(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材、及び歯科印象材
(51)【国際特許分類】
A61K 6/73 20200101AFI20220117BHJP
A61K 6/61 20200101ALI20220117BHJP
A61K 6/90 20200101ALI20220117BHJP
【FI】
A61K6/73
A61K6/61
A61K6/90
(21)【出願番号】P 2017063075
(22)【出願日】2017-03-28
【審査請求日】2020-01-22
(73)【特許権者】
【識別番号】505005049
【氏名又は名称】スリーエム イノベイティブ プロパティズ カンパニー
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100128495
【氏名又は名称】出野 知
(74)【代理人】
【識別番号】100173107
【氏名又は名称】胡田 尚則
(74)【代理人】
【識別番号】100142387
【氏名又は名称】齋藤 都子
(72)【発明者】
【氏名】鍋野 昇平
(72)【発明者】
【氏名】折谷 忠人
(72)【発明者】
【氏名】本松 大喜
【審査官】鈴木 理文
(56)【参考文献】
【文献】特開平11-209215(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 6/90
A61K 6/73
A61K 6/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材であって、
硫酸カルシウム半水和物と、金属硫酸塩無水物とを含
み、
前記金属硫酸塩無水物が、硫酸アルミニウム無水物、硫酸アルミニウムカリウム無水物及び硫酸マグネシウム無水物からなる群から選択される1種以上を含み、かつ
硫酸カルシウム2水塩を含まない、硬化材。
【請求項2】
前記硫酸カルシウム半水和物に対する前記金属硫酸塩無水物のモル比が、5×10
-4/1~5×10
-2/1である、請求項
1に記載の硬化材。
【請求項3】
前記硬化材100質量%に対する前記硫酸カルシウム半水和物の含有率が、0.1~70質量%である、請求項1
又は2に記載の硬化材。
【請求項4】
前記硬化材100質量%に対する前記金属硫酸塩無水物の含有率が、0.025質量%~5.0質量%である、請求項1~
3のいずれか一項に記載の硬化材。
【請求項5】
アルギン酸塩系基材と、請求項1~
4のいずれか一項に記載の硬化材とを含む、歯科印象材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材、及び歯科印象材に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、歯科印象材としては、ハイドロコロイド印象材(例えば寒天系又はアルギン酸塩系の印象材)が広く使用されている。例えばアルギン酸塩系印象材は、通常、アルギン酸塩を含むペースト状基材と、硬化剤を含むペースト状硬化材とをオートミキサーで練和することによって調製される。印象材には、適切な稠度を有すること、及び印象採取の所要時間(すなわち硬化時間)が適切な範囲に調整されていることが求められている。基材及び硬化材がペースト状であるものは、例えば粉末状のものと比べて操作性及び再現性がより良好である。
【0003】
特許文献1は、(A)硫酸カルシウム、(B)20℃の水への溶解度が0.1~1.5g/Lである、イオン化傾向がカルシウムより小さい金属の塩、及び(C)アルギン酸一価塩、を含むことを特徴とする歯科用アルジネート印象材を記載する。
【0004】
特許文献2は、アルギン酸塩,水,充填材を主成分とする主材ペーストと、硫酸カルシウム,液状成分を主成分とする硬化材ペーストとの2種類のペ-ストを混合して硬化させる歯科用アルギン酸塩印象材組成物において、主材ペースト中にカラーギナン,プルラン,ガードラン,キサンタンガム,ジェランガム,ペクチン,コンニャクグルコマンナン,キシログルカン,グァーガム,アラビアガム,ローカストビーンガムより選ばれる1種又は2種以上の多糖類が0.01~15重量%,硬化材ペースト中にポリブテンが0.5~50重量%含有せしめられていることを特徴とする歯科用アルギン酸塩印象材組成物を記載する。
【0005】
特許文献3は、(A)アルギン酸塩と、(B)水と、を主成分として含む基材ペースト、および(C)ゲル化反応剤と、(D)難水溶性有機溶媒と、(E)保湿剤と、を主成分として含む硬化剤ペースト、を有することを特徴とする歯科用アルジネート印象材を記載する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2014-156437号公報
【文献】特開2002-87922号公報
【文献】国際公開第2012/063618号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
アルギン酸塩系歯科印象材においては、硬化材中のゲル化剤として硫酸カルシウムの半水和物、二水和物等が一般に用いられる。ゲル化剤として硫酸カルシウム半水和物を含む硬化材は、歯科印象材の硬化後の物性の制御をより良好に行える点で有利であるが、硫酸カルシウム半水和物は、硬化材の保存中に水分によって水和(したがって硬化)して二水和物を生成し易いという欠点を有している。このような水和反応により、硫酸カルシウムの針状結晶が成長することで硫酸カルシウムの表面積が低下すると、硫酸カルシウムの溶解速度が低下する(すなわち硫酸カルシウムが不活性化される)。半水和物から二水和物へのこのような変質が生じた硬化材を用いて得られる歯科印象材においては、基材と硬化材との間の硬化反応が遅くなり、硬化に要する時間が本来の設計よりも長くなるという問題が生じる。
【0008】
本発明は上記の課題を解決し、硫酸カルシウムの半水和物を用いつつ、保存中の変質が抑制されることで、歯科印象材の調製時及び使用時の所要硬化時間の経時的変化が少ない、アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材、及びこれを含む歯科印象材の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本開示の一態様は、
アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材であって、
硫酸カルシウム半水和物と、金属硫酸塩無水物とを含む、硬化材を提供する。
【0010】
本開示の別の態様は、
アルギン酸塩系基材と、上記硬化材とを含む、歯科印象材を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、硫酸カルシウムの半水和物を用いつつ、保存中の変質が抑制されることで製造初期と保存後とでの所要硬化時間の変化が少ない、アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材、及びこれを含む歯科印象材が提供される。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の例示の態様について説明するが、本発明はこれらの態様に限定されるものではない。
【0013】
本発明の一態様は、アルギン酸塩系歯科印象材用の硬化材であって、硫酸カルシウム半水和物と、金属硫酸塩無水物とを含む、硬化材を提供する。一般に、アルギン酸塩系歯科印象材は、ゲル化剤として、基材中にアルギン酸塩(例えばアルギン酸カリウム又はアルギン酸ナトリウム)、及び硬化材中に硫酸カルシウムを含み、これらが混合されると、アルギン酸塩と硫酸カルシウムとの間でイオン交換(したがって架橋)が生じてアルギン酸カルシウムが形成される。アルギン酸塩系歯科印象材はこの架橋構造によって硬化する。
【0014】
硬化反応は硫酸カルシウム由来のカルシウムイオンに左右される。しかし、硬化材の保存中に、硫酸カルシウムは周囲の水分と容易に反応して硫酸カルシウム二水和物を形成する。例えば、硫酸カルシウム半水和物は、下記式:
CaSO4・1/2H2O+3/2H2O→CaSO4・2H2O
のように水和して二水和物を生成する。このような水和反応により、硫酸カルシウムの針状結晶が成長することで硫酸カルシウムの表面積が低下すると、硫酸カルシウムの溶解速度が低下する(すなわち硫酸カルシウムが不活性化される)。上記の理由で、保存後の硬化材を用いたときに、アルギン酸塩系歯科印象材の硬化遅延(すなわち硬化時間の増大)が生じると考えられる。一方、硫酸カルシウム二水和物ではこのような更なる水和反応による溶解度低下の問題は生じないと考えられる。硫酸カルシウム二水和物のみからなるアルギン酸塩印象材は硫酸カルシウム半水和物を含有したアルギン酸塩印象材に比べて、印象採得したゲル化体を水中に浸漬した際に吸水膨潤や収縮が大きいことが報告されている。従って、硫酸カルシウム半水和物は硬化後の物性の制御の点でより有利である。従って、一態様において、硬化材はゲル化剤として少なくとも硫酸カルシウム半水和物を含む。
【0015】
一態様において、硬化材中のゲル化剤は実質的に硫酸カルシウム半水和物のみであってもよいし、追加の化合物を更に含んでもよい。追加の化合物としては、2価以上の金属化合物、例えば硫酸カルシウム二水和物、硫酸カルシウム無水和物、マグネシウム硫酸塩等が挙げられる。硬化材がゲル化剤として硫酸カルシウム半水和物に加えて追加の化合物を含む場合、硬化材100質量%に対するゲル化剤の合計含有率は、歯科印象材の良好な硬化反応を実現する観点から、好ましくは、約30質量%以上、又は約35質量%以上、又は約45質量%以上であり、歯科印象材の硬化速度が速くなり過ぎることを回避する観点から、好ましくは、約70質量%以下、又は約65質量%以下、又は約60質量%以下である。
【0016】
一態様において、硬化材は金属硫酸塩無水物を含む。金属硫酸塩無水物は、硬化材において、硫酸カルシウム半水和物を用いつつ良好な保存安定性を得ることに寄与する。理論に拘束されることを望まないが、金属硫酸塩無水物は、硫酸カルシウム半水和物と比べて水和しやすい。水和のし易さは、例えば水和エンタルピーを指標として評価できる。金属硫酸塩無水物は、硫酸カルシウム二水和物よりも水和エンタルピーが大きい傾向がある。硬化材中に、硫酸カルシウム半水和物と、これよりも水和し易い成分である金属硫酸塩無水物が共存していることにより、保存中の硬化材において、環境中の水分による水和反応が硫酸カルシウム半水和物よりも金属硫酸塩無水物において優先的に進み、結果として硫酸カルシウム半水和物の水和反応を抑制できると考えられる。
【0017】
好ましい態様において、金属硫酸塩無水物は二価以上の金属イオンを含む。二価以上の金属イオンは、一価の金属イオンと比べて、水和物を形成し易い傾向があり、またその価数に起因して、硫酸カルシウム半水和物の水和反応抑制に対する金属硫酸塩無水物1分子当たりの寄与が大きいため有利である。
【0018】
好ましい態様において、金属硫酸塩無水物としては、硫酸カルシウム半水和物と比べて水和し易い(例えば水和エンタルピーが大きい)点で、硫酸アルミニウム無水物、硫酸アルミニウムカリウム無水物、硫酸マグネシウム無水物を例示できる。好ましい態様において、金属硫酸塩無水物は、硫酸アルミニウム無水物、硫酸アルミニウムカリウム無水物、及び硫酸マグネシウム無水物からなる群から選択される1種以上を含み、又は実質的にこれからなる。好ましい態様において、金属硫酸塩無水物は、硫酸アルミニウム無水物及び硫酸アルミニウムカリウム無水物からなる群から選ばれる1種以上を含み、又は実質的にこれからなる。好ましい態様において、金属硫酸塩無水物は硫酸アルミニウム無水物である。
【0019】
金属硫酸塩無水物がカルシウム塩を含む場合、カルシウム塩が硫酸カルシウム半水和物の硬化反応に影響して硬化材の硬化性能を低下させる場合があるという観点から、好ましい態様において、金属硫酸塩無水物は、カルシウム塩を実質的に含まない。
【0020】
好ましい態様において、硫酸カルシウム半水和物に対する金属硫酸塩無水物のモル比は、硬化遅延抑制効果を良好に得る観点から、約5×10-4/1以上、又は約1×10-3/1以上、又は約5×10-3/1以上であり、硫酸カルシウム半水和物のゲル化剤としての機能を良好に得る観点から、約1×10-1/1以下、又は約5×10-2/1以下、又は約1×10-2以下である。
【0021】
好ましい態様において、硬化材100質量%に対する硫酸カルシウム半水和物の含有率は、硫酸カルシウム半水和物のゲル化剤としての機能を良好に得る観点から、約0.1質量%以上、又は約1質量%以上、又は約10質量%以上であり、歯科印象材の速すぎる硬化を回避して印象採取時の操作時間を良好に確保する観点から、約70質量%以下、又は約65質量%以下、又は約60質量%以下である。
【0022】
好ましい態様において、硬化材100質量%に対する金属硫酸塩無水物の含有率は、良好な硬化遅延抑制効果を得る観点から、約0.1質量%以上、又は約0.5質量%以上、又は約0.8質量%以上であり、硫酸カルシウム半水和物のゲル化剤としての機能を良好に得る観点から、約5.0質量%以下、又は約3.0質量%以下、又は約2.0質量%以下である。
【0023】
硬化材は、上記以外に、追加成分として、溶剤、界面活性剤、表面改質剤、着色剤、フィラー、追加の金属塩等を含むことができる。
【0024】
溶剤としては、炭化水素、アルコール、フェノール類、脂肪酸又はそのエステル、疎水性重合体、ポリエーテル等が挙げられる。
【0025】
炭化水素としては、ヘキサン、ヘプタン、オクタン、ノナン、デカン、ウンデカン、ドデカン、トリデカン、テトラデカン、ペンタデカン、ケロシン、2,7-ジメチルオクタン、1-オクテン等の脂肪族鎖状炭化水素;及びシクロヘプタン、シクロノナン等の脂環式炭化水素が挙げられる。炭化水素は、流動パラフィン等の炭化水素混合物であることができる。
【0026】
アルコールとしては、1-ヘキサノール、1-オクタノール等の飽和脂肪族アルコール;シトロネロール、オレイルアルコール等の不飽和脂肪族アルコール;及びベンジルアルコール等の芳香族アルコール;が挙げられる。フェノール類としては、クレゾール等が挙げられる。
【0027】
脂肪酸又はそのエステルとしては、ヘキサン酸、オクタン酸等の飽和脂肪酸;オレイン酸、リノール酸等の不飽和脂肪酸;及びオクタン酸エチル、フタル酸ジブチル、オレイン酸グリセリド等の脂肪酸エステルが挙げられる。
【0028】
疎水性重合体としては、ポリシロキサンが挙げられる。
【0029】
中でも、流動パラフィンは、良好な疎水性、入手及び取扱いの容易性、生体に対する安全性等の観点から好ましい。
【0030】
ポリエーテルとしては、直鎖又は分岐のポリエーテルが挙げられ、好ましくはポリアルキレングリコールである。ポリアルキレングリコールとしては、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等が挙げられ、中でも、ポリエチレングリコールは親水性に優れる点で好ましい。
【0031】
好ましい態様において、硬化材100質量%中の溶剤の量は、約10質量%~約50質量%である。当該量は、硬化材の粘度を良好に調整する観点から、好ましくは、約10質量%以上、又は約20質量%以上であり、硬化材の良好な保存安定性を得る観点、及び硬化材の他の成分の含有率を良好に確保する観点から、好ましくは、約50質量%以下、又は約40質量%以下である。
【0032】
界面活性剤としては、陰イオン界面活性剤(例えばアルキルスルホン酸塩、アルキルベンゼンスルホン酸塩、アルキルエーテルカルボン酸塩等)、陽イオン界面活性剤(例えばアルキルアミン塩、四級アンモニウム塩等)、両性界面活性剤(例えばアミノカルボン酸塩等)、及び非イオン界面活性剤(例えばポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレンアルキルフェニルエーテル、ポリオキシエチレン-ポリオキシプロピレンブロックポリマー、ポリオキシエチレングリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシグリセリン脂肪酸エステル、ソルビタン脂肪酸エステル、ショ糖エステル、ポリオキシジエチレンアルキルアミン、ポリシロキサン類とポリオキシエチレン類とのブロックポリマー等)が挙げられる。
【0033】
好ましい態様において、硬化材100質量%中の界面活性剤の量は、約0.1~約10質量%である。当該量は、硬化材中の疎水性成分と親水性成分との分離を回避して良好な保存安定性を得る観点から、好ましくは、約0.1質量%以上、又は約0.5質量%以上であり、硬化材の他の成分の含有率を良好に確保する観点から、好ましくは、約10質量%以下、又は約5質量%以下である。
【0034】
表面改質剤は、歯科印象材の表面をより平滑にして印象精度を良好にする作用を有する。表面改質剤としては、チタンフッ化カリウム、ケイフッ化カリウム等の無機フッ化化合物、酸化マグネシウム、酸化亜鉛等の金属酸化物等が挙げられる。中でも、チタンフッ化カリウムは、印象精度を高める観点から好ましい。好ましい態様において、硬化材100質量%中の表面改質剤の量は、良好な印象精度を得る観点から、約0.5~約30質量%、又は約1~約27質量%、約5~約24質量%、又は約9~約18質量%である。
【0035】
着色剤としては、赤色226号、赤色3号、青色1号、緑色3号等が挙げられる。好ましい態様において、硬化材100質量%中の着色剤の量は、約0.01~約1.0質量%である。
【0036】
フィラーとしては、珪藻土、シリカ、アルミナ等が挙げられる。好ましい態様において、基材100質量%中のフィラーの量は、約1~約40質量%である。当該量は、硬化材の粘度を高くする観点及び印象材の物性を良好にする観点から、好ましくは、約1質量%以上、又は約2質量%以上であり、硬化材の他の成分の含有率を良好に確保する観点から、好ましくは、約40質量%以下、又は約20質量%以下である。
【0037】
また、印象採得時の操作時間を良好に確保する観点から、追加の金属塩として、アルカリ金属リン酸塩(例えば、リン酸三ナトリウム、リン酸三カリウム、ピロリン酸ナトリウム、トリポリリン酸ナトリウム等)、アルカリ金属シュウ酸塩(例えばシュウ酸ナトリウム、シュウ酸カリウム等)、及びアルカリ金属炭酸塩(例えば炭酸ナトリウム、炭酸カリウム等)からなる群から選ばれる1種以上を更に用いてもよい。中でも、ピロリン酸ナトリウム十水塩は、取り扱い容易性の観点から好ましい。好ましい態様において、硬化材100質量%中の追加の金属塩の量は、約0~約10質量%である。
【0038】
好ましい態様において、硬化材は、
硫酸カルシウム半水和物:約45質量%~約55質量%、及び
金属硫酸塩無水物:約0.5質量%~約3質量%、
を含む。
【0039】
好ましい態様において、硬化材は、上記含有率の硫酸カルシウム半水和物及び金属硫酸塩無水物に加え、
溶剤:約25質量%~約35質量%、
界面活性剤:約0.5質量%~約1.5質量%、
表面改質剤:約5質量%~約15質量%、
着色剤:約0.01質量%~約0.2質量%、及び
フィラー:約3質量%~約8質量%、
の1種以上を更に含む。
【0040】
<歯科印象材>
本開示の一態様は、アルギン酸塩系基材と、上述したような本開示の一態様に係る硬化材とを含む、歯科印象材を提供する。基材としては、アルギン酸塩系歯科印象材の基材として従来公知の種々の組成物を用いることができる。典型的な態様において、基材は、溶剤、及びアルギン酸塩(ゲル化剤として)を含む。
【0041】
アルギン酸塩としては、アルギン酸のカリウム塩及びナトリウム塩を例示できる。好ましい態様において、アルギン酸塩はアルギン酸ナトリウムである。
【0042】
好ましい態様において、基材100質量%中のアルギン酸塩の量は、約1~約10質量%である。当該量は、印象材に良好な物性を与える観点から、好ましくは、約1質量%以上、又は約2質量%以上、又は約3質量%以上であり、好ましくは、約10質量%以下、又は約8質量%以下、又は約7質量%以下である。
【0043】
好ましい態様において、溶剤は水である。水は、精製水、脱イオン水等であってよい。好ましい態様において、基材100質量%中の水の量は、約50~約90質量%である。当該量は、基材の粘度が高くなりすぎることを回避して基材と硬化材との練和及び印象材の適用(すなわち印象採取)を容易にする観点から、好ましくは、約50質量%以上、又は約55質量%以上、又は約60質量%以上であり、基材の粘度が低くなりすぎることを回避して基材と硬化材との練和及び印象材の適用を容易にし、更に印象材の物性を良好にする観点から、好ましくは、約90質量%以下、又は約85質量%以下、又は約80質量%以下である。
【0044】
基材は、溶剤及びアルギン酸塩に加え、追加成分を更に含んでもよい。追加成分としては、フィラー、界面活性剤、防腐剤、硬化遅延剤、香料等が挙げられ、これらの1種以上を使用できる。
【0045】
フィラー、界面活性剤及び硬化遅延剤としては、硬化材について前述したのと同様のものを適宜使用できる。好ましい態様において、基材100質量%中のフィラーの量は、約10~約30質量%である。好ましい態様において、基材100質量%中の界面活性剤の量は、約0.1~約5質量%である。好ましい態様において、基材100質量%中の硬化遅延剤の量は、約0.1~約5質量%である。
【0046】
防腐剤としては、パラオキシ安息香酸メチル、パラオキシ安息香酸プロピル、等が挙げられる。好ましい態様において、基材100質量%中の防腐剤の量は、約0.01~約1.0質量%である。
【0047】
香料としては、ペパーミントフレーバー、アップルフレーバー等が挙げられる。好ましい態様において、基材100質量%中の香料の量は、約0.01~約1.0質量%である。
【0048】
<基材、硬化材及び歯科印象材の製造>
基材及び硬化材は、それぞれ、例えば配合成分を公知の撹拌混合器で混合する方法で製造できる。撹拌混合器としては、ボールミル、リボンミキサー、コニーダー、インターナルミキサー、スクリューニーダー、ヘンシェルミキサー、万能ミキサー、レーディゲミキサー、バタフライミキサー等を使用できる。本開示の歯科印象材は、上記のようにして製造された基材と、硬化材との組合せとして提供されることができる。典型的な態様において、基材及び硬化材は、それぞれパッケージ内に封入された状態で提供され、これらのパッケージを公知の自動練和器に装着して、基材と硬化材とを所定比率で自動練和することにより、歯科印象材ペーストが提供される。
【実施例】
【0049】
以下、本発明の例示の態様について実施例を挙げて更に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0050】
<硬化材ペースト及び基材ペーストの調製>
表1に示す配合成分(基材)並びに表3に示す配合成分(硬化材)のそれぞれを、常法で室温にて気泡が発生しないように混合し、均一な基材ペースト及び均一な硬化材ペーストを得た。
【0051】
<水分量の測定>
実施例1の硬化材については、温度25.9℃、相対湿度32%の実験室内で、加熱乾燥式水分計「A&D MX-50」((株)エー・アンド・デイ製)を用い、測定温度105℃にて水分量を測定した。得られた水分量値は0.44質量%であった。
【0052】
<硬化時間の評価>
(1)試料調製
前述の硬化材ペーストについて、調製直後(以下、エージング前という。)の硬化材ペーストをサンプル瓶に入れ密封し、温度60℃の環境下に1週間置いて、エージング後の硬化材ペーストを調製した。エージング前及びエージング後の硬化材ペーストを用いて下記(2)及び(3)の試験を行った。
(2)初期硬化時間(ゲル化時間)
前述の基材ペーストと、上記(1)のエージング前及びエージング後のそれぞれの硬化材ペーストとを混合し、JIS T6505に準拠して初期硬化時間を評価した。結果を表3に示す。
(3)硬化時間
上記で得た基材ペーストと、上記(1)のエージング前及びエージング後のそれぞれの硬化材ペーストとを混合し、リジッドリングモールド内に注ぎ入れた(ISO21563:2013,7.1.1aに準拠)。混合開始後、円柱型のポリメチルメタクリレート試験棒を印象材の表面に押付けた(ISO21563:2013,7.2.1bに準拠)。印象材に上記試験棒のマークが付かなくなるまでの時間を硬化時間とした。結果を表3に示す。
【0053】
【0054】
【表2】
硫酸アルミニウムの水和物を六水和物と仮定し、参考文献(Ereminら,“Calculation of the standard thermodynamic potentials of aluminum sulfates and basic aluminum sulfates”, Russian Journal of Inorganic Chemistry, August 2015, Volume 60, Issue 8, pp 950-957)に記載される標準生成エンタルピー(硫酸アルミニウム六水和物の-5312.634(kJ/mol)、硫酸アルミニウムの-3441.8(kJ/mol)及び水(液体)の-285.83(kJ/mol))から硫酸アルミニウム無水物の水和エンタルピーを算出したところ、-155.854(kJ/mol)であった。
【0055】
【0056】
表3に示すように、金属硫酸塩無水物を用いた実施例1~6においては、エージング前後での初期硬化時間及び硬化時間の両者の遅延が、金属硫酸塩無水物を用いない比較例1と比べて顕著に低減された。また、実施例1と実施例5との比較から分かるように、硫酸アルミニウム無水物が硫酸アルミニウムカリウム無水物と比べて硬化遅延低減効果が一層良好であった。
【0057】
なお、参考例1及び2は、ゲル化剤として硫酸カルシウム半水和物を使用せず、硫酸カルシウム二水和物のみ用いた例である。これら例では、硫酸カルシウム半水和物を使用したペーストに比べて硬化が極端に早く、硬化時間を適切な時間に制御するため、基材に対する硬化材の質量比率が実施例及び比較例と比べて小さくされている。
【産業上の利用可能性】
【0058】
本開示の硬化材は、アルギン酸塩系歯科印象材に好適に適用される。