(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-04
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法、並びにα,β-不飽和カルボン酸及びα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法
(51)【国際特許分類】
B01J 37/08 20060101AFI20220128BHJP
B01J 37/04 20060101ALI20220128BHJP
B01J 37/00 20060101ALI20220128BHJP
B01J 27/199 20060101ALI20220128BHJP
C07C 57/055 20060101ALI20220128BHJP
C07C 51/235 20060101ALI20220128BHJP
C07C 69/653 20060101ALI20220128BHJP
C07B 61/00 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
B01J37/08
B01J37/04 102
B01J37/00 F
B01J27/199 Z
C07C57/055 B
C07C51/235
C07C69/653
C07B61/00 300
(21)【出願番号】P 2020501082
(86)(22)【出願日】2019-02-25
(86)【国際出願番号】 JP2019007015
(87)【国際公開番号】W WO2019163984
(87)【国際公開日】2019-08-29
【審査請求日】2020-07-16
(31)【優先権主張番号】P 2018031564
(32)【優先日】2018-02-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006035
【氏名又は名称】三菱ケミカル株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100123788
【氏名又は名称】宮崎 昭夫
(74)【代理人】
【識別番号】100127454
【氏名又は名称】緒方 雅昭
(72)【発明者】
【氏名】栗原 悠
(72)【発明者】
【氏名】加藤 裕樹
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 拓朗
【審査官】森坂 英昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-226614(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2014/0141964(US,A1)
【文献】国際公開第2015/037611(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B01J 21/00 - 38/74
C07C 57/055
C07C 51/235
C07C 69/653
C07B 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する際に用いられる、α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法であって、
(i)少なくともモリブデン及びリンを含有するヘテロポリ酸塩を含む水性スラリー(S2)を得る工程と、
(ii)前記水性スラリー(S2)を50℃未満で2.5~24.5時間撹拌保持して水性スラリー(S3)を得る工程と、
(iii)前記水性スラリー(S3)を噴霧乾燥する工程と、
を含
み、前記工程(i)におけるヘテロポリ酸塩がケギン型構造を有し、前記触媒が焼成されたものである、α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
【請求項2】
前記工程(i)におけるヘテロポリ酸塩が、金属カチオン塩及びアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1つである、請求項1に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
【請求項3】
前記工程(i)において、少なくともモリブデン及びリンを含有する水性スラリー又は水溶液(S1)を70~130℃に保持し、これを塩基含有化合物と混合することにより水性スラリー(S2)を得る、請求項1又は2に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
【請求項4】
前記工程(ii)において、前記水性スラリー(S2)の前記撹拌保持を3.4時間以上15時間未満行う、請求項1から
3のいずれか1項に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
【請求項5】
前記工程(ii)において、前記水性スラリー(S2)の前記撹拌保持を30℃より高く50℃未満で行う、請求項1から
4のいずれか1項に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
【請求項6】
前記触媒が下記式(1)で表される組成を有する、請求項1から
5のいずれか1項に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
P
aMo
bV
cCu
dA
eE
fG
g(NH
4)
hO
i (1)
(前記式(1)中、P、Mo、V、Cu、NH
4及びOは、それぞれ、リン、モリブデン、バナジウム、銅、アンモニウム根及び酸素を示す。Aはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。Eは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、タンタル、コバルト、ニッケル、マンガン、バリウム、チタン、スズ、タリウム、鉛、ニオブ、インジウム、硫黄、パラジウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選択される少なくとも1種類の元素を示す。Gはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。a~iは各成分のモル比率を表し、b=12のとき、a=0.5~3、c=0.01~3、d=0.01~2、e=0~3、f=0~3、g=0.01~3、h=0~30、iは前記各成分の価数を満足するのに必要な酸素のモル比率である。)
【請求項7】
請求項1から
6のいずれか1項に記載の方法により製造された触媒の存在下で、α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化するα,β-不飽和カルボン酸の製造方法。
【請求項8】
請求項1から
6のいずれか1項に記載の方法により触媒を製造し、該触媒を用いてα,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化するα,β-不飽和カルボン酸の製造方法。
【請求項9】
請求項
7又は
8に記載の方法により製造されたα,β-不飽和カルボン酸をエステル化するα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法。
【請求項10】
請求項
7又は
8に記載の方法によりα,β-不飽和カルボン酸を製造し、該α,β-不飽和カルボン酸をエステル化するα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法に関する。また、α,β-不飽和カルボン酸の製造方法及びα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する際に用いられる触媒としては、リンモリブデン酸、リンモリブデン酸塩等のヘテロポリ酸又はその塩を主成分とする触媒が知られている。この触媒は通常、まず触媒を構成する各元素を含む水溶液又は水性スラリーを調製し、その後これを乾燥、焼成することで製造される。
【0003】
触媒の製造方法の検討例として、例えば特許文献1には、調製した水性スラリーを毎分1.5℃以上の速度で冷却することで、メタクリル酸製造収率が高い触媒が得られることが記載されている。また、特許文献2には、アルカリ金属原料をMo元素12molあたり0.1~3.0mol/sの速度で添加することで、メタクリル酸製造収率が高い触媒が得られることが記載されている。また特許文献3には、単位体積当たりの撹拌所要動力0.01~4.00kW/m3で撹拌しながらアルカリ金属化合物を水性スラリーに添加することで、メタクリル酸製造収率が高い触媒が得られることが記載されている。また特許文献4には、水性スラリーへの原料の添加温度及び撹拌時間を規定することで、メタクリル酸製造収率が高い触媒が得られることが記載されている。
【0004】
しかしながらα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒には、更なる高収率化が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2013-192988号公報
【文献】特開2013-192989号公報
【文献】国際公開第2013/172414号公報
【文献】特開2005-230720号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、高い収率でα,β-不飽和カルボン酸を製造できるα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明は、以下の[1]から[10]である。
[1]α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する際に用いられる、α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法であって、
(i)少なくともモリブデン及びリンを含有するヘテロポリ酸塩を含む水性スラリー(S2)を得る工程と、
(ii)前記水性スラリー(S2)を50℃未満で2.5~24.5時間撹拌保持して水性スラリー(S3)を得る工程と、
(iii)前記水性スラリー(S3)を噴霧乾燥する工程と、
を含み、前記工程(i)におけるヘテロポリ酸塩がケギン型構造を有し、前記触媒が焼成されたものである、α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
[2]前記工程(i)におけるヘテロポリ酸塩が、金属カチオン塩及びアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1つである、[1]に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
[3]前記工程(i)において、少なくともモリブデン及びリンを含有する水性スラリー又は水溶液(S1)を70~130℃に保持し、これを塩基含有化合物と混合することにより水性スラリー(S2)を得る、[1]又は[2]に記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
[4]前記工程(ii)において、前記水性スラリー(S2)の前記撹拌保持を3.4時間以上15時間未満行う、[1]から[3]のいずれかに記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
[5]前記工程(ii)において、前記水性スラリー(S2)の前記撹拌保持を30℃より高く50℃未満で行う、[1]から[4]のいずれかに記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
[6]前記触媒が下記式(1)で表される組成を有する、[1]から[5]のいずれかに記載のα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法。
PaMobVcCudAeEfGg(NH4)hOi (1)
(前記式(1)中、P、Mo、V、Cu、NH4及びOは、それぞれ、リン、モリブデン、バナジウム、銅、アンモニウム根及び酸素を示す。Aはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。Eは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、タンタル、コバルト、ニッケル、マンガン、バリウム、チタン、スズ、タリウム、鉛、ニオブ、インジウム、硫黄、パラジウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選択される少なくとも1種類の元素を示す。Gはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。a~iは各成分のモル比率を表し、b=12のとき、a=0.5~3、c=0.01~3、d=0.01~2、e=0~3、f=0~3、g=0.01~3、h=0~30、iは前記各成分の価数を満足するのに必要な酸素のモル比率である。)
[7][1]から[6]のいずれかに記載の方法により製造された触媒の存在下で、α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化するα,β-不飽和カルボン酸の製造方法。
[8][1]から[6]のいずれかに記載の方法により触媒を製造し、該触媒を用いてα,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化するα,β-不飽和カルボン酸の製造方法。
[9][7]又は[8]に記載の方法により製造されたα,β-不飽和カルボン酸をエステル化するα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法。
[10][7]又は[8]に記載の方法によりα,β-不飽和カルボン酸を製造し、該
α,β-不飽和カルボン酸をエステル化するα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明によれば、高収率でα,β-不飽和カルボン酸を製造できるα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒を提供することができる。また本発明によれば、高収率でα,β-不飽和カルボン酸及びα,β-不飽和カルボン酸エステルを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[α,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法]
本発明に係るα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒の製造方法で得られる触媒は、α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する際に用いられる。本発明は、本触媒の製造方法であって、以下の工程(i)~(iii)を含む。
(i)少なくともモリブデン及びリンを含有するヘテロポリ酸塩を含む水性スラリー(S2)を得る工程。
(ii)前記水性スラリー(S2)を50℃未満で2.5~24.5時間撹拌保持して水性スラリー(S3)を得る工程。
(iii)前記水性スラリー(S3)を噴霧乾燥する工程。
【0010】
本発明に係る触媒の製造方法は前記工程(i)~(iii)を含むことにより、水性スラリー中の溶解元素の析出反応が進行し、噴霧乾燥時に溶解元素が触媒表面の微細な孔を塞ぐことを抑制することで、得られる触媒の比表面積が向上すると考えられる。これにより触媒活性が向上し、α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する際に、α,β-不飽和カルボン酸の収率を向上させることができる。
【0011】
本発明に係る方法により製造されるα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒は、少なくともモリブデン及びリンを含む。なかでも下記式(1)で表される組成を有することが、α,β-不飽和カルボン酸の製造において高収率でα,β-不飽和カルボン酸を製造できる観点から好ましい。なお、触媒における各元素のモル比は、触媒をアンモニア水に溶解した成分をICP発光分析法で分析することによって求めた値とする。なお、アンモニウム根のモル比率は、触媒成分をケルダール法で分析することによって求めた値とする。
【0012】
PaMobVcCudAeEfGg(NH4)hOi (1)
式(1)中、P、Mo、V、Cu、NH4及びOは、それぞれ、リン、モリブデン、バナジウム、銅、アンモニウム根及び酸素を示す。Aはアンチモン、ビスマス、砒素、ゲルマニウム、ジルコニウム、テルル、銀、セレン、ケイ素、タングステン及びホウ素からなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。Eは鉄、亜鉛、クロム、マグネシウム、カルシウム、ストロンチウム、タンタル、コバルト、ニッケル、マンガン、バリウム、チタン、スズ、タリウム、鉛、ニオブ、インジウム、硫黄、パラジウム、ガリウム、セリウム及びランタンからなる群より選択される少なくとも1種類の元素を示す。Gはリチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群から選択される少なくとも1種の元素を表す。a~iは各成分のモル比率を表し、b=12のとき、a=0.5~3、c=0.01~3、d=0.01~2、e=0~3、好ましくはe=0.01~3、f=0~3、g=0.01~3、h=0~30、iは前記各成分の価数を満足するのに必要な酸素のモル比率である。
なお、本発明において「アンモニウム根」とは、アンモニウムイオン(NH4
+)になり得るアンモニア(NH3)、およびアンモニウム塩などのアンモニウム含有化合物に含まれるアンモニウムの総称である。
【0013】
(工程(i))
工程(i)では、少なくともモリブデン及びリンを含有するヘテロポリ酸塩を含む水性スラリー(S2)を得る。該ヘテロポリ酸塩は、ヘテロポリ酸と塩基とからなる。塩基は特に限定されないが、例えばアルカリ金属などの金属カチオンや、アンモニウムイオンなどが挙げられる。触媒の活性や熱安定性の観点から、ヘテロポリ酸塩としては、金属カチオン塩及びアンモニウム塩からなる群より選択される少なくとも1つであることが好ましい。なお、複数の異なる金属カチオンの複合塩や、金属カチオンとアンモニウムの複合塩もこれに含まれる。また、前記式(1)で表される組成を有する触媒を製造する場合、前記式(1)で表される組成に含まれる元素を含有する水性スラリー(S2)を調製することが好ましい。
【0014】
使用する触媒原料としては特に限定されず、各元素の硝酸塩、炭酸塩、酢酸塩、アンモニウム塩、酸化物、ハロゲン化物、オキソ酸、オキソ酸塩等を単独で、又は二種類以上を組み合わせて使用することができる。モリブデン原料としては、例えばパラモリブデン酸アンモニウム、三酸化モリブデン、モリブデン酸、塩化モリブデン等が挙げられる。リン原料としては、例えば正リン酸、五酸化リン又はリン酸セシウム等のリン酸塩等が挙げられる。銅原料としては、例えば硫酸銅、硝酸銅、酸化銅、炭酸銅、酢酸銅、塩化銅等が挙げられる。バナジウム原料としては、例えばメタバナジン酸アンモニウム、五酸化バナジウム、塩化バナジウム等が挙げられる。これらは一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0015】
また、モリブデン、リン、バナジウムの原料としては、モリブデン、リン、バナジウムのうちの少なくとも一つの元素を含むヘテロポリ酸を原料として用いてもよい。ヘテロポリ酸としては、例えばリンモリブデン酸、リンバナドモリブデン酸、ケイモリブデン酸等が挙げられる。これらは一種のみを用いてもよく、二種以上を併用してもよい。
【0016】
前記水性スラリー(S2)は、少なくともモリブデン及びリンを含有する水性スラリー又は水溶液(S1)を70~130℃に保持し、これを塩基含有化合物と混合することにより調製することが好ましい。
前記水性スラリー又は水溶液(S1)の調製方法には特に制限はないが、水に触媒を構成する各元素の原料の一部、又は全てを加え、加熱撹拌する方法により行うことが簡便であり好ましい。水に触媒を構成する各元素の原料の水溶液、水性スラリー又は水性ゾルを添加することもできる。水100gに添加するモリブデンのモル数は、0.01~1モルが好ましく、下限は0.05モル以上、上限は0.5モル以下がより好ましい。
水性スラリー又は水溶液(S1)は、成分や温度等の条件により、水性スラリーと水溶液のいずれになる場合もあり、どちらでもよい。
【0017】
調製時の水性スラリー又は水溶液(S1)の温度は、80~130℃が好ましく、90~130℃がより好ましい。水性スラリー又は水溶液(S1)の温度を80℃以上とすることで、ヘテロポリ酸の生成速度を十分に速めることができる。また、水性スラリー又は水溶液(S1)の温度を130℃以下とすることで、ヘテロポリ酸以外の副生成物の生成や水性スラリー又は水溶液(S1)中の水の蒸発を抑制することができる。水性スラリー又は水溶液(S1)のpHは4以下が好ましく、2以下がより好ましい。水性スラリー又は水溶液のpHを十分低くすることにより、ケギン型構造を有するヘテロポリ酸を安定に形成することができる。なお、水性スラリー又は水溶液のpHは、HORIBA製ポータブル型pHメーターD-21(商品名)等により測定することができる。
【0018】
次いで、前記水性スラリー又は水溶液(S1)を70~130℃に保った状態で、塩基含有化合物と混合する。これによりヘテロポリ酸塩が生成する。好ましくは、水性スラリー又は水溶液(S1)に塩基含有化合物を添加する。
塩基含有化合物は、ヘテロポリ酸と塩を形成する塩基を含む化合物であれば良く、特に限定されないが、好ましくは、塩基として金属カチオンやアンモニウムイオンを含有する。前記水性スラリー又は水溶液(S1)と、金属カチオン含有化合物及びアンモニウム含有化合物からなる群より選択される少なくとも1つを混合することにより、ヘテロポリ酸の金属塩又はアンモニウム塩を含む水性スラリー(S2)を得ることができる。
塩基含有化合物と混合する際の前記水性スラリー又は水溶液(S1)の温度は、70~130℃の範囲に調整することが好ましい。これにより、得られる触媒をα,β-不飽和カルボン酸の製造に用いる際に、触媒層のホットスポット生成を抑制しやすい。前記水性スラリー又は水溶液(S1)の温度の下限は80℃以上、上限は100℃以下がより好ましい。
金属カチオン含有化合物としては、アルカリ金属を含む化合物を含む化合物を用いることが好ましく、リチウム、ナトリウム、カリウム、ルビジウム及びセシウムからなる群から選択される少なくとも1種の元素(前記式(1)のGに相当)を含む化合物を用いることがより好ましい。金属カチオン含有化合物を添加することにより、触媒の熱安定性が向上し、熱劣化が抑制できる。アンモニウム含有化合物としては、炭酸水素アンモニウム、炭酸アンモニウム、硝酸アンモニウム、アンモニア水等が挙げられる。これらの塩基含有化合物は、1種で用いてもよく複数種を併用してもよい。アンモニウム含有化合物を添加することにより、α,β-不飽和アルデヒドの分子状酸素による気相接触酸化に好適な結晶構造が形成される。なお、複数種の金属カチオン含有化合物や複数種のアンモニウム含有化合物を併用したり、金属カチオン含有化合物とアンモニウム含有化合物とを併用することにより、それぞれの好ましい特性が現れるため優れた性能を示す。
塩基含有化合物は、溶媒に溶解又は懸濁させて混合することが好ましい。溶媒としては、水、エチルアルコール、アセトン等が挙げられるが、水を溶媒として用いることが好ましい。塩基含有化合物混合後は、70~130℃で5~60分撹拌保持することが好ましい。なお、撹拌保持とは、撹拌した状態に置いておくことを言う。撹拌保持時間の下限は10分以上、上限は30分以下がより好ましい。撹拌保持時間を5分以上とすることで、ヘテロポリ酸の塩を十分に形成させることができる。一方、撹拌保持時間を60分以下とすることで、目的とするヘテロポリ酸塩の形成以外の副反応を抑制することができる。
【0019】
得られるヘテロポリ酸塩は、α,β-不飽和カルボン酸の収率の観点からケギン型構造を有することが好ましい。ケギン型構造を有するヘテロポリ酸塩を析出させる方法としては、例えば原料化合物やアンモニウムの添加量等を適宜選択し、硝酸、シュウ酸等を適宜添加する等の方法により、水性スラリー(S2)のpHを4以下、好ましくは3以下に調整する方法が挙げられる。なお、得られるヘテロポリ酸塩の構造は、NICOLET6700FT-IR(製品名、Thermo electron社製)を用いた赤外吸収分析より判断することができる。該ヘテロポリ酸塩がケギン型構造を有する場合、得られる赤外吸収スペクトルは、1060、960、870、780cm-1付近に特徴的なピークを有する。
【0020】
(工程(ii))
工程(ii)では、前記工程(i)で得られた水性スラリー(S2)を冷却して、50℃未満で2.5~24.5時間撹拌保持することで、水性スラリー(S3)を得る。冷却は、水性スラリー(S2)を冷媒に接触させて冷却し降温させても良く、水性スラリー(S2)を室温に置くことで降温させても良い。冷却は水性スラリー(S2)を撹拌しながら行うことが好ましい。析出したヘテロポリ酸塩等が撹拌により均一に分散し、後述する工程(iii)の噴霧乾燥時に、性状の安定した均質な乾燥物が得られやすい。ヘテロポリ酸塩の析出を促進する観点から、降温速度は毎分0.1℃以上が好ましく、毎分0.3℃以上がより好ましい。ただし、降温速度は通常、毎分10℃以下である。
水性スラリー(S2)の保持温度を50℃未満、かつ撹拌保持時間を2.5時間以上とすることで、水性スラリー(S2)に含まれる元素を十分析出させることができるため、乾燥後に得られる触媒の比表面積が向上し、α,β-不飽和カルボン酸製造において収率が向上する。また水性スラリーの保持温度を50℃未満とすることで、水性スラリー(S2)に含まれる揮発性化合物の過剰な揮発を抑制でき、α,β-不飽和カルボン酸収率の観点から有利である。また、水性スラリー(S2)の保持時間を24.5時間以下とすることで、工程(iii)で得られる触媒の嵩密度の低下を抑制し、反応器に充填できる触媒量を多く維持することができるため、触媒を長時間連続使用する観点から有利である。水性スラリー(S2)を撹拌保持する温度は、水性スラリー(S2)を撹拌翼や撹拌羽根等を用いて撹拌可能な温度(例えば、水性スラリー(S2)の凝固点)以上であり、α,β-不飽和カルボン酸収率の観点から10℃以上が好ましく、30℃より高い温度がより好ましい。また、撹拌保持を行う時間の下限は3.4時間以上が好ましく、上限は15時間未満が好ましい。
なお本発明において、撹拌保持を行う時間とは、水性スラリー(S2)の温度が50℃未満であり、かつ撹拌翼や撹拌羽根等を用いて水性スラリー(S2)を撹拌して流動性を与えている時間を言う。水性スラリー(S2)の撹拌は連続して2.5~24.5時間行っても良く、あるいは撹拌を断続的に行い、その合計時間を2.5~24.5時間としても良い。撹拌により、析出したヘテロポリ酸塩等が均一に分散し、後述する工程(iii)の噴霧乾燥時に、性状の安定した均質な乾燥物が得られやすい。工程(ii)では、このようにして、液中の元素が充分に析出した水性スラリー(S3)を得る。
【0021】
(工程(iii))
工程(iii)では前記工程(ii)により得られた水性スラリー(S3)を噴霧乾燥する。水性スラリー(S3)の乾燥は、工程(ii)に連続して行う。好ましくは、水性スラリー(S2)の50℃未満での撹拌保持開始から水性スラリー(S3)の乾燥終了までを、2.5~24.5時間で行う。また、噴霧乾燥を一度に行わず、撹拌保持しながら、2.5時間以上経過後に水性スラリーの一部を徐々に噴霧乾燥機に供給して乾燥させても良い。乾燥温度は120~500℃が好ましく、下限は140℃以上、上限は350℃以下がより好ましい。乾燥は、得られる乾燥物の水分含有率が0.1~4.5質量%となるように行うことが好ましい。なおこれらの条件は、所望する触媒の形状や大きさにより適宣選択することができる。
工程(iii)で得られた乾燥物は触媒性能を示し、これをα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒として用いることができるが、更に、後述する成形や焼成を行うことで触媒としての性能が向上するため好ましい。本発明では、これら成形後、焼成後のものを含めて触媒と総称する。
【0022】
(成形工程)
成形工程では、前記工程(iii)で得られた乾燥物を必要に応じて粉砕し、成形する。なお、成形は後述する焼成工程の後に行っても良い。成形方法は特に制限されず、公知の乾式又は湿式の成形方法が適用できる。例えば、打錠成形、押出成形、加圧成形、転動造粒等が挙げられる。成形品の形状としては特に制限はなく、球形粒状、リング状、円柱形ペレット状、星型状、成形後に粉砕分級した顆粒状等の任意の形状が挙げられる。成形後の触媒の形状が球形粒状である場合、直径が0.1mm以上10mm以下であることが好ましい。直径が0.1mm以上であることにより、反応管内の圧力損失を小さくすることができる。また、直径が10mm以下であることにより、触媒活性がより向上する。成形する際には担体に担持してもよく、その他の添加剤を混合してもよい。
【0023】
(焼成工程)
前記工程(iii)又は前記成形工程で得られた触媒を焼成することが、α,β-不飽和カルボン酸収率の観点から好ましい。焼成条件としては、特に限定はないが、例えば空気等の酸素含有ガス及び不活性ガスの少なくとも一方の流通下で行うことができる。前記焼成は、空気等の酸素含有ガス流通下で行われることが好ましい。また、「不活性ガス」とは触媒活性を低下させない気体のことを示し、例えば窒素、炭酸ガス、ヘリウム、アルゴン等が挙げられる。これらは一種を用いてもよく、二種以上を混合して使用してもよい。α,β-不飽和カルボン酸の収率の観点から、焼成温度は200~500℃が好ましく、下限は300℃以上、上限は450℃以下がより好ましい。また、焼成時間の下限は0.5~40時間が好ましく、1~40時間がより好ましい。
【0024】
[α,β-不飽和カルボン酸の製造方法]
本発明に係るα,β-不飽和カルボン酸の製造方法は、本発明に係る方法により製造された触媒存在下で、α,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する。また、本発明に係るα,β-不飽和カルボン酸の製造方法は、本発明に係る方法により触媒を製造し、該触媒を用いてα,β-不飽和アルデヒドを分子状酸素により気相接触酸化してα,β-不飽和カルボン酸を製造する。これらの方法によれば、高い収率でα,β-不飽和カルボン酸を製造することができる。
【0025】
本発明に係る方法において、前記α,β-不飽和アルデヒドとしては、(メタ)アクロレイン、クロトンアルデヒド(β-メチルアクロレイン)、シンナムアルデヒド(β-フェニルアクロレイン)等が挙げられる。中でも、目的生成物の収率の観点から(メタ)アクロレインであることが好ましく、メタクロレインであることがより好ましい。製造されるα,β-不飽和カルボン酸は、前記α,β-不飽和アルデヒドのアルデヒド基がカルボキシル基に変化したα,β-不飽和カルボン酸である。具体的には、α,β-不飽和アルデヒドが(メタ)アクロレインの場合、(メタ)アクリル酸が得られる。なお、「(メタ)アクロレイン」はアクロレイン及びメタクロレインを示し、「(メタ)アクリル酸」はアクリル酸及びメタクリル酸を示す。
【0026】
以下、代表例として、本発明に係る方法により製造された触媒の存在下、メタクロレインを分子状酸素により気相接触酸化してメタクリル酸を製造する方法について説明する。
【0027】
前記方法では、メタクロレイン及び分子状酸素を含む原料ガスと、本発明に係る触媒とを接触させることでメタクリル酸を製造する。この反応では固定床型反応器を使用することができる。反応管内に触媒を充填し、該反応器へ原料ガスを供給することにより反応を行うことができる。触媒は1層として充填してもよく、活性の異なる複数の触媒をそれぞれ複数の層に分けて充填してもよい。また、活性を制御するために触媒を不活性担体により希釈し充填してもよい。
【0028】
原料ガス中のメタクロレインの濃度は特に限定されないが、1~20容量%が好ましく、下限は3容量%以上、上限は10容量%以下がより好ましい。原料であるメタクロレインは、低級飽和アルデヒド等の本反応に実質的な影響を与えない不純物を少量含んでいてもよい。
【0029】
原料ガス中の分子状酸素の濃度は、メタクロレイン1モルに対して0.4~4モルが好ましく、下限は0.5モル以上、上限は3モル以下がより好ましい。なお、分子状酸素源としては、経済性の観点から空気が好ましい。必要であれば、空気に純酸素を加えて分子状酸素を富化した気体を用いてもよい。
【0030】
原料ガスは、メタクロレイン及び分子状酸素を、窒素、炭酸ガス等の不活性ガスで希釈したものであってもよい。さらに、原料ガスに水蒸気を加えてもよい。水蒸気の存在下で反応を行うことにより、メタクリル酸をより高い収率で得ることができる。原料ガス中の水蒸気の濃度は、0.1~50容量%が好ましく、下限は1容量%以上、上限は40容量%以下がより好ましい。
【0031】
原料ガスと触媒との接触時間は、1.5~15秒が好ましい。反応圧力は、0.1MPa(G)~1MPa(G)が好ましい。ただし、(G)はゲージ圧であることを意味する。反応温度は200~450℃が好ましく、下限は250℃以上、上限は400℃以下がより好ましい。
【0032】
[α,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法]
本発明に係るα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法は、本発明に係る方法により製造されたα,β-不飽和カルボン酸をエステル化するものが挙げられる。また、本発明に係るα,β-不飽和カルボン酸エステルの製造方法は、本発明に係る方法によりα,β-不飽和カルボン酸を製造し、該α,β-不飽和カルボン酸をエステル化するものが挙げられる。これらの方法によれば、α,β-不飽和アルデヒドの気相接触酸化により得られるα,β-不飽和カルボン酸を用いて、α,β-不飽和カルボン酸エステルを得ることができる。α,β-不飽和カルボン酸と反応させるアルコールとしては特に限定されず、メタノール、エタノール、イソプロパノール、n-ブタノール、イソブタノール等が挙げられる。得られるα,β-不飽和カルボン酸エステルとしては、例えば(メタ)アクリル酸メチル、(メタ)アクリル酸エチル、(メタ)アクリル酸プロピル、(メタ)アクリル酸ブチル等が挙げられる。反応は、スルホン酸型カチオン交換樹脂等の酸性触媒の存在下で行うことができる。反応温度は50~200℃が好ましい。
【実施例】
【0033】
以下、実施例及び比較例により本発明を詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。実施例及び比較例中の「部」は質量部を意味する。なお、実施例13は、比較例10と読み替えるものとする。
【0034】
触媒における各元素のモル比は、触媒をアンモニア水に溶解した成分をICP発光分析法で分析することによって算出した。
【0035】
原料ガス及び生成物の分析は、ガスクロマトグラフィー(装置:島津製作所製GC-2014、カラム:J&W社製DB-FFAP、30m×0.32mm、膜厚1.0μm)を用いて行った。ガスクロマトグラフィーの結果から、メタクリル酸収率を下記式にて求めた。
メタクリル酸収率(%)=(生成したメタクリル酸のモル数/反応器へ供給したメタクロレインのモル数)×100
【0036】
(実施例1)
純水400部に三酸化モリブデン100部、メタバナジン酸アンモニウム3.4部、純水6.0部で希釈した85質量%リン酸水溶液9.4部及び純水4.5部に溶解した硝酸銅(II)三水和物2.1部を添加した。この水性スラリーを撹拌しながら25℃から95℃に昇温し、液温を95℃に保ちつつ2時間撹拌し、水性スラリー(S1)を得た。さらに液温を95℃に保って撹拌しながら、純水24部に溶解した重炭酸セシウム13.5部と純水26部に溶解した炭酸アンモニウム9.2部を滴下して撹拌し、ヘテロポリ酸のセシウム塩及びアンモニウム塩を析出させた。析出したヘテロポリ酸塩はケギン型構造を有していた。得られた水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで撹拌しながら冷却した。このとき、水性スラリー(S2)が50℃未満となってから40℃になるまでの時間は0.4時間であった。続いて水性スラリー(S2)を40℃で3.0時間撹拌しながら保持した。その後、撹拌保持後の水性スラリー(S3)を噴霧乾燥した。得られた乾燥物を加圧成形した後粉砕し、空気流通下380℃で5時間焼成した。得られた触媒のアンモニウム根及び酸素を除く組成は、P1.4Mo12V0.5Cu0.15Cs1.2であった。
【0037】
この触媒を反応管に充填し、メタクロレイン5容量%、酸素10容量%、水蒸気30容量%、窒素55容量%の原料ガスを反応温度285℃、原料ガスと触媒との接触時間2.4秒で通じた。反応器から得られる生成物を捕集し、ガスクロマトグラフィーで分析してメタクリル酸収率を算出した。触媒の製造条件及び評価結果、反応結果を表1に示す。なお表中、水性スラリー(S2)撹拌保持時間Tは、水性スラリー(S2)が50℃未満となってから撹拌保持温度Rになるまでの時間、及び、撹拌保持温度Rでの保持時間の合計である。
【0038】
(実施例2~10)
水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで冷却した後の保持時間を変更した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。それぞれの撹拌保持時間Tと評価結果、反応結果を表1に示す。
【0039】
(実施例11)
実施例1と同様にして得られた水性スラリー(S2)を、95℃から20℃まで撹拌しながら冷却した。このとき、水性スラリー(S2)が50℃未満となってから20℃になるまでの時間は0.5時間であった。続いて水性スラリー(S2)を20℃で3.0時間撹拌しながら保持した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。触媒の製造条件及び反応結果を表2に示す。
(実施例12)
水性スラリー(S2)を95℃から20℃まで冷却した後の保持時間を16.0時間に変更した以外は、実施例11と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。撹拌保持時間T及び反応結果を表2に示す。
(実施例13)
純水400部に三酸化モリブデン100部、メタバナジン酸アンモニウム3.4部、純水6.0部で希釈した85質量%リン酸水溶液9.4部及び純水4.5部に溶解した硝酸銅(II)三水和物2.1部を添加した。この水性スラリーを撹拌しながら25℃から95℃に昇温し、液温を95℃に保ちつつ2時間撹拌し、水性スラリー(S1)を得た。さらに液温を95℃に保って撹拌しながら、純水28.3部に溶解した硝酸セシウム13.5部と30質量%のアンモニア水40.0部を滴下して撹拌し、ヘテロポリ酸のセシウム塩及びアンモニウム塩を析出させた。析出したヘテロポリ酸塩はドーソン型構造を有していた。得られた水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで撹拌しながら冷却した。このとき、水性スラリー(S2)が50℃未満となってから40℃になるまでの時間は0.4時間であった。続いて水性スラリー(S2)を40℃で3.0時間撹拌しながら保持した。その後、撹拌保持後の水性スラリー(S3)を噴霧乾燥した。得られた乾燥物を加圧成形した後粉砕し、空気流通下380℃で5時間焼成した。得られた触媒の酸素を除く組成は、P1.4Mo12V0.5Cu0.15Cs1.2であった。
該触媒について、実施例1と同様にメタクリル酸収率を算出した。触媒の製造条件及び反応結果を表2に示す。
【0040】
(比較例1及び2)
水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで冷却した後の保持時間を、それぞれ1.0時間及び2.0時間に変更した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
【0041】
(比較例3)
水性スラリー(S2)を95℃から70℃まで冷却し、70℃で0.3時間撹拌しながら保持した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
(比較例4)
水性スラリー(S2)を95℃から55℃まで冷却し、55℃で3.0時間撹拌しながら保持した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
(比較例5)
水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで冷却した後の保持時間を、2.0時間に変更した以外は、実施例13と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。評価結果を表2に示す。
(比較例6)
撹拌保持後のスラリー(S3)を蒸発乾固法により乾燥した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
(比較例7)
水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで冷却した後の保持時間を、2.0時間に変更した以外は、比較例6と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
(比較例8)
撹拌保持後のスラリー(S3)を減圧濃縮法により乾燥した以外は、実施例1と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
(比較例9)
水性スラリー(S2)を95℃から40℃まで冷却した後の保持時間を、2.0時間に変更した以外は、比較例8と同様に触媒を製造し、メタクリル酸収率を算出した。反応結果を表2に示す。
【0042】
【0043】
【0044】
表1に示すように、実施例1~12の触媒の製造方法は水性スラリー(S2)を撹拌保持する際の温度及び時間が本発明の範囲内にあり、メタクリル酸収率が高い触媒が得られることが確認された。一方、水性スラリー(S2)を撹拌保持する時間が本発明の範囲外である比較例1及び2は、実施例1~12と比較してメタクリル酸収率が低い触媒が得られた。また水性スラリーを撹拌保持する温度及び時間の両方が本発明の範囲外である比較例3、及び水性スラリーを撹拌保持する温度が本発明の範囲外である比較例4は、更にメタクリル酸収率が低い触媒が得られた。また、水性スラリー(S2)を撹拌保持する温度が30℃より高い実施例1及び9は、同程度の時間撹拌保持している実施例11及び12と比較して、それぞれメタクリル酸収率が高い結果となった。更に水性スラリー(S2)を撹拌保持する時間が15時間未満である実施例1~8は、触媒の嵩密度の低下が抑制されており、実施例9及び10と比較して、触媒を長時間連続使用できる観点から優れていた。
【0045】
工程(i)におけるヘテロポリ酸塩がドーソン型構造を有する場合、水性スラリー(S2)を撹拌保持する際の温度及び時間が本発明の範囲内である実施例13は、メタクリル酸収率が高い触媒が得られていることが確認された。一方、水性スラリー(S2)を撹拌保持する時間が本発明の範囲外である比較例5は、実施例13と比較してメタクリル酸収率が低い触媒が得られた。
一方、撹拌保持後の水性スラリー(S3)を蒸発乾固法により乾燥している比較例6及び7、並びに減圧濃縮法により乾燥している比較例8及び9は、水性スラリー(S2)を撹拌保持する際の温度及び時間が本発明の範囲内であっても、メタクリル酸収率はほとんど向上しなかった。
なお、本実施例で得られたメタクリル酸をエステル化することで、メタクリル酸エステルを得ることができる。
【0046】
この出願は、2018年2月26日に出願された日本出願特願2018-031564を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
以上、実施形態及び実施例を参照して本願発明を説明したが、本願発明は上記実施形態及び実施例に限定されるものではない。本願発明の構成や詳細には、本願発明のスコープ内で当業者が理解し得る様々な変更をすることができる。
【産業上の利用可能性】
【0047】
本発明によれば、α,β-不飽和アルデヒドから高い収率でα,β-不飽和カルボン酸を製造することができるα,β-不飽和カルボン酸製造用触媒を提供することができ、工業的に有用である。