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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2021-12-28
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】眼内レンズ
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/16 20060101AFI20220128BHJP
   A61L 27/16 20060101ALI20220128BHJP
   A61L 27/44 20060101ALI20220128BHJP
   A61L 27/50 20060101ALI20220128BHJP
   A61P 27/12 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
A61F2/16
A61L27/16
A61L27/44
A61L27/50
A61P27/12
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2020521547
(86)(22)【出願日】2018-01-31
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2020-12-24
(86)【国際出願番号】 IB2018000150
(87)【国際公開番号】W WO2019150147
(87)【国際公開日】2019-08-08
【審査請求日】2020-04-17
(73)【特許権者】
【識別番号】000138082
【氏名又は名称】株式会社メニコン
(74)【代理人】
【識別番号】100122471
【弁理士】
【氏名又は名称】籾井 孝文
(74)【代理人】
【識別番号】100150212
【弁理士】
【氏名又は名称】上野山 温子
(72)【発明者】
【氏名】菅沼 雄也
(72)【発明者】
【氏名】野村 弘子
(72)【発明者】
【氏名】小塩 達也
(72)【発明者】
【氏名】塚本 桂史
【審査官】小林 睦
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-056998(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2002/0027302(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/16
A61L 27/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)芳香環含有アクリレートである単一の芳香族アクリレートモノマーと、
(b)4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、
(c)1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートモノマーと、
(d)親水性モノマーと、
(e)架橋性モノマーと、
を含む重合性組成物から形成されるポリマーレンズ材料を含み、
前記重合性組成物におけるモル比H:C(前記親水性モノマーのモル量H:前記架橋性モノマーのモル量C)は、12:1~15:1であり、
前記レンズ材料のH×C値は、3.6×10 -3 超で4.2×10 -3 未満であり、ここで、前記H×C値は、前記重合性組成物における前記親水性モノマーのモル量Hと前記架橋性モノマーのモル量Cとの積であり、
前記重合性組成物における全てのアクリレートモノマーに対する全てのメタクリレートモノマーのモル比MA/Aは、0.35~0.65の範囲内である、眼内レンズ。
【請求項2】
(a)芳香環含有アクリレートである単一の芳香族アクリレートモノマーと、
(b)4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、
(c)1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートモノマーと、
(d)親水性モノマーと、
(e)架橋性モノマーと、
を含む重合性組成物から形成されるポリマーレンズ材料を含み、
前記単一の芳香族アクリレートモノマーと、前記アルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、前記アルキルアクリレートモノマーとが、前記重合性組成物の基材を構成し、かつ、
前記重合性組成物は、前記基材100質量部当たり、
55質量部~65質量部の前記単一の芳香族アクリレートモノマーと、
10質量部~25質量部の前記アルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、
15質量部~30質量部の前記アルキルアクリレートモノマーと、
15質量部~30質量部の前記親水性モノマーと、
2質量部~4質量部の前記架橋性モノマーと、
を含む、眼内レンズ。
【請求項3】
(a)芳香環含有アクリレートである単一の芳香族アクリレートモノマーと、
(b)4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、
(c)1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートモノマーと、
(d)親水性モノマーと、
(e)架橋性モノマーと、
を含む重合性組成物から形成されるポリマーレンズ材料を含み、
前記重合性組成物は、
35mol%~39mol%の、芳香環含有アクリレートである前記単一の芳香族アクリレートモノマーと、
7mol%~20mol%の、4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有する前記アルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、
20mol%~37mol%の、1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有する前記アルキルアクリレートモノマーと、
15mol%~24mol%の前記親水性モノマーと、
1.1mol%~2.1mol%の前記架橋性モノマーと、
を含む、眼内レンズ。
【請求項4】
前記レンズ材料のH×C値は、3.6×10-3超で4.2×10-3未満であり、ここで、前記H×C値は、前記重合性組成物における前記親水性モノマーのモル量Hと前記架橋性モノマーのモル量Cとの積である、請求項2または3に記載の眼内レンズ。
【請求項5】
前記重合性組成物における全てのアクリレートモノマーに対する全てのメタクリレートモノマーのモル比MA/Aは、0.35~0.65の範囲内である、請求項2から4のいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項6】
前記単一の芳香族アクリレートモノマーは、フェノキシエチルアクリレートであり、
前記アルコキシアルキルメタクリレートモノマーは、エトキシエチルメタクリレートであり、
前記アルキルアクリレートモノマーは、エチルアクリレートである、請求項1からのいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項7】
前記親水性モノマーは、2-ヒドロキシエチルメタクリレートである、請求項に記載の眼内レンズ。
【請求項8】
前記重合性組成物における架橋性モノマーのモル量は、2.1mol%未満である、請求項1からのいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項9】
前記ポリマーレンズ材料は、90日目で1.30質量%以下の溶出特性を有する、請求項1から8のいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項10】
前記レンズ材料は、5.5MPa~11.0MPaの破断応力を有する、請求項1から9のいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項11】
前記レンズ材料は、水和状態で1.50以上の屈折率を有する、請求項1から10のいずれかに記載の眼内レンズ。
【請求項12】
前記レンズは、成型によって形成される、請求項1から11のいずれかに記載の眼内レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
開示される実施形態は、眼内の天然水晶体の代替として手術により移植することができる眼内レンズに関する。例えば、上記レンズを天然水晶体の手術による切除後に眼の嚢内へと移植することで、白内障を治療することができる。
【背景技術】
【0002】
白内障は、眼の水晶体が白濁した場合に起こる。白内障は両眼に生ずる場合があり、視力の衰退及び最終的には失明を引き起こす場合がある。白内障は40歳を超える人達の視力喪失の最も一般的な原因であり、この状態は世界中の失明の主な原因である。
【0003】
白内障は、白濁を除去して視力を回復するために手術により取り除かれねばならない。白内障手術の間に、白濁した天然水晶体は取り除かれ、眼内レンズと呼ばれる澄明な人工レンズと置き換えられ、そのレンズは、小さな切開創を通じて水晶体嚢内に挿入される。
【0004】
小切開白内障手術の分野における進展につれて、手術切開創のサイズが縮小されたことで、治癒にかかる時間の短縮が促され、特に外来患者の手術が可能となった。そのような小さな切開創を通じて眼内レンズを送達するために、レンズ材料は折り畳み可能であり、好ましい形状回復性を示すべきである。したがって、レンズに必要な光学的特性を有することに加えて、柔軟でありかつ折り畳み可能な軟質材料が眼内レンズの製造における適性について調査されている。
【0005】
アクリル系材料は高い屈折率を有し、眼に移植した後ゆっくりと展開して本来のレンズ形状を取り戻すため、ポリマーレンズ材料の望ましい候補である。しかしながら、レンズ材料の形状回復性が高まるにつれ、伸び率は一般的に減少する。伸び率が乏しい材料は、脆くて裂け易いため、小さな切開部位を介した送達に関して、亀裂又は引裂きを伴わずに確実に折り畳み及び展開することはできない。したがって、形状回復性と伸び率とは、相反する特性である。
【0006】
アクリル系レンズ材料の一例として、ヒドロキシル基含有アルキル(メタ)アクリレートと、(メタ)アクリルアミドモノマーと、N-ビニルラクタムとを含む親水性モノマーを重合することによってポリマーを得ることができ、こうして1.5質量%~4.5質量%の吸水率を有するポリマーが製造される(例えば、特許文献1を参照)。この材料は柔軟ではあるが、ポリマー構造中のエステル結合は加水分解を受け、その後に加水分解物がレンズから溶出する場合があり、汚染及び眼の周囲の構造物の化学的刺激を引き起こす可能性がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開平11-56998号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
加水分解を受けることなく優れた柔軟性を示す眼内レンズ用の材料を開発することが望まれる。その材料はまた優れた透明性と、優れた形状回復性と、高い屈折率と、高い破断応力(弾性)と、優れた柔軟性と、最適な粘着性と、最小限のグリスニングとを示すことが好ましい。これらの全ての特性を同時に実現することは困難である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
開示される実施の形態は、重合性組成物から形成されるポリマーレンズ材料を含む眼内レンズを含む。重合性組成物は、(a)芳香環含有アクリレートである単一の芳香族アクリレートモノマーと、(b)4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、(c)1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートモノマーと、(d)親水性モノマーと、(e)架橋性モノマーとを含む。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】眼内レンズの平面図である。
図2】眼内レンズが移植された眼の側断面図である。
図3】眼内レンズの移植のための注入装置を示す図である。
図4】眼内レンズのポリマーレンズ材料の形成に使用される重合性組成物中のメタクリレート成分対アクリレート成分のモル比に対する、破断応力と柔軟性及び加水分解感受性の両方との間の関係を説明するグラフである。
図5】圧縮荷重を測定するために使用される圧子及び治具の側面図である。
図6】伸び率を測定するために使用される試験片の説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
開示される実施形態は、独特のポリマー材料からできた眼内レンズを含む。そのレンズは、白内障手術後に視力を回復するために、天然水晶体の代替として手術により眼内に移植することを可能にする望ましい物理的特性、光学的特性及び化学的特性を有する。
【0012】
ポリマーレンズ材料は、複数のモノマーを含む重合性組成物からできている。体温又は典型的な手術室内の温度等のより温かい温度では、該ポリマーレンズ材料は、柔軟で折り畳み可能となり、それが以下に記載されるようにレンズの移植を助ける。これに関して、該ポリマーレンズ材料は、室温(約25℃)以下のガラス転移温度(Tg)を有し得る。
【0013】
最適な視力矯正を提供するために、上記レンズは、優れた透明性及び最小限のグリスニングを示し得る。「グリスニング」は、流体で満たされた微小空胞の形成に起因するレンズ内の欠陥である。これらの微小空胞は、水が結露時にレンズ内に蓄積して、疎水性材料に閉じ込められ、レンズ内に分散することができないか、それともレンズ材料から出て行くことができない場合に形成する。着用者は、微小空胞が光を屈折させるため、グレア及び「眩惑」効果を経験する。本明細書に記載されるレンズは、グリスニングを制御するために適切な吸水率を有し得る。
【0014】
レンズはまた、水性環境に曝されたときに最小限の加水分解しか受け得ないため、時間が経っても実質的な加水分解物(化学刺激物質)を眼内に溶出しないと考えられる。
【0015】
眼内レンズ構造
図1に示されるように、眼内レンズ11は、典型的には凸型であり、天然水晶体の集束特性を模した中心光学部12と、該光学部から延び、該光学部の位置決定要素として機能する1対の支持部13とを備える。光学部12及び支持部13は、同じ又は異なる材料からできていてもよい。支持部13を、光学部12と結合させて、3ピースレンズを形成することができ、又は、支持部13を、光学部12と一体的に形成させて、1ピース(一体式)レンズ(図1に示される)を得ることができる。
【0016】
レンズの製造方法
開示される実施形態のポリマーレンズ材料は、当業者により通常使用される成形方法を使用して眼内レンズへと造形され得る。例えば、該レンズは、切断及び研削法又は成型(molding:モールディング)法を使用して成形され得る。切断及び研削法では、重合性組成物を、眼内レンズの造形を容易にするように設計された鋳型又は容器内で重合させて、棒状、ブロック状又はプレート状のポリマー出発材料を得る。次いでその出発材料を、切断、研削又は研磨等の機械的加工によって所望の形状へと加工する。成型法では、所望の眼内レンズの形状に対応する鋳型をまず準備し、次いで重合性組成物をこの鋳型内で重合させて、ポリマー成型品を得て、それを更に必要に応じて機械的仕上げ処理にかける場合がある。上述の鋳型又は容器は、ガラス又はポリエチレン若しくはポリプロピレン等のプラスチックでできていてもよい。
【0017】
手術による移植
白内障手術の間に、小さな切開創が作られ、天然水晶体の白濁部分が水晶体乳化吸引術によって除去され、眼内レンズ11が上記切開創を通じて挿入され、水晶体嚢22内に配置される(図2)。手術による切開創は、治癒にかかる時間の短縮を促すためにできる限り小さいことが望ましい。その切開創が十分に小さい場合に、眼は縫合又はその他の介入を一切必要とすることなく自己回復することとなる。この場合に、手術は外来外科手術として行うことができ、患者は日々の仕事にすぐに戻ることができる。眼21の水晶体嚢22内のレンズ11の配置は、図2に示されている。支持部13は、配置されるとゆっくり拡張して、バネ力により水晶体嚢22の内側を押すことにより、レンズ11を所定の位置に保持する。
【0018】
そのような小さな切開創を通じてレンズを送達するために、レンズ11は、図3に示される注入装置31を使用して移植される。レンズ11は、注入装置31中に粘弾性流体(示していない)と一緒に装填される。レンズ11が流体と一緒に注入装置31から押し出されるときに、レンズ11は折り畳まれ、非常に小さな切開創をかろうじて通り抜けることができる細い形状をとる。支持部は、光学部上を交差し、光学部内に支持部を挟み込んで光学部は半分に折り畳まれる。レンズ11は、注入装置31から完全に出たら展開し始める。
【0019】
水晶体嚢内に適切に配置するために、レンズは或る程度の粘着性を有するべきである。しかしながら、レンズが過度の粘着性を有する場合に、レンズ材料はそれ自体にくっつくため、移植工程の間に適切に展開しないこととなる。
【0020】
同様に、送達に耐えるためには、開示された実施形態のレンズは、材料の折り畳み及び展開を補完する他の材料特性を示し得る。特に、該レンズは、高い破断応力と、高い伸び特性と、柔軟性及び強度の良好なバランスとを有し得る。高い破断応力及び伸び特性のため、該レンズは、破損(例えば、引裂き又は穿刺)することなく大きな応力及び引張変形に耐えることができる。
【0021】
レンズはまた、比較的小さなレンズサイズでも高い焦点強度を達成可能にする高屈折率を含む適切な光学的特性を有するべきである。
【0022】
ポリマーレンズ材料
眼内レンズは、上記特性の特有の組み合わせを達成することができるポリマーレンズ材料を含む。レンズ材料は、芳香環含有アクリレート構造と、4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレート構造と、親水性モノマーを基礎とする親水性構造と、架橋性モノマーを基礎とする架橋された構造とを含む。レンズ材料はまた、アルキル基が1個~20個の炭素原子を有するアルキルアクリレート構造も含み得る。
【0023】
上記のレンズ材料は、芳香族アクリレートモノマー(芳香環含有アクリレート)と、4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、親水性モノマーと、架橋性モノマーとを含む重合性組成物から形成される。重合性組成物はまた、1個~20個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートモノマーも含み得る。
【0024】
本明細書で使用されるこの重合性組成物の「基材」は、芳香族アクリレートモノマーと、アルコキシアルキルメタクリレートモノマーと、存在するのであればアルキルアクリレートモノマーとを含む。同様に、これらのモノマーをまとめて重合することにより形成される構造は、ポリマーレンズ材料の基材を形成する。
【0025】
例えば、以下の化学式(1)に示されるように、レンズ材料は、芳香環含有アクリレート構造Aと、アルコキシアルキルメタクリレート構造Bと、アルキルアクリレート構造Cとを含み得る。まとめて、これらの構造は、レンズ用ポリマーの基材とみなされる。
【化1】
【0026】
化学式(1)において、a、b及びcは、任意の整数であり、芳香環含有アクリレート構造A、アルコキシアルキルメタクリレート構造B、及びアルキルアクリレート構造Cは、炭素鎖内で無作為な順序で結合されていてもよい。したがって、隣接する構造は、異なっていても、又は同じであってもよい。官能基Rは、芳香環を有する官能基であり、官能基Rは、4個以下の炭素原子を有するアルコキシ基を有するアルコキシアルキル基であり、かつ官能基Rは、1個~20個の炭素原子を有するアルキル基である。以下で、アクリロイル基を有するアクリレート及びメタクリロイル基を有するメタクリレートは、それぞれ「(メタ)アクリレート」と称する。説明の便宜上、上記ポリマー中に含まれる構成部分はモノマーの名称によって特定され、ポリマーの構造の説明において例示されるモノマーは、重合性基が他の構成部分に結合される構造を有するモノマーである。例えば、ポリマーの構造の説明においては、「(メタ)アクリレート」として例示されるものは、そのポリマー中に「(メタ)アクリレート構造」として存在し、それは(メタ)アクリレート基の二重結合がポリマー主鎖に結合(重合)されていることを意味する。
【0027】
レンズ材料において、芳香環含有アクリレート構造は、基本モノマーとしての芳香環含有アクリレートを基礎とする構造である。芳香環含有アクリレートは、レンズ材料の屈折率に影響を及ぼす。芳香環含有アクリレート構造は、フェノキシ基と、2個以下の炭素原子を有するアルキレン基と、アクリレート結合部位とを有し得る。重合性組成物は、単一の芳香環含有アクリレートを含み得る。ここで「単一」とは、該ポリマーが1種類だけの芳香環含有アクリレートを有し、多くても無視できる量のその他の芳香環含有アクリレート構造(すなわち、基材100部当たり3.0部未満)を含む場合があることを意味する。
【0028】
芳香環含有アクリレートの例としては、フェノキシエチルアクリレート、フェニルエチルアクリレート、ベンジルアクリレート、フェニルアクリレート、ペンタブロモフェニルアクリレート等が挙げられる。中でも、屈折率の増大の観点からはフェノキシエチルアクリレート、フェニルエチルアクリレート及びベンジルアクリレートのうち1つ以上が好ましく、また柔軟性の改善の観点からフェノキシエチルアクリレートが特に好ましい。更により好ましくは、フェノキシエチルアクリレートは、重合性組成物全体において唯一の芳香環含有アクリレートである(すなわち、重合性組成物及びレンズ材料は、その他の芳香環含有アクリレートを一切含まない)。
【0029】
レンズは吸水(水和)状態でさえも高い屈折率を示すことが望ましいので、芳香族アクリレートの含量は、基材100質量部当たり、30質量部以上で80質量部以下、40質量部以上で70質量部以下、又は55質量部以上で65質量部以下であり得る。例えば、芳香族アクリレートの含量は、基材100質量部に対して、55質量部、56質量部、57質量部、58質量部、59質量部、60質量部、61質量部、62質量部、63質量部、64質量部又は65質量部であり得る。
【0030】
重合性組成物中の芳香環含有アクリレートのモル量は、19mol%~46mol%、34mol%~43mol%又は35mol%~39mol%であり得る。
【0031】
レンズ用ポリマー中のメタクリレート構造(アルコキシアルキルメタクリレート由来)は、メチル基が存在するため、アクリレートと比べて相対的に硬質(剛性)の構造を有する。しかしながら、その構造は水の作用をあまり受けないため、加水分解に対して耐性である。
【0032】
アルコキシアルキル基中の炭素数(4個以下の炭素原子)は、グリスニング、粘着性及び柔軟性の程度にも影響する。アルコキシアルキル基中の炭素の数は、メタクリレート構造が硬質になりすぎず、したがって十分な柔軟性を与えるように制御される。
【0033】
アルコキシアルキル基は、例えば以下の化学式(2):
2n+1OC2m- ‐‐‐化学式(2)
(化学式(2)において、(n+m)≦4である。)
により表され得る。
【0034】
4個以下の炭素原子を有するアルコキシアルキル基を有するアルコキシアルキルメタクリレート構造は、基本モノマーとしてのアルコキシアルキルメタクリレートを基礎とする構造を有する。アルコキシアルキルメタクリレートのアルコキシアルキル基は、例えば上記化学式(2)によって表され得る。アルコキシ基の例としては、メトキシ基、エトキシ基等が挙げられる。アルコキシ基が結合されるアルキレン基の例としては、メチレン基、エチレン基等が挙げられる。アルコキシアルキルメタクリレートは、好ましくはメトキシエチルメタクリレート及びエトキシエチルメタクリレートのうち1つ以上、より好ましくはエトキシエチルメタクリレートである。
【0035】
重合性組成物中のアルコキシアルキルメタクリレートの含量は、加水分解の抑制及び折り畳みの促進の観点から、基材100質量部当たり、5質量部以上で70質量部以下、6質量部以上で30質量部以下、又は10質量部以上で25質量部以下の範囲内であり得る。例えば、アルコキシアルキルメタクリレートの含量は、基材100質量部に対して、10質量部、11質量部、12質量部、13質量部、14質量部、15質量部、16質量部、17質量部、18質量部、19質量部、20質量部、21質量部、22質量部、23質量部、24質量部又は25質量部であり得る。
【0036】
重合性組成物中のアルコキシアルキルメタクリレートのモル量は、5mol%~55mol%、6mol%~30mol%又は7mol%~20mol%であり得る。
【0037】
アルキル基が1個~20個の炭素原子を有するアルキルアクリレート構造は、基本モノマーとしてのアルキルアクリレートを基礎とする構造である。アルキル基中に1個~20個の炭素原子を有するアルキルアクリレートは、ポリマーレンズ材料の形状回復性及び柔軟性に影響を及ぼし得る。アルキルアクリレートの例としては、直鎖状、分枝鎖状又は環状のアルキルアクリレート等、例えばメチルアクリレート、エチルアクリレート、プロピルアクリレート、ブチルアクリレート、ペンチルアクリレート、ヘキシルアクリレート、ヘプチルアクリレート、ノニルアクリレート、ステアリルアクリレート、オクチルアクリレート、デシルアクリレート、ラウリルアクリレート、ペンタデシルアクリレート、2-エチルヘキシルアクリレート、シクロペンチルアクリレート及びシクロヘキシルアクリレートが挙げられる。これらは、単独で又は組み合わせて使用することができる。中でも、形状回復性及び柔軟性の改善の観点から、1個~5個の炭素原子を有するアルキル基を有するアルキルアクリレートが好ましく、エチルアクリレート又はブチルアクリレートが特に好ましい。共重合性の改善の点では、エチルアクリレートが最も好ましい。
【0038】
重合性組成物中のアルキルアクリレートの含量は、基材100質量部当たり、0質量部以上で35質量部以下の範囲内である。アルキルアクリレートの含量は、柔軟性及び形状回復性の改善の観点から、基材100質量部当たり、5質量部以上で34質量部以下、又は10質量部以上で30質量部以下の範囲内であり得る。例えば、アルキルアクリレートの含量は、基材100質量部当たり、15質量部、16質量部、17質量部、18質量部、19質量部、20質量部、21質量部、22質量部、23質量部、24質量部、25質量部、26質量部、27質量部、28質量部、29質量部又は30質量部であり得る。
【0039】
重合性組成物中のアルキルアクリレートのモル量は、0mol%~45mol%、10mol%~40mol%又は20mol%~37mol%であり得る。
【0040】
1つの実施形態においては、ポリマーレンズ材料の基材は、以下の化学式(3)に示されるように2-フェノキシエチルアクリレート(POEA)と、エチルアクリレート(EA)と、エトキシエチルメタクリレート(ETMA)との重合から形成される構造からなり得る。
【化2】
【0041】
化学式(3)において、a、b及びcは、任意の整数であり、芳香環含有アクリレート構造Aと、アルコキシアルキルメタクリレート構造Bと、アルキルアクリレート構造Cとは、炭素鎖に無作為に結合されていてもよい(隣接する構造は、異なっていても、又は同じであってもよい)。
【0042】
ポリマーレンズ材料において、親水性構造は、親水性モノマーを基礎とする構造である。この親水性モノマーは、レンズ材料に親水性を付与し、該材料におけるグリスニングの可能性を減らす成分である。親水性モノマーには、例えば1個~20個の炭素原子のアルキル基を有するヒドロキシル基含有アルキル(メタ)アクリレート、(メタ)アクリルアミドモノマー及びN-ビニルラクタムのうち1つ以上が含まれ得る。また、親水性モノマーには他の親水性モノマーが含まれ得る。ヒドロキシル基含有アルキル(メタ)アクリレートの例としては、ヒドロキシアルキル(メタ)アクリレート、例えばヒドロキシエチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、ヒドロキシペンチル(メタ)アクリレート、ジヒドロキシプロピル(メタ)アクリレート、ジヒドロキシブチル(メタ)アクリレート、ジヒドロキシペンチル(メタ)アクリレート等が挙げられる。(メタ)アクリルアミドモノマーの例としては、N,N-ジアルキル(メタ)アクリルアミド、例えばN,N-ジメチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジプロピル(メタ)アクリルアミド等、又はN,N-ジアルキルアミノアルキル(メタ)アクリルアミド、例えばN,N-ジメチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド、N,N-ジエチルアミノプロピル(メタ)アクリルアミド等が挙げられる。N-ビニルラクタムの例としては、N-ビニルピロリドン、N-ビニルピペリドン、N-ビニルカプロラクタム等が挙げられる。他の親水性モノマーの例としては、ジエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールモノ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールモノ(メタ)アクリレート、(メタ)アクリル酸、1-メチル-3-メチレン-2-ピロリドン、無水マレイン酸、マレイン酸、マレイン酸誘導体、フマル酸、フマル酸誘導体、アミノスチレン、ヒドロキシスチレン等が挙げられる。上述の親水性モノマーは、単独で又は組み合わせて使用することができる。これらの親水性モノマーの中でも、グリスニングの減少の観点から、ヒドロキシル基含有アルキル(メタ)アクリレート及び(メタ)アクリルアミドモノマーが好ましく、2-ヒドロキシエチルメタクリレートが特に好ましい。
【0043】
重合性組成物中の親水性モノマーの含量は、基材100質量部当たり、10質量部以上で45質量部以下の範囲内であり得る。この範囲内で、乾燥状態において(移植のための準備に際して)レンズを折り畳む能力を妨げることなく、グリスニングの減少を促進する効果を十分に表すことが可能である。さらに、親水性モノマーの含量は、基材100質量部に対して、15質量部以上で30質量部以下の範囲内であり得る。例えば、親水性モノマーの含量は、基材100質量部に対して、15質量部、16質量部、17質量部、18質量部、19質量部、20質量部、21質量部、22質量部、23質量部、24質量部、25質量部、26質量部、27質量部、28質量部、29質量部又は30質量部であり得る。
【0044】
さらに、重合性組成物中の親水性モノマーのモル量Hは、10mol%~40mol%、13mol%~25mol%又は15mol%~24mol%であり得る。親水性モノマーのモル量Hがこれらの範囲内に含まれる場合に、所望の柔軟性を実現しながらもグリスニングを減らすことができる。
【0045】
架橋構造は、架橋性モノマーを基礎とする構造である。この架橋性モノマーは、ポリマーレンズ材料の柔軟性に影響を及ぼすことができ、良好な機械的強度を付与し、更に形状回復性を改善し、親水性モノマー及びその他の重合性モノマー等の重合成分の共重合性を改善する。架橋性モノマーの例としては、ブタンジオールジ(メタ)アクリレート、エチレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、トリエチレングリコールジ(メタ)アクリレート、プロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジプロピレングリコールジ(メタ)アクリレート、ジアリルフマレート、アリル(メタ)アクリレート、ビニル(メタ)アクリレート、トリメチロールプロパントリ(メタ)アクリレート、メタクリロイルオキシエチル(メタ)アクリレート、ジビニルベンゼン、ジアリルフタレート、ジアリルアジペート、トリアリルジイソシアネート、α-メチレン-N-ビニルピロリドン、4-ビニルベンジル(メタ)アクリレート、3-ビニルベンジル(メタ)アクリレート、2,2-ビス((メタ)アクリロイルオキシフェニル)ヘキサフルオロプロパン、2,2-ビス((メタ)アクリロイルオキシフェニル)プロパン、1,4-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシヘキサフルオロイソプロピル)ベンゼン、1,3-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシヘキサフルオロイソプロピル)ベンゼン、1,2-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシヘキサフルオロイソプロピル)ベンゼン、1,4-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシイソプロピル)ベンゼン、1,3-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシイソプロピル)ベンゼン、1,2-ビス(2-(メタ)アクリロイルオキシイソプロピル)ベンゼン等が挙げられる。これらは、単独で又は2種以上の組み合わせで使用することができる。これらの架橋性モノマーの中でも、柔軟性の制御、良好な機械的強度の付与並びに形状回復性及び共重合性の改善の観点から、ブタンジオールジ(メタ)アクリレート及びエチレングリコールジ(メタ)アクリレートのうち1つ以上が好ましく、ブタンジオールジアクリレートが特に好ましい。
【0046】
重合性組成物中の架橋性モノマーは、基材100質量部当たり、1質量部以上で6質量部以下、又は2質量部以上で4質量部以下の範囲内で存在し得る。その含量が2質量部以上である場合に、形状回復性が改善され得て、グリスニングは抑制される。その含量が4質量%以下である場合に、レンズ材料は、亀裂又は引裂きを伴わずに小さな切開創を通した挿入に耐え得ることを反映する伸び率を有する。例えば、架橋性モノマーの含量は、基材100質量部に対して、2質量部、3質量部又は4質量部であり得る。
【0047】
さらに、重合性組成物中の架橋性モノマーのモル量Cは、0.9mol%~3.1mol%、1.0mol%~2.6mol%又は1.1mol%~2.1mol%であり得る。
【0048】
重合性組成物のH×C値は、1.7×10-3超で8.1×10-3未満、1.8×10-3超で5.5×10-3未満、又は2.4×10-3超で4.5×10-3未満であり得る。その際、H×C値は、親水性モノマーのモル量Hと架橋性モノマーのモル量Cとの積である。さらに、H×C値は、3.6×10-3以上で4.2×10-3未満であり得る。親水性モノマー及び架橋性モノマーのモル量が開示された範囲を満たす場合に、加水分解は更により効率的に抑制され得る。
【0049】
重合性組成物におけるモル比H:C(親水性モノマーのモル量H:架橋性モノマーのモル量C)は、5:1~20:1、8:1~16:1、又は12:1~15:1であり得る。
【0050】
比MA/Aは、重合性組成物におけるアクリレート成分に対するメタクリレート成分のモル比である。レンズ材料の比MA/Aは、0.25~1.25、0.30~0.70、0.35~0.65又は0.40~0.62の範囲内であり得る。図4に示されるように、比MA/Aが0.3未満である場合に、レンズ材料は、不所望な加水分解及びグリスニングを起こしやすい場合があることが明らかになった。比MA/Aが0.7より大きい場合に、レンズ材料は、折り畳みにくい場合がある。したがって、開示された実施形態のレンズ材料は、容易に折り畳み可能であり、グリスニングを容易に起こさない。
【0051】
基材、親水性構造及び架橋構造に加えて、レンズ材料は、紫外線吸収剤、開始剤及び着色剤(例えば染料)等の他の添加剤を含有し得る。
【0052】
紫外線吸収剤の例としては、ベンゾフェノン類、例えば2-ヒドロキシ-4-メトキシベンゾフェノン及び2-ヒドロキシ-4-オクトキシベンゾフェノン;ベンゾトリアゾール類、例えば2-(2’-ヒドロキシ-5’-メタクリルオキシエチレンオキシ-t-ブチルフェニル)-5-メチル-ベンゾトリアゾール、2-(2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、5-クロロ-2-(3’-t-ブチル-2’-ヒドロキシ-5’-メチルフェニル)ベンゾトリアゾール;サリチル酸誘導体;ヒドロキシアセトフェノン誘導体;等が挙げられる。紫外線吸収剤の配合量は、例えば、基材100質量部に対して、0.05質量部以上で3質量部以下の範囲内であり得る。例えば、青視症を矯正する場合に、着色剤は黄色ないし橙色の着色剤であることが望ましい。
【0053】
着色剤の例として、特開2006-291006号に記載される染料、カラーインデックス(CI)で記載されるCI Solvent Yellow及びCI Solvent Orange等の油溶性染料、CI Disperse Yellow及びCI Disperse Orange等の分散染料、並びにバット染料が挙げられる。着色剤の配合量は、基材100質量部に対して、0.001質量部以上で3質量部以下の範囲内であり得る。
【0054】
重合性組成物は、例えばラジカル重合開始剤又は光重合開始剤を添加することにより重合され得る。重合法は、例えばラジカル重合開始剤を配合し、次いで加熱するか、又はマイクロ波、紫外線若しくは放射線(γ線)等の電磁波を照射する方法であり得る。ラジカル重合開始剤の例としては、アゾビスイソブチロニトリル、アゾビスジメチルバレロニトリル、ベンゾイルペルオキシド、t-ブチルヒドロペルオキシド、クメンヒドロペルオキシド等が挙げられる。
【0055】
重合が光等を使用して行われる場合に、光重合開始剤及び増感剤が添加され得る。光重合開始剤の例としては、ベンゾイン化合物、例えばメチルオルトベンゾイルベンゾエート、フェノン化合物、例えば2-ヒドロキシ-2-メチル-1-フェニルプロパン-1-オン、チオキサントン化合物、例えば1-ヒドロキシシクロヘキシルフェニルケトン、1-フェニル-1,2-プロパンジオン-2-(o-エトキシカルボニル)オキシム及び2-クロロチオキサントン、ジベンゾスベロン、2-エチルアントラキノン、ベンゾフェノンアクリレート、ベンゾフェノン、ベンジル等が挙げられる。重合反応を十分な速度で進めることを可能にするために、使用される重合開始剤及び増感剤の量は、基材100質量部に対して、0.01質量部以上で2質量部以下の範囲内であるべきである。
【0056】
物理的特性
本明細書に記載される幾つかの実施形態のポリマーレンズ材料は、大幅なグリスニングを起こしにくい。本明細書に記載される実験法により評価した場合に、グリスニングの発生数は、好ましくはレンズ1つ当たり15個以下である。該材料がプレートへと形成される場合に、同じ方法により評価した場合のグリスニングの発生数は、好ましくはプレート1つ当たり6個以下、より好ましくは2個以下である。
【0057】
さらに、水溶液中において、レンズ材料の実施形態からは加水分解物は、ほとんどないし全く溶出しない。加水分解物の溶出の程度は、レンズ材料を100℃で30日間、60日間及び90日間水中にて貯蔵した場合の芳香環含有アクリレートの加水分解物の溶出率(例えば、2-フェノキシエチルアクリレート(POEA)の加水分解物であるフェノキシエチルアルコール(POEtOH)の溶出率)を測定することによって評価され得る。30日での溶出率は、好ましくは0.15質量%以下、0.14質量%以下、0.13質量%以下、又は0.10質量%以下である。100℃で60日間水中にて貯蔵した場合のレンズ材料からのPOEtOHの溶出率は、好ましくは0.80質量%以下、0.75質量%以下、0.70質量%以下、又は0.50質量%以下である。100℃で90日間水中にて貯蔵した場合の該材料からのPOEtOHの溶出率は、好ましくは3.30質量%以下、より好ましくは2.80質量%以下、2.40質量%以下、又は1.30質量%以下である。本明細書では、用語「溶出特性」とは、特定の時間枠内での上記条件下での芳香環含有アクリレートの加水分解物の溶出率を意味する。例えば、「30日で0.13質量%以下の溶出特性」とは、上記材料を100℃で30日間水中にて貯蔵した場合に、該材料が0.13質量%以下の加水分解物の溶出率を示すことを意味する。
【0058】
レンズ材料の実施形態は、水和状態(加湿状態)で1.50以上の屈折率を有する。
【0059】
ポリマーレンズ材料の実施形態は、適切な破断応力を有する。例えば、レンズ材料は、4.5MPa~12.0MPa、より好ましくは5.5MPa~11.0MPa、又は8.0MPa~10.0MPaの破断応力を有し得る。記載された破断応力を有する材料は、好ましい弾性を示し、破壊されることなく折り畳んで小さな切開創を通じて送達することができる。
【0060】
ポリマーレンズ材料は、亀裂又は引裂きを伴わずに小さな切開創を通した挿入を可能にする伸び特性を有する。具体的には、該材料を本明細書に記載される実験法により評価する場合に、伸び特性は、好ましくは170%以上である。さらに、ポリマーレンズ材料の形状回復性の観点から、伸び特性は、好ましくは600%以下である。本明細書では、用語「伸び特性」とは、試験されるレンズ材料から形成されるダンベル形の試験片の下記の条件下での伸び率を意味する(以下の「伸び率」を参照)。例えば、「170%の伸び特性」を有するレンズ材料は、約20mmの全長、6mmの平行部長さ、1.5mmの平行部幅及び0.8mmの厚さを有するダンベル形の試験片に形成し、25℃で一定温度の水中に浸漬させて1分間静置した後に100mm/分の速度で破壊されるまで引っ張った場合に170%の伸び率を示すこととなる。
【0061】
ポリマーレンズ材料は、好ましくは1.5質量%以上で4.5質量%以下の吸水率を有する。吸水率が1.5質量%以上である場合に、グリスニングの発生は抑制され、吸水率が4.5質量%以下である場合には、柔軟性の低下及び形状回復性の低下を更に抑制することが可能である。レンズ材料の吸水率は、2.0質量%以上で4.0質量%以下、又は2.5質量%以上で3.5質量%以下であり得る。
【実施例
【0062】
実験例で使用される化合物の略語を以下に示す。
<基材>
POEA:2-フェノキシエチルアクリレート
EA:エチルアクリレート
POEMA:フェノキシエチルメタクリレート
EMA:エチルメタクリレート
BMA:ブチルメタクリレート
EHMA:エチルヘキシルメタクリレート
LMA:ラウリルメタクリレート
MTMA:メトキシエチルメタクリレート
ETMA:エトキシエチルメタクリレート
<親水性モノマー>
HEMA:2-ヒドロキシエチルメタクリレート
<架橋性モノマー>
BDDA:1,4-ブタンジオールジアクリレート
【0063】
[プレート形状又はレンズ形状を有するポリマー材料の製造]
(実験例1~実験例14)
例1~例14のそれぞれの場合に、表1に示される重合性組成物及び基材100質量部に対して0.5質量部の重合開始剤としての2,2’-アゾビス(2,4-ジメチルバレロニトリル)を混合し、レンズ形状の鋳型へと注入した。この鋳型を80℃のオーブン内に置き、40分間にわたり熱重合成型を行った。得られたポリマーを鋳型から外し、溶出処理を行った後に、60℃のオーブン内にて乾燥させることで、レンズ形状のポリマー材料を得た。
【0064】
(実験例15~実験例60)
同様に、表2に示される重合性組成物を使用して、該混合物を、所望のプレート形状を有する鋳型へと注入し、上記と同じ方法を行うことで、プレート形状のポリマー材料(「プレート」)を得た。
【0065】
行われる測定に応じて、2種の異なる厚さのプレートを、実験例15~実験例60の各組成物から製造した。以下に記載される0.5mm又は0.8mmの厚さを有するプレートは、0.5mm又は0.8mmの厚さを有するスペーサーを使用して鋳型から作られたプレートである。試験の目的に応じて、乾燥させたプレートを6mm又は8mmの直径にくり抜いて、測定のために準備した。
【0066】
それらの組成は、以下の例においてmol%ベースで明らかにする。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
【表4】
【0071】
<物理的特性の測定>
(POEtOHの溶出率)
プレート形状の試料を上記のように製造し、60℃で乾燥させた。6mmの直径及び0.5mmの厚さを有する10枚のプレートを試料として使用した。
【0072】
処理前の各プレートの質量Wを測定した。次いで該試料を、100mL容の耐圧ボトル内にて50mLの蒸留水中に浸漬させた。その耐圧ボトルを、試験全体を通して100℃で乾燥機内にて貯蔵した。ボトルの自重W01、蒸留水添加後のボトル質量W02及び試料の浸漬後のボトル質量W03を記録した。
【0073】
フェノキシエチルアルコール(POEtOH、POEAの加水分解物)の濃度及び溶出率を、以下の手順により加水分解30日後の抽出物について測定した。
【0074】
抽出溶液の抽出前のボトル質量W11を記録した後に、その抽出溶液をボトルから回収し、抽出溶液の回収後のボトル質量W12を記録した。HPLCを使用して、回収された抽出物、標準溶液及びそのブランク(蒸留水)を分析した。分析後に、蒸留水のクロマトグラムを、回収された抽出溶液及び標準溶液のクロマトグラムから減算し、ベースライン補正を行った。POEtOHのピーク面積を、補正されたクロマトグラムから計算した。検量線を、標準溶液のPOEtOH濃度及びピーク面積から作成した。抽出物中のPOEtOHのピーク面積及び得られた検量線に基づいて、抽出物中のPOEtOHの濃度を計算した。得られたPOEtOHの濃度を使用して、試料1g当たりのPOEtOHの溶出率を、以下の式(1)から計算した。
POEtOH溶出率(%)=
抽出溶液中のPOEtOH濃度(ppm)×10-6×抽出溶液の容量V1S(mL)/処理前の質量W(g)×100 式(1)
【0075】
抽出溶液の容量を、以下の式(2)から計算した。
抽出溶液の容量V1S(mL≒g)=
[W02(g)-W01(g)]-[W03(g)-W11(g)] 式(2)
【0076】
抽出液の容量の計算において、100℃での加熱により変化した質量のうちの試料の質量変化は、抽出溶液の質量と比べて無視してもよいほど小さい。抽出溶液のほとんどが水であるため、その溶液の密度は1g/1mLであるとみなされる。処理30日目の抽出物の分析後に、ボトルを100℃の乾燥機に戻した。全体で60日間の加水分解処理の後に、抽出物を再び回収した。抽出物の回収前のボトル質量W21を、処理30日目と同様にして記録し、抽出物中のPOEtOHの濃度を、HPLC分析により定量化し、そしてPOEtOHの溶出率を、以下の式(3)から計算した。
POEtOH溶出率(%)=
抽出溶液中のPOEtOH濃度(ppm)×10-6×抽出溶液の容量V2S(mL)/処理前の質量W(g)×100 式(3)
【0077】
抽出溶液の容量を、以下の式(4)から計算した。
抽出溶液の容量V2S(mL≒g)=
1S(mL≒g)-[W11(g)-W12(g)]-[W12(g)-W21(g)]
式(4)
【0078】
同様に、全体で90日間の加水分解処理後のPOEtOHの溶出率も計算した。
【0079】
(グリスニング)
この測定において、6mmの直径及び0.8mm±0.1mmの中心厚さを有するレンズ形状の試験体並びに6mmの直径及び0.5mmの厚さを有するプレート形状の試験体を使用した。レンズ形状の試料の場合には、その試料を35℃の水中に17時間以上浸漬させた後に、25℃の水中に2時間浸漬させ、その外観を実体微鏡で観察した。プレート形状の試料の場合には、その試料を35℃の水中に22時間浸漬させた後に、25℃の水中に2時間浸漬させ、その外観を実体顕微鏡で観察した。試料(実験例)1種当たり2つ又は3つの試料の外観を観察し、グリスニング(輝点)の発生数を調べた。倍率は、約10倍~60倍であった。グリスニングの観察は容易であることから、倍率は上記範囲内で適宜調節して観察した。
【0080】
(粘着性)
この測定において、8mmの直径及び0.8mmの厚さを有するプレートを使用した。接着性の測定のための治具を、クリープメーターの試料台(土台)部分に取り付けた。治具の一部を取り外し、取り外した治具の一部に試料を取り付けた。治具と試料とを一体化したものをクリープメーターに取り付けた。試験体のスタンドを動かして、試験体を金属プローブ(曲率半径:2.5mm)と接触させ、0.05Nの力をかけて、その位置でテーブルを停止させた。停止から約5秒後に、試料とプローブとを1mm/秒の分離速度で引き離し、その時点でプローブにかかった荷重を、クリープメーター(株式会社山電製のRE2-33005S)で測定した。測定された最大荷重から、プローブを試料から離した後の荷重(分離後の荷重)を減算することにより得られた値を、粘着性の値として計算した。「A」の格付けは、粘着性の値が0N以上で0.16N未満であることを反映し、「B」の格付けは、0.16N以上で0.30N未満の値を反映し、そして「C」の格付けは、0.30N以上の値を反映している。
【0081】
(屈折率)
アッベ屈折計を使用して、水銀e線による試料の屈折率を得た。測定は、乾燥状態の試料(25℃)又は吸水(水和)状態の試料(35℃)について実施した。試料として、6mmの直径及び0.8mmの厚さを有するプレートを使用した。
【0082】
(圧縮荷重)
6mmの直径及び0.5mmの厚さを有するプレートを、以下の手順に従って圧縮し、座屈(曲げ座屈)させ、試料を6mmから3mmまで折り畳んだ場合の荷重値を、圧縮荷重値として測定した。測定前の試料の状態を23℃及び50%相対湿度の環境下に置き、条件を調節した。図5は、圧縮荷重を測定するために使用される圧子50及び治具51の側面図である。圧子50及び治具51は、ポリオキシメチレン(ジュラコン)から形成され、円柱形状を有する。圧子50及び治具51を、クリープメーター(株式会社山電製のRE2-33005S)に取り付けた。両面テープ(3M Scotch Brand Tape core series 2-0300)を、治具51の上面の試料取付部に貼り付けて、試料52を設置した。治具51を取り付けた試料テーブル(台)部分を上下させ、圧子50と試料52とを互いに接触させた。治具51を0.5mm/秒の圧縮速度で接触位置から上昇させ、試験体を座屈させた。3mm上昇した際の荷重を圧縮荷重値として採用した。
【0083】
(伸び率及び破断応力)
伸び率及び破断応力を、約20mmの全長(L)、6mmの平行部長さ(L)、1.5mmの平行部幅(W)及び0.8mmの厚さを有する重合されたレンズ材料のダンベル形の試験片(図6を参照)を使用して引張試験を実施することによって測定した。試験片は、0.8mmの厚さを有するプレート形状のポリマー材料から金型を使用して抜き出した。その試験片を25℃の一定温度の水中に浸漬させ、1分間静置した後に、破壊されるまで100mm/分の速度で引っ張った。最大荷重でのひずみ(=伸び率(%))及び破断応力を、ソフトウェアを使用して求めた。
【0084】
(吸水率)
平衡含水状態及び乾燥状態における試料の質量を25℃で測定し、吸水率(質量%)を計算した。吸水率を、25℃での平衡含水状態における試料の質量W及び乾燥状態における試料の質量Wに基づいて以下の式(5)から計算した。6mmの直径及び0.8mmの厚さを有する5枚のプレートを試料として使用した。
吸水率(質量%)=(W-W)/W×100 式(5)
【0085】
(結果と考察)
実験例1~実験例14(レンズ形状の試料)の結果は表5に示されており、実験例15~実験例60(プレート形状の試料)の結果は表6~表9に示されている。
【0086】
【表5】
【0087】
【表6】
【0088】
【表7】
【0089】
【表8】
【0090】
【表9】
【0091】
表6~表9の結果から、加水分解がレンズ材料中のメタクリレート構造の含量の増加によって抑制され得ることと、アルコキシメタクリレートがそのようなメタクリレート成分として適していることとが判明した。MTMA又はETMA(アルコキシメタクリレート)が添加される実験例においては、POEtOHの溶出は比較的少なく、加水分解は抑制され、そして該材料の粘着性は高くなかった。
【0092】
破断応力を、実験例19、実験例20、実験例22、実験例24、実験例32、実験例34~実験例37、実験例39、実験例40及び実験例45~実験例48の各々について評価した。0.25~1.25、特に0.30~0.70の範囲内の比MA/Aを有する試料は、図4に示されるように、破断応力とグリスニングの減少との有利なバランスを示した。特に、実験例20、実験例24、実験例32、実験例34、実験例35、実験例37、実験例39、実験例45、及び実験例47は、0.45~1.24の範囲の比MA/Aを有し、5.6~11.8の範囲内の破断応力を有した。それらの材料は、十分な弾性(容易な折り畳みを可能にする)を有し、更に破損まで大きな応力に耐えることができた。評価したどの試料についても、1つだけのグリスニングの発生しか観察されなかった。しかしながら、実験例19、実験例22、実験例36、実験例40、実験例46及び実験例48は、開示された範囲外の比MA/Aを有した。実験例19、実験例22及び実験例36は、低い破断応力値を有し、一方実験例40、実験例46及び実験例48は折り畳みにくかった。
【0093】
表5~表9の結果から、アルコキシアルキルメタクリレートの添加量は、好ましくは5mol%~55mol%、好ましくは6mol%~30mol%、より好ましくは7mol%~20mol%であることが判明した。アルコキシアルキルメタクリレートの最少量は、好ましくは、加水分解の抑制の観点からの上記範囲内であり、アルコキシアルキルメタクリレートの最大量は、好ましくは、折り畳みの促進の観点からの上述の範囲内である。
【0094】
水和状態における1.50以上の屈折率を有するレンズを得るという観点からは、芳香環含有アクリレートの含量は、好ましくは19mol%~46mol%、好ましくは34mol%~43mol%、より好ましくは35mol%~39mol%である。材料の屈折率が高いほど、レンズはより薄くすることができ、こうしてレンズを折り畳んだ状態で眼内に挿入することがより簡単になる。
【0095】
グリスニングの発生を抑制するという観点からは、親水性モノマーの含量は、乾燥状態でレンズの折り畳みを促進するために、好ましくは10mol%~40mol%、好ましくは13mol%~25mol%、より好ましくは15mol%~24mol%である。乾燥状態で容易に曲げることができるレンズは、より簡単に貯蔵し、取り扱い、そして挿入器具中に収納することができる。
【0096】
表8に示される実験例54は、特開平11-56998号に記載される材料であり、その材料は折り畳むことはできるが、そのためにかなりの余分な力を必要とする。この材料を参照として使用し、その値を1と定める。試料の圧縮荷重値が、この材料の値以上である場合に、折り畳みにくいと判断される。
【0097】
表8に示される実験例50~実験例53においては、POEtOHの溶出は、ETMAを含有することにより低減され、加水分解を抑制する効果は得られたが、ETMA又はHEMAの含量は多く、折り畳み可能性は不十分であった。
【0098】
グリスニングの発生の抑制及び眼内挿入後の形状回復性の改善の観点から、架橋性モノマーの含量は、基材100質量部に対して、2質量部以上で4質量部以下である。
【0099】
わずか少数の例示的な実施形態のみが上記で詳細に記載されたにすぎないが、当業者であれば、開示された実施形態から実質的に逸脱することなく、それらの例示的な実施形態において多くの変更が可能であることを容易に理解するであろう。したがって、全てのそのような変更は、添付の特許請求の範囲に規定される本開示の範囲内に含まれると解釈される。
図1
図2
図3
図4
図5
図6