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特許7002205シミュレータ用擬似体液及び医療用シミュレータ
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  • 特許-シミュレータ用擬似体液及び医療用シミュレータ 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-04
(45)【発行日】2022-01-20
(54)【発明の名称】シミュレータ用擬似体液及び医療用シミュレータ
(51)【国際特許分類】
   G09B 23/28 20060101AFI20220113BHJP
   A61K 9/08 20060101ALI20220113BHJP
   A61K 47/10 20060101ALI20220113BHJP
   A61K 47/12 20060101ALI20220113BHJP
【FI】
G09B23/28
A61K9/08
A61K47/10
A61K47/12
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2017057897
(22)【出願日】2017-03-23
(65)【公開番号】P2018159858
(43)【公開日】2018-10-11
【審査請求日】2020-03-09
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】393015324
【氏名又は名称】株式会社グッドマン
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100121821
【弁理士】
【氏名又は名称】山田 強
(74)【代理人】
【識別番号】100139480
【弁理士】
【氏名又は名称】日野 京子
(72)【発明者】
【氏名】廣田 徹
(72)【発明者】
【氏名】廣田 悦子
(72)【発明者】
【氏名】廣浦 学
【審査官】比嘉 翔一
(56)【参考文献】
【文献】特表平10-500689(JP,A)
【文献】特開2016-126258(JP,A)
【文献】特開2016-123711(JP,A)
【文献】特表平07-503081(JP,A)
【文献】特開2016-002438(JP,A)
【文献】特開2014-214090(JP,A)
【文献】特開2016-057451(JP,A)
【文献】特開2013-235094(JP,A)
【文献】国際公開第2013/024866(WO,A1)
【文献】特許第5992031(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G09B 1/00- 9/56
G09B17/00-19/26
G09B23/00-29/14
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
生体モデルを用いたシミュレートを行う際に前記生体モデルに接触させて用いるシミュレート用の疑似体液であって、
水と、水溶性多価アルコールと、脂肪酸及び脂肪酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物と、を含有し、
前記シミュレート用疑似体液中における前記水溶性多価アルコールの含有割合は、5~30質量%である、シミュレート用疑似体液。
【請求項2】
前記生体モデルと、前記生体モデルに接触されている請求項1に記載のシミュレート用疑似体液とを備える、医療用シミュレータ。
【請求項3】
前記生体モデルは血管モデルである、請求項に記載の医療用シミュレータ。
【請求項4】
前記生体モデルは、ポリウレタン製又はシリコーンゴム製である、請求項又はに記載の医療用シミュレータ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、シミュレータ用疑似体液及び医療用シミュレータに関し、詳しくは、生体モデルに接触させて用いられシミュレート用疑似体液、及び生体モデルとシミュレート用擬似体液とを備える医療用シミュレータに関する。
【背景技術】
【0002】
医療手技の訓練や、医療デバイスの操作性の確認等を行う際に、従来、生体組織や臓器を模擬して製造された生体モデル、あるいは生体モデルを備えた医療用シミュレータが使用されている(例えば、特許文献1参照)。生体モデル及び医療用シミュレータとしては、シミュレート時において、実際の手技の際に術者が受ける感触に近い状態を再現可能であることが必要である。
【0003】
例えばカテーテル手技では、実際の手技の際に、血管内を挿通するカテーテルと血管壁とが接触することがある。したがって、生体モデルや医療用シミュレータを用いたシミュレート時にも、擬似血液が循環する疑似血管内を挿通中のカテーテルが擬似血管の内表面に接触した際には、カテーテルが実際の血管壁に接触したときと同じような感触を術者に与えることが望ましい。そのためには、擬似血管内を循環させる液体が、実際の血液に似た使用感を示すとともに、生体モデル表面に対し、実際の血管壁にできるだけ近い潤滑性を付与することが求められる。
【0004】
そこで従来、生体モデルや医療用シミュレータに擬似血液として用いるための医療用液体組成物が種々提案されている(例えば、特許文献2、3参照)。特許文献2には、シリコーンゴムからなるカテーテルシミュレータ用の血管モデル内に充填される循環液として、水と界面活性剤と水溶性のイオン化合物とを含有する液体組成物が開示されている。また、特許文献3には、水と水溶性多価アルコールと水溶性シリコーンオイルとを含有する超音波診断装置のフローファントム用擬似血液が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第4505572号公報
【文献】特許第5992031号公報
【文献】特開2013-235094号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
水溶性シリコーンオイルは高価であり、できるだけ安価で高機能なことが要求される擬似体液において配合成分として使いにくいのが実情である。また、界面活性剤を含有する液体組成物は、液体組成物中で界面活性剤のミセル形成が起きたり、あるいはカテーテル等の医療デバイスとの接触により医療デバイスのコーティングを剥離したりすることがある。そのため、実際の生体組織や臓器に対して手技を施したときと同じような感触を再現できないことが懸念される。
【0007】
また、生体モデルは、通常、ポリビニルアルコールやポリアクリルアミド、ポリウレタン、シリコーン等の高分子材料によって形成されている。これらのうち、例えばポリウレタンのように吸水性の高い高分子材料によって生体モデルが形成されている場合には、水系の液体と生体モデルとの接触により、生体モデルが水を吸収して膨潤しやすくなる。かかる場合、シミュレート中に生体モデルの物性が変化したり、表面形状の変形が生じたりすることにより、シミュレート時において実際の生体組織や臓器での状態を再現できないことが懸念される。
【0008】
また、シミュレート中には、手技者の手や、操作中の医療用器具に擬似血液が付着する。そのため、擬似血液が空気との接触によって乾燥しやすい場合、手技者の手や医療用器具がべたつきやすくなる。この場合、シミュレート中に医療用器具の操作性が次第に低下することが懸念される。こうした医療用器具の操作性の低下を回復するには、シミュレート中に手技者が頻繁に水で手を濡らすことが必要になり、生体モデルを使いにくいといった不都合が生じる。この問題は、水系の液体を擬似血液として用いる場合に特に生じやすい。
【0009】
本開示は上記課題に鑑みなされたものであり、生体モデルの表面潤滑性の向上と、生体モデルの膨潤の抑制との両立を安価に実現でき、しかも使用感が良好なシミュレート用疑似体液及び医療用シミュレータを提供することを一つの目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本開示によれば、以下の医療用液体組成物及び医療用シミュレータが提供される。
[1] 生体モデルに接触される医療用液体組成物であって、水と、水溶性多価アルコールと、脂肪酸及び脂肪酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物と、を含有する、医療用液体組成物。
[2] 前記生体モデルが血管モデルである、上記[1]の医療用液体組成物。
[3] 前記生体モデルが、ポリウレタン製又はシリコーンゴム製である、上記[1]又は[2]の医療用液体組成物。
[4] 生体モデルを備え、上記[1]~[3]のいずれかの医療用液体組成物が前記生体モデルに接触されている、医療用シミュレータ。
[5] 前記生体モデルとして血管モデルを備える、上記[4]の医療用シミュレータ。
【発明の効果】
【0011】
本開示によれば、生体モデルの表面潤滑性を向上させることができ、かつ生体モデルの膨潤を抑制することができる。これにより、生体モデルを用いたシミュレート時において、実際の手技の際に術者が受ける感触に近い状態を再現することができる。また、脂肪酸及び脂肪酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物と、水溶性多価アルコールとを用いる構成によれば、生体モデルにおける表面潤滑性の向上と膨潤の抑制との両立を安価に実現することができる。さらに、脂肪酸及び脂肪酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物と、水溶性多価アルコールとを併用することにより、水溶性多価アルコールの含有割合を少なくしても、生体モデルの表面潤滑性を十分に高くできる。これにより、生体モデルの表面潤滑性を確保しつつ、シミュレート時において医療用器具の使用感を良好に維持することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例で使用した動静脈循環型シミュレータを表す図。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本開示の態様に関連する事項について詳細に説明する。なお、本明細書において「~」を用いて記載された数値範囲は、「~」の前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味である。
【0014】
<医療用液体組成物>
本開示の医療用液体組成物は、水と、水溶性多価アルコールと、脂肪酸及び脂肪酸塩よりなる群から選ばれる少なくとも一種の化合物(以下、「化合物A」ともいう。)と、を含有する。医療用液体組成物の調製に使用する水は、特に限定されず、蒸留水、精製水、滅菌精製水、注射用水等が挙げられる。
【0015】
水溶性多価アルコールとしては、例えばエチレングリコール、プロピレングリコール、ブチレングリコール、3-メチル-1,3-ブタンジオール、ヘキシレングリコール、ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、グリセリン、ジグリセリン、グルコース、マンニトール、トレハロース、イノシトール、キシロース、エリスリトール、キシリトール、ソルビトール、ペンタエリスリトール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられる。これらの中でも、生体モデルと医療用液体組成物との接触時において生体モデルの膨潤を抑制する効果が高い点で、炭素数20以下であることが好ましく、炭素数2~15であることがより好ましく、炭素数2~10であることがさらに好ましい。なお、水溶性多価アルコールは、1種を単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0016】
医療用液体組成物中における水溶性多価アルコールの含有割合は、0.2~45質量%であることが好ましい。水溶性多価アルコールの含有割合が0.2質量%未満であると、生体モデルの表面の潤滑性を改善する効果や、生体モデルの膨潤を低減する効果が十分に得られにくい。また、水溶性多価アルコールの含有割合が45質量%よりも多いと、得られる医療用液体組成物の室温での粘性が高くなりやすい。この場合、シミュレート時に、実際の生体組織や臓器に対して手技を施した場合と同じような状態を再現できないおそれがある。水溶性多価アルコールの含有割合は、医療用液体組成物の全体量に対して、より好ましくは1~35質量%であり、さらに好ましくは5~30質量%である。なお、水溶性多価アルコールは1種を単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0017】
脂肪酸は、飽和脂肪酸及び不飽和脂肪酸のいずれでもよく、また、炭素数についても特に限定されない。脂肪酸の具体例としては、例えば、プロピオン酸、酪酸等の炭素数2~4の短鎖脂肪酸;吉草酸、カプロン酸、ヘプチル酸、カプリル酸、カプリン酸等の炭素数5~11の中鎖脂肪酸;ラウリン酸、ミリスチン酸、ペンタデシル酸、パルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸、エレオステアリン酸、アラキジン酸、アラキドン酸等の炭素数12以上の長鎖脂肪酸、等が挙げられる。これらのうち、生体モデルの表面潤滑性をより良好にする観点から、脂肪酸は、炭素数6以上の飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸が好ましく、炭素数8以上であることがより好ましく、炭素数10以上であることがさらに好ましく、炭素数12以上であることが特に好ましい。また、水に対する溶解性を確保する観点から、脂肪酸は、炭素数30以下の飽和脂肪酸又は不飽和脂肪酸が好ましく、炭素数22以下であることがより好ましく、炭素数20以下であることがさらに好ましい。
【0018】
脂肪酸塩は、例えば上記で例示した脂肪酸の塩である。脂肪酸塩として具体的には、カリウム、ナトリウム等の金属塩;アンモニウム塩;炭酸塩;モノエタノールアミン、ジエタノールアミン、トリエタノールアミン等のアルカノールアミン由来のアンモニウム塩;アルギニン、リジン等の塩基性アミノ酸塩、等が挙げられる。また、化合物Aとしては、アルブミン等の蛋白質と脂肪酸とが結合して形成された蛋白質-脂肪酸複合体を用いることもできる。化合物Aとしては、水に対する溶解性が高い点、並びに着色性及び臭いを低減できる点で、脂肪酸の金属塩を好ましく用いることができる。
【0019】
医療用液体組成物中における化合物Aの含有割合は、医療用液体組成物の全体量に対して、0.01~40質量%とすることが好ましい。化合物Aの含有割合が0.01質量%未満であると、生体モデル表面の潤滑性の改善効果が十分に得られにくい。また、化合物Aの含有割合が40質量%よりも多いと、生体モデルの基材が吸水性の高い材料(例えば、ポリウレタンやポリビニルアルコール等)によって形成されている場合に、生体モデル表面での膨潤が大きくなる傾向がある。こうした観点から、化合物Aの含有割合は、医療用液体組成物の全体量に対して、より好ましくは0.02~30質量%であり、さらに好ましくは0.05~25質量%である。なお、化合物Aは1種を単独で使用してもよく、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
【0020】
本開示の医療用液体組成物は、本開示の効果を損なわない範囲で、水、水溶性多価アルコール及び化合物A以外のその他の成分を含んでいてもよい。その他の成分としては、例えば、緩衝剤、pH調整剤、安定化剤、界面活性剤、防腐剤、抗菌剤、殺菌剤、等張剤、造影剤、染料、酸化防止剤、潤滑剤、変色防止剤、造影剤、中和剤等が挙げられる。これらの配合割合は、本開示の効果を損なわない範囲で、各化合物に応じて適宜選択することができる。
【0021】
本開示の医療用液体組成物は、水と水溶性多価アルコールと化合物Aとを混合し、水溶性多価アルコール及び化合物Aを水に溶解させることによって調製される。調製する際の温度は、通常0~80℃であり、好ましくは10~60℃である。医療用液体組成物の調製は加熱しながら行ってもよい。その際の加熱温度は、例えば30~80℃である。
【0022】
本開示の医療用液体組成物は、例えば、樹脂製又はガラス製の保存容器に封入されて室温又は冷暗所にて保存される。医療用液体組成物は、シミュレート時に使用する際の至適濃度に調製されていることが好ましいが、使用時に必要に応じて水で希釈して用いられてもよい。医療用液体組成物に対しては、保存容器への封入前又は封入後に、加熱や加圧、放射線照射、フィルター濾過等の滅菌処理が施されてもよい。
【0023】
本開示の医療用液体組成物は、生体モデルの内表面及び外表面のうち少なくともいずれかに接触される擬似体液として用いることができる。ここで、生体モデルとは、生体組織や臓器を模して製造された模型である。生体モデルは、例えば医療手技の練習用や試験用、あるいは医療デバイスの操作性確認のために使用される。生体モデルの形状や寸法は特に限定されない。生体モデルは、例えば、血管のみを摸した組織モデル、血管をその周辺の組織と共に再現した組織モデル(例えば頭部、上腕部、下腕部、胸部、腹部、背部、臀部、脚部等の部分モデル)、心臓等の臓器そのものを筋肉や動静脈、脂肪等を含めて再現した臓器モデル、血管や筋肉、脂肪等を含め全身を摸した全身モデル等である。擬似体液としては、例えば血液、リンパ液、組織液、体腔液等の各種体液の擬似液が挙げられる。
【0024】
生体モデルは、例えばポリウレタン、ポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリルアミド、シリコーンゴム、スチレン系エラストマー等の高分子材料により形成されている。また、生体モデルは、例えばポリビニルアルコール、ポリ(メタ)アクリレート、ポリビニルピロリドン等の高分子材料に液体(例えば、水や擬似体液)を含有させて形成されたハイドロゲルによって少なくとも一部が形成されていてもよい。生体モデルは、実際の生体組織の外観に近付けるために着色されていてもよい。
【0025】
本開示の医療用液体組成物は、高分子材料からなる基材表面に対して、実際の血管壁に近い潤滑性を付与することができる。したがって、本開示の医療用液体組成物は、血管モデルの内腔に配置される擬似血液として好ましく使用することができる。また、本開示の医療用液体組成物を、擬似血管の内腔を循環させる循環液として用いた場合、医療用液体組成物が実際の血液に近い血行動態を示すため、カテーテル挿入や穿刺等の手技をシミュレートする際に、実際の手技で術者が受ける感覚に近い硬さや濡れ性を再現することができる。ここで、血管モデルは、血管を摸した組織モデルである擬似血管を有するものであればよく、血管のみを摸した組織モデル、血管をその周辺の組織と共に再現した組織モデル、臓器モデル及び全身モデルを含む意味である。
【0026】
本開示の医療用液体組成物を適用する擬似血管は、好ましくはポリウレタン製又はシリコーンゴム製である。本開示の医療用液体組成物は、ポリウレタン等といった吸水性の高い高分子材料からなる基材に対して、実際の血管壁に近い潤滑性を発現させつつ、しかも基材の膨潤を抑制する効果が高い。このため、シミュレート時において擬似血管の内表面の物性や形状の変化が小さく、人体に近いリアルな感触を術者に付与できる。
【0027】
水溶性多価アルコールと化合物Aとを含有させることによって、生体モデルの膨潤抑制と表面潤滑性とを兼ね備えた医療用液体組成物が得られる。その一つの理由としては、水溶性多価アルコールが、高分子材料を含む生体モデル表面に適度に浸透することが考えられる。これにより、生体モデルの水による膨潤が抑制されるとともに、水溶性多価アルコールと化合物Aとの相乗効果によって優れた表面潤滑性を生体モデル表面に付与できたことが考えられる。
【0028】
<医療用シミュレータ>
本開示の医療用シミュレータは、生体モデルを用いて実際の生体システムの挙動を再現した模擬装置である。医療用シミュレータは、生体モデルと医療用液体組成物とを有している。医療用シミュレータは、主に医療現場や教育現場等において、医療手技の練習用、訓練用あるいは医療用デバイスの操作確認等のために使用される。医療用シミュレータは、生体モデルの内表面及び外表面の少なくともいずれかに本開示の医療用液体組成物が接触されている。これにより、生体モデル表面に、人体に近いリアルな感触が作り出されている。医療用シミュレータは、好ましくは、生体モデルとして血管モデルを備える血液循環型シミュレータである。
【実施例
【0029】
以下、実施例によりさらに具体的に説明するが、本開示はこれらの実施例に限定されるものではない。なお、以下の例の中の「部」及び「%」は、特に断らない限り質量基準である。
【0030】
[比較例1]
1.擬似血液の調製
グリセリンを蒸留水に溶解し、擬似血液を調製した。なお、ここでは、グリセリン濃度が異なる8種類のサンプル(0.2質量%、1質量%、5質量%、10質量%、15質量%、20質量%、30質量%及び45質量%)を調製した。擬似血液の配合処方を下記表1に示した。
【0031】
2.表面潤滑性の評価(ポリウレタン試験片)
縦1cm×横1cm、厚さ5mmのポリウレタン製の試験片を用意し、この試験片と、上記1.で調製した擬似血液10mlとを15mlの遠沈管へ入れ、試験片を擬似血液中に浸漬した。擬似血液としては、上記1.で調製した8種類のサンプル(0.2質量%、1質量%、5質量%、10質量%、15質量%、20質量%、30質量%及び45質量%)を使用した。浸漬してから5分後、30分後、12時間後及び24時間後に試験片をそれぞれ引き上げ、試験片の表面を指で左右に軽く擦ったときの滑りやすさにより基材の表面潤滑性を確認した。基材の表面潤滑性が高いほど、試験片と同じ材料により形成された擬似血管を用いてカテーテルの挿入試験を行ったときに擬似血管とカテーテルとの間の動摩擦係数が小さく、カテーテルの挿入性に優れているといえる。評価は4段階評価とし、指を非常に滑らかに動かすことができた場合を表面潤滑性「優良(◎)」、指を適度に滑らかに動かすことができた場合を「良好(○)」、指を動かす際に力がやや必要であった場合を「可(△)」、指を動かす際に力がかなり必要であった場合を「不良(×)」とした。評価結果は下記表2に示した。なお、触感による表面潤滑性の評価結果は、浸漬時間に関わらず同じであったことが確認された。
【0032】
3.膨潤抑制性の評価(ポリウレタン試験片)
上記2.において、擬似血液中に試験片を浸漬してから24時間経過後に試験片の厚みを計測し、浸漬前後の厚みの増加量ΔDに基づき、擬似血液が試験片を膨潤させにくいかどうか(これを「膨潤抑制性」という。)を評価した。試験片が膨潤しにくいほど、その試験片と同じ材料により形成された擬似血管内に擬似血液を循環させたときに擬似血管が膨潤しにくく、手技中の擬似血管の物性変化や表面形状の変化を小さくでき優れているといえる。評価は、ΔDが0.3mm未満であった場合に膨潤抑制性「優良(◎)」、ΔDが0.3mm以上0.8未満であった場合に「良好(○)」、ΔDが0.8mm以上1.2mm未満であった場合に「可(△)」、ΔDが1.2mm以上であった場合に「不良(×)」とした。評価結果は下記表2に示した。
【0033】
4.使用感の評価(ポリウレタン試験片)
上記1.で調製された8種類のグリセリン水溶液、ポリウレタン試験片、ガイドワイヤ(グッドマン社製、0.035 inch)、及びガイディングカテーテル(グッドマン社製、7 Fr)を用いて使用感を評価した。具体的には、8種類のグリセリン水溶液に、ポリウレタン試験片、ガイドワイヤ及びガイディングカテーテルをそれぞれ浸漬させた。30秒浸漬させた後、ポリウレタン試験片、ガイドワイヤ及びガイディングカテーテルを引き上げた。引き上げたポリウレタン試験片については、ポリウレタン試験片を空気中で30秒ほど手で擦った後、水溶液の乾燥によって生じる試験片のべたつき感を確認した。また、引き上げたガイディングカテーテル及びガイドワイヤを用い、ガイディングカテーテル内へのガイドワイヤの挿入抵抗を確認した。評価は、試験片の表面にべたつきが生じず、且つガイドワイヤのガイディングカテーテル内への挿入抵抗が無い場合を使用感「良好(◎)」、試験片の表面にべたつきは生じなかったが、ガイドワイヤのガイディングカテーテル内への挿入抵抗が僅かでも有った場合を使用感「可1(○○)」、試験片表面にややべたつきが生じた場合を「可2(○)」、試験片表面のべたつきが顕著であった場合を「不良(×)」とした。評価結果は下記表2に示した。
【0034】
5.表面潤滑性の評価(シリコーンゴム試験片)
ポリウレタン試験片に替えてシリコーンゴム製の試験片を用いて「2.表面潤滑性の評価(ポリウレタン試験片)」と同様にして表面潤滑性を評価した。その結果を下記表2に示した。
【0035】
6.膨潤抑制性の評価(シリコーンゴム試験片)
ポリウレタン試験片に替えて、同じ大きさのシリコーンゴム製の試験片を用いて「3.膨潤抑制性の評価(ポリウレタン試験片)」と同様にして膨潤抑制性を評価した。但し、シリコーンゴム試験片の評価では、上記1.で得られた8種類のうち、5質量%、10質量%、15質量%、20質量%、30質量%、45質量%の6種類の擬似血液を用いた。評価結果は下記表2に示した。
【0036】
7.使用感の評価(シリコーンゴム試験片)
ポリウレタン試験片に替えてシリコーンゴム製の試験片を用いて「4.使用感の評価(ポリウレタン試験片)」と同様にして使用感を評価した。但し、シリコーンゴム試験片の評価では、上記1.で得られた8種類のうち、5質量%、10質量%、15質量%、20質量%、30質量%、45質量%の6種類の擬似血液を用いた。その結果を下記表2に示した。
【0037】
[比較例2]
蒸留水を擬似血液として用い、比較例1と同様にして、ポリウレタン試験片及びシリコーンゴム試験片について表面潤滑性、膨潤抑制性及び使用感の評価を行った。それらの結果を下記表2に示した。
【0038】
[比較例3]
1.擬似血液の調製
オクタン酸ナトリウムを蒸留水に溶解し、擬似血液を調製した。ここでは、オクタン酸ナトリウム濃度がそれぞれ0.01質量%、0.1質量%、0.2質量%、0.6質量%、1.0質量%、5.0質量%、10質量%、及び25質量%の8種類のサンプルを調製した。擬似血液の配合処方を下記表1に示した。
2.各種特性の評価(ポリウレタン試験片、シリコーン試験片)
上記1.で調製した8種類の擬似血液を用い、ポリウレタン試験片及びシリコーンゴム試験片のそれぞれについて比較例1と同様にして表面潤滑性、膨潤抑制性及び使用感を評価した。それらの結果を下記表2に示した。
【0039】
[実施例1]
1.擬似血液の調製
グリセリンとオクタン酸ナトリウムを蒸留水に溶解し、擬似血液を調製した。なお、グリセリン濃度は20質量%とし、オクタン酸ナトリウム濃度は0.01質量%、0.1質量%、0.2質量%、0.6質量%、1.0質量%、5.0質量%、10質量%及び25質量%として、合計8種類のサンプルを調製した。擬似血液の配合処方を下記表1に示した。
2.各種特性の評価(ポリウレタン試験片、シリコーン試験片)
上記1.で調製した8種類の擬似血液を用い、ポリウレタン試験片及びシリコーンゴム試験片のそれぞれについて比較例1と同様にして表面潤滑性、膨潤抑制性及び使用感を評価した。それらの結果を下記表2に示した。
【0040】
[実施例2~4]
使用する脂肪酸塩の種類及び配合量を下記表1のとおり変更した点以外は実施例1と同じ条件で、実施例2~4の擬似血液を調製した。また、調製した擬似血液を用いて、比較例1と同様にして表面湿潤性、膨潤抑制性及び使用感の評価を行った。それらの結果を下記表2に示した。なお、表1中の各数値は、擬似血液中の各成分の濃度(質量%)を表す。
【0041】
【表1】
【0042】
【表2】
【0043】
なお、表2中の数値(%)及び数値範囲(%)は、実施例1~4については、擬似血液中の脂肪酸塩の濃度(%)を示す。比較例1については、擬似血液中のグリセリン濃度(5)を示す。
【0044】
表2に示すように、ポリウレタン製及びシリコーン製の夫々の試験片について、実施例1~4ではいずれの濃度においても、表面潤滑性、膨潤抑制性及び使用感のそれぞれの項目で良好な結果が得られた。これに対し、比較例1では、ポリウレタン製及びシリコーン製の夫々の試験片について、表面潤滑性及び使用感の少なくとも一方が実施例1~4よりも劣る結果となった。具体的には、表面潤滑性を良好にしようとすると使用感が劣る結果となり、使用感を良好にしようとすると表面潤滑性が劣る結果となり、表面潤滑性と使用感とを両立できなかった。
【0045】
また、比較例2では、ポリウレタン製及びシリコーン製の夫々の試験片について、いずれの濃度においても表面潤滑性の評価が「不良」であった。比較例3では、ポリウレタン製の試験片については、表面潤滑性及び膨潤抑制性が実施例1~4よりも劣っていた。また、シリコーン製の試験片については、表面潤滑性が実施例1~4よりも劣っていた。
【0046】
以上の結果から、実施例1~4の擬似血液によれば、擬似血管の膨潤を抑制しつつ、脂肪酸塩を含まない比較例1よりも優れた表面潤滑性が得られることが分かった。また、実施例1~4と比較例1との対比から、脂肪酸又はその塩を用いることにより、グリセリン濃度を低くしても、基材表面に高い表面潤滑性を付与でき、かつ優れた使用感を維持できることが分かった。
【0047】
[実施例5]
1.擬似血液の調製
グリセリンとラウリン酸ナトリウムを蒸留水に溶解し、グリセリン濃度が20質量%、ラウリン酸ナトリウム濃度が0.6質量%の擬似血液を調製した。
2.表面潤滑性の評価
縦1cm×横1cm、厚さ5mmのポリウレタン製の試験片を用意し、この試験片と、上記1.で調製した擬似血液10mlとを15mlの遠沈管へ入れ、試験片を擬似血液中に浸漬した。浸漬してから24時間経過後に試験片を引き上げ、比較例1と同様にして試験片の表面潤滑性を確認した。その結果、実施例5では「優良(◎)」の評価であり、表面潤滑性に優れていた。
3.膨潤抑制性の評価
ポリウレタン製の試験片を擬似血液中に24時間浸漬した後、試験片の厚みを計測することにより、擬似血液による試験片の膨潤しにくさ(膨潤抑制性)を評価した。評価は比較例1と同様にして行った。その結果、実施例5では「優良(◎)」の評価であった。
4.使用感の評価
ポリウレタン製の試験片を用い、比較例1と同様にして使用感の評価を行った。その結果、実施例5では「優良(◎)」の評価であった。
【0048】
[実施例6~9及び比較例4~7]
擬似血液中におけるラウリン酸ナトリウム及びグリセリンの濃度を下記表3のとおり変更した点以外は実施例5と同様にして擬似血液を調製した。また、調製した擬似血液を用いて、実施例5と同様に表面潤滑性、膨潤抑制性及び使用感の評価を行った。それらの結果を下記表3に示した。なお、表3中の各数値は、擬似血液中の各成分の濃度(質量%)を表す。
【0049】
【表3】
【0050】
表3に示すように、実施例5~9の擬似血液は、ポリウレタン片を膨潤させにくく、表面潤滑性にも優れていた。これに対し、グリセリンを含有するがラウリン酸ナトリウムを含有しない比較例6の擬似血液は、実施例5~9の擬似血液よりも表面潤滑性が大きく劣っていた。また、ラウリン酸ナトリウムを含有するがグリセリンを含有しない比較例4,5の擬似血液と、ラウリン酸ナトリウム濃度が同じである実施例5,9とをそれぞれ対比すると、実施例5、9の方が比較例4,5よりも表面潤滑性及び膨潤抑制性に優れていた。また、オレイン酸ナトリウムの場合においても、ラウリン酸ナトリウムの結果と同様の表面潤滑性および膨潤抑制性の傾向を示した。
【0051】
以上の結果から、脂肪酸又は脂肪酸塩と水溶性多価アルコールとを含有する擬似血液によれば、生体モデルの表面潤滑性を向上できるとともに、水による生体モデルの膨潤を抑制できることが明らかとなった。また、脂肪酸又はその塩を用いることにより、グリセリン濃度を低濃度(例えば20質量%以下)とした場合にも、高い表面潤滑性が発現され、使用感に優れていることが分かった。
【0052】
<ポリウレタン製及びシリコーンゴム製の血管モデルへの利用>
[実施例10]
下記表4に示す配合処方で調製した擬似血液について、図1に示す動静脈循環型カテーテルシミュレータによりカテーテル挿入抵抗の評価を行った。使用した動静脈循環型カテーテルシミュレータは、心臓モデルと、動静脈血管モデルと、循環ポンプとして左心・右心ポンプとを備え、人体の血行動態を再現する模擬装置である。心臓モデルとしてはウレタン製の3D心臓モデルを用い、動静脈血管モデルとしてはシリコーンゴム製の血管サーキットを用いた。医療機器としては、血管挿入用シース(グッドマン社製、6Fr / 7Fr / 8Fr)、ガイドワイヤ(グッドマン社製、0.035 inch / 0.014 inch)、ガイディングカテーテル(グッドマン社製、6Fr / 7Fr, JL / JR)、Yコネクタ(グッドマン社製)、バルーンカテーテル(グッドマン社製、NSE α:φ2.75 x 13 mm / φ4.00 x 13 mm, Powered 3 NC:φ2.75 x 12 mm / φ5.00 x 12 mm, Powered 2:φ2.75 x 12 mm / φ4.50 x 12 mm)を用いた。血管モデル内に擬似血液を循環させ、左心・右心ポンプを駆動させることにより、人体と同程度の血流速度で擬似血液を循環させた。図1のカテーテルシミュレータを用いたカテーテル挿入抵抗評価は6名で実施した。評価は、比較例6(表3参照)の擬似血液を基準サンプルとし、基準サンプルとの比較により行った。なお、表4中の各数値は、擬似血液中の各成分の濃度(質量%)を表す。評価用の擬似血液としては、下記表4に示すように、脂肪酸塩の濃度が異なる擬似血液を調製して使用した。
【0053】
【表4】
【0054】
その結果、脂肪酸塩とグリセリンとを含有する擬似血液によれば、脂肪酸塩を含有しない比較例6の擬似血液に比べて、カテーテルを極めてスムースに挿入できるようになり、カテーテル挿入抵抗が大幅に低減されることが明らかとなった(6名中6名の評価)。
図1