(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-19
(45)【発行日】2022-02-10
(54)【発明の名称】燃料電池用分離板及び燃料電池用分離板のコーティング方法
(51)【国際特許分類】
H01M 8/0228 20160101AFI20220203BHJP
H01M 8/0213 20160101ALI20220203BHJP
C23C 8/38 20060101ALI20220203BHJP
C23C 28/04 20060101ALI20220203BHJP
C23C 16/50 20060101ALI20220203BHJP
C23C 16/02 20060101ALI20220203BHJP
C23C 16/26 20060101ALI20220203BHJP
C23C 14/02 20060101ALI20220203BHJP
C23C 14/48 20060101ALI20220203BHJP
H01M 8/0206 20160101ALI20220203BHJP
H01M 8/021 20160101ALN20220203BHJP
【FI】
H01M8/0228
H01M8/0213
C23C8/38
C23C28/04
C23C16/50
C23C16/02
C23C16/26
C23C14/02 Z
C23C14/48 A
H01M8/0206
H01M8/021
(21)【出願番号】P 2017204903
(22)【出願日】2017-10-24
【審査請求日】2020-07-10
(31)【優先権主張番号】10-2016-0138365
(32)【優先日】2016-10-24
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】591251636
【氏名又は名称】現代自動車株式会社
【氏名又は名称原語表記】HYUNDAI MOTOR COMPANY
【住所又は居所原語表記】12, Heolleung-ro, Seocho-gu, Seoul, Republic of Korea
(73)【特許権者】
【識別番号】500518050
【氏名又は名称】起亞株式会社
【住所又は居所原語表記】12, Heolleung-ro, Seocho-gu, Seoul, Republic of Korea
(73)【特許権者】
【識別番号】517372335
【氏名又は名称】ドンウー エイチエスティ カンパニー リミテッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】特許業務法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】李 承 求
(72)【発明者】
【氏名】洪 雄 杓
(72)【発明者】
【氏名】金 甫 ギョン
(72)【発明者】
【氏名】朴 貞 研
(72)【発明者】
【氏名】呉 昇 貞
(72)【発明者】
【氏名】呂 寅 雄
(72)【発明者】
【氏名】盧 水 晶
(72)【発明者】
【氏名】李 俊 錫
(72)【発明者】
【氏名】鄭 元 基
(72)【発明者】
【氏名】安 承 均
【審査官】上野 文城
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-146616(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0248103(US,A1)
【文献】特開2011-148686(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2015-0115381(KR,A)
【文献】特表2011-508376(JP,A)
【文献】特開2010-248570(JP,A)
【文献】国際公開第2007/029772(WO,A1)
【文献】特開2006-012455(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/0228
H01M 8/0213
C23C 8/38
C23C 28/04
C23C 16/50
C23C 16/02
C23C 16/26
C23C 14/02
C23C 14/48
H01M 8/0206
H01M 8/021
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
金属母材を準備する段階と、
前記金属母材の表面に炭素拡散妨害イオンを侵入させて、前記金属母材の表面から金属母材の内部方向にイオン侵入層を形成する段階と、
前記イオン侵入層上に
炭素前駆体ガス中の炭素原子をプラズマで励起させ、前記炭素前駆体ガスを3乃至30体積%含む雰囲気で炭素コーティング層を形成する段階と、
を含むことを特徴とする燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項2】
前記金属母材を準備する段階の後に、
前記金属母材の表面に形成された酸化被膜を除去する段階を更に含むことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項3】
前記イオン侵入層を形成する段階において、前記炭素拡散妨害イオンは、窒素又はホウ素イオンを含むことを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項4】
前記イオン侵入層を形成する段階は、300乃至550℃において10乃至120分間行われることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項5】
前記イオン侵入層を形成する段階は、イオン形成ガスを10体積%以上含む雰囲気で行われることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項6】
前記イオン侵入層を形成する段階は、プラズマ又はイオン注入により前記炭素拡散妨害イオンを侵入させることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項7】
前記炭素コーティング層を形成する段階は、300乃至550℃で行われることを特徴とする請求項1に記載の燃料電池用分離板のコーティング方法。
【請求項8】
金属母材と、
前記金属母材の表面から金属母材の内部方向に形成され、炭素拡散妨害イオンを
5乃至30重量%及び炭素原子を5乃至85重量%含むイオン侵入層と、
前記イオン侵入層上に形成された炭素コーティング層と、を含むことを特徴とする燃料電池用分離板。
【請求項9】
前記イオン侵入層は、前記炭素拡散妨害イオンが前記金属母材の金属原子の間に介在していることを特徴とする請求項
8に記載の燃料電池用分離板。
【請求項10】
前記炭素拡散妨害イオンは、窒素又はホウ素イオンを含むことを特徴とする請求項
8に記載の燃料電池用分離板。
【請求項11】
前記イオン侵入層の厚さは、30乃至300nmであることを特徴とする請求項
8に記載の燃料電池用分離板。
【請求項12】
前記炭素コーティング層の厚さは、10乃至1000nmであることを特徴とする請求項
8に記載の燃料電池用分離板。
【請求項13】
前記炭素コーティング層の密度は、2.0g/cm
3乃至3.0g/cm
3であることを特徴とする請求項
8に記載の燃料電池用分離板。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池用分離板のコーティング方法及び燃料電池用分離板に係り、より詳しくは、炭素コーティング層の結合力が向上した燃料電池用分離板及び燃料電池用分離板のコーティング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
燃料電池スタックは、電極膜、分離板、ガス拡散層、及びガスケットのような繰り返し積層される部品、並びにスタックモジュールを締結するのに必要な締結機構、スタックを保護するエンクロージャ(Encloser)、車両とのインタフェースに必要な部品、及び高電圧コネクタなどのような非繰り返し部品に分けられる。
燃料電池スタックは、水素及び空気中の酸素が反応して、電気、水、及び熱を放出する装置である。従って、燃料電池スタックは、高電圧の電気、水、及び水素が同じ場所に共存することになり、多くの危険要素を内包している。
【0003】
特に、燃料電池分離板は、燃料電池の駆動時に発生する水素陽イオンが直接接触するので、腐食に対する抵抗性が更に強くに要求される。例えば、表面処理していない金属分離板を用いた時には、金属の腐食はもちろん、金属表面に生成した酸化物が電気絶縁体として作用して電気伝導性を低下させる。この時、解離されて溶出した金属陽イオンがMEA(Membrane Electrode Assembly)を汚染させて燃料電池の性能を減少させる。
【0004】
燃料電池スタックを構成する要素部品のうち、最も重要な部品である燃料電池分離板には、低い接触抵抗と腐食性が要求される。現在使用中の金属分離板は、優れた電気伝導性を有しているが、高い腐食性を有して耐久性が低下するという問題点があり、多くの研究者は、金属分離板をコーティングすることにより特性を向上させることによって問題を解決する努力をしている。
【0005】
コーティング素材のうち、カーボンは、高い電気伝導性と低い腐食性を有する。しかし、大容量化が可能なプラズマ化学気相蒸着法(Plasma Enhanced Chemical Vapor Deposition)を利用したカーボンコーティングには、高い反応温度が要求されるので、工程中の高温によって、金属分離板の表面に炭素原子が侵入及び拡散して母材とカーボンコーティング層との間の結合を弱くする。このため、カーボン層は、密着力が弱くなりまた緻密度が低くなるために、燃料電池の駆動環境で接触抵抗及び腐食特性を低下させる要因となる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明の一実施例は、燃料電池用分離板のコーティング方法を提供する。
また、本発明の他の実施例は、燃料電池用分離板を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の一実施例による燃料電池用分離板のコーティング方法は、金属母材を準備する段階と、金属母材の表面に炭素拡散妨害イオンを侵入させて、金属母材の表面から金属母材の内部方向にイオン侵入層を形成する段階と、イオン侵入層上に炭素前駆体ガス中の炭素原子をプラズマで励起させ、前記炭素前駆体ガスを3乃至30体積%含む雰囲気で炭素コーティング層を形成する段階と、を含むことを特徴とする。
【0009】
前記金属母材を準備する段階の後に、金属母材の表面に形成された酸化被膜を除去する段階を更に含んでもよい。
前記イオン侵入層を形成する段階において、炭素拡散妨害イオンは、窒素又はホウ素イオンを含むことができる。
【0010】
前記イオン侵入層を形成する段階は、300~550℃で10~120分間行われることが好ましい。
前記イオン侵入層を形成する段階は、イオン形成ガスを10体積%以上含む雰囲気で行われることができる。
前記イオン侵入層を形成する段階は、プラズマ又はイオン注入により炭素拡散妨害イオンを侵入させるものであってもよい。
【0011】
前記炭素コーティング層を形成する段階は、300~550℃で行われることが好ましい。
【0012】
本発明の一実施例による燃料電池用分離板は、金属母材と、金属母材の表面から金属母材の内部方向に形成され、炭素拡散妨害イオンを5乃至30重量%及び炭素原子を5乃至85重量%含むイオン侵入層と、イオン侵入層上に形成された炭素コーティング層と、を含むことを特徴とする。
【0013】
前記イオン侵入層は、炭素拡散妨害イオンが金属母材の金属原子の間に介在していてもよい。
前記イオン侵入層は、炭素拡散妨害イオンを5~30重量%含むことが好ましい。
前記イオン侵入層は、炭素原子を5~85重量%含んでもよい。
【0014】
前記炭素拡散妨害イオンは、窒素又はホウ素イオンを含むことができる。
前記イオン侵入層の厚さは、30~300nmであってもよい。
前記炭素コーティング層の厚さは、10~1000nmであることができる。
炭素コーティング層の密度は、2.0g/cm3~3.0g/cm3であることが好ましい。
【発明の効果】
【0015】
本発明の一実施例によれば、イオン侵入層の存在によって、炭素コーティング層の結合力が向上する。
本発明の一実施例によれば、イオン侵入層の存在によって、炭素コーティング層の密度が増加する。
本発明の一実施例によれば、低い接触抵抗及び低い腐食電位特性が示される。
【図面の簡単な説明】
【0016】
【
図1】本発明の一実施例による燃料電池用分離板の断面の模式図である。
【
図2】本発明の一実施例による燃料電池用分離板の断面の模式図である。
【
図3】イオン侵入層なしに炭素コーティング層を形成した燃料電池用分離板の断面の模式図である。
【
図4】実施例1で製造した燃料電池用分離板の炭素コーティング層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図5】実施例1で製造した燃料電池用分離板のグロー放電発光分光分析(GD-OES、Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy)の結果である。
【
図6】比較例で製造した燃料電池用分離板の炭素コーティング層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
【
図7】実施例1で製造した燃料電池用分離板の密着力評価後の光学顕微鏡(OM)写真である。
【
図8】比較例で製造した燃料電池用分離板の密着力評価後の光学顕微鏡(OM)写真である。
【
図9】実施例1~4及び比較例で製造した燃料電池用分離板の接触抵抗評価の結果である。
【
図10】実施例1~4及び比較例で製造した燃料電池用分離板の腐食電流密度評価の結果である。
【発明を実施するための形態】
【0017】
本発明の利点及び特徴、並びにそれらを達成する方法は、添付した図面と共に詳細に後述する実施例を参照すれば明確になる。しかし、本発明は、以下に開示される実施例に限定されるものではなく、互いに異なる多様な形態で実現可能である。本実施例は、単に本発明の開示が完全になるようにし、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者に発明の範疇を完全に知らせるために提供されるものであって、本発明は請求項の範疇によってのみ定義される。明細書全体にわたって同一の参照符号は同一の構成要素を指し示す。
【0018】
ある部分が他の部分の「上に」あると言及する場合、これは、他の部分の上にあるか、その間に別の部分が介在していてもよい。対照的にある部分が他の部分の「真上に」あると言及する場合、その間に別の部分は介在しない。
【0019】
従って、いくつかの実施例において、よく知られた技術は、本発明が曖昧に解釈されるのを避けるために具体的に説明されない。別の定義がなければ、本明細書で使用されるすべての用語(技術及び科学的用語を含む)は、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者に共通して理解できる意味で使用できるはずである。明細書全体において、ある部分がある構成要素を「含む」とする時、これは、特に反対の記載がない限り、他の構成要素を除くのではなく、他の構成要素を更に包含できることを意味する。また、単数形は、文章で特に言及しない限り、複数形も含む。
【0020】
図1は、本発明の一実施例による燃料電池用分離板の断面の模式図を示す。
図1に示すように、一実施例による燃料電池用分離板100は、金属母材10と、金属母材10の表面から金属母材10の内部方向に形成され、炭素拡散妨害イオン21を含むイオン侵入層20と、イオン侵入層20上に形成された炭素コーティング層30とを含む。
【0021】
図1の燃料電池用分離板100の断面は、単に本発明を例示するためのものであり、本発明がこれに限定されるものではない。
以下、燃料電池用分離板100の各構成別に詳細に説明する。
【0022】
金属母材10は、燃料電池用分離板100に用いられる金属母材10を制限なく使用可能である。具体的には、ステンレス鋼板を用いてもよい。より具体的には、SUS300系鋼板を用いてもよい。
【0023】
本発明の一実施例では、金属母材10の表面から金属母材10の内部方向に形成され、炭素拡散妨害イオン21を含むイオン侵入層20を含むことで炭素コーティング層30の結合力と密度を向上させることによって、結果的に燃料電池用分離板100の低い接触抵抗と腐食電位特性とを達成する。
【0024】
図2は、本発明の一実施例による燃料電池用分離板の断面の模式図を示す。
図2に示すように、炭素拡散妨害イオン21を含むイオン侵入層20を形成した場合は、炭素拡散妨害イオン21が金属原子11の間に介在する。以降、炭素コーティング層30の形成のために炭素原子31を注入しても、炭素拡散妨害イオン21によって炭素原子31が金属母材10の内部に拡散するのが妨げられる。
【0025】
これによって、金属母材10の内部には、炭素原子がほとんど拡散せず、相対的に金属母材10の最表面(つまり、イオン侵入層20)に炭素原子31が多量存在する。金属母材10の最表面に存在する炭素原子31が炭素コーティング層30内の炭素原子31と炭素-炭素結合32し、これによって、炭素コーティング層30と金属母材10との結合力が向上する。
【0026】
また、炭素原子31が金属母材10の内部に拡散する量が少なくなり、同一の炭素原子を供給しても、炭素コーティング層30内の炭素原子31の量が相対的に増加し、炭素コーティング層30の密度が向上する。このように炭素コーティング層30の結合力と密度が向上するので、燃料電池用分離板100の低い接触抵抗と腐食電位特性とを達成することができる。
【0027】
図3は、イオン侵入層なしに炭素コーティング層を形成した燃料電池用分離板の断面の模式図である。
図3に示すようにイオン侵入層20を別途に形成しない場合は、炭素原子31が金属原子11の間を通過して金属母材10の内部に拡散し、金属母材10の最表面には炭素原子31が少量しか存在しなくなる。結果的に、金属母材10の最表面に存在する炭素原子31と炭素コーティング層30の炭素原子31との間の炭素-炭素結合32が少なくなって、炭素コーティング層30と金属母材10との結合力が弱くなる。
また、多量の炭素原子31が金属母材10の内部に拡散するので、炭素コーティング層30の密度も低くなる。
【0028】
このように、本発明の一実施例は、炭素拡散妨害イオン21を金属母材10の金属原子11の間に介在させたイオン侵入層20を形成することにより、燃料電池用分離板100の低い接触抵抗と低い腐食電位特性とを達成することができる。この時、金属原子11は、前述したステンレス鋼板に存在する金属原子、例えば、鉄(Fe)、クロム(Cr)、ニッケル(Ni)、又はモリブデン(Mo)原子となってもよい。炭素拡散妨害イオン21が金属原子11の間に介在したとの意味は、炭素拡散妨害イオン21が格子構造内に侵入又は固溶することを意味する。更に具体的には、オーステナイト面心立方構造(FCC)の格子内に侵入又は固溶することを意味する。
【0029】
イオン侵入層20は、炭素拡散妨害イオン21を5~30重量%含んでもよい。炭素拡散妨害イオン21が過度に少なくなった時には、炭素拡散妨害効果が十分でないことがある。また、炭素拡散妨害イオン21が過度に多くなった時には表面が硬化し、外部衝撃による剥離が発生して耐久性が低下することがある。従って、前述した範囲に炭素拡散妨害イオン21を含むことが好ましい。
【0030】
また、炭素コーティング層30の形成時に、炭素原子31の一部がイオン侵入層20に拡散して、炭素原子31がイオン侵入層20内に5~85重量%含まれる。炭素原子31がイオン侵入層20内に過度に少なくなった時は、炭素コーティング層30内の炭素原子31との炭素-炭素結合32が少なくなって、炭素コーティング層30の結合力が問題となり得る。また、イオン侵入層20内に炭素原子31が過度に多くなった時は、炭素コーティング層30の密度が低くなり得る。従って、前述した範囲に炭素原子31を含むことが好ましい。
【0031】
炭素拡散妨害イオン21は、金属原子11の間に介在して炭素原子31の拡散を妨害できるイオンであれば、制限なく使用可能である。具体的には、原子番号20以下のイオンを用いてもよい。より具体的には、炭素拡散妨害イオン21として、窒素又はホウ素イオンを含んでもよい。
【0032】
イオン侵入層20の厚さは、30~300nmであってもよい。イオン侵入層20の厚さが薄すぎると、炭素拡散妨害効果が十分でないことがある。イオン侵入層20の厚さが厚すぎると、窒素原子が過度に多く侵入した時の硬度が増加して、外部衝撃で破れやすくなるという現象が発生し得る。
【0033】
イオン侵入層20は、プラズマ又はイオン注入により形成することができる。具体的なイオン侵入層20の形成方法は、後述する燃料電池用分離板のコーティング方法に関連して具体的に説明する。
炭素コーティング層30は、イオン侵入層20上に形成される。炭素コーティング層30によって、高い電気伝導性及び低い腐食特性を確保することができる。
【0034】
炭素コーティング層30の厚さは、10~1000nmであってもよい。炭素コーティング層30の厚さが薄すぎると、高い電気伝導性と低い腐食特性を確保しにくいことがある。炭素コーティング層30の厚さが厚すぎると、金属母材10と炭素コーティング層30との間の応力(Stress)増加による剥離現象が発生し得る。従って、前述した範囲に炭素コーティング層30の厚さを調節することができる。更に具体的には、炭素コーティング層30の厚さは、20~100nmであってもよい。
【0035】
本発明の一実施例によれば、イオン侵入層20によって、炭素コーティング層30の密度を高めることができる。具体的には、炭素コーティング層30の密度は、2.0g/cm3~3.0g/cm3となってもよい。
【0036】
本発明の一実施例による燃料電池用分離板100のコーティング方法は、金属母材10を準備する段階と、金属母材10の表面に炭素拡散妨害イオン21を侵入させて金属母材10の表面から金属母材10の内部方向にイオン侵入層20を形成する段階と、イオン侵入層20上に炭素コーティング層30を形成する段階と、を含む。以下、各段階を具体的に説明する。
【0037】
まず、金属母材10を準備する。金属母材10は、燃料電池用分離板100に用いられる金属母材10を制限なく使用可能である。具体的には、ステンレス鋼板を用いてもよい。更に具体的には、SUS300系鋼板を用いてもよい。
【0038】
金属母材10の表面には、空気との接触などによって酸化被膜が存在し得る。これは接触抵抗を増加させる原因となるので、金属母材10の表面の酸化被膜を除去する段階を更に含んでもよい。除去方法としては、金属母材10を昇温させて、アルゴンプラズマを加える方法を利用することができる。
【0039】
次に、金属母材10の表面に炭素拡散妨害イオン21を侵入させて、金属母材10の表面から金属母材10の内部方向にイオン侵入層20を形成する。イオン侵入層20の形成理由については前述したので、重複する説明は省略する。
【0040】
イオン侵入層20を形成する段階は、プラズマ又はイオン注入により炭素拡散妨害イオン21を侵入させるものであってもよい。
プラズマを用いる方法は、炭素拡散妨害イオン21を形成するイオン形成ガス雰囲気でプラズマを用いて金属母材10に炭素拡散妨害イオン21を侵入させる方法である。イオン注入は、高いエネルギーを用いてイオンを加速させて基板に衝突させることで、イオンを母材の内部に侵入させる方法である。
【0041】
炭素拡散妨害イオン21は、金属原子11の間に介在して炭素原子31の拡散を妨害できるイオンであれば、制限なく使用可能である。具体的には、原子番号20以下のイオンを用いてもよい。更に具体的には、炭素拡散妨害イオン21として、窒素又はホウ素イオンを含んでもよい。
【0042】
プラズマを用いる方法の場合、イオン形成ガスは、炭素拡散妨害イオン21を含むガスを意味する。例えば、窒素ガス(N2)、ボランガス(B2H6)などとなってもよい。イオン注入は、このようなイオン形成ガスを10体積%以上含む雰囲気で行われる。イオン形成ガスが十分でない場合には、炭素拡散妨害イオン21が適切に侵入しないことがある。雰囲気ガスの残部は、水素ガスであってもよい。
【0043】
イオン侵入層20を形成する段階は、300~550℃で行われる。イオン侵入層20を形成する段階の温度が低すぎると、炭素拡散妨害イオン21が適切に侵入しにくくなり得る。イオン侵入層20を形成する段階の温度が高すぎると、金属母材10内の金属と炭素拡散妨害イオン21とが反応して、腐食特性の低下及び接触抵抗が増加することがある。
【0044】
例えば、金属母材10中のクロムと、炭素拡散妨害イオン21の窒素と、が反応して、窒化クロム(CrN、Cr2N)が形成されると、腐食特性が低下し、接触抵抗が増加することがある。本発明の一実施例では、低い温度でイオン侵入層20を形成するので、高温で窒素を投入する浸窒工程とは異なる。従って、前述した範囲に温度を調節することが好ましい。
【0045】
イオン侵入層20を形成する段階は、10~120分間行われる。時間が短すぎると、炭素拡散妨害イオン21が適切に侵入しにくくなり得る。時間を更に増加しても、炭素拡散妨害イオン21の侵入量には限界がある。従って、前述した範囲に時間を調節することが好ましい。
【0046】
次に、イオン侵入層20上に炭素コーティング層30を形成する。炭素コーティング層30を形成する方法としては、プラズマ強化化学蒸着(PECVD)法を利用することができる。具体的には、炭素前駆体ガス中の炭素原子をプラズマで励起させて炭素コーティング層30を形成する段階を含む。
【0047】
炭素コーティング層30の形成は、炭素前駆体ガスを3~30体積%含む雰囲気で行われる。炭素前駆体ガスの含有量が少なすぎる場合には、炭素コーティング層30が適切に形成されないという問題が発生し得る。また、炭素前駆体ガスの含有量が多すぎる場合には、炭素コーティング層30の圧縮残留応力が増加して、炭素コーティング層30が剥離することがある。更に具体的には、炭素コーティング層30の形成は、炭素前駆体ガスを10~20体積%含む雰囲気で行われる。この時の炭素前駆体ガスは、プラズマを加えて炭素原子を励起させられるガスを意味する。具体的には、炭化水素ガスであってもよい。更に具体的には、C2H2、CH4、又はC2H6を含んでもよい。炭素前駆体ガスの他に、残部はアルゴン又は水素ガスとなってもよい。
【0048】
炭素コーティング層30を形成する段階は、300~550℃で行われる。温度が低すぎる場合には、炭素コーティング層30が適切に形成されないという問題が発生し得る。温度が高すぎる場合には、クロムカーバイド(Cr7C3)が形成され、腐食特性が低下するという問題が発生し得る。従って、前述した範囲に温度を調節することが好ましい。
【0049】
金属基材10、イオン侵入層20、及び炭素コーティング層30に関するその他の説明は、前述した燃料電池用分離板100に関連して詳細に記述したので、重複する説明は省略する。
本発明の一実施例による燃料電池用分離板は、耐食性と導電性とに優れて、燃料電池に有用に使用可能である。
【0050】
以下、本発明の好ましい実施例及び比較例を記載する。しかし、下記の実施例は、本発明の好ましい一実施例に過ぎず、本発明が下記の実施例に限定されるものではない。
【0051】
実施例1
金属母材として、オーステナイト系ステンレススチールのSUS316Lを準備した。金属母材をアルゴン雰囲気で300℃まで加熱した後、プラズマを加えて金属母材の表面に形成された酸化被膜を除去した。次いで、金属母材を400℃まで加熱し、雰囲気ガスを窒素15体積%及び水素85体積%のガスに入れ替え、プラズマを加えて10分間窒素イオンを侵入させた。更に、雰囲気ガスをアセチレン(C2H2)20体積%及び水素80体積%のガスに入れ替え、30分間プラズマを加えて炭素コーティング層を形成した。
製造された燃料電池用分離板全体の厚さは500nmであった。
【0052】
図4は、実施例1で製造した燃料電池用分離板の炭素コーティング層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
図1に示すような、緻密な炭素コーティング層が金属母材の表面全体に形成されたことを確認することができた。
【0053】
図5は、実施例1で製造した燃料電池用分離板のグロー放電発光分光分析(GD-OES、Glow Discharge Optical Emission Spectroscopy)の結果である。
【0054】
図5に示すように、20nmまで炭素を70重量%以上含む炭素コーティング層が形成されることを確認し、その後、100nmまで窒素を5重量%~30重量%含むイオン侵入層が形成されることを確認することができる。
炭素コーティング層の密度を測定した結果、2.68g/cm
3であることを確認した。
【0055】
実施例2
イオン侵入層の形成過程で窒素イオンを20分間侵入させたことを除いて、実施例1と同様に製造した。
【0056】
実施例3
イオン侵入層の形成過程で窒素イオンを30分間侵入させたことを除いて、実施例1と同様に製造した。
【0057】
実施例4
イオン侵入層の形成過程で窒素イオンを40分間侵入させたことを除いて、実施例1と同様に製造した。
【0058】
比較例
金属母材として、オーステナイト系ステンレススチールのSUS316Lを準備した。金属母材をアルゴン雰囲気で300℃まで加熱した後、プラズマを加えて金属母材の表面に形成された酸化被膜を除去した。雰囲気ガスをアセチレン(C2H2)20体積%及び水素80体積%に入れ替え、プラズマを加えて炭素コーティング層を形成した。
製造された燃料電池用分離板の総厚さは500nmであった。
【0059】
図6は、比較例で製造した燃料電池用分離板の炭素コーティング層表面の走査電子顕微鏡(SEM)写真である。
図6に示すように、緻密な炭素コーティング層が形成されず、Island(島)状の炭素コーティング層が形成されたことを確認することができた。
【0060】
実験例1:密着力評価
実施例1及び比較例で製造された燃料電池用分離板を50Nまで圧力を高めながら、密着力評価をし、その結果を
図7及び
図8に示した。
図7は、実施例1で製造した燃料電池用分離板の密着力評価後の光学顕微鏡(OM)写真であり、
図8は、比較例で製造した燃料電池用分離板の密着力評価後の光学顕微鏡(OM)写真である。
【0061】
図7に示すように、実施例1で製造された燃料電池用分離板は、50Nまで圧力を高めても剥離現象が観察されなかった。一方、
図8に示されるように、比較例で製造された分離板は、8.2N(白線部分)以上に加圧した時、剥離現象が現れることを確認することができた。図中の白点部分が金属母材を表す。
【0062】
実験例2:接触抵抗及び腐食電流密度評価
実施例1~4及び比較例で製造した燃料電池用分離板の接触抵抗及び腐食電流密度を測定して、その結果を
図9及び
図10に示した。
図9は、実施例1~4及び比較例で製造した燃料電池用分離板の接触抵抗評価の結果であり、
図10は、実施例1~4及び比較例で製造した燃料電池用分離板の腐食電流密度評価の結果である。
【0063】
ここで、接触抵抗は、2つの銅板の間に分離板と気体拡散層を位置させた後、10kgf/cm2の圧力を加えた後、接触抵抗測定器で測定した。
また、腐食電流密度の測定は0.1N H2SO4+2ppm HF溶液を使用しており、溶液を65℃に加熱した後、1時間Airバブリング(bubbling)の後、-0.25~1V vs SCEの範囲で測定し、カソード環境(0.6V vs SCE)のデータを用いて物性の比較評価を行った。
【0064】
図9及び
図10に示すように、イオン侵入層を形成しない比較例の場合、実施例1~実施例4に比べて劣る接触抵抗及び腐食特性が現れることを確認することができた。
また、イオン侵入層形成工程の時間を増加させるのに従って接触抵抗が低くなり、腐食特性が優れていくことを確認することができた。
【0065】
本発明は、上記の実施例に限定されるものではなく、互いに異なる多様な形態で製造可能であり、本発明の属する技術分野における通常の知識を有する者は、本発明の技術的な思想や必須の特徴を変更することなく他の具体的な形態で実施可能であることを理解するであろう。そのため、以上に述べた実施例はあらゆる面で例示的なものであり、限定的ではないと理解しなければならない。
【符号の説明】
【0066】
100 燃料電池用分離板
10 金属母材
11 金属原子
20 イオン侵入層
21 炭素拡散妨害イオン
30 炭素コーティング層
31 炭素原子
32 炭素-炭素結合