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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-12
(45)【発行日】2022-01-25
(54)【発明の名称】網膜色素上皮細胞の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/071 20100101AFI20220117BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20220117BHJP
   C12N 9/99 20060101ALI20220117BHJP
   C12Q 1/06 20060101ALI20220117BHJP
   C12N 1/00 20060101ALI20220117BHJP
【FI】
C12N5/071 ZNA
C12N5/10
C12N9/99
C12Q1/06
C12N1/00 G
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2019503857
(86)(22)【出願日】2018-03-08
(86)【国際出願番号】 JP2018009093
(87)【国際公開番号】W WO2018164240
(87)【国際公開日】2018-09-13
【審査請求日】2020-11-12
(31)【優先権主張番号】P 2017044431
(32)【優先日】2017-03-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002912
【氏名又は名称】大日本住友製薬株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513229509
【氏名又は名称】株式会社ヘリオス
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】黒田 貴雄
【審査官】佐久 敬
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2015/068505(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063985(WO,A1)
【文献】国際公開第2016/063986(WO,A1)
【文献】国際公開第2012/173207(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/043605(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C12Q
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
以下の工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法:
(1)多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で、30日を超えない期間培養する第一工程であって、第一工程が、無血清条件下かつフィーダー細胞非存在下で行われる第一工程及び
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程。
【請求項2】
第一工程における培地が、さらに未分化維持因子を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
未分化維持因子が、FGFシグナル伝達経路作用物質である、請求項に記載の方法。
【請求項4】
FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、請求項に記載の方法。
【請求項5】
FGF受容体阻害物質が、PD173074及びSU5402からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
MEK阻害物質が、PD0325901、PD184352、U0126、TAK-733、及びAZD-8330からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
第二工程における培地が、外来性の、Nodalシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれも含まない、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
第二工程における培地が、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質以外の、多能性幹細胞の分化誘導に影響を与える外来性の物質を含まない、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
第二工程における培地が、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質以外の、多能性幹細胞から外胚葉系細胞への分化誘導に影響を与える外来性の物質を含まない、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
Rhoシグナル伝達経路阻害物質が、Rho関連プロテインキナーゼ(ROCK)阻害物質及びミオシン阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種である、請求項1~のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
Rho関連プロテインキナーゼ(ROCK)阻害物質が、Y27632及びFasudilからなる群から選択される少なくとも1種である、請求項10に記載の方法。
【請求項12】
アポトーシス阻害物質が、カスパーゼ阻害物質である、請求項1~11のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
カスパーゼ阻害物質が、Z-VAD-FMKである、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
多能性幹細胞が、霊長類多能性幹細胞である、請求項1~13のいずれか1項に記載の方法。
【請求項15】
多能性幹細胞が、ヒト多能性幹細胞である、請求項1~14のいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
第一工程において、培養期間が2~13日間である、請求項1~15のいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
第一工程において、培養期間が4~6日間である、請求項1~16のいずれか1項に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、網膜色素上皮(RPE)細胞の製造方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
網膜色素上皮細胞は網膜の最外層に存在する色素上皮細胞であり、視細胞外節の貪食、視物質のリサイクルなど視細胞の維持等に重要な役割を担っている。網膜色素上皮細胞が加齢等により異常をきたすことで生じる加齢黄斑変性症は、中心視力の低下や失明を引き起こす眼疾患であり、有効な治療法の開発が望まれている。近年、加齢黄斑変性症の新たな治療法として網膜色素上皮細胞を補充・置換する細胞移植治療が脚光を浴びており、細胞治療用移植材料として網膜色素上皮細胞の活用が期待されている。これまでにヒト多能性幹細胞を用いて網膜色素上皮細胞を分化誘導する方法に関して、いくつかの報告(非特許文献1、2、特許文献1、2、3、4)があるが、再生医療産業においては高品質な網膜色素上皮細胞を安定かつ大量に製造する技術が必要であり、より高効率で簡便な製造方法が切望されていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】国際公開第2012/173207号
【文献】国際公開第2015/053375号
【文献】国際公開第2015/053376号
【文献】米国公開公報第2013/0224156号
【非特許文献】
【0004】
【文献】Stem Cell Reports, 2(2), 205-218 (2014)
【文献】Cell Stem Cell, 10(6), 771-785 (2012)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
多能性幹細胞由来の網膜色素上皮細胞を再生医療等に使用する際に、当該細胞を大量かつ安定的に製造するためには、より高効率かつ簡便な製造方法の開発が急務である。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、このような状況に鑑み鋭意検討した結果、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下に関する。
【0007】
[1]以下の工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法:
(1)多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で、30日を超えない期間培養する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程。
[2]第一工程が、無血清条件下で行われる、上記[1]に記載の方法。
[3]第一工程が、フィーダー細胞非存在下で行われる、上記[1]又は[2]に記載の方法。
[4]第一工程における培地が、さらに未分化維持因子を含む、上記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5]未分化維持因子が、FGFシグナル伝達経路作用物質である、上記[4]に記載の製造方法。
[6]FGFシグナル伝達経路作用物質が、bFGFである、上記[5]に記載の方法。
[7]FGF受容体阻害物質が、PD173074及びSU5402からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
[8]MEK阻害物質が、PD0325901、PD184352、U0126、TAK-733、及びAZD-8330からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[7]のいずれかに記載の方法。
[9]第二工程における培地が、外来性の、Nodalシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれも含まない、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[10]第二工程における培地が、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質以外の、多能性幹細胞の分化誘導に影響を与える外来性の物質を含まない、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[11]第二工程における培地が、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質以外の、多能性幹細胞から外胚葉系細胞への分化誘導に影響を与える外来性の物質を含まない、上記[1]~[8]のいずれかに記載の方法。
[12]Rhoシグナル伝達経路阻害物質が、Rho関連プロテインキナーゼ(ROCK)阻害物質及びミオシン阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種である、上記[1]~[11]のいずれかに記載の方法。
[13]Rho関連プロテインキナーゼ(ROCK)阻害物質が、Y27632及びFasudilからなる群から選択される少なくとも1種である、上記[12]に記載の方法。
[14]アポトーシス阻害物質が、カスパーゼ阻害物質である、上記[1]~[13]のいずれかに記載の方法。
[15]カスパーゼ阻害物質が、Z-VAD-FMKである、上記[14]に記載の方法。
[16]多能性幹細胞が、霊長類多能性幹細胞である、上記[1]~[15]のいずれかに記載の方法。
[17]多能性幹細胞が、ヒト多能性幹細胞である、上記[1]~[16]のいずれかに記載の方法。
[18’]第一工程において、培養期間が、眼形成転写因子の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分である、上記[1]~[17]のいずれかに記載の方法。
[19’]第一工程において、培養期間が、PAX6、LHX2及びSIX3の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分である、上記[1]~[17]のいずれかに記載の方法。
[18]第一工程において、培養期間が2~13日間である、上記[1]~[17]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法。
[19]第一工程において、培養期間が4~6日間である、上記[1]~[18]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法。
[20]上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞を含有してなる、被験物質の毒性・薬効評価用試薬。
[21]上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞に被験物質を接触させ、該物質が該細胞に及ぼす影響を検定することを含む、該物質の毒性・薬効評価方法。
[22]上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞を含有してなる、網膜色素上皮細胞の障害に基づく疾患の治療薬。
[23]上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞の有効量を、治療を必要とする対象に移植することを含む、網膜色素上皮細胞の障害に基づく疾患の治療方法。
[24]網膜色素上皮細胞の障害に基づく疾患の治療における使用のための、上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞。
[25]上記[1]~[19]、[18’]及び[19’]のいずれかに記載の方法により製造される網膜色素上皮細胞を有効成分として含有する、医薬組成物。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、既存の分化誘導方法よりも高効率かつ簡便に網膜色素上皮細胞を製造する方法を提供する事が可能になった。従って、本発明の方法は、細胞治療用移植用材料、又は化学物質等の毒性・薬効評価に使用する試薬・材料となる網膜色素上皮細胞を効率よく製造するという観点から有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】FGF受容体阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、ROCK阻害物質Y-27632存在下で製造されたiPS細胞(1231A3株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養42日目の6穴培養プレートの写真(10 μM Y-27632)、及び、Y-27632非存在下で製造されたiPS細胞(1231A3株)由来分化細胞を含む培養42日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図2-1】FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、ROCK阻害物質Y-27632存在下で製造されたiPS細胞(1231A3株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養48日目の6穴培養プレートの写真(1 μM、3 μM、10 μM、30 μM、100 μM Y-27632)、及び、Y-27632非存在下で製造されたiPS細胞(1231A3株)由来分化細胞を含む培養48日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)、MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図2-2】FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、ROCK阻害物質Y-27632存在下で製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養50日目の6穴培養プレートの写真(1 μM、3 μM、10 μM、30 μM、100 μM Y-27632)、及び、Y-27632非存在下で製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来分化細胞を含む培養50日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)、MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図3】FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、播種細胞数が通常の10倍の条件下で、低濃度(1 μM)ROCK阻害物質Y-27632暴露によって製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養50日目の6穴培養プレートの写真(1 μM Y-27632)、及び、Y-27632非存在下で製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来分化細胞を含む培養50日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)、MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図4】MEK阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、ROCK阻害物質Y-27632を3日間~20日間暴露し製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養49日目の12穴培養プレートの写真(3日間、6日間、9日間、12日間、16日間、20日間)。MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図5】FGF受容体阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、播種細胞数が通常の10倍、又は、5倍の条件下で、ROCK阻害物質Fasudil暴露によって製造されたiPS細胞(1231A3株、QHJI01株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養41日目、又は、48日目の6穴培養プレートの写真(10 μM 、30 μM 、100 μM Fasudil)、及び、Fasudil非存在下で製造されたiPS細胞(1231A3株、QHJI01株)由来分化細胞を含む培養41日目、又は、48日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図6】MEK阻害物質処理工程(第一工程)後の第二工程において、播種細胞数が通常の10倍の条件下で、Caspase阻害物質Z-VAD-FMK暴露によって製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来網膜色素上皮細胞を含む培養67日目の6穴培養プレートの写真(20 μM Z-VAD-FMK)、及び、Z-VAD-FMK非存在下で製造されたiPS細胞(QHJI01株)由来分化細胞を含む培養65日目の6穴培養プレートの写真(無処理)。MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図7】MEK阻害物質処理工程を含む参考例1の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地、又は、Essential 8培地を使用して製造されたiPS細胞(201B7、又は、1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養38~42日目の6穴培養プレートの写真。MEKi:MEK阻害物質(「StemFit(登録商標)」AK03培地使用時:1 μM、Essential 8培地使用時:0.03 μM PD0325901)。
図8】MEK阻害物質処理工程を含む参考例1の製造法で製造されたiPS細胞(201B7)由来RPE細胞を含む培養55日目の6穴培養プレートの写真(a)、低倍率位相差顕微鏡像(b)、高倍率明視野顕微鏡像(c)。MEKi:MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図9】MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地、又は、Essential 8培地を使用して製造されたiPS細胞(201B7、又は、1231A3)由来分化細胞を含む培養38~42日目の6穴培養プレートの写真。
図10】FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例2の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地、Essential 8培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGFを使用して製造されたiPS細胞(201B7、又は、1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養38~42日目の6穴培養プレートの写真。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図11】FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例2の製造法で製造されたiPS細胞(201B7)由来RPE細胞を含む培養55日目の6穴培養プレートの写真(a)、低倍率位相差顕微鏡像(b)、高倍率明視野顕微鏡像(c)。FGFRi:FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図12】FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地、Essential 8培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGFを使用して製造されたiPS細胞(201B7、又は、1231A3)由来分化細胞を含む培養38~42日目の6穴培養プレートの写真。
図13】MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質と、各種阻害物質、シグナル伝達経路阻害物質又はシグナル伝達経路作用物質との組み合わせ処理工程を含む参考例3の製造法で製造されたiPS細胞(201B7、又は、1231A3)由来RPE細胞を含む培養38~47日目の6穴培養プレートの写真。比較対象として、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法、及び、MEK阻害物質処理工程を含む参考例1の製造法で製造されたiPS細胞由来RPE細胞を含む6穴培養プレートの写真(図中上段の無処理、及び、MEKi)、並びに、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の製造法、及び、FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例2の製造法で製造されたiPS細胞由来RPE細胞を含む6穴培養プレートの写真も示す(図中下段の無処理、及び、FGFRi)。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)、BMPRi: BMP受容体阻害物質(100 nM LDN193189)、Shh ag: Shhシグナル伝達経路作用物質(30 nM SAG)、PKCi: PKC阻害物質(2 μM Go6983)。
図14】ウェル全体に占めるRPE細胞の割合に応じて、0から5の6段階に分けた時の、各段階の代表的な6穴培養プレートの写真(A)、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法(無処理)、MEK阻害物質処理工程を含む参考例1の製造法(MEKi)、および、MEK阻害物質と、各種阻害物質又はシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ処理工程を含む参考例3の製造法(MEKi+PKCi、MEKi+PKCi+BMPRi、MEKi+FGFRi、MEKi+FGFRi+BMPRi、MEKi+FGFRi+PKCi、MEKi+FGFRi+PKCi+BMPRi)で製造した結果のまとめ(B)、並びに、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の製造法(無処理)、FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例2の製造法(FGFRi)、および、FGF受容体阻害物質と、各種阻害物質又はシグナル伝達経路阻害物質との組み合わせ処理工程を含む参考例3の製造法(FGFRi+PKCi、FGFRi+PKCi+BMPRi、FGFRi+MEKi、FGFRi+MEKi+BMPRi、FGFRi+MEKi+PKCi、FGFRi+MEKi+PKCi+BMPRi)で製造した結果のまとめ(C)。グラフ縦軸は、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合を6段階で表示。値は平均値±標準偏差、nは実験回数を示す。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)、BMPRi: BMP受容体阻害物質(100 nM LDN193189)、PKCi: PKC阻害物質(2 μM Go6983)。
図15】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例4の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(Ff-I01、又は、QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養43日目の6穴培養プレートの写真(MEKi、又は、FGFRi)。比較対象として、MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例1及び参考比較例2の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養43日目の6穴培養プレートの写真も示す(無処理)。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図16】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例5の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養48日目の6穴培養プレートの写真(MEKi(PD0325901)、又は、FGFRi(PD173074))。阻害物質暴露日数1日間~6日間の効果を検討した。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図17】MEK阻害物質処理工程を含む参考例6の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地を使用して製造されたiPS細胞(1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養37日目の6穴培養プレートの写真(MEKi(PD0325901))。比較対象として、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養37日目の6穴培養プレートの写真も示す(無処理)。阻害物質暴露日数1日間、3日間、6日間、13日間の効果を検討した。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)。
図18】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例7の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造された培養43日目のiPS細胞(Ff-I01、又は、QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞のウェル全体に占める割合を図14Aに従い目視判定した結果と、第一工程終了時におけるPAX6、LHX2、SIX3の発現値(Signal)、及び、フラグ(Detection)を示す(MEKi、又は、FGFRi)。比較対象として、MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞のウェル全体に占めるRPE細胞の割合の目視判定結果と、第一工程終了時に相当する時点でのPAX6、LHX2、SIX3の発現値(Signal)、及び、フラグ(Detection)を示す(無処理)。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図19】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例8の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養36日目、49日目の6穴培養プレートの写真(MEKi(PD0325901)、又は、FGFRi(PD173074))。比較対象として、MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例1及び参考比較例2の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養49日目の6穴培養プレートの写真も示す(無処理)。MEK阻害物質濃度0.25 μM~4 μM、FGF受容体阻害物質濃度25 nM~400 nMの効果を検討した。MEKi: MEK阻害物質(PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(PD173074)。
図20】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例9の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養49日目の6穴培養プレートの写真(MEKi(PD0325901)、又は、FGFRi(PD173074))。第二工程開始時の播種細胞数0.2 x 104~4.0 x 104細胞/cm2の効果を検討した。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901)、FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074)。
図21】MEK阻害物質処理工程を含む参考例10の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(QHJI01、又は、1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養49日目、50日目の6穴培養プレートの写真(MEKi(PD0325901)、MEKi(PD184352)、MEKi(U0126)、MEKi(TAK-733)、又は、MEKi(AZD-8330))。比較対象として、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養49日目の6穴培養プレートの写真も示す(無処理)。MEKi: MEK阻害物質(1 μM PD0325901、1.5 μM、3 μM、6 μM PD184352、5 μM、10 μM U0126、0.3 μM TAK-733、0.3 μM AZD-8330)。
図22】FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例11の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(QHJI01、又は、1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養49日目の6穴培養プレートの写真(FGFRi(PD173074)、又は、FGFRi(SU5402))。比較対象として、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養49日目の6穴培養プレートの写真も示す(無処理)。FGFRi: FGF受容体阻害物質(100 nM PD173074、5 μM、10 μM、20μM SU5402)。
図23】MEK阻害物質含有「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用した第一工程後の第二工程において、Nodalシグナル伝達経路阻害物質及び/又はWntシグナル伝達経路阻害物質存在下での培養による参考例12の方法により製造されたiPS細胞(QHJI01)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養43日目の12穴培養プレートの写真(NODALi+WNTi、NODALi、又は、WNTi)。第二工程におけるNodalシグナル伝達経路阻害物質とWntシグナル伝達経路阻害物質の単独暴露による分化誘導効果を検討した。 NODALi: Nodalシグナル伝達経路阻害物質(5 μM SB431542)、WNTi: Wntシグナル伝達経路阻害物質(3 μM CKI-7)。
図24】MEK阻害物質及びBMP受容体阻害物質処理工程を含む参考例13の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03培地を使用して製造された培養39日目のiPS細胞(201B7)由来網膜色素上皮(RPE)細胞のウェル全体に占める割合を図14Aに従い目視判定した結果(図中上側、MEKi 6日間+BMPRi 1日間、又は、MEKi 6日間+BMPRi 6日間)と、リアルタイムRT-PCR法による培養39日目における網膜色素上皮マーカーBEST1、MITF、眼形成初期マーカーRAXの発現量比較の結果(図中下側、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合(6段階表示)「3」、「5」)。比較対象として、MEK阻害物質及び/又はBMP受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で製造された培養39日目のiPS細胞由来分化細胞のウェル全体に占めるRPE細胞の割合の目視判定結果(図中上側、無処理)と、BEST1、MITF、RAXの発現量も示す(図中下側、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合(6段階表示)「1」)。各検体の遺伝子発現量はGAPDHの発現量で補正し、BEST1、MITF、RAX発現量比較においては、未分化維持培養条件で培養されていたiPS細胞(図中下側、未分化)の発現量を1とした時の相対量を示した。
図25】MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例14の製造法で、「StemFit(登録商標)」AK03N培地を使用して製造されたiPS細胞(1231A3)由来網膜色素上皮(RPE)細胞を含む培養43日目の6穴培養プレートの写真(図中右側、MEKi(PD0325901)、FGFRi(PD173074))と、RT-PCR法による培養43日目における網膜色素上皮マーカーRPE65、BEST1、CRALBP、内在性コントロールGAPDHの発現確認の結果(図中左側、MEKi(PD0325901)、FGFRi(PD173074))。比較対象として、MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の製造法で製造されたiPS細胞由来分化細胞を含む培養43日目の6穴培養プレートの写真(図中右側、無処理)とRPE65、BEST1、CRALBP、GAPDHのRT-PCR結果も示す(図中左側、無処理)。RT-PCR法の陽性対照としてprimary human RPE(図中左側、hRPE)、陰性対照として未分化維持培養条件で培養されていたiPS細胞(図中左側、未分化iPSC)を使用した。
【発明を実施するための形態】
【0010】
1.定義
本明細書において「多能性幹細胞」とは、自己複製能と多能性を有する細胞であり、インビトロにおいて培養することが可能で、かつ、三胚葉(外胚葉、中胚葉、内胚葉)に属する細胞系列すべてに分化しうる能力(多能性(pluripotency))を有する幹細胞をいう。
【0011】
多能性幹細胞としては、例えば、胚性幹細胞(ES細胞:Embryonic stem cell)、人工多能性幹細胞(iPS細胞:induced pluripotent stem cell)等を挙げることが出来る。本発明に用いる多能性幹細胞は、哺乳動物の多能性幹細胞であり、好ましくはげっ歯類又は霊長類の多能性幹細胞であり、より好ましくはヒト多能性幹細胞である。ここで、哺乳動物としては、ヒト、サル等の霊長類、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、その他イヌ、ネコ、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ、ウサギ等が挙げられる。
【0012】
胚性幹細胞は、例えば、着床以前の胚盤胞期胚中に存在する内部細胞塊を、フィーダー細胞上又はLIFを含む培地中で培養することにより製造することが出来る。胚性幹細胞の具体的な製造方法は、例えば、WO96/22362、WO02/101057、US5,843,780、US6,200,806、US6,280,718等に記載されている。ヒト胚性幹細胞はまた、WO2003/046141やChung et al. (Cell Stem Cell, February 2008, Vol. 2, pages 113-117) に記載される方法によりヒト胚を破壊することなく製造することができる。胚性幹細胞は、所定の機関より入手でき、また、市販品を購入することもできる。例えば、ヒト胚性幹細胞であるKhES-1、KhES-2及びKhES-3は、京都大学再生医科学研究所より入手可能である。いずれもマウス胚性幹細胞である、EB5細胞は国立研究開発法人理化学研究所より、D3株はATCCより、入手可能である。
【0013】
ES細胞の一つである核移植ES細胞(ntES細胞)は、細胞核を取り除いた卵子に体細胞の細胞核を移植して作ったクローン胚から樹立することができる。
【0014】
「人工多能性幹細胞」は、体細胞を、公知の方法等により初期化(reprogramming)することにより、多能性を誘導した細胞である。具体的には、例えば線維芽細胞、皮膚細胞、末梢血単核球等の体細胞にOct3/4、Sox2、Klf4、Myc(c-Myc、N-Myc、L-Myc)、Glis1、Nanog、Sall4、lin28、Esrrb等の遺伝子群から選ばれる複数の初期化因子の組合せのいずれかを導入することにより初期化され多分化能が誘導された細胞が挙げられる。好ましい初期化因子の組み合わせとしては、(1)Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMyc(c-Myc又はL-Myc)、(2)Oct3/4、Sox2、Klf4、Lin28及びL-Myc(Stem Cells, 2013;31:458-466)を挙げることが出来る。
人工多能性幹細胞は、2006年、山中らによりマウス細胞で初めて樹立され(Cell, 2006, 126(4) pp.663-676)、2007年にはヒト線維芽細胞でも樹立された(Cell, 2007, 131(5) pp.861-872;Science, 2007, 318(5858) pp.1917-1920;Nat. Biotechnol., 2008, 26(1) pp.101-106)。人工多能性幹細胞の誘導方法についてはその後も様々な改良が行われており、具体的な製造方法は、例えば、マウス人工多能性幹細胞については、Cell. 2006 Aug 25;126(4):663-76、ヒト人工多能性幹細胞については、Cell. 2007 Nov 30;131(5):861-72等に記載されている。
人工多能性幹細胞として、遺伝子発現による直接初期化で製造する方法以外に、化合物の添加などにより体細胞より人工多能性幹細胞を誘導することもできる(Science, 2013, 341 pp. 651-654)。
また、株化された人工多能性幹細胞を入手する事も可能であり、例えば、京都大学で樹立された201B7細胞、201B7-Ff細胞、253G1細胞、253G4細胞、1201C1細胞、1205D1細胞、1210B2細胞又は1231A3細胞等のヒト人工多能性細胞株が、京都大学又はiPSアカデミアジャパン株式会社より入手可能である。また、株化された人工多能性幹細胞として、例えば、京都大学で樹立されたFf-I01細胞、Ff-I14細胞及びQHJI01細胞が、京都大学より入手可能である。
【0015】
人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる体細胞には、特に限定は無く、具体的には、線維芽細胞、血球系細胞(例えば、末梢血単核球又はT細胞、臍帯血由来細胞)等が挙げられる。線維芽細胞としては、真皮由来のもの等が挙げられる。
【0016】
人工多能性幹細胞を製造する際に、数種類の初期化因子の発現により初期化する場合、遺伝子発現のための手段には特に限定は無く、当業者に周知の遺伝子導入方法、又はタンパク質の直接注入法を用いることができる。前記遺伝子導入法として具体的には、ウイルスベクター(例えば、レトロウイルスベクター、レンチウイルスベクター、センダイウイルスベクター、アデノウイルスベクター、アデノ随伴ウイルスベクター)を用いた感染法、プラスミドベクター(例えば、プラスミドベクター、エピソーマルベクター)、もしくはRNAベクターを用いたリン酸カルシウム法、リポフェクション法、レトロネクチン法又はエレクトロポレーション法等が挙げられる。
【0017】
人工多能性幹細胞を製造する際には、フィーダー細胞存在下またはフィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)で製造できる。フィーダー細胞存在下で人工多能性幹細胞を製造する際には、公知の方法で、未分化維持因子存在下で人工多能性幹細胞を製造できる。フィーダー細胞非存在下で人工多能性幹細胞を製造する際に用いられる培地としては、特に限定は無いが、公知の胚性幹細胞及び/又は人工多能性幹細胞の維持培地や、フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地を用いることができる。フィーダーフリーで人工多能性幹細胞を樹立するための培地としては、例えばEssential 8培地(E8培地)や、Essential 6培地、TeSR培地、mTeSR培地、mTeSR-E8培地、Stabilized Essential 8培地、StemFit(商標登録)等のフィーダーフリー培地を挙げることができる。人工多能性幹細胞を製造する際、例えば、フィーダー細胞非存在下で体細胞に、センダイウイルスベクターを用いて、Oct3/4、Sox2、Klf4、及びMycの4因子を遺伝子導入することで、人工多能性幹細胞を作製することができる。
【0018】
本発明に用いられる多能性幹細胞は、好ましくは、げっ歯類又は霊長類の人工多能性幹細胞であり、より好ましくは、ヒト人工多能性幹細胞である。
【0019】
多能性幹細胞は、当業者であれば周知の方法により維持培養・拡大培養する事ができるが、移植細胞製造の安全性等の観点から、多能性幹細胞は、無血清条件下及びフィーダー細胞非存在下で維持培養・拡大培養する事が好ましい。
【0020】
遺伝子改変された多能性幹細胞は、例えば、相同組換え技術を用いることにより作製できる。改変される染色体上の遺伝子としては、例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子、網膜色素上皮細胞の障害に基づく疾患関連遺伝子などがあげられる。染色体上の標的遺伝子の改変は、Manipulating the Mouse Embryo, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press(1994); Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);バイオマニュアルシリーズ8, ジーンターゲッティング, ES細胞を用いた変異マウスの作製,羊土社(1995);Nature, 478: 391-394 (2011); PNAS, 111: 1461-17466 (2014); Nat Methods, 8: 753-755 (2011) 等に記載の方法を用いて行うことができる。
【0021】
具体的には、例えば、改変する標的遺伝子(例えば、細胞マーカー遺伝子、組織適合性抗原の遺伝子や疾患関連遺伝子など)を含むゲノムDNAを単離し、単離されたゲノムDNAを用いて標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターを作製する。作製されたターゲットベクターを幹細胞に導入し、標的遺伝子とターゲットベクターの間で相同組換えを起こした細胞を選択することにより、染色体上の遺伝子が改変された幹細胞を作製することができる。
【0022】
標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離する方法としては、Molecular Cloning, A Laboratory Manual, Second Edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press (1989)やCurrent Protocols in Molecular Biology, John Wiley & Sons (1987-1997)等に記載された公知の方法があげられる。ゲノムDNAライブラリースクリーニングシステム(Genome Systems製)やUniversal GenomeWalker Kits (CLONTECH製)などを用いることにより、標的遺伝子を含むゲノムDNAを単離することもできる。ゲノムDNAの代わりに、標的蛋白質をコードするポリヌクレオチドを用いることもできる。当該ポリヌクレオチドは、PCR法で該当するポリヌクレオチドを増幅することにより取得する事ができる。
【0023】
標的遺伝子を相同組換えするためのターゲットベクターの作製、及び相同組換え体の効率的な選別は、Gene Targeting, A Practical Approach, IRL Press at Oxford University Press (1993);バイオマニュアルシリーズ8,ジーンターゲッティング, ES細胞を用いた変異マウスの作製, 羊土社(1995);等に記載の方法にしたがって行うことができる。ターゲットベクターは、リプレースメント型又はインサーション型のいずれでも用いることができる。選別方法としては、ポジティブ選択、プロモーター選択、ネガティブ選択、又はポリA選択などの方法を用いることができる。
選別した細胞株の中から目的とする相同組換え体を選択する方法としては、ゲノムDNAに対するサザンハイブリダイゼーション法やPCR法等があげられる。
【0024】
本明細書において「眼形成転写因子(Eye Field Transcription Factors)」とは、発生初期において眼形成領域に発現する遺伝子であり、ET(Tbx3)、Rx1(Rax)、Pax6、Six3、Lhx2、Tlx(Nr2e1)、Optx2(Six6)などが同定されている。これら眼形成転写因子は、眼形成初期のマーカーとして用いる事ができる。
【0025】
本明細書において「網膜色素上皮細胞」とは、生体網膜において神経網膜組織の外側に存在する上皮細胞を意味する。細胞が網膜色素上皮細胞であるか否かは、当業者であれば、例えば細胞マーカー(RPE65、Mitf、CRALBP、MERTK、BEST1等)の発現や、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、多角形・敷石状の特徴的な細胞形態などにより容易に確認できる。細胞が網膜色素上皮細胞の機能を有するか否かは、VEGF及びPEDF等のサイトカインの分泌能等により容易に確認できる。
【0026】
本明細書において「浮遊培養」とは、細胞または細胞の凝集体が培養液に浮遊して存在する状態を維持する条件で行われる培養、すなわち細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合(cell-substratum junction)を作らせない条件での培養をいう。
「接着培養」とは、細胞又は細胞の凝集体を培養器材等に接着させる条件で行われる培養をいう。この場合、細胞が接着するとは、細胞または細胞の凝集体と培養器材の間に、強固な細胞-基質間結合ができることをいう。すなわち、接着培養とは、細胞または細胞の凝集体と培養器材等との間に強固な細胞-基質間結合を作らせる条件での培養をいう。
浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞と細胞が面接着(plane attachment)する。浮遊培養中の細胞の凝集体では、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。一部の態様では、浮遊培養中の細胞の凝集体では、内在の細胞-基質間結合が凝集塊の内部に存在するが、細胞-基質間結合が培養器材等との間にはほとんど形成されないか、あるいは、形成されていてもその寄与が小さい。細胞と細胞が面接着するとは、細胞と細胞が面で接着することをいう。より詳細には、細胞と細胞が面接着するとは、ある細胞の表面積のうち別の細胞の表面と接着している割合が、例えば、1%以上、好ましくは3%以上、より好ましくは5%以上であることをいう。細胞の表面は、膜を染色する試薬(例えばDiI)による染色や、細胞接着因子(例えば、E-cadherinやN-cadherin)の免疫染色により、観察できる。
【0027】
接着培養を行う際に用いられる培養器は、「接着培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜培養のスケール、培養条件及び培養期間に応じた培養器を選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、組織培養用フラスコ、培養皿(ディッシュ)、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、マイクロキャリア、ビーズ、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、接着培養を可能とするために、細胞接着性であることが好ましい。細胞接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器が挙げられ、具体的には内部がコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤としては、例えば、ラミニン[ラミニンα5β1γ1(以下、ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1(以下、ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられる。また、正電荷処理等の表面加工された培養容器を使用することもできる。網膜色素上皮細胞の安定かつ効率的な誘導が可能である事から、より好ましくは、ラミニン511E8でコーティングした培養器を用いる(WO2015/053375号)。ラミニン511E8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0028】
浮遊培養を行う際に用いられる培養器は、「浮遊培養する」ことが可能なものであれば特に限定されず、当業者であれば適宜選択することが可能である。このような培養器としては、例えば、フラスコ、組織培養用フラスコ、ディッシュ、ペトリデッシュ、組織培養用ディッシュ、マルチディッシュ、マイクロプレート、マイクロウェルプレート、マイクロポア、マルチプレート、マルチウェルプレート、チャンバースライド、シャーレ、チューブ、トレイ、培養バック、スピナーフラスコ又はローラーボトルが挙げられる。これらの培養器は、浮遊培養を可能とするために、細胞非接着性であることが好ましい。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理(例えば、ラミニン、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等によるコーティング処理、又は、正電荷処理等の表面加工)されていないものなどを使用できる。細胞非接着性の培養器としては、培養器の表面が、細胞との接着性を低下させる目的で人工的に処理(例えば、MPCポリマー等の超親水性処理、タンパク低吸着処理等)されたものなどを使用できる。
【0029】
本明細書において細胞の培養に用いられる培地は、動物細胞の培養に通常用いられる培地を基礎培地として調製することができる。市販されている基礎培地としては、例えば、BME培地、BGJb培地、CMRL 1066培地、Glasgow MEM(GMEM)培地、Improved MEM Zinc Option培地、IMDM培地、Medium 199培地、Eagle MEM培地、αMEM培地、DMEM培地、F-12培地、DMEM/F12培地、IMDM/F12培地、ハム培地、RPMI 1640培地、Fischer's培地等が挙げられ、単独又は2種以上を組み合わせて用いる事ができるが、これらに限定されない。
ここで前記基礎培地には、緩衝剤(例えば、HEPES)、塩(例えば、塩化ナトリウム、炭酸水素ナトリウム等の無機塩)もしくは抗酸化剤(例えば、2-メルカプトエタノール)等の調整剤、アミノ酸(例えば、非必須アミノ酸)、脂肪酸、糖、ビタミン、脂質もしくはピルビン酸等の栄養剤、抗生物質(例えば、ペニシリン、ストレプトマイシン)、細胞外マトリクス(例えば、マトリゲル、ラミニン、ラミニンフラグメント、ラミニン511-E8フラグメント)および色素(例えば、フェノールレッド)等から適宜選択される1以上の添加物が含まれ得るが、これらに限定されない。また、前記基礎培地には、多能性幹細胞からRPE細胞への分化誘導に影響を与えない程度のサイトカイン又は増殖因子が添加物として含まれていてもよい。
上記添加物が基礎培地に含まれていない場合には、適宜基礎培地に添加してもよい。
【0030】
本明細書において「血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含む培地を意味する。任意の動物由来の血清を使用することができるが、好ましくはウシ、ヒトなどの哺乳動物由来の血清を使用できる。自家移植を目的として培養を行う場合には、患者自身の血清を用いる事もできる。
血清の濃度は、網膜色素上皮細胞を効率的に分化誘導しうる濃度であれば特に限定されないが、例えば約0.5%~30%(v/v)の範囲から適宜設定できる。また、当該濃度は一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0031】
「無血清培地」とは、無調整又は未精製の血清を含まない培地を意味する。本発明では、精製された血液由来成分や動物組織由来成分(例えば、増殖因子)が混入している培地も、無調整又は未精製の血清を含まない限り無血清培地に含まれる。
「無血清条件」とは、無調整又は未精製の血清を含まない条件、具体的には、無血清培地を使用する条件を意味する。
【0032】
無血清培地は、血清代替物を含有していてもよい。血清代替物としては、例えば、アルブミン、トランスフェリン、脂肪酸、コラーゲン前駆体、微量元素、2-メルカプトエタノール又は3’チオールグリセロール、あるいはこれらの均等物などを適宜含有するものを挙げることができる。かかる血清代替物は、例えば、WO98/30679に記載の方法により調製することができる。血清代替物としては市販品を利用してもよい。かかる市販の血清代替物としては、例えば、KnockoutTM Serum Replacement (Life Technologies社製:以下、KSRと記すこともある。)、Chemically-defined Lipid concentrate (Life Technologies社製)、GlutamaxTM(Life Technologies社製)、B27(Life Technologies社製)、N2(Life Technologies社製)が挙げられる。
【0033】
調製の煩雑さを回避するために、かかる無血清培地として、市販のKSR(ライフテクノロジー(Life Technologies)社製)を適量(例えば、約0.5%から約30%、好ましくは約5%から約20%)添加した無血清培地(例えば、Glasgow MEM培地に上記濃度範囲のKSRを添加した培地)を使用してもよい。
【0034】
本発明に用いる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地(Chemically defined medium; CDM)である。
【0035】
本発明における培養は、好ましくはゼノフリー条件で行われる。「ゼノフリー」とは、培養対象の細胞の生物種とは異なる生物種由来の成分(タンパク質等)が排除された条件を意味する。
【0036】
本明細書において、「物質Xを含む培地」、「物質Xの存在下」とは、それぞれ外来性(exogenous)の物質Xが添加された培地または外来性の物質Xを含む培地、外来性の物質Xの存在下を意味する。一方、「物質Xを含まない培地」「物質Xの非存在下」とは、それぞれ外来性(exogenous)の物質Xが添加されていない培地または外来性の物質Xを含まない培地、外来性の物質Xの非存在下を意味する。すなわち、当該培地中に存在する細胞が当該物質Xを内在的(endogenous)に発現、分泌もしくは産生する場合、内在的な物質Xは外来性の物質Xとは区別され、外来性の物質Xを含んでいない培地は内在的な物質Xを含んでいても「物質Xを含む培地」の範疇には該当せず、「物質Xを含まない培地」の範疇に含まれると解する。
例えば、「FGFシグナル伝達経路作用物質を含む培地」とは、外来性のFGFシグナル伝達経路作用物質が添加された培地または外来性のFGFシグナル伝達経路作用物質を含む培地である。
【0037】
本明細書において、「フィーダー細胞」とは、多能性幹細胞を培養するときに共存させる当該幹細胞以外の細胞のことである。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞としては、例えば、マウス線維芽細胞(MEF)、ヒト線維芽細胞、又は、SNL細胞等が挙げられる。フィーダー細胞としては、増殖抑制処理したフィーダー細胞が好ましい。増殖抑制処理としては、増殖抑制剤(例えば、マイトマイシンC)処理又はガンマ線照射等が挙げられる。多能性幹細胞の未分化維持培養に用いられるフィーダー細胞は、液性因子(好ましくは未分化維持因子)の分泌や、細胞接着用の足場(細胞外基質)の作成により、多能性幹細胞の未分化維持に貢献する。
【0038】
本明細書において、フィーダー細胞非存在下(フィーダーフリー)とは、フィーダー細胞非存在下にて培養することである。フィーダー細胞非存在下とは、例えば、フィーダー細胞を添加していない条件、または、フィーダー細胞を実質的に含まない(例えば、全細胞数に対するフィーダー細胞数の割合が3%以下)の条件が挙げられる。
【0039】
本明細書において、「Rhoシグナル伝達経路」とは、低分子量Gタンパク質の1種であるRhoが介在する上流及び下流のシグナル伝達経路を意味する。具体的には、Rhoの上流に位置するGDP-GTP交換因子(GEF; guanine nucleotide exchange factor、例:Abr(ActiveBcr-Related))、Rho(例:RhoA, RhoB, RhoC)、Rhoの下流に存在するROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)およびROCKの下流に位置するミオシン軽鎖等のRhoシグナル伝達経路を構成する因子(Rhoシグナル伝達経路構成因子という事もある)が介在するシグナル伝達経路である。
【0040】
本明細書において、「アポトーシス(apoptosis)」とは、制御された細胞自殺機構であり、プログラム細胞死(programmed cell death)ともいう。細胞の生死を決定する遺伝子によって制御されている点においてネクローシス(necrosis)とは異なる。アポトーシスは、アネキシンV染色等により、ネクローシスと区別が可能である。
【0041】
本明細書において、「カスパーゼ」とは、細胞にアポトーシスを起こさせるシグナル伝達経路を構成する、一群のシステインプロテアーゼである。これまでに哺乳動物において少なくとも18種類、ヒトにおいては少なくとも12種類(カスパーゼ-1~10、-12、-14)が同定されており、これらの内、少なくともカスパーゼ-2、-3、-6、-7、-8、-9、-10、-12がアポトーシス実行に関与する事が知られている。
【0042】
アポトーシスを誘導する経路は複数存在し、例えば、ミトコンドリアを介した経路、小胞体を介した経路、Fasリガンド等のデスリガンドを介した経路等が存在し、いずれの経路においてもカスパーゼの活性化を介してアポトーシスが誘導される。ヒト多能性幹細胞においては、分散培養によるRhoシグナル伝達経路の活性化により、ミトコンドリアを介した経路によるカスパーゼの活性化により、アポトーシスが誘導される事が知られている(Ohgushi et al., Cell Stem Cell 7, 225-39 (2010))。
【0043】
本明細書におけるROCK阻害物質、FGF受容体阻害物質、MEK阻害物質等の各種化学物質は、それぞれフリー体、塩等を共に含む。例えば、Y-27632は、Y-27632のフリー体及びその塩酸塩であるY-27632 dihydrochloride等を包含する。
【0044】
2.網膜色素上皮細胞の製造方法
本発明の製造方法は、下記工程(1)~(2)を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法である:
(1)多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で、30日を超えない期間培養する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程。
【0045】
(1)第一工程
第一工程における好ましい多能性幹細胞として、胚性幹細胞(ES細胞ともいう)又は人工多能性幹細胞(Induced Pluripotent Stem Cell、iPS細胞ともいう)等のプライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)、好ましくはヒトプライムド多能性幹細胞が挙げられる。多能性幹細胞として好ましくは、人工多能性幹細胞、更に好ましくはヒト人工多能性幹細胞が挙げられる。ここで人工多能性幹細胞の製造方法には特に限定はなく、上述のとおり当業者に周知の方法で製造することができるが、人工多能性幹細胞の作製工程(すなわち、体細胞を初期化し多能性幹細胞を樹立する工程)もフィーダーフリーで行うことが望ましい。
【0046】
多能性幹細胞は、通常維持培養・拡大培養の実施後、第一工程に供される。多能性幹細胞の維持・拡大培養は、当業者に周知の方法で実施することができ、好ましくはフィーダー細胞非存在下で実施される。また、多能性幹細胞の維持・拡大培養は、接着培養でも浮遊培養でも実施する事ができるが、好ましくは接着培養で実施される。
【0047】
フィーダー細胞非存在下における多能性幹細胞の維持培養・拡大培養は、未分化維持因子を含む培地で実施できる。未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はないが、通常哺乳動物由来の未分化維持因子である。未分化維持因子は、哺乳動物の種間で交差反応性を有し得るので、培養対象の多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な限り、いずれの哺乳動物の未分化維持因子を用いてもよいが、好適には培養する細胞と同一種の哺乳動物の未分化維持因子が用いられる。
当業者に汎用されている未分化維持因子としては、プライムド多能性幹細胞(Primed pluripotent stem cells)の場合、FGFシグナル伝達経路作用物質、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質等を挙げることができる。FGFシグナル伝達経路作用物質として具体的には、線維芽細胞増殖因子(例えば、bFGF、FGF4やFGF8)が挙げられる。また、TGFβファミリーシグナル伝達経路作用物質としては、TGFβシグナル伝達経路作用物質(例えばTGFβ1、TGFβ2)、Nodal/Activinシグナル伝達経路作用物質(例えばNodal、Activin A、Activin B)が挙げられる。ヒト多能性幹細胞(ヒトES細胞、ヒトiPS細胞)を培養する場合、未分化維持因子は好ましくはbFGF及びTGFβである。
【0048】
多能性幹細胞の維持培養・拡大培養において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、多能性幹細胞の未分化状態を維持可能な濃度であり、当業者であれば、適宜設定することができる。例えば、具体的には、未分化維持因子としてbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4~500ng/mL程度、好ましくは10~200ng/mL、より好ましくは30~150ng/mL程度である。
【0049】
未分化維持因子を含む培地(以下、フィーダーフリー培地と記すことがある。)として、幹細胞用の培地として市販されている培地を適宜用いることもでき、例えば、Essential 8(Life Technologies社製)、hESF9(Proc Natl Acad Sci U S A. 2008 Sep 9;105(36):13409-14)、S-medium(DSファーマバイオメディカル社製)、StemPro(Life Technologies社製)、mTeSR1(STEMCELL Technologies社製)、mTeSR2(STEMCELL Technologies社製)、TeSR-E8(STEMCELL Technologies社製)、StemFit(登録商標)(味の素社製)等が市販されている。これらの培地を用いることにより、多能性幹細胞の維持培養・拡大培養を実施することが出来る。
【0050】
維持培養・拡大培養された多能性幹細胞を回収する際には、分散操作により、分散した多能性幹細胞を調製する。多能性幹細胞の分散操作は、機械的分散処理、細胞分散液処理、細胞保護剤添加処理を含んでよい。これらの処理を組み合わせて行ってもよい。好ましくは、細胞保護剤添加処理と同時に、細胞分散液処理を行い、次いで機械的分散処理をするとよい。
細胞保護剤添加処理に用いられる細胞保護剤としては、ヘパリン、血清、又は血清代替物を挙げることができる。
細胞分散液処理に用いられる細胞分散液としては、トリプシン、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、エラスターゼ、プロナーゼ、DNase又はパパイン等の酵素類や、エチレンジアミン四酢酸等のキレート剤のいずれかを含む溶液を挙げることができる。市販の細胞分散液、例えば、TrypLE Select (Life Technologies社製)やTrypLE Express (Life Technologies社製)を用いることもできる。
機械的分散処理の方法としては、ピペッティング処理又はスクレーパーでの掻き取り操作が挙げられる。
分散された多能性幹細胞を、新たな培養容器に播種し、第一工程に供することができる。
分散により誘導される細胞死(特に、ヒト多能性幹細胞の細胞死)を抑制するために、多能性幹細胞を、新たな培養容器に播種した後に、ROCK阻害物質存在下で維持培養を継続し、その後第一工程を開始してもよい。ROCK阻害物質処理の期間は、分散により誘導される細胞死が抑制できる限り特に限定されないが、通常、12~24時間程度である。
【0051】
第一工程開始時における多能性幹細胞の濃度は、当業者であれば適宜設定できるが、接着培養の場合であれば、例えば、1.0×102~1×106細胞/cm2、好ましくは2.0×102~2×105細胞/cm2、より好ましくは5×102~1×105細胞/cm2又は1×103~1×104細胞/cm2である。
【0052】
第一工程において用いられる培地は、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、含有成分が化学的に決定された培地である。
【0053】
第一工程において用いられる培地は、血清培地であっても無血清培地であってもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、無血清培地である。
【0054】
第一工程において用いられる培地は、細胞死(アポトーシス)を抑制する目的で、ROCK(Rho-associated coiled-coil forming kinase/Rho結合キナーゼ)阻害物質を含有していてもよい。ROCK阻害物質としては、Y-27632、Fasudil又はH-1152等が挙げられる。ROCK阻害物質は1種のみで用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ROCK阻害物質の濃度は、当業者であれば適宜設定できるが、例えばY-27632約50nM~200μMに相当するROCK阻害活性を示す濃度の範囲から設定できる。
【0055】
第一工程における培養は、フィーダー細胞存在下で実施してもよいが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、好ましくは、フィーダー細胞を含まない条件において実施される。
【0056】
第一工程において用いられる培地は、フィーダー細胞非存在下における培養又はフィーダー細胞存在下における培養に関わらず、外来の未分化維持因子を含んでいても含んでいなくてもよい。本発明の第一工程は、より好ましくはフィーダー細胞非存在下において未分化維持因子を含む培地で行われる。未分化維持因子は、多能性幹細胞の分化を抑制する作用を有する物質であれば特に限定はないが、好ましくはFGFシグナル伝達経路作用物質を含み、より好ましくはbFGFを含む。
【0057】
第一工程において用いられる培地中の未分化維持因子濃度は、多能性幹細胞の維持培養・拡大培養に用いられる場合における未分化維持因子の濃度範囲であればよく、例えば、未分化維持因子として、フィーダー細胞非存在下でbFGFを用いる場合、その濃度は、通常4~500ng/mL程度、好ましくは10~200ng/mL、より好ましくは30~150ng/mL程度である。
【0058】
第一工程において用いられる培地は、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む。該培地は、本発明の製造方法による網膜色素上皮細胞の製造効率を、例えば、第一工程を行わない場合の効率と同程度又はそれ以下まで低減させない限り、さらなる成分(例えば、任意のシグナル伝達経路の作用又は阻害物質)を含むことができる。例えば、該培地は、BMP受容体阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質又はPKC阻害物質を、単独若しくは以下の(1)~(4)のいずれかの組み合わせで、さらに含んでいてもよい:(1)BMP受容体阻害物質及びソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質、(2)BMP受容体阻害物質及びPKC阻害物質、(3)ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びPKC阻害物質、(4)BMP受容体阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びPKC阻害物質。あるいは、該培地は、BMP受容体阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びPKC阻害物質のいずれも含んでいなくてもよい。
【0059】
本明細書において、FGF受容体阻害物質とは、FGFにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得る物質であれば特に限定はなく、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。ここで、FGFは少なくとも22種類からなるファミリーを形成している。また、代表的なFGF受容体としてはFGFR1、FGFR2、FGFR3およびFGFR4等が挙げられ、FGF受容体阻害物質はこれらの1つ、複数又は全部を阻害する物質である。当該物質として例えば、FGF又はFGF受容体に直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、FGF又はFGF受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えば、アンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、FGF受容体とFGFの結合を阻害する物質(例えば可溶型のFGF受容体、FGFアンタゴニスト等)、FGF受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[例えば、ATP競合によりFGF受容体のチロシンキナーゼ活性を阻害するPD173074(N-[2-[[4-(Diethylamino)butyl]amino]-6-(3,5-dimethoxyphenyl)pyrido[2,3-d]pyrimidin-7-yl]-N'-(1,1-dimethylethyl)urea)、SU5402(2-[(1,2-Dihydro-2-oxo-3H-indol-3-ylidene)methyl]-4-methyl-1H-pyrrole-3-propanoic acid)又はPD161570(1-tert-Butyl-3-[6-(2,6-dichlorophenyl)-2-[[4-(diethylamino)butyl]amino]pyrido[2,3-d]pyrimidin-7-yl]urea)等の低分子化合物等]が挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は1種のみで用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、PD173074及びSU5402は公知のFGF受容体阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。FGF受容体阻害物質として好ましくはPD173074又はSU5402が挙げられる。
【0060】
本明細書において、第一工程の培地中に含まれるFGF受容体阻害物質の濃度は、本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造し得る限り特に限定されず、FGF受容体阻害物質の種類に応じて当業者は適宜設定することができる。例えば、FGF受容体阻害物質の濃度として、PD173074 1~1000 nM、好ましくは10~500 nM、更に好ましくは、25~400 nM、特に好ましくは30~300 nMのFGF受容体阻害活性に相当する濃度の範囲が挙げられる。また、例えばSU5402であれば、0.1~500 μM、好ましくは1~100 μM、より好ましくは5~20 μMの濃度範囲が挙げられる。本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲であれば、当該濃度は第一工程を通して一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0061】
本明細書において、MEK阻害物質とは、MEKファミリーキナーゼの発現又は活性を阻害する物質であれば特に限定はなく、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。ここで、代表的なMEKファミリーキナーゼとしてMEK1、MEK2、MEK3等が挙げられ、MEK阻害物質はこれらMEKファミリーキナーゼの1つ、複数又は全部の発現又は活性を阻害する物質である。当該物質として例えば、各種MEKをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えば、アンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、各種MEKの酵素活性を阻害する物質[PD0325901 (N-[(2R)-2,3-Dihydroxypropoxy]-3,4-difluoro-2-[(2-fluoro-4-iodophenyl)amino]-benzamide)、PD184352 ((2-[(2-Chloro-4-iodophenyl)amino]-N-cyclopropylmethoxy)-3,4-difluorobenzamide)、PD98059(2'-Amino-3'-Methoxyflavone)、U0126(1,4-Diamino-2,3-dicyano-1,4-bis[2-aminophenylthio]butadiene)、MEK162(5-[(4-Bromo-2-fluorophenyl)amino]-4-fluoro-N-(2-hydroxyethoxy)-1-methyl-1H-benzimidazole-6-carboxamide)、SL327(α-[Amino[(4-aminophenyl)thio]methylene]-2-(trifluoromethyl)benzeneacetonitrile)、TAK-733((R)-3-(2, 3-dihydroxypropyl)-6-fluoro-5-(2-fluoro-4-iodophenylamino)-8-methylpyrido [2, 3-d] pyrimidine-4, 7 (3H, 8H)-dione)又はAZD-8330(2-(2-fluoro-4-iodophenylamino)-N-(2-hydroxyethoxy)-1,5-dimethyl-6-oxo-1,6-dihydropyridine-3-carboxamide)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、PD0325901、PD184352、PD98059、U0126、MEK162、SL327、TAK-733及びAZD-8330は公知のMEK阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。MEK阻害物質として好ましくはPD0325901、PD184352、U0126、TAK-733又はAZD-8330が挙げられる。
【0062】
本明細書において、第一工程の培地中に含まれるMEK阻害物質の濃度は、本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造し得る限り特に限定されず、MEK阻害物質の種類に応じて当業者は適宜設定することができる。例えば、MEK阻害物質の濃度として、PD0325901 0.001~10 μM、好ましくは0.005~5 μM、更に好ましくは0.1~4 μM、更に好ましくは0.25~4 μM、特に好ましくは0.25~2 μMのMEK阻害活性に相当する濃度の範囲が挙げられる。例えば、PD184352であれば、例えば、0.01~20 μM、好ましくは0.1~10 μM、更に好ましくは1.5~6 μMの濃度範囲が挙げられる。本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲であれば、当該濃度は第一工程を通して一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0063】
本明細書においてBMP受容体阻害物質とは、BMPにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得る物質であれば特に限定はなく、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。ここで、代表的なBMPとしては、BMP2、BMP4、BMP7及びGDF7等を挙げる事ができる。ここで、BMP受容体(BMPR)は、I型受容体(ALK(activin receptor-like kinase)-1、ALK-2、ALK-3、ALK-6)及びII型受容体(ActRII、BMPRII)のヘテロ二量体として存在する。BMP受容体阻害物質として例えば、BMP又はBMP受容体に直接作用する物質(例えば抗体、アプタマー等)、BMP又はBMP受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、BMP受容体とBMPの結合を阻害する物質(例えば可溶型BMP受容体、BMPアンタゴニスト等)、BMP受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[LDN193189(4-[6-(4-Piperazin-1-ylphenyl)pyrazolo[1,5-a]pyrimidin-3-yl]quinoline)又はDorsomorphin(6-[4-[2-(1-Piperidinyl)ethoxy]phenyl]-3-(4-pyridinyl)-pyrazolo[1,5-a]pyrimidine)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、LDN193189及びDorsomorphinは公知のBMPI型受容体の阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。BMP受容体阻害物質として好ましくはLDN193189が挙げられる。
【0064】
本明細書において、ソニック・ヘッジホッグ(以下、Shhと記すことがある。)シグナル伝達経路作用物質とは、Shhにより媒介されるシグナル伝達を増強し得る物質であれば特に限定はなく、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。Shhシグナル伝達経路作用物質としては、例えば、Hedgehogファミリーに属する蛋白質(例えば、ShhやIhh等)、Shh受容体、Shh受容体アゴニスト[Purmorphamine (9-Cyclohexyl-N-[4-(4-morpholinyl)phenyl]-2-(1-naphthalenyloxy)-9H-purin-6-amine)、又はSAG(Smoothened Agonist; N-Methyl-N'-(3-pyridinylbenzyl)-N'-(3-chlorobenzo[b]thiophene-2-carbonyl)-1,4-diaminocyclohexane)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。ここで、Purmorphamine及びSAGは公知のShhシグナル伝達経路作用物質であり、市販品等を適宜入手可能である。Shhシグナル伝達経路作用物質として好ましくはSAGが挙げられる。
【0065】
本明細書において、PKC阻害物質とは、プロテインキナーゼC(PKC)の発現又は活性を阻害し得る物質であれば特に限定はなく、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。ここで、PKCとは、少なくとも10種類以上のアイソザイムから構成されるタンパク質ファミリーであり、PKC阻害物質はこれらの1つ、複数又は全部の発現又は活性を阻害する物質である。当該物質として例えば、PKCをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、PKCの酵素活性を阻害する物質[例えばGo6983(3-[1-[3-(Dimethylamino)propyl]-5-methoxy-1H-indol-3-yl]-4-(1H-indol-3-yl)-1H-pyrrole-2,5-dione)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。これらの物質は1種で用いてもよいし、2種以上を組み合わせて用いてもよい。Go6983は公知のPKC阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。PKC阻害物質として好ましくはGo6983が挙げられる。
【0066】
本明細書において、第一工程の培地中に含まれるBMP受容体阻害物質、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質及びPKC阻害物質の濃度は、本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲で当業者は適宜設定することができる。例えば、BMP受容体阻害物質の濃度としては、LDN193189 1~1000 nM、好ましくは10~500 nM、より好ましくは、30~300 nMのBMP受容体阻害活性に相当する濃度の範囲が挙げられる。Shhシグナル伝達経路作用物質の濃度としては、SAG 1~2000 nM、好ましくは3~1000 nM、より好ましくは、10~500 nMのShhシグナル伝達作用に相当する濃度の範囲が挙げられる。PKC阻害物質の濃度としては、Go6983 0.05~20 μM、好ましくは0.2~10 μM、より好ましくは、0.5~5 μMのPKC阻害活性に相当する濃度の範囲が挙げられる。
本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲であれば、当該濃度は第一工程を通して一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0067】
第一工程における多能性幹細胞の培養は、浮遊培養又は接着培養のいずれの条件でおこなわれてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0068】
多能性幹細胞の接着培養に用いる培養器は、細胞の接着培養が可能な限り特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器を使用することができ、具体的には前述の内部をコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤として好ましくは、ラミニン[ラミニンα5β1γ1 (ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1 (ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E8が挙げられる(WO2015/053375号)。ラミニン511E8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0069】
多能性幹細胞の浮遊培養に用いる培養器は、細胞の浮遊培養が可能な限り特に限定されないが、細胞非接着性である事が好ましい。
【0070】
第一工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は特に限定されるものではないが、例えば約30~40℃、好ましくは約37℃である。またCO2濃度は、例えば約1~10%、好ましくは約5%である。
【0071】
第一工程の途中において、培地交換を行う事ができる。培地交換の方法は特に限定されず、元の培地の全量程度を新しい培地に交換しても、元の培地の一部のみを新しい培地に交換してもよい。元の培地の一部を新しい培地に交換する場合、第一工程の培地に含まれる物質(MEK阻害物質、FGF受容体阻害物質等)の終濃度を計算した上で、交換する培地の割合に応じた濃度の該物質を含む新しい培地を準備し、元の培地と交換する事ができる。第一工程の培地に含まれる物質の終濃度は、培養の途中で変化させてもよい。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルピペットマンを使ってもよい。
【0072】
第一工程の日数は、多能性幹細胞に上記FGF受容体阻害物質及び/又はMEK阻害物質等を暴露することで生じる細胞が網膜色素上皮細胞への分化能を保持している期間内であれば特に制限はないが、第一工程における多能性幹細胞は、30日を超えない期間培養される。該期間は、用いる多能性幹細胞の株等に応じて変動し得るが、通常2日以上、好ましくは3日以上、より好ましくは4日以上である。第一工程における多能性幹細胞は、より好ましくは2~13日間又は2~6日間、更に好ましくは4~6日間培養される。
【0073】
第一工程の日数は、多能性幹細胞を上記FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種で処理した細胞に発現する特定のマーカーを指標に決定してもよい。具体的には、例えば、PAX6(Paired box protein 6)、LHX2(LIM homeobox 2)及びSIX3(SIX homeobox 3) 等の眼形成初期のマーカー、具体的には眼形成転写因子の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分な期間、第一工程の培養を行った後に第二工程に移行する事ができる。すなわち、第一工程における「30日を超えない期間」としては、例えば、「少なくとも1つの眼形成初期のマーカー、具体的には眼形成転写因子の発現を誘導するのに十分でありかつ30日を超えない期間」、及び「PAX6、LHX2及びSIX3の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分でありかつ30日を超えない期間」が挙げられる。これらの実施形態において、培養期間の上限は、例えば、30日を超えない期間、13日を超えない期間、または6日を超えない期間などであってもよい。
所定の培養条件において所与の培養期間が「少なくとも1つの眼形成初期のマーカー、具体的には眼形成転写因子の発現を誘導するのに十分な期間」または「PAX6、LHX2及びSIX3の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分な期間」であるか否かは、当該条件における当該期間の培養後の細胞集団において、無処理対照と比べてこれらの少なくとも1つの遺伝子発現が有意に検出されるかどうかを確認することにより決定することができる。当業者であれば、例えば、ノザンブロット、RT-PCR、マイクロアレイ等の手法により、これらの遺伝子の発現を検出する事ができる。
【0074】
ここで、PAX6、LHX2及びSIX3とは、発生初期において眼形成領域に遺伝子発現する眼形成転写因子をコードする遺伝子であり、ヒトの遺伝子としては、それぞれGenbank Accession No.:NM_001127612、Genbank Accession No.:NM_004789、Genbank Accession No.:NM_005413として特定される遺伝子である。マウス等の他の動物種におけるこれら遺伝子は、当業者であれば容易に特定する事ができ、例えばhttp://www.ncbi.nlm.nih.govに掲載された遺伝子の塩基配列から特定する事ができる。
【0075】
すなわち、本発明の一態様として、以下の工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法を提供する。
(1)眼形成転写因子の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分な期間、多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程。
【0076】
すなわち、本発明の別の一態様として、以下の工程を含む、網膜色素上皮細胞の製造方法を提供する。
(1)PAX6、LHX2及びSIX3の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分な期間、多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養する第一工程、及び
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程。
【0077】
第一工程を接着培養で実施した場合、細胞を培養器から剥離して細胞を回収する事もできる。
【0078】
細胞を培養器から剥離する方法は、一般に細胞を剥離する方法として公知の方法であれば特に限定されないが、トリプシン等の酵素を含む細胞剥離液を用いることができる。また、市販の細胞剥離液[TrypLE select(Life Technologies社)等]を用いる事もできる。剥離し回収した細胞は、通常、PBS(Phosphate Buffered Saline)及び/又は第二工程で使用する培地を用いて洗浄した後、第二工程に使用する。
【0079】
第一工程で得られる細胞は、その分化状態および生存状態が維持される限り、継代(維持培養)、網膜色素上皮細胞の製造中間体として保存、又はその他の処理に付すことができる。第一工程で得られた細胞を凍結保存する方法は、一般に細胞を凍結保存する方法として公知の方法であれば特に限定されないが、例えば、第一工程で得られた細胞をDMSOやグリセリン等の凍害保護剤を含む培地に懸濁し凍結保存することができる。また、市販の細胞凍結保存液[StemCellBanker(Zenoaq社)]を用いることもできる。
【0080】
(2)第二工程
第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程について説明する。
【0081】
第二工程開始時における細胞濃度は、当業者であれば適宜設定できるが、接着培養の場合であれば、例えば、1×102 ~2×107細胞/cm2、好ましくは1×103~5×106細胞/cm2、より好ましくは1×104~1×106細胞/cm2、更に好ましくは2×104~2×105細胞/cm2である。
【0082】
第二工程において用いられる培地は、多能性幹細胞を網膜色素上皮細胞へ分化誘導させることが可能な培地である限り特に限定されない。具体的には上記定義において記載した基礎培地から調製することができる。第二工程において用いられる培地は血清含有培地又は無血清培地であり得るが、化学的に未決定な成分の混入を回避する観点から、本発明においては、無血清培地が好ましい。調製の煩雑さを回避するには、例えば、基礎培地に市販のKSR等の血清代替物を適量添加した無血清培地(例えば、Glasgow MEM培地に0.5~30%の濃度範囲のKSRを添加した培地)を使用することができる。第二工程で用いられる培地として、未分化維持因子を含まない培地を使用することができる。
【0083】
本発明の方法において、Rhoシグナル伝達経路阻害物質は、Rhoシグナル伝達経路構成因子、例えば、GEF(例:Abr)、Rho、ROCK又はミオシン軽鎖のいずれかの発現又は活性を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物の何れであってもよい。例えば、Rhoシグナル伝達経路構成因子に対する抗体、Rhoシグナル伝達経路構成因子をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Rhoシグナル伝達経路構成因子の生理活性を阻害する低分子化合物等が挙げられる。Rhoシグナル伝達経路阻害物質として、例えば、ROCK阻害物質又はミオシン阻害物質が挙げられる。
【0084】
ROCK阻害物質として、具体的には、Y-27632(trans-4-[(1R)-1-Aminoethyl]-N-4-pyridinylcyclohexanecarboxamide)、Fasudil(1-(5-isoquinolinesulfonyl)homopiperazine)又はH-1152((S)-(+)-4-Glycyl-2-methyl-1-[(4-methyl-5-isoquinolinyl)sulfonyl]-hexahydro-1H-1,4-diazepine)等が挙げられるが、これらに限定されない。Y-27632、Fasudil又はH-1152は、公知のROCK阻害物質であり、市販品等を適宜入手可能である。ROCK阻害物質として好ましくはY-27632又はFasudil、より好ましくはY-27632が挙げられる。
【0085】
ROCK阻害物質の濃度は、当業者であれば細胞の種類や細胞数に応じて適宜設定できるが、例えば、Y-27632であれば、50 nM~200 μM、好ましくは100 nM~200 μM、より好ましくは500 nM~200 μM、更に好ましくは1~200 μMであり、Fasudilであれば、100 nM~200 μM、より好ましくは500 nM~200 μM、更に好ましくは1~200 μMである。その他のROCK阻害物質の場合、上記に相当するROCK阻害活性を示す濃度の範囲から設定できる。本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲であれば、当該濃度は第二工程を通して一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0086】
ミオシン軽鎖の活性を阻害する物質(ミオシン阻害物質)として、具体的には、ブレビスタチン(Blebbistatin:(3aS)-3a-Hydroxy-6-methyl-1-phenyl-1,2,3,3a-tetrahydro-4H-pyrrolo[2,3-b]quinolin-4-one)等が挙げられる。
【0087】
本発明の方法において、アポトーシス阻害物質は、アポトーシスを抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物の何れであってもよい。アポトーシス阻害物質としては、例えば、カスパーゼ阻害物質、アポトーシスに関連するミトコンドリアの機能を阻害する物質等が挙げられるが、これらに限定されない。
アポトーシスに関連するミトコンドリアの機能とは、ミトコンドリア膜の電気化学的勾配崩壊やそれに続くミトコンドリアからのシトクロームc放出等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0088】
カスパーゼ阻害物質として、カスパーゼに対する抗体、カスパーゼをコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、カスパーゼの生理活性を阻害する低分子化合物等が挙げられる。具体的には、カスパーゼを広く阻害する汎カスパーゼ阻害物質(pan-caspase inhibitor)であるZ-VAD-FMK(別名:Z-VAD(OMe)-FMK、Z-Val-Ala-DL-Asp(OMe)-fluoromethylketone、Benzyloxycarbonyl-Val-Ala-DL-Asp(OMe)-fluoromethylketone)、Emricasan(3-[2-(2-tert-butyl-phenylaminooxalyl)-amino]-propionylamino]-4-oxo-5-(2,3,5,6-tetrafluoro-phenoxy)-pentanoic acid)、Z-DEVD-FMK(別名:Z-Asp(OMe)-Glu(OMe)-Val-Asp(OMe)-FMK)、カスパーゼ3特異的な阻害物質であるPAC-1(4-(phenylmethyl)-[[2-hydroxy-3-(2-propenyl)phenyl]methylene]hydrazide, 1-piperazineacetic acid)、カスパーゼ8特異的な阻害物質であるZ-IETD-FMK(別名:Z-Ile-Glu(OMe)-Thr-Asp(OMe)-FMK)、カスパーゼ9特異的な阻害物質であるZ-LEHD-FMK(別名:Z-Leu-Glu(OMe)-His-Asp(OMe)-FMK)等が市販品として入手可能である。カスパーゼ阻害物質として、好ましくはアポトーシス実行に関与するカスパーゼ-2、-3、-6、-7、-8、-9、-12に対する阻害物質、より好ましくは汎カスパーゼ阻害物質、更に好ましくはZ-VAD-FMKが挙げられる。
【0089】
カスパーゼ阻害物質の濃度は、当業者であれば細胞の種類や細胞数に応じて適宜設定できるが、例えば、Z-VAD-FMKであれば、100 nM~200 μM、好ましくは500 nM~100 μM、より好ましくは1~50 μMである。その他のカスパーゼ阻害物質の場合、上記に相当するカスパーゼ阻害活性を示す濃度の範囲から設定できる。
【0090】
アポトーシスに関連するミトコンドリアの機能を阻害する物質として、具体的には、ミトコンドリアからのシトクロームc放出を抑制するBcl-2蛋白質やBcl-XL蛋白質、ミトコンドリア膜の電気化学的勾配崩壊を防止するS-15176 (N-[(3,5-di-tertiobutyl-4-hydroxy-1-thiophenyl)]-3-propyl-N'-(2,3,4-trimethoxybenzyl)piperazine)、ミトコンドリアセリンプロテアーゼOmi/HtrA2の選択的阻害剤であるUCF-101(Dihydro-5-[[5-(2-nitrophenyl)-2-furanyl]methylene]-1,3-diphenyl-2-thioxo-4,6(1H,5H)-pyrimidinedione)等が挙げられるが、これらに限定されない。
【0091】
当業者であれば、適切なアポトーシス阻害物質の種類やアポトーシス阻害物質の濃度を、細胞の種類や細胞数、操作方法等に応じて適宜設定できる。例えば、当業者であれば、公知の方法(アネキシンVによる染色法、DNAラダーの検出法等)でアポトーシスを検出する事ができ、これらアポトーシス検出方法を利用して、適切なアポトーシス阻害物質の種類やアポトーシス阻害物質の濃度を設定可能である。本発明の方法により網膜色素上皮細胞を製造可能な範囲であれば、当該濃度は第二工程を通して一定でもよく、段階的に変化させてもよい。
【0092】
Rhoシグナル伝達経路阻害物質には、Rhoシグナル伝達経路またはRhoシグナル伝達経路構成因子を負に制御する因子(例:Rhoに対するGTPase活性化因子(GAP; GTPase-activating protein)、低分子量Gタンパク質の一種であるRac、ミオシン軽鎖脱リン酸化酵素など)の活性を亢進し得るものも含み、蛋白質、核酸、低分子化合物の何れであってもよい。
【0093】
本発明の一態様として、第二工程の培地は、外来性の、Nodalシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質のいずれも含まない培地である。
【0094】
本明細書において、Nodalシグナル伝達経路阻害物質は、Nodalにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物のいずれであってもよい。Nodalにより媒介されるシグナルは、Nodal受容体を介して伝達される。Nodal受容体は、I型受容体(ALK(activin receptor-like kinase)-4、ALK-5、ALK-7)及びII型受容体(ActRII)のヘテロ二量体として存在する。Nodalシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Nodal又はNodal受容体に直接作用する物質(抗Nodal抗体、抗Nodal受容体抗体等)、Nodal又はNodal受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Nodal受容体とNodalの結合を阻害する物質(Lefty-A、Lefty-B、Lefty-1、Lefty-2、可溶型Nodal受容体等)、Nodal受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[ATP競合によりI型受容体のキナーゼ活性を阻害するSB-431542(SB431542) (4-[4-(1,3-Benzodioxol-5-yl)-5-(pyridin-2-yl)-1H-imidazol-2-yl]benzamide)等のTGFβ阻害物質等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。典型的なNodalシグナル阻害物質としてSB-431542が挙げられる。
【0095】
本明細書において、Wntシグナル伝達経路阻害物質は、Wntにより媒介されるシグナル伝達を抑制し得るものである限り特に限定されず、蛋白質、核酸、低分子化合物等のいずれであってもよい。Wntにより媒介されるシグナルは、Frizzled(Fz)及びLRP5/6(low-density lipoprotein receptor-related protein 5/6)のヘテロ二量体として存在するWnt受容体を介して伝達される。Wntシグナル伝達経路阻害物質としては、例えば、Wnt又はWnt受容体に直接作用する物質(抗Wnt抗体、抗Wnt受容体抗体等)、Wnt又はWnt受容体をコードする遺伝子の発現を抑制する物質(例えばアンチセンスオリゴヌクレオチド、siRNA等)、Wnt受容体とWntの結合を阻害する物質(可溶型Wnt受容体、ドミナントネガティブWnt受容体等、Wntアンタゴニスト、Dkk1、Cerberus蛋白等)、Wnt受容体によるシグナル伝達に起因する生理活性を阻害する物質[カゼインキナーゼI阻害物質であるCKI-7(N-(2-Aminoethyl)-5-chloroisoquinoline-8-sulfonamide)及びD4476(4-[4-(2,3-Dihydro-1,4-benzodioxin-6-yl)-5-(2-pyridinyl)-1H-imidazol-2-yl]benzamide)、Axinの代謝回転を阻害する事でβ-カテニン分解複合体を安定化させるIWR-1-endo(IWR1e) (4-[(3aR,4S,7R,7aS)-1,3,3a,4,7,7a-hexahydro-1,3-dioxo-4,7-methano-2H-isoindol-2-yl]-N-8-quinolinyl-benzamide)、並びに、膜結合型O-アシルトランスフェラーゼ(MBOAT)であるPorcupine(Porcn)を不活化しWntタンパク質のパルミチル化を抑制するIWP-2 (N-(6-Methyl-2-benzothiazolyl)-2-[(3,4,6,7-tetrahydro-4-oxo-3-phenylthieno[3,2-d]pyrimidin-2-yl)thio]acetamide)等の低分子化合物等]等が挙げられるが、これらに限定されない。CKI-7、D4476、IWR-1-endo (IWR1e)、IWP-2等は公知のWntシグナル阻害物質である。典型的なWntシグナル阻害物質としてCKI-7が挙げられる。
【0096】
また、本発明の一態様として、第二工程の培地は、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質以外に、多能性幹細胞の分化誘導、具体的には多能性幹細胞から外胚葉系〔例えば、神経細胞、網膜色素上皮細胞、又はこれらの前駆細胞等が挙げられる〕、中胚葉系もしくは内胚葉系の細胞への分化誘導に影響を与える、好ましくは当該分化誘導を促進する外来性の物質を含まない。当該物質は、多能性幹細胞の分化誘導に影響を与える、好ましくは分化誘導を促進する物質であれば特に限定は無い。当該物質としては、例えば下記の物質群に包含される物質が挙げられる。
本発明の一態様として、第二工程の培地は、多能性幹細胞の分化誘導、具体的には多能性幹細胞から外胚葉系〔例えば、神経細胞、網膜色素上皮細胞、又はこれらの前駆細胞等が挙げられる〕、中胚葉系もしくは内胚葉系の細胞への分化誘導に影響を与える、好ましくは当該分化誘導を促進する物質群から選択される1以上の外来性の物質を含まない。
当該物質群に包含される物質として、より具体的には、上述したNodalシグナル伝達経路阻害物質及びWntシグナル伝達経路阻害物質に加えて、FGF受容体阻害物質(PD173074、SU5402など)、MEK阻害物質(PD0325901、PD184352、PD98059、U0126、MEK162、SL327、TAK-733、AZD-8330など)、BMP受容体阻害物質(LDN193189、Dorsomorphinなど)、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路作用物質(Purmorphamine、SAG、shhなど)、PKC阻害物質(Go6983など)、BMPシグナル伝達経路作用物質(BMP2、BMP4、BMP7、GDF7など)、Activinシグナル伝達経路作用物質(Activin A、Activin Bなど)、Activinシグナル伝達経路阻害物質(Follistatinなど)、TGFβシグナル伝達経路作用物質(TGFβ1、TGFβ2、TGFβ3など)、TGFβシグナル伝達経路阻害物質(Lefty、SB431542、LY-364947、SB-505124、A-83-01など)、Wntシグナル伝達経路作用物質〔Wnt1、Wnt2、Wnt3a、Wnt8、R-spondin1、GSK3β阻害物質(CHIR99021、SB216763など)〕、PPA受容体シグナル伝達経路作用物質(Troglitazoneなど)、PPA受容体シグナル伝達経路阻害物質(Ciglitazoneなど)、ソニック・ヘッジホッグシグナル伝達経路阻害物質(Vismodegib、Cyclopamine、LDE225など)、Notchシグナル伝達経路阻害物質(DAPT、IMR-1など)、レチノイン酸受容体作用物質(Retinoic Acid、Isotretinoin、TTNPB、Am580など)、レチノイン酸受容体阻害物質(BMS493、AGS193109など)、ケモカイン受容体阻害物質(AMD3100 Octahydrochloride、SCH527123など)、LPA受容体阻害物質(Ki16425)、PDK1阻害物質(PS48など)、RasGAP阻害物質(SC-1など)、Src阻害物質(A419259、Dasatinib、Saracatinib、Bosutinib、WH-4-023など)、ホスホジエステラーゼ阻害物質(EHNA Hydrochlorideなど)、アデニル酸シクラーゼ 活性化物質(Forskolinなど)、PI3K阻害物質(LY294002、BKM120、Pictilisibなど)、AMPK活性化物質(AICAR、A-769662など)、アデノシン受容体阻害物質(Reversine、Istradefyllineなど)、ヒストンアセチル化転移酵素阻害物質(C646、MG149など)、ヒストン脱アセチル化酵素阻害物質(Trichostatin A、Valproic Acid、Sodium Butyrateなど)、ヒストンメチル化転移酵素阻害物質(BIX01294、EPZ5676、GSK343など)、ヒストン脱メチル化酵素阻害物質(GSK-J4 hydrochloride、SP2509など)、DNAメチル化阻害物質(Azacitidine、5-Aza-2'-deoxycytidineなど)及びDNAメチル化転移酵素阻害物質(RG108、Decitabineなど)が挙げられる。
また、本発明の一態様として、第二工程の培地は、外胚葉系〔例えば、神経細胞、網膜色素上皮細胞、又はこれらの前駆細胞等が挙げられる〕の細胞への分化誘導、より具体的には網膜色素上皮細胞への分化誘導を阻害する物質を含まない。
【0097】
第二工程における培養は、浮遊培養又は接着培養のいずれの条件で行われてもよいが、好ましくは、接着培養により行われる。
【0098】
第二工程の接着培養に用いる培養器は、細胞の接着培養が可能な限り特に限定されないが、細胞接着性の培養器が好ましい。細胞接着性の培養器としては、細胞との接着性を向上させる目的で人工的に処理された培養器を使用することができ、具体的には前述の内部をコーティング剤で被覆された培養器が挙げられる。コーティング剤として好ましくは、ラミニン[ラミニンα5β1γ1 (ラミニン511)、ラミニンα1β1γ1 (ラミニン111)等及びラミニン断片(ラミニン511E8等)を含む]、エンタクチン、コラーゲン、ゼラチン、ビトロネクチン(Vitronectin)、シンセマックス(コーニング社)、マトリゲル等の細胞外マトリクス等、又は、ポリリジン、ポリオルニチン等の高分子等が挙げられ、より好ましくは、ラミニン511E8が挙げられる(WO2015/053375号)。ラミニン511E8は、市販品を購入する事ができる(例:iMatrix-511、ニッピ)。
【0099】
第二工程の浮遊培養に用いる培養器は、細胞の浮遊培養が可能な限り特に限定されないが、細胞非接着性である事が好ましい。
【0100】
第二工程における培養温度、CO2濃度等の培養条件は適宜設定できる。培養温度は、例えば約30~約40℃、好ましくは約37℃である。CO2濃度は、例えば約1~約10%、好ましくは約5%である。
【0101】
第二工程の途中において、適宜培地交換を行う事ができる。培地交換の方法は特に限定されず、元の培地の全量程度を新しい培地に交換しても、元の培地の一部のみを新しい培地に交換してもよい。元の培地の一部を新しい培地に交換する場合、第二工程の培地に含まれる物質(Rhoシグナル伝達経路阻害物質、アポトーシス阻害物質、KSR等)の終濃度を計算した上で、交換する培地の割合に応じた濃度の該物質を含む新しい培地を準備し、元の培地と交換する事ができる。第二工程の培地に含まれる物質の終濃度は、培養の途中で変化させてもよい。
培地交換操作に用いる道具は特に限定されないが、例えば、ピペッター、マイクロピペット、マルチチャンネルマイクロピペット、連続分注器、などが挙げられる。例えば、培養容器として96ウェルプレートを用いる場合、マルチチャンネルピペットを使ってもよい。
【0102】
第二工程の培養期間は、目的とする網膜色素上皮細胞を誘導できる期間であれば特に限定されないが、かかる培養期間の例としては、第二工程開始時から起算して、通常2~40日目に網膜色素上皮細胞を生じさせることができる。
また、当業者であれば、細胞マーカー(RPE65(網膜色素上皮細胞)、Mitf(網膜色素上皮細胞)、BEST1(網膜色素上皮細胞)、CRALBP(網膜色素上皮細胞)など)の発現や、メラニン顆粒の存在(黒褐色)、細胞間のタイトジャンクション、多角形・敷石状の特徴的な細胞形態などにより、網膜色素上皮細胞の生成を確認する事が可能であり、これらを確認する事で培養期間を設定する事も可能である。
【0103】
第二工程終了後、得られるRPE細胞を使用する事もできるが、培地を網膜色素上皮細胞の維持培地(以下、RPE維持培地と記載する事もある。)に交換し、更に培養することが好ましい。それにより、さらにはっきりとメラニン色素沈着細胞群や基底膜に接着する多角扁平状の形態を有する細胞群を観察することができる。RPE維持培地による培養は、網膜色素上皮細胞のコロニーが形成される限り限定されないが、例えば3日に1回以上の頻度で全量培地交換を行いながら5~20日間程度培養を行う。
【0104】
すなわち、本発明の製造方法は、第二工程終了後、更に網膜色素上皮細胞を培養する工程を含んでいてもよい。例えば、WO2015/053375に記載の方法により、網膜色素上皮細胞を培養し、増幅させることが可能である。WO2015/053375に記載の培養方法によれば、培養細胞中に含まれる分化誘導が不十分な細胞等が淘汰され、網膜色素上皮細胞以外の副生成物を相対的に減らすことができる。従って、当該培養の工程は、網膜色素上皮細胞の増幅工程や精製工程を兼ねる事ができる。従って、本発明のRPE細胞の製造方法の一態様として、以下の方法が挙げられる。
(1)多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で、30日を超えない期間培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程、および、
(3)第二工程で得られた網膜色素上皮細胞を培養する第三工程。
また、本発明のRPE細胞の製造方法の一態様として、以下の方法が挙げられる。
(1)PAX6、LHX2及びSIX3の少なくとも1つの遺伝子発現を誘導するのに十分な期間、多能性幹細胞を、FGF受容体阻害物質及びMEK阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養する第一工程、
(2)第一工程で得られた細胞を、Rhoシグナル伝達経路阻害物質及びアポトーシス阻害物質からなる群から選択される少なくとも1種を含む培地で培養し、網膜色素上皮細胞を形成させる第二工程、および、
(3)第二工程で得られた網膜色素上皮細胞を培養する第三工程。
【0105】
網膜色素上皮細胞の維持培地は、例えばIOVS, March 2004, Vol. 45, No.3, MasatoshiHaruta, et. al.、IOVS, November 2011, Vol. 52, No. 12, Okamoto and Takahashi、J. Cell Science 122 (17), Fumitaka Osakada, et. al.、IOVS, February 2008, Vol. 49, No. 2, Gamm, et. al.に記載のものを使用することができ、基礎培地、血清及び/又は血清代替物、及びその他の成分で構成される。
基礎培地は、上記定義の項で記載したようなものである限り特に限定されない。血清は、ウシ、ヒトなどの哺乳動物に由来する血清を使用できる。本発明においては、目的の細胞の品質管理上の観点から血清代替物を使用する事が好ましく、特に神経細胞培養用血清代替物であるB27が好適である。その他の成分としては、例えば、L-glutamine、ペニシリンナトリウム、硫酸ストレプトマイシン等が挙げられる。
【0106】
第二工程終了後、濃縮・精製操作を行うことにより、高純度の網膜色素上皮細胞を得ることができる。濃縮・精製方法としては、一般に細胞を濃縮・精製する方法として公知の方法であれば特に限定されないが、例えば、濾過(例:WO2015/053376)、遠心分離、潅流分離、フローサイトメトリー分離、抗体修飾担体によるトラップ分離などの方法を用いることができる。
【0107】
第二工程において、網膜色素上皮細胞を浮遊培養により製造した場合、網膜色素上皮細胞を単独の細胞として回収し、懸濁液として調製した上で利用する事ができる。
第二工程において、網膜色素上皮細胞を接着培養により製造した場合、網膜色素上皮細胞は互いに接着しシート状構造を採り得る。従って、患者に移植可能な網膜色素上皮細胞のシートを製造する事が可能である。この網膜色素上皮細胞のシートは、網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いる細胞集団として特に有用である。また、接着培養により製造された網膜色素上皮細胞を、上記方法で剥離させ、網膜色素上皮細胞を独立した単独の細胞として回収し、これらを生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)に懸濁させることにより、懸濁液として調製する事も可能である。
【0108】
3.毒性・薬効評価方法
本発明の製造方法により製造された網膜色素上皮細胞は、健常および疾患のモデル細胞として、網膜系疾患治療薬および糖尿病など他の合併症の疾患治療薬、またはその予防薬のスクリーニング・薬効評価、化学物質等の安全性試験、ストレス試験、毒性試験、副作用試験、感染・混入試験に活用が可能である。一方、網膜細胞特有の光毒性、網膜興奮毒性等の毒性研究、毒性試験等に活用することも可能である。その評価方法としては、アポトーシス評価などの刺激・毒性試験のほか、前駆細胞から網膜色素上皮細胞および視細胞への正常分化に及ぼす影響を評価する試験(各種遺伝子マーカーのRT-PCR、サイトカインのELISAなどによる発現タンパク質解析、貪食能試験)、光毒性などの毒性試験、視機能に対する網膜電位や経上皮電気抵抗、自己免疫反応に起因する細胞傷害試験などがある。また、これらの試験の為の細胞材料としては、網膜色素上皮細胞のみならず、その前駆細胞も用いることが可能で、例えば、細胞を播種接着したプレート、細胞懸濁液、そのシートまたは成形体を提供することができる。これは、ヒトおよび動物試験の外挿試験として用いることができる。
【0109】
4.医薬組成物
本発明は、本発明の製造方法により製造される網膜色素上皮細胞の有効量を含む医薬組成物を提供する。
【0110】
該医薬組成物は、本発明の製造方法により製造される網膜色素上皮細胞の有効量、及び医薬として許容される担体を含む。
【0111】
医薬として許容される担体としては、生理的な水性溶媒(生理食塩水、緩衝液、無血清培地等)を用いることが出来る。必要に応じて、移植医療において、移植する組織や細胞を含む医薬に、通常使用される保存剤、安定剤、還元剤、等張化剤等を配合させてもよい。
本発明の医薬組成物は、本発明の製造方法により製造される網膜色素上皮細胞を、適切な生理的な水性溶媒で懸濁することにより、懸濁液として製造することができる。必要であれば、凍結保存剤を添加して、液体窒素等により凍結保存し、使用時に解凍し、緩衝液で洗浄し、移植医療に用いても良い。
本発明の製造方法で得られる網膜色素上皮細胞を、ピンセット等を用いて適切な大きさに細切し、シート剤とすることもできる。
また、本発明の製造方法で得られる細胞は、分化誘導を行う第二工程で接着培養を行うことにより、シート状の細胞に成形し、シート剤とすることもできる。
【0112】
本発明の医薬組成物は、網膜色素上皮細胞の障害に基づく(起因する)疾患の治療薬として有用である。
【0113】
5.網膜疾患治療薬及び治療方法
本発明の製造方法により製造された網膜色素上皮細胞(上記濃縮及び増幅操作等を経た網膜色素上皮細胞を含む。)は、懸濁液やシート形状により生体へ移植して網膜疾患を治療する細胞移植治療薬として用いることができる。また、本発明は当該治療薬を患者に投与することを含む治療方法も提供する。ここで網膜疾患とは、網膜に関わる眼科疾患であって、糖尿病など他の疾患による合併症も含まれる。本発明における網膜疾患としては、網膜色素上皮細胞の障害に基づく疾患が挙げられ、例えば、加齢性黄斑変性症、網膜色素変性症、糖尿病性網膜症又は網膜剥離等が挙げられる。すなわち、患者における網膜色素上皮細胞の損傷部位に、本発明の製造方法により製造された網膜色素上皮細胞を補充することができる。
【0114】
移植医療においては、組織適合性抗原の違いによる拒絶がしばしば問題となるが、レシピエントと免疫が適合する(例えば、HLA型やMHC型の一部又は全部が適合する)他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)、又は、移植のレシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、人工多能性幹細胞)を用いることで当該問題を克服できる。
即ち、好ましい態様において、本発明の方法において、多能性幹細胞として、レシピエントと免疫が適合する他者の体細胞から樹立した多能性幹細胞から、アロの網膜色素上皮細胞又はこれを含む組織を製造し、これが当該レシピエントに移植される。または、レシピエントの体細胞から樹立した多能性幹細胞(例、誘導多能性幹細胞)を用いることにより、当該レシピエントについて免疫学的自己の網膜色素上皮細胞又はこれを含む組織を製造し、これが当該レシピエントに移植される。
【0115】
本発明において用いられる物質(特に低分子化合物等)には、当該物質の水和物、塩等が含まれる。
【0116】
刊行物、特許文献、特許出願明細書等を含む、本明細書に引用された全ての参考文献は、本明細書における引用により、その全てが明示されたと同程度に本明細書に組み込まれるものである。
【実施例
【0117】
以下に実施例を挙げて本発明を詳細に説明するが、本発明は何らこれらに限定されるものではない。
【0118】
以下の実施例では、京都大学がCellular Technology LimitedのePBMC(登録商標)から樹立したヒト末梢血由来単核球由来iPS細胞(1231A3、QHJI01)を使用した。
【0119】
実施例1:第二工程におけるROCK阻害物質Y-27632の効果検討
ヒトiPS細胞(1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり3.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質PD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、FGF受容体阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、FGF受容体阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、Y-27632(最終濃度10 μM)を添加したAK03N培地、又は、比較対象としてY-27632を添加しないAK03N培地を使用し、培養2日目から13日目は、10% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、又は、比較対象としてY-27632を添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用した。培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養42日目に培養プレートを観察した結果、第二工程においてY-27632を添加した場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図1:10 μM Y-27632)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてY-27632を添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図1:無処理)。
【0120】
実施例2:第二工程におけるY-27632の濃度検討
ヒトiPS細胞(1231A3株、及び、QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり3.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質PD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)、又は、MEK阻害物質PD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。1231A3株の場合、培養1日目は、Y-27632を最終濃度1 μM、3 μM、10 μM、30 μM、又は、100 μMになるように添加したAK03N培地、又は、比較対象としてY-27632を添加しないAK03N培地を使用し、培養2日目から13日目は、10% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度1 μM、3 μM、10 μM、30 μM、又は、100 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、又は、比較対象としてY-27632を添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用した。培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。QHJI01株の場合、培養1日目から12日目まで10% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度1 μM、3 μM、10 μM、30 μM、又は、100 μM)を添加した基礎培地、又は、比較対象としてY-27632を添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用し、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地を使用した。培地は毎日、全量交換した。
1231A3株の場合、培養48日目に培養プレートを観察した結果、第一工程がFGF受容体阻害物質暴露、MEK阻害物質暴露のどちらの場合においても、Y-27632濃度 10 μM以上で黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図2-1、1231A3:10 μM、30 μM、100 μM Y-27632)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてY-27632を添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図2-1、1231A3:無処理)。QHJI01株の場合、培養50日目に培養プレートを観察した結果、第一工程がFGF受容体阻害物質暴露、MEK阻害物質暴露のどちらの場合においても、Y-27632濃度 3 μM以上で黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図2-2、QHJI01:3 μM、10 μM、30 μM、100 μM Y-27632)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてY-27632を添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図2-2、QHJI01:無処理)。
【0121】
実施例3:第二工程における低濃度Y-27632処理時の播種細胞数検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり3.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質PD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)、又は、MEK阻害物質PD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、FGF受容体阻害物質、又は、MEK阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり通常の播種細胞数(2.0 x 105)の10倍の2.0 x 106細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から12日目まで10% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度1 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、又は、比較対象としてY-27632を添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用し、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養50日目に培養プレートを観察した結果、第一工程がFGF受容体阻害物質暴露、MEK阻害物質暴露のどちらの場合においても、低濃度(1 μM)の Y-27632処理で黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図3:1 μM Y-27632)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてY-27632を添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図3:無処理)。
【0122】
実施例4:第二工程におけるY-27632の暴露期間検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質PD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、MEK阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、MEK阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした12穴培養プレートに、1穴あたり0.8 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から30日目まで10% KSR(Life Technologies)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]を使用し、Y-27632(最終濃度10 μM)を培養1日目から3日間、6日間、9日間、12日間、16日間、又は、20日間暴露させた。培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養49日目に培養プレートを観察した結果、第二工程におけるY-27632暴露期間6 日間以上で黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図4:6日間、9日間、12日間、16日間、20日間)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程におけるY-27632暴露期間が3日間では、黒褐色を呈する細胞集団の出現はわずかしか確認できなかった(図4:3日間)。
【0123】
実施例5:第二工程におけるROCK阻害物質Fasudilの効果検討
ヒトiPS細胞(1231A3株、及び、QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり3.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質PD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、FGF受容体阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、FGF受容体阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1231A3株の場合、1穴あたり通常の播種細胞数(2.0 x 105)の10倍の2.0 x 106細胞播種、QHJI01株の場合、1穴あたり通常の播種細胞数(2.0 x 105)の5倍の1.0 x 106細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。1231A3株の場合、培養1日目は、ROCK阻害物質Fasudil(和光純薬)を最終濃度10 μM、30 μM、又は、100μMになるように添加したAK03N培地、又は、比較対象としてFasudilを添加しないAK03N培地を使用し、培養2日目から13日目は、10% KSR(Life Technologies)、Fasudil(最終濃度10 μM、30 μM、又は、100μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、又は、比較対象としてFasudilを添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用した。培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。QHJI01株の場合、培養1日目から12日目まで10% KSR(Life Technologies)、Fasudil(最終濃度10 μM)を添加した基礎培地、又は、比較対象としてFasudilを添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用し、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地を使用した。培地は毎日、全量交換した。
1231A3株の場合、培養41日目に培養プレートを観察した結果、Fasudil濃度 10 μM以上で黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図5、1231A3:10 μM、30 μM、100 μM Fasudil)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてFasudilを添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図5、1231A3:無処理)。QHJI01株の場合、培養48日目に培養プレートを観察した結果、第二工程においてFasudilを添加した場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図5、QHJI01:10 μM Fasudil)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてFasudilを添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図5、QHJI01:無処理)。
【0124】
実施例6:第二工程におけるCaspase阻害物質Z-VAD-FMKの効果検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり3.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質Y-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質PD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、MEK阻害物質を添加したAK03N培地を用いて2日に1回培地交換を行い、合計で6日間、MEK阻害物質に暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり通常の播種細胞数(2.0 x 105)の10倍の2.0 x 106細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から12日目まで10% KSR(Life Technologies)、Caspase阻害物質Z-VAD-FMK(和光純薬)(最終濃度20 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、又は、比較対象としてZ-VAD-FMKを添加しない10% KSR のみを添加した基礎培地を使用し、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養65日目又は67日目に培養プレートを観察した結果、第二工程においてZ-VAD-FMKを添加した場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現を目視で確認できた(図6:20 μM Z-VAD-FMK)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた。一方、第二工程においてZ-VAD-FMKを添加しなかった場合、黒褐色を呈する細胞集団の出現は確認できなかった(図6:無処理)。
【0125】
(参考例及び参考比較例)
以下の参考例及び参考比較例では、ヒト真皮線維芽細胞由来iPS細胞(201B7、京都大学)、および、京都大学がCellular Technology LimitedのePMBC(登録商標)から樹立したヒト末梢血由来単核球由来iPS細胞(1231A3、Ff-I01、QHJI01)を使用した。
【0126】
参考例1:MEK阻害物質処理工程を含む、ヒトiPS細胞を用いた高効率な網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(201B7株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)、又は、Essential 8培地(Life Technologies)を使用した。
MEK阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03培地、又は、Essential 8培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)を、AK03培地に最終濃度1 μM、又は、Essential 8培地に最終濃度0.03 μMになるよう添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり、AK03培地使用時には2.0 x 105細胞、Essential 8培地使用時には5.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地、又は、Essential 8培地を使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養38日目から42日目に培養プレートを観察した結果、AK03培地、及び、Essential 8培地の両培地使用時、201B7株、1231A3株の両株において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲に及ぶ出現を確認できた(図7)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた(図8)。
【0127】
参考比較例1:MEK阻害物質処理工程を含まない、ヒトiPS細胞を用いた網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(201B7株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)、又は、Essential 8培地(Life Technologies)を使用した。
MEK阻害物質処理工程を含まない網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE selectで処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり、AK03培地使用時には2.0 x 105細胞、Essential 8培地使用時には5.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した。培養1日目は、ROCK阻害物質としてY-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地、又は、Essential 8培地を使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養38日目から42日目に培養プレートを観察した結果、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現は、わずかしか確認できなかった(図9)。
【0128】
参考例2:FGF受容体阻害物質処理工程を含む、ヒトiPS細胞を用いた高効率な網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(201B7株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)、又は、Essential 8培地(Life Technologies)を使用した。
FGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03培地、又は、Essential 8培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)を最終濃度100 nMになるようAK03培地、又は、Essential 8培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。一例においては、未分化維持因子(bFGF)を含まない培地におけるFGF受容体阻害物質の効果を検討するために、bFGFを添加しないStemSure hPSC Medium Δ(和光純薬)(以降、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGF)を使用した。すなわち、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGFに、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)を最終濃度100 nMになるように添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり、AK03培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGF使用時には2.0 x 105細胞、Essential 8培地使用時には5.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、ROCK阻害物質としてY-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地、Essential8培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGFを使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養38日目から42日目に培養プレートを観察した結果、AK03培地、Essential 8培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGF使用時において、201B7株、及び/又は、1231A3株において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲に及ぶ出現を確認できた(図10)。顕微鏡観察により、それら細胞は、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示していた(図11)。
【0129】
参考比較例2:FGF受容体阻害物質処理工程を含まない、ヒトiPS細胞を用いた網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(201B7株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)、又は、Essential 8培地(Life Technologies)を使用した。
FGF受容体阻害物質処理工程を含まない網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGF(和光純薬)で6日間培養したiPS細胞を0.5 x TrypLE selectで処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり、AK03培地、又は、StemSure hPSC Medium Δ w/o bFGF使用時には2.0 x 105細胞、Essential 8培地使用時には5.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した。培養1日目は、ROCK阻害物質としてY-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地、Essential 8培地、又は、StemSure hPSC Medium Δw/o bFGFを使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養38日目から42日目に培養プレートを観察した結果、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現は、わずかしか確認できなかった(図12)。
【0130】
参考例3:MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質と、各種阻害物質、シグナル伝達経路阻害物質又はシグナル伝達経路作用物質との組み合わせ処理工程を含む、ヒトiPS細胞を用いた高効率な網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(201B7株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)を使用した。
MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質と、各種阻害物質、シグナル伝達経路阻害物質又はシグナル伝達経路作用物質との組み合わせ処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE selectで処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。細胞播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)、BMP受容体阻害物質としてLDN193189(STEMGENT)(最終濃度100 nM)、Shhシグナル伝達経路作用物質としてSAG(Enzo Life Sciences)(最終濃度30 nM)、PKC阻害物質としてGo6983(SIGMA)(最終濃度2 μM)を図13に示す組み合わせで培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、ROCK阻害物質としてY-27632(和光純薬)(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地を使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含む参考例1、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1、FGF受容体阻害物質処理工程を含む参考例2、および、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の条件でも実験を実施した。
培養38日目から47日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1及び参考比較例2の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現がわずかであった(図13、無処理)。それに対し、参考例1のMEK阻害物質処理工程を含む製造条件、参考例2のFGF受容体阻害物質処理工程を含む製造条件、及び、MEK阻害物質及び/又はFGF受容体阻害物質と、各種阻害物質、シグナル伝達経路阻害物質又はシグナル伝達経路作用物質との組み合わせ処理工程を含む製造条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示すRPE細胞の広範囲な出現を確認できた(図13)。ウェル全体に占めるRPE細胞の割合を目視で判定し、割合に応じて0から5の6段階に分けた場合(図14A)、図14B及び14Cに示す全ての化合物組み合わせ処理条件において、無処理よりも高い割合のRPE細胞の出現を確認できた(図14B及び14C)。
【0131】
参考例4:MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む、ヒトiPS細胞Ff-I01、QHJI01を用いた高効率な網膜色素上皮細胞の製造
ヒトiPS細胞(Ff-I01株及びQHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、又は、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1(ただし、AK03培地はAK03N培地に変更)、及び、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の条件(ただし、AK03培地はAK03N培地に変更)でも実験を実施した。
培養43日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1及び参考比較例2の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現はほぼ見られなかった(図15、無処理)。一方、MEK阻害物質及びFGF受容体阻害物質で暴露した場合、Ff-I01株、QHJI01株の両株において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図15、MEKi、FGFRi)。
【0132】
参考例5:MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程における各阻害物質の暴露日数の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)] 含有AK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、2日後、3日後、4日後、5日後、又は、6日後に、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、又は、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間、5日間、4日間、3日間、2日間、又は、1日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養48日目に培養プレートを観察した結果、MEK阻害物質及びFGF受容体阻害物質の両処理において、暴露日数2日間以上で黒褐色を呈する細胞集団の増加が見られ、暴露日数6日間までの間、暴露日数の増加に伴いウェル全体に占める呈色細胞の割合が増加した(図16)。特に暴露日数4日間~6日間で黒褐色を呈する細胞集団の顕著な増加が見られた。
【0133】
参考例6:MEK阻害物質処理工程におけるMEK阻害物質暴露期間の検討
ヒトiPS細胞(1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)を使用した。
MEK阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]を含むAK03培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、4日後、又は、6日後に、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03培地に添加し(第一工程開始)、6日間、3日間、又は、1日間暴露した(第一工程終了)。また、MEK阻害物質6日間暴露した細胞を0.5 x TrypLE selectで処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり0.8 x 104細胞播種し、Y-27632(最終濃度10 μM)、及び、PD0325901(最終濃度1 μM)含有AK03培地で、37℃、5% CO2条件下で更に7日間培養することで、13日間 MEK阻害物質で暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 106細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地を使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の条件でもRPE細胞の製造を実施した。
培養37日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1の条件、及び、MEK阻害物質暴露1日間では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現はほぼ見られなかった(図17、無処理、MEKi 1日間)。一方、MEK阻害物質暴露3日間、6日間では、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認でき(図17、MEKi 3日間、6日間)、暴露日数13日間においても同様に、十分な呈色細胞集団の出現が確認された(図17、MEKi 13日間)。
【0134】
参考例7:MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程終了時の遺伝子発現
ヒトiPS細胞(Ff-I01株及びQHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、又は、4日後にMEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、又は、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間、又は、3日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、第二工程に移す細胞分以外はマイクロアレイ用検体としてRNA抽出に使用し、第二工程移行分の細胞は、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地、又は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、CKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]を使用した。培養1日目にAK03培地(Y-27632、SB-431542、及び、CKI-7含有)を使用した場合、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、CKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培養1日目に基礎培地(20%KSR、Y-27632、SB-431542、及び、CKI-7含有)を使用した場合、培養2日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養5日目から8日目は、15% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の条件(AK03培地はAK03N培地に変更)でもマイクロアレイ用検体の回収とRPE細胞の製造を実施した。
RNA抽出にはRNeasy Mini Kit(QIAGEN)を使用し、GeneChip Human Genome U133 Plus 2.0 Array(Affymetrix)を用いてマイクロアレイ解析を実施した。マイクロアレイ解析は倉敷紡績株式会社の受託解析を利用した。
培養43日目の培養プレートの観察像を元に、図14Aに従い、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合を目視判定した結果(RPE細胞の割合に応じて0から5の6段階にスコア化)と、マイクロアレイ解析の結果である第一工程終了時における眼形成初期マーカーPAX6、LHX2、SIX3の発現値(Signal)、及び、フラグ(Detection)を表にまとめた(図18)。フラグは発現値の信頼性を表しており、Pは信頼性が高く、Aは信頼性が低いことを意味する。この結果から、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合と、第一工程終了時におけるPAX6、LHX2、SIX3の発現値の間に相関関係が認められた。従って、第二工程への移行時期を、これら遺伝子の発現に基づき決定できる事が判明した。
【0135】
参考例8:MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程における各種阻害物質濃度の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)を最終濃度0.25 μM、0.5 μM、1 μM、2 μM、又は、4 μM、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)を最終濃度25 nM、50 nM、100 nM、200 nM、又は、400 nMになるようAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1(AK03培地はAK03N培地に変更)、及び、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の条件(AK03培地はAK03N培地に変更)でもRPE細胞の製造を実施した。
培養36日目と49日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1及び参考比較例2の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現はほぼ見られなかった(図19、無処理)。一方、検討した全てのMEK阻害物質濃度(0.25~4 μM)、及び、FGF受容体阻害物質濃度(25~400 nM)において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図19、MEKi:0.25~4 μM、FGFRi:25~400 nM)。
【0136】
参考例9:第一工程から第二工程移行時の播種細胞数の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、又は、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり0.2、0.4、0.6、1.0、2.0、又は、4.0 x 105細胞(0.2、0.4、0.6、1.0、2.0、又は、4.0 x 104細胞/cm2)播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養49日目に培養プレートを観察した結果、検討した全ての播種細胞数(0.2、0.4、0.6、1.0、2.0、又は、4.0 x 104細胞/cm2)において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図20)。
【0137】
参考例10:第一工程におけるMEK阻害物質PD184352、U0126、TAK-733、AZD-8330の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、PD184352(SIGMA)(最終濃度1.5 μM、3 μM、6 μM)、U0126(SIGMA)(最終濃度5 μM、10 μM)、TAK-733(Selleck)(最終濃度0.3 μM)、又は、AZD-8330(Selleck)(最終濃度0.3 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の条件(AK03培地はAK03N培地に変更)でもRPE細胞の製造を実施した。
培養49日目と50日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現はほぼ見られなかった(図21、無処理)。一方、検討した全てのMEK阻害物質(PD0325901、PD184352、U0126、TAK-733、AZD-8330)において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図21、PD0325901、PD184352、U0126、TAK-733、AZD-8330)。
【0138】
参考例11:第一工程におけるFGF受容体阻害物質SU5402の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株及び1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
FGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)、又は、SU5402(SIGMA)(最終濃度5 μM、10 μM、20 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、FGF受容体阻害物質処理工程を含まない参考比較例2の条件(AK03培地はAK03N培地に変更)でもRPE細胞の製造を実施した。
培養49日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例2の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現はほぼ見られなかった(図22、無処理)。一方、検討した全てのFGF受容体阻害物質(PD173074、SU5402)において、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図22、PD173074、SU5402)。
【0139】
参考例12:第二工程におけるNodalシグナル伝達経路阻害物質とWntシグナル伝達経路阻害物質の単独暴露による分化誘導効果の検討
ヒトiPS細胞(QHJI01株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]を含むAK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした12穴培養プレートに、1穴あたり0.8 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。第二工程では以下の3種類の培地を使用した。培養1日目から12日目に、10% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)](図23、NODALi+WNTi)、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM) 、SB-431542 (最終濃度5 μM) を添加した基礎培地(図23、NODALi)、又は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM) 、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地(図23、WNTi)を使用した。培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。
培養43日目に培養プレートを観察した結果、Nodalシグナル伝達経路阻害物質とWntシグナル伝達経路阻害物質の両処理条件(NODALi+WNTi)、及び、Nodalシグナル伝達経路阻害物質の単剤処理条件(NODALi)で同程度の黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現が確認された(図23、NODALi+WNTi、NODALi)。また、Wntシグナル伝達経路阻害物質の単剤処理(WNTi)では、ウェル全体に占める黒褐色面積の減少は見られたが、十分な数のRPE細胞の特徴を示す細胞の出現を確認できた(図23、WNTi)。以上の結果から、第二工程では、Nodalシグナル伝達経路阻害物質、又は、Wntシグナル伝達経路阻害物質のどちらか一方が存在していればよいことが確認できた。
【0140】
参考例13:ウェル全体に占める黒褐色細胞の面積割合と網膜色素上皮細胞マーカー遺伝子の発現との関係
ヒトiPS細胞(201B7株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03培地(味の素)(以下、AK03培地)を使用した。
MEK阻害物質及びBMP受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり1.2 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。MEK阻害物質を6日間、BMP受容体阻害物質を1日間暴露する場合は、播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)をAK03培地に添加し(第一工程開始)、播種6日後にBMP受容体阻害物質としてLDN193189(STEMGENT)(最終濃度100 nM)をAK03培地に添加することで、MEK阻害物質、BMP受容体阻害物質をそれぞれ6日間、1日間暴露した(第一工程終了)。MEK阻害物質、BMP受容体阻害物質を共に6日間暴露する場合は、播種翌日、PD0325901(最終濃度1 μM)とLDN193189(最終濃度100 nM)をAK03培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目は、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加したAK03培地を使用し、培養2日目から5日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542 (最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(Life Technologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養6日目から9日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養10日目から13日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養14日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の条件でもRPE細胞の製造を実施した。
培養39日目に観察後、細胞を回収してRNA抽出を行い、リアルタイムRT-PCRを実施した。RNA抽出にはRNeasy Mini Kit(QIAGEN)を使用し、リアルタイムRT-PCRにはQuantiTectProbe RT-PCR Kit(QIAGEN)を使用した。BEST1(Hs00188249_m1)、MITF(Hs01117294_m1)、RAX(Hs00429459_m1)、GAPDH(Hs02758991_g1)のプライマー、プローブはApplied Biosystemsから購入した。各検体のBEST1、MITF、RAXの発現量をGAPDHの発現量で補正し、未分化維持培養条件で培養されていたiPS細胞(未分化)の発現量を1とした時の相対値で表した。
培養39日目の培養プレートの観察像を元に、図14Aに従い、ウェル全体に占めるRPE細胞の割合を目視判定した。その結果、無処理は「1」、MEK阻害物質6日間+BMP受容体阻害物質1日間暴露は「3」、MEK阻害物質6日間+BMP受容体阻害物質6日間暴露は「5」であった(図24上側、細胞写真)。これら検体と未分化維持培養を継続していたiPS細胞(未分化)との間で、網膜色素上皮細胞マーカーであるBEST1、MITF、眼形成初期マーカーであるRAXの発現量をリアルタイムRT-PCR法によって比較した結果、黒褐色細胞の面積と上記マーカー遺伝子の発現量との間に相関関係が認められた(図24下側、グラフ)。以上の結果から、黒褐色を呈している細胞が網膜色素上皮細胞マーカー遺伝子及び眼形成初期マーカー遺伝子を発現していることが示唆された。併せて、本製造法によってRPE細胞が製造された事が遺伝子発現レベルにおいても検証された。
【0141】
参考例14:MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む製法によって製造されたRPE細胞のマーカー遺伝子の発現確認
ヒトiPS細胞(1231A3株)のフィーダーフリー条件下での未分化維持培養は、「Nakagawa, M. et. al., Sci. Rep. 2014 Jan 8; 4: 3594」に記載の方法に従い行った。培地は「StemFit(登録商標)」AK03N培地(味の素)(以下、AK03N培地)を使用した。
MEK阻害物質又はFGF受容体阻害物質処理工程を含む網膜色素上皮(RPE)細胞の製造は以下の通り行った。未分化維持培養していたiPS細胞を0.5 x TrypLE select(TrypLE select(Life Technologies)と0.5 mM EDTA/PBS(-)を等量混合)で処理後、セルスクレーパーを用いて剥離し、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(ニッピ)(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 104細胞播種し、ROCK阻害物質[10 μM Y-27632(和光純薬)]含有AK03N培地で、37℃、5% CO2条件下で培養した。播種翌日、MEK阻害物質としてPD0325901(SIGMA)(最終濃度1 μM)、又は、FGF受容体阻害物質としてPD173074(SIGMA)(最終濃度100 nM)をAK03N培地に添加し(第一工程開始)、6日間暴露した(第一工程終了)。その後、細胞を0.5 x TrypLE selectで処理し、セルスクレーパーを用いて剥離、ピペッティングで単一分散後、iMatrix-511(0.5 μg/cm2)でコーティングした6穴培養プレートに、1穴あたり2.0 x 105細胞播種し、37℃、5% CO2条件下で培養した(第二工程開始)。培養1日目から4日目は、20% KSR(Life Technologies)、Y-27632(最終濃度10 μM)、Nodalシグナル伝達経路阻害物質としてSB-431542(和光純薬)(最終濃度5 μM)、Wntシグナル伝達経路阻害物質としてCKI-7(SIGMA)(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地[GMEM培地(SIGMA)、0.1 mM MEM非必須アミノ酸溶液(LifeTechnologies)、1 mM ピルビン酸ナトリウム(SIGMA)、0.1 mM 2-メルカプトエタノール(和光純薬)、2 mM L-glutamine(SIGMA)、100 U/ml ペニシリン-100 μg/ml ストレプトマイシン(Life Technologies)]、培養5日目から8日目は、15% KSR、 Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養9日目から12日目は、10% KSR、Y-27632(最終濃度10 μM)、SB-431542(最終濃度5 μM)、CKI-7(最終濃度3 μM)を添加した基礎培地、培養13日目から30日目は、10% KSRのみを添加した基礎培地、培養31日目以降は、RPE維持培地 [67% DMEM low glucose(SIGMA)、29% F12(SIGMA)、1.9% B-27 supplement(Life Technologies)、1.9 mM L-glutamine、96 U/ml ペニシリン-96 μg/mlストレプトマイシン]を使用した。培地は毎日、全量交換した。同時に、MEK阻害物質処理工程を含まない参考比較例1の条件(AK03培地はAK03N培地に変更)でも実験を実施した。
培養43日目に観察後、細胞を回収してRNA抽出を行い、RT-PCRを実施した。RNA抽出にはRNeasy Micro Kit(QIAGEN)、逆転写反応にはOligo(dT)12-18Primer(Invitrogen)、SuperScript III Reverse Transcriptase(Invitrogen)、PCRにはBlend Taq -Plus-(TOYOBO)を使用した。RPE65、BEST1、CRLBP、GAPDHのプライマー配列は以下の通りである。RPE65-F: TCCCCAATACAACTGCCACT(配列番号1)、RPE65-R: CCTTGGCATTCAGAATCAGG(配列番号2)、BEST1-F: TAGAACCATCAGCGCCGTC(配列番号3)、BEST1-R: TGAGTGTAGTGTGTATGTTGG(配列番号4)、CRALBP-F: GAGGGTGCAAGAGAAGGACA(配列番号5)、CRALBP-R: TGCAGAAGCCATTGATTTGA(配列番号6)、GAPDH-F: ACCACAGTCCATGCCATCAC(配列番号7)、GAPDH-R: TCCACCACCCTGTTGCTGTA(配列番号8)。PCR反応のサイクル数は、RPE65、BEST1、GAPDHが30サイクル、CRALBPは35サイクルで実施した。PCR産物はアガロースゲル電気泳動によって、RPE65は369 bp付近、BEST1は261 bp付近、CRALBPは341 bp付近、GAPDHは452 bp付近に一本のバンドとして検出された。陽性対照としてprimary human RPE(hRPE)、陰性対照として未分化維持培養条件で培養されていたiPS細胞(未分化iPSC)を使用した。
培養43日目に培養プレートを観察した結果、参考比較例1の条件では、黒褐色、多角、敷石状形態といったRPE細胞の典型的な特徴を示す細胞の出現は、わずかしか確認できなかった(図25右側、細胞写真、無処理)。一方、MEK阻害物質及びFGF受容体阻害物質で暴露した場合、黒褐色を呈する細胞集団の広範囲な出現を確認できた(図25右側、細胞写真、MEKi、FGFRi)。RT-PCRを実施した結果、参考比較例1の条件では、網膜色素上皮細胞マーカーであるRPE65、BEST1、CRALBPのバンドが非常に薄かった(図25左側、電気泳動図、無処理)。一方、MEK阻害物質及びFGF受容体阻害物質で暴露した検体では明瞭なバンドを確認できた(図25左側、電気泳動図、MEKi、FGFRi)。以上の結果より、MEK阻害物質及びFGF受容体阻害物質処理工程を含む製法によって、RPE細胞が高効率に製造された事が遺伝子発現レベルにおいても検証された。
【産業上の利用可能性】
【0142】
本発明の製造方法により、高効率かつ簡便に多能性幹細胞から網膜色素上皮細胞を製造する事が可能である。
【0143】
(関連出願の表示)
本出願は、2017年3月8日付で日本国に出願された特願2017-44431を基礎としており、ここで言及することによりその内容は全て本明細書に包含される。
図1
図2-1】
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【配列表】
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