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特許7006885無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体
(51)【国際特許分類】
   C08L 101/00 20060101AFI20220117BHJP
   C01B 33/40 20060101ALI20220117BHJP
   C08K 3/013 20180101ALI20220117BHJP
【FI】
C08L101/00
C01B33/40
C08K3/013
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018140340
(22)【出願日】2018-07-26
(65)【公開番号】P2020015845
(43)【公開日】2020-01-30
【審査請求日】2021-05-18
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 平成29年度 物理化学インターカレッジセミナー 兼 油化学界面科学部会九州地区講演会(開催日:2018年1月27日~28日、開催場所:湯布院FITセミナーハウス(大分県由布市湯布院町川北894-78)、一般公演、タイトル:「ナノシート/ポリウレタン複合体の合成」) 平成29年度 物理化学インターカレッジセミナー 兼 油化学界面科学部会九州地区講演会の講演要旨集(発行日:2018年1月27日、発行所:物理化学インターカレッジ、A1、タイトル:「ナノシート/ポリウレタン複合体の合成」)
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】500372717
【氏名又は名称】学校法人福岡工業大学
(74)【代理人】
【識別番号】100151688
【弁理士】
【氏名又は名称】今 智司
(72)【発明者】
【氏名】宮元 展義
(72)【発明者】
【氏名】諸岡 時希
(72)【発明者】
【氏名】大背戸 豊
【審査官】横山 法緒
(56)【参考文献】
【文献】特表2016-508176(JP,A)
【文献】特開2011-230504(JP,A)
【文献】特開2010-095440(JP,A)
【文献】特開2010-155752(JP,A)
【文献】特開2011-213111(JP,A)
【文献】特開2015-145322(JP,A)
【文献】特開2020-015844(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00-13/08
C01B 33/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水系溶媒中に無機ナノシートを分散させ、無機ナノシート分散液を調製する無機ナノシート分散液調製工程と、
極性溶媒中でポリ化合物と、反応性官能基を有する化合物とを反応させ、プレポリマー溶液を調製するプレポリマー溶液調製工程と、
前記プレポリマー溶液と前記無機ナノシート分散液とを混合し、混合溶液を調製する混合溶液調製工程と、
前記混合溶液と架橋剤とを接触させ、前記プレポリマーの架橋反応を進行させてポリマーを合成し、無機ナノシート-ポリマー複合体を合成する複合体合成工程と
を備える無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法。
【請求項2】
前記無機ナノシート分散液調製工程が、液晶相を形成する粒径範囲内の粒径を有する前記無機ナノシートを、液晶相を形成する濃度範囲内の濃度で分散させて前記無機ナノシート分散液を調製する請求項1に記載の無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法。
【請求項3】
前記無機ナノシート分散液が液晶相であり、
前記混合溶液が、前記無機ナノシート分散液の前記液晶相が維持された状態の混合溶液である請求項1又は2に記載の無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法。
【請求項4】
水系溶媒と、無機ナノシートとを含有し、前記無機ナノシートの液晶相が形成されている無機ナノシート溶液と、
極性溶媒と、ポリ化合物と反応性官能基を有する化合物とを反応させてなるポリマーとを含有するプレポリマー溶液と
を混合してなる無機ナノシート-プレポリマー混合溶液。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体に関する。特に、本発明は、プレポリマー溶液と無機ナノシート分散液とを利用した無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ナノフィラーと、ナノフィラーの表面に結合する、ヘテロ原子を含んでいてもよい炭素数4~50の含フッ素アルキル基を有する有機イオンであって、有機アンモニウムイオン、有機ホスホニウムイオン、及び含窒素複素環オニウムイオンから成る群より選択される少なくとも1種の有機イオンと、ポリマーと、を含有する、高分子複合材料が提案されている(例えば、特許文献1参照。)。特許文献1においては、優れた耐熱性、機械的物性、物質透過遮断性、難燃性、導電性等を備える高分子複合材料を提供できる。
【0003】
また、ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)のハイドロゲルと無機ナノシート液晶との複合化により巨視的に異方性を有するハイドロゲルを合成し、その構造及び特性の異方性が報告されている(例えば、非特許文献1参照。)。非特許文献1においては、無機ナノシートの液晶構造がハイドロゲル中に固定され、ハイドロゲルの機械的強度が向上し、異方的な性質が得られたことが報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許5228486号
【非特許文献】
【0005】
【文献】N.Miyamoto,et al.,Chem.Commun,2013,49,1082
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
近年、無機/高分子ナノ複合材料について、当該材料の機械的特性、弾性率、ガスバリア性等の各種特性を向上させる観点から研究が進められている。これまでの研究の中で、非特許文献1のように、高アスペクト比を有する無機ナノシートと親水性高分子ゲル(ハイドロゲル)とを複合化させることで、無機ナノシートの液晶構造を高分子ハイドロゲル中に固定化させることができ、機械的強度が向上すると共に異方的な性質が発現することが報告されている。
【0007】
しかし、プラスチックやエラストマー等の溶媒を含まない高分子と無機ナノシートとを複合化すること、すなわち、無機ナノシートと高分子自体とを複合化する場合において、無機ナノシートの分散性を高くすると共に無機ナノシートの配向を高く制御することは、従来の有機化層状粘土鉱物の利用、混練による複合等による手法では実現できない。ナノシートは一般的に親水性が高いため、工業的な価値の高い疎水性の高分子との複合化の場合、更に困難となる。更に、特許文献1のような高分子複合材料においては、フッ素アルキル基を有する有機イオンでナノフィラーの表面を修飾しなければならない。
【0008】
したがって、本発明の目的は、無機ナノシートの分散性が高く、かつ、配向が高く制御された状態の無機ナノシートを含む無機ナノシート-ポリマー複合体(エラストマー)を容易に合成し、当該複合体の物性の制御を可能にする無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、上記目的を達成するため、水系溶媒中に無機ナノシートを分散させ、無機ナノシート分散液を調製する無機ナノシート分散液調製工程と、極性溶媒中でポリ化合物と、反応性官能基を有する化合物とを反応させ、プレポリマー溶液を調製するプレポリマー溶液調製工程と、プレポリマー溶液と無機ナノシート分散液とを混合し、混合溶液を調製する混合溶液調製工程と、混合溶液と架橋剤とを接触させ、プレポリマーの架橋反応を進行させてポリマーを合成し、無機ナノシート-ポリマー複合体を合成する複合体合成工程とを備える無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法が提供される。
【0010】
また、上記無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法において、無機ナノシート分散液調製工程が、液晶相を形成する粒径範囲内の粒径を有する無機ナノシートを、液晶相を形成する濃度範囲内の濃度で分散させて無機ナノシート分散液を調製することもできる。
【0011】
また、上記無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法において、無機ナノシート分散液が液晶相であり、混合溶液が、無機ナノシート分散液の液晶相が維持された状態の混合溶液であることが好ましい。
【0012】
また、本発明は上記目的を達成するため、無機ナノシートと、疎水性のポリマーとを含有し、無機ナノシートがポリマー内で液晶相を維持している無機ナノシート-ポリマー複合体が提供される。
【0013】
また、上記無機ナノシート-ポリマー複合体は、無機ナノシートが、液晶相を形成する粒径範囲内の粒径を有することが好ましい。
【0014】
また、本発明は上記目的を達成するため、水系溶媒と、無機ナノシートとを含有し、無機ナノシートの液晶相が形成されている無機ナノシート溶液と、極性溶媒と、ポリ化合物と反応性官能基を有する化合物とを反応させてなるポリマーとを含有するプレポリマー溶液とを混合してなる無機ナノシート-プレポリマー混合溶液が提供される。
【発明の効果】
【0015】
本発明に係る無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体によれば、無機ナノシートの分散性が高く、かつ、配向が高く制御された状態の無機ナノシートを含む無機ナノシート-ポリマー複合体(エラストマー)を容易に合成し、当該複合体の物性の制御を可能にする無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法、及び無機ナノシート-ポリマー複合体を提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の実施の形態に係る無機ナノシートの模式図である。
図2】本発明の実施の形態に係る無機ナノシート配向ドメインの模式図である。
図3】FHT-ポリウレタン複合エラストマーの偏光顕微鏡による観察結果を示す図である。
図4】FHT-ポリウレタン複合エラストマーの偏光顕微鏡による観察結果を示す図である。
図5】FHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーの小角X線散乱測定の結果を示す図である。
図6】実施例に係るFHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバー、及び比較例に係るFHTを含有しないポリウレタンエラストマーのファイバーの引張試験の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
[実施の形態]
<無機ナノシート-ポリマー複合体、及びその製造方法の概要>
本発明の実施の形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体は薄板形状の無機結晶である無機ナノシートとポリマーとの複合体である。無機ナノシートとポリマーとの複合体は以下のようにして得ることができる。まず、極性溶媒に所定のポリ化合物、及び触媒等を溶解させてプレポリマー溶液を調整する。また、無機ナノシートを水に分散させて無機ナノシート分散液を調製する。そして、得られた無機ナノシート分散液とプレポリマー溶液とを混合して混合溶液を得る。続いて、この混合溶液を架橋剤溶液に接触させる。これにより、プレポリマー溶液内のポリ化合物が架橋する。その結果、無機ナノシートの分散性が高く、異方性を発揮する無機ナノシート-ポリマー複合体(エラストマー)が得られる。
【0018】
本実施形態では、水系溶媒を用いる無機ナノシート分散溶液と、極性溶媒を用いるプレポリマー溶液(ポリ化合物が分散した溶液)とを準備し、これらを混合するので、無機ナノシート分散液とプレポリマー溶液とは十分に混合し、無機ナノシートとポリ化合物とが均一に分散した混合溶液を得ることができる。ここで、無機ナノシートの粒径や濃度を制御することで、混合溶液内での無機ナノシートの分散性を高くすると共に配向を高い状態に制御できる。ここにポリ化合物の架橋剤を作用させると、無機ナノシートの分散状態が混合溶液中で維持された状態で、プレポリマーの架橋反応が混合溶液中で進行してエラストマーが合成される。これにより、従来ではできなかった親水性の無機ナノシートと疎水性のエラストマーとを複合化させることができる。更に、本実施形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体においては、親水性の無機ナノシートの分散性が高く、かつ、配向が高く制御された状態の無機ナノシート-ポリマー複合体を得ることができる。
【0019】
ここで、プレポリマーとは、完全な架橋状態にはなっていないポリ化合物の重合体であって、有機溶媒に可溶で、架橋剤と反応し得る化合物である。なお、プレポリマーは、その数平均分子量が一定値以下であってもよく、数平均分子量は、ゲルパーミエーションクロマトグラフィーによるポリスチレン換算分子量であってよい。
【0020】
以下、本実施形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体、及びその製造方法について詳細に説明する。
【0021】
<無機ナノシート-ポリマー複合体、及びその製造方法の詳細>
本実施形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体は、おおよそ、無機ナノシート分散液を調製する無機ナノシート分散液調整工程と、プレポリマー溶液を調製するプレポリマー溶液調整工程と、混合溶液を調製する混合溶液調整工程と、無機ナノシート-ポリマー複合体を合成する複合体合成工程とを備える。
【0022】
[無機ナノシート分散液]
無機ナノシート分散液調整工程で用いる無機ナノシート分散液は、無機材料から剥離して得られる無機ナノシートにより構成される秩序構造を有する無機ナノシート配向ドメインと、無機ナノシートの分散媒である溶媒とを含む無機ナノシート分散液である。具体的に、無機ナノシート分散液は、無機材料から剥離して得られる複数の無機ナノシートとその対イオン、溶媒、共存物質(例えば、塩、高分子電解質、コロイド粒子等)を含み、これら複数の無機ナノシートによる秩序構造(すなわち、配向秩序構造、又は二次元周期や三次元周期を有する位置秩序構造)を有する複数の無機ナノシート配向ドメインと、複数の無機ナノシートの分散媒である溶媒とを含んで構成される。そして、この無機ナノシート分散液は、溶媒中で自発的に液晶相を形成し、液晶相として挙動する。
【0023】
無機ナノシート分散液において秩序構造は、板状の構造単位が一定の規則に従って配向・配列してなる構造である。例えば、秩序構造はラメラ構造である。そして、無機ナノシートは溶媒中においてラメラ構造を有する無機ナノシートの液晶相を形成する。また、無機ナノシート分散液において、無機ナノシートが液晶相を形成する粒径範囲内の粒径を有すると共に、無機ナノシート分散液中の無機ナノシートの濃度が液晶相を形成する濃度範囲内の濃度を有する。ここで、共存物質、溶媒組成、対イオン種、及び/又はナノシートの組合せや濃度は、秩序構造を形成させ、秩序構造の秩序性を最適化し、秩序構造の構造周期を制御するファクターである。
【0024】
(無機ナノシート)
本実施の形態に係る無機ナノシートは、積層構造若しくは層状構造を有する無機材料を剥離させることによって得られる単位構造としての薄板形状の無機結晶である。無機ナノシートの組成及び形状は、無機材料の種類に応じて決定される。すなわち、無機ナノシートの組成は出発物質である無機材料の組成を反映しており、無機ナノシートの形状は出発物質である無機材料の結晶学的構造を反映している。したがって、無機ナノシートは、例えば、数nmの厚さ(例えば、フルオロヘクトライト等の粘土鉱物においては約1nm)及び数十nm以上数百μm以下程度の横幅を有する。これにより無機ナノシートは、異方性が極めて大きな形状(すなわち、非常に高いアスペクト比を有する形状)を有することになる。ここで、本実施の形態に係る無機ナノシートの「粒径」は以下のように定義する。
【0025】
図1は、本実施の形態に係る無機ナノシートの模式的な図の一例を示す。具体的に図1(a)は、無機ナノシートの平面視における模式的な図の一例を示し、(b)は、無機ナノシートの断面の模式的な図の一例を示す。
【0026】
無機ナノシート1の「粒径」は、実質的には無機ナノシート1の横幅である。図1に示すように、無機ナノシート1の平面視における最大幅を横幅wとした場合、この横幅wの平均値を本実施の形態における「粒径」とする。無機ナノシート1の「粒径」は、例えば、動的光散乱法等の測定手段を用いて計測及び算出できる。また、無機ナノシート1の厚さtは、無機ナノシート1の出発原料である無機材料の結晶構造に応じて決定される。
【0027】
無機ナノシート1の出発材料としての無機材料は層状無機化合物である。層状無機化合物としては、グラファイト、層状金属カルコゲン化物、層状金属酸化物(例えば、酸化チタン、酸化ニオブを主体とする層状ペロブスカイト化合物、チタン・ニオブ酸塩、モリブデン酸塩等)、層状金属オキシハロゲン化物、層状金属リン酸塩(例えば、層状アンチモンリン酸塩等)、粘土鉱物若しくは層状ケイ酸塩(例えば、雲母、スメクタイト族(モンモリロナイト、サポナイト、ヘクトライト、フルオロヘクトライト等)、カオリン族(カオリナイト等)、マガディアイト、カネマイト等)、及び層状複水酸化物等が挙げられる。なお、本実施の形態では粘土鉱物若しくは層状ケイ酸塩が入手の容易さ等から好ましく用いられる。粘土鉱物若しくは層状ケイ酸塩としては、天然の粘土鉱物若しくは天然の層状ケイ酸塩、又は合成の粘土鉱物若しくは合成の層状ケイ酸塩のいずれを用いてもよい。また、本実施形態では、低コストで環境負荷が低く、低粘性、低濃度で構造秩序性の高いラメラ構造を形成しやすく、また、外場により配向制御が容易である観点から、粘土鉱物を用いることが好ましく、粘土鉱物のうちフルオロヘクトライトを用いることが好ましい。
【0028】
(無機ナノシート配向ドメイン)
図2は、本発明の実施の形態に係る無機ナノシート配向ドメインの模式的な図の一例を示す。
【0029】
無機ナノシート配向ドメイン10は、複数の無機ナノシート1が規則的な構造をとることで形成される。具体的に、無機ナノシート配向ドメイン10は、所定の面間隔dを有する秩序構造が、複数の無機ナノシート1により構成されることで得られる。例えば無機ナノシート配向ドメイン10は、数十μm以上数mm以下程度のサイズLを有して構成される。ここで、秩序構造はラメラ構造である。そして、本実施の形態に係るラメラ構造は、例えば、90nm以上300nm以下、好ましくは100nm以上280nm以下、より好ましくは110nm以上260nm以下程度、更に好ましくは120nm以上240nm以下程度の面間隔dを有する。なお、無機ナノシート配向ドメイン10は、溶媒中においてランダムな配向を有する。溶媒中における無機ナノシート配向ドメイン10の配向状態は、クロスニコル観察により確認できる。
【0030】
(溶媒)
無機ナノシート分散液において、無機ナノシートの分散媒である溶媒は水系溶媒である。例えば、無機ナノシートの出発原料を粘土鉱物とした場合、純水を用いることができる。また、溶媒としては、疎水的なポリマーとの複合化を目的として、無機ナノシートの出発原料である無機材料の種類に応じ、ジメチルホルムアミド、ジメチルスルホキシド、ノルマルホルムアミド等の他の極性溶媒と水との混合溶媒を用いることもできる。
【0031】
(液晶相)
無機ナノシート分散液において、無機ナノシートは液晶相を自発的に形成する。無機ナノシート分散液の液晶相は、分散媒中において複数の無機ナノシートの主面が実質的に同一方向に向いた状態で定常的に配向して無機ナノシート配向ドメインを形成することで発現する。液晶相が形成されるか否かは、主として無機ナノシートの粒径と無機ナノシートの濃度によって決定される。すなわち、無機ナノシートの粒径及び無機ナノシートの濃度が、溶媒中で無機ナノシートの液晶相が形成される範囲内である場合、液晶相が形成される。
【0032】
なお、液晶相の形成において、実測された等方相-液晶相転移濃度と無機ナノシート粒径との関係は剛体粒子間の排除体積のみを考慮したOnsagerの理論によってある程度は予測できる。しかしながら、本実施形態に係る秩序構造、すなわち、ラメラ構造の形成についてはOnsagerの理論では説明することが困難な面があり、また、ラメラ構造の面間隔が理想膨潤則と一致しない等、構造形成のメカニズムの詳細についてはまだ不明な点が多い。しかしながら本発明者らは、無機ナノシート-溶媒分子間、溶媒分子-対イオン間、無機ナノシート-対イオン間の相互作用のバランスや、枯渇効果等のエントロピー力によって、基本的な理論で想定されていない無機ナノシート間の引力相互作用が誘起されたためであると推測している。
【0033】
[無機ナノシート分散液調整工程]
本実施の形態に係る無機ナノシート分散液の調整工程は、水系溶媒中に無機ナノシートを分散させ、無機ナノシート分散液を調製する工程を備える。より詳細には、概略、以下の各工程を備える。すなわち、層状無機化合物から無機ナノシートを剥離させる剥離工程と、剥離して得られた無機ナノシートの粒径を所定の粒径に制御する粒径制御工程と、粒径が制御された無機ナノシートの溶媒中における濃度を所定の濃度に調整する濃度調整工程とを備える。なお、粒径制御工程は、製造する無機ナノシート分散液に用いる無機ナノシート原料の種類によっては省略することができる。
【0034】
(剥離工程)
まず、層状無機化合物から無機ナノシートを剥離させる。例えば、層状無機化合物を所定の溶媒(例えば、水)に添加する。すると、層状無機化合物の層間に溶媒が侵入し、溶媒中で層状無機化合物の層間が膨潤する。これにより、層状無機化合物から無機ナノシートが剥離して、溶媒中に分散する。剥離した無機ナノシートは、溶媒中で分散コロイドを形成する。続いてイオン交換によりナノシートの対カチオンをNH 等に交換して、有機溶媒への親和性を増加させる。
【0035】
(粒径制御工程)
次に、得られた無機ナノシートの粒径を所定の粒径に制御する。具体的には、無機ナノシートの分散コロイドに所定の振動数の弾性振動波を照射する。例えば、無機ナノシートの分散コロイドに、予め定められた時間、予め定められた振動数の超音波を照射する。これにより、無機ナノシートの粒径を所定の粒径範囲内の粒径に制御する。ここで、無機ナノシートの粒径が小さくなりすぎると無機ナノシート分散液の液晶性が喪失される場合があるので、粒径制御工程においては、無機ナノシートの粒径を無機ナノシートの液晶相が溶媒中で形成される範囲内の粒径に制御することが好ましい。
【0036】
(濃度調整工程)
そして、所定の粒径に制御された無機ナノシートの溶媒中における濃度を調整する。すなわち、少なくとも無機ナノシートの液晶相が形成される濃度以上の濃度に、無機ナノシートの溶媒中における濃度を調整する。これにより、本実施の形態に係る無機ナノシート分散液が得られる。
【0037】
なお、無機ナノシートの出発原料である無機材料や無機ナノシート分散液の溶媒の種類によっても異なるが、無機ナノシート分散液の製造方法は、以下の各工程を備えることもできる。
【0038】
まず、無機ナノシート分散液の製造方法は、剥離工程と粒径制御工程との間に遠心分離工程を備えることができる。剥離工程において、層状無機化合物を溶媒に分散させた分散液を準備した場合、分散液には不純物、未剥離又は剥離度の低い層状物質、及び無機ナノシートの分散コロイドが混合していることがある。したがって、この分散液を遠心分離することで、主成分を溶媒とする上澄み液と、無機ナノシートの分散コロイドと、主として不純物からなる沈殿物とを分離する。また、無機ナノシート分散液の製造方法は、遠心分離工程の後に、遠心分離により分離された無機ナノシートの分散コロイドを採取する採取工程を備えることもできる。この採取工程で、無機層状化合物から完全に剥離した無機ナノシートを採取する。
【0039】
[プレポリマー溶液調製工程]
プレポリマー溶液調製工程は、極性溶媒中でポリ化合物と反応性官能基を有する化合物とを反応させ、プレポリマー溶液を調製する工程である。プレポリマー溶液調製工程は、ポリ化合物と反応性官能基を有する化合物とを触媒存在下で反応させることが好ましい。なお、反応温度、反応時間、反応雰囲気等は、合成するプレポリマーの種類によって適宜調整される。また、調製するプレポリマーの種類に応じ、複数のポリ化合物を併用してもよい。
【0040】
また、プレポリマー溶液調製工程は、例えば、所定の容器に反応性官能基を有する化合物を添加し、容器内を所定の雰囲気(例えば、窒素等の不活性雰囲気)に置換する雰囲気置換工程と、容器内の反応性官能基を有する化合物を所定温度に加温若しくは加熱する加温工程若しくは加熱工程と、この容器に極性溶媒を添加して混合(例えば、撹拌しつつ混合)する溶媒添加工程と、及び/又は極性溶媒にポリ化合物を添加して所定時間、所定温度で反応させる反応工程とを含むことができる。なお、反応工程において極性溶媒に所定の触媒を添加することが好ましい。これにより、プレポリマー溶液が調製される。
【0041】
(極性溶媒)
極性溶媒としては、極性を有し、プレポリマー溶液を調製できる溶媒であれば特に限定はなく、例えば、水、メタノール、エタノール、2-プロパノール、エチレングリコール、プロピレングリコール、アセトン、シクロヘキサノン、2-メチルピロリドン、酢酸エチル、エチルメチルケトン、2-エトキシエタノール、プロピレンカルボネート、エチレンカルボネート、ジメチルカルボネート、N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)、N-メチル-2-ピロリドン(NMP)、N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)、ジメチルスルホキシド(DMSO)等が挙げられる。これらの極性溶媒は単独で用いることも、2種以上を併用することもできる。なお、極性溶媒として水を用いない場合において、プレポリマー溶液の調製中での水分の影響を低減させる観点から、極性溶媒に脱水処理を施してもよい。
【0042】
(ポリ化合物)
ポリ化合物としては、例えば、ポリエポキシ化合物、ポリイソシアネート化合物等が挙げられる。プレポリマーとしてエポキシプレポリマーを合成する場合、エポキシプレポリマーは、ポリエポキシ化合物と反応性官能基を有する化合物であるアミン化合物との反応によって合成される。また、プレポリマーとしてウレタンプレポリマーを合成する場合、ウレタンプレポリマーは、ポリイソシアネート化合物と反応性官能基を有する化合物であるポリオール化合物との反応によって合成される。
【0043】
(ポリ化合物-ポリエポキシ化合物)
ポリエポキシ化合物としては、一分子中に2つ以上のエポキシ基を有する化合物であれば、特に限定はない。例えば、ビスフェノール型エポキシ樹脂、フェニレンエーテル型エポキシ樹脂、ナフチレンエーテル型エポキシ樹脂、ビフェニル型エポキシ樹脂、フェノールノボラック型エポキシ樹脂、クレゾールノボラック型エポキシ樹脂、ビスフェノールノボラック型エポキシ樹脂、ナフトールノボラック型エポキシ樹脂、ナフトール-フェノール共縮ノボラック型エポキシ樹脂、ナフトール-クレゾール共縮ノボラック型エポキシ樹脂、フェノールアラルキル型エポキシ樹脂、ナフトールアラルキル型エポキシ樹脂、ジシクロペンタジエン-フェノール付加反応型エポキシ樹脂等が挙げられる。
【0044】
(ポリ化合物-ポリイソシアネート化合物)
ポリイソシアネート化合物としては、分子内に2つ以上のイソシアネート基を有している化合物であれば特に限定はない。ポリイソシアネート化合物としては、例えば、芳香族系、脂肪族系、脂環式系等のポリイソシアネートが挙げられる。一例として、ポリイソシアネート化合物としては、トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタンジイソシアネート、水添加ジフェニルメタンジイソシアネート、変性ジフェニルメタンジイソシアネート、水添化キシリレンジイソシアネート、キシリレンジイソシアネート、ヘキサメチレンジイソシアネート、トリメチルヘキサメチレンジイソシアネート、テトラメチルキシリレンジイソシアネート、イソホロンジイソシアネート、ノルボルネンジイソシアネート、1,3-ビス(イソシアナトメチル)シクロヘキサン等のジイソシアネート、又はこれらの3量体等が挙げられる。
【0045】
(反応性官能基)
反応性官能基としては特に限定されないが、ヒドロキシル基(-OH)、カルボキシル基(-COOH)、カルボニル基(-C=O)、カルボン酸エステル基(-COOR)、カルボン酸塩基(-COONa)、イソシアネート基(-NCO-)、アミン基(-NH)、アミド基(-NHCO-)等が好ましい。
【0046】
(反応性官能基を有する化合物-アミン化合物)
反応性官能基を有する化合物としてのアミン化合物としては、1級アミノ基、2級アミノ基、若しくは3級アミノ基を有するアミン化合物が挙げられる。1級アミノ基を有するアミン化合物としては、例えば、プロピルアミン、イソプロピルアミン、ブチルアミン、アミルアミン、ヘキシルアミン、オクチルアミン、デシルアミン、ウンデシルアミン、ドデシルアミン等の脂肪族アミン;ベンジルアミン、アニリン、o-トルイジン、m-トルイジン、p-トルイジン等の芳香族アミン;シクロブチルアミン、シクロペンチルアミン、シクロヘキシルアミン等の脂環式アミン等を挙げることができる。
【0047】
2級アミノ基を有するアミン化合物としては、例えば、ジメチルアミン、ジエチルアミン、ジプロピルアミン、ジ-n-ブチルアミン、ジ-sec-ブチルアミン、ジペンチルアミン、ジヘキシルアミン、ジ-n-オクチルアミン、ジ-(2-エチルヘキシル)アミン、ジシクロヘキシルアミン、N-メチルベンジルアミン、ジアリルアミン、モルホリン、ピペラジン、2,6-ジメチルモルホリン、2,6-ジメチルピペラジン、2-メチルピペラジン、ピペリジン、3,3-ジメチルピペリジン、2,6-ジメチルピペリジン、2,2,6,6-テトラメチルピペリジン、ピロリジン、2,5-ジメチルピロリジン、アゼチジン、ヘキサメチレンイミン、ヘプタメチレンイミン、5-ベンジルオキシインドール、3-アザスピロ[5,5]ウンデカン、3-アザビシクロ[3.2.2]ノナン、カルバゾール等が挙げられる。
【0048】
3級アミノ基を有するアミン化合物としては、例えば、N,N-ジメチル-o-トルイジン、N,N-ジメチル-p-トルイジン、N,N-ジメチル-m-トルイジン、α-ピコリン、β-ピコリン、γ-ピコリン、ベンジルジメチルアミン、ベンジルジエチルアミン、ベンジルジプロピルアミン、ベンジルジブチルアミン、(o-メチルベンジル)ジメチルアミン、(m-メチルベンジル)ジメチルアミン、(p-メチルベンジル)ジメチルアミン、N,N-テトラメチレン-o-トルイジン、N,N-ヘプタメチレン-o-トルイジン、N,N-ヘキサメチレン-o-トルイジン、N,N-トリメチレンベンジルアミン、N,N-テトラメチレンベンジルアミン、N,N-ヘキサメチレンベンジルアミン、N,N-テトラメチレン(o-メチルベンジル)アミン、N,N-テトラメチレン(p-メチルベンジル)アミン、N,N-ヘキサメチレン(o-メチルベンジル)アミン、N,N-ヘキサメチレン(p-メチルベンジル)アミン等が挙げられる。
【0049】
(反応性官能基を有する化合物-ポリオール化合物)
ポリオール化合物としては、例えば、エチレングリコール、ジエチレングリコール、1,2-プロピレングリコール、ジプロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,5-ペンタンジオール、3-メチル-1,5-ペンタンジオール、1,4-シクロヘキサンジオール、1,6-ヘキサンジオール、シクロヘキサンジメタノール等の分子量50~2,000である比較的低分子量のジオール、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、ポリヘキサメチレンアジペート等のポリエステルポリオール等が挙げられる。
【0050】
反応性官能基を有する化合物は、ポリ化合物と約1:1のモル比で用いることが好ましい。
【0051】
(触媒)
触媒としては、例えば、ジブチル錫ジラウレート、ジブチル錫ジアセテート、ジオクチル錫オキサイドとシリケート化合物との反応物、ジブチル錫オキサイドとフタル酸エステルとの反応物等の有機錫化合物;カルボン酸錫、カルボン酸ビスマス、カルボン酸鉄等のカルボン酸金属塩;脂肪族アミン類、芳香族アミン類;バーサチック酸等のカルボン酸;ジイソプロポキシチタンビス(エチルアセトセテート)等のチタン化合物、アルミニウム化合物類等のアルコキシ金属;無機酸;三フッ化ホウ素エチルアミン錯体等の三フッ化ホウ素錯体;アルミニウムモノアセチルアセトネートビス(エチルアセトアセテート)等の金属キレート化合物等が挙げられる。
【0052】
触媒は、ポリ化合物の100重量部に対して、1重量部以上10重量部以下の範囲で用いることが好ましい。
【0053】
[混合溶液調製工程]
混合溶液調製工程は、プレポリマー溶液調製工程で調製したプレポリマー溶液と無機ナノシート分散液調製工程で調製した無機ナノシート分散液とを混合し、混合溶液を調製する工程である。無機ナノシート分散液の溶媒は水系溶媒であり、プレポリマー溶液の溶媒は極性溶媒であるので、プレポリマー溶液と無機ナノシート分散液とは十分に混合する。これにより、無機ナノシートの分散状態が混合溶液中で維持された状態で、プレポリマーの重合反応、架橋反応を混合溶液中で進行させることができる。また、無機ナノシートは自発的に液晶相を形成するので、無機ナノシート分散液の液晶相は、混合溶液内においても維持された状態である。
【0054】
[複合体合成工程]
複合体合成工程では、混合溶液調製工程で調製した混合溶液と架橋剤とを接触させる。プレポリマーは、無機ナノシート分散液に含まれている水と反応して、反応性を失うことがあるので、混合溶液作成後直ちに、プレポリマーの架橋反応を進行させて架橋ポリマー、すなわちエラストマーを合成し、無機ナノシート-ポリマー複合体を合成することが好ましい。また、複合体合成工程は、架橋剤を極性溶媒に溶解させ、架橋剤溶液を調製し、この調製した架橋剤溶液と混合溶液とを接触させてもよい。この場合に用いる極性溶媒は、混合溶液に架橋剤を十分に溶解させる観点から、プレポリマー溶液調製工程において用いた極性溶媒と同一の極性溶媒を用いることが好ましい。これにより、無機ナノシートと疎水性のポリマーとを含有し、無機ナノシートがポリマー(エラストマー)内で液晶相を維持している無機ナノシート-ポリマー複合体が合成される。
【0055】
混合溶液と架橋剤(若しくは架橋剤溶液)との接触方法は、合成する複合体の形状等の特性に応じ、各種の方法を採用できる。例えば、混合溶液と架橋剤とをそのまま接触させる方法、混合溶液を所定のシリンジから架橋剤溶液内に押し出す方法、マイクロ流路デバイスを用いる方法等の各種の方法を採用できる。混合溶液をシリンジから押し出して架橋剤溶液内に入れる場合、ファイバー状の複合体が得られる。
【0056】
(架橋剤)
架橋剤としては、ポリオール、イソシアネート類、メラミン樹脂、尿素樹脂、ウトロピン類、アミン類、酸無水物、過酸化物等の各種の架橋剤を用いることができる。架橋剤としては、例えば、ジエチレントリアミン、トリエチレンテトラミン(TETA)、メタフェニレンジアミン、ジシアンジアミド、ポリアミドアミン等のポリアミノ化合物;無水フタル酸、無水メチルナジック酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、無水ピロメリット酸等の有機酸無水物;フェノールノボラック、クレゾールノボラック等のノボラック樹脂等が挙げられる。これらは単独で用いることも、2種以上を併用することもできる。
【0057】
架橋剤は、ポリ化合物の100重量部に対して、1重量部以上20重量部以下の範囲で用いることが好ましい。
【0058】
本実施形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体は、医療材料、ソフトアクチュエータを構成する材料、導電性エラストマーセンサーを構成する材料、自動車部品用材料等の様々な分野に応用できる。また、外力に対する高い耐久性と柔軟性とが要求される部品の素材としての応用が期待される。
【0059】
<実施の形態の効果>
本実施の形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法においては、水系溶媒を用いた無機ナノシート分散液と極性溶媒を用いたプレポリマー溶液とを用いるので、これらを混合すると無機ナノシートとプレポリマーとが実質的に均一に分散した混合溶液を得ることができる。ここに架橋剤を作用させると、無機ナノシートの分散状態が混合溶液中で維持された状態で、プレポリマーの重合反応、架橋反応が混合溶液中で進行する。これにより、従来ではできなかった親水性の無機ナノシートと疎水性のエラストマーとを複合化させることができる。したがって、本実施の形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体の製造方法においては、無機ナノシートの分散性が高く、かつ、配向が高く制御された無機ナノシート-ポリマー複合体(エラストマー)を容易に合成することができる。このエラストマーには無機ナノシートが実質的に均一に分散しているので、複合体の破断応力及び弾性率等の物性を大幅に向上させることができる。
【実施例
【0060】
以下、実施例を用い、本実施形態に係る無機ナノシート-ポリマー複合体、及びその製造方法について具体的に説明する。
【0061】
[無機ナノシート分散液の調整]
まず、分散剤を添加していない合成フルオロヘクトライト/水コロイド分散液(FHT-CF. Lot.No.30329、トピー工業製)を出発原料として準備した。この出発原料は等方相であった。次に、この合成フルオロヘクトライト/水コロイド分散液を複数の遠沈管に均等に入れた。そして、遠心分離機(HITACHI製CF-15RXII)を用い、回転速度1500rpmで1時間、遠沈管の合成フルオロヘクトライト/水コロイド分散液を遠心分離した。
【0062】
遠心分離後の遠沈管には上澄みと、中間層と、最下層とが存在していた。上澄みは主成分が水であり、中間層は流動性のある無機ナノシートの分散コロイドであり、最下層は灰色の不純物を含む沈殿物であった。遠沈管から上澄みを除去し、中間層の無機ナノシートの分散コロイドのみを採取した。
【0063】
ここで、無機ナノシートの分散コロイドの一部を採取し、重量を測定した。更に、採取した一部の無機ナノシートの分散コロイドを乾燥させ、乾燥後の重量を測定した。そして、無機ナノシートの分散コロイドの乾燥前後による重量比から無機ナノシートの分散コロイドの濃度を算出した。続いて、算出した濃度に基づいて、遠心分離後に得られた無機ナノシートの分散コロイドを200ml、2wt%の濃度に純水を用いて調整した。
【0064】
なお、無機ナノシートの平均粒径は、超音波処理を実行後、得られた無機ナノシートの分散コロイド中の無機ナノシートをダイナミック光散乱光度計(Photal DLS-8000、大塚電子株式会社製)によって測定することにより得た。測定によって得られた平均粒径は、650nm(標準偏差154nm)であった。
【0065】
続いてイオン交換によりFHTをNa型からNH 型にした。カラムに陽イオン交換樹脂を約40mL入れ、純水で洗浄した。その後、カラムに塩化アンモニウム水溶液(1M)を加え、4秒に1滴の速さで滴下し、樹脂にNH を吸着させた。滴下終了後純水ですすぎ、先に調製した1wt%Na型FHT/水分散溶液を加え、3秒に1滴の速さで滴下・回収した。得られた溶液をNH 型FHT/水分散溶液とした。
【0066】
調整したNH 型FHT/水分散溶液とDMFが体積比で1:4になるように混合し、それを15,000rpmで60分間遠心分離した。中間層を回収し、それをFHT/水/DMF分散溶液とした。次に、平均粒径が制御された無機ナノシートに純水とDMFとを添加して、無機ナノシートの純水中における濃度を調製した。すなわち、無機ナノシートの分散コロイドを4.4wt%の濃度に調整した試料を作製した。これにより、無機ナノシート分散液(以下、「フルオロヘクトライト(FHT)ナノシート水分散液」と称することがある。)が得られた。
【0067】
[プレポリマー溶液の調整]
丸底フラスコに平均分子量1,000のポリエチレングリコール(PEG)を1.9重量部添加し、丸底フラスコ内を窒素置換した。次に、丸底フラスコを60℃のオイルバスに入れた。この丸底フラスコに、脱水処理を施したN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)を3.8重量部添加して撹拌し、PEGをDMFに溶解させた。ここに、0.78重量部の1,3-ビスイソシアナトメチルシクロヘキサン、及び0.028重量部の錫触媒(東京化成社製、Lot.7SXRI-LB)を加え、60℃で2時間、反応させた。これにより、PEG末端にイソシアネート基が導入されたプレポリマー溶液を調製した。
【0068】
[混合溶液の調製、及び複合体の合成]
無機ナノシート分散液の調製で調製した1.036重量部のフルオロヘクトライト(FHT)ナノシート水分散液とプレポリマー溶液の調製で調製した1.000重量部のプレポリマー溶液とを混合し、混合溶液を得た。一方、溶媒としてDMFを用い、20重量部のDMFに20重量部のトリエチレンテトラミン(TETA)を加え、架橋剤溶液を調製した。そして、プレポリマー溶液とFHTナノシート水分散液との混合溶液を架橋剤溶液中に浸潤させた。浸潤後、24時間後に溶液内の物質を取り出し、70℃、減圧下で1時間乾燥させた。これにより、実施例に係る無機ナノシート-ポリマー複合体、すなわち、FHT-ポリウレタン複合エラストマーが合成された。なお、FHTを含まないポリウレタンエラストマーを比較例として実施例と同様にして合成した。
【0069】
ここで、実施例に係るFHT-ポリウレタン複合エラストマーの合成は、針(武蔵エンジニアリング株式会社製、CPN-20G-A90、針内径:0.72mm)を取り付けたシリンジ(TERUMO社製、SS-10LZ)にプレポリマー溶液とFHTナノシート水分散液との混合溶液を入れ、シリンジから混合溶液をターンテーブル(アズワン株式会社製のT-Au)に載置したビーカー内の架橋剤溶液中に注入することで、混合溶液を架橋剤溶液中に浸潤させた。これにより、無機ナノシート-ポリマー複合体のファイバーが合成された。なお、シリンジの押出にはYMC社製のYSP-101を用い、シリンジの押出速度は8mL/minに設定した。また、ターンテーブルの回転速度は30rpmに設定した。なお、比較例に係るFHTを含まないポリウレタンエラストマーについても同様にしてファイバー化した。
【0070】
[無機ナノシート-ポリマー複合体の目視観察]
得られた無機ナノシート-ポリマー複合体(FHT-ポリウレタン複合エラストマー)をrennes-japan製のk-hs200を用いてクロスニコル観察した。その結果、複合体について複屈折が観察された。したがって、FHTは複合体内において凝集していないと考えられた。
【0071】
[FT-IR測定]
FHT、ポリウレタンエラストマー、及びFHT-ポリウレタン複合エラストマーについて、アジレントテクノロジー株式会社製のCary670を用いてFT-IR測定した。測定条件は、積算回数8回、測定波長650-4000nmである。その結果、FHT-ポリウレタン複合エラストマーのスペクトルにおいては、FHTで観察され、ポリウレタンエラストマーでは観察されなかったSi-O(波数:960cm-1)のピークが観察された。したがって、FHT-ポリウレタン複合エラストマーにおいてFHTはエラストマー中に複合されていることが確認された。
【0072】
[偏光顕微鏡観察]
図3及び図4は、FHT-ポリウレタン複合エラストマーの偏光顕微鏡による観察結果を示す。具体的に、図3は、FHT-ポリウレタン複合エラストマーファイバーを観察した結果を示し、上段の図は観察時の倍率が2.5倍で、下段の図は10倍である。また、図4は、FHT-ポリウレタン複合エラストマーファイバーを長さ方向に伸長させたファイバーを観察した結果を示し、上段の図は観察時の倍率が2.5倍で、下段の図は10倍である。
【0073】
偏光顕微鏡(OLYMPUS社製のBX51)を用いてFHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーを観察した。その結果、図3に示すようにFHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーの方向と無機ナノシートの配向方向とがそろっており、無機ナノシートが凝集していないことが確認された。また、FHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーをその長さが元の1.5倍になるように引っ張った状態で上記と同様に観察した結果、図4に示すようにFHTの異方性が更に強くなったことが確認された。
【0074】
[小角X線散乱分析(微視的構造の確認)]
図5は、FHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーの小角X線散乱測定の結果を示す。具体的に図5は、2次元パターンを円環積分して得られる、散乱ベクトルq(nm-1)に対する散乱強度I(q)を示すグラフである。
【0075】
FHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバーの引っ張りがない状態、引っ張りが弱い状態(引っ張り(弱))、及び引っ張りが強い状態(引っ張り(強))のそれぞれについて小角X線散乱分析(Rigaku社製のNANOPIXを使用。測定条件はX線源:CuKα、30V40mA、カメラ長:20mm)をした。その結果、いずれにおいてもFHTが異方的に配向しており、凝集もないことが確認された。
【0076】
ここで、引っ張りがない状態とは、ファイバーに引っ張り力を加えていない状態を示し、引っ張りが弱い状態とは、元の長さ(20mm)から10mm伸ばした状態を示し、引っ張りが強い状態とは、元の長さから20mm伸ばした状態を示す。
【0077】
[引張試験]
図6は、実施例に係るFHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバー、及び比較例に係るFHTを含有しないポリウレタンエラストマーのファイバーの引張試験の結果を示す。図6は、横軸が破断歪み(%)、縦軸が破断応力(kPa)を示す。
【0078】
FHT-ポリウレタン複合エラストマーのファイバー(実施例のファイバー)、及びFHTを含有しないポリウレタンエラストマーのファイバー(比較例のファイバー)それぞれについて引張試験した。ここで、ファイバーの直径は、実施例のファイバーは0.18mmであり(断面積:2.0×10-7)、比較例のファイバーは0.37mm(断面積:8.6×10-7)であった。また、引張試験は、株式会社オリエンテック社製のシングルコラム型材料試験機(STA-1150)を用いてファイバーをジョウに固定し、23±2℃相対湿度50±5%、引張速度100mm/minで引張試験し、破断歪み(%)、破断応力(kPa)、弾性率(kPa)を測定した。なお、弾性率は測定データから作成した応力-歪み曲線の低歪み領域の傾きから求めた。
【0079】
その結果、図6に示すように、実施例のファイバーにおいては、破断歪みが677.9%、破断応力が2,700kPa、弾性率が119.5kPaであり、比較例のファイバーにおいては、破断歪みが689.8%で実施例と同程度であったものの、破断応力は1170kPaで弾性率は3.8kPaであった。すなわち、実施例のファイバーは、FHTを含有しない比較例のエラストマーに比べ、破断応力が約2.3倍、弾性率が約31.4倍と大幅に向上していることが確認された。
【0080】
以上のように、実施例に係る無機ナノシート-ポリマー複合体(FHT-ポリウレタン複合エラストマー)は、無機ナノシートが高い分散性、及び高い配向性を保った状態で複合体内に存在しており、無機ナノシートとポリマーとが複合化することで、複合体の破断応力及び弾性率等の物性を大幅に向上させることができることが示された。
【0081】
以上、本発明の実施の形態及び実施例を説明したが、上記に記載した実施の形態及び実施例は特許請求の範囲に係る発明を限定するものではない。また、実施の形態及び実施例の中で説明した特徴の組合せの全てが発明の課題を解決するための手段に必須であるとは限らない点に留意すべきである。
【符号の説明】
【0082】
1 無機ナノシート
10 無機ナノシート配向ドメイン
w 横幅
t 厚さ
L サイズ
d 面間隔
図1
図2
図3
図4
図5
図6