(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-07
(45)【発行日】2022-02-04
(54)【発明の名称】網膜錐体細胞の疾患を治療するための遺伝子治療
(51)【国際特許分類】
C12N 15/12 20060101AFI20220128BHJP
C12N 15/79 20060101ALI20220128BHJP
C12N 15/864 20060101ALI20220128BHJP
A61P 9/10 20060101ALI20220128BHJP
A61P 27/02 20060101ALI20220128BHJP
A61K 48/00 20060101ALI20220128BHJP
C07K 14/47 20060101ALN20220128BHJP
【FI】
C12N15/12 ZNA
C12N15/79 Z
C12N15/864 100Z
A61P9/10
A61P27/02
A61K48/00
C07K14/47
(21)【出願番号】P 2018562720
(86)(22)【出願日】2017-02-23
(86)【国際出願番号】 EP2017054229
(87)【国際公開番号】W WO2017144610
(87)【国際公開日】2017-08-31
【審査請求日】2020-02-10
(31)【優先権主張番号】PCT/EP2016/053753
(32)【優先日】2016-02-23
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】518299541
【氏名又は名称】アイサーブ ゲーエムベーハー
【氏名又は名称原語表記】EYESERV GMBH
【住所又は居所原語表記】Jasminweg 23,72076 Tuebingen Germany
(74)【代理人】
【識別番号】100077012
【氏名又は名称】岩谷 龍
(72)【発明者】
【氏名】ミヒャラキス,スティリアノス
(72)【発明者】
【氏名】ビール,マルティン
(72)【発明者】
【氏名】ゼーリガー,マティアス
【審査官】北村 悠美子
(56)【参考文献】
【文献】Molecular Therapy,2015年,Vol.23, No.9, p.1423-1433
【文献】Human Molecular Genetics,2011年,Vol.20, No.16, p.3161-3175
【文献】Molecular Genetics and Genomics,2013年,Vol.288, No.10, p.459-467
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(a)ヒト網膜アレスチン3遺伝子(hArr3)プロモーターをコードする核酸、
(b)ヒト錐体環状ヌクレオチド依存性チャネルα3サブユニット(hCNGA3)またはそのフラグメントをコードする核酸、および
(c)調節エレメントをコードする核酸
を含む導入遺伝子発現カセットを含むポリヌクレオチド。
【請求項2】
前記調節エレメントが、(c1)ヤマネズミ口内炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE)をコードする核酸を含む、請求項1に記載のポリヌクレオチド。
【請求項3】
前記WPREが、非発現型のヤマネズミ肝炎ウイルスXタンパク質(WHX)のオープンリーディングフレーム(WHX OR
F)を含む変異WPRE(WPREm)である、請求項2に記載のポリヌクレオチド。
【請求項4】
前記調節エレメントが、(c2)ポリアデニル化シグナル(pA)をコードする核酸を含む、請求項1~3のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項5】
前記pAが、ウシ成長ホルモンpA(BGH pA)である、請求項4に記載のポリヌクレオチド。
【請求項6】
前記導入遺伝子発現カセットを挟む逆方向末端反復配列(ITR)をコードする核
酸をさらに含む、
請求項1~5のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項7】
前記ITRが、AAV血清型2型由来のITR(ITR AAV2)である、請求項6に記載のポリヌクレオチド。
【請求項8】
(a)-(b)-(c
)の順で配置された構成を含む、
請求項1~7のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項9】
hArr3プロモーターをコードする前記核酸が、配列番号1のヌクレオチド配列を含む、
請求項1~8のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項10】
hCNGA3をコードする前記核酸が、配列番号2のヌクレオチド配列または配列番号3のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含む、
請求項1~9のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項11】
WPREmをコードする前記核酸が、配列番号4のヌクレオチド配列を含む、請求項3~10のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項12】
BGH pAをコードする前記核酸が、配列番号5のヌクレオチド配列を含む、請求項5~11のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項13】
L-ITRをコードする前記核酸が配列番号6のヌクレオチド配列を含むこと、および/またはR-ITRをコードする前記核酸が配列番号7のヌクレオチド配列を含むことを特徴とする、請求項6~12のいずれか1項に記載のポリヌクレオチド。
【請求項14】
請求項1~13のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドを含む核酸ベクター。
【請求項15】
全長5,000bp以
上の骨格をさらに含む環状プラスミドである、請求項14に記載の核酸ベクター。
【請求項16】
前記骨格に含まれるオープンリーディングフレーム(ORF)が、5個以
下である、請求項15に記載の核酸ベクター。
【請求項17】
前記骨格が、選択マーカ
ーを含む、請求項15または16に記載の核酸ベクター。
【請求項18】
前記選択マーカーの5’末端および3’末端が、前記ポリヌクレオチドから距離をおいて離れた位置
にある、請求項17に記載の核酸ベクター。
【請求項19】
前記骨格に含まれる制限酵素認識部位(RERS)が、10個以
下である、請求項15~18のいずれか1項に記載の核酸ベクター。
【請求項20】
前記骨格に含まれるプロモーターが、5個以
下である、請求項15~19のいずれか1項に記載の核酸ベクター。
【請求項21】
前記骨格が、複製開始点(ORI
)をさらに含む、請求項15~20のいずれか1項に記載の核酸ベクター。
【請求項22】
前記骨格が、配列番号8のヌクレオチド配列を含む、請求項15~21のいずれか1項に記載の核酸ベクター。
【請求項23】
アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターである、請求項15~22のいずれか1項に記載の核酸ベクター。
【請求項24】
前記AAVベクターのAAVカプシド配列の血清型が、AAV2、AAV5、AAV8およびこれらの組み合わせからなる群から選択される、請求項23に記載の核酸ベクター。
【請求項25】
請求項15~24のいずれか1項に記載の核酸ベクターと薬学的に許容される担体とを含む医薬製剤。
【請求項26】
前記薬学的に許容される担体が、塩類溶
液を含み、任意選択で界面活性
剤をさらに含む、請求項25に記載の医薬製剤。
【請求項27】
網膜錐体細胞に影響を及ぼす遺伝子変異、遺伝子置換または遺伝子欠失を伴う疾患の治療に使用するための、請求項25または26に記載の医薬製剤。
【請求項28】
前記疾患が、1色覚(ACHM
)である、請求項27に記載の医薬製剤。
【請求項29】
(a)請求項1~13のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドおよび/または請求項14~24のいずれか1項に記載の核酸ベクターおよび/または請求項25~28のいずれか1項に記載の医薬製剤と、
(b)これらを使用するための取扱説明書と
を含むキット。
【請求項30】
請求項1~13のいずれか1項に記載のポリヌクレオチドをアデノ随伴ウイルスベクターに挿入することを含む、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクターを作製する方法。
【請求項31】
前記組換えアデノ随伴ウイルスベクターが、請求項14~24に記載の核酸ベクターである、請求項30に記載の方法。
【請求項32】
網膜錐体細胞に影響を及ぼす遺伝子変異、遺伝子置換または遺伝子欠失を伴う疾患を治療する方法であって、このような治療を必要とする対象
(但し、ヒトを除く)に請求項14~24のいずれか1項に記載の核酸ベクターおよび/または請求項25~28のいずれか1項に記載の医薬製剤を投与し、それによって前記対象を治療することを含む方法。
【請求項33】
前記疾患が、1色覚(ACHM
)である、請求項32に記載の方法。
【請求項34】
前記ベクターが、網膜下および/または硝子体内に投与される、請求項32
または請求項33に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1色覚などの網膜錐体細胞の疾患を治療するために構成されたポリヌクレオチド、該ポリヌクレオチドを含む核酸ベクター、該核酸ベクターを含む医薬組成物、前記ポリヌクレオチドまたは前記核酸ベクターを含むキット、前記核酸ベクターを作製する方法、および網膜錐体細胞の疾患を治療する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
遺伝性網膜ジストロフィーは、視覚機能障害を引き起こす慢性疾患である。1色覚(ACHM)は、その具体的な形態の1つである。ACHMの特徴としては、視力低下、振子様眼振、光過敏(羞明)、狭い範囲の中心暗点、偏心固視、および色識別能力の低下または完全喪失が挙げられる。いわゆる1色覚者とも称されるACHM患者は、3種類の錐体のそれぞれに対応する3つの色覚軸、すなわち第1軸または長波長感受性錐体軸(赤色)、第2軸または中波長感受性錐体軸(緑色)、および第3軸または短波長感受性錐体軸(青色)のすべてにおいて色識別能力に異常が見られる。1色覚者の多くは、3種類の錐体すべての機能が完全に欠如した完全なACHMを有する。まれに、不完全なACHMを有する患者もおり、不完全なACHMでは、1種類以上の錐体が部分的に機能している場合がある。その症状は、完全なACHMを有する患者の症状と同様であるが、概して軽度である。
【0003】
ACHMは、世界中で40,000人の出生に1人の割合で発症すると推定されている。この疾患は、常染色体劣性遺伝形式で遺伝する。受精時に、発端者の同胞が発症する確率は25%、無症候性保因者となる確率は50%、発症せず保因者にもならない確率は25%である。家系内で病因変異が同定されている場合は、リスクのある血縁者を対象とした保因者検査や、高リスク妊娠を対象とした出生前検査が可能である。
【0004】
遺伝性ACHMの遺伝子要因は多様である。現在、ACHMとの関連が示唆されている遺伝子としては、錐体環状ヌクレオチド依存性チャネルのα3サブユニット(CNGA3)およびβ3サブユニット(CNGB3)、グアニンヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)αシグナル伝達活性ポリペプチド2(GNAT2)、ホスホジエステラーゼ6C(錐体cGMP特異的ホスホジエステラーゼα’サブユニット、PDE6C)、ホスホジエステラーゼ6H(錐体cGMP特異的スホジエステラーゼγサブユニット、PDE6H)、ならびにAFT6が挙げられる。
【0005】
欧米で最も多いACHMの原因は、CNGA3およびCNGB3の2種類の遺伝子で起こる変異である。CNGB3(ACHM1型(ACHM1))の変異は、症例の約50%で見られ、CNGA3(ACHM2)の変異は、患者の約28%で見られる。CNGA3の変異は、中国、中東およびアラビア諸国において最も多いACHMの原因であり、ACHM症例の最大60%を占める。ACHMと関連がある他の遺伝子、例えばグアニンヌクレオチド結合タンパク質(Gタンパク質)αシグナル伝達活性ポリペプチド2(GNAT2)、ホスホジエステラーゼ6C(錐体cGMP特異的ホスホジエステラーゼα’サブユニット、PDE6C)、ホスホジエステラーゼ6H(錐体cGMP特異的スホジエステラーゼγサブユニット、PDE6H)、AFT6などの頻度は、極めて低く、それぞれ1.5%未満である。
【0006】
一般に、ACHMの分子病態メカニズムは、変化したcGMPレベルを適切に制御する能力の欠如か、そのレベルに反応する能力の欠如のいずれかである。cGMPは、そのレベルにより環状ヌクレオチド依存性イオンチャネル(CNG)の開口を制御しているため、視覚認知に特に重要である。cGMP濃度が低下するとCNGが閉口して過分極が起こり、グルタミン酸塩の放出が停止する。網膜に存在する天然のCNGは、錐体細胞において、3つのαサブユニットと1つのβサブユニットとで構成されており、それぞれのサブユニットはCNGA3およびCNGB3と称される。
【0007】
ACHMのような遺伝性網膜ジストロフィーには、その遺伝的性質ゆえに、現在適用可能な慣用の治療法はない。疾患負荷が非常に大きいことから、臨床専門家は、治療法の確立が求められている疾患の中でもACHMを最優先すべき課題としている。
【0008】
現在、CNGA3に関連する1色覚(ACHM2)に適用可能な治療法はない。
【0009】
Komaromyら,Gene therapy rescues cone function in congenital achromatopsia,Human Molecular Genetics,19(13):2581-2593(2010)にはイヌを用いた試験が記載されており、この試験結果から、CNGB3遺伝子の変異により発症するACHMの治療において、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)を用いた遺伝子治療を適用することにいくばくかの見込みがあることが示唆されている。このイヌ試験で使用したrAAVベクターには、2.1kbの錐体の赤オプシンプロモーター(PR2.1)およびヒトCNGB3(hCNGB3)cDNAを含むヒトCNGB3(hCNGB3)発現カセットがパッケージングされている。この試験の限界の1つとして、PR2.1プロモーターで駆動されるhCNGB3が赤錐体および緑錐体のみで発現したのに対し、内在性のhCNGB3は3種類の錐体(赤錐体、緑錐体および青錐体)すべてで発現することが挙げられる。もう1つの限界は、使用した発現カセットの全長(5,230bp)が、AAV粒子の通常のパッケージング容量(<4.9kb)をはるかに超えていたことである。容量を超えて過度に詰め込まれたことによってrAAV粒子のパッケージング効率が著しく損なわれ、収率が低下し、完全粒子に対する空粒子の比率が高まり、ベクターの感染力も低下したと考えられる。
【0010】
国際公開第2012/094560号には、CNGB3遺伝子の5’-NTR部分を含む特定の短いプロモーターとサイトメガロウイルス(CMV)エンハンサーの制御下にあるhCNGA3コード配列を含むrAAVをベースとしたベクターが記載されている。著者らによれば、この短いプロモーターを用いることにより、hCNGB3発現カセットがrAAVの通常のパッケージング容量に収まるため、収率の向上、完全粒子に対する空粒子の比率の低下、およびベクターの感染力の増強などの複数の利点が得られるとされている。しかし、本発明者らは、このような特徴を確認することはできなかった。
【0011】
Pangら,AAV-mediated gene therapy restores cone function in the Cnga3/Nrl double knockout mouse,Invest.Ophthalmol.Vis.Sci.54,Meeting Abstract,2723(2013)には、hCNGA3遺伝子のコード配列を含むrAAV5ベクターが記載されている。著者らは、このベクターをCnga3/Nrl二重ノックアウト(Cnga3/Nrl DKO)マウスの眼内に注射したところ、処置したマウスの錐体変性が抑止されたと述べている。しかし、本発明者らによれば、この方法における遺伝子置換率は不十分であり、ACHMのような遺伝性網膜ジストロフィーを患うヒトの治療として、この方法はさほど有望でない可能性が示唆される。
【0012】
Yeら,Cone-specific promoters for gene therapy of achromatopsia and other retinal diseases,Hum.Gene Ther.27,72-82(2016)には、1.7kb L-オプシンプロモーター(PR1.7)により駆動されるヒトCNGB3遺伝子発現AAVベクターが開示されている。このベクターをCNGB3欠損マウスの網膜下に注射することにより、錐体機能が部分的に回復することが記載されている。著者らは、このベクターの臨床適用の可能性を示唆しているが、そのような適用が実際に可能であることはこれまで立証されていない。
【0013】
Dykaら,Cone specific promotor for use in gene therapy of retinal degenerative diseases,in:Ashら(Ed.) et al.,Retinal Diseases-Mechanisms and Experimental Therapy,Chapter 87,695-701(2014)には、複数の錐体特異的プロモーターが記載されている。しかし、ACHMのような遺伝性網膜ジストロフィーに適した治療方法は提示されていない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
このような背景から、本発明の目的は、これらの限界を打破し、ACHM、特にACHM2などの網膜錐体細胞の疾患の治療の有益なツールとなるポリペプチドおよび核酸ベクターを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
この目的は、
(a)ヒト網膜アレスチン3遺伝子(hArr3)プロモーターをコードする核酸、
(b)ヒト錐体環状ヌクレオチド依存性チャネルα3サブユニット(hCNGA3)またはそのフラグメントをコードする核酸、および
(c)調節エレメントをコードする核酸
を含む導入遺伝子発現カセットを含むポリヌクレオチドにより達成される。
【0016】
上記により、本発明の基礎をなす課題は完全に達成される。
【0017】
本発明者らは、本発明のポリヌクレオチドが、ヒト患者に適用可能な、ACHMなどの網膜錐体細胞の疾患の治療を可能にする遺伝子ツールの重要な構成要素を具体化したものであることを見出した。
【0018】
本発明者らは、本発明のポリヌクレオチドをベクタープラスミドの構成要素としてCNGA3欠損マウスに網膜下注射することにより、hCNGA3導入遺伝子が錐体光受容体細胞で特異的かつ効率的に発現されることを実験により確認した。また、本発明者らは、生まれつき錐体機能を有していないこのマウスに、錐体を介する視力が付与されることも確認した。
【0019】
この結果は驚くべきものであった。当技術分野において、本発明で提案されるような構造を有するポリヌクレオチドにより、網膜でhCNGA3導入遺伝子の標的発現が可能になることは予想外であった。実際、その逆が予想されていた。当技術分野において、本発明により提供される解決策を明確に否定する教示がなされている。
【0020】
Dykaら(上記引用文献)には、ACHMの病態と関連があるこのような遺伝子を網膜で発現させる目的で、マウスおよびヒトの錐体アレスチンプロモーターを用いる場合、標的組織への特異性は低いことが記載されている。
【0021】
WO2012/094560(上記引用文献)では、錐体アレスチンプロモーターの制御下にある網膜CNGをコードする発現カセットは、視覚機能の回復にほとんど効果がないことが主張されている。
【0022】
同様のことが、Komaromyら(上記引用文献)によっても教示されている。
【0023】
したがって、本発明のポリヌクレオチドがこのような高い特異性と高い選択性を有すること、および視覚機能の回復において有意な生物学的有効性を有することは、当業者にとって自明な事項ではなかった。
【0024】
本発明者らは、霊長動物を用いた実験において、網膜に注射した本発明のポリヌクレオチドが、その場にとどまり、非標的臓器への形質導入をほとんど行わないことを確認している。また、本発明のポリヌクレオチドを網膜に注射した後、この投与したポリヌクレオチドに対する抗薬剤抗体が誘導されないことも確認されている。さらに、本発明のポリヌクレオチドを、適切なrAAVベクターを介して、CNGA3に関連するACHMを有するヒト患者の網膜錐体光受容細胞に首尾よく送達できることも実験により確認されている。これらのことから、本発明のポリヌクレオチドは、ACHMなどの網膜錐体細胞の疾患の治療用医薬組成物の活性物質として好適であるという結論が導かれる。
【0025】
本発明において、「ポリヌクレオチド」は、13以上のヌクレオチドモノマーが共有結合で結合して鎖状に連なった構造を有する生体高分子である。好ましいポリヌクレオチドの一例は、DNA分子である。本発明のポリヌクレオチドは、一本鎖であってもよく、二本鎖であってもよいが、好ましい一実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは一本鎖である。
【0026】
「プロモーター」とは、特定の遺伝子の転写を促進するDNA領域を意味する。転写プロセスの一環として、RNAポリメラーゼとして知られているRNAを合成する酵素は、遺伝子近傍のDNAに結合する。プロモーターには、特定のDNA配列と、RNAポリメラーゼおよびRNAポリメラーゼを動員する転写因子が転写開始時に結合する部位を提供する応答エレメントとが含まれている。
【0027】
ヒト網膜アレスチン3遺伝子(hArr3)プロモーターとは、ヒト網膜アレスチン3(Xアレスチン)の転写を促進するDNA領域を意味する。hArr3プロモーターのヌクレオチド配列全体は、Liら,Retinoic acid upregulates cone arrestin expression in retinoblastoma cells through a Cis element in the distal promoter region,Invest.Ophthalmol.Vis.Sci.43(5):1375-1383(2002)に開示されている。
【0028】
一実施形態において、このプロモーターのヌクレオチド配列全体が用いられる。本発明の別の一実施形態において、hCNGA3の標的発現に必要とされる、前記プロモーターの機能的部分のみが用いられる。本発明のさらなる別の一実施形態において、前述のヌクレオチド配列と、別のプロモーターのヌクレオチド配列、イントロン配列または調節エレメント配列とを融合したものが用いられる。
【0029】
「導入遺伝子発現カセット」または「発現カセット」は、核酸ベクターによって標的細胞に送達される複数の遺伝子配列を含む。これらの配列には、目的の遺伝子(例えば、hCNGA3核酸)、1以上のプロモーターおよび調節エレメントが含まれる。
【0030】
「調節エレメント」は、標的細胞において遺伝子(例えば、hCNGA3核酸)を効果的に発現させるために必要な調節エレメントであり、よって、導入遺伝子発現カセットに含まれている必要がある。このような配列として、例えば、エンハンサー配列、プラスミドベクターへのDNAフラグメントの挿入を促進するポリリンカー配列、イントロンを除去するスプライシングに関わる配列、またはmRNA転写物のポリアデニル化に関わる配列が挙げられる。
【0031】
「核酸」または「核酸分子」は、ヌクレオチドモノマーが連なった鎖状構造を有する分子であり、例えば、DNA分子(例えば、cDNAまたはゲノムDNA)などが挙げられる。核酸は、例えば、プロモーターをコードしていてもよく、hCNGA3遺伝子またはそのフラグメントをコードしていてもよく、調節エレメントをコードしていてもよい。核酸分子は、一本鎖であってもよく、二本鎖であってもよい。
【0032】
「hCNGA3をコードする核酸」とは、ヒトCNGA3をコードするヌクレオチド配列を含む核酸を意味し、本発明の一実施形態においては、ヒトCNGA3のフラグメントまたはヒトCNGA3の機能的変異体をコードするヌクレオチド配列を含む核酸を意味する。hCNGA3の「フラグメント」とは、hCNGA3活性を保持するhCNGA3の断片または一部を意味する。hCNGA3の「機能的変異体」には、野生型hCNGA3の機能を著しく低下させたり変化させたりすることのない軽微な変更、例えば、サイレント変異、一塩基変異多型、ミスセンス突然変異およびその他の変異または欠失などを有するhCNGA3変異体が包含される。
【0033】
本発明の「hCNGA3をコードする核酸」で少なくとも部分的にコードされているhCNGA3のアミノ酸配列は、配列番号3に記載されている。
【0034】
本発明のポリヌクレオチドには、「単離された」ポリヌクレオチドまたは核酸分子、すなわち、当該核酸の天然源に存在する他の核酸分子から分離されたポリヌクレオチドまたは核酸分子が包含される。例えば、ゲノムDNAに関して言えば、「単離された」という用語は、当該ゲノムDNAが本来関連している染色体から分離された核酸分子を包含する。「単離された」核酸分子は、好ましくは、該核酸分子の由来生物のゲノムDNA内で該核酸分子の両側に本来存在している配列が存在していない状態の核酸分子である。
【0035】
本発明の好ましい一実施形態において、前記調節エレメントは、c1)ヤマネズミ口内炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE)をコードする核酸を含む。
【0036】
本発明のポリヌクレオチドのこのさらなる発展形態は、光受容細胞のhCNGA3の発現が著しく増大するという利点を有する。WPREが含まれることにより長期発現が可能になることから、本発明のポリヌクレオチドは、遺伝子治療における使用に好適である。前記WPREは、ヤマネズミ肝炎ウイルスXオープンリーディングフレーム(WHX ORF)遺伝子プロモーターと、その3’領域にWHXの始めの61個のAAをコードするオープンリーディングフレームとを含む(Zanta-Boussifら,Validation of a mutated PRE sequence allowing high and sustained transgene expression while abrogating WHV-X protein synthesis:application to the gene therapy of WAS,Gene Ther.,16(5),605-619(2009)を参照)。
【0037】
本発明の別の一実施形態において、本発明のポリヌクレオチドにおける前記WPREは、非発現型のWHXタンパク質のWHX ORを含む変異WPRE(WPREm)である。
【0038】
この場合、発現カセットからのWHXタンパク質の意図しない発現が抑制されるという利点がある。
【0039】
本発明の別の一実施形態において、前記調節エレメントは、(c2)ポリアデニル化シグナル(pA)をコードする核酸を含む。
【0040】
この場合、本発明のポリヌクレオチドには、hCNGA3をコードするmRNAの核外移行、翻訳および安定性にとって重要な調節エレメントが備わっているため、発現効率が向上するという利点がある。
【0041】
本発明のさらなる一実施形態において、前記ポリアデニル化シグナルは、ウシ成長ホルモンポリアデニル化シグナル(BGH pA)である。
【0042】
本発明者らは、この特定のポリアデニル化シグナルと本発明のポリヌクレオチドの他の遺伝要素とを共に使用することにより、特に良好な結果が得られることを見出した。
【0043】
別の一実施形態において、本発明のポリヌクレオチドは、前記導入遺伝子発現カセットを挟む逆方向末端反復配列(ITR)をコードする核酸をさらに含み、好ましくは、前記発現カセットの第1の末端に前記hArr3プロモーターに隣接する少なくとも1つのITR(L-ITR)と、前記発現カセットの第1の末端の反対側に位置する第2の末端に前記pAに隣接する少なくとも1つのITR(R-ITR)とを含む。
【0044】
この場合、製造時の効率的な複製およびパッケージングが可能になるという利点がある。「挟む」とは、ITRが導入遺伝子発現カセットの両側、すなわち、5’末端と3’末端に位置することを意味する。これにより、ITRは導入遺伝子発現カセットの外枠を構成する。
【0045】
本発明の一実施形態において、前記ITRは、アデノ随伴ウイルス(AAV)血清型2型由来のITR(ITR AAV2)である。
【0046】
本発明において見出された通り、この特定のITRは、本発明のポリヌクレオチドに特に好適である。
【0047】
本発明の別の一実施形態において、前記ポリヌクレオチドは、(a)-(b)-(c)、好ましくは(a)-(b)-(c1)-(c2)、さらに好ましくは(L-ITR)-(a)-(b)-(c1)-(c2)-(R-ITR)の順で配置された構成を含む。
【0048】
上記順序で遺伝要素が配置されていることは、本発明のポリヌクレオチドの発現効率に有益であることが確認されている。
【0049】
本発明の別の一実施形態は、前記hArr3プロモーターが配列番号1のヌクレオチド配列を含むこと;hCNGA3をコードする前記核酸が配列番号2のヌクレオチド配列を含むこと;hCNGA3をコードする前記核酸が配列番号3のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列を含むこと;WPREmをコードする前記核酸が配列番号4のヌクレオチド配列を含むこと;BGH pAをコードする前記核酸が配列番号5のヌクレオチド配列を含むこと;L-ITRをコードする前記核酸が配列番号6のヌクレオチド配列を含むこと;および/またはR-ITRをコードする前記核酸が配列番号7のヌクレオチド配列を含むこと、を特徴とする。
【0050】
この場合、本発明のポリヌクレオチドの各遺伝要素の特定のヌクレオチド配列により、綿密な構築マニュアルが提供されるという利点がある。このようなマニュアルが提供されることにより、本発明のポリヌクレオチドを、例えば、核酸合成装置を用いて、簡便かつ短時間で合成することが可能になる。
【0051】
本発明の別の主題は、上記した本発明のポリヌクレオチドを含む核酸ベクターである。したがって、本発明のポリヌクレオチドの特徴、利点および特性は、本発明の核酸ベクターにも適用される。
【0052】
好ましい実施形態において、本発明の核酸ベクターは、ウイルスベクターであり、例えば、アデノ随伴ウイルス、アデノウイルス、レトロウイルス、レンチウイルス、ワクシニア/ポックスウイルスまたはヘルペスウイルス(例えば、単純ヘルペスウイルス(HSV))に由来するベクターである。最も好ましい実施形態において、前記ベクターは、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターである(以下を参照)。
【0053】
本発明の一実施形態において、前記核酸ベクターは、全長5,000bp以上、好ましくは全長5,500bp以上の骨格をさらに含む環状プラスミドである。
【0054】
本発明において、「骨格」という用語は、ベクター分子における、発現カセット以外の部分、逆方向末端反復配列(ITR)が存在する場合は、発現カセットとITR以外の部分を表す。換言すると、前記ベクターの骨格は、発現カセットまたはITRの5’末端および3’末端に隣接し、前記ベクターの本発明のポリヌクレオチドを除いた残りの核酸部分を構成している。
【0055】
本発明者らは、骨格を上記のような好ましいサイズにすることによって、前記発現カセットがパッケージングされず骨格が誤ってウイルス粒子にパッケージングされる(逆パッケージング)という現象が最小限に抑えられることを見出した。したがって、このような骨格を有することにより、本質的にhCNGA3のみを標的細胞で確実に発現させることが可能になる。
【0056】
本発明の別の一実施形態において、前記骨格に含まれるオープンリーディングフレーム(ORF)は、5個以下、好ましくは4個以下、さらに好ましくは3個以下、さらに好ましくは2個以下、さらに好ましくは1個以下、非常に好ましくは0個である。
【0057】
本発明者らは、前記骨格において、選択マーカーまたは複製開始点(ORI)が存在する場合はこれらを除外した前記骨格において、存在するORF数を少なくし、可能であればゼロとすべきであることを見出した。この場合、万一逆パッケージングが起こった場合でも、副産物発現の可能性が最小限に抑えられるという利点がある。また、rAAVベクターの製造時における副産物発現の可能性も最小限に抑えられる。
【0058】
本発明の核酸ベクターのさらなる別の一実施形態において、前記骨格は、選択マーカー、好ましくは抗生物質耐性をコードする核酸、さらに好ましくはカナマイシン耐性をコードする核酸(KanR)を含む。
【0059】
これにより、本発明の核酸ベクターが組み込まれた細胞をin vitroで選択するための構造的な前提条件が提供される。このような細胞を、本発明のベクターを増幅するために使用してもよい。
【0060】
本発明の別の一実施形態において、前記核酸ベクターの骨格に含まれる前記選択マーカーは、その5’末端および3’末端が、本発明のポリヌクレオチドから距離をおいて離れた位置にあるように、好ましくは本発明のポリヌクレオチドまたは発現カセットから距離をおいてできるだけ離れた位置にあるように、さらに好ましくは本発明のポリヌクレオチドまたは発現カセットから1,000bp以上、さらに好ましくは1,500bp以上、非常に好ましくは1,900bp以上の距離をおいた位置にあるように配置されている。
【0061】
本発明者らが見出した通り、この場合、耐性をコードする核酸(KanR)が、前記発現カセットのITRおよび調節エレメント(例えば、プロモーター)からできるだけ距離をおいた位置に配置されているという利点がある。
【0062】
本発明の核酸ベクターのさらなる一発展形態において、前記骨格に含まれる制限酵素認識部位(RERS)は、10個以下、好ましくは5個以下、さらに好ましくは3個以下、さらに好ましくは2個以下、さらに好ましくは1個以下、非常に好ましくは0個である。
【0063】
この場合、DNA増幅に用いる微生物内において、本発明の核酸ベクターの安定性が大幅に向上するという利点がある。
【0064】
本発明の核酸ベクターのさらなる一発展形態において、前記骨格に含まれるプロモーターは、5個以下、好ましくは4個以下、さらに好ましくは3個以下、さらに好ましくは2個以下、さらに好ましくは1個以下、非常に好ましくは0個である。
【0065】
この場合、万一逆パッケージングが起こった場合でも、悪影響を及ぼし得るまたは導入遺伝子に干渉し得る副産物の発現の可能性が最小限に抑えられる。この実施形態においては、「プロモーター」は、選択マーカー(例えば、KanR)の発現に必要なプロモーターを除いたものとして理解される。「プロモーター」としては、適切な原核生物プロモーターとして通常示されるものが挙げられる。
【0066】
本発明の核酸ベクターのさらなる一実施形態において、前記骨格は、複製開始点(ORI)、好ましくはpUC18 ORIをさらに含む。
【0067】
この場合、本発明のベクターの複製が可能になる構造的な前提条件が提供される。
【0068】
前記骨格は、唯一のコード配列または情報伝達配列として選択マーカーおよびORIを含むが、残りのランダム配列には、ORF、プロモーター、RERSのいずれも含まないことが好ましい。
【0069】
前記ベクター骨格に含まれるヌクレオチド配列は、添付の配列表の配列番号8に記載されている。
【0070】
好ましい一実施形態において、本発明の核酸ベクターは、アデノ随伴ウイルス(AAV)ベクターである。
【0071】
アデノ随伴ウイルス(AAV)の血清型として、現在までに複数の血清型が同定されており、これには、ヒトの12の血清型(AAV1、AAV2、AAV3、AAV4、AAV5、AAV6、AAV7、AAV8、AAV9、AAV10、AAV11およびAAV12)ならびに非ヒト霊長動物の100を超える血清型が含まれる(Howarthら,Using viral vectors as gene transfer tools.Cell Biol.Toxicol.26:1-10(2010))。前記AAVベクターの逆方向末端反復配列(ITR)またはカプシド配列の血清型は、任意の公知のヒトまたは非ヒト動物のAAV血清型から選択されるものであってよい。いくつかの実施形態において、あるITR血清型のゲノムが別の血清型のカプシドにパッケージングされるというシュードタイピング法が用いられる。例えば、Zolutuhkinら,Production and purification of serotype 1,2,and 5 recombinant adeno-associated viral vectors,Methods 28(2):158-67(2002)を参照されたい。
【0072】
任意の種類のAAVを用いることが可能であるが、前記AAVベクターのAAVカプシド配列および/または逆方向末端反復配列(ITR)の血清型が、AAV2、AAV5、AAV8およびこれらの変異形または組み合わせからなる群から選択されることが好ましい。
【0073】
本発明者らは、AAV2サブタイプ、AAV5サブタイプおよびAAV8サブタイプが、本発明の核酸ベクターの作製に特に適していることを見出した。
【0074】
本発明の組換えAAVベクターの製造、精製および特性解析は、当技術分野で公知の様々な方法のうちいずれの方法を用いて行ってもよい。実験室規模の製造方法については、以下の文献を参照されたい:例えば、Clark,Recent advances in recombinant adeno-associated virus vector production.Kidney Int.61s:9-15(2002);Choiら,Production of recombinant adeno-associated viral vectors for in vitro and in vivo use.Current Protocols in Molecular Biology 16.25.1-16.25.24(2007);Grieger and Samulski,Adeno-associated virus as a gene therapy vector:Vector development,production,and clinical applications.Adv.Biochem.Engin/Biotechnol 99:119-145(2005);Heilbronn and Weger,Viral Vectors for Gene Transfer:Current Status of Gene Therapeutics,in M.Schafer-Korting(Ed.),Drug Delivery,Handbook of Experimental Pharmacology,197:143-170(2010);およびHowarthら(上記引用文献)。なお、後述の製造方法は、例示を目的とするものであり本発明を限定するものではない。
【0075】
本発明の別の主題は、先に詳述したような核酸ベクターと、薬学的に許容される担体とを含む医薬製剤に関する。したがって、本発明のポリヌクレオチドおよび核酸ベクターの特徴、利点および特性は、本発明の医薬製剤にも適用される。
【0076】
薬学的に許容される担体は、当技術分野で公知である。例として、Rowe(Ed.)(2012),Handbook of Pharmaceutical Excipients,6th Edition,Pharmaceutical Pressを参照する。本発明の医薬製剤は、添加剤をさらに含んでいてもよい。添加剤としては、本発明の核酸ベクターの効果に有利な任意の化合物または組成物が挙げられ、例えば、塩類、結合剤、溶媒、分散剤、補助剤および遺伝子治療法に関連して一般に用いられるその他の物質などが挙げられる。
【0077】
本発明の医薬製剤の一実施形態において、前記薬学的に許容される担体は、塩類溶液、好ましくは滅菌平衡塩類溶液を含み、任意選択で界面活性剤、好ましくは粉末ポロキサマー(Kolliphor(登録商標) P 188 micro)をさらに含んでいてもよい。
【0078】
本発明者らは、このような特定の製剤を用いることによって、薬物による悪影響および表面のrAAV粒子の損失が最小限に抑えられることを見出した。
【0079】
好ましい一実施形態において、本発明の医薬製剤は、網膜錐体細胞に影響を及ぼす遺伝子変異、遺伝子置換または遺伝子欠失を伴う疾患、さらに好ましくは1色覚(ACHM)、特にACHM2型(ACHM2)の治療に使用するために構成されたものである。
【0080】
本発明者らは、先に詳述した本発明のポリヌクレオチドおよび核酸ベクターにより、CNGA3に関連する1色覚の原因療法を初めて可能にする治療ツールを提供する。
【0081】
本発明の別の主題は、(a)本発明のポリヌクレオチドおよび/または本発明の核酸および/または本発明の医薬製剤と、(b)これらを使用するための取扱説明書とを含むキットに関する。
【0082】
本発明のさらなる主題は、本発明のポリヌクレオチドをアデノ随伴ウイルスベクターに挿入することを含む、組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)ベクターを作製する方法に関し、前記組換えアデノ随伴ウイルスベクターは、好ましくは本発明の核酸ベクターである。
【0083】
本発明の別の主題は、網膜錐体細胞に影響を及ぼす遺伝子変異、遺伝子置換または遺伝子欠失を伴う疾患を治療する方法であって、このような治療を必要とする対象に本発明の核酸ベクターおよび/または本発明の医薬製剤を投与し、それによって前記対象を治療することを含む方法である。前記疾患は、好ましくはACHMであり、さらに好ましくはACHM2型(ACHM2)である。前記ベクターは、好ましくは網膜下および/または硝子体内に投与される。
【0084】
本発明のポリヌクレオチドおよび核酸ベクターの特徴、利点および特性は、本発明のキット、作製方法および治療方法にも適用される。
【0085】
上述した特徴および以下に述べる特徴が、個々の事例で示した組み合わせだけでなく、本発明の範囲から逸脱しない限りは、他の組み合わせまたは単独でも使用可能であることは理解されるであろう。
【0086】
以下に、実施形態により本発明についてさらに説明する。これにより、本発明のさらなる特徴、特性および利点が明らかになるであろう。以下の実施形態は単なる例示であり、本発明の範囲を限定するものではない。特定の実施形態で述べられる特徴は、本発明の全体としての特徴であり、それぞれの特定の実施形態でのみ適用されるものではなく、本発明の任意の実施形態でも単独で適用されうるものである。
【図面の簡単な説明】
【0087】
以下、本発明について、下記の図面および非限定的な実施例を参照することより、さらに詳細に記載し、説明する。
【
図1】rAAV.hCNGA3ベクターゲノムの構造を示した図である。
【
図2】phArr3.hCNGA3.WPREmシスベクタープラスミドマップの2つの実施形態を示した図である。
【
図3】片眼を本発明のベクターで処置したCNGA3欠損マウスの代表的なERG測定結果である。
【
図4】rAAV.hCNGA3ベクターで処置したCNGA3欠損マウス(A3KO)におけるhCNGA3免疫組織染色の代表的な共焦点画像である。
【
図5】AAV8.hCNGA3処置後の最高矯正視力(BCVA)の長期的な推移を示した図である。上部のグラフ(A)は、処置した被験眼のデータを示し、下側のグラフ(B)は、もう一方の非処置の対照眼のデータを示す。線はそれぞれ、1名の患者を表している。BCVAの測定は、一定の照度下、標準化されたEDTRSチャートを用いて行った。各患者が正読した文字の絶対数を注射前のベースライン(0)と比較した相対値を、注射後の経過時間(日数)に対してプロットする。注射直後に、BCVAはほとんどの患者で低下したが、180日後の時点では、すべての患者でBCVAがベースラインと比べて改善しており、対照眼では見られない明らかな改善傾向が認められる。
【
図6】AおよびB:AAV8.hCNGA3処置後の視覚皮質における代謝活動のピーク値の変化を示した図である(一例)。処置前(6A)の時点では、この1色覚患者は、輝度コントラストパターンには応答したが(左カラム)、等輝度色コントラストパターンには応答しなかった(右カラム=0)。処置後は、等輝度色シグナル(6B、右カラム)も、輝度コントラスト刺激後と同等のレベルに達した。CおよびD:同患者のfMRIシグナルを刺激提示後の時間軸に沿って分解した図である。灰色の線は、コントラスト刺激に対するシグナル振幅を示し、青色の線は、等輝度色コントラスト刺激に対するシグナル振幅を示す。処置前(C)の時点では、色刺激によるfMRIシグナル振幅の上昇は見られないが、処置後(D)は、シグナル振幅の明らかな上昇が認められる。
【実施例】
【0088】
1.本発明の核酸ベクター
この例示的な実施形態において使用するrAAV.hCNGA3ベクターは、錐体光受容体環状ヌクレオチド依存性(CNG)カチオンチャネルのヒトCNGA3サブユニットのcDNAを有する、AAVをベースとしたハイブリッドベクターである。hCNGA3 cDNAの発現は、錐体特異的なヒトアレスチン3(hArr3)プロモーターで制御されており、変異ヤマネズミ口内炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE)配列により増強されている。このベクターに含まれる発現カセットは、AAV血清型2型逆方向末端反復配列(ITR)で挟まれており、組換えゲノムが、AAV血清型8型カプシドにパッケージングされ、AAV2/8ハイブリッドベクターが産生される。この発現カセットは、以下のエレメントを含む。
-ヒトアレスチン3(hArr3)遺伝子プロモーター:0.4kb
-錐体光受容体環状ヌクレオチド依存性カチオンチャネルのヒトCNGA3サブユニットcDNA:2kb
-WHV-XのオープンリーディングフレームのATGコドンに点突然変異を有するヤマネズミ口内炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE):0.54kb
-ウシ成長ホルモン(BGH)ポリアデニル化シグナル:0.2kb
-AAV血清型2型逆方向末端反復配列(ITR):0.13kb
rAAV.hCNGA3ベクターゲノムの構造を
図1に示す。
【0089】
2.pGL2.hArr3.hCNGA3.WPREmシスベクタープラスミド
例示的な一実施形態において、405bpの錐体光受容体特異的なヒト錐体アレスチン(hArr3)プロモーター[Li et al,Retinoic acid upregulates cone arrestin expression in retinoblastoma cells through a Cis element in the distal promoter region,Investigative ophthalmology & visual science,43(2002)1375-1383;およびCarvalhoら,Long-term and age-dependent restoration of visual function in a mouse model of CNGB3-associated achromatopsia following gene therapy,Human molecular genetics,20(2011)3161-3175を参照]と、全長(2085bp)ヒトCNGA3 cDNA[Wissingerら,Cloning,chromosomal localization and functional expression of the gene encoding the alpha-subunit of the cGMP-gated channel in human cone photoreceptorsを参照]とを含む発現カセットを含むpGL2.hArr3.hCNGA3.WPREmシスベクタープラスミド骨格を用いる。またこの発現カセットは、変異WXFオープンリーディングフレームを有する543bpのヤマネズミ肝炎ウイルス転写後調節エレメント(WPRE)[Zanta-Boussifら,Validation of a mutated PRE sequence allowing high and sustained transgene expression while abrogating WHV-X protein synthesis:application to the gene therapy of WAS,Gene therapy,16(2009),605-619]および207bpのウシ成長ホルモンポリアデニル化シグナル(BGH pA)も含む。配列番号8で示されるヌクレオチド配列を有する5591bpのベクター骨格にはカナマイシン耐性遺伝子(KanR)が含まれており、KanRは、L-ITRから1943bp、R-ITRから2853bpかつpUC18 oriから2024bpの位置に存在する。
【0090】
rAAV.hCNGA3ベクターは、このシスベクタープラスミドとトランスpDP8-KanRヘルパ-プラスミドの両方をヒト胎児腎臓細胞株293(HEK293)に一過的にトランスフェクションすることにより作製される。細胞溶解液を低速で遠心分離して清澄化し、次いで、塩化セシウム勾配超遠心分離を連続して2回行うことによりベクターを精製し、タンジェンシャルフローろ過工程に供して、濃縮およびバッファー交換を行う。次いで、得られたrAAV.hCNGA3ベクター懸濁液を滅菌ろ過し、製剤としてバイアルに充填する。
【0091】
phArr3.hCNGA3.WPREmベクタープラスミドマップの2つの実施形態を
図2Aおよび
図2Bに示す。
【0092】
3.rAAV.hCNGA3ベクターによりもたらされる生物活性および導入遺伝子発現
本発明者らは、2週齢Cnga3欠損マウス[Bielら,Selective loss of cone function in mice lacking the cyclic nucleotide-gated channel CNG3,Proc Natl Acad Sci U S A,96(13):7553-7557(1999)]の網膜下腔にrAAV.hCNGA3ベクターを送達し、生物活性および導入遺伝子発現の有無を確認した。送達方法は、Michalakisら,Restoration of cone vision in the CNGA3-/- mouse model of congenital complete lack of cone photoreceptor function,Molecular therapy:The Journal of the American Society of Gene Therapy,18 2057-2063(2010)に記載されているマウス特異的ベクターを用いた方法と同様である。マウスの処置眼(TE)には網膜下注射を行い、他方の非処置眼(UE)を対照とした。ベクターの有効性は、注射8週間後に、in vivoにおける客観的な機能評価法である網膜電図検査(ERG)により評価した。Cnga3欠損マウスは、錐体を介する視力を喪失している。したがって、錐体機能評価に特化したERGプロトコールは、CNGA3機能の間接的指標として、またrAAV.hCNGA3ベクターの生物活性(BAA)を評価をする上でも好適である。
【0093】
代表的な結果については、
図3に示す片眼をrAAV.hCNGA3ベクターで処置したCNGA3欠損マウスの代表的なERG測定結果(処置眼、黒色の記録波形)を参照されたい。非処置の対照眼の記録波形は灰色で示す。(7Hzの暗順応下点滅刺激、5Hzの明順応下点滅刺激および明順応下閃光刺激において)錐体光受容体を介する特定のERG成分の上昇が見られ、これらはCNGA3欠損マウスでは見られないことから、rAAV.hCNGA3ベクターによるhCNGA3発現により、生物活性が付与されたことは明らかである。
【0094】
特定のERG成分の上昇が見られたことから、rAAV.hCNGA3ベクターで処置することにより、処置眼で明らかに治療効果が得られたことが分かる。ERG測定終了後、マウスを屠殺し、両眼を摘出してhCNGA3導入遺伝子の発現を免疫組織学的に解析(導入遺伝子発現アッセイ、TEA)するための処理を行った。この処理として、摘出した組織を固定して凍結包埋した。垂直凍結切片を、マウスCNGA3タンパク質およびヒトCNGA3タンパク質と結合するラットモノクローナル抗体で染色した。免疫シグナルを、Cy3標識ロバ抗ラットIgG二次抗体を用いて検出した。免疫染色した凍結切片の共焦点画像を、Leica SP8 SMD共焦点レーザー走査型顕微鏡を用いて収集した。この抗CNGA3抗体により、マウスCnga3タンパク質も検出されるため、野生型マウスの網膜の錐体光受容体外節では特異的なシグナルが認められるが、Cnga3欠損の網膜ではシグナルは認められない。rAAV.hCNGA3ベクターで処置した後、処置眼の錐体光受容体外節では、CNGA3に対する明確で特異的なシグナルが認められたが、非処置眼では認められなかった。
【0095】
代表的な結果については、
図4に示すrAAV.hCNGA3ベクターで処置したCNGA3欠損マウス(A3KO)におけるhCNGA3の免疫組織染色の代表的な共焦点画像を参照されたい。この抗CNGA3抗体(作業希釈率はすべての実験において1:50)により、マウスCnga3タンパク質も検出されるため、野生型マウスの網膜(左側の2つのパネル)の錐体光受容体外節(写真上部の棒状の構造)では特異的なシグナルが認められるが、非処置のCNGA3欠損マウスの網膜(右側の2つのパネル)では特異的なシグナルは認められない。3つ目のパネルでは、rAAV.hCNGA3ベクターでコードされるhCNGA3タンパク質に対する特異的なシグナルが認められるが、4つ目のパネルに示される非処置のA3KOでは認められない。2つ目のパネルは、二次抗体のみで染色した対照染色の結果である。下段のパネルは、CNGA3シグナルと、錐体光受容体に特異的なマーカーであるピーナッツ凝集素および核染色色素Hoechst 4322とを重ね合わせた画像である。
【0096】
以上より、rAAV.hCNGA3ベクターは、CNGA3欠損マウスの錐体光受容体において効率的かつ特異的にhCNGA3導入遺伝子を発現し、生まれつき錐体機能を有していないこのマウスに錐体を介する視力を付与する(生物活性)と結論付けることができる。
【0097】
4.非ヒト霊長動物における網膜下注射後のAAV8の体内分布および排出
別の試験として、非ヒト霊長動物に臨床グレードの組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)を網膜下に単回投与し、投与後のウイルスの分布と排出を調べた。この検討事項は、本発明の遺伝子治療法の環境リスク評価にとって重要である。
【0098】
18匹の非ヒト霊長動物(Macacca fascicularis)に対して23G経毛様体扁平部硝子体切除を行い、これを3群に分けて網膜下注射(高用量:1×1012ベクターゲノム(vg)、低用量:1×1011vgおよび溶媒のみ)を行った。別の4匹の動物に対しては、手術侵襲の影響を受けた体内分布を模擬的に再現するために、硝子体内注射を行った。剖検時(91日後)に、処置眼、流入領域リンパ節、唾液腺および脾臓、視神経、脳および脊髄、心臓、肺、肝臓、副腎および生殖腺からそれぞれ組織サンプルを採取した。また、ベクター投与前、ベクター投与から1日後、2日後、3日後、1週間後、4週間後および13週間後に各動物から血液、尿、涙液および鼻腔液を綿棒で採取し、DNA抽出およびqPCRによるベクターゲノムの定量を行った。
【0099】
処置した網膜および視神経において、rAAV DNAが用量依存的に検出された。また、高用量群の2匹の動物の視神経交叉で、定量可能レベルのrAAV DNAが検出された。さらに、すべての体液において、rAAV DNAの一過性の排出が認められた。中でも、高用量群の涙液中の濃度が最も高かった。生殖細胞系の組織では、DNAは検出されず、ごく少数の個体のリンパ節および脾臓で散発的なシグナルが検出されたものの、その他の組織では不検出であった。処置から24時間後および72時間後の血液サンプルでは、定量可能レベルのrAAVベクターDNAが検出されたが、それ以外の測定時点においては不検出であった。
【0100】
これらのデータは、本発明の臨床実施に関わるデータである。臨床実施に関わる被験者、治験責任医師および規制当局関係者は皆一様に、遺伝子組換え生物の使用に伴う環境リスクを確認することに関心を持っている。体液へのウイルス排出は、用量依存的に生じるようだが、標的外臓器への形質導入はごくわずかであると思われる。
【0101】
5.非ヒト霊長動物の網膜下に投与したAAV8に対する体液性免疫反応
臨床グレードの組換えアデノ随伴ウイルス(rAAV)を非ヒト霊長動物の網膜下に単回投与した際の体液性免疫反応について情報を得ることは、本発明による網膜の遺伝子治療の安全かつ効率的な臨床試験プロトコールの開発において重要な要素である。このため、本発明者らは、rAAV8シュードタイピングウイルスを非ヒト霊長動物(Macacca fascicularis)の網膜下に単回投与し、該動物における抗薬物抗体(ADA)の力価を調べた。
【0102】
18匹のサルを3群に分けて、網膜下注射(高用量:1×1012ベクターゲノム(vg)、低用量:1×1011vgおよび溶媒のみ)を行い、これと併用して臨床試験シナリオと同等の免疫抑制療法も行った。別の4匹の動物に対しては、例えば、術中合併症後の体内分布を模擬的に再現するために、硝子体内注射を行った。ベースラインサンプルと、ベクター投与から1日後、2日後、3日後、1週間後、4週間後および13週間後に採取したサンプルとを比較した。
【0103】
13週間の観察期間中、低用量群のすべての動物において、抗薬物抗体(ADA)の力価は一定であった。高用量で網膜下注射を行った群では、経時的に最も大きなばらつきが見られたものの、明確に体液性免疫反応を示すパターンは見られなかった。
【0104】
この試験により、hCNGA3導入遺伝子の網膜下送達にrAAV8の使用を想定している本発明の臨床適用に関わるデータが得られる。臨床グレードベクターおよび外科手術と、免疫抑制療法とを併用する臨床シナリオの模擬実施において、非ヒト霊長動物における抗薬物抗体の誘導は確認されなかった。
【0105】
6.CNGA3に関連する1色覚を有する患者におけるrAAV8.CNGA3の送達の成功
この臨床介入試験(NCT02610582)の目的は、CNGA3に関連する1色覚を有する患者を対象として、本発明によるAAV8を用いた補充遺伝子治療の安全性評価を行うことである。
【0106】
本発明者らは、34匹の非ヒト霊長動物(NHP)を用いた用量漸増試験において広範な安全性評価を行った後、探索的な用量漸増第I/II相臨床試験の投与量として、1×1010ベクターゲノム(vg)、5×1010vgおよび1×1011vgを選択した。CNGA3にホモ接合性変異または複合ヘテロ接合性変異を有する合計9名の患者に対して、1×1010vg(n=3)、5×1010vg(n=3)または1×1011vg(n=3)が含まれる0.2mLの平衡塩類溶液を網膜下に単回注射した。これと併用して、手術の1日前からステロイド処置(プレドニゾロン1mg/kg/d)も開始した。主要評価項目(使用の安全性)は、臨床検査および最高矯正視力(BCVA)により評価した。
【0107】
NHPを用いた安全性データによれば、1×1012vg以下の用量で投与を行った後、試験製剤に関連する変化において投与90日後まで継続するものはなかった。この臨床試験では、すべての患者において、それぞれ割り当てられた用量(1×1010vg~1×1011vg)が安全に投与され、また、網膜剥離、出血または治療不応性炎症などの術中術後合併症の発生も見られなかった。BCVAは、処置14日後には早くもベースラインレベルに達した。網膜色素上皮ならびに光受容体内節および光受容体外節のレベルにおける構造的変化は、手術に起因するものであった(上記参照)。
【0108】
NHPを用いた安全性試験では、1×1012vg以下の用量であれば、後遺症を伴うことなく適用可能であることが示されている。この臨床試験は、網膜下にAAV8を投与する眼科遺伝子治療の初めての臨床適用例であった。この適用において、良好な忍容性が示され、併用して行ったプレドニゾロンによる処置のもとで臨床上明らかな炎症の発生も見られなかった。この適用においては、黄斑剥離が生じたものの、視力は14日以内にベースラインレベルに達した。
【0109】
7.1色覚患者におけるAAV8.hCNGA3の網膜下送達後の安全性
主要評価項目としての安全性は、眼性炎症の有無を調べる臨床検査(スリットランプ、眼底鏡検査、血管造影、視野測定または電気生理検査)により評価した。現段階(試験開始から15ヶ月経過)において、処置を行ったすべての患者に対して3ヶ月間以上の経過観察を行っており、これまで重篤な有害事象は一切報告されていない。さらに、別の処置を必要とする眼性有害事象も一切認められておらず、後遺症が生じたり解消に至っていない非眼性有害事象も認められていない。総じて、これらの結果は、NHPを用いた前臨床毒性試験で確認された優れた安全性プロファイルを反映するものである。
【0110】
8.1色覚患者におけるAAV8.hCNGA3の網膜下送達後の有効性
この安全性試験の主要目的には当たらないが、今後の有効性試験における評価項目として適切か否かを判断するために、いくつかの有効性評価項目を探索的に選択した。この有効性評価項目には、最大矯正視力、患者報告評価指標などが含まれる。
【0111】
最大矯正視力は、眼科臨床試験において最も重要な評価項目の1つである。この評価項目に関して、本文献の提出時に入手できたすべてのデータにおいて、上記処置による継続的かつ/または実質的な有害作用は認められなかった。手術により視力が一時的に低下することがある(想定内)が、少なくとも6ヶ月間の経過観察を行ったところ、すべての患者で視力の改善が見られ、12ヶ月間の経過観察においても、すべての患者で継続的な視力の改善が確認されている。この結果は、
図5のグラフ(上側のグラフ(A):処置眼、下側のグラフ(B):非処置眼)に示されている。
【0112】
患者報告評価指標は、一般に患者の生活の質にとって重要なパラメータを反映するものであり、そのため、試験プロトコールにおけるその重要性は高まっている。この現在進行中の試験(NCT02610582)の中間結果によれば、被験患者の大半が、rAAV.hCNGA3の網膜下注射後、主要な症状の1つであるグレアが急速かつ顕著に改善したことを報告している。またほとんどの被験患者が、文字および数字の認識ならびに注視能力が改善したことを報告している。これらの予備的結果は、3用量群すべてで極めて均等に認められた。
【0113】
全視野刺激法および機能的磁気共鳴画像法(fMRI)を用いて、治療領域および錐体光受容体系で生じた刺激による、視覚皮質の局所的代謝活動を定量化した。それぞれ3名の患者で構成される3群において、錐体機能を局所的に回復させる目的で、被験眼をそれぞれ低用量、中用量または高用量のAAV8.hCNGA3で処置する遺伝子治療を行った。fMRIは、処置前および処置3ヶ月後に実施した。これにより、各測定時点における視覚皮質および脳全体のネットワークの(再)編成の評価と、正常3色覚者から収集した同様の応答との比較が可能であった。各fMRIセッションにおいて、被検者に対して、薄明光下で以下の3種類の視覚刺激実験を行った:a)網膜位置マッピング、b)等輝度色コントラスト(1色覚の網膜では分解不可能)と輝度コントラストとの比較、ならびにc)低コントラスト(3%)および高コントラスト(50%)における空間周波数の格子縞(視覚1度あたりの周期:0.3、1および5)。いずれの患者も、処置前のベースライン応答として、等輝度色刺激に対しては応答が非常に弱いか応答がなかった(
図6Aの右側)のに対し、輝度コントラストに対しては、予想された通り、等輝度色刺激よりはるかに大きな応答が見られた(
図6Aの左側の灰色のカラム)。ただし、いずれの応答も、対照群より小さくかつ遅かった。3ヶ月間後、すべてのケースでシグナルの全体的な上昇が確認された。重要なことに、中用量群および高用量群(
図6Bの右側の青色のカラム)においては、MRIシグナルの振幅が、輝度コントラスト刺激(
図6Bの左側の灰色のカラム)に対する応答で見られるシグナル振幅と同等レベルまで達した被検者もいた。
図6C(処置前)および
図6D(処置後)に、
図6Aおよび
図6Bにそれぞれ対応する同様のデータを示す。これらの図は、fMRIシグナルを、刺激の提示後の時間軸(秒)に沿って分解したものである(コントラスト刺激:灰色、等輝度色刺激:青色)。シグナルがピークに達するのは、約10秒後である。患者(中用量群の代表的な例)。
【0114】
中程度またはそれより高い空間周波数に対する応答が増大することも確認された(図示外)。これらの結果は、錐体機能を喪失している状態では分解不可能な等輝度色刺激で脳が活性化していることを示すとともに、AAV8.hCNGA3遺伝子治療後の脳可塑性を示すものであり、上記の患者(中用量群の代表的な例)において錐体が関与する脳経路を活性化させることができたことを示す初めての証拠を提示するものである。
【0115】
9.核酸配列
以下のヌクレオチド配列およびアミノ酸配列は添付の配列表に記載されている。
hArr3プロモーターヌクレオチド配列:配列番号1
hCNGA3ヌクレオチド配列:配列番号2
hCNGA3アミノ酸配列:配列番号3
WPREmヌクレオチド配列:配列番号4
BGH pAヌクレオチド配列:配列番号5
L-ITRヌクレオチド配列:配列番号6
R-ITRヌクレオチド配列:配列番号7
pGL2.KanRベクター骨格ヌクレオチド配列:配列番号8
【配列表】