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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】タンパク質の酵素消化方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20210101AFI20220119BHJP
   C12P 21/06 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
G01N27/62 V
C12P21/06 ZNA
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017096884
(22)【出願日】2017-05-15
(65)【公開番号】P2018194375
(43)【公開日】2018-12-06
【審査請求日】2019-08-07
【審判番号】
【審判請求日】2021-05-14
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100102037
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 裕之
(74)【代理人】
【識別番号】100149962
【弁理士】
【氏名又は名称】阿久津 好二
(74)【代理人】
【識別番号】100170988
【弁理士】
【氏名又は名称】妹尾 明展
(74)【代理人】
【識別番号】100189566
【弁理士】
【氏名又は名称】岸本 雅之
(72)【発明者】
【氏名】金子 直樹
【合議体】
【審判長】三崎 仁
【審判官】伊藤 幸仙
【審判官】井上 博之
(56)【参考文献】
【文献】特開2015-178990(JP,A)
【文献】特表2011-501748(JP,A)
【文献】Wisniewski,J.R. et al.,”Consecutive Proteolytic Digestion in an Enzyme Reactor Increases Depth of Proteomic and Phosphoproteomic Analysis”,Anal.Chem.2012年,Vol.84,No.6,pp.2631-2637
【文献】Erde,J. et al.,”Enhanced FASP(eFASP) to Increase Proteome Coverage and Sample Recovery for Quantitative Proteomic Experiments”,J.Proteome Res.,2014年,Vol.13,No.4,pp.1885-1895
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
H01J 40/00 - 49/48
JSTPlus
JMEDPlus
JST7580
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質を第一変性剤の存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第一ペプチド断片の溶液を得る工程と、
前記第一ペプチド断片の溶液中の前記第一変性剤を第二変性剤に置換する工程と、
前記第二変性剤への置換工程で得られた第一ペプチド断片を第二変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第二ペプチド断片の溶液を得る工程と、
を含み、
前記第一変性剤と前記第二変性剤とは互いに異なる物質である、タンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法によって、タンパク質の消化ペプチド断片を取得して、
取得したタンパク質の消化ペプチド断片を質量分析で検出する方法。
【請求項2】
前記プロテアーゼが、Trypsin、Lys-C、Asp-N、Glu-C、Arg-C、Chymotrypsin、及びThermolysinからなる群から選ばれる、請求項1のタンパク質の消化ペプチド断片を質量分析する方法。
【請求項3】
前記第一変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、
前記第二変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものである、請求項1又は2のタンパク質の消化ペプチド断片を質量分析する方法。
【請求項4】
前記第二ペプチド断片の溶液を得る工程の後、さらに、
前記第二ペプチド断片の溶液中の前記第二変性剤を第三変性剤に置換する工程と、
前記第三変性剤への置換工程で得られた第二ペプチド断片を第三変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第三ペプチド断片の溶液を得る工程、
を含む、請求項1~3のいずれかのタンパク質の消化ペプチド断片を質量分析する方法。
【請求項5】
前記第三変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、
前記第三変性剤が、前記第一変性剤及び前記第二変性剤のいずれとも異なる物質である、請求項4のタンパク質の消化ペプチド断片を質量分析する方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臨床医学分野、分析化学分野、及び生物学研究分野に属し、タンパク質の酵素消化方法に関する。より詳しくは、本発明は、タンパク質を対象とする質量分析におけるタンパク質の前処理法に関する。
【背景技術】
【0002】
種々の疾患に関連するバイオマーカータンパク質の研究開発、及びそれらの利用が行なわれている。
【0003】
バイオマーカータンパク質の検出には、質量分析やプロテオミクス技術が用いられるが、バイオマーカータンパク質の体液中の濃度は極めて低い。そのため、高感度化、及び安定したシグナル取得のためには、質量分析の前処理においてタンパク質の高い酵素消化効率が求められる。
【0004】
例えば、tauタンパク質はアルツハイマー病に関連するバイオマーカーであるが、tauタンパク質の体液中の濃度は極めて低い。そのため、高感度化、及び安定したシグナル取得のためには、質量分析の前処理においてtauタンパク質の高い酵素消化効率が求められる。
【0005】
タンパク質の通常の酵素消化では未切断(missed cleavage: MC)の部位が存在する消化ペプチド断片も産生される。しかしながら、Multiple Reaction Monitoring(MRM)などでタンパク質を定量する場合には、未切断部位(missed cleavage site)が存在する消化ペプチド断片よりも、未切断部位が無い消化ペプチドの方が定量精度の安定性があるため、未切断部位が無い消化ペプチドがターゲットペプチドとして選ばれる。このため、感度高くターゲットペプチドを検出するためには、未切断部位を残さず効率的にタンパク質を酵素消化する方法が必要である。このようなタンパク質の効率的な酵素消化方法は、種々の疾患に関連する体液中バイオマーカータンパク質、例えば、アルツハイマー病のバイオマーカーとなりうる体液中tauの定量には重要な技術となる。
【0006】
質量分析装置では、質量の低い物質ほど高感度かつ高分解能で分析できる。そのため、タンパク質を質量分析で測定する場合には、TrypsinやLyc-Cなどのタンパク質分解酵素(プロテアーゼ)を用いて対象のタンパク質を酵素消化し、ペプチドへ断片化させ、ペプチド断片を測定することにより、元のタンパク質をそのままの状態で測定するよりも、高感度に、かつ詳細なアミノ酸配列の構造を解析できる。そのため、質量分析の前処理法として、対象のタンパク質の酵素消化が一般的に用いられている。
【0007】
タンパク質を効率的に消化するために、通常、変性剤によりタンパク質を変性させる。変性剤としては、タンパク質内水素結合を切断する尿素(Urea)、グアニジン塩酸などのカオトロープ剤、タンパク質内疎水結合を切断するアセトニトリル、メタノールなどの有機溶媒、又は、n-octyl glucoside、Sodium dodecyl sulfate(SDS)などの界面活性剤(非特許文献1)が使用される。また、酵素消化後に容易に除去できるように、親水部分と疎水部分とを切断可能な界面活性剤が開発されている。このような界面活性剤として、ProteaseMAX(Promega社)、RapiGest SF(Waters社)、PPS Silent Surfactant(Expedeon社)等が販売されている。用いる変性剤によって消化効率は様々であるが、これらいずれの変性剤を用いたとしても、消化ペプチド断片において未切断部位は必ず残ってしまう(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0008】
【文献】Masuda T et al. Phase transfer surfactant-aided trypsin digestion for membrane proteome analysis. J Proteome Res. 2008 Feb;7(2):731-40
【文献】Pasing Y et al. Proteomics of hydrophobic samples: Fast, robust and low-cost workflows for clinical approaches. Proteomics. 2016 doi: 10.1002/pmic.201500462. [Epub ahead of print] [Epub ahead of print]
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
対象のタンパク質の酵素消化において未切断部位(missed cleavage site)を多く持つペプチド断片が多く産生されてしまうと、質量分析での感度低下や定量における精度の悪化を引き起こす。したがって、消化効率を向上させ、酵素による未切断をできるだけ少なくし、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させることが必要になってくる。
【0010】
また、質量分析を用いたPeptide Mass FingerprintやMS/MS Ion Searchによりタンパク質を同定する場合に、Mascotなどのデータベース検索アルゴリズムを使用するが、ペプチド断片の未切断部位(missed cleavage site)を少なくすることにより、そのタンパク質の同定確率の向上にも寄与する。
【0011】
そこで、本発明の目的は、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させるタンパク質の酵素消化方法を提供することにある。とりわけ、本発明の目的は、タンパク質を対象とする質量分析におけるタンパク質の前処理法として、対象のタンパク質の酵素消化において、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させる酵素消化方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は、鋭意検討の結果、対象のタンパク質を酵素消化するに際して、異なる変性剤を用いて多段階の変性条件下による酵素消化を行うことにより、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させ得ることを見出し、本発明に到達した。
【0013】
本発明は、以下の発明を含む。
(1) タンパク質を第一変性剤の存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第一ペプチド断片の溶液を得る工程と、
前記第一ペプチド断片の溶液中の前記第一変性剤を第二変性剤に置換する工程と、
前記第一ペプチド断片を第二変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第二ペプチド断片の溶液を得る工程と、
を含むタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法。
【0014】
(2) 前記プロテアーゼが、Trypsin、Lys-C、Asp-N、Glu-C、Arg-C、Chymotrypsin、及びThermolysinからなる群から選ばれる、上記(1)のタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法。
【0015】
(3) 前記第一変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、
前記第二変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、
前記第一変性剤と前記第二変性剤とは互いに異なる物質である、上記(1)又は(2)のタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法。
【0016】
(4) 前記第二ペプチド断片の溶液を得る工程の後、さらに、
前記第二ペプチド断片の溶液中の前記第二変性剤を第三変性剤に置換する工程と、
前記第二ペプチド断片を第三変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第三ペプチド断片の溶液を得る工程、
を含む、上記(1)~(3)のいずれかのタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法。
【0017】
(5) 前記第三変性剤が、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、
前記第三変性剤が、前記第一変性剤及び前記第二変性剤のいずれとも異なる物質である、上記(4)のタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法。
【0018】
(6) 上記(1)~(5)のいずれかの方法によって、タンパク質の消化ペプチド断片を取得して、
取得したペプチド断片を質量分析で検出する方法。
【発明の効果】
【0019】
本発明において、対象のタンパク質を酵素消化するに際して、異なる変性剤を用いて多段階の変性条件下による酵素消化を行うことにより、未切断部位が無いか又は未切断部位があってもその数が少ないペプチド断片を多く産生させることができる。
【0020】
タンパク質の変性剤は、その種類によって、タンパク質への変性作用が異なる。異なる変性剤を用いて多段階の変性条件下による酵素消化を行うことにより、第一段階の変性条件下による酵素消化で産生した未切断部位の多いペプチド断片を、第二段階の異なる変性条件下による酵素消化によって、未切断部位の無い又は未切断部位の数がより少ないペプチド断片へと消化することができる。さらに、第二段階の変性条件下での酵素消化に続いて、第三段階あるいは更なる多段階での変性条件下での酵素消化を行い、未切断部位の無い又は未切断部位の数がさらに非常に少ないペプチド断片へとさらに消化することもできる。
【0021】
このようにして、本発明によれば、対象のタンパク質を酵素消化するに際して、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させることができる。得られた未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片は、質量分析において対象のタンパク質の高感度、定量的解析に非常に有用である。
【図面の簡単な説明】
【0022】
図1】実験例1において、5つの各変性消化条件で得られた評価対象のtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を示す。各ペプチドは表1の配列位置(position)で示されており、未切断(MC)の数で分類している。
図2】実験例2において、3つの各変性消化条件で得られた評価対象のtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を示す。各ペプチドは表1の配列位置(position)で示されており、未切断(MC)の数で分類している。
図3】実験例3において、3つの各変性消化条件で得られた評価対象のtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を示す。各ペプチドは表1の配列位置(position)で示されており、未切断(MC)の数で分類している。
図4】実験例4において、Urea単独、もしくはUreaとACNとが混合された各変性消化条件で得られた評価対象のtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を示す。各ペプチドは表1の配列位置(position)で示されており、未切断(MC)の数で分類している。ただし、マススペクトルはmid massモードのみで取得したため、配列位置(position)175-181のペプチドのデータは欠損している。
図5】実験例5において、ProteaseMAXによる変性条件下での一段目の消化後、ZipTip処理した手順(w/ ZipTip)とZipTip処理していない手順(w/o ZipTip)とをそれぞれ行い、その後、二段目のUrea変性条件下で酵素消化した時の評価対象のtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を示す。各ペプチドは表1の配列位置(position)で示されており、未切断(MC)の数で分類している。
【発明を実施するための形態】
【0023】
本発明は、タンパク質を第一変性剤の存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第一ペプチド断片の溶液を得る工程と、
前記第一ペプチド断片の溶液中の前記第一変性剤を第二変性剤に置換する工程と、
前記第一ペプチド断片を第二変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第二ペプチド断片の溶液を得る工程と、
を含むタンパク質の消化ペプチド断片を取得する方法である。
【0024】
本発明において、対象とするタンパク質には、種々のものが含まれる。代表的なものとして、種々の疾患に関連するバイオマーカータンパク質が挙げられる。例えば、アルツハイマー病に関連するバイオマーカーであるtauタンパク質、レビー小体型認知症に関連するα-synuclein、前頭側頭葉変性症に関連するTDP43、前立腺がんに関連するPSA、大腸がんに関連するCEA等が挙げられる。これらの他にも、種々のバイオマーカーが知られている。
【0025】
バイオマーカータンパク質は、生体由来試料から検出される。生体由来試料としては、血液、脳脊髄液(CSF)、膵液、関節液、乳腺吸引液、尿、体分泌液(例えば、唾液、涙、汗、鼻粘膜浸出液、及び痰)等の体液、糞便などが挙げられる。血液試料には、全血、血漿及び血清などが含まれる。なお、血液試料などの生体由来試料は、由来元の被験体に戻すことなく破棄される。被験体には、ヒト、及びヒト以外の哺乳動物(ラット、イヌ、ネコなど)が含まれる。
【0026】
バイオマーカータンパク質の生体由来試料からの検出には、質量分析やプロテオミクス技術が用いられるが、バイオマーカータンパク質の生体由来試料中の濃度は極めて低い。そのため、高感度化、及び安定したシグナル取得のためには、質量分析の前処理においてタンパク質の高い酵素消化効率が求められる。
【0027】
タンパク質の通常の酵素消化では未切断(missed cleavage: MC)の部位が存在する消化ペプチド断片も産生される。未切断の部位が存在する消化ペプチド断片よりも、未切断部位が無い消化ペプチドの方が定量精度の安定性があるため、未切断部位が無い消化ペプチドがターゲットペプチドとして選ばれる。このため、感度高くターゲットペプチドを検出するためには、未切断部位をできるだけ残さず効率的にタンパク質を酵素消化する方法が必要である。
【0028】
消化酵素(プロテアーゼ)としては、特に限定されることはなく、Trypsin、Lys-C、Asp-N、Glu-C、Arg-C、Chymotrypsin、Thermolysinなどを用いることができる。対象とするタンパク質に応じて選択され得る。
【0029】
消化効率を高めるために、変性剤を用いてタンパク質を変性させることが行なわれる。変性剤としては、カオトロープ剤、有機溶媒、界面活性剤などが挙げられる。
【0030】
カオトロープ剤として、例えば、尿素(Urea)、グアニジン塩酸(Guanidine Hydrochloride)、グアニジンチオシアネート(Guanidine Thiocyanate)、チオウレア(Thiourea)などが挙げられる。
【0031】
有機溶媒として、例えば、アセトニトリル(ACN)、メタノール、エタノール、2-プロパノールなどが挙げられる。
【0032】
界面活性剤として、例えば、Sodium dodecyl sulfate(SDS)、sodium deoxycholate (SDC)、sodium laurate、CHAPS、sodium 3-((1-(furan-2-yl)undecyloxy)carbonylamino)propane-1-sulfonate (市販品:ProteaseMAX)、sodium 3-[(2-methyl-2-undecyl-1,3-dioxolan-4-yl)methoxy]-1-propanesulfonate (市販品:RapiGest SF)、sodium 3-(4-(1,1-bis(hexyloxy)ethyl)pyridinium-1-yl)propane-1-sulfonate (市販品:PPS Silent Surfactant)、Octylmaltosideなどが挙げられる。
【0033】
これら以外のタンパク質変性剤を用いることもできる。
【0034】
変性剤によって変性の機構は異なる。タンパク質溶液にカオトロープ剤を添加すると、カオトロープ剤がタンパク質内の水素結合の間に割り込むことでタンパク質の立体構造が変化し、タンパク質はその環境下において安定な構造を取る。タンパク質溶液に有機溶媒又は界面活性剤を添加すると、タンパク質内の疎水結合が弱まり、疎水結合の間に有機溶媒又は界面活性剤が割り込むことでタンパク質の立体構造が変化し、タンパク質はその環境下において安定な構造を取る。単一の変性条件で消化することが一般的であるが、その変性条件下でタンパク質が取る安定的な構造に対して酵素が立体構造的に切断しにくい部位が生じてしまうと考えられる。これが未切断部位を持つペプチドが生じる原因であると本発明者は考えた。そうであれば、異なる2種類又はそれよりも多い種類の変性剤各々の存在下で消化することにより、各変性条件下でタンパク質が異なる安定的な構造を取り得るので、酵素が立体構造的に切断しにくい部位が減少し、その結果、消化効率が向上すると考えられる。
【0035】
本発明において、まず、対象とするタンパク質を第一変性剤の存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第一ペプチド断片の溶液を得る工程を行う[第一消化工程]。
【0036】
第一変性剤としては、カオトロープ剤、有機溶媒、界面活性剤などから適宜選択され得る。消化酵素(プロテアーゼ)としては、対象とするタンパク質に応じて、Trypsin、Lys-C、Asp-N、Glu-C、Arg-C、Chymotrypsin、Thermolysinなどから選択され得る。
【0037】
対象とするタンパク質は、用いた第一変性剤によって立体構造が変化し、該タンパク質は第一変性剤の存在環境下において安定な立体構造を取る。そして、該タンパク質は、用いた消化酵素によってペプチド断片(群)へと消化され、第一ペプチド断片(群)の溶液を得る。用いた第一変性剤によって該タンパク質の取る安定な立体構造は異なると考えられる。従って、用いた消化酵素の種類にもよるが、該タンパク質において、酵素が立体構造的に切断しにくい部位が生じてしまうと考えられる。そのため、第一ペプチド断片(群)には、未切断部位の無いペプチド断片も含まれ得るが、未切断部位の数が多いペプチド断片も多く含まれる。
【0038】
本発明において、次に、得られた前記第一ペプチド断片の溶液中の前記第一変性剤を第二変性剤に置換する工程を行う[変性剤置換工程]。
【0039】
第二変性剤としては、カオトロープ剤、有機溶媒、界面活性剤などから適宜選択され得るが、前記第一変性剤と前記第二変性剤とは互いに異なる物質である。第二消化工程において、前記第一消化工程で産生された未切断部位の数が多いペプチド断片を効率よく消化させるために、該未切断部位の数が多いペプチド断片が、前記第二変性剤によって立体構造が変化し、酵素が立体構造的に切断しにくい部位ができるだけ生じないようにする必要がある。すなわち、前記第二変性剤によって、該未切断部位の数が多いペプチド断片が、第一消化工程における未切断部位を含む立体構造については、第一変性剤による該タンパク質の安定な立体構造とは異なる立体構造をとるようにする必要がある。
【0040】
第一変性剤として、例えば、カオトロープ剤を用いた場合には、第二変性剤として、カオトロープ剤以外の有機溶媒、界面活性剤などから適宜選択すると、異なる立体構造により、酵素が立体構造的に切断しにくい部位ができるだけ生じないようにし易いと考えられる。しかしながら、第一変性剤として例えばカオトロープ剤を用いた場合において、第二変性剤として第一変性剤として用いたカオトロープ剤以外のカオトロープ剤を用いることも有効な場合もあり得る。その理由は、第一消化工程においては、対象はタンパク質であるが、第二消化工程においては、対象は前記第一消化工程で産生された未切断部位が含まれるペプチド断片であるので、カオトロープ剤の範疇に属する物質を用いても、未切断部位近傍の立体構造については変化が期待できることもある。変性剤として、有機溶媒、及び界面活性剤についても、同様なことが言える。
【0041】
変性剤を置換する方法としては、ZipTipなどの逆相樹脂、イオン交換樹脂、塩析、及び沈殿法などにより、第一変性剤を除去し、必要に応じて溶媒を揮発させ、第一ペプチド断片に第二変性剤を加える方法や、ゲルろ過樹脂、限外ろ過、及び透析により第一変性剤を含む溶液を第二変性剤を含む溶液に置換する方法が挙げられる。
【0042】
第二消化工程において前記第一変性剤の影響を少なくするためには、第一変性剤を第二変性剤に置換するに際して、第一変性剤をほぼ除去することが好ましい。第一変性剤がそのまま存在していたのであれば、前記第一消化工程で産生されたペプチド断片の未切断部位を含む立体構造が保持された状態である可能性が高く、酵素が立体構造的に切断しにくい部位が残存してしまう。しかしながら、第二消化工程において、前記第一消化工程で産生された未切断部位が含まれるペプチド断片を効率よく消化できる程度であれば、第一変性剤の少量が残存していても構わない。用いた第一変性剤の内の70%程度以上、好ましくは80%程度以上、より好ましくは90%以上が除去されていればよいと考えられる。
【0043】
本発明において、次に、変性剤置換工程後の前記第一ペプチド断片を第二変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第二ペプチド断片の溶液を得る工程を行う[第二消化工程]。
【0044】
前述したように、第一ペプチド断片(群)には、未切断部位の無いペプチド断片も含まれ得るが、未切断部位の数が多いペプチド断片も多く含まれる。第一変性剤とは異なる第二変性剤の存在下で、前記第一ペプチド断片をプロテアーゼによる消化に供することにより、該未切断部位の数が多いペプチド断片が、前記第二変性剤によって立体構造が変化し、酵素が立体構造的に切断しにくい部位ができるだけ生じないようになり、その結果、未切断部位の無い又は未切断部位の数がより少ないペプチド断片へと消化することができる。
【0045】
本発明において、特に限定されないが、第一消化工程において、変性剤としてカオトロープ剤を用いて、第二消化工程において、変性剤として有機溶媒又は界面活性剤を用いる形態;
第一消化工程において、変性剤として有機溶媒を用いて、第二消化工程において、変性剤としてカオトロープ剤又は界面活性剤を用いる形態;
第一消化工程において、変性剤として界面活性剤を用いて、第二消化工程において、変性剤としてカオトロープ剤又は有機溶媒を用いる形態
が挙げられる。ただし、第一消化工程及び第二消化工程双方において、変性剤として、カオトロープ剤の範疇に属する異なる物質、有機溶媒の範疇に属する異なる物質、又は、界面活性剤の範疇に属する異なる物質を用いることを除外しない。
【0046】
変性剤は、各工程において、カオトロープ剤の場合、消化工程溶液中の濃度で表して、0.1M~10M程度、好ましくは1M~8M程度とすればよい。有機溶剤の場合、消化工程溶液中の濃度で表して、1体積%~80体積%程度、好ましくは5体積%~40体積%程度とすればよい。界面活性剤の場合、消化工程溶液中の濃度で表して、0.0001w/v%~20w/v%程度、好ましくは0.001w/v%~10w/v%程度とすればよい。
【0047】
また、各工程において、消化は、従来より採用されているような条件にて行うことができる。
【0048】
本発明において、前記第二ペプチド断片の溶液を得る工程の後、さらに、
前記第二ペプチド断片の溶液中の前記第二変性剤を第三変性剤に置換する工程と、
前記第二ペプチド断片を第三変性剤存在下でプロテアーゼによる消化に供し、第三ペプチド断片の溶液を得る工程を行ってもよい。前記第三変性剤は、カオトロープ剤、有機溶媒、及び界面活性剤からなる群から選ばれるものであり、前記第三変性剤は、前記第一変性剤及び前記第二変性剤のいずれとも異なる物質である。
【0049】
第一変性剤及び前記第二変性剤のいずれとも異なる第三変性剤の存在下で、前記第二ペプチド断片をプロテアーゼによる消化に供することにより、前記第二ペプチド断片(群)中に含まれる可能性のある未切断部位が存在するペプチド断片が、前記第三変性剤によって立体構造が変化し、酵素が立体構造的に切断しにくい部位がさらにできるだけ生じないようになり、その結果、未切断部位の無い又は未切断部位の数がより非常に少ないペプチド断片へと消化することができる。
【0050】
本発明において、前記第三ペプチド断片の溶液を得る工程の後、さらに、第四変性剤、第五変性剤等を用いて、さらに多段階に及ぶ同様の変性剤置換工程及び消化工程を繰り返すこともできる。
【0051】
このようにして、本発明によれば、対象のタンパク質を酵素消化するに際して、未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片を多く産生させることができる。得られた未切断部位の無い又は未切断部位の数が少ないペプチド断片は、質量分析において対象のタンパク質の高感度、定量的解析に非常に有用である。
【0052】
取得したペプチド断片を質量分析によって検出する。質量分析法は、マトリックス支援レーザー脱離イオン化(MALDI)質量分析法、エレクトロスプレーイオン化(ESI)質量分析法などによる質量分析法であることが好ましい。例えば、MALDI-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-飛行時間)型質量分析装置、MALDI-IT(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-イオントラップ)型質量分析装置、MALDI-IT-TOF(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-イオントラップ-飛行時間)型質量分析装置、MALDI-FTICR(マトリックス支援レーザー脱離イオン化-フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置、ESI-QqQ(エレクトロスプレーイオン化-三連四重極)型質量分析装置、ESI-Qq-TOF(エレクトロスプレーイオン化-タンデム四重極-飛行時間)型質量分析装置、ESI -FTICR(エレクトロスプレーイオン化-フーリエ変換イオンサイクロトロン共鳴)型質量分析装置等を用いることができる。
【0053】
マトリックス及びマトリックス溶媒は、分析対象(取得したペプチド断片)に応じて当業者が適宜決定することができる。
【0054】
マトリックスとしては、例えば、α-シアノ-4-ヒドロキシ桂皮酸(CHCA)、2,5-ジヒドロキシ安息香酸(2,5-DHB)、シナピン酸、3-アミノキノリン(3-AQ)等を用いることができる。
【0055】
マトリックス溶媒としては、例えば、アセトニトリル(ACN)、トリフルオロ酢酸(TFA)、メタノール、エタノール及び水からなる群から選択して用いることができる。より具体的には、ACN-TFA水溶液、ACN水溶液、メタノール-TFA水溶液、メタノール水溶液、エタノール-TFA水溶液、エタノール溶液などを用いることができる。ACN-TFA水溶液におけるACNの濃度は例えば10~90体積%であり、TFAの濃度は例えば0.05~1体積%、好ましくは0.05~0.1体積%でありうる。
【0056】
マトリックス濃度は、例えば0.1~50mg/mL、好ましくは0.1~20mg/mL、あるいは0.3~20mg/mL、さらに好ましくは0.5~10mg/mLでありうる。
【0057】
MALDI質量分析による検出系を用いる場合、マトリックス添加剤(コマトリックス)が併用されることが好ましい。マトリックス添加剤は、分析対象(取得したペプチド断片)及び/又はマトリックスに応じて当業者が適宜選択することができる。例えば、マトリックス添加剤として、ホスホン酸基含有化合物を用いることができる。具体的には、ホスホン酸基を1個含む化合物として、ホスホン酸(Phosphonic acid)、メチルホスホン酸(Methylphosphonic acid)、フェニルホスホン酸(Phenylphosphonic acid)、及び1-ナフチルメチルホスホン酸(1-Naphthylmethylphosphonic acid)等が挙げられる。また、ホスホン酸基を2個以上含む化合物として、メチレンジホスホン酸(Methylenediphosphonic acid;MDPNA)、エチレンジホスホン酸(Ethylenediphosphonic acid)、エタン-1-ヒドロキシ-1,1-ジホスホン酸(Ethane-1-hydroxy-1,1-diphosphonic acid)、ニトリロトリホスホン酸(Nitrilotriphosphonic acid)、及びエチレンジアミノテトラホスホン酸(Ethylenediaminetetraphosphonic acid)等が挙げられる。上記のホスホン酸基含有化合物の中でも、1分子中に2以上、好ましくは2~4個のホスホン酸基を有する化合物が好ましい。
【0058】
なお、上記マトリックス添加剤以外にも、より一般的な添加剤、例えばアンモニウム塩及び有機塩基からなる群から選ばれる物質が使用されても良い。
【0059】
マトリックス添加剤は、水中又はマトリックス溶媒中0.1~10w/v%、好ましくは0.2~4w/v%の溶液に調製することができる。マトリックス添加剤溶液及びマトリックス溶液は、例えば、1:100~100:1、好ましくは1:10~10:1の体積比で混合することができる。
【実施例
【0060】
以下に実施例を示し、本発明を具体的に説明するが、本発明はこれら実施例に制限されるものではない。以下において%で示される物の量は、特に断りがない場合は、その物が固体である場合は重量基準、液体である場合は体積基準で示されている。
【0061】
[実験例1]
Recombinant tau-441(SIGMA) 100 ngに対して、5μLの8M Urea含有還元溶液(5mM dithiothreitol(DTT), 50 mM NH4HCO3)で37℃、1時間インキュベーションすることで還元を行った。その後、1μLのアルキル化溶液(66 mM iodoacetamide(IAA), 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることでシステイン側鎖のアルキル化を行った。さらに、1μLのクエンチ溶液(17.5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることで未反応IAAのクエンチを行った。
【0062】
以下の各消化処理[1],[2],[3],及び[5]においては、得られた溶液に、50 mM NH4HCO3を32μL加えて希釈した。ただし、以下の消化処理[4](アセトニトリル(ACN)存在下のみで消化する場合)においては、希釈せずに、ZipTip (Millipore)で脱塩し、SpeedVacで乾固した後、9μLの10% ACN in 50 mM NH4HCO3で溶解した。
【0063】
Trypsin溶液(20 ng/μL Trypsin (promega), 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃でインキュベーションした。消化については、次の各手順で処理を行った。
【0064】
消化処理[1]:Urea-2h
2時間インキュベーションした後に10%TFAを2μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm (Hudson Surface Technology, Inc.)上へ滴下し、乾固させた。
【0065】
消化処理[2]:Urea-4h
4時間インキュベーションした後に10%TFAを2μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0066】
消化処理[3]:Urea-4h+
2時間インキュベーションした後、20 ng/μL Trypsin (promega) in 50 mM NH4HCO3を1μL加えて、さらに2時間インキュベーションした。その溶液に10%TFAを2μL添加した後、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0067】
消化処理[4]:ACN-2h
2時間インキュベーションした後に10%TFAを0.5 μL添加し、SpeedVacで乾固させることでACNを含む溶媒を揮発させた。0.1%TFA 10 μLで再溶解した後に、ZipTipで約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0068】
消化処理[5]:Urea→ACN(二段階変性消化)
2時間インキュベーションした後に10%TFAを2μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約10 μLの溶液に濃縮した。SpeedVacで乾固させた後、9μLの10% ACN in 50 mM NH4HCO3で溶解した。Trypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃で2時間インキュベーションした。SpeedVacで乾固させることでACNを含む溶媒を揮発させ、0.1%TFA 10 μLで再溶解した後に、ZipTipで約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0069】
各サンプルを滴下したμFocus MALDI plateTM 900 μmのwellには、予めマトリックス溶液(2.5 mg/mL DHB, 0.2% MDPNA)0.5 μLを滴下して乾固させておいた。
【0070】
マススペクトルデータはAXIMA Resonance (Shimadzu/KRATOS)を用いて、ポジティブイオンモードで取得した。1wellに対して400スポット、2000ショットを積算した。m/z値は外部標準を用いてキャリブレーションした。質量800未満のペプチドはlow massモードで、質量800以上のペプチドはmid massモードで取得した。
【0071】
表1は、評価対象のtau-441消化ペプチドを示す。すなわち、評価対象のtau-441の消化ペプチドのm/z理論値、配列位置(position)、未切断(MC)の数、及びアミノ酸配列(sequence)を表1に示す。
【0072】
【表1】
【0073】
これらの消化ペプチドをMCの数に群分けして、5つの各変性・消化条件で得られたtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を図1に示す。”Urea→ACN”の二段階変性条件により得られたMC=0やMC=1のペプチドのIntensityは、他の条件よりも高いIntensityを示しており、逆にMC=2やMC=3のペプチドのIntensityは、他の条件よりも比較的低いIntensityを示した。
【0074】
これらの結果から、一段目のUrea変性剤存在下で生じた未切断の多いペプチドを二段目のACN変性剤存在下で切断できたため、未切断部位の多いペプチドが減少し、未切断部位の無い又は未切断部位の少ないペプチドが増加したと考えられる。この傾向は、Urea存在下で消化時間を4時間にした条件”Urea-4h”や、Urea存在下で消化2時間後にTrypsinを追加して2時間消化した条件”Urea-4h+”よりも強いため、消化時間やTrypsinを追加したことによる影響ではなく、異なる変性剤存在下で消化を実施したことによる効果であると言える。
【0075】
[実験例2]
Recombinant tau-441(SIGMA) 100 ngに対して、5μLの変性剤含有還元溶液(5 mM dithiothreitol(DTT), 50 mM NH4HCO3)で37℃、1時間インキュベーションすることで還元を行った。変性剤として、以下の手順[1],及び[2]において0.02% ProteaseMAX(promega)を使用し、手順[3]では8M Ureaを用いた。その後、1μLのアルキル化溶液(66 mM iodoacetamide(IAA), 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることでシステイン側鎖のアルキル化を行った。さらに、1μLのクエンチ溶液(17.5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることで未反応IAAのクエンチを行った。以下の手順[1],及び[2]においては、50 mM NH4HCO3を2μL加えた後にTrypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 0.01% ProteaseMAX, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃でインキュベーションした。以下の手順[3]においては、50 mM NH4HCO3を32μL加えた後にTrypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃でインキュベーションした。消化については、次の各手順で処理を行った。
【0076】
消化処理[1]:ProteaseMAX-2h
2時間インキュベーションした後に10%TFAを0.5 μL添加してProteaseMAXを分解し、14000 x gで10分間、遠心してProteaseMAX分解物を沈殿させた。上清を別のチューブに移した後、ZipTipで脱塩とProteaseMAX分解物の除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0077】
消化処理[2]:ProteaseMAX→Urea(二段階変性消化)
2時間インキュベーションした後に10%TFAを0.5 μL添加してProteaseMAXを分解し、14000 x gで10分間、遠心してProteaseMAX分解物を沈殿させた。上清を別のチューブに移した後、ZipTipで脱塩とProteaseMAX分解物の除去を行い、約10μLの溶液に濃縮した。SpeedVacで乾固させた後、9μLの1M Urea in 50 mM NH4HCO3で溶解した。Trypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃で2時間インキュベーションした。10%TFAを0.5 μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0078】
消化処理[3]:Urea-2h
2時間インキュベーションした後に10%TFAを2μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。この操作は、実験例1の消化処理[1]:Urea-2hと同じである。
【0079】
各サンプルを滴下したμFocus MALDI plateTM 900 μmのwellには、予めマトリックス溶液(2.5 mg/mL DHB, 0.2% MDPNA)0.5 μL滴下して乾固させておいた。
【0080】
マススペクトルデータは実験例1と同様の方法で取得した。
【0081】
表1の消化ペプチドをMCの数に群分けして、3つの各変性・消化条件で得られたtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を図2に示す。”ProteaseMAX→Urea”の二段階変性により得られたMC=0のペプチドのIntensityは、他の条件よりも比較的高いIntensityを示しており、逆にMC=2やMC=3のペプチドのIntensityは、他の条件よりも比較的低いIntensityを示した。つまり、異なる変性剤存在下で消化を実施したことにより消化効率が向上した。
【0082】
これらの結果も実験例1の結果と同様の傾向を示しており、一段目のProteaseMAX変性剤存在下で生じた未切断の多いペプチドを二段目のUrea変性剤存在下で切断できたため、未切断部位の多いペプチドが減少し、未切断部位の無い又は未切断部位の少ないペプチドが増加したと考えられる。
【0083】
[実験例3]
Recombinant tau-441(Wako) 500 ngに対して、5μLの変性剤含有還元溶液(5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)で37℃、1時間インキュベーションすることで還元を行った。変性剤として、以下の手順[1],及び[2]において0.1% SDSを使用し、手順[3]では8M Ureaを用いた。その後、1μLのアルキル化溶液(66 mM IAA, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることでシステイン側鎖のアルキル化を行った。さらに、1μLのクエンチ溶液(17.5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることで未反応IAAのクエンチを行った。50 mM NH4HCO3を2μL加えた後にTrypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃でインキュベーションした。消化については、次の各手順で処理を行った。
【0084】
消化処理[1]:SDS-2h
2時間インキュベーションした後に、4 M KClを10 μL添加して14000 x gで10分間、遠心してSDSを沈殿させた。上清を別のチューブに移した後、10%TFAを1μL添加し、ZipTipで脱塩を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0085】
消化処理[2]:SDS→Urea(二段階変性消化)
2時間インキュベーションした後に、4 M KClを10 μL添加して14000 x gで10分間、遠心してSDSを沈殿させた。上清を別のチューブに移した後、10%TFAを1μL添加し、ZipTipで脱塩を行い、10μLの溶液に濃縮した。SpeedVacで乾固させた後、9μLの1M Urea in 50 mM NH4HCO3で溶解した。Trypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃で2時間インキュベーションした。10%TFAを0.5 μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0086】
消化処理[3]:Urea-2h
2時間インキュベーションした後に10%TFAを2μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。この操作は、実験例1の消化処理[1]:Urea-2hと同じである。
【0087】
各サンプルを滴下したμFocus MALDI plateTM 900 μmのwellには、予めマトリックス溶液(2.5 mg/mL DHB, 0.2% MDPNA)0.5 μL滴下して乾固させておいた。
【0088】
マススペクトルデータは実験例1と同様の方法で取得した。
【0089】
表1の消化ペプチドをMCの数に群分けして、3つの各変性・消化条件で得られたtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を図3に示す。”SDS→Urea”の二段階変性により得られたMC=0のペプチドのIntensityは、他の条件よりも高いIntensityを示しており、逆にMC=2やMC=3のペプチドのIntensityは、他の条件よりも低いIntensityを示した。つまり、異なる変性剤存在下で消化を実施したことにより消化効率が向上した。
【0090】
これらの結果も実験例1や実験例2と同様の傾向を示しており、一段目の界面活性剤のSDSと二段目のUreaの変性剤の組み合わせによって、未切断部位の多いペプチドが減少し、未切断部位の無い又は未切断部位の少ないペプチドが増加したことを示している。
【0091】
[実験例4]
Recombinant tau-441(SIGMA) 100 ngに対して、5μLの8M Urea含有還元溶液(5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)で37℃、1時間インキュベーションすることで還元を行った。その後、1μLのアルキル化溶液(66 mM IAA, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることでシステイン側鎖のアルキル化を行った。さらに、1μLのクエンチ溶液(17.5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることで未反応IAAのクエンチを行い、クエンチされた溶液を得た。
【0092】
上記クエンチされた溶液に、50 mM NH4HCO3を加えて、2.9 M Ureaの条件(”Urea”)の溶液Aを調製した。また、別途、上記クエンチされた溶液に、アセトニトリル(ACN)及び50 mM NH4HCO3を加えて、2.9 M Ureaに加えて10% ACNが含まれる変性条件(”Urea & CAN”)となるように溶液Bを調製した。
【0093】
上記溶液A、上記溶液Bそれぞれに、Trypsin溶液(20 ng/μL Trypsin (promega), 50 mM NH4HCO3)を1μL加えて、37℃でインキュベーションした。それぞれ、オーバーナイトでインキュベーションした後に、SpeedVacで乾固させた。0.1%TFA 15 μLで再溶解した後に、ZipTipで約2μLの溶液に濃縮した。その各溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0094】
各サンプルを滴下したμFocus MALDI plateTM 900 μmのwellには、予めマトリックス溶液(2.5 mg/mL DHB, 0.2% MDPNA)0.5 μL滴下して乾固させておいた。
【0095】
マススペクトルデータは実験例1と同様の方法で取得した。
【0096】
表1の消化ペプチドをMCの数に群分けして、2つの各変性・消化条件で得られたtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を図4に示す。ただし、マススペクトルはmid massモードのみで取得したため、配列位置(position)175-181のペプチドのデータは欠損している。”Urea & CAN”の条件で消化して得られたペプチドのIntensityは、”Urea”と比べて軒並み低かった。このように、2種類の変性剤を単に混合して同時に存在させることによる消化効率への効果は確認されず、むしろ変性作用が強くなったためTrypsinの活性低下を引き起こした可能性が考えられる。そのため、2種類の変性剤を単に同時に存在させることは好ましい酵素消化方法ではない。
【0097】
[実験例5]
Recombinant tau-441(SIGMA) 100 ngに対して、5μLの0.02% ProteaseMAX(promega)含有還元溶液(5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)で37℃、1時間インキュベーションすることで還元を行った。その後、1μLのアルキル化溶液(66 mM IAA, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることでシステイン側鎖のアルキル化を行った。さらに、1μLのクエンチ溶液(17.5 mM DTT, 50 mM NH4HCO3)を加え、室温、暗所で30分間インキュベーションすることで未反応IAAのクエンチを行った。50 mM NH4HCO3を2μL加えた後にTrypsin溶液を1μL加えて、37℃で2時間インキュベーションした。その後に、10%TFAを0.5 μL添加してProteaseMAXを分解し、14000 x gで10分間、遠心してProteaseMAX分解物を沈殿させ、上清を別のチューブに移した。その後、脱塩とProteaseMAX分解物の除去するためのZipTip処理を実施した手順と、ZipTip処理を実施しない手順の2通りの条件下で二段目の消化を実施した。具体的には次の各手順であった。
【0098】
[1]:ZipTip処理あり(w/ ZipTip)
ZipTip処理して脱塩とProteaseMAX分解物の除去を行い、約10μLの溶液に濃縮した。SpeedVacで乾固させた後、9μLの1M Urea in 50 mM NH4HCO3で溶解した。
【0099】
[2]:ZipTip処理なし(w/o ZipTip)
2 M Urea in 500 mM NH4HCO3 10 μLを添加した。
【0100】
[1]と[2]の手順後、それぞれにTrypsin溶液(20 ng/μL Trypsin, 50 mM NH4HCO3)を1 μL加えて、37℃で2時間インキュベーションした。10%TFAを0.5 μL添加し、ZipTipで脱塩とUreaの除去を行い、約2μLの溶液に濃縮した。その溶液1μLをμFocus MALDI plateTM 900 μm上へ滴下し、乾固させた。
【0101】
各サンプルを滴下したμFocus MALDI plateTM 900 μmのwellには、予めマトリックス溶液(2.5 mg/mL DHB, 0.2% MDPNA)0.5 μL滴下して乾固させておいた。
【0102】
マススペクトルデータは実験例1と同様の方法で取得した。
【0103】
表1の消化ペプチドをMCの数に群分けして、2つの各変性・消化条件で得られたtau-441消化ペプチドピークのシグナル強度(Intensity)を図5に示す。ZipTip処理あり”w/ ZipTip”に比べて、ZipTip処理なし”w/o ZipTip”で得られたMC=0やMC=1のペプチドのIntensityは低くなる傾向があった。この結果は、一段目のProteaseMAX変性条件下での消化後にProteaseMAX変性剤を除去し、その後、二段目のUrea変性条件下での消化を行った方が好ましいことを示している。
【0104】
[tau-441消化ペプチド:各配列位置(position)の配列]
156-180(配列番号1):GAAPPGQKGQANATRIPAKTPPAPK
164-180(配列番号2):GQANATRIPAKTPPAPK
171-180(配列番号3):IPAKTPPAPK
175-180(配列番号4):TPPAPK
175-194(配列番号5):TPPAPKTPPSSGEPPKSGDR
181-190(配列番号6):TPPSSGEPPK
181-194(配列番号7):TPPSSGEPPKSGDR
181-209(配列番号8):TPPSSGEPPKSGDRSGYSSPGSPGTPGSR
191-209(配列番号9):SGDRSGYSSPGSPGTPGSR
195-209(配列番号10):SGYSSPGSPGTPGSR
210-221(配列番号11):SRTPSLPTPPTR
210-224(配列番号12):SRTPSLPTPPTREPK
212-221(配列番号13):TPSLPTPPTR
図1
図2
図3
図4
図5
【配列表】
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