(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-20
(45)【発行日】2022-01-28
(54)【発明の名称】細胞観察装置および細胞観察方法
(51)【国際特許分類】
C12M 1/34 20060101AFI20220121BHJP
G01N 33/48 20060101ALI20220121BHJP
G01N 21/51 20060101ALI20220121BHJP
【FI】
C12M1/34 D
G01N33/48 M
G01N21/51
(21)【出願番号】P 2018029126
(22)【出願日】2018-02-21
【審査請求日】2020-10-19
(73)【特許権者】
【識別番号】306033715
【氏名又は名称】ブレインビジョン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087000
【氏名又は名称】上島 淳一
(72)【発明者】
【氏名】市川 道教
(72)【発明者】
【氏名】井出 吉紀
【審査官】天野 皓己
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-021961(JP,A)
【文献】特開昭63-149567(JP,A)
【文献】特開平02-078307(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00 - 3/10
G01N 33/48 - 33/98
G01N 21/17 - 21/61
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞の動的な機能観察を行う細胞観察装置において、
細胞に光を照射する
第1の光照射装置および第2の光照射装置と、
前記
第1の光照射装置および前記第2の光照射装置から光を照射された前記細胞からの散乱光を感受して
前記散乱光の変化を検出する検出手段と
を有
する細胞観察装置であって、
前記細胞を収容するとともに少なくとも下面が透明な容器を有し、
前記第1の光照射装置および前記第2の光照射装置と前記検出手段とは、前記容器の前記下面の下方に配置され、
前記第1の光照射装置ならびに前記第2の光照射装置が照射する前記光の光軸と前記検出手段が感受する前記散乱光の光軸とがなす角度である入射角が20度以上45度未満であり、
前記第1の光照射装置と前記第2の光照射装置とは前記散乱光の光軸に対して対称に配置された
ことを特徴とする細胞観察装置。
【請求項2】
請求項1に記載の細胞観察装置において、
前記入射角は20度乃至40度である
ことを特徴とする細胞観察装置。
【請求項3】
請求項
1に記載の細胞観察装置において、
前記入射角は20度乃至30度である
ことを特徴とする細胞観察装置。
【請求項4】
請求項
1に記載の細胞観察装置において、
前記入射角は30度である
ことを特徴とする細胞観察装置。
【請求項5】
請求項1、2、3または4のいずれか1項に記載の細胞観察装置において、
前記検出手段は、前記散乱光を検出して光電流を出力する光検出器であり、
前記光検出器の後段に、
前記光検出器から出力された光電流を増幅して出力する電流増幅器と、
前記電流増幅器から出力された電流の直流(DC)成分を除去して出力するコンデンサーと、
前記コンデンサーから出力された直流(DC)成分を除去した電流を電気的に増幅して電圧として出力する高倍率増幅器と
を有することを特徴とする細胞観察装置。
【請求項6】
細胞の動的な機能観察を行う細胞観察方法において、
請求項1、2、3、4または5のいずれか1項に記載の細胞観察装置を用い、
前記第1の光照射装置および前記第2の光照射装置から細胞に光を照射し、
前記検出手段によって前記細胞からの前記散乱光の変化を連続的に検出する
ことを特徴とする細胞観察方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞観察装置および細胞観察方法に関する。さらに詳細には、本発明は、各種の培養されている細胞(本明細書においては、「培養されている細胞」を「培養細胞」と適宜に称する。)の活動を観察する際に用いて好適な細胞観察装置および細胞観察方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、細胞の動的な機能を観察する手法として、電極を用いて電流や電圧を測定する電気生理的手法が知られている。
【0003】
ところで、こうした電気生理的手法に対しては、計測点数が限られること、電極を用いて細胞に接触するため無侵襲ではないこと、操作と取り扱いに熟練を要することなどが、その問題点として指摘されていた。
【0004】
なお、細胞などの活動を無侵襲的に観察する手法は、生物研究や薬品開発などにおいて極めて重要な手法である。
【0005】
一方、上記した電気生理的手法において指摘された問題点を改善するため、具体的には、侵襲性を改善するため、また、計測点数を増加するために、膜電位や特定のイオンに対して蛍光などが変化する機能感受性色素を用いて光測定する手法が使用されている。
【0006】
しかしながら、この機能感受性色素を用いて光測定する手法は、機能感受性色素自体に若干の毒性があるという問題点があるとともに、当該光測定するための計測装置の価格が高価であるという問題点があった。
【0007】
なお、培養されている心筋細胞(本明細書においては、「培養されている心筋細胞」を「培養心筋細胞」と適宜に称する。)に限って言えば、高精細動画によって無染色の組織の動きを自動的に検出するシステムが、ソニーイメージングプロダクツ&ソリューションズ株式会社より製造販売されている。
【0008】
上記したシステムは、無侵襲性を満たすなど、上記した2つの手法の欠点を補完しているものではあるが、その観察の対象が培養心筋細胞に限られることと、価格が極めて高価であることという問題点があった。
【0009】
なお、本願出願人が特許出願のときに知っている先行技術は、文献公知発明に係る発明ではないため、本願明細書に記載すべき先行技術文献情報はない。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、従来の技術の有する上記したような種々の問題点、即ち、電極や染色を必要とした侵襲的な手法であったり、無侵襲性を満たすには複雑かつ高価な装置が必要であったりするという問題点に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、培養心筋細胞や培養されている幹細胞(本明細書においては、「培養されている幹細胞」を「培養幹細胞」と適宜に称する。)などのような各種の細胞の動的な機能観察を無侵襲に行うことが可能であり、かつ、安価で簡便な細胞観察装置および細胞観察方法を提供しようとするものである。
【課題を解決するための手段】
【0011】
上記目的を達成するために、本発明は、例えば、可視光あるいは近赤外光を用いて、細胞を色素で染色することなく、非接触的に観察するようにしたものである。
【0012】
また、本発明は、細胞に関する研究や応用を推進するため、安価で簡便な装置や方法として構成したものである。
【0013】
ここで、本発明は、細胞活動に由来する細胞の光散乱の変化を単純な反射光を用いて計測することで観察しうるという学術的な知見を応用し、上記において説明した従来の技術による計測における問題点を解決するものである。
【0014】
即ち、本発明によれば、細胞に対して無接触、かつ、無染色で無侵襲であり、しかも安価で簡便に細胞の活動を観察することができる。
【0015】
ここで、上記した学術的な知見について説明すると、当該学術的な知見は、細胞活動と光散乱との関係を調べた各種の学術研究に基づくものである。
【0016】
こうした学術研究では、光散乱を効率よく定量的に測定・評価するために、偏光した照明光を細胞試料に透過させ、透過光による偏光を検出する光センサーを用いている。上記した学術研究の結果を概説すると、以下の通りである。
【0017】
即ち、学術研究によれば、生物細胞の活動にはイオンの流入流出が伴うことが知られており、イオンの流入流出の際に相当量の水分子も同時に流入流出する。
【0018】
その水分子は、細胞と細胞の隙間(細胞間隙)を収縮したり拡張したりするため、光散乱が変化する。この変化は微小であり、一般的に、単一活動では検出できないほど小さいが繰り返し加算による平均などを行うことで光学的に検出することができる。
【0019】
ここで、検出が容易な例としては、脳スライス標本の連続刺激などでは、アベレージングなしでも十分に検出できることが知られている。
【0020】
なお、学術研究の多くの場合で、細胞が活動すると、光散乱は減少する方向に変化することが示されており、その理由は細胞間隙の拡張によると考えられている(例えば、雑誌名 「NeuroImage 18 (2003)」、第214頁~第230頁、題名「The relationship between changes in intrinsic optical signals and cell swelling in rat spinal cord slices」、 著者「Eva Sykova 他」を参照する。)。
【0021】
本願発明者は、本発明に至る基礎実験段階として、観察対象の細胞として培養心筋細胞を用いて、顕微鏡、安定光源、偏光板ならびに低雑音イメージセンサーなどにより構成される実験機材を用いて、上記した学術研究の際に行われたと同様の透過光による実験を実施したものである。
【0022】
その基礎実験の結果、本願発明者は、培養心筋細胞では単一計測で検出可能であり、学術研究の結果を再現することができた。
【0023】
しかしながら、本願発明者は、透過光による実験では細胞を培養する容器(本明細書においては、「細胞を培養する容器」を「培養容器」と適宜に称する。)」などの影響、特に、樹脂成型過程により培養容器を作製する際における、当該樹脂成型過程に基づく偏光透過特性の歪(旋光性)による計測信号の劣化と振動による水面の揺らぎ由来のノイズが大きく、簡便な測定を目的した用途にはそのままでは使えないことを発見した。
【0024】
本願発明者は、上記した発見に基づいて、反射光による計測を試み、反射光による計測信号と上記した透過光による実験での計測信号とを比較し、計測に適した条件を見いだして本発明に至ったものである。
【0025】
即ち、本願発明者は、光源と光検出器との配置を実験的に最適化するとともに、安価な部品の単純な回路でシステムを構築することにより、培養細胞などの活動を無侵襲的に観察する手法を発明するに至ったものである。
【0026】
即ち、本発明による細胞観察装置は、細胞の動的な機能観察を行う細胞観察装置において、細胞に光を照射する光照射手段と、上記光照射手段から光を照射された上記細胞からの散乱光を感受して検出する検出手段とを有し、上記検出手段は、連続的に上記散乱光の変化を検出するようにしたものである。
【0027】
また、本発明による細胞観察装置は、上記した本発明による細胞観察装置において、上記細胞を収容するとともに少なくとも下面が透明な容器を有し、上記光照射手段と上記検出手段とは、上記容器の上記下面の下方に配置され、上記光照射手段が照射する上記光の光軸と上記検出手段が感受する上記散乱光の光軸とがなす角度である入射角が20度以上45度未満であるようにしたものである。
【0028】
また、本発明による細胞観察装置は、上記した本発明による細胞観察装置において、上記入射角は20度乃至40度であるようにしたものである。
【0029】
また、本発明による細胞観察装置は、上記した本発明による細胞観察装置において、上記入射角は30度であるようにしたものである。
【0030】
また、本発明による細胞観察装置は、上記した本発明による細胞観察装置において、上記検出手段は、上記散乱光を検出して光電流を出力する光検出器であり、上記光検出器の後段に、上記光検出器から出力された光電流を増幅して出力する電流増幅器と、上記電流増幅器から出力された電流の直流(DC)成分を除去して出力するコンデンサーと、上記コンデンサーから出力された直流(DC)成分を除去した電流を電気的に増幅して電圧として出力する高倍率増幅器とを有するようにしたものである。
【0031】
また、本発明による細胞観察方法は、細胞の動的な機能観察を行う細胞観察方法において、細胞に光を照射し、光を照射された上記細胞からの散乱光の変化を連続的に検出するようにしたものである。
【0032】
また、本発明による細胞観察方法は、上記した本発明による細胞観察方法において、上記細胞に照射する上記光の光軸と検出する上記散乱光の光軸とがなす角度である入射角が20度以上45度未満であるようにしたものである。
【0033】
また、本発明による細胞観察方法は、上記した本発明による細胞観察方法において、上記入射角は20度乃至40度であるようにしたものである。
【0034】
また、本発明による細胞観察方法は、上記した本発明による細胞観察方法において、上記入射角は30度であるようにしたものである。
【0035】
また、本発明による細胞観察方法は、上記した本発明による細胞観察方法において、上記散乱光を検出して光電流を出力し、上記光電流を増幅して直流(DC)成分を除去した後に、さらに電気的に増幅して電圧として出力するようにしたものである。
【発明の効果】
【0036】
本発明は、以上説明したように構成されているので、培養心筋細胞や培養幹細胞などのような各種の細胞の動的な機能観察を無侵襲に行うことが可能な安価で簡便な細胞観察装置および細胞観察方法を提供することができるようになるという優れた効果を奏するものである。
【図面の簡単な説明】
【0037】
【
図1】
図1は、本発明の実施の形態の一例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図である。
【
図2】
図2は、本発明による細胞観察装置における計測手法の原理を示す説明図である。
【
図3】
図3は、本発明による細胞観察装置における入射角を示す説明図である。
【
図4】
図4は、本発明による細胞観察装置における培養心筋細胞を用いた実験結果を示す波形図である。
【
図5】
図5は、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図である。
【
図6】
図6(a)(b)は、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図である。
図6(a)は、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置の上面図(
図6(b)のA矢視図)である。
図6(b)は、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置の側面図(
図6(a)のB矢視図)である。
【発明を実施するための形態】
【0038】
以下、添付の図面を参照しながら、本発明による細胞観察装置および細胞観察方法の実施の形態の一例を詳細に説明するものとする。
【0039】
(I)第1の実施の形態
【0040】
(1)全体の構成
【0041】
図1には、本発明の実施の形態の一例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図があらわされている。
【0042】
細胞観察装置10は、この細胞観察装置10による観察の対象の細胞である試料Saを収納する容器たる試料容器12を有している。ここで、試料Saは、例えば、生きた心筋細胞や幹細胞などのような各種の細胞である。
【0043】
試料容器12は、例えば、培養液や生理活性を保つ溶液などの各種の溶液Soを充填した培養容器として構成される。一般的に、試料Saは、試料容器12に満たされた培養液や生理活性を保つ溶液などの各種の溶液Soに浸されている。
【0044】
また、試料容器12は、少なくともその底面12aが、後述する光源たる照明光照射装置14から照射される光たる照明光L1の波長に対して、透明な材料により形成されている。
【0045】
照明光照射装置14は、試料容器12の底面12aより下方の位置に配置され、試料容器12の底面12aに対して所定の波長の照明光L1(例えば、可視光や近赤外光である。)を照射する。
【0046】
こうした照明光照射装置14は、例えば、発光ダイオード(LED)に構成することができる。
【0047】
細胞観察装置10は、試料容器12の底面12aより下方の位置に配置され、照明光L1を試料容器12の底面12aへ照射することにより生ずる散乱光L2を集光する光学系16を備えている。なお、こうした光学系16としては、例えば、レンズを用いることができる。
【0048】
さらに、細胞観察装置10は、光学系16により集光された散乱光L2を検出して微弱な光電流を出力する光検出器18を有している。
【0049】
また、細胞観察装置10は、光検出器18の後段に、光検出器18から出力された微弱な光電流を増幅して取り扱い易い程度の電圧の電流に変換して出力する電流増幅器20と、電流増幅器20から出力された電流の直流(DC)成分を除去して出力するコンデンサー22と、コンデンサー22から出力された直流(DC)成分を除去した電流を電気的に大きく増幅した電圧Vとして出力する高倍率増幅器24とを有している。
【0050】
従って、高倍率増幅器24が出力する電圧Vは、光検出器18が検出した散乱光L2の光成分の信号たる微弱な光電流を電気的に大きく増幅した電圧出力となる。
【0051】
なお、光検出器18としては、例えば、フォトダイオードなどを用いて構成することができる。
【0052】
以上の構成において、細胞観察装置10は、本発明で計測すべき物理量として、試料Sa(例えば、生きて活動状態にある生物細胞である。)の光散乱変化を電圧Vの変化として取得する。
【0053】
細胞観察装置10においては、照明光照射装置14から出射された照明光L1が、試料容器12の底面12aに対して斜めから入射して照明するように配置されている。即ち、照明光照射装置14から出射された照明光L1によって、試料容器12の底面12aを斜めから照明する。
【0054】
ここで、試料容器12の底面12aは照明光L1に対して透明であるので、照明光L1は試料Saにそのまま当り、試料Saの光散乱によって全方向に飛散する散乱光が発生する。
【0055】
こうして発生した全方向に飛散する散乱光の一部は、試料容器12の底面12aを通過して、試料容器12の下方へ進行する散乱光L2となる。
【0056】
試料容器12の下方へ進行する散乱光L2は、光学系16によって効率よく光検出器18に導かれる。
【0057】
光検出器18は散乱光L2を検出して微弱な光電流を出力し、光検出器18が出力した微弱な光電流は電流増幅器20により取り扱い易い程度の電圧に変換され、さらにコンデンサー22によって直流(DC)成分を除去した後に高倍率増幅器24に入力され、高倍率増幅器24はコンデンサー22から出力された直流(DC)成分を除去した電流を電気的に大きく増幅した電圧Vとして出力する。
【0058】
即ち、細胞観察装置10によれば、時々刻々と変化する散乱光L2の光成分の信号が電気的に大きく増幅されて、試料Saの光散乱の変化を連続的に電圧Vの変化として取得することができる。これにより、試料Sa、即ち、細胞の活動を動的かつ連続的に観察することができるものである。
【0059】
(2)細胞観察装置10における計測原理
【0060】
上記において説明したように、本発明で計測すべき物理量は試料Sa(例えば、生きて活動状態にある生物細胞である。)の光散乱変化である。
【0061】
ここで、
図2には、細胞観察装置10における計測手法の原理を示す説明図があらわされている。なお、
図2は、計測手法の原理の説明のために細胞観察装置10の構成の一部を示す説明図であり、
図1に示す構成と同一の構成は同一の符号を付して示すことにより、その構成ならびに作用の詳細な説明は省略する。
【0062】
細胞観察装置10によれば、
図2を参照しながら以下に説明する原理により、光散乱を簡単に計測することができる。
【0063】
即ち、照明光照射装置14から出射された光たる照明光L1は、試料Saに照射されるが、その多くは試料を突き抜け透過する透過光となる。
【0064】
また、試料容器12の底面12a(
図2においては、図示を省略している。)や試料Saの表面で反射された強い反射光は、入射した照明光L1とは対称の軸に対して線対称の位置に反射されることになる。
【0065】
ここで、試料Saに向けて照射された光たる照明光L1の大部分は透過光と反射光となるが、照明光L1の一部の光は、試料Sa(例えば、生きた細胞である。)内の組織や試料Saの間隙(細胞間隙)などの構造とたんぱく質などによって複雑に反射し、四方八方に散乱して散乱光となる。
【0066】
こうした散乱光の全てを検出することは極めて困難ではあるが、照明光L1の光軸、透過光の光軸および反射光の光軸から外れた方向に散乱した光(散乱光)は検出することが可能である。
【0067】
細胞観察装置10においては、照明光L1と反射光との中心である真下方向、即ち、対称の軸の延長方向下方に光学系16と光検出器18とを配置して、散乱光の一部である散乱光L2を集光して検出する。
【0068】
図2から理解されるように、受光に用いる光学系16の開口率(光学系16がレンズの場合には、レンズの焦点距離をレンズの口径の半径で割った値である。)が大きいほど、より多くの散乱光L2を捉えることができる。
【0069】
ここで、試料Sa(例えば、生きた細胞である。)に構造的な方向性がない場合には、散乱光は全方向に飛散し、どの方向でもほぼ同一な散乱光となる。
【0070】
しかしながら、試料Saの散乱を生じさせる原因である組織や物質に構造的な方向性がある場合には、散乱光は飛散する方向によって同一ではない。例えば、組織が膨張する方向と縮小する方向とが整列しているような場合などでは、その整列方向に依存した散乱の方向性があると予想される。
【0071】
従って、ある特定方向に散乱する散乱光の光線と別の方向に散乱する散乱光の光線の機能との相関は、必ずしも同一となるものではない。
【0072】
このため、本発明においては、次に説明するような入射角の適正化を図り、最適化した入射角を得ることを可能にしている。
【0073】
(3)入射角の最適化
【0074】
上記において説明した構成および原理に示すように、細胞観察装置10によれば、生物細胞などの試料Saの光散乱を計測することができる。
【0075】
以下においては、試料容器12の底面12aに対して照明光L1を斜め照射する際の入射角を最適化する点について説明する。
【0076】
ここで、仮に観察する対象となる試料Saに構造的な特徴がなく均一に近い場合には、入射角に対する依存性が低いことが予想される。
【0077】
一方、仮に観察する対象となる試料Saに構造的な特徴があって均一とは見做せない場合には、入射角に依存して検出される信号は異なる可能性が高いと予想される。
【0078】
図3には、細胞観察装置10における入射角を示す説明図があらわされている。なお、
図3は、入射角の説明のために細胞観察装置10の構成の一部を示す説明図であり、
図1に示す構成と同一の構成は同一の符号を付して示すことにより、その構成ならびに作用の詳細な説明は省略する。
【0079】
まず、
図3を参照しながら、本発明における入射角の定義を説明する。この
図3に示すように、照明光L1と当該照明光L1と線対称となる反射光との関係における対称の軸を主軸として、当該主軸を試料Saと試料容器12の真下に配置された光検出器18が感受する光(散乱光L2)の光軸と一致させ、照明用の光源である照明光照射装置14から出射された光たる照明光L1の中心軸(照明光L1の光軸)と主軸(光検出器18が感受する散乱光L2の光軸)とのなす角を入射角と定義する。
【0080】
本願発明者は、入射角の最適な角度を求めるため、試料Saとして培養心筋細胞を用いて細胞観察装置10による実験を行い、その実験によって得られた結果である電圧Vの変化が
図4に示されている。なお、光検出器18としては、フォトダイオードを用いた。
【0081】
図4に示す波形図において、横軸は経過時間であり、縦軸は光検出器18たるフォトダイオードに入射した光の全量が光電変換された電圧を100%としてそれに含まれる微小な変化分を拡大した波形である。なお、縦軸と横軸とのスケールは、それぞれ
図4に示したとおりである。
【0082】
図4において、上方から下方に向けて各波形をそれぞれ波形A、波形B、波形Cならびに波形Dと称することとする。
【0083】
ここで、波形Aは入射角を45度として計測した結果を示し、波形Bは入射角を45度として計測した結果を示し、波形Cは入射角を30度として計測した結果を示し、波形Dは入射角を30度として計測した結果を示している。
【0084】
また、試料Saたる培養心筋細胞については、波形Aと波形Cとについては同一の培養心筋細胞(細胞1)を用い、波形Bと波形Dとについては細胞1とは異なる同一の培養心筋細胞(細胞2)を用いた。
【0085】
なお、この実験に用いた培養心筋細胞(細胞1ならびに細胞2)は心筋が部分的に配向しているが、繊維が見えるような明確に整列した構造は見られないことを顕微鏡で確認した。このような構造は一般的で、意図的に特別な操作を行わないで培養した場合の標準的な試料である。
【0086】
図4を参照すると、波形Aと波形Bとの波形はやや複雑であり、心筋の拍動に対応して上下方向に二つの山があってそれぞれ頂点が見える。
【0087】
これに対して、波形Cと波形Dとの波形は単調であり、山の頂点は上向きのもの1つである。
【0088】
また、波形Aと波形Bとを比較すると両者は同一な波形ではないが、波形Cと波形Dとを比較すると両者は概ね同一の形状である。
【0089】
本願発明者は、上記と同様の実験を試料Saとして20個以上の細胞で試したところ、入射角が45度では波形に多様性があり、2つ以上の頂点が見られるものが約70%あり、頂点が1つのものが約20%であり、波形が小さく検出が困難なものもあった。それに対して、入射角が30度では、信号の大小はあるが全てがほぼ同一形状で、
図4に示す波形Cならびに波形Dの形状と類似していた。
【0090】
なお、図示は省略したが、入射角60度、入射角20度ならびに入射角10度においても、上記と同様の実験を行った。
【0091】
その結果として、入射角60度については入射角45度の結果に似ており、入射角20度では入射角30度の結果と同じであった。
【0092】
また、入射角10度の場合も入射角30度の波形に似ているが、直接の反射光が増加するために光の総量が大きくなり、変化成分である信号が埋もれてしまって雑音が大きくなるという結果が得られた。
【0093】
上記した実験の結果から、本願発明者は、試料Saとして培養心筋細胞を用いる場合には、入射角としては入射角20度乃至30度が適切であるという結論を得た。
【0094】
細胞種によって最適な入射角があり、それは同一ではないことが予想されるものの、本発明の細胞観察装置10によれば、入射角30度前後、より詳細には、入射角20度以上45度未満、さらに具体的には、20度乃至40度であれば、多くの細胞種に対応できるものである。
【0095】
(4)本願発明者による上記した実験およびその他の実験についての説明
【0096】
(4-1)上記した実験ならびに後述する(4-2)および(4-3)で説明する実験において、試料Saとして培養心筋細胞を用い、かつ、試料容器12として汎用プラスチック容器を用いた場合には、光源たる照明光照射装置14から照射される照明光L1の総光量に対して、光検出器18に入射する光量は1/100程度であった。
【0097】
その光検出器18に入射する光量うち、培養心筋細胞の活動に伴う光散乱の変化由来の信号は、光検出器18に入射する光量の1/1000~1/3000程度であった。
【0098】
(4-2)試料Saとして培養心筋細胞を用いて、照明光照射装置14から照射される照明光L1の波長依存性を実験的に確認した。
【0099】
実験においては、照明光照射装置14として、赤外光(波長830nm)を発光する発光ダイオードと、赤色(660nm)を発光する発光ダイオードと、黄色(600nm)を発光する発光ダイオードと、緑色(530nm)を発光する発光ダイオードと、緑青色(505nm)を発光する発光ダイオードと、青色(465nm)を発光する発光ダイオードとをそれぞれ用いた。
【0100】
その結果として、照明光L1の波長が変化しても、取得された電圧Vの波形の形状に差違は認められなかった。
【0101】
しかしながら、波形の振幅については、緑、青緑、青が赤外光や赤よりも20%ほど大きかった。その理由については、試料Saたる培養心筋細胞の吸収・反射特性に依存すると思われるが、定性的には照明光L1の波長依存性はほぼないと結論することができる。
【0102】
(4-3)
図1乃至
図3に示すように、上記した実験においては、照明光照射装置14として単一(1個)の発光ダイオードを用いている。
【0103】
本願発明者は、照明光照射装置14として2個の発光ダイオードを試料容器12の底面12aの下方において主軸に対して対称に配置して、主軸に対して両側から底面12aへ照明光を照射して実験を行った。
【0104】
また、本願発明者は、照明光照射装置14として4個の発光ダイオードを試料容器12の底面12aの下方において主軸の周りに均等に配置して、全方向から底面12aへ照明光を照射して実験を行った。
【0105】
その実験の結果、得られた電圧Vの波形の形状にはほとんど差異がないことが確認された。
【0106】
なお、試料容器12や試料Saは、光学系16の上方において基台の上に載置されるものであり、振動などの影響で雑音が入る。このため、照明光照射装置14として単一(1個)の発光ダイオードを用いて照明光L1を主軸の片側から試料容器12の底面12aに照射するよりも、2個の発光ダイオードを用いて主軸の両側から試料容器12の底面12aに照明光を照射した方が、振動などに由来する雑音の感度が下がり、良好な信号を観察することができた。
【0107】
ここで、上記した振動に由来する雑音を排除する観点からは、2個の発光ダイオードを用いた場合と4個の発光ダイオードとを用いた場合とを比較すると、4個の発光ダイオードを用いた場合の方が若干優ってはいたが、大きな改善は見られなかった。
【0108】
(II)第2の実施の形態
【0109】
図5には、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図があらわされている。
【0110】
なお、
図5において、
図1に示す構成と同一あるいは相当する構成については同一の符号を付して示すことにより、その構成ならびに作用の詳細な説明は省略する。
【0111】
この細胞観察装置100は、上記において説明した入射角の最適化の観点から、照明光照射装置14から出射される照明光L1の入射角を30度とし、かつ、上記において説明した試料容器12の振動に由来する雑音の低減の観点から、主軸に対して対称に2個の照明光照射装置14を配置している。
【0112】
2個の照明光照射装置14のそれぞれとしては、青緑色の発光ダイオードを用い、高輝度狭照射角の弾丸型の5mm規格の汎用品を用いるようにした。
【0113】
光学系16としては、プラスチック製で口径6mm、かつ、焦点距離6mmのレンズを用いた。
【0114】
また、光学系16であるレンズから試料容器12の底面12aまでの距離αと、光学系16であるレンズから光検出器18として用いるフォトダイオードの表面までの距離βとを、それぞれ約12mmとして、1対1の倍率で焦点が合うように調整した。
【0115】
ここで、光検出器18として用いるフォトダイオードは、2.65mm角のシリコンPIN型フォトダイオードであり、感度は約950nmから400nmである汎用品を用いた。
【0116】
さらに、汎用の低雑音演算増幅器を用いて、電流増幅器20と増幅率50倍の高倍率増幅器24とを構成した。
【0117】
実験的に電流の増幅率を決めるフィードバック抵抗102は、1MΩ~10MΩが適切であった。
【0118】
また、電流増幅器20の出力と高倍率増幅器24の入力との間には、
図5に示された定数、即ち、容量1μFのコンデンサー22と抵抗2MΩの抵抗104とより構成される直流カット回路が挿入されている。なお、その容量と抵抗とで構成される時定数は、計測対象である試料Saに依存する。
【0119】
なお、図示は省略したが、必要に応じてリセット回路やサンプル回路を付加するようにしてもよい。
【0120】
高倍率増幅器24から出力された電圧Vについては、例えば、16ビット分解能、変換周期100KHzのADコンバータに接続して、連続的にデジタルデータをメモリに記憶してパソコンに転送することにより解析に用いるようにすればよい。
【0121】
(III)第3の実施の形態
【0122】
図6(a)(b)には、本発明の実施の形態の他の例による細胞観察装置を模式的に示す構成説明図があらわされている。
【0123】
なお、
図6(a)(b)において、
図1ならびに
図5に示す構成と同一あるいは相当する構成については同一の符号を付して示すことにより、その構成ならびに作用の詳細な説明は省略する。また、
図6においては、本発明の理解を容易にするために、
図5に示す細胞観察装置100の構成の一部を図示せずに簡略化して示している。
【0124】
図6(a)(b)に示す細胞観察装置200は、一般的に培養研究で使われる96ウェルのピッチ(9mm)で、
図5に示す細胞観察装置100を8個並べて配置し、同時に8個の試料容器12たる培養容器から細胞の活動を観察して記録できるようにしたものである。
【0125】
さらに、上記のようにして細胞観察装置100を8個並べた細胞観察装置200を3列並べて構成し、同時に24個の試料容器12たる培養容器から細胞の活動を記録して実験を行った。
【0126】
その結果、細胞観察装置200を用いることにより、iPS細胞(人工多能性幹細胞)由来の培養心筋細胞の活動が正しく計測できることが確認された。
【0127】
(IV)他の実施の形態および変形例の説明
【0128】
なお、上記した実施の形態は例示に過ぎないものであり、本発明は他の種々の形態で実施することができる。即ち、本発明は、上記した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲で種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。
【0129】
例えば、上記した実施の形態は、以下の(1)乃至(5)に示すように変形するようにしてもよい。
【0130】
(1)上記した実施の形態においては、光源たる照明光照射装置14として発光ダイオードを用いた場合について説明した。しかしながら、光源たる照明光照射装置14は、発光ダイオードに限られるものではないことは勿論である。光源たる照明光照射装置14としては、発光ダイオードに代えて、例えば、レーザーを光源に用いるようにしてもよい。なお、光源たる照明光照射装置14に求められる特徴としては、照射光の広がり(視野角)は5度以下であることが望ましく、発光強度が極めて安定しているものが望ましい。従って、発光ダイオードやレーザーは、照明光照射装置14として望ましい光源の例である。
【0131】
(2)上記した実施の形態における実験においては、光源たる照明光照射装置14として発光色が青緑色の発光ダイオードを用いたが、光源たる照明光照射装置14はこれに限られるものではないことは勿論である。即ち、上記において説明したように、本発明においては、光源たる照明光照射装置14から出射される照明光L1の波長依存性はほぼないものであり、光源たる照明光照射装置14の発光波長については、試料Saの吸収・反射特性に適した適宜の波長を選択するようにすればよい。
【0132】
(3)上記した実施の形態においては、光源たる照明光照射装置14を1個、2個あるいは4個用いた場合について説明したが、光源たる照明光照射装置14を配置する個数はこれに限られるものではないことは勿論である。即ち、光源たる照明光照射装置14を3個あるいは5個以上を主軸周りにリング状に配置するようにしてもよい。なお、照明光照射装置14を3個あるいは5個以上を配置する場合であっても、上記した実施の形態と同様に、それぞれの入射角は30度前後、より詳細には、入射角20度以上45度未満、さらに具体的には、20度乃至40度とする。
【0133】
(4)上記した実施の形態における実験においては、光検出器18としてフォトダイオードを用いた場合いついて説明したが、光検出器18はフォトダイオードに限られるものではないことは勿論である。ここで、光検出器18に求められる特性は、感度と低雑音性とであり、実効雑音は、入射される光の総量に対して1/1000以下の変化を十分に捉える感度と低雑音性とをもつことが望ましく、かつ、同時に信号を捉えるのに十分な応答速度が必要である。そうした条件を満たすことができれば、光検出器18として、例えば、多素子フォトダイオードやイメージセンサーを用いることができる。本願発明者による実験によれば、低雑音・高速イメージセンサーを用いることができた。
【0134】
(5)上記した実施の形態ならびに上記した(1)乃至(4)に示す各種の実施の形態や変形例は、適宜に組み合わせるようにしてもよいことは勿論である。
【産業上の利用可能性】
【0135】
本発明は、生物、例えば、培養細胞などを用いた研究や産業に利用することができる。特に、本発明によれば、培養心筋細胞や神経細胞の活動を簡便に観察することができるので、本発明は、薬物の効果や副作用の研究あるいは培養細胞の品質管理などに主に利用することができる。
【符号の説明】
【0136】
10 細胞観察装置
12 試料容器(容器)
12a 底面
14 照明光照射装置(光照射手段)
16 光学系
18 光検出器(検出手段)
20 電流増幅器
22 コンデンサー
24 高倍率増幅器
100 細胞観察装置
102 フィードバック抵抗
104 抵抗
200 細胞観察装置