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特許7012952冷凍耐性及び低温発酵性を備える製パン用交雑酵母
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  • 特許-冷凍耐性及び低温発酵性を備える製パン用交雑酵母 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】冷凍耐性及び低温発酵性を備える製パン用交雑酵母
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/18 20060101AFI20220124BHJP
   A21D 2/08 20060101ALI20220124BHJP
   A21D 8/04 20060101ALI20220124BHJP
   A21D 13/00 20170101ALI20220124BHJP
【FI】
C12N1/18
A21D2/08
A21D8/04
A21D13/00
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2017157280
(22)【出願日】2017-08-16
(65)【公開番号】P2019033696
(43)【公開日】2019-03-07
【審査請求日】2020-08-12
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 公開者:公益財団法人北海道科学技術総合振興センター、掲載年月日:平成29年7月26日、掲載アドレス:https://www.noastec.jp/web/news/files/c0950692f1de61aeb120db6185cbf5be39699f1c.pdf https://www.noastec.jp/web/archive/adoption/files/H29-start.pdf
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02469
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02509
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02508
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人帯広畜産大学
(73)【特許権者】
【識別番号】000231981
【氏名又は名称】日本甜菜製糖株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100097825
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 久紀
(74)【代理人】
【識別番号】100137925
【弁理士】
【氏名又は名称】松本 紀一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100158698
【弁理士】
【氏名又は名称】水野 基樹
(72)【発明者】
【氏名】小田 有二
(72)【発明者】
【氏名】三雲 大
(72)【発明者】
【氏名】森谷 浩
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】特開2003-164252(JP,A)
【文献】国際公開第2007/026956(WO,A1)
【文献】特開2001-178449(JP,A)
【文献】特開2019-088199(JP,A)
【文献】特開平08-089236(JP,A)
【文献】特開2019-033737(JP,A)
【文献】仏国特許出願公開第02683123(FR,A1)
【文献】横山 愛,川上秋桜,山内宏昭,小田有二,2C23p06 Saccharomyces bayanus菌株のパン生地発酵力の改良,日本農芸化学会2017年度大会講演要旨集(オンライン),2017, March
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム(Saccharomyces bayanus var. uvarum) B35L1株(NITE P-02509)と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株(NITE P-02508)とを希少接合により交雑することを特徴とする、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する冷凍耐性及び低温高発酵性製パン用酵母の作出方法。
【請求項2】
小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地における炭酸ガス発生量が、30℃で2時間測定(パン生地10g)した場合に45mL以上となり、4℃では24時間測定(パン生地10g)した場合に15mL以上となり、かつ、小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地を30℃・湿度75%で1時間発酵後、-30℃で30分急速冷凍し、急速冷凍後-20℃で2時間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に120mL以上となり、急速冷凍後-20℃で21日間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に75mL以上となる、サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム(Saccharomyces bayanus var. uvarum) B35L1株(NITE P-02509)と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株(NITE P-02508)とを希少接合により交雑することを特徴とする、サッカロマイセス(Saccharomyces)属に属する製パン用酵母の作出方法。
【請求項3】
製パン用酵母サッカロマイセス(Saccharomyces)sp.HB35株(NITE P-02469)。
【請求項4】
請求項に記載の製パン用酵母を含有するパン生地。
【請求項5】
請求項に記載のパン生地を4~30℃で発酵させ、その後焼成することを特徴とする、パン類の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、製パン用酵母等に関するものである。詳細には、サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルムに属する菌株とサッカロマイセス・セレビシエに属する菌株の交雑により作出した、低温パン生地においても高い発酵力を有する冷凍耐性製パン用酵母、当該酵母を使用したパン類の製造方法等に関するものである。
【背景技術】
【0002】
焼きたてのパンを販売するオーブンフレッシュベーカリーにおいて、製品は様々な方式で製造されているが、その方式は大きく二つに分けることができる。ひとつは、小麦粉、水、砂糖、食塩、油脂、酵母等を混捏した生地を発酵後、焼成する工程を一気に行うスクラッチ方式であり、自家製パンができるものの、パン製造設備を全て揃えなければならない上に手間と時間がかかるという欠点がある。
【0003】
もう一つは、ベークオフ方式であり、工場において原料混合、生地調製、一次発酵、分割、成形後、急速冷凍された形態で届けられた冷凍パン生地を使う方法である。小規模の店舗内であっても、この冷凍パン生地を解凍して、その後の発酵、焼成工程を行うだけでパン類を製造することができるため、熟練した製パン職人は不要で、少量多品種のパン生産が可能であり、オーブンフレッシュベーカリーでは広く普及している。このような冷凍生地製パン法においては、パン生地中での凍結障害を受けにくい冷凍耐性を備えた製パン用酵母が使われている。
【0004】
また、スクラッチ方式の変法に相当するものとして冷蔵生地製パン法がある。一般的に、パン生地は27~30℃で数時間発酵させるが、この方法は5℃程度の冷蔵庫内でパン生地を12~48時間保存・熟成させた後で発酵し、焼成するというものである。
【0005】
通常の製パン用酵母では、5℃前後で長時間保存中のパン生地においてもゆっくりと発酵が進行して代謝活性が劣化することにより、発酵段階で十分な発酵ができず、焼成したパンの比容積が低下してしまう。そこで、この冷蔵生地製パン法では、低温ではパン生地発酵が抑制されて常温域になるとパン生地発酵力が回復するような低温感受性を備えた製パン用酵母が使用されている(特許文献1~3など)。さらに、パン生地中における冷凍耐性と低温感受性の両方の形質を兼ね備えた製パン用酵母も開発されている(特許文献4など)。
【0006】
一方、ベークオフ方式(冷凍生地製パン法)を採用している店舗などにおいては、冷凍パン生地の解凍から焼成までの時間を短縮して効率化を図らなければならず、使用する製パン用酵母には解凍中などの低温状態のパン生地においてもすばやくパン生地を発酵させるような形質が求められると言える。しかしながら、製パン業界では、上記のように低温においてパン生地発酵が抑制されるような製パン用酵母の形質のみが注目されており、これとは反対の低温パン生地発酵力が高い製パン用酵母は見当たらないのが現状である。
【0007】
このような技術背景において、常温域だけでなく低温域でもパン生地発酵力が高い、冷凍生地製パン法おいて有用な冷凍耐性製パン用酵母等の開発が当業界において必要とされていると考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開平7-246087号公報
【文献】特開2010-022322号公報
【文献】特開2013-172739号公報
【文献】特開平9-220086号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、常温域だけでなく低温域でもパン生地発酵力が高い冷凍耐性製パン用酵母、当該酵母を用いたパン類の製造方法等を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
上記目的を達成するため、本発明者らは鋭意研究の結果、サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム(Saccharomyces bayanus var. uvarum) B35L1株と、サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株とを希少接合により交雑することで、低温パン生地発酵力も高い冷凍耐性製パン用酵母を取得することができることを見出し、本発明を完成した。
【0011】
すなわち、本発明の実施形態は次のとおりである。
(1)小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地における炭酸ガス発生量が、30℃で2時間測定(パン生地10g)した場合に45mL以上となり、4℃では24時間測定(パン生地10g)した場合に15mL以上となり、かつ、小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地を30℃・湿度75%で1時間発酵後、-30℃で30分急速冷凍し、急速冷凍後-20℃で2時間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に120mL以上となり、急速冷凍後-20℃で21日間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に75mL以上となる、サッカロマイセス属に属する製パン用酵母。
(2)冷凍耐性及び低温高発酵性を兼ね備えた製パン用酵母サッカロマイセスsp. HB35株(NITE P-02469)。
(3)(1)又は(2)に記載の製パン用酵母を含有するパン生地(特に冷蔵パン生地又は冷凍パン生地)。
(4)(3)に記載のパン生地を4~30℃で発酵させ(例えば4~10℃の低温域から27~30℃の発酵温度帯まで昇温するのと並行して発酵させ且つ発酵温度帯に到達してからも発酵を続け)、その後(発酵終了後)焼成することを特徴とする、パン類の製造方法。
(5)サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム B35L1株(NITE P-02509)と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株(NITE P-02508)とを希少接合により交雑することを特徴とする、サッカロマイセス属に属する冷凍耐性及び低温高発酵性製パン用酵母の作出方法。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、通常の発酵温度帯だけでなく、低温状態のパン生地においてもすばやくパン生地を良好に発酵させる冷凍耐性製パン用酵母を取得することができ、当該酵母を用いることで、冷凍生地製パン法において冷凍パン生地の解凍から焼成までの時間をより短縮でき、パン類製造の更なる効率化を図ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1で行った交雑株取得の工程概略を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明においては、まず低温域(4~10℃程度)でのパン生地発酵力が高い冷凍耐性製パン用酵母作出のために、ワイン醸造用酵母として知られているサッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム NBRC10970株のリジン要求性変異株であるB35L1株と、冷凍耐性製パン用酵母として知られているサッカロマイセス・セレビシエ H24株のウラシル要求性変異株であるH24U1M株とを交雑する。
【0015】
このリジン要求性変異株B35L1株やウラシル要求性変異株H24U1M株の取得は定法により行えば良く、特段の限定はないが、例えば、UVや化学物質(エチルメタンスルホン酸(EMS)、N-メチル-N-ニトロソグアニジン(NTG)、亜硝酸等)などでNBRC10970株、H24株を変異処理した後に所定の選択培地(リジン要求性変異株の場合はα-アミノアジピン酸含有培地など、ウラシル要求性変異株の場合は5-フルオロオロチン酸含有培地など)で選択する方法などが例示される。そして、これら変異株を用いて希少接合(rare mating)により交雑を行う
【0016】
そして、このB35L1株とH24U1M株の希少接合による交雑により、HB35株などの冷凍耐性を兼ね備えた低温パン生地発酵力も高い製パン用酵母交雑株が容易に取得できる。そして、このHB35株は、この交雑により取得できた交雑株の中で極めて有用な製パン用酵母であり、以下に示すような菌学的性質を有する。
【0017】
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは4~6μm×6~8μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、7日培養すると2~4個の球形の胞子を形成する。
(B)生理的性質
温度20~37℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:+
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:+
(D)炭素源の資化性
グルコース:++
ガラクトース:++
L-ソルボース:-
スクロース:++
マルトース:++
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:+
メレジトース:-
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:+
グリセロール:++
エタノール:++
α-メチルグルコシド:++
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0018】
また、交雑親株であるB35L1株及びH24U1M株は、以下に示すような菌学的性質を有する。
【0019】
<B35L1株>
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは5~9μm×4~8μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、7日培養すると3~4個の球形の胞子を形成する。
(B)生理的性質
温度20~33℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:+
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:+
(D)炭素源の資化性
グルコース:++
ガラクトース:++
L-ソルボース:-
スクロース:++
マルトース:++
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:++
メレジトース:-
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:+
グリセロール:++
エタノール:++
α-メチルグルコシド:+
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0020】
<H24U1M株>
(A)形態学的性質
YPD液体培地(乾燥酵母エキス1.0%、ハイポリペプトン2.0%、グルコース2.0%)で30℃、1日間培養したときの細胞は球形又は楕円形で、大きさは4~6μm×3~5μmで、多極出芽する。また、YPD寒天平板培地で30℃、1日間培養したときのコロニーは淡褐色で、光沢がある。また、SPO寒天培地(酢酸カリウム1.0%、酵母エキス0.1%、グルコース0.05%、寒天2.0%)上で25℃、7日培養しても胞子の形成は認められない。
(B)生理的性質
温度20~35℃で生育する。
(C)糖の発酵性
グルコース:+
ガラクトース:+
スクロース:+
マルトース:+
ラクトース:-
ラフィノース:+
トレハロース:-
メリビオース:-
(D)炭素源の資化性
グルコース:++
ガラクトース:++
L-ソルボース:-
スクロース:++
マルトース:++
セロビオース:-
トレハロース:+
ラクトース:-
メリビオース:-
ラフィノース:+
メレジトース:+
イヌリン:-
可溶性デンプン:-
D-キシロース:-
L-アラビノース:-
D-アラビノース:-
D-リボース:-
L-ラムノース:-
リビトール:-
D-マンニトール:-
グリセロール:-
エタノール:++
α-メチルグルコシド:-
サリシン:-
コハク酸:-
クエン酸:-
ミオイノシトール:-
D-グルコサミン:-
【0021】
これらHB35株、B35L1株及びH24U1M株は、いずれも独立行政法人製品評価技術基盤機構・特許微生物寄託センター(〒292-0818 日本国千葉県木更津市かずさ鎌足2-5-8)に、HB35株は2017年(平成29年)5月11日付け、B35L1株及びH24U1M株は2017年(平成29年)7月14日付けで寄託されており、その受託番号は、それぞれNITE P-02469、NITE P-02509及びNITE P-02508である。
【0022】
そして、このような冷凍耐性を兼ね備えた低温パン生地発酵力も高い製パン用酵母交雑株を用いて、冷凍生地製パン法によりパン類を製造する。これに限定されるものではないが、製パン用酵母と小麦粉などの他の原料を混ぜ合わせて混捏しパン生地を作製した後、冷凍処理を行って冷凍パン生地とし、必要な場面でこの冷凍パン生地を解凍して27~30℃まで生地の昇温を行うのと共に(同時並行で)生地の発酵を行い、27~30℃に到達してからも必要であれば発酵を継続し、発酵終了後に焼成等を行う工程が例示される。本発明においては、パン生地の温度が4~27℃の状態でも発酵が一定程度以上進んでいること、及び、その後にパン生地が通常の発酵温度である27~30℃となっても十分に発酵が進むことが特徴である。
【0023】
なお、本発明において製パン用酵母の低温パン生地発酵力が高いという基準は、小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地における炭酸ガス発生量が、低温域の代表温度として、4℃で24時間測定(パン生地10g)した場合に15mL以上、好ましくは20mL以上となり、さらに通常の製パン用酵母発酵温度帯の代表温度として、30℃で2時間測定(パン生地10g)した場合に45mL以上となる発酵力を有し、且つ、この30℃でのパン生地発酵力に対するこの4℃でのパン生地発酵力の比率が40%以上であることを意味する。
【0024】
また、本発明において製パン用酵母の冷凍耐性の基準は、小麦粉100重量%当たり糖5重量%を含んでなるパン生地を30℃・湿度75%で1時間発酵後、-30℃で30分急速冷凍し、急速冷凍後-20℃で2時間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に120mL以上、好ましくは130mL以上となり、且つ、急速冷凍後-20℃で21日間冷凍保存した後の炭酸ガス発生量が、30℃で5時間測定(パン生地20g)した場合に75mL以上、好ましくは80mL以上となることを意味する。
【0025】
このようにして、優れた低温増殖能を備えるワイン醸造用酵母であるサッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルムに属する菌株のリジン要求性変異株であるB35L1株と、高いパン生地発酵力と冷凍耐性を兼ね備える製パン用酵母であるサッカロマイセス・セレビシエ H24株のウラシル要求性変異株であるH24U1M株との希少接合による交雑により、高い低温パン生地発酵力とパン生地中における冷凍耐性を兼ね備えた製パン用酵母菌株を作出でき、当該酵母菌株を用いることで、冷凍生地製パン法によるパン類製造の更なる効率化を図ることができる。
【0026】
以下、本発明の実施例について述べるが、本発明はこれらの実施例のみに限定されるものではなく、本発明の技術的思想内においてこれらの様々な変形が可能である。
【実施例1】
【0027】
(交雑株の取得)
本発明の交雑株は、次のような方法で取得した。
【0028】
独立行政法人製品評価技術基盤機構の微生物コレクションから入手したサッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム NBRC10970株から北本の方法(日本醸造協会誌,84[1],34-37,1989)によってリジン要求性変異株B35L1株を分離した。一方、冷凍生地用パン酵母菌株サッカロマイセス・セレビシエに由来して接合型aを示す一倍体菌株H24株から、北本の方法(日本醸造協会誌,84[12],849-853,1989)によってウラシル要求性変異株H24U1M株を分離した。
【0029】
次に、このB35L1株とH24U1M株を用いて、希少接合により交雑を行った。具体的には、この両株について、一白金耳分の菌体を試験管(直径1.8cm×長さ10.5cm)の中のYPD培地(乾燥酵母エキス:1.0%、ハイポリペプトン:2.0%、グルコース:2.0%、寒天:2.0%)3mlに接種し、30℃で振盪培養(150rpm)した。24時間後、培養液1mlを無菌的に遠心分離にかけて回収した菌体を滅菌水で2回洗浄した。この菌体を液体MM培地(Yeast nitrogen base without amino acids:0.67%、グルコース:2.0%)3mlに懸濁し、30℃で24時間、振盪培養(150rpm)した。この培養液0.03mlを別の新しい液体MM培地(最少液体培地)に接種し、同様に48時間振盪培養したところ、植菌直後は透明であった培養液は菌体の増殖により白濁した。この培養液中の増殖した酵母細胞をMM寒天平板培地上で画線接種することにより交雑株HB35株を純粋分離した。この交雑株取得の工程概略を図1に示した。
【実施例2】
【0030】
(パン生地発酵力確認試験)
実施例1で得られた交雑株HB35株の30℃及び4℃におけるパン生地発酵力を、NBRC10970株、H24株、交雑親株であるB35L1株とH24U1M株、及び、市販パン酵母分離株であるサッカロマイセス・セレビシエ HP467及びHP216株と比較確認するため、以下の試験を実施した。
【0031】
HB35株、NBRC10970株、H24株、B35L1株、H24U1M株、HP467株、HP216株の各菌株を、試験管中のYPD培地(乾燥酵母エキス:1.0%、ハイポリペプトン:2.0%、グルコース:2.0%)3mlで30℃、24時間往復振盪培養(150rpm)し、そのうちの0.6mlを300mlバッフル付き三角フラスコ中のYPS培地(バクト酵母エキス:2.0%、バクトペプトン:4.0%、KHPO:0.2%、MgSO・7HO:0.1%、NaCl:2.0%、アデカノールLG-294:0.05%、スクロース:2.0%)60mlに接種して30℃、24時間旋回振盪培養(150rpm)した。培養後の菌体は遠心分離で回収し、蒸留水で2回洗浄してから乾燥させた吸収板の上に数分間置いて培養湿菌体を得た。培養菌体の固形分は約30%になるが、一部を乾燥させて正確な数値を算出し、以下の実験では固形分33%に換算した重量として培養菌体を生地調製に使用した。
【0032】
各酵母について、小麦粉(強力)10g、スクロース0.5g及びNaCl0.2gを含む蒸留水5.5mlと、酵母菌体0.2gを含む懸濁液1.0mlを1分間混捏した。調製した低糖パン生地(小麦粉重量に対して5%スクロース及び2%NaClを含む)は2.4cm×20cmの試験管に入れ、発生する炭酸ガス量を飽和食塩水中のメスシリンダーに導いて、30℃では2時間、4℃では24時間当たりに発生する炭酸ガス発生量をパン生地発酵力としてそれぞれ測定した。これらの操作はすべて30℃又は4℃で行った。
【0033】
この結果を下記表1に示す。交雑株HB35株は、30℃でのパン生地発酵力が48.1ml/2h/10g小麦粉、4℃でのパン生地発酵力が22.1ml/24h/10g小麦粉であり、30℃でのパン生地発酵力に対する4℃でのパン生地発酵力の比率を算出すると45.9%になった。H24株、H24U1M株及びHP467株の30℃でのパン生地発酵力は44ml/2h/10g小麦粉以上と比較的高い値であったが、30℃でのパン生地発酵力に対する4℃でのパン生地発酵力の比率は25%未満であった。NBRC10970株及びB35L1株の30℃でのパン生地発酵力に対する4℃でのパン生地発酵力の比率は高かったが、これは30℃でのパン生地発酵力がその他の菌株の半分程度しかなかったために製パン用酵母菌株としての利用は不適であった。したがって、交雑株HB35株は他の菌株と異なり、30℃及び4℃の両方における高いパン生地発酵力を備えていることが明らかとなった。
【0034】
【表1】
【実施例3】
【0035】
(冷凍耐性確認試験)
実施例1で得られた交雑株HB35株の冷凍耐性を、市販パン酵母分離株であるサッカロマイセス・セレビシエ HP467株及びHP758株(冷凍耐性を備えた株)と冷凍生地を低温状態から発酵させる過程における炭酸ガス発生量の変化で比較確認するため、以下の試験を実施した。
【0036】
実施例2の方法で培養したHB35株、HP467株及びHP758株の各酵母菌体4.0g(固形分33%換算)、小麦粉(カメリア)200g、砂糖10.0g、食塩4.0g、ショートニング10.0g、アスコルビン酸溶液1.0ml(0.1mg/ml)及び蒸留水133mlをピンミキサーで3分間混捏し、捏ね上げたときの温度が21.0±1.0℃になるようにパン生地を調製した。これを直ぐに20gに分割して丸め、30℃、湿度75%で、1時間発酵後、-30℃、30分冷凍庫で急速凍結した。凍結させた生地は-20℃の冷凍庫に移し、適宜保存した。凍結生地は7、14及び21日後、各菌株につき3個を取り出してファーモグラフ(アトー株式会社)で炭酸ガス発生量を5時間測定した。なお、-20℃、2時間保存後に解凍したものを凍結0日目として測定した。
【0037】
この結果を下記表2に示す。交雑株HB35株の凍結0日目及び21日目のパン生地発酵力はそれぞれ136.6ml/5h/20gパン生地及び80.9ml/5h/20gパン生地であり、凍結0日目に対する凍結7日目のパン生地発酵力の比率を算出すると59.2%になった。この値は冷凍耐性を備えた株であるHP758株の71.1%よりは低いものの、冷凍耐性のないHP467株の38.3%より十分に高い値であった。したがって、交雑株HB35株はパン生地中における高い冷凍耐性を備えていることが明らかとなった。
【0038】
【表2】
【0039】
以上より、サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム B35L1株と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株とを希少接合によって交雑することにより、高い低温パン生地発酵力とパン生地中における冷凍耐性を兼ね備えた優れた製パン用酵母菌株を作出でき、当該菌株を適用することにより冷凍生地を使ったパン類生産を大幅に効率化できるようになることが示された。
【0040】
本発明を要約すれば、以下の通りである。
【0041】
本発明は、常温域だけでなく低温域でもパン生地発酵力が高い冷凍耐性製パン用酵母、当該酵母を用いたパン類の製造方法等を提供することを目的とする。
【0042】
そして、サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム B35L1株と、サッカロマイセス・セレビシエ H24U1M株とを希少接合により交雑することで、低温パン生地発酵力も高い冷凍耐性製パン用酵母の取得ができ、当該酵母を用いることで冷凍生地から効率的にパン類を製造できる。
【受託番号】
【0043】
本発明において寄託されている微生物の受託番号を下記に示す。
(1)サッカロマイセス(Saccharomyces)sp. HB35株(NITE P-02469)。
(2)サッカロマイセス・バヤヌス・バー・ウバルム(Saccharomyces bayanus var. uvarum) B35L1株(NITE P-02509)。
(3)サッカロマイセス・セレビシエ(Saccharomyces cerevisiae) H24U1M株(NITE P-02508)。
図1