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特許7012950生体組織孔閉鎖用、潰瘍保護用及び血管塞栓療術用ゾル
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】生体組織孔閉鎖用、潰瘍保護用及び血管塞栓療術用ゾル
(51)【国際特許分類】
   A61L 31/04 20060101AFI20220124BHJP
   A61K 47/42 20170101ALI20220124BHJP
   A61K 47/02 20060101ALI20220124BHJP
   A61K 47/22 20060101ALI20220124BHJP
   A61L 31/14 20060101ALI20220124BHJP
   A61L 24/00 20060101ALI20220124BHJP
   A61L 24/10 20060101ALI20220124BHJP
   A61K 9/06 20060101ALI20220124BHJP
【FI】
A61L31/04 120
A61K47/42
A61K47/02
A61K47/22
A61L31/14 300
A61L24/00 240
A61L24/10
A61K9/06
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2016224255
(22)【出願日】2016-11-17
(65)【公開番号】P2018079145
(43)【公開日】2018-05-24
【審査請求日】2019-11-18
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成26年度独立行政法人科学技術振興機構 研究成果展開事業 研究成果最適展開支援プログラム 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】506209422
【氏名又は名称】地方独立行政法人東京都立産業技術研究センター
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】100079108
【弁理士】
【氏名又は名称】稲葉 良幸
(74)【代理人】
【識別番号】100109346
【弁理士】
【氏名又は名称】大貫 敏史
(74)【代理人】
【識別番号】100117189
【弁理士】
【氏名又は名称】江口 昭彦
(74)【代理人】
【識別番号】100134120
【弁理士】
【氏名又は名称】内藤 和彦
(72)【発明者】
【氏名】矢作 直久
(72)【発明者】
【氏名】浦岡 俊夫
(72)【発明者】
【氏名】柚木 俊二
(72)【発明者】
【氏名】大藪 淑美
(72)【発明者】
【氏名】成田 武文
【審査官】高橋 樹理
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-077410(JP,A)
【文献】国際公開第2010/041636(WO,A1)
【文献】特表昭63-500566(JP,A)
【文献】特表2016-515113(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61L 31/00
A61L 24/00
A61L 9/00
A61K 47/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1.4質量%~1.7質量%のコラーゲン、水、220mM~310mMの塩化ナトリウム、40mg/L~1400mg/Lのゲニピン及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である生体組織孔閉鎖用ゾル。
【請求項2】
1.4質量%~1.7質量%のコラーゲン、水、220mM~310mMの塩化ナトリウム、40mg/L~1400mg/Lのゲニピン及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である潰瘍保護用ゾル。
【請求項3】
1.4質量%~1.7質量%のコラーゲン、水、220mM~310mMの塩化ナトリウム、40mg/L~1400mg/Lのゲニピン及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である血管塞栓療術用ゾル。
【請求項4】
1.4質量%~1.7質量%のコラーゲン、水、220mM~310mMの塩化ナトリウム、40mg/L~1400mg/Lのゲニピン及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である生体組織接着用ゾル。
【請求項5】
前記緩衝剤がリン酸塩を含む、請求項1~4のいずれか一項に記載のゾル。
【請求項6】
コラーゲンが、テロペプチド除去型コラーゲンを含む、請求項1~5のいずれか一項に記載のゾル。
【請求項7】
前記緩衝剤がリン酸塩を含み、
220mM~280mMの塩化ナトリウムを含有し、
ゲニピンを100mg/L~1000mg/Lの範囲で含有する、
請求項1~6のいずれか一項に記載のゾル。
【請求項8】
カテーテルを通して生体組織に局所投与される、請求項1~7のいずれか一項に記載のゾル。
【請求項9】
生体組織に接触するとゲル化して生体組織に付着する、請求項1~8のいずれか一項に記載のゾル。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本願発明は、内視鏡治療等に用いる生体注入用ゾルに関し、より詳細には、内視鏡治療等の際に生じた孔を閉鎖するため、内視鏡治療等の際に発生し得る潰瘍を保護するため、又は癌治療や消化管出血の止血を行う血管塞栓療術に用いるための、生体組織孔閉鎖用、潰瘍保護用及び血管塞栓療術用ゾルに関する。
【背景技術】
【0002】
内視鏡治療、IVR(インターベンショナル・ラジオロジー)治療(X線、CT等、画像診断装置を使用しながら体内にカテーテルを挿入して行われる治療)などの低侵襲治療が急速に普及しつつある。これらの低侵襲治療には、生体組織に生じた貫通孔の閉鎖、潰瘍の保護、血管の塞栓を生体注入ゲルで行うことが求められる場合がある。カテーテル経由で薬液や材料を送達することが低侵襲治療にとって肝要であるが、固体状の材料をカテーテル経由で送達することは容易ではない。
【0003】
臨床で用いられるゲル化能を有する製剤としては、生体接着剤と呼ばれる(生体シーラントや組織接着剤とも呼ばれる)、架橋剤と高分子の反応を用いた製剤や、モノマーの重合反応を用いた製剤がある(特許文献1等)。短時間にゲル化して生体組織と結合する機能を有するが、製剤を調合した後すぐにゲル化が開始するため、カテーテルのような長い細管を通して送達する用途にとって不向きである。従って、内視鏡的に行われることが多い生体組織孔閉鎖、潰瘍の保護及び血管塞栓療術に利用することが難しい。
【0004】
また、架橋剤を用いずに、高分子の自己組織化(疎水性相互作用や静電的相互作用など)によってゾル‐ゲル転移を生じる生体注入ゲルも報告されている(特許文献2~4等)。体温に応答してゲル化するため、例えばカテーテル経由での送達が容易になる等の利点があるが、弱く不安定であり、生体組織への定着性が低く、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護及び血管塞栓療術に利用することが難しい。
【0005】
さらに、生体シーラント剤もしくは止血剤として汎用されている製剤として、生体反応の1つであるフィブリノーゲンとトロンビンの架橋反応を用いたフィブリングルーがある。薬液混合後のゲル化時間が長いためカテーテル経由での送達が可能で止血効果を有するが、ゲル化に体温応答性がないため、局所的に再現性良くゲルを形成させることが難しい。たとえ局所的にゲルを形成できたとしても、ゲルの強度が弱いため、ポリグリコール酸シートなどの保護シートと併用しなければ安定な潰瘍被覆を形成できない(非特許文献1)。生体組織への接着力も極めて低く(特許文献5)、ゲルによる閉鎖、塞栓・閉塞、保護材としての安定性に欠ける。さらに、血液製剤の一種であることから安全性の面でもリスクが高く、C型肝炎等の感染が報告されている。
【0006】
一方、本発明者は、特定のコラーゲン/ゲニピン混合水溶液について、コラーゲンが体温付近の温度で線維化し、その後ゲニピン架橋が導入されるゲル化特性を有することを既に見出している(特許文献6)。また、特定のコラーゲン水溶液のゲル化速度を、無機塩濃度の調整により早めることができることも見出している(特許文献7及び非特許文献2)。しかしながら、これらの水溶液の特定の医療用途への有効性は知られていなかった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特許第4585743号公報
【文献】特許第5019851号公報
【文献】特表2008-505919
【文献】特開2014-221830
【文献】特開2007-325824
【文献】特開2014-103985
【文献】特開2016-077410
【非特許文献】
【0008】
【文献】Tsuji et al. Gastrointestinal Endoscopy Volume 79, Issue 1, Pages 151-155, 2014
【文献】Yunoki et al. Journal of Biomedical Materials Research Part A Volume 103, Issue 9, pages 3054-3065, 2015
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
以上のように、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護又は血管塞栓療術に利用できる、カテーテルによる送達に適した生体注入用ゲルはこれまで存在しなかった。また、カテーテルを経由してゾル状物質を送達し、ゾル-ゲル転移したゲルによる生体組織孔の閉鎖、潰瘍の保護、又は血管塞栓に成功したという事例はなかった。
【0010】
このような背景のもと、本発明は、生体組織孔閉鎖、潰瘍の保護、又は血管塞栓療術に利用できる、カテーテルによる送達に適した生体注入用ゾルを提供することを目的とする。
【0011】
上記課題に対し、本発明者らは、特定の濃度のコラーゲン、水、特定の濃度の塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、特定のpHを有するゾルが、貫通孔の閉鎖、潰瘍の物理的保護、及び血管塞栓に適する3つの特性である(1)カテーテルを通して生体外から生体内へと送達することが可能な長い流動性保持時間、(2)送達後すみやかにゲル化する鋭い体温応答性、及び(3)ゲル化したあとに硬化を生じ、生体組織に定着する性質を備え、生体組織孔の閉鎖、潰瘍の保護又は血管の塞栓を行うことができることを見出し、本発明を完成させた。
【0012】
すなわち、本発明は、以下のものに関する。
[1]
0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である生体組織孔閉鎖用ゾル。
[2]
0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である潰瘍保護用ゾル。
[3]
0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である血管塞栓療術用ゾル。
[4]
前記緩衝剤がリン酸塩を含む、[1]~[3]のいずれかに記載のゾル。
[5]
ゲニピン又はゲニピン誘導体を40mg/L~1400mg/Lの範囲で含有する、[1]~[4]のいずれかに記載のゾル。
[6]
コラーゲンが、テロペプチド除去型コラーゲンを含む、[1]~[5]のいずれかに記載のゾル。
[7]
1.4質量%~1.7質量%のコラーゲンを含有し、カテーテルを通して生体組織に局所投与される、[1]~[6]のいずれかに記載のゾル。
[8]
生体組織に接触するとゲル化して生体組織に付着する、[1]~[7]のいずれかに記載のゾル。
【0013】
本発明は、また、以下のものに関する。
[9] 生体組織に接触するとゲル化して生体組織に付着するゾルにより、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護又は血管塞栓を行うためのキットであって、
前記ゾルを形成するためのコラーゲン、塩化ナトリウム、緩衝剤及びゲニピンを含むキット。
[10]
生体組織に接触するとゲル化して生体組織に付着するゾルにより、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護又は血管塞栓を行うためのキットであって、
0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0であるゾル、並びに
ゲニピンを含むキット。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、カテーテルを通して送達可能なゾルにより、生体組織の貫通孔の閉鎖、潰瘍の保護又は血管の塞栓を行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】試験例1のブタ胃の穿孔閉鎖実験における、ブタ胃の穿孔形成(図1a)、コラーゲンゾル送達(図1b)、ゲル化(図1c)及び穿孔閉鎖(図1d)の様子を示す。
図2】試験例1のブタ胃の穿孔閉鎖実験における、摘除した胃のリーク試験の様子を示す。
図3】試験例1のブタ胃の穿孔閉鎖実験における、穿孔部を含むブタ胃組織のHE染色像を示す。
図4】試験例2のブタ結腸の穿孔閉鎖実験における、ブタ結腸の穿孔形成(図4a)、コラーゲンゾル送達(図4b)、ゲル化(図4c)及び穿孔閉鎖(図4d)の様子を示す。
図5】試験例2のブタ結腸の穿孔閉鎖実験における、摘除した結腸のリーク試験の様子を示す。
図6】試験例3のブタ胃の穿孔閉鎖実験における、ブタ胃の穿孔形成(図6a)、コラーゲンゾル送達(図6b)、ゲル化(図6c)、穿孔閉鎖(図6d)、大きな穿孔の閉鎖(図6e)、及び生理食塩水をゲルに噴射してもゲルが破壊されなかった様子(図6f)を示す。
図7】試験例4のブタ胃のex vivo潰瘍保護試験の結果を示す。
図8】試験例5のコラーゲンゾルの動的粘弾性試験の結果を示す。ゲル化の体温応答性を評価した結果を図8aに示し、ゾル調合後30分までG’を追跡した結果を図8bに示す。
図9】試験例6のコラーゲンゾルの動的粘弾性試験の結果を示す。異なるNPB濃度のゾルのゲル化挙動を図9aに示し、37℃到達後のゲル化時間をNPB濃度に対してプロットした結果を図9bに示す。
図10】試験例7の、ゲルの貫入試験結果を示す。ゲニピン濃度が異なるゲルの、応力‐歪曲線を図10aに示し、弾性率を図10bに示す。
図11】試験例8の、粘度測定の結果を示す。
図12】試験例9の、比較例1のコラーゲンゾルを用いたブタ胃の穿孔閉鎖実験の結果を示す。
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を実施するための形態(以下、単に「本実施形態」ともいう。)について詳細に説明する。以下の本実施形態は、本発明を説明するための例示であり、本発明をこの本実施形態のみに限定する趣旨ではない。
【0017】
本実施形態のゾル(ゾル組成物、医薬組成物)は、0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である。
【0018】
本実施形態のゾルが含有するコラーゲンは、特に限定されないが、室温付近での線維化が進み難いテロペプチド除去型コラーゲンであることが好ましく、実質的にテロペプチド除去型コラーゲンからなることがより好ましい。テロペプチド除去型コラーゲンは、コラーゲン分子が両末端に有するテロペプチドを、タンパク質分解酵素により酵素的に分解除去したものであり、例えば、コラーゲン分子が両末端に有するテロペプチドをペプシン消化により分解除去されたものである。また、テロペプチド除去型コラーゲンの中でも、医療機器の原料として承認されている哺乳類由来のテロペプチド除去型コラーゲンが好ましく、既に臨床応用され、熱安定性に優れるブタ皮由来のテロペプチド除去型コラーゲンがより好ましく用いられる。テロペプチド除去型コラーゲンはアテロコラーゲンの別称で市販されており、容易に入手することができる。
【0019】
コラーゲンは、線維形成能を有するコラーゲン(線維形成コラーゲン)であれば特に限定されない。線維形成コラーゲンの中でも、骨、皮膚、腱、及び靭帯を構成するコラーゲンであるタイプI、軟骨を構成するコラーゲンであるタイプII、タイプIコラーゲンで構成される生体組織に含まれるタイプIIIなどが、入手のしやすさ、研究実績の豊富さ、あるいは製造したゲルを適用する生体組織との類似性の観点から好ましく用いられる。コラーゲンは常法により生体組織から抽出・精製して得てもよく、市販品を入手してもよい。コラーゲンは各タイプが精製されたものでも、複数のタイプの混合物でもよい。
【0020】
コラーゲンの変性温度は、32℃以上であると好ましく、35℃以上であるとより好ましく、37℃以上であると更に好ましい。変性温度が32℃以上であることにより、ゾルの室温での流動性をより長く維持することが可能になると共に、生体内でのコラーゲンの変性が起こりにくくなる。コラーゲンの変性温度の上限は特に限定されないが、50℃以下であると好ましく、45℃以下であるとより好ましく、41℃であると更に好ましい。変性温度が上記上限値以下であることにより、生体組織に接触した際のゲル化をより速やかに進行させることができる。コラーゲンの変性温度は、常法、すなわちコラーゲン水溶液の温度上昇に伴う円偏光二色性、旋光度、又は粘度の変化によって測定される。コラーゲンの変性温度は、上記数値範囲内の変性温度を有するコラーゲンを選択することにより調整してもよい。
【0021】
本実施形態のゾルは、コラーゲンと水を含有するコラーゲン水溶液を含むゾルであり、投与した部位において局所的にゲル化させるためのゾル滞留性の観点から、コラーゲン濃度が高いゾルが望ましい。コラーゲン濃度が低すぎるとゾルの粘度が低下し、ゲル化前にゾルが導入部位から散逸することがある。加えて、ゾルのコラーゲン濃度が高い方が、ゲル化後のゲルの硬さが向上するため、組織貫通孔、血管塞栓等を確実に行うという観点からも、コラーゲン濃度が高いゾルが望ましい。
一方、カテーテルを経由して本実施形態のゾルを投与するという観点からは、コラーゲン濃度が低いゾルが望ましい。カテーテルの径や長さにも依存するが、コラーゲン濃度が高くなるにつれてゾルの粘度が高くなり、押し出し抵抗が増加し、投与が困難になることがある。
以上の観点から、本実施形態のゾルにおいて、コラーゲンの濃度はゾルの全量を基準として、0.6質量%~3.0質量%であり、0.8質量%~2.2質量%であると好ましく、1.4質量%~1.7質量%であるとより好ましく、1.4質量%~1.6質量%であると特に好ましい。
【0022】
本実施形態のゾルは、無機塩である塩化ナトリウムを所定濃度含むことにより、生体組織に接触した際にコラーゲンの線維化が加速され、体温に応答して速やかにゲル化する。
【0023】
ゾルに含まれる塩化ナトリウムの濃度は、生理的塩濃度(140mM)よりも高い200mM~330mMの範囲で適宜調整することができ、220mM~310mMであると好ましく、例えば280mM前後とすることができる。塩化ナトリウム濃度が生理的塩濃度未満の場合、体温に応答したコラーゲンの線維化に長い時間を要することがある。一方、塩化ナトリウム濃度が330mMを超えると、カテーテル内でゾルが流動性を失いやすくなることがある。塩化ナトリウムの濃度をこのような範囲にすることにより、カテーテル内でのゾルの流動性を保持しながら、体温に応答して速やかにゲル化することが可能となる。
【0024】
本実施形態のゾルのpH(23℃におけるpH。特筆しない限り本明細書全体において同様。)は、6.0~9.0であり、6.5~8.0がより好ましい。コラーゲンの線維化は中性付近で活発に生じることが知られている。pHを所定の範囲内とすることにより、コラーゲンの線維化をより促進することができる。pHの調整は、常法により可能であり、例えば、ゾルに含まれる無機塩の濃度、好ましくは塩化ナトリウム及びリン酸水素ナトリウムの濃度の制御や、塩酸や水酸化ナトリウムなどの強酸、及び/又は強アルカリの添加により、pHを調整することが可能である。pHは公知のpHメータ(例えば、HORIBA社製、商品名「NAVIh F-71」)により測定することができる。
【0025】
また、本実施形態のゾルは、pHを維持する等の目的のため、緩衝剤を含有する。緩衝剤としては、ゾルが所望の特性を有する限り特に限定されないが、例えばリン酸塩、酢酸塩、ホウ酸塩、HEPES、トリス等を用いることができる。リン酸塩としては、リン酸ナトリウム、リン酸水素ナトリウム(リン酸二水素ナトリウム及びリン酸水素ニナトリウムの総称)、及びリン酸水素カリウム(リン酸二水素カリウム及びリン酸水素二カリウムの総称)等を用いることができる。酢酸塩としては酢酸ナトリウム等を用いることができ、ホウ酸塩としてはホウ酸ナトリウム等を用いることができ、それぞれ水酸化ナトリウム等によるpH調節と合わせて用いることができる。また、上記の塩化ナトリウムと緩衝剤を合わせた、塩化ナトリウム含有リン酸緩衝液(NPB)等の緩衝液を用いてもよい。
これらの緩衝剤のうち、リン酸塩及びこれを含むNPBが特に好ましく用いられる。リン酸塩は、コラーゲンの線維化が活発に生じるpH6~9での緩衝能に優れ、リン酸緩衝生理食塩水など細胞洗浄液にも含まれるように生体への安全性が確認されているという利点がある。
【0026】
緩衝剤の濃度はpHが所望の範囲に維持され、ゾルが所望の特性を有する限り特に限定されない。
pH緩衝効果を十分に発揮する観点から、緩衝剤濃度を5mM以上とすることができる。一方、緩衝剤濃度が高くなると、調剤前に緩衝液中の塩が析出する場合、あるいはイオン強度が高くなりすぎてゾル使用時に組織障害性を惹起する場合があるため、緩衝剤濃度を140mM以下とすることができる。緩衝剤濃度は、10mM超120mM未満であると好ましく、例えば20mM~110mMとすることができ、30mM~100mMであるとより好ましい。緩衝剤濃度をこのような範囲にすることにより、ゾルのpHを6.0~9.0の範囲内に維持することが容易になり、カテーテル内でのゾルの流動性を保持しながらカテーテルを介した送達後は体温に応答して速やかに送達場所でゲル化するという本実施形態のゾルの効果を発揮しつつ、塩の析出や組織障害性を抑えることが可能となる。
【0027】
上記ゾルは、生体組織に接触すると、体温に応答してゲル化する。このゲルの強度を高める観点及び生体組織への付着性を高める観点から、上記ゾルは架橋剤を含むものであってもよい。架橋剤は特に限定されず、1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いることもできるが、架橋剤そのものの細胞毒性が低いとされている植物由来のゲニピン、あるいは架橋剤がコラーゲン分子間に挿入されないため水洗で除去される1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド(以下、「EDC」と表記する。)とその架橋助剤であるN-ヒドロキシスクシンイミド(NHS)などが好ましく用いられる。ゲニピンはゲニポシドのアグリコンであり、例えば、ゲニポシドの酸化、還元及び加水分解により得られ、あるいは、ゲニポシドの酵素加水分解によって得られる。ゲニポシドは、アカネ科のクチナシに含まれるイリドイド配糖体であり、クチナシから抽出して得られる。ゲニピンは、C11145の分子式で表され、常法により合成してもよく、市販品を入手してもよい。また、ゲニピンは、本実施形態のゾルの所望の特性を阻害しない程度に、その架橋効果を確保する範囲で、誘導体化されていてもよい。ゲニピンの誘導体としては、例えば、特表2006-500975号公報に記載のものを用いることができる。また、本明細書中において、ゲニピンはゲニピンの重合体も含む。ゲニピンは種々の条件で重合することが知られており、その重合条件・方法についてはとくに限定されないが、例えば強アルカリ条件下でアルドール縮合によって重合させる方法(Mi et al. Characterization of ring-opening polymerization of genipin and pH-dependent cross-linking reactions between chitosan and genipin. Journal of Polymer Science: Part A: Polymer Chemistry, Vol.43, 1985-2000 (2005))を用いることができる。
EDCは水溶性カルボジイミドの一種であり、水溶性カルボジイミドであればその種類を問わず架橋剤として用いることができるが、その中でも、安価かつ安全性が高いEDCが特に好ましく用いられる。水溶性カルボジイミドは1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。また、EDCは単独で用いてもよいし、NHSと混合して用いてもよい。EDCによる架橋反応はNHSの混合によって促進されることが知られている。
【0028】
本実施形態のゾルがゲニピンを含有する場合、ゲニピン濃度は患部送達までゾルの流動性を保持する観点から、1800mg/L以下とすることができ、40mg/L~1400mg/Lが好ましく、例えば100mg/L~1000mg/Lとすることができる。ゲニピン濃度をこのような範囲とすることにより、カテーテル内でのゾルの流動性を保持しながら、ゲル強度を架橋により増強することができる。
【0029】
また、本実施形態のゾルには、従来のコラーゲン水溶液に用いられる各種の溶媒及び添加剤が更に含まれてもよい。そのような溶媒及び添加剤としては、例えば、希塩酸、クエン酸、酢酸などの酸が挙げられる。
【0030】
上記添加剤及び溶媒は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。また、ゾルにおける上記添加剤及び溶媒の含有割合は、本実施形態のゾルの所望の特性を阻害しない範囲であれば特に限定されない。
【0031】
本実施形態のゾルは、内視鏡治療、IVR治療等のカテーテルを用いた低侵襲治療において有用であり、特に、生体組織に生じた貫通孔の閉鎖、潰瘍の保護及び血管の塞栓に有用である。
【0032】
例えば、EMR(内視鏡的粘膜切除術)やESD(内視鏡的粘膜下層剥離術)などの内視鏡治療において、偶発症としての穿孔の発症が問題となっている。穿孔の閉鎖はクリッピングで行われるが、数個のクリップを1つずつスコープ経由で送達するため手間がかかり、また、穿孔を確実に閉鎖するためには内視鏡デバイスの高度な操作技術を要する。内視鏡治療後の潰瘍治癒の不良などによる後出血や遅発性穿孔なども報告されている。
【0033】
また、IVR治療では、血管塞栓療術が普及している。血管塞栓療術とは肝臓などの癌の治療と消化管や肺からの出血の止血を目的とし、動脈に挿入されたカテーテルを介して塞栓材を血管内に送り込む手技である。具体的には、塞栓材が臓器内の病変部近傍へと送達され、癌病巣に栄養を供給する血管と、出血の原因となる血管へ、それぞれ送達されて血流を遮断する方法である。塞栓材に従来用いられているゼラチンスポンジは患部のサイズに合わせてカットする必要があり、そのサイズが不適合な場合は塞栓が達成されないという問題もある。また、コイルも塞栓材に使用されるが、高価であり、一度送達されたものは永久に体内に残る。
【0034】
本実施形態のゾルは、カテーテルを通して生体組織に投与可能な長い流動性保持時間、送達後に生体温度で速やかにゲル化する体温応答性、及びゲル化したあとに生体組織に接着する特性を備えるため、上記のような用途において特に有用であり、より具体的には、ESDやEMRなどの内視鏡治療の際に形成される潰瘍部の保護(これに伴う潰瘍部の修復を含む)、クリッピング操作を容易に行うための一時的閉鎖も含めた穿孔部の閉鎖、IVR治療時の血管塞栓等において有用である。
【0035】
従来の生体接着剤は、調合後すみやかに粘度が上昇し1分前後にはゲル化に至るものであったが、本実施形態のゾルは、カテーテルを通して生体組織に投与可能な長い流動性保持時間(例えば、室温で10分間)を有し、例えば、内径2.2mm、全長2.8mのカテーテルを経由して、例えば内視鏡や透視画像下で送達することができる。なお、本実施形態において、カテーテルを通した投与には、噴霧用カテーテルを用いた投与も含まれる。投与に用いるカテーテルの内径及び長さは、投与部位やゾルの粘度等に応じて適宜変更することができるが、例えば内径0.5mm~2.8mm、長さ1m~3mのカテーテルを用いることができる。本実施形態のゾルは、内径が小さいカテーテル(例えば内径0.5mm~2.5mm)や、長いカテーテル(例えば、長さ1.5m~3m)を用いても生体組織に投与可能であるという特性を有する。
【0036】
本実施形態のゾルの粘度は、カテーテルの孔径に応じて適宜調整可能であるが、例えば、せん断速度1s-1において23℃で計測される粘度が0.2Pa・s~52Pa・s、好ましくは、2Pa・s~20Pa・s、より好ましくは5Pa・s~12Pa・sである。上記の範囲の粘度であることにより、投与中は流動性を有し、かつ、投与後は患部に滞留して所望の位置にゲル形成を行うことができる。粘度の測定は、後述の実施例に例示するとおり、日本工業規格(JIS)K7117-2に記述される円錐‐平板システムを用いて、せん断速度を制御できる公知のレオメーターを用いて行うことができる。本実施形態のコラーゲンゾルのような高分子溶液は非ニュートン流体であり、計測時のせん断速度が増加すると粘度が低下し、ある粘度値へと収束する。したがって、本実施形態のゾルの粘度は、粘度の違いが明瞭に観察される低せん断速度において、具体的にはせん断速度1s-1で計測される粘度として記述される。
【0037】
上記のとおりカテーテルを通して生体組織に投与後、本実施形態のゾルは、生体温度(体温)で速やかにゲル化を開始して局所的にゲルを形成し、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護及び血管塞栓を行うことができる。ゲル化は、通常、投与後37℃に到達してから5分以内に起こる。形成されるゲルの強度は、特に限定されないが、例えば後述の実施例に記載の圧縮試験又は貫入試験等により決定される弾性率として10kPa~200kPaの範囲が望ましく、好ましくは20kPa~100kPaの範囲である。弾性率が小さすぎると、ゲルが容易に変形し、生体組織孔の閉鎖や血管塞栓が破たんする場合がある。ゲル周囲の生体組織を大幅に超える弾性率を示す場合、生体組織が歪んだ場合に弾性率の違いによってゲル‐生体組織の接着が破たんする場合がある。
【0038】
上記のとおり、局所的にゲルを形成する際、まずは生体組織上でコラーゲンが線維化(自己組織化の一種)してゲルを形成する(一次ゲル化)。ゲニピン等の架橋剤をゾルが含有している場合、コラーゲン線維ゲルに架橋が導入され(二次ゲル化)、ゲルの強度が高くなるとともに、コラーゲンと生体組織との間を化学的により強固に接着する。
本実施形態のゾルは、生体組織の粘膜下層に浸透し、定着することができる。
以上の特性により、本実施形態のゾルは、流動が生じる生体内で局所的に再現性よく、穿孔を閉鎖し、血管を塞栓するほどの組織定着性と強度を備えたゲルを形成することができる。形成されたゲルは、安全性及び生体適合性に優れた成分組成のゲルであり、通常のコラーゲンの場合と同様、徐々に加水分解、酵素分解等の作用を受ける。
【0039】
本実施形態のゾルは、投与対象の患部の状態に応じて、更に薬剤を含んでもよい。そのような薬剤としては、従来のインジェクタブルゲルに含有させられるものであれば特に限定されず、例えば、生理活性を有するペプチド類、蛋白類、その他の抗生物質、抗腫瘍剤、ホルモン剤などが挙げられる。薬剤は1種を単独で又は2種以上を組み合わせて用いられる。また、薬剤の含有割合は、その薬剤の効能を発揮しつつ、本実施形態のゲルの所望の特性を阻害しない範囲であれば特に限定されない。
【0040】
本実施形態はまた、生体組織に接触するとゲル化して生体組織に付着するゾルにより、生体組織孔閉鎖、潰瘍保護又は血管塞栓を行うためのキットにも関する。
一態様において、前記キットは、前記ゾルを形成するためのコラーゲン、塩化ナトリウム及び緩衝剤を含み、所望によりゲニピン、ゾル投与用のカテーテル等をさらに含む。キットに含まれる各成分は溶液の状態であってもよいし、乾燥状態でキットに含まれる成分を使用前に適宜溶解してゾルを形成してもよい。
一態様において、前記キットは、0.6質量%~3質量%のコラーゲン、水、200mM~330mMの塩化ナトリウム及び緩衝剤を含有し、pHが6.0~9.0である生体組織孔閉鎖用ゾルと、ゲニピンを含むキットであってもよい。
【実施例
【0041】
以下、実施例及び比較例に基づいて本実施形態をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例及び比較例に限定されるものではない。
【0042】
〔コラーゲン溶液の準備〕
濃度1.0質量%のブタ皮膚製コラーゲン溶液(テロペプチド除去型コラーゲン、日本ハム株式会社製、コラーゲンの変性温度:40℃)をコラーゲン原液として準備した。エバポレーター(水溶温度:29℃)を用いてコラーゲン溶液を濃縮し、濃度2.4質量%のコラーゲン溶液を得た。これを15mL遠心チューブもしくは50mL遠心チューブに小分けし、冷蔵庫に保管した。
【0043】
〔ゲニピン水溶液の準備〕
ゲニピン(和光純薬工業株式会社製)を純水に溶解し、濃度24mM(5430mg/L)のゲニピン水溶液を調製した。これを純水で希釈し、異なる濃度のゲニピン水溶液を調製した。
【0044】
〔NPBの準備〕
濃度50mMのリン酸水素二ナトリウム水溶液(140mMの塩化ナトリウム含有)及び濃度50mMのリン酸二水素ナトリウム水溶液(140mMの塩化ナトリウム含有)を、純水を溶媒として調製した。これらをpHメータ(HORIBA社製、商品名「NAVIh F-71」)により測定しながら攪拌・混合し、pH7.0の140mM塩化ナトリウム含有50mMリン酸緩衝液を調整し、これを1×NPBと定義した。なお、実施例全体において、特筆しない限り、pHは上記pHメータを用いて23℃で測定した。同様の操作により12×NPB(pH7.0の1.68M塩化ナトリウム含有0.6Mリン酸緩衝液)を調製し、純水で希釈して異なる倍数のNPB(n×NPB)を調製した。
【0045】
〔実施例1〕
〔a.コラーゲンゾルの調製:動物実験以外に用いる場合〕
上記のようにして準備した、15mL遠心チューブに入ったコラーゲン溶液6gを、クラッシュアイスを満たした発泡スチロール容器内に静置した。チューブ内には撹拌を促進するためのマグネティックスターラー(10.8g、内径10mm×39mm)を収容した。次いで、4℃冷蔵庫内に静置したゲニピン水溶液2mL及び室温に静置した10×NPB2mLをマイクロピペットで吸い上げ、コラーゲン溶液の入った遠心チューブに添加して、その遠心チューブを激しく振り混ぜて撹拌した。およそ30秒間で撹拌の後の遠心チューブを遠心分離機の所定位置にセットして、3200rpm、1.5分間の条件で遠心分離を行い、気泡を液上面に集め、1.44%コラーゲンゾル(溶媒、2×NPB;ゲニピン濃度、4mM(905mg/L))を得た。
〔b.コラーゲンゾルの調製:動物実験に用いる場合〕
上記のようにして準備した、50mL遠心チューブに入ったコラーゲン溶液12gを、クラッシュアイスを満たした発泡スチロール容器内に静置した。チューブ内には撹拌を促進するためのマグネティックスターラー(10.8g、内径10mm×39mm)を収容した。次いで、同じくクラッシュアイスを満たした容器内に静置した20mMゲニピン水溶液4mL及び室温に静置した10×NPB4mLをマイクロピペットで吸い上げ、コラーゲン溶液の入った遠心チューブに添加して、その遠心チューブを激しく振り混ぜて撹拌し、1.44%コラーゲンゾル(溶媒、2×NPB;ゲニピン濃度、4mM(905mg/L))を得た。これを実施例1のブタ胃穿孔閉鎖実験用として用いた。
【0046】
〔実施例2〕
コラーゲン濃度を1.44%から1.6%に高めたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調合した。
〔実施例3〕
NPB濃度を2×NPBから1.8×NPBに低下させたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調製した。
〔実施例4〕
NPB濃度を2×NPBから1.6×NPBに低下させたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調製した。
〔実施例5〕
ゲニピン濃度を4mMから2mM(452mg/L)に低下させたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調製した。
参考例
ゲニピンを含まないことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調合した。
【0047】
〔比較例1〕
実施例1のコラーゲンゾルのNPB濃度を2×NPBから2.4×NPBに高め、ゲニピン濃度を4mMから8mM(1810mg/L)に高めたコラーゲンゾルを調製した。
〔比較例2〕
NPB濃度を2×NPBから1×NPBに低下させたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調製した。
〔比較例3〕
NPB濃度を2×NPBから1×NPBに下げ、コラーゲン濃度を1.44%から0.5%に下げたことを除き実施例1と同じ組成のコラーゲンゾルを調製した。
【0048】
〔試験方法〕
〔ブタ胃の穿孔閉鎖実験〕
SPFブタ(体重30kg)を用いて急性の穿孔閉鎖実験を行った。全身麻酔下、ブタ胃に対して生理食塩水を粘膜下に局注し、膨隆形成した仮想病変に対して、ESD専用ナイフを用いてESDを実施した。形成された潰瘍底に対し、内径5mmの穿孔を作製した。脱気による胃の虚脱を確認後、すみやかにコラーゲンゾルをカテーテル(全長2400mm;製品名:ファインジェット S2825(株式会社トップ);内径:2.2mm;先端100mmをハサミで切断)経由で穿孔部に送達した。送気によって胃が拡張されることを確認した後、1時間安静にし、ブタを安楽死させた後に胃を摘除した。胃の幽門を鉗子で閉鎖して、噴門から水を注入して胃を水で満たすリーク試験を実施した。リーク試験後、穿孔部を含む箇所を切除・固定化してヘマトキシリン‐エオジン(HE)染色による組織観察に供した。
【0049】
〔ブタ結腸の穿孔閉鎖実験〕
SPFブタ(体重30kg)を用いて急性の穿孔閉鎖実験を行った。全身麻酔下、ブタ結腸に対して、ESD専用ナイフを用いて内径5mmの穿孔を作製した。脱気による結腸の虚脱を確認後、すみやかにコラーゲンゾルをカテーテル(〔ブタ胃の穿孔閉鎖実験〕と同様)経由で穿孔部に送達した。送気によって結腸が拡張されることを確認した後、1時間安静にし、ブタを安楽死させた後に結腸を切断、摘除した。切断された結腸の片側を鉗子で閉鎖して、一方の開口部から水を注入して結腸を水で満たすリーク試験を実施した。
【0050】
〔ブタ胃のex vivo潰瘍保護試験〕
内視鏡治療で生じる潰瘍のコラーゲンゲルによる被覆処置を模倣した、ブタ切除胃を用いたex vivo潰瘍保護試験を行った。約60×60mmのブタ切除胃に対し、23Gの針を用いて生理食塩水を粘膜下局注して膨隆を形成させ、切除胃の中央に手術用メスを用いて30×30mmの人工潰瘍を作製した。このように得られた試験片を、60°に傾斜させたアルミニウム板上に固定し、37℃、湿度70%に設定した孵卵器(Rcom Max 20;Autoelex社製)に設置した。赤外温度計(IT-545;堀場製作所製)を用いて試験片の表面温度が37℃に達したことを確認した後、18Gのシリンジニードルを用いて試験片の人工潰瘍部にコラーゲンゾル(3mL)を送達した。そのまま2時間静置し、コラーゲンのゲル化を完了させた。
人工潰瘍部に形成されたコラーゲンゲルの接着と厚みを評価するため、試験片を組織観察へと供した。試験片を4%パラホルムアルデヒド水溶液で固定し、20%スクロース水溶液で置換した後、4%カルボキシメチルセルロース水溶液で包埋した。これを-100℃で5分間凍結し、凍結ミクロトーム(CM3050S;ライカマイクロシステムズ社製)を用いて厚さ20μmの切片を作製した。得られた切片を風乾し、ヘマトリキシリン‐エオジン染色を施した。70%から99.5%へと段階的に濃度を増加させたエタノール水溶液で切片を洗浄し、封入剤(Eukitt;Kindler社製)で封入した後、正立顕微鏡(BX53; オリンパス社製)により観察した。
【0051】
〔動的粘弾性試験〕
〔粘度測定〕
動的粘弾性測定装置(HAAKE MARSIII;ThermoFisher Scientific製)を用いた回転モードにより、コラーゲンゾルの粘度を測定した。23℃に設定した内径60mmのダブルコーンセンサー(DC60/1Ti、コーン角度1°)にコラーゲンゾルを充填し、せん断速度1s-1の回転を開始した。各ステップの保持時間20sでせん断速度を段階的に100s-1まで増加させ、応力を計測し、せん断速度と応力から粘度を算出した。得られた粘度曲線(粘度vsせん断速度)からコラーゲンゾルの流動特性が非ニュートニアンであることを確認した後、せん断速度1s-1のときの粘度値を採用した。
〔動的粘弾性測定〕
動的粘弾性測定装置(粘度測定で用いたものと同様。)を用いた動的測定(振動モード)により、コラーゲンゾルの体温応答性のゲル化速度を計測した。23℃に設定したダブルコーンセンサーにコラーゲンゾルを充填し、せん断歪を制御した動的測定(周波数、1Hz;せん断歪、0.005)を開始した。5min経過後、温度を23℃から37℃まで30sかけて増加させ、そのまま37℃で保持した。全行程において貯蔵弾性率(G’)及び損失弾性率(G’’)の変化を追跡した。室温ではG’<G’’であった粘弾性特性が、装置温度が37℃に到達してからG’=G’’となるまでの時間をゲル化時間と定義した。
【0052】
〔ディッシュ上に作製したゲルの貫入試験〕
ゲル中央部にプローブを貫入させる力学試験により、コラーゲンゲルの力学特性を評価した。6wellバイオロジカルプレートに約3g/well(内径35mm)のコラーゲンゾルを加え、37℃の水浴に浮かべて加温した。30min経過後、乾燥を防ぐためにプレート全体をパラフィルムで覆い、37℃インキュベータに24h静置してゲル化を完了させた。テクスチャーアナライザー(TA.XTplus;Stable Microsystems社製)を用いて、得られたゲルの中央部に対し直径5mmのステンレス製円柱プローブを速度0.2mm/sで貫入させ、応力‐歪曲線を得た。応力‐歪曲線における歪0.005~0.04の直線領域の傾きから弾性率を算出した。
【0053】
〔試験例1〕
実施例1のコラーゲンゾルを用いて、試験方法に記載のブタ胃の穿孔閉鎖実験を行った。ブタ胃の穿孔形成、コラーゲンゾル送達、ゲル化及び穿孔閉鎖の様子を図1に示す。穿孔部のゾルがゲル化した直後に送気を行うと胃が拡張されたことで、穿孔部が閉鎖されたことが証明された。
摘除した胃のリーク試験の様子を図2に示す。閉鎖した2箇所の穿孔からの漏水は認められず、穿孔部の閉鎖が維持されていることが証明された。
穿孔部を含むブタ胃組織のHE染色像を図3に示す。穿孔部はゲルで栓をされるように閉鎖され、ゲルと組織が密着している様子が観察された。
【0054】
〔試験例2〕
実施例1及び2のコラーゲンゾルを用いて、試験方法に記載のブタ結腸の穿孔閉鎖実験を行った。ブタ結腸の穿孔形成、コラーゲンゾル送達、及び穿孔閉鎖の様子を図4に示す。穿孔部のゾルがゲル化した直後に送気を行うと結腸が拡張されたことで、穿孔部が閉鎖されたことが証明された。
摘除した結腸のリーク試験の様子を図5に示す。いずれのゾルを用いた場合も、閉鎖した2箇所の穿孔からの漏水は認められず、穿孔部の閉鎖が維持されていることが証明された。なお、実施例1のコラーゲンゾルを結腸穿孔閉鎖に用いた場合、穿孔部に生じる圧力差でゾルが腸外に流出し、うまく穿孔部にゲルを形成できない場合もあったが、実施例1(1.44%)よりもより濃度の高い実施例2のコラーゲンゾル(1.6%)を用いた場合には、穿孔部におけるゲル形成が、より容易であった。
【0055】
〔試験例3〕
実施例3のコラーゲンゾルを用いて、試験方法に記載のブタ胃の穿孔閉鎖実験を行った。試験例1と同様の方法で作製したブタ胃潰瘍底に対する穿孔形成、コラーゲンゾル送達、及び穿孔閉鎖の様子を図6に示す。穿孔部のゾルがゲル化した直後に送気を行うと胃が拡張されたことで、穿孔部が閉鎖されたことが証明された。生理食塩水をゲルに噴射してもゲルは破壊されなかった(図6)。
更に内径の大きな穿孔(内径10mm)を別の位置に作成し、同様にゲルで穿孔を閉鎖した(図6e)。生理食塩水をゲルに噴射してもゲルは破壊されなかった(図6f)。ゲルは破壊されなかった。穿孔周囲の潰瘍底に拡散・付着したゲルも、生理食塩水の噴射によって剥離せず、潰瘍を保護していることを確認した。実施例3のコラーゲンゾルは、実施例1及び2と同濃度のゲニピンを含み、ゲル化した際の強度が潰瘍保護に十分な強度と考えられた。
【0056】
〔試験例4〕
実施例1、実施例4、比較例2及び比較例3のコラーゲンゾルを用いて、試験方法に記載のブタ胃のex vivo潰瘍保護試験を行った。結果を図7に示す。傾斜させたブタ切除胃潰瘍部に実施例1及び実施例4のコラーゲンゾルを吹き付けた場合、粘膜下層表面には対照試験に類似したコラーゲンゲル層の形成を認めた。ゲル層の厚みは、実施例1のゾルを用いた場合は24±4mm(10点の平均値±標準偏差)、実施例4のゾルを用いた場合は20±2mm(10点の平均値±標準偏差)と計測された。
実際の手術において潰瘍部を下方に位置させられるとは限らない。もし下方に位置させられた場合、ゲル化するまでに時間があってもゾルは潰瘍底から散逸せずにゲル化する(図7の対照)。しかし、臨床では潰瘍部が胃の側方に位置する場合がよくある。本試験例の結果は、実施例のゾルが重力によって散逸しやすい側方潰瘍に対しても、速やかなゲル化によって潰瘍をゲル層で保護可能であることを示している。
一方、比較例2のコラーゲンゾルを用いた場合、コラーゲンゲル層が形成された部位とされない部位が生じ、形成されていた部位においてもゲル層の厚みは11±2mm(10点の平均値±標準偏差)まで減少した。NPB濃度を下げたことによりゾルに含まれる塩化ナトリウム濃度がPBSと同じ140mMまで低下し、コラーゲン線維化の体温応答性が低下したため(試験例5及び図8参照)、吹き付けたほとんどのコラーゲンゾルがゲル化前に潰瘍部から散逸してしまったと考えられた。
比較例3コラーゲンゾルを用いた場合、傾斜させたブタ切除胃潰瘍部にコラーゲンゾルを吹き付けると、コラーゲンゾルはゲル化前に潰瘍部から散逸し、組織切片からはゲル層の形成を確認できなかった。コラーゲン濃度の低下により、ゲルによる潰瘍保護が困難になると考えられた。
【0057】
〔試験例5〕
実施例1、実施例2及び比較例2のコラーゲンゾルの動的粘弾性試験を実施した。ゲル化の体温応答性を評価した結果を図8aに示す。
実施例1及び実施例2のコラーゲンゾルを用いた場合、装置温度を23℃に保持した最初の5分間にG’は変化せず、37℃に達した直後にG’は指数関数的に増加した。
一方、比較例2のコラーゲンゾルを用いた場合、コラーゲン線維化の体温応答性は低下した。これは、NPB濃度を下げたことによりゾルに含まれる塩化ナトリウム濃度がPBSと同じ140mMまで低下したためと考えられた。
次に、実施例1、実施例5及び参考例のコラーゲンゾル(それぞれ、ゲニピン4mM、2mM及び0mM)の動的粘弾性試験を実施した。計測開始から30分(装置温度が37℃に到達してから24.5分)までG’を追跡した結果を図8bに示す。ゲニピンの濃度の違いは、37℃到達直後の指数関数的なG’増加にはほとんど影響しなかったが、37℃到達後5minが経過したころから、ゲニピン濃度に依存してG’が徐々に増加した。一方、ゲニピンを添加しなかった場合、37℃に到達後7分でG’の増加はほぼ終了した。
図8に示したこれらの結果から、コラーゲンゾルが生体組織に接触してから速やかに生じるゲル化をコラーゲンの線維化が担い、このコラーゲン線維ゲルをゲニピンが徐々に架橋するという2段階の工程で強固なゲルが得られると考えられた。
【0058】
〔試験例6〕
コラーゲンの線維化によるゲル化とゲニピン架橋によるゲル化を分けて記述するため、ゲニピンを添加しない1.44%コラーゲンゾルである参考例のコラーゲンゾルのNPB濃度(2xNPB)を、1、1.4、1.6及び1.8(xNPB)に変化させて動的粘弾性試験を実施し、体温応答性の線維化によるゲル化挙動を調べた。結果を図9aに示す。等張液として汎用されるPBSに相当する1×NPBを用いた場合、装置温度が37℃に到達してから約5分間にG’の増加は観察されず、コラーゲンの線維化は遅かった。一方、NPB濃度を高めると、NPB濃度に依存して体温応答性のゲル化が加速した。37℃到達後のゲル化時間をNPB濃度に対してプロットした結果(図9b)からも、NPB濃度の増加によってコラーゲン線維化によるゲル化が加速したことがわかる。
【0059】
〔試験例7〕
実施例1及び参考例のコラーゲンゾル(それぞれ、ゲニピン濃度4mM及び0mM)並びにこれらのゾルのゲニピン濃度を0.2mM及び1mMとしたコラーゲンゾルを用いてディッシュ上に作製したゲルの貫入試験結果を図10に示す。得られた応力‐歪曲線の全体的な傾斜はゲニピン濃度とともに増加し、コラーゲンゲルの強度がゲニピンの添加により向上したことが示された。ゲニピン濃度が1mMから4mM(実施例1の濃度)にかけて傾斜の増加はほぼ頭打ちになった(図10a)。ゲニピンを含まない場合、ゲルは弱く脆かった。
一方、コラーゲンゲルの弾性率もゲニピン濃度とともに増加したが、4mMまで単調な増加を示した(図10b)。実施例1のゾル由来のゲル(ゲニピン濃度4mM)で得られた弾性率はゲニピンを含まない参考例のゾル由来のゲルに比べておよそ8倍高かった。
図10の結果から、ゲニピン濃度が1mMでは実施例1の4mMと同様のゲル強度が得られ、ゲニピンを添加していないゲルよりも4.0倍高い弾性率が得られることがわかる。従って、ゲニピンを添加することにより、ゲニピンを添加していないコラーゲンゾルよりも硬いゲルを穿孔部に形成できる。
【0060】
〔試験例8〕
参考例のコラーゲンゾル(コラーゲン濃度1.44%)のコラーゲン濃度を、0.5、0.9、1.2、1.8、及び2.06%に変更したゾルを調製し、動的粘弾性測定装置の回転モードによりせん断速度1s-1のときの粘度を測定した結果を図11に示す。
コラーゲン濃度が0.5%のときの粘度はわずか0.12(Pa・s)であったが、濃度を1.44%まで高めると粘度は6.56(Pa・s)まで増加し、濃度が2.06%になると粘度は19.4(Pa・s)に達した。このように、コラーゲンゾルの粘度はコラーゲン濃度に対して指数関数的に変化する性質があるため、コラーゲンゾルの消化管内での局所滞留性及びカテーテルのような細管への導入性という、相反する性質を満たすための濃度調節が重要である。
【0061】
〔試験例9〕
比較例1のコラーゲンゾルを用いて、ブタ胃の穿孔閉鎖実験を試みた。しかし、図12に示す通り、カテーテルから吐出されたゾルはすでにゲル化し(図12a)、ひも状にゲル化したコラーゲンは潰瘍底に付着することなく滑落した(図12b)。追加の吐出を行ったが、カテーテル先端からひも状コラーゲンゲルが吐出された(図12c及び12d)。
口腔及び食道を経由するように設置された内視鏡は体温により加温され、そこに挿入されたカテーテルも室温より高い温度まで加温される。高濃度のNPB及びゲニピンの使用によって体温応答性のゲル化が加速され過ぎたコラーゲンゾルの場合、患部への送達前にゲル化する場合があり、生体組織孔の閉鎖、潰瘍の保護及び血管塞栓用途には適していないと考えられた。
【表1】
※評価
A.In vivoブタ胃穿孔閉鎖
B.In vivoブタ結腸穿孔閉鎖
C.Ex vivoブタ胃潰瘍保護
D.ゲル化の体温応答性評価
E.ゲルの貫入試験
F.回転粘度測定
【産業上の利用可能性】
【0062】
本発明によれば、貫通孔の閉鎖、潰瘍の物理的保護及び血管塞栓に適する3つの特性である(1)カテーテルを通して生体外から生体内へと送達することが可能な長い流動性保持時間、(2)送達後すみやかにゲル化する鋭い体温応答性、及び(3)ゲル化したあとに硬化を生じ、生体組織に定着する性質、を備えたゾルにより、貫通孔の閉鎖、潰瘍の物理的保護及び血管塞栓を行うことができる。本発明は、医療分野における産業上の利用可能性を有する。
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