(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】インバータ制御装置および電動機駆動システム
(51)【国際特許分類】
H02P 21/24 20160101AFI20220124BHJP
H02P 27/06 20060101ALI20220124BHJP
H02P 21/18 20160101ALI20220124BHJP
【FI】
H02P21/24
H02P27/06
H02P21/18
(21)【出願番号】P 2018030095
(22)【出願日】2018-02-22
【審査請求日】2021-02-02
(73)【特許権者】
【識別番号】598076591
【氏名又は名称】東芝インフラシステムズ株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】513296958
【氏名又は名称】東芝産業機器システム株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100108855
【氏名又は名称】蔵田 昌俊
(74)【代理人】
【識別番号】100103034
【氏名又は名称】野河 信久
(74)【代理人】
【識別番号】100075672
【氏名又は名称】峰 隆司
(74)【代理人】
【識別番号】100153051
【氏名又は名称】河野 直樹
(74)【代理人】
【識別番号】100189913
【氏名又は名称】鵜飼 健
(72)【発明者】
【氏名】谷口 峻
(72)【発明者】
【氏名】茂田 智秋
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 健太郎
【審査官】安池 一貴
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-308399(JP,A)
【文献】特開2009-095135(JP,A)
【文献】特開2015-139232(JP,A)
【文献】特開2014-155282(JP,A)
【文献】特開2017-229196(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H02P 21/24
H02P 27/06
H02P 21/18
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
インバータと、
前記インバータから出力される電流応答値を検出する電流検出器と、
前記インバータに接続する電動機の回転速度と回転速度指令値とが等しくなるように、前記電動機のトルク指令値を演算する第1PI制御器を含む速度制御回路と、
前記トルク指令値を用いて、前記電流応答値に相当する電流指令値を演算する電流指令値生成回路と、
前記電流指令値と前記電流応答値とが等しくなるように前記インバータから出力する出力電圧を演算する電流制御回路と、
前記回転速度指令値と回転速度概略値との差を入力としトルク指令推定値を出力する第2PI制御器と、前記トルク指令推定値を用いて前記回転速度概略値を演算するモータ機械モデル回路と、を備え、前記第2PI制御器で用いられるゲインは、前記第1PI制御器で用いられるゲインと同等である概略速度推定回路と、
前記回転速度概略値を用いて前記電動機の速度推定値を演算する速度推定回路と、を備えたことを特徴とするインバータ制御装置。
【請求項2】
前記速度制御回路は、前記トルク指令値を制限する第1トルク制限回路を備え、
前記概略速度推定回路は、前記第1トルク制限回路と同じ値で前記トルク指令推定値を制限する第2トルク制限回路を備えることを特徴とする請求項1記載のインバータ制御装置。
【請求項3】
前記速度制御回路は、前記トルク指令値を制限するトルク制限回路を備え、
前記第2PI制御器は、前記トルク制限回路と同じ値で前記トルク指令推定値を制限するリミッタと、前記回転速度指令値と前記回転速度概略値との差に比例ゲインを乗じた積を出力する比例ゲイン乗算器と、前記回転速度指令値と前記回転速度概略値との差に積分ゲインを乗じた積を出力する積分ゲイン乗算器と、前記リミッタにより制限される前の前記トルク指令推定値と前記リミッタにより制限された後の前記トルク指令推定値との差を出力する第1減算器と、前記積分ゲイン乗算器の出力値から前記第1減算器の出力値を引いた差を出力する第2減算器と、前記第2減算器の出力値を積分して出力する積分器と、前記比例ゲイン乗算器の出力値と前記積分器の出力値とを加算した和を前記リミッタへ供給する加算器と、を備えることを特徴とする請求項1記載のインバータ制御装置。
【請求項4】
請求項1乃至請求項3のいずれか1項記載のインバータ制御装置と、
前記電動機と、を備えたことを特徴とする電動機駆動システム。
【請求項5】
前記電動機は、シンクロナスリラクタンスモータであることを特徴とする請求項4記載の電動機駆動システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明の実施形態は、インバータ制御装置および電動機駆動システムに関する。
【背景技術】
【0002】
永久磁石同期モータ(PMSM)やシンクロナスリラクタンスモータ(SynRM)の回転角センサレス制御装置において、回転角を推定する方法が利用されている。速度の推定ではPLL(Phase Locked Loop)と呼ばれる軸誤差に相当する評価指標が0になるようにPI制御を行なうことで速度を推定する方式が知られている。
【0003】
また、誘導モータ(IM)の速度センサレス制御装置において、q軸二次磁束誘起電圧から推定一次周波数を演算し、PI制御器にフィードフォワードで与える一次周波数推定器が提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】「ACドライブシステムのセンサレスベクトル制御」、電気学会・センサレスベクトル制御の整理に関する調査専門委員会編、オーム社、2016年9月発売
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
高速な速度推定の応答が要求されるときには、PLL制御においてPI制御器のゲインを上げないと脱調する可能性があった。一方、PI制御器のゲインを上げると過制御となり、制御が振動的になってしまう。
【0007】
これに対し、永久磁石同期モータ(PMSM)やシンクロナスリラクタンスモータ(SynRM)でも、誘導モータ(IM)と同様にq軸誘起電圧から演算された推定速度をフィードフォワードで与えることで、PI制御器のゲインを上げずに高速な速度応答を実現することが可能である。しかしながら、主としてリラクタンストルクを利用する永久磁石同期モータ(PMSM)やシンクロナスリラクタンスモータ(SynRM)ではq軸誘起電圧が負荷に応じて変化するため、q軸誘起電圧から推定速度を演算することが困難であった。
【0008】
本発明の実施形態は、上記事情を鑑みてなされたものであって、高速な速度応答を実現するインバータ制御装置および電動機駆動システムを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
実施形態によるインバータ制御装置は、インバータと、前記インバータから出力される電流応答値を検出する電流検出器と、前記インバータに接続する電動機の回転速度と回転速度指令値とが等しくなるように、前記電動機のトルク指令値を演算する第1PI制御器を含む速度制御回路と、前記トルク指令値に基づいて、前記電流応答値に相当する電流指令値を演算する電流指令値生成回路と、前記電流指令値と前記電流応答値とが等しくなるように前記インバータから出力する出力電圧を演算する電流制御回路と、前記回転速度指令値と回転速度概略値との差を入力としトルク指令推定値を出力する第2PI制御器と、前記トルク指令推定値を用いて前記回転速度概略値を演算するモータ機械モデル回路と、を備え、前記第2PI制御器で用いられるゲインは、前記第1PI制御器で用いられるゲインと同等である概略速度推定回路と、前記回転速度概略値を用いて、前記電動機の速度推定値を演算する速度推定回路と、を備える。
【図面の簡単な説明】
【0010】
【
図1】
図1は、第1実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図2】
図2は、
図1に示すインバータ制御装置の速度制御回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図3】
図3は、
図1に示す概略速度推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図4】
図4は、
図1に示す速度・回転位相角推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図5】
図5は、
図4に示す回転位相角誤差演算回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図6】
図6は、
図1に示す概略速度推定回路の他の構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図7】
図7は、
図3に示すモータ機械モデルの他の構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図8】
図8は、第2実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
【
図9】
図9は、
図8に示す速度推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、複数の実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムについて、図面を参照して説明する。
図1は、第1実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
【0012】
本実施形態の電動機駆動システムは、インバータ制御装置と、インバータ1と、同期機2と、を備えている。
同期機2は、例えば、固定子と、回転子とを備えたシンクロナスリラクタンスモータ(SynRM)である。同期機2は、インバータ1から供給される三相交流電流により駆動され、各励磁相に流れる3相交流電流によって磁界を発生し、回転子との磁気的相互作用によりトルクを発生する交流モータである。
【0013】
インバータ1は、例えば、直流電源(直流負荷)と、U相、V相、W相の各相2つのパワー半導体素子と、を備えたインバータ主回路(いずれも図示せず)とを備えている。各相2つのパワー半導体素子は、直流電源の正極に接続した直流ライン(直流リンク)と、直流電源の負極に接続した直流ライン(直流リンク)との間に直列に接続している。インバータ1のパワー半導体素子は、後述するインバータ制御装置から受信したゲート指令により動作を制御される。インバータ1は、U相電流iu、V相電流iv、W相電流iwを交流負荷である同期機2へ出力する三相交流インバータである。また、インバータ1は、同期機2で発電された電力を直流電源へ充電することも可能である。
【0014】
本実施形態のインバータ制御装置は、ハードウエアにより構成されてもよく、ソフトウエアにより構成されてもよく、ハードウエアとソフトウエアとを組み合わせて構成されてもよい。インバータ制御装置は、例えば、少なくとも1つのプロセッサと、プロセッサにより実行されるプログラムが記録されたメモリと、を備えていてもよい。
【0015】
本実施形態のインバータ制御装置は、電流検出器3と、PWM変調回路22と、座標変換(UVW/dcqc)回路23と、座標変換(dcqc/UVW)回路24と、電流制御回路25と、速度・回転位相角推定回路26と、電流指令生成回路27と、速度制御回路28と、概略速度推定回路29と、を備えている。
【0016】
電流検出器3は、インバータ1から出力される三相交流電流(U相電流値iu、V相電流値iv、W相電流値iw)のうち、少なくとも2相の電流応答値(例えば、U相電流値iu、W相電流値iw)を検出する。電流検出器3で検出された電流応答値は、座標変換(UVW/dcqc)回路23に入力される。
【0017】
座標変換(UVW/dcqc)回路23は、回転位相角推定値θestを用いて、三相固定座標系からdcqc軸回転座標系への座標変換を行うベクトル変換回路である。座標変換(UVW/dcqc)回路23は、三相固定座標系のU相電流値iu、W相電流値iwをdcqc軸回転座標系のdc軸電流値idcとqc軸電流値iqcとに変換して出力する。
【0018】
なお、dcqc軸回転座標系は、推定回転座標系である。d軸は、同期機2の回転子において静的インダクタンスが最も小さくなるベクトル軸であり、q軸は電気角でd軸と直交するベクトル軸である。これに対し、推定回転座標系は回転子の推定位置におけるd軸とq軸とに対応する。すなわち、d軸から回転角誤差Δθだけ回転したベクトル軸がdc軸であり、q軸から回転角誤差Δθだけ回転したベクトル軸がqc軸である。
【0019】
速度制御回路28は、例えばPI制御器を備え、外部から供給される速度指令ω*と、速度・回転位相角推定回路26から供給される速度推定値ωestとが等しくなるように、トルク指令T*を算出して出力する。
【0020】
図2は、
図1に示すインバータ制御装置の速度制御回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
速度制御回路28は、減算器31と、PI制御器(第1PI制御器)32と、トルク制限回路33と、を備えている。
【0021】
減算器31は、速度指令ω*から速度推定値ωestを減算し、演算結果である速度誤差Δω(=ω*-ωest)を出力する。
PI制御器32は、減算器31から速度誤差Δωを受信し、速度誤差Δωがゼロになるようにトルク指令演算値T*calを演算する。
【0022】
トルク制限回路33は、トルク指令演算値T*calをトルク制限値Tlimでリミットして、制限後の値であるトルク指令値T*を出力する。トルク制限値Tlimは、予め設定された値であってもよく、外部から入力される値であってもよい。
電流指令生成回路27は、トルク指令T*と推定速度ωestとを用いて、dq軸電流指令idc*、iqc*を生成して出力する。
【0023】
電流制御回路25は、電流検出器3において検出された電流応答値iu、iwをベクトル変換した電流応答値idc、iqcと、電流指令生成回路27によって生成された電流指令値idc*、iqc*とを比較し、電流指令値idc*、iqc*を実現するように基本波電圧指令値(変調率指令値)vdc*、vqc*を決定する。
【0024】
座標変換(dcqc/UVW)回路24は、回転位相角推定値θestを用いて、dcqc軸回転座標系から三相固定座標系への座標変換を行うベクトル変換回路である。座標変換(dcqc/UVW)回路24は、dcqc軸回転座標系の電圧指令値vdc*、vqc*を三相固定座標系の電圧指令値(変調率指令値)vu*、vv*、vw*へ変換して出力する。
【0025】
PWM変調回路22は、同期機2を駆動するための電圧指令値vu*、vv*、vw*を、三角波PWMによって変調し、インバータ1の各相パワー半導体素子のオン(導通)/オフ(非導通)指令であるゲート信号を出力する。
概略速度推定回路29は、速度指令ω*を用いて速度推定FF(フィードフォワード)値ωestFFを演算する。
【0026】
図3は、
図1に示す概略速度推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
概略速度推定回路29は、減算器41と、PI制御器(第2PI制御器)42と、トルク制限回路43と、モータ機械モデル回路44と、を備えている。
【0027】
減算器41は速度指令ω*から速度推定FF値ω*estFFを減算し、速度誤差Δω*を演算する。
PI制御器42は、速度誤差Δω*が0になるようにトルク指令演算推定値T*estcalを演算する。ここで、PI制御器42で用いる比例ゲインおよび積分ゲインは、速度制御回路28のPI制御器32で用いる比例ゲインおよび積分ゲインと同じである。
【0028】
トルク制限回路43は、トルク指令演算推定値T*estcalをトルク制限値Tlimでリミットしてトルク指令推定値T*estを出力する。ここで、トルク制限値Tlimは速度制御回路28で用いるトルク制限回路33で用いるトルク制限値Tlimと同じ値を用いることとする。
【0029】
モータ機械モデル回路44は、除算器48と、積分器49と、を備えている。
除算器48は、トルク指令推定値T*estをイナーシャ推定値Jestで除算して出力する。
積分器49は、除算器48から出力された値T*est/Jestを積分し、速度推定FF値ω*estFFを演算して出力する。イナーシャ推定値Jestは速度制御で調整された固定値を用いることができる。すなわち、速度推定FF値ω*estFFは下記式のように表すことができる。
【0030】
【数1】
上記速度推定FF値ω
*estFFは、モータ機械モデル回路44により演算された同期機2の回転速度概略値である。
速度・回転位相角推定回路26は、速度推定FF値ω
*estFF、電圧指令vdc
*、vqc
*および電流応答値idc、iqcを用いて速度推定値ωestおよび回転位相角推定値θestを演算する。
【0031】
図4は、
図1に示す速度・回転位相角推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
図5は、
図4に示す回転位相角誤差演算回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
速度・回転位相角推定回路26は、回転位相角誤差演算回路51と、PI制御器52と、加算器53と、積分器54と、を備えている。
【0032】
回転位相角誤差演算回路51は、位相差δ設定回路60と、γ電圧演算回路61と、γ電圧推定回路62と、減算器63と、を備えている。
位相差δ設定回路60は、トルク指令値T*を入力として、回転子位相推定値と回転子位相とに誤差が生じたときに、電圧変化が一番大きくなる付近の位相角δを設定する。位相差δ設定回路60は、トルク指令値T*に応じて解析的または実験的に予め求めておいた位相角δの設定値を格納した、位相角δの設定値のテーブルを備えていてもよい。
【0033】
γ電圧演算回路61は、電圧指令vdc*、vqc*と、位相差δとを入力として下記式によりγ電圧Vγを演算する。
Vγ=vdc*×cos(δ)+vqc*×sin(δ)
γ電圧推定回路62は、dcqc軸回転座標系の電流応答値idc、iqcと、速度推定値ωestと、位相差δとを入力として、γ電圧推定値VγHを演算する。
【0034】
γ電圧推定回路62は、dcqc軸電圧推定値VdcH、VqcHを下記式により演算する。
【数2】
【0035】
なお、上記数式において、Rは巻線抵抗であり、Ldcはdc軸インダクタンスであり、Lqcはqc軸インダクタンスであり、φPMは永久磁石磁束であり、sはラプラス演算子である。
【0036】
γ電圧推定回路62は、上記式により求めたdcqd軸電圧推定値VdcH、VqcHを用いて、下記式によりγ電圧推定値VγHを演算する。
VγH=VdcH×cos(δ)+VqcH×sin(δ)
減算器63は、γ電圧Vγからγ電圧推定値VγHを減算して、電圧誤差ΔVγを出力する。電圧誤差ΔVγは、位相差δだけdc軸からずれたγ軸方向の電圧誤差である。回転位相角誤差Δθがゼロのときに回転位相角推定値θestは、実際の回転位相角θに追従するものとなる。すなわち、回転位相角誤差Δθは回転位相角推定値θestに含まれる誤差分であって、電圧誤差ΔVγがゼロのときに回転位相角誤差Δθはゼロとなる。
【0037】
回転位相角誤差演算回路51は、例えば電圧誤差ΔVγと回転位相角誤差Δθとの関係を表す数式やテーブル等を予め有し、電圧誤差ΔVγに基づいて回転位相角誤差Δθを演算して出力することができる。
【0038】
回転位相角誤差Δθと電圧誤差ΔVγとの関係は、同期機2のインダクタンス特性により異なる。例えば、同期機2がシンクロナスリラクタンスモータ(SynRM)であるときには、回転位相角誤差Δθと電圧誤差ΔVγとの関係は、回転位相角誤差Δθがゼロのときに電圧誤差ΔVγがゼロとなり、回転位相角誤差Δθが±90°のときに電圧誤差ΔVγが最大となる正弦波である。また、例えば、同期機2が永久磁石同期モータ(PMSM)であるときには、回転位相角誤差Δθと電圧誤差ΔVγとの関係は、回転位相角誤差Δθがゼロのときに電圧誤差ΔVγがゼロとなり、回転位相角誤差Δθが±180°のときに電圧誤差ΔVγが最大となる正弦波である。なお、回転位相角誤差演算回路51は、上記方式に限らず、回転位相角誤差Δθに相当する値を演算してもよい。
【0039】
PI制御器52は、回転位相角誤差演算回路51は、回転位相角誤差Δθを受信し、回転位相角誤差ΔθがゼロとなるようにPI制御を行い、速度推定FB(フィードバック)値ω*estFBを演算する。速度推定FB値ω*estFBは、速度推定値ωestに対する速度推定FF値ω*estFFの誤差分に相当する。
【0040】
加算器53は、速度推定FB値ω*estFBと速度推定FF値ω*estFFとを加算して、速度推定値ωestを演算する。積分器54は速度推定値ωestを積分して回転角推定値θestを演算する。
【0041】
上記インバータ制御装置および電動機駆動システムにおいて、概略速度推定回路29は、速度指令ω*が変化すると、それに応じた速度推定FF値ω*estFFを演算して出力する。このとき、PI制御器42で用いる比例ゲインおよび積分ゲインは、速度制御回路28のPI制御器32で用いる比例ゲインおよび積分ゲインと同じであるため、モータ機械モデル回路44が実際の同期機2の機械系の応答と一致していれば、速度推定FF値ω*estFFは実際の速度と一致する。速度推定FF値ω*estFFは、速度・回転位相角推定回路26の加算器53により速度推定値ωestの演算に用いられる。
【0042】
速度推定値ωestを演算する際にフィードバックにより求めた値を用いる場合、速度指令ω*が変化したときにPI制御器52の入力である回転角誤差Δθが大きくなる。これに対し、本実施形態では、速度推定値ωestを演算する際に速度推定FF値ω*estFFがフィードフォワードとして働くことで、速度指令ω*が変化したときも回転位相角誤差Δθが大きくなることがない。
したがって、本実施形態では、回転位相角誤差Δθを受信するPI制御器52のゲインを大きくしなくても脱調することがなく、高速な速度応答を実現できる。
【0043】
なお、モータ機械モデル回路44は、実際の同期機2の機械系の応答と完全に一致することは困難である。しかし、モータ機械モデル回路44と実際の同期機2の機械系の応答とが完全に一致していなくても、速度推定値ωestと実際の速度ωとの誤差を低減することが可能であり、特に、高速な速度応答が要求されるときには、脱調を防止することができる。
【0044】
上記のように本実施形態によれば、概略速度推定回路29で速度制御回路28と同じゲイン、同じトルクリミットを利用することで、単純に速度指令ω*や速度指令ω*の一次遅れをフィードフォワードで加算する場合よりも実際の速度ωと誤差が少ない推定が可能となる。
【0045】
すなわち、本実施形態によれば、高速な速度応答を実現するインバータ制御装置および電動機駆動システムを提供することができる。
なお、上記実施形態では同期機2としてシンクロナスリラクタンスモータを採用した例を示したが、リラクタンストルクを用いる永久磁石同期電動機でも同様の効果が得られる。
【0046】
次に、第1実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの変形例について説明する。以下に説明する変形例は、上述の第1実施形態のインバータ制御装置と概略速度推定回路29の構成が異なっている。
【0047】
図6は、
図1に示す概略速度推定回路の他の構成例を概略的に示すブロック図である。
この例では、概略速度推定回路29は、
図3に示す例のPI制御器42とトルク制限回路43とに替えて、トルク制限付きPI制御器45を備えている。この点以外は
図3に示す構成例と同様である。
【0048】
PI制御器45は、速度推定誤差Δω*estがゼロとなるように、PI制御によりトルク指令推定値T*estを演算する。
PI制御器45は、比例ゲイン乗算器451と、積分ゲイン乗算器452と、積分器453と、リミッタ454と、加算器455と、減算器456、457と、を備えている。
【0049】
比例ゲイン乗算器451は、速度推定誤差Δω*estに比例ゲインPを乗じて出力する。
積分ゲイン乗算器452は、速度推定誤差Δω*estに積分ゲインIを乗じて出力する。
減算器457(第1減算器)は、リミッタ454の入力値と出力値との差(ΔT*est)を演算して出力する。
減算器(第2減算器)456は、積分ゲイン乗算器452から出力された値(I×Δω*est)から減算器457の演算結果(ΔT*est)を引いた値を出力する。
【0050】
積分器453は、減算器456から出力された値(I×Δω*est-ΔT*est)を積分して出力する。
加算器455は、比例ゲイン乗算器451からの出力値(P×Δω*est)と積分器453の出力値(∫(I×Δω*est-ΔT*est)dt)とを加算して出力する。
リミッタ454は、加算器455から出力された値を受信し、インバータ1の出力限界を超えないようにリミットしたトルク指令推定値T*estを出力する。
【0051】
例えば、積分器453の前段に減算器456がないときには、トルク指令推定値をリミットしたことにより生じる制御誤差をゼロにすることができず、積分器453が誤差を加算し続ける。そこで、
図6に示すように、リミッタ454の入力値と出力値との差を予め積分器453の入力から減算しておくことで、積分器453が誤差を加算し続けることを回避することができる。
【0052】
例えば、モータ機械モデル回路44が実際の同期機2の機械系と一致しておらず、特に、実際の同期機2に負荷トルクがあるとき、実際の速度ωよりも速度推定FF値ω
*estFFが大きくなってしまう。
図5に示す例では、負荷トルクがあって速度制御回路28のトルク制限回路33でトルクが制限されたときに、実際の速度ωと速度推定FF値ω
*estFFとの誤差が増加することがなくなる。このことにより、リミット状態から非リミット状態(リミットされない状態)となったときに、誤差を加算し続けた量に応じて制御が不安定化(破たん)することを回避することができる。
【0053】
次に、第1実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの他の変形例について説明する。以下に説明する変形例は、上述の第1実施形態のインバータ制御装置のモータ機械モデル回路44の構成が異なっている。
【0054】
図7は、
図3に示すモータ機械モデルの他の構成例を概略的に示すブロック図である。
この例では、モータ機械モデル回路44において、ベアリングなどの摩擦を考慮した速度推定FF値ω
*estFFを演算し、実際の同期機2の機械系をより正確にモデル化している。
モータ機械モデル回路44は、除算器48と、積分器49と、減算器441と、乗算器442と、を備えている。
【0055】
除算器48は、トルク指令推定値T*estをイナーシャ推定値Jestで除算して出力する。
乗算器442は、積分器49から出力された速度推定FF値ω*estFFと摩擦係数Destとの積を出力する。
減算器441は、除算器48の出力値(T*est/Jest)から乗算器442の出力値(Dest×ω*estFF)を減算した差を出力する。
【0056】
積分器49は、除算器48から出力された値(T
*est/Jest-Dest×ω
*estFF)を積分し、速度推定FF値ω
*estFFを演算して出力する。イナーシャ推定値Jestは速度制御で調整された固定値を用いることができる。すなわち、速度推定FF値ω
*estFFは下記式のように表すことができる。
【数3】
【0057】
上記のように、同期機2における摩擦を考慮して速度推定FF値ω*estFFを演算することにより、速度推定FF値ω*estFFと実際の速度値との誤差を小さくすることができる。
すなわち、上記変形例によれば、いずれも上述の第1実施形態と同様の効果を得ることができるとともに、より信頼性の高いセンサレス制御を行うインバータ制御装置および電動機駆動システムを提供することが可能である。さらにモータに結合された負荷の特性が既知である場合、その特性を除算器48から出力された値(T*est/Jest-Dest×ω*estFF)からさらに減ずることで、より正確な速度FF値が演算でき、速度応答を向上できる。例えばモータにファンポンプが接合されている場合、モータの回転速度ωの3乗(ω3)で変化する負荷とみなすことができ、この特性を考慮した値を除算器48の出力値から減じておくことにより、より正確な速度FF値を演算し、速度応答を向上することができる。
【0058】
次に、第2実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムについて図面を参照して詳細に説明する。なお、以下の説明において上述の第1実施形態と同様の構成については同じ符号を付して説明を省略する。
【0059】
図8は、第2実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムの構成例を概略的に示すブロック図である。
本実施形態の電動機駆動システムは、インバータ制御装置と、インバータ1と、誘導モータ4と、を備えている。
【0060】
誘導モータ4は、例えば、固定子と、回転子とを備え、インバータ1から供給される三相交流電流により駆動される交流モータである。
本実施形態のインバータ制御装置は、電流検出器3と、PWM変調回路22と、座標変換(UVW/dcqc)回路23と、座標変換(dcqc/UVW)回路24と、電流制御回路25と、速度推定回路102と、電流指令生成回路27と、速度制御回路28と、概略速度推定回路29と、すべり周波数演算回路101と、速度推定回路102と、加算器103と、積分器104と、を備えている。
【0061】
すべり周波数演算回路101は、電流指令idc
*、iqc
*から、すべり周波数指令ωs
*を演算する。例えば、次式で演算する。
【数4】
ここで、R
2は二次抵抗、L
2は二次自己インダクタンスをそれぞれ表す。
【0062】
速度推定回路102は、電流指令iqc*と、電流iqと、速度推定FF値ω*estFFとを受信し、速度推定値ωestを出力する。
【0063】
図9は、
図8に示す速度推定回路の一構成例を概略的に示すブロック図である。
速度推定回路102は、減算器71と、PI制御器72と、加算器73と、を備えている。
減算器71は、電流指令iq
*から電流iqを減算してq軸電流偏差Δiqを演算して出力する。
PI制御器72は、q軸電流偏差Δiqがゼロとなるように速度推定FB値ω
*estFBを演算して出力する。
【0064】
加算器73は、速度推定FF値ω*estFFと速度推定FB値ω*estFBとを加算して速度推定値ωestを演算して出力する。
加算器103は、速度推定値ωestとすべり周波数指令ωs*とを加算して一次周波数指令ω1*を演算して出力する。
積分器104は、一次周波数指令ω1*を積分してd軸位相θを演算して出力する。積分器104から出力されたd軸位相θは、座標変換(UVW/dcqc)回路23と座標変換(dcqc/UVW)回路24に入力され、ベクトル変換に用いられる。
【0065】
本実施形態でも上述の第1実施形態と同様に、概略速度推定回路29では、速度指令ω*が変化すると、それに応じて速度推定FF値ω*estFFが演算される。このとき、速度制御回路28と同じゲイン、トルクリミットを用いているため、モータ機械モデル回路44が実際の誘導モータ4の機械系の応答と一致していれば、速度推定FF値ω*estFFは実際の速度と一致する。そして、速度推定FF値ω*estFFは、速度推定回路102の加算器73において速度推定値ωestの演算に用いられる。
【0066】
速度指令ω*が変化したときに、通常、PI制御器72の入力であるq軸電流偏差Δiqが大きくなるが、速度推定FF値ω*estFFがフィードフォワードとして働くことで、速度指令ω*が変化していないときと同じようにq軸電流偏差Δiqが変化しなくなる。このことから、PI制御器72のゲインを大きくしなくても脱調することがなくなり、高速な速度応答を実現することができる。
【0067】
なお、例えば従来提案されている方法では、q軸二次磁束誘起電圧を用いた速度推定FF値ω*estFFに相当するものを演算しているが、この方法では、速度ωが小さいときには正しく推定することが難しい。これに対して、本実施形態の、インバータ制御装置および電動機駆動システムでは、速度によらず、フィードフォワードを加えることができ高速な速度応答を実現することができる。
すなわち、本実施形態によれば上述の第1実施形態と同様の効果を得ることができる。
【0068】
なお、本実施形態のインバータ制御装置および電動機駆動システムにおいて、第1実施形態で説明した概略速度推定回路29を適用しても構わない。
また、本実施形態では、誘導モータ4を備えるインバータ制御装置および電動機駆動システムの例を示したが、リラクタンストルクを用いないPMSMのセンサレス制御においても同様に、低速域での高速な速度応答を実現することができる。
【0069】
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0070】
1…インバータ、2…同期機、3…電流検出器、4…誘導モータ、22…PWM変調回路、23…座標変換回路、24…座標変換回路、25…電流制御回路、26…速度・回転位相角推定回路、27…電流指令生成回路、28…速度制御回路、29…概略速度推定回路、31…減算器、32…PI制御器(第1PI制御器)、33…トルク制限回路(第1トルク制限回路)、41…減算器、42…PI制御器(第2PI制御器)、43…トルク制限回路(第2トルク制限回路)、44…モータ機械モデル回路、45…トルク制限付きPI制御器、48…除算器、49…積分器、51…回転位相角誤差演算回路、52…PI制御器、53…加算器、54…積分器、60…位相差δ設定回路、61…γ電圧演算回路、62…γ電圧推定回路、63…減算器、71…減算器、72…PI制御器、73…加算器、101…周波数演算回路、102…速度推定回路、103…加算器、104…積分器、441…減算器、442…乗算器、451…比例ゲイン乗算器、452…積分ゲイン乗算器、453…積分器、454…リミッタ、455…加算器、456…減算器、457…減算器。