(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】無電解ニッケル-リンめっき浴
(51)【国際特許分類】
C23C 18/36 20060101AFI20220124BHJP
【FI】
C23C18/36
(21)【出願番号】P 2016241891
(22)【出願日】2016-12-14
【審査請求日】2019-09-12
【審判番号】
【審判請求日】2021-02-16
(73)【特許権者】
【識別番号】591021028
【氏名又は名称】奥野製薬工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000796
【氏名又は名称】特許業務法人三枝国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中里 純一
(72)【発明者】
【氏名】長谷川 典彦
(72)【発明者】
【氏名】岩松 克茂
(72)【発明者】
【氏名】橋爪 佳
(72)【発明者】
【氏名】片山 順一
【合議体】
【審判長】粟野 正明
【審判官】市川 篤
【審判官】祢屋 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2008-274444(JP,A)
【文献】特開平01-201484(JP,A)
【文献】特開平05-065661(JP,A)
【文献】特開2004-100014(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C18/00-20/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
無電解ニッケル-リンめっき浴であって、
水溶性ニッケル化合物、還元剤、グリシン及びグルコン酸塩を含み、
還元剤が、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種であり、
還元剤の濃度が、0.1~15g/Lであり、
グリシンを1~30g/L、及びグルコン酸塩を1~30g/L含み、
グルコン酸塩に対するグリシンの質量比(グリシン/グルコン酸塩)が0.5~10であり、
硫黄化合物を実質的に含まないことを特徴とし、
はんだ濡れ性を有し、リン含有率が1~5質量%のめっき皮膜用である、
無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項2】
更に、割れが発生しないめっき皮膜用である、請求項
1に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
【請求項3】
請求項1
又は2に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴に被めっき物を接触させる工程を含む、無電解ニッケル-リンめっき方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、無電解ニッケル-リンめっき浴に関する。
【背景技術】
【0002】
無電解ニッケルめっきは、優れた皮膜特性を有し、さらに複雑な形状の物品等に対しても均一に皮膜を形成できることから、電子部品、自動車部品等の各種分野において幅広く利用されている。
【0003】
無電解ニッケルめっきとしては、めっき浴に含まれる還元剤の種類により、例えば、無電解ニッケル-リンめっき、無電解ニッケル-ホウ素めっきなどに分類されるが、還元剤として次亜リン酸塩などを含む無電解ニッケル-リンめっき浴が広く用いられている。無電解ニッケル-リンめっきは、めっき皮膜に含まれるリンの含有率(リン含有率)に応じて、低リン(リン含有率が1~5質量%程度)、中リン(リン含有率が6~9質量%程度)、及び高リン(リン含有率が10~13質量%程度)の3タイプに分類されることがある。無電解ニッケル-リンめっき皮膜におけるリン含有率に応じて皮膜特性が異なることから、各種用途に応じて適切なタイプのめっき皮膜が選択されている。
【0004】
また、リン含有率に応じて、無電解ニッケル-リンめっき皮膜の結晶構造が異なり、例えば、低リンタイプでは微結晶となり、高リンタイプではアモルファスの単一相となることが知られている。無電解ニッケル-リンめっき皮膜は、めっき皮膜形成後、硬度を向上させるために熱処理が行われるが、リン含有率が高い程、高温・長時間の処理が必要となる。熱処理を行うと、結晶構造変化が起こり、皮膜中にNi3Pが形成されることで皮膜硬度が向上するが、リン含有率が高いめっき皮膜の場合、構造変化に伴うNi3P相の相対的な析出量が多いため、割れが発生することがある。このようなめっき皮膜の割れを回避するため、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき浴が用いられている。
【0005】
また、リン含有率による分類の他、めっき浴に添加剤として硫黄化合物を含むか否かによって無電解ニッケルめっき浴を分類することがある。めっき浴に硫黄化合物が含まれる場合、析出速度の向上、付き回り性の向上などの利点を有する一方で、めっき皮膜の耐食性の低下や熱処理後の結晶粒界への硫黄偏析によるめっき皮膜の脆化等を引き起こす等の問題がある(非特許文献1参照)。
【0006】
従って、無電解ニッケルめっき皮膜の皮膜特性を重視して、硫黄化合物を含まない(硫黄フリー)無電解ニッケルめっき浴が用いられている。
【0007】
以上のような従来技術を踏まえ、低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケルめっき浴の開発が進められている(例えば、特許文献1~3等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2008-248318号公報
【文献】特開2013-014809号公報
【文献】特開2008-285752号公報
【非特許文献】
【0009】
【文献】大同特殊鋼技報「電気製鋼」,58巻,第2号,114-121頁
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明者らは、上記した従来技術を踏まえ、低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき浴を開発しようと鋭意研究を進める中で、低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき浴では、連続使用した場合にめっき浴の分解が起こり、浴安定性が悪いという問題点を見出した。通常、めっき浴を連続使用できるか否かは工業的にめっき浴を用いる場合に重視される要素であり、このような問題点を解決する必要性がある。
【0011】
本発明は、上記した問題点に鑑みてなされたものであり、連続使用した場合であってもめっき浴の分解が抑制された優れた浴安定性を有する低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき浴を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記した課題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果、驚くべきことに、無電解ニッケル-リンめっき浴に含まれる錯化剤として、特定の錯化剤を組み合わせて用いることにより、連続使用した場合のめっき浴の分解を顕著に抑制でき、浴安定性を格段に向上させることができることを見出した。さらに驚くべきことに、当該無電解ニッケル-リンめっき浴を用いて形成しためっき皮膜は、熱処理を行っても脆化が抑制されており、はんだ濡れ性が良好であるなど、良好な皮膜特性を有するものであることを見出した。
【0013】
即ち、本発明は、以下の項に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴、及び当該めっき浴を用いた無電解ニッケル-リンめっき方法を包含する。
項1.
水溶性ニッケル化合物、還元剤、グリシン及びグルコン酸塩を含む、無電解ニッケル-リンめっき浴。
項2.
グリシンを1~100g/L、及びグルコン酸塩を1~100g/L含む、上記項1に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
項3.
グルコン酸塩に対するグリシンの質量比(グリシン/グルコン酸塩)が0.5~10である、上記項1又は2に記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
項4.
還元剤が、次亜リン酸及び次亜リン酸塩からなる群から選択される少なくとも1種である、上記項1~3のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
項5.
硫黄化合物を実質的に含まないことを特徴とする、上記項1~4のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴。
項6.
上記項1~5のいずれかに記載の無電解ニッケル-リンめっき浴に被めっき物を接触させる工程を含む、無電解ニッケル-リンめっき方法。
【発明の効果】
【0014】
本発明によれば、連続使用した場合であってもめっき浴の分解が抑制された、優れた浴安定性を有する低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき浴を提供することができる。さらに、本発明によれば、熱処理を行っても脆化が抑制されており、はんだ濡れ性が良好であるなど、良好な皮膜特性を有する無電解ニッケル-リンめっき皮膜を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明について詳細に説明する。なお、本明細書において、「低リン」とはめっき皮膜に含まれるリン含有率が1~5質量%である場合を、「中リン」とはめっき皮膜に含まれるリン含有率が6~9質量%である場合を、「高リン」とはめっき皮膜に含まれるリン含有率が10~13質量%である場合を、それぞれ意味する。なお、リン含有率は、蛍光X線分析装置で測定した値である。
【0016】
1.無電解ニッケル-リンめっき浴
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、水溶性ニッケル化合物、還元剤、グリシン及びグルコン酸塩を含む。
【0017】
水溶性ニッケル化合物は特に限定されず、無電解ニッケルめっき浴に用いられる公知のニッケル化合物を用いることができる。例えば、硫酸ニッケル、塩化ニッケル、次亜リン酸ニッケル、炭酸ニッケル等の水溶性ニッケル無機塩;酢酸ニッケル、リンゴ酸ニッケル等の水溶性ニッケル有機塩などが挙げられる。水溶性ニッケル化合物は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。水溶性ニッケル化合物を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。
【0018】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における水溶性ニッケル化合物の濃度は、無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成できる範囲内であれば特に制限されず、例えば、ニッケル金属として、0.01~100g/L程度、好ましくは0.5~50g/L、より好ましくは1~10g/Lとすることができる。水溶性ニッケル化合物の濃度が、ニッケル金属として、0.01g/L未満であると析出速度が遅くなる場合があり、100g/Lを超えると浴安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0019】
還元剤は特に限定されず、無電解ニッケル-リンめっき浴に用いられる公知の還元剤を用いることができる。例えば、次亜リン酸、次亜リン酸塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等)などが挙げられる。還元剤は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。還元剤を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。
【0020】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における還元剤の濃度は、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成できる範囲内であれば特に制限されず、例えば、0.01~100g/L程度、好ましくは0.1~50g/L程度、より好ましくは5~35g/L程度とすることができる。還元剤の濃度が、0.01g/L未満であると析出速度が遅くなる場合があり、100g/Lを超えると浴安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0021】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、還元剤に対するニッケル金属の質量比(Ni/還元剤)が、0.05~5.0程度であることが好ましく、0.1~1.0程度であることがより好ましい。還元剤に対するニッケル金属の質量比を上記した範囲とすることにより、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を生産性良く形成することができる。特に、還元剤に対するニッケル金属の質量比が、0.05未満であるとめっき皮膜中のリン含有率が高くなり、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成することができない場合があり、5.0を超えると低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成できるものの、めっき皮膜の析出速度が低下し、生産効率が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0022】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、錯化剤として、グリシンとグルコン酸塩とを共に用いることを特徴とする。このように、特定の錯化剤を組み合わせて用いることにより、連続使用した場合であってもめっき浴の分解が抑制された、優れた浴安定性を有する低リン及び硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき浴とすることができる。
【0023】
グルコン酸塩としては、無電解ニッケルめっき浴に配合可能なものであれば特に限定されず、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩などが挙げられる。
【0024】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴におけるグリシンの濃度は特に限定的ではなく、例えば、0.01~100g/L程度、好ましくは0.1~50g/L程度、より好ましくは1~30g/L程度とすることができる。錯化剤の濃度が、0.01g/L未満であると浴安定性が低下する場合があり、100g/Lを超えると析出速度が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0025】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴におけるグルコン酸塩の濃度は特に限定的ではなく、例えば、0.01~100g/L程度、好ましくは0.1~50g/L程度、より好ましくは1~30g/L程度とすることができる。グルコン酸塩の濃度が、0.01g/L未満であると浴安定性が低下する場合があり、100g/Lを超えると析出速度が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0026】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、グルコン酸塩に対するグリシンの質量比(グリシン/グルコン酸塩)が、0.5~10程度であることが好ましく、0.75~6程度であることがより好ましい。グルコン酸塩に対するグリシンの質量比が、0.5未満であるとめっき皮膜におけるリン含有率が高くなり、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成することができない場合があり、10を超えるとめっき浴を連続使用した場合にめっき浴の安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0027】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、グリシンに対するニッケル金属の質量比(Ni/グリシン)が、0.05~5.0程度であることが好ましく、0.1~1.0程度であることがより好ましい。グリシンに対するニッケル金属の質量比を上記した範囲とすることにより、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を効率良く形成することができる。特に、グリシンに対するニッケル金属の質量比が、0.05未満であると低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成できるものの、めっき皮膜の析出速度が低下し、生産効率が低下する場合があり、5.0を超えると安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0028】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、上記した還元剤に加えて、無電解ニッケルめっき浴に用いられる還元剤(以下、「他の還元剤」と記載する。)を配合することができる。このような他の還元剤としては、ジメチルアミンボラン、ジエチルアミンボラン、トリメチルアミンボラン、水素化ホウ素ナトリウム、ヒドラジンなどが挙げられる。他の還元剤は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。他の還元剤を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における他の還元剤の濃度としては特に限定的ではなく、例えば、0.5~50g/L程度とすることができる。還元剤の濃度が、0.5g/L未満であると析出速度が遅くなる場合があり、50g/Lを超えると浴安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0029】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、上記した錯化剤に加えて、無電解ニッケルめっき浴に用いられる錯化剤(以下、「他の錯化剤」と記載する。)を配合することができる。このような他の錯化剤としては、ギ酸、酢酸等のモノカルボン酸又はこれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等);マロン酸、コハク酸、アジピン酸、マレイン酸、フマル酸等のジカルボン酸又はこれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等);リンゴ酸、乳酸、グリコール酸、クエン酸等のヒドロキシカルボン酸又はこれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等);エチレンジアミンジ酢酸、エチレンジアミンテトラ酢酸又はこれらの塩(例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、アンモニウム塩等);アラニン、アルギニン等のアミノ酸(但し、グリシンを除く。)などが挙げられる。錯化剤は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。錯化剤を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における他の錯化剤の濃度としては特に限定的ではなく、例えば、0.5~100g/L程度とすることができる。
【0030】
さらに、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、上記した成分の他、必要に応じて、無電解ニッケルめっき浴に用いられる公知の添加剤を配合することができる。添加剤としては、例えば、安定剤、pH調整剤、界面活性剤などが挙げられる。
【0031】
但し、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、添加剤として、硫黄化合物を実質的に含まないことが好ましい。硫黄化合物を実質的に含まないことにより、硫黄フリーの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を提供することができる。なお、本明細書において、「硫黄化合物」とは、無電解ニッケル-リンめっき処理を行った場合にめっき皮膜中に硫黄が共析する性質を有する化合物を意味する。従って、例えば、水溶性ニッケル化合物である硫酸ニッケル(硫酸イオン)やpH調整剤などとして用いられる硫酸は、無電解ニッケル-リンめっき処理を行った場合にめっき皮膜中に硫黄が共析する性質を有する化合物ではないことから、本明細書で定義される「硫黄化合物」には包含されない。さらに、本明細書において、硫黄化合物を「実質的に」含まないとは、無電解ニッケル-リンめっき浴を用いた場合に形成される無電解ニッケル-リンめっき皮膜における硫黄含有率が約0.001~0.005質量%以下となる場合を意味する。無電解ニッケル-リンめっき皮膜における硫黄含有率は、燃焼法による炭素・硫黄分析装置などにより測定することができる。従って、硫黄化合物を「実質的に」含まないとは、無電解ニッケル-リンめっき浴における硫黄化合物の濃度が、無電解ニッケル-リンめっき皮膜に含まれる硫黄成分が上記した数値範囲を超えない程度の微量である場合を除外するものではなく、めっき浴に硫黄化合物が全く含まれないことのみを意味するものではない。即ち、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴では、無電解ニッケル-リンめっき皮膜に硫黄成分が上記した数値範囲を超えない程度、硫黄化合物が微量に含まれていてもよく、硫黄化合物が完全に含まれないことが好ましい。硫黄化合物としては、例えば、促進剤として用いられるチオ硫酸又はその塩(例えば、ナトリウム塩など)、安定剤として用いられるチオ尿素などが挙げられる。
【0032】
さらに、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴は、添加剤として、硫黄化合物を実質的に含まないにも関わらず、硫黄化合物を含むめっき浴と同等の析出速度でめっき処理を行うことができる。
【0033】
安定剤としては、例えば、鉛化合物(例えば、硝酸鉛、酢酸鉛等)、カドミウム化合物(例えば、硝酸カドミウム、酢酸カドミウム等)、タリウム化合物(例えば、硫酸タリウム、硝酸タリウム、等)、アンチモン化合物(例えば、塩化アンチモン、酒石酸アンチモニルカリウム等)、テルル化合物(例えば、テルル酸、塩化テルル等)、クロム化合物(例えば、酸化クロム、硫酸クロム等)、鉄化合物(例えば、硫酸鉄、塩化鉄等)、マンガン化合物(例えば、硫酸マンガン、硝酸マンガン等)、ビスマス化合物(例えば、硝酸ビスマス、酢酸ビスマス等)、スズ化合物(例えば、硫酸スズ、塩化スズ等)、セレン化合物(例えば、セレン酸、亜セレン酸等)、シアン化物(例えば、メチルシアニド、イソプロピルシアニド等)、アリル化合物(例えば、アリルアミン、ジアリルアミン等)などが挙げられる。安定剤は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。安定剤を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における安定剤の濃度としては特に限定的ではなく、例えば、0.10~100mg/L程度とすることができる。安定剤の濃度が0.10mg/L未満であるとめっき浴の安定性が低下する場合があり、100mg/Lを超えると被処理物のめっき皮膜が形成されない箇所(未析出箇所)が発生する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0034】
pH調整剤としては、塩酸、硫酸、リン酸等の酸;水酸化ナトリウム、水酸化カリウム、アンモニア水等のアルカリを用いることができる。また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴のpHは、3~12程度が好ましく、4~9程度がより好ましい。めっき浴のpHは上記したpH調整剤を用いて調整することができる。pHが、3以下であると未析出が発生する場合があり、12以上であると浴安定性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0035】
界面活性剤としては、ノニオン性、アニオン性、カチオン性、両性等の各種界面活性剤を用いることができる。例えば、芳香族又は脂肪族スルホン酸アルカリ塩、芳香族又は脂肪族カルボン酸アルカリ金属塩等が挙げられる。界面活性剤は、一種単独又は二種以上混合して用いることができる。界面活性剤を二種以上混合して用いる場合、その混合比率は特に限定的ではなく、適宜決定することができる。本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴における界面活性剤の濃度としては特に限定的ではなく、例えば、0.01~1000mg/L程度とすることができる。界面活性剤の濃度が、0.01mg/L未満であるとピット防止の効果に乏しく、1000mg/Lを超えると発泡によって析出性が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0036】
2.無電解ニッケル-リンめっき方法
本発明は、さらに、上記した無電解ニッケル-リンめっき浴を用いた無電解ニッケル-リンめっき方法を包含する。本発明の無電解ニッケル-リンめっき方法は、上記した無電解ニッケル-リンめっき浴に被めっき物を接触させる工程を含む。なお、以下において、本工程を「めっき工程」と記載する場合がある。
【0037】
被めっき物としては特に限定されず、従来から無電解ニッケルめっきの対象とされている各種材料を用いることができる。例えば、鉄、コバルト、ニッケル、パラジウム、又はこれらの合金などの無電解ニッケルめっきの還元析出に対して触媒性のある金属が挙げられる。また、銅などの無電解ニッケルめっきの還元析出に対して触媒性のない金属、ガラス、セラミックス等も用いることができ、この場合、常法に従って、めっき工程の前に被めっき物にパラジウム核などの金属触媒核を付着させたものを用いることができる。
【0038】
上記しためっき工程において、無電解ニッケル-リンめっき浴に被めっき物を接触させる方法としては特に限定的ではなく、常法に従って行うことができる。例えば、被めっき物を上記した無電解ニッケル-リンめっき浴に浸漬する方法などが挙げられる。
【0039】
また、めっき処理条件(例えば、浴温、めっき処理時間等)については、低リンタイプの無電解ニッケル-リンめっき皮膜が形成される条件であれば特に制限されず、適宜決定することができる。
【0040】
めっき工程における無電解ニッケル-リンめっき浴の浴温は、めっき浴の組成などに応じて適宜決定することができる。例えば、25℃程度以上とすることができ、40~100℃程度とすることが好ましく、70~95℃程度とすることがより好ましい。浴温が25℃未満であるとめっき皮膜の析出速度が遅く、生産効率が低下する場合があるため、上記した範囲とすることが好ましい。
【0041】
めっき工程における処理時間は特に限定的ではなく、被めっき物に必要な膜厚の無電解ニッケル-リンめっき皮膜が形成されるまでの時間とすることができる。具体的には、めっき浴の組成、被めっき物の種類等に応じて適宜決定することができ、例えば、1~1000分程度、好ましくは5~600分とすることができる。
【0042】
また、本発明の無電解ニッケル-リンめっき方法は、上記しためっき工程の他、必要に応じて、他の工程を含むことができる。
【0043】
上記した本発明の無電解ニッケル-リンめっき方法によれば、熱処理を行っても脆化が抑制されており、はんだ濡れ性が良好であるなど、良好な皮膜特性を有する無電解ニッケル-リンめっき皮膜を提供することができる。
【0044】
本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴が硫黄化合物を実質的に含まない場合、当該無電解ニッケル-リンめっき浴を用いる無電解ニッケル-リンめっき方法によれば、形成される無電解ニッケル-リンめっき皮膜には硫黄成分が実質的に含まれないことから、形成される無電解ニッケル-リンめっき皮膜は、熱処理による脆化が抑制される。従って、本発明の無電解ニッケル-リンめっき浴及び当該めっき浴を用いる無電解ニッケル-リンめっき方法は、めっき皮膜の硬度向上を目的として熱処理が施される部材、電子部品の接合などの熱がかかる環境下において使用される部材などに好ましく適用することができる。このような部材としては、例えば、はんだ接合、焼結処理を行う接合点に用いられる部材、高温動作環境の半導体部品などが挙げられる。
【実施例】
【0045】
以下、実施例を挙げて本発明をさらに詳細に説明するが、本発明は下記の例に限定されるものではない。
【0046】
1.めっき浴の調製
下記表1に記載の実施例1~4及び比較例1~5の無電解ニッケル-リンめっき浴をそれぞれ調製した。SPCC(冷間圧延鋼板)を被めっき物として、上記で調製した各無電解ニッケルめっき-リン浴中(浴温90℃)に被めっき物を浸漬することにより、膜厚5μmの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成し、当該めっき皮膜に含まれるリン含有率を蛍光X線分析装置で測定した。また、当該めっき皮膜に含まれる硫黄含有率を燃焼法による炭素・硫黄分析装置により測定した。なお、下記表1において、めっき皮膜に含まれる硫黄含有率が検出限界(0.0005質量%)以下である場合を「ND」として示している。
【0047】
【0048】
上記表1より、実施例1~4並びに比較例1、4及び5のめっき浴は低リンタイプのめっき浴であり、比較例2のめっき浴は中リンタイプのめっき浴であり、比較例3のめっき浴は高リンタイプのめっき浴であることが確認された。また、実施例1~4のめっき浴を用いた場合には、いずれも硫黄含有率は検出限界以下であることが確認された。さらに、実施例1~4のめっき浴は、比較例5のめっき浴とは異なり、促進剤であるチオ硫酸ナトリウムを含まないにも関わらず、チオ硫酸ナトリウムを含む比較例1のめっき浴と同等の析出速度を発揮することが確認された。
【0049】
2.めっき浴の安定性評価
上記で調製した低リンタイプのめっき浴(実施例1~4並びに比較例1、4及び5のめっき浴)のうち、実施例1~4並びに比較例1及び4のめっき浴について、建浴時(0MTO)から連続使用で5MTOまでの安定性を評価した。なお、MTOとは、Metal Turn Overの略であり、連続使用されるめっき液の老化を判断するための指標として用いられ、建浴時のニッケルがすべて析出した時点(即ち、5.5g/L分のニッケルが析出した時点)を1MTOとしている。連続使用の浴は、実際にめっきを行い、約10%消耗毎に硫酸ニッケル、次亜リン酸ナトリウム、安定剤を補給した。なお、約10%の消耗時点は、予め予備試験として1時間めっきを行い、ニッケルについてはキレート滴定、次亜リン酸ナトリウムについては酸化還元逆滴定、及び安定剤については原子吸光光度計により各成分の濃度を測定することにより決定した。各めっき浴を1、2、3、4、5MTOまで消耗・補給を繰り返した浴をそれぞれ作製し、建浴時と連続使用時における各MTOにおける浴安定性の評価を行った。安定性の評価は、ステンレス製のめっき槽で30分間めっきを行い、めっき浴の分解やめっき槽へのめっき析出の発生が確認されるか否かにより評価した。なお、評価基準は、○:めっき浴分解、めっき槽へのめっき析出が確認されなかった、△:微粉末状の析出、めっき槽へのめっきの析出が若干確認された、×:白濁、めっき浴の分解、めっき槽へのめっきの析出が確認された、とした。結果を下記表2に示す。
【0050】
【0051】
上記表2より、実施例1~4のめっき浴は、他の低リンタイプのめっき浴(比較例1及び4)と比較して、建浴時のめっき浴の安定性が優れていることが確認された。さらに、実施例1~4のめっき浴は、連続使用した場合であってもめっき浴の分解が確認されず、優れた浴安定性を有することが確認された。上記表1のめっき浴組成に示したように、実施例1~4はグルコン酸ナトリウムを使用しており、比較例1および4は、グルコン酸ナトリウムを使用していないことから、グルコン酸の錯化剤作用により安定性が維持できていると考えられる。
【0052】
3.めっき皮膜特性の評価
上記で調製した無電解ニッケル-リンめっき浴のうち、実施例1及び比較例1~3のめっき浴を用いて、SPCC(冷間圧延鋼板)を被めっき物として、浴温90℃の無電解ニッケルめっき-リン浴中に被めっき物を浸漬することにより、膜厚5μm及び30μmの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を形成した。
【0053】
次いで、得られた各試料について、下記の方法により、めっき皮膜の脆性評価及びはんだ濡れ性を評価した。
【0054】
(1)脆性評価
上記で得られた膜厚30μmの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を有する各試料をそれぞれ300℃及び350℃で空気雰囲気下で1時間熱処理し、熱処理を行わなかった群(熱処理なし)、300℃で熱処理を行った群(300℃)、及び350℃で熱処理を行った群(350℃)の3群に分け、各群の試料について、マイクロビッカース硬さ試験機(ミツトヨ社製)を用い、試験力:1kg、負荷時間:4秒、保持時間:4秒、除荷時間:4秒、接近速度:60μm/秒の条件でダイヤモンド圧子を押しつけ、めっき皮膜に割れが発生するか否かを確認した。
【0055】
結果を下記表3に示す。なお、下記表3では、割れが確認されなかったものを「○」、及び割れが確認されたものを「×」として記載している。
【0056】
【0057】
上記表3から、中リンタイプのめっき浴(比較例2)及び高リンタイプのめっき浴(比較例3)を用いてめっき皮膜を形成し、熱処理を行った場合、めっき皮膜に割れが確認された。一方、低リンタイプのめっき浴(実施例1及び比較例1)では、300℃で熱処理を行った場合、めっき皮膜に割れは確認されなかった。さらに、350℃で熱処理を行った場合、実施例1のめっき皮膜では割れが確認されなかったのに対して、比較例1のめっき皮膜では割れが確認された。これらの結果から、実施例1のめっき浴を用いた場合、他の低リンタイプのめっき浴を用いた場合と比較して、熱処理による脆化が抑制されためっき皮膜を形成することができることが分かった。
【0058】
(2)はんだ濡れ性
上記で得られた膜厚5μmの無電解ニッケル-リンめっき皮膜を有する各試料について、めっき直後及び40℃で72時間放置後に、ソルダーチェッカー(レスカ社製)を用い、はんだ:M-705(Sn-3.0Ag-0.5Cu)、フラックス:ハロゲン含有弱活性ロジンフラックス、はんだ槽温度:250℃、浸漬速度:10mm/秒、浸漬深さ:2mm、浸漬時間:10秒の条件でメニスコグラフ試験法によりゼロクロスタイム(単位:秒)を測定することにより、はんだ濡れ性を評価した。結果を下記表4に示す。なお、ゼロクロスタイムの値が小さい程、ほんだ濡れ性が良好であることを示す。
【0059】
【0060】
上記表4から、実施例1のめっき浴を用いた場合には、はんだ濡れ性が良好なめっき皮膜が得られることが確認された。