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特許7007169鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム及び予兆検知方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-11
(45)【発行日】2022-01-24
(54)【発明の名称】鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム及び予兆検知方法
(51)【国際特許分類】
   B61K 9/08 20060101AFI20220117BHJP
   G01H 17/00 20060101ALI20220117BHJP
【FI】
B61K9/08
G01H17/00 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2017238254
(22)【出願日】2017-12-13
(65)【公開番号】P2019104389
(43)【公開日】2019-06-27
【審査請求日】2020-11-13
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第24回鉄道技術・政策連合シンポジウム(J-RAIL2017)(開催日)平成29年12月12日(開催場所)朱鷺メッセ:新潟コンベンションセンター
(73)【特許権者】
【識別番号】000182993
【氏名又は名称】日鉄レールウェイテクノス株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504158881
【氏名又は名称】東京地下鉄株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001748
【氏名又は名称】特許業務法人まこと国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】小村 吉史
(72)【発明者】
【氏名】橋本 通孝
(72)【発明者】
【氏名】久保 奈帆美
(72)【発明者】
【氏名】谷本 益久
(72)【発明者】
【氏名】小林 実
(72)【発明者】
【氏名】河野 陽介
【審査官】諸星 圭祐
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-021790(JP,A)
【文献】特開平09-226576(JP,A)
【文献】特開2002-131042(JP,A)
【文献】特開2009-053066(JP,A)
【文献】特開2005-205967(JP,A)
【文献】特開2007-145270(JP,A)
【文献】実開昭54-165407(JP,U)
【文献】国際公開第87/006203(WO,A1)
【文献】特開2012-245835(JP,A)
【文献】特開2000-136988(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2013/0312524(US,A1)
【文献】中国特許出願公開第101850772(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B61K 3/00- 3/02
B61K 9/08- 9/12
G01B 21/00
G01H 17/00
G01M 17/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールに設置され、鉄道車両が前記内軌側レールを走行する際の前記内軌側レールの左右振動加速度を測定して左右振動加速度信号を出力する左右振動加速度測定手段と、
前記左右振動加速度測定手段から出力された左右振動加速度信号が入力され、該入力された左右振動加速度信号から、予め決定された前記内軌側レールの波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知する検知手段と、
を備えることを特徴とする鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項2】
前記検知手段は、
前記入力された左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成する生成手段と、
前記生成手段によって生成された周波数スペクトルから、前記予め決定された周波数帯域のスペクトル成分を抽出する抽出手段と、
前記抽出手段によって抽出されたスペクトル成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する判定手段と、
を具備することを特徴とする請求項1に記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項3】
前記生成手段は、前記入力された左右振動加速度信号を周波数解析してパワースペクトル密度分布を生成し、
前記抽出手段は、前記生成手段によって生成したパワースペクトル密度分布から、前記予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度を抽出し、
前記判定手段は、前記抽出手段によって抽出された前記予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度の積分値の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する、
ことを特徴とする請求項2に記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項4】
前記検知手段は、
前記入力された左右振動加速度信号から、前記予め決定された周波数帯域の信号成分を透過させるバンドパスフィルタと、
前記バンドパスフィルタを透過した信号成分の振幅の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する判定手段と、
を具備することを特徴とする請求項1に記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項5】
前記曲線軌道の内軌側レールに摩擦係数を低下させるための摩擦係数調整材を供給する摩擦係数調整手段を更に備え、
前記摩擦係数調整手段は、前記検知手段によって前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆が検知された場合に、前記曲線軌道の内軌側レールに摩擦係数調整材を供給する、
ことを特徴とする請求項1から4の何れかに記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項6】
前記検知手段は、前記摩擦係数調整手段による摩擦係数調整材の供給時点を管理しており、前記摩擦係数調整手段による摩擦係数調整材の供給時点から、該摩擦係数調整材の効果が維持されると考え得る予め決定された所定時間内において、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合、前記内軌側レールの補修又は交換が必要であるか、或いは、前記摩擦係数調整手段が故障していると判定する、
ことを特徴とする請求項5に記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム。
【請求項7】
鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールであって波状摩耗が発生している内軌側レールを周波数帯域決定用内軌側レールとして用い、該周波数帯域決定用内軌側レールに左右振動加速度測定手段を設置し、鉄道車両が前記周波数帯域決定用内軌側レールを走行する際に前記左右振動加速度測定手段によって前記周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析することで、前記波状摩耗に関連する周波数帯域を予め決定する準備工程と、
波状摩耗が発生しているか否か未知である前記曲線軌道の内軌側レールを鉄道車両が走行する際に前記左右振動加速度測定手段によって前記内軌側レールの左右振動加速度を測定する測定工程と、
前記測定工程によって得られた左右振動加速度信号から、前記準備工程によって予め決定された前記周波数帯域の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知する検知工程と、
を含むことを特徴とする鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知方法。
【請求項8】
前記準備工程は、
前記周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチと、前記周波数帯域決定用内軌側レールを走行する前記鉄道車両の走行速度とを測定し、該測定結果に基づき、前記周波数帯域の中心周波数を決定する中心周波数決定工程と、
前記周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成し、該生成した周波数スペクトルのスペクトル成分の大きさに基づき、前記周波数帯域の帯域幅を決定する帯域幅決定工程と、
を含むことを特徴とする請求項7に記載の鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、鉄道車両が走行する曲線軌道において、レールの頭頂面に発生し得る波状摩耗の発生の予兆を検知するシステム及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
鉄道車両が走行する曲線軌道において、レールの頭頂面に波状摩耗と称される摩耗が発生する場合がある。波状摩耗は、レールの長手方向について数cm~数十cm程度の波長を有する略正弦波状の凹凸である。
波状摩耗は、特に曲線半径の小さな曲線軌道の内軌側レールで発生し易い。曲線軌道の曲率半径が、外軌側の車輪と内軌側の車輪との輪径差で吸収できないほど小さくなると、内軌側レールと車輪との間にいわゆるスティックスリップ現象が生じ、これにより内軌側レールの頭頂面が摩耗することが、波状摩耗発生の原因であると考えられている。
【0003】
波状摩耗が進展すると(波状摩耗の凹凸が大きくなると)、鉄道車両や曲線軌道に激しい振動や衝撃が与えられることで、鉄道車両の乗り心地が悪化したり、騒音が発生するといった問題が生じる。
このため、波状摩耗が発生した場合には、波状摩耗の進展を抑制するために、水や油等の摩擦係数調整材をレールの頭頂面に供給(散布)して、レールの頭頂面の摩擦係数を低下させる対策が施される場合がある。また、波状摩耗が進展して凹凸が大きくなった場合には、レールを補修(削正)したり、新品レールに交換するといった対策が施される場合もある。
【0004】
しかしながら、波状摩耗を自動的に検知できない場合、波状摩耗の発生や進展を把握するには、鉄道事業者の保全者が曲線軌道に赴いてレールの頭頂面の状態を観察しなければならない。したがい、実際には、波状摩耗の発生の有無に関わらず定期的に摩擦係数調整材を供給したり、波状摩耗の進展の有無に関わらず定期的にレールの補修や交換を行っているのが実態である。
このため、過度に摩擦係数調整材を供給してしまうことで、ランニングコストが増加したり、車輪の空転や滑走が生じるおそれがある。また、健全なレールを交換することで、無駄なメンテナンスコストが発生するおそれもある。
【0005】
上記のような問題を解決するには、波状摩耗を自動的に検知する装置を適用することが考えられる。波状摩耗を自動的に検知する装置としては、例えば、特許文献1~4に記載の装置が提案されている。特許文献1~4に記載の装置は、いずれも鉄道車両に設置された複数の距離計を備え、各距離計によってレールの頭頂面までの距離を測定することで、波状摩耗の凹凸の大きさを算出するものである。
【0006】
特許文献1~4に記載の装置によれば、波状摩耗を自動的に検知できるため、波状摩耗の発生の有無に関わらず定期的に摩擦係数調整材を供給したり、波状摩耗の進展の有無に関わらず定期的にレールの補修や交換を行う必要がなくなる可能性がある。すなわち、波状摩耗の発生を検知した時点で摩擦係数調整材を供給したり、波状摩耗の進展を検知した時点でレールの補修や交換を行えばよく、過度に摩擦係数調整材を供給したり、健全なレールの補修や交換を行うおそれが低減する可能性がある。
【0007】
しかしながら、特許文献1~4に記載の装置は、距離計によるレールの頭頂面までの距離測定によって波状摩耗を検知するものであるため、距離計の測定分解能等に依存して、ある程度凹凸の大きな波状摩耗しか検知できない。したがい、特許文献1~4に記載の装置によって検知した時点では、すでに波状摩耗が進展してしまっており、摩擦係数調整材の供給による波状摩耗進展の抑制効果を十分に発揮できないおそれがある。このため、波状摩耗発生の予兆が生じている段階(波状摩耗の凹凸が生じていないか又は極めて微小な凹凸しか生じていないものの、摩擦係数調整材の供給等の対策を施さなければ、やがて波状摩耗が発生する段階)で、この予兆を自動的に検知可能な装置が望まれている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開昭63-61909号公報
【文献】特開平4-191609号公報
【文献】特開平6-11331号公報
【文献】特開2000-292150号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記のような従来技術の問題点を解決するためになされたものであり、鉄道車両が走行する曲線軌道において、レールの頭頂面に発生し得る波状摩耗の発生の予兆を検知するシステム及び方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
前記課題を解決するべく、本発明者らは鋭意検討した結果、曲線軌道の内軌側レールに波状摩耗が発生していなくても、波状摩耗の発生の予兆が生じている場合には、鉄道車両が走行する際の内軌側レールの左右振動加速度における特定の周波数帯域(予兆が生じている内軌側レールに対策を施さなければやがて発生するであろう波状摩耗に関連する周波数帯域)の成分が大きくなることを知見した。したがい、鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールの左右振動加速度を測定し、その左右振動加速度信号から波状摩耗に関連する特定の周波数帯域の信号成分を抽出すれば、その抽出した信号成分の大きさに基づき、波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知可能であることに想到した。
本発明は、本発明者らの上記知見に基づき完成したものである。
【0011】
すなわち、前記課題を解決するため、本発明は、鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールに設置され、鉄道車両が前記内軌側レールを走行する際の前記内軌側レールの左右振動加速度を測定して左右振動加速度信号を出力する左右振動加速度測定手段と、前記左右振動加速度測定手段から出力された左右振動加速度信号が入力され、該入力された左右振動加速度信号から、予め決定された前記内軌側レールの波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知する検知手段と、を備えることを特徴とする鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システムを提供する。
【0012】
本発明に係る予兆検知システムによれば、左右振動加速度測定手段によって測定した鉄道車両が内軌側レールを走行する際の内軌側レールの左右振動加速度に基づき、検知手段によって波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知可能である。このため、例えば、検知したタイミングで内軌側レールに摩擦係数調整材を供給することにより、波状摩耗の発生や進展を十分に抑制可能である。
なお、本発明における「左右振動加速度測定手段」としては、内軌側レールの左右振動加速度を直接測定する加速度計に限るものではなく、例えば、変位計と該変位計で測定した内軌側レールの左右変位を2階微分することで左右振動加速度を算出する演算手段との組み合わせを採用することも可能である。また、例えば、速度計と該速度計で測定した内軌側レールの左右速度を1階微分することで左右振動加速度を算出する演算手段との組み合わせを採用することも可能である。
【0013】
本発明における検知手段において、予め決定された波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分を抽出する方法として、周波数解析を利用する方法を例示できる。
すなわち、好ましくは、前記検知手段は、前記入力された左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成する生成手段と、前記生成手段によって生成された周波数スペクトルから、前記予め決定された周波数帯域のスペクトル成分を抽出する抽出手段と、前記抽出手段によって抽出されたスペクトル成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する判定手段と、を具備する。
【0014】
上記の好ましい構成によれば、生成手段によって生成した左右振動加速度信号の周波数スペクトルから、抽出手段によって波状摩耗に関連する特定の周波数帯域のスペクトル成分が抽出され、判定手段によって前記抽出されたスペクトル成分の大きさに基づき波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知可能である。
なお、上記の好ましい構成における「周波数スペクトル」には、横軸が周波数で縦軸がパワー(左右振動加速度の2乗)であるパワースペクトルと、横軸が周波数で縦軸がパワースペクトル密度(左右振動加速度の2乗/周波数)であるパワースペクトル密度分布とが含まれる。
【0015】
上記の好ましい構成において、周波数スペクトルとしてパワースペクトルを用いる場合、周波数解析のサンプリング周波数に応じて周波数分解能が変化するため、サンプリング周波数が変化すれば縦軸のパワーの値も変化することになる。一方、周波数スペクトルとしてパワースペクトル密度分布を用いる場合、周波数解析のサンプリング周波数に関わらず周波数分解能は常に1Hzであるため、サンプリング周波数が変化しても縦軸のパワースペクトル密度は変化しない。上記の好ましい構成における判定手段は、周波数スペクトルから抽出したスペクトル成分の大きさに基づき波状摩耗の発生の予兆を判定するため、安定した判定を行う(一定のしきい値との比較でスペクトル成分の大きさを評価可能にする)には、サンプリング周波数が変化しても周波数スペクトルの縦軸の値が変化しない方が好ましい。
すなわち、より好ましくは、前記生成手段は、前記入力された左右振動加速度信号を周波数解析してパワースペクトル密度分布を生成し、前記抽出手段は、前記生成手段によって生成したパワースペクトル密度分布から、前記予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度を抽出し、前記判定手段は、前記抽出手段によって抽出された前記予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度の積分値の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する。
【0016】
上記の好ましい構成によれば、生成手段によって生成した左右振動加速度信号のパワースペクトル密度分布から、抽出手段によって波状摩耗に関連する特定の周波数帯域のパワースペクトル密度が抽出され、判定手段によって前記抽出されたパワースペクトル密度の積分値の大きさに基づき波状摩耗の発生の予兆を安定して検知可能である。
【0017】
本発明における検知手段において、予め決定された波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分を抽出する方法としては、前述の周波数解析を利用する方法に限るものではなく、バンドパスフィルタを利用する方法も例示できる。
すなわち、好ましくは、前記検知手段は、前記入力された左右振動加速度信号から、前記予め決定された周波数帯域の信号成分を透過させるバンドパスフィルタと、前記バンドパスフィルタを透過した信号成分の振幅の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を判定する判定手段と、を具備する。
【0018】
上記の好ましい構成によれば、バンドパスフィルタによって波状摩耗に関連する特定の周波数帯域の信号成分が透過し、判定手段によって前記透過した信号成分の振幅の大きさに基づき波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知可能である。
【0019】
好ましくは、本発明に係る予兆検知システムは、前記曲線軌道の内軌側レールに摩擦係数を低下させるための摩擦係数調整材を供給する摩擦係数調整手段を更に備え、前記摩擦係数調整手段は、前記検知手段によって前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆が検知された場合に、前記曲線軌道の内軌側レールに摩擦係数調整材を供給する。
【0020】
上記の好ましい構成によれば、検知手段によって波状摩耗の発生の予兆が自動的に検知された場合に、摩擦係数調整手段によって内軌側レールに摩擦係数調整材を適切なタイミングで自動的に供給することができるため、波状摩耗の発生や進展を十分に抑制可能である。
【0021】
上記の好ましい構成において、摩擦係数調整手段によって摩擦係数調整材を供給してからさほど時間が経過していなくても(摩擦係数調整材の効果が維持されると考え得る時間内であっても)、検知手段が内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合(波状摩耗に関連する特定の周波数帯域の信号成分が大きくなった場合)には、すでに波状摩耗が進展してしまっており、内軌側レールの補修や交換が必要な状態になっていることが考えられる。或いは、摩擦係数調整材を供給したつもりであっても摩擦係数調整手段の故障により実際には摩擦係数調整材が供給されていない場合も考えられる。
したがい、好ましくは、前記検知手段は、前記摩擦係数調整手段による摩擦係数調整材の供給時点を管理しており、前記摩擦係数調整手段による摩擦係数調整材の供給時点から、該摩擦係数調整材の効果が維持されると考え得る予め決定された所定時間内において、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合、前記内軌側レールの補修又は交換が必要であるか、或いは、前記摩擦係数調整手段が故障していると判定する。
【0022】
上記の好ましい構成によれば、波状摩耗の発生の予兆を検知するだけではなく、内軌側レールの補修又は交換が必要であること、或いは、摩擦係数調整手段が故障していることをも自動的に判定可能であるため、鉄道事業者の保全者の手間が軽減されるという利点が得られる。
なお、上記の好ましい構成における「所定時間」とは、時間単位で表わされる数値に限られるものではなく、曲線軌道を走行する鉄道車両の本数(編成本数)とすることも可能である。
【0023】
また、前記課題を解決するため、本発明は、鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールであって波状摩耗が発生している内軌側レールを周波数帯域決定用内軌側レールとして用い、該周波数帯域決定用内軌側レールに左右振動加速度測定手段を設置し、鉄道車両が前記周波数帯域決定用内軌側レールを走行する際に前記左右振動加速度測定手段によって前記周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析することで、前記波状摩耗に関連する周波数帯域を予め決定する準備工程と、波状摩耗が発生しているか否か未知である前記曲線軌道の内軌側レールを鉄道車両が走行する際に前記左右振動加速度測定手段によって前記内軌側レールの左右振動加速度を測定する測定工程と、前記測定工程によって得られた左右振動加速度信号から、前記準備工程によって予め決定された前記周波数帯域の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、前記内軌側レールの波状摩耗の発生の予兆を検知する検知工程と、を含むことを特徴とする鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知方法としても提供される。
【0024】
本発明に係る予兆検知方法によれば、まず準備工程において、波状摩耗が発生している内軌側レール(周波数帯域決定用内軌側レール)を用いて、波状摩耗に関連する周波数帯域を予め決定する。具体的には、鉄道車両が走行する際に周波数帯域決定用内軌側レールに設置された左右加速度測定手段で得られた左右振動加速度信号を周波数解析することで、波状摩耗に関連する周波数帯域を予め決定する。このように、実際に波状摩耗が発生している周波数帯域決定用内軌側レールを用いるため、この周波数帯域決定用内軌側レールについて得られた左右振動加速度信号を周波数解析することで、波状摩耗に関連する周波数帯域を精度良く決定可能である。なお、波状摩耗が発生しているか否かは、例えば、保全者が実際に曲線軌道に赴いて周波数帯域決定用内軌側レールの頭頂面の状態を目視観察することで判断可能である。最初の準備工程においては、保全者が実際に曲線軌道に赴く手間がかかるものの、波状摩耗に関連する周波数帯域を決定し終えれば、測定工程及び検知工程では曲線軌道に赴く必要がない。
次いで、本発明に係る予兆検知方法によれば、測定工程において、鉄道車両が走行する際に左右振動加速度測定手段によって波状摩耗が発生しているか否かが未知である内軌側レールの左右振動加速度を測定する。この波状摩耗が発生しているか否かが未知である内軌側レール(波状摩耗発生の予兆検知対象である内軌側レール)としては、前記波状摩耗が発生している周波数帯域決定用内軌側レールを補修したレールや、交換した新品のレール(波状摩耗が発生している周波数帯域決定用内軌側レールと構造が同種のレール)を例示できる。
最後に、本発明に係る予兆検知方法によれば、検知工程において、測定工程によって得られた左右振動加速度信号から、準備工程によって予め決定された波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分が抽出されることで、波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知可能である。
【0025】
好ましくは、前記準備工程は、前記周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチと、前記周波数帯域決定用内軌側レールを走行する前記鉄道車両の走行速度とを測定し、該測定結果に基づき、前記周波数帯域の中心周波数を決定する中心周波数決定工程と、前記周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成し、該生成した周波数スペクトルのスペクトル成分の大きさに基づき、前記周波数帯域の帯域幅を決定する帯域幅決定工程と、を含む。
【0026】
上記の好ましい構成によれば、中心周波数決定工程において、周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチと、鉄道車両の走行速度とに基づき、波状摩耗に関連する周波数帯域の中心周波数を決定する。具体的には、例えば、波状摩耗のピッチ(波長)をλとし、鉄道車両の走行速度をvとすれば、本発明者らの知見によれば、周波数帯域の中心周波数fcをfc=v/λによって決定可能である。なお、周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチ(平均ピッチ)は、例えば、保全者が実際に曲線軌道に赴いて、周波数帯域決定用内軌側レールの頭頂面の凹凸のピッチを定規や巻尺等を用いて測定してその平均値を算出したり、距離計を用いて凹凸の高さを測定した結果から凹凸の平均ピッチを算出すること等によって測定可能である。また、鉄道車両の走行速度は、例えば、鉄道車両が一般的に具備する速度計を用いて測定可能である。
また、上記の好ましい構成によれば、帯域幅決定工程において、周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度信号を周波数解析して生成された周波数スペクトルのスペクトル成分の大きさに基づき、波状摩耗に関連する周波数帯域の帯域幅を決定する。具体的には、例えば、前記決定した中心周波数fc及びその近傍の周波数を含む周波数帯域であって、スペクトル成分が所定のしきい値以上の大きさを有する周波数帯域の帯域幅を基準として、波状摩耗に関連する周波数帯域の帯域幅を決定可能である。
【発明の効果】
【0027】
本発明によれば、鉄道車両が走行する曲線軌道において、レールの頭頂面に発生し得る波状摩耗の発生の予兆を検知可能である。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明の一実施形態に係る鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システムの概略構成を説明する模式図である。
図2図1に示す予兆検知システムによって得られる左右振動加速度信号(波状摩耗が発生しておらず摩擦係数調整材を供給していない内軌側レールについて得られる左右振動加速度信号)等の一例を示す図である。
図3図2に示す左右振動加速度信号等が得られた内軌側レールについて、摩擦係数調整材を供給した後に得られる左右振動加速度信号等の一例を示す。
図4】本発明の一実施形態に係る鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知方法の概略手順を説明するフロー図である。
図5】波状摩耗が発生し、摩擦係数調整材を供給していない状態の周波数帯域決定用内軌側レールについて得られる左右振動加速度信号の一例を示す図である。
図6図2(b)、図3(b)、図5(b)に示す各パワースペクトル密度分布からそれぞれ抽出された400~500Hzの周波数帯域でのパワースペクトル密度の積分値の大きさを比較した図である。
【発明を実施するための形態】
【0029】
以下、添付図面を適宜参照しつつ、本発明の一実施形態について説明する。
図1は、本発明の一実施形態に係る鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知システム(以下、適宜、単に「予兆検知システム」という)の概略構成を説明する模式図である。図1(a)は全体の概略構成を示す図であり、図1(b)は左右振動加速度測定手段の設置状態を示す図であり、図1(c)は検知手段の概略構成を示す図である。
図1(a)に示すように、本実施形態に係る予兆検知システム100の適用対象である曲線軌道(内軌側レールRa、外軌側レールRb)を走行する鉄道車両は、車体1と、車体1の前後(鉄道車両の走行方向の前後)に配置された一対の台車2と、各台車2の左右に配置され車体1を支持する空気ばね3とを有する。各台車2の前後には、一対の輪軸4が配置されている。
【0030】
図1(a)に示すように、本実施形態に係る予兆検知システム100は、左右振動加速度測定手段10と、検知手段20とを備えている。また、好ましい構成として、本実施形態に係る予兆検知システム100は、摩擦係数調整手段30を備えている。さらに、好ましい構成として、本実施形態に係る予兆検知システム100は、伝送手段40と、表示手段50とを備えている。
【0031】
本実施形態の左右振動加速度測定手段10は、鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールRaに設置され、鉄道車両が内軌側レールRaを走行する際の内軌側レールRaの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を伝送手段40に出力する。
具体的には、図1(b)に示すように、本実施形態の左右振動加速度測定手段10としては、加速度計が用いられ、曲線軌道を走行する鉄道車両の輪軸4(図1(b)では図示省略)に干渉しないように、内軌側レールRaの頭部R1のフィールド側(軌道外側)の頭部側面R11に取り付けられている。より具体的には、例えば、加速度計の頭部側面R11に対向する側の面に絶縁板(例えば、ベークライト板)を貼り付け、接着剤を用いてこの絶縁板を頭部側面R11に固着させることで、加速度計を内軌側レールRaに取り付ける。その後、加速度計、絶縁板及び内軌側レールRaの頭部側面R11に対してコーティングによる防水処置を施せばよい。
【0032】
本実施形態の左右振動加速度測定手段10としては、前述のように、内軌側レールRaの左右振動加速度(図1(b)に示す鉄道車両の走行方向に直交する水平方向である矢符X方向の振動加速度)を直接測定する加速度計を用いることができる。加速度計としては、圧電式加速度計やひずみゲージ式加速度計など、種々の構成の加速度計を採用可能である。しかしながら、左右振動加速度測定手段10としては、加速度計に限るものではなく、例えば、レーザ変位計などの変位計と演算手段との組み合わせを採用することも可能である。すなわち、変位計で内軌側レールRaの頭部側面R11の左右変位を測定し、この測定した内軌側レールRaの左右変位を演算手段で2階微分することで左右振動加速度を算出する構成を採用することも可能である。変位計は、例えば、加速度計と同様に絶縁板を貼り付けて絶縁処置を施した上で、地上に設置した専用治具にボルトで固定すればよい。さらに、例えば、速度計と該速度計で測定した内軌側レールの左右速度を1階微分することで左右振動加速度を算出する演算手段との組み合わせを採用することも可能である。
【0033】
図2(a)は、左右振動加速度測定手段10から出力される左右振動加速度信号の一例を示す図である。図2(a)に示す例は、内軌側レールRaに波状摩耗が発生しておらず(発生した波状摩耗を削正した内軌側レールRaであり)、なお且つ、後述の摩擦係数調整材を供給していない状態(摩擦係数調整材の効果が維持されていない状態)で鉄道車両が内軌側レールRaを走行した際に内軌側レールRaの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号である。
【0034】
本実施形態の伝送手段40は、左右振動加速度測定手段10が取り付けられた曲線軌道付近に設置され、無線送信を実行するためのモデム等から構成されている。伝送手段40は、入力された左右振動加速度信号を、無線LANや公衆回線等を利用して、検知手段20に無線送信する。
【0035】
本実施形態の検知手段20は、鉄道事業者の管理センターなど曲線軌道から離れた場所に設置されており、例えば、後述の各手段の機能を実現するためのプログラムがインストールされたパーソナルコンピュータから構成されている。検知手段20には、左右振動加速度測定手段10から出力された左右振動加速度信号が伝送手段40を介して入力される。検知手段20は、該入力された左右振動加速度信号から、予め決定された内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知する。
【0036】
具体的には、図1(c)に示すように、本実施形態の検知手段20は、好ましい構成として、生成手段21と、抽出手段22と、判定手段23とを具備している。
生成手段21は、入力された左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成する。本実施形態の生成手段21は、好ましい構成として、入力された左右振動加速度信号を周波数解析してパワースペクトル密度分布を生成するように構成されている。図2(b)は、生成手段21によって生成されるパワースペクトル密度分布の一例を示す図であり、具体的には、図2(a)に示す左右振動加速度信号を周波数解析して生成したパワースペクトル密度分布である。
【0037】
抽出手段22は、生成手段21によって生成された周波数スペクトルから、予め決定された周波数帯域(内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域)のスペクトル成分を抽出する。本実施形態の抽出手段22は、好ましい構成として、生成手段21によって生成したパワースペクトル密度分布から、予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度を抽出する。図2(b)に示す例では、内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域として、400~500Hzの周波数帯域(中心周波数450Hz±50Hz)が予め決定されており、図2(b)から分かるように、パワースペクトル密度が比較的大きなピークを有する周波数帯域のパワースペクトル密度が抽出されることになる。
判定手段23は、抽出手段22によって抽出されたスペクトル成分の大きさに基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を判定することが可能である。本実施形態の判定手段23は、好ましい構成として、抽出手段22によって抽出された予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度の積分値の大きさに基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を判定することが可能である。図2(b)に示す例では、400~500Hzの周波数帯域のパワースペクトル密度が400~500Hzの周波数帯域で積分される。積分値の単位は、パワーの単位である(m/sとなる。
【0038】
また、図1(c)に示すように、本実施形態の検知手段20は、好ましい構成として、バンドパスフィルタ24を具備している。
バンドパスフィルタ24は、入力された左右振動加速度信号から、予め決定された周波数帯域(内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域)の信号成分を透過させる。図2(a)に示す左右振動加速度信号の例では、内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域として、400~500Hzの周波数帯域(中心周波数450Hz±50Hz)が予め決定されており、バンドパスフィルタ24は、この決定された周波数帯域の信号成分を透過させる。図2(c)は、バンドパスフィルタ24を透過した信号成分の一例を示す図であり、具体的には、図2(a)に示す左右振動加速度信号から透過した信号成分である。
【0039】
判定手段23は、前述のように、抽出手段22によって抽出されたスペクトル成分の大きさ(抽出手段22によって抽出された予め決定された周波数帯域のパワースペクトル密度の積分値の大きさ)に基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を判定することが可能である他、バンドパスフィルタ24を透過した信号成分の振幅の大きさに基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を判定することも可能である。すなわち、本実施形態の判定手段23は、抽出手段22によって抽出されたスペクトル成分の大きさに基づく判定と、バンドパスフィルタ24を透過した信号成分の振幅の大きさに基づく判定とを切り替え可能に構成されている。ただし、本発明はこれに限るものではなく、検知手段20がバンドパスフィルタ24を具備せず、判定手段23が抽出手段22によって抽出されたスペクトル成分の大きさに基づく判定のみを行う構成を採用することも可能である。或いは、検知手段20が生成手段21及び抽出手段22を具備せず、判定手段23がバンドパスフィルタ24を透過した信号成分の振幅の大きさに基づく判定のみを行う構成を採用することも可能である。
【0040】
本実施形態の表示手段50は、検知手段20と同様に、鉄道事業者の管理センターなど曲線軌道から離れた場所に設置されており、例えば、検知手段20を構成するパーソナルコンピュータが具備するモニタから構成されている。表示手段50には、判定手段23による判定結果の他、図2(a)に示すような検知手段20に入力された左右振動加速度信号、図2(b)に示すような生成手段21によって生成された周波数スペクトル、及び、図2(c)に示すようなバンドパスフィルタ24を透過した信号成分を、同時に又は何れかを選択して表示可能とされている。
【0041】
本実施形態の摩擦係数調整手段30は、曲線軌道付近に設置され、曲線軌道の内軌側レールRaに摩擦係数を低下させるための摩擦係数調整材を供給する。摩擦係数調整手段30は、検知手段20によって内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆が検知された場合に、内軌側レールRaの頭頂面に水や油等の摩擦係数調整材を散布する塗油装置や水散布装置から構成されている。具体的には、検知手段20は、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合に、摩擦係数調整手段30に対して、摩擦係数調整材を供給すべき旨の制御信号を無線送信する。この制御信号を受信した摩擦係数調整手段30は、制御信号に従って開閉弁等を開くことで、摩擦係数調整材を供給する。
【0042】
図3(a)は、図2(a)に示す左右振動加速度信号が得られた内軌側レールRaについて、摩擦係数調整手段30によって摩擦係数調整材を供給した後に得られた左右振動加速度信号の一例を示す。図3(b)は、図3(a)に示す左右振動加速度信号を周波数解析して生成したパワースペクトル密度分布であり、図3(c)は、図3(a)に示す左右振動加速度信号が透過周波数帯域400~500Hzのバンドパスフィルタ24を透過した後の信号成分である。図3(b)と図2(b)とを比較、又は、図3(c)と図2(c)とを比較すれば分かるように、摩擦係数調整手段30によって内軌側レールRaに摩擦係数調整材を供給することで、内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域400~500Hzの信号成分の大きさが小さくなる。すなわち、摩擦係数調整材を供給することで、波状摩耗の発生や進展を十分に抑制可能であることが分かる。
【0043】
以下、上記に説明した構成を有する予兆検知システム100を用いた波状摩耗の予兆検知方法について説明する。
図4は、本発明の一実施形態に係る鉄道用曲線軌道における波状摩耗の予兆検知方法(以下、適宜、単に「予兆検知方法」という)の概略手順を説明するフロー図である。図4に示すように、本実施形態に係る予兆検知方法は、準備工程S1と、測定工程S2と、検知工程S3とを含んでいる。また、好ましい態様として、本実施形態に係る予兆検知方法は、表示工程S4と、供給工程S5とを含んでいる。以下、各工程S1~S5の内容について順に説明する。
【0044】
<準備工程S1>
準備工程S1では、鉄道車両が走行する曲線軌道の内軌側レールRaであって波状摩耗が発生している内軌側レールRaを周波数帯域決定用内軌側レールとして用い、該周波数帯域決定用内軌側レールに左右振動加速度測定手段10を設置する。波状摩耗が発生しているか否かは、例えば、保全者が実際に曲線軌道に赴いて周波数帯域決定用内軌側レールの頭頂面の状態を目視観察することで判断可能である。
【0045】
次いで、準備工程S1では、鉄道車両が周波数帯域決定用内軌側レールを走行する際に左右振動加速度測定手段10によって周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析することで、波状摩耗に関連する周波数帯域を予め決定する。この周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定する際には、摩擦係数調整手段30から周波数帯域決定用内軌側レールに摩擦係数調整材を供給していない状態(摩擦係数調整材の効果が維持されていない状態)であることが好ましい。
図5(a)は、摩擦係数調整材を供給していない状態(摩擦係数調整材の効果が維持されていない状態)の周波数帯域決定用内軌側レールを鉄道車両が走行した際に周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号の一例を示す図である。図5(a)に示す例は、図2(a)に示す左右振動加速度信号が得られた内軌側レールRaの削正前の内軌側レールを周波数帯域決定用内軌側レールとして用いて得られた左右振動加速度信号である。
【0046】
具体的には、本実施形態の準備工程S1は、中心周波数決定工程S11と、帯域幅決定工程S12とを含んでいる。
中心周波数決定工程S11では、周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチ(波長)λと、周波数帯域決定用内軌側レールを走行する鉄道車両の走行速度vとを測定し、該測定結果に基づき、周波数帯域の中心周波数fcを以下の式(1)によって決定する。
fc=v/λ ・・・(1)
なお、周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチ(平均ピッチ)λは、例えば、保全者が実際に曲線軌道に赴いて、周波数帯域決定用内軌側レールの頭頂面の凹凸のピッチを定規や巻尺等を用いて測定してその平均値を算出したり、距離計を用いて凹凸の高さを測定した結果から凹凸の平均ピッチを算出すること等によって測定可能である。また、鉄道車両の走行速度vは、例えば、鉄道車両が一般的に具備する速度計を用いて測定可能である。
【0047】
帯域幅決定工程S12では、周波数帯域決定用内軌側レールの左右振動加速度を測定して得られた左右振動加速度信号を周波数解析して周波数スペクトルを生成し、該生成した周波数スペクトルのスペクトル成分の大きさに基づき、周波数帯域の帯域幅を決定する。
具体的には、例えば、前記決定した中心周波数fc及びその近傍の周波数を含む周波数帯域であって、スペクトル成分が所定のしきい値以上の大きさを有する周波数帯域の帯域幅を基準として、波状摩耗に関連する周波数帯域の帯域幅を決定可能である。
【0048】
図5(b)は、図5(a)に示す左右振動加速度信号を生成手段21によって周波数解析して生成した周波数スペクトル(パワースペクトル密度分布)である。図5(a)、(b)に示す例では、周波数帯域決定用内軌側レールの波状摩耗のピッチ(平均ピッチ)λ=0.022mで、鉄道車両の走行速度v=9.9m/sであったため、中心周波数決定工程S11において、式(1)により中心周波数fc=450Hzに決定される。そして、例えば、図5(b)に示すパワースペクトル密度分布において、中心周波数fc=450Hz及びその近傍の周波数を含む周波数帯域であって、パワースペクトル密度が所定のしきい値Th(例えば、しきい値Th=1.5(m/s/Hz)以上の大きさを有する周波数帯域の帯域幅を基準とする。図5(b)に示す例では、しきい値Th以上の大きさを有する周波数帯域の帯域幅は440~485Hzである。この帯域幅を基準にして、これに若干の余裕代を考慮して帯域幅を広げることで、例えば、波状摩耗に関連する周波数帯域の帯域幅を400~500Hz(中心周波数450Hz±50Hz)に決定される。図5(c)は、図5(a)に示す左右振動加速度信号が透過周波数帯域400~500Hzに設定されたバンドパスフィルタ24を透過した後の信号成分である。
【0049】
<測定工程S2>
測定工程S2では、波状摩耗が発生しているか否か未知である曲線軌道の内軌側レールRaを鉄道車両が走行する際に左右振動加速度測定手段10によって内軌側レールRaの左右振動加速度を測定する。この波状摩耗が発生しているか否かが未知である内軌側レールRa(波状摩耗発生の予兆検知対象である内軌側レールRa)としては、前述の波状摩耗が発生している内軌側レールRa(周波数帯域決定用内軌側レール)を補修(削正)したレールや、交換した新品のレール(周波数帯域決定用内軌側レールと構造が同種のレール)を例示できる。この測定工程S2によって、前述の図2(a)で例示したような左右振動加速度信号が得られ、検知手段20に入力される。
【0050】
<検知工程S3>
検知工程S3では、検知手段20が、測定工程S2によって得られた左右振動加速度信号から、準備工程S1によって予め決定された周波数帯域(図2(b)に示す例では400~500Hz)の信号成分を抽出し、該抽出した信号成分の大きさに基づき、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知する。
具体的には、前述のように、検知手段20が具備する判定手段23が、抽出手段22によって抽出されたスペクトル成分の大きさ(パワースペクトル密度の積分値の大きさ)に基づき、波状摩耗の発生の予兆を自動的に判定する。すなわち、例えば、図2(b)に示すような抽出されたパワースペクトル密度の積分値が所定のしきい値以上の大きさを有する場合、波状摩耗の発生の予兆が生じていると判定することになる。
或いは、前述のように、検知手段20が具備する判定手段23が、バンドパスフィルタ24を透過した信号成分の振幅の大きさに基づき、波状摩耗の発生の予兆を自動的に判定する。すなわち、例えば、図2(c)に示すようなバンドパスフィルタ24を透過した信号成分の振幅が所定のしきい値以上の大きさを有する場合、波状摩耗の発生の予兆が生じていると判定することになる。
【0051】
<表示工程S4>
表示工程S4では、表示手段50が、検知工程S3の結果(判定手段23による判定結果)の他、図2(a)に示すような測定工程S2によって得られた左右振動加速度信号(検知手段20に入力された左右振動加速度信号)、図2(b)に示すような検知工程S3によって得られた周波数スペクトル(生成手段21によって生成された周波数スペクトル)、及び、図2(c)に示すような検知工程S3によって得られた信号成分(バンドパスフィルタ24を透過した信号成分)を、同時に又は何れかを選択して表示する。
本実施形態に係る予兆検知方法では、検知工程S3において、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を自動的に検知するが、本発明はこれに限るものではなく、表示工程S4で表示される周波数スペクトルやバンドパスフィルタ24を透過した信号成分を鉄道事業者のオペレータが目視確認することで波状摩耗の発生の予兆を検知することも可能である。
【0052】
<供給工程S5>
供給工程S5では、摩擦係数調整手段30が、内軌側レールRaに摩擦係数を低下させるための摩擦係数調整材を供給する。具体的には、検知工程S3において、検知手段20が内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合に、供給工程S5において、摩擦係数調整手段30に対して、摩擦係数調整材を供給すべき旨の制御信号を無線送信する。この制御信号を受信した摩擦係数調整手段30は、制御信号に従って開閉弁等を開くことで、摩擦係数調整材を自動的に供給する。
本実施形態に係る予兆検知方法では、供給工程S5において、検知工程S3の結果に基づき内軌側レールRaに摩擦係数調整材を自動的に供給するが、本発明はこれに限るものではない。例えば、検知工程S3において内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合に、判定手段23がアラーム(音によるアラームや、表示手段50での表示によるアラームなど)を発生するだけの構成とし、このアラームに基づき、鉄道事業者のオペレータが手動操作によって摩擦係数調整手段30を駆動して、内軌側レールRaに摩擦係数調整材を供給する態様を採用することも可能である。
供給工程S5において、摩擦係数調整手段30によって内軌側レールRaに摩擦係数調整材を供給することで、前述の図3(b)、(c)に示すように、内軌側レールRaの波状摩耗に関連する周波数帯域400~500Hzの信号成分の大きさが小さくなる。すなわち、摩擦係数調整材を供給することで、波状摩耗の発生や進展を十分に抑制可能である。
【0053】
図6は、図2(b)、図3(b)、図5(b)に示す各パワースペクトル密度分布からそれぞれ抽出された400~500Hzの周波数帯域でのパワースペクトル密度の積分値の大きさを比較した図である。
図6に示すように、波状摩耗が発生している周波数帯域決定用内軌側レールのパワースペクトル密度の積分値は121.3(m/sと大きくなる。一方、内軌側レールRa(予兆検知対象内軌側レール)に波状摩耗が発生していなくても、摩擦係数調整材が供給されていない状態で波状摩耗の発生の予兆が生じている場合には、パワースペクトル密度の積分値は68.8(m/sと比較的大きくなる。これに対し、予兆検知対象内軌側レールに摩擦係数調整材が供給された状態で波状摩耗の発生の予兆が生じていない場合には、パワースペクトル密度の積分値は3.6(m/sと小さくなる。したがい、例えば、図6に示す例では、68.8(m/sと3.6(m/sの中間の値をしきい値に設定することにより、パワースペクトル密度の積分値がこのしきい値以上の大きさを有する場合に、波状摩耗の発生の予兆が生じていると判定することが可能である。
【0054】
以上に説明したように、本実施形態に係る予兆検知システム100及びこれを用いた予兆検知方法によれば、鉄道車両が走行する曲線軌道において、内軌側レールRaの頭頂面に発生し得る波状摩耗の発生の予兆を検知可能である。
【0055】
なお、本実施形態の摩擦係数調整手段30によって摩擦係数調整材を供給してからさほど時間が経過していなくても(摩擦係数調整材の効果が維持されると考え得る時間内であっても)、検知手段20が内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合(波状摩耗に関連する特定の周波数帯域の信号成分が大きくなった場合)には、すでに波状摩耗が進展してしまっており、内軌側レールRaの補修や交換が必要な状態になっていることが考えられる。或いは、摩擦係数調整材を供給したつもりであっても摩擦係数調整手段30の故障により実際には摩擦係数調整材が供給されていない場合も考えられる。
【0056】
したがい、検知手段20は、摩擦係数調整手段30による摩擦係数調整材の供給時点(摩擦係数調整材を供給すべき旨の制御信号の送信時点)を管理しておくことが好ましい。そして、摩擦係数調整手段30による摩擦係数調整材の供給時点から、該摩擦係数調整材の効果が維持されると考え得る予め決定された所定時間内において、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合、内軌側レールRaの補修又は交換が必要であるか、或いは、摩擦係数調整手段30が故障していると判定することが好ましい。そして、この判定結果を例えば表示手段50が表示するように構成することが好ましい。
上記の好ましい構成によれば、波状摩耗の発生の予兆を検知するだけではなく、内軌側レールRaの補修又は交換が必要であること、或いは、摩擦係数調整手段30が故障していることをも自動的に判定可能であるため、鉄道事業者の保全者の手間が軽減されるという利点が得られる。
なお、上記の好ましい構成における「所定時間」とは、時間単位で表わされる数値に限られるものではなく、曲線軌道を走行した鉄道車両の本数(編成本数)とすることも可能である。すなわち、例えば、摩擦係数調整手段30による摩擦係数調整材の供給時点から、N本(例えば10本)の編成が走行する間に、内軌側レールRaの波状摩耗の発生の予兆を検知した場合、内軌側レールRaの補修又は交換が必要であるか、或いは、摩擦係数調整手段30が故障していると判定することが可能である。
【符号の説明】
【0057】
10・・・左右振動加速度測定手段
20・・・検知手段
30・・・摩擦係数調整手段
40・・・伝送手段
50・・・表示手段
100・・・予兆検知システム
図1
図2
図3
図4
図5
図6