(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-06
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】ラミニン断片を含有する歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬
(51)【国際特許分類】
A61K 38/39 20060101AFI20220128BHJP
A61P 1/02 20060101ALI20220128BHJP
A61K 33/42 20060101ALI20220128BHJP
A61L 27/38 20060101ALN20220128BHJP
C07K 14/78 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
A61K38/39 ZNA
A61P1/02
A61K33/42
A61L27/38 100
C07K14/78
(21)【出願番号】P 2018067591
(22)【出願日】2018-03-30
【審査請求日】2021-01-12
(73)【特許権者】
【識別番号】505116781
【氏名又は名称】学校法人東日本学園
(74)【代理人】
【識別番号】110000109
【氏名又は名称】特許業務法人特許事務所サイクス
(72)【発明者】
【氏名】唐 佳
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 隆史
【審査官】大島 彰公
(56)【参考文献】
【文献】特表2008-526871(JP,A)
【文献】国際公開第2016/067629(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K、A61P、A61L、C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンの
、少なくともE8ドメインを含むインテグリン結合性断片を含む、歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬。
【請求項2】
多孔質ハイドロキシアパタイトまたはI型コラーゲンをさらに含む、請求項1に記載の治療又は予防するための医薬。
【請求項3】
象牙芽細胞を、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンの
、少なくともE8ドメインを含むインテグリン結合性断片の存在下で培養して培養物を得る工程、及び前記培養物に対し石灰化を誘導して、歯の硬組織移植材を得る工程を含む、歯の硬組織移植材の製造方法。
【請求項4】
象牙芽細胞の培養は、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンの
、少なくともE8ドメインを含むインテグリン結合性断片がコーティングされた培養表面で実施される、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
前記少なくともE8ドメインを含むインテグリン結合性断片によるコーティング密度は1~8μg/cm
2である、請求項4に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラミニン断片を含む歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬に関する。本発明は、また、象牙芽細胞を、ラミニン断片の存在下で培養して歯の硬組織移植材を製造する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
傷害や深いう蝕により未治療のまま露出した歯髄は、歯髄および歯根周囲組織に深刻な感染を引き起こす。歯髄および歯根周囲組織の感染は、最悪の結果、歯の喪失となり、これは口腔審美性に悪影響を与えるだけでなく、生活の質を著しく低下させる。露出した歯髄をキャッピングして治療するために、水酸化カルシウムが一般的に使用されている。しかし、水酸化カルシウムは高アルカリ性のため炎症を起こしやすいという欠点がある。水酸化カルシウムを用いた治療の9年成功率は58.7%と低く(非特許文献1)、十分な臨床効果が得られていない。
【0003】
歯髄が長期間露出したままであると、歯髄感染の可能性が高まるため、根管治療と呼ばれるより侵襲的な治療を実施する必要がある。根管治療では合併症等が発生する恐れがあり、さらに歯の感覚や形成能力が失われる。従って、感染が歯髄に到達する前に、う蝕部位を塞ぎ、象牙質構造を維持することが極めて重要である。歯髄の外層に存在する象牙芽細胞は、象牙基質を分泌し、象牙質を作り続けることができる。そのため、歯髄の露出を治療又は予防するために使用できる象牙質形成(再生)を促進するための薬剤や移植材の開発が求められている。例えば、特許文献1は、硬組織誘導活性を保持したフォスフォフォリンのRGD配列を含む合成ペプチドの少なくとも1種を含有する象牙質再生剤を記載する。特許文献2は、マトリックスメタロプロテアーゼ3活性を有するタンパク質を有効成分として含有する、歯髄及び/又は象牙質形成促進のための薬剤を記載する。特許文献3は、HMG-CoA還元酵素阻害剤を有効成分とする象牙質形成促進剤を記載する。
【0004】
ラミニン(LN)は、α、β、およびγ鎖を含むヘテロ三量体糖タンパク質である。LNの命名法はその鎖組成に基づいており、例えばLN-411(別名LN-8)はα4、β1およびγ1鎖を含み、LN-511(別名LN-10)はα5、β1およびγ1鎖を含む。ラミニンは基底膜の重要な構成要素であり、増殖(非特許文献2)、移動(非特許文献3及び4)、分化(非特許文献5及び6)などの広範な細胞活性を調節している。タンパク質分解によりラミニンは、7つのドメイン、すなわちE3、T8、E8、C8-9、C1-4、P1およびE4に断片化される(非特許文献7)。
【0005】
LN-411由来のE8断片の高純度精製品であるiMatrix-411は、インテグリンに対して完全な結合活性を保持するが、他の細胞マトリックス成分への結合活性を欠いている(非特許文献8)。iMatrix-411は、アクアポリン1、SRY-box9(SOX9)、Jagged 1(JAG1)、およびセクレチン受容体(SCTR)などのいくつかの胆管細胞マーカーをアップレギュレートすることにより、ヒトiPS細胞の胆管細胞への分化を誘導することが報告されている(非特許文献9)。
【0006】
LN-511は上皮起源細胞の強力な接着剤であり(非特許文献10)。LN-511由来のE8断片の高純度精製品であるiMatrix-511はインテグリン結合活性を有し、インタクトなLN-511よりもヒトES細胞およびヒト誘導性多能性幹細胞(hiPSC)に対してより大きな接着性を示すことが報告されている(非特許文献11)。また、iMatrix-511やiMatrix-411の使用方法はプレコーティング法が一般的に用いられているが、iMatrix-511については、プレコーティング法よりも細胞懸濁液に直接添加する方法がより低濃度のラミニン断片で効率的に細胞接着効果を促すことが報告されている(特許文献5)。
【0007】
ラミニンを含む医薬としては、特許文献4にラミニンおよびそのフラグメントからなる群より選択される少なくとも1つの因子を含み、該ラミニンは、γ1鎖を含む、網膜色素上皮の疾患、障害または状態の治療または予防剤が記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2009-286767号公報
【文献】特開2009-249344号公報
【文献】WO2008/120720
【文献】WO2016/067629
【文献】特開2017-85963号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】Willershausen B, Willershausen I, Ross A, Velikonja S, Kasaj A, Blettner M. Quintessence Int 42: 165-71, 2011.
【文献】Dowgiert J, Sosne G, Kurpakus-Wheater M. Cell Prolif 37: 161-75, 2004.
【文献】Desban N, Duband JL. J Cell Sci 110 (Pt 21): 2729-44, 1997.
【文献】Suh HN, Han HJ. Laminin regulates mouse embryonic stem cell migration: involvement of Epac1/Rap1 and Rac1/cdc42. 298: C1159-69, 2010.
【文献】Albini A, Noonan DM, Melchiori A, Fassina GF, Percario M et al. Proc Natl Acad Sci U S A 89: 2257-2261, 1992.
【文献】Turck N, Lefebvre O, Gross I, Gendry P, Kedinger M et al. J Cell Phy 206: 545-555, 2006.
【文献】Beck K, Hunter I, Engel J. The FASEB Journal 4:148-160, 1990.
【文献】Ohta R, Niwa A, Taniguchi Y, Suzuki NM, Toga J, Yagi E et al. Scientific Reports 6: 35680, 2016.
【文献】Takayama K, Mitani S, Nagamoto Y, Sakurai F, Tachibana M et al. Biochemical and Biophysical Research Communications 474: 91-96, 2016.
【文献】Pouliot N, Saunders NA, Kaur P. Exp Dermatol 2002; 11: 387-97.
【文献】Miyazaki T, Futaki S, Suemori H, Taniguchi Y, Yamada M, Kawasaki M, et al. Nat Commun 2012; 3:1236.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
上記のように、象牙質形成(再生)を促進するための薬剤や移植材の開発が課題としてあるが、従来の象牙質形成を促進するための薬剤は、例えば歯髄幹細胞や間葉系幹細胞から象牙芽細胞の分化を誘導するものであり、象牙芽細胞に直接作用するものではなく、歯科治療への応用は限定的であった。また、ラミニン断片については、細胞培養用基質としての用途の他、網膜色素上皮および/または神経の細胞接着を促進することについては報告があるが、象牙芽細胞への作用や歯科口腔分野での用途は知られていない。
【0011】
本発明の目的は、歯の象牙質形成を促進するための薬剤を提供すること、及び象牙芽細胞から硬組織移植材を製造する方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明によれば以下の発明が提供される。
[1]ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片を含む、歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬。
[2]多孔質ハイドロキシアパタイトまたはI型コラーゲンをさらに含む、[1]に記載の治療又は予防するための医薬。
[3]象牙芽細胞を、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片の存在下で培養して培養物を得る工程、及び前記培養物に対し石灰化を誘導して、歯の硬組織移植材を得る工程を含む、歯の硬組織移植材の製造方法。
[4]象牙芽細胞の培養は、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片がコーティングされた培養表面で実施される、[3]に記載の方法。
[5]インテグリン結合性断片によるコーティング密度は1~8μg/cm2である、[4]に記載の方法。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】LN411-E8の異なるコーティング密度におけるMDPC-23細胞の細胞増殖活性。iMatrix-411に続く数字(0.5、1、2、4、8、16)はN411-E8のコーティング密度(μg/cm
2)である。バーの上の異なる文字a-eは、その間に有意差があることを示す(p<0.05, post hoc Tukey HSD test)。
【
図2A】LN411-E8コーティングされた表面(iMatrix-411)とLN411-E8コーティングされていない表面(Non-coated)における、播種後1時間のMDPC-23細胞の細胞形態を示す顕微鏡写真。Non-PS: 非組織培養用ポリスチレン、TCPS: 組織培養用ポリスチレン。スケールバーは200μmである。
【
図2B】播種後23時間のMDPC-23細胞の細胞形態を示す顕微鏡写真。
【
図2C】播種後48時間のMDPC-23細胞の細胞形態を示す顕微鏡写真。
【
図3】(A)非組織培養用ポリスチレン及び(B)組織培養用ポリスチレンの、それぞれLN411-E8コーティングされた表面(iMatrix-411)とLN411-E8コーティングされていない表面(Non-coated)における、培養開始2日目、3日目、および5日目のMDPC-23細胞の細胞増殖活性。 (**p<0.01 by post hoc Tukey HSD test)
【
図4】石灰化培地添加3日後のMDPC-23細胞におけるアルカリフォスファターゼ活性。Non-PS(非組織培養用ポリスチレン)及びTCPS(組織培養用ポリスチレン)について、それぞれLN411-E8コーティングされていない表面(Non-coated)とコーティングされた表面(iMatrix-411)との比較により示す。(*p<0.005 by post hoc Tukey HSD test)
【
図5】石灰化培地添加2日後MDPC-23細胞における骨/歯原性マーカー発現及びインテグリン発現。各パネルの点線の左側がNon-PSであり、右側がTCPSである。LN411-E8コーティングNon-PSまたはTCPS上で増殖させたMDPC-23細胞における、有意に増強された遺伝子発現レベルは、次の骨/歯原性マーカーで観察された。OCN (3.03±0.03倍増加in iMatrix-411 コーティングNon-PS), BSP (2.34±0.05倍増加 in iMatrix-411 コーティング Non-PS), OPN (1.83±0.01倍増加 in iMatrix-411コーティングNon-PS), ALP (1.52±0.08倍増加 in iMatrix-411 コーティング Non-PS), DMP-1 (1.51±0.10倍増加 in iMatrix-411 コーティングNon-PS), DSPP (1.26±0.08倍増加 in iMatrix-411 コーティング Non-PS), Runx-2 (1.24±0.04倍増加 in iMatrix-411 コーティング Non-PS)。インテグリンについては、ITGA1 (2.17±0.05倍増加 in iMatrix-411 コーティング Non-PS)で有意に増強された遺伝子発現レベルが観察された。(*p<0.05, **p<0.01, post hoc Tukey HSD test)
【
図6】(A)LN511-E8の異なるコーティング密度におけるMDPC-23細胞の細胞増殖活性。VN又はiMatrix-511に続く数字(0.25、0.5、1、5、25、50、100;0.5、1、2、4、8、16)はVN又はN511-E8のコーティング密度(μg/cm
2)である。バーの上の異なる文字a-eは、各パネルの有意差を示す(p<0.05, post hoc Tukey HSD test)。(B)非コーティング表面(Non-coated)、LN511-E8コーティング表面(iMatrix-511-1、コーティング密度1μg/cm
2)及びVNコーティング表面(VN-0.25、コーティング密度0.25μg/cm
2)における培養開始1日目、2日目、および4日目のMDPC-23細胞の細胞増殖活性。バーの上の異なる文字a-gは、各パネルの有意差を示す(p<0.05, post hoc Tukey HSD test)。
【
図7】非コーティング表面(Non-coated)、LN511-E8コーティング表面(iMatrix-511-1)及びVNコーティング表面(VN-0.25)における、培養開始後1時間(上段)、25時間(中段)及び48時間(下段)のMDPC-23細胞の細胞形態を示す顕微鏡写真。
【
図8】非コーティング表面(Non-coated)、LN511-E8コーティング表面(iMatrix-511-coated)及びVNコーティング表面(VN-coated)で培養した細胞における、骨・歯原性特異的遺伝子発現(A-H)。細胞は、石灰化誘導培地により、β-GP、AAおよびDexの存在下7日間暴露したものである。各骨・歯原性特異的遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンに対して正規化した。異なる文字は各パネルの有意差を表す(p <0.05)。
【
図9】非コーティング表面(Non-coated)、LN511-E8コーティング表面(iMatrix-511-coated)及びVNコーティング表面(VN-coated)で培養した細胞における、インテグリン遺伝子の発現(I-O)。各インテグリン遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンに対して正規化した。細胞は、石灰化誘導培地により、β-GP、AAおよびDexの存在下7日間暴露したものである。各インテグリン遺伝子のmRNA発現は、β-アクチンに対して正規化した。異なる文字は各パネルの有意差を表す(p <0.05)。
【
図10】CPC抽出法により定量化したアリザリンレッド染色。(A)MDPC-23細胞を石灰化誘導培地(β-GP、AAおよびDex)の添加前に4日間培養し、7日目に石灰沈着について染色した。(B)CPC抽出によるアリザリンレッド染色の定量的測定。結果は平均±SDとして表す。異なる文字はその文字間に、有意差があることを示す(p <0.05)。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に記載する本発明の説明は、代表的な実施形態や具体例に基づいてなされることがあるが、本発明はそのような実施形態に限定されるものではない。なお、本明細書において「~」を用いて表される数値範囲は「~」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
【0015】
[歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬]
本発明は、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片を含む、象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬を提供する。本発明の医薬は、損傷やう蝕により露出した象牙質や歯髄部分に、局所投与されて、歯髄の外層に存在する象牙芽細胞に作用し、象牙芽細胞の増殖及び分化を増大させ、象牙質形成を促進することにより、歯の象牙質及び歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防することができる。
【0016】
歯はエナメル質、象牙質、セメント質、歯髄からなっており、象牙質は、エナメル質やセメント質とともに、歯の硬組織を構成する。象牙質は、歯髄の外層に存在する象牙芽細胞により形成される。象牙質形成とは、象牙質を形成及び再生することを表す。
【0017】
本発明の方法に用いるラミニン断片は、インテグリン結合活性を有するものであれば、特に限定されない。ラミニン断片がインテグリン結合活性を有していることは、固相結合アッセイにより確認することができる。本明細書では、インテグリン結合性ラミニン断片を単にラミニン断片と記載する場合がある。
【0018】
ラミニンは、天然型であっても、その生物学的活性を保持した、1以上のアミノ酸残基が修飾された修飾型であってもよい。ラミニンの起源、製法などは限定されない。したがって、本発明で使用するラミニン断片は、天然由来のタンパク質、遺伝子工学的手法を用いて産生されたタンパク質、あるいは化学合成タンパク質の何れに由来するものでもよい。本発明で使用するラミニン断片は、ヒト由来のラミニン断片又は非ヒト動物由来のラミニン断片であることができる。ヒトの歯科治療に用いる場合は、ヒト由来のラミニン断片であることが好ましい。
【0019】
ラミニンは、α、β、およびγ鎖を含むヘテロ三量体糖タンパク質であり、LN-511(α5β1γ1)はα5、β1およびγ1鎖を含み、LN-411(α4β1γ1)はα4、β1およびγ1鎖を含む。なお、ラミニンの核酸配列及びアミノ酸配列は以下の番号でGenBank, ENBL, DDBJに登録されている:ラミニンα5鎖核酸配列(NM_005560)、ラミニンα5鎖アミノ酸配列(NP_005551)、ラミニンβ1鎖核酸配列(NM_002291)、ラミニンβ1鎖アミノ酸配列(NP_002282)、ラミニンγ1鎖核酸配列(NM_002293)、ラミニンγ1鎖アミノ酸配列(NP_002284)、ラミニンα4鎖核酸配列(NM_001105206)、ラミニンα4アミノ酸配列(NP_001098676)。
【0020】
本発明で使用するラミニン断片は、ラミニン411-E8断片及びラミニン511-E8断片(それぞれ、高純度精製品であるiMatrix-411及びiMatrix-511が和光純薬株式会社及びニッピ株式会社から入手可能)であってもよいが、それらに限定されない。ラミニン511-E8断片は、エラスターゼ処理により得られる断片の一つで、ヘテロ3量体のcoiled-coilドメインの一部とα鎖C末端領域にある3個のLGドメイン(LG1~LG3)からなる(Taniguchi Y, et al., J Biol Chem. 284:7820-7831, 2009)。E8断片は、ラミニンのα鎖、β鎖、γ鎖が互いにcoiled-coilドメインを介して会合したヘテロ3量体分子のインテグリン結合部位に該当するとされている。したがって、本発明のラミニン断片は、インテグリン結合部位が保持された断片であることが好ましい。本発明のラミニン511の断片は、ラミニン511及び512のE8断片の情報を元に、作製することができる。本発明のラミニン411の断片についても、ラミニン411及び511-E8断片等の作製手法と同様に、作製することができる。
【0021】
本発明により提供される歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬は、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片を含むものであり、多孔質ハイドロキシアパタイトまたはI型コラーゲンをさらに含むことができる。I型コラーゲンは組換え体であることができる。
【0022】
本発明の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬は、細胞に直接触れて作用するものであり、例えば、露出した象牙質や歯髄に直接適用して又は直接覆髄材として使用して、象牙質の形成・再生を可能にする。剤形は、外用液剤(注射剤、注入剤、塗布剤)、経皮吸収型製剤、顆粒剤、細粒剤、散剤、錠剤、軟膏剤等であることができる。
本発明の医薬は、う蝕処置を含む歯科的処置や外傷によって生じた露出象牙質面や露髄面及びその近傍に、塗布又は充填することができる。また、象牙質及び/又は歯髄再生治療時に、再生象牙質面や再生歯髄面及びその近傍に適用される。
【0023】
本発明の医薬の用量は、特に限定はされず、患者の症状(う蝕の進行程度、象牙質や歯髄の損傷・喪失程度等)、年齢、剤形等により適宜調整されるが、インテグリン結合性のラミニン断片を、例えば、乾燥重量として1ng~100μgを1回あたりに使用することができる。
【0024】
本発明の歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬は、覆髄材となる担体として、多孔質ハイドロキシアパタイト及びI型コラーゲンからなる群から選択される少なくとも一つを使用することが好ましい。徐放性を有し、細胞分化の足場となりうるためである。例えば、担体25mgをシリンジ内に入れ、生理食塩水にて5~50μg/30μLに調整したラミニン断片を滴下含浸することにより、ラミニン断片と担体の混合物を作製することができる。ラミニン断片と担体の混合物は覆髄材として使用することができる。覆髄材は、窩洞形成中の髄角部露出のように、非感染性状態の露出歯髄を生じた時に、象牙質形成を促進させるための材料として使われる。象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するための医薬は、終濃度1~100nM以上のラミニン断片を含むことができる。
【0025】
本発明者らは、インテグリン結合性のラミニン断片(例えば、ラミニン411-E8断片及びラミニン511-E8断片)が、象牙芽細胞様細胞の増殖および分化を促進することを初めて示した。これは、インテグリン結合性のラミニン断片の存在下で、MDPC-23細胞が、対照またはVN表面上で増殖した細胞よりも急速に増殖することにより示された。象牙芽細胞様細胞の増殖および分化の促進は、ラミニン411-E8断片の存在下でインテグリン遺伝子ITGA1、ITGA5、ITGAV、ITGB1およびITGB5のmRNA発現レベルが増大していること、及びラミニン511-E8断片の存在下でITGA1、ITGA3、ITGA5、ITGA6、ITGAV、ITGB1及びITGB5のmRNA発現レベルが増大していることに関連していると考えられる。本発明により、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片を含む、インテグリンの発現を増大させることにより、歯の硬組織形成を促進する薬剤を提供することができる。
【0026】
接着性の細胞は、サスペンション中では広がらず分極しないが、適切な基質上では、細胞膜と細胞骨格を再構成し、広がり分極することができる。ヒト間葉系幹細胞(hMSC)の培養では、平たく広がる細胞は骨の石灰化形成を起しているものであり、一方、広がらず丸い細胞は最終的には脂肪細胞になる。象牙芽細胞の培養でも、広がり分極している細胞は、象牙質の石灰化形成を起こしているものである。骨および象牙質の確認は、骨/歯原性マーカー遺伝子の発現により確認することができる。
【0027】
本発明者らは、インテグリン結合性のラミニン断片(例えば、ラミニン411-E8断片)によって、後期の促進されることを明らかにした。BSPは骨芽細胞分化の初期マーカーであるが、OPNは骨芽細胞の増殖および分化の間に2回発現が増大する。OCNについては可逆的歯髄炎での再生に関する役割が注目されており、OCNは正常組織ではなく、石灰化部位や血管の周りに存在することが報告されている(Abd-Elmeguid A, et al. J Endod 39: 865-72, 2013)。重要なことに、BSPおよびOPNは主に修復象牙質で発現することが明らかにされている(Moses KD, et al., Eur J Oral Sci 114: 216-22, 2006)。すなわち、本発明者らは、インテグリン結合性のラミニン断片(例えば、ラミニン411-E8断片)により、修復象牙質の形成が促進できる可能性を示した。本発明により、ラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片を含む、骨芽細胞マーカーOCN、BSP及びOPNの発現を増大させることにより、歯の硬組織形成を促進する薬剤を提供することができる。
【0028】
また、本発明者らは、インテグリン結合性のラミニン断片(例えば、ラミニン511-E8断片)は、象牙芽様細胞(MDPC-23細胞)の歯原性分化を顕著に促進することを明らかにした。歯原性分化の促進は、本実施例に記載のとおり、インテグリン結合性のラミニン断片の存在下で培養された象牙芽様細胞において、DMP-1、DSPP、OPN及びOCNがアップレギュレートされていることにより確認された。この4つの非コラーゲン性タンパク質は、石灰化基質中のハイドロキシアパタイト配向結晶の開始および正確な制御に関与することが知られている。特に、DSPPは象牙前質から象牙質への変換に関わっており、DSPPの欠失により象牙質は成熟しないことが報告されている(Sreenath T, et al. J Biol Chem 2003; 278: 24874-24880)。本発明により、ラミニン511のインテグリン結合性断片を含む、歯原性の発現マーカーDMP-1、DSPP、OPN及びOCNの発現を増大させることにより、歯の硬組織形成を促進する薬剤を提供することができる。
【0029】
アリザリンレッド染色は、骨/歯原性系統の細胞によって分泌された石灰沈着物の存在を測定および定量するための生化学アッセイとして使用されている。このアッセイにより、本発明者らは、インテグリン結合性のラミニン断片(例えば、ラミニン511-E8断片)は、β-GP、AAおよびDexを含む誘導因子の存在下で、MDPC23細胞における石灰化プロセスを加速し、石灰化結節形成を誘導できることを明らかにした。
【0030】
[歯の硬組織移植材の製造方法]
本発明は、象牙芽細胞を、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片の存在下で培養して培養物を得る工程、及び前記培養物に対し石灰化を誘導して、歯の硬組織移植材を得る工程を含む、歯の硬組織移植材の製造方法を提供する。
【0031】
本発明で使用する象牙芽細胞は歯髄の外層から分離した象牙芽細胞であってもよく、あるいは歯髄又は他組織の幹細胞から象牙芽細胞を細胞分化させたものであってもよい。幹細胞は、歯髄幹細胞、歯乳頭由来幹細胞、骨髄幹細胞、間葉系幹細胞、造血幹細胞、胚性幹細胞、及びiPS細胞からなる群から選択されるいずれかであることができる。本発明で使用する象牙芽細胞は、ヒトの治療を目的とする場合は、本人から採取した細胞若しくはそれに由来する細胞、又は他人から採取した細胞若しくはそれに由来する細胞を用いることができる。
【0032】
本発明の方法では、象牙芽細胞を、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片の存在下で培養することにより、象牙芽細胞の増殖及び分化を誘導することができる。当該培養物を、細胞調製物として、歯の象牙質及び/又は歯髄の疾患、障害又は症状を治療又は予防するために、う蝕や外傷により生じた露出象牙質面および露髄面に移植することができる。細胞調製物は、場合によりラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片とともに移植することができる。
【0033】
また、当該培養物に対し、更に石灰化を誘導することにより、象牙芽細胞から分泌された有機性基質を石灰化することができる。象牙芽細胞から分泌された有機性基質の主成分はコラーゲンであり、石灰化誘導により石灰化結節を形成する。本発明の方法により製造された歯の硬組織移植材は、象牙芽細胞、象牙質基質と石灰化結節の混合物であることができる。
【0034】
本発明により製造される歯の硬組織移植材は、う蝕や外傷により生じた露出象牙質面および露髄面に移植することができる。本発明により製造される歯の硬組織移植材は、象牙芽細胞とそれに由来する石灰化結節の混合物であるため、露出した歯髄や象牙質に生着されやすく、生着すれば生体内の因子の作用により自己組織化され、治療の目的を達成することができる。また、細胞シートなど移植可能な足場基材上で象牙芽細胞を培養した場合には、製造する歯の硬組織移植材は、足場基材ごと、う蝕や外傷により生じた露出象牙質面および露髄面に移植することができる。
【0035】
本発明の方法では、ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片は、培養容器の培養表面にコーティングすることができる。コーティング工程は、具体的には、リン酸緩衝液などを用いて調製したラミニン断片を含む溶液を培養容器の細胞培養表面に添加後、約4℃~約37℃で数時間から一晩インキュベートすることにより実施することができる。ラミニンのインテグリン結合性断片の細胞培養表面コーティング密度は、特に限定されないが、1~8μg/cm2であることができる。ラミニン411のインテグリン結合性断片によるコーティング密度は約1μg/cm2であることが好ましく、ラミニン511のインテグリン結合性断片によるコーティング密度は約8μg/cm2が好ましい。これらの密度では、象牙芽細胞の増殖活性が特に高いためである。
【0036】
ラミニン511及びラミニン411からなる群から選択されるラミニンのインテグリン結合性断片は、細胞培養用の培地に添加することができる。ラミニンのインテグリン結合性断片の培養液中の終濃度は、例えば0.1μg/mL~3μg/mLであることができるが、これに限定されない。
【0037】
本発明に用いる培養容器は特に限定されないが、培養表面に何もコーティングされていない培養容器、培養表面に真空ガスプラズマ処理や電荷処理等の細胞接着加工処理が施されている培養容器などが挙げられる。本発明の方法は、ラミニン断片でコーティングされた培養表面を用いるため、培養表面に真空ガスプラズマ処理や電荷処理等の細胞接着加工処理が施されていない培養容器を用いても、接着性細胞の培養で良好な結果を得ることができる。培養容器の材質、形状等は特に限定されず、例えば、ガラス製またはプラスチック製のシャーレ、フラスコ、マルチウェルプレート、カルチャースライド、カルチャーバッグを用いることができる。培養容器の培養表面はポリスチレン、ガラス、アクリルからなる群から選択されるいずれかであることが好ましい。
【0038】
石灰化の誘導は、β-グリセロリン酸(β-GP)、アスコルビン酸(AA)及びデキサメタゾン(Dex)からなる群から選択される少なくとも1種の石灰化誘導因子を含む細胞培養用の培地で細胞を培養することにより実施されるが、これに限定されない。石灰化誘導を開始する時期は、培養開始時からでもよいが、培養2日目、3日目、または4日目以降でもよく、細胞がコンフルエントになる前でも後でもよい。
【0039】
細胞培養用の培地としては、象牙芽細胞の培養に適したものであれば、適宜選択して用いることができる。例えば、MEM(最少必須培地)、DMEM(ダルベッコ改変イーグル培地),M199など挙げることができるがこれらに限定されない。
【実施例】
【0040】
以下の例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
【0041】
[実施例1]
ラミニン411タンパク質断片(材料と方法)
MDPC-23細胞
象牙芽様細胞(MDPC-23細胞)はミシガン大学歯学部Jacques E. Noer教授より供与された。MDPC-23細胞をコンフルエントまで5%(v/v)ウシ胎児血清(FBS, 10270-106, Gibco)含有ダルベッコ改変イーグル培地(DMEM, D5796, Sigma)培養液(メンテナンスミディアム)を用いて37℃,5%CO2条件下で培養した。石灰化誘導のため、コンフルエントの日から培地は石灰化誘導培地を使用し、二日に一回の頻度で交換した。石灰化誘導培地は、5%FBS、10mM β-グリセロリン酸(191-02042,Wako)、50μg/mLアスコルビン酸(013-19641,Wako)、100nMデキサメタゾン(D2915、Sigma)を含むDMEMを使用した。
【0042】
ラミニン411コーティング
ラミニン411コーティング皿を作製するため、リン酸緩衝生理食塩水PBS(-)を用いて、LN411-E8断片(以下、LN411-E8)(iMatrix-411、株式会社ニッピ、No. 892041)を希釈し、組織培養用ポリスチレン(TCPS、真空ガスプラズマ処理、親水性、水接触角38°±9°)及び非組織培養用ポリスチレン(12-well plate, 351143, Falcon)(Non-PS、水接触角84°±4°)の表面に塗布後37℃で2時間の静置を行い、LN411-E8コーティング皿を作製し、MDPC-23細胞を播種した。TCPSは、Rostam HM, et al.(Immunobiology 221: 1237-1246, 2016)の記載に基づいてNon-PSを処理して作成した。実験群をLN411-E8コーティング群とし、対照群を非コーティング群とした。MDPC-23細胞の骨または象牙質マーカーとインテグリンの遺伝子発現量、アルカリフォスファターゼ活性を比較した。96ウェルプレートと12ウェルプレートのコーティング容量は、それぞれ50μL/wellと400μL/wellとした。
【0043】
Cell Counting Kit-8 アッセイ
LN411-E8上の生細胞数をcell counting kit-8(CCK-8, 同仁化学)を用いて測定した。最終密度(0.5、1、2、4、8、16μg/cm2)でLN411-E8コーティングした96ウェルプレートに細胞を1×103/well播種し、48時間培養後テトラゾリウム塩であるWST-8を各ウェルに10μL添加し、1時間45分培養後、細胞内脱水酵素によってWST-8が還元されて生成する水溶性ホルマザンの450 nmにおける吸光度をマルチプレートリーダーで測定した。細胞増殖実験も同様に行われたが、播種細胞数は0.5×103/wellとした。細胞増殖率は培養開始2日、3日及び5日目の生細胞をWST-8法にて測定した。
【0044】
アルカリフォスファターゼ活性
LN411-E8をコーティングした12ウェルプレート(Non-PS & TCPS)に細胞を1.25×104/well播種し、5日培養後、石灰化誘導培地を添加した。3日後にラボアッセイALPキット(和光純薬)を用いてALP活性を測定した。なお、ALP活性は、Pierce Protein Assayで測定した各ウェルの総タンパク質量(μg)あたりの活性として算出した(Units/μg protein)。
【0045】
遺伝子の発現解析
LN411-E8をコーティングした12ウェルプレート(Non-PS & TCPS)に細胞を1.25×104/well播種し、5日培養後、石灰化誘導培地を添加した。2日後、遺伝子発現の解析のために、Trizol Reagent(Cat. No. 15596018, Life Technologies)を用いて細胞回収後、acid guanidinium-phenol-chloroform(AGPC)法よりtotal RNAの抽出を行った。RNA量をNanoDrop 1000(Thermo Fisher Scientific)にて測定し、Oligo(dT)プライマー(Invitrogen)を用いてcDNAを作製した。得られたcDNAより、象牙質形成関連因子であるOCN、BSP、OPN、ALP、DMP-1、DSPP、Runx-2、細胞表面受容体である、ITGA1, ITGA3, ITGA5, ITGA6, ITGAV, ITGB1, ITGB5の各遺伝子発現を検討した。Internal controlとしては、β-actinを採用した。リアルタイムPCR装置はLightCycler Nano(Roche)を用い、各遺伝子のプライマー反応条件は表1に示す。プライマーの配列番号は、配列番号1~32である。
【0046】
【0047】
本実施例では、表1のBMP-4増幅用のプライマーセットを使用していない。BMP-4増幅用のプライマーセットは、実施例2で使用した。また、表1のITGAV増幅用のプライマーセットは、実施例1でのみ使用し、実施例2では使用していない。
【0048】
統計処理
実験結果のすべての数値は平均値(標準偏差で示した。また、得られたデータはpost hoc Tukey HSD testを用いて分析し、有意水準5%における有意差検定を行った。
【0049】
ラミニン411タンパク質断片(結果)
コーティング密度
LN411-E8のコーティング密度1~8μg/cm2で良好な細胞増殖活性が観察された。
【0050】
また、細胞増殖活性の比較により、LN411-E8の最適コーティング密度は8μg/cm
2であった(
図1)。この密度を用いて以下一連の実験を行った。
【0051】
細胞形態
LN411-E8コーティングしたポリスチレン表面(Non-PSおよびTCPS)にMDPC-23細胞を播種したとき、播種後1時間で平滑化し始める細胞を確認した。一方で、播種後1時間では、非コーティング群(対照群)の細胞はまだ円形のスポット形状であった(
図2A)。非コーティングNon-PSと非コーティングTCPSとの間に細胞形態の差はないようであった。
【0052】
播種後23時間と48時間で、LN411-E8コーティング群と非コーティング群における細胞形態に顕著な相違が観察された。 LN411-E8でコーティングされたNon-PSまたはTCPSの上のMDPC-23細胞は、大多数が紡錘形となり、伸長している線維芽細胞様の形態をもつことが観察された(
図2B及びC)。また、LN411-E8コーティング群は、非コーティング群(対照群)と比較して、より伸展した細胞形態を示した。非コーティングNon-PSと非コーティングTCPSでは、MDPC-23細胞はより小さく、よりコンパクトで丸い形態となっていた。
【0053】
細胞増殖活性
MDPC-23細胞の増殖活性に対するLN411-E8コーティングの効果を、CCK-8アッセイによって評価した。培養開始2日目、3日目、および5日目に、LN411-E8コーティングしたNon-PS及びTCPSでの細胞生存率は、非コーティング群と比較して有意に上昇した(
図3A、D2、iMatrix-411 0.32±0.00、対照 0.08±0.01;D3:iMatrix-411 0.76±0.04、対照 0.24±0.00;D5:iMatrix-411 1.62±0.07、対照 0.26±0.01;
図3B、D2、iMatrix-411 0.27±0.00、対照 0.15±0.00;D3:iMatrix-411 0.72±0.02、対照0.35±0.04;D5:iMatrix-411 0.99±0.06、対照 0.57±0.01)。
【0054】
ALP活性増強効果
LN411-E8コーティング群のMDPC-23細胞は、非コーティング群の細胞と比較して有意に高いALP活性を示した(
図4、Non-PS:iMatrix-411 2.70±0.08 Units/μg protein、対照 2.21±0.08 Units/μg protein;およびTCPS:iMatrix-411 2.79±0.05 Units/μg protein、対照 2.35±0.08 Units/μg protein)。
【0055】
骨/歯原性マーカー
7種類の骨/歯原性マーカーのmRNA発現レベルを評価した。各マーカーについて、非コーティングのNon-PSに播種した細胞におけるmRNA発現をベースライン(100%の相対発現値)に設定した。
【0056】
オステオカルシン(OCN mRNA)は、対照と比較して、LN411-E8コーティングしたNon-PS表面上において3.03倍の増加を示した(
図5A)。さらに、コーティングされていないTCPSにおける細胞の播種は、非コーティングNon-PSと比較して、その発現を1.77倍に顕著に高めた(
図5A)。
【0057】
骨芽細胞および象牙芽細胞の両方によって発現される骨シアロタンパク質(BSP mRNA)は、対照と比較して、LN411-E8コーティングしたNon-PS表面上において2.34倍の増加を示した(
図5B)。一方、コーティングされていないTCPSへの細胞の播種は、その発現を1.27倍上昇させた(
図5B)。
【0058】
LN411-E8コーティングしたNon-PS上の細胞のOPN(
図5C:対照対1.83倍増加)およびALP(
図5D:対照対1.52倍)の発現レベルはいずれも非コーティング群よりも有意に高かった。OCNと同様に、非コーティング群の中では、Non-PS よりもTCPSへの細胞の播種において、両方の遺伝子のmRNA発現が有意に増強された(OPN:非コーティングTCPSは非コーティングNon-PSより1.75倍増加した。ALP:非コーティングTCPSは非コーティングNon-PSより1.30倍増加した)。
【0059】
残りの3つの遺伝子:DMP-1(
図5E;象牙質マトリックスタンパク質-1)、DSPP(
図5F;象牙質シアロリンタンパク質)およびRunx-2(
図5G)では、対照と比較してLN411-E8群でわずかに発現が増加した。
【0060】
インテグリン
7種類のインテグリンのmRNA発現量も同様に定量した。
ITGA3およびITGA6を除いて、他の5つのインテグリンの発現は、LN411-E8コーティングによって促進されることが判明した。具体的には、ITGA1が最も強化されたもの(2.17倍の増加、
図5H)であり、また非コーティングTCPSで培養された細胞は1.35倍に発現を促進した(
図5H第1および第3カラム)。
【0061】
ITGA5、ITGAV、ITGB1に関しては、LN411-E8によってNon-PS(ITGA5 1.25倍、ITGAV 1.24倍、ITGB1 1.29倍)と同程度のレベルに促進した。同様に、3つのインテグリンのmRNA発現は、非コーティングNon-PSと比較して非コーティングTCPSに細胞を播種することによって上昇した。報告されているフィブロネクチン受容体であるITGB5は、LN411-E8によってNon-PSで1.32倍に増強された(
図5N)。TCPSに細胞を播種すると、ITB5発現も1.24倍増加したが、非コーティングTCPSおよびLN411-E8コーティングしたTCPSでは差異は検出されなかった(
図5N)。対照的に、ITGA3は、LN411-E8によって抑制された(
図5I)が、TCPSに対する細胞の播種は、その発現を1.15倍にわずかにアップレギュレートした。ITGA6に関しては、LN411-E8コーティングされていないNon-PS(
図5K)の発現には違いはなかったが、興味深いことに、TCPSにおいては、LN411-E8コーティングによりITGA6の発現が軽度に抑制されていた(
図5K)。
【0062】
[実施例2]
ラミニン511タンパク質断片(材料と方法)
象牙芽様細胞(MDPC-23細胞)は、実施例1に記載のとおり培養して、本実施例に用いた。LN511-E8断片(LN511-E8)コーティングのため、iMatrix-511(0.5 mg/mL, solution form)は、株式会社ニッピから購入した(385-07361)。比較のため、ビトロネクチン(VN、Peprotech、140-09)についても、LN511-E8タンパク質と同様の実験を行った。
【0063】
タンパク質コーティング、Cell Counting Kit-8 アッセイ(最適密度、細胞増殖実験)、アルカリフォスファターゼ活性解析、遺伝子の発現解析、及び統計処理は、実施例1に記載の方法で行ったが、LN411-E8に代えてLN511-E8及びVNを用いて実施した。なお、本実施例では、細胞増殖実験は、培養開始1日目、2日目、および4日目に行った。さらに、本実施例では、組織培養用ポリスチレン(TCPS)は使用せず、非組織培養用ポリスチレン(Non-PS)を用いた。
【0064】
アリザリンレッド染色
MDPC-23細胞は、遺伝子発現解析の場合と同様に培養し、培養期間の終わり(7日目)に、細胞単層を10%中性ホルマリン溶液(060-01667、Wako)で20分間固定し、1%(w/v)アリザリンレッド溶液(pH4.1,011-01192、和光)中で、37℃、暗所で5~10分間インキュベートする。石灰化された小結節を、塩化セチルピリジニウム(CPC、蒸留水中10%、C0732-100G、Sigma)を用いて、結合染料が溶解する前に画像化し、吸光度の定量を570nmで分光光度的に測定した。
【0065】
LN511-E8及びVN(結果)
コーティング密度
LN511-E8およびVNの最適コーティング密度を決定するために、CCK-8アッセイを行った(
図6A)。結果は、細胞の生存率が0.25μg/cm
2のVNの密度でわずかに増強され、密度の増加と共に減少することを示した。LN511-E8については、細胞の生存率は濃度依存性の増加傾向を示し、密度が1μg/cm
2を超えるとプラトーに達した。以下の実験では、LN511-E8およびVNの被覆密度を、それぞれ1μg/cm
2および0.25μg/cm
2で行った。
【0066】
細胞増殖活性
CCK-8アッセイを用いて細胞増殖能を評価した(
図6B)。LN511-E8群(D1: iMatrix-511 0.31±0.00コントロール0.25±0.00, p < 0.01; D2: iMatrix-511 1.05±0.02 コントロール0.63±0.02, p < 0.01; D4: iMatrix-511 2.83±0.04 コントロール 1.45±0.00, p < 0.01)で培養した細胞における有意な高い増殖活性が確認され、高い増殖活性が3日間継続して観察された。VN群 の1日目(0.25±0.01)および2日目(0.62±0.01)の増殖活性とコントロールの間に差は検出されず、従って、VNはMDPC-23細胞の接着剤ではないことを示した。4日目では、VN(1.31±0.06、p < 0.05)の細胞数は対照と比較してわずかに減少した。
【0067】
細胞形態
光学顕微鏡で観察された細胞形態は、MDPC-23細胞が他の2つの群(非コーティング群及びVN群)の細胞がまだ球形である培養開始1時間で、LN511-E8(iMatrix-511)コーティング群で優先的に付着することを示唆した(
図7上段)。LN511-E8(iMatrix-511)コーティング群では、細胞が培養開始1時間で突起を形成し始めたことが明らかに示された。1日後(25h)、MDPC-23細胞は、既に、iMatrix-511基質上に十分に広がっていた(
図7中段)。培養開始45時間後(
図7下段)、iMatrix-511上の細胞は増殖を続け、紡錘形を示したが、対照(非コーティング群)およびVN群の細胞の大部分はまだ丸いままであった。
【0068】
象牙質マーカー及びインテグリン
象牙質分化およびインテグリン発現プロファイルに対するLN511-E8およびVNの効果を調べるために、定量的RT-PCR分析を行った。LN511-E8は、象牙質マトリックスタンパク質-1(DMP-1, 19.72±0.40倍, p < 0.01)および象牙質シアロリンタンパク質(DSPP, 5.61±0.91倍, p < 0.01)の2つの特異的な象牙質関連マーカー(
図8Aおよび8B)の遺伝子発見レベルを強く促進した。さらに、オステオポンチン(OPN, 7.20±0.51倍, p < 0.01)(
図8C)およびオステオカルシン(OCN, 4.53±0.24倍, p < 0.01)(
図8D)という2つの硬組織形成関連マーカーも顕著に増強した。驚くべきことに、Runt関連転写因子2(Runx-2)、骨シアロタンパク質(BSP)、アルカリホスファターゼ(ALP)などの骨芽細胞マーカーは、iMatrix-511によってわずかにアップレギュレートされていた(
図8E-G)。さらに、近年同定された象牙質分化誘導因子である骨形成タンパク質-4(BMP-4)のmRNA発現は、LN511-E8(iMatrix-511)においてわずかに増強されたのみであった。一方、VNは、DMP-1(
図8A, 2.33±0.30倍, p < 0.01)およびDSPP(
図8B, 2.45±0.39倍, p < 0.01)の発現を促進することが判明した。LN511-E8(iMatrix-511)よりはるかに少ない程度であった。VNはRunx-2およびBMP-4の発現に影響を与えなかったが、BSPおよびALPの発現を軽度に上昇させる。
【0069】
LN511-E8(iMatrix-511)は、7種類のインテグリン(ITGA1、ITGA3、ITGA5、ITGA6、ITGAV、ITGB1、およびITGB5)の発現をアップレギュレートし(
図9I-O)、倍率変化は1.70-3.00であった。 VNはまた、ITGA3およびITGA6を除くほとんどのインテグリンの発現を促進した。
【0070】
石灰化誘導アッセイ
歯原性分化に対するLN511-E8(iMatrix-511)の効果を調べるために、我々は、石灰化誘導培地(β-GP、AAおよびDex)の存在下で7日間の培養期間を通してアリザリンレッド染色法による石灰化結節形成をさらに評価した。
図10は、誘導因子への3日間の曝露後、LN511-E8(iMatrix-511)が、対照(非コーティング)またはVNと比較して、効果的な石灰化結節誘導因子として作用することを示す。 CPC定量抽出は、コントロールよりもiMatrix-511の染色強度が3.5倍増加したことを確認した(p < 0.01)。石灰化もVNによってわずかに促進された(1.8倍, p < 0.01)。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明は、歯科医療の分野に有用な材料を提供するものである。
【配列表フリーテキスト】
【0072】
配列番号1から32:遺伝子発現解析に使用したプライマー
【配列表】