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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-13
(45)【発行日】2022-01-25
(54)【発明の名称】管端溶接機および管端溶接方法
(51)【国際特許分類】
   B23K 9/028 20060101AFI20220118BHJP
【FI】
B23K9/028 Q
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2018176726
(22)【出願日】2018-09-21
(65)【公開番号】P2020044566
(43)【公開日】2020-03-26
【審査請求日】2021-01-04
(73)【特許権者】
【識別番号】000005119
【氏名又は名称】日立造船株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001298
【氏名又は名称】特許業務法人森本国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】篠田 薫
(72)【発明者】
【氏名】吉浪 貴明
(72)【発明者】
【氏名】安部 正光
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開昭49-122839(JP,A)
【文献】特開昭49-122840(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/028
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
管と管板とのアーク溶接を溶接ワイヤの溶融により行う管端溶接機であって、
巻かれた溶接ワイヤをその一端から供給するワイヤリールと、
前記ワイヤリールが固定された本体と、
前記本体に対して前記管の周方向に回転する回転体と、
前記回転体の回転を制御する制御部とを備え、
前記回転体は、
溶接トーチと、
前記ワイヤリールからの前記溶接ワイヤを前記溶接トーチに供給する傾斜または湾曲したワイヤガイドとを有し、
前記制御部は、
アーク溶接する方向の逆方向に前記回転体を回転させる逆回転部と、
前記回転体を逆方向に回転させた後に当該回転体をアーク溶接する方向に回転させる正回転部とを有し、
前記逆回転部で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、前記アーク溶接に必要な回転の角度(W)から、逆方向に回転させなければ当該アーク溶接の際に前記溶接ワイヤに不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上に設定されていることを特徴とする管端溶接機。
【請求項2】
アーク溶接に必要な回転の角度(W)は、一回転(360°)にクレータ処理のための回転の角度(w)を加えた角度(360°+w)であり、
前記逆回転部で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、一回転(360°)以上で且つ前記アーク溶接に必要な角度(360°+w)以下であることを特徴とする請求項1に記載の管端溶接機。
【請求項3】
管と管板とのアーク溶接を溶接ワイヤの溶融により行う管端溶接方法であって、
前記アーク溶接に使用する管端溶接機は、
巻かれた溶接ワイヤをその一端から供給するワイヤリールと、
前記ワイヤリールが固定された本体と、
前記本体に対して前記管の周方向に回転する回転体とを備え、
前記回転体は、
溶接トーチと、
前記ワイヤリールからの前記溶接ワイヤを前記溶接トーチに供給する傾斜または湾曲したワイヤガイドとを有し、
アーク溶接する方向の逆方向に前記回転体を回転させる逆回転工程と、
前記回転体を逆方向に回転させた後に当該回転体をアーク溶接する方向に回転させる正回転工程とを具備し、
前記逆回転工程で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、前記アーク溶接に必要な回転の角度(W)から、逆方向に回転させなければ当該アーク溶接の際に前記溶接ワイヤに不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上であることを特徴とする管端溶接方法。
【請求項4】
アーク溶接に必要な回転の角度(W)は、一回転(360°)にクレータ処理のための回転の角度(w)を加えた角度(360°+w)であり、
前記逆回転工程で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、一回転(360°)以上で且つ前記アーク溶接に必要な角度(360°+w)以下であることを特徴とする請求項3に記載の管端溶接方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、管端溶接機および管端溶接方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
各種プラントにおける熱交換器や反応器などには、一定の間隔で平行に配置された多数の管と、これら管に垂直な管板とが管端部で溶接されている。これら管と管板との溶接には、管の周方向に溶接ビードを形成する溶接機である管端溶接機が使用される。
【0003】
管端溶接機は、その溶接トーチを管の周方向に回転させるためのモータを備える(例えば、特許文献1参照)。この特許文献1に記載の管端溶接機は、そのハンドルの内部に前記モータを配置しないようにすることで、当該ハンドルを着脱自在にしたものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特許第2752321号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、前記特許文献1に記載の管端溶接機は、溶接トーチの回転と同期して、溶接ワイヤを供給するワイヤリールも回転させている。このため、溶接の際に、溶接トーチが回転しても、溶接トーチとワイヤリールとの相対位置は一定なので、当該溶接トーチに供給される溶接ワイヤにねじれが発生しなかった。
【0006】
前記管端溶接機は、工場だけでなく施工現場で使用されることも考えられる。こうした施工現場、例えば、各種プラントの建設工事または定期修理期間中のメンテナンス工事での使用のためには、前記施工現場までの管端溶接機の持ち運びを容易にする必要があり、このためには軽量化が考えられる。軽量化でまず考えられるのは、溶接トーチの回転と同期してワイヤリールが回転するための機構を省く設計である。しかしながら、この設計だと、溶接の際に、溶接トーチとワイヤリールとの相対位置、つまり、溶接ワイヤの供給先と供給元との相対位置が異なってくるので、溶接ワイヤを案内するワイヤガイドの形状によっては、溶接ワイヤにねじれが発生する。溶接ワイヤにねじれが発生すると、このねじれを戻そうとする働きにより溶接ワイヤが一気に回転する(つまり跳ねる)という、不具合につながるおそれがある。
【0007】
そこで、本発明は、溶接の際に溶接ワイヤの不具合を抑え得る管端溶接機および管端溶接方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記課題を解決するため、第1の発明に係る管端溶接機は、管と管板とのアーク溶接を溶接ワイヤの溶融により行う管端溶接機であって、
巻かれた溶接ワイヤをその一端から供給するワイヤリールと、
前記ワイヤリールが固定された本体と、
前記本体に対して前記管の周方向に回転する回転体と、
前記回転体の回転を制御する制御部とを備え、
前記回転体は、
溶接トーチと、
前記ワイヤリールからの前記溶接ワイヤを前記溶接トーチに供給する傾斜または湾曲したワイヤガイドとを有し、
前記制御部は、
アーク溶接する方向の逆方向に前記回転体を回転させる逆回転部と、
前記回転体を逆方向に回転させた後に当該回転体をアーク溶接する方向に回転させる正回転部とを有し、
前記逆回転部で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、前記アーク溶接に必要な回転の角度(W)から、逆方向に回転させなければ当該アーク溶接の際に前記溶接ワイヤに不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上に設定されているものである。
【0009】
また、第2の発明に係る管端溶接機は、第1の発明に係る管端溶接機において、アーク溶接に必要な回転の角度(W)は、一回転(360°)にクレータ処理のための回転の角度(w)を加えた角度(360°+w)であり、
前記逆回転部で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、一回転(360°)以上で且つ前記アーク溶接に必要な角度(360°+w)以下であるものである。
【0010】
さらに、第3の発明に係る管端溶接方法は、管と管板とのアーク溶接を溶接ワイヤの溶融により行う管端溶接方法であって、
前記アーク溶接に使用する管端溶接機は、
巻かれた溶接ワイヤをその一端から供給するワイヤリールと、
前記ワイヤリールが固定された本体と、
前記本体に対して前記管の周方向に回転する回転体とを備え、
前記回転体は、
溶接トーチと、
前記ワイヤリールからの前記溶接ワイヤを前記溶接トーチに供給する傾斜または湾曲したワイヤガイドとを有し、
アーク溶接する方向の逆方向に前記回転体を回転させる逆回転工程と、
前記回転体を逆方向に回転させた後に当該回転体をアーク溶接する方向に回転させる正回転工程とを具備し、
前記逆回転工程で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、前記アーク溶接に必要な回転の角度(W)から、逆方向に回転させなければ当該アーク溶接の際に前記溶接ワイヤに不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上である方法である。
【0011】
加えて、第4の発明に係る管端溶接方法は、第3の発明に係る管端溶接方法において、アーク溶接に必要な回転の角度(W)は、一回転(360°)にクレータ処理のための回転の角度(w)を加えた角度(360°+w)であり、
前記逆回転工程で前記回転体を逆方向に回転させる角度(R)は、一回転(360°)以上で且つ前記アーク溶接に必要な角度(360°+w)以下である方法である。
【発明の効果】
【0012】
前記管端溶接機および管端溶接方法によると、溶接ワイヤに不具合が発生する回転の角度が、溶接する際に回転する角度以上になるので、溶接の際に溶接ワイヤの不具合を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明の実施の形態に係る管端溶接機の概略構成図である。
図2】本発明の原理を説明するためのグラフである。
図3】同管端溶接機の制御部による回転体の動作を説明するためのグラフである。
図4】本発明の実施例1に係る管端溶接機の概略ブロック図である。
図5A】同管端溶接機の制御部による回転体の動作を説明するためのグラフであり、溶接前逆回転を示す。
図5B】同管端溶接機の制御部による回転体の動作を説明するためのグラフであり、正回転方向の回転を示す。
図5C】同管端溶接機の制御部による回転体の動作を説明するためのグラフであり、溶接後逆回転を示す。
図6】本発明の実施例2に係る管端溶接機の制御部による回転体の動作を説明するためのグラフであり、溶接前逆回転を示す。
図7】本発明の実施例1に係る管端溶接機の制御部を詳細に示すブロック図である。
図8】本発明の実施例2に係る管端溶接機の制御部を詳細に示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
[実施の形態]
以下、本発明の実施の形態に係る管端溶接機および管端溶接方法について図面に基づき説明する。
【0015】
図1に示すように、この管端溶接機10は、管1と管板2とのアーク溶接を溶接ワイヤ3の溶融により行うものであれば、特に限定されないが、例えばTIG溶接機である。図1には、前記アーク溶接(以下、単に溶接と言う)が行われている途中を示さないが、この溶接が行われた後の、管1と管板2とが溶接ビード4で接合された状態を示す。
【0016】
前記管端溶接機10は、巻かれた溶接ワイヤ3をその一端から供給するワイヤリール30と、前記ワイヤリール30が固定された本体40と、前記本体40に対して前記管1の周方向に回転する回転体50と、前記回転体50の回転を制御する制御部60とを備える。前記回転体50は、溶接トーチ54と、前記ワイヤリール30からの前記溶接ワイヤ3を前記溶接トーチ54に供給する湾曲したワイヤガイド53とを有する。なお、前記本体40は、図示しない固定治具により管1または管板2に固定される。前記本体40に対する前記回転体50の回転は、例えば、当該本体40に内蔵されて軸42が前記回転体50に接続されたモータ41により行われる。
【0017】
前記制御部60は、本発明の要旨であり、以下の構成を有する。すなわち、前記制御部60は、溶接する方向の逆方向に前記回転体50を回転させる逆回転部66と、前記回転体50を逆方向に回転させた後に当該回転体50を溶接する方向に回転させる正回転部69とを有する。なお、以下では、前記溶接する方向の逆方向を逆回転方向と言い、前記溶接する方向を正回転方向と言う。これら逆回転方向および正回転方向ともに、前記管1の周方向である。前記制御部60による回転体50の逆回転方向および正回転方向への回転は、図1に示すようなモータ41を介して行われてもよく、他の手段を介して行われてもよい。
【0018】
図1には、ワイヤガイド53が湾曲しているものを示したが、前記管1の軸方向に対して傾斜しているものでもよい。前記ワイヤガイド53は、湾曲または傾斜していることで、案内している溶接ワイヤ3と強く接触する。このため、このようなワイヤガイド53に対して溶接ワイヤ3を回転させようとした場合、この回転がワイヤガイド53からの接触(正確には静止摩擦力)により抑制される。したがって、さらに溶接ワイヤ3を回転させようとすれば、溶接ワイヤ3にねじりモーメントが蓄積されていき、ある時点において、当該回転を静止摩擦力で抑制し切れなくなる。こうなれば、ねじりモーメントが開放されて、前記溶接ワイヤ3が一気に回転する。
【0019】
ここで、前記溶接ワイヤ3を供給するワイヤリール30は本体40に固定される一方、前記溶接の際に、前記溶接ワイヤ3を案内するワイヤガイド53は本体40に対して正回転方向に回転するので、前述の通り、ワイヤガイド53に対して溶接ワイヤ3を回転させようとする状態になる。このため、前記溶接の際に、前記溶接ワイヤ3にねじりモーメントが蓄積されていき、ある時点において、当該溶接ワイヤ3が一気に回転し、言い換えれば、当該溶接ワイヤ3に不具合が発生する。この現象を防ぐために、正回転方向の回転により蓄積されていくと予想されるねじりモーメントと逆方向のねじりモーメントを、前記溶接の前に、逆回転方向の回転により溶接ワイヤ3に与えておくことが、本発明の要旨である。
【0020】
前記回転体50を逆回転方向にどの程度回転させるかについて図2に基づき説明する。
【0021】
図2に示すように、前記溶接に必要な正回転方向の角度をWとし(符号200参照)、逆回転方向に回転させなければ当該溶接の際に前記溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度をSとする(符号299参照)。この場合、逆回転方向に回転させなければ、W-Sが前記溶接を不具合なく行うために不足する角度である。この不足する角度以上の角度R(≧W-S)まで逆回転方向に予め回転させておけば(符号100参照)、溶接ワイヤ3に不具合が発生する角度は、S+Rとなり、W以上となる(符号120参照)。言い換えれば、角度Rをだけ逆回転方向に予め回転させておけば、前記溶接に必要な正回転方向の角度Wで不具合が発生しない。したがって、本発明では、前記逆回転部66で前記回転体50を逆回転方向に回転させる角度(R)は、溶接に必要な正回転方向の回転の角度(W)から、逆回転方向に回転させなければ当該溶接の際に前記溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上に設定する。これを式で表示すれば、
R≧W-S・・・・・(1)
となる。
【0022】
ここで、Sは、溶接ワイヤ3の巻き癖など様々な要因に依存するので、変動する値である。前記溶接ワイヤ3は、前記ワイヤリール30に巻かれており、巻き始めの芯に近い部分は巻き径が小さく、巻き終わりの芯から遠い部分では巻き径が大きい。このため、同一のワイヤリール30に巻かれた一本の溶接ワイヤ3でも、巻き始めの部分と巻き終わりの部分とで巻き癖が異なるので、Sが変動することになる。Sの最小は0であるから、最も安全側(つまりS=0)に考えれば、前記式(1)はR≧Wとなる。すなわち、最も安全側に考えれば、前記逆回転部66で前記回転体50を逆回転方向に回転させる角度(R)は、溶接に必要な正回転方向の回転の角度(W)以上にすることである。
【0023】
前記溶接は管1と管板2との溶接であるから、図3に示すように、溶接に必要な正回転方向の回転の角度(W)は、実際に、一回転(360°)にクレータ処理のための回転の角度(w)を加えた角度(W=360°+w)である場合が多い(符号120参照)。この場合、最も安全側に考えれば、前述のR≧Wにより、R≧360°+wである。しかしながら、クレータ処理のための回転の角度であるwは極めて小さい角度であるから、Sはw未満にはならないと考えられる。この考えを前提にして安全側(つまりS=w)に考えれば、前記式(1)はR≧W-w、つまりR≧360°となる。
【0024】
これらより、逆回転方向の回転であるRをできるだけ小さくするのであれば、現実的に、Rは、360°以上で且つ360°+w以下となる。図3には、Rが360°である場合を示す(符号100参照)。Rが360°であれば、単に逆回転方向の回転を小さく抑えられるだけでなく、逆回転方向の回転により溶接を開始する位置が変動しない。
【0025】
以下、前記管端溶接方法について説明する。
【0026】
この管端溶接方法では、前述した管端溶接機10を使用してもよく、この管端溶接機10で前記制御部60を備えないものを使用してもよい。
【0027】
いずれにしても、前記溶接方法は、溶接する方向の逆方向に前記回転体50を回転させる逆回転工程と、前記回転体50を逆方向に回転させた後に当該回転体50を溶接する方向に回転させる正回転工程とを具備する。前記逆回転工程で前記回転体50を逆方向に回転させる角度(R)は、溶接に必要な回転の角度(W)から、逆方向に回転させなければ当該溶接の際に前記溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度(S)を減じた角度(W-S)以上とする。
【0028】
前記逆方向(逆回転方向)への回転、および、前記溶接する方向(正回転方向)への回転は、それぞれ、前記制御部60の逆回転部66および正回転部69で行ってもよく、手動で行ってもよい。
【0029】
逆回転方向の回転により、その後の正回転方向の回転により蓄積されていくと予想されるねじりモーメントと逆方向のねじりモーメントが、溶接ワイヤ3に与えられる。このため、その後に正回転方向の回転が行われても、暫くは、ねじりモーメントが蓄積されるのではなく、逆方向のねじりモーメントが開放されることになる。したがって、逆回転方向の回転だけ溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度が延びる。特に、逆回転方向の十分な回転の角度により(R≧W-S)、溶接ワイヤ3に不具合が発生する正回転方向の角度(S+R)が、溶接する際に正回転方向へ回転する角度(W)以上になる。
【0030】
このように、前記管端溶接機10および管端溶接方法によると、溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度が、溶接する際に回転する角度以上になるので、溶接の際に溶接ワイヤ3の不具合を抑えることができる。
【実施例
【0031】
以下、前記実施の形態をより具体的に示した実施例として、実施例1および2に係る管端溶接機10および管端溶接方法について図面に基づき説明する。本実施例1および2では、前記実施の形態で省略した構成に着目して説明するとともに、前記実施の形態と同一の構成については、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0032】
本実施例1および2に係る管端溶接機10の構成は原則的に図1に示す通りであるが、図1で説明しなかった内容について図4図8に基づき説明する。
【実施例1】
【0033】
まず、本実施例1に係る管端溶接機10および管端溶接方法について説明する。
【0034】
図4に示すように、本実施例1に係る管端溶接機10の本体40は、前記ワイヤリール30からの溶接ワイヤ3を、前記ワイヤガイド53を介して前記溶接トーチ54からのアーク5に送給する、ワイヤ送給部43を有する。また、前記本体40の筐体は、軽量化のために、強化プラスチックなど、金属よりも軽量の材料で構成される。
【0035】
前記管端溶接機10は、TIG溶接機でもあるから、前記溶接トーチ54は非溶極式のタングステン製であり、図示しないが、前記溶接ワイヤ3が溶融した部分に不活性ガスを吹き付ける、不活性ガス吹付部を備える。TIG溶接機での溶接方法であるTIG溶接方法では、タングステン製の溶接トーチ54(タングステン電極)からアークを発生させ、そのアークに溶接ワイヤ3(溶加材)が送給されることで、送給された溶接ワイヤ3の溶融により被溶接体を接合する。
【0036】
溶接ワイヤ3の材質は、特に限定されないが、例えば、オーステナイト・フィライト二相混合ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、または、炭素鋼などである。
【0037】
前記制御部60は、概略的に、外部から情報が入力される入力部61と、この入力部61に入力された情報に基づき作動する逆回転部66および正回転部69を有する。以下、この制御部60による回転体50の動作を図5A図5Cに基づき説明する。
【0038】
これら図5A図5Cは(後述する図6も)、いずれも本体40側から管1側を見た視点(つまり管端溶接機10を使用する溶接士の視点)であり、逆回転方向が反時計回り、正回転方向が時計回りである。図5A図5Cでは(後述する図6も)、12時の位置が、管1が横置きの場合だと管1における天の位置に相当し、それ以外の場合だと管1におけるどの位置に相当してもよい。図5Aに示すように、逆回転方向の回転の開始位置は、基準の位置でもある符号Fで示す5時の位置となる。その5時の位置Fから、回転体50が逆回転方向に回転することで(符号100参照)、溶接ワイヤ3に逆方向のねじりモーメントが与えられる。この回転の際には、溶接を行うわけでないので、ワイヤ送給部43による溶接ワイヤ3の送給は行われない。また、施工時間を短縮するために、当該回転は可能な限り高速にされる。前記回転体50は、逆回転方向に回転する角度が360°(つまり一回転)なので、この回転を終えると5時の位置Fに戻る。なお、当該回転を、以下では溶接前逆回転とも言う。
【0039】
次に、図5Bに示すように、5時の位置Fから、回転体50が正回転方向に回転しながら(符号120参照)、溶接が行われる。この際の回転体50は、一回転しながら溶接を行った後、引き続き角度wだけ回転してクレータ処理のための溶接を行う。
【0040】
最後に、図5Cに示すように、基準の位置である5時の位置Fに回転体50を戻すため、角度wだけ回転体50を逆回転方向に回転させる(符号101参照)。なお、当該回転を、以下では溶接後逆回転ともいう。
【0041】
ところで、詳しくは実施例2として後述するが、図5Cに示すような溶接後逆回転を行わず、溶接前逆回転として、図5Cで示す角度(w)に図5Aで示す角度(360°)を加えた角度(360°+w)、すなわち、図6で示す角度(360°+w)まで一気に逆回転方向に回転させてもよい(符号110参照)。
【0042】
次に、図5A図5Cで示した動作を行うための制御部60の構成について、図7に基づき詳細に説明する。
【0043】
図7に示すように、前記制御部60を構成する入力部61は、溶接開始ボタン62と、逆回転角度設定部63と、正回転角度設定部64とを有する。また、前記制御部60を構成する逆回転部66は、溶接前逆回転を行う溶接前逆回転部67と、溶接後逆回転を行う溶接後逆回転部68とを有する。
【0044】
前記溶接開始ボタン62は、押されることで、前記溶接前逆回転部67に溶接前逆回転を行わせる。前記逆回転角度設定部63は、溶接前逆回転させる角度(通常は360°)が設定されて、その設定された情報を溶接前逆回転部67および溶接後逆回転部68に伝達する。前記正回転角度設定部64は、正回転方向に回転させる角度(通常は360°+w)が設定されて、その設定された情報を溶接後逆回転部68および正回転部69に伝達する。
【0045】
前記溶接前逆回転部67は、伝達された溶接前逆回転させる角度の情報に従って、モータ41により回転体50を当該角度(通常は360°)まで溶接前に高速で逆回転方向に回転させる。この回転は、図5Aに示した通りである。
【0046】
前記正回転部69は、溶接前逆回転が終わると、伝達された正回転方向に回転させる角度の情報に従って、モータ41により回転体50を当該角度(通常は360°+w)まで正回転方向に回転させる。前記正回転部69は、前記回転体50を正回転方向に回転させながら、前記溶接トーチ54にアーク5を発生させるとともに、前記ワイヤ送給部43に溶接ワイヤ3を送給させる。この回転は、図5Bに示した通りである。
【0047】
前記溶接後逆回転部68は、伝達された溶接前逆回転させる角度および正回転方向に回転させる角度の差から、溶接後逆回転させる角度を算出し、モータ41により回転体50を当該角度(通常はw)まで溶接後に高速で逆回転方向に回転させる。この逆回転は、図5Cに示した通りである。
【0048】
以下、本実施例1に係る管端溶接方法について説明する。
【0049】
図7に示すように、本実施例1に係る管端溶接機10を使用する場合、逆回転角度設定部63および正回転角度設定部64で、それぞれ逆回転方向の角度および正回転方向の角度を予め設定しておく。そして、溶接開始ボタン62が押されると、溶接前逆回転部67により、逆回転角度設定部63で設定された角度までモータ41を介して回転体50の溶接前逆回転が行われる(図5A参照)。
【0050】
溶接前逆回転が終わると、正回転部69により、正回転角度設定部64で設定された角度までモータ41を介して回転体50の正回転方向への回転が行われながら、溶接トーチ54にアーク5を発生させ、ワイヤ送給部43に溶接ワイヤ3を送給させることで、溶接が行われる(図5B参照)。
【0051】
前記溶接が終わると、溶接後逆回転部68により、算出された溶接後逆回転させる角度までモータ41を介して回転体50の溶接後逆回転が行われる(図5C参照)。
【0052】
これら溶接前逆回転、正回転方向への回転、および、溶接後逆回転は、それぞれ、前記制御部60の溶接前逆回転部67、正回転部69および溶接後逆回転部68で行ってもよく、手動で行ってもよい。
【0053】
このように、本実施例1に係る管端溶接機10および管端溶接方法によると、溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度が、溶接する際に回転する角度以上になるので、溶接の際に溶接ワイヤ3の不具合を抑えることができる。
[実験例]
【0054】
以下、本実施例1の管端溶接機10で、溶接前逆回転を90°、180°、270°および360°のそれぞれまで行い、その後の正回転方向の回転で、溶接ワイヤ3に不具合が生じた角度を実験により調べた。この実験の結果を次の表1に示す。
【0055】
【表1】
【0056】
前記実験では、溶接ワイヤ3として、オーステナイト・フィライト二相混合ステンレス鋼製、オーステナイト系ステンレス鋼製、および、炭素鋼製のものを採用し、溶接ワイヤ3ごとに不具合が生じた角度を3回調べた。この結果、表1に示すように、溶接ワイヤ3の材質に関係なく、逆回転方向の角度が90°であれば、溶接ワイヤ3に不具合が生じた角度は450°であり、逆回転方向の角度が180°であれば、溶接ワイヤ3に不具合が生じた角度は540°であり、逆回転方向の角度が270°であれば、溶接ワイヤ3に不具合が生じた角度は630°であった。また、逆回転方向の角度が360°であれば、溶接ワイヤ3に不具合が生じた角度は、溶接ワイヤ3の材質などによりバラつきがあったものの、いずれも630°以上であった。この結果から、逆回転方向の角度が90°以上であれば、溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度は、表1によれば450°以上なので、溶接に必要な正回転方向への通常の角度(360°+w)以上になることが明らかである。なお、この実験では、巻き癖など様々な要因による悪影響が小さかったが、この悪影響が大きくても、逆回転方向の角度が360°であれば、前記実施の形態で述べたように、溶接ワイヤ3に不具合が発生する回転の角度は、溶接に必要な正回転方向への通常の角度(360°+w)以上になると言える。
【実施例2】
【0057】
次に、図6に示すように、溶接後逆回転を行わず、溶接前逆回転として、溶接後逆回転に相当する回転まで一気に逆回転方向に回転させる、本実施例2に係る管端溶接機10および管端溶接方法について説明する。なお、本実施例2の構成のうち、前記実施例1の構成と同一の構成については、同一の符号を付してその説明を省略する。
【0058】
図8に示すように、本実施例2に係る管端溶接機10の制御部60における入力部61は、前述したような逆回転角度設定部63を有しない。なぜなら、逆回転方向の角度は、正回転方向の角度と同一であり、正回転方向の角度が設定されるだけで足りるからである。逆回転方向の角度と正回転方向の角度とが同一であることにより、正回転方向の角度が一回転を超えても、逆回転方向の回転により、回転体50が基準の位置である5時の位置Fに戻る。
【0059】
本実施例2に係る管端溶接機10の制御部60の逆回転部66は、前記実施例1のように溶接前逆回転部67および溶接後逆回転部68に分かれておらず、当該溶接前逆回転部67に相当する機能のみを有する。
【0060】
以下、本実施例2に係る管端溶接方法について説明する。
【0061】
図8に示すように、本実施例1に係る管端溶接機10を使用する場合、正回転角度設定部64で、正回転方向の角度を予め設定しておく。この正回転方向の角度は、溶接前逆回転の角度にもなる。そして、溶接開始ボタン62が押されると、逆回転部66により、前記逆回転方向の角度までモータ41を介して回転体50の溶接前逆回転が行われる(図6参照)。
【0062】
溶接前逆回転が終わると、正回転部69により、正回転角度設定部64で設定された角度までモータ41を介して回転体50の正回転方向への回転が行われながら、溶接トーチ54にアーク5を発生させ、ワイヤ送給部43に溶接ワイヤ3を送給させることで、溶接が行われる(図5B参照)。
【0063】
前記溶接が終わると、前記実施例1のような溶接後逆回転は行われない。
【0064】
これら逆回転方向への回転、および、正回転方向への回転は、それぞれ、前記制御部60の逆回転部66および正回転部69で行ってもよく、手動で行ってもよい。
【0065】
このように、本実施例2に係る管端溶接機10および管端溶接方法によると、前記実施例1に係る管端溶接機10および管端溶接方法が奏する効果に加えて、制御部60の構成および逆回転方向への回転を簡素にすることができる。
【0066】
ところで、前記実施例では、5時の位置Fを基準の位置としたが、これは一例に過ぎず、どの位置を基準にしてもよい。
【0067】
また、前記溶接トーチ54は、実施の形態で溶極式または非溶極式について説明せず、前記実施例で非溶極式として説明したが、溶極式および非溶極式のいずれであってもよい。
【0068】
さらに、前記実施の形態および実施例は、全ての点で例示であって制限的なものではない。本発明の範囲は、前述した説明ではなく特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。前記実施の形態および実施例で説明した構成のうち「課題を解決するための手段」での第1の発明および第3の発明として記載した構成以外については、任意の構成であり、適宜削除および変更することが可能である。
【符号の説明】
【0069】
1 管
2 管板
3 溶接ワイヤ
4 溶接ビード
5 アーク
10 管端溶接機
30 ワイヤリール
40 本体
41 モータ
42 軸
43 ワイヤ送給部
50 回転体
53 ワイヤガイド
54 溶接トーチ
60 制御部
61 入力部
62 溶接開始ボタン
63 逆回転角度設定部
64 正回転角度設定部
66 逆回転部
67 溶接前逆回転部
68 溶接後逆回転部
69 正回転部
図1
図2
図3
図4
図5A
図5B
図5C
図6
図7
図8