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特許7011117低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法
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  • 特許-低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法 図1
  • 特許-低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法 図2
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-18
(45)【発行日】2022-01-26
(54)【発明の名称】低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/00 20060101AFI20220119BHJP
【FI】
C12N5/00
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2017152902
(22)【出願日】2017-08-08
(65)【公開番号】P2019030246
(43)【公開日】2019-02-28
【審査請求日】2020-08-05
(73)【特許権者】
【識別番号】399030060
【氏名又は名称】学校法人 関西大学
(73)【特許権者】
【識別番号】517222133
【氏名又は名称】株式会社KUREi
(73)【特許権者】
【識別番号】597175651
【氏名又は名称】新日本薬業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100144048
【弁理士】
【氏名又は名称】坂本 智弘
(74)【代理人】
【識別番号】100107629
【弁理士】
【氏名又は名称】中村 敏夫
(72)【発明者】
【氏名】河原 秀久
(72)【発明者】
【氏名】田川 絵理
(72)【発明者】
【氏名】川本 久敏
(72)【発明者】
【氏名】楠本 護
(72)【発明者】
【氏名】小野澤 亮
【審査官】中村 勇介
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2002/001952(WO,A1)
【文献】特開2015-038170(JP,A)
【文献】特開2001-139599(JP,A)
【文献】特開2003-250572(JP,A)
【文献】大橋直哉 ほか,コーヒー粕由来抽出物を用いた卵子および卵巣の過冷却保存,Journal of Mammalian Ova Research,2015年,Vol.32, No.2,p.S16
【文献】河原秀久,天然物由来過冷却促進物質の生産とその用途開発,第21 回 関西大学先端科学技術シンポジウム講演集,2017年01月19日,p.192-194
【文献】河原秀久,4.コーヒー粕からの新規食品素材エキスの抽出とその機能性,,技苑, No. 138,2014年,p. 100-102
【文献】Giulia Runti, et al.,Arabica coffee extract shows antibacterial activity against Staphylococcus epidermidis and Enterococcus faecalis and low toxicity towards a human cell line,LWT-Food Science and Technology,2014年12月24日,Vol.62,p.108-114
【文献】星野由美,氷晶形成抑制効果の高いアミノ酸を利用した豚卵巣および精液の過冷却保存,平成27年度食肉に関する助成研究調査成果報告書,Vol.34,2016年,p.181-185
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コーヒーメラノイジンを含有する低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤。
【請求項2】
コーヒーメラノイジンを含有する培地を用いることによる、生体の臓器、組織又は細胞の保存方法。
【請求項3】
非凍結低温下で生体の臓器、組織又は細胞を保存する、請求項に記載の保存方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、コーヒー抽出物を含有する低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法に関する。
【背景技術】
【0002】
生体の臓器、組織、細胞等の移植、再建等において、手術までの間、生体の臓器等は新鮮な状態で保存され、必要に応じて移送される。また、近年、iPS細胞、幹細胞等を用いる再生医療が注目されており、その再生医療においては、生体の臓器、組織及び細胞等を保存することが時として必要となる。
【0003】
生体の臓器等の保存方法としては、例えば、急速凍結保存法、ガラス化凍結法、冷蔵等が用いられている。しかし、急速凍結保存法の細胞の生存率は、一般に氷結晶の形成による組織破壊によって低下する。ガラス化凍結法は、高い細胞毒性を示すグリセリン等の凍結防御剤を高濃度で用い、また溶解時に再結晶化によって細胞等がダメージを受ける方法である。細胞等を凍結保存した場合、細胞等を起こすのにかなりの手間がかかるとの問題もある。従って、凍結保存よりも、細胞等を生きたまま保存することが好ましい。
【0004】
生体の臓器等は、例えば0~4℃で冷蔵して保存される。冷蔵保存は、容易に適用できるが、生体の代謝が4℃では通常の1/10程度に低下するに過ぎず、非凍結状態の-4℃では通常の1/17程度にまで低下することが知られている。従って、0~4℃での冷蔵保存よりも、臓器等を非凍結低温下で生きたまま保存することが、保存中のATPの枯渇を遅くすることができるため、好ましい。
【0005】
特許文献1には、氷結点以下の温度で水が非凍結状態となる過冷却が起こる状態が整う0.3kV/m~1.0kV/mの電界強度を有する電場空間下に生体組織又は細胞を保存する方法が開示されている。しかし、本方法を実施するためには複雑な装置が必要であるとの問題がある。ついては、複雑な装置を必要としない簡易な生体の臓器等の非凍結低温下での保存方法が求められている。
【0006】
特許文献2には、20~80%(v/v)血清及び10~100mMグッド緩衝剤を含有する培地に哺乳動物の胚又は受精卵を浸漬し、非凍結低温下で前記胚又は受精卵を保存することを含む、哺乳動物の胚又は受精卵の保存方法が開示されている。しかし、本方法の効果は、生体の臓器等のダメージが生じる点で依然として不十分である。
【0007】
本出願人らは、特許文献3で、コーヒー豆から抽出された芳香族炭化水素構造とカルボキシル基を有する化合物を利用する過冷却促進物質を提案している。しかし、この過冷却促進物質が、非凍結低温下で臓器等の低温障害を軽減し、又はネクローシスを抑制することは知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2016-039792
【文献】WO2014/030211
【文献】特開2015-038170
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明が解決しようとする課題は、非凍結低温下で生体の臓器、組織又は細胞等にダメージを与えることなく安定に保存することができる生体の臓器、組織又は細胞の保存方法、及びその方法等に用いることができる低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記課題を解決すべく鋭意検討した結果、意外にも、コーヒー抽出物が非凍結低温下で細胞の低温障害を軽減し、ネクローシスを顕著に抑制することを見出して、本発明を完成した。すなわち、本発明は、以下の通りである。
[1] コーヒー抽出物を含有する低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤。
[2] コーヒー抽出物が、コーヒー熱水抽出物又はコーヒーメラノイジンである、[1]に記載の低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤。
[3] コーヒー抽出物を含有する培地を用いることによる、生体の臓器、組織又は細胞の保存方法。
[4] 非凍結低温下で生体の臓器、組織又は細胞を保存する、[3]に記載の保存方法。
[5] コーヒー抽出物が、コーヒー熱水抽出物又はコーヒーメラノイジンである、[3]又は[4]に記載の生体の臓器、組織又は細胞の保存方法。
【発明の効果】
【0011】
本発明の低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤を用いることで、また本発明の生体の臓器、組織又は細胞の保存方法によって、非凍結低温下で生体の臓器、組織又は細胞等にダメージを与えることなく安定に保存することができる。本発明は、生体の臓器、組織、細胞等の移植、再建等、及びiPS細胞、幹細胞等を用いる再生医療、さらには研究施設における生体の臓器、組織又は細胞の試験等に、幅広く用いられる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1】実施例1のコーヒー抽出物の試験結果を示す図である。
図2】実施例2のコーヒーメラノイジンの試験結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
1.コーヒー抽出物
本発明で用いられるコーヒー抽出物は、コーヒー豆から抽出されたものである。コーヒー抽出物には、例えば分子中に少なくとも芳香族炭化水素構造とカルボキシ基を有する化合物を含むコーヒー抽出物(特開2015-038170)が含まれる。なお、かかるコーヒー抽出物の構造及びその製造方法は、特開2015-038170に記載された通りである。
【0014】
コーヒー豆としては、コーヒーノキ属(Coffea属)に属する植物の種子が挙げられ、例えばアラビカ種(Coffea arabica)、ロブスタ種(Coffea canephora)等の種子が好適に用いられる。コーヒー豆は、好ましくは焙煎して用いられる。焙煎は、一般的なコーヒー豆の焙煎方法が用いられ、水の沸点を超える温度、例えば150~200℃でコーヒー豆を加熱して行うことができる。抽出の前にコーヒー豆を砕くことが好ましい。
【0015】
抽出溶媒として水又は含水有機溶媒、好ましくは水を用いて抽出が行われる。含水有機溶媒としては、水を90質量%以上含むものが挙げられ、有機溶媒としてはメタノール等のアルコール等が挙げられる。水又は含水有機溶媒のpHを6~8に調整することが好ましい。抽出温度は、例えば室温~120℃が挙げられ、好ましくは約90~100℃が挙げられる。抽出時間としては、例えば約30分間~24時間が挙げられる。例えば、オートクレーブなどを用いて加圧状態で行うこともできる。抽出溶媒の使用量としては、例えば乾燥したコーヒー豆1質量部に対して1~5容量倍が挙げられる。抽出液には、必要に応じて、さらにろ過、沈殿、遠心分離、乾燥などの操作が行われる。
【0016】
上記の操作によって、本発明で用いられるコーヒー抽出物を得ることができる。また、コーヒー抽出物として、市販のインスタントコーヒーパウダー、及び市販のコーヒー飲料を用いることもできる。コーヒー抽出物は、必要に応じて、分子量に応じた分画処理を施すことによる分画工程、pH調整するpH調整工程、有機溶媒によって抽出処理を施す有機溶媒抽出工程、精製処理を施す精製工程等をさらに施すこともできる。
【0017】
分画工程では、一般的な分画処理方法によって分子量に応じて分画する。分画処理方法としては、所定分子量で分画できる透析膜による分画処理方法、イオン交換クロマトグラフィーによる分画処理方法、限外ろ過膜を用いた分画処理方法などを採用することができる。分画工程では、例えば、コーヒー抽出物を水で希釈することなどによって、分画処理用液を調製する。分画分子量が所定値に設定された限外ろ過膜を用いて、所定分子量を超える成分と、所定分子量以下の成分とを得る。例えば、水抽出工程によって得られた水抽出物に含まれる成分を、分子量が1万を超える成分と、分子量が1万以下の成分とに分画する。
【0018】
pH調整工程では、分画された分画液のpHを一般的な方法によって調整する。pH調整工程では、例えば、分画された分子量1万以下の成分を含む分画液のpHを調整する。上述した化合物のカルボキシル基が塩の態様になることを抑制するという点で、分画された分画液のpHを酸性側へ調整することが好ましい。pHを酸性側へ調整することにより、上述した化合物の水溶性がより小さくなり、続く有機溶媒抽出工程において、上記の化合物をより確実に抽出できる。pHを酸性側へ調整すべく、例えば、塩酸や硫酸などの無機酸、又は、酢酸やクエン酸などの有機酸などを分画液に添加することができる。具体的には、例えば、塩酸水溶液によってpHを調整することができる。pHを1~4に調整することが好ましく、pHを1~3に調整することがより好ましい。
【0019】
有機溶媒抽出工程では、pH調整した分画液に対して、有機溶媒で抽出を行う。一般的な抽出処理を用いることができ、例えば、分液ロートを用いた抽出処理、ソックスレー抽出器を用いた抽出処理などを用いることができる。抽出温度は、通常、20~30℃であり、抽出時間は、例えば30分間~24時間である。有機溶媒の量としては、例えば95容量%以上が挙げられる。有機溶媒としては、例えば、酢酸エチル、酢酸ブチル等のエステル、ジクロロメタン、クロロホルム、ジクロロエタン等のハロゲン化炭化水素、ブタノール等のアルコール、ジエチルエーテル、ジイソプロピルエーテル等のエーテル、メチルイソブチルケトン等のケトン、ベンゼン、トルエン、キシレン、クロロベンゼン等の芳香族炭化水素等が挙げられる。
【0020】
精製工程では、一般的な精製処理方法が用いられ、逆浸透による精製処理、吸着による精製処理などを用いることができる。
【0021】
2.コーヒーメラノイジン
コーヒーメラノイジンは、コーヒー抽出物に含まれるメラノイジンを言い、例えば、上記の分子中に少なくとも芳香族炭化水素構造とカルボキシ基を有する化合物が含まれる。コーヒーメラノイジンは、一般に、多糖類を含む糖類と、タンパク質を含むアミノ酸と、クロロゲン酸を含むポリフェノールとからメイラード反応によって生成されるものとされている。クロロゲン酸は、コーヒー酸とキナ酸から構成されており、コーヒー豆にカフェイン(1~2質量%)より多く5~10質量%含まれている。
【0022】
コーヒーメラノイジンは、本発明においてコーヒー抽出物に含まれた状態で用いられるが、コーヒー抽出物から単離精製したもの、又は化学合成したものとしても用いられる。化学合成する場合は、タンパク質を含むアミノ酸と、クロロゲン酸を含むポリフェノールと、必要に応じて多糖類を含む糖類とを混合し、加熱してメイラード反応を行うことでコーヒーメラノイジンを調製することができる。
【0023】
アミノ酸としては、天然アミノ酸等が挙げられ、例えばグリシン、セリン、スレオニン、アラニン、アルギニン、アスパラギン、アスパラギン酸、システイン、グルタミン、グルタミン酸、ヒスチジン、イソロイシン、ロイシン、リジン、メチオニン、フェニルアラニン、プロリン、トリプトファン、チロシン、バリンが挙げられる。好ましくは、グリシン、セリン、スレオニン等が挙げられる。アミノ酸は、ペプチド又はタンパク質として用いることもできる。
【0024】
糖類としては、例えば還元性を有するアルドース及びケトースが挙げられる。例えば、グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース、エリトロース、トレオース、リボース、アラビノース、リキソース、アロース等のアルドース、及びエリトルロース、キシルロース、リブロース、プシコース、フルクトース、ソルボース等のケトースが挙げられる。好ましくは、グルコース、ガラクトース、マンノース、キシロース等が挙げられる。糖類は、オリゴ糖又は多糖類として用いることもできる。
【0025】
アミノ酸とクロロゲン酸と必要に応じて糖類とを混合し、加熱することで、コーヒーメラノイジンを調製することができる。具体的には、例えば、アミノ酸とクロロゲン酸(及び必要に応じて糖類)とを溶媒に溶解又は懸濁させて加熱することができる。アミノ酸とクロロゲン酸(及び必要に応じて糖類)との混合モル比としては、例えば1:2~2:1が挙げられ、好ましくは1:1.5~1.5:1が挙げられ、より好ましくは1:1.1~1.1:1が挙げられ、特に好ましくは1:1が挙げられる。
【0026】
溶媒としては、水、アルコール(例えば、メタノール、エタノール、プロパノール、グリセリン等)、テトラヒドロフラン、ジメチルスルホキシド、N,N-ジメチルホルムアミド、アセトン等が挙げられるが、好ましくは水、アルコール等が挙げられ、より好ましくは水が挙げられる。溶媒の使用量としては、例えばアミノ酸とクロロゲン酸(及び必要に応じて糖類)の混合物の質量に対して1~20質量倍が挙げられ、好ましくは2~10質量倍が挙げられ、より好ましくは3~6質量倍が挙げられる。例えば、クロロゲン酸(及び必要に応じて糖類)を0.5~1.5M濃度で、好ましくは0.8~1.2M濃度で、アミノ酸を0.5~1.5M濃度で、好ましくは0.8~1.2M濃度で、溶媒に添加して加熱することができる。
【0027】
反応時のpHとしては、例えばpH3~9が挙げられ、好ましくはpH4~7.5が挙げられる。反応の進行と共に反応系のpHは低下する。pHによって、生成されるコーヒーメラノイジンの分子量が異なり、pHが低いほど高分子のコーヒーメラノイジンが生成される。反応時のpHを適切な範囲に調整するために、塩基を添加することもできる。添加する塩基としては、例えば水酸化ナトリウム、水酸化カリウム等の水酸化アルカリ、炭酸ナトリウム、炭酸水素ナトリウム、炭酸カリウム、炭酸水素カリウム等の炭酸(水素)アルカリ等が挙げられ、好ましくは炭酸(水素)アルカリが挙げられる。塩基の添加量としては、アミノ酸の1モルに対して、例えば0.05~1モルが挙げられ、好ましくは0.07~0.3モルが挙げられ、より好ましくは0.9~0.15モルが挙げられる。また、逆にpHを下げるために、塩酸、硫酸、硝酸、リン酸、メタンスルホン酸等の酸を加えることもできる。
【0028】
加熱温度としては、例えば70~200℃が挙げられ、好ましくは90~160℃が挙げられ、より好ましくは100~130℃が挙げられる。加熱温度が溶媒の沸点よりも高い場合、例えばオートクレーブ等を用いてもよい。加熱時間は、加熱温度に応じて適宜変更することが好ましいが、例えば1~10時間が挙げられ、好ましくは2~5時間が挙げられる。加熱の終了後、常法に従って、抽出、固化、ろ過、乾燥、精製等を行うことで、比較的低い分子量のコーヒーメラノイジンを単離することができる。
【0029】
高分子量のコーヒーメラノイジンは、上記の加熱後の混合物をさらに酸性条件下で高分子化させることで得られる。酸性条件としては、例えばpH1~4が挙げられ、好ましくはpH2~3が挙げられる。酸性にするために、例えば塩酸、硫酸、リン酸、硝酸、メタンスルホン酸等の酸を加えることができる。高分子化するために、上記混合物を酸性条件下、例えば15~100℃、好ましくは20~60℃、より好ましくは30~50℃で攪拌又は放置することができる。高分子化の時間としては、保温温度に応じて適宜変更することが好ましいが、例えば1時間~1ヶ月が挙げられ、好ましくは1~7日間が挙げられ、より好ましくは2~4日間が挙げられる。
【0030】
高分子化の後、常法に従って、抽出、固化、ゲルろ過、ろ過、乾燥、精製等を行うことで、高分子量のコーヒーメラノイジンを単離することができる。必要に応じて、限外ろ過によって一定分子量以上のもの、例えば分子量1万以上のもの、分子量2万以上のもの等を分取することもできる。用途に応じて、所望の分子量のコーヒーメラノイジンを調製することが好ましい。
【0031】
3.低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤、及び生体の臓器、組織又は細胞の保存方法
本発明の低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤は、上記のコーヒー抽出物が含まれる。本発明の低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤は、例えば生体の臓器、組織又は細胞の保存のために、以下のようにして用いられる。
本発明の生体の臓器、組織又は細胞の保存方法は、上記のコーヒー抽出物を含有する培地を用いて、生体の臓器、組織又は細胞を保存することで実施することができる。培地としては、生体の臓器、組織又は細胞を保存するのに用い得るものは如何なるものであっても用いることができる。コーヒー抽出物の培地中の濃度としては、例えば約0.001~0.5mg/mlが挙げられ、好ましくは約0.005~0.1mg/mlが挙げられ、より好ましくは約0.01~0.05mg/mlが挙げられる。
【0032】
本発明の生体の臓器、組織又は細胞の保存方法は、非凍結低温下で実施することが好ましい。保存温度としては、例えば約-10~0℃が挙げられ、好ましは約-8~-4℃が挙げられ、より好ましは約-7~-5℃が挙げられる。
本発明の生体の臓器、組織又は細胞の保存方法では、コーヒー抽出物に加えて、ラフィノース、トレハロース等の浸透圧調節剤を添加することができ、それによって、さらに生体の臓器、組織又は細胞のダメージを減らし、低温障害を軽減し、ネクローシスを抑制することができる。浸透圧調節剤の培地中の濃度としては、例えば約0.01~5mMが挙げられ、好ましくは約0.05~2mMが挙げられ、より好ましくは約0.1~1.5mMが挙げられる。
【実施例
【0033】
以下、本発明を実施例によりさらに詳細に説明するが、本発明はこれらに何ら限定されるものではない。
【0034】
実施例1
コーヒー抽出物の調製
コーヒーノキ属(Coffea属)に属する植物(アラビカ種)の種子を180℃にて焙煎した。焙煎したコーヒー豆100gを500mLの脱イオン水に入れてオートクレーブ内にて90℃にて1時間抽出処理し、さらに遠心分離(8000g,20分間)により抽出後の残渣を取り除いた。続いて、分画分子量が10000の限外ろ過膜(日本ミリポア社製、限外ろ過ディスク、ウルトラセル、PL、再生セルロース、10000NMWL)を装着した限外ろ過装置(日本ミリポア社製、アミコン攪拌式セルModel 18400)を用いて、得られた水抽出物を限外ろ過することにより、分子量1万以下の分画液を得た。分画処理後の分画液に塩酸水溶液を加えることにより、pHを2.0に調整した。得られた分画液と酢酸エチルとを分液ロート内に入れ、分液ロートを振ることにより、有機溶媒抽出工程を行った。そして、酢酸エチル層を取り出し、酢酸エチルを揮発させ、固体状のコーヒー抽出物(コーヒーエキス)を得た(収率1.7%)。
【0035】
実施例2
コーヒーメラノイジンの調製
それぞれの濃度が1Mとなるようにクロロゲン酸及びグルタミン酸を溶解した蒸留水の溶液100mLを調製し、さらに炭酸水素ナトリウムを0.1Mの濃度となるようにその溶液に加えて溶解した。その際、炭酸水素ナトリウム添加後の溶液を、1M水酸化ナトリウム水溶液でpH7.0に調整した後、オートクレーブ中で120℃、120分間加熱した。加熱後の溶液を、1M塩酸でpH2.0に調整して、2倍量の酢酸エチルを用いて分画した。得られた酢酸エチル層をエバポレーターにて乾固して、コーヒーメラノイジンを得た。
【0036】
実施例3
コーヒー抽出物及びコーヒーメラノイジンのサンプル液の調製
実施例1で得られたコーヒー抽出物(コーヒーエキス)及び実施例2で得られたコーヒーメラノイジンに、それぞれ0.048mg/mLとなるように超純水を加え、サンプル液を調製した。
【0037】
試験例1
非凍結状態での細胞生存率の試験
FBS(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)をハムF12培地(サーモフィッシャーサイエンティフィック社)に、ハムF12培地中のFBSが10%となるように加えた。FBS添加後のハムF12培地に、CHO-K1細胞(ATCC社)を3.0×10個/mLとなるように懸濁させて細胞懸濁液を調製した。この細胞懸濁液を125μLずつ96ウェルプレートに播種し、37℃、5%CO下で24時間、培養した。10μLの超純水(コントロール)、コーヒー抽出物(コーヒーエキス)のサンプル液又はコーヒーメラノイジンのサンプル液を各ウェルに添加して、0℃で10分間保存し、その後、-0.1℃/分で冷却し、-6.5℃で未凍結状態で7~8日間、保存した。保存開始時(0日)、及び保存から2日後、4日後、6日後、8日後に生細胞の数を、水溶性テトラゾリウム塩WST-8を用いて発色させて測定し、保存開始時の生細胞の数に基づいて生存率(%)を算出した。
【0038】
実施例3で調製したコーヒー抽出物(コーヒーエキス)のサンプル液と、超純水(コントロール)との試験結果を、表1及び図1に示す。以下に示す通り、-6.5℃の未凍結状態で、コーヒー抽出物無添加のものでは、4日までに細胞のほとんどが低温障害によってネクローシス細胞死したが、コーヒー抽出物を添加することで、低温障害が軽減され、ネクローシスが抑制された。
【0039】
【表1】
【0040】
実施例3で調製したコーヒーメラノイジンのサンプル液と、超純水(コントロール)との試験結果を、表2及び図2に示す。以下に示す通り、-6.5℃の未凍結状態で、コーヒーメラノイジン無添加のものでは、4日までに細胞のほとんどが低温障害によってネクローシス細胞死したが、コーヒーメラノイジンを添加することで、低温障害が軽減され、ネクローシスが抑制された。
【0041】
【表2】
【0042】
以上の通り、コーヒー抽出物には、優れた低温障害軽減効果及びネクローシス抑制効果を有する。従って、コーヒー抽出物を含有する培地を用いることで、生体の臓器、組織又は細胞にダメージを与えることなく、保存することができる。
【産業上の利用可能性】
【0043】
本発明によって、非凍結低温下で生体の臓器、組織又は細胞等にダメージを与えることなく安定に保存することができる生体の臓器、組織又は細胞の保存方法、及びその方法等に用いることができる低温障害軽減剤又はネクローシス抑制剤が提供される。
図1
図2