(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-17
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】圧縮機
(51)【国際特許分類】
F04B 39/02 20060101AFI20220119BHJP
F04B 39/12 20060101ALI20220119BHJP
F04B 39/00 20060101ALI20220119BHJP
【FI】
F04B39/02 S
F04B39/12 C
F04B39/00 107B
(21)【出願番号】P 2018140866
(22)【出願日】2018-07-27
【審査請求日】2020-08-14
(73)【特許権者】
【識別番号】521161750
【氏名又は名称】ジーエムシーシー アンド ウェリング アプライアンス コンポーネント (タイランド) カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100112656
【氏名又は名称】宮田 英毅
(74)【代理人】
【識別番号】100089118
【氏名又は名称】酒井 宏明
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 遵自
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 啓愛
(72)【発明者】
【氏名】永田 修平
【審査官】大瀬 円
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-096349(JP,A)
【文献】国際公開第2014/115530(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F04B 39/02
F04B 39/12
F04B 39/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
円筒状の空隙が設けられたシリンダボアを有するシリンダと、
該空隙内を往復動するピストンと、を備え、
前記シリンダボアと前記ピストンとの間に潤滑油が供給される圧縮機であって、
前記シリンダボアは、前記空隙を挟んで互いに対向する第1切欠き部及び第2切欠き部を有
し、
前記ピストンは、円環状の給油溝を有し、
前記ピストンの下死点において、該給油溝は、
前記第1切欠き部を介して前記シリンダボアから露出する部分と、
前記第2切欠き部を介して前記シリンダボアから露出する部分と、
前記シリンダボアに対向する部分と、を有し、
前記第1切欠き部又は前記第2切欠き部を介して露出された前記給油溝のうち、
周方向で前記第1切欠き部側に位置する部分の上死点側の端部は、前記ピストンの下死点において、前記第1切欠き部より上死点側に位置し、及び/又は、
周方向で前記第2切欠き部側に位置する部分の上死点側の端部は、前記ピストンの下死点において、前記第2切欠き部より上死点側に位置することを特徴とする圧縮機。
【請求項2】
前記第1切欠き部と前記第2切欠き部の何れか一方は、前記空隙に対して重力加速度の方向と逆側に位置することを特徴とする請求項1に記載の圧縮機。
【請求項3】
前記ピストンの往復動方向における断面視において、前記第1切欠き部の端部と前記空隙の中心それぞれを略通過する2本の仮想の直線で挟まれる領域に、前記第2切欠き部の一部が収まることを特徴とする請求項1
又は2に記載の圧縮機。
【請求項4】
前記ピストンの往復動方向における断面視において、前記第1切欠き部の端部と前記空隙の中心それぞれを略通過する2本の仮想の直線で挟まれる領域に、前記第2切欠き部の全部が収まることを特徴とする請求項1
又は2に記載の圧縮機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、圧縮機に関する。
【背景技術】
【0002】
特許文献1の圧縮機は、ピストンに凹設した環状の給油溝23eが、ピストンの下死点において、切欠き部7cから露出する位置関係になるように設定することにより、吸い込み工程時に下死点で切欠き部から給油溝に潤滑油が給油され、給油溝とシリンダボアとの間に油膜を形成することで圧縮時のシール性を向上している(0025,
図3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
油膜には圧縮冷媒からの圧力がかかるため、圧縮時のピストンは油膜からの反力を受けるところ、特許文献1の圧縮機では、下死点においてピストンの給油溝23eのうち上部のみが切欠き部7cを介して露出しており、その他の部分はシリンダボアに入り込んでいる。このため、吸い込み工程から圧縮工程に移った後、上死点に向かって移動することで給油溝の全周がシリンダボアに入り込むまでは、油膜は切欠き部分には形成されない。すると、ピストンにかかる油膜の反力は、ピストン上側が小さく下側が大きいアンバランスとなり、反力の合成力はピストンを上下方向に振れさせる方向に働く。
【0005】
ピストンの上下方向の振れは、圧縮機全体の振動を増加させ、騒音増加につながる。また、振れが過大になると、ピストンとシリンダボア、ピストンに運転力を伝達するコンロッドやピストンピン、シャフトなどといった各部材同士の磨耗を発生し得る。磨耗は熱損失となり、圧縮機の性能低下の原因であると共に、圧縮機の信頼性を損なう虞がある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記事情に鑑みてなされた本発明は、
円筒状の空隙が設けられたシリンダボアを有するシリンダと、
該空隙内を往復動するピストンと、を備え、
前記シリンダボアと前記ピストンとの間に潤滑油が供給される圧縮機であって、
前記シリンダボアは、前記空隙を挟んで互いに対向する第1切欠き部及び第2切欠き部を有することを特徴とする。
【図面の簡単な説明】
【0007】
【
図2】実施例1のピストンが圧縮工程の下死点近傍位置にあるときの要部断面図。
【
図3】
図2のA-A断面視で、圧縮時にピストンにかかる油膜反力を表した模式図。
【
図4】実施例1のピストンが吸込み工程の下死点近傍位置におけるシリンダボア切欠き部の位置と油膜の関係を示した要部断面模式図。
【
図5】比較例として下切欠き部を有さないピストンが圧縮工程の下死点近傍位置にあるときの要部断面図
【
図6】
図5のA'-A'断面について圧縮時にピストンにかかる油膜反力を表した模式図
【発明を実施するための形態】
【0008】
以下、本発明の実施例を、添付の図面を参照しつつ説明する。本実施例における下方向は、重力加速度の方向と同一にしても良いしそれ以外の方向と同一にしても良い。
【実施例1】
【0009】
図1は実施例1の密閉型電動圧縮機の縦断面図である。密閉容器1内に設けられたシリンダブロック2は軸受部2aとシリンダボア2bを一体で形成しており、シリンダボア2b内をピストン3が往復動して圧縮要素を構成する。シリンダボア2bはピストン3が摺動する円筒状の空隙を有しており、ピストン3は略円柱状である。
【0010】
シリンダブロック2に固定されたステータ4及び電動機に連結するロータ5によって電動要素を構成し、ロータ5に固定されたクランクシャフト7を回転させることで圧縮要素に動力を伝える。クランクシャフト7は回転中心から偏心した位置にクランクピン7aを有し、クランクピン7aとピストン3との間はコンロッド8及びピストンピン9によって回転自在に連結され、クランクシャフト7の回転運動をピストン3の往復運動へと変換する。
【0011】
シリンダボア2b上部に設けた上面視略U字形状の上切欠き部2cはシリンダブロック2上壁まで貫通しており、組立て時に予めシリンダボア2b内に挿入したピストン3とクランクピン7aに挿入したコンロッド8を上切欠き部2cからピストンピン9を挿入することで各部品を組み立てるものである。
【0012】
なお、クランクシャフト7は内部に給油通路を有し、回転による遠心力を利用して密閉容器1内に貯留した潤滑油を上方へと吸い上げ、クランクピン7a上部の噴出口及びコンロッド8内に同じく形成された給油通路から圧縮要素へと潤滑油を供給する。
【0013】
シリンダボア2bの先端は、冷媒の吸込み口及び吐出口とそれぞれの経路口の冷媒流れを調節するバルブを有する、バルブプレート6によって封止されており、ピストン3とシリンダボア2bとの間は潤滑油によってシールされ、冷媒吸込み時及び圧縮時に冷媒はバルブプレート6の冷媒経路口を通して流れる。
【0014】
低速回転時には、回転による遠心力が小さくなるため、クランクシャフト7による潤滑油の吸い上げ量が小さくなり、圧縮要素に供給される潤滑油の量が減少し、ピストン3とシリンダボア2bとの間のシール性が低下することで、圧縮時に冷媒が漏れやすくなる。このため、シール性の改善が望まれる。
【0015】
図2は本実施例のピストン3が圧縮工程の下死点近傍位置にあるときの要部断面図である。
図3は
図2のA-A断面視で、圧縮時にピストン3にかかる油膜反力を表した模式図である。
ピストン3外周には環状の給油溝31が1つ以上ピストン3の軸方向(往復動方向)に並んで凹設されている。給油溝31は、ピストン3の回転中心位置、本実施例ではピストンピン9位置に対して、軸方向で別の位置に設けられている。本実施例では、回転中心位置よりも上死点側の位置に設けられている。
シリンダボア2bには、ピストン3が往復動する円筒状の空隙が設けられている。シリンダボア2bは、軸方向視で、空隙の中心を挟んで対向する2つの切欠き部2c,2dを有している。切欠き部2c,2dは、シリンダボア2bの上側及び下側に位置すると、上側の切欠き部2cを通してピストンピン9を挿入しやすく、また、噴出口から供給される潤滑油が届きやすいため好ましい。
【0016】
ピストン3が最もシリンダボア2bから引き出される下死点において、給油溝31の上部は、シリンダボア2bの上切欠き部2cを介して露出している。また、給油溝31の下部は、シリンダボア2bの下切欠き部2dを介して露出している。
【0017】
クランクピン7a上部から噴出された潤滑油が上切欠き部2cを通して給油溝31の上部にかかり、給油溝31全周へと伝わって供給される。さらに、圧縮時にピストン3がシリンダボア2bへと押し込まれていくと、給油溝31はシリンダボア2b内に完全に入り、シリンダボア2b内壁と給油溝31によって潤滑油が保持されることで、低速回転時の小さい潤滑油供給量においても、ピストン3とシリンダボア2bとの間のシール性を高く維持することができる。
【0018】
給油溝31に供給された潤滑油は、ピストン3とシリンダボア2bとの隙間に油膜を形成し、油膜によって圧縮冷媒の圧力を受けることで低圧側への冷媒漏れを抑える働きをする。つまり、圧縮時には油膜は圧縮冷媒から圧力を受け、これは油膜反力としてピストン3にも伝わる。
【0019】
下死点において給油溝31の一部は、上切欠き部2c又は下切欠き部2dを介してシリンダボア2bから露出する。給油溝31を複数設ける場合、全ての給油溝31に潤滑油を供給するために、下死点において、全ての給油溝31の上部がシリンダボア2bから露出することが好ましい。即ち、最も上死点側に近い給油溝31aのうち、下死点側の溝端部32b上部が下死点において上切欠き部2c及び下切欠き部2dそれぞれから露出することが好ましい。反力は、給油溝31aに溜められた潤滑油がシリンダボア2bとピストン3との間に挟まれることで生じるから、圧縮工程では主に、給油溝31のうち移動方向後端(すなわち、下死点側の端部32b)に存在する潤滑油によって生じる。
【0020】
本実施例では、ピストン3の軸方向視について、シリンダボア2bの中心周りで、上切欠き部2cに略点対称な位置に下切欠き部2dが設けられている。このため、下死点近傍の圧縮工程において給油溝31に貯留した潤滑油がピストン3とシリンダボア2bの間に形成する油膜10及びその油膜反力がピストン3の軸中心に対して略対称となり、ピストン3に働く転覆モーメント(ピストン3の径方向視で、ピストン重心周りに回転するモーメント)を抑えることができる。なお、ピストン3の三次元構造としては、例えば面対称にすることができる。
【0021】
上切欠き部2cと下切欠き部2dはそれぞれ、ピストン3の軸方向位置で略同一の位置に存在することができる。すなわち、上切欠き部2cを介して露出する給油溝31の長さと下切欠き部2dを介して露出する給油溝31の長さとは、略同一であることができる。
具体的には、上切欠き部2cの内周側端部とシリンダボア2bの軸方向視の中心とをそれぞれ通る2本の仮想の直線を考えると、これら2本の直線に挟まれた領域に、下切欠き部2dが存在する。下切欠き部2dは、この領域内の全域に亘り、領域外には存在しないことが最も好ましいが、この領域の一部のみに実質的に存在する場合でも効果を奏する。
【0022】
加工性の観点から、下切欠き部2dの位置は上切欠き部2cに対して完全には対称にならないことが考えられる。上切欠き部2cと下切欠き部2dの軸方向位置に差があると、圧縮工程が進んだ際に給油溝31に貯留した潤滑油がピストン3とシリンダボア2bの間に形成する油膜10及びその油膜反力が上下非対称となる瞬間が生じ得る。しかし、少なくとも、下死点において給油溝31下部が下切欠き部2dから露出する位置関係とすることによって、下切欠き部2dから露出する部分の給油溝31に貯留した潤滑油は給油溝31から流出し、再度上切欠き部2cから供給される潤滑油によって給油溝31が満たされるまで、油膜反力の上下非対称性による転覆モーメントを抑えることができる。
【0023】
また、ピストン3とシリンダボア2bとの間のシール性は圧縮時だけでなく、吸込み時についても必要とされる。吸込み時のシール性を高めることで、適切な経路で冷媒を流すことにより冷媒の流体音を抑制できるほか、冷媒ガスの密度を高くすることができ、性能向上につながる。また、吸込み時にシールが不十分であると、漏れた冷媒と共に潤滑油がシリンダボア2b内に入り込み、圧縮吐出される冷媒の中に潤滑油が混ざり込み、冷凍サイクルの冷力を低下させる要因となる。
【0024】
図4は、本実施例の吸込み工程の下死点近傍におけるシリンダボア2b切欠き部の位置と油膜10の関係を示した要部断面図である。吸込み時はピストン3が下死点側へと動くため、給油溝31のうち、上死点側の端部32がシリンダボア2bから露出していれば反力が生じず、シリンダボア2b内に位置すれば反力が生じ得る。
【0025】
本実施例では、
図4に示すように、最も上死点側に近い給油溝31aのうち、上死点側の端部32aが、下死点においても上切欠き部2c及び下切欠き部2dから露出しないように設定している。このような位置関係とすることにより、吸込み工程において常に給油溝31aに貯留した潤滑油がピストン3とシリンダボア2bの間に油膜を形成し、シール性を維持することができる。
【0026】
上切欠き部2cにおける給油溝31aの露出量は給油溝31aへの潤滑油の供給量に影響するため、潤滑油の供給量を確保することを優先した場合、端部32aは上切欠き部2cから露出するように設定することも考えられるし、例えば給油溝31aの軸方向寸法を長く設けることで、端部32aはシリンダボア2b内に位置するようにしつつそれ以外の給油溝31aの部分が露出するようにすることも考えられる。
【0027】
一方で、給油溝31に貯留する潤滑油は溝31を伝って下方へと流れるため、下切欠き部2dについては、油膜によるシールを維持できずに冷媒が漏れたとき、冷媒と共にシリンダボア2b内に漏れ入ってしまう潤滑油の量も多くなるため、端部32aを下切欠き部2dから出ないようにすることは、吐出冷媒に混ざり込む潤滑油の量を抑える効果が大きい。
【比較例】
【0028】
図5は比較例として下切欠き部2dを有さないピストン3が圧縮工程の下死点近傍位置にあるときの要部断面図であり、
図6は
図5のA'-A'断面について圧縮時にピストン3にかかる油膜反力を表した模式図である。
【0029】
比較例の場合、下死点近傍の圧縮工程においては、上切欠き部2c側で給油溝31がシリンダボア2bから露出しているのみのため、油膜10は、上切欠き部2cを除く全周に形成される。
【0030】
すると、ピストン3にかかる油膜反力は
図6のように非対称に発生するため、油膜反力の合成力はピストン3を径方向視で回転するように働き、ピストン3の軸に対して回転させる転覆モーメントがかかる。
【0031】
油膜反力及び転覆モーメントは高速回転時ほど大きくなるため、圧縮機の製品仕様として高い最高回転数を持つ場合に、より大きな問題となる。
【符号の説明】
【0032】
1 密閉容器
2 シリンダブロック
2a 軸受部
2b シリンダボア
2c 上切欠き部(第1切欠き部)
2d 下切欠き部(第2切欠き部)
3 ピストン
4 ステータ
5 ロータ
6 バルブプレート
7 クランクシャフト
7a クランクピン
8 コンロッド
9 ピストンピン
10 油膜
31 給油溝
31a 最も上死点に近い給油溝
32a 最も上死点に近い給油溝のうち上死点側の端部
32b 最も上死点に近い給油溝のうち下死点側の端部