(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-04
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】クズの花から分離した酵母の取得方法、クズの花から分離した酵母、この酵母を用いた清酒の製造方法及びその他の飲食物の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 1/16 20060101AFI20220128BHJP
A23L 5/00 20160101ALI20220128BHJP
A23L 31/10 20160101ALI20220128BHJP
C12G 3/022 20190101ALI20220128BHJP
A21D 8/04 20060101ALN20220128BHJP
C12N 1/18 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12N1/16 B ZNA
C12N1/16 G
A23L5/00 J
A23L31/10
C12G3/022 119G
A21D8/04
C12N1/18
(21)【出願番号】P 2018004857
(22)【出願日】2018-01-16
【審査請求日】2020-06-17
【微生物の受託番号】NPMD NITE P-02600
(73)【特許権者】
【識別番号】398055037
【氏名又は名称】株式会社井上天極堂
(73)【特許権者】
【識別番号】000225142
【氏名又は名称】奈良県
(74)【代理人】
【識別番号】100104569
【氏名又は名称】大西 正夫
(72)【発明者】
【氏名】藤野 布久代
(72)【発明者】
【氏名】西尾 実紗
(72)【発明者】
【氏名】都築 正男
【審査官】山本 晋也
(56)【参考文献】
【文献】西海酒造株式会社、清酒『空の鶴』葛の花 葛酒:製品紹介、2017年3月22日、[検索日:2021年5月12日]、インターネット 〈URL:https://web.archive.org/web/20170322150618/http://www.soranotsuru.com/product/kuzushu.html〉,2017年03月22日
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/16
C12G 3/022
A23L 31/10
A23L 5/00
A21D 8/04
C12N 1/18
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、次に50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、
生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示すサッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を選択することを特徴とするクズの花から分離した酵母の取得方法。
【請求項2】
前記抗生物質は、クロラムフェニコールであることを特徴とする請求項1記載のクズの花から分離した酵母の取得方法。
【請求項3】
クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、
生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示す酵母を選択することによって、クズの花から分離された酵母から選択され、そしてリンゴ酸、コハク酸の生産が多く、且つ、アルコール生産能が17容積%以下で、フルーティーな香気を有する清酒を製造することができることを特徴とする酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株。
【請求項4】
前記抗生物質は、クロラムフェニコールであることを特徴とする請求項3記載の酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株。
【請求項5】
請求項3又は4に記載された酵母を用いて醸造することを特徴とする清酒の製造方法。
【請求項6】
請求項3
又は4に記載された酵母を
用いることを特徴とする飲食物の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、マメ科クズ属のつる性の多年草であるクズ(葛、学名:Pueraria montana var.lobata)の花から分離した酵母、その取得方法、その酵母を用いた清酒の製造方法及びその酵母を用いた他の飲食物の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
クズ(葛)はマメ科のつる性植物で、その根は葛根湯などの漢方薬の原料や吉野葛で知られた葛でんぷんの原料として広く用いられている。また、葛の花は二日酔いの予防なども目的とした漢方薬の原料として、蔓は葛布や工芸品として、葉は家畜の飼料として古来より広く用いられている。このように古くから利用されてきた葛ではあるが、その知名度は決して高いとは言えない。
出願人である株式会社井上天極堂は1870年創業の葛の老舗として長く吉野葛の普及に努めてきたところであり、さらなる葛の利用、知名度の向上を目指して葛を利用した清酒づくりに取り組むこととした。
また、奈良県は良質な葛粉の生産地としても知られており、かねてよりクズの幅広い利用、知名度の向上に取り組んでいた。
【0003】
植物から分離した清酒用酵母としては、2009年に奈良県産業振興総合センターが国立大学法人奈良女子大学と共同研究で、奈良公園内のヤエザクラから分離された低アルコール酒用酵母「奈良八重桜酵母」がある(特許文献1、非特許文献1参照)。
また、2015年には奈良県産業振興総合センターが奈良県桜井市の大神神社境内のササユリからリンゴ酸を多く含む清酒を醸造できる酵母を分離している(特許文献2、非特許文献2参照)。
【0004】
【文献】特許第4601015号公報
【文献】特許第6175697号公報
【文献】大橋正孝、都築正男、清水浩美、松澤一幸、藤野千代、鈴木孝仁、岩口伸一;奈良県工業技術センター研究報告、(35)、35-38、2009
【文献】都築正男、大橋正孝、清水浩美;奈良県産業振興総合センター研究報告、(41)、5-11、2015
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、クズから分離した酵母やそれを用いた清酒の製造方法については知られていない。古来より知られている葛粉や葛根湯、葛布等以外の新たな利用法を開発することでよりクズの利用、知名度の向上を図ることとする。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みて創案されたもので、クズの花から分離した酵母、それを用いた清酒の製造方法等を開発することでクズの利用、知名度の向上を図ることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係るクズの花から分離した酵母の取得方法は、クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、次に50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示すサッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を選択する。
【0008】
また、前記抗生物質としては、クロラムフェニコールが好適である。
【0009】
本発明に係る酵母は、クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示す酵母を選択することによって、クズの花から分離された酵母から選択され、そしてリンゴ酸、コハク酸の生産が多く、且つ、アルコール生産能が17容積%以下で、フルーティーな香気を有する清酒を製造することができることを特徴とする酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株である。
【0010】
また、前記抗生物質としては、クロラムフェニコールが好適である。
【0011】
本発明に係る清酒の製造方法は、前記酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を用いて行われる。
【0012】
本発明に係る飲食物の製造方法は、前記酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を用いて行われる。
【発明の効果】
【0013】
本発明に係るクズの花から分離した酵母の取得方法は、クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、次に50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示すサッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を選択する。
【0014】
また、本発明に係る酵母は、クズの花より採取された酵母を、麹汁液体培地(Brix5~15、pH3以上5以下)を使用して25~37℃で増殖させ、50~1500ppmの抗生物質及び5~10容積%のアルコールを添加した麹汁液体培地を使用して、10~37℃で培養し、生育旺盛で10容積%以上のアルコール生産性を示す酵母を選択することによって、クズの花から分離された酵母から選択され、そしてリンゴ酸、コハク酸の生産が多く、且つ、アルコール生産能が17容積%以下で、フルーティーな香気を有する清酒を製造することができることを特徴とする酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株である。
【0015】
本発明に係る清酒の製造方法は、前記酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を用いて行われる。
【0016】
本発明に係る飲食物の製造方法は、前記酵母サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)クズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)株を用いて行われる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】DNA分子量マーカー、クズノハナ酵母、協会酵母K701、協会酵母K901のAWA1遺伝子及びYLRWdelta20の領域をPCRで増幅したものをアガロースゲル電気泳動した写真図である。レーンMはDNA分子量マーカー、レーン1はクズノハナ酵母のAWA1遺伝子、レーン2は協会酵母K701のAWA1遺伝子、レーン3は協会酵母K901のAWA1遺伝子、レーン4はクズノハナ酵母のYLRWdelta20、レーン5は協会酵母K701のYLRWdelta20、レーン6は協会酵母K901のYLRWdelta20をそれぞれ示している。
【発明を実施するための形態】
【0018】
自然界の花には種々の酵母が付着していることが知られている。そこで、奈良県の特産品でもある『クズ』の花から清酒醸造に適した酵母を分離した。
まず、奈良県の天理市、御所市、橿原市、香芝市、大和郡山市、高取町、明日香村、斑鳩町の各所で『クズ』の花から143検体、株式会社井上天極堂の御所市の本社敷地内で栽培している『クズ』の花から36検体の合計179検体を採取した。
なお、本明細書中では、試料番号1~101は天理市の山の辺の道及び天理ダム周辺、102~104は御所市、105~108は株式会社井上天極堂の橿原工場内、109~112は高取町、113~115は明日香村、116~121は斑鳩町、122は香芝市、123~142は大和郡山市、1-2~18-2は株式会社井上天極堂の御所本社敷地内でそれぞれ採取したものである。
【0019】
まず、この花房を無菌的に1本の50mlのチューブに1房ずつ入れ、調製した麹汁液体培地(Brix10、pH3.5)を注ぎ、30℃で培養した(集積培養)。
次に、2次培養として、抗生物質であるクロラムフェニコール100ppmを添加した麹汁液体培地(Brix10、pH3.5)を注ぎ、30℃で培養した。
さらに、3次培養として、クロラムフェニコール100ppm及びアルコールであるエタノールを5容積%を添加した麹汁液体培地(Brix10、pH3.5)を注ぎ、30℃で培養した。
【0020】
4次培養として、エタノールを5容積%を添加した麹汁液体培地(Brix10、pH3.5)を注ぎ、15℃で培養した。
さらに、5次培養として、エタノールを10容積%を添加した麹汁液体培地(Brix10、pH3.5)を注ぎ、15℃で培養した。
【0021】
5次培養で発泡した懸濁培養液を、無菌的にTTC寒天下層培養地に塗布し、育成させたコロニーから白金耳で1株採取し、新たなTTC寒天下層培養地に塗布させるという工程を10回繰り返して純化培養を行い、培養した菌体を分離株として保存した。
【0022】
なお、前記麹汁液体培地は、米麹1kgに水3000mlを加えて55℃で一晩加熱後ろ過搾汁して得られた麹汁を目標とするBrixとなるように水で希釈した後、乳酸でpHを調整後、オートクレーブで滅菌し、必要に応じてエタノールを無菌的に添加したものである。
【0023】
上述した培養作業を179検体に行った。
最初の集積培養の結果、主に発泡の状況から179検体中の85検体に酵母が存在する可能性があると判断された。
次の1次培養の結果で85検体中の80検体、2次培養の結果で80検体中77検体、3次培養の結果で77検体中50検体、4次培養の結果で50検体中44検体、最後の5次培養の結果で44検体中20検体の酵母が存在する可能性があると判断された。
その結果を表1に示す。
【0024】
なお、明細書中では、検体番号と酵母の番号を一致させる。例として検体番号95の酵母は、酵母95と称する如くである。
また、検体番号95の酵母95をクズノハナ酵母(特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600)とも称している。
【0025】
【0026】
5次培養まで行って得られた分離株のうち、5次培養において特に発泡性に優れていた18検体である検体番号20、23、34、40、43、57、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、118、124、128、129、136、1-2、5-1、15-1に対して、酵母様真菌同定キットID32CAPI(シスメックス・ビオメリュー株式会社製)を用いて種の同定を行った。
この同定では、酵母菌体をサスペンションメディウム2mlに懸濁し、ID32CAPIに250μl添加した。そして、この懸濁液をID32CAPIプレートに接種し、30℃で48時間培養した後、プレート上の下記の31種類の炭素源の資化性パターンからシスメックス・ビオメリュー株式会社の細菌名検索用ソフトウエアであるapiweb(アピウェブ)により種を推定した。
【0027】
その結果、検体番号20、40、43、57、68、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1の10検体がサッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)であると推定された。
また、検体番号23、34、81、118、124、128、129の7試料がカンジダ(Candida albicans)であり、検体番号79がジゴサッカロマイセス属酵母(Zygosaccharomyes)であると推定された。
【0028】
なお、上記の31種類の炭素源は、ガラクトース、シクロヘキシミド、スクロース、N-アセチルグルコサミン、乳酸、L-アラビノース、D-セロビオース、ラフィノース、D-マルトース、トレハロース、2-ケトグルコン酸カルシウム、α-メチル-α-D-グルコシド、マンニトール、ラクトース、イノシトール、D-ソルビトール、D-キシロース、D-リボース、グリセリン、L-ラムノース、パラチノース、エリスリトール、D-メリビオース、グルクロン酸ナトリウム、D-メレチトース、グルコン酸カリウム、レブリン酸、グルコース、L-ソルボース、D-グルコサミン塩酸塩、エスクリンである。
【0029】
遺伝子解析による種の同定
真菌の種の推定に用いられる28SrDNAのD1/D2領域の塩基配列を用いて種の同定を行った。
PCRの鋳型は菌体から調製した染色体DNAを用いた。プライマーはNL1(5’-GCATATCAATAAGCGGAGGAAAAG-3’)及びNL4(5’-GGTCCGTGTTCAAGCGG-3’)を用いた。
PCRの反応液は、タカラバイオ株式会社製のExTaqを0.5μl、10×ExTaqbufferを2.5μl、dNTPMixture(2.5mMeach)を2.5μl、プライマー(10μM)を2.5μl、TritonX100を2.5μl、鋳型DNAを1μl加え、滅菌水で25μlに調製した。
94℃、3分間でDNAの変性を行った後、94℃で30秒(変性)、52℃で30秒(アニーリング)、72℃で1分(伸長)を25サイクル行った。
アフィメトリックス・ジャパン株式会社製のExoSAP-ITで精製したものをシークエンス用試料とし、ユーロフィンジェノミクス株式会社のDNA受託サービスを利用して塩基配列を解析した。
得られた塩基配列はBlast(Basic Local Alignment Search Tool)により相同性検索を行い、酵母の同定を行った。
その結果、ID32CAPIでSaccharomyces cerevisiaeと推定された菌株については全てSaccharomyces cerevisiaeであると、同定された。
【0030】
PCR法による菌株判別
ID32CAPIによってサッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)であると推定された菌株が、既知の酵母と異なることを調べるためにPCR法による菌株判別を行った。
各検体の培養液からGenとるくん(タカラバイオ株式会社製)を使用して染色体DNAを調整し、TE緩衝液40μlを加えて溶解した。これを鋳型としてPCRを行った。条件は90℃で1分(変性)、60℃で1分(アニーリング)、75℃で5分(伸長)を30サイクルである。
PCR反応液は、タカラバイオ株式会社製のExTaqを0.125μl、10×ExTaqを2.5μl、dNTPMixture(2.5mMeach)を2μl、プライマー(10μM)を2.5μlに鋳型DNAを<0.5μgを加え、滅菌水で20μlに調製した。
増幅した領域は、長鎖末端反復配列(LTR)の1つであるYLRWdelta20及びAWA1遺伝子である。
YLRWdelta20のプライマーは、5' -TCACGTCAGAATAGTTTTTGCATCTATG-3' 及び5' -AAATGGATGGATAATTTGATAATTGCTGGG-3' を用いた。
また、AWA1遺伝子のプライマーは、5' -ATGTTCAATCGCTTTAATATGATAATTGCTGGG-3' 及び5' -TTAGTTAAAGAAAGCAAGAACGAAAATACC-3' を用いた。
1%アガロースゲル電気泳動で増幅したDNA断片の大きさを確認した。
【0031】
このPCR法で増幅したYLRWdelta20及びAWA1遺伝子を2種の協会酵母K701、協会酵母K901とクズノハナ酵母と比較した。
その結果、
図1に示すように、クズノハナ酵母のYLRWdelta20は協会酵母K701と同じ大きさであったが、AWA1遺伝子はK701、K901より小さいので、既知の清酒酵母ではなく、独自の菌株であると考えられた。
【0032】
βーアラニン(パントテン酸要求性)試験
分離した酵母が協会7号系の酵母であるか否かを確認するためβーアラニン培地での生育を確認した。
清酒酵母は一般的に無機窒素源培地では、パントテン酸を要求しないが、協会7号系酵母はこれを要求する特性を有する。このパントテン酸を要求する特性は、高温になるほど強く表れるが、35℃以上ではβーアラニン代替効果が認められなくなる。
かかる性質を利用して20検体(検体番号16、20、23、34、40、43、57、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、118、124、128、129、136、1-2、5-1、13-1、15-1)が協会7号系酵母であるか否かを確認した。 その結果、検体番号20の酵母のみがパントテン酸要求性がなく、他の19検体(検体番号16、23、34、40、43、57、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、118、124、128、129、136、1-2、5-1、13-1、15-1)にはパントテン酸要求性が確認された。
これにより、検体番号20の酵母のみ協会7号系酵母ではないことが確認された。
【0033】
なお、このβーアラニン(パントテン酸要求性)試験は以下のように行われた。
まず、1次培養で用いた麹汁液体培地10mlに協会酵母K701及び20検体を30℃で24時間培養した。
次に、104 倍に希釈した培養液200μlをβーアラニン培地に1検体につき2枚塗布し、それぞれ35℃、20℃で48時間培養し、後から生じるコロニーを計測した。
【0034】
TTC染色試験
4次培養で酵母が存在すると判断したもののなかから5検体(検体番号19、62、80、87、98)、5次培養で酵母が存在すると判断したもののなかから20検体(検体番号16、20、23、34、40、43、57、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、118、124、128、129、136、1-2、5-1、13-1、15-1)を選択し、それぞれにTTC染色試験を行った。
その結果、明らかに濃いピンク色を呈したものが検体番号20、43、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1の10検体、ピンク又は薄い赤色を呈したものが検体番号16、19、23、34、40、57、62、80、87、98、118、124、128、129の14検体、白色を呈したものが検体番号13-1の1検体であった。
【0035】
なお、このTTC染色試験は、分離した酵母を生理食塩水に懸濁し、1プレートに約200CFU程度となるように希釈したものをTTC下層培地に塗布して30℃で48時間培養し、コロニーが生じたプレートにTTC上層培地を静かに重層し、固まった後に30℃で約2時間保温した後のコロニーの呈色を観察することで行った。
【0036】
キラー性試験
サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)は、さまざまな菌株が知られており、その中には他の酵母を死滅させるキラー因子と呼ばれるタンパク質を分泌するキラー酵母が存在する。清酒製造現場にキラー酵母が持ち込まれると、従来から使用されている酒造用酵母に悪影響を及ぼすことが考えられるため、キラー性の有無の確認は非常に大切である。
そこで、API試験において、サッカロマイセスセレビシェ(Saccharomyces cerevisiae)であると判定された10検体(検体番号20、40、43、57、68、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1)の酵母について協会酵母K701に対するキラー性を調べた。
その結果、10検体すべてにキラー性はないことが判明した。
【0037】
なお、このキラー性試験は、YEPD培地にメチレンブルーを0.003%となるように添加した寒天平板培地を用いて行った。
この寒天平板培地に協会酵母K701及びキラー性をチェックする酵母を麹汁液体培地(Brix10、pH4.0)にそれぞれ植菌し、菌数が108 CFU/ml以上となるように30℃で24~48時間培養した。そして、協会酵母K701を10倍に希釈して寒天平板培地に塗布した後、表面を乾燥させて、5倍濃縮したキラー性をチェックする酵母を寒天平板培地に記号様に塗布した。
その協会酵母K701及びキラー性をチェックする酵母を30℃で48~72時間培養し、協会酵母K701に対するキラー性をチェックすることで行った。
【0038】
上述のようにして特定した検体番号20、43、68、79、81、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1の各酵母を用いた清酒の仕込み試験について説明する。
まず、汲み水332mlに75%乳酸を0.12ml、乾燥麹米(歩留86%)39.6gを加え、半日おいて水麹とした。
その後、α化米(歩留97%)149.4gと麹汁液体培地で24時間培養しておいた酵母液1.0mlを加えて軽く攪拌し、10℃の培養試験室において2週間培養した。
その間に重量、アルコール度、酸度及び日本酒度を測定した。
なお、比較対照として協会酵母K701についても同様の試験を行った。
【0039】
なお、総米2kgの清酒の仕込み配合を表2に示す。
【0040】
【0041】
なお、検体番号20、40、43、57、68、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1の各酵母と協会酵母K701について試験を行った。
その結果を表3に示す。
【0042】
【0043】
また、検体番号20、40、43、57、68、95(クズノハナ酵母)、136、1-2、5-1、15-1、協会酵母K701で醸造した清酒の各種有機酸濃度を測定した。
その結果を表4に示す。
【0044】
【表4】
酵母1-2、5-1、15-1、20、40、43、57、68、95、136、及び協会酵母K701を用いて醸造した清酒中の有機酸濃度(μg/ml)
4
ND:検出せず
【0045】
また、検体番号20、40、43、57、68、79、81、95(クズノハナ酵母、特許微生物寄託センター受託番号:NITE AP-02600)、136、1-2、5-1、15-1の各酵母と協会酵母K701で醸造した清酒の香気成分濃度を測定した。その結果を表5及び表6に示す。
検体番号40、57、68の各酵母を用いて醸造された清酒は酢酸エチル臭が強く、酢酸エチルは測定範囲を超えた。
他の成分では、協会酵母K701を用いて醸造された清酒と比較して、酢酸イソアミル、プロパノールが1/3~1/6程度であった。
なお、酢酸イソアミルはバナナ、カプロン酸エチルはリンゴを想起させるフルーティーな香気成分として知られている。
特に、検体番号95の酵母95(クズノハナ酵母、特許微生物寄託センター受託番号:NITE AP-02600)では、協会酵母K701と比較すると酢酸イソアミル、プロパノールは1/3程度であった。一方、酢酸イソアミルの前躯体イソアミルアルコールは1.3倍、吟醸香の成分であるカプロン酸エチル、カプリル酸エチルは同等であり、酵母95(クズノハナ酵母)を用いて醸造した清酒はフルーティーな香気を有するものといえる。
また、検体番号95の酵母95では、他の酵母と比較してリンゴ酸、コハク酸の生成能が高いことが確認された。
なお、検体番号68の酵母68も、他の酵母と比較してリンゴ酸、コハク酸の生成能が高いが、酢酸の生成能も高いので、清酒の醸造には適していないと判断される。
【0046】
【表5】
検体番号1-2、5-1、15-1、20、40、43、57、68の各酵母を用いて醸造した清酒中の香気成分濃度(mg/ml)
@0005
【0047】
【表6】
検体番号95(クズノハナ酵母)、136の酵母と協会酵母K701を用いて醸造した清酒中の香気成分濃度(mg/ml)
@0006
【0048】
検体番号95のクズノハナ酵母を用いて醸造した清酒と協会酵母K901を用いて醸造した清酒とのアミノ酸の比較結果を表7に示す。
【0049】
【表7】
検体番号95の酵母と協会酵母K901を用いて醸造した清酒中のアミノ酸濃度(mg/ml)と、各酵母のアミノ酸濃度の比率(検体番号95/協会酵母K901)
@0007
【0050】
検体番号95のクズノハナ酵母を用いて醸造した清酒は、協会酵母K901を用いて醸造した清酒と比較して、アスパラギン酸、アスパラギン、セリン、グルタミン、ヒスチジン、スレオニン、プロリン、チロシンの含有量が多いという特徴を有していることが判明した。
このように、特に検体番号95のクズノハナ酵母を用いて醸造した清酒は、フルーティーな香気のみならず、各種の有効なアミノ酸の含有量が多いという特徴を有するものとなった。
【0051】
これまで、検体番号95のクズノハナ酵母を用いた清酒の製造について説明したが、この酵母95は清酒のみならず、一般的な酵母と同様に食酢、パン、味噌、醤油等の飲食物の製造に用いることができる。
【0052】
このクズノハナ酵母は、上述したようにリンゴ酸、コハク酸の生産能が高いので、これによって製造された飲食物は特有のフルーティーな香気、味わいを有することになる。
【0053】
例えば、このクズノハナ酵母を用いたフルーティーな香気、味わいを有するパンは以下のようにして製造される。
強力粉150g、クズノハナ酵母を24時間培養しておいた麹汁液体培地10ml、砂糖20g、食塩2.5gを混ぜ合わせた後、かき混ぜながら水85mlを数回に分けて加えてこねあげる。
【0054】
こねあがった生地を丸めて表面を滑らかにして、食品ラップを被せるなどの方法で乾燥を防ぎ、35℃の恒温状態で50~60分間かけて一次発酵させる。
一次発酵が終わった生地を適宜分割し、表面が滑らかになるように丸めて乾燥しないようにして10分ねかせる。
【0055】
この後、生地をのばし、適当な形に整える。
これを35℃程度で40分間、二次発酵を行う。なお、この二次発酵の際には、生地には霧吹きで水を吹きかけておく。 この二次発酵が終わった後、オーブンを180℃に加温し、18分間かけて生地を焼いてパンとする。
【0056】
なお、上述したパンの製造方法は、このクズノハナ酵母に特有のものではなく、ごく一般的なパンの製造方法である。
【0057】
特許微生物寄託センター受託番号:NITE P-02600