(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】管材の製造方法
(51)【国際特許分類】
B21C 23/00 20060101AFI20220119BHJP
C22C 38/00 20060101ALI20220119BHJP
C22C 38/04 20060101ALI20220119BHJP
C22C 38/22 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
B21C23/00 A
C22C38/00 301Z
C22C38/04
C22C38/22
(21)【出願番号】P 2020203105
(22)【出願日】2020-12-08
【審査請求日】2021-01-15
(73)【特許権者】
【識別番号】597110836
【氏名又は名称】丸嘉工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100126170
【氏名又は名称】水野 義之
(72)【発明者】
【氏名】土田 雄一郎
【審査官】坂口 岳志
(56)【参考文献】
【文献】特開2007-231353(JP,A)
【文献】特開2012-166238(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第1425513(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 23/00-35/06
B21C 37/00-43/04
C22C 38/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
管材の製造方法であって、
0.05~0.25重量%のCを含む鋼材からなり、長尺で中実の原材を準備する工程と、
前記原材を切断して、中実のビレットを形成する原材切断工程と、
前記ビレットを中空のブランクに加工する中空化加工工程と、
前記ブランクを管状に温間押出成形する温間押出工程と、
を備える、
管材の製造方法。
【請求項2】
前記原材は、球状化焼鈍が施されている、請求項1記載の管材の製造方法。
【請求項3】
前記中空化加工工程は、冷間鍛造により前記ビレットを前記ブランクに加工する、請求項1または2記載の管材の製造方法。
【請求項4】
前記鋼材は、さらに、0.60~1.5重量%のMnを含有している、請求項1ないし3のいずれか記載の管材の製造方法。
【請求項5】
前記鋼材は、さらに、0.30~0.85重量%のMnと、0.85~1.25重量%のCrと、0.15~0.35重量%のMoとを含有している、請求項1ないし3のいずれか記載の管材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、強度が高い鋼管を製造する技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、自動車に対しては、燃費改善に対する要求がますます高まり、更なる軽量化が強く要請されるようになってきている。そのため、自動車に使用される部品においては、鋼製の線材や棒材から成形されていた従来の部品を、鋼製の管材(以下、「鋼管」、あるいは、単に「管材」とも呼ぶ)から成形された部品に置き換えることが進められている。また、従来から管材を成形して製造されていた部品についても、軽量化のために薄肉化が求められる一方、十分な強度を維持することが求められている。このような要請は、自動車用部品の製造に使用される管材に限らず、鉄道車両や航空機等の移動体用の部品や各種機械装置に使用される部品等の製造に使用される管材に共通している。
【0003】
一般的に、部品の成形に使用される管材は、外径および内径(管径)を部品の大きさに合わせるため、管径が当該管材よりも大きい厚肉の管材(素管)に冷間引抜加工を施すことにより製造される。しかしながら、冷間引抜加工によって得られる管材の強度を十分に高くすることは、必ずしも容易ではない。そこで、組成が適宜調整され、冷間引抜加工により予め所望の形状に形成された管材に、焼入や焼戻し等の熱処理を施して、強度を高くすることが行われている。例えば、特許文献1においては、エアバッグ用の管材を製造するため、クロム(Cr)やモリブデン(Mo)等を添加した鋼管に冷間引抜加工を施し、その後、所定の温度条件で焼入および焼戻しを行うことが提案されている。
【0004】
また、特許文献1には、冷間引抜加工を施す鋼管にチタン(Ti)やニオブ(Nb)等の元素を添加して、結晶組織を微細粒化することが記載されている。一般に、鋼材の降伏応力は、結晶粒径が小さくなるほど高くなることが知られている。そのため、TiやNb等の元素を添加して、結晶組織を微細粒化することにより、管材の強度をより高くすることが期待できる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、焼入や焼戻し等の熱処理を行う場合、熱処理を行うのに伴って酸洗および中和が必要となり、また、酸洗を行うのに伴ってベーキングが必要となる。そのため、管径を縮小する冷間引抜加工においては、エネルギーの消費量を低減することができるものの、熱処理と、ベーキングとにおいて多くのエネルギーが消費されるため、管材の製造工程全体としてのエネルギーの消費量は多くなる。さらに、管材の強度をより高くするため、TiやNb等の結晶組織を微細粒化する元素を添加すると、管材のリサイクル性が低下する。
【0007】
本発明は、上述した従来の課題を解決するためになされたものであり、強度が高い管材を製造する際のエネルギー消費量を低減するとともに、管材のリサイクル性を改善する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的の少なくとも一部を達成するために、本発明は、以下の形態又は適用例として実現することが可能である。
【0009】
[適用例1]
管材の製造方法であって、0.05~0.25重量%のCを含む鋼材からなり、長尺で中実の原材を準備する工程と、前記原材を切断して、中実のビレットを形成する原材切断工程と、前記ビレットを中空のブランクに加工する中空化加工工程と、前記ブランクを管状に温間押出成形する温間押出工程と、を備える、管材の製造方法。
【0010】
この適用例によれば、得られる管材の結晶組織を微細粒化し、降伏応力をより高くするとともに、脆性遷移温度をより低くすることができる。そのため、得られた管材に焼入等の熱処理を施すことを省略することができるので、強度が高い管材の製造工程全体としてのエネルギーの消費量を低減することが可能となる。また、結晶組織を微細粒化は、結晶組織を微細粒化する元素の添加なしに発現するので、当該元素の添加に伴う管材のリサイクル性の低下を抑制することができる。
【0011】
[適用例2]
前記原材は、球状化焼鈍が施されている、請求項1記載の管材の製造方法。この適用例によれば、得られる管材の延性を良好に改善することができる。
【0012】
[適用例3]
前記中空化加工工程は、冷間鍛造により前記ビレットを前記ブランクに加工する、請求項1または2記載の管材の製造方法。ビレットのブランクへの加工を冷間鍛造で行うことにより、ビレットの加熱に要するエネルギーの消費を抑制することができる。
【0013】
[適用例4]
前記鋼材は、さらに、0.60~1.5重量%のMnを含有している、請求項1ないし3のいずれか記載の管材の製造方法。原材となる鋼材にMnを添加することにより、得られる管材の引張強さをより高くすることができる。
【0014】
[適用例5]
前記鋼材は、さらに、0.30~0.85重量%のMnと、0.85~1.25重量%のCrと、0.15~0.35重量%のMoとを含有している、請求項1ないし3のいずれか記載の管材の製造方法。原材となる鋼材にCrおよびMoを添加することにより、得られる管材は、加工硬化により引張強さが向上する。そのため、管材を加工して得られる部品の強度をより高くすることができる。
【0015】
なお、本発明は、種々の態様で実現することが可能である。例えば、管材の製造方法およびその製造方法で製造された管材、それらの管材を利用した各種部品等の態様で実現することができる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】第1実施形態における管材の製造工程を示す工程図。
【
図2】温間押出成形に用いる金型の構成と、当該金型により温間押出成形が行われる様子とを示す説明図。
【
図3】管材の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真。
【
図4】圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真。
【
図5】圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真。
【
図6】圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真。
【
図7】圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示すグラフ。
【
図8】第2実施形態における管材の製造工程を示すフローチャート。
【
図9】球状化焼鈍の結晶粒径に対する影響を評価した結果を示す電子顕微鏡写真。
【
図10】球状化焼鈍の延性に対する影響を評価した結果を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明を実施するための形態を以下の順序で説明する。
A.第1実施形態:
A1.第1実施形態における管材の製造工程:
A2.温間押出成形:
A3.第1実施形態の実施例:
B.第2実施形態:
B1.第2実施形態における管材の製造工程:
B2.第2実施形態の実施例:
【0018】
A.第1実施形態:
A1.第1実施形態における管材の製造工程:
図1は、本発明の第1実施形態としての管材の製造工程を示す工程図である。
図1(a)ないし
図1(d)は、各工程において加工が施されたワーク、すなわち、ビレット910、中空ブランク920、押出材950および最終的な管材960の形態を示している。また、
図1(a)ないし
図1(d)において、一点鎖線C-C’は、ビレット910、中空ブランク920、押出材950および管材960の軸線を示している。
【0019】
第1実施形態の管材の製造工程では、まず、管材の原材料である中実で長尺の鋼材(原材)を準備する。原材としては、線状の鋼材をコイル状にしたコイル材を用いても良く、また、棒状の鋼材である棒材(棒鋼)を用いてもよい。なお、原材の材質は、炭素(C)の含有量が0.05~0.25重量%の炭素鋼をベースとする鋼材であればよい。このように準備された原材を適宜の長さに切断することにより、
図1(a)に示すように略円柱状のビレット910が得られる。
【0020】
このようにして得られたビレット910は、
図1(b)に示すように、中空ブランク920に加工される。
図1(b)の例において、中空ブランク920は、中心に円形の穴929が設けられ、内周部922が外周部921よりも厚い略円環状に形成されている。このようなビレット910から中空ブランク920への加工(中空化加工)は、パーツフォーマー等を用いた一般的な冷間鍛造技術により行うことができる。なお、中空化加工は、冷間鍛造に限らず、温間鍛造や熱間鍛造によって行うことも可能である。但し、ビレット910の加熱に要するエネルギーの消費を抑制することができる点で、中空化加工は、冷間鍛造で行うのが好ましい。
【0021】
なお、
図1の例では、中空ブランク920は、内周部922が外周部921よりも厚くなるように形成されているが、中空ブランクの形状は、種々変更することができる。中空ブランクは、例えば、外周部から内周部まで厚みが均一な形状としても良く、また、外周部が内周部よりも厚い形状としてもよい。
【0022】
中空化加工により得られた中空ブランク920は、後方側(C方向側)から前方側(C’方向側)に向かって押出を行う温間押出成形(詳細については後述する)により、略管状の押出材950(
図1(c))に成形される。なお、以下では、このように押出を行う方向(C’方向)を前方と呼び、その反対方向(C方向)を後方と呼ぶ。
【0023】
温間押出成形により成形された押出材950は、管状の先端部951と、金型(後述する)の形状に沿って変形した後端部952とを有している。そして、
図1(d)に示すように、押出材950から、その先端部951を切り出すことにより、円筒状の管材960が得られる。
【0024】
なお、
図1の例では、
図1(d)の管材の切り出しまでを含めて管材の製造工程としている。しかしながら、
図1(c)に示す押出材950もその形態が略管状となっているため、
図1(c)に示す温間押出成形の段階で管材の製造が完了していると考えることも可能である。そのため、本発明においては、温間押出成形までの工程をもって、管材の製造方法と謂う。
【0025】
A2.温間押出成形:
図2は、温間押出成形に用いる金型の構成と、当該金型により温間押出成形が行われる様子を示す説明図である。
図2(a)ないし
図2(c)は、温間押出成形により中空ブランク920が変形し、押出材950(
図1(c))が形成されていく様子を示している。なお、
図2(a)ないし
図2(c)では、温間押出成形の金型を構成するパンチ100、カウンターパンチ200およびダイス300と、中空ブランク920および成形途中のワークである中間材930、940とをそれぞれ軸線C-C’に沿って切断した断面を示している。
【0026】
パンチ100は、温間押出成形に使用されるプレス装置のラムに取り付けられる平板状のベース110と、ベース110から前方(C’方向)に伸びる略円筒状の中間部120と、中間部120から前方に伸び、カウンターパンチ200とダイス300との間の空隙に進入する円筒状の先端部130とを有している。
【0027】
カウンターパンチ200は、棒状の部材であり、後方側に位置し、外径が小さく設定された円柱状の小径部210と、小径部210の前方側に位置し、前方に向かって外径が拡大するテーパー部220と、テーパー部220の前方側に位置し、小径部210よりも外径が大きい大径部230とを有している。
【0028】
ダイス300は、略円筒状の部材であり、内径が大きく設定された拡径部310と、拡径部310の前方側に位置し、前方に向かって内径が縮小するテーパー部320と、テーパー部320の前方側に位置し、拡径部310よりも内径が小さい縮径部330とを有している。
【0029】
図2に示すように、カウンターパンチ200およびダイス300は、カウンターパンチ200の大径部230とダイス300の縮径部330とが対向し、かつ、カウンターパンチ200とダイス300の内面309とが同軸となるように配置される。また、パンチ100の先端部130は、その内径がカウンターパンチ200の小径部210の外径と略同一になるように設定され、その外径がダイス300の拡径部310の内径と略同一になるように設定されている。そして、パンチ100の先端部130と、カウンターパンチ200やダイス300の内面309とが同軸となるように配置し、パンチ100を前方に移動させることにより押出成形が行われる。
【0030】
温間押出成形では、まず、押出成形が温間温度領域(後述する)で進行するように、中空ブランク920を予め設定されたブランク温度まで昇温するとともに、カウンターパンチ200およびダイス300を予め設定された金型温度まで昇温する。このようなブランク温度および金型温度は、押出成形が温間温度領域で進行するように、塑性変形による発熱(塑性発熱)を考慮したシミュレーション等により設定することができる。なお、一般的に温間温度領域は600~650℃となり、塑性発熱による温度上昇は100~150℃程度となるため、ブランク温度および金型温度は、450~550℃に設定される。
【0031】
次いで、昇温された中空ブランク920を、
図2(a)に示すように、金型に装入する。具体的には、中空ブランク920は、カウンターパンチ200の小径部210と、ダイス300の拡径部310との間に配置される。
【0032】
なお、
図2(a)の例では、中空ブランク920と、カウンターパンチ200やダイス300との間に大きな隙間が生じないように、中空ブランク920の内径をカウンターパンチ200の小径部210の外径と略同一とし、外径をダイス300の拡径部310の内径と略同一にしている。しかしながら、中空ブランクの内径および外径は、中空ブランク920がカウンターパンチ200の小径部210とダイス300の拡径部310との間に配置できれば種々変更することができる。但し、温間押出成形によって形成される押出材950(
図1(c))にボイドが発生することが抑制される点で、
図2(a)のように、中空ブランク920と、カウンターパンチ200やダイス300との間に大きな隙間が生じないようにするのが好ましい。
【0033】
図2(a)に示すように、中空ブランク920を金型に装入した後、パンチ100を前方に移動させると、中空ブランク920が変形し、変形した中空ブランクにより、カウンターパンチ200の小径部210およびテーパー部220と、ダイス300の拡径部310およびテーパー部320との間隙が充填される。そして、さらにパンチ100を前方に移動させると、
図2(b)に示すように押出が開始され、変形した中空ブランクすなわち中間材930は、その後端部931がカウンターパンチ200の大径部230とダイス300の縮径部330との間隙(狭窄部)に押し出され、当該狭窄部において管状の先端部932が形成される。
【0034】
さらに、
図2(b)に示すように押出が開始された後、パンチ100を前方に移動させて押出を進行させると、中間材930の後端部931がカウンターパンチ200の大径部230とダイス300の縮径部330との間隙に押し出される。そのため、
図2(c)に示すように、中間材940の後端部941の体積が減少して、狭窄部が中間材940の中間部942により充填されるととも、ダイス300より前方の位置において、成形済の管状部943が形成される。
【0035】
このように、押出が進行している状態において、中間材940の中間部942には、塑性変形により多数の転位が導入され、変形組織が形成される。また、中間部942の温度は、塑性発熱により、再結晶が進行する温間温度領域(600~650℃)まで上昇する。そして、中間部942の温度が温間温度領域となることにより、転位が導入された変形組織は、転位が消滅しあるいは再配列する回復の過程を経て、核生成および成長による一次再結晶が進行し、微細な結晶組織(サブグレイン)となる。
【0036】
第1実施形態においては、成形済の管状部943がダイス300の外部に露出するので、管状部943の温度が温間温度領域よりも低下し、サブグレインの粒成長が抑制される。そのため、管状部943の結晶組織は、その大きさ(結晶粒径)が微細な状態(結晶粒径が1.5μm以下)に維持される。そして、管状部943の結晶組織が微細粒化されることにより、管状部943に対応する押出材950(
図1(c))の先端部951や管材960(
図1(d))の結晶組織も微細粒化する。
【0037】
このように、第1実施形態によれば、押出成形が温間温度領域で進行する温間押出成形を行うことにより、得られる管材960の結晶組織が微細粒化する。また、一般的に、鋼材の降伏応力は、結晶粒径が小さくなるほど高くなり、脆性遷移温度は、結晶粒径が小さくなるほど低くなる(ホール・ペッチ(Hall-Petch)の関係)。そのため、第1実施形態によれば、得られる管材960の結晶組織が微細粒化するので、管材960の降伏応力をより高くするとともに、脆性遷移温度をより低くすることができる。そのため、得られた管材960に焼入等の熱処理を施すことを省略することができるので、強度が高い管材の製造工程全体としてのエネルギーの消費量を低減することが可能となる。
【0038】
また、第1実施形態では、管材の製造にあたり、中実で長尺の鋼材を原材として用いている。そのため、第1実施形態によれば、原材料となる管材(素管)を加工して所望の形状の管材を製造する一般的な管材の製造方法と比較して、原材の保管スペースをより小さくすることができる。
【0039】
さらに、第1実施形態では、管材960の材質(すなわち、原材の材質)として、Cの含有量が0.05~0.25重量%の炭素鋼を用いた場合においても、管材960の結晶組織を十分に微細粒化することができる。そのため、チタン(Ti)やニオブ(Nb)等の結晶組織の微細粒化を促進する合金元素の添加を省略できるので、管材960のリサイクル性を高くするとともに、管材960の価格の低減を図ることができる。
【0040】
なお、第1実施形態を適用して管材を製造するための原材の材質(すなわち、管材の材質)は、最終的な管材に要求される機械特性に応じて適宜変更することができる。例えば、引張強さを高くするため、Cと同様に引張強さを高くする合金元素であるマンガン(Mn)を添加した原材を使用することも可能である。この場合、Mnの含有量は、後述するように選択的に添加されるクロム(Cr)およびモリブデン(Mo)の有無によって調整するのが好ましい。CrおよびMoを添加する場合には、Mnの含有量は、0.30~0.85%とするのが好ましく、CrおよびMoを添加しない場合には、Mnの含有量は、0.60~1.5%とするのが好ましい。また、加工硬化による引張強さの向上を促進するため、CrおよびMoを添加した原材を使用することも可能である。この場合、Crの含有量は、0.85~1.25%とし、Moの含有量は、0.15~0.35%とするのが好ましい。
【0041】
A3.第1実施形態の実施例:
[管材の結晶粒径の評価]
第1実施形態の効果を確認するため、合金元素を添加していない炭素鋼(S15C)の原材から管材を作成し、作成した管材の結晶粒径を評価した。具体的には、原材として、S15Cのコイル材を準備した。準備したコイル材の化学成分は、次の表1の通りである。なお、表1において、Si、CuおよびNiは、それぞれ、シリコン、銅およびニッケルを表している。
【表1】
【0042】
次いで、パーツフォーマーを用いて、準備したコイル材を切断してビレットにするとともに、切断したビレットを冷間鍛造して中空ブランクを作成した。そして、中空ブランクを550℃まで昇温するとともに、カウンターパンチおよびダイスを472℃まで昇温し、押出成形を行った。このようにして押出成形で得られた押出材(
図1(c)参照)の先端部(すなわち、管材)について、その軸方向(C-C’方向)に垂直な断面を走査型電子顕微鏡(以下、単に「電子顕微鏡」と謂う)で観察した。電子顕微鏡での観察は、管材の外径側、管材の内径側およびその中間の部分(中間部)について行った。
【0043】
図3は、管材の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真である。
図3(a),
図3(b)は、外径側の結晶組織を示し、
図3(c),
図3(d)は、中間部の結晶組織を示し、
図3(e),
図3(f)は、内径側の結晶組織を示している。また、
図3(a),
図3(c),
図3(e)は、5000倍の倍率で観察した様子を示し、
図3(b),
図3(d),
図3(f)は、10000倍の倍率で観察した様子を示している。
【0044】
図3(a),
図3(c),
図3(e)から分かるように、評価を行った管材においては、その外径側、中間部および内径側のいずれにおいても、すなわち、管材の肉厚全体において、再結晶化によって結晶組織が形成されていた。また、
図3(b),
図3(d),
図3(f)から分かるように、管材の肉厚全体において、結晶粒径が1.5μmとなっていることが確認できた。
【0045】
以上のことから、温間押出成形を行う第1実施形態を適用して管材を製造することにより、原材として結晶組織の微細粒化を促進する元素を添加していないS15Cを用いた場合においても、得られる管材の結晶組織を微細粒化することが可能であることが分かった。
【0046】
[微細粒の発現条件の確認]
管材の結晶粒径の評価に次いで、原材の材質、原材の加工状態およびブランクや金型の温度を変更して、微細粒が発現する条件の確認を行った。具体的には、強い圧縮応力により塑性変形が進行する押出加工に対応する加工方法として、加熱状態において圧縮加工を行い、圧縮された試験片の結晶組織を電子顕微鏡を用いて観察した。また、比較対象として、冷間圧縮加工により圧縮された試験片の結晶組織を電子顕微鏡を用いて観察した。
【0047】
加熱状態で圧縮加工を行う試験片の材質としては、管材において結晶粒径を評価した炭素鋼(S15C)と、高強度化が可能なマンガン鋼(Q345B)とを使用した。また、比較対象として冷間圧縮加工を行う試験片の材質としては、加熱状態での圧縮加工に用いたS15CおよびQ345Bと、Cの含有量が略同一で構造用鋼として使用されるクロムモリブデン鋼(SCM415)とを使用した。これら試験片として使用した鋼材の化学成分は、次の表2の通りである。なお、表2において、下線を付した項目は、鋼材への添加元素を示している。
【表2】
【0048】
圧縮加工の試験片としては、S15C、Q345BおよびSCM415の棒材を軸方向に垂直な面で切断して切り出し、厚さが7.7mmの平板状としたものを準備した。また、第1実施形態において温間押出加工に先立って行われる中空化加工の影響の有無を確認するため、S15CおよびQ345Bの棒材に40%の加工率で軸方向の据込鍛造を施した後、据込鍛造を施した材料を据込方向に垂直な面で切断して切り出して、厚さが7.7mmの平板状の試験片を準備した。なお、以下では、このように据込鍛造を施した材料を切り出した試験片については、試験片の加工率を40%と表し、棒材を軸方向に垂直な面で切断して得られた試験片については、試験片の加工率を0%と表す。
【0049】
圧縮加工は、凸形状の上型および下型を凸部が対向するように配置し、下型上に試験片を載置した後に上型を下降させ、上型および下型の凸部の間で厚さが1mmとなるように(すなわち、圧縮加工の加工率が87%となるように)圧縮加工を行った。加熱状態で圧縮加工を行う際には、試験片と上型および下型とを予め加熱温度が設定された加熱炉にて昇温し、昇温後15分間、加熱状態を維持した。その後、加熱炉から取り出した上型および下型を用いて、速やかに、試験片の圧縮加工を行った。一方、冷間圧縮加工を行う際には、常温の上型および下型を用いて、常温の試験片の圧縮加工を行った。
【0050】
図4ないし
図6は、圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示す電子顕微鏡写真である。
図4(a)ないし
図4(c)は、材質としてS15C、Q345BおよびSCM415を用いた各試験片について、冷間圧縮加工を施した試験片の結晶組織を示している。
図5(a)ないし
図5(f)は、材質としてS15Cを用い、加熱状態で圧縮加工を施した試験片の結晶組織を示し、
図6(a)ないし
図6(f)は、材質としてQ345Bを用い、加熱状態で圧縮加工を施した試験片の結晶組織を示している。
【0051】
図4(a)ないし
図4(c)から分かるように、冷間圧縮加工を行った試験片については、試験片の材質に関わりなく微細粒が発現しなかった。一方、
図5(a),
図5(b),
図6(a),
図6(b)から分かるように、加熱温度を450℃とした試験片では、試験片の材質や加工率にかかわらず、微細粒が発現していた。これに対し、加熱温度を550℃あるいは650℃とした試験片(
図5(c)~
図5(f),
図6(c)~
図6(f))では、微細粒は発現しているものの、結晶粒径は加熱温度を450℃とした試験片よりも大きくなった。これは、圧縮加工の開始時点における試験片および金型の温度が過度に高かったため粒成長がすすみ、試験片の結晶組織が粗大化したものと考えられる。
【0052】
図7は、圧縮加工を行った試験片の結晶粒径を評価した結果を示すグラフである。
図7(a)は、冷間圧縮加工品を含む試験片の結晶粒径を示し、
図7(b)は、冷間圧縮加工品を含まない試験片の結晶粒径を示している。
【0053】
図7(a)に示すように、冷間圧縮加工を行った試験片では、材質をSCM415とする試験片について結晶粒径が約20μmとなり、材質をS15CあるいはQ345Bとする試験片について結晶粒径が約50μmとなった。これに対し、温間圧縮加工を行った試験片では、試験片の結晶粒径は、微細粒化の目標とする結晶粒径である1.5μm(
図7(a)の破線)に近くなった。
【0054】
さらに、
図7(b)に示すように、加熱温度を550℃あるいは650℃とした試験片では、結晶粒径は2μm以上となった。一方、加熱温度を450℃とした試験片では、結晶粒径は1μm以下となり、目標とする結晶粒径である1.5μmを下回ることが確認できた。
【0055】
なお、加熱状態での圧縮加工では、圧縮加工中の試験片の温度が塑性加熱により約150℃上昇するものと想定される。従って、加熱温度、すなわち、圧縮加工の開始時点における試験片および金型の温度を450℃とした試験片では、圧縮加工が温間温度領域で進行したため結晶粒径が1μm以下となったものと考えられる。一方、加熱温度を550℃あるいは650℃とした試験片では、圧縮加工が温間温度領域よりも高い温度で進行したため結晶粒径が2μm以上となったものと考えられる。
【0056】
このように、第1実施形態によれば、押出加工が温間温度領域で進行する温間押出成形により管材を製造することにより、得られる管材において結晶粒径が1.5μm以下となるように結晶組織を微細粒化することが可能である。そのため、得られる管材の降伏応力をより高くするとともに、脆性遷移温度をより低くすることできるので、焼入等の熱処理を省略して強度が高い管材の製造工程全体としてのエネルギーの消費量を低減することができる。さらに、このような微細粒化が結晶組織の微細粒化を促進する元素を添加することなく発現するので、得られる管材のリサイクル性を高くするとともに、管材の価格の低減を図ることができる。
【0057】
B.第2実施形態:
B1.第2実施形態における管材の製造工程:
図8は、第2実施形態における管材の製造工程を示すフローチャートである。第2実施形態は、ビレットの形成を行う原材の切断工程(ステップS2)に先だって、原材の球状化焼鈍を行う工程(ステップS1)を有している点で第1実施形態と異なっている。原材の切断(ステップS2)から管材の切り出し(ステップS5)までの各工程は、第1実施形態と同様であるので、ここではその説明を省略する。
【0058】
原材を球状化焼鈍することにより、原材中においてフェライトと積層してパーライトを形成していた鉄カーバイド(Fe3C)が原材中に分散し、微小な球状セメンタイトとして析出する。そして、第2実施形態においては、ビレットの形成から管材の形成までの製造工程全体(ステップS2~S5)において、ワークの温度が温間温度領域より高くならない。そのため、最終的な管材においても、鉄カーバイドは球状セメンタイトの状態に維持されるので、得られる管材の延性をより高くすることができる。
【0059】
一方、第2実施形態では、第1実施形態と同様に温間押出加工により管材を形成する。そのため、第1実施形態と同様に、最終的に得られる管材において結晶組織が微細粒化する。そのため、第2実施形態によれば、管材の降伏応力をより高くし、脆性遷移温度をより低くするとともに、延性をより高くすることが可能となる。
【0060】
なお、第2実施形態では、管材の製造工程のステップS1で原材に球状化焼鈍を施しているが、予め球状化焼鈍が施された原材を準備することによりステップS1を省略することも可能である。また、ステップS1の球状化焼鈍を行う工程を、球状化焼鈍が施された原材を準備する工程と捉えることも可能である。
【0061】
B2.第2実施形態の実施例:
第2実施形態の効果を確認するため、管材における微細粒の発現と管材の機械特性とに対する球状化焼鈍の影響を評価した。具体的には、Q345Bからなる棒材を複数準備し、その一部に球状化焼鈍を行い、球状化焼鈍を行っていない棒材と球状化焼鈍を行った棒材とから、第1実施形態の実施例と同様に、温間圧縮加工の試験片と、管材製造のためのビレットとを作成した。なお、準備した棒材の化学組成は、表2に示す第1実施形態の実施例と同じである。
【0062】
温間圧縮加工の試験片については、加熱温度を450℃として温間圧縮加工を行い、微細粒の発現の有無の確認と機械特性の評価を行った。一方、管材製造のためのビレットについては、中空化加工の後、温間押出成形を行って管材を作成し、得られた管材について扁平試験を行った。なお、その他、圧縮加工の条件や管材の製造条件等の各種条件については、第1実施形態の実施例と同様である。
【0063】
図9は、球状化焼鈍の結晶粒径に対する影響を評価した結果を示す電子顕微鏡写真である。
図9(a)は、球状化焼鈍を行っていない試験片の結晶組織を示し、
図9(b)は、球状化焼鈍を行った試験片の結晶組織を示している。
【0064】
図9(a)および
図9(b)から分かるように、温間圧縮加工を施すことにより、球状化焼鈍の有無にかかわらず、結晶組織が微細粒化することが確認できた。また、球状化焼鈍を行うことにより、結晶粒径がやや大きくなるものの、結晶組織は十分に微細粒化することが確認できた。
【0065】
温間圧縮加工を行った試験片の機械特性の評価は、常温および低温(-40℃)における引張試験によっておこなった。次の表3は、各試験片における結晶粒径と、引張試験の評価結果を示している。
【表3】
【0066】
表3に示すように、常温および低温のいずれの試験においても、原材に球状化焼鈍を施すことにより、引張強さがやや低下する(常温で-10%)ものの、伸びが顕著に大きくなる(常温で+47%)ことが分かった。この結果から、原材に球状化焼鈍を施すことにより、温間押出成形に対応する温間圧縮加工を行った試験片の延性を、良好に改善することが可能であることが分かった。
【0067】
図10は、球状化焼鈍の延性に対する影響を評価した結果を示す説明図である。
図10(a)および
図10(b)は、原材に球状化焼鈍を施していない管材について、扁平試験を行った試料の上面および側面を観察した写真である。
図10(c)および
図10(d)は、原材に球状化焼鈍を施した管材について、扁平試験を行った試料の上面および側面を観察した写真である。
【0068】
図10(a)および
図10(b)に示すように、球状化焼鈍を行っていない管材では、側面側には割れが生じていないものの、上面側において割れが生じていた。これに対し、
図10(c)および
図10(d)に示すように、球状化焼鈍を行った管材では、上面側および側面側のいずれにも割れが生じなかった。この結果から、原材に球状化焼鈍を施すことにより、温間押出成形で形成された管材についても、その延性を良好に改善することが可能であることが分かった。
【0069】
以上の結果から、第2実施形態を適用することにより、管材の結晶組織を十分に微細粒化することができるので、管材の降伏応力をより高くし、脆性遷移温度をより低くすることができ、また、原材の球状化焼鈍により管材の延性をより高くすることが可能となることが分かった。
【符号の説明】
【0070】
100…パンチ
110…ベース
120…中間部
130…先端部
200…カウンターパンチ
210…小径部
220…テーパー部
230…大径部
300…ダイス
309…内面
310…拡径部
320…テーパー部
330…縮径部
910…ビレット
920…中空ブランク
921…外周部
922…内周部
929…穴
930…中間材
931…後端部
932…先端部
940…中空ブランク
941…後端部
942…中間部
943…管状部
950…押出材
951…先端部
952…後端部
960…管材
【要約】
【課題】強度が高い管材を製造する際のエネルギー消費量を低減するとともに、管材のリサイクル性を改善する技術を提供する。
【解決手段】0.05~0.25重量%のCを含む鋼材からなり、長尺で中実の原材を準備する。次いで、準備された原材を切断して、中実のビレット910を形成した後、ビレット910を中空のブランク920に加工する。そして、中空に加工されたブランク920を、温間押出成形により管状950に成形する。
【選択図】
図1