(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】質量分析装置、レーザ光強度調整方法およびレーザ光強度調整プログラム
(51)【国際特許分類】
H01J 49/16 20060101AFI20220119BHJP
H01J 49/00 20060101ALI20220119BHJP
H01J 49/42 20060101ALI20220119BHJP
G01N 27/62 20210101ALI20220119BHJP
【FI】
H01J49/16 400
H01J49/00 360
H01J49/42
G01N27/62 G
G01N27/62 E
(21)【出願番号】P 2018210820
(22)【出願日】2018-11-08
【審査請求日】2021-03-02
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100098305
【氏名又は名称】福島 祥人
(74)【代理人】
【識別番号】100108523
【氏名又は名称】中川 雅博
(74)【代理人】
【識別番号】100125704
【氏名又は名称】坂根 剛
(74)【代理人】
【識別番号】100187931
【氏名又は名称】澤村 英幸
(72)【発明者】
【氏名】狭間 一
【審査官】右▲高▼ 孝幸
(56)【参考文献】
【文献】特開昭61-195554(JP,A)
【文献】特表平8-501407(JP,A)
【文献】特表平10-513546(JP,A)
【文献】特開2008-298770(JP,A)
【文献】特表2008-503858(JP,A)
【文献】登録実用新案第3217378(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2016/0056027(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 49/10
H01J 49/42
G01N 27/62
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
MALDI(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法)を利用するMALDIイオン源と、
前記MALDIイオン源から発生したイオンを分離するイオン分離部と、
前記イオン分離部から放出されたイオンを検出する検出部と、
前記検出部において検出されたイオンの質量スペクトルを取得するデータ処理部と、
前記MALDIイオン源に照射するレーザ光の強度を制御する制御部と、
を備え、
前記制御部は、
試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、前記データ処理部において取得された質量スペクトルにおいて前記マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する判定部と、
前記マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、前記試料の分析に使用するレーザ光の強度として前記第2の強度を設定する設定部と、
含む質量分析装置。
【請求項2】
前記マトリクスは、CHCA(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)を含む、請求項1記載の質量分析装置。
【請求項3】
前記イオン分離部は、イオントラップを含む、請求項1または2に記載の質量分析装置。
【請求項4】
MALDI(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法)を利用した質量分析装置において、レーザ光の強度を調整するレーザ光強度調整方法であって、
試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物にレーザ光を照射することと、
レーザ光の照射によって前記試料・マトリクス混合物から発生したイオンの質量スペクトルを取得することと、
前記試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、取得された質量スペクトルに基づいて前記マトリクスのピークが検出されるか否かを判定することと、
前記マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、前記試料の分析に使用するレーザ光の強度として前記第2の強度を用いることと、
を含む、レーザ光強度調整方法。
【請求項5】
MALDI(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法)を利用した質量分析装置において、レーザ光の強度を調整するレーザ光強度調整プログラムであって、
試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、前記試料・マトリクス混合物から発生したイオンの質量スペクトルに基づいて前記マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する処理と、
前記マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、前記試料の分析に使用するレーザ光の強度として前記第2の強度を設定する処理と、
をコンピュータに実行させる、レーザ光強度調整プログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析装置、質量分析装置において用いられるレーザ光の強度を調整する方法およびレーザ光の強度調整プログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
質量分析装置に用いられるイオン源として、MALDI(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法)を利用するMALDIイオン源が知られている。MALDIイオン源において、試料は多量のマトリクスと混合される。そして、試料・マトリクス混合物に紫外光であるレーザが照射される。マトリクスは、レーザ光を吸収し、熱エネルギーに変換する。このとき、マトリクスの一部が急速に加熱され、試料とともに気化する。
【0003】
MALDIイオン源から発生したイオンは、イオントラップやTOF(飛行時間型)等のイオン分離部を経て、検出部において検出される。検出部において検出されたイオンはデータ処理装置において分析され、質量スペクトルが得られる。
【0004】
MALDIイオン源は、レーザ光に対して感度が高いという特徴を持つ。また、MALDIイオン源において試料の断片化が起こり難いという特徴がある。これにより、MALDIイオン源を用いた質量分析装置は、分子量の大きな試料の分析が可能であり、生体高分子、合成高分子などの高分子の分析分野において広く利用されている。下記特許文献1には、MALDIイオン源およびイオントラップを利用した質量分析装置が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
MALDIイオン源は、レーザ光に対する感度が高いという利点がある一方、レーザ光の強度に対して発生するイオンの量にばらつきが多い。このため、レーザ光の強度と発生するイオンの量との関係を予測することが難しい。また、マトリクスとして同じ物質を利用した場合でも、試料が異なるとレーザ光の強度に対するイオンの発生量が変化する。さらに、測定環境によってもレーザ光の強度に対するイオンの発生量が変化する。
【0007】
MALDIイオン源において、試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光の強度が最適な値より弱い場合、質量スペクトルにおいて試料のピークが検出されない。一方、試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光が最適な値より強い場合、イオン分離部においてスペースチャージが発生する。スペースチャージが発生すると、質量スペクトルにおいて、試料のピークが検出される質量値(m/z値)が本来よりも重い質量値にシフトする。また、スペースチャージが発生すると、質量スペクトルにおいて、ピークの山と谷の差が小さくなり、ピークの検出が困難となる。結果として、質量分析の精度、分離能および再現性が低下する。したがって、オペレータは試料および測定環境に応じて、レーザ光の強度を調整する必要がある。
【0008】
レーザ光の強度が最適な値に近い状態であれば、オペレータは質量スペクトルを確認しながら、試料のピークが明確となるようにレーザ光の強度を最適な値に向けて微調整すればよい。この微調整作業はオペレータにとって大きな負担とはならない。しかし、分析作業の開始段階において、レーザ光の強度を最適な値に向けて調整することは時間と手間の掛かる作業である。質量スペクトルにおいて試料のピークが観察されない状態で、オペレータはレーザ光を強めたり、弱めたりしながら、手探りで調整を行う必要がある。
【0009】
本発明の目的は、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担を軽減させることを可能とする質量分析装置、レーザ光強度調整方法およびレーザ光強度調整プログラムを提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
(1)本発明の一局面に従う質量分析装置は、MALDIイオン源と、MALDIイオン源から発生したイオンを分離するイオン分離部と、イオン分離部から放出されたイオンを検出する検出部と、検出部において検出されたイオンの質量スペクトルを取得するデータ処理部と、MALDIイオン源に照射するレーザ光の強度を制御する制御部とを備える。制御部は、試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、データ処理部において取得された質量スペクトルにおいてマトリクスのピークが検出されるか否かを判定する判定部と、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、試料の分析に使用するレーザ光の強度として第2の強度を設定する設定部と含む。
【0011】
この質量分析装置において、判定部は、マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する。設定部は、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を、試料の分析用のレーザ光の強度として設定する。この質量分析装置によれば、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担が軽減される。
【0012】
(2)マトリクスは、CHCAを含んでもよい。CHCAは再現性が高く、質量スペクトルにおいてCHCAのピークが検出されるレーザ光の強度と、試料のピークが検出されるレーザ光の強度との間に相関が得られ易いことが分かった。したがって、質量分析装置は、CHCAのピークを検出することで、試料の分析用のレーザ光の強度を調整することができる。
【0013】
(3)イオン分離部は、イオントラップを含んでもよい。イオントラップによりMALDIイオン源から発生したイオンが質量分離される。
【0014】
(4)本発明の他の局面に従うMALDIを利用した質量分析装置において、レーザ光の強度を調整するレーザ光強度調整方法は、試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物にレーザ光を照射することと、レーザ光の照射によって試料・マトリクス混合物から発生したイオンの質量スペクトルを取得することと、試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、取得された質量スペクトルに基づいてマトリクスのピークが検出されるか否かを判定することと、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、試料の分析に使用するレーザ光の強度として第2の強度を用いることとを含む。
【0015】
このレーザ光強度調整方法によれば、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担が軽減される。
【0016】
本発明のさらに他の局面に従うMALDIを利用した質量分析装置において、レーザ光の強度を調整するレーザ光強度調整プログラムは、試料とマトリクスが混合された試料・マトリクス混合物に照射するレーザ光を第1の強度から上昇させつつ、試料・マトリクス混合物から発生したイオンの質量スペクトルに基づいてマトリクスのピークが検出されるか否かを判定する処理と、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得し、試料の分析に使用するレーザ光の強度として第2の強度を設定する処理とをコンピュータに実行させる。
【0017】
このレーザ光強度調整プログラムによれば、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担が軽減される。
【発明の効果】
【0018】
本発明によれば、MALDIを利用した質量分析装置において、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担を軽減させることが可能である。
【図面の簡単な説明】
【0019】
【
図1】
図1は、本実施の形態に係る質量分析装置の全体構成図である。
【
図2】
図2は、制御部および制御部周辺の機能部を示すブロック図である。
【
図3】
図3は、本実施の形態に係るレーザ光強度調整方法を示すフローチャートである。
【
図4】
図4は、MALDIイオン源に照射するレーザ光の強度を変化させて得られた質量スペクトルを示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
(1)質量分析装置の全体構成
図1は、本実施の形態に係る質量分析装置10の全体構成図である。本実施の形態においては、質量分析装置10は、マトリクス支援レーザ脱離イオン化デジタルイオントラップ型質量分析装置(MALDI-DIT-MS)である。質量分析装置10は、MALDI(マトリクス支援レーザ脱離イオン化法)を利用するMALDIイオン源1、イオントラップ2、検出部3、データ処理部4、制御部5、入力部7および表示部8を備える。イオントラップ2が本発明におけるイオン分離部の例である。
【0021】
MALDIイオン源1は、試料プレート11上に用意された試料・マトリクス混合物12に、紫外光であるレーザ光を照射する。本実施の形態においては、マトリクスとしてCHCA(α-cyano-4-hydroxycinnamic acid)の三量体が利用される。MALDIイオン源1は、レーザ光照射部13、反射鏡14、アパーチャ15およびアインツェルレンズ16を備える。
【0022】
レーザ光照射部13は、試料プレート11上の試料・マトリクス混合物12に照射するレーザ光を出力する。レーザ光としては例えば窒素レーザやYAGレーザが使用される。反射鏡14は、レーザ光照射部13から出力されたレーザ光の光路を、試料・マトリクス混合物12に向う方向へと変更する。反射鏡14において光路が変更されたレーザ光は、試料プレート11上の試料・マトリクス混合物12に集光される。
【0023】
アパーチャ15は、試料プレート11とイオントラップ2との間に配置される。アパーチャ15は、試料・マトリクス混合物12から発生したイオンの周囲への拡散を遮蔽する。アインツェルレンズ16は、アパーチャ15を通過したイオンをイオントラップ2まで輸送するためのイオン輸送光学系である。イオン輸送光学系としては、静電レンズ光学系等、アインツェルレンズ16以外の各種の構成が用いられてもよい。
【0024】
イオントラップ2は3次元四重極型のイオントラップである。イオントラップ2は、内周面が回転1葉双曲面形状である円環状のリング電極21および内周面が回転2葉双曲面形状である一対のエンドキャップ電極22,23を備える。イオントラップ領域24が、リング電極21およびエンドキャップ電極22,23で囲まれた空間に形成されている。エンドキャップ電極22の中央にはイオン導入口25が設けられている。エンドキャップ電極23の中央にはイオン排出口26が設けられている。
【0025】
イオントラップ2は、また、捕捉電圧発生部61、補助電圧発生部62およびクーリングガス供給部63を備える。捕捉電圧発生部61は、リング電極21に所定周波数の矩形波電圧を印加する。補助電圧発生部62は、一対のエンドキャップ電極22,23にそれぞれ所定の電圧(直流電圧または高周波電圧)を印加する。クーリングガス供給部63は、イオントラップ2内にクーリングガスを供給する。クーリングガスとしては一般的には不活性ガスが用いられ、イオントラップ2内のイオンがクーリングされる。
【0026】
検出部3は、コンバージョンダイノード31および二次電子増倍管32を備える。コンバージョンダイノード31は、イオン排出口26の外側に設けられ、イオントラップ2から排出されたイオンを電子に変換する。二次電子増倍管32は、コンバージョンダイノード31において変換された電子を増倍して検出する。検出部3は、正イオンおよび負イオンの両方のイオンを検出可能である。検出部3において検出された電子は、検出信号としてデータ処理部4に与えられる。データ処理部4は、検出部3から受け取った検出信号をデジタルの検出信号に変換し、デジタルの検出信号に基づいて分析処理を実行する。データ処理部4は、分析処理の一つとして、検出信号に基づいてイオンの質量スペクトルを生成する。
【0027】
制御部5は、判定部51および設定部52を備える。判定部51および設定部52の機能については後述する。入力部7は、オペレータによる制御部5に対する各種の操作を受け付ける。表示部8は、質量分析装置10における各種の設定情報、データ処理部4によるデータ処理結果等を表示する。
【0028】
図2は、制御部5および制御部5の周辺の構成を示すブロック図である。制御部5は、CPU101、ROM102、RAM103および記憶装置104を備える。CPU101は、ROM102に記憶されている制御プログラムに基づいて質量分析装置10の制御を行う。CPU101は、制御プログラムを実行することにより、捕捉電圧発生部61および補助電圧発生部62を制御し、イオントラップ2内においてMALDIイオン源1から供給されたイオンを捕捉させる。CPU101は、また、制御プログラムを実行することにより、クーリングガス供給部63を制御し、イオントラップ2内にクーリングガスを供給して、イオントラップ2内のイオンをクーリングさせる。CPU101は、また、制御プログラムを実行することにより、レーザ光照射部13を制御し、試料・マトリクス混合物12に向けてレーザ光を照射させる。
【0029】
(2)質量分析装置の動作
上記の構成を有する質量分析装置10は、以下の動作により質量スペクトルを得る。まず、制御部5の制御により、レーザ光照射部13が試料・マトリクス混合物12に向けてレーザ光を照射する。試料・マトリクス混合物12から発生したイオンは、アパーチャ15およびアインツェルレンズ16を通過して、イオン導入口25からイオントラップ2内に導入される。
【0030】
制御部5の制御により、捕捉電圧発生部61からリング電極21に対して所定周波数の矩形波電圧が印加されることにより、導入されたイオンがイオントラップ領域24において捕捉される。イオンがイオントラップ2内に導入されるのに先立って、制御部5の制御により、クーリングガス供給部63がイオントラップ2内にクーリングガスを供給する。イオントラップ2内に導入されたイオンは、クーリングガスに衝突して運動エネルギーが減少し、イオントラップ領域24内で捕捉され易い状態となる。
【0031】
リング電極21に矩形波電圧が印加された状態で、制御部5の制御により、補助電圧発生部62がエンドキャップ電極22,23に対して高周波電圧を印加する。これにより、特定の質量を有するイオンが共鳴励起(励振)する。励振した特定質量を有するイオンは、イオン排出口26から排出され、検出部3において検出される。検出部3において検出されたイオンの検出信号は、データ処理部4に与えられる。
【0032】
捕捉電圧発生部61がリング電極21に印加する矩形波電圧の周波数および補助電圧発生部62がエンドキャップ電極22,23に印加する高周波電圧の周波数が、制御部5の制御によって走査されることで、イオン排出口26から排出されるイオンの質量が走査される。これにより、質量走査されて順に排出されるイオンが検出部3において検出される。これにより、データ処理部4は検出部3から与えられる検出信号に基づいて質量スペクトルを取得する。
【0033】
(3)レーザ光強度調整方法
次に、本実施の形態に係るレーザ光強度調整方法について説明する。
図2に示すように、記憶装置104には、レーザ光強度調整プログラムP1が記憶されている。
図1に示した判定部51および設定部52は、CPU101が、RAM103を作業領域として使用しつつ、レーザ光強度調整プログラムP1を実行することによって実現される機能部である。
【0034】
判定部51は、データ処理部4において取得された質量スペクトルにおいてマトリクスのピークが検出されるか否かを判定する。上述したように、試料・マトリクス混合物12から発生したイオンに基づき、データ処理部4において質量スペクトルが得られる。この質量スペクトルには、試料の質量スペクトルおよびマトリクスの質量スペクトルが含まれている。
【0035】
上述したように、本実施の形態においては、マトリクスとしてCHCAの三量体が用いられる。そして、質量スペクトルにおいてCHCAの三量体のピークが検出されるレーザ光の強度と、試料のピークが検出されるレーザ光の強度との間に相関が得られることが分かった。つまり、試料や測定環境が異なればピークが検出される最適なレーザ光の強度は異なるが、一般的に試料およびCHCAの三量体は、ピークが検出される最適なレーザ光の強度において相関があることが分かった。そこで、判定部51は、CHCAの三量体のピークが検出されるか否かを判定する。
【0036】
判定部51は、まず、レーザ光照射部13から照射されるレーザ光の強度を第1の強度に設定する。第1の強度としては、CHCAの三量体のピークが検出されないことが経験的に判明している充分に小さい値が選択される。判定部51は、また、データ処理部4から質量スペクトルのデータを取得し、質量スペクトルにおいてCHCAの三量体のピークが検出されるか否かを判定する。具体的には、判定部51は、CHCAの三量体の質量である568(m/z)において、ピークが検出されるか否かを判定する。質量スペクトルにおいてピークを検出する方法としては、公知の方法が用いられる。なお、本実施の形態においては、分析に用いられる試料は、比較的質量の大きな物質を想定している。つまり、試料の質量が比較的大きく、CHCAの三量体の質量である568(m/z)付近にはピークが出現されないことを想定している。分析に用いられる試料は、例えば生体高分子、合成高分子等の高分子である。
【0037】
判定部51は、質量スペクトルにおいてCHCAの三量体のピークが検出されない場合、レーザ光照射部13が照射するレーザ光の強度に所定値を加算する。判定部51は、レーザ光照射部13が照射するレーザ光の強度に所定値を加算するごとに、データ処理部4から質量スペクトルを取得し、マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する。
【0038】
判定部51は、レーザ光の強度を上昇させつつ、マトリクスのピークの検出を繰り返して行う。そして、判定部51は、マトリクスのピークが検出されたと判定された時点で、レーザ光照射部13に対するレーザ光の強度の加算を停止する。上述したように、ピークの検出は公知の方法が用いられる。判定部51は、レーザ光の強度を第1の強度を初期値として、所定値を加算する処理を繰り返し、質量スペクトルにおいて初めてマトリクスのピークが検出された時点でレーザ光の強度の加算を停止する。
【0039】
設定部52は、判定部51がマトリクスのピークを検出した時点のレーザ光の強度を第2の強度として取得する。そして、設定部52は、試料の分析に使用するレーザ光の強度として第2の強度を設定する。これにより、制御部5は、第2の強度をレーザ光の強度の初期値として設定し、試料の分析処理を開始する。レーザ光照射部13は、第2の強度のレーザ光を試料・マトリクス混合物12に照射する。試料・マトリクス混合物12から発生したイオンは、イオントラップ2を経て、検出部3において検出される。検出部3において検出された検出信号は、データ処理部4において分析処理されて質量スペクトルが得られる。制御部5は、データ処理部4から質量スペクトルを取得し、表示部8に質量スペクトルを表示させる。
【0040】
レーザ光は第2の強度に設定されているため、CHCAの三量体についてはピークが得られている。上述したように、質量スペクトルにおいてCHCAの三量体のピークが検出されるレーザ光の強度と、試料のピークが検出されるレーザ光の強度との間に相関が得られ易いことが分かった。したがって、試料についてピークが得られるレーザ光の強度と第2の強度との差は大きくはない。オペレータは、表示部8に表示された質量スペクトルを観察し、入力部7を操作して、試料のピークが得られるように、レーザ光の強度を調整すればよい。レーザ光の強度の初期値が、マトリクスのピーク検出に基づいて第2の強度に設定されているので、試料のピークが検出されるようにレーザ光の強度を調整するオペレータの負担が軽減される。
【0041】
図3は、CPU101によって実行されるレーザ光強度調整プログラムP1の処理の流れを示す図である。判定部51は、まず、レーザ光の強度を第1の強度に設定する(ステップS1)。これにより、レーザ光照射部13は、第1の強度のレーザ光を試料・マトリクス混合物12に照射する。これにより、MALDIイオン源1から発生したイオンがイオントラップ2に導入され、イオントラップ2から排出されたイオンが検出部3において検出される。さらに、検出部3において検出されたイオンに基づいてデータ処理部4において質量スペクトルが取得される。
【0042】
次に、判定部51は、データ処理部4から質量スペクトルを取得し、マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する(ステップS2)。判定部51は、マトリクスのピークが検出されない場合には、レーザ光の強度に所定値を加算する(ステップS3)。これにより、レーザ光照射部13は、第1の強度に所定値が加算された強度によってレーザ光を試料・マトリクス混合物12に照射する。これにより、変更されたレーザ光の強度に基づいてイオンが検出され、データ処理部4において新たに質量スペクトルが取得される。そして、判定部51は、ステップS2に戻り、再び、マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する。
【0043】
ステップS2において判定部51がマトリクスのピークを検出すると、設定部52がレーザ光の第2の強度を取得する(ステップS4)。上述したように、設定部52は、第2の強度として、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度を取得する。そして、設定部52は、試料の分析に用いるレーザ光の強度として、第2の強度に設定する(ステップS5)。
【0044】
本実施の形態の質量分析装置10においては、判定部51は、マトリクスのピークが検出されるか否かを判定する。設定部52は、マトリクスのピークが検出された時点のレーザ光の強度である第2の強度を、試料の分析用のレーザ光の強度として設定する。本実施の形態によれば、レーザ光の強度調整に要するオペレータの負担が軽減される。
【0045】
また、質量分析装置10は、マトリクスとしてCHCAの三量体を用いる。CHCAの三量体は再現性が高く、質量スペクトルにおいてCHCAのピークが検出されるレーザ光の強度と、試料のピークが検出されるレーザ光の強度との間に相関が得られ易いことが分かった。したがって、質量分析装置10は、CHCAのピークを検出することで、試料の分析用のレーザ光の強度を調整することができる。
【0046】
(4)試料とマトリクスのピーク検出の相関
上述したように、質量スペクトルにおいてCHCAの三量体のピークが検出されるレーザ光の強度と、試料のピークが検出されるレーザ光の強度との間には相関が得られ易いことが分かった。
図4は、MALDIイオン源1に照射するレーザ光の強度を変化させて得られた質量スペクトルを示す図である。
図4は、マトリクスMTと3種類の試料SA,SB,SCとを混合した試料・マトリクス混合物12を用いた質量スペクトルの例を示す。マトリクスMTとしてCHCAの三量体を用いた。試料SAとしては、副腎皮質刺激ホルモン(ACTH18-39:分子量2465.70)、試料SBとしては、アンジオテンシンI(Angiotensin1:分子量1296.48)、試料SCとしては、アンジオテンシンII(Angiotensin2:分子量1046.18)を用いた。
【0047】
図4におけるSA1~SA5は、試料SAの分子量周辺における質量スペクトルであり、SB1~SB5は、試料SBの分子量周辺における質量スペクトルであり、SC1~SC5は、試料SCの分子量周辺における質量スペクトルである。また、
図4におけるMT1~MT5は、マトリクスMTの分子量周辺における質量スペクトルである。質量スペクトルSA1,SB1,SC1,MT1は、レーザ強度L1によって得られたイオンの質量スペクトルである。質量スペクトルSA2,SB2,SC2,MT2は、レーザ強度L2によって、質量スペクトルSA3,SB3,SC3,MT3は、レーザ強度L3によって、質量スペクトルSA4,SB4,SC4,MT4は、レーザ強度L4によって、質量スペクトルSA5,SB5,SC5,MT5は、レーザ強度L5によってそれぞれ得られたイオンの質量スペクトルである。レーザ強度は、L1<L2<L3<L4<L5の関係にある。
【0048】
図に示すように、レーザ強度L1では、質量スペクトルSA1,SB1,SC1,MT1のいずれにおいてもピークは観察されない。つまり、マトリクスMTおよび試料SA,SB,SCのいずれにおいてもピークは観察されない。レーザ強度L2では、質量スペクトルMT2においてピークは観察されない。質量スペクトルSA2,SB2,SC2においては、僅かにピークが観察されるが、質量の特定に必要なピークは観察されない。レーザ強度L3では、質量スペクトルMT3においてピークが観察される。また、質量スペクトルSA3,SB3,SC3においても、質量の特定に必要な充分なピークが観察される。レーザ強度L4では、スペースチャージの影響で、質量スペクトルSA4,SB4,SC4においては、試料のピークがシフトするとともに、分離能が低下していることが分かる。レーザ強度L5では、質量スペクトルSA5,SB5,SC5においてピークのシフトと分離能の低下が進み、質量の特定は不可能な状態となっている。
【0049】
図4の測定結果から、試料とマトリクスとの間で、ピークが検出されるレーザ光の強度に関して相関があることが分かる。
図4の例では、レーザ強度L3において、質量スペクトルMT3においてピークが検出されるとともに、質量スペクトルSA3,SB3,SC3においてもピークが検出された。したがって、マトリクスMTに関する質量スペクトルMT3においてピークが検出された時点で、レーザ強度L3を第2の強度として設定すれば、有効であることが分かる。第1の強度としては、例えば、マトリクスMTについてもピークが検出されないレーザ強度L1を設定すればよい。
【0050】
(5)他の実施の形態
上記の実施の形態においては、イオン分離部としてイオントラップ2を例に説明したが、イオン分離部としてTOF(Time of Flight Mass Spectrometry)を利用してもよい。上記の実施の形態においては、マトリクスとしてCHCAの三量体を用いたが、試料のピークが検出されるレーザ光の強度と相関が得られる他のマトリクスを用いてもよい。例えば、CHCAの二量体等が用いられる。
【0051】
なお、本発明の具体的な構成は、前述の実施形態に限られるものではなく、発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の変更および修正が可能である。
【符号の説明】
【0052】
1…MALDIイオン源、2…イオントラップ、3…検出部、4…データ処理部、5…制御部、10…質量分析装置、11…試料プレート、12…試料・マトリクス混合物、13…レーザ光照射部、51…判定部、52…設定部