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特許7010237多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法、スクライブツール、スクライブホイール、ドレッサー、回転工具、伸線ダイス、切削工具、電極、ならびに多結晶ダイヤモンドを用いた加工方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法、スクライブツール、スクライブホイール、ドレッサー、回転工具、伸線ダイス、切削工具、電極、ならびに多結晶ダイヤモンドを用いた加工方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 32/25 20170101AFI20220203BHJP
   B23B 27/20 20060101ALI20220203BHJP
   B23B 27/14 20060101ALI20220203BHJP
【FI】
C01B32/25
B23B27/20
B23B27/14 B
【請求項の数】 34
(21)【出願番号】P 2018554204
(86)(22)【出願日】2017-11-29
(86)【国際出願番号】 JP2017042856
(87)【国際公開番号】W WO2018101346
(87)【国際公開日】2018-06-07
【審査請求日】2020-06-22
(31)【優先権主張番号】P 2016232355
(32)【優先日】2016-11-30
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】特許業務法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】池田 和寛
(72)【発明者】
【氏名】有元 桂子
(72)【発明者】
【氏名】山本 佳津子
(72)【発明者】
【氏名】角谷 均
【審査官】山本 吾一
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-028500(JP,A)
【文献】特開平07-299467(JP,A)
【文献】特開2013-028495(JP,A)
【文献】特開平03-008795(JP,A)
【文献】T. TACHIBANA et al.,Growth of Polycrystalline Diamond Films Including Diborane and Oxygen in the Source Gas,Journal of The Electrochemical Society,1999年,146,1996-1999.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 32/00-32/991
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、
前記多結晶ダイヤモンドは、複数の結晶粒により構成され、
前記多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、
前記ホウ素は、前記結晶粒中に、原子レベルで分散し、かつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、
前記水素および前記酸素は、前記結晶粒中に、孤立置換型または侵入型として存在し、
前記結晶粒は、その粒径が500nm以下であり、
前記多結晶ダイヤモンドは、その表面が保護膜で被覆され、
前記多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含む、多結晶ダイヤモンド。
【請求項2】
前記ホウ素は、その99原子%以上が孤立置換型で前記結晶粒中に存在する、請求項1に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項3】
前記ホウ素は、その原子濃度が1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下である、請求項1または請求項2に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項4】
前記水素は、その原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下である、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項5】
前記酸素は、その原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下である、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項6】
前記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積が、1300cm-1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項7】
前記多結晶ダイヤモンドは、前記表面の動摩擦係数が0.06以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項8】
前記多結晶ダイヤモンドは、前記表面の動摩擦係数が0.05以下である、請求項1から請求項6のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項9】
前記保護膜は、BOxクラスターと、前記炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、を含む、請求項1から請求項8のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項10】
前記保護膜は、前記結晶粒中から析出した析出物を含む、請求項9に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項11】
前記保護膜は、その平均膜厚が1nm以上1000nm以下である、請求項1から請求項10のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項12】
前記多結晶ダイヤモンドは、前記ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有する、請求項1から請求項11のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項13】
前記多結晶ダイヤモンドは、前記ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有する、請求項1から請求項12のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンド。
【請求項14】
ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、
前記多結晶ダイヤモンドは、複数の結晶粒により構成され、
前記多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、
前記ホウ素は、前記結晶粒中に、原子レベルで分散し、かつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、
前記水素および前記酸素は、前記結晶粒中に、孤立置換型または侵入型として存在し、
前記結晶粒は、その粒径が500nm以下であり、
前記多結晶ダイヤモンドは、その表面が保護膜で被覆され、
前記ホウ素は、その原子濃度が1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下で、
前記水素は、その原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、
前記酸素は、その原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、
前記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積が、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満であり、
前記多結晶ダイヤモンドは、前記表面の動摩擦係数が0.05以下であり、
前記保護膜は、BOxクラスターと、前記炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、前記結晶粒子中から析出した析出物と、を含み、
前記保護膜は、その平均膜厚が1nm以上1000nm以下であり、
前記多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含み、
前記多結晶ダイヤモンドは、前記ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有し、
前記多結晶ダイヤモンドは、前記ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有する、多結晶ダイヤモンド。
【請求項15】
炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを含む黒鉛を準備する第1工程と、
前記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で容器内に入れる第2工程と、
前記容器内で前記黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換する第3工程と、を含み、
前記ホウ素は、前記黒鉛の結晶粒中に原子レベルで分散し、かつその90原子%以上が孤立置換型として存在する、多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項16】
前記第1工程は、気相法により、炭素と、ホウ素と、を含む黒鉛母材を基材上に形成するサブ工程を含み、
前記ホウ素は、前記黒鉛母材の結晶粒中に原子レベルで分散し、かつその90原子%以上が孤立置換型として存在する、請求項15に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項17】
前記第1工程は、気相法により、前記水素と前記酸素とを、前記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含む、請求項16に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項18】
前記第1工程は、真空条件下で、前記水素と前記酸素とを、前記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含む、請求項16に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項19】
前記第1工程は、気相法により、前記炭素と、前記ホウ素と、前記水素と、前記酸素とを、気相で同時に互いに混合させることにより、前記黒鉛を基材上に形成する工程を含む、請求項15に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項20】
前記第1工程は、前記炭素と、前記ホウ素と、前記水素と、前記酸素と、を含む混合ガスを形成するサブ工程と、前記混合ガスを1500℃以上の温度で熱分解するとともに前記基材に向けて流すことにより、前記基材上に前記黒鉛を形成するサブ工程と、を含み、
前記混合ガスは、前記ホウ素、前記水素および前記酸素を含むガスと、炭化水素ガスと、を含む、請求項19に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項21】
前記炭化水素ガスはメタンガスである、請求項20に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項22】
前記第3工程は、加圧熱装置内で、前記黒鉛に直接加圧熱処理を行なう、請求項15から請求項21のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項23】
前記加圧熱処理は、6GPa以上かつ1200℃以上の条件で行なう、請求項15から請求項22のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項24】
前記加圧熱処理は、8GPa以上30GPa以下かつ1200℃以上2300℃以下の条件で行なう、請求項15から請求項23のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドの製造方法。
【請求項25】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたスクライブツール。
【請求項26】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたスクライブホイール。
【請求項27】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたドレッサー。
【請求項28】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成された回転工具。
【請求項29】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成された伸線ダイス。
【請求項30】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成された切削工具。
【請求項31】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて形成された電極。
【請求項32】
請求項1から請求項14のいずれか1項に記載の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工する、加工方法。
【請求項33】
前記対象物は、絶縁体である、請求項32に記載の加工方法。
【請求項34】
前記絶縁体は、100kΩ・cm以上の抵抗率を有する、請求項33に記載の加工方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法に関する。本出願は、2016年11月30日に出願した日本特許出願である特願2016-232355号に基づく優先権を主張する。当該日本特許出願に記載された全ての記載内容は、参照によって本明細書に援用される。本発明にかかる多結晶ダイヤモンドは、スクライブツール、スクライブホイール、ドレッサー、回転工具、伸線ダイス、切削工具、および電極などに好適に用いられる。さらに、本発明は、多結晶ダイヤモンドを用いた加工方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、ナノ多結晶ダイヤモンドが、天然の単結晶ダイヤモンドを越える等方的な硬さを有することが明らかになってきた。このような素材にホウ素化合物を添加することで導電性を付与したナノ多結晶ダイヤモンド、ホウ素が原子的にダイヤモンド結晶中の炭素を置換し、ダイヤモンド構造のみで半導体特性を有するナノ多結晶ダイヤモンドが開発されている。
【0003】
たとえば、特開2012-106925号公報(特許文献1)は、実質的にダイヤモンドのみからなる多結晶体であって、ダイヤモンドの最大粒径が100nm以下、平均粒径が50nm以下で、ダイヤモンド粒子内にホウ素を10ppm以上1000ppm以下含む高硬度導電性ダイヤモンド多結晶体を開示する。
【0004】
また、特開2013-28500号公報(特許文献2)は、炭素と、炭素中に原子レベルで分散するように添加されたIII族元素と、不可避不純物とで構成され、結晶粒径が500nm以下である多結晶ダイヤモンドを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2012-106925号公報
【文献】特開2013-28500号公報
【発明の概要】
【0006】
本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、多結晶ダイヤモンドは複数の結晶粒により構成され、多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、ホウ素は結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素は結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在し、結晶粒はその粒径が500nm以下であり、多結晶ダイヤモンドはその表面が保護膜で被覆されている。
【0007】
本発明の別の態様にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを含む黒鉛を準備する第1工程と、上記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で容器内に入れる第2工程と、容器内で上記黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換する第3工程と、を含み、ホウ素は上記黒鉛の結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在する。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1図1は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドのSIMSの結果の一例を示すグラフである。
図2図2は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドの表面のTOF-SIMSの結果を示すグラフである。
図3図3は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドの大気中での加熱の際の質量変化の一例を示すグラフである。
図4図4は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドのピン・オン・ディスク摺動試験における動摩擦係数測定の結果の一例を示すグラフである。
図5図5は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度測定の結果の一例を示すグラフである。
図6図6は、本発明のある態様にかかる多結晶ダイヤモンドの二酸化ケイ素に対する摩耗速度測定の結果の一例を示すグラフである。
図7図7は、本発明の別の態様にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法の工程を示すフローチャートである。
図8図8は、実施例1の多結晶ダイヤモンドに対するラマンスペクトル測定において、そのラマンシフト1554±20cm-1およびその半値幅10cm-1以内、およびラマンシフト2330±20cm-1およびその半値幅6cm-1以内にグラフェンナノリボンのピークが現れることを示すスペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[本開示が解決しようとする課題]
特開2012-106925号公報(特許文献1)に開示の高硬度導電性ダイヤモンド多結晶体は、ホウ素がホウ素化合物としてダイヤモンドの結晶中に含まれることから、ダイヤモンドの表面にホウ素酸化物が形成され、耐酸化性が高くなる。しかしながら、かかるホウ素化合物が、ダイヤモンド構造ではなくダイヤモンドのような高い硬度を有さず、またダイヤモンドと異なる熱膨張率を有するため、耐摩耗性の低下および高温におけるクラックの発生などの問題点がある。
【0010】
特開2013-28500号公報(特許文献2)に開示の多結晶ダイヤモンドは、ホウ素が原子レベルで分散されホウ素化合物が含まれないことから、クラックの発生などが抑制されるが、表面に露出した炭素が酸化してCOxガスとなって消耗するため、耐摩耗性
の低下などの問題点がある。
【0011】
そこで、多結晶ダイヤモンドにおいて、ホウ素がダイヤモンドの結晶中に原子レベルでかつ孤立置換型で含ませるとともにダイヤモンドの表面を酸化膜である保護膜で被覆することにより、上記問題点を解決して、耐摩耗性の高い多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法、上記多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたスクライブツール、スクライブホイール、ドレッサー、回転工具、伸線ダイス、切削工具および電極、ならびに上記多結晶ダイヤモンドを用いた加工方法を提供することを目的とする。
[本開示の効果]
上記によれば、多結晶ダイヤモンドにおいて、ホウ素がダイヤモンドの結晶中に原子レベルでかつ孤立置換型で含ませるとともにダイヤモンドの表面を酸化膜である保護膜で被覆することにより、上記問題点を解決して、耐摩耗性の高い多結晶ダイヤモンドおよびその製造方法、多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたスクライブツール、スクライブホイール、ドレッサー、回転工具、伸線ダイス、切削工具、電極、ならびに上記多結晶ダイヤモンドを用いた加工方法を提供することができる。
【0012】
[本発明の実施形態の説明]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0013】
[1]本発明のある実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、多結晶ダイヤモンドは複数の結晶粒により構成され、多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、ホウ素は結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素は結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在し、結晶粒はその粒径が500nm以下であり、多結晶ダイヤモンドはその表面が保護膜で被覆されている。
【0014】
本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、多結晶ダイヤモンドの結晶粒中に、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在するとともに、水素および酸素が孤立置換型または侵入型で存在することから、多結晶ダイヤモンドの内部は高硬度のダイヤモンド構造が維持され、多結晶ダイヤモンド表面に露出した炭素、ホウ素、水素および酸素により酸化膜が形成されて、その酸化膜が保護膜として多結晶ダイヤモンドの表面を被覆するため、多結晶ダイヤモンドの耐酸化性が高くなるとともに、摩擦係数を低減するため、摺動特性および耐摩耗性が高くなる。
【0015】
[2]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、ホウ素は、その99原子%以上が孤立置換型で結晶粒中に存在し得る。かかる多結晶ダイヤモンドは、多結晶ダイヤモンドの内部の高硬度のダイヤモンド構造がより維持されやすい。
【0016】
[3]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、ホウ素は、その原子濃度を1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、ホウ素の濃度が1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下であるため、その表面に好適な保護膜が形成される。
【0017】
[4]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、水素は、その原子濃度を1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、水素の濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下であるため、結晶中に酸素を安定して含むことができるとともに、硬度の低下を抑制できる。
【0018】
[5]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、酸素は、その原子濃度を1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、酸素の濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下であるため、表面における酸化膜である保護膜の形成が促進され耐酸化性が向上し摩擦係数が低下するとともに、硬度の低下を抑制できる。
【0019】
[6]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積を、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が20cm-1以下となるアモルファス炭素またはグラファイト炭素(SP2炭素)に由来するピークの面積が、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるダイヤモンド炭素(SP3炭素)に由来するピークの面積の1%未満であることから、グラファイト炭素はほぼ完全に(具体的には99原子%以上が)ダイヤモンド炭素に変換されているため、高い硬度を有する。
【0020】
[7]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、上記表面(保護膜で被覆されている表面)の動摩擦係数を0.06以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、上記表面の動摩擦係数が0.06以下と低いため、摺動特性および耐摩耗性が高い。
【0021】
[8]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、上記表面(保護膜で被覆されている表面)の動摩擦係数を0.05以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、上記表面の動摩擦係数が0.05以下と低いため、摺動特性および耐摩耗性が高い。
【0022】
[9]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、保護膜は、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、を含むことができる。BOxクラスターは表面に露出したB(ホウ素)が大気中の酸素および結晶粒中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶粒中の酸素)と反応することにより形成されるものと考えられ、炭素の酸素終端となるOおよびOHは表面に露出した炭素が大気中の酸素および結晶粒中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶粒中の酸素)と反応することにより形成されるものと考えられ、いずれも摺動性が高く摩擦係数が小さいため、耐摩耗性が高くなる。
【0023】
[10]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、保護膜は、結晶粒中から析出した析出物を含むことができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、保護膜が、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかとに加えて、さらに摺動性が高く摩擦係数が小さい析出物を含むことにより、耐摩耗性が高くなる。
【0024】
[11]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドにおいて、保護膜は、その平均膜厚を1nm以上1000nm以下とすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、保護膜の平均膜厚が1nm以上1000nm以下であることから、多結晶ダイヤモンドの機械的損傷によりその表面が欠損しても、保護膜のその欠損以外の部分によりその欠損の部分を充填することにより滑らかな表面を維持する。
【0025】
[12]上記多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含むことができる。これにより、表面にグラフェンナノリボン由来の保護膜を形成することができる。
【0026】
[13]上記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有することができる。これにより、表面にグラフェンナノリボン由来の保護膜を形成することができる。
【0027】
[14]上記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有することができる。これにより、表面にグラフェンナノリボン由来の保護膜を形成することができる。
【0028】
[15]すなわち、本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、多結晶ダイヤモンドは複数の結晶粒により構成され、多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、ホウ素は、結晶粒中に、原子レベルで分散し、かつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素は結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在し、結晶粒はその粒径が500nm以下であり、多結晶ダイヤモンドはその表面が保護膜で被覆され、ホウ素はその原子濃度が1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下で、水素はその原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、酸素はその原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積が、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満であり、多結晶ダイヤモンドは上記表面(保護膜で被覆されている表面)の動摩擦係数が0.05以下であり、保護膜は、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、結晶粒子中から析出した析出物と、を含み、保護膜はその平均膜厚が1nm以上1000nm以下であり、多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含み、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有し、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有することができる。かかる多結晶ダイヤモンドは、上記の特徴を備えることにより、多結晶ダイヤモンドの耐酸化性が高くなるとともに、動摩擦係数を低減するため、摺動特性および耐摩耗性が高くなる。
【0029】
[16]本発明の別の実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを含む黒鉛を準備する第1工程と、上記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で容器内に入れる第2工程と、容器内で上記黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換する第3工程と、を含み、ホウ素は上記黒鉛の結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在する。
【0030】
本発明の別の実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、上記黒鉛をダイヤモンドに直接変換するため、耐酸化性が高く、動摩擦係数が低く、摺動特性および耐摩耗性が高い上記実施形態の多結晶ダイヤモンド(すなわち、ホウ素と水素と酸素とを含み、ホウ素が結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素が結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在する多結晶ダイヤモンド)を製造することができる。
【0031】
[17]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第1工程は、気相法により、炭素と、ホウ素と、を含む黒鉛母材を基材上に形成するサブ工程を含み、ホウ素は上記黒鉛母材の結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在することができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、気相法により、上記黒鉛母材を好適に作成することができる。
【0032】
[18]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第1工程は、気相法により、水素と酸素とを、上記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含むことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、気相法により、上記黒鉛母材に水素と酸素とを含ませて、上記黒鉛を好適に作成することができる。
【0033】
[19]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第1工程は、真空条件下で、水素と酸素とを、上記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含むことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、真空条件下で、上記黒鉛母材に水素と酸素とを含ませることにより、上記黒鉛を好適に作成することができる。
【0034】
[20]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第1工程は、気相法により、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを、気相で同時に互いに混合させることにより、上記黒鉛を基材上に形成する工程を含むことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、気相法により、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを、気相で同時に互いに混合させて、互いに反応させることにより、上記黒鉛を好適に作成することができる。
【0035】
[21]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第1工程は、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素と、を含む混合ガスを形成するサブ工程と、混合ガスを1500℃以上の温度で熱分解するとともに基材に向けて流すことにより、基材上に上記黒鉛を形成するサブ工程と、を含み、混合ガスは、ホウ素、水素および酸素を含むガスと、炭化水素ガスと、を含むことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、炭素を含む炭化水素ガスと、ホウ素、水素、および酸素を含むガスと、を含む混合ガスを基材に向けて流すことにより、上記黒鉛を好適に歩留まりよく作成することができる。
【0036】
[22]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、炭化水素ガスをメタンガスとすることができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、炭化水素ガスをメタンガスとすることにより、上記実施形態の黒鉛を好適に作成することができる。
【0037】
[23]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、第3工程は、加圧熱装置内で、上記黒鉛に直接加圧熱処理を行なうことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、加圧熱装置内で、上記黒鉛に直接加圧熱処理を行なうことにより、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを好適に製造できる。
【0038】
[24]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、加圧熱処理は、6GPa以上かつ1200℃以上の条件で行なうことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、6GPa以上かつ1200℃以上の条件で加圧熱処理を行なうことにより、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを好適に製造できる。
【0039】
[25]本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法において、加圧熱処理は、8GPa以上30GPa以下かつ1200℃以上2300℃以下の条件で行なうことができる。かかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、8GPa以上30GPa以下かつ1200℃以上2300℃以下の条件で加圧熱処理を行なうことにより、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを好適に製造できる。
【0040】
[26]本発明のさらに別の実施形態にかかるスクライブツールは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかるスクライブツールは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0041】
[27]本発明のさらに別の実施形態にかかるスクライブホイールは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかるスクライブホイールは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0042】
[28]本発明のさらに別の実施形態にかかるドレッサーは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかるドレッサーは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0043】
[29]本発明のさらに別の実施形態にかかる回転工具は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかる回転工具は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0044】
[30]本発明のさらに別の実施形態にかかる伸線ダイスは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかる伸線ダイスは、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0045】
[31]本発明のさらに別の実施形態にかかる切削工具は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかる切削工具は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0046】
[32]本発明のさらに別の実施形態にかかる電極は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成することができる。本実施形態にかかる電極は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて形成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0047】
[33]本発明のさらに別の実施形態にかかる加工方法は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工することができる。本実施形態にかかる加工方法は、上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【0048】
[34]本発明のさらに別の実施形態にかかる加工方法において、対象物を絶縁体とすることができる。本実施形態にかかる加工方法は、導電性を有する上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、対象物が絶縁体であっても、トライボプラズマなどによる異常な損耗を発生させることなく、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【0049】
[35]本発明のさらに別の実施形態にかかる加工方法において、対象物たる絶縁体が100kΩ・cm以上の抵抗率を有することができる。本実施形態にかかる加工方法は、導電性を有する上記実施形態の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、対象物が100kΩ・cm以上の抵抗率を有する絶縁体であっても、トライボプラズマによるエッチングを発生させることなく、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【0050】
[本発明の実施形態の詳細]
以下、本発明の実施形態についてさらに詳細に説明する。ここで、本明細書において「A~B」という形式の表記は、範囲の上限下限(すなわちA以上B以下)を意味し、Aにおいて単位の記載がなく、Bにおいてのみ単位が記載されている場合、Aの単位とBの単位とは同じである。本明細書において化合物などを化学式で表す場合、原子比を特に限定しないときは従来公知のあらゆる原子比を含むものとし、必ずしも化学量論的範囲のもののみに限定されるべきではない。
【0051】
≪実施形態1:多結晶ダイヤモンド≫
本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、多結晶ダイヤモンドは複数の結晶粒により構成され、多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、ホウ素は結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素は結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在し、結晶粒はその粒径が500nm以下であり、多結晶ダイヤモンドはその表面が保護膜で被覆されている。
【0052】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とすることから、焼結助剤および触媒の両方またはいずれか一方により形成される結合相(バインダー)を含むことがなく、高温条件下においても熱膨張率の差異による脱粒が発生しない。さらに、多結晶ダイヤモンドは、複数の結晶粒により構成される多結晶であり、その粒径が500nm以下であることから、単結晶のような方向性および劈開性がなく、全方位に対して等方的な硬度および耐摩耗性を有する。多結晶ダイヤモンドは、結晶粒中にホウ素と、水素と、酸素と、を含むことから、その表面が酸化膜である保護膜で被覆される。これにより、耐酸化性が高くなり、かつ動摩擦係数の低減により摺動特性および耐摩耗性が高くなる。
【0053】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、全方位に対して等方的な硬度および耐摩耗性を有する観点から、多結晶ダイヤモンドの結晶粒の最大の粒径は、500nm以下であり、200nm以下が好ましく、100nm以下がより好ましい。硬度が高い観点から、多結晶ダイヤモンドの結晶粒の最小の粒径は、1nm以上であればよく、20nm以上が好ましい。
【0054】
多結晶ダイヤモンドの粒径は、500nm以下であることにより、等方的な硬さを持つ効果がえられる。さらに1nm以上であることにより、ダイヤモンド特有の機械的強度を有する効果が得られる。多結晶ダイヤモンドの粒径は、20nm以上200nm以下であることがより好ましい。加えて、それぞれの粒子の長径aと短径bとのアスペクト比はa/b<4であることがさらに好ましい。
【0055】
多結晶ダイヤモンドの粒径は、SEM、TEMといった電子顕微鏡法により測定することができる。多結晶ダイヤモンドを任意の面を研磨することにより、粒径を測定するための観察用研磨面を準備し、たとえばSEMを用いて20000倍の倍率により、上記観察用研磨面の任意の1か所(1視野)を観察する。1視野には多結晶ダイヤモンドの結晶粒が120~200000個程度現れるので、このうち10個の粒径を求め、そのすべてが500nm以下であることを確認する。これを試料のサイズ全体にわたる視野すべてについて行なうことにより、多結晶ダイヤモンドの粒径が500nm以下であることを確認することができる。
【0056】
多結晶ダイヤモンドの粒径は、以下の条件に基づくX線回折法(XRD法)により測定することもできる。
測定装置: 商品名(品番)「X’pert」、PANalytical社製X線光源: Cu-Kα線(波長は1.54185Å)
走査軸: 2θ
走査範囲: 20°~120°
電圧: 40kV
電流: 30mA
スキャンスピード: 1°/min
半値幅は、ピークフィッティングの上、Scherrer式(D=Kλ/Bcosθ)から求めた。ここで、Dはダイヤモンドの結晶粒の粒径、Bは回折線幅、λはX線の波長、θはブラッグ角、KはSEM像との相関から定まる補正係数(0.9)を用いる。
【0057】
<結晶粒中の元素>
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいては、結晶粒中に、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在するとともに、水素および酸素が孤立置換型または侵入型として存在することから、表面に露出したホウ素、水素および酸素により酸化膜が形成されて、その酸化膜が保護膜として多結晶ダイヤモンドの表面を被覆するため、多結晶ダイヤモンドの耐酸化性が高くなるとともに、摩擦係数を低減するため、摺動特性および耐摩耗性が高くなる。
【0058】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在することから、表面が摩耗および/または破損によって損傷したときに表面のみに酸化膜である保護膜が形成され、内部はダイヤモンド構造が維持されて硬度が維持される。また、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、内部にクラスター状に凝集することがなく、また、ダイヤモンドの結晶の粒界に凝集することもないため、温度変化および/または衝撃による亀裂の起点となるような不純物偏析がない。また、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在することから、多結晶ダイヤモンドの全体にわたって所望の露出表面に局在化した酸化膜である保護膜が形成され、電荷としては正孔過剰な状態であるため、表面のみにさらに酸素をひきつけやすい。
【0059】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、「原子レベルで分散する」とは、炭素とホウ素とを気相状態で混合させて多結晶ダイヤモンドを作成する場合に、多結晶ダイヤモンドの結晶を形成する炭素中にホウ素などの異種元素がそれぞれ有限の活性化エネルギーを持って、ダイヤモンド結晶構造を変えずに、分散するレベルの分散状態をいう。すなわち、かかる分散状態は、孤立して析出する異種元素およびダイヤモンド以外の異種化合物を形成していない状態をいう。また、「孤立置換型」とは、ホウ素、水素および酸素などの異種元素が、孤立して、多結晶ダイヤモンドまたは黒鉛の結晶格子の格子点に位置する炭素に置き換わっている存在形態をいう。また、「侵入型」とは、水素および酸素などの異種元素が、多結晶ダイヤモンドの結晶格子の格子点に位置する炭素間の隙間に侵入している存在形態をいう。
【0060】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおけるホウ素、水素および酸素の分散状態および存在形態は、TEM(透過型電子顕微鏡)により観察できる。ホウ素が「原子レベルで分散」および「孤立置換型」であることは、電気抵抗の温度依存性、活性化エネルギーの検出またはTOF-SIMS(飛行時間型-二次イオン質量分析)により確認できる。水素および酸素が「孤立置換型」または「侵入型」で存在していることは、TOF-SIMSにより確認できる。
【0061】
上記分散状態および存在形態の確認に用いるTEMは、上述した多結晶ダイヤモンドの粒径を測定するための観察用研磨面に対し、20000~100000倍の倍率で観察用研磨面の任意の10か所(10視野)を観察することにより確認することができる。
【0062】
TOF-SIMSは、たとえば以下の条件で分析することにより、各元素が「原子レベルで分散する」こと、および各元素が「孤立置換型」または「侵入型」であることなどを確認することができる。
測定装置: TOF-SIMS質量分析計(飛行時間二次イオン質量分析計)
一次イオン源: ビスマス(Bi)
一次加速電圧: 25kV。
【0063】
ホウ素、水素および酸素の濃度は、多結晶ダイヤモンドの内部についてはSIMS(二次イオン質量分析法)により、多結晶ダイヤモンドの表面およびその近傍(たとえば、保護膜としての酸化膜およびその近傍の多結晶ダイヤモンド、表面から100nmの深さまで)についてはTOF-SIMSにより測定する。また、上記の分散状態および存在状態は、XRD(X線回折)、ラマン分光などによっても評価できる。また、本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおける炭素、ホウ素、水素および酸素以外の元素で形成される微量不純物の濃度は、SIMSまたはICP-MS(誘導結合プラズマ-質量分析法)により測定する。
【0064】
SIMSは、たとえば以下の条件で分析することにより、多結晶ダイヤモンドの内部におけるホウ素、水素および酸素の原子濃度および微量不純物の原子濃度を測定することができる。
測定装置: 商品名(品番):「IMS-7f」、AMETEK社製
一次イオン種: セシウム(Cs+)
一次加速電圧: 15kV
検出領域: 30(μmφ)
測定精度: ±40%(2σ)。
【0065】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、多結晶ダイヤモンドの内部の高硬度のダイヤモンド構造が維持されやすい観点から、ホウ素は、その90原子%以上が孤立置換型であり、好ましくはその95原子%以上が孤立置換型であり、より好ましくはその99原子%以上が孤立置換型である。ホウ素の全体に対する孤立置換型ホウ素の割合は、公知のホール測定、電気抵抗の温度依存性測定、C-V測定をSIMSによる全ホウ素原子数に対してホール効果を担うホウ素原子数の割合を測定により測定する。
【0066】
(ホウ素の原子濃度)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、結晶粒の粒径の増大を抑制して、表面に好適な酸化膜である保護膜を形成する観点から、ホウ素の原子濃度は、1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下が好ましく、1×1014cm-3以上1×1021cm-3以下がより好ましい。より好ましい範囲は、好ましい範囲に比べて、粒径が500nmを超える結晶粒の形成をさらに抑制し、歩留が30%以上から90%以上に向上する。
【0067】
また、多結晶ダイヤモンドは、上記ホウ素の濃度範囲のうちで、1×1019cm-3未満の範囲ではp型半導体としての電気特性を示し、1×1019cm-3以上の範囲では金属的な導電体としての電気特性を示す。
【0068】
(水素の原子濃度)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、結晶中に酸素を安定して含むことができるとともに、硬度の低下および結晶粒の粒径の増大を抑制できる観点から、水素の原子濃度は、1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下が好ましく、1×1017cm-3以上1×1019cm-3以下がより好ましい。しかしながら、たとえ硬度が低下しても、ヌープ硬度が50GPa程度の立方晶型窒化ホウ素、90GPa程度の工業用Ib型ダイヤモンド単結晶よりも高い硬度を有するため、耐摩耗性特性を活かす用途(たとえば、線引きダイス用、摺動部品用など)では十分に有用である。結晶中に水素がない場合は、酸素は多結晶ダイヤモンド中の炭素と反応して酸化炭素(COx)系ガスとなり高温で抜けやすく多結晶ダイヤモンドの結晶内への酸素の添加が困難である。
【0069】
(酸素の原子濃度)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、表面における酸化膜である保護膜の形成が促進され耐酸化性が向上し摩擦係数が低下するとともに、硬度の低下および結晶粒径の増大を抑制できる観点から、酸素の濃度は、1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下が好ましく、1×1018cm-3以上1×1019cm-3以下がより好ましい。
【0070】
(微量不純物の濃度)
多結晶ダイヤモンドに含まれる微量不純物とは、多結晶ダイヤモンドの製造上、微量に含まれる可能性がある化合物の総称をいう。微量不純物として含まれる各不純物の含有量(各原子濃度)は0cm-3以上1016cm-3以下であり、微量不純物として含まれる全不純物の総含有量(総原子濃度)は0cm-3以上1017cm-3以下である。したがって、微量不純物は多結晶ダイヤモンドに含まれていてもよく、含まれていなくてもよい。微量不純物としては、B4C、B23、B36などを含む。これら以外の微量不純物には遷移金属元素に分類される金属元素を含む化合物などが挙げられる。
【0071】
(SIMS測定)
図1は、本実施形態の多結晶ダイヤモンドのSIMSの結果の一例を示すグラフである。図1に示す多結晶ダイヤモンドは、CVD(化学気相成長法)により形成されたホウ素を含む黒鉛母材に1×10-2Paの真空雰囲気下で水素および酸素を添加した黒鉛を16GPaかつ2100℃の条件で直接ダイヤモンドに変換したものである。また、SIMSの測定条件は、以下のとおりである。
測定装置: 商品名(品番):「IMS-7f」、AMETEK社製
一次イオン種: セシウム(Cs+)
一次加速電圧: 15kV
検出領域: 30(μmφ)
測定精度: ±40%(2σ)。
図1を参照して、本実施形態の多結晶ダイヤモンドには、その表面から内部に亘って、ホウ素、水素、および酸素が均一の濃度で含まれている。
【0072】
(TOF-SIMS測定)
図2は、本実施形態の多結晶ダイヤモンドの表面のTOF-SIMSの結果の一例を示すグラフである。図2に示す多結晶ダイヤモンドは、図1に示すSIMSに用いた多結晶ダイヤモンドである。また、TOF-SIMSの測定条件は以下のとおりである。
測定装置: TOF-SIMS質量分析計(飛行時間二次イオン質量分析計)
一次イオン源: ビスマス(Bi)
一次加速電圧: 25kV。
【0073】
図2を参照して、多結晶ダイヤモンドの表面を被覆している保護膜としての酸化膜に含まれる含有酸素種として、BO2、O、O2の3種類の化学種が検出されている。ここで、ホウ素が酸化膜中でBO2として検出されていることから、多結晶ダイヤモンドの内部の結晶中では、ホウ素は原子レベルで分散して大部分が孤立置換型で存在していると考えられる。
【0074】
(ラマンスペクトル測定)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積が、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満が好ましく、0.2%未満がより好ましい。かかる多結晶ダイヤモンドは、アモルファス炭素またはグラファイト炭素(SP2炭素)に由来する1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が10cm-1を超え20cm-1以下となるピークの面積が、ダイヤモンド炭素(SP3炭素)に由来する1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満であることから、グラファイト炭素はほぼ完全に(具体的には99原子%以上が)ダイヤモンド炭素に変換されているため、高い硬度を有する。
【0075】
(動摩擦係数)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、多結晶ダイヤモンドの上記表面(保護膜で被覆されている表面)の動摩擦係数が、0.06以下が好ましく、0.05以下がより好ましく、0.04以下がさらに好ましく、0.03以下が特に好ましく、0.02以下が最も好ましい。かかる多結晶ダイヤモンドは、上記表面の動摩擦係数が0.06以下と低いことから、摺動特性が高く、耐摩耗性が高い。
【0076】
(保護膜)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、その表面を被覆する保護膜として形成される酸化膜は、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、を含むことが好ましい。BOxクラスターは表面に露出したB(ホウ素)が大気中の酸素および結晶中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶中の酸素)と反応することにより得られるものと考えられ、炭素の酸素終端となるOおよびOHは表面に露出した炭素が大気中の酸素および結晶粒中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶粒中の酸素)と反応することにより得られたものと考えられ、いずれも摺動性が高く摩擦係数が小さいため、耐摩耗性が高くなる。
【0077】
図2を参照して、本実施形態の多結晶ダイヤモンドの表面のTOF-SIMSの結果の一例から、保護膜である酸化膜に含まれる酸素種として、BO2、O、O2の3種類の化学種が存在していることが分かる。BO2は、BOxクラスターに由来するものであり、BOxクラスターはBO2、B24、B36などの形態で存在しているものと考えられる。OおよびO2は、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかに由来するものと考えられる。
【0078】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、保護膜は、結晶粒中から析出した析出物をさらに含むことが好ましい。かかる多結晶ダイヤモンドは、保護膜が、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかとに加えて、さらに摺動性が高く摩擦係数が小さい析出物を含むことにより、耐摩耗性が高くなる。析出物は、特に限定されないが、B23などのホウ素酸化物が主成分である。B23は、多結晶ダイヤモンドの表面から外れたB(ホウ素)およびBO2が大気中の酸素および結晶中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶中の酸素)と反応することにより形成されるものと考えられる。かかる析出物も、デブリ(具体的には、研磨くずからなる堆積物)として残留および蓄積し、潤滑作用を有するため、摩擦係数の低減に寄与する。
【0079】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドにおいて、多結晶ダイヤモンドの機械的損傷によりその表面が欠損しても、保護膜のその欠損以外の部分によりその欠損の部分を充填することにより滑らかな表面を維持する観点から、保護膜の平均膜厚は、1nm以上1000nm以下が好ましく、10nm以上500nm以下がより好ましい。ここで、保護膜の平均膜厚は、触針式表面形状測定装置(たとえば、ブルカー社のDektak(登録商標)触針式プロファイリングシステム)、TEMにより測定できる。
【0080】
すなわち、本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、ダイヤモンド単相を基本組成とする多結晶ダイヤモンドであって、多結晶ダイヤモンドは複数の結晶粒により構成され、多結晶ダイヤモンドは、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、残部が炭素および微量不純物であり、ホウ素は結晶粒中に原子レベルで分散しかつその99原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素は結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在し、結晶粒はその粒径が500nm以下であり、多結晶ダイヤモンドは、その表面が保護膜で被覆され、ホウ素はその原子濃度が1×1014cm-3以上1×1022cm-3以下で、水素はその原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、酸素はその原子濃度が1×1017cm-3以上1×1020cm-3以下で、多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、1575cm-1±30cm-1を中心として半値幅が20cm-1以下となるピークの面積が、1300cm -1±30cm-1を中心として半値幅が60cm-1以下となるピークの面積の1%未満であり、多結晶ダイヤモンドは、上記表面(保護膜で被覆されている表面)の動摩擦係数が0.05以下であり、保護膜は、BOxクラスターと、炭素の酸素終端となるOおよびOHの少なくともいずれかと、結晶粒子中から析出した析出物と、を含み、保護膜は、その平均膜厚が1nm以上1000nm以下であることが好ましい。かかる多結晶ダイヤモンドは、上記の特徴を備えることにより、多結晶ダイヤモンドの耐酸化性が高くなるとともに、摩擦係数を低減するため、摺動特性および耐摩耗性が高くなる。
【0081】
(グラフェンナノリボン)
本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含むことが好ましい。これにより、多結晶ダイヤモンドの表面にグラフェンナノリボン由来の保護膜を形成することができる。この場合、上記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有することが好ましい。さらに上記多結晶ダイヤモンドは、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有することがより好ましい。
【0082】
すなわち本実施形態では、後述する製造方法の条件次第でグラフェンナノリボンを含む多結晶ダイヤモンドが得られる場合がある。この場合においてグラフェンナノリボンは、多結晶ダイヤモンドの表面ごく近傍に存在することが好ましい。これにより、多結晶ダイヤモンドの表面にグラフェンナノリボンが現れると、大気中の酸素および結晶粒中の酸素(真空中または不活性ガス中では結晶粒中の酸素)と反応することによって酸化物となるため、多結晶ダイヤモンドの表面においてグラフェンナノリボン由来の保護膜を形成することができる。このグラフェンナノリボン由来の保護膜は、摺動特性を向上しかつ動摩擦係数を小さくするため、耐摩耗性を向上させることができる。特に、動摩擦係数を0.02以下とすることに寄与することができる。さらにグラフェンナノリボン由来の保護膜は、多結晶ダイヤモンドの表面において他の保護膜を形成している上述のBOxクラスターならびに炭素の酸素終端となるOおよびOHのいずれと同時に存在した場合にも、互いに干渉することがないため、それぞれの摺動特性に影響が及ぶこともない。
【0083】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの物性の確認および評価について、具体例を挙げて、以下に詳細に説明する。
【0084】
(保護膜形成の確認)
本実施形態の多結晶ダイヤモンド(ホウ素濃度6.8×1020cm-3、水素濃度6.0×1018cm-3、酸素濃度3.0×1018cm-3)の表面のAES(オージェ電子分光法)による化学分析により、表面から深さ0.5nm程度までの表層に酸素が検出されることから、室温(たとえば25℃)においても表面に保護膜としての酸化膜が形成されていることが分かる。
【0085】
図3は、本実施形態の多結晶ダイヤモンドの大気中での加熱の際の質量変化の一例を示すグラフである。図3を参照して、ホウ素、水素および酸素を含む多結晶ダイヤモンドおよびホウ素のみを含む多結晶ダイヤモンドは、800℃程度まで質量が微増する。これは、高温下において表面における酸化膜である保護膜の形成が促進されることを示唆する。また、ホウ素を含まない多結晶ダイヤモンドは800℃程度から急激に質量が低減し、ホウ素のみを含む多結晶ダイヤノンドは800℃程度から徐々に質量が低減しているのに対し、ホウ素、水素および酸素を含む多結晶ダイヤモンドは、1000℃程度まで質量の減少が見られない。すなわち、ホウ素、水素および酸素を含む多結晶ダイヤモンドにおいては、安定な酸化膜が形成され、これが保護膜となって、多結晶ダイヤモンドの耐酸化性が向上したものと考えられる。
【0086】
(動摩擦係数の評価)
図4は、本実施形態の多結晶ダイヤモンドのピン・オン・ディスク摺動試験による動摩擦係数測定の結果の一例を示すグラフである。ピン・オン・ディスク摺動試験は、以下の条件により行なう。
ボール材質: SUS
荷重: 10N
回転数: 400rpm
摺動半径: 1.25mm
試験時間: 100分
温度: 室温
雰囲気: 大気(25℃で相対湿度30%)。
【0087】
図4を参照して、乾燥雰囲気(たとえば25℃で相対湿度30%以下)下で、無添加の多結晶ダイヤモンドの動摩擦係数に対して、ホウ素を含む多結晶ダイヤモンドの動摩擦係数は0.25倍以下にまで低下し、ホウ素、水素および酸素を含む多結晶ダイヤモンドの動摩擦係数は0.20倍以下にまでに低下する。なお、本実施形態の多結晶ダイヤモンドの表面に形成される保護膜としての酸化膜は、水溶性であるため、使用環境は乾燥雰囲気中が好ましく、大気中であれば25℃における相対湿度が30%の水分量以下が好ましく、25℃における相対湿度が20%の水分量以下がより好ましく、大気中以外の雰囲気(たとえばアルゴン(Ar)雰囲気または鉱物油雰囲気)中であれば、水分含有量25%以下が好ましく、水分含有量20%以下がより好ましい。
【0088】
(硬度の評価)
図5は、本実施形態の多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度測定の結果の一例を示すグラフである。ヌープ硬度測定は、JIS Z2251:2009に準拠して、測定における荷重を4.9Nとする。図5を参照して、無添加の多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度に対して、ホウ素を含む多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は、ホウ素濃度の増大とともに幾分か低下し、ホウ素、水素および酸素を含む多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は、ホウ素濃度、水素濃度および酸素濃度の増大とともにさらに幾分か低下する。多結晶ダイヤモンドに含まれるホウ素、水素および酸素が塑性変形の起点となり、硬度を幾分か低下させているものと考えられる。しかしながら、ホウ素原子濃度4.0×1020cm-3、水素原子濃度1.0×1019cm-3および酸素原子濃度1.0×1019cm-3の多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は、通常の合成単結晶ダイヤモンド(Ib型単結晶ダイヤモンド、孤立置換型の窒素濃度が1.7×1019cm-3のヌープ硬度と同等以上である。
【0089】
(耐摩耗性の評価)
多結晶ダイヤモンドを、直径φ1mm×高さ2mmの円柱形状に加工して、番号#800のメタルボンドダイヤモンドホイール(アライドマテリアル社製)を用いた、多結晶ダイヤモンドの摩耗試験(荷重が2.5kgf/mm2、摺動速度が200mm/min)
によると、ホウ素(原子濃度が2.5×1019cm-3~4.0×1020cm-3)、水素(原子濃度が2.2×1018cm-3~3.5×1019cm-3)および酸素(原子濃度が2.2×1018cm-3~2.2×1019cm-3)を含む多結晶ダイヤモンドは、その摩耗速度が2.5~3mm3/hであることから、摩耗速度が10mm3/hである無添加の多結晶ダイヤモンドに比べて、耐摩耗性が3~4倍に向上する。
【0090】
上記のメタルボンドダイヤモンドホイールを用いた摩耗試験においては、機械的摩耗と熱化学的摩耗が相乗的に進行している。そこで、以下に示すように、機械摩耗特性および熱化学的摩耗特性について評価する。
【0091】
多結晶ダイヤモンドの機械的摩耗特性を評価するために、主として機械的摩耗が進行する酸化アルミニウム(Al23)に対する低速度長時間摺動試験を行なう。ホウ素(原子濃度が0cm-3~4.0×1020cm-3)、水素(原子濃度が0cm-3~4.0×1019cm-3)および酸素(原子濃度が0cm-3~4.0×1020cm-3)を含む多結晶ダイヤモンドを用いて作成した先端の試験面が直径φ0.3mmの円錐台形状の試験片をマシニングセンターに用いて、これに0.3MPaの一定荷重でAl23焼結体(純度が99.9質量%)に押し付けて、5m/minの低速度で、10kmの距離を摺動させて、先端径の広がりから摩耗量を算出する。ホウ素、水素、および酸素を含む多結晶ダイヤモンドの摩耗量は、無添加の多結晶体ダイヤモンドに比べて、0.05倍程度であり、耐摩耗性が大幅に向上する。ホウ素、水素、および酸素を含む多結晶ダイヤモンドの摩耗により更新される表面に形成される酸化膜である保護膜の潤滑効果により摺動特性が大きく向上し、機械的摩耗が著しく抑制されるものと考えられる。
【0092】
多結晶ダイヤモンドの熱化学的摩耗特性を評価するために、主として熱化学的摩耗が進行する二酸化ケイ素(SiO2)に対する摺動試験を行なう。ホウ素(原子濃度が0cm-3~4.0×1020cm-3)、水素(原子濃度が0cm-3~4.0×1019cm-3)および酸素(原子濃度が0cm-3~4.0×1020cm-3)を含む多結晶ダイヤモンドを用いて作成した先端の試験面が直径φ0.3mmの円錐台形状の試験片を固定して、直径φ20mmの合成石英(SiO2)を研磨盤として、6000rpm(摺動速度260~340m/min)で回転させながら、固定した試験片の試験面に0.1MPaで押し付けて摺動させる。図6は、本多結晶体ダイヤモンドの二酸化ケイ素に対する摩耗速度測定の結果の一例を示すグラフである。図6に示すように、ホウ素、水素、および酸素を含む多結晶ダイヤモンドは、無添加の多結晶ダイヤモンドに比べて、摩耗速度が低くなり、耐摩耗性が向上する。特にホウ素の原子濃度が2.0×1019cm-3~2.0×1020cm-3の多結晶ダイヤモンドにおいては、摩耗速度が著しく低くなり、耐摩耗性が大幅に向上する。多結晶ダイヤモンドの二酸化ケイ素に対する損傷は、化学反応による摩耗により発生するが、ホウ素、水素、および酸素を含む多結晶ダイヤモンドの摩耗により更新される表面に形成される酸化膜である保護膜の潤滑効果により摺動特性が大きく向上し、熱化学的摩耗が著しく抑制されるものと考えられる。
【0093】
ホウ素、水素、および酸素を含む多結晶ダイヤモンドにおける機械的摩耗の抑制および摩擦による発熱抑制による熱化学的摩耗の抑制は,超硬合金やアルミニウム合金をはじめとする難削材の加工に好適であることを示している。
【0094】
上記のように、本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、結晶粒中に、原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型で存在するホウ素と、孤立置換型または侵入型で存在する水素および酸素と、により表面に酸化物が形成され、かかる酸化膜である保護膜の耐酸化性および潤滑性により、耐酸化性、耐摩耗性および摺動特性が向上する。
【0095】
また、本実施形態の多結晶ダイヤモンドは、含まれるホウ素により導電性を有するため、無添加の多結晶ダイヤモンド、通常の単結晶ダイヤモンドなどで見られるトライボプラズマによる異常な損耗も抑制される。したがって、本実施形態多結晶ダイヤモンドは,セラミックス、プラスチック、ガラス,石英などの絶縁性の対象物の加工に対して高い性能が期待できる。
【0096】
≪実施形態2:多結晶ダイヤモンドの製造方法≫
図7に示すように、本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを含む黒鉛を準備する第1工程S10と、上記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で容器内に入れる第2工程S20と、容器内で上記黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換する第3工程S30と、を含み、ホウ素は上記黒鉛の結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在する。
【0097】
本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、上記黒鉛を直接ダイヤモンドに変換するため、耐酸化性が高く、摩擦係数が低く、摺動特性および耐摩耗性が高い実施形態1の多結晶ダイヤモンド(すなわち、ホウ素と水素と酸素とを含み、ホウ素が結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在し、水素および酸素が結晶粒中に孤立置換型または侵入型として存在する多結晶ダイヤモンド)を製造することができる。
【0098】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法において、「原子レベルで分散する」とは、炭素とホウ素とを気相状態で混合させて黒鉛母材または上記黒鉛を作成する場合に、黒鉛母材または黒鉛の結晶を形成する炭素中にホウ素などの異種元素がそれぞれ有限の活性化エネルギーを持って、黒鉛母材または上記黒鉛の結晶構造を変えずに、分散するレベルの分散状態をいう。すなわち、かかる分散状態は、孤立して析出する異種元素および黒鉛母材または上記黒鉛以外の異種化合物を形成していない状態をいう。また、「孤立置換型」とは、ホウ素、水素および酸素などの異種元素が、孤立して、黒鉛母材または黒鉛の結晶格子の格子点に位置する炭素に置き換わっている存在形態をいう。
【0099】
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法における黒鉛母材におけるホウ素あるいは黒鉛におけるホウ素、水素および酸素の分散状態および存在形態は、上記多結晶ダイヤモンドにおけるこれらの元素の分散状態および存在形態の確認方法と同じ方法によりそれぞれ確認することができる。「原子レベルで分散する」こと、「孤立置換型」または「侵入型」であること、ホウ素、窒素およびケイ素の濃度、ならびに微量不純物の濃度についても、上記多結晶ダイヤモンドにおける確認方法と同じ方法によりそれぞれ確認することができる。
【0100】
(第1工程)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法の第1工程S10は、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを含み、ホウ素が結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在する黒鉛を準備する工程である。かかる黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換することにより、実施形態1の多結晶ダイヤモンドが得られる。
【0101】
第1工程S10は、特に制限はないが、効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、気相法により、炭素と、ホウ素とを含む黒鉛母材を基材上に形成するサブ工程を含み、ホウ素が黒鉛母材の結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在することが好ましい。本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法において、気相法は、気相状態で結晶成長させる方法をいい、特に制限はないが、効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、CVD(化学気相成長法)が好ましい。CVDにおいては、基材上で炭素を含むガスとホウ素を含むガスとを1500℃以上2500℃以下の温度で反応させることが好ましい。
【0102】
上記黒鉛母材を形成するサブ工程において、無添加の黒鉛にホウ素を固溶させる方法を用いるには、無添加の黒鉛にホウ素を固溶させるためにB4Cなどの非黒鉛かつ非ダイヤモンドの化合物を用いる必要があるため、添加する炭素の濃度が高いほどB4Cなどの非黒鉛かつ非ダイヤモンドの化合物の濃度を高くする必要があり、多結晶ダイヤモンドの結合強度が低下する。本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法においては、気相法を用いるため、B4Cの混入率は1質量%未満と極めて低く、高品質の多結晶ダイヤモンドが得られる。
【0103】
第1工程S10は、特に制限はないが、効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、気相法により、水素と酸素とを、上記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含むことが好ましい。気相法は、特に制限はないが、効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、CVD(化学気相成長法)が好ましい。CVDにおいては、上記黒鉛母材に水素を含むガスと酸素を含むガスとを1500℃以上2500℃以下の温度で反応させることが好ましい。
【0104】
第1工程S10は、特に制限はないが、効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、真空条件下で、水素と酸素とを、上記黒鉛母材に含ませるサブ工程をさらに含むことが好ましい。真空条件下とは、特に制限ないが、微量不純物の混入を低減する観点から、10Pa以下が好ましく、1Pa以下がより好ましく、10-2Pa以下がさらに好ましい。また、雰囲気温度は、炭素の酸化を抑制する観点から、600℃以下が好ましく、300℃がより好ましい。真空条件下で上記母材に水素と酸素とを含ませる方法は、特に制限はなく、真空条件下で上記黒鉛母材に水素を含むガスと酸素を含むガスとを含ませることができる。
【0105】
また、第1工程S10は、特に制限はないが、特に効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、気相法により、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを、気相で同時に互いに混合させることにより、上記黒鉛(すなわち、炭素とホウ素と水素と酸素とを含み、ホウ素が結晶粒中に原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型として存在する黒鉛)を基材上に形成する工程を含むことが好ましい。気相法は、特に制限はないが、特に効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、CVD(化学気相成長法)が好ましい。CVDにおいては、基材上で、炭素を含むガスと、ホウ素を含むガスと、水素を含むガスと、酸素を含むガスとを、1500℃以上2500℃以下の温度で反応させることが好ましい。
【0106】
第1工程S10は、それが、気相法により、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素とを、気相で同時に互いに混合させることにより、上記黒鉛を基材上に形成する工程を含むとき、特に効率よく高品質の上記黒鉛を作成する観点から、炭素と、ホウ素と、水素と、酸素と、を含む混合ガスを形成するサブ工程と、混合ガスを1500℃以上の温度で熱分解するとともに基材に向けて流すことにより、基材上に上記黒鉛を形成するサブ工程と、を含み、混合ガスは、ホウ素、水素および酸素を含むガスと、炭化水素ガスと、を含むことが好ましい。炭素と、ホウ素と、水素と、酸素と、を含む混合ガスを形成した後、その混合ガスから上記黒鉛を形成することにより、ホウ素、水素および酸素がより均一に分散している上記黒鉛が得られる。
【0107】
上記第1工程S10においては、まず、真空チャンバ内で、1500℃以上2500℃以下の温度に基材を加熱する。基材としては、1500℃から2500℃程度の温度に耐え得る材料であれば、特に制限なく、いかなる金属、無機セラミック材料、炭素材料でも使用可能である。
【0108】
次に、1500℃以上2500℃以下の温度雰囲気の真空チャンバ内に、ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスと、炭化水素ガスとを同時に導入する。2500℃を越える高温は、形成される上記黒鉛から水素が抜けてしまうこと、酸素と炭素が著しく反応して酸化炭素ガスとして揮発してしまうため、好ましくない。ここで、ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスと、炭化水素ガスとを同時に導入する際には、形成する上記黒鉛中のホウ素、水素および酸素の分散をより均一にして、多結晶ダイヤモンドの歩留まりを高める観点から、ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスと、炭化水素ガスと、を予め混合して混合ガスを作成し、その混合ガスを導入することが好ましい。たとえば、ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスと、炭化水素ガスと別々のノズルから噴出させると多結晶ダイヤモンドの歩留まりは20%未満であるが、ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスと、炭化水素ガスとをガス混合用チャンバで混合して得られる混合ガスを同じノズルから噴出させることにより多結晶ダイヤモンドの歩留まりを80%以上に高くなる。
【0109】
ホウ素と、水素と、酸素とを含むガスとは、ホウ素、水素、および酸素をすべて含む1つのガスに限定されず、ホウ素、水素、および酸素の少なくともいずれかを含むガスの混合ガスであってもよい。ホウ素、水素、および酸素をすべて含む1つのガスとしては、ホウ酸トリメチルガス、ホウ酸トリエチルガスなどが好ましい。
【0110】
炭化水素ガスとしては、特に制限はないが、炭素の結晶中へのホウ素、水素、および酸素の分布をより均一にする観点から、炭素数の少ない炭化水素ガスが好ましく、メタンガス、エタンガス、エチレンガス、アセチレンガスなどが好ましく、メタンガスが特に好ましい。
【0111】
上記混合ガスを1500℃以上2500℃以下の温度で熱分解するとともに基材に向けて流すことにより、基板上で上記熱分解により形成された原子状の炭素、ホウ素、水素、および酸素が互いに反応して、基材上に上記黒鉛が形成される。
【0112】
上記黒鉛は、特に制限はないが、上記多結晶ダイヤモンドの形成に好ましい観点から、少なくとも一部に結晶化部分を含む多結晶である。
【0113】
上記黒鉛の微量不純物の濃度は、微量不純物の少ない高品質の多結晶ダイヤモンドを形成する観点から、SIMSおよび/またはICP-MSの検出限界以下であることが好ましい。かかる観点からも、気相法、特にCVDによる上記黒鉛の形成が有効である。
【0114】
上記黒鉛の粒径は、粒径が500nm以下と小さく、ホウ素、水素および酸素の分布が均一な多結晶ダイヤモンドを形成する観点から、10μm以下が好ましく、1μm以下がより好ましい。かかる観点からも、気相法、特にCVDによる上記黒鉛の形成が有効である。
【0115】
上記黒鉛の密度は、第3工程において上記黒鉛から上記多結晶ダイヤモンドに変換する際の体積変化を小さくして歩留まりを高くする観点から、0.8g/cm3以上が好ましく、1.4g/cm3以上2.0g/cm3以下がより好ましい。
【0116】
(第2工程)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法の第2工程S20は、上記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で容器内に入れる工程である。上記黒鉛を不活性ガス雰囲気下で所定の容器に入れることにより、上記黒鉛および形成される多結晶ダイヤモンドに微量不純物が混入することを抑制することができる。ここで、不活性ガスは、上記黒鉛および形成される多結晶ダイヤモンドへの微量不純物の混入を抑制できるガスであれば特に制限はなく、Ar(アルゴン)ガス、Kr(クリプトン)ガス、He(ヘリウム)ガスなどが挙げられる。
【0117】
(第3工程)
本実施形態の多結晶ダイヤモンドの製造方法の第3工程S30は、容器内で上記黒鉛を加圧熱処理によりダイヤモンドに変換する工程である。第3工程S30において、上記黒鉛を上記多結晶ダイヤモンドに変換する際は、形成される多結晶ダイヤモンドへの微量不純物の混入を抑制する観点から、上記黒鉛に直接熱処理を行なうことにより、直接変換(すなわち、焼結助剤および/または触媒などを添加することなく変換)することが好ましい。加圧熱処理とは、加圧下で行なわれる熱処理をいう。
【0118】
第3工程S30における加圧熱処理は、多結晶ダイヤモンドの結晶粒中に、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90原子%以上が孤立置換型で存在し、水素および酸素が孤立置換型または侵入型で存在する多結晶ダイヤモンドを好適に製造する観点から、6GPa以上かつ1200℃以上の条件が好ましく、8GPa以上30GPa以下かつ1200℃以上2300℃以下の条件がより好ましい。
【0119】
ここで第3工程S30における加圧熱処理を、約7~15GPaの条件で行なう場合、多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含んで製造される傾向がある。この場合、ラマンスペクトル測定において、ラマンシフト1554cm-1±20cm-1および半値幅10cm-1以下となるピークを有すること、ラマンシフト2330cm-1±20cm-1および半値幅6cm-1以下となるピークを有することの少なくとも一方を確認することにより、上記多結晶ダイヤモンドがグラフェンナノリボンを含むことを確認することができる。
【0120】
すなわち本実施形態では、上述したように製造方法の条件次第でグラフェンナノリボンを含む多結晶ダイヤモンドが得られる場合がある。この場合、多結晶ダイヤモンドの表面においてグラフェンナノリボン由来の保護膜が形成されることにより、摺動特性が向上し、かつ動摩擦係数が小さくなるので、耐摩耗性を向上させることができる。
【0121】
以上より、本実施形態にかかる多結晶ダイヤモンドの製造方法は、耐酸化性、摺動特性および耐摩耗性が高く、動摩擦係数が低い多結晶ダイヤモンドを製造することができる。多結晶ダイヤモンドは、直径15×15t(t:thickness)程度の任意の形状および厚みで製造される。多結晶ダイヤモンドは、たとえば黒鉛の体積密度が1.8g/cm3程度である場合、加圧熱処理によって該黒鉛の70~80%の体積に収縮するが、形状は黒鉛と同じまたはほぼ同じとなる。
【0122】
≪実施形態3:スクライブツール≫
本実施形態にかかるスクライブツールは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態のスクライブツールは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0123】
≪実施形態4:スクライブホイール≫本実施形態にかかるスクライブホイールは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態のスクライブホイールは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0124】
≪実施形態5:ドレッサー≫
本実施形態にかかるドレッサーは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態のドレッサーは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0125】
≪実施形態6:回転工具≫
本実施形態にかかる回転工具は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態の回転工具は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0126】
≪実施形態7:伸線ダイス≫
本実施形態にかかる伸線ダイスは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態の伸線ダイスは、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0127】
≪実施形態8:切削工具≫
本実施形態にかかる切削工具は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態の切削工具は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0128】
≪実施形態9:電極≫
本実施形態にかかる電極は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成することができる。本実施形態にかかる電極は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて作成されたものであるため、耐摩耗性が高い。
【0129】
≪実施形態10:加工方法≫
本実施形態にかかる加工方法は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工することができる。本実施形態にかかる加工方法は、実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【0130】
本実施形態にかかる加工方法において、対象物は絶縁体が好ましい。本実施形態にかかる加工方法は、導電性を有する実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、対象物が絶縁体であっても、トライボプラズマなどによる異常な損耗を発生させることなく、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【0131】
本実施形態にかかる加工方法において、対象物たる絶縁体は100kΩ・cm以上の抵抗率を有することが好ましい。本実施形態にかかる加工方法は、導電性を有する実施形態1の多結晶ダイヤモンドを用いて対象物を加工するため、対象物が100kΩ・cm以上の抵抗率を有する絶縁体であっても、トライボプラズマによるエッチングを発生させることなく、効率よく低コストで対象物を加工できる。
【実施例
【0132】
(実施例I:多結晶ダイヤモンドの製造)
1.ホウ素、水素、および酸素を含む黒鉛の準備
反応容器内を真空度10-2Pa以下に減圧した後不活性ガス(Arガス)を充填して20kPaの雰囲気として、実施例1~5の場合はメタン、ホウ酸トリメチル、酸素および水素を所定の割合で含む混合ガスを流し、比較例1~3の場合はメタンおよびホウ酸トリメチルを所定の割合で含む混合ガスを流した。ここで、ホウ酸トリメチルを流すために不活性ガスを用いた。上記混合ガスを雰囲気温度1500℃で反応させてホウ素、水素、および酸素を含む厚さ20mmの黒鉛を成長させた。
【0133】
2.黒鉛の容器内への収納
得られた上記黒鉛を、タブレット形状に加工した後、容器(高圧プレス用セル:直径φ10mm×高さ10mmの円柱形状)内にArガスで封入した。
【0134】
3.黒鉛から多結晶ダイヤモンドへの変換
上記黒鉛を封入した容器を加圧熱装置内に入れて、16GPaおよび2100℃の条件で加圧熱処理することにより、上記黒鉛を多結晶ダイヤモンドに直接変換した。得られた比較例1~3および実施例1~5の多結晶ダイヤモンドについて、XRD(X線回折)およびEBD(電子線回折)により、ダイヤモンド単相を基本組成として結合相を含まず、かつB4Cなどからなる異相が無いことを確認した。また、比較例1~3および実施例1~5の多結晶ダイヤモンドについて、ホウ素が原子レベルで分散しかつその90%以上が孤立置換型で存在することをTEM、電気抵抗の温度依存性測定およびTOF-SIMSで確認した。また、実施例1~5の多結晶ダイヤモンドについて、水素および酸素が孤立置換型または侵入型で存在することをTEM、NEXAFS(吸収端近傍X線吸収微細構造)、TOF-SIMS、電気抵抗の温度依存性測定およびXPS(X線光電子分光)で確認した。また、比較例1~3および実施例1~5の多結晶ダイヤモンドのホウ素、水素および酸素、ならびに微量不純物の原子濃度をSIMSにより測定した。比較例1~3および実施例1~5の多結晶ダイヤモンドにおいて、微量不純物は検出されなかった。
【0135】
上記の結果を表1にまとめた。ここで、表1において、酸素の原子濃度の検出限界は1×1016cm-3であり、水素の原子濃度の検出限界は1×1017cm-3であった。さらに、比較例1~3および実施例1~5の多結晶ダイヤモンドにおける結晶粒の粒径は、X線回折装置(XRD)による(111)ピーク半値幅から、いずれも30~60nmであることを確認した。
【0136】
【表1】
【0137】
(ラマンスペクトル測定)
上述の比較例1、実施例1および実施例2における多結晶ダイヤモンドを対象とし、ラマン分光光度計(商品名:「レーザーラマン顕微RAMANtouch」、ナノフォトン社製)を用いることによりラマンスペクトル測定を実施した。本測定の条件は、以下のとおりである。
測定波数範囲:1200~1700cm-1(532nm励起)
分解能:スペクトル分解能0.36cm-1
さらに、これらの多結晶ダイヤモンドに対し、上述した測定方法(ピン・オン・ディスク摺動試験)により動摩擦係数を求めた。これらの測定結果(シフト(ピーク)の位置および線幅(半値幅)、グラフェンナノリボンの有無、動摩擦係数)を、表2に示す。さらに実施例1の多結晶ダイヤモンドについて得られたラマンスペクトルを図8として示す。図8によれば、実施例1の多結晶ダイヤモンドは、ラマンシフト1554±20cm-1およびその半値幅10cm-1以内、およびラマンシフト2330±20cm-1およびその半値幅6cm-1以内において、グラフェンナノリボンのピークが現れていることから、グラフェンナノリボンを含むことが理解される。さらに、表2によれば、実施例1および実施例2の多結晶ダイヤモンドは、グラフェンナノリボンを含むことにより、動摩擦係数が比較例1の多結晶ダイヤモンドに比べて1桁低くなることが分かった。
【0138】
【表2】
【0139】
(実施例II:スクライブツールの作成と評価)
実施例Iの比較例2の多結晶ダイヤモンドを用いて、先端が4ポイント(四角形平面状)のスクライブツールを作成した。作成されたスクライブツールを用いて、サファイア基板に負荷20gfで長さ50mmのスクライブ溝を200本形成した。その後、そのスクライブツールの先端部分の多結晶ダイヤモンの摩耗量は、電子顕微鏡により観察したところ、Ib型単結晶ダイヤモンド製スクライブツールに比べて0.2倍と少なかった。さらに、実施例Iの実施例2の多結晶ダイヤモンドを用いて上記と同様にしてスクライブツールを作成し、同様の実験を行ったところ、その摩耗量は、Ib型単結晶ダイヤモンド製スクライブツールに比べて0.02倍、比較例2の多結晶ダイヤモンド製スクライブツールに比べて0.1倍と極めて少なかった。なお、実施例Iの比較例2および実施例2の多結晶ダイヤモンドをそれぞれ用いて作成したスクライブホイールについても同様の効果が確認された。
【0140】
(実施例III:ドレッサーの作成と評価)
実施例Iの比較例2の多結晶ダイヤモンドを用いて、先端がシングルポイント(円錐状)のドレッサーを作成した。作成されたドレッサーを、WA(ホフイトアルミナ)砥石を用いて、湿式で、砥石の周速が30m/secの低速で、切り込み量が0.05mmの条件で、磨耗した。その後、そのドレッサーの磨耗量は、高さゲージ計により測定したところ、Ib型単結晶ダイヤモンド製ドレッサーに比べて、0.3倍と少なくなった。さらに、実施例Iの実施例2の多結晶ダイヤモンドを用いて上記と同様にしてドレッサーを作成し、同様の実験を行ったところ、その摩耗量は、Ib型単結晶ダイヤモンド製ドレッサーに比べて0.03倍、比較例2の多結晶ダイヤモンド製ドレッサーに比べて0.1倍と極めて少なかった。
【0141】
(実施例IV:回転工具の作成と評価)
実施例Iの比較例2の多結晶ダイヤモンドを用いて、直径φ1mm、刃長3mmのドリルを作成した。作成されたドリルを用いて、回転数4000rpm、送り2μm/回転の条件で、厚さ1.0mmの超硬合金(WC-Co製板)(組成:12質量%のCo、残部のWC)に孔をあけた。そのドリルが磨耗または破損するまでにあけることができた孔の数は、Ib型単結晶ダイヤモンド製ドリルに比べて5倍と多かった。さらに、実施例Iの実施例2の多結晶ダイヤモンドを用いて上記と同様にしてドリルを作成し、同様の実験を行ったところ、そのドリルが磨耗または破損するまでにあけることができた孔の数は、Ib型単結晶ダイヤモンド製ドリルに比べて50倍、比較例2の多結晶ダイヤモンド製ドレッサーに比べて10倍と極めて多かった。
【0142】
(実施例V:切削工具Iの作成と評価)
実施例Iの実施例1~5と同じ方法を用いることにより、かさ密度が2.0g/cm3、ICP-MSにより測定されたホウ酸の原子濃度が1×1021cm-3で、SIMSにより測定された酸素の原子濃度が1×1018cm-3で水素の原子濃度が2.5×1018cm-3の黒鉛を準備した。この黒鉛を、等方的高圧発生装置を用いて、15GPaおよび2200℃の条件で加圧熱処理することにより、多結晶ダイヤモンドに直接変換した。得られた多結晶ダイヤモンドの粒径は各々10nm~100nmであった。X線回折パターンから、B4Cの析出などは見られなかった。
【0143】
この多結晶ダイヤモンドを用いて従来公知の方法により切削工具本体を作製した。この切削工具本体に活性ロウ材を用いて、不活性雰囲気で接合し、多結晶ダイヤモンドの面を研磨した後、放電加工により逃げ面を切断加工して、コーナーR0.4mm、逃げ角11°、すくい角0°のRバイトを付与した切削工具(試験工具1)を作成した。比較のために、従来のコバルト(Co)バインダーを含む焼結ダイヤモンドを用いた工具(比較工具A)を同様に放電加工により作成した。放電加工による刃先の稜線精度は、焼結ダイヤモンドを用いた比較工具Aは、含まれるダイヤ砥粒の粒径に依存して、2μm~5μm程度であったのに対して、本多結晶ダイヤモンドを用いた工具(試験工具1)では0.5μm以下と良好であった。また加工時間も比較工具Aと同等であった。
【0144】
さらに、逃げ面を研磨により加工してコーナーR0.4mm、逃げ角11°、すくい角0°のRバイトを付与した切削工具(試験工具2)、無添加多結晶ダイヤモンドを用いた切削工具(比較工具B)およびIb型単結晶ダイヤモンドを用いた切削工具(比較工具C)を作成し、以下の段落に示す試験内容の切削評価を行った。試験工具2、比較工具Bともに刃先稜線精度は0.1μm以下と精緻な刃先精度が得られた。
【0145】
次に、試験工具1~2および比較工具A~Cのそれぞれについて、以下の条件により旋削による断続的な切削評価試験を行なった。
・工具形状:コーナーR0.4mm、逃げ角11°、すくい角0°
・被削材:材質-アルミニウム合金 A390
・切削液:水溶性エマルジョン
・切削条件:切削速度Vc=800m/min、切込みap=0.2mm、送り速度f=0.1mm/回転
・切削距離:10km。
【0146】
上記の切削評価試験を行った後に、工具刃先を観察し、損耗状態を確認したところ、比較工具Aは逃げ面摩耗量が45μmと大きく刃先形状が損なわれていたのに対し、試験工具1は逃げ面摩耗量が2μmと良好であった。一方、研磨仕上げの試験工具2は摩耗量が0.5μmであり、比較工具Bの摩耗量3.5μm、比較工具Cの摩耗量3.5μmと比較して非常に良好であり、従来の無添加多結晶ダイヤと同等以上の耐摩耗特性を示し、工具寿命に優れることが分かった。
【0147】
(実施例VI:切削工具IIの作成と評価)
トリメチルホウ素と、メタンと、水素と、酸素とからなる混合ガスを導入すること以外について、実施例Iの実施例1~5と同じ方法を用いることにより、かさ密度が2.0g/cm3、SIMSにより測定されたホウ酸の原子濃度が1×1018cm-3で酸素の原子濃度が1×1018cm-3で水素の原子濃度が2.5×1018cm-3の黒鉛を準備した。この黒鉛を、等方的高圧発生装置を用いて、15GPaおよび2200℃の条件で加圧熱処理することにより、多結晶ダイヤモンドに直接変換した。多結晶ダイヤモンドの粒径は、各々10nm~100nmであった。X線回折パターンから、B4Cの析出などは見られなかった。
【0148】
この多結晶ダイヤモンドを、切削工具本体に活性ロウ材を用いて、不活性雰囲気で接合し、多結晶ダイヤモンドの面を研磨した。さらに逃げ面を研磨により加工した本多結晶ダイヤモンドを用いた工具(試験工具3)、無添加多結晶ダイヤモンドを用いた工具(比較工具B)およびIb型単結晶ダイヤモンドを用いた工具(比較工具C)を作成し、実施例Vと同じ内容の切削評価試験を行なった。
【0149】
上記の切削評価試験を行なった後に、工具刃先を観察し、損耗状態を確認したところ、試験工具3の摩耗量0.1μmは、比較工具Bの摩耗量3.5μmおよび比較工具Cの摩耗量3.5μmと比較して非常に少なく良好であり、従来の無添加多結晶ダイヤと同等以上の耐摩耗特性を示し、工具寿命に優れることが分かった。
【0150】
(実施例VII:切削工具IIIの作成と評価)
ジボランと、メタンと、水素と、酸素とからなる混合ガスを反応容器内に導入し、チャンバ内の真空度を26.7kPaで一定としながら黒鉛を作製した。その後、真空度10-2Pa以下に減圧し、雰囲気温度を300℃まで冷却した後、1sccm(standard cubic centimeter per minute)で水素および酸素を含む混合ガスをさらに黒鉛に導入した。これにより、かさ密度が1.9g/cm3、SI
MSによる実施例Iと同じ条件での測定でホウ素の原子濃度が1×1021cm-3で酸素の原子濃度が1×1018cm-3で水素の原子濃度が2.5×1018cm-3である黒鉛を準備した。この黒鉛を、高圧発生装置を用い、15GPaおよび2200℃の条件で加圧熱処理することにより、多結晶ダイヤモンドに直接変換した。得られた多結晶ダイヤモンドの粒径は各々10nm~100nmであった。この多結晶ダイヤモンドのヌープ硬度は120GPaであった。本多結晶ダイヤモンドから3mm×1mm角の試験片を切り出し、電気抵抗を測定したところ、10Ωであった。
【0151】
この導電性の結晶ダイヤモンドを、切削工具本体に活性ロウ材を用いて、不活性雰囲気で接合し、多結晶ダイヤモンドの面を研磨した後、放電加工により逃げ面を切断加工して、ねじれ形状の切れ刃2枚をもつ直径φ0.5mmのボールエンドミル(試験工具4)を作成した。比較のために、従来のコバルト(Co)バインダーを含む焼結ダイヤモンドを用いた工具(比較工具A-2)を同様に放電加工により作成した。放電加工による刃先の稜線精度は、焼結ダイヤモンドを用いた比較工具A-2は、含まれるダイヤモンド砥粒の粒径に依存して、2μm~5μm程度であったのに対して、本多結晶ダイヤモンドを用いた工具(試験工具4)では0.03μm以下と良好であった。さらに、無添加の多結晶ダイヤモンドを用いて、レーザー加工により同形状のエンドミル形状を作成し、逃げ面を局所的に研磨加工により刃先品位を仕上げた工具(比較工具B-2)を作成した。
【0152】
次に、試験工具4、比較工具A-2、および比較工具B-2について、以下の条件により旋削による断続的な切削評価試験を行なった。
・工具形状:直径φ0.5mm、2枚刃、ボールエンドミル
・被削材:材質-STAVAX超硬合金(組成:12質量%のCo、残部のWC)
・切削液:白灯油
・切削条件:工具回転速度420000rpm、切込みap=0.003mm、送り速度f=120mm/rev。
【0153】
上記の切削評価試験を行なったところ、試験工具4の工具寿命は、比較工具A-2の工具寿命の5倍、比較工具B-2の工具寿命の1.5倍であり、非常に良好であった。
【0154】
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって、制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した実施の形態および実施例ではなく請求の範囲によって示され、請求の範囲と均等の意味、および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0155】
S10 第1工程、S20 第2工程、S30 第3工程。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8