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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-07
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】人工角膜及び人工角膜の製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/14 20060101AFI20220203BHJP
   A61L 27/40 20060101ALI20220203BHJP
   A61L 27/16 20060101ALI20220203BHJP
   A61L 27/20 20060101ALI20220203BHJP
   A61L 27/08 20060101ALI20220203BHJP
   A61L 27/52 20060101ALI20220203BHJP
   A61L 27/26 20060101ALI20220203BHJP
   A61P 27/02 20060101ALI20220203BHJP
   D01D 5/04 20060101ALN20220203BHJP
   D04H 1/4382 20120101ALN20220203BHJP
   D04H 1/4309 20120101ALN20220203BHJP
   D04H 1/728 20120101ALN20220203BHJP
【FI】
A61F2/14
A61L27/40
A61L27/16
A61L27/20
A61L27/08
A61L27/52
A61L27/26
A61P27/02
D01D5/04
D04H1/4382
D04H1/4309
D04H1/728
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018061526
(22)【出願日】2018-03-28
(65)【公開番号】P2019170618
(43)【公開日】2019-10-10
【審査請求日】2020-11-06
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき国際特許業務法人
(74)【代理人】
【識別番号】100104709
【弁理士】
【氏名又は名称】松尾 誠剛
(73)【特許権者】
【識別番号】519172029
【氏名又は名称】株式会社レモン
(74)【代理人】
【識別番号】110002697
【氏名又は名称】めぶき国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】金 翼水
(72)【発明者】
【氏名】ダボード カラガニ
(72)【発明者】
【氏名】大谷 聖
【審査官】山村 祥子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2016/199139(WO,A1)
【文献】中国特許出願公開第102580147(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/14
A61L 27/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
貫通孔が形成された不織布と、
前記貫通孔を覆うように配置されている水性高分子ゲルとを備え
前記不織布は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト複合ナノファイバーからなることを特徴とする人工角膜。
【請求項2】
貫通孔が形成された不織布を準備する不織布準備工程と、
前記貫通孔を覆うように水性高分子ゲルを配置するゲル配置工程とを含み、
前記不織布は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト複合ナノファイバーからなることを特徴とする人工角膜の製造方法。
【請求項3】
前記不織布は、ポリビニルアルコール及びヒドロキシエチルセルロースの混合溶液にグラファイトを分散させた紡糸溶液を原料としてエレクトロスピニング法により形成されたものであることを特徴とする請求項に記載の人工角膜の製造方法。
【請求項4】
前記不織布にハイドロキシアパタイトが付着していることを特徴とする請求項2又は3に記載の人工角膜の製造方法。
【請求項5】
前記不織布準備工程では、前記不織布を塩化カルシウム水溶液に浸漬し、その後、前記不織布をpH10以上に調整したリン酸水素二ナトリウム水溶液に浸漬するサイクルを一回又は複数回実施することにより前記不織布に前記ハイドロキシアパタイトを付着させることを特徴とする請求項に記載の人工角膜の製造方法。
【請求項6】
前記水性高分子ゲルは、ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルであることを特徴とする請求項2~のいずれかに記載の人工角膜の製造方法。
【請求項7】
前記ゲル配置工程では、凍結融解法により前記不織布に前記水性高分子ゲルを配置することを特徴とする請求項に記載の人工角膜の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人工角膜及び人工角膜の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
角膜は目(眼球)を構成する組織の1つであり、厚さ0.5mm~0.7mm程度の、透明な膜である。濁りが生じる等、角膜に何らかの障害が出ることを角膜疾患といい、角膜疾患は世界で3番目に多い失明原因とされている。現在、世界中でおよそ1000万人が角膜疾患により失明していると推定されている。
【0003】
角膜疾患の治療方法としては、角膜移植が広く知られている。しかし、角膜移植は他人の生体組織を患者に移植するものであるため、拒絶反応や感染症が発生する懸念がある。また、角膜の提供者数が不足しているという問題もある。
そこで、生体から採取した角膜ではなく人工角膜を用いることが検討されている。
【0004】
初期の人工角膜は、ほぼ全体が緻密な透明無機材料(ガラス等)や透明樹脂(ポリメチルメタアクリレート等)からなるものが多かった(例えば、特許文献1参照。)。しかし、このような人工角膜は、生体組織との接着性が悪い、眼球に力学的なストレスを与える等といった問題があり、人工角膜の脱落や感染症等の異常が発生しやすいことから、少なくとも長期間の使用に耐えうるものではなかった。
【0005】
近年、上記のような事情から、コラーゲン等の生体適合性が高い軟物質や繊維質物質(例えば、不織布)からなる人工角膜が研究されている(例えば、特許文献2参照。)。このような人工角膜は、移植後に細胞となじみやすい、酸素や栄養素を通過させることができる等の利点があることから、異常(人工角膜の脱落や感染症等)の発生を抑制することが可能な人工角膜とすることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開昭63-99860号公報
【文献】特開2008-43419号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、軟物質からなる人工角膜には、十分な強度を得ることは難しいという問題がある。また、繊維質物質からなる人工角膜には、十分な光学特性(高い透明性、適切な屈折率、低い散乱性等)が得られない場合があるという問題がある。
【0008】
そこで、本発明は上記問題を解決するためになされたものであり、異常(人工角膜の脱落や感染症等)の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜を提供することを目的とする。また、異常の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜を製造するための人工角膜の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
[1]本発明の人工角膜は、貫通孔が形成された不織布と、前記貫通孔を覆うように配置されている水性高分子ゲルとを備えることを特徴とする。
【0010】
[2]本発明の人工角膜の製造方法は、貫通孔が形成された不織布を準備する不織布準備工程と、前記貫通孔を覆うように水性高分子ゲルを配置するゲル配置工程とを含むことを特徴とする。
【0011】
[3]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布を構成する繊維は、ナノファイバーであることが好ましい。
【0012】
[4]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布を構成する繊維は、ポリビニルアルコール系ナノファイバーであることが好ましい。
【0013】
[5]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト複合ナノファイバーからなることが好ましい。
【0014】
[6]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布は、ポリビニルアルコール及びヒドロキシエチルセルロースの混合溶液にグラファイトを分散させた紡糸溶液を原料としてエレクトロスピニング法により形成されたものであることが好ましい。
【0015】
[7]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布にハイドロキシアパタイトが付着していることが好ましい。
【0016】
[8]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記不織布準備工程では、前記不織布を塩化カルシウム水溶液に浸漬し、その後、前記不織布をpH10以上に調整したリン酸水素二ナトリウム水溶液に浸漬するサイクルを一回又は複数回実施することにより前記不織布に前記ハイドロキシアパタイトを付着させることが好ましい。
【0017】
[9]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記水性高分子ゲルは、ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルであることが好ましい。
【0018】
[10]本発明の人工角膜の製造方法においては、前記ゲル配置工程では、凍結融解法により前記不織布に前記水性高分子ゲルを配置することが好ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明の人工角膜によれば、不織布を備えるため、細胞とのなじみやすさ及び酸素や栄養素の通過性に加えて強度を確保することが可能となる。また、本発明の人工角膜によれば、不織布に貫通孔が形成され、当該貫通孔を覆うように水性高分子ゲルが配置されているため、人工角膜を通過する光が不織布による影響を受けないようにすることが可能となる。このため、本発明の人工角膜は、異常の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜となる。
【0020】
本発明の人工角膜の製造方法によれば、貫通孔が形成された不織布を準備する不織布準備工程と、貫通孔を覆うように水性高分子ゲルを配置するゲル配置工程とを含むため、異常の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜を製造することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】実施形態に係る人工角膜1を説明するために示す図である。
図2】実施形態に係る人工角膜の製造方法のフローチャートである。
図3】実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布及びナノスケールのハイドロキシアパタイト(nHA)の全反射測定法によるフーリエ変換赤外分光スペクトル(ATR-FTIRスペクトル)を示すグラフである。
図4】実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布、グラファイト(GR)及びnHAのX線回折(XRD)パターンを示すグラフである。
図5】実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布及びnHAの高分解能XRDパターンを示すグラフである。
図6】実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布の電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)画像である。
図7】実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布を構成する繊維の繊維径の分布を示すグラフである。
図8】実施例に係る人工角膜S0~S3及びnHAの高分解能FE-SEM画像である。
図9】実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びポリビニルアルコール(PVA)ハイドロゲルの含水率を示す棒グラフである。
図10】実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルの水接触角に関する実験の様子を示す図である。
図11図11は、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルのひずみ-応力曲線を示すグラフである。
図12】実施例における細胞毒性試験の結果を示す顕微鏡写真である。
図13】実施例における細胞毒性試験の結果を示す顕微鏡写真である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明に係る人工角膜及び人工角膜の製造方法について実施形態に基づいて説明する。なお、実施形態の中で説明されている諸要素及びその組み合わせの全てが本発明の解決手段に必須であるとは限らない。
【0023】
1.実施形態に係る人工角膜1
図1は、実施形態に係る人工角膜1を説明するために示す図である。図1(a)は人工角膜1の平面図であり、図1(b)は図1(a)のA-A断面図である。
まず、実施形態1に係る人工角膜1について説明する。
【0024】
実施形態に係る人工角膜1は、図1に示すように、貫通孔12が形成された不織布10と、貫通孔12を覆うように配置されている水性高分子ゲル20とを備える。
人工角膜1の大きさは、使用目的(移植対象)に応じて適宜設定することができる。一般的には、移植先の角膜の厚さ(ヒト(成人)であれば、上記したように厚さ0.5mm~0.7mm程度)に合わせることが好ましい。
【0025】
不織布10は平面視したときに円形の外形形状を有し、当該円形の中心部に貫通孔12が形成されている。
不織布10は、水性高分子ゲル20の足場材であるということもできる。
【0026】
不織布10を構成する繊維は、本発明の効果を損ねない限り、任意の繊維径を有するものを用いることができ、任意の材料からなるものを用いることができる。
不織布10を構成する繊維は、ナノファイバーであることが好ましい。
ナノファイバーとは、ナノオーダーの繊維径(例えば、3000nm以下の繊維径。好ましくは、1000nm以下の平均繊維径。)を有する繊維である。ナノファイバーは、マイクロオーダー以上の繊維径を有する通常の繊維とは異なる性質(例えば、極めて大きい比表面積)を有し、様々な分野で活用されている。この場合、ナノファイバーの繊維径は50nm~500nmの範囲内にあることが好ましい。
【0027】
また、不織布10を構成する繊維は、ポリビニルアルコール(PVA)系ナノファイバーであることが一層好ましい。
ポリビニルアルコール系ナノファイバーとは、主な成分(重量比で30%以上の成分)としてポリビニルアルコールを原料とする成分を含有するナノファイバーのことをいう。
【0028】
なお、ポリビニルアルコールは水溶性のポリマーであるため、不織布の原料としてポリビニルアルコール系のポリマーを用いる場合には、基本的には不溶化処理(例えば、グルタルアルデヒド(GA)、熱、UV等を用いた架橋処理)を行う必要がある。ポリビニルアルコールに関する不溶化処理の必要性や具体的方法については周知の事項であるため、以下の記載においては、不溶化処理については特に記載しないこともある。
【0029】
実施形態においては、不織布10は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト(PVA-HEC-GR)複合ナノファイバーからなる。
ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト複合ナノファイバーとは、ポリビニルアルコール(PVA)とヒドロキシエチルセルロース(HEC)とが混合された原料からなるナノファイバーの繊維間にグラファイト(GR)が分散されたもののことをいう。なお、グラファイトはナノスケールのものである必要はなく、例えば、最長部の長さが20μm以下のものを用いることができる。
【0030】
もちろん、本発明には、上記したものの他に、キトサン、ゼラチン‐PVA、セルロース、ポリ‐L‐乳酸といった生体適合性が高い物質を原料とするナノファイバーからなる不織布を用いることもできる。
【0031】
実施形態においては、不織布10にハイドロキシアパタイトが付着している。ハイドロキシアパタイトの付着は、物理的なものであってもよいし、化学的なものであってもよい。
【0032】
水性高分子ゲル20は、貫通孔12を覆うように配置されている。水性高分子ゲル20は、「貫通孔12を埋めるように配置されている」と表現することもできるし、「貫通孔12内に配置されている」と表現することもできる。
【0033】
水性高分子ゲル20は、ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルである。
水性高分子ゲルとは、ポリマーによる三次元的な網目状構造内に水を保持しているゲル(ハイドロゲル)のことをいう。ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルとは、ポリビニルアルコールを原料とする成分を主な成分として有する水性高分子ゲルのことをいう。
ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルとしては、ポリマー全体が完全加水分解のポリビニルアルコールからなるポリビニルアルコールハイドロゲル(PVAハイドロゲル)を好適に用いることができる。
もちろん、本発明には、水性高分子ゲルとして、ポリヒドロキシエチルメタアクリレート、ポリビニルピロリドン、シリコーンハイドロゲル等を用いることもできる。
【0034】
2.実施形態に係る人工角膜の製造方法
図2は、実施形態に係る人工角膜の製造方法のフローチャートである。
次に、実施形態に係る人工角膜の製造方法について説明する。
【0035】
実施形態に係る人工角膜の製造方法は、図2に示すように、不織布準備工程S10と、ゲル配置工程S20とを含む。
【0036】
不織布準備工程S10は、貫通孔12が形成された不織布10を準備する工程である。不織布準備工程S10は、エレクトロスピニング工程S12及びハイドロキシアパタイト付着工程S14とを含む。
【0037】
不織布準備工程S10で準備する不織布10を構成する繊維は、ナノファイバーであることが好ましく、ポリビニルアルコール系ナノファイバーであることが一層好ましい。
実施形態においては、不織布10は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト(PVA-HEC-GR)複合ナノファイバーからなる。
当該不織布10は、エレクトロスピニング工程S12により準備することができる。
【0038】
エレクトロスピニング工程S12は、エレクトロスピニング(電界紡糸)法によりナノファイバーを形成し、当該ナノファイバーで構成された不織布10を得る工程である。
エレクトロスピニング工程S12では、ポリビニルアルコール及びヒドロキシエチルセルロースの混合溶液にグラファイトを分散させた紡糸溶液を原料としてエレクトロスピニング法により不織布10(複合ナノファイバー)を形成する。エレクトロスピニング法による不織布(複合ナノファイバー)の製造条件は後述する実施例で例示するが、製造条件はこれに限定されるものではなく、適切な範囲で変更することができる。
【0039】
不織布準備工程S10で準備する不織布10には、ハイドロキシアパタイトが付着している。当該不織布10は、ハイドロキシアパタイト付着工程S14により準備することができる。
【0040】
ハイドロキシアパタイト付着工程S14は、不織布10を塩化カルシウム(CaCl)水溶液に浸漬し、その後、不織布10をpH10以上に調整したリン酸水素二ナトリウム水溶液(NaHPO)に浸漬するサイクルを一回又は複数回実施することにより不織布10にハイドロキシアパタイトを付着させる工程である。
上記の方法では、ナノスケールのハイドロキシアパタイトを合成しつつ不織布10に付着させていくことになる。この場合、不織布10を構成する繊維におけるヒドロキシ基がカルシウムイオンと化学的に結合するため、ハイドロキシアパタイトの付着力を高くすることが可能となる。
不織布にハイドロキシアパタイトを付着させる工程は上記に限定されるものではなく、他の工程(方法)により不織布にハイドロキシアパタイトを付着させてもよい。
【0041】
なお、不織布準備工程S10で準備する不織布10には貫通孔12が形成されているが、貫通孔12の形成はゲル配置工程S20に入る前のどこかで行えばよい。貫通孔12は、例えば、切削や打ち抜きにより形成することができる。また、不織布10を最初から貫通孔12を含む形で形成してもよい。これは、不織布10の外周形状についても同様である。
【0042】
ゲル配置工程S20は、貫通孔12を覆うように水性高分子ゲル20を配置する工程である。
水性高分子ゲル20は、ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルである。ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルとしては、ポリビニルアルコールハイドロゲルを好適に用いることができる。
ゲル配置工程S20では、凍結融解法により不織布10に水性高分子ゲル20を配置(固定)する。凍結融解法は広く知られている技術であるため、詳細な説明は省略する。
なお、不織布10に水性高分子ゲル20を配置する工程は上記に限定されるものではなく、他の工程(方法)により不織布10に水性高分子ゲル20を配置(固定)してもよい。
【0043】
3.実施形態に係る人工角膜1及び人工角膜の製造方法の効果
以下、実施形態に係る人工角膜1及び人工角膜の製造方法の効果について説明する。
【0044】
実施形態に係る人工角膜1によれば、不織布10を備えるため、細胞とのなじみやすさ及び酸素や栄養素の通過性に加えて強度を確保することが可能となる。また、実施形態に係る人工角膜1によれば、不織布10に貫通孔が形成され、当該貫通孔12を覆うように水性高分子ゲル20が配置されているため、人工角膜1を通過する光が不織布10による影響を受けないようにすることが可能となる。このため、実施形態1に係る人工角膜1は、異常の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜となる。
【0045】
実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、貫通孔12が形成された不織布10を準備する不織布準備工程S10と、貫通孔12を覆うように水性高分子ゲル20を配置するゲル配置工程S20とを含むため、異常の発生を抑制することが可能であり、かつ、十分な強度及び光学特性を得ることが可能な人工角膜1を製造することが可能となる。
【0046】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布10を構成する繊維は、ナノファイバーであるため、不織布10の強度及び比表面積を十分に大きくすることが可能となり、製造する人工角膜1の患部への定着性を十分に高くすることが可能となる。
【0047】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布10を構成する繊維は、ポリビニルアルコール系ナノファイバーであるため、生体適合性が高くかつナノファイバー化に適した材料であるポリビニルアルコールを主な材料として用いることから、製造する人工角膜1の不織布10の患部への定着性を一層高くすることが可能となる。
【0048】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布10は、ポリビニルアルコール-ヒドロキシエチルセルロース-グラファイト複合ナノファイバーからなるため、製造する人工角膜において、ヒドロキシエチルセルロースを加えることでナノファイバーの引っ張り強さを高めて不織布の強度を一層向上させることが可能となり、かつ、グラファイトにより人工角膜に定着した生組織(細胞)の活性を高くする(血管新生等を促進する)ことが可能となる。
【0049】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布10は、ポリビニルアルコール及びヒドロキシエチルセルロースの混合溶液にグラファイトを分散させた紡糸溶液を原料としてエレクトロスピニング法により形成されたものであるため、繊維径のばらつきやグラファイトの凝集が十分に少ない不織布10を形成することが可能となる。
【0050】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布10にハイドロキシアパタイトが付着しているため、不織布10上に定着した生組織(細胞)の活性を高くして人工角膜と眼球との一体化を促進することが可能となる。
【0051】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、不織布準備工程S10では、不織布10を塩化カルシウム水溶液に浸漬し、その後、不織布10をpH10以上に調整したリン酸水素二ナトリウム水溶液に浸漬するサイクルを一回又は複数回実施することにより不織布10にハイドロキシアパタイトを付着させるため、不織布10とハイドロキシアパタイトとの間の付着力を高くすることが可能となり、かつ、サイクルの回数を変更することでハイドロキシアパタイトの量を容易に調節することが可能となる。
【0052】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、水性高分子ゲル20は、ポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルであるため、良好な光学特性を有するポリビニルアルコール系の水性高分子ゲルを用いることで、製造する人工角膜1において一層良好な光学特性を得ることが可能となる。
【0053】
また、実施形態に係る人工角膜の製造方法によれば、ゲル配置工程S20では、凍結融解法により不織布10に水性高分子ゲル20を配置するため、簡便な方法で不織布10と水性高分子ゲル20とを固定することが可能となる。
【0054】
[実施例]
実施例においては、本発明の人工角膜を本発明の人工角膜の製造方法により実際に製造し、観察や実験を行った。
【0055】
1.実施例で用いた試薬・装置等
まず、実施例で用いた試薬や装置等について説明する。
【0056】
実施例に係る人工角膜の製造方法では、分析用グレードの試薬を用いた。水酸化ナトリウム(NaOH。純度97.0%)、アセトン、エタノール(99.5)、10倍リン酸干渉食塩水(PBS buffer。pH7.4)及び濃塩酸(HCl。35.0~37.0%)は、和光純薬工業株式会社を通じて購入したものを用いた。ジメチルスルホキシド(DMSO)、グラファイト粉末(GR。<20μm)、ポリビニルアルコール(PVA。Mw:85,000-124,000、加水分解度:87~89%及び完全けん化)、2-ヒドロキシメチルセルロース(HEC。平均Mw:90,000)及びリン酸水素二ナトリウム(NaHPO)は、シグマアルドリッチを通じて購入したものを用いた。グルタルアルデヒド(GA。50%水溶液)及び塩化カルシウム(CaCl)は、米国のMP Biomedicals社を通じて購入したものを用いた。
【0057】
人工角膜に関する細胞毒性試験においても、分析用グレードの試薬等を用いた。ダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地((DMEM)/Ham’s F-12 medium)は、シグマアルドリッチを通じて購入したものを用いた。仔ウシ血清(NBCS)、インスリン-トランスフェリン-セレニウム混合試薬(ITS)及び上皮成長因子(EGF。ヒト組換え体。)は、サーモフィッシャー・サイエンティフィックのGibcoブランドのものを購入して用いた。塩化カルシウム(CaCl)は、Ajax Finechem社を通じて購入したものを用いた。
24ウェル細胞培養プレートは、Greiner Bio-One International社のものを使用した。
ヒト角膜上皮(HCE)細胞は、Schepens Eye Research InstituteのIlene Gipson博士から譲渡されたものを用いた。
【0058】
電界紡糸における電源装置としては、松定プレシジョン株式会社のHar-100*12を用いた。
ATR-FTIRスペクトルの測定には、英国のSmiths Detection社のDuraSamplIR IIを用いた。測定は室温で行った。
X線回折パターン(XRDパターン)の測定には、株式会社リガクのRotaflex RTP300を用いた。測定には、Cu kα線を用いた。管電圧及び管電流は、それぞれ50kV及び200mAとした。
【0059】
電界放出型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)画像の取得には、日立製作所のS-5000を用いた。サンプルを70℃で乾燥させて金でコーティングしてから、サンプルの画像取得を行った。
繊維径を算出するための画像分析ソフトとしては、Image Jを用いた。
水接触角(WCA)の測定には、協和界面科学株式会社のCA-D型水接触角計を用いた。
【0060】
不織布等の物理的特性の測定には、株式会社エー・アンド・デイのテンシロン万能材料試験機 RTC1250Aを用いた。クロスヘッド速度は1mm/minとした。測定はASTM D638 プラスチック引張試験方法に沿って行い、サンプルとしてダンベル型に整形したものを用いた。温度は室温とした。サンプルのゲージ長は100mmとし、1倍リン酸干渉食塩水に15分浸漬してから試験を行った。
細胞の様子は、オリンパス株式会社の倒立顕微鏡を用いて観察した。
【0061】
2.実施例に係る人工角膜の製造方法
次に、実施例に係る人工角膜の製造方法について説明する。
実施例に係る人工角膜の製造方法は、基本的には実施形態に係る人工角膜の製造方法と同様であり、不織布準備工程とゲル配置工程とを含む。
【0062】
(1)不織布準備工程
(1-1)エレクトロスピニング工程
まず、加水分解度が87%~89%のポリビニルアルコール(以下、PVAと記載する。)を脱イオン水に加え、80℃で4時間攪拌し、11wt%PVA水溶液を作製した。これとは別に、ヒドロキシエチルセルロース(以下、HECと記載する)を脱イオン水に加え、50℃で6時間攪拌し、5%(v/v)HEC水溶液も作製した。
【0063】
その後、体積比がグラファイト(以下、GRと記載する。):HEC水溶液=0.1:10となるようにGRをHEC水溶液に加えて2時間攪拌し、HEC/GR水溶液を作製した。次に、体積比がHEC/GR水溶液:PVA水溶液=1:9となるようにHEC/GR水溶液をPVA水溶液と混合し、室温で1時間攪拌して紡糸溶液を作製した。作製した紡糸溶液に対して超音波処理を行い、気泡を除去した。
【0064】
次に、電源装置と、キャピラリーチップを取り付けた20mLプラスチックシリンジと、電源装置の陽極とキャピラリーチップとを接続する銅線と、電源装置の陰極と接続された金属製のコレクターとを備えるエレクトロスピニング装置を準備し、エレクトロスピニングを行った。チップ-コレクター間の距離は15cmとし、印加電圧は12kVとした。エレクトロスピニング中においては、紡糸溶液の流量を1mL/hとした。
なお、上記したようなエレクトロスピニング装置やエレクトロスピニング装置を構成する構成要素は広く知られているものであるため、詳細な説明は省略する。
【0065】
次に、エレクトロスピニングにより得た不織布を4cm程度の大きさに切り出し、直径90mmのペトリ皿に置いた。グルタルアルデヒド(GA)2g、エタノール2g及び塩酸0.1gを50mL丸底フラスコに準備し、アセトンを加えて50mLの不溶化用溶液を作製した。当該不溶化溶液に不織布を浸し、常温で6時間静置した。その後不織布を、37℃の脱イオン水で洗浄した。洗浄はシェーカーインキュベーター中で行い、洗浄時間は2日とした。洗浄中は、12時間ごとに脱イオン水を新しいものと交換した。
その後、不織布を、直径8mmの円形形状となるように切断した。その後、不織布を37℃で48時間乾燥させた。
【0066】
(1-2)ハイドロキシアパタイト付着工程
次に、不織布を、シェーカーインキュベーター中にセットした0.05M塩化カルシウム(CaCl)水溶液25mLに入れ、37℃で12時間保温した。12時間後、塩化カルシウム水溶液を0.03Mリン酸水素二ナトリウム(NaHPO)水溶液25mLと交換し、2M水酸化ナトリウム(NaOH)水溶液でpHを11に調整した。この状態で、37℃で12時間保温した。
実施例については、ナノサイズのハイドロキシアパタイト(以下、nHAと記載する。)を付着させる量による影響を観察するために、上記サイクルの繰り返し数を1回~3回とした不織布を準備した。また、ハイドロキシアパタイト付着工程を行わなかった不織布も準備した。
その後、不織布を脱イオン水で15分洗浄し、37℃で乾燥させた。ゲル配置工程前に、不織布の中央に直径3mmの貫通孔を形成した。
【0067】
(2)ゲル配置工程
PVA(完全加水分解)15gを80%ジメチルスルホキシド(DMSO)水溶液75gに加え、80℃で4時間攪拌することで水性高分子ゲルのもととなる15wt%PVA溶液を作製した。
次に、15wt%PVA溶液に不織布を浸漬し、凍結融解法により水性高分子ゲルを配置した。凍結融解法は、15wt%PVA溶液及び不織布を、-20℃の環境に12時間置く工程と、室温の環境に12時間置く工程とを5回繰り返すことにより実施した。
その後、水性高分子ゲルを配置した不織布をシェーカーインキュベーター中にセットした水の中に入れ、12時間ごとに水を取り替えながら37℃で2日間洗浄し、ジメチルスルホキシドを除去した。
このようにして、実施例に係る人工角膜を製造した。
【0068】
3.実施例に係る人工角膜の物性等
以下、実施例に係る人工角膜の物性等を観察及び測定した結果を説明する。
なお、以下の説明では、nHAが付着していない不織布を用いて製造した人工角膜を人工角膜S0、nHAを付着させるサイクルを1回実施した不織布を用いて製造した人工角膜を人工角膜S1、nHAを付着させるサイクルを2回実施した不織布を用いて製造した人工角膜を人工角膜S2、nHAを付着させるサイクルを3回実施した不織布を用いて製造した人工角膜を人工角膜S3とする。図面においても、S0~S3の符号を用いる。
【0069】
図3は、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布及びnHAのATR-FTIRスペクトルを示すグラフである。図3のグラフの横軸は波長(単位:cm-1)を表し、縦軸は吸光度を表す。なお、各スペクトルは比較しやすいように縦に並べてあるため、縦軸の吸光度は各スペクトルの絶対的な吸光度を表すものではない。
図4は、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布、GR及びnHAのXRDパターンを示すグラフである。図4のグラフの横軸は2θを表し、縦軸は強度(任意単位)を表す。
図5は、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布及びnHAの高分解能XRDパターンを示すグラフである。図5のグラフの横軸は2θを表し、縦軸は強度(任意単位)を表す。
【0070】
図6は、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布のFE-SEM画像である。図6(a)は人工角膜S0の不織布のFE-SEM画像であり、図6(b)は人工角膜S1の不織布のFE-SEM画像であり、図6(c)は人工角膜S2の不織布のFE-SEM画像であり、図6(d)は人工角膜S3の不織布のFE-SEM画像である。
図7は、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布を構成する繊維の繊維径の分布を示すグラフである。図7(a)は人工角膜S0の不織布の繊維径の分布を示すグラフであり、図7(b)は人工角膜S1の不織布の繊維径の分布を示すグラフであり、図7(c)は人工角膜S2の不織布の繊維径の分布を示すグラフであり、図7(d)は人工角膜S3の不織布の繊維径の分布を示すグラフである。図7に示すグラフの縦軸は本数(単位:本)を表す。
図8は、実施例に係る人工角膜S0~S3及びnHAの高分解能FE-SEM画像である。図8(a)は人工角膜S0の不織布のFE-SEM画像であり、図8(b)は人工角膜S1の不織布のFE-SEM画像であり、図8(c)は人工角膜S2の不織布のFE-SEM画像であり、図8(d)は人工角膜S3の不織布のFE-SEM画像であり、図8(e)はnHAのFE-SEM画像であり、図8(f)は人工角膜S0の貫通孔の辺縁部付近を示すFE-SEM画像である。
【0071】
図9は、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルの含水率を示す棒グラフである。図9の棒グラフの縦軸は含水率(単位:%)を表す。
図10は、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルの水接触角に関する実験の様子を示す図である。図10(a)は水接触角の数値を示す棒グラフであり、図10(b)~図10(f)は各サンプルの測定時の写真である。
図11は、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルのひずみ-応力曲線を示すグラフである。図11のグラフの横軸はひずみ(単位:%)を表し、縦軸は応力(単位:MPa)を表す。なお、図11のグラフにおいては、人工角膜S0~S3の不織布に関する測定結果がほぼ同じ傾向となり分離して示すことが困難であるため、人工角膜S0~S3の不織布に関するグラフをまとめて「S0-S3」と表示している。
【0072】
まず、実施例に係る人工角膜S0~S3における不織布及びnHAについて、ATR-FTIRスペクトルを測定した(図3参照。)。
人工角膜S0~S3における不織布においては、OHやCHに関連する3382cm-1及び2931cm-1のバンド、COOHやC=C結合に関連する1726cm-1及び1427cm-1のピーク、C-O結合に関連する1242cm-1及び1116cm-1のピーク等、基本的なピーク等が確認できた。
【0073】
また、nHAについても、OHの対称伸縮に起因する3382cm-1のバンド、炭酸アパタイトに関連する1427cm-1のピーク、P-O結合の曲げ振動及び伸縮振動に起因する1020cm-1のバンド、P-O結合の対称伸縮に起因する1020cm-1のバンド、リン酸イオン(PO 3-)の対称伸縮に起因する962cm-1のピーク、リン酸イオン(PO 3-)の非対称伸縮に起因する873cm-1のバンド等、基本的なピーク等が確認できた。
【0074】
さらに、nHAを付着させるサイクルを多く行ったものほど、nHAの増加によりP-O結合の対称伸縮に起因する1020cm-1のピークが大きくなり、カルシウムイオンの影響によりOHに関連する3382cm-1のバンドが小さくなる等の傾向が見られた。
つまり、nHAの付着が成功していることや、nHAを付着させるサイクルの回数によりnHAの付着量を制御できることが確認できた。
【0075】
次に、人工角膜S0~S3における不織布、GR及びnHAについて、XRDパターンを測定した(図4参照。)。また、人工角膜S0~S3における不織布及びnHAについて、35°~55°の範囲内で高分解能XRDパターンを測定した(図5参照。)。
その結果、GR及びnHAに特徴的なピーク形状と人工角膜S0~S3のピーク形状との比較(特に、nHAに関連する特徴的なピークである47°、49.7°及び53.4°のピークの強度。図5参照。)から、nHAを付着させるサイクルの回数によりnHAの付着量を制御できることが確認できた。
【0076】
次に、人工角膜S0~S3における不織布のFE-SEM画像を取得し、観察を行った(図6及び図7参照。)。
全体的には、スムーズな形状のナノファイバーが製造できていることが確認できた。また、ナノファイバーの繊維径は153nm~543nmであり、これはnHAを付着させるサイクルの回数には依存していないことが確認できた。ナノファイバーのうち70%は繊維径が300nm~400nmの範囲内にあり、全体としての平均繊維径は359nmであった。FE-SEM画像からはGRの凝集は確認できなかった。また、特に人工角膜S3においては、他のサンプルと比較してnHA(針状の物質が凝集しているもの)が増加していることが確認できた。
【0077】
次に、人工角膜S0~S3及びnHAの高分解能FE-SEM画像を取得し、観察を行った(図8参照。)。その結果、人工角膜S1では針状の構造のnHAが凝集しはじめていることが観察でき(図8(b)参照。)、人工角膜S2及び人工角膜S3ではnHAがさらに増えていることが確認できた(図8(c)及び図8(d)参照。)。また、nHAの高分解能FE-SEM画像からは、針状のnHAが凝集して平均直径52nmの凝集体を形成していることが確認でき、これは人工角膜S1~S3でも同様であることが確認できた。
また、人工角膜の貫通孔の辺縁部付近にはギャップ等が見られず、人工角膜においては不織布と水性高分子ゲル(PVAハイドロゲル)とがしっかり固定できていることが確認できた(図8(f)参照。)。なお、図8(f)に示したのは人工角膜S0に関するFE-SEM画像であるが、他の人工角膜S1~S3においても同様の結果が確認できた。人工角膜の貫通孔の辺縁部付近においては、水性高分子ゲルが不織布内部に数μm~数十μm程度(実施例においては20μm程度)染み込むように入り込んでいるため、不織布‐辺縁部‐水性高分子ゲルが滑らかに連続するようになると考えられる。
【0078】
次に、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルの含水率を測定した(図9参照。)。含水率は、水を十分に吸収させた状態のサンプルの重量と、よく乾燥させた状態のサンプルの重量とを測定することにより算出した。PVAハイドロゲルの含水率は79.5%であり、これはヒトの生体角膜の含水率の数値(約78%)と近い数値となっていることが確認できた。また、人工角膜S0~S3不織布の含水率は83.8%~88.3%の範囲にあることが確認できた。不織布においては、nHAの量が増えると水分を吸収できる容積がわずかに減り、吸水率が減少する傾向があることが確認できた。
【0079】
次に、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルの水接触角を測定した(図10参照。)。その結果、人工角膜S0~S3の不織布の方がPVAハイドロゲルよりも水接触角が大きいという結果が得られた。
【0080】
次に、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルのひずみ-応力曲線を測定して物性を調べた(図11参照。)。
その結果、予期した通り、人工角膜S0~S3の不織布は、PVAハイドロゲルと比較して、弾性が低く、引っ張り強さが大きいことが確認できた。具体的には、PVAハイドロゲルの引っ張り強さは2.29MPaであったのに対して、人工角膜S0の引っ張り強さは6.32MPaであり、人工角膜S1の引っ張り強さは7.48MPaであり、人工角膜S2の引っ張り強さは7.27MPaであり、人工角膜S3の引っ張り強さは8.69MPaであった。なお、上記結果を見ると、nHAの量が増えると不織布の引っ張り強さも大きくなる傾向があるように思われる。
【0081】
4.角膜細胞に対する細胞毒性試験
図12及び図13は、実施例における細胞毒性試験の結果を示す顕微鏡写真である。図12(a)はネガティブコントロールについての結果を示す写真であり、図12(b)はポジティブコントロールについての結果を示す写真であり、図12(c)はPVAハイドロゲルについての結果を示す写真である。また、図13(a)は人工角膜S0の不織布についての結果を示す写真であり、図13(b)は人工角膜S1の不織布についての結果を示す写真であり、図13(c)は人工角膜S2の不織布についての結果を示す写真であり、図13(d)は人工角膜S3の不織布についての結果を示す写真である。
【0082】
次に、実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルのヒト角膜上皮(HCE)細胞に対する細胞毒性に関する試験を行った。
ヒト角膜上皮細胞を培養するための培地としては、10%仔ウシ血清(NBCS)、1.05mM塩化カルシウム(CaCl)、0.5%ジメチルスルホキシド(DMSO)、2mg/mL上皮成長因子(EGF。ヒト組換え体。)及び1%インスリン-トランスフェリン-セレニウム混合試薬(ITS)を含有するダルベッコ改変イーグル培地/ハムF-12混合培地((DMEM)/Ham’s F-12 medium)を用いた。
HCE細胞の培養には24ウェル細胞培養プレートを用い、80%コンフルエントとなるまで行った。
【0083】
その後、細胞層上にサンプルを直接配置し、新鮮培地で24時間培養を行った。培養後、トリパンブルーで死んだ細胞を染色し、顕微鏡で観察を行った。細胞毒性は、ISO10993ガイドラインに沿って行った。
なお、ネガティブコントロールのサンプルとしては、Silastic medical grade tubing(シリコーンエラストマー製のチューブ、Dow Corning社製。)を用いた。また、ポジティブコントロールのサンプルとしては、無菌手術用ラテックス手袋(オーストラリアのAnsell Medical社製)を用いた。
【0084】
その結果、ポジティブコントロールでは細胞が全滅したのに対して、ネガティブコントロールではわずかな細胞死しか発生しなかった。当該細胞死も、サンプルを配置したときの物理的損傷に起因するものであると考えられる。実施例に係る人工角膜S0~S3の不織布及びPVAハイドロゲルについては、細胞死の割合はネガティブコントロールと近い結果となったことから、これらについて、ヒト角膜上皮細胞に対する細胞毒性はないことが確認できた。
【0085】
5.結論
以上の試験例により、本発明の人工角膜の製造方法により本発明の人工角膜が製造可能であることが確認できた。
【0086】
以上、本発明を上記の実施形態及び実施例に基づいて説明したが、本発明は上記の実施形態及び実施例に限定されるものではない。その趣旨を逸脱しない範囲において種々の様態において実施することが可能である。
例えば、上記実施形態及び各実験例において記載した構成等は例示又は具体例であり、本発明の効果を損なわない範囲において変更することが可能である。
【符号の説明】
【0087】
1…人工角膜、10…不織布、12…貫通孔、20…水性高分子ゲル
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13