(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-07
(45)【発行日】2022-01-21
(54)【発明の名称】セルロースナノファイバー複合材及びその製造法
(51)【国際特許分類】
G01N 33/543 20060101AFI20220114BHJP
C08L 1/04 20060101ALI20220114BHJP
【FI】
G01N33/543 521
C08L1/04
(21)【出願番号】P 2018038289
(22)【出願日】2018-03-05
【審査請求日】2020-12-23
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(73)【特許権者】
【識別番号】321011240
【氏名又は名称】株式会社タウンズ
(74)【代理人】
【識別番号】100091502
【氏名又は名称】井出 正威
(72)【発明者】
【氏名】竹口 昌之
(72)【発明者】
【氏名】蓮實 文彦
(72)【発明者】
【氏名】青木 典子
【審査官】三好 貴大
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2017/057154(WO,A1)
【文献】米国特許出願公開第2015/0330025(US,A1)
【文献】特開2018-63926(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48-33/98
C08L 1/04
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバーと、粒径0.1~300μmの無機酸化物とを少なくとも含み、前記無機酸化物の含有量が前記セルロースナノファイバー100質量部に対して800~6000質量部である多孔質セルロースナノファイバー複合材。
【請求項2】
表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバー100質量部に対して、粒径0.1~300μmの無機酸化物800~6000質量部を含むスラリーを膜状に成形して乾燥することを含む、多孔質セルロースナノファイバー複合材の製造法。
【請求項3】
請求項1の多孔質セルロースナノファイバー複合材からなるイムノクロマトグラフィー担体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機酸化物が添加されたセルロースナノファイバー複合材及びその製造法に関するものであり、特に、イムノクロマトグラフィー担体のようなイムノアッセイ用メンブレンとして適したセルロースナノファイバー複合材及びその製造法に関する。
【背景技術】
【0002】
セルロースは、直径が1ミクロン以下で長さが数ミクロンのミクロフィブリルと呼ばれる構造単位を備え、近年、ミクロフィブリルまたはそれに近い単位まで微細化されたセルロースナノファイバーを原料として、微細なネットワーク構造を備えた多孔性のセルロース不織布を製造することが提案されている(特許文献1)。かかるセルロース不織布は、高い力学的強度と低い線膨張率を備えたユニークな材料として着目されており、蓄電デバイス用のセパレータ、機能性フィルター類、生活製品用高機能紙などの用途が期待されているが、タンパク質を吸着しにくいため、イムノクロマトグラフィー用担体や、酵素固定膜等の用途には適していないという欠点があった。
【0003】
そこで、特許文献2では、セルロース不織布の空孔率を高く維持し、かつセルロース不織布と水との親和性を適度に阻害することによってタンパク質吸着能を向上させることが提案されている。具体的には、原料として用いられる微細セルロース繊維を、イソシアネート化合物等の架橋剤で架橋したり、シランカップリング剤等の撥水剤で撥水処理したり、微細セルロース繊維に蛋白質吸着能を有する官能基として、スルホン酸基、カルボキシル基、リン酸基、4級アンモニウム基、ピリジウム基、1級アミノ基、2級アミノ基、3級アミノ基、アゾ基、メルカプト基等の化学結合性の官能基やフェニル基及びアルキル基等の物理吸着性の官能基を導入することを提案している。また、特許文献2には、セルロース不織布重量に対して10重量%未満のシリカ粒子、アルミナ粒子等の無機系粒子状化合物、また、メラミン樹脂等の有機系微粒子を添加してもよいことが記載されている。しかしながら、特許文献2は、微細セルロース繊維をTEMPO酸化処理することについては何ら開示も示唆もしておらず、イムノクロマトグラフィーにおける溶媒やポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開特性についても何ら検討していない。
【0004】
一方、特許文献3には、TEMPO酸化処理して表面の水酸基の少なくとも一部をカルボキシル基に酸化させたセルロースナノファイバーに板状ナノ粒子を添加して均一に分散させることにより機械的特性を向上させたセルロースナノファイバー複合体が開示されている。しかしながら、特許文献3は、酸化アルミニウムを用いることについては何ら記載しておらず、タンパク質吸着能を向上させることや、イムノクロマトグラフィーにおける溶媒やポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開特性についても何ら取り扱っていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】国際公開WO2006/004012号公報
【文献】特開2012-167406号公報
【文献】特開2013-010891号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明の目的は、蛋白質吸着能に優れ、イムノクロマトグラフィー担体として用いた場合でも溶媒及びポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開を良好に行える多孔質セルロースナノファイバー複合材及びその製造法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバーに所定の粒径の酸化アルミニウム等の無機酸化物を所定量添加して作製した複合材が、蛋白質吸着能に優れ、かつ、溶媒及びポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開を行うに十分な浸透性及び多孔性を備えるので、イムノクロマトグラフィー担体のようなイムノアッセイ用メンブレンとして好適に使用できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0008】
すなわち、本発明の一局面によれば、表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバーと、粒径0.1~300μmの無機酸化物とを少なくとも含み、前記無機酸化物の含有率が前記セルロースナノファイバー100質量部に対して800~6000質量部である多孔質セルロースナノファイバー複合材が提供される。
【0009】
また、本発明の他の局面によれば、表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバー100質量部に対して、粒径0.1~300μmの無機酸化物800~6000質量部を少なくとも含むスラリーを膜状に成形して乾燥することを含む、多孔質セルロースナノファイバー複合材の製造法が提供される。
【発明の効果】
【0010】
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバーと粒径0.1~300μmの酸化アルミニウム等の無機酸化物を所定の比率で含有し、セルロースナノファイバーと無機酸化物の双方が凝集することなく均一に分散した多孔質構造を備えるので、蛋白質吸着能に優れ、イムノアッセイ用メンブレンとして好適であり、また、溶媒及びポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開を行うに十分な浸透性及び多孔性を備えるので、イムノクロマトグラフィー担体として好適であり、イムノアッセイにおいて従来のニトロセルロースメンブレンの代替として使用できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】実施例で使用した蛍光強度測定装置を示す説明図。
【
図2】実施例で得られた試料薄膜の、蛍光色素内包ポリスチレン粒子の展開性能を示すグラフ。
【
図3】実施例で得られた試料薄膜の、アルミナ添加濃度と粒子の移動度の関係を示すグラフ。
【
図4】実施例で得られた試料薄膜の蛋白質吸着能を示す写真。
【
図5】aは実施例で作製したイムノクロマトグラフィー法テストストリップを示す平面図、bはaで示されたイムノクロマトグラフィー法テストストリップの縦断面図。
【発明を実施するための形態】
【0012】
1.多孔質セルロースナノファイバー複合材
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、表面の水酸基の少なくとも一部がカルボキシル基に酸化されたセルロースナノファイバーと酸化アルミニウム等の無機酸化物とから主として構成される。
【0013】
1-1.セルロースナノファイバー
セルロースナノファイバーとしては、公知の方法でパルプをミクロフィブリルまたはそれに近い単位まで解繊して微細化したものを使用することができる。かかるセルロースナノファイバーは、最大繊維径が1ミクロン以下のものであれば特に限定されないが、通常、最大繊維径が1000nm以下かつ数平均繊維径が2nm以上150nm以下であり、好ましくは、最大繊維径が500nm以下かつ数平均繊維径が2nm以上100nm以下であり、より好ましくは、最大繊維径が30nm以下かつ数平均繊維径が2nm以上10nm以下である。最大繊維径及び数平均繊維径は、特開2013-10891号公報に記載の方法に従い、5000倍、10000倍、50000倍等の倍率で電子顕微鏡観察して得られた画像に基いて求めることができる。
【0014】
上記の酸化されたセルロースナノファイバーを得る方法は、セルロースナノファイバーの表面の水酸基の少なくとも10%をカルボキシル基に酸化できる方法であれば特に制限されず、例えば、特開2013-10891号公報や、大塚雅規,斉藤継之,江前敏晴,磯貝明:TEMPO触媒酸化パルプシートの特性解析,機能紙研究会誌,No. 48,p24(2009)などに記載された方法が挙げられる。代表的な酸化方法としては、水等の水系溶媒中において、N-オキシル化合物を触媒成分として用い、解繊前のセルロース又は解繊後のセルロースナノファイバーに酸化剤を作用させる方法が挙げられる。この酸化処理により、セルロースナノファイバーの表面に露出している1級水酸基の少なくとも一部が、カルボキシル基へと酸化される。反応溶液中のセルロース及びセルロースナノファイバーの濃度は、反応が進行する限り特に限定されないが、通常は、反応溶液全体の5%質量以下の濃度とすることが好ましい。なお、本発明において使用するセルロースナノファイバーは、表面の水酸基の15%以上がカルボキシル基に酸化されているものが好ましく、表面の水酸基の20%以上がカルボキシル基に酸化されているものがより好ましく、表面の水酸基の30%以上がカルボキシル基に酸化されているものが特に好ましい。
【0015】
N-オキシル化合物としては、TEMPO(2,2,6,6-テトラメチル-1-ピペリジン-N-オキシル)の他、C4位に各種の官能基を有するTEMPO誘導体、例えば、4-アセトアミドTEMPO、4-カルボキシTEMPO、4-フォスフォノオキシTEMPOなどを用いることができる。この内、反応速度の点から、TEMPO及び4-アセトアミドTEMPOが好ましい。N-オキシル化合物の使用量は、酸化反応を進行させるに十分な触媒量であればよく、0.05~4mmol/Lの濃度範囲が好ましく、0.05~2mmol/Lの濃度範囲がより好ましい。
【0016】
酸化剤の種類によっては、N-オキシル化合物に、触媒成分として臭化物やヨウ化物を組み合わせてもよい。かかる臭化物やヨウ化物としては、例えば、臭化アンモニウム、ヨウ化アンモニウム等のアンモニウム塩、臭化リチウム、臭化カリウム、臭化ナトリウムなどの臭化アルカリ金属、ヨウ化リチウム、ヨウ化カリウム、ヨウ化ナトリウムなどのヨウ化アルカリ金属、臭化カルシウム、臭化マグネシウム、臭化ストロンチウムなどの臭化アルカリ土類金属、ヨウ化カルシウム、ヨウ化マグネシウム、ヨウ化ストロンチウムなどのヨウ化アルカリ土類金属を用いることができる。なお、次亜塩素酸アルカリ金属塩を酸化剤とする場合には、N-オキシル化合物と、臭化物又はヨウ化物とを組み合わせた触媒成分を用いることが好ましく、亜塩素酸アルカリ金属塩を酸化剤とする場合には、N-オキシル化合物を単独で触媒成分として用いることが好ましい。
【0017】
酸化剤としては、次亜ハロゲン酸又はその塩、亜ハロゲン酸又はその塩、過ハロゲン酸又はその塩、ハロゲン、ハロゲン酸化物、窒素酸化物の他、過酸化水素、過酢酸、過硫酸、過安息香酸などの過酸が挙げられ、ここで、ハロゲンとしては塩素、臭素、ヨウ素などが挙げられる。これらの酸化剤のうち、次亜ハロゲン酸アルカリ金属塩及び亜ハロゲン酸アルカリ金属塩が好ましく、次亜塩素酸アルカリ金属塩及び亜塩素酸アルカリ金属塩がより好ましい。酸化剤の使用量は、酸化反応を進行させるに十分な量であればよく、好ましくは1~50mmol/Lの範囲である。
【0018】
1-2.無機酸化物
無機酸化物としては、酸化アルミニウム等の金属酸化物の他、酸化ケイ素等の無機酸化物が挙げられるが、酸化アルミニウムが好ましい。無機酸化物は、粒径0.1~300μmのものが使用される。粒径が0.1μmより小さい場合、多孔質セルロースナノファイバー複合材における空隙をセルロースナノファイバーが埋めてしまうことで、その空隙の孔径を狭めることになり、イムノクロマトグラフィーにおける溶媒やポリスチレンラテックス粒子などの標識物質の展開を阻害する原因となる。また、粒径が300μmを超える場合、担体となる無機酸化物の粒径が大きくなることに伴い、多孔質セルロースナノファイバー複合材の空隙が大きくなり、展開される標識物と複合材に結合させた蛋白質との相互作用頻度が低下して検出感度が低下する。無機酸化物の粒径は好ましくは0.5~250μmであり、より好ましくは1.0~150μmである。なお無機酸化物の粒径は、動的光散乱法を原理とする粒度分布計を用いて平均粒径として測定することができる。
【0019】
無機酸化物の純度は、特に制限されるものではないが、不純物の混在によるシート内の蛋白質吸着能のばらつき抑制の観点から95%以上が好ましく、99%以上がさらに好ましい。
無機酸化物として好ましく使用される酸化アルミニウムの結晶型は、特に制限されるものではないが、蛋白質吸着能の観点から比表面積の大きい立体晶形が好ましい。無機酸化物の配合量は、セルロースナノファイバー100質量部に対して800~6000質量部である。この配合量が800質量部に満たない場合、酸化セルロースナノファイバーの割合が高くなり、多孔質構造を形成しづらくなる。また、6000質量部を超える場合、酸化セルロースナノファイバーの割合が低下するため、無機酸化物の性質が強くなり、蛋白質吸着能が低下する原因となる。無機酸化物の配合量は、好ましくは、セルロースナノファイバー100質量部に対して2000~4500質量部であり、より好ましくは、2700~3300質量部である。
【0020】
2.多孔質セルロースナノファイバー複合材の製造法
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、上記のように酸化処理されたセルロースナノファイバーに、上記所定の粒径の無機酸化物を前記セルロースナノファイバー100質量部に対して800~6000質量部混合して得られたスラリーを膜状に成形して乾燥することにより製造することができる。
【0021】
上記スラリーの溶媒としては、水の他に、有機溶媒を使用することができる。このうち、セルロースナノファイバーの酸化処理が水系溶媒中で行われるので、溶媒として水を用いることが好ましい。有機溶媒としては、水系有機溶媒及び非水系有機溶媒の何れも使用可能であるが、乾燥が容易であることから、沸点の低い有機溶媒、例えば、エタノール等のアルコール系溶媒が好ましい。
【0022】
上記スラリーを用いた複合材の製造法は、所望の膜状の複合材が得られる限り、特に制限はない。例えば、上記スラリーを分散装置中で十分にかく拌して内容物を均一に分散及び混合した後、適当な支持体の上にスラリーを塗布し、乾燥した後、支持体を取り除くことにより多孔質構造を備えたセルロースナノファイバー複合材を得ることができる。また、乾燥後、支持体を取り除くことなく支持体上にセルロースナノファイバー複合材を担持させておいても良い。支持体としては、例えば、スクリーン、織布、スライドガラス、メンブレンフィルター、濾紙の他、ポリエチレンなどのプラスチック製フィルム等が使用できる。イムノクロマトグラフィー用担体として使用する場合には、支持体はプラスチック製フィルム等の不透過性素材が好適に用いられる。スラリーのセルロースナノファイバー濃度は、所望の多孔質構造が得られる限り特に限定されないが、0.05質量%~4質量%が好ましく、0.1質量%~2質量%がより好ましい。乾燥は、公知の手段を用いて行うことができ、例えば、自然乾燥、真空乾燥、加熱乾燥、吸引乾燥などが挙げられる。
【0023】
3.多孔質セルロースナノファイバー複合材の物性
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材の空隙率は、40%~99%が好ましく、50%~85%がより好ましい。かかる空隙率は、上記スラリーの濃度や分散溶媒を適宜調節することにより達成することができる。かかる観点から、上記スラリーの濃度は、1.0体積%~60体積%であることが好ましく、15体積%~50体積%がより好ましい。空隙率がこの範囲の場合、ラテラルフロー用のイムノクロマトグラフィー用担体として用いた場合に、展開溶媒を毛細管現象により容易に展開できるだけでなく、それに伴って、粒状の標識物質が結合したコンジュゲートを良好に移動させることができる。また、スラリーの乾燥時間によっても空隙率を適宜調節することができる。
本発明の複合材をイムノクロマトグラフィー用担体として用いる場合、厚さは40~300μmであることが好ましく、100~200μmであることがさらに好ましい。標識物質としては、公知のものを使用することができ、例えば、金コロイド、白金コロイド等の金属コロイドの他、赤色および青色などのそれぞれの顔料で着色されたポリスチレンラテックスなどの合成ラテックス粒子や、天然ゴムラテックスなどのラテックス粒子が挙げられる。イムノクロマトグラフィー用担体として従来から使用されているニトロセルロースメンブレンは、標識物質としてポリスチレン粒子を使用したコンジュゲートの展開性能に劣っていたが、本発明の複合材からなるラテラルフロー用のイムノクロマトグラフィー用担体は、ポリスチレン粒子を使用したコンジュゲートの展開性能にも優れている。
【0024】
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、蛋白質吸着性に優れており、通常のニトロセルロースメンブレンと同様の方法で蛋白質を固定できる。固定化する蛋白質としては、各種の抗体及び抗原が挙げられる。蛋白質の固定は、従来のニトロセルロースメンブレンと同様に行うことができる。したがって、本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、あらゆるイムノアッセイにおいて、ニトロセルロースメンブレンの代替として使用することができ、ラテラルフロー式のイムノクロマトグラフィー用担体、フロースルー式のイムノクロマトグラフィー用担体、ウエスタンブロット、免疫染色、ドットブロット等のメンブレンとして用いることができる。
【0025】
本発明の複合材をラテラルフロー式のイムノクロマトグラフィー用担体として用いる場合、溶媒やポリスチレンラテックス粒子等の標識物質を展開することができるものであれば特に制限されるものではないが、その平均孔径は1μm~20μmが好ましく、5μm~10μmがより好ましい。平均孔径が1μm未満であると多孔質セルロースナノファイバー複合材内を標識物質等が展開することができず、目詰まりを生じ非特異的反応が生じる。一方、平均孔径が20μm以上であると標識物質等と担体に固定化した捕捉用抗体との反応効率が低下し、検出感度が低下するおそれがある。なお、平均孔径は電子顕微鏡による細孔の直接観察により求められるほか、水銀圧入法やガス吸着法による細孔分布測定装置を用いて測定することができる。
【実施例】
【0026】
(1)TEMPO酸化セルロースの調整
TEMPO酸化セルロースの調整は、これまで報告されている報告(大塚雅規,斉藤継之,江前敏晴,磯貝明:TEMPO触媒酸化パルプシートの特性解析,機能紙研究会誌,No. 48,p24(2009))に従った。
細断したパルプ(大興製紙株式会社提供の針葉樹由来パルプ)1gおよび蒸留水100mLをミキサーにてかく拌した。内容積200mLのビーカーに、前記の調製した試料を移し、TEMPO試薬(2,2,6,6-テトラメチルピペリジン 1-オキシル)(ナカライテスク株式会社の製品)0.0125gおよび臭化ナトリウム0.125gを加え溶解させた。得られた溶液に0.5M水酸化ナトリウム水溶液を添加してpH10に調整した。次に、得られた溶液をかく拌しながら0.1M次亜塩素酸ナトリウム水溶液10mLを添加し、反応中は0.5M塩酸および0.5M水酸化ナトリウム水溶液を用いてpH10に維持した。添加した次亜塩素酸ナトリウムが全て消費され、pHの変動がなくなった時点を反応終了とした。反応液中に残存する可能性のある次亜塩素酸ナトリウムをエタノール5mLを加えることにより失活させた。得られたTEMPO酸化セルロースをガラスろ過器を用いて吸引ろ過後、ろ液のpHが7付近となるまで蒸留水で洗浄と吸引ろ過を繰り返し行った。得られたろ過残渣をTEMPO酸化セルロース試料とした。前記TEMPO酸化セルロース試料を蒸留水に分散させ、1質量%とした試料をミキサーにて10分間かく拌することにより解繊処理を行なった。
【0027】
(2)酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材の作成
内容積100mLの三角フラスコに、上記(1)で調製した0.1質量%解繊TEMPO酸化セルロース試料液30mLおよび酸化アルミニウム(和光純薬工業株式会社の製品、粒径75μm)を加え、超音波洗浄機にて10分間超音波処理することにより脱気を行った。なお、酸化アルミニウムは試料溶液中の濃度が20、23、25、27、30又は33mg/mLとなるように添加した。スライドガラスを設置したシャーレに、かく拌をしながら試料溶液を塗布した。このシャーレを50℃恒温下にて一夜放置することにより、空隙率75%、厚さ150μm、平均孔径6.8μmの酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を得た。
【0028】
(3)蛍光色素内包ポリスチレン粒子の展開
上記(2)で得られた酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を幅7.5mm、長さ75mmに切り取り、試料薄膜を作製した。この試料薄膜の一方の末端から10mm離れた位置に400mMトリス緩衝液にて1.0質量%となるように調製した粒径22nmの蛍光色素内包ポリスチレン粒子(Merck社の製品)の分散液200μLを滴下し、展開開始位置と反対側の末端に向けて展開させた。展開後の試料薄膜を室温下で20分間乾燥した。
図1に示す蛍光測定装置を用い試料薄膜表面の蛍光測定を行った。即ち、搬送台の上に載せた試料薄膜の展開開始位置の上方に蛍光検出器(日本板硝子株式会社の製品)を固定し、搬送台の長手方向の一端にロープを取り付け、巻き取り装置によりロープを巻き取ることで搬送台を一定の速度で移動させることにより、展開開始位置からこれと反対側の末端(以下、下流末端という。)に至るまでの試料薄膜表面の全域にわたって蛍光強度を測定した。測定した結果を
図2に示す。
図2から、いずれの酸化アルミニウム添加濃度で調製した試料薄膜においても、展開開始位置から下流末端の7.5mm手前までにかけて比較的一定した弱い蛍光が観測され、下流末端で大きな蛍光が観測されたことがわかる。つまり、展開開始位置に滴下したポリスチレン粒子が試料薄膜中を浸透して下流末端まで展開され、下流末端に滞留したことにより大きな蛍光が観測されたものと思われる。このことからポリスチレン粒子が試料薄膜の全域にわたって展開されることがわかった。
【0029】
膜全体の相対蛍光強度平均と極大ピークの比をとり、次式に示す粒子の移動度(1)とした。
粒子の移動度(1)=(蛍光強度極大値)/(膜全体の相対蛍光強度平均)
この移動度の値が大きい程、膜試料の粒子展開能が高いことを示す。酸化アルミニウム添加濃度と粒子の移動度(1)との関係を
図3に示す。酸化アルミニウム添加濃度の増大と共に移動度が増加し、30mg/mL以上において一定の値を示す傾向があった。このことから、イムノクロマトグラフィー用担体に適する酸化アルミニウム添加濃度は30mg/mLであることがわかった。
【0030】
(4)抗体の固定化
上記(2)で得られた酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を幅7.5mm、長さ75mmに切り取り、試料薄膜を作製した。この試料薄膜の中央に、抗A型インフルエンザウイルス抗体溶液1.5μg/mLを幅方向にライン状に塗布した。塗布後、デシケーター中にて18時間放置し乾燥させ固定化した。その後、試料薄膜の一端をリン酸緩衝生理食塩水(以下、PBSという。)に浸漬して過剰量のPBSを展開させて洗浄した後、クマシーブリリアントブルー(以下、CBBという。)染色を行なった。その結果を
図4に示す。
図4に示すとおり、抗体固定化位置にCBB染色による青紫色の呈色が観察された。このことから、抗体は試料薄膜に固定化されることがわかった。
【0031】
(5)A型及びB型インフルエンザウイルスの検出用イムノクロマトグラフィー法テストストリップの作成
上記(2)で作製した酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材のイムノクロマトグラフィー用担体としての性能を評価するため、A型インフルエンザウイルス検出系を用いて評価した。性能比較の対照のイムノクロマトグラフィー法テストストリップとして、ニトロセルロースメンブレンからなる膜担体を用いたイムノエースFlu(株式会社タウンズの製品)を用いた。イムノエースFlu(株式会社タウンズの製品)は、
図5に示すとおり、幅4.0mm、長さ35mmのイムノクロマトグラフィー用担体3(ニトロセルロースメンブレン)を粘着シート1の中程に貼着し、該イムノクロマトグラフィー用担体3の上流側の末端の上に含浸部材2の下流側の末端を重ね合わせて連接するとともに、この含浸部材2の上流側部分を粘着シート1に貼着し、含浸部材2の上面に試料添加用部材6の下流側部分を載置するとともに、該試料添加用部材6の上流側部分を粘着シート1に貼着し、さらに、イムノクロマトグラフィー用担体3の下流側部分の上面に吸収用部材5の上流側部分を載置するとともに、該吸収用部材5の下流側部分を粘着シート1に貼着せしめて構成されている。そして、イムノクロマトグラフィー用担体3のクロマト展開開始点側の末端から5.0mmの位置には抗A型インフルエンザウイルス抗体が固定された捕捉部位41aが形成され、同末端から8.0mmの位置には抗B型インフルエンザウイルス抗体が固定された捕捉部位41bが形成され、同末端から15.0mmの位置には分析対象物質の存否に係わらず反応が行われたことを確認するためのコントロールライン42が設けられている。含浸部材2には、白金-金コロイド標識抗A型インフルエンザウイルス抗体及び白金-金コロイド標識抗B型インフルエンザウイルス抗体の混合物が含浸されている。
【0032】
上記(2)で作製した酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を幅4.0mm、長さ35mmに切り取り、クロマトグラフ媒体のイムノクロマトグラフィー用担体として用意した。抗A型インフルエンザウイルス抗体1.0mg/mLが含有されてなる溶液0.5μLを、このイムノクロマトグラフィー用担体におけるクロマト展開開始点側の末端から5.0mmの位置にライン状に塗布した。これを室温で乾燥し、A型インフルエンザウイルス抗原と白金-金コロイド標識抗体との複合体の捕捉部位41aを形成した。また、抗B型インフルエンザウイルス抗体1.0mg/mLが含浸されてなる溶液0.5μLを、このイムノクロマトグラフィー用担体におけるクロマト展開開始点側の末端から8.0mmの位置にライン状に塗布して、これを室温で乾燥し、B型インフルエンザウイルス抗原と白金-金コロイド標識抗体との複合体の捕捉部位41bを形成した。得られたイムノクロマトグラフィー用担体で、
図5に示されるイムノエースFlu(株式会社タウンズの製品)のイムノクロマトグラフィー用担体3(ニトロセルロースメンブレン)を置き換えた以外、
図5と同様のイムノクロマトグラフィー法テストストリップを作製した。
【0033】
(6)A型インフルエンザウイルスの検出
A型インフルエンザウイルスの抗原溶液を検体抽出液で希釈して、所定濃度に調製し、被検試料とした。前記被検試料を上記(5)で得られたイムノクロマトグラフィー法テストストリップの試料添加用部材にマイクロピペットで100μLを滴下してクロマト展開し、室温で15分放置後、上記捕捉部位41aで捕捉された白金-金コロイド標識抗体とA型インフルエンザウイルス抗原の複合体の捕捉量を肉眼で観察した。捕捉量は、その量に比例して増減する黒色の呈色度合いを肉眼で-(着色なし)、±(微弱な着色)、+(明確な着色)、++(顕著な着色)の4段階に区分して判定した。対照として、イムノエースFlu(株式会社タウンズの製品)を使用し、前記と同様の操作を行い、前記と同様に観察し判定した。
【0034】
結果を表1に示す。表1から明らかなように、イムノクロマトグラフィー用担体として酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を使用した場合において、抗原濃度1×104 TCID50の被検試料を供した時に、捕捉部位41aにおいて明確な着色が確認された。一方、対照においては、同濃度の被検試料において、顕著な着色が確認された。したがって、酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材を使用した場合、対照のニトロセルロースメンブレンと比較して検出感度が若干劣るものの、イムノクロマト法のイムノクロマトグラフィー用担体として実施可能な性能を有していることが示された。
【0035】
以上の結果より、酸化アルミニウム添加セルロースナノファイバー複合材は抗体等のタンパク質を固定化できる機能を有し、かつイムノクロマトグラフィー用担体として、標識物質を展開させ、かつメンブレン上にて抗体抗原反応を実施できる材料であることが示された。
【0036】
【産業上の利用可能性】
【0037】
本発明の多孔質セルロースナノファイバー複合材は、蛋白質吸着能に優れ、イムノクロマトグラフィー担体として用いた場合でも溶媒及びポリスチレンラテックス粒子等の標識物質の展開を良好に行えるので、イムノアッセイの分野において従来のニトロセルロースメンブレンの代替として使用できる。
【符号の説明】
【0038】
1 粘着シート
2 含浸部材
3 イムノクロマトグラフィー用担体
41a 捕捉部位
41b 捕捉部位
42 コントロールライン
5 吸収用部材
6 試料添加用部材
10 イムノクロマトグラフィー法テストストリップ