(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-06
(45)【発行日】2022-01-21
(54)【発明の名称】圧電素子の製造方法およびインクジェットヘッドの製造方法
(51)【国際特許分類】
H01L 41/319 20130101AFI20220114BHJP
H01L 41/29 20130101ALI20220114BHJP
H01L 41/187 20060101ALI20220114BHJP
H01L 41/09 20060101ALI20220114BHJP
H01L 41/39 20130101ALI20220114BHJP
B41J 2/16 20060101ALI20220114BHJP
【FI】
H01L41/319
H01L41/29
H01L41/187
H01L41/09
H01L41/39
B41J2/16 503
B41J2/16 305
B41J2/16 401
B41J2/16 507
B41J2/16 517
B41J2/16 511
(21)【出願番号】P 2018519183
(86)(22)【出願日】2017-05-11
(86)【国際出願番号】 JP2017017913
(87)【国際公開番号】W WO2017203995
(87)【国際公開日】2017-11-30
【審査請求日】2020-03-18
(31)【優先権主張番号】P 2016106191
(32)【優先日】2016-05-27
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001270
【氏名又は名称】コニカミノルタ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001933
【氏名又は名称】特許業務法人 佐野特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】江口 秀幸
【審査官】加藤 俊哉
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-099864(JP,A)
【文献】国際公開第2015/163070(WO,A1)
【文献】国際公開第2014/162999(WO,A1)
【文献】特開2006-175599(JP,A)
【文献】特開2013-247216(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01L 41/319
H01L 41/29
H01L 41/187
H01L 41/09
H01L 41/39
B41J 2/16
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
少なくとも基板を含む基体上に電極を形成する電極形成工程と、
前記電極上に圧電薄膜を成膜する成膜工程と、
前記圧電薄膜の一部を除去して前記圧電薄膜をパターニングするパターニング工程と、
前記基板を研磨する研磨工程とを含み、
前記研磨工程は、前記パターニング工程よりも前に行われ、
前記成膜工程では、X線回折の2θ/θ測定によって得られる、ペロブスカイト相の(100)配向、(110)配向、(111)配向の各ピーク強度の総和に対する、パイロクロア相のピーク強度の比が、100ppm以下となるように、前記圧電薄膜を成膜することを特徴とする圧電素子の製造方法。
【請求項2】
前記成膜工程では、膜応力が50MPa以下となるように前記圧電薄膜を成膜することを特徴とする請求項1に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項3】
前記成膜工程では、前記比が、45ppm以下となるように、前記圧電薄膜を成膜することを特徴とする請求項1または2に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項4】
前記圧電薄膜は、チタン酸ジルコン酸鉛を含むことを特徴とする請求項1から3のいずれかに記載の圧電素子の製造方法。
【請求項5】
前記圧電薄膜の膜厚は、1μm以上5μm以下であることを特徴とする請求項1から4のいずれかに記載の圧電素子の製造方法。
【請求項6】
前記研磨工程は、前記基板を化学機械研磨する工程を含むことを特徴とする請求項1から5のいずれかに記載の圧電素子の製造方法。
【請求項7】
前記圧電薄膜上に別の電極を形成する別電極形成工程をさらに含み、
前記別電極形成工程は、前記パターニング工程の後に行われることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の圧電素子の製造方法。
【請求項8】
前記圧電薄膜上に別の電極を形成する別電極形成工程をさらに含み、
前記別電極形成工程は、前記パターニング工程の前に行われ、
前記研磨工程は、前記別電極形成工程の後で、かつ、前記パターニング工程の前に行われることを特徴とする請求項1から6のいずれかに記載の圧電素子の製造方法。
【請求項9】
前記パターニング工程の後、前記基板に圧力室を形成する工程を含むことを特徴とする請求項7または8に記載の圧電素子の製造方法。
【請求項10】
請求項9に記載の圧電素子の製造方法を含むインクジェットヘッドの製造方法であって、
前記基板を支持基板とすると、
ノズル孔を有するノズル基板を、前記ノズル孔が前記支持基板に形成された前記圧力室と連通するように、前記支持基板に接合する接合工程を含むことを特徴とするインクジェットヘッドの製造方法。
【請求項11】
前記圧電薄膜を封止筐体で密閉する密閉工程をさらに含むことを特徴とする請求項10に記載のインクジェットヘッドの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧電素子の製造方法と、インクジェットヘッドの製造方法とに関するものである。
【背景技術】
【0002】
近年、駆動素子やセンサなどに応用するための機械電気変換素子として、圧電体が用いられている。このような圧電体は、シリコン(Si)等の基板上に薄膜として形成することで、MEMS(Micro Electro Mechanical Systems)素子へ応用が期待されている。このようなMEMS素子は、例えばインクジェットヘッドのアクチュエータとして利用される。
【0003】
インクジェットヘッドにおいては、インクを収容する圧力室を基板に形成し、この基板上に絶縁膜や電極等を介して圧電薄膜を成膜する。インクジェットヘッドの設計では、圧力室の高さ(深さ)は、例えば50~300μmである。一方、基板の初期の厚さは、例えば400~700μmである。このため、上記圧力室の高さが得られるように、基板を研磨することが必要である。
【0004】
ここで、圧電薄膜の成膜工程では、600~800℃と非常に高温となるため、基板が薄い状態では、基板に反りが発生しやすい。このため、先に基板を研磨し、薄くなった基板の上に圧電薄膜を高温で成膜すると、高温での基板の反りにより、圧電薄膜の温度分布が面内で不均一となり、圧電薄膜の膜質が面内で不均一となる。このため、厚みのある基板上に先に圧電薄膜を成膜し、所望の形状にパターニングした後に、基板の研磨を行う場合が多い。このように、圧電薄膜のパターニング後に基板を研磨することを、ここでは、「後研磨」とも称する。
【0005】
図8は、後研磨を行う従来のインクジェットヘッドの製造工程を示す断面図である。まず、基板として、SOI(Silicon on Insulator)基板101を用意する。SOI基板101は、2枚のシリコン(Si)基板101a・101bで酸化膜101cを挟み込んだ構造の基板である。次に、SOI基板101を熱酸化し、SOI基板101の表面および裏面に、酸化膜102a・102bをそれぞれ形成する。そして、酸化膜102a上に、下部電極103および圧電薄膜104をこの順で形成する。
【0006】
続いて、圧電薄膜104上にマスク105を形成し、圧電薄膜104をパターニングする。つまり、圧電薄膜104においてマスク105で覆われた部分以外をエッチングによって除去する。その後、圧電薄膜104を覆うように、下部電極103上に上部電極106を形成する。
【0007】
次に、上部電極106上にマスク107を形成し、上部電極106をパターニングする。つまり、上部電極106においてマスク107で覆われた部分以外をエッチングによって除去する。その後、SOI基板101の裏面を研磨し、SOI基板101を薄型化する(後研磨)。そして、SOI基板101の裏面にマスク108を形成し、SOI基板101においてマスク108で覆われた部分以外をエッチングによって除去し、圧力室109を形成する。これにより、アクチュエータとしての圧電素子110が得られる。最後に、SOI基板101とノズル基板120とを接着剤等で接合することにより、インクジェットヘッド200が完成する。このとき、SOI基板101の圧力室109と、ノズル基板120のノズル孔120aとが連通するように、両基板が接合される。
【0008】
このように、後研磨によってインクジェットヘッドを製造する技術は、例えば特許文献1でも同様に開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2002-316417号公報(請求項1、15、段落〔0037〕、〔0038〕、〔0087〕、
図5(d)等参照)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところが、後研磨では、
図9に示すように、パターニングされた圧電薄膜104のエッジ104aにおいて、研磨の際にSOI基板101の面に沿った方向に負荷(せん断応力)がかかる(研磨方向がSOI基板101の面に沿った方向であるため)。このため、パターニングされた圧電薄膜104のエッジ104とその下層の下部電極103との密着性が低下しやすくなる。その結果、製造された圧電素子110の繰り返し駆動時において、圧電薄膜104のエッジ104aが下層から剥がれやすくなり、圧電素子110ひいてはインクジェットヘッド200の信頼性が低下する。
【0011】
また、圧電薄膜104の結晶中に、準安定層であるパイロクロア相が多く存在していると、パイロクロア相は圧電薄膜104とその下層との界面での密着性を低下させるため、やはり、繰り返し駆動時の圧電薄膜104の剥離およびそれによる圧電素子110の信頼性低下が起こることが懸念される。このため、圧電薄膜104の結晶中のパイロクロア比率を適切に規定することも必要である。
【0012】
本発明は、上記の問題点を解決するためになされたものであり、その目的は、基板の研磨のタイミングおよび圧電薄膜の結晶中のパイロクロア比率を適切に規定することにより、素子の繰り返し駆動時における圧電薄膜の剥離を抑えて信頼性を向上させることができる圧電素子の製造方法と、インクジェットヘッドの製造方法とを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の一側面に係る圧電素子の製造方法は、少なくとも基板を含む基体上に電極を形成する電極形成工程と、前記電極上に圧電薄膜を成膜する成膜工程と、前記圧電薄膜の一部を除去して前記圧電薄膜をパターニングするパターニング工程と、前記基板を研磨する研磨工程とを含み、前記研磨工程は、前記パターニング工程よりも前に行われ、前記成膜工程では、X線回折の2θ/θ測定によって得られる、ペロブスカイト相の(100)配向、(110)配向、(111)配向の各ピーク強度の総和に対する、パイロクロア相のピーク強度の比が、100ppm以下となるように、前記圧電薄膜を成膜する。
【発明の効果】
【0014】
上記した製造方法によれば、製造された圧電素子の繰り返し駆動時において、圧電薄膜が下層から剥離するのを抑えて、圧電素子ひいてはインクジェットヘッドの信頼性を向上させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
【
図1】本発明の実施の一形態に係るインクジェットプリンタの概略の構成を示す説明図である。
【
図2A】上記インクジェットプリンタが備えるインクジェットヘッドの概略の構成を示す平面図である。
【
図2B】上記インクジェットヘッドの断面図であって、
図2AにおけるA-A’線矢視断面図である。
【
図3】PZTの結晶構造を模式的に示す説明図である。
【
図4】上記インクジェットヘッドの製造工程を示す断面図である。
【
図5】実施例1で成膜された圧電薄膜に対して、X線回折の2θ/θ測定を行ったときに得られるスペクトルを示す説明図である。
【
図6】上記インクジェットヘッドの他の製造工程を示す断面図である。
【
図7】上記インクジェットヘッドの他の構成を示す断面図である。
【
図8】従来のインクジェットヘッドの製造工程を示す断面図である。
【
図9】従来のインクジェットヘッドの製造において、基板研磨時のせん断応力によって、圧電薄膜のエッジが下層から剥がれる様子を模式的に示す説明図である。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の一形態について、図面に基づいて説明すれば、以下の通りである。なお、本明細書において、数値範囲をA~Bと表記した場合、その数値範囲に下限Aおよび上限Bの値は含まれるものとする。
【0017】
〔インクジェットプリンタの構成〕
図1は、本実施形態のインクジェットプリンタ1の概略の構成を示す説明図である。インクジェットプリンタ1は、インクジェットヘッド部2において、インクジェットヘッド21が記録媒体の幅方向にライン状に設けられた、いわゆるラインヘッド方式のインクジェット記録装置である。
【0018】
インクジェットプリンタ1は、上記のインクジェットヘッド部2と、繰り出しロール3と、巻き取りロール4と、2つのバックロール5・5と、中間タンク6と、送液ポンプ7と、貯留タンク8と、定着機構9とを備えている。
【0019】
インクジェットヘッド部2は、インクジェットヘッド21から記録媒体Pに向けてインクを吐出させ、画像データに基づく画像形成(描画)を行うものであり、一方のバックロール5の近傍に配置されている。インクジェットヘッド21は、異なる色のインクに対応して複数設けられてもよい。なお、インクジェットヘッド21の詳細については後述する。
【0020】
繰り出しロール3、巻き取りロール4および各バックロール5は、軸回りに回転可能な円柱形状からなる部材である。繰り出しロール3は、周面に幾重にも亘って巻回された長尺状の記録媒体Pを、インクジェットヘッド部2との対向位置に向けて繰り出すロールである。この繰り出しロール3は、モータ等の図示しない駆動手段によって回転することで、記録媒体Pを
図1のX方向へ繰り出して搬送する。
【0021】
巻き取りロール4は、繰り出しロール3より繰り出されて、インクジェットヘッド部2によってインクが吐出された記録媒体Pを周面に巻き取る。
【0022】
各バックロール5は、繰り出しロール3と巻き取りロール4との間に配設されている。記録媒体Pの搬送方向上流側に位置する一方のバックロール5は、繰り出しロール3によって繰り出された記録媒体Pを、周面の一部に巻き付けて支持しながら、インクジェットヘッド部2との対向位置に向けて搬送する。他方のバックロール5は、インクジェットヘッド部2との対向位置から巻き取りロール4に向けて、記録媒体Pを周面の一部に巻き付けて支持しながら搬送する。
【0023】
中間タンク6は、貯留タンク8より供給されるインクを一時的に貯留する。また、中間タンク6は、インクチューブ10と接続され、インクジェットヘッド21におけるインクの背圧を調整して、インクジェットヘッド21にインクを供給する。
【0024】
送液ポンプ7は、貯留タンク8に貯留されたインクを中間タンク6に供給するものであり、供給管11の途中に配設されている。貯留タンク8に貯留されたインクは、送液ポンプ7によって汲み上げられ、供給管11を介して中間タンク6に供給される。
【0025】
定着機構9は、インクジェットヘッド部2によって記録媒体Pに吐出されたインクを当該記録媒体Pに定着させる。この定着機構9は、吐出されたインクを記録媒体Pに加熱定着するためのヒータや、吐出されたインクにUV(紫外線)を照射することによりインクを硬化させるためのUVランプ等で構成されている。
【0026】
上記の構成において、繰り出しロール3から繰り出される記録媒体Pは、バックロール5により、インクジェットヘッド部2との対向位置に搬送され、インクジェットヘッド部2から記録媒体Pに対してインクが吐出される。その後、記録媒体Pに吐出されたインクは定着機構9によって定着され、インク定着後の記録媒体Pが巻き取りロール4によって巻き取られる。このようにラインヘッド方式のインクジェットプリンタ1では、インクジェットヘッド部2を静止させた状態で、記録媒体Pを搬送しながらインクが吐出され、記録媒体Pに画像が形成される。
【0027】
なお、インクジェットプリンタ1は、シリアルヘッド方式で記録媒体に画像を形成する構成であってもよい。シリアルヘッド方式とは、記録媒体を搬送しながら、その搬送方向と直交する方向にインクジェットヘッドを移動させてインクを吐出し、画像を形成する方式である。この場合、インクジェットヘッドは、キャリッジ等の構造体に支持された状態で、記録媒体の幅方向に移動する。また、記録媒体としては、長尺状のもの以外にも、予め所定の大きさ(形状)に裁断されたシート状のものを用いてもよい。
【0028】
〔インクジェットヘッドの構成〕
次に、上記したインクジェットヘッド21の構成について説明する。
図2Aは、インクジェットヘッド21の概略の構成を示す平面図であり、
図2Bは、
図2AにおけるA-A’線矢視断面図である。インクジェットヘッド21は、圧電アクチュエータ21aに、ノズル基板31を貼り合わせて構成されている。圧電アクチュエータ21aは、複数の圧力室22a(開口部)を有する支持基板22上に、熱酸化膜23、下部電極24、圧電薄膜25、上部電極26をこの順で有しており、デバイスとしての圧電素子を構成している。また、圧電アクチュエータ21aは、基体27を有している。基体27は、例えば支持基板22および熱酸化膜23からなる積層体から形成されている。なお、基体27は少なくとも支持基板22を有していれば良く、支持基板22および熱酸化膜23からなる積層体には限定されないことは言うまでもない。
【0029】
支持基板22は、圧電薄膜24等を支持するための基板であり、厚さが例えば50~300μm程度の単結晶Si単体からなる半導体基板またはSOI基板で構成されている。なお、
図2Bでは、支持基板22をSOI基板で構成した場合を示している。支持基板22は、例えば厚さ750μm程度のSi基板またはSOI基板を研磨処理することによって、上記の厚さに調整されている。なお、支持基板22の厚さは、適用するデバイスに応じて適宜調整されればよい。
【0030】
SOI基板は、酸化膜を介して2枚のSi基板を接合したものである。支持基板22における圧力室22aの上壁(圧力室22aよりも圧電薄膜25の形成側に位置する壁)は、従動膜となる振動板22bを構成しており、圧電薄膜25の駆動(伸縮)に伴って変位(振動)し、圧力室22a内のインクに圧力を付与する。すなわち、振動板22bは、支持基板22において、圧力室22aを覆うように設けられており、圧電薄膜25の伸縮によって振動する。
【0031】
熱酸化膜23は、例えば厚さが0.1μm程度のSiO2(酸化シリコン)からなり、支持基板22の保護および絶縁の目的で形成されている。
【0032】
下部電極24は、複数の圧力室22aに共通して設けられるコモン電極であり、Ti(チタン)層とPt(白金)層とを積層して構成されている。Ti層は、熱酸化膜23とPt層との密着性を向上させるために形成されている。Ti層の厚さは例えば0.02μm程度であり、Pt層の厚さは例えば0.1μm程度である。
【0033】
圧電薄膜25は、PZT(チタン酸ジルコン酸鉛)を含む強誘電体薄膜で構成されており、各圧力室22aに対応して設けられている。PZTは、鉛(Pb)、ジルコニウム(Zr)、チタン(Ti)、酸素(O)からなる。圧電薄膜25の膜厚は、例えば1μm以上5μm以下である。このように圧電薄膜25が薄型であるため、小型の圧電アクチュエータ21aを実現することができる。
【0034】
PZTは、
図3に示すペロブスカイト型構造となるときに良好な圧電効果を発現する。ここで、ペロブスカイト型構造とは、理想的には立方晶系の単位格子を有し、立方晶の各頂点(Aサイト)に配置される金属(例えばPb)、体心(Bサイト)に配置される金属(例えばZrまたはTi)、立方晶の各面心に配置される酸素Oとから構成されるABO
3型の結晶構造のことである。ペロブスカイト構造の結晶には、立方晶が歪んだ正方晶、斜方晶、菱面体晶等も含まれるものとする。なお、圧電薄膜25は、PZTを含んでいればよく、PZTに添加物(ランタン(La)、ニオブ(Nb)など)が添加されていてもよい。
【0035】
このように、圧電薄膜25が、良好な圧電特性を発揮するPZTを含んで構成されることにより、インクジェットヘッド21に好適な圧電アクチュエータ21aを実現することができる。
【0036】
圧電薄膜25を支持基板22上に成膜する方法としては、CVD法(Chemical Vapor Deposition )などの化学的成膜法、スパッタ法やイオンプレーティング法といった物理的な方法、ゾルゲル法などの液相での成長法、印刷法など種々の方法を用いることができる。圧電材料の結晶化には高温が必要となるため、支持基板22にはSiが用いられている。
【0037】
圧電薄膜25は、圧力室22aの上方では平面視でほぼ円形であり、圧力室22aの上方から圧力室22aの側壁上方にかけて、下部電極24に沿って引き出されている。この圧電薄膜25が引き出された部分を、圧電薄膜引出部25Eと称する。このような圧電薄膜引出部25Eを設けるのは、圧電薄膜25上に形成される上部電極26を、圧力室22aの外部に引き出すためである。すなわち、圧電薄膜引出部25Eは、上部電極26を圧力室22aの外部に引き出すための下地層を構成する。圧電薄膜引出部25Eの幅(引出方向に垂直な方向の幅)は、圧力室22aの上方の圧電薄膜25の幅よりも狭く、圧力室22aの側壁上方の位置で広げられている。なお、圧力室22aの上方での圧電薄膜25の平面形状は、上記の円形に限定されるわけではなく、他の形状であってもよい。
【0038】
上部電極26は、各圧力室22aに対応して設けられる個別電極であり、圧電薄膜25からはみ出さない形状(大きさ)で、Ti層とPt層とを積層して構成されている。Ti層は、圧電薄膜25とPt層との密着性を向上させるために形成されている。Ti層の厚さは例えば0.02μm程度であり、Pt層の厚さは例えば0.1~0.2μm程度である。上部電極26は、下部電極24との間で圧電薄膜25を挟持するように設けられている。なお、Pt層の代わりに、金(Au)からなる層を形成してもよい。
【0039】
上部電極26は、圧力室22aの上方では平面視でほぼ円形であり、圧力室22aの上方から圧力室22aの側壁上方にかけて、圧電薄膜25に沿って引き出されている。この上部電極26が引き出された部分を、上部電極引出部26Eと称する。上部電極引出部26Eの幅(引出方向に垂直な方向の幅)は、圧力室22aの上方の上部電極26の幅よりも狭く、圧力室22aの側壁上方の位置(駆動回路28との接続部分)で広くなっている。なお、圧力室22aの上方での上部電極26の平面形状は、上記の円形に限定されるわけではなく、他の形状であってもよい。
【0040】
上記の圧電薄膜25は、駆動回路28から下部電極24および上部電極26に印加される電圧(駆動信号)に基づいて駆動される。圧電アクチュエータ21aは、圧電薄膜25および圧力室22a等を2次元的に並べることにより形成される。
【0041】
また、上記の圧力室22aは、主室22a
1と、主室22a
1よりも容積の小さい副室22a
2・22a
3とを含む。主室22a
1は、圧電薄膜25の駆動によって圧力が主に付与される部分(空間)である。副室22a
2は、主室22a
1と連通する空間であり、インク供給路29から供給されるインクを主室22a
1に導く。インク供給路29は、振動板22bを貫通して形成されており、上述したインクチューブ10(
図1参照)と連通している。これにより、圧力室22aには、中間タンク6よりインクチューブ10およびインク供給路29を介してインクが供給され、収容される。なお、圧力室22aには、個別のインク供給路29ではなく、各圧力室22aに共通する共通流路を通ってインクが供給されてもよい。副室22a
3は、支持基板22において、主室22a
1に対して副室22a
2とは反対側に位置して、主室22a
1と連通している。また、支持基板22に共通循環流路を設け、共通循環流路を介して、圧力室22a内のインクを外部との間で循環させる構成としてもよい。
【0042】
圧電アクチュエータ21aの支持基板22に対して、圧電薄膜25の形成側とは反対側には、ノズル基板31が接合されている。ノズル基板31には、ノズル孔31a(吐出孔)が形成されている。ノズル孔31aは、支持基板22に形成された圧力室22a(例えば副室22a3)と連通している。これにより、圧力室22aに収容されているインクを、ノズル孔31aからインク滴として外部に吐出することができる。
【0043】
上記の構成において、駆動回路28から下部電極24および上部電極26に電圧を印加すると、圧電薄膜25が、下部電極24と上部電極26との電位差に応じて、厚さ方向に垂直な方向(支持基板22の面に平行な方向)に伸縮する。そして、圧電薄膜25と振動板22bとの長さの違いにより、振動板22bに曲率が生じ、振動板22bが厚さ方向に変位(湾曲、振動)する。
【0044】
したがって、圧力室22a内にインクを収容しておけば、上述した振動板22bの振動により、圧力室22a内のインクに圧力波が伝搬され、圧力室22a内のインクがノズル孔31aからインク滴として外部に吐出される。
【0045】
本実施形態では、圧電薄膜25は、上述した圧電薄膜引出部25Eを除いて、平面視で圧力室22aの外形よりも内側に位置している。圧力室22aを覆う振動板22bが、圧力室22aの上方位置で全て圧電薄膜25によって覆われていると、圧電薄膜25によって振動板22bが拘束されるため、振動板22bの振動量(変位量)が低下するおそれがある。上記のように圧電薄膜25を設けることにより、圧力室22aの上方位置で、振動板22bの全てが圧電薄膜25によって覆われなくなるため、圧電薄膜25による振動板22bの拘束が減り、振動板22bの変位量の低下を回避することができる。
【0046】
〔インクジェットヘッドの製造方法〕
次に、圧電アクチュエータ21aを圧電素子として備えたインクジェットヘッド21の製造方法について以下に説明する。
図4は、インクジェットヘッド21の製造工程を示す断面図である。なお、
図4では、
図2AのB-B’線に沿った断面を示す。
【0047】
(1)まず、支持基板22を用意する。支持基板22としては、MEMSに多く利用されている結晶シリコン(Si)を用いることができ、ここでは、酸化膜22eを介して2枚のSi基板22c・22dが接合されたSOI構造のものを用いている。支持基板22の厚みは規格等で決められており、直径6インチサイズの場合、その厚さは600μm程度である。
【0048】
(2)次に、支持基板22を加熱炉に入れ、1500℃程度に所定時間保持して、Si基板22c・22dの表面に、厚さが例えば0.1μmのSiO2からなる熱酸化膜23a・23bをそれぞれ形成する。
【0049】
(3)そして、一方の熱酸化膜23a上に、Ti(例えば厚さ20nm)およびPt(例えば厚さ100nm)の各層をスパッタ法で順に成膜し、下部電極24を形成する。つまり、支持基板22および熱酸化膜23a・23bを含む基体27上に、下部電極24を形成する(電極形成工程)。なお、本実施例においては、熱酸化膜23bは、支持基板22の後述する研磨の際に同時に除去されるため、基体27は、最終的に支持基板22および熱酸化膜23bで構成される。
【0050】
なお、Ptの成膜条件は、例えば、成膜温度:400~500℃、スパッタ圧:0.4Pa、Ar流量:20sccm、RFパワー:150W、である。Ptは、自己配向性を有しており、支持基板22に対して(111)方向に配向している。なお、Ptの代わりにイリジウム(Ir)を用いてもよい。また、密着層として、Tiの代わりに酸化チタン(TiOx)を形成してもよい。
【0051】
(4)続いて、基体27を600℃程度に再加熱し、PZTからなる圧電薄膜25を下部電極24上にスパッタ法で成膜する(成膜工程)。なお、圧電薄膜25は、複数の結晶の集合体からなる多結晶膜である。なお、PZTは、高温で成膜するとPbの蒸発によりPbが不足するため、予めPZTターゲットのPb量をストイキオメトリー(化学量論的組成)よりも所定量だけ過剰に添加してPZTを成膜することが望ましい。
【0052】
ここで、圧電薄膜の結晶には、圧電性を持ったペロブスカイト相と、準安定相で、圧電性を持たないパイロクロア相とがある。結晶中のパイロクロア相の比率(パイロクロア比率)が増大すると、圧電薄膜とその下層(下部電極)との界面での密着性が低下することが懸念される。そこで、本実施形態では、圧電薄膜25の結晶中のパイロクロア比率を少なくすることで、圧電薄膜25とその下層との密着性を向上させるようにしている。なお、結晶中のパイロクロア比率は、圧電薄膜25の成膜条件を適切に設定することで制御できるが、圧電薄膜25の成膜条件およびパイロクロア比率の詳細については、後述する実施例の中で具体的に説明する。
【0053】
(5)次に、支持基板22の裏面(熱酸化膜23b側)を研磨し、支持基板22を薄型化する(研磨工程)。この研磨工程は、支持基板22を機械研磨する工程と、支持基板22を化学機械研磨する工程とを含む。機械研磨(mechanical polishing)は、グラインダーなどを用いた機械的な手法により、研磨対象物を研磨する技術であり、研磨対象物を深く粗く研磨するのに適している。一方、化学機械研磨(chemical mechanical polishing)は、砥粒による機械的な除去作用と、研磨液(スラリー)による金属膜表面の化学的作用とを併用して研磨対象物を研磨する技術であり、平滑な研磨面を高速で得るのに適している。このように、圧電薄膜25を所望の形状にパターニングする前に、支持基板22の研磨が先に行われる(先研磨)。
【0054】
(6)支持基板22の研磨後、圧電薄膜25上に感光性樹脂41をスピンコート法で塗布し、マスクを介して露光、エッチングすることによって感光性樹脂41の不要な部分を除去し、圧電薄膜25のパターニング形状を転写する。その後、パターニングされた感光性樹脂41をマスクとして、反応性イオンエッチング法により、圧電薄膜25の一部を除去し、圧電薄膜25を所望の形状にパターニング(パターニング工程)。
【0055】
(7)次に、圧電薄膜25を覆うように下部電極24上に、Ti(例えば厚さ0.1μm)およびPt(例えば厚さ0.2μm)の各層をスパッタ法で順に成膜し、下部電極24とは別の電極である上部電極26を形成する(別電極形成工程)。続いて、上部電極26上に感光性樹脂42をスピンコート法で塗布し、マスクを介して露光、エッチングすることによって感光性樹脂42の不要な部分を除去し、上部電極26のパターニング形状を転写する。その後、パターニングされた感光性樹脂42をマスクとして、反応性イオンエッチング法により、上部電極26の一部を除去し、上部電極26を所望の形状にパターニングする。
【0056】
(8)続いて、支持基板22の裏面(熱酸化膜23b側)に感光性樹脂43をスピンコート法で塗布し、マスクを介して露光、エッチングすることによって、感光性樹脂43の不要な部分を除去し、圧力室22aのパターニング形状を転写する。そして、パターニングされた感光性樹脂43をマスクとして、反応性イオンエッチング法を用いて支持基板22の不要な部分の除去や加工を行い、圧力室22aを形成し(圧力室形成工程)、その他、連通路(例えばインク供給路29)なども形成する。これにより、圧電素子としての圧電アクチュエータ21aが完成する。
【0057】
(9)最後に、圧電アクチュエータ21aの支持基板22と、ノズル孔31aを有するノズル基板31とを、支持基板22の圧力室22aがノズル孔31aと連通するように、接着剤等を用いて接合する(接合工程)。これにより、インクジェットヘッド21が完成する。なお、ノズル孔31aに対応する位置に貫通孔を有する中間ガラスを用い、支持基板22と中間ガラス、および中間ガラスとノズル基板31とをそれぞれ陽極接合するようにしてもよい。この場合は、接着剤を用いずに3者(支持基板22、中間ガラス、ノズル基板31)を接合することができる。
【0058】
〔実施例〕
次に、上述したインクジェットヘッド21の製造方法の実施例について、比較例と併せて説明する。なお、以下の実施例および比較例では、圧電薄膜の成膜条件、および基板研磨のタイミング(圧電薄膜のパターニングとの前後関係)を異ならせた以外は、上述した製造方法と同じであるため、ここでは、圧電薄膜の成膜条件、および基板研磨のタイミングに特化して説明する。
【0059】
(実施例1)
下部電極上に、PZT(Zr/Ti=52/48)からなる圧電薄膜をスパッタ法によって以下の成膜条件で成膜した。すなわち、成膜温度:620℃、ターゲットのPb比(Zrのモル比とTiのモル比との和に対するPbのモル比):1~1.3、酸素(O2)流量/アルゴン(Ar)流量:1%、である。ターゲットのPb比を上記範囲で調整することにより、結晶中のパイロクロア相を減らすことができる。なお、支持基板の研磨のタイミングは、上述のように、圧電薄膜のパターニング前であり、先研磨である。
【0060】
(実施例2)
PZTの成膜温度を600℃とし、O2流量/Ar流量を1~5%として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例1と同様である。
【0061】
(実施例3)
PZTの成膜温度を600℃として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例1と同様である。
【0062】
(実施例4)
PZTの成膜温度を580℃とし、ターゲットのPb比を1.1~1.3とし、O2流量/Ar流量を1~5%として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例1と同様である。
【0063】
(実施例5)
下部電極上に、チタン酸ジルコン酸ランタン鉛(PLZT、La:0.8モル%、Zr/Ti=60/40)からなる圧電薄膜をスパッタ法によって以下の成膜条件で成膜した以外は、実施例1と同様である。すなわち、成膜温度:580℃、ターゲットのPb比:1.1~1.30、O2流量/Ar流量:1~5%、である。
【0064】
(実施例6)
PZTの成膜温度を590℃として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例1と同様である。
【0065】
(実施例7)
PZTの成膜温度を590℃とし、ターゲットのPb比を1%として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例3と同様である。
【0066】
(比較例1)
PZTの成膜温度を635℃として圧電薄膜を成膜し、支持基板の研磨のタイミングを、圧電薄膜のパターニング後(
図8参照)とした以外は、実施例1と同様である。
【0067】
(比較例2)
支持基板の研磨のタイミングを、圧電薄膜のパターニング後(
図8参照)とした以外は、実施例3と同様である。
【0068】
(比較例3)
PZTの成膜温度を590℃とし、O
2流量/Ar流量:1~5%とし、支持基板の研磨のタイミングを、圧電薄膜のパターニング後(
図8参照)とした以外は、実施例1と同様である。
【0069】
(比較例4)
PZTの成膜温度を625℃として圧電薄膜を成膜した以外は、実施例1と同様である(支持基板の研磨は先研磨である)。
【0070】
(評価)
〈パイロクロア比率〉
実施例1~7、比較例1~4の各成膜条件で成膜された圧電薄膜について、X線回折(X‐ray diffraction;XRD)による評価を行った。
図5は、例えば実施例1で成膜された圧電薄膜に対して、XRDの2θ/θ測定を行ったときに得られるスペクトルを示している。なお、
図5の縦軸の強度(回折強度、反射強度)は、1秒間たりのX線の計数率(cps;count per second)に対応する任意単位(Arbitrary Unit)で示している。このようなスペクトルから得られる各ピーク強度から、圧電薄膜の結晶中のパイロクロア比率を求めた。
【0071】
ここで、ペロブスカイト相の(100)配向のピーク強度をA1とし、ペロブスカイト相の(110)配向のピーク強度をA2とし、ペロブスカイト相の(111)配向のピーク強度をA3とし、パイロクロア相のピーク強度をPyとすると、上記パイロクロア比率Rは、以下の式で表される。
R=Py/(A1+A2+A3)
つまり、パイロクロア比率とは、上記2θ/θ測定によって得られる、ペロブスカイト相の(100)配向、(110)配向、(111)配向の各ピーク強度の総和に対する、パイロクロア相のピーク強度の比を指す。
【0072】
〈膜応力(内部応力)〉
実施例1~7、比較例1~4のそれぞれについて、圧電薄膜の成膜前後での基板の反りを測定し、以下の公知の式に基づいて圧電薄膜の膜応力σ(Pa)を求めた。
【0073】
【0074】
ここで、dは膜厚(m)、Dは基板の厚さ(m)、Esは基板の縦弾性係数(Pa)、νsは基板のポアソン比、aは基板半径(m)、h2は成膜後の基板の反り(m)、h1は成膜前の基板の反り(m)を表す。例えば基板がSiまたはSOI基板の場合、Esは160(GPa)であり、νsは0.2である。
【0075】
〈剥離応力〉
実施例1~7、比較例1~4のそれぞれについて、振動板上の圧電薄膜に対して、下部電極と上部電極との間に、数kHz~100kHzの高周波電圧を印加し、圧電薄膜を繰り返し駆動した。このとき、開始電圧を20V程度とし、開始電圧から電圧を徐々に増加させ、それぞれの電圧の印加状態で30分~1時間程度保持した。
【0076】
各電圧条件で、圧電薄膜の剥離状態を観察し、圧電薄膜が剥離する電圧と、その電圧の印加時に圧電薄膜に作用するせん断応力とから、圧電薄膜の剥離応力を算出した。なお、各電圧印加時に圧電薄膜に作用するせん断応力は、予め算出しておいた圧電定数d31(pm/V)とダイアフラム構造の有限要素解析により計算することができる。
【0077】
実施例1~7、比較例1~4のそれぞれについての評価の結果を表1に示す。
【0078】
【0079】
なお、表1で示した評価の基準は、以下の通りである。
×・・・剥離応力が100MPa未満であり、圧電薄膜の剥離が確認された。
○・・・剥離応力が100MPa以上110MPa未満であり、圧電薄膜の剥離がほとんど確認されなかった。
◎・・・剥離応力が110MPa以上であり、圧電薄膜の剥離が全く確認されなかった。
【0080】
表1より、比較例1~4では、繰り返し駆動時の剥離応力の評価が不良(×)となっている。これは、比較例1~3における支持基板の研磨は、圧電薄膜のパターニング後の研磨(後研磨)であり、後研磨では、パターニングされた圧電薄膜のエッジに、研磨の際のせん断方向の負荷がかかることによって、圧電薄膜のエッジとその下層との密着性が低下するためと考えられる。また、比較例4における支持基板の研磨は、圧電薄膜のパターニング前の研磨(先研磨)であるが、圧電薄膜のパイロクロア比率が100ppmを超えており、密着性の低下の原因となるパイロクロア比率が高いためと考えられる。
【0081】
これに対して、実施例1~7では、剥離応力の評価が良好(◎または○)となっている。これは、実施例1~7における支持基板の研磨は先研磨であり、かつ、圧電薄膜の結晶中のパイロクロア比率も100ppm以下と小さいため、研磨時のせん断応力に起因する密着性低下、およびパイロクロア相に起因する密着性低下を両方とも抑えることができていることによるものと考えられる。
【0082】
特に、実施例2~5、7では、パイロクロア比率が45ppm以下と非常に小さいため、パイロクロア相に起因する密着性低下が確実に抑えられ、剥離応力が増大する(剥離しにくい)傾向にあると言える。また、実施例2、4、5~7のように、膜応力が50MPa以下であれば、剥離応力が110MPa以上であることから、圧電薄膜と下層との密着性がさらに向上し、圧電薄膜がより剥離しにくくなると言える。特に、実施例6では、実施例1とパイロクロア比率が同じであり、実施例7では、実施例3とパイロクロア比率が同じであるが、どちらも膜応力が50MPa以下と低く、剥離応力の評価がさらに良好となっていることから、パイロクロア比率が同じであっても、膜応力が50MPa以下であれば、さらに剥離応力を増大させる(剥離しにくくさせる)ことができると言える。
【0083】
以上のように、基板の研磨工程は、圧電薄膜のパターニング工程よりも前に行われるため、基板研磨時のせん断方向の負荷の影響を、パターニング後の圧電薄膜のエッジが受けることはない。つまり、基板研磨時には圧電薄膜はパターニングされておらず、ベタ状であるため、圧力室上方の、パターニング後の圧電薄膜のエッジに相当する部分に局所的に、基板研磨時の上記負荷がかかることはない。これにより、基板の研磨に起因して、圧電薄膜のエッジとその下層との密着性が低下するのを抑えることができる。また、成膜工程では、結晶中のパイロクロア比率が100ppm以下となるように圧電薄膜が成膜されるので、パイロクロア相に起因する、圧電薄膜と下層との密着性の低下も抑えることができる。したがって、製造された圧電素子(圧電アクチュエータ)の繰り返し駆動時において、圧電薄膜が下層から剥離するのを抑えることができ、圧電素子の信頼性を向上させることができる。
【0084】
また、圧電薄膜に予め50MPaよりも高い膜応力が発生していると、駆動時(電圧印加時)に発生する応力との総和が大きくなり、駆動時に圧電薄膜がより剥離しやすくなると考えられる。また、圧電薄膜の膜応力が50MPaよりも高いと、素子の製造工程中、常に、圧電薄膜と電極との界面に高い応力が働いて、欠陥のような微小ダメージを作りやすく、これによっても駆動時に圧電薄膜が剥離しやすくなると考えられる。
【0085】
しかし、成膜工程において、膜応力が50MPa以下となるように圧電薄膜を成膜することで、駆動時の応力との総和を小さくでき、製造工程中に高い膜応力に起因する欠陥の発生も抑えることができる。これにより、駆動時の圧電薄膜の下層からの剥離を抑える効果を高めることができる。特に、先研磨では、基板が薄くて反りやすく、基板に反りによって圧電薄膜の膜応力が高くなりやすいため、膜応力が50MPa以下となるように圧電薄膜を成膜することは、先研磨において非常に有効であると言える。
【0086】
なお、上述した実施例では、圧電薄膜の成膜時の成膜温度を下げることで、圧電薄膜の膜応力を緩和しているが、この他に、基板電位を調整する、下地にシード層を使う、などによって、圧電薄膜の膜応力を下げるようにしてもよい。
【0087】
また、成膜工程において、上記したパイロクロア比率が45ppm以下となるように圧電薄膜を成膜することで、パイロクロア相に起因する圧電薄膜と下層との密着性低下を確実に抑えることができる。これにより、繰り返し駆動時における圧電薄膜の剥離を確実に抑えて、圧電素子の信頼性を確実に向上させることができる。
【0088】
また、本実施形態の製造方法では、下部電極とは別の電極(上部電極)を圧電薄膜上に形成する際に、その上部電極の形成工程(別電極形成工程)は、圧電薄膜のパターニング工程の後に行われている(
図4参照)。基板の研磨工程は、圧電薄膜のパターニング工程の前に行われるため、当然ながら、別電極形成工程は、基板研磨工程の後に行われることになる。このように、基板研磨工程および圧電薄膜のパターニング工程の後に、パターニングされた圧電薄膜上に上部電極を形成して圧電素子を製造する場合において、上述した本実施形態の効果を得ることができる。
【0089】
また、本実施形態では、圧電薄膜のパターニング工程の後に、基板に圧力室を形成している。この場合、基板に形成された圧力室を、インクの収容部として利用できるため、インクジェットヘッドに好適な圧電素子(圧電アクチュエータ)を実現することができる。
【0090】
また、本実施形態では、上述した圧電素子の製造方法を用い、最終的に、上記基板(支持基板)とノズル基板とを、圧力室とのノズル孔とが連通するように接合してインクジェットヘッドを製造している。これにより、インクジェットヘッドにおいて、繰り返し駆動時における圧電薄膜の下層からの剥離を抑えて、信頼性を向上させることができる。
【0091】
〔インクジェットヘッドの他の製造方法〕
図6は、本実施形態のインクジェットヘッドの他の製造工程を示す断面図である。同図に示すように、圧電薄膜25上に別の電極(上部電極26)を形成する別電極形成工程は、圧電薄膜25のパターニング工程の前に行われてもよい。そして、支持基板22の研磨工程は、別電極形成工程の後で、かつ、パターニング工程の前に行われてもよい。なお、それ以外の工程については、
図4と同様である。
【0092】
上部電極26の形成後で、かつ、圧電薄膜25のパターニング前に、支持基板22を研磨する場合でも、その後、パターニングされた圧電薄膜25のエッジに、基板研磨時のせん断方向の負荷がかかるといったことがないため、支持基板22の研磨に起因して、圧電薄膜25のエッジとその下層(下部電極24)との密着性が低下するのを抑えることができる。
【0093】
つまり、支持基板22の研磨が、圧電薄膜25のパターニングの前に行われるのであれば、上部電極26の形成は、支持基板22の研磨の後であってもよいし(
図4参照)、研磨の前であってもよい(
図6参照)。
【0094】
〔インクジェットヘッドの他の構成〕
図7は、インクジェットヘッド21の他の構成を示す断面図である。同図のように、インクジェットヘッド21は、圧電薄膜25を密閉するための封止筐体60をさらに備えていることが望ましい。つまり、インクジェットヘッド21の製造方法は、圧電薄膜25を封止筐体60で密閉する密閉工程をさらに含んでいることが望ましい。封止筐体60は、ノズル基板31と接着剤などによって接着され、これによって封止筐体60内部の気密性が確保される。
【0095】
図7の構成では、インク供給路29は、封止筐体60を貫通するインクチューブ10と連通している。また、上部電極引出部26Eは、ワイヤー62を介してFPC(フレキシブルプリント基板)63と接続されており、FPC63は駆動回路28(
図2B参照)と接続されている。これにより、駆動回路28から、FPC63および上部電極引出部26Eを介して上部電極26に電圧を印加することが可能となっている。なお、下部電極24も、図示しない配線を介してFPC63と接続されているものとする。上部電極26(上部電極引出部26E)および下部電極24とFPC63との接続方法は、上記のワイヤーボンディング(ボールボンディング)には限定されず、例えばそれぞれの電極上にバンプ(突起部)を形成して、FPC63側のバンプと接触させ、これらのバンプの少なくとも一方を溶融させることで接続してもよい。
【0096】
上記のように圧電薄膜25が封止筐体60で密閉されることで、インクジェットヘッド21が使用される環境において、大気中の水分の圧電薄膜25への到達、浸入が妨げられる。これにより、圧電薄膜25の上記水分による絶縁破壊を抑えて、さらに信頼性の高いインクジェットヘッド21を実現することができる。
【0097】
なお、封止筐体60内の水分による圧電薄膜25の絶縁破壊を抑えるべく、封止筐体60内に、吸湿材61を配置したり、乾燥窒素を導入することにより、封止筐体60の内部を例えば相対湿度1%以下に保つことが望ましい。
【0098】
〔圧電材料について〕
以上では、圧電薄膜25を構成する圧電材料として、PZTまたはPLZTを用いた場合について説明したが、これらの材料に限定されるわけではない。すなわち、ABO3型のペロブスカイト型構造のAサイトまたはBサイトに以下の元素を含むペロブスカイト化合物で圧電薄膜25を構成してもよい。
【0099】
すなわち、ABO3型のペロブスカイト型構造のAサイトの元素は、鉛(Pb)を含み、さらに、バリウム(Ba)、ランタン(La)、ストロンチウム(Sr)、ビスマス(Bi)、リチウム(Li)、ナトリウム(Na)、カルシウム(Ca)、カドミウム(Cd)、マグネシウム(Mg)、カリウム(K)の少なくとも1つを含んでいてもよい。また、Bサイトの元素は、ジルコニウム(Zr)およびチタン(Ti)を含み、さらに、バナジウム(V)、ニオブ(Nb)、タンタル(Ta)、クロム(Cr)、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、マンガン(Mn)、スカンジウム(Sc)、コバルト(Co)、銅(Cu)、インジウム(In)、スズ(Sn)、ガリウム(Ga)、カドミウム(Cd)、鉄(Fe)、ニッケル(Ni)の少なくとも1つを含んでいてもよい。
【0100】
また、用いる圧電材料は、Pbを含まない非鉛系の圧電材料であってもよい。非鉛系の圧電材料としては、例えばチタン酸バリウムストロンチウム(BST)、タンタル酸ストロンチウムビスマス(SBT)、チタン酸バリウム(BaTiO3)、ニオブ酸カリウムナトリウム((K,Na)NbO3)などがある。
【0101】
〔補足〕
以上、本発明の実施形態につき説明したが、本発明の範囲はこれに限定されるものではなく、発明の主旨を逸脱しない範囲で種々の変更を加えて実施することができる。
【0102】
以上で説明した本実施形態の圧電素子の製造方法およびインクジェットヘッドの製造方法は、以下のように表現することができ、これによって以下の作用効果を奏すると言うことができる。
【0103】
本実施形態の圧電素子の製造方法は、少なくとも基板を含む基体上に電極を形成する電極形成工程と、前記電極上に圧電薄膜を成膜する成膜工程と、前記圧電薄膜の一部を除去して前記圧電薄膜をパターニングするパターニング工程と、前記基板を研磨する研磨工程とを含み、前記研磨工程は、前記パターニング工程よりも前に行われ、前記成膜工程では、X線回折の2θ/θ測定によって得られる、ペロブスカイト相の(100)配向、(110)配向、(111)配向の各ピーク強度の総和に対する、パイロクロア相のピーク強度の比が、100ppm以下となるように、前記圧電薄膜を成膜する。
【0104】
上記の製造方法によれば、少なくとも基板を含む基体上に、電極(例えば下部電極)および圧電薄膜が形成され、その圧電薄膜をパターニングする前に、基板が研磨され、薄型化される。圧電薄膜のパターニング前に基板を研磨することを、「先研磨」とも称する。先研磨によって基板を薄型化した後に、圧電薄膜がパターニングされるため、パターニング後の圧電薄膜のエッジに、基板研磨時のせん断方向の負荷がかかるといったことがない。これにより、基板の研磨に起因して、圧電薄膜のエッジとその下層(例えば電極)との密着性が低下するのを抑えることができる。また、圧電薄膜の結晶中のパイロクロア比率が100ppm以下と小さいため、結晶中のパイロクロア相に起因して、圧電薄膜と下層(例えば電極)との密着性が低下するのを抑えることもできる。よって、製造された圧電素子の繰り返し駆動時において、圧電薄膜が下層から剥離するのを抑えて、圧電素子の信頼性を向上させることができる。
【0105】
前記成膜工程では、膜応力が50MPa以下となるように前記圧電薄膜を成膜することが望ましい。圧電薄膜の膜応力が50MPa以下と小さい場合、駆動時に圧電薄膜とその下層(例えば電極)との界面に働く応力を極力小さくできる。これにより、駆動時の圧電薄膜の下層からの剥離を抑える効果を高めることができる。
【0106】
前記成膜工程では、前記比が、45ppm以下となるように、前記圧電薄膜を成膜することが望ましい。圧電薄膜の結晶中のパイロクロア比率が45ppm以下と非常に小さいため、結晶中のパイロクロア相に起因して、圧電薄膜と下層との密着性が低下するのを確実に抑えることができる。これにより、繰り返し駆動時における圧電薄膜の剥離を確実に抑えて、圧電素子の信頼性を確実に向上させることができる。
【0107】
前記圧電薄膜は、チタン酸ジルコン酸鉛を含んでいてもよい。チタン酸ジルコン酸鉛(PZT)は、ペロブスカイト型構造を有し、良好な圧電特性を発揮するため、インクジェットヘッドのアクチュエータ等に好適な圧電素子を実現することができる。
【0108】
前記圧電薄膜の膜厚は、1μm以上5μm以下であることが望ましい。圧電薄膜が薄型であるため、小型の圧電素子を実現することができる。また、圧電薄膜が薄型の構成において、上述の効果を得ることができる。
【0109】
前記研磨工程は、前記基板を化学機械研磨する工程を含むことが望ましい。化学機械研磨により、基板の研磨面を精度よく研磨して平滑にすることができる。
【0110】
前記圧電素子の製造方法は、前記圧電薄膜上に別の電極を形成する別電極形成工程をさらに含み、前記別電極形成工程は、前記パターニング工程の後に行われてもよい。圧電薄膜のパターニング後に、そのパターニングされた圧電薄膜上に別の電極(例えば上部電極)を形成して圧電素子を製造する場合において、上述の効果を得ることができる。
【0111】
前記圧電素子の製造方法は、前記圧電薄膜上に別の電極を形成する別電極形成工程をさらに含み、前記別電極形成工程は、前記パターニング工程の前に行われ、前記研磨工程は、前記別電極形成工程の後で、かつ、前記パターニング工程の前に行われてもよい。別電極(例えば上部電極)の形成後であっても、圧電薄膜のパターニング前に基板を研磨することにより、その後、パターニングされた圧電薄膜のエッジに、基板研磨時のせん断方向の負荷がかかるといったことがないため、基板の研磨に起因して、圧電薄膜のエッジとその下層との密着性が低下するのを抑えることができる。
【0112】
前記圧電素子の製造方法は、前記パターニング工程の後、前記基板に圧力室を形成する工程を含んでいてもよい。この場合、基板に形成された圧力室を、インクの収容部として利用できるため、インクジェットヘッドに好適な圧電素子を実現することができる。
【0113】
本実施形態のインクジェットヘッドの製造方法は、上記の圧電素子の製造方法を含むインクジェットヘッドの製造方法であって、前記基板を支持基板とすると、ノズル孔を有するノズル基板を、前記ノズル孔が前記支持基板に形成された前記圧力室と連通するように、前記支持基板に接合する接合工程を含んでいる。
【0114】
支持基板とノズル基板とを、圧力室とのノズル孔とが連通するように接合することにより、インクジェットヘッドが構成される。上述した圧電素子の製造方法によれば、圧電素子の繰り返し駆動時において、圧電薄膜の下層からの剥離を抑えて、圧電素子の信頼性を向上させることができるため、その圧電素子の製造方法を含んで製造されたインクジェットヘッドにおいても、信頼性を向上させることができる。
【0115】
前記インクジェットヘッドの製造方法は、前記圧電薄膜を封止筐体で密閉する密閉工程をさらに含んでいてもよい。圧電薄膜が封止筐体で密閉されることで、インクジェットヘッドが使用される環境の大気中の水分の圧電薄膜への到達が妨げられる。これにより、圧電薄膜の上記水分による絶縁破壊を抑えて、さらに信頼性の高いインクジェットヘッドを実現することができる。
【産業上の利用可能性】
【0116】
本発明は、例えばインクジェットヘッドのアクチュエータに適用される圧電素子の製造に利用可能である。
【符号の説明】
【0117】
21 インクジェットヘッド
21a 圧電アクチュエータ(圧電素子)
22 支持基板(基板)
22a 圧力室
24 下部電極(電極)
25 圧電薄膜
26 上部電極(別電極)
27 基体
31 ノズル基板
31a ノズル孔
60 封止筐体