
これに対して高次回折レンズでは、1次回折光を用いる従来の回折レンズと同様に、ベースとなる包絡面の形状と、回折レンズで与えられるレンズパワを規定する位相関数とを、同時に最適化することができる。つまり、回折レンズとなった状態で所望のレンズ作用が得られるように形状を設計できるので、レンズ性能が保証される。
【0033】
高次回折レンズについては特許文献1にも記載されているが、本実施例における高次回折レンズには以下の特徴を有する。
【0034】
(1)第1の特徴は、高次(5次以上)の回折レンズ面107を出射面105上に配置したことである。回折レンズ面を入射面102上に配置した場合は、仮想光源103から色々な角度で放射される光線が、回折レンズ面107の段差部に入射しやすくなり、これらが迷光を生じる要因となる。これに対し出射面105上に高次の回折レンズ面107を配置することで、入射光線104は、入射面102によって完全ではないとしても平行光線に近づいた状態に屈折されてから出射面105に入射する。従って、段差部に入射する光線は少なくなり、迷光の問題が低減する。
【0035】
(2)第2の特徴は、回折レンズ101を両凸レンズの形状としたことである。特許文献1では入射面が凹面のメニスカスレンズ形状であったが、このような形状の場合、樹脂成形の工程で輪帯面の形状が変形しやすく、金型形状の補正が困難となる。そこで概略形状を両凸レンズ形状とし、
図2に示すように入射面の面頂点の軸上曲率を正とし、出射回折面の包絡面の面頂点の軸上曲率を負としている。ここで曲率の符号は、曲率中心が光線進行方向側にある場合を正、光源側にある場合を負で表し、また曲率の絶対値は曲率半径の逆数である。
【0036】
(3)第3の特徴は、
図2に示すように、入射面102のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の最大値よりも、出射回折面107の包絡面108のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の方を小さくした、ことである。ここでサグ量とは、レンズ面が面頂点から光軸方向にどれだけ凹んでいるかを表す幾何学的な面形状量であり、光線進行方向へのサグ量を正、光源側方向へのサグ量を負で表す。すなわち、凸面の入射面102のサグ量は面頂点から周辺に向けて正方向に徐々に大きくなっており、凸面の出射面105のサグ量は面頂点から周辺に向けて負方向に徐々に大きくなっている、と言うことができる。ここで入射面のサグ量に「最大値」を付加した意味は、本実施例の入射面は非回転対称な自由曲面であるため入射面の有効領域の外周部のサグ量は方位によって異なり、その最大値を取り上げるためである。
【0037】
なお、入射面と出射面の曲率形状に関しては、入射面102の面頂点における曲率の絶対値より、出射回折面107の包絡面108の面頂点における曲率の絶対値の方が大きくなっている。一般にレンズは概略的には球面形状をしており、サグ量が大きければ曲率も大きくなるのが普通である。しかし、近年では、結像性能に優れた樹脂成形の単レンズには非球面形状を用いるのが一般的となっている。この場合、サグ量の大小と軸上曲率の大小は必ずしも対応しなくなっており、本実施例も対応しないケースである。
【0038】
(4)第4の特徴は、レンズ中心厚に対するコバ厚の比を0.25以上、0.5以下としたことである。ここで中心厚とは、入射面の面頂点と出射回折面の包絡面の面頂点との間隔であり、コバ厚とは、レンズ有効領域の最も光軸から離れた半径位置における入射面と出射回折面の包絡面の間隔と定義する。本実施例では
図2に示すように、中心厚は15mm、コバ厚は5.94mmであった。このため中心厚に対するコバ厚の比は0.396であった。中心厚に対するコバ厚の比をある程度大きくすることによって、樹脂成形での残留応力による回折レンズ輪帯面の変形が小さくなり、レンズ性能が向上する。しかし、コバ厚の比が大きすぎるとレンズ全体の樹脂成形の成形時間が長くなり、製造コストが高くなる。これらを考慮してコバ厚の範囲には下限と上限がある。
【0039】
(5)第5の特徴は、トータルレンズパワに対する回折レンズパワの比(回折レンズ面107の寄与分)を0.3以上、0.6以下としたことである。ここでレンズパワとは、レンズの焦点距離の逆数に当たるものであり、1mの焦点距離のレンズが1ジオプトリー(D)として定義される。回折レンズのレンズパワも含めた合成焦点距離は
図2に示すように48.075mmであったことから、トータルレンズパワは20.8Dである。一方、回折レンズの位相関数の2次の係数α2は-1568(rad)であった。このときレンズ半径をR、設計波長をλ、回折次数をNとすると、回折レンズパワP
diffは数式5で与えられる。
【0040】
【0041】
この式にN=40、λ=550(nm)、R=30.28(mm)を代入すれば、回折レンズパワPdiffは12.0Dとなる。従って、トータルレンズパワに対する回折レンズパワの比は0.576である。回折レンズパワの比がある程度大きいと、所定のトータルレンズパワを得るために包絡面108の曲率が分担すべきレンズパワを小さくできる。その結果、レンズの曲率が小さくなり、面が平面に近づいてコバ厚を厚くできて、中心厚を薄くする設計が容易になる。ただし回折レンズパワの比が大きすぎると、輪帯幅が狭くなり金型加工が困難になる。これらを考慮して回折レンズパワの範囲には下限と上限がある。
【0042】
(6)第6の特徴は、レンズ焦点距離に対する中心厚の比を0.2以上、0.35以下としたことである。本実施例では焦点距離が前述のように48.075mmであり、中心厚が15mmであるので、焦点距離に対する中心厚の比は0.312であった。従来の車載用灯具に用いられるレンズが同様の焦点距離で中心厚が20mm以上であることから、本実施例の中心厚15mm前後とすることで中心厚は約1/√(1.8)となり、レンズ成形時間をおおよそ半分に短縮する効果がある。従って本実施例の比率に多少の余裕を見て0.35程度を上限とすれば、ほぼ成形時間半減の効果を得ることができる。しかし中心厚をあまり薄くしすぎると、回折レンズパワをその分大きくしなければならないので、輪帯幅が狭くなりすぎて金型加工が困難になる。従って、現実的には0.2程度までの薄肉化が限界となる。
【0043】
このようなレンズ薄肉化は本実施例の高次回折レンズを適用することによって可能となったものであり、また上記した焦点距離に対する中心厚の比の範囲は、単なる設計事項の値ではなく、本実施例の高次回折レンズの性能を実現するための条件を間接的に規定したものである。
【0044】
以上の本実施例の6つの特徴について、前記した3つの特許文献に記載のレンズが満たしているかどうかを比較する。
【0045】
<特許文献1の回折レンズ>
・第1の特徴:満たす。出射面に高次回折レンズ面を形成している。
・第2の特徴:満たさず。入射面が凹面である。
・第3の特徴:満たさず。サグ量は入射面側より出射面側の方が大きい。
・第4の特徴:満たさず。中心厚に対するコバ厚の比は0.2と小さい。
・第5の特徴:満たす。高次回折レンズを用いることで回折レンズパワは大きい。
・第6の特徴:満たす。レンズ薄肉化を狙った発明である。
【0046】
<特許文献2のフレネルレンズ>
・第1の特徴:(満たす)。平面のフレネルレンズであることから、高次回折レンズに近い作用を有するとも考えられる。
・第2の特徴:満たさず。平板レンズであることから両凸レンズではない。
・第3の特徴:満たさず。サグ量(および曲率)はない。
・第4の特徴:満たさず。平板レンズであることからコバ厚と中心厚は等しい。
・第5の特徴:満たさず。レンズパワはすべて回折レンズと考えられる。
・第6の特徴:満たさず。焦点距離に対する中心厚の比は0.1程度に読み取れる。
【0047】
<特許文献3の回折レンズ>
・第1の特徴:満たさず。1次回折光を用いる回折レンズである。
・第2の特徴:満たす。両凸レンズである。
・第3の特徴:満たさず。サグ量は入射面側より出射面側の方が大きい。
・第4の特徴:満たす。中心厚に対するコバ厚の比は0.3程度と読み取れる。
・第5の特徴:満たさず。1次回折光を用いることから回折レンズパワは大きくできず、レンズパワに対する比は0.3未満である。
・第6の特徴:満たさず。焦点距離に対する中心厚の比は0.5程度と読み取れる。
【0048】
以上の比較の結果、第3の特徴はいずれの特許文献も満たしておらず、入射面のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の最大値よりも、出射回折面の包絡面のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の方が小さい、ことは本実施例の最も本質的な特徴である。
【0049】
次に、本実施例の効果について説明する。本実施例の回折レンズを車載用灯具に適用した場合、ロービーム照射時のカットオフラインの結像性能は十分満足できるものであった。効果の説明の前に、カットオフラインの形成について説明する。
【0050】
図4は、ロービーム照射時のカットオフラインの形成の原理を説明する図である。白色光源であるLED光源1401から放射された光がリフレクタ1402を反射して、シェード1403のエッジ近傍に集光される。リフレクタ1402の形状を略楕円体形状とすることで、一方の焦点近傍にLED光源1401を配置し、他方の焦点にシェード1403のエッジ位置を配置することによって、このような集光が可能となる。しかしLED光源1401は点光源ではなく大きさを持っており、焦点から外れた点から発生した光はシェード1403のエッジからずれた位置に向けて照射される。その際、シェード1403のエッジより光源側に照射される光線はシェード1403の平面部において反射し、またシェード1403のエッジより上方に照射される光線は反射されずに、いずれもレンズ1404に入射する。このとき、レンズ1404の焦点位置をシェード1403のエッジ位置に一致するように配置すると、エッジに極めて近接した位置を透過、ないし反射した光は光軸に沿った平行光線1405として前方に照射される。
【0051】
レンズ1404から数10m前方ではレンズ口径に比べて十分遠方のため、照射される光の分布はレンズ1404を出射する光線の角度の分布に等しい。そのため、シェード1403のエッジ近傍からの光線1405は、光軸近傍のカットオフライン上に照射される。同様にして、シェード1403のエッジは
図4において紙面垂直方向に連続しており、その軌跡近傍を通る光線は、いずれもレンズ1404の数10m前方においてカットオフラインに沿った略水平線上に照射される。これはすなわち、シェード1403のエッジの影が数10m以遠の前方において一様に投影されることを意味しており、上方を照射する光を遮蔽する効果を有する。
【0052】
またシェード1403のエッジより上側を通過する光は、シェード1403の平面部で反射したか否かに関わらず、いずれもレンズ1404の焦点面上で上側を発した光線とみなすことができるため、それらの光線はいずれも光軸から下向きの角度で前方に照射される。これらの下向きの光線1406はカットオフラインから下の角度領域を照射する光となる。ここでレンズ1404から見て、シェード1403の下方向の角度領域はリフレクタ1402からの光線が到達しない影の領域となるため、この領域からの光線が存在すれば照射されたはずのカットオフライン上方の領域は遮蔽されて暗部となる。一般にレンズを用いるプロジェクタタイプのロービーム用ヘッドライトでは、このようにしてカットオフラインが形成される。
【0053】
形成されるカットオフラインは、自車とすれ違う対向車の運転者の目の位置よりも低くなるように設定することで、対向車の運転者の目を幻惑することなく、自車の最低限の視野を照射することができる。なお、ハイビーム照射においては、シェード1403を光学系から除去することでカットオフライン上方の領域についても照射できる。
【0054】
図5は、ロービーム照射時の配光分布の基準特性を示す図で、従来の照射レンズ(厚さが20mm以上の非回折レンズ)を用いた場合の特性である。ピーク光度に対して0.1、0.01、0.001の比の相対光度となる角度範囲を等高線で示している。3本の等高線が垂直方向角度0°近傍の水平線近傍で重なっているラインをカットオフラインと称しており、線が重なっていることから、カットオフラインを境としてその上方では急峻に光度が低下していることが分かる。本実施例では、
図5に示すようにカットオフラインが明瞭に形成されるような配光分布の特性を、薄肉化したレンズにより実現することを目標とする。
【0055】
図6は、本実施例の回折レンズ101によって得られたロービームの配光分布を示す図である。カットオフラインの光度変化のコントラストが向上し、左右両側で水平なカットオフラインが形成されることが判明した。つまり、カットオフラインを境としてその上方では急峻に光度が低下しており、
図5に示した基準特性のカットオフラインと同等の良好な性能が得られることが分かる。なお、カットオフラインが水平方向角度0°近傍で屈曲し、右側でカットラインが下がっていることによって、自車の右側前方から来る対向車の運転者の目を照射しないようになっている。
【0056】
図7は、本実施例の回折レンズ101によって得られたハイビームの配光分布を示す図である。ハイビームにおいてはロービーム用のヘッドライトにおいてシェードを光学系から除去することで実現できる。シェードがないため、カットオフラインが形成されず上方にも光が照射されている。
【0057】
車載用灯具の配光特性は、通常25m前方のスクリーン上で評価されるが、
図5~7に示した通り、評価範囲は水平線方向に±60°程度、垂直方向に±20°程度であり、水平方向と垂直方向とで範囲が大幅に異なる。このような評価の非等方性から、従来のレンズにおいても、入射面または出射面の少なくともいずれか一面には非回転対称な形状が採用されている。
【0058】
本実施例の回折レンズにおいても、入射面は光軸に対して回転対称でなく、自由曲面で形成されている。ただし回転対称からのずれ(非対称性)はあまり大きくなく、見かけ上それを判断できない程度である。一方、本実施例における出射側の回折レンズ面107は、金型加工の制約から回転対称の形状としている。そのため、入射面には必然的に非回転対称な自由曲面とすることが要求される。
【0059】
本実施例の回折レンズによれば、ロービームのカットオフラインの結像性能に優れるだけでなく、回折効率の低下や不要な次数の回折光の発生を抑える効果がある。また、金型成形で格子面の変形が少ない薄肉のレンズを提供できる。
【実施例2】
【0060】
図8は、実施例2に係る回折レンズの形状を示す図であり、
図9は回折レンズの寸法仕様の例を一覧表で示したものである。
【0061】
実施例1(
図1)と同様に、回折レンズ201は、仮想光源203からの入射光204を略平行光として出射する。出射面205には高次の回折レンズ面207を配置し、設計中心波長550nmに対して40次回折光を発生させる形状としている。
【0062】
図9を参照し、実施例1に述べた第1~第6の特徴と比較して説明する。まず第1、第2の特徴に関し、高次の回折レンズ面207を出射面側に有し、両凸レンズ形状であることから、いずれも満たしている。
【0063】
第3の特徴については、実施例1でのサグ量についての大小関係については満たしていないが、これに代えて、入射面と出射面の曲率の大小関係について同様の特徴を有する。すなわち、入射面202の面頂点における曲率の絶対値よりも、出射回折面207の包絡面208の面頂点における曲率の絶対値を小さくしている。
図9に示したように、面頂点の曲率は、入射面が0.0245(曲率半径:40.77mm)、出射回折面の包絡面が-0.0153(曲率半径:-65.06mm)であり、曲率の絶対値は、入射面側よりも出射面側の方を小さくしている。一方、レンズ外周部の光軸方向のサグ量の絶対値は、入射面側が4.446mm、出射面側が6.162mmであり、入射面よりも出射面の方が大きい。このように実施例2では、第3の特徴を入射面と出射面の曲率の大小関係で表したものである。
【0064】
第4~第6の特徴については、いずれも満足している。すなわち第4の特徴に関し、中心厚15mmに対してコバ厚4.39mmであり、その比は0.293であることから、0.25以上、0.5以下を満足している。第5の特徴に関し、トータルのレンズパワが20.47Dに対して、回折面の2次の位相関数係数α2=-822.8(rad)であり、回折面のレンズパワが6.28Dとなる。よって、トータルパワに対する回折レンズパワの比は0.307であって、0.3以上、0.6以下を満たしている。第6の特徴に関し、中心厚の焦点距離に対する比は0.307であって、0.2以上、0.35以下を満たしている。
【0065】
本実施例の回折レンズ201においても
図6とほぼ同様のカットオフラインが得られており、その結像状態は良好であった。
【実施例3】
【0066】
図10は、実施例3に係る回折レンズの形状を示す側面図であり、
図11は回折レンズの寸法仕様の例を一覧表で示したものである。
【0067】
実施例1(
図1)、実施例2(
図8)と同様に、回折レンズ301は、仮想光源303からの入射光304を略平行光として出射する。出射面305には高次の回折レンズ面307を配置し、中心波長550nmに対して40次回折光を発生させる形状としている。
【0068】
実施例1に述べた第1~第6の特徴と比較して説明する。まず第1、第2の特徴に関し、高次の回折レンズ面307を出射面側に有し、両凸レンズ形状であることから、いずれも満たしている。
【0069】
第3の特徴については、実施例2と同様に、入射面302の面頂点における曲率の絶対値よりも、出射回折面307の包絡面308の面頂点における曲率の絶対値を小さくしている。
図11に示したように、面頂点の曲率は、入射面が0.0266(曲率半径:37.57mm)、出射回折面の包絡面が-0.0114(曲率半径:-87.48mm)であり、曲率の絶対値は、入射面側よりも出射面側の方を小さくしている。一方、レンズ外周部の光軸方向のサグ量の絶対値は、入射面側が4.986mm、出射面側が5.767mmであり、入射面よりも出射面の方がわずかに大きく、目視ではサグ量の差は微妙になっている。このように第3の特徴に関しては、実施例2おける曲率の大小関係の条件に近いものである。
【0070】
第4~第6の特徴については、いずれも満足している。すなわち第4の特徴に関し、中心厚15mmに対してコバ厚4.25mmであり、その比は0.283であることから、0.25以上、0.5以下を満足している。第5の特徴に関し、トータルのレンズパワが20.82Dに対して、回折面の2次の位相関数係数α2=-888.5(rad)であり、回折面のレンズパワが6.79Dとなる。よって、トータルパワに対する回折レンズパワの比は0.326であって、0.3以上、0.6以下を満たしている。第6の特徴に関し、中心厚の焦点距離に対する比は0.312であって、0.2以上0.35以下を満たしている。
【0071】
本実施例の回折レンズ301においても
図6とほぼ同様のカットオフラインが得られており、その結像状態は良好であった。
【0072】
以上の実施例1~実施例3の結果から、高次回折レンズを出射面に用いて車載用灯具の結像性能を確保するためには、入射面と出射面のサグ量または曲率について所定の大小関係が成り立つような形状とすることが重要であると言える。つまり、入射面のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の最大値よりも、出射回折面の包絡面のレンズ外周部における光軸方向のサグ量の絶対値の方が小さいこと(実施例1における第3の特徴)、または、入射面の面頂点における曲率の絶対値よりも、出射回折面の包絡面の面頂点における曲率の絶対値の方が小さいこと(実施例2、3における第3の特徴)、のいずれかを満足する必要があることを見出した。
【0073】
図12は、比較のため、条件(第3の特徴)を満たさない回折レンズの配光分布を示す図である。すなわち、回折レンズの入射面側の曲率よりも出射面側の曲率が大きく、かつ、入射面側のサグ量よりも出射面側のサグ量が大きい場合について示す。光軸近傍でカットオフラインにぼけが生じているとともに、水平方向の角度が大きい領域でカットオフラインが湾曲していることが分かる。これは、回折レンズを用いてメニスカスレンズとせずにレンズを薄肉化する場合に特有な現象であるが、上記した第3の特徴を満たしていないことが原因と考えられる。
【0074】
この点に関し一般的なレンズ特性として、例えば平凸レンズを用いて点光源の像を平行光として無限遠に結像する場合、レンズ平面側を点光源側に向ける方が球面収差と呼ばれるぼけが少なく、結像性能が高いことが知られている。これから予想すれば、入射面側の曲率(またはサグ量)よりも出射面側の曲率(またはサグ量)の方を大きくした方が結像性能が良いはずであるが、実施例1~3の第3の特徴はこの予想に反するものである。これは本件発明者としても予想外の結果であり、本発明が特許に値する発明であることの傍証にもなっていると考える。このような条件(第3の特徴)にすると、なぜレンズの結像性能を落とさずに中心厚の薄肉化が可能となるのか、まだ理論的に分析できていないが、レンズの全体形状と高次回折面の配置との相互関係が寄与しているものと推測される。
【実施例4】
【0075】
実施例4では、実施例1-3に述べた回折レンズを用いた車載用灯具について説明する。
【0076】
図13は、実施例4に係る車載用灯具の構成図である。
車載用灯具400において、白色光源である例えばLED光源401から放射される光は、凹面リフレクタ402の内面の鏡面によって反射、集光される。その集光位置近傍に、遠方に照射する配光分布(ロービーム)を反映したシェード403と呼ばれる遮蔽物を配置し、それを通過した光を回折レンズ404によって前方に照射する。回折レンズ404は、実施例1-3に述べた回折レンズ101,201,301の特徴を有している。シェード403はレンズの像面湾曲に合わせて湾曲させることで、照射される配光分布の明暗境界(カットオフライン)をより鮮鋭化することができる。なお、ハイビーム照射の場合にはシェード403を可動にして光路から除去することにより実現できる。
【0077】
実施例1-3に述べた回折レンズを用いることによって、本実施例の車載用灯具は十分満足できるロービーム照射が可能となる。また、薄肉の回折レンズを用いることで、灯具の小型化が可能になる。
【符号の説明】
【0078】
101,201,301,404…回折レンズ、
102,202,302…入射面、
103,203,303…仮想光源、
104,204,304…入射光線、
105,205,305…出射面、
106,206,306…光軸、
107,207,307…回折レンズ面(出射回折面)、
108,208,308…包絡面、
400…車載用灯具、
401…LED光源、
402…凹面リフレクタ、
403…シェード。