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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-06
(45)【発行日】2022-01-21
(54)【発明の名称】イメージングデータ処理装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220114BHJP
【FI】
G01N27/62 D
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020522475
(86)(22)【出願日】2018-05-30
(86)【国際出願番号】 JP2018020836
(87)【国際公開番号】W WO2019229900
(87)【国際公開日】2019-12-05
【審査請求日】2020-09-23
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110001069
【氏名又は名称】特許業務法人京都国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】山口 真一
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】米国特許出願公開第2015/0131888(US,A1)
【文献】DE PLAS, Raf van,Image fusion of mass spectrometry and microscopy: a multimodality paradigm for molecular tissue mapp,NATURE METHODS,2015年04月,Vol.12/No.4,PP.366-372
【文献】ROMPP, Andreas,Mass spectrometry imaging with high resolution in mass and space,Histochem Cell Biol,2013年,Vol.139/Iss.6,PP.759-783
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料上の2次元的な測定領域内の微小領域毎にスペクトルを取得する所定の測定手法により得られたデータの集合である測定イメージングデータと、試料上の微小領域毎の強度情報の2次元分布である参照画像を構成する参照イメージングデータと、に基づく解析処理によって、前記試料についての情報を求めるイメージングデータ処理装置であって、
a)前記測定イメージングデータの全体又は一部である第1のイメージングデータと、それに空間的に対応付けられる前記参照イメージングデータの全体又は一部である第2のイメージングデータとについて、該第1のイメージングデータを説明変数、該第2のイメージングデータを被説明変数とする回帰分析を実行して回帰モデルを作成する回帰分析実行部と、
b)前記回帰モデルに前記第1のイメージングデータを適用することで、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する予測画像作成部と、
を備えることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項2】
請求項1に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記予測画像に基づいて微小領域毎の予測残差を算出し残差画像を作成して表示部の画面上に表示する残差画像作成部、をさらに備えることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項3】
請求項1に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記予測画像と前記参照画像とを共に表示部の画面上に表示する分析結果画像作成部をさらに備えることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項4】
請求項1に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記予測画像と前記参照画像との間で空間的に対応付けられる画素単位での相関性を示す相関係数を算出する相関係数算出部と、
前記相関係数算出部により算出された相関係数を表示部の画面上に表示する表示処理部と、
をさらに備えることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項5】
請求項1に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記予測画像と前記参照画像との間で空間的に対応付けられる画素毎に画素値の減算又は除算を実施して計算値を算出する回帰分析結果評価部と、
前記回帰分析結果評価部により算出された画素毎の計算値に基づく画像を作成して表示部の画面上に表示する差分画像作成部と、
をさらに備えることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか1項に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記所定の測定手法は質量分析法であり、前記測定イメージングデータは、質量分析により得られたプロファイルスペクトルにおける各ピークについて、使用した質量分析装置の装置精度程度以内の範囲における信号強度を積算してそのピークの信号強度としたものであることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【請求項7】
請求項6に記載のイメージングデータ処理装置であって、
前記回帰分析は部分最小二乗回帰分析であることを特徴とするイメージングデータ処理装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イメージング質量分析装置などにより試料上の2次元的な測定領域内の多数の微小領域においてそれぞれ得られたデータを処理することで、該試料中の特定の物質の2次元分布を示す画像を作成したり該試料についての有用な情報を引き出したりすることが可能なイメージングデータ処理装置に関する。
【背景技術】
【0002】
イメージング質量分析装置は、生体組織切片などの試料の表面の形態を光学顕微鏡によって観察しながら、同じ試料表面における特定の質量電荷比m/zを有するイオンの2次元的な強度分布を測定することが可能な装置である(非特許文献1参照)。イメージング質量分析装置を用いて例えば癌などの特定の疾病に特徴的に現れる化合物由来のイオンについての2次元強度分布画像(質量分析イメージング画像)を観察することにより、その疾病の拡がり具合などを把握することが可能である。こうしたことから、近年、イメージング質量分析装置を利用し、生体組織切片等を対象とした薬物動態解析や各器官での化合物分布の相違、或いは、癌等の病理部位と正常部位との間での化合物分布の差異などを解析する研究が盛んに行われている。
【0003】
一般に、或る質量電荷比を有するイオンの2次元強度分布は特定の物質の分布を示しているから、質量分析イメージング画像に基づいて、例えば特定の疾病に関連する化合物、つまりはバイオマーカが生体組織内でどのように分布しているか、などといった有用な情報を得ることができる。ただし、イメージング質量分析装置において得られるデータの量は膨大であり、観察対象の化合物の種類が不明である場合、いずれの質量電荷比における質量分析イメージング画像が有用な情報であるのかを作業者が調べるには大変な労力を要する。
【0004】
こうした課題に対し、特許文献1には、光学顕微鏡で得られた光学画像、蛍光画像等の参照画像と任意の質量電荷比における質量分析イメージング画像とについて画像の位置合わせと空間分解能の調整とを行ったうえで、両画像の同じ位置の画素同士のデータに対する統計的解析処理を実行し、両画像の分布の類似性を示す指標値を算出することが記載されている。また、該文献には、統計的解析手法として部分最小二乗回帰(Partial Least Squares regression=PLS)等の回帰分析を利用することが記載されている。この方法では、質量分析イメージング画像と参照画像との2次元分布の相関性が高いほどPLSのスコアが高くなるから、該スコアが高い質量分析イメージング画像を与える質量電荷比を有するイオンは参照画像に近い2次元強度分布であると推定することができる。こうした情報はバイオマーカを探索するうえで非常に重要な情報である。
【0005】
また本出願人が先に出願したPCT/JP2018/003757号には、試料について収集された所定質量電荷比範囲に亘る質量分析イメージングデータに基づいて作成された2次元行列を説明変数、参照画像の画素値データに基づいて作成された1次元行列を被説明変数(目的変数)としてPLS回帰分析を実行して回帰係数の1次元行列を求め、その結果から質量電荷比と回帰係数との関係を示すスペクトル様のグラフを作成して表示することが記載されている。このグラフを見れば、回帰係数の絶対値が大きな質量電荷比が一目で分かるため、作業者は、参照画像に近い2次元強度分布を示す質量電荷比を容易に見つけることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】国際公開第2017/002226号パンフレット
【非特許文献】
【0007】
【文献】「iMScope TRIO イメージング質量顕微鏡」、[online]、[平成30年3月28日検索]、株式会社島津製作所、インターネット<URL : https://www.an.shimadzu.co.jp/bio/imscope/>
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、異なる質量電荷比における質量分析イメージング画像に対して得られるPLSスコア(回帰係数)を比較することで、いずれの質量電荷比における質量分析イメージング画像が参照画像により近いのかという相対的な判断を行うことが可能である。しかしながら、そうしたスコアを以てしても、或る質量電荷比における質量分析イメージング画像が参照画像にどの程度似ているのかという絶対的な判断を行うことはできない。したがって、互いに異なる複数の質量電荷比における質量分析イメージング画像と一つの参照画像とについてそれぞれを実行して求めたスコアを比較して、最もスコアが高い一つの質量電荷比を抽出したとしても、その質量電荷比における質量分析イメージング画像と参照画像との2次元分布の類似性が十分に高いという保証はない。
【0009】
一般的にPLSでは、決定係数(寄与率とも呼ばれる)と呼ばれる計算値がPLSモデル(回帰式)の類似性を示す指標値として用いられることが多い。決定係数を計算するためには、実際のデータ値と推定された回帰式とから、データ値毎に、全変動、回帰変動、及び残差変動の三つを求め、全てのデータ値についてのそれら値から決定係数を算出する必要がある。しかしながら、質量分析イメージング法の場合、処理対象のデータ量が非常に膨大であるため、決定係数を算出することは実際上不可能である。
【0010】
なお、同様の問題は、質量分析イメージング法に限らず、ラマン分光イメージング法、蛍光イメージング法、赤外分光イメージング法、などの、様々な測定手法によるイメージングに共通している。
【0011】
本発明はこうした課題を解決するために成されたものであり、その目的とするところは、例えば同じ測定領域についての質量分析イメージング画像と光学画像との類似性を統計的解析処理により調べる際に、その類似の程度をユーザが直感的に且つ容易に把握することができるイメージングデータ処理装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するために成された本発明は、試料上の2次元的な測定領域内の微小領域毎にスペクトルを取得する所定の測定手法により得られたデータの集合である測定イメージングデータと、試料上の微小領域毎の強度情報の2次元分布である参照画像を構成する参照イメージングデータと、に基づく解析処理によって、前記試料についての情報を求めるイメージングデータ処理装置であって、
a)前記測定イメージングデータの全体又は一部である第1のイメージングデータと、それに空間的に対応付けられる前記参照イメージングデータの全体又は一部である第2のイメージングデータとについて、該第1のイメージングデータを説明変数、該第2のイメージングデータを被説明変数とする回帰分析を実行して回帰モデルを作成する回帰分析実行部と、
b)前記回帰モデルに前記第1のイメージングデータを適用することで、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する予測画像作成部と、
を備えることを特徴としている。
【0013】
本発明において、所定の測定手法とは、質量分析イメージング法、ラマン分光イメージング法、蛍光イメージング法、赤外分光イメージング法、X線分析イメージング法などのいずれかとすることができる。また、参照画像は、上記例示した測定手法のほか、電子線やイオン線などの粒子線を用いた表面分析イメージング法、走査型プローブ顕微鏡(SPM)などの探針を用いた表面分析イメージング法、光学顕微鏡などの一般的な顕微鏡による顕微観察法などの測定手法中で所定の測定手法として選択されたものとは異なる一つの測定手法における測定を試料に対して行うことで得られた画像とすることができる。ただし、参照画像はあくまでも測定イメージングデータに基づく画像を評価する際の基準となる画像であるから、測定イメージングデータが取得された試料と同じ試料について得られた画像である必要はなく、また測定に依らず人為的に作成された画像でもよい。
【0014】
本発明における典型的な実施形態としては、上記所定の測定手法は質量分析法であり、上記測定イメージングデータは各画素における所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータである。
【0015】
いま一例として、測定イメージングデータが上述したように一つの試料上の測定領域について得られた質量分析イメージングデータ、参照イメージングデータが同じ試料上の測定領域についての光学画像を構成する画像データであるとする。本発明において回帰分析実行部は、測定領域全体の質量分析イメージングデータを説明変数、該測定領域全体に対する光学画像を構成する画像データを被説明変数(目的変数)とする回帰分析を実行し、質量電荷比毎に回帰係数を求めて回帰モデルを作成する。そして、予測画像作成部は、説明変数である質量分析イメージングデータを回帰モデルに適用することで、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する。ここで、回帰分析としては一般的な多重回帰ではなく、部分最小二乗回帰分析を用いることが望ましい。
【0016】
本発明に係る第1の態様では、前記予測画像に基づいて前記微小領域毎の予測残差を算出し残差画像を作成して表示部の画面上に表示する残差画像作成部、をさらに備える構成とするとよい。
【0017】
回帰モデルにおいて完全な回帰が行える要素であれば、全ての画素において予測残差はゼロになるが、実際にはほぼ必ず回帰の誤差があるため予測残差が発生する。この予測残差は回帰モデルの正確性を表すから、ユーザは残差画像を確認することで、回帰モデルの正確性を評価することができる。
【0018】
また本発明に係る第2の態様では、前記予測画像と前記参照画像とを共に表示部の画面上に表示する分析結果画像作成部をさらに備える構成とする構成とするとよい。
【0019】
回帰分析によって得られた回帰モデルの正確性が高ければ、回帰分析結果である予測画像と参照画像との2次元分布は近くなる。したがって、ユーザは表示部の画面上に並べて表示された予測画像と参照画像とを見比べることで、回帰モデルの正確性を評価することができる。
【0020】
また本発明に係る第3の態様では、
前記予測画像と前記参照画像との間で空間的に対応付けられる画素単位での相関性を示す相関係数を算出する相関係数算出部と、
前記相関係数算出部により算出された相関係数を表示部の画面上に表示する表示処理部と、
をさらに備える構成とするとよい。
【0021】
上述したように、回帰モデルの正確性が高ければ予測画像と参照画像との2次元分布は近くなるため、両画像の相関係数は大きくなる。したがって、ユーザは相関係数を確認することで、回帰モデルの正確性を評価することができる。
【0022】
また本発明に係る第4の態様では、
前記予測画像と前記参照画像との間で空間的に対応付けられる画素毎に画素値の減算又は除算を実施して計算値を算出する回帰分析結果評価部と、
前記回帰分析結果評価部により算出された画素毎の計算値に基づく画像を作成して表示部の画面上に表示する差分画像作成部と、
をさらに備える構成とするとよい。
【0023】
回帰モデルの正確性が高ければ予測画像と参照画像との2次元分布は近くなるため、両画像の画素値を減算又は除算して得られる計算値は一定値(例えば上記のゼロ又は1)に近くなる。したがって、ユーザは上記計算値に基づく画像を確認することで、回帰モデルの正確性を評価することができる。
【0024】
なお、本発明に係るイメージングデータ処理装置であって、測定イメージングデータが上述したように質量分析イメージングデータである場合、該データは質量分析により得られたプロファイルスペクトルにおける各ピークについて、測定に使用した質量分析装置の装置精度程度以内の範囲における信号強度を積算してそのピークの信号強度としたものとするのが好ましい。
【0025】
一般にプロファイルスペクトルにおいて観測されるピークのピーク幅は質量分析装置の装置精度や分解能で決まる質量電荷比幅に比べて大きくなる。これは、同じ試料上の同じ部位に対する繰り返し測定時の様々な誤差などに起因するものである。こうしたピークの拡がりのためにプロファイルスペクトル上で検出される一つのピークの全体(開始点から終了点までの範囲)について信号強度を積算してしまうと、他のピークの裾部の影響を受ける等により、信号強度の精度が低下する。これに対し、上記好ましい構成によれば、こうした誤差の影響を軽減して正確性の高い質量分析イメージング画像を作成することができる。
【発明の効果】
【0026】
本発明によれば、例えば光学画像データと質量分析イメージングデータをそれぞれ被説明変数、説明変数として作成した回帰モデルにより、該光学画像に近い予測画像を作成することができ、それに基づき回帰分析結果の正確性を評価することができる。それにより、バイオマーカの探索の作業の効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1】本発明に係るイメージングデータ処理装置を含むイメージング質量分析装置の一実施例の概略構成図。
図2】プロファイルスペクトル上のピークと強度積算範囲との関係を示す図。
図3】本実施例のイメージング質量分析装置におけるデータ処理の説明図。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明に係るイメージングデータ処理装置を用いたイメージング質量分析装置の一実施例について、添付図面を参照して説明する。
図1は本実施例のイメージング質量分析装置の概略構成図である。本装置は、試料に対して質量分析イメージング法による測定を実施するイメージング質量分析部1と、試料上の光学画像を撮影する光学顕微撮像部2と、データ処理部3と、ユーザインターフェイスである入力部4及び表示部5と、を含む。
【0029】
イメージング質量分析部1は例えばMALDIイオントラップ飛行時間型質量分析装置を含み、生体組織切片などの試料上の2次元的な測定領域内の多数の測定点(微小領域)に対してそれぞれ質量分析を実行して微小領域毎に質量分析データを取得するものである。ここでは、質量分析データは所定の質量電荷比範囲に亘るマススペクトルデータであるが、特定のプリカーサイオンに対するMSnスペクトルデータでもよい。光学顕微撮像部2は光学顕微鏡に撮像部を付加したものであり、試料上の表面の2次元領域の光学画像を取得するものである。
【0030】
データ処理部3は、イメージング質量分析部1で収集された各微小領域におけるマススペクトルデータ及び光学顕微撮像部2から入力される光学顕微画像データを受けて所定の処理を行うものであり、データ収集部31、データ格納部32、画像作成部33、画像位置合わせ処理部34、回帰分析実行部35、予測残差算出部36、相関係数算出部37、画素値減算・除算部38、表示処理部39などを機能ブロックとして備える。データ格納部32は、イメージング質量分析部1による測定で収集されたデータを格納するスペクトルデータ格納領域321と光学顕微撮像部2による測定(撮影)で収集された画像データを格納する光学画像データ格納領域322とを含む。
【0031】
なお、通常、データ処理部3の実体はパーソナルコンピュータ(又はより高性能なワークステーション)であり、該コンピュータにインストールされた専用のソフトウェアを該コンピュータ上で動作させることにより、上記各ブロックの機能が達成される構成となっている。その場合、入力部4はキーボードやマウス等のポインティングデバイスであり、表示部5はディスプレイモニタである。
【0032】
次に、本実施例の装置における試料の測定作業について説明する。
まず作業者が目的試料を光学顕微撮像部2の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行うと、光学顕微撮像部2は該試料の表面を撮影し、光学画像データを光学画像データ格納領域322に保存する。また、画像作成部33は光学画像を作成し、表示処理部39はその画像を表示部5の画面上に表示する。作業者はその画像上でその試料全体又は試料の一部である測定領域を入力部4で指示する。
【0033】
作業者は試料を一旦取り出し、その表面にMALDI用のマトリクスを付着させる。そして、マトリクスが付着された試料をイメージング質量分析部1の所定の測定位置にセットし、入力部4で所定の操作を行う。これにより、イメージング質量分析部1は、試料上の、上述したように指示された測定領域内の多数の微小領域についてそれぞれ質量分析を実行し、所定の質量電荷比範囲に亘る質量分析データを取得する。このときデータ収集部31は、いわゆるプロファイルアクイジションを実行し、質量電荷比範囲内で質量電荷比方向に連続的な波形であるプロファイルスペクトルデータを収集してデータ格納部32のスペクトルデータ格納領域321に保存する。
【0034】
なお、マトリクスを試料表面に付着させても該試料表面の模様(異なる組織の境界等)が比較的鮮明に観察できる場合には、先に試料の表面にマトリクスを付着させたあとに光学顕微撮像部2で撮影を実施してもよい。
【0035】
上述したように試料についての質量分析イメージングデータ及び光学画像データがデータ格納部32に格納されている状態で、以下のようにしてデータ処理が実施される。
データ処理部3において画像作成部33は、データ格納部32のスペクトルデータ格納領域321から処理対象である一つの試料についてのプロファイルデータを読み出し、微小領域毎に、予め定められている複数の目的質量電荷比における信号強度を算出し、その質量電荷比毎に信号強度の2次元分布を示す質量分析イメージング画像を作成する。
【0036】
具体的には、図2に示すように、プロファイルデータに基づいてプロファイルスペクトルを作成し、プロファイルスペクトル上でピークを検出し、検出された各ピークについてセントロイド変換処理を行うことで正確なピーク位置(質量電荷比値)Mcを求める。そして、指定された質量電荷比を中心とする所定の質量電荷比範囲内にセントロイドピークの質量電荷比値Mcがあれば、そのセントロイドピークが目的質量電荷比に対応するピークであるとみなす。そして、プロファイルスペクトルにおいてそのセントロイドピークを中心とする所定の質量電荷比範囲(質量分析装置の質量精度程度の範囲)Mc±ΔM内の信号強度値を積算して、その目的質量電荷比に対する信号強度値とする。各微小領域におけるプロファイルデータについて同様の処理を行うことで、目的質量電荷比における信号強度値の2次元分布を得ることができるから、これを画像化すると一つの目的質量電荷比における質量分析イメージング画像が得られる。
【0037】
また画像作成部33は、データ格納部32の光学画像データ格納領域322から同じ試料についての光学画像データを読み出し一つの光学画像を作成する。一般的には、光学顕微撮像部2における空間分解能は通常、撮像用カメラの解像度で決まるのに対し、質量分析イメージング画像の解像度はイオン化のために試料に照射されるレーザ光のスポット径によって決まる。そのため、質量分析イメージング画像の解像度は光学画像の解像度に比べて低いことが多い。そこで、光学画像と質量分析イメージング画像との空間分解能が異なる場合、画像位置合わせ処理部34は空間分解能を揃える解像度調整処理を実施する。
【0038】
解像度を揃える簡単な方法は、解像度が高いほうの画像の解像度を落として低解像である画像に合わせる方法である。こうした方法としては例えばビニング処理が有用である。また、解像度が低いほうの画像の解像度を上げることで高解像である画像に合わせるようにしてもよい。そのためには、低解像の画像に対しアップサンプリング処理を行って画素数をみかけ上合わせたあとに、或る画素に隣接する又は近接する複数の画素値を利用した補間処理によって、アップサンプリングによって新たに挿入された画素の画素値を算出して埋めればよい。
【0039】
空間分解能を揃えたあと、画像位置合わせ処理部34は、質量分析イメージング画像と光学画像とが画素単位でその位置が概ね揃うように光学画像を適宜変形させる。具体的には、例えば光学画像を基準として質量分析イメージング画像について拡大・縮小、回転、移動、さらには、所定のアルゴリズムに従った変形を行うことで両画像における試料上での位置関係を概ね一致させる。こうした処理によって、光学画像と質量分析イメージング画像との間で、2次元的に同じ位置にある画素同士を対応付けることができる。こうして処理した光学画像を参照画像とする。なお、光学画像をそのまま用いるのではなく、特許文献1等に開示されているように、作業者により指示された特定の色成分を光学画像から抽出することで作成した、その色成分の輝度値の2次元分布画像を参照画像としてもよい。
【0040】
そのあと回帰分析実行部35は、上記処理後の質量分析イメージング画像を構成する質量分析イメージングデータに基づいて作成された、各画素における質量電荷比値毎の信号強度値を要素とする行列を説明変数(X)、同じく上記参照画像に基づいて作成された、画素毎の輝度値を要素とする行列を被説明変数(Y)としてPLSを実行する。そして、参照画像の2次元分布と類似する画像、即ち、回帰モデル(回帰式)を質量分析イメージングデータの質量電荷比毎の信号強度値から作成する(図3参照)。よく知られているように、PLSにおける回帰モデルは、Y=Bpis・X+B0 で表される。Bpisは回帰係数の行列である。PLSは一般に入手可能な様々なソフトウェアを利用して計算が可能である。
【0041】
本実施例の装置では、作業者の指定に応じて、回帰モデルに基づいて得られる以下のような様々な情報を選択的に作業者に提供することができる。
【0042】
(1)回帰モデルに基づく回帰分析結果である予測画像の表示
回帰モデルが得られると、画像作成部33は、説明変数、即ち、質量分析イメージングデータの各画素における質量電荷比値毎の信号強度値を回帰モデルに適用して、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する。回帰モデルの精度が高ければ、即ち、回帰モデルが説明変数に基づき被説明変数をよく説明可能なものであれば、予測画像の2次元分布は参照画像の2次元分布に類似したものとなる。そこで、表示処理部39は、図3中の[a]に示すように、一つの予測画像と参照画像とを画面内に並べて配置して表示部5に表示させる。もちろん、並べる以外に、一方を画像を半透明化して重ねて表示してもよい。
【0043】
こうした表示により、作業者は、参照画像と予測画像とを比較し、確かに分布が類似しているか否かを目視で確認することができ、作成した回帰モデルの正確性を評価することができる。それにより、参照画像と分布が類似している質量電荷比をバイオマーカ候補として選択することができる。
【0044】
(2)予測画像と参照画像との相関係数の表示
回帰モデルが得られると、画像作成部33は、説明変数、即ち、質量分析イメージングデータの各画素における質量電荷比値毎の信号強度値を回帰モデルに適用して、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する。相関係数算出部37は、予測画像と参照画像とについて画素単位で相関係数を計算する。それにより、予測画像毎に参照画像との2次元分布の類似性を反映した相関係数が求まる。表示処理部39は、図3中の[b]に示すように、例えば予測画像と相関係数とを表示部5に表示させる。なお、このときに参照画像も併せて表示してもよい。
【0045】
こうした表示により、作業者は、相関係数という数値に基づいて、予測画像と参照画像との2次元分布が類似しているか否かを確認することができ、作成した回帰モデルの正確性を評価することができる。それにより、参照画像と分布が類似している質量電荷比をバイオマーカ候補として選択することができる。
【0046】
(3)予測画像と参照画像とについての減算・除算による画像の表示
回帰モデルが得られると、画像作成部33は、説明変数、即ち、質量分析イメージングデータの各画素における質量電荷比値毎の信号強度値を回帰モデルに適用して、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する。画素値減算・除算部38は、予測画像における各画素値と参照画像における各画素値とについて規格化を行うことにより、画素値を大まかに揃える。例えば画像毎に全ての画素値の平均値を計算してその平均値が同じになるように各画素値を規格化したり、或いは、各画像における全ての画素値の中で最大の画素値が同じになるように各画素値を規格化したりするといった方法が考えられる。なお、この画素値の規格化は必須ではない。
【0047】
そうして画素値を規格化したあとに、一方の画像の画素値と他方の画像の画素値との差を画素単位で計算する。或いは、画素単位で除算を行って画素値の商を求めてもよい。こうして画素毎に画素値の減算又は除算を行ってその結果である計算値が求まったならば、画像作成部33はその計算値に基づく画像を作成する。表示処理部39は、図3中の[c]に示すように、上述した計算値の画像(図3では差分画像)を表示部5に表示させる。
【0048】
参照画像と予測画像との2次元分布の類似性が高ければ、減算又は除算に基づく画像の画素値は一定に近い状態となる。そこで、上記のような表示により、作業者は、予測画像と参照画像との2次元分布が類似しているか否かを確認することができ、作成した回帰モデルの正確性を評価することができる。それにより、参照画像と分布が類似している質量電荷比をバイオマーカ候補として選択することができる。
【0049】
(4)回帰モデルに基づく予測残差画像の表示
回帰モデルが得られると、画像作成部33は、説明変数、即ち、質量分析イメージングデータの各画素における質量電荷比値毎の信号強度値を回帰モデルに適用して、回帰分析結果に基づく予測画像を作成する。予測残差算出部36は予測画像に基づいて画素毎に予測残差を算出する。この予測残差の算出はPLS等の回帰分析において周知の方法で求めることができる。この予測残差は回帰が精度良く行われている画素では小さな値になる。画像作成部33はその予測残差に基づく画像を作成する。表示処理部39は、図3中の[d]に示すように、作成された予測残差画像を表示部5に表示させる。
【0050】
参照画像と予測画像との2次元分布の類似性が高ければ、残差画像は一定に近い状態となる。そこで、上記のような表示により、作業者は、残差画像を目視で確認することで、予測画像と参照画像との2次元分布が類似しているか否かを判断することができ、作成した回帰モデルの正確性を評価することができる。それにより、参照画像と分布が類似している質量電荷比をバイオマーカ候補として選択することができる。
【0051】
以上のように本実施例のイメージング質量分析装置では、特徴的なデータ処理によってなされる様々な表示を利用して、作業者は参照画像に真に2次元分布が類似している質量イメージング画像を見つけ、その画像に対応する質量電荷比をバイオマーカの候補として抽出することができる。
【0052】
なお、上記実施例のイメージング質量分析装置では、光学画像を参照画像としていたが、この参照画像としては同じ試料についての質量分析イメージング法以外の他の測定によって得られるイメージング画像、例えばラマン分光イメージング法、赤外分光イメージング法、X線分析イメージング法、電子線やイオン線などの粒子線を用いた表面分析イメージング法、或いは、走査型プローブ顕微鏡(SPM)などの探針を用いた表面分析イメージング法などにより得られたイメージング画像を用いることができる。また、必ずしも同じ試料について得られた画像である必要はなく、例えば生体組織をごく薄くスライスすることで形成した連続切片試料において隣接する切片試料であれば、異なる試料でも実質的に同じ試料として扱えることがある。こうした場合には、同じ試料であるとみなせる互いに異なる試料についてそれぞれ質量分析イメージング画像と参照画像とが得られていてもよい。
【0053】
また、質量分析イメージング法で得られたデータでなく、上述したような各種のイメージング法で得られた画像データと光学画像データなどとの類似性を調べる場合にも本発明を適用することができる。
【0054】
また、上記実施例はあくまでも本発明の一例であり、上記記載の各種の変形例のほか、本発明の趣旨の範囲で適宜に変更、修正、追加を行っても本願特許請求の範囲に包含されることは当然である。
【符号の説明】
【0055】
1…イメージング質量分析部
2…光学顕微撮像部
22…データ格納部
3…データ処理部
31…データ収集部
32…データ格納部
321…スペクトルデータ格納領域
322…光学画像データ格納領域
33…画像作成部
34…画像位置合わせ処理部
35…回帰分析実行部
36…予測残差算出部
37…相関係数算出部
38…画素値減算・除算部
39…表示処理部
4…入力部
5…表示部
図1
図2
図3