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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-06
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】透析液分析用標準試薬キット
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/26 20060101AFI20220128BHJP
   A61M 1/16 20060101ALI20220128BHJP
   A61P 7/08 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 33/14 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 33/06 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 31/19 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 31/7004 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 33/00 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 47/02 20060101ALN20220128BHJP
   A61K 47/04 20060101ALN20220128BHJP
   A61P 13/12 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
G01N27/26 381D
A61M1/16 163
A61P7/08
A61K33/14
A61K33/06
A61K31/19
A61K31/7004
A61K33/00
A61K47/02
A61K47/04
A61P13/12
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2017163217
(22)【出願日】2017-08-28
(65)【公開番号】P2019037633
(43)【公開日】2019-03-14
【審査請求日】2020-06-15
(73)【特許権者】
【識別番号】000135036
【氏名又は名称】ニプロ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001896
【氏名又は名称】特許業務法人朝日奈特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】井上 裕之
(72)【発明者】
【氏名】城内 豊
(72)【発明者】
【氏名】平塚 寛之
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】特開2010-271102(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2012/0027818(US,A1)
【文献】特開2003-024415(JP,A)
【文献】特表2008-502722(JP,A)
【文献】特開2000-288083(JP,A)
【文献】特開2005-028108(JP,A)
【文献】特開2005-034457(JP,A)
【文献】特開2001-192069(JP,A)
【文献】特開昭64-085653(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26-27/49
A61M 1/16
G01N 1/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含む水溶液A液が充填されたバイアルA、および
(2)炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含む水溶液B液が充填されたバイアルB
からなる透析液分析用の標準試薬キットであって、
少なくともバイアルBが撥水性樹脂バイアルである透析液分析用の標準試薬キット。
【請求項2】
撥水性樹脂バイアルの表面の水の接触角が90度以上である請求項1記載の標準試薬キット。
【請求項3】
撥水性樹脂バイアルの全光線透過率が85%以上である請求項1または2記載の標準試薬キット。
【請求項4】
撥水性樹脂バイアルは、シクロオレフィンポリマー(COP)で形成されたものである請求項1~3のいずれか1項に記載の標準試薬キット。
【請求項5】
B液のpHが8.9以上である請求項1~4のいずれか1項に記載の標準試薬キット。
【請求項6】
透析液分析用の標準試薬が、撥水性樹脂バイアルに充填されたA液またはB液のいずれかをもう一方の液が充填されたバイアルに注ぎ入れて混合することにより調製される請求項1~5のいずれか1項に記載の標準試薬キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、透析液分析用の標準試薬キット、とりわけ取り扱いが簡単で、経時安定性に優れた標準試薬キットに関する。
【背景技術】
【0002】
腎機能が低下した患者に血液透析を実施する場合、患者の血液は人工腎臓中で浄化される。この人工腎臓の内部においては透析液が灌流し、透析膜を介して、該血液中の老廃物を透析液側に移行させることが一般に行われる。近年では、この透析液として、患者の負担を軽減させるために、従来の酢酸透析液に代わり、酢酸の使用量を低減させた重曹含有透析液が広く使用されている。
【0003】
重曹含有透析液では、電解質成分(例えば塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウム)と炭酸水素イオンとの反応により不溶性の化合物が生成されるため一剤化に適しておらず、通常、電解質成分およびpH調整剤(例えば酢酸)を含む製剤(以下、「A剤」という)濃縮液と、重曹を含む製剤(以下、「B剤」という)濃縮液を水と共に透析液供給装置へ投入し、混合・希釈することにより調製される。このA剤濃縮液およびB剤濃縮液については、それぞれ市販の粉剤を水に溶解して作製する場合、あるいは初めから液剤(水溶液)として市販されているものを使用する場合がある。
【0004】
調製された透析液は、通常、使用前に電解質濃度、pH、浸透圧などについて、適正範囲内にあるかを確認して使用される。具体的には、調製時の注意点として、1)使用前に透析液の電解質濃度を測定し、それらが適正であることを確認すること、2)透析液のpHは、希釈水などの影響で若干の変動があり得るので、使用前にpHが7.2~7.4の範囲内にあることを確認すること、および3)透析液の浸透圧測定に際しては、生理食塩液の浸透圧を測定し、実測値を補正することなどが挙げられている。また、透析液供給機器メーカー側も注意事項や警告として、1)治療開始前に浸透圧計、電導度計、炎光光度計などの検査機器によって透析液の実濃度が処方通りであることを確認すること、2)洗浄終了後、消毒用または酸洗浄用薬液が液回路内に残留していないことを試験紙や試験薬を使用して確認することなどが挙げられている。いずれにしても、調製済み透析液濃度の確認は重要事項である。
【0005】
上述の調製済み透析液のチェックは、フレーム光度法、原子吸光法、イオン選択性電極法(ISE法)などにより行われており、それらに用いる測定機器の校正には、常用参照標準物質を基準に作製された校正液などが用いられている。例えば特許文献1には、電極法を原理とする電解質計測機器において、透析液濃度の正確さを担保し得る専用の校正液が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2010-271102号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、調製済み透析液をチェックするための測定機器用の校正液においては、塩化ナトリウム、塩化カリウム、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどの電解質成分(A剤成分)と重曹(B剤成分)が併存する状態にあるため、経時的に沈殿(CaCO3、MgCO3など)が析出したり、炭酸水素イオン含量が変化したりし易く、保存安定性が懸念される。特許文献1に開示された校正液では、保存性を考慮し、調製した校正液をガラスアンプルに2.0mL容量ずつ量り入れて熔封保存することとしているが、沈殿の析出や炭酸水素イオン含量の変化について十分な保存安定性は示されていない。
【0008】
また、調製済み透析液をチェックするための校正液においては、透析液のように使用時に固体製剤の溶解、濃縮液の希釈などといった繁雑な手順を踏むことなく、透析液の評価が行えることも要望される。
【0009】
そこで、本発明は、長期にわたり沈殿析出が防止され、炭酸水素イオン含量の変化が抑制された、透析液分析用の標準試薬であって、調製に繁雑な手順を必要とせず、取り扱いが簡単で、医療現場において透析液調製後のチェックを簡易かつ正確に行える透析液分析用の標準試薬を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分と、炭酸水素イオンおよび炭酸イオンとを別々のバイアルに充填して透析液分析用の標準試薬キットとし、この標準試薬キットにおいて、少なくとも炭酸水素イオンおよび炭酸イオンを含む水溶液が充填されたバイアルを撥水性樹脂バイアルとすることにより、長期にわたり沈殿析出を防止することができ、また非常に簡便かつ確実に混合して透析液分析用の標準試薬を調製できることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、
[1](1)炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含む水溶液A液が充填されたバイアルA、および
(2)炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含む水溶液B液が充填されたバイアルB
からなる透析液分析用の標準試薬キットであって、
少なくともバイアルBが撥水性樹脂バイアルである透析液分析用の標準試薬キット、
[2]撥水性樹脂バイアルの表面の水の接触角が90度以上、好ましくは100度以上、より好ましくは110度以上、さらに好ましくは120度以上、特に好ましくは130度以上、なおさらに好ましくは140度以上、最も好ましくは150度以上である上記[1]記載の標準試薬キット、
[3]撥水性樹脂バイアルの全光線透過率が85%以上、好ましくは90%以上である上記[1]または[2]記載の標準試薬キット、
[4]撥水性樹脂バイアルは、シクロオレフィンポリマー(COP)で形成されたものである上記[1]~[3]のいずれかに記載の標準試薬キット、
[5]B液のpHが8.9以上、好ましくは9.2以上、より好ましくは9.3以上である上記[1]~[4]のいずれかに記載の標準試薬キット、ならびに
[6]透析液分析用の標準試薬が、撥水性樹脂バイアルに充填されたA液またはB液のいずれかをもう一方の液が充填されたバイアルに注ぎ入れて混合することにより調製される上記[1]~[5]のいずれかに記載の標準試薬キット
に関する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する電解質成分を含有する水溶液と、炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含有する水溶液とを別々のバイアルに充填し、キットとし、このキットにおいて、少なくとも炭酸水素イオンおよび炭酸イオンを含むバイアルを撥水性樹脂バイアルとすることにより、長期にわたり沈殿析出を防止することができ、また非常に簡便かつ確実に混合して透析液分析用の標準試薬を調製できる。
【発明を実施するための形態】
【0013】
本発明の透析液分析用の標準試薬キットは、(1)炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含む水溶液A液が充填されたバイアルA、および(2)炭酸水素イオンおよび炭酸イオンの少なくともいずれかを含む水溶液B液が充填されたバイアルBからなり、少なくともバイアルBが撥水性樹脂バイアルである。本発明の透析液分析用の標準試薬キットは、少なくとも6ヵ月以上、好ましくは1年以上沈殿析出が防止され、炭酸水素イオン含量やpHが変化しにくいものである。
【0014】
本明細書において、「撥水性樹脂バイアル」とは、バイアル内部の表面が水を弾き、容器内に充填した水溶性の液体を容器外に注ぎ出した場合に、容器内にその水溶性の液体が残存しないか、残存してもごく僅か(例えば、残液量が充填液量に対して1%以下)となるものであれば特に限定されるものではない。具体的には、表面の水の接触角が90度以上であるバイアルが好ましく用いられる。撥水性樹脂バイアルの表面(特に、内部表面)の水の接触角は、通常、90度以上が好ましく、100度以上がより好ましく、110度以上がさらに好ましく、120度以上が特に好ましく、130度以上がなおさらに好ましく、140度以上がなおさらに好ましく、150度以上が最も好ましい。撥水性樹脂バイアルは、上記のような水接触角を発現しうる撥水性樹脂を材料として形成されたものであってもよいし、それ以外の材料で形成されたバイアルの表面(特に内部表面)に公知の撥水処理を施したものであってもよい。なお、本発明において、水の接触角は、JIS-R3257に準じ、静滴法により測定することができる。
【0015】
撥水性樹脂バイアルを形成する撥水性樹脂としては、具体的には、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)などが挙げられる。中でも、シクロオレフィンポリマー(COP)、シクロオレフィンコポリマー(COC)が好適である。
【0016】
また、撥水性樹脂バイアルの全光線透過率は85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。なお、本発明において、全光線透過率は、JIS-K7375で引用されるJIS-K7361-1に準じて測定することができる。
【0017】
<A液>
A液は、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含む水溶液である。炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分としては、カルシウムイオン、マグネシウムイオンなどが挙げられ、これら電解質成分は、例えば、塩化カルシウム、塩化マグネシウムなどとしてA液に含有させることができる。塩化カルシウム、塩化マグネシウムを標準試薬に用いる場合にはA液に電解質として含有させる。そして、もちろん、本発明においては、炭酸イオンおよび炭酸水素イオンはA液に含有させないものとする。
【0018】
A液には、その他、塩化ナトリウム、塩化カリウム、酢酸ナトリウムなどのその他の電解質や有機酸塩などを含有させることができる。また、pH調整剤として塩酸や有機酸を使用することができ、有機酸としては、酢酸、クエン酸、シュウ酸、酒石酸、マレイン酸、アスコルビン酸、オキサロ酢酸、グルコン酸、イソクエン酸、リンゴ酸および/またはクエン酸を使用することが好ましい。さらに、A液にはブドウ糖を混合することが好ましい。
【0019】
塩化カルシウムとしては、塩化カルシウム二水和物、塩化カルシウム一水和物、塩化カルシウム無水物などが用いられる。塩化マグネシウムとしては、塩化マグネシウム六水和物などが好ましく用いられる。
【0020】
酢酸ナトリウムとしては、無水酢酸ナトリウム、酢酸ナトリウム三水和物などが好ましく用いられる。また、酢酸(氷酢酸)と水酸化ナトリウムとを添加することにより、結果的に酢酸ナトリウムとすることもできる。
【0021】
A液の容量は、充填量を精密に管理するうえで3mL以上が好ましく、5mL以上がより好ましい。また、A液の容量は、混合操作など取り扱い上の点から20mL以下が好ましく、10mL以下がより好ましい。
【0022】
A液のpHは、製造装置などへの腐食の影響を考慮すると、2.5以上が好ましく、3以上がより好ましい。また、A液のpHは7以下が好ましく6以下がより好ましい。A液のpHが高すぎると、B液と混合して得られる標準試薬のpHを所定の範囲に維持するために、B液のpHを低く設定せざるを得なくなり、その結果、炭酸水素イオン含量の変化を抑制できなくなるおそれがある。
【0023】
A液を充填するバイアルAは特に限定されるものではなく、ガラス製のバイアルや樹脂製のバイアルなどを用いることができる。特に、A液とB液とを混合して標準試薬を調製する際に、バイアルAに充填したA液をバイアルBに注ぎこむことにより混合する場合には、A液ができるだけバイアルAに残存することのないように、なかでも少なくとも容器内部が撥水性であるものがより好ましく、撥水性樹脂バイアルがさらに好ましい。また、バイアルAは、内容物を外から視認しやすいという観点から、全光線透過率が85%以上であることが好ましく、90%以上であることがより好ましい。
【0024】
バイアルAの容量は、A液を充填することができれば、特に限定されるものではない。バイアルAの少なくとも容器内部が撥水性ではない場合には、標準試薬の調製はバイアルBに充填したB液をバイアルAに注ぎこむことで行うのが望ましく、その場合には、バイアルA内でA液とB液とを混合させ得るよう、A液とB液との合計容量以上とすることが好ましく、A液とB液との合計容量の1.1倍以上とすることがより好ましい。
【0025】
<B液>
B液は、炭酸水素イオンおよび/または炭酸イオンを含む水溶液である。B液には、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分以外の成分を含有させてもよい。例えば、所定のpHに調整するために、水酸化ナトリウムなどの塩基性成分を含有させることができる。炭酸水素ナトリウムおよび炭酸ナトリウムを併用することが、pHの制御が容易である点からより好ましい。
【0026】
炭酸水素イオン(HCO3 -)と炭酸イオン(CO3 2-)とは水溶液中で平衡状態にある。したがって、B液中では、いずれか一方のみが存在する状態であってもよいし、両イオンが併存する状態であってもよい。B液を調製する方法としては、炭酸水素ナトリウムまたは炭酸ナトリウムにpH調整剤を添加することによって調製する方法が挙げられるが、炭酸水素ナトリウムおよび炭酸ナトリウムを特定の割合で溶解させることによってもB液を得ることができる。
【0027】
B液における炭酸水素イオン濃度は、10mEq/L以上が好ましく、20mEq/L以上がより好ましく、29mEq/L以上がさらに好ましく、40mEq/L以上が特に好ましく、100mEq/L以下が好ましく、80mEq/L以下がより好ましく、70mEq/L以下がさらに好ましく、50mEq/L以下が特に好ましい。B液における炭酸水素イオン濃度が、例えば経時的に変化すると、A液と混合して得られる標準試薬の組成が所望の範囲とならず、標準試薬として使用できないおそれがある。なお、本明細書においてB液または標準試薬における炭酸水素イオン濃度とは、炭酸水素イオンが塩基性条件下で可逆的に炭酸イオンとしても存在するため、炭酸水素イオンと炭酸イオンの和としての濃度を意味する。
【0028】
B液を充填するバイアルBは撥水性樹脂バイアルである。一般に、B液のように二酸化炭素を発生し易い液を充填する場合、二酸化炭素を透過させ難い点および安価である点では、ガラス製バイアルが適しているが、B液はアルカリ性であるため、ガラス製バイアルに充填すると、高温で長期間、充填保存した際にガラスに起因する不溶物が生じるおそれがある。本発明では、B液を充填するバイアルBが樹脂で形成されたものであることにより、かかる不溶物発生の懸念を払拭することができる。
【0029】
また、標準試薬の調製時にはA液とB液を確実に混合すること(換言すれば、液残りのないよう、充填された各液の全量を混合すること)が求められる。この点、樹脂製のバイアルの中でも、樹脂の種類によっては液残りが生じ易くなる場合があるが、本発明では、バイアルBを形成する樹脂として特に撥水性樹脂を選択することにより、バイアルBに充填したB液をバイアルAに充填する際に、液残りを生じさせることなく、両液を確実に混合することができる。
【0030】
B液の容量は、充填量を精密に制御するうえで3mL以上が好ましく、5mL以上がより好ましい。また、B液の容量は、混合操作などの取り扱いの点から、20mL以下が好ましく、10mL以下がより好ましい。
【0031】
B液のpHは、8.9以上が好ましく、9.2以上がより好ましく、9.3以上がさらに好ましい。B液のpHを8.9以上とすることにより、二酸化炭素の発生を抑制することができ、貯蔵安定性がより改善される傾向がある。また、B液のpHは、取り扱いの安全性の観点から10.5以下が好ましく、10.2以下がより好ましく、10.1以下がさらに好ましい。pHの調整には、当技術分野において一般的なpH調整剤を用いることもできるが、上述のように、炭酸水素ナトリウムと炭酸ナトリウムを用い、その比率を調整することにより行うと、調製操作が容易になるので好ましい。
【0032】
バイアルBの容量は、B液を充填することができれば、特に限定されるものではないが、片手でバイアルAと混合できる程度の大きさであることが好ましい。また、バイアルBの容量(バイアル全満量)は、バイアルBの空間部の容積がバイアル全満量の70%以下となるように、B液の容量を考慮して決定することが好ましい。バイアルBの空間部の容積が大きくなると、B液から空間部へCO2が放出され易くなり、液中のHCO3 -の濃度が減少する場合がある。バイアルBの空間部の容積の下限は、特に制限されないが、バイアル全満量の20%以上となるようにするのがよい。
【0033】
A液およびB液を合わせた標準試薬の容量は、特に制限されるものではないが、調製後の透析液のチェックに必要な最低限の量として、通常、3mL以上が好ましく、5mL以上がより好ましい。また、本発明のキットにより調製された標準試薬は、原則1回の使用で使い切ることが望ましく、この点から、標準試薬の容量は、50mL以下が好ましく、30mL以下がより好ましい。
【0034】
<標準試薬>
本発明のキットを用いて標準試薬を調製する際には、バイアルAおよびバイアルBを開栓し、撥水性樹脂バイアルに充填されたA液またはB液のいずれかをもう一方の液が充填されたバイアルに注ぎ入れて混合することが望ましい。具体的には、バイアルA、バイアルBの両方ともが撥水性樹脂バイアルである場合には、A液をバイアルBに注ぎ入れてもよいし、B液をバイアルAに注ぎ入れてもよい。バイアルBのみが撥水性樹脂バイアルである場合には、B液をバイアルAに注ぎ入れるのが好ましい。このような混合手順とすることにより、A液とB液を液残りなく確実に混合することができる。
【0035】
透析液分析用の標準試薬は、対象とする調製後透析液と基本的に同じ成分組成であることが理想的である。よって、上述したB液中の「炭酸水素イオンおよび/または炭酸イオン」とA液中の「炭酸イオンが反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分」の他に適宜A液またはB液に含有させるその他の成分は、対象とする透析液に合わせて決定すればよい。具体的には、A液およびB液を混合した後の透析液(標準試薬)の好ましい電解質組成は、次の表1のとおりである。そして、例えば標準試薬の電解質組成の一例を挙げると、人工腎臓用透析液粉末製剤「リンパック(登録商標)透析剤TA3」(ニプロ(株)製)用の試薬であれば、表2のとおりである。
【0036】
【表1】
【0037】
【表2】
【0038】
透析液分析用の標準試薬のpHは、対象とする調製後透析液と同程度であることが理想であり、例えば7.0~7.5であることが好ましい。
【0039】
以下、本発明を実施例にもとづき具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されることを意図するものではない。
【実施例
【0040】
実施例1
表3の組成にしたがい、A液の各成分を注射用水に混合・溶解し、全量100mLとなるように注射用水を加えてA液を調製した。このとき、塩酸を適宜混合することにより、A液のpHが4.7になるよう調整した。得られたA液を孔径0.22μmのメンブレンフィルターでろ過し、容量10mLのCOP樹脂バイアル(大和特殊硝子(株)製「PVD-10」(COPバイアル);水の接触角100.8度、全光線透過率91.5%)に5.0mLを充填し、ゴム栓をした後、アルミキャップにより密封してA液のバイアルAを得た。
【0041】
表4の組成にしたがい、炭酸水素ナトリウムを注射用水に溶解し、水酸化ナトリウムを1mol/L注射用水溶液として加えてpH9.1に調整し、B液を調製した(全量100mL)。得られたB液を孔径0.22μmのメンブレンフィルターでろ過し、容量10mLのCOP樹脂バイアル(大和特殊硝子(株)製「PVD-10」(COPバイアル);水の接触角100.8度、全光線透過率91.5%)に5.0mLを充填し、ゴム栓をした後、アルミキャップにより密封してB液のバイアルBを得た。なお、上述した水の接触角は、自動接触角計(KRUSS社製「DSA100S」)を用いて測定し、全光線透過率は、ヘーズメーター(日本電色工業社製「NDH7000」)を用いて測定した。
【0042】
【表3】
【0043】
【表4】
【0044】
得られたバイアルAおよびバイアルBからなるキットにおいては、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分はバイアルAに収容され、炭酸水素イオンおよび炭酸イオンはバイアルBに収容されているので、長期間保管された後であっても、バイアルBの内容物に沈殿が生じるおそれはない。
【0045】
このキットを用いて標準試薬を作製した。すなわち、バイアルBのゴム栓を外し、次にバイアルAのゴム栓を外した後、A液をバイアルBに注いだ。バイアルBにゴム栓をし、2回転倒混和することにより、標準試薬を調製した。得られた標準試薬は、所望の組成を有するものであった。
【0046】
実施例2:標準試薬の調製
実施例1と同様にして、バイアルAおよびバイアルBからなる透析液分析用の標準試薬キットを得た。このキットを用いて、3人の試験者が、実施例1と同様にして、A液をバイアルBに注ぎ、2回転倒混和することにより、標準試薬を調製した(n=各3)。
【0047】
試験例1:pH、重炭酸イオン濃度(n=各3)
実施例2で得られた標準試薬のpHと重炭酸イオン濃度を、血液ガス分析装置(シーメンス社製「RAPIDLab 348EX」)を用いて測定した。結果を表5に示す。
【0048】
【表5】
【0049】
この結果から、本発明のキットによれば、撥水性樹脂バイアルに収容された液を他方のバイアルへ注ぎ込み転倒混合するという、非常に簡便な方法によって、再現性よく確実に両液を混合して安定した組成の標準試薬を得ることができること、が確認できた。
【0050】
実施例3:標準試薬の調製
実施例1と同様にして、バイアルAおよびバイアルBからなる透析液分析用の標準試薬キットを得た。バイアルAのゴム栓を外し、次にバイアルBのゴム栓を外した後、A液をバイアルBに注いだ。バイアルBにゴム栓をし、2回転倒混和して標準試薬を調製した(n=5)。
【0051】
試験例2:A液の残存量
実施例3において、キットの作製に際し、あらかじめバイアルAの空容器の質量を量り、次にA液を充填したバイアルAの質量を量り、充填液量(g)を算出した。その後、標準試薬の作製において、A液をバイアルBに注いだ後にバイアルAの質量を量り、あらかじめ測定した空容器の質量を差し引き、残液量(g)を算出し、A液の密度で除して残液量(mL)を算出した。また、充填液量に対する残液量の割合(百分率)をA液の残液率(%)とした。結果を表6に示す。
【0052】
【表6】
【0053】
実施例4:標準試薬の調製
実施例1と同様にして、バイアルAおよびバイアルBからなる透析液分析用の標準試薬キットを得た。バイアルBのゴム栓を外し、次にバイアルAのゴム栓を外した後、B液をバイアルAに注いだ。バイアルAにゴム栓をし、2回転倒混和して標準試薬を調製した(n=5)。
【0054】
比較例1:標準試薬の調製
バイアルBとしてCOP樹脂バイアルの代わりにガラスバイアル(マルエム社製「硼珪酸ガラスバイアル」(10mL))を用いた以外は実施例4と同様にして、バイアルAおよびバイアルBからなる透析液分析用の標準試薬キットを得た。バイアルBのゴム栓を外し、次にバイアルAのゴム栓を外した後、B液をバイアルAに注いだ。バイアルAにゴム栓をし、2回転倒混和して標準試薬を調製した(n=5)。
【0055】
試験例3:B液の残存量
実施例4および比較例1において、キットの作製に際し、あらかじめバイアルBの空容器の質量を量り、次にB液を充填したバイアルBの質量を量り、充填液量(g)を算出した。その後、標準試薬の作製において、B液をバイアルAに注いだ後にバイアルBの質量を量り、あらかじめ測定した空容器の質量を差し引き、残液量(g)を算出し、B液の密度で除して残液量(mL)を算出した。また、充填液量に対する残液量の割合(百分率)をB液の残液率(%)とした。結果を表7に示す。
【0056】
【表7】
【0057】
参考例1
注射用水90mLに、炭酸水素ナトリウム0.42gを加えて溶かし、注射用水を加えて全量を100mLとしてB液を調製した。得られたB液を孔径0.22μmのメンブレンフィルターでろ過し、実施例1と同じ容量10mLのCOP樹脂バイアルに5.0mLを充填し、ゴム栓をした後、アルミキャップにより密封してB液のバイアルBを得た。なお、得られたバイアルBの空間部の割合は65%であった。
【0058】
参考例2
注射用水90mLに、炭酸水素ナトリウム0.42gを加えて溶かし、0.1mol/L水酸化ナトリウム注射用水溶液を加えてpH8.6に調整し、注射用水を加えて全量を100mLとしてB液を調製した以外は、参考例1と同様にしてバイアルBを得た。
【0059】
参考例3~8
注射用水90mLに、0.1mol/L水酸化ナトリウム注射用水溶液を適量加え、その後、炭酸水素ナトリウム0.42gを加えて溶解した後、0.1mol/Lおよび1mol/Lの水酸化ナトリウム注射用水溶液を適宜加えて表9に示す各pHに調整し、注射用水を加えて全量を100mLとしてB液を調製した以外は、参考例1と同様にしてバイアルBを得た。
【0060】
試験例4:B液の安定性試験
参考例1~7で得られたバイアルBについて調製から10日後(その間は室温保存)に、参考例8で得られたバイアルについては調製から9日後(その間は室温保存)に、pH、空間部の二酸化炭素濃度、および重炭酸イオン濃度を測定した(この時点での測定値を表9中「開始時」と表示する)。その後、各バイアルを、60℃で保存し、60℃での保存開始から10日後および21日後に、再度、pH、空間部の二酸化炭素濃度、および重炭酸イオン濃度を測定した。各測定の方法を次に示す。結果は表8に示す。
【0061】
(A)pH測定(n=各3)
バイアル中の液2mLを試験管にとり、pHメーターを用いて測定した。
【0062】
(B)空間部の二酸化炭素濃度(n=各3)
バイアル内の空間部のガスを0.1mLとり、ガスクロマトグラフィーを用いて分析することにより、空間部に占める二酸化炭素の割合(%)を求めた。なお、空間部に占める初期の二酸化炭素濃度は、大気中の二酸化炭素濃度と同様、0.04%である。結果を表9に示す。
【0063】
(C)重炭酸イオン濃度(n=各3)
バイアル中の液2mLにつき、下記の条件の高速液体クロマトグラフィー(HPLC)を用いて分析することにより、重炭酸イオン濃度を測定した。
HPLC装置:島津製作所社製「LC20AD」
カラム:Shodex社製「IC SI-90 4E」(粒径9μm、内径4mm、直径250mm、Shodex社製)
移動相:1Lの水溶液中にホウ酸0.371g、D-マンニトール3.28g、およびトリス(ヒドロキシルメチル)アミノメタン1.15gを含有させた溶液
【0064】
【表8】
【0065】
この加速試験による結果から、炭酸イオンと反応して沈殿を形成する可能性がある電解質成分を含まず、炭酸イオンおよび炭酸水素イオンの少なくともいずれかを含むB液は、
撥水性樹脂バイアルに充填して保管した場合、二酸化炭素の空間への放出が抑えられ、pHおよび炭酸水素イオン濃度の経時的な変動が少なく、長期間にわたり安定であることが推認できる。とりわけpHを8.9以上とした参考例3~8においては、調製時から開始時まで室温保存する間に二酸化炭素が空間へ放出されることをより確実に抑制でき、高温下でのpHおよび炭酸水素イオン濃度の経時的な変動をより確実に抑え、長期間にわたり高い安定性が得られることが分った。