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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-03-04
(54)【発明の名称】摺動部材及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C10M 107/04 20060101AFI20220225BHJP
   C10M 169/04 20060101ALI20220225BHJP
   C10N 50/02 20060101ALN20220225BHJP
   C10M 125/02 20060101ALN20220225BHJP
   C10M 125/22 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 10/12 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 20/00 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 30/06 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 30/08 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 40/02 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 50/08 20060101ALN20220225BHJP
   C10N 70/00 20060101ALN20220225BHJP
   C10M 177/00 20060101ALN20220225BHJP
【FI】
C10M107/04
C10M169/04
C10N50:02
C10M125/02
C10M125/22
C10N10:12
C10N20:00 A
C10N30:06
C10N30:08
C10N40:02
C10N50:08
C10N70:00
C10M177/00
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2018080500
(22)【出願日】2018-04-19
(65)【公開番号】P2019089994
(43)【公開日】2019-06-13
【審査請求日】2020-07-14
(31)【優先権主張番号】P 2017218843
(32)【優先日】2017-11-14
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003218
【氏名又は名称】株式会社豊田自動織機
(74)【代理人】
【識別番号】110001117
【氏名又は名称】特許業務法人ぱてな
(72)【発明者】
【氏名】林 秀高
(72)【発明者】
【氏名】大久保 忍
(72)【発明者】
【氏名】三岡 哲也
(72)【発明者】
【氏名】上田 真玄
(72)【発明者】
【氏名】市川 敦
【審査官】松原 宜史
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-069508(JP,A)
【文献】特開2000-033117(JP,A)
【文献】特開2001-061954(JP,A)
【文献】特開2008-025727(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C10M 101/00-177/00
C10N 10/00- 80/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相手材と摺動する摺動部材を製造するための摺動部材の製造方法であって、
粒子状の超高分子量ポリエチレンに対して密閉状態で放射線を照射し、前記超高分子量ポリエチレンを架橋する架橋工程と、
前記架橋工程で架橋された前記超高分子量ポリエチレンを含む固体潤滑剤と、バインダ樹脂とを含有する摺動層用組成物を調製する組成物調製工程と、
母材上に前記摺動層用組成物を設けて前記相手材と摺動する摺動層を形成し、摺動部材を得る摺動層形成工程とを備え
前記架橋工程は、前記放射線としての電子線の吸収線量が60kGy以上、500kGy未満の条件で行い、架橋された前記超高分子量ポリエチレンの融点を126.4°Cを超え、132.0°C以下とし、
前記組成物調製工程では、前記摺動層における前記固体潤滑剤が前記バインダ樹脂に対して100体積%以下となるように、前記固体潤滑剤と前記バインダ樹脂とを配合することを特徴とする摺動部材の製造方法。
【請求項2】
母材と、前記母材上に形成され、バインダ樹脂と固体潤滑剤とを含有する摺動層とを備え、前記摺動層が相手材と摺動する摺動部材であって、
前記固体潤滑剤は、粒子状をなし、融点が126.4°Cを超え、132.0°C以下であり、密閉状態で放射線照射により架橋された超高分子量ポリエチレンを含み、
前記摺動層は、前記固体潤滑剤が前記バインダ樹脂に対して100体積%以下であることを特徴とする摺動部材。
【請求項3】
前記超高分子量ポリエチレンはゲル分率が26%以上である請求項記載の摺動部材。
【請求項4】
前記摺動層は、前記固体潤滑剤が前記バインダ樹脂に対して25体積%以上であり、
前記摺動層は、前記バインダ樹脂がポリアミドイミドであり、
前記超高分子量ポリエチレンが前記摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、35体積%以下である請求項2又は3記載の摺動部材。
【請求項5】
前記固体潤滑剤は、二硫化モリブデンをさらに含み、
前記摺動層は、前記二硫化モリブデンが前記摺動層における全固体成分に対して26体積%以下である請求項記載の摺動部材。
【請求項6】
前記摺動層は、前記超高分子量ポリエチレンが前記摺動層における全固体成分に対して23体積%以上、35体積%以下であり、前記二硫化モリブデンが前記摺動層における全固体成分に対して15体積%以下である請求項記載の摺動部材。
【請求項7】
前記固体潤滑剤は、グラファイトをさらに含み、
前記摺動層は、前記グラファイトが前記摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、30体積%以下である請求項4乃至6のいずれか1項記載の摺動部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は摺動部材及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、特許文献1、2に開示された摺動部材が知られている。これらの摺動部材は、鋼材やアルミ材からなる母材と、母材上に形成された摺動層とを備えている。母材と摺動層との間に下地層が設けられる場合もある。摺動層は、バインダ樹脂と固体潤滑剤とを含有している。バインダ樹脂はエポキシ樹脂等からなる。特許文献1の固体潤滑剤は、粒子状の二硫化モリブデン(MoS2)と、粒子状のポリテトラフルオロエチレン(PTFE)と、粒子状のポリエチレンとからなる。近年、自己潤滑性や耐摩耗性の特徴から超高分子量ポリエチレンが検討されており、特許文献2の固体潤滑剤は、粒子状の架橋された超高分子量ポリエチレンを含む。
【0003】
これらの摺動部材は、摺動層が相手材と摺動するプロペラシャフト、ピストン等に採用され得る。特に、特許文献1の摺動層では、潤滑剤との親和性が良いポリエチレンが固体潤滑剤として含まれているため、低摩擦係数化と高い耐摩耗性とを実現しようとしている。また、特許文献2の摺動層では、架橋された超高分子量ポリエチレンを固体潤滑剤とし、耐焼付き性及び耐摩耗性の他、高い耐熱性も実現しようとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2013-189569号公報
【文献】特開2016-69508号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかし、摺動部材には、信頼性確保のため、さらなる摺動特性の向上が望まれている。この点、発明者らの試験結果によれば、架橋された超高分子量ポリエチレンを固体潤滑剤の一部として採用したとしても、架橋された超高分子量ポリエチレンが単純に放射線を照射しただけのものであれば、摺動層が必ずしも高い耐熱性を発揮できない。場合によっては、架橋された超高分子量ポリエチレンが脆くなり、かえって摺動層の潤滑特性が悪化してしまう。
【0006】
本発明は、上記従来の実情に鑑みてなされたものであって、摺動層が耐焼付き性、耐摩耗性及び耐熱性の点で優れた摺動特性を発揮可能な摺動部材を提供することを解決すべき課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の摺動部材の製造方法は、相手材と摺動する摺動部材を製造するための摺動部材の製造方法であって、
粒子状の超高分子量ポリエチレンに対して密閉状態で放射線を照射し、前記超高分子量ポリエチレンを架橋する架橋工程と、
前記架橋工程で架橋された前記超高分子量ポリエチレンを含む固体潤滑剤と、バインダ樹脂とを含有する摺動層用組成物を調製する組成物調製工程と、
母材上に前記摺動層用組成物を設けて前記相手材と摺動する摺動層を形成し、摺動部材を得る摺動層形成工程とを備え
前記架橋工程は、前記放射線としての電子線の吸収線量が60kGy以上、500kGy未満の条件で行い、架橋された前記高分子量ポリエチレンの融点を126.4°Cを超え、132.0°C以下とし、
前記組成物調製工程では、前記摺動層における前記固体潤滑剤が前記バインダ樹脂に対して100体積%以下となるように、前記固体潤滑剤と前記バインダ樹脂とを配合することを特徴とする。
【0008】
発明者らの試験結果によれば、本発明の製造方法で得られる摺動部材では、適度に架橋された超高分子量ポリエチレンにより優れた耐焼付き性及び耐摩耗性を向上することができる。この理由は、本発明の製造方法では、架橋工程において、粒子状の超高分子量ポリエチレンに対して密閉状態で放射線を照射しているため、超高分子量ポリエチレンが酸化され難く、適度に架橋されるからであると推察される。粒子状の超高分子量ポリエチレンに対して大気開放状態で放射線を照射すると、超高分子量ポリエチレンが酸化され、超高分子量ポリエチレンが架橋され難い。
【0009】
発明者らの試験結果によれば、架橋工程は、放射線としての電子線の吸収線量が60kGy以上、500kGy未満の条件で行うことが好ましい。電子線は取り扱いに便宜である。電子線をこの範囲の吸収線量で照射すれば、超高分子量ポリエチレンが適度に架橋され、摺動層が優れた耐熱性と耐摩耗性とを発揮する。電子線の吸収線量が60kGy未満で架橋工程を行うと、超高分子量ポリエチレンの架橋が不足し、摺動層の耐摩耗性が十分でない。電子線の吸収線量が500kGy以上で架橋工程を行うと、架橋された超高分子量ポリエチレンが脆くなり、摺動層の耐摩耗性が悪化する。
【0010】
本発明の摺動部材は、母材と、前記母材上に形成され、バインダ樹脂と固体潤滑剤とを含有する摺動層とを備え、前記摺動層が相手材と摺動する摺動部材であって、
前記固体潤滑剤は、粒子状をなし、融点が126.4°Cを超え、132.0°C以下であり、密閉状態で放射線照射により架橋された超高分子量ポリエチレンを含み、
前記摺動層は、前記固体潤滑剤が前記バインダ樹脂に対して100体積%以下であることを特徴とする。
【0011】
発明者らの試験結果によれば、超高分子量ポリエチレンの融点がこの範囲内にあれば、摺動層の摩擦係数が低く、摩耗量が少なく、かつ高温時に摺動層の表面から超高分子量ポリエチレンが溶出、脱落し難い。超高分子量ポリエチレンが適度に架橋されているからであると推察される。このため、摺動層が優れた耐焼付き性及び耐摩耗性を向上することができる。
【0012】
発明者らの試験結果によれば、超高分子量ポリエチレンはゲル分率が26%以上であることが好ましい。この場合、摺動層の摩擦係数が低く、摩耗量が少なく、かつ高温時に摺動層の表面から超高分子量ポリエチレンが溶出し難い。ゲル分率がこの範囲の超高分子量ポリエチレンは適度に架橋されていると推察される。
【0013】
発明者らの試験結果によれば、摺動層は、固体潤滑剤がバインダ樹脂に対して25体積%以上、100体積%以下であることが好ましい。この場合、バインダ樹脂が固体潤滑剤をより保持することができる。また、摺動層は、バインダ樹脂がポリアミドイミドであることが好ましい。さらに、超高分子量ポリエチレンが摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、35体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、ドライ環境下又は油中環境下において、耐摩耗性をさらに向上することができる。
【0014】
発明者らの試験結果によれば、固体潤滑剤は、二硫化モリブデンをさらに含んでいることが好ましい。また、摺動層は、二硫化モリブデンが摺動層における全固体成分に対して26体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、ドライ環境下又は油中環境下において、耐摩耗性を向上することができる。
【0015】
発明者らの試験結果によれば、摺動層は、超高分子量ポリエチレンが摺動層における全固体成分に対して23体積%以上、35体積%以下であり、二硫化モリブデンが摺動層における全固体成分に対して15体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、特にドライ環境下において、耐摩耗性をより向上するができる。
【0016】
発明者らの試験結果によれば、固体潤滑剤は、グラファイトをさらに含んでいることが好ましい。また、摺動層は、グラファイトが摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、30体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、ドライ環境下又は油中環境下において、耐摩耗性をさらに向上することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明の製造方法により、摺動層が耐焼付き性、耐摩耗性及び耐熱性の点で優れた摺動特性を発揮可能な摺動部材を製造することができる。また、本発明の摺動部材によれば、摺動層が自己潤滑性、耐摩耗性及び耐熱性の点で優れた摺動特性を発揮することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1図1は、試験1におけるピンオンディスク往復試験の様子を示す模式斜視図である。
図2図2は、試験2における斜板×シュー試験の様子を示す断面図である。
図3図3は、実施例1の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図4図4は、実施例2の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図5図5は、実施例3の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図6図6は、実施例4の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図7図7は、比較例2の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図8図8は、比較例3の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真である。
図9図9は、試験4におけるリングオンディスク摩擦摩耗試験の様子を示す模式斜視図である。
図10図10は、試験5におけるピンオンディスク摩擦摩耗試験の様子を示す模式斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
<架橋工程>
粒子状の超高分子量ポリエチレンに対して密閉状態で放射線を照射する手段としては、(1)粒子状の超高分子量ポリエチレンを収納した容器内を真空引きし、空気の存在割合を下げる真空法、(2)容器内を不活性ガスや窒素で満たし、空気を排出するガスパージ法等を採用することができる。密閉されていれば、真空法やガスパージ法等を用いずに、多少の酸素を含む雰囲気であってもよい。
【0020】
放射線としては、α線、β線、γ線の他、X線、電子線、イオン線を採用できる。放射線の量は、単位質量に吸収されるエネルギーに比例する線量で表わされる。グレイ(Gy)は、放射線がある物質に当たったとき、その物質に吸収されるエネルギー量(吸収線量という。)を表す単位である。
【0021】
<組成物調製工程>
(バインダ樹脂)
バインダ樹脂は、固体潤滑剤を脱離し難くする固体潤滑剤の保持性、層状の被膜下で繰り返し作用するせん断力に対する耐久性(土台としての硬さ)、破壊されにくい耐摩耗性、耐熱性等を発揮する。バインダ樹脂としては、ポリイミド系樹脂、エポキシ樹脂、フェノール樹脂等を採用できる。ポリイミド系樹脂としては、ポリアミドイミド(PAI)、ポリイミド等を採用することができる。コスト及び特性を考慮すると、PAIをバインダ樹脂とすることが最適である
【0022】
(固体潤滑剤)
固体潤滑剤は、バインダ樹脂に保持され、最表面で低せん断力及び低摩擦係数を発揮する。固体潤滑剤としては、フッ素樹脂、二硫化モリブデン、グラファイト、超高分子量ポリエチレン等を採用可能である。フッ素樹脂及び超高分子量ポリエチレンは、摺動層の摺動面に被膜を形成し、かつ相手材へ移着することで滑り性を向上させる。二硫化モリブデン及びグラファイトは、低せん断力をもつ結晶構造により滑り性を向上させ、かつ高荷重で低摩擦を実現する。発明者らの試験結果によれば、フッ素樹脂は、耐摩耗性、耐焼き付き性等の摺動特性を有しているものの、撥油特性を有しており、潤滑油の接触角が比較的大きい。一方、超高分子量ポリエチレンは、摺動特性ではフッ素樹脂より劣るものの、親油特性を有しており、潤滑油の接触角が比較的小さい。また、固体潤滑剤として、メラミンシアヌレート(MCA)やフッ化カルシウム、銅及び錫などの軟質金属を採用することができる。特に、適度に架橋された超高分子量ポリエチレンは、高温時に摺動層の表面から溶出し難く、優れた耐焼付き性及び耐摩耗性を向上することができる。
【0023】
架橋前の超高分子量ポリエチレンは、平均分子量が100万~700万個であることが好ましい。また、架橋前の超高分子量ポリエチレンの比重は0.92~0.96であることが好ましい。架橋前の超高分子量ポリエチレンは、表面平滑性及び耐摩耗性の点から、粒子径が30μm以下であることが好ましく、15μm以下であることがより好ましい。
【0024】
(添加剤等)
摺動層は、バインダ樹脂及び固体潤滑剤の他、添加剤を有し得る。添加剤としては、二酸化チタン、第3リン酸カルシウム、アルミナ、シリカ、炭化ケイ素、窒化ケイ素等の硬質粒子のように、摺動層の硬さを向上させるものを採用することができる。
【0025】
摺動層は、ZnS、Ag2S等の硫黄含有金属化合物を極圧剤として含有し得る。また、摺動層は、界面活性剤、カップリング剤、加工安定剤、酸化防止剤等を有し得る。
【0026】
シランカップリング処理に用いるシランカップリング剤としては、官能基がエポキシ基であることが好ましい。官能基にエポキシ基をもつシランカップリング剤として2-(3、4エポキシシクロヘキシル)エチルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリメトキシシラン、3-グリシドキシプロピルメチルジエトキシシラン、3-グリシドキシプロピルトリエトキシシランが好ましい。これらは保存安定性も優れている。
【0027】
<摺動層形成工程>
摺動層形成工程としては、スプレーコート、ロールコート等の塗装方法の種類により、任意にn-メチル-2-ピロリドン、1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン、キシレン等の溶剤で摺動層用組成物を希釈し、粘度調整及び固形分の濃度調整を行うことが可能である。母材に摺動層用組成物の希釈物をコーティングした後、乾燥、焼成を行い、摺動層を形成することが可能である。
【実施例
【0028】
(第1実験)
以下、本発明を具体化した実施例1~4と比較例1~3とを説明する。まず、以下の材料を準備した。
バインダ樹脂:ポリアミドイミド樹脂(PAI)ワニス
固体潤滑剤:粒子状の超高分子量ポリエチレン(UHPE粒子)、粒子状のフッ素化合物(PTFE粒子)、MoS2、グラファイト
【0029】
気密可能であり、同一の大きさのビニール製の袋を複数個用意し、これらにUHPE粒子を一定量入れ、同一条件下で各袋内を真空引きした。その後、各袋を電子線照射装置内に入れ、表1に示す吸収線量(kGy)でUHPE粒子に放射線としての電子線の照射を行った。こうして、架橋品No.1~のUHPE粒子を得た。未架橋品のUHPE粒子は電子線の照射を行わなかったものである。非密閉架橋品のUHPE粒子は、大気開放状態、すなわち袋に入れずに電子線の照射を行ったものである。
【0030】
表1に各UHPE粒子の融点(°C)、ゲル分率(%)及び平均粒径(μm)を示す。また、PTFE粒子の融点(°C)及び平均粒径(μm)も表1に示す。
【0031】
【表1】
【0032】
ここで、融点の測定条件は以下のとおりである。
分析装置:DSC Q2000(TA instrument)
昇温速度:5°C/分(210°Cに昇温後、-20°C/分で30°Cまで冷却し、再度の測定を行った。)
雰囲気:N2
試料重量:各々5mg±0.1mg
融点の読み取り条件:再度の測定時における融解のピーク温度
【0033】
ゲル分率は以下のように測定した。まず、各粉体を180°C~230°Cで加熱しながら一定圧力で加圧することにより、厚さ0.3mmのシートに成形した。各シートから0.3gの小片を切断した。各小片をフラスコに入れるとともに、フラスコ内にp-キシレンを500ml加えた。各フラスコを130°Cに加熱しながら、4時間攪拌を行い、各小片の溶解を行った。130°Cの高温状態のまま、網目が106μmの金網にて溶液のろ過を行った。金網上の不溶解物を140°C、3時間、真空下の条件で乾燥し、常温後の不溶解物の重量(g)を測定した。そして、ゲル分率(%)=不溶解物の重量(g)×100/0.3(g)の計算式により、ゲル分率を求めた。
【0034】
組成物調製工程として、表2に示す配合割合でPAIワニスと各固体潤滑剤とを配合し、よく撹拌した後、3本ロールミルを通し、実施例1~4及び比較例1~3の摺動層用組成物を調製した。固体潤滑剤は、PTFE粒子と、UHPE粒子と、MoS2と、グラファイトとからなる。UHPE粒子は、未架橋品、架橋品No.1~4又は非密閉架橋品のいずれかである。
【0035】
【表2】
【0036】
以下の摺動層形成工程を行った。まず、各摺動層用組成物を溶剤によって希釈して希釈物とし、鋼材からなる母材上に各希釈物をコーティングした後、乾燥を行い、220°C×1.5時間で焼成を行った。この後、膜厚を同じにするために表面研削を行い、膜厚15μmの摺動層を形成した。こうして、実施例1~4及び比較例1~3の各摺動部材を得た。
【0037】
各摺動部材は、母材と、母材上に形成された摺動層とからなる。摺動層は、バインダ樹脂と固体潤滑剤とを含有する。各摺動部材を以下の試験1~3に供した。
【0038】
<試験1(ピンオンディスク往復試験)>
この試験は、各摺動部材の摺動層におけるUHPE粒子の溶出(残存)の様子を確認するものである。すなわち、図1に示すように、上面を加熱可能なプレート1上に各摺動部材10を載置する。この状態において、各摺動部材10は、摺動層10aが上面とされている。摺動層10a上において、SUJ2製であり、先端の曲率が10Rのピン2を荷重350gf、往復距離20mm、速度2Hz、往復回数3500回の条件で往復動させる。この際、基板表面の温度を80°Cに制御し、炭化水素油を含む潤滑剤3を摺動層10a上に滴下する。この試験を実施例1~4及び比較例1~3の摺動部材に対して行った。
【0039】
<試験2(斜板×シュー試験1)>
この試験は、斜板式圧縮機におけるドライ環境下での摩擦係数及び焼付き性を評価するものである。すなわち、図2に示すように、母材20を圧縮機の斜板形状のものとし、上記と同様、各母材20に摺動層20aを形成し、斜板を得た。一方、保持具4にSUJ2製のシュー5を保持した。そして、滑り速度10m/秒で斜板を回転させるとともに、斜板とシュー5との間に荷重1960Nを加重し、斜板とシュー5とが焼付く時間(秒)を調べた。この試験を実施例1~4及び比較例1~3の摺動部材に対して行った。
【0040】
<試験3(斜板×シュー試験2)>
この試験は、斜板式圧縮機における油中潤滑下でのステップ荷重付加時の焼付き性を評価するものである。すなわち、図2に示すように、母材20を圧縮機の斜板形状のものとし、上記と同様、各母材20に摺動層20aを形成し、斜板を得た。一方、保持具4にSUJ2製のシュー5を保持した。そして、斜板の表面に冷凍機油を6g/分の量で付着させながら滑り速度7m/秒で斜板を回転させるとともに、斜板とシュー5との間に5分毎に荷重400Nを加重し、斜板とシュー5とが焼付く荷重(N)を調べた。この試験を実施例1~4及び比較例1~3の摺動部材に対して行った。
【0041】
これらの結果を表3に示す。また、試験1後の実施例1~4及び比較例2、3の各摺動部材の摺動層におけるUHPE粒子の残存状態をSEM画像により確認した。実施例1の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図3に示す。実施例2の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図4に示す。実施例3の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図5に示す。実施例4の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図6に示す。比較例2の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図7に示す。比較例3の摺動部材において、試験1の摺動層における500倍のSEM画像写真を図8に示す。
【0042】
【表3】
【0043】
表3からわかるように、実施例1~4の摺動部材は、優れた耐焼付き性及び耐摩耗性を発揮できる。この理由は、実施例1~4の摺動部材は、密閉状態で放射線を照射したUHPE粒子を採用しているため、UHPE粒子が酸化され難く、適度に架橋されるからであると推察される。
【0044】
特に、実施例2~4の摺動部材は摺動層が優れた耐焼付き性及び耐摩耗性を発揮している。これは、実施例2~4の摺動部材は、表1に示すように、電子線の吸収線量が60kGy以上、300kGy以下であることにより、融点が128.2°C以上、132.0°C以下であり、かつゲル分率が26%以上である架橋されたUHPE粒子を採用しているため、図4~6に示すように、高温時に摺動層の表面からUHPE粒子が溶出、脱落し難いからであると推察される。
【0045】
一方、表3からわかるように、比較例2、3の摺動部材は、焼付き荷重が低く、耐焼付き性が劣っている。これは、比較例2の摺動部材は、未架橋品のUHPE粒子を採用しているため、図7に示すように、高温時に摺動層の表面からUHPE粒子が溶出、脱落し易いからであると推察される。さらに、比較例3の摺動部材は、ゲル分率が0%の非密閉架橋品のUHPE粒子を採用しているため、UHPE粒子が酸化されて適度に架橋されておらず、図8に示すように、高温時に摺動層の表面からUHPE粒子が溶出、脱落し易いからであると推察される。
【0046】
したがって、実施例1~4の摺動部材、特に実施例2~4の摺動部材では、摺動層が自己潤滑性、耐摩耗性及び耐熱性の点で優れた摺動特性を発揮できることがわかる。このため、これらの摺動部材を圧縮機の斜板等に採用すれば、より優れた圧縮機が得られることがわかる。
【0047】
(第2実験)
次に、本発明を具体化した実施例5~18及び比較例4~8を説明する。まず、第1実験と同様、組成物調製工程として、表4~6に示す配合割合でPAIワニスと各固体潤滑剤とを配合し、よく撹拌した後、3本ロールミルを通し、実施例5~18及び比較例4~8の摺動層用組成物を調製した。そして、第1実験と同様、摺動層形成工程を行った。こうして、実施例5~18及び比較例4~8の各摺動部材を得た。
【0048】
【表4】
【0049】
【表5】
【0050】
【表6】
【0051】
第1実験で得られた実施例1~4及び比較例1、2の各摺動部材と、第2実験で得られた実施例5~18及び比較例4~8の各摺動部材とを以下の試験4、5に供した。
【0052】
<試験4(リングオンディスク摩擦摩耗試験:ドライ環境下)>
この試験は、各摺動部材の摺動層における一定水準のドライ環境下において、耐摩耗性を評価するものである。すなわち、図9に示すように、S45Cからなる母材30の上面に各摺動部材の摺動層30aが形成されている。摺動層30aの膜厚は約20μmである。この状態において、リング6を各摺動部材の摺動層30aの上面に載置する。S45C製のリング6を面圧5.4MPa、摺動速度0.9m/秒、摺動距離500mの条件下で、回転させる。この間の摺動層30aの比摩耗量(×10-6mm3/N・m)を測定した。この試験を実施例1~18及び比較例1、2、4~8の摺動部材に対して行った。
【0053】
<試験5(ピンオンディスク摩擦摩耗試験:油中環境下)>
この試験は、各摺動部材の摺動層における一定水準の油中環境下において、耐摩耗性を評価するものである。すなわち、図10に示すように、S45Cからなる母材40の上面に各摺動部材の摺動層40aが形成されている。摺動層40aの膜厚は約15μmである。この状態において、ピン7を各摺動部材の摺動層40aの上面に載置する。SUJ2製であり、先端の曲率が10Rのピン7を荷重20N、摺動速度0.25m/秒、摺動距離22.6mの条件で、回転させる。この際、冷凍機油8を摺動層40a上に5mg滴下し、この間の摺動層40aの摩耗深さを測定した。この試験を実施例1~18及び比較例1、2、4~8の摺動部材に対して行った。
【0054】
表7に実施例1~4及び比較例1、2の摺動部材における試験4及び試験5の結果を示す。表8~10に実施例5~18及び比較例4~8の摺動部材における試験4及び試験5の結果を示す。
【0055】
【表7】
【0056】
【表8】
【0057】
【表9】
【0058】
【表10】
【0059】
実施例1~18の摺動部材の耐摩耗性を評価するにあたり、比較例2の摺動部材の耐摩耗性を判断基準とした。この理由は、表2、4~6からわかるように、実施例1~18の摺動部材はUHPE粒子が適度に架橋されているのに対し、比較例2の摺動部材はUHPE粒子が架橋されていないため、UHPE粒子の架橋の有無を判断基準としたからである。
【0060】
表7~10からわかるように、実施例1~18の各摺動部材は、比較例2の摺動部材における試験4、5の結果を基準とすれば、比摩耗量が3.6(×10-6mm3/N・m)未満、又は、摩耗深さ9.1(μm)未満である。つまり、実施例1~18の摺動部材は、ドライ環境下又は油中環境下において、優れた耐摩耗性を発揮できる。この理由は、実施例1~18の摺動部材は、密閉状態で放射線を照射したUHPE粒子を採用しているため、UHPE粒子が酸化され難く、適度に架橋されるからであると推察される。特に、実施例1~3、5~12の摺動部材は、ドライ環境下及び油中環境下において、摺動層が優れた耐摩耗性を発揮している。
【0061】
また、実施例1~18の摺動部材は、表1に示すように、電子線の吸収線量が60kGy以上、500kGy未満であることにより、融点が126.4°Cを超え、132.0°C以下であり、かつゲル分率が26%以上の架橋されたUHPE粒子を採用しているため、高温時に摺動層の表面からUHPE粒子が溶出、脱落し難いからであると推察される。
【0062】
一方、表7~10からわかるように、比較例1、2、4、5の摺動部材は、試験4、5の結果において、比摩耗量が3.6(×10-6mm3/N・m)以上、かつ、摩耗深さが9.1(μm)以上である。このため、比較例1、2、4、5の摺動部材は、実施例1~18の摺動部材と比較して、ドライ環境下又は油中環境下のいずれにおいても、耐摩耗性が劣っている。比較例1の摺動部材は、適度に架橋されたUHPE粒子ではなく、フッ素化合物(PTFE粒子)を採用しているため、耐摩耗性が劣るものと推察される。比較例2の摺動部材は、融点が134.6°Cの未架橋のUHPE粒子を採用しているため、高温時に摺動層の表面からUHPE粒子が溶出、脱落し易いからであると推察される。さらに、比較例4、5の摺動部材は、電子線の吸収線量が500kGy以上であるため、架橋されたUHPE粒子が脆くなり、かえって摺動部材の耐摩耗性が悪化したと推察される。
【0063】
したがって、実施例1~18の摺動部材は、ドライ環境下又は油中環境下において、摺動層が優れた耐摩耗性を発揮できることがわかる。特に、実施例1~3、5~12の摺動部材は、ドライ環境下及び油中環境下において、摺動層が優れた耐摩耗性を発揮できる。
【0064】
摺動層は、固体潤滑剤がバインダ樹脂に対して25体積%以上、100体積%以下であり、超高分子量ポリエチレンが摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、35体積%以下であることが好ましい。より具体的には、実施例1~18の摺動部材は、比較例6~8の摺動部材に対し、ドライ環境下又は油中環境下において、優れた耐摩耗性を発揮できる。つまり、比較例6~8の摺動部材は、試験4、5の結果において、いずれも比摩耗量が3.6(×10-6mm3/N・m)を超えており、摩耗深さが9.1(μm)を超えている。比較例6~8の摺動部材は、固体潤滑剤がバインダ樹脂に対して150体積%であるため、バインダ樹脂が固体潤滑剤を保持できず、高温時に摺動層の表面から固体潤滑剤が脱落したからであると推察される。
【0065】
摺動層は、二硫化モリブデンが摺動層における全固体成分に対して26体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、ドライ環境下又は油中環境下において、耐摩耗性をより向上することができる。また、実施例7、12の摺動部材のように、二硫化モリブデンが固体潤滑剤に含まれていなくてもよい。
【0066】
摺動層は、超高分子量ポリエチレンが摺動層における全固体成分に対して23体積%以上、35体積%以下であり、二硫化モリブデンが摺動層における全固体成分に対して15体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、特にドライ環境下において、耐摩耗性をより向上するができる。より具体的には、実施例5~8の摺動部材は、ドライ環境下において、優れた耐摩耗性を発揮できる。実施例5~8の摺動部材は、試験4において、比摩耗量が0.5~1.3(×10-6mm3/N・m)の範囲内にあり、他の実施例と比較して顕著な効果を示している。
【0067】
摺動層は、グラファイトが摺動層における全固体成分に対して5体積%以上、30体積%以下であることが好ましい。この場合、摺動層は、ドライ環境下又は油中環境下において、耐摩耗性をさらに向上することができる。また、実施例16、18の摺動部材のように、グラファイトが固体潤滑剤に含まれていなくてもよい。
【0068】
以上において、本発明を実施例1~18に即して説明したが、本発明は上記実施例1~18に制限されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲で適宜変更して適用できることはいうまでもない。
【0069】
例えば、本発明において、母材と摺動層との密着性を高めるため、母材に対してアルカリ等を接触させる脱脂工程を行うことが可能である。また、母材と摺動層との密着性をさらに高めるため、脱脂工程後、リン酸亜鉛、リン酸マンガン等のリン酸塩からなる下地層を形成することも可能である。
【産業上の利用可能性】
【0070】
本発明は種々の摺動部材に利用可能である。
【符号の説明】
【0071】
2、5、6、7…相手材(2、7…ピン、5…シュー、6…リング)
10…摺動部材
20、30、40…母材
10a、30a、40a…摺動層
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10