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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-04
(45)【発行日】2022-01-20
(54)【発明の名称】全固体電池の製造方法
(51)【国際特許分類】
   H01M 10/0585 20100101AFI20220113BHJP
   H01M 10/0562 20100101ALI20220113BHJP
   H01M 4/58 20100101ALI20220113BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20220113BHJP
   H01M 4/62 20060101ALI20220113BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20220113BHJP
【FI】
H01M10/0585
H01M10/0562
H01M4/58
H01M4/36 C
H01M4/62 Z
H01M10/052
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017005191
(22)【出願日】2017-01-16
(65)【公開番号】P2018116776
(43)【公開日】2018-07-26
【審査請求日】2019-12-18
(73)【特許権者】
【識別番号】000237721
【氏名又は名称】FDK株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000176
【氏名又は名称】一色国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】河野 羊一郎
(72)【発明者】
【氏名】藤井 信三
【審査官】福井 晃三
(56)【参考文献】
【文献】特表2006-523930(JP,A)
【文献】特開2016-038996(JP,A)
【文献】特開2014-197462(JP,A)
【文献】特開2012-238545(JP,A)
【文献】特開2015-069843(JP,A)
【文献】特開2014-212022(JP,A)
【文献】国際公開第2013/035572(WO,A1)
【文献】特開2014-194846(JP,A)
【文献】特開2010-092599(JP,A)
【文献】国際公開第2012/098960(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 10/05-10/0587
H01M 4/00- 4/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一体的な焼結体で層状の正極と負極との間に層状の固体電解質が狭持されてなる積層電極体を備えてリチウム二次電池として動作する全固体電池の製造方法であって、
焼結性を有する化学式LiMP(Mは、CoとNiの一方あるいは双方)で表される正極活物質の粉体と、粉体状のアスコルビン酸とを混合する混合ステップと、
前記混合ステップで得た混合物を解砕する解砕ステップと、
前記解砕ステップで得た粉体を熱処理した上で再度解砕することで、アスコルビン酸を炭化させてなる導電体膜が形成された前記正極活物質の粉体を得る導電体被膜ステップと、
前記導電体被膜ステップにより得た導電体膜が形成された前記正極活物質の粉体と焼結性を有する非晶質からなる固体電解質の粉体とバインダと溶剤とを含むスラリー状の正極層材料をシート状に成形して正極層のグリーンシートを作製する正極層シート作製ステップと、
焼結性を有する負極活物質の粉体と前記固体電解質の粉体と前記バインダと前記溶剤とを含むスラリー状の負極層材料をシート状に成形して負極層のグリーンシートを作製する負極層シート作製ステップと、
前記固体電解質と前記バインダと前記溶剤とを含むスラリー状の電解質層材料をシート状に成形して電解質層のシートを作製する電解質層シート作製ステップと、
前記正極層のグリーンシート、前記電解質層のグリーンシート、および前記負極層のグリーンシートをこの順に積層してなる積層体を加熱して当該積層体を構成する前記グリーンシート中の前記バインダと溶剤を除去する脱脂ステップと、
前記脱脂ステップを経た前記積層体を加熱して前記積層電極体を得る焼成ステップと、を含み、
前記脱脂ステップでは、前記積層体を大気雰囲気中で300℃以上325℃以下の温度で加熱し、
前記焼成ステップでは、前記積層体を窒素雰囲気中で600℃以上の温度で加熱することで当該積層体を焼結させる、
ことを特徴とする全固体電池の製造方法。
【請求項2】
請求項において、前記混合ステップでは、正極活物質の粉体に対して前記アスコルビン酸を炭素相当分で3wt%以上15wt%以下の割合で添加することを特徴とする全固体電池の製造方法。
【請求項3】
請求項において、前記混合ステップでは、正極活物質の粉体に対して前記アスコルビン酸を炭素相当分で5wt%以上15wt%以下の割合で添加することを特徴とする全固体電池の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は全固体電池およびグリーンシート法を用いた全固体電池の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
電気自動車、携帯型端末、定置型蓄電設備などの様々な機器や設備の電源としてリチウム二次電池が広く利用されている。そして現在のリチウム二次電池では、正極活物質としてLiCoO、LiMnなどが用いられている。しかしこれらの正極活物質は一つの遷移金属に対して一つのLiしかレドックス反応に関与しないため、より高容量のリチウム二次電池を達成するためには、一つの遷移金属に対して複数のLiが関与する、所謂「多電子反応」を示す正極活物質を含む正極層材料を開発することが必要となる。多電子反応を示す正極活物質を用いたリチウム二次電池は、複数のLiがレドックス反応に寄与することから、より高電位で動作し、より大きな容量とともに高いエネルギー密度も得られる。その一方で、現状のリチウム二次電池では、電解質に可燃性の有機電解液が用いられており、液漏れ、短絡、過充電などに対する安全対策を他の電池よりも厳しくすることが必要となっている。そして多電子反応を示す正極活物質を用いた電池では、高電位で動作することが災いして安全性を確保することが難しくなるという問題が生じる。
【0003】
そこで近年、電解質に酸化物系や硫化物系の固体電解質を用いた全固体電池に関する研究開発が盛んに行われている。固体電解質は、固体中でイオン伝導を可能にする材料であり、全固体電池では液体である有機電解液が不要となるため従来のリチウム二次電池のように可燃性の有機電解液に起因する各種問題が原理的に発生しない。すなわち高い安全性を容易に確保することができる。そして全固体電池は層状の正極(正極層)と層状の負極(負極層)との間に層状の固体電解質(電解質層)が狭持されてなる一体的な焼結体(以下、積層電極体とも言う)に集電体を形成した構造を有している。
【0004】
上述した「多電子反応」が期待できる全固体電池用の正極活物質としては、例えば、化学式LiMP(Mは遷移金属)で表される化合物があり、以下の非特許文献1や2にはMをFeとしたLiFeP(ピロリン酸鉄リチウム)の特性などが記載されている。また以下の特許文献1には、一般式LiFe(1-x)で表される化合物について記載されている。そして上記LiMPにおいて、遷移金属MとしてCoとNiの一方あるいは双方を含む化合物は、化学式の上では一つのMに対して3個のLiがレドックス反応に寄与することが可能であり、極めて高い容量とエネルギー密度を有した正極活物質として期待されている。
【0005】
なお全固体電池の本体となる上記積層電極体の製造方法としては、周知のグリーンシートを用いた方法が一般的である。概略的には、正極活物質と固体電解質を含むスラリー状の正極層材料、負極活物質と固体電解質を含むスラリー状の負極層材料、および固体電解質を含むスラリー状の固体電解質層材料をそれぞれシート状(グリーンシート)に成形するとともに、固体電解質層材料のグリーンシートを正極層材料と負極層材料のグリーンシートで挟持してなる積層体を得る。そしてその積層体を焼成すれば焼結体である積層電極体が完成する。なお各層のグリーンシートを作製する方法としては、周知のドクターブレード法がある。ドクターブレード法では、無機酸化物などのセラミックス粉体にバインダ(ポリビニルアルコール(PVA)、ポリビニルブチラール (PVB)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)、アクリル、エチルメチルセルロースなど)および溶剤(無水アルコールなど)を混合して得たスラリーを塗布工程あるいは印刷工程により薄板状に成形してグリーンシートを作製する。そして全固体電池ではスラリーに含ませるセラミック粉体として正極活物質、固体電解質、および負極活物質のそれぞれの粉体を用いる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-194846号公報
【非特許文献】
【0007】
【文献】Shin-ichi Nishimura,Megumi Nakamura,Ryuichi Natsui,and AtsuoYamada、「New Lithium Iron Pyrophosphate as 3.5V Class Cathode Material for Lithium Ion Battery」、J.Am.Chem.Soc.、2010,132(39),pp13596-13597
【文献】Hui Zhou,Shailesh Upreti,Natasha A.Chernova,Geoffroy Hautier,Gerbrand Ceder,and M. Stanley Whittingham、「Iron and Manganese Pyrophosphates as Cathodes for Lithium-Ion Batteries」、Chem. Mater.、2011,23(2),pp293-300
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上記特許文献1にも記載されているように、上述した多電子反応を示す正極活物質では、隣り合う遷移金属のイオン間で電子がホッピングによって移動することで電子伝導性を示し、そのホッピングによる電子伝導では、移動元の電子と移動先の電子のスピン状態が同じでなければならない。そして遷移金属MとしてCoとNiの一方あるいは双方を含む上記LiMPで表される化合物(以下、LMPOと記す)は、化学式の上では2個のLiがレドックス反応に寄与することになるが、隣り合う遷移金属イオン間で電子がホッピングできないことが上記特許文献1に記載されているシミュレーションによって判明している。すなわちLMPOは、電子伝導性に乏しく、このままでは全固体電池の正極活物質として使用することが難しい。言い換えれば、LMPOに電子伝導性を付与させることができれば、極めて有望な全固体電池用の正極活物質を得ることができる。
【0009】
そこで本発明は、遷移金属MとしてCoとNiの一方あるいは双方を含むLiMPで表される多電子反応を示す正極活物質に電子伝導性が付与されて高い容量とエネルギー密度を有する全固体電池を提供することを目的としている。また上記正極活物質に電子伝導性を付与して高い容量とエネルギー密度を有する全固体電池を製造するための方法を提供することも目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記目的を達成するための本発明は、一体的な焼結体で層状の正極と負極との間に層状の固体電解質が狭持されてなる積層電極体を備えてリチウム二次電池として動作する全固体電池の製造方法であって、
焼結性を有する化学式LiMP(Mは、CoとNiの一方あるいは双方)で表される正極活物質の粉体と、粉体状のアスコルビン酸とを混合する混合ステップと、
前記混合ステップで得た混合物を解砕する解砕ステップと、
前記解砕ステップで得た粉体を熱処理した上で再度解砕することで、アスコルビン酸を炭化させてなる導電体膜が形成された前記正極活物質の粉体を得る導電体被膜ステップと、
前記導電体被膜ステップにより得た導電体膜が形成された前記正極活物質の粉体と焼結性を有する非晶質からなる固体電解質の粉体とバインダと溶剤とを含むスラリー状の正極層材料をシート状に成形して正極層のグリーンシートを作製する正極層シート作製ステップと、
焼結性を有する負極活物質の粉体と前記固体電解質の粉体と前記バインダと前記溶剤とを含むスラリー状の負極層材料をシート状に成形して負極層のグリーンシートを作製する負極層シート作製ステップと、
前記固体電解質と前記バインダと前記溶剤とを含むスラリー状の電解質層材料をシート状に成形して電解質層のシートを作製する電解質層シート作製ステップと、
前記正極層のグリーンシート、前記電解質層のグリーンシート、および前記負極層のグリーンシートをこの順に積層してなる積層体を加熱して当該積層体を構成する前記グリーンシート中の前記バインダと溶剤を除去する脱脂ステップと、
前記脱脂ステップを経た前記積層体を加熱して前記積層電極体を得る焼成ステップと、を含み、
前記脱脂ステップでは、前記積層体を大気雰囲気中で300℃以上325℃以下の温度で加熱し、
前記焼成ステップでは、前記積層体を窒素雰囲気中で600℃以上の温度で加熱することで当該積層体を焼結させる、
ことを特徴とする全固体電池の製造方法としている。
【0013】
また前記混合ステップでは、正極活物質の粉体に対して前記アスコルビン酸を炭素相当分で3wt%以上15wt%以下の割合で添加することとしてもよい。正極活物質の粉体に対して前記アスコルビン酸を炭素相当分で5wt%以上15wt%以下の割合で添加すればより好ましい。
【発明の効果】
【0014】
本発明の全固体電池によれば、遷移金属MとしてCoとNiの一方あるいは双方を含むLiMPで表される多電子反応を示す化合物を正極活物質とし、大容量でエネルギー密度が高いものとなる。また本発明の全固体電池の製造方法によれば、上記の多電子反応を示す正極活物質の粒子表面に導電体膜を形成することができる。それによって正極活物質の電子伝導率を向上させることができる。なおその他の効果については以下の記載で明らかにする。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】正極活物質の粒子表面にアスコルビン酸を炭化させてなる導電体膜を形成するための手順を示す図である。
図2】本発明の実施例に係る全固体電池を構成する積層電極体の概略構造を示す図である。
図3】上記実施例に係る全固体電池を構成する固体電解質の製造手順を示す図である。
図4】上記実施例に係る全固体電池を構成する正極層のグリーンシートの製造手順を示す図である。
図5】本発明の実施例に係る全固体電池の製造手順を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
===本発明における具体的な課題===
上述したLMPOは、多電子反応を示し、全固体電池の正極活物質として有望である。しかしその一方で電子伝導性に劣るという課題がある。したがってLMPOを正極活物質とした全固体電池を実用化させるためには、まずLMPOに電子伝導性を付与するための技術を開発する必要がある。そこで本発明者は、従来のリチウム二次電池と同様にして粉体状の正極活物質の粒子に導電材の被膜(以下、導電体膜とも言う)を形成(以下、コーティングとも言う)することを検討した。しかしその検討途上で、焼結体からなる積層電極体を主体にして構成される全固体電池では、その積層電極体の製造方法に起因して電極活物質の粒子表面に導電体膜を再現性よくコーティングすることが難しいということを知見した。
【0017】
例えば、積層電極体は焼成工程などの高温での熱処理を経て作製されるため、正極活物質の粒子表面に形成される導電体膜の起源となる導電材には、その熱処理に際して焼失したり正極活物質の粒子表面から剥離したりしないような特性を有しているものを選択しなくてはならない。その一方で全固体電池を実用化するためには製造コストも重要な要素となることから、安価で入手や取り扱いが容易な導電材を選択することも要求される。そして本発明者は、これらの要望や要求に鑑み、また実際の使用実績も考慮すれば、導電材には炭素材料を用いるのが妥当であると判断した。
【0018】
しかし上述したように、全固体電池では、その製造過程で熱処理を要し、炭素材料は熱処理時の雰囲気によって導電材の構成元素である炭素が酸素と反応して二酸化炭素になってしまい導電性が劣化するという問題が発生する。確かに、窒素雰囲気などの酸素を含まない雰囲気で熱処理を行えば導電材中の炭素が酸素と反応することはない。ところが全固体電池はグリーンシート法で作製されることが一般的であり、グリーンシート法で用いられるスラリー状のグリーンシートにはバインダあるいは溶剤などの電池反応に寄与しない物質が含まれている。そしてこれらの物質は積層体の焼結を阻害する物質でもあるため、焼結を目的とした焼成に先だって酸素を含む大気雰囲気中で熱処理することによってバインダを焼失させるとともに溶剤を揮発させる、所謂「脱脂処理」を施す必要がある。すなわち酸素が不可欠な熱処理と酸素を禁忌とする熱処理のいずれもが必須の工程になっている。したがってLMPOからなる正極活物質を用いた実用的な全固体電池をグリーンシート法で製造するためには、グリーンシート内のバインダや溶剤を脱脂処理によって確実に除去しつつ、その脱脂処理や積層電極体の焼成における熱処理に際しては導電材となる炭素材料の燃焼を抑制することが必要となる。
【0019】
またグリーンシート法を用いて全固体電池を製造するため、グリーンシートに含まれる正極層材料中には正極活物質がセラミック粉体として含まれることになる。したがって導電材も粉体状であることが望ましい。活物質用の炭素系導電材を用いる場合には、種々の溶媒にあらかじめ炭素系導電材を分散させておくことで、活物質への均一な炭素系導電剤のコーティングが可能となる。したがってLMPOを正極活物質とした全固体電池では、粉体状の炭素系導電材をどの溶媒にどの程度分散させるか選定することも必要となる。このようにLMPOの粒子表面に導電体膜を確実に形成するためには、コーティング条件を最適化することも必要となる。
【0020】
===導電材===
上述したように、本発明者は、LMPOの粒子表面にコーティングする導電体膜の原材料として、従来のリチウム二次電池にも採用されて実績のある炭素系材料を用いることとした。そしてその炭素系材料が粉体であることも条件にした。しかしこれらの条件だけは実は不十分である。すなわち現在の社会的要請として常識となっている、安全性や環境に対する影響についても考慮する必要がある。そこで様々な炭素性材料について検討した結果、水溶性で食料添加物として使用されて十分な安全性が確認されているアスコルビン酸を導電材として選定した。もちろんアスコルビン酸は安価で入手も容易である。
【0021】
<アスコルビン酸の炭化条件>
LMPOの粒子表面にアスコルビン酸を炭化させてなる導電体膜を形成するためには、まずアスコルビン酸に電気伝導性を発現させるための炭化条件を求める必要がある。そこでアスコルビン酸を窒素雰囲気下で高温処理する炭化処理を温度を変えて行い、各温度での炭化処理後のアスコルビン酸の電子伝導率を調べた。ここでは2枚の対面する金属板間に配置された粉体を加圧することができる治具を用い、炭化処理後の粉末状のアスコルビン酸をその治具を用いて加圧して圧縮した。次いで治具の金属板間に異なる電圧Vを機会を変えて所定時間印加し、それぞれの印加機会ごとに当該所定時間の最後の3秒間の平均電流値Iを測定した。そしてアスコルビン酸の抵抗値RをV=IRの式に基づいて求め、この抵抗値Rと治具における金属板の面積および2枚の金属板間の距離から計算できる電気抵抗率(Ω・cm)の逆数を電子伝導率(S/cm)とした。
【0022】
表1にアスコルビン酸の炭化処理温度と電子伝導率との関係を示した。
【0023】
【表1】
表1より、アスコルビン酸は600℃の温度で炭化処理を行うと1×10-6S/cm以上の電子伝導率(5.8×10-6S/cm)を示し、十分な電子伝導性が得られた。625℃の温度では1×10-1S/cm以上の高い電子伝導率(5.8×10-1S/cm)を示した。しかし500℃で炭化処理を行った場合では、9.6×10-9S/cmの電子伝導率となり、炭化が不十分であることがわかった。以上よりアスコルビン酸を正極活物質の導電体膜として使用するためには、600℃以上の温度で炭化処理を行う必要がある。なお焼成温度の上限については、積層電極体を構成する正極層や負極層における電極活物質と固体電解質とが反応したり、固体電解質層を含めた各層における固体電解質が溶融したりしない温度とすればよい。すなわち600℃以上で焼結する固体電解質を選定するとともに、その固体電解質と電極活物質の組み合わせや固体電解質の種類に応じて焼成温度の上限を適宜に設定すればよい。
【0024】
===導電膜===
上述したようにアスコルビン酸自体は酸素を含まない雰囲気下で600℃以上の温度で炭化させることで十分な電子伝導性が発現して全固体電池の正極活物質にコーティングする導電材として有望であることが確認できた。つぎに、焼成に先立つ脱脂処理においてアスコルビン酸を焼失させないようにする条件を見いだすこととした。ここでは化学式LiMPにおけるMをCoとした化合物LiCoP(以下、LCPOとも言う)からなる粉体状の正極活物質を作製するとともに、その正極活物質にアスコルビン酸を添加し、アスコルビン酸を炭化させてなる導電体膜が形成された正極活物質の粉体をサンプルとした。そして各サンプルを各条件で熱処理後、電子伝導率を調べたなお全固体電池に限らず、グリーンシートに対する脱脂処理は300℃~400℃の温度で行われていることから、ここでもその温度範囲で脱脂のための熱処理を行った。
【0025】
図1に導電体膜によって被膜された正極活物質の粉体を製造する手順を示した。まずLCPOの原料として(NH)HPO、LiCO、CoC・2HOを使用し、これらを化学量論比で秤量して磁性乳鉢で混合し(s1)、その混合物を6t/cmの圧力でプレス加工しペレットに成型するとともに(s2)、そのペレットをアルミナルツボに入れて大気雰囲気中300℃の温度で1時間加熱して一次焼成(仮焼き)を行った(s3)。その後、一次焼成品をメノウ乳鉢で粉砕し(s4)、その粉砕物を再びプレス加工してペレットを成型した(s5)。このペレットをアルミナルツボに入れ、大気雰囲気中600℃の温度で2時間加熱して二次焼成(本焼成)を行った(s6)。そしてその二次焼成品をメノウ乳鉢で粉砕し、平均粒子径10ミクロンの粉体状のLCPO(以下、LCPO粉体とも言う)を得た(s7)。
【0026】
さらにLCPO粉体に対し、炭素相当分で5wt%のアスコルビン酸を添加し(s8)、そのアスコルビン酸とLCPOとの混合物をボールミルによりアルコール媒体中で粉砕(解砕)し(s9)、その解砕によって得た粉体(以下、正極粉体とも言う)を窒素雰囲気中625℃の温度で2時間加熱し(s10)、焼成後の粉体を乳鉢で粉砕後、さらにボールミルでアルコール媒体を用いて粉砕し、平均粒子径1μmのカーボンでコーティングされた正極粉末を得た(s11)。
【0027】
そして、カーボンでコーティングされた正極粉末に対し、脱脂処理に相当する熱処理を大気雰囲気下で行った(s12)。ここではサンプルに応じて異なる温度で熱処理を行った。さらにその熱処理後の粉体(以下、熱処理粉体とも言う)を窒素雰囲気にて500℃10時間および625℃の温度で焼成し(s13)、正極層に含ませる粉体材料と同等の熱履歴に相当する粉体(以下、焼成粉体とも言う)を得た。そしてこの焼成粉体をサンプルとした。また焼成粉体に対する比較例として焼成(s13)を行わない熱処理粉体もサンプルとして用意した。なお焼成粉体からなるサンプルについては、実際の全固体電池おいてグリーンシートからなる積層体を積層電極体として焼結させる際に、急激な温度変化によってその積層電極体を破損させないようにすることも考慮し、脱脂処理に相当する熱処理(s12)の直後に焼結を目的とした625℃の温度で焼成せず、熱処理(s12)の後に窒素雰囲気にて500℃の温度で10時間保持した後、625℃の温度で2時間保持して焼結させた(s13)。もちろん昇温速度や各層のグリーンシート内のセラミック分の粒子径などを適切に調整することで焼結性が確保できるのであれば、熱処理後の積層体を焼結温度まで加熱して積層電極体に焼結させてもよい。そして以上のようにして作製した各サンプルに対し、上記治具を用いて抵抗値を測定し、その測定結果に基づいて各サンプルの電子伝導率を求めた。
【0028】
以下の表2に各サンプルの熱処理条件と電子伝導率の関係を示した。
【0029】
【表2】
表2において、焼成を行っていない熱処理粉体からなるサンプル1,3、5、7、9では脱脂処理に相当する熱処理(以下、脱脂処理とも言う)の温度(310℃~400℃)によらず、同様の電子伝導率(1.5×10-10S/cm~4.5×10-10S/cm)となった。しかし脱脂処理後に窒素雰囲気下で焼成に相当する熱処理(以下、焼成とも言う)を行ったサンプル2、4、6、8、10では、脱脂処理の温度によって電子伝導率に差がでた。そして325℃および310℃の温度で脱脂処理を行ったサンプル8および10では、それぞれ7.2×10-6S/cmおよび6.2×10-5S/cmの1×10-6以上の電子伝導率が得られたが、400℃、380℃、および350℃の各温度で脱脂処理を行ったサンプル2、4、および6ではそれぞれ6.6×10-10S/cm、6.9×10-11S/cm、および4.1×10-9の電子伝導率しか得られず、サンプル2、4、6はサンプル8、10に対して10-3~10-4の尺度で電子伝導率が低下した。したがって、アスコルビン酸を起源とした導電膜をLCPOなどのLMPOの粉体表面に確実に形成するためには、325℃以下の温度で脱脂処理を行うことが必要となる。なおここではアスコルビン酸を炭化させてなる導電膜をLCPOからなる正極活物質の粒子表面に形成していたが、周知のごとく、多くの酸化金属化合物ではCoの全部あるいは一部がNiに置換されても近似した物性を示す。したがってLCPOに含まれるCoの一部あるいは全部をNiに置換した化合物を正極活物質に用いても、熱処理の条件が同じであれば同様の電子伝導率が得られることが容易に予想される。
【0030】
===アスコルビン酸の添加量===
図1示した方法で作製した焼成粉体は、LCPOに対し炭素相当分で5wt%のアスコルビン酸を含ませていた。アスコルビン酸の添加量は目的とする電子伝導率が得られるように適宜に設定可能であるが、添加量が過小であれば十分な電子伝導率が得られず、過剰であれば正極層内の正極活物質が相対的に減少して電池容量を低下させる原因となる。そこで図1に示した製造手順の工程s8においてアスコルビン酸の添加量を変えて工程s9により正極粉体を作製するとともに、脱脂処理に相当する熱処理(s12)を省略して直接焼成工程(s13)により焼成粉体を得た。そして熱処理(s12)を省略して得た焼成粉体に対して上記治具を用いた抵抗値測定を行い、アスコルビン酸の添加量が異なる各焼成粉体の電子伝導率を求めた。
【0031】
表3にアスコルビン酸の添加量と焼成粉体の電子伝導率との関係を示した。
【0032】
【表3】
表3では、アスコルビン酸の添加量(wt%)を、粉体状のLCPOに対する炭素相当分の質量比として示しており、この表3に示したように、アスコルビン酸の添加量が多いほど電子伝導率が大きくなった。炭素相当分でアスコルビン酸を3wt%添加した焼成粉体では6.0×10-7S/cmの電子伝導率となり、15wt%では1.1×10-3S/cmの極めて低い電子伝導率が得られた。なお15wt%よりも多くのアスコルビン酸を添加してみたが、添加量の増加に対して電子伝導率の増加は僅かであり、測定機会ごとの電子伝導率のバラツキも大きく、表3に示したほどの添加量と電子伝導率との相関性が見られなかった。すなわち15wt%の添加量で電子伝導度率が飽和してくることが知見された。
【0033】
そして5wt%の添加量では3.2×10-4S/cmであり、同じ5wt%のアスコルビン酸を添加し、かつ325℃および310℃の温度で脱脂処理を行った表2におけるサンプル8およびサンプル10の電子伝導率がそれぞれ7.2×10-6S/cmおよび6.2×10-5S/cmに減少したことを踏まえると、アスコルビン酸を3wt%添加した場合に脱脂処理によって電子伝導率が同じような割合で減少したとしても、325℃の脱脂処理で2.6×10-9S/cm、310℃の脱脂処理では1.2×10-7S/cmとなることから、350℃で脱脂処理を行ったサンプル6の電子伝導率を上回る。したがって脱脂処理を325℃以下の温度で脱脂処理を行うことを条件として、正極粉体中にアスコルビン酸が炭素相当分で正極活物質に対して3wt%以上あれば十分な電子伝導率が得られる。また3wt%の添加量に対して5wt%の添加量では電子伝導率が1000倍以上増加したことから、アスコルビン酸の添加量は正極活物質に対して炭素相当分で5wt%以上とすればより好ましい。なおアスコルビン酸の添加量の上限については、最終的に作製される全固体電池の用途などによって定められる電池容量に応じて適宜に設定すればよいが、上述したように、15wt%以上の添加量では電子伝導率が飽和してくることから、上限を15wt%に設定するのが妥当であると言える。
【0034】
===全固体電池の製造方法===
図2に本発明の実施例に係る全固体電池の概略構造を示した。この図は、積層電極体1を積層方向を含む平面で切断したときの断面図を示しており、図中では、当該断面において円100で示した領域の拡大図も示されている。図2に示したように、積層電極体1は、積層構造を有する一体的な焼結体からなり、正極層10と負極層20との間に固体電解質層30が狭持された構造を有している。そして正極層10は正極電極活物質11と固体電解質31を含み、正極活物質11はMとしてCoとNiの少なくとも一方を含んだLMPOからなり、この正極活物質11の粒子表面にアスコルビン酸が炭化されてなる導電体膜12が形成されている。
【0035】
上述したように、積層電極体1を構成する正極層10、負極層20、および固体電解質層30は各層に対応するグリーンシートを焼成したものであり、正極層10のグリーンシート(以下、正極層シートとも言う)、負極層20のグリーンシート(以下、負極層シートとも言う)および固体電解質層30のグリーンシート(以下、電解質シート)の製造手順は上述したドクターブレード法に基づいている。そして各層のグリーンシートには、固体電解質のセラミック粉体が含まれている。そこで本発明の実施例に係る全固体電池の製造方法として、固体電解質に化学式Li1+xAlGe2-x(POで表される化合物(0<x<1、以下、LAGP)を用いた積層電極体の製造手順を挙げることとし、最初に粉体状のLAGPの作製手順について説明し、次にそのLAGPを含んだ正極層シートの作製手順について説明し、その上で各層のグリーシートを積層させてなる積層体を上述した脱脂条件やアスコルビン酸の炭化条件に基づいて積層電極体として焼結させる手順について説明する。
【0036】
<固体電解質の作製手順>
図3に各層のグリーンシートに含ませるLAGPからなるセラミック粉体の作製手順を示した。まずLAGPの原料となるLiCO、AL、GeO、NHPOの粉末を所定の組成比になるように秤量して磁性乳鉢やボールミルで混合し(s21)、その混合物をアルミナルツボなどに入れて300℃~400℃の温度で3h~5hの時間を掛けて仮焼成する(s22)。仮焼成によって得られた仮焼き粉体を1200℃~1400℃の温度で1h~2h熱処理することで、仮焼き粉体を溶解させる(s23)。そしてその溶解した試料を急冷してガラス化することで、非晶質のLAGPからなる粉体を得る(s24)。つぎにその非晶質のLAGP粉体を200μm以下の粒子径となるように粗解砕し(s25)、その粗解砕された固体電解質の粉体をボールミルなどの粉砕装置を用いて粉砕することで、LAGPの粉体を適宜な粒子径(例えば、平均粒子径0.2~10μm)となるように調整し、各層のグリーシートに含ませるLAGPの粉体(以下、電解質粉体とも言う)を得る(s26)。
【0037】
<正極層シートの作製手順>
上述したように電解質粉体を作製したならば、その電解質粉体と、図1におけるLPCOの秤量・混合工程(s1)から解砕工程(s9)を経て、酸素を含まない雰囲気下で600℃以上の温度でアスコルビン酸を炭化させる熱処理(s10)と、その後の再度の解砕工程(s11)までの手順によって得た十分な電子伝導性を発現させた正極活物質と、上記記電解質粉体との混合粉体にバインダと溶剤を加えてスラリー状とし、そのスラリー状の正極層材料からグリーンシートを作製する。図4に正極層シートの作製手順を示した。正極粉体と電解質粉体を作製したならば(s31)、その正極粉体とその電解質粉体を、例えば50:50の質量比で混合し(s32)、その混合物に対しバインダを所定の質量比(例えば、20wt%~30wt%)で添加するとともに、溶媒としてエタノールなどの無水アルコールを混合物に対し所定の質量比(例えば、30wt%~50wt%)で添加する(s33)。そして、この正極粉体と電解質粉体の混合物にバインダおよび溶媒を添加したものをボールミルで所定時間(例えば、20h)混合する(s34)。それによって正極層シートとなるペースト状の正極層材料が得られる。
【0038】
次に正極層材料を真空中にて脱泡した上でドクターブレード法にてPETフィルム上に塗工し、シート状の正極層材料を得る(s35、s36)。また正極層シートを目的の厚さに調整するために、一回の塗工で得られた1枚のシート状の正極層材料を所定枚積層するとともに、その積層したものをプレス圧着するとともに(s37)、その圧着体を所定の平面サイズに裁断してグリーンシートである正極層シートを完成させる(s38)。
【0039】
なお負極層シートについては、負極活物質として酸化チタン、黒鉛などを用い、図4に示した手順において、正極活物質に代えてその負極活物質の粉体を用いればよい。電解質シートについては電解質粉体のみを用いればよい。
【0040】
<全固体電池の作製手順>
積層電極体の各層を形成するグリーンシートを作製したならば、それらのグリーンシートの積層体を上述した熱処理や焼成によって焼結させる。図5に積層電極体の作製手順を示した。正極層シート、電解質層シート、および負極層シートを作製したならば(s41、s42、s43)、これらのシートを積層して圧着することで積層体を作製し(s44)、その積層体に対して上述した条件で脱脂処理を施すことで各層のグリーンシート中のバインダと溶剤を除去する(s45)。すなわち325℃以下の温度でバインダと溶剤が除去されるまで(例えば、10h)大気雰囲気にて脱脂処理を行う。そして脱脂処理後の積層体を窒素雰囲気にて600℃以上の温度で焼成して積層電極体として焼結させる(s46)。さらに積層電極体の正極層と負極層のそれぞれの表面にスパッタリングなどによって金属薄膜(白金薄膜など)からなる集電体を形成すれば全固体電池が完成する(s47)。なお積層電極体に限らず、グリーンシート法を用いて作製される焼結体は、セラミック粉体が異なるだけであり、本発明の実施例ではバインダや溶剤には特徴はない。したがって脱脂処理温度の下限については特に規定はしていない。焼結体を製造する際の一般的な脱脂処理の温度は、確実性を期しして300℃以上を目安としているが、表2に示したように、脱脂処理の温度が325℃のとき(サンプル8)よりも310℃のとき(サンプル10)の方が電子伝導率が高かったことから、バインダと溶剤を除去することができるのであれば、脱脂処理の温度は、325℃以下という条件を満たした上で適宜な温度範囲に設定することができる。
【0041】
===その他の実施例===
本発明の実施例にかかる全固体電池に用いる固体電解質や負極活物質は上述したものに限らない。固体電解質としては、リチウムイオン伝導性を有する材料であればよく、各種NASICON型酸化物や硫化物系無機固体電解質などが挙げられる。負極活物質としては、上記の酸化チタンや炭素材料(天然黒鉛、人造黒鉛、黒鉛炭素繊維など)の他に、チタン酸リチウム(LiTi12)などの金属酸化物が挙げられる。
【0042】
またグリーンシートの製造手順についても上述した手順に限定されない。例えば、グリーンシートに含ませる正極粉体や電解質粉体の粒子径は、焼結性や製造容易性などを考慮して適宜に設定されるものである。
【符号の説明】
【0043】
1 積層電極体、10 正極層、20 負極層、30 固体電解質層、
11 正極活物質、12 導電体膜、31 固体電解質、
s1 LCPO原料の秤量・混合工程、s3 LCPO原料の一次焼成工程、
s6 LCPO原料の二次焼成工程、s8 アスコルビン酸添加工程、
s9,s11 解砕工程、s10 コーディング熱処理工程、s12 熱処理工程、
s13,s46 焼成工程、s41 正極層シート作成工程、
s42 電解質層シート作成工程、s43 負極層シート作成工程、
s44 積層体作製工程、s45 脱脂工程
図1
図2
図3
図4
図5