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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-20
(45)【発行日】2022-02-14
(54)【発明の名称】薬物検出システム
(51)【国際特許分類】
   G01N 21/76 20060101AFI20220204BHJP
   G01N 33/50 20060101ALI20220204BHJP
【FI】
G01N21/76
G01N33/50 Z
【請求項の数】 8
(21)【出願番号】P 2017174488
(22)【出願日】2017-09-12
(65)【公開番号】P2019049501
(43)【公開日】2019-03-28
【審査請求日】2020-08-19
(73)【特許権者】
【識別番号】399133707
【氏名又は名称】株式会社八光電機
(73)【特許権者】
【識別番号】504180239
【氏名又は名称】国立大学法人信州大学
(72)【発明者】
【氏名】金 継業
(72)【発明者】
【氏名】高橋 史樹
(72)【発明者】
【氏名】ロイド テイ サー トン
(72)【発明者】
【氏名】柴田 路子
(72)【発明者】
【氏名】原 哲史
【審査官】伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】特表2002-525577(JP,A)
【文献】特表2004-515231(JP,A)
【文献】国際公開第2006/134870(WO,A1)
【文献】特開2006-322943(JP,A)
【文献】特開平06-213867(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2006/0003382(US,A1)
【文献】高橋 史樹 ほか,電位変調法を利用した電気化学発光によるメタンフェタミンの高感度検出法の開発と応用,日本法科学技術学会第22回学術集会講演要旨集,2016年10月26日,第21巻 別冊,第42頁(B-08)
【文献】高橋史樹 ,ECL原理を利用した迅速・簡便な覚せい剤スクリーニング検査法の開発,科学研究費助成事業 研究成果報告書,https://kaken.nii.ac.jp/ja/file/KAKENHI-PROJECT-15H06243/15H06243seika.pdf
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00-21/83
G01N 33/48-33/98
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
試料と接触した電極に、周波数が75~150Hzの範囲の連続正弦波を掃引電位として印加する手段と、
前記掃引電位が印加された前記試料から得られる発光シグナルと前記掃引電位の交流サイクルとを同時に取得する手段と、
前記取得した前記発光シグナルと前記交流サイクルとを用いて演算処理し、前記発光シグナルの交流成分を抽出する手段と、
前記交流成分を、メタンフェタミンのパターンと照会し、前記メタンフェタミンを検出する手段と、
を備えることを特徴とする薬物検出システム。
【請求項2】
前記試料が、尿、唾液、血液から選択される試料であることを特徴とする請求項1記載の薬物検出システム。
【請求項3】
前記発光シグナルから、ノイズ成分を除去する手段と、をさらに備えることを特徴とする請求項1-のいずれか1項記載の薬物検出システム。
【請求項4】
前記連続正弦波の振幅が、20~100mVの範囲であることを特徴とする、請求項1-のいずれか1項記載の薬物検出システム。
【請求項5】
試料と接触した電極に、周波数が75~150Hzの範囲の連続正弦波掃引電位として印加する工程と、
前記掃引電位が印加された前記試料から得られる発光シグナルと前記掃引電位の交流サイクルとを同時に取得する工程と、
前記取得した前記発光シグナルと前記交流サイクルとを用いて演算処理し、前記発光シグナルの交流成分を抽出する工程と、
前記交流成分を、メタンフェタミンのパターンと照会し、前記メタンフェタミンを検出する工程と、
を備えることを特徴とする薬物検出方法。
【請求項6】
前記試料が、尿、唾液、血液から選択される試料であることを特徴とする請求項記載の薬物検出方法。
【請求項7】
前記発光シグナルから、ノイズ成分を除去する手段と、をさらに備えることを特徴とする請求項5-6のいずれか1項記載の薬物検出方法。
【請求項8】
前記連続正弦波の振幅が、20~100mVの範囲であることを特徴とする、請求項5-7のいずれか1項記載の薬物検出方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、薬物検出システムに関し、詳しくは、電気化学発光を用いて検出対象となる薬物を他の物質と区別して検出する薬物検出システムに関する。
【背景技術】
【0002】
依存性が高く、人間の健康に害をなす不法薬物の濫用は世界的に深刻な課題となっており、とりわけ、アンフェタミン類の薬物は不眠及び食欲不振を誘発する強力な中枢神経系興奮薬(覚醒剤)として認識され取締りの対象となっている。そして、国内に流通するほとんどの覚醒剤は、その主成分がメタンフェタミン(以下「MA」という。)であることから尿、血液、唾液など生体試料に含まれるMA及びその代謝物であるアンフェタミンを正確に検出することが取締りにおける重要事項となっている。
【0003】
MAの検出には、従来から多くの方法が提案されており、代表的なものとしては、質量分析と組み合わせたガスクロマトグラフィー、液体クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳動法クロマトグラフィー、蛍光光度分析などの機器分析装置を用いた検出方法がある。これらは、高い選択性と感度を有する検出手段ではあるが、前処理及び分析に時間やコストがかかること、また、計測器が大掛りとなることから不法薬物摘発の現場での分析には適用できない。
【0004】
一方、摘発など現場でのMA識別の方法としては、トライエージ(登録商標 権利者:アリーア・サン・ディエゴ・インコーポレイテッド)など尿中乱用薬物検出のためのキットを使用したイムノアッセイ(免役分析法)が用いられているが、これらの検査キットは比較的高価であるという問題があった。また、MAをより安価に検出できる方法として、マルキス試薬・シモン試薬による化学反応による変色を利用した方法が用いられているが、比較的選択性が低いという欠点があった。そのため、より正確にMAを検出するための検出原理の異なる方法の開発が求められてきた。
【0005】
そこで、現場での適用と高い選択性 が期待される生物学的試料中の薬物検出手法として電気化学発光(以下、「ECL」という。)法が検討されている。
ECLは、電極反応によって生じた発光化学種が、後続の化学反応によって励起状態となり、発光する現象で(非特許文献1、2)、これを薬物の検出手段として用いることで次のような特長が得られるとされている。(非特許文献2-4)。
・蛍光分光法のような励起光源が不要であることで光源からのバックグランド信号が小さくなる。
・発光が電極反応をトリガーとして引き起こされるため、化学発光に比べてその発光場所や発光時間を容易に制御できる。
・装置が小型であるため、各種現場における、その場での分析が可能となる。
・尿や血液などの半透明な生体試料でも検出器の構成を工夫することで分析が行える。
【0006】
そうした中、本発明者らにより電極電位を直線的に掃引しながらECL強度を測定する電位掃引法を用いたECLによる薬物の検出方法が提案された。そして、この文献のなかで、MAと構造(図2参照)が類似しており、前記したシモン試薬で擬陽性を示すことでMAとの同定を困難とする薬剤であって、β2受容体刺激薬に分類され気管支拡張薬として適法に処方されるメトキシフェナミン(以下、MPという。)(図3参照)との区別の将来性が示された。(非引用文献5)
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0007】
【文献】Electrogenerated Chemiluminescence; Dekker: New York, US, 2004.
【文献】Miao, W. Chemical Reviews 2008, 108, 2506-2553.
【文献】Jin, J.; Muroga, M.; Takahashi, F.; Nakamura, T. Bioelectrochemistry 2010, 79, 147-151.
【文献】Takahashi, F.; Jin, J. Analytical and Bioanalytical Chemistry 2009, 393, 1669-1675.
【文献】Fumiki,T.;Saki,N.;Hirosuke,T.;Jiye,J.;Teruo,H. In 54th Annual meeting of the International Association of Forensic Toxicologists :Brisbane, Australia,2016,p249
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
前述のとおり、ECL測定による薬物検出は、検出薬物によっては生体試料中の薬物を高い選択性でスクリーニングすることができ、また、比較的小さなシステムに納めることもできることで現場における薬物検出に適合できる可能性を示している。
【0009】
また、非引用文献5によると、ECLプローブとして一般的なRu(bpy)32+(トリス(2,2-ビピリジン)ルテニウム(ll))を発光種とし、電位掃引法を用いてECL測定を行うことにより、生体試料中のMAは特定の電圧(1.2V)に唯ひとつの発光ピークが観測されること、一方、前記したMPではMAと同一の電圧(1.2V)のピークとそれより高い電圧(1.45V)での2つのピークが観測されることが見出され、このECLプロフィールの相違を利用することで、該ECL測定によりMAを選択的にスクリーニングする将来性が示されている。しかし、同時に、この方法では、絶対的なELC強度が低いことで、MAとMPとのECLプロフィールの差を明確に区別することは難しく、特に生体試料中のMA濃度が低いレベルであるときは区別が困難であることも示されており、MA検出において生体試料中にMPのような類似する性質をもつ検出妨害物質が含まれる場合には、目的薬物の検出を行う際に悪影響があるといった問題が残されていた。
【0010】
そこで、本発明はECLを用いた薬物検出の際に、バックグランドノイズを低減させ、観測されるECL信号を増幅して該ECL強度を強くすることで、薬物を選択的にスクリーニング可能な薬物検出システムを提供することを課題とした。
【0011】
また、構造の類似などによりECLプロフィールが類似する薬物があっても、また、試料中の濃度が低く検出が困難な薬物であっても、測定されるECLプロフィールを変えることにより、誤検出を防止し、目的とする検出薬物を特定することができる薬物検出システムを提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明に係る薬物検出システムは、試料と接触した電極に、周波数が75~150Hzの範囲の連続正弦波を掃引電位として印加する手段と、前記掃引電位が印加された前記試料から得られる発光シグナルと、前記掃引電位の交流サイクルとを同時に取得する手段と、前記取得した前記発光シグナルと、前記交流サイクルとを用いて演算処理し、前記発光シグナルの交流成分を抽出する手段と、前記交流成分を、メタンフェタミンのパターンと比較し、前記メタンフェタミンを検出する手段と、を備える。
【0013】
本発明に係る薬物検出システムにおいて用いる、連続正弦波として周期的に変調する掃引電位は、例えば、電極に電位掃引を行う際、掃引する直流電位に連続正弦波の交流電位を重畳することで発生が可能である。連続正弦波として周期的に変調する掃引電位を発生させる方法としては、直流電位を出力するポテンショスタットと、交流電位を出力するファンクションジェネレーターとを直列に接続して構成する方法が例示可能である。また、前記ポテンショスタットと、前記ファンクションジェネレーターの機能とが一体化した電気化学アナライザーによって構成しても良い。
【0014】
本発明に係る薬物検出システムにおいて用いる、発光シグナルの交流成分を抽出する方法としては、例えば、ロックインアンプを用いて、発光シグナルと同時に取得された掃引電位の交流サイクルを参照周波数として、交流成分を抽出する方法が例示可能である。この際、ロックインアンプに内蔵されたローパスフィルタにより、ノイズ成分を除去すると、検出の精度を向上させることが可能となり、好適である。
【0015】
本発明に係る薬物検出システムにおいて、検出対象の薬物としては、メタンフェタミンまたはその代謝物が例示可能であり、この場合、検出に用いる試料としては、尿、唾液、血液から選択される試料が例示可能である。
【0016】
(作用)
ECLの発光強度は、該発光に関わる化学反応が起こる速度と関係していることが示唆され、対象の化学種によって、掃引速度(電極に印加される電位の変化する速度)とECL強度が変化する。そして、本手段の直流電位に交流電位を重畳することにより、電位掃引の間に早い交流電位変化が起こるため、見た目の掃引速度を一時的に大きくすることができる。即ち、検出薬物により発光の原因となる化学反応が起こる速度の違いによって、交流波の電位変化にECL反応が追従できず、起こるはずの直流電圧で発光反応が起こらないなどECLプロフィールの変化が観測できる。
【0017】
ファンクションジェネレーターにより発生させた関数をポテンショスタットと直列に接続すること、あるいは、その機能を持たせた電気化学アナライザーにより所望の直流と交流を重畳した信号を出力することができる。
【0018】
ロックインアンプのローパスフィルタによりノイズを除去すると共に、重畳される交流サイクルとECL信号の測定データを同期させて同時に取り込むことで、ロックインアンプは該同期信号から自動的に交流サイクルの1サイクルの最大値と最小値の差を演算し、該1サイクルの最大値と最小値の差を、数サイクル分、または、時間、ロックインアンプで積算して移動平均してアナログ信号として出力することができる。
もしくは、その機能を持たせた電気化学アナライザーをパソコンに接続して演算プログラムを組むことでも実現できる。
【0019】
ロックインアンプまたはパソコン上における演算による信号処理によって、観測されるECLの交流成分に対応する信号を抽出して検出できることから本測定法によるECL応答中のノイズ成分を劇的に低減することができる。
【0020】
本発明に係る薬物検出システムにおいて、検出対象の薬物をMAとした場合、連続正弦波の周波数としては、75~150Hzであると望ましく、100Hzであると更に望ましい。周波数が過度に低く設定した場合、検出対象となるMAのECL強度がピークとなる電圧において、MPのECLも比較的強く観測され、その峻別が困難になるおそれがあり、また逆に、周波数が高すぎた場合には、MA及びMPのECL強度がピークとなる電圧において、MA、MP共にECL強度が徐々に減少していく傾向となり、検出に支障が出るおそれがある。
【0021】
本発明に係る薬物検出システムにおいて、検出対象の薬物をMAとした場合、連続正弦波の振幅としては、20~100mVであると望ましく、50mVであると更に望ましい。本発明による分析では、振幅が10mVから200mVの範囲では、MAのECL強度は振幅の大きさに応じて強くなる傾向を示しており、振幅が小さ過ぎると、ECL強度が小さくなり分析が困難となる。また逆に、振幅を大きく設定し過ぎると、測定されるECLの電位の幅が大きくなっていくためMPのECLのピークと重なり、峻別が困難となる懸念が生じる。
【発明の効果】
【0022】
本発明の手段及び作用によると、ECLによる薬物検出の際にバッググランドノイズが低減されることで、測定される発光信号を増幅することができ、結果、ECL強度の相対的な強度を高めることができることにより、検出薬物を選択的にスクリーニングすることができる。
【0023】
また、MAとMPのように構造が類似するなどによりECLプロフィールが近く識別が困難な薬物であっても、また、試料中の濃度が低い薬物であっても電位掃引中に重畳する交流サイクルの周波数等を適当に設定することで、ECLプロフィールを変えることができ、結果、識別を可能とすることができる。
このように、明確な識別が可能となることで、目的とする検出薬物を大掛りなクロマトグラフー等の装置を用いることなく、一度の測定で特定薬物をスクリーニングできるECLを用いた薬物の検出システムを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0024】
図1】本発明の実施の形態のECL測定のための装置システムを示す模式図。
図2】従来の電位掃引を用いたECL測定の結果を示すチャート。
図3】MAの発光スキームを示す化学反応式。
図4】MPの発光スキームを示す化学反応式。
図5】本発明の形態の電位掃引を用いたECL測定の結果を示すチャート。
図6】前記形態で重畳する交流の周波数とECL強度の相関を示すグラフ。
図7】前記形態で重畳する交流の振幅とECL強度の相関を示すグラフ。
図8】前記形態のMA濃度とECL強度の相関を示すグラフ。
【発明を実施するための形態】
【0025】
本発明のECLを用いた薬物検出システムの実施の形態として、該システムによる前述のMAとMPを例とした検出試験について詳細に説明する。
【0026】
本形態を説明する前に、従来のMAとMPの電位掃引ECLについて説明する。図2は、従来の電位掃引ECLによる測定結果を示しており、上段が電極に掃引する電位プロフィール21、中段がMAの掃引電位(横軸)に対するECL発光(縦軸)の結果を示すグラフ22、下段がMPにおける同様のグラフ23を示している。尚、測定条件は、後述する本発明の形態のシステムによる測定と同様となる、10μMのMA(図2の中段(a)のとき)あるいはMP(図2の下段(b)のとき)が存在するリン酸緩衝溶液(PBS;pH9.0)に100μMの発光種となるRu(bpy)32+を含む検出液が用いられ、DC電位掃引20mV/s;AC周波数100Hz;AC振幅50mV;PMT電圧500Vとして測定された。
また、図3図4は、MA及びMPと発光種となるRu(bpy)32+のECLの際の化学反応を示しており、図3がMA、図4がMPの反応式である。
【0027】
従来の電位掃引の電位プロフィール21(図2の上段)は直流のみによる掃引で時間と共に連続して上昇する。ECL測定の結果は、MAのECL測定では、1.2Vに約600a.u.の唯ひとつのピークが観測された。一方、MPのECL測定は、1.2Vと1.45Vに2つの500a.u.程度のピークが観測され、両方とも50a.u.程度のバックグランドノイズ24が観測されている。
【0028】
ECL測定結果において、ECL発光は1.05Vから観測され、ピークはRu(bpy)32+からRu(bpy)33+への酸化電位とほぼ一致する1.2Vで観測された。これは、MAとMPが類似の二級アミン骨格を有しており、脱プロトンによりアミン群から電子生成される比較的安定的な中間ラジカルをもつためと考えられる。(図3図4の反応式(1)、(5)参照)
【0029】
そして、発光種である*Ru(bpy)32+は、電気化学的に生成されたRu(bpy)33+(反応式(2)参照)と前記MA及びMPの中間ラジカルの電子交換反応により生成され(反応式(3)、(6))参照)、*Ru(bpy)32+がRu(bpy)32+に戻る際に発光が観測される。(反応式(4)参照)
【0030】
一方、MPでは1.45Vで第二のピークが観測される。これは、ベンジルカチオンラジカルが、比較的高い電位で電気化学的酸化によって発生し、メトキシ基のベンゼン環への電子寄与効果により安定する。これによりMPの電気化学的酸化による中間ラジカルは、MAよりも長く存続する。(反応式(7)(8)参照)
【0031】
前述の結果から1.45Vでのピークの違いによる電位掃引ECL測定によりMAとMPを区別可能であることが示されるが、特に、試料溶液中のMP濃度が低い場合などでは、1.2VのECL信号から完全に切り離すことができず、1.45VのECL挙動に由来する高感度の測定は困難であった。
【0032】
次に本実施の形態のシステムによるMA及びMPの交流を重畳させての電位掃引ECL測定の試験について説明する。
本測定に用いられる生体由来の試料は、MAの標準液を添加した健常なヒトの尿を用い、発光種となるプローブは、ECL測定に一般的に用いられるRu(bpy)32+が用いられた。
【0033】
図1は、本形態のシステムによるECL測定のための試験装置の模式図である。
本試験装置では、交流信号を重畳するためのファンクションジェネレーター11と直流電流を出力するポテンショスタット12を直列に接続して、電位掃引される間、交流信号の微小正弦波を直流に重畳し、変調された電位をECLセル13内の電極に印加する。尚、電極への電圧供給は、該ファンクションジェネレーター11とポテンショスタット12の機能を一体化した電気化学アナライザーなど電位掃引の間、前記のような電位変調が可能なものであればどの様なシステムを用いても良い。
【0034】
また、ECLの測定は、暗箱14内の微小電解ガラスセル中で行い、電極は、グラッシーカーボン作用電極、銀/塩化銀参照電極、及び、白金対極を用いた一般的な3電極方式が用いられ、電極表面からの微弱発光であるECLは、作用電極から1.0mm離して向き合う形で設置する信号増幅器ユニットを備えた光電子倍増管15で検出した。
【0035】
また、ロックインアンプ16をファンクションジェネレーター11と光電子倍増管15に接続して、電極に印加される重畳された周期的な交流電圧の正弦波と、観測されるECLの発光信号を同期して同時に取り込んだ。そして、観測された発光信号は、プレアンプ17、ロックインアンプ16により増幅し、同時に観測されるポテンショスタット12からの電流信号と共にA/Dコンバーター18に入りデジタル化されてコンピューター19に出力される構成とした。また、ロックインアンプ16はバッググランドノイズ除去のためのローパスフィルタとしての機能も果たしている。
【0036】
本試験における検出液は次のように調整された。
MA塩酸塩(大日本住友製薬社製)を添加した尿5.0 mLを試験管に分取し、0.1 moldm-3の水酸化ナトリウム水溶液0.5 mLを添加してアルカリ性とした。
【0037】
この溶液に1.0mLの酢酸エチルを添加し、10分間振とう機で攪拌した。その後、2000 x gの遠心分離機を用いて、10分間遠心及び分離を行い、尿と酢酸エチルとを相分離させることで、尿資料中のMAを、酢酸エチルに抽出させた。
【0038】
抽出後の酢酸エチルを0.10 mL分取し、リン酸緩衝溶液(PBS)でpHを調整した1.0 mmoldm-3のRu(bpy)32+水溶液0.50 mL、メタノール0.30 mL、を添加し、混合溶媒を調製した。
【0039】
図5は、本形態による交流を重畳し電位変調した電位掃引ECLの測定結果を示しており、上段が電極に掃引する電位プロフィール51、中段がMAの掃引電位に対するECL発光を示すグラフ52、下段がMPでの同様のグラフ53を示している。尚、測定条件は、それぞれ10μMのMA(図5中段(a)のとき)及びMP(図5下段(b)のとき)が存在するリン酸緩衝溶液(PBS;pH9.0)に100μMのRu(bpy)32+を含む検出液が用いられ、DC電位掃引率20mV/s;AC周波数100Hz;AC振幅50mV;PMT電圧500Vで測定された。
【0040】
本例の電位プロフィール51(図の上段)は直流に微小な交流が重畳され周期的な正弦波と共に上昇するものとなる。ECL測定の結果は、MAのECL測定では、前記従来よりも低い電圧の1.15Vで約4500a.u.の唯一のピークが観測される。MPでは従来観測された1.2Vのピークがほぼ消され弱いピークとなり、1.45Vに3000a.u.程度の強いピークが観測される。そして、全体として相対的なバックグランドノイズ54が低減され、また、振れ幅も小さなものとなっている。
【0041】
このように、従来のECL測定では2つのピークをもつMPのECLプロフィールの内、MAと重なる1.2Vでのピークを無くし、かつ、絶対的な強度を大きく(本例においては、MAで約600a.u.から約4500a.u.)することができ、MAとMPのECLプロフィールを明確に区別することができる。これにより、他の分析を必要とすることなく、1回のECL測定によりMAを擬陽性なしに検出することができる。
【0042】
ここで、本形態でのECL測定で生じたMAとMP間のECLプロフィールの差について説明する。ロックインアンプに取り込まれるECL信号と、ファンクションジェネレーターから出力される交流信号とを同期して取り込むことにより、交流電位の印加によって生じるECL応答のみを検出することができる。また、他のノイズ成分はロックインアンプ中のローパスフィルタによって除去されるため、高感度の目的成分が達成できる。なお、ロックインアンプによる信号処理はパソコンによる演算によっても、同等の処理及び解析を行うことができる。
【0043】
また、MPのECLプロフィールにおいて1.2Vのピークがほぼ消失するのは、MA及びMPとRu(bpy)32+の化学反応速度に起因する。
図6は、変調する交流の周波数の違いによるMA及びMPのECL強度の相関を示し、(A)が1.15V、(B)が1.45Vのグラフを示す。尚、本測定の条件はそれぞれ100μMのMA(a)あるいはMP(b)が存在するリン酸緩衝溶液(PBS;pH9.0)に100μMのRu(bpy)32+を含む検出液が用いられ、DC電位掃引速度20mV/s;AC振幅50mVで測定された。
【0044】
1.15Vと1.45Vでの重畳する周波数に対するECL強度の依存は、1.15Vでは、5Hz~200Hzの間でMAに強く安定したECL信号が観測され、後は徐々に低下する。一方、MPのELC強度は、変調周波数を増加させると急速に減少し、周波数が100Hzではわずかしか観測されない。これは、ECL強度の変調周波数への依存は化学反応速度と関係しているためで、前述の通り反応式(3)の反応速度は比較的早いため、MAでは交流周波数が高い場合でもECL反応が追い付いており、ECL信号が検出できると考えられる。一方、MPの場合では反応式(6)の反応速度が遅いため、ECL反応が早い交流電位の変化に追いつかず、見た目上、交流電位の印加によるECL信号の変化が観測できず、1.15Vでは発光が起こらないと考えられる。
【0045】
これに対して、1.45VのECLはMPのみで観測された。ECL強度は変調周波数5Hz~100Hzで比較的安定して観測される。これは、反応式(8)の反応速度が速いことに起因する。
【0046】
この結果は、MAとMPの選択的検出が変調したECL測定によりできることを示している。また、変調する交流の周波数として100Hzが適当であることを示している。ここで、変調周波数が100Hzから小さくなっていくと1.15HzでMPのECLが観測されてしまい、一方、大きくなっていくと、1.15VでECL強度が徐々に低下し、1.45VでのECL強度も小さくなることも示された。
【0047】
図7は、MAについての変調する交流の振幅の違いによるECL強度の相関を示しており、大きなグラフは振幅の違いによる電位掃引中のECL強度のチャート(10mV(71)、20mV(72)、50mV(73)、100mV(74))、小さなグラフ(75)は1.15Vにおける振幅とECL強度の相関を示すグラフである。尚、本測定の条件はそれぞれ、100μMのMAが存在するリン酸緩衝溶液(PBS;pH9.0)に100μMのRu(bpy)32+を含む検出液が用いられ、DC電位掃引速度は20mV/s;AC周波数は100Hzとし手測定した。
【0048】
ECL強度は、グラフに示すとおり100mVまでAC振幅の増加により劇的に増加し、100mVを超えると段階的に増加する。また、AC振幅を大きくすると、電位-ECL曲線のピークの幅が広がる結果となった。例えば100mV(74)に設定すると、0.9Vから1.45V程度までECL信号が観測されてしまう。よって、AC振幅を大きく設定しすぎるとMAとMPとの識別を困難なものとなる懸念がある。また、小さく設定しすぎるとECLの絶対強度が低いため、MA検出のために50mVを適当な振幅として選定した。
【0049】
図8は、MA濃度に対するECL強度の相関を示すグラフで、大きなグラフが濃度の違いによる変調された電位掃引によるECL強度のチャート(0nm(81)、100nm(82)、500nm(83)、1000nm(84)、2500nm(85))で、小さなグラフがMA濃度とECL強度の相関を示すグラフ86である。尚、本測定の条件は、DC電位掃引速度;20mV/s;AC振幅;50mV、周波数;100Hzで測定された。また、試料は健常者の尿にMAを添加したものが用いられた。
【0050】
1.15VのピークのECL強度は、0.10μM~2.5μMでMA濃度と比例する直線状を示す良好な相関関係を示した。本試験結果では、r2=0.998であった。また、MAの検出限界は5mlの尿サンプルで0.050μM(7.5ng/ml)であった。
【0051】
前記実施の形態は一例であり、MAの他にも本発明の変調された電位掃引によるECLにより様々な物質の選択的な検出が可能となる。
【符号の説明】
【0052】
11. ファンクションジェネレーター
12. ポテンショスタット
13. ECLセル
14. 暗箱
15. 光電子倍増管
16. ロックインアンプ
17. プリアンプ
18. A/Dコンバーター
19. パソコン
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8