(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ及び溶接方法
(51)【国際特許分類】
B23K 35/368 20060101AFI20220119BHJP
B23K 35/30 20060101ALI20220119BHJP
B23K 9/16 20060101ALI20220119BHJP
B23K 9/173 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
B23K35/368 B
B23K35/30 320Q
B23K35/30 320B
B23K9/16 J
B23K9/173 A
(21)【出願番号】P 2017226089
(22)【出願日】2017-11-24
【審査請求日】2019-09-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】特許業務法人栄光特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】迎井 直樹
【審査官】川口 由紀子
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-148821(JP,A)
【文献】特開2017-030018(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/00-35/40
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外皮内にフラックスが充填されてなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、
シールドガスとして、酸素の体積分率を[O
2]、二酸化炭素の体積分率を[CO
2]とした場合に、0%≦[O
2]≦5%、0%≦[CO
2]≦15%、及び{[CO
2]+(3×[O
2])}≦15の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスが用いられ、
フラックス入りワイヤがAs、Sb、Pb及びBiを実質的に含まないスラグ系フラックス入りワイヤであり、
前記ワイヤにおけるスラグ成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
TiO
2:4.00~9.00%、
SiO
2:0.30~2.00%、
ZrO
2:1.50~3.00%、
Al
2O
3:0.30%以下(0%を含む)
、
MgO:0.50%以下(0%を含む)
、
Na化合物、K化合物及びLi化合物に含まれるアルカリ金属成分をNa
2
O、K
2
O及びLi
2
Oに換算した値の合計:0.23~1.50%、
金属フッ化物としてワイヤに含まれるFの量:0.05~0.80%、
Fe
2
O
3
:0.50%以下(0%を含む)、及び
不可避金属酸化物:0.20%以下(0%を含む)を満たし、
前記ワイヤの前記外皮及び前記フラックスに含まれる合金成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
Cr:10.00~35.00%、及び
Nb:4.50%以下(0%を含む)を満たし、かつ
前記Crの質量分率を[Cr]、前記Nbの質量分率を[Nb]とし、A={[Cr]+(4.3×[Nb])}とした場合に、
{(3×[O
2])+[CO
2]+(0.0085×A
2)-(0.19×A)}≦20.0
の関係を満たすガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項2】
前記スラグ成分が、前記TiO
2の質量分率を[TiO
2]、前記SiO
2の質量分率を[SiO
2]、前記ZrO
2の質量分率を[ZrO
2]、前記Al
2O
3の質量分率を[Al
2O
3]、前記MgOの質量分率を[MgO]とした場合に、
1.15≦〔{3×([ZrO
2]+[MgO])}+(1.2×[Al
2O
3])+[TiO
2]+(0.3×[SiO
2])〕/([TiO
2]+[SiO
2]+[ZrO
2]+[Al
2O
3]+[MgO])≦1.75
の関係を満たす請求項1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項3】
前記ワイヤ中の前記フラックスの含有率が、ワイヤ全質量に対する質量分率で8.0~30.0%であり、かつ
前記フラックス中の前記スラグ成分の含有率が、ワイヤ全質量に対する質量分率で7.0~15.0%
である請求項1
又は2に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項4】
前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
C:0.005~0.150%、
Si:0.05~1.50%、
Mn:0.20~3.00%、
Cr:15.00~35.00%、
Ni:5.00~25.00%、
Mo:5.00%以下(0%を含む)、
Nb:2.00%以下(0%を含む)、
Ti:1.00%以下(0%を含む)、
N:1.00%以下(0%を含む)、及び
残部:Feおよび不可避不純物
を満たす請求項1~
3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項5】
前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
C:0.005~0.150%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.10~4.00%、
Cr:10.00~35.00%、
Fe:0.10~10.00%、
W:5.00%以下(0%を含む)、
Mo:20.00%以下(0%を含む)、
Nb:4.50%以下(0%を含む)、
Co:2.50%以下(0%を含む)、
Ti:1.00%以下(0%を含む)、
N:0.50%以下(0%を含む)、及び
残部:Niおよび不可避不純物
を満たす請求項1~
3のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項6】
前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
S:0.020~0.100%
を満たす請求項
4又は
5に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
【請求項7】
請求項1~
6のいずれか1項に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いて、下記式で表される溶接入熱(F)を10.0≦F≦19.0の範囲で溶接を行う溶接方法。
溶接入熱(F)(kJ/cm)=電流(A)×電圧(V)÷溶接速度(cm/s)÷1000
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤに関し、また、前記ガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いた溶接方法にも関する。
【背景技術】
【0002】
フラックス入りワイヤは施工面における優れた能率と良好な溶接作業性から広く普及している溶接材料である。これは、ステンレス鋼やNi基合金といった耐食性や低温・高温性能が求められる材料においても同様である。
【0003】
ステンレス鋼フラックス入りワイヤやNi基合金用フラックス入りワイヤを用いる溶接はソリッドワイヤを用いるMIG(Metal Inert Gas)溶接に比べて、ビード形状が良好で、ブローホール、融合不良などの欠陥が発生し難い特徴がある。なお、シールドガスに2~5%程度のO2やCO2といった活性ガスが含まれ、残部がArのガスを適用する場合、厳密にはMAG(Metal Active Gas)溶接と呼ばれるが、便宜上一般的な呼称としてMIG(Metal Inert Gas)溶接とまとめて称する。
【0004】
ステンレス鋼フラックス入りワイヤやNi基合金用フラックス入りワイヤの多くには、溶接ビードを大気から保護することを主目的として、スラグ形成剤が添加されており、溶接ビードはスラグに覆われる。一方、溶接作業性の観点で重要な因子としてスラグの剥離性がある。
スラグは溶接施工完了後には不要物となり、多層溶接や肉盛溶接を行う場合には内部欠陥を誘発する原因にもなる為、スケールハンマーやタガネを用いて除去される。この時、形成されたスラグの剥離性が悪いと、スラグ除去作業に時間が掛かる。さらに、剥離性の悪いスラグは、溶接部の冷却に伴って金属との熱収縮量の差により細かく割れ、跳ね上がることもある。この時のスラグは人体にとってはなお高温であることから、火傷の恐れがあり非常に危険である。
【0005】
そこで、特許文献1では、スラグの剥離性を向上させる目的でBiやPb等の低融点金属元素を少量添加することが開示されており、一般的にはBiの酸化物が用いられている。
しかし、Biを含有したフラックス入りワイヤを高温で長時間操業される機器に使用した場合、しばしば溶接部に割れ(再熱割れ)が生じることがある。これは結晶粒界にBiが濃化し、局部的に低融点部を形成することで開口するものである。
【0006】
そこで、特許文献2及び3では高温用途の機器に使用されるワイヤとしてBi無添加のフラックス入りワイヤが開示されている。なお、「Bi無添加」とはJIS Z 3323:2007年 表2注b)の規定により、質量分率で0.0010%以下であると実質的に無添加であると見なすことができ、上記再熱割れは発生しないことが知られている。
【0007】
一方、従来、CO2やAr-20%CO2等の活性ガスを含むシールドガスを適用しなければ、溶滴移行が安定せず、ビード蛇行やスパッタの多量飛散が発生する為、高品質の溶接が不可能であるとされていた。これに対し特許文献4では、メタル系フラックス入りワイヤを用い、その組成を適切なものとすることで、高Ar比率のシールドガスを用いた場合であっても、安定した溶滴移行と良好な溶接性が得られることが開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特公平1-59079号公報
【文献】特許第2667635号公報
【文献】特許第6110800号公報
【文献】特許第5411820号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献2及び3に記載のスラグ系フラックス入りワイヤは、スラグ形成剤の配合やスラグ含有量を調整すること等により、スラグ剥離性を多少向上させることは可能であるものの、As、Sb、Pb、Bi等の低融点元素を添加したフラックス入りワイヤと比較すると、スラグ剥離性が劣り、改善が望まれていた。
【0010】
また、特許文献4に記載のメタル系のフラックス入りワイヤではスラグの除去が不要であるものの、溶接ビードを大気から保護するスラグが形成されない為に、溶接ビード表面が酸化(剥離しない酸化皮膜が形成)する。特に溶接入熱12.0kJ/cm(例えば、電流:210A、電圧:28.5V、溶接速度:30cm/min)以上の高入熱条件では、冷却速度が遅くなり、高温で長時間大気に晒されることになり、溶接ビード表面が著しく酸化する。著しい酸化が発生した箇所は、高融点の酸化皮膜が厚く形成しているため、多層溶接において融合不良欠陥を発生させるおそれが強い。また、肉盛溶接の場合には、耐食性が劣化する。そのため、高温で長時間操業される機器の溶接において多層盛り溶接をする場合は、溶接パスごとにグラインダなどによりビード表面の酸化皮膜を除去する必要があり、能率性に劣る。
よって、高温で長時間操業される機器にステンレス鋼フラックス入りワイヤやNi基合金用フラックス入りワイヤを適用し、その優れた高能率性を活かすには、メタル系フラックス入りワイヤの選択は適切とは言えない。
【0011】
そこで本発明では、低融点金属を含まないスラグ系フラックス入りワイヤであって、スラグ剥離性、溶接作業性(スパッタ発生量、ビード形状、耐欠陥性)に優れた溶接を高能率で行うことができ、さらには、溶接ビードが耐食性に優れた、フラックス入りワイヤを提供することを目的とする。
また、前記フラックス入りワイヤを用いた高い溶接入熱条件での溶接方法を提供することも目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は鋭意研究の結果、スラグ系フラックス入りワイヤの組成及び用いるシールドガスを特定範囲のものにすることにより、低融点金属を含まずともスラグ剥離性に優れ、良好な溶接作業性が得られ、溶接ビードが耐食性に優れ、さらには高能率施工が可能となることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
すなわち、本発明は、以下の[1]~[8]に係るものである。
[1] 外皮内にフラックスが充填されてなるガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤであって、
シールドガスとして、酸素の体積分率を[O2]、二酸化炭素の体積分率を[CO2]とした場合に、0%≦[O2]≦5%、0%≦[CO2]≦15%、及び{[CO2]+(3×[O2])}≦15の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスが用いられ、
フラックス入りワイヤがAs、Sb、Pb及びBiを実質的に含まないスラグ系フラックス入りワイヤであり、
前記ワイヤにおけるスラグ成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
TiO2:4.00~9.00%、
SiO2:0.30~2.00%、
ZrO2:1.50~3.00%、
Al2O3:0.30%以下(0%を含む)、及び
MgO:0.50%以下(0%を含む)を満たし、
前記ワイヤの前記外皮及び前記フラックスに含まれる合金成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
Cr:10.00~35.00%、及び
Nb:4.50%以下(0%を含む)を満たし、かつ
前記Crの質量分率を[Cr]、前記Nbの質量分率を[Nb]とし、A={[Cr]+(4.3×[Nb])}とした場合に、
{(3×[O2])+[CO2]+(0.0085×A2)-(0.19×A)}≦20.0
の関係を満たすガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[2] 前記スラグ成分が、前記TiO2の質量分率を[TiO2]、前記SiO2の質量分率を[SiO2]、前記ZrO2の質量分率を[ZrO2]、前記Al2O3の質量分率を[Al2O3]、前記MgOの質量分率を[MgO]とした場合に、
1.15≦〔{3×([ZrO2]+[MgO])}+(1.2×[Al2O3])+[TiO2]+(0.3×[SiO2])〕/([TiO2]+[SiO2]+[ZrO2]+[Al2O3]+[MgO])≦1.75
の関係を満たす前記[1]に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[3] 前記スラグ成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
Na化合物、K化合物及びLi化合物に含まれるアルカリ金属成分をNa2O、K2O及びLi2Oに換算した値の合計:0.25~1.50%、
金属フッ化物としてワイヤに含まれるFの量:0.05~0.80%、
Fe2O3:0.50%以下(0%を含む)、及び
不可避金属酸化物:0.20%以下(0%を含む)
を満たす前記[1]又は[2]に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[4] 前記ワイヤ中の前記フラックスの含有率が、ワイヤ全質量に対する質量分率で8.0~30.0%であり、かつ
前記フラックス中の前記スラグ成分の含有率が、ワイヤ全質量に対する質量分率で7.0~15.0%
である前記[1]~[3]のいずれか1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[5] 前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
C:0.005~0.150%、
Si:0.05~1.50%、
Mn:0.20~3.00%、
Cr:15.00~35.00%、
Ni:5.00~25.00%、
Mo:5.00%以下(0%を含む)、
Nb:2.00%以下(0%を含む)、
Ti:1.00%以下(0%を含む)、
N:1.00%以下(0%を含む)、及び
残部:Feおよび不可避不純物
を満たす前記[1]~[4]のいずれか1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[6] 前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
C:0.005~0.150%、
Si:0.05~1.00%、
Mn:0.10~4.00%、
Cr:10.00~35.00%、
Fe:0.10~10.00%、
W:5.00%以下(0%を含む)、
Mo:20.00%以下(0%を含む)、
Nb:4.50%以下(0%を含む)、
Co:2.50%以下(0%を含む)、
Ti:1.00%以下(0%を含む)、
N:0.50%以下(0%を含む)、及び
残部:Niおよび不可避不純物
を満たす前記[1]~[4]のいずれか1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[7] 前記ワイヤ中の前記合金成分の組成がさらに、ワイヤ全質量に対する質量分率で
S:0.020~0.100%
を満たす前記[5]又は[6]に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ。
[8] 前記[1]~[7]のいずれか1に記載のガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤを用いて、下記式で表される溶接入熱(F)を10.0≦F≦19.0の範囲で溶接を行う溶接方法。
溶接入熱(F)(kJ/cm)=電流(A)×電圧(V)÷溶接速度(cm/s)÷1000
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、スラグ剥離性及び溶接作業性(スパッタ発生量、ビード形状、耐欠陥性)に優れた溶接を高能率で行うことができ、さらには耐食性に優れた溶接ビードを得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明を実施するための形態について、詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではない。また、明細書中、「~」とは、その前後に記載された数値を下限値及び上限値として含む意味で使用される。
【0016】
本実施形態に係るガスシールドアーク溶接用フラックス入りワイヤ(以下、単に「フラックス入りワイヤ」又は「ワイヤ」と称することがある。)は、外皮内にフラックスが充填されてなる。
シールドガスは酸素の体積分率を[O2]、二酸化炭素の体積分率を[CO2]とした場合に、0%≦[O2]≦5%、0%≦[CO2]≦15%、及び{[CO2]+(3×[O2])}≦15の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスが用いられる。
ワイヤがAs、Sb、Pb及びBiを実質的に含まないスラグ系フラックス入りワイヤであり、前記ワイヤにおけるスラグ成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
TiO2:4.00~9.00%、
SiO2:0.30~2.00%、
ZrO2:1.50~3.00%、
Al2O3:0.30%以下(0%を含む)、及び
MgO:0.50%以下(0%を含む)を満たす。
また、前記ワイヤの前記外皮及び前記フラックスに含まれる合金成分の組成がワイヤ全質量に対する質量分率で
Cr:10.00~35.00%、及び
Nb:4.50%以下(0%を含む)を満たし、
前記Crの質量分率を[Cr]、前記Nbの質量分率を[Nb]とし、A={[Cr]+(4.3×[Nb])}とした場合に、
{(3×[O2])+[CO2]+(0.0085×A2)-(0.19×A)}≦20.0
の関係を満たすことを特徴とする。
なお、As、Sb、Pb及びBiを実質的に含まないとは、As、Sb、Pb及びBiのいずれをも積極的な添加を行わないことを意味し、As、Sb、Pb及びBiの含有量の合計を、ワイヤ全質量に対する質量分率で0.0010%以下に規制する。
【0017】
(スラグ成分)
本実施形態に係るワイヤにおけるスラグ成分とは、金属酸化物又は金属フッ化物として含有されている成分であり、フラックス中に含まれる。
【0018】
フラックス中のスラグ成分の含有率は、溶接時のスラグ生成量に直結し、良好なスラグ被包性及び耐スラグ巻込み欠陥性に影響する。フラックス中のスラグ成分の含有率は、ワイヤ全質量に対する質量分率で7.0%以上とすることにより、溶接ビード表面積に対してスラグ発生量が不足することなく、ビード表面全体を被包できることから好ましく、8.0%以上がより好ましい。また、15.0%以下とすることにより、スラグ発生量が過剰となることなく、スラグ巻込み欠陥を抑制できることから好ましく、13.5%以下がより好ましい。
なお、スラグ成分の含有率とは、フラックス中に含まれる金属酸化物及び金属フッ化物の含有量の合計を意味する。
【0019】
TiO2は被包性が良好なスラグ形成剤の主成分として添加され、TiO2源としては、ルチール、酸化チタン、チタン酸カリウム、チタン酸ナトリウム等が挙げられる。
TiO2のワイヤ全質量に対する質量分率(以下、「含有量」と称することがある。)が4.00%未満であると、スラグの被包性が悪くビード形状が劣化する。さらに、溶接金属が露出した部分は表面の酸化が起こることから、耐食性の劣化が懸念される。一方、TiO2の含有量が9.00%超であると、スラグが硬くなり、剥離性が劣化する。そのため、TiO2の含有量は4.00~9.00%であり、6.00%以上が好ましく、また、8.50%以下が好ましい。
【0020】
SiO2はビード止端部のなじみ性を向上させ、なめらかなビードを得る効果があり、SiO2源としては珪砂、珪灰石、カリウム長石、ナトリウム長石等が挙げられる。
SiO2の含有量が0.30%未満であると、上記効果が得られない。また2.00%超であると、スラグの融点が低くなり過ぎて、ビード形状が劣化する。そのため、SiO2の含有量は0.30~2.00%であり、0.50%以上が好ましく、また、1.60%以下が好ましい。
【0021】
ZrO2はスラグの融点を調整し、ビード形状を向上させる成分であり、ZrO2源としてはジルコンサンド、酸化ジルコニウム粉等が挙げられる。
ZrO2の含有量が1.50%未満又は3.00%超であると、溶融金属の凝固とスラグの凝固とのタイミングが合わなくなり、ビード形状が劣化する。そのため、ZrO2の含有量は1.50~3.00%であり、1.80%以上が好ましく、また、2.50%以下が好ましい。
【0022】
Al2O3は適切なスラグ粘性を得てスラグの被包性を向上させるための調整を目的として必要に応じて添加してもよく、Al2O3源としてはアルミナ粉等が挙げられる。
Al2O3の含有量が0.30%超であると、スラグの粘性が高くなり過ぎ、スラグ巻込み欠陥が発生しやすくなる。そのため、Al2O3の含有量は0.30%以下(0%を含む)であり、0.20%以下が好ましい。
【0023】
MgOはZrO2と同様に、スラグの融点を調整するために有効であることから必要に応じて添加してもよく、MgO源としてはマグネサイト、マグネシアクリンカー等が挙げられる。
MgOの含有量が0.50%超であると、スラグの焼き付きが発生しやすくなる。そのため、MgOの含有量は0.50%以下(0%を含む)であり、0.30%以下が好ましい。
【0024】
また、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、Ar比率の高いシールドガス用のワイヤとして用いられるが、このような高Ar比率のシールドガスを用いて溶接を行った場合、従来のフラックス入りワイヤを用いると、溶接電流が高くなるにしたがってストリーミング移行やローテーティング移行といった不安定な溶滴移行形態に移行しやすくなる為、よりスパッタが増大する傾向にあることが一般的に知られている。
【0025】
これに対し、高Ar比率のシールドガスを用いて溶接を行う場合に、フラックス入りワイヤにおける各スラグ成分の含有量が特定範囲の組成バランスとなることで、アーク内にフラックス柱を形成させ、溶滴を当該フラックス柱に沿うように移行させることができ、非常に安定した溶滴移行となり、スパッタの発生が極めて少なくなることが分かった。
【0026】
すなわち、ワイヤ全質量に対する、TiO2の質量分率を[TiO2]、SiO2の質量分率を[SiO2]、ZrO2の質量分率を[ZrO2]、Al2O3の質量分率を[Al2O3]、MgOの質量分率を[MgO]とした場合に、
〔{3×([ZrO2]+[MgO])}+(1.2×[Al2O3])+[TiO2]+(0.3×[SiO2])〕/([TiO2]+[SiO2]+[ZrO2]+[Al2O3]+[MgO])
で表される値が1.15以上であると、スラグの融点が低くなり過ぎることなく、上記効果が得られるため好ましい。また、1.75以下であると、スラグの融点が高くなり過ぎることなく、フラックス柱が不足なく溶融した状態で溶融池に投入されることから、スラグ巻込み欠陥の発生が抑制されるため好ましい。
上記式で表される値は1.20以上がより好ましく、1.25以上がさらに好ましい。また、1.60以下がより好ましく、1.50以下がさらに好ましい。
【0027】
なお、上記式中の係数は各酸化物の融点と鋼の融点の差から、各酸化物に重み付けを行ったものであり、実験によってその評価式の有効性と良好な数値範囲を求めたものである。
各酸化物の融点は以下の通りである。
TiO2:1870℃
SiO2:1650℃
ZrO2:2715℃
Al2O3:2072℃
MgO:2852℃
【0028】
スラグ成分は、さらにNa化合物、K化合物及び/又はLi化合物といったアルカリ金属化合物を含むことができる。アルカリ金属化合物源としてはカリウム長石、ナトリウム長石、リチウムフェライト、フッ化ナトリウム、珪フッ化カリウム等が挙げられる。
Na化合物、K化合物及びLi化合物に含まれるアルカリ金属成分のワイヤ全質量に対する含有量は、当該アルカリ金属成分を酸化物に換算した値、つまりNa2O、K2O及びLi2Oに換算した値の合計の質量分率で0.25%以上とすることでアークが安定し、スパッタ発生量が少なくなることから好ましい。また1.50%以下とすることで、アルカリ金属化合物の高い吸湿性に起因した、ワイヤ中の水分量増加に伴うピットやブローホールといった気孔欠陥の発生を抑制できることから好ましく、1.00%以下がより好ましい。
【0029】
スラグ成分は、さらに金属フッ化物を含むことができる。金属フッ化物源としては、フッ化カルシウム、フッ化ナトリウム、珪フッ化カリウム等が挙げられる。
金属フッ化物のワイヤ全質量に対する含有量は、F換算値で0.05%以上であることで、良好なアーク安定性が得られることから好ましいく、0.15%以上がより好ましい。また、0.80%以下であることで、スラグの粘性が低下することなく、良好なスラグの被包性を維持できることから好ましく、0.60%以下がより好ましい。
【0030】
スラグ成分は、さらにFe2O3を含んでいてもよく、Fe2O3源としてはカリウム長石やナトリウム長石、その他鉱石中に不純物として含有されるもの等が挙げられる。
Fe2O3のワイヤ全質量に対する質量分率は、0.50%以下(0%を含む)がスラグの焼き付きを抑制できることから好ましく、0.30%以下がより好ましい。
【0031】
スラグ成分には上記の他に、V2O5、Nb2O5、CaO、希土類金属の酸化物等の不可避金属酸化物が含有され得る。ルチールやその他の鉱石中に不可避的に含有される上記不純物量が微少量であれば、ワイヤの性質に大きな影響はないが、過剰に含まれるとスラグ組成のバランスが崩れてスラグ剥離性が劣化するおそれがある。そのため、不可避金属酸化物のワイヤ全質量に対する質量分率は0.20%以下(0%を含む)が好ましい。
【0032】
(合金成分)
本実施形態に係るワイヤにおける合金成分とは、純金属、合金、炭化物(炭化合金)又は窒化物(窒化合金)として含有され、その大部分が溶接金属を形成するものであり、ワイヤの外皮及びフラックスの少なくともいずれか一方内に含まれる成分である。
【0033】
Cr及びNbは合金成分の中でも特に酸化されやすい成分である。これらのワイヤ全質量に対する質量分率(含有量)が高くなり過ぎると、シールドガス中のAr純度を高くしなければ、スラグ成分組成のバランスが崩れ、スラグ剥離性が劣化する。また、Crは溶接金属の耐食性に特に大きく影響を及ぼす成分である。そのため、Crの含有量は10.00%以上35.00%以下であり、12.00%以上が好ましく、30.00%以下が好ましい。
また、NbはCを固定化しCrとCの結合を防止することで耐食性をより向上させる成分である(鋭敏化の防止)。さらに、Ni基合金ではNb炭化物を析出させることで強度向上を担う場合がある。そのためNbの含有量は4.50%以下(0%を含む)であり、4.00%以下が好ましい。特に耐食性向上(耐鋭敏化)効果や強度向上効果が求められる場合には0.4%以上が好ましい。
【0034】
本実施形態における合金成分は、上記Cr及びNb以外特に限定されないが、例えば一般的なステンレス鋼フラックス入りワイヤ、又はニッケル基合金用フラックス入りワイヤにおける合金成分と同様の組成を採用することができる。
【0035】
前記ステンレス鋼フラックス入りワイヤ及び前記ニッケル基合金用フラックス入りワイヤにおいて、Sは溶融金属の表面張力を大きく低下させ、溶融金属の対流を活発にさせる成分であり、ビード形状を平坦で良好な形状とすることができる。ビード形状が平坦となることにより、スラグ剥離性をさらに向上させることができる。そのため、Sの含有量は0.020%以上が好ましく、0.025%以上がより好ましい。一方、Sは結晶粒界に偏析し、低融点化合物を生成し、耐高温割れ性を劣化させる成分でもある。そのため、Sの含有量は0.100%以下が好ましく、0.080%以下がより好ましい。
【0036】
ステンレス鋼フラックス入りワイヤの合金成分の組成としては、例えば、ワイヤ全質量に対する質量分率でC:0.005~0.150%、Si:0.05~1.50%、Mn:0.20~3.00%、Cr:15.00~35.00%、Ni:5.00~25.00%、Mo:5.00%以下(0%を含む)、Nb:2.00%以下(0%を含む)、Ti:1.00%以下(0%を含む)、N:1.00%以下(0%を含む)、及び残部:Feおよび不可避不純物を満たすことが好ましい。
【0037】
Cは溶接金属の耐食性に影響を及ぼす成分であることから、含有量は少ないほど好ましい。一方で、Cの含有量が少ない低C素材は経済性が低い。そのため、Cの含有量は0.005~0.150%が好ましい。
Siは溶接金属の強度を向上させる成分である一方で、靱性を劣化させる成分でもある。また、Siの含有量が少ない低Si素材は経済性が低い。これら性能のバランスを鑑みて、Siの含有量は0.05~1.50%が好ましい。
【0038】
Mnは溶接金属の強度を向上させる成分である一方で、必要以上に含有すると溶接ヒュームを増加させる成分でもある。これら性能のバランスを鑑みて、Mnの含有量は0.20~3.00%が好ましい。
Crは溶接金属の耐食性を向上させる成分である一方で、必要以上に含有すると酸化性シールドガスと反応して酸化物を生成し、スラグ成分組成のバランスに影響を及ぼす成分である。そのため、Crの含有量は15.00~35.00%が好ましい。
【0039】
Niは溶接金属のオーステナイト組織を安定化させ、低温での靱性を向上させる成分であり、また、フェライト組織の晶出量を調整する目的で一定量添加される成分である。また、Niの添加量はステンレス鋼として一般的に添加される範囲でよく、25%以下で添加されることが妥当である。そのため、Niの含有量は5.00~25.00%が好ましい。
Moは高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である一方で、σ脆化を助長する成分でもあることから、特に高温強度や耐孔食性を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Moの含有量は5.00%以下(0%を含む)が好ましい。
【0040】
Nb及びTiはそれぞれCと結合して安定化させる効果があり、耐食性を向上させる成分である。一方で、必要以上に含有すると結晶粒界に低融点化合物を生成させ、耐凝固割れ性を劣化させる。さらに酸化性シールドガスと反応して酸化物を生成し易い。TiO2はスラグ成分として積極添加している為、影響は明確でないが、Nb酸化物は、スラグ成分組成のバランスに影響を及ぼす。そのため、特に耐食性を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Nbの含有量は2.00%以下(0%を含む)が好ましく、Tiの含有量は1.00%以下(0%を含む)が好ましい。
【0041】
Nは結晶構造内に侵入型固溶して強度を向上させ、さらには耐孔食性をも向上させる成分である。一方、溶接金属にブローホールやピットといった気孔欠陥を発生させる原因ともなることから、特に強度や耐孔食性を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Nの含有量は1.00%以下(0%を含む)が好ましい。
【0042】
残部はFeおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、V、P、Cu、Sn、Na、Co、Ca、Li、Sb、W及びAs等が挙げられ、各元素が酸化物として含まれる場合には、Oも残部に含まれることとなる。
【0043】
ステンレス鋼フラックス入りワイヤの外皮も特に限定されるものではないが、例えば、普通鋼、SUH409L(JIS G 4312:2001年)、SUS430、SUS304L、SUS316L、SUS310S(いずれもJIS G 4305:2012年)等が使用できる。
【0044】
Ni基合金用フラックス入りワイヤの合金成分の組成としては、例えば、ワイヤ全質量に対する質量分率でC:0.005~0.150%、Si:0.05~1.00%、Mn:0.10~4.00%、Cr:10.00~35.00%、Fe:0.10~10.00%、W:5.00%以下(0%を含む)、Mo:20.00%以下(0%を含む)、Nb:4.50%以下(0%を含む)、Co:2.50%以下(0%を含む)、Ti:1.00%以下(0%を含む)、N:0.50%以下(0%を含む)、及び残部:Niおよび不可避不純物を満たすことが好ましい。
【0045】
CはNb等の元素と結合し、微細析出することで溶接金属の強度を向上させる成分である一方で、耐食性を劣化させる成分でもある。また、低C素材は経済性が低い。これら性能のバランスを鑑みて、Cの含有量は0.005~0.150%が好ましい。
Siはステンレス鋼フラックス入りワイヤと同様に、溶接金属の強度を向上させる成分である一方で、靱性を劣化させる成分でもある。また、低Si素材は経済性が低い。これら性能のバランスを鑑みて、Siの含有量は0.05~1.00%が好ましい。
【0046】
Mnは溶接金属の強度を向上させる成分である一方で、溶接ヒュームを増加させる成分でもある。これら性能のバランスを鑑みて、Mnの含有量は0.10~4.00%が好ましい。
Crは溶接金属の耐食性を向上させる成分である一方で、酸化性シールドガスと反応して酸化物を生成し、スラグ成分組成のバランスに影響を及ぼす成分である。そのため、Crの含有量は、10.00~35.00%が好ましい。
【0047】
Feは溶接金属の経済性を向上させるために、機械的特性や耐食性等に悪影響を及ぼさない程度に添加される成分である。特に、Fe含有量が極めて少ない極低Fe含有量の合金素材の調達は経済性を著しく低下させることから、Feの含有量は0.10%以上が好ましい。また、上限は10.00%以下が好ましい。
【0048】
W及びMoはそれぞれ高温強度及び耐孔食性を向上させる成分である一方で、融点が非常に高いことから、過剰に添加すると、溶融しなかったW粒子、Mo粒子が欠陥として点在するおそれがある。そのため、Wの含有量は5.00%以下(0%を含む)が好ましく、Moの含有量は20.00%以下(0%を含む)が好ましい。
NbはCと結合して溶融金属の強度を向上させる成分である一方で、結晶粒界に低融点化合物を生成させて耐凝固割れ性を劣化させる成分である。さらに、酸化性シールドガスと反応して酸化物を生成し、スラグ成分組成のバランスに影響を及ぼす成分である。そのため、特に強度を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Nbの含有量は4.50%以下(0%を含む)が好ましい。
【0049】
CoはNiと同様にオーステナイト組織を安定化させる成分である。また、一般的なNi素材に不純物として比較的多量に含有されるため、不可避的に含まれる成分である。一方、Coは極めて経済性が悪く、積極的な添加は好ましくない。Coの含有量は2.50%以下(0%を含む)が好ましい。
TiはNiと結合してNi3Tiの金属化合物を析出し、高温強度を向上させる成分である一方で、延性と靱性を劣化させる成分である。そのため、特に高温強度を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Tiの含有量は1.00%以下(0%を含む)が好ましい。
【0050】
Nは結晶構造内に侵入型固溶して強度を向上させ、さらには耐孔食性をも向上させる成分である。一方、溶接金属にブローホールやピットといった気孔欠陥を発生させる原因ともなることから、特に強度や耐孔食性を必要とする場合以外は積極的な添加は行わない。Nの含有量は0.50%以下(0%を含む)が好ましい。
【0051】
残部はNiおよび不可避不純物である。不可避不純物としては、V、P、Cu、Sn、Na、Ca、Li、Sb及びAs等が挙げられ、各元素が酸化物として含まれる場合には、Oも残部に含まれることとなる。
【0052】
Ni基合金用フラックス入りワイヤの外皮も特に限定されるものではないが、例えば、Alloy600(UNS N06600)、Alloy625(UNS N06625)、Alloy22(UNS N06022)、Alloy276(UNS N10276)等が使用できる。
【0053】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、外皮によって形成される内部空隙に対するフラックス量が少ないと、溶接時にフラックス柱の形成がし難くなる。また、ワイヤ内でフラックスの移動現象が発生する。その場合、ワイヤの製造ラインの振動状況等によってワイヤの長手方向のフラックス含有率にバラつきが生じ、ワイヤの品質が不安定になることが懸念される。そのため、ワイヤ中のフラックスの含有率は、ワイヤ全質量に対する質量分率で8.0%以上が好ましく、13.0%以上がより好ましい。
一方、多量のフラックスを少量の外皮で包み込むためには、肉厚の薄い外皮材を使用すればよいものの、外皮材が極度に薄い場合には、ワイヤの伸線工程で外皮材が破れ、ワイヤが破断することが懸念される。そのため、ワイヤ中のフラックスの含有率は30.0%以下が好ましく、28.0%以下がより好ましい。
【0054】
フラックス入りワイヤのワイヤ径は特に限定されないが、一般的な溶接装置との組み合わせや溶接作業性を考慮すると、直径が1.2~2.0mmが好ましく、1.6mm以下がより好ましい。
【0055】
(シールドガス)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、Arの比率が高いシールドガスと共に用いられる。
一方、シールドガス中の活性ガス成分の含有量が多いと、ワイヤに含まれる合金成分が酸化されてスラグと一体化してしまい、スラグ成分組成のバランスが崩れるおそれがある。なお、活性ガス成分とは酸素及び二酸化炭素であり、二酸化炭素と比較して酸素の方が合金成分を酸化させる効果が強い。
【0056】
本実施形態におけるシールドガスは、酸素の体積分率を[O2]、二酸化炭素の体積分率を[CO2]とした場合に、0%≦[O2]≦5%、0%≦[CO2]≦15%、及び{[CO2]+(3×[O2])}≦15の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスを適用する。
シールドガスは、0%≦[O2]≦4%、0%≦[CO2]≦12%、及び{[CO2]+(3×[O2])}≦12の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスが好ましく、0%≦[O2]≦3%、0%≦[CO2]≦9%、及び{[CO2]+(3×[O2])}≦9の関係を満たし、かつ残部がArからなるガスがより好ましく、純Ar([O2]=0%、[CO2]=0%)のガスを用いることも好ましい。
【0057】
また、前述したように、合金成分のうち、Cr及びNbは特に酸化されやすい成分であることから、シールドガス中の[O2]及び[CO2]の値によって、スラグ成分組成のバランスに大きな影響を及ぼす。そのため、本実施形態においては、Crの質量分率を[Cr]、Nbの質量分率を[Nb]とし、A={[Cr]+(4.3×[Nb])}とした場合に、
{(3×[O2])+[CO2]+(0.0085×A2)-(0.19×A)}
なる関係式で表される値が20.0以下とする。
式中、[Nb]の係数である4.3はワイヤ中のCrとNbの添加量を独立に水準を変化させた試験結果から導出された値でありスラグ剥離性の観点でビードを採点し、回帰計算をした結果、この係数を得た。[O2]の係数である3はArにCO2とO2を独立に水準を変化させて添加する試験結果から導出された値であり、スラグ剥離性の観点で両者のビードを比較した結果、O2の影響度はCO2の3倍程度であるという結論を得た。A2の係数である0.0085およびAの係数である0.19は、Aを横軸、(3×[O2])+[CO2]を縦軸に置いて試験結果を整理したところ、この係数の式によって良否が分けられることがわかったのでこの値を採用したものである。
【0058】
上記関係式で表される値はスラグ剥離性の点から15.4以下が好ましい。
【0059】
また、従来のAs、Sb、Pb及びBiを含まないメタル系のステンレス鋼およびNi基合金用フラックス入りワイヤにおいて、高入熱条件での溶接を行う場合には、シールドノズル径が非常に大きい溶接トーチや、溶接トーチ後方をシールドするアフターシールド用治具を用いる等により、溶接ビードが酸化しないための対策を行うことが必要であった。しかしながら、本実施形態におけるワイヤは、上記対策を行うことなくビード表面の酸化を抑制できる。そのため、高入熱条件での溶接を行う場合であっても、特別な溶接ビード酸化対策を行う必要はないことから、シールドノズル径は一般的なもの(例えば、内径が13~19mmのもの)を適用でき、溶接装置の簡易化が可能となる。
【0060】
(溶接入熱)
従来のAs、Sb、Pb及びBiを含まないメタル系のステンレス鋼およびNi基合金用フラックス入りワイヤであっても、低入熱での溶接を行うことで、ビード表面の酸化を緩和することができるため、比較的良好な溶接が可能であるが、高入熱の範囲での溶接は、ビード表面の酸化が顕著になり、粗悪な溶接作業性となる。
これに対し、本実施形態に係るフラックス入りワイヤは低入熱条件のみならず、高入熱での溶接においても、ビード表面の酸化を抑制し、良好な溶接作業性が得られる。
【0061】
本実施形態に係るフラックス入りワイヤの特長(効果)を享受する点からは、一定以上の高入熱条件下での溶接に使用されることが好ましい。一方、いたずらに高入熱の条件を選定すると、スパッタが多発する、溶込みに対して溶接金属量が過剰となりオーバーラップの欠陥を誘発する等が懸念される。
そのため、本実施形態に係るフラックス入りワイヤを用い、下記式で表される溶接入熱の値F(kJ/cm)が10.0以上19.0以下の範囲で溶接施工を行うことが好ましい。
溶接入熱(F)(kJ/cm)=電流(A)×電圧(V)÷溶接速度(cm/s)÷1000
【0062】
(製造方法)
本実施形態に係るフラックス入りワイヤは、従来と同様の方法で製造することができ、特に限定されない。例えば、外皮内にフラックスを充填する。その際、外皮の組成、フラックスの組成及び含有率が各々前述した範囲になるよう適宜調整する。次いで、外皮内にフラックスが充填されたワイヤを、圧延、もしくは伸線することにより縮径し、所定の外径を有するフラックス入りワイヤを得ることができる。
【実施例】
【0063】
以下に、実施例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は、これらの実施例に限定されるものではなく、本発明の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することが可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0064】
[評価方法]
下記に示す溶接条件C-1又はC-2により溶接を行い、スラグ剥離性、溶接作業性及び耐食性について、それぞれ下記に示す方法により評価を行った。溶接作業性については、スパッタ発生量、ビード形状及び耐欠陥性についての評価を行った。
【0065】
(溶接条件C-1)
母材として厚さ12mmのSUS304を母材とし、溶接電流:280A、溶接電圧:24~30V及び溶接速度0.6cm/sの条件で、ガスシールドアーク溶接による下向きのビードオンプレート溶接を実施した。溶接長は400mmとし、前パスの止端部を狙ってビードを3パス重ね、合計4パスの溶接を実施した。
(溶接条件C-2)
母材として厚さ12mmのSUS304を母材とし、溶接電流:370A、溶接電圧:31~32V及び溶接速度0.6cm/sの条件で、ガスシールドアーク溶接による下向きのビードオンプレート溶接を実施した。溶接長は400mmとし、前パスの止端部を狙ってビードを3パス重ね、合計4パスの溶接を実施した。
【0066】
(スラグ剥離性)
溶接後のスラグに対し、スラグ剥離性を下記基準で評価した。A~Cが合格であり、Dが不合格である。
A:全面又はほぼ全面において自然剥離し、非常に良好。
B:一部が自然剥離し、他部分もスケールハンマーによる打撃によって容易に剥離でき、良好。
C:タガネとスケールハンマーを用いることで剥離でき、許容限界。
D:グラインダを用いたスラグ剥離作業が必要であり、劣悪。
【0067】
(スパッタ発生量)
溶接部の両側面に、銅板で作製した箱(高さ200mm×幅100mm×長さ500mmの直方体状。200mm×500mmの側面1面以外が銅板で出来ており、前記側面1面が空いた状態の箱2つを、溶接線に対して互いに30mm離して向かい合わせて配置)を設置して溶接を行った。1パス目の400mmの溶接中に箱内に捕集されたスパッタ全てを箱内から採取し、採取したスパッタを目開き1.0mmの篩いで1.0mm未満のものと1.0mm以上のものに分けた後、各質量を測定し、下記基準で評価した。A~Cが合格であり、Dが不合格である。
A:1.0mm以上のスパッタ量:0gかつ1.0mm以下のスパッタ量:0.5g以下のもの。
B:1.0mm以上のスパッタ量:0.2g以下かつ1.0mm以下のスパッタ量:0.7g以下のもの。
C:1.0mm以上のスパッタ量:0.5g以下かつ1.0mm以下のスパッタ量:1.0g以下のもの。
D:1.0mm以上のスパッタ量:0.5g超及び/又は1.0mm以下のスパッタ量:1.0g超のもの。
【0068】
(ビード形状)
ビードに対し、目視にてビード形状の評価を行った。評価基準は下記に示すとおりであり、A及びBが合格、Cが不合格である。なお、フランク角とは、母材表面とビード端部との成す角度を意味する。
A:ビード重ね部の融合不良欠陥のおそれのない状態で良好であると言え、概ねフランク角が120°以上のもの。
B:X線透過試験の結果と合わせて評価できる状態であり、概ねフランク角が100°以上120°未満のもの。
C:ビード重ね部の融合不良欠陥のおそれがある状態で不良であると言え、概ねフランク角が100°未満のもの。
【0069】
(耐欠陥性)
溶接後の初層溶接部(クレータ部を含む)についてJIS Z3106:2001年に準拠したX線透過試験により、欠陥の有無を確認し、下記基準で評価した。A及びBが合格であり、Cが不合格である。
A:無欠陥のもの
B:クレータ部のみ割れが発生しており、0.5mm以下の点状欠陥が見られるもの
C:割れ、融合不良及び/又はスラグ巻込みにより、クレータ部以外の溶接部に線状欠陥が見られるもの、または、丸い形状の欠陥が見られ、JIS Z3106:2001年附属書4表5第1種2~4類に分類されるもの
【0070】
(耐食性)
溶接した母材を60×145mmの大きさに切り出し、溶接ビード部40×125mmを残して被覆を施し、JIS Z2371:2015年に準じた中性塩水噴霧試験を行った。噴霧条件は連続168時間とし、下記基準で評価した。A~Cが合格であり、Dが不合格である。
A:JIS Z2371:2015年附属書JCレイティングナンバ方法により求められたレイティングナンバが10のもの。
B:前記レイティングナンバが9以上9.8以下のもの。
C:前記レイティングナンバが3以上8以下のもの。
D:前記レイティングナンバ2以下のもの(0を含む)。
【0071】
[試験例]
表1~4に示す組成を有するフラックス入りワイヤ(W-1~W-49)を用いて溶接試験を実施した。ワイヤW-1~W-39はステンレス鋼フラックス入りワイヤであり、ワイヤW-40~W-49はNi基合金用フラックス入りワイヤである。
表1及び3における「パラメータα」とは、〔{3×([ZrO2]+[MgO])}+(1.2×[Al2O3])+[TiO2]+(0.3×[SiO2])〕/{[TiO2]+[SiO2]+[ZrO2]+[Al2O3]+[MgO]}で表される関係式を表し、「Na2O+K2O+Li2O」とはNa化合物、K化合物及びLi化合物に含まれるアルカリ金属成分の酸化物(Na2O、K2O及びLi2O)換算値の合計を意味し、「金属フッ化物」とは金属フッ化物としてワイヤに含まれるFの量を意味する。また、表1~4における成分組成、スラグ含有率及びフラックス含有率はいずれもワイヤ全質量に対する質量分率で表される値であり、「-」とは積極的に添加していないことを示す。
【0072】
溶接試験(試験例1~67)の条件は表5に示すとおりである。試験例1~8、13~16、19~22、25~29、31~33、36~47及び50~67は実施例であり、試験例9~12、17、18、23、24、30、34及び35は比較例であり、試験例48は低融点金属を含むワイヤW-38を用いた参考例であり、試験例49はメタル系フラックス入りワイヤであるワイヤW-39を用いた参考例である。
表5における「パラメータβ」とは{(3×[O2])+[CO2]+(0.0085×A2)-(0.19×A)}で表される関係式を表し、「シールドガス」におけるG-1~G-11の組成は表6に示すとおりである。
【0073】
溶接試験後のスラグ剥離性、溶接作業性及び耐食性の結果を表7に示す。表7中、「耐食性」における「*」とは耐食性の評価を行っていないことを意味する。これは、ワイヤW-40~W-49がNi基合金用フラックス入りワイヤであり、Ni基合金はそもそも塩水噴霧による錆が生じないことから、耐食性試験を行っても有意差が見られないことが想定された為に評価を行わなかったものである。
【0074】
【0075】
【0076】
【0077】
【0078】
【0079】
【0080】
【0081】
試験例1~11はシールドガスの組成を変化させた結果である。シールドガス中に占めるArの比率が低くなるほど、また、{[CO2]+(3×[O2])}で表される値が大きくなるほど、スラグ剥離性が低下し、スパッタ発生量も増える結果となった。
【0082】
試験例12~49はステンレス鋼フラックス入りワイヤを用い、その組成を変化させた結果である。合金成分組成を適切なものとすることにより、スラグ剥離性、ビード形状及び耐欠陥性が良好な溶接金属が得られた。また、試験例48はスラグ剥離性、溶接作業性及び耐食性のいずれにも優れるが、As、Sb、Pb及びBiといった低融点元素を含有するフラックス入りワイヤを使用しており、耐再熱割れ性が低い試験例となる。
【0083】
試験例50~59はNi基合金用フラックス入りワイヤを用いた試験例であり、ワイヤ組成が本発明の範囲を満たす範囲であれば、良好なスラグ剥離性及び溶接作業性が得られる結果となった。
【0084】
試験例60~67はシールドガス、ワイヤ組成や溶接条件を変化させた結果である。いずれも本発明の範囲を満たす範囲であれば、良好なスラグ剥離性、溶接作業性及び耐食性が得られる結果となった。
また、本発明の範囲を満たすワイヤを用いた溶接はいずれも12.0kJ/cm以上の高入熱条件でも良好な溶接金属を形成でき、高能率での溶接が可能であることが確認された。