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特許7013376それぞれの細胞が生成するFTIRスペクトルによって細胞を同定することを含む、サンプルを分析するための方法、コンピュータプログラム、及びシステム
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2022-01-21
(45)【発行日】2022-01-31
(54)【発明の名称】それぞれの細胞が生成するFTIRスペクトルによって細胞を同定することを含む、サンプルを分析するための方法、コンピュータプログラム、及びシステム
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/48 20060101AFI20220124BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20220124BHJP
   G01N 33/483 20060101ALI20220124BHJP
   G01N 21/3563 20140101ALI20220124BHJP
【FI】
G01N33/48 M
C12Q1/02
G01N33/483 C
G01N21/3563
【請求項の数】 22
(21)【出願番号】P 2018532832
(86)(22)【出願日】2016-09-09
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2018-11-22
(86)【国際出願番号】 GB2016052794
(87)【国際公開番号】W WO2017042579
(87)【国際公開日】2017-03-16
【審査請求日】2019-07-03
(31)【優先権主張番号】1516056.7
(32)【優先日】2015-09-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】GB
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】518081865
【氏名又は名称】ビームライン ダイアグノスティックス リミテッド
【氏名又は名称原語表記】BeamLine Diagnostics Ltd
【住所又は居所原語表記】Apartment 12 Warwick Building, 366 Queenstown Road, London SW8 4NJ, United Kingdom
(74)【代理人】
【識別番号】110002295
【氏名又は名称】特許業務法人森脇特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】フォアマン リバティ
(72)【発明者】
【氏名】オリヴァー キャサリン
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】特表2014-526035(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2007/0043518(US,A1)
【文献】特表2013-535014(JP,A)
【文献】特開平07-167782(JP,A)
【文献】特表2013-533960(JP,A)
【文献】特表2013-500464(JP,A)
【文献】特表2004-515759(JP,A)
【文献】特表2002-508845(JP,A)
【文献】特開2015-102542(JP,A)
【文献】特開平09-286739(JP,A)
【文献】特表平10-505412(JP,A)
【文献】特表平11-502935(JP,A)
【文献】特表平06-507237(JP,A)
【文献】米国特許第06146897(US,A)
【文献】LUCA QUARONI,CHARACTERIZATION OF BARRETT ESOPHAGUS AND ESOPHAGEAL ADENOCARCINOMA BY FOURIER-TRANSFORM INFRARED MICROSCOPY,THE ANALYST,2009年,VO:134, NR:6,PAGE(S):1240-1246,https://pubs.rsc.org/en/content/articlelanding/2009/an/b823071d/unauth#!divAbstract
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/48
C12Q 1/02
G01N 33/483
G01N 21/3563
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
対象から得られたサンプルを分析する方法であって、
a)1mm以上の視野を有する赤外分光光度計を用いて前記サンプルをスキャンすることによって生成された前記サンプルの細胞型及び疾患の信号を含む赤外スペクトルを提供するステップと、
b) 前記サンプルの前記赤外スペクトルと、同定された既知の細胞の赤外スペクトルとの比較により、前記サンプルの細胞を同定するステップと、を備える方法。
【請求項2】
前記サンプルの前記赤外スペクトルがATR―FTIR分光計から得られたものであることを特徴とする、請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記サンプルが上皮組織のサンプルであることを特徴とする、請求項1又は請求項2記載の方法。
【請求項4】
前記上皮組織が食道から得られたものであることを特徴とする、請求項3記載の方法。
【請求項5】
前記サンプルの前記赤外スペクトルを得るステップを含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項4のいずれか一項記載の方法。
【請求項6】
前記細胞を同定するステップが、細胞の正常細胞と非正常細胞との識別を含むこと特徴とする、請求項1乃至請求項5のいずれか一項記載の方法。
【請求項7】
前記細胞を同定するステップが、細胞型による細胞の識別を含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項6のいずれか一項記載の方法。
【請求項8】
前記細胞を同定するステップが、疾患状態への細胞の識別を含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項7のいずれか一項記載の方法。
【請求項9】
前記サンプル、又は前記サンプルの前記赤外スペクトルの画像を作り出すステップをも含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項8のいずれか一項記載の方法。
【請求項10】
前記サンプルの水和や、いかなる薬剤、他の医薬品、又はサンプリングの前に前記対象に与えられたかもしれない、他のいかなる作用剤をも考慮に入れるための前記サンプルの前記赤外スペクトルのシフト、又はキャリブレーションのステップも含むことを特徴とする、請求項1乃至請求項9のいずれか一項記載の方法。
【請求項11】
コンピュータと1mm 以上の視野を有する赤外線分光光度計とを含み、
以下のステップa)及びb)を実行するシステム。
a)前記赤外分光光度計を用いて前記サンプルをスキャンすることによって生成された前記サンプルの細胞型及び疾患の信号を含む赤外スペクトルを取得するステップと、
b)前記赤外スペクトルと、同定された既知の細胞の赤外スペクトルとの比較により、前記サンプルの細胞を同定するステップ。
【請求項12】
前記赤外線分光光度計は、減衰全反射フーリエ変換赤外線分光光度計(ATR-FTIR)である、請求項11記載のシステム。
【請求項13】
更に既知の細胞からの赤外スペクトルのライブラリを含む、請求項11又は請求項12に記載のシステム。
【請求項14】
請求項11乃至13のいずれか一項記載のシステムにおける前記コンピュータ又は前記前記コンピュータが接続されるサーバーにおいて、
前記ステップa)及び前記ステップb)の少なくとも1つを実行するためのコンピュータプログラム。
【請求項15】
請求項14記載のコンピュータプログラムを記録したコンピュータ可読媒体。
【請求項16】
対象の疾患状態を診断するための方法であって、
請求項1乃至10のいずれか一項記載の方法を使用してサンプルを分析することを含み、
非正常細胞、又は特定の疾患状態を有する細胞の存在が疾患状態を有する対象を示すことを特徴とする、対象の疾患状態を診断するための方法。
【請求項17】
前記サンプルの前記赤外スペクトルをリファレンススペクトルと比較することによって前記ステップb)が実行される請求項1乃至10又は請求項16のいずれか1項記載の方法。
【請求項18】
前記リファレンススペクトルは、
既知の特定された病気及び/又は既知の特定された疾患ステージを持つサンプルのスペクトルである請求項17記載の方法。
【請求項19】
前記サンプルを分析する方法は、同じ側面で二か所以上の場所をスキャンするスキャニングステップを含む請求項1乃至10、16乃至18のいずれか1項記載の方法。
【請求項20】
前記サンプルの前記赤外スペクトルは、シングルエレメントATR-FTIR分光器技術から生成される請求項1乃至10、16乃至19のいずれか1項記載の方法。
【請求項21】
前記サンプルの細胞を同定するステップが、以下のステップの組み合わせを含む、請求項1乃至請求項10及び請求項16乃至請求項20のいずれか1項記載の方法。
(i)スペクトルを、非異形成、高度異形成、若しくは癌分類、又は扁平上皮分類のいずれかに割り当てるステップ、
(ii)非異形成、高度異形成若しくは癌スペクトルを、上皮分類又は固有層分類のいずれかに割り当てるステップ、
(iiia)上皮スペクトルを、非異形成分類、高度異形成、又は癌分類のいずれかに割り当てるステップ、及び
(iiib)固有層スペクトルを非異形成分類、高度異形成、又は癌分類のいずれかに割り当てるステップ。
【請求項22】
前記サンプルの細胞を同定するステップが、サンプルの各側面からの2つのスペクトルからの分類結果を組み合わせることをさらに含む、請求項21記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
発明は組織学サンプル、特に癌細胞、前癌細胞、又は他の疾患状態を有する細胞のスクリーニングの改良方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
癌及び癌化しそうな組織のスクリーニングとモニタリングに利用できる方法の改良が継続的に必要である。早期診断は、生存の可能性を大幅に向上させる。
特定の癌(出発点としての食道腺癌(EAC))を用いて、本発明者らは、癌及び前癌の組織の改良された同定及び診断の技術を開発した。そして、当該技術は、様々な癌(特に癌腫)に適用可能である。
【0003】
食道腺癌(EAC)の予後は悪く、5年生存率はわずか17%1であり、1999年から2008年での西洋人2での発症率は年間約2%ずつ上昇している。
バレット食道(BE)は、EACの前駆的病変と認識されており、慢性胃食道逆流症(GERD)患者で見られる。EACへの癌化は連続的な生理学的段階を経て起こる。
まず未変性の扁平(SQ)上皮の円柱状仮形成が起こる。これは、非異形成バレット食道(NDBE)と呼ばれ、軽度異形成(LGD)、高度異形成(HGD)を経てEACになる。円柱上皮仮形成/NDBEからEACへの進行の危険度は、0.3―0.5%3,4の間にある。
しかしながら、一旦、高度異形成(HGD)が発現すると、未治療の場合、食道腺癌(EAC)へ進行する危険度は5年以内で40―60%程度に高まり得る。LGD又は初期の高度異形成(HGD)患者の治療は、過去5年間で劇的に変わった。これらの前進を以て、胃腸病学協会(BSG)は、BEと診断された患者は内視鏡観察を2―5年毎5に受けるべきであると推奨している。高周波アブレーション(RFA)及び内視鏡的粘膜切除術(EMR)のような新らしい最小限侵襲内視鏡的治療法は、軽度異形成LGD/高度異形成HGD患者7において80―90%の治癒的療法を提供することができる。
【0004】
BEの監視はシアトルプロトコール8に従う。これは、食道の可視円柱上皮に沿って1―2cm毎に行う2次生検(quadratic biopsies)のサンプリングを含む。その後、これらの生検材料は、質的な組織病理学的分析のために送られる。しかしながら、このプロセスは時間がかかり高価である。そして、異形成の診断において専門の病理学者9,10の間でさえ有意な程度のばらつきがある。診断法の正確さと容易さを増す様々な方法が研究されてきた。例えば、生検分析11におけるバイオマーカーの同定の試みがなされている。生体内広視野内視鏡的イメージング法の進歩は、可視光線12―14又は光干渉断層撮影15の使用を含む。別の方法が、弾性散乱分光光度計1617や共焦点顕微鏡検査18,19を用いた位置測定技術によって提供されている。しかしながら、全ての場合で、器材及び/又は運転費が高価なことと、結果の不十分な整合性とにより、通常の臨床使用20,21への採用が阻まれている。それ故、臨床において実施できる、十分な正確さを有する現実的なさらなる診断/スクリーニング法が依然として高く優先される。
【0005】
フーリエ変換赤外分光光度計(FTIR)及びラマン振動性分光光度計は、これらがDNA、タンパク質、炭水化物及び他の代謝物22,23についての細胞変化に関する情報を提供できることから、疾患の範囲のための可能な診断ツールとして、ますます研究が進んでいる。
フーリエ変換赤外分光光度計FTIR24-27,28及びラマン振動性分光光度計29,30―34分光法はともに、BEの診断にも適用されている。FTIRの研究は、組織25の、又はBEや食道腺癌EAC細胞株26由来の幹細胞の顕微分光分析、そして、BE24やEAC27,28から扁平上皮(SQ)を識別するためのマクロ―ATR―FTIRイメージング35を含む。疾患進行の様々なステージ29,32で採取されたBE組織切片のラマンイメージの多変量解析は、個々の細胞型33とその特徴的な生化学的変化30の同定につながる。ごく最近、生体外組織サンプルのスペクトルがラマンプローブで得られた。そして、それは、生体内での将来の使用可能性34,36,37を目的としている。
【0006】
本発明者らは、シングルエレメント(シングル素子)ATR―FTIR分光光度計(スペクトロスコープ)を用いて、比較的単純な方法で、組織学分析の前の異形成BE生検でのポイント・オブ・ケア(臨床現場即時)スクリーニングの、臨床上実行可能な方法を提供する技術を開発した。その方法は、臨床医の意思決定のために用いられ、その結果、サンプルの詳細な組織学再調査の必要性を減らし、よって、最終的にはBE調査のコスト低下をもたらし、異形成BEと同定されたものの、迅速な治療を可能にし得るであろう。これらの方法は、他の潜在性の癌及び前癌組織、これらのうち特に上皮組織にあるものの生検に適用することもできる。
具体的には、FTIRイメージングを用いて見出された異なる組織型の分光特性を用いることにより、生検材料の平均化された表面を現在有力な組織型に分けることができるということを本発明者らは発見した。
【0007】
本発明者らは、その分析法が、癌及び前癌組織に適用できることを確認し、そして、その方法を他の細胞型に適用し、様々な細胞型を容易にかつ正確に分類するために用いることができると確認した。
【発明の概要】
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様によれば、対象(被験体)から得られたサンプルを分析する方法が提供される。これは、次のステップを含む。
a)1mm 以上の視野を有する赤外分光光度計を用いて前記サンプルをスキャンすることによって生成された前記サンプルの細胞型及び疾患の信号を含む赤外スペクトルを提供するステップと、
b) 前記サンプルの前記赤外スペクトルと、同定された既知の細胞の赤外スペクトルとの比較により、前記サンプルの細胞を同定するステップと、を備える方法。
【0009】
それらが生じるFTIRスペクトルによって(特にサンプルの表面に、又は表面近くで見つかる)細胞を分類できることを、本発明者らは発見した。
サンプルは、対象から得られ、FTIR(特にATR―FTIR)を用いてスクリーニングされ得るいかなる適当なサンプルであってもよい。特に、サンプルは、組織生検材料、特に上皮組織のサンプルでもよい。
本技術分野で周知のように、上皮組織は、上皮から採取した組織を意味する。それは、例えば、循環器系、食道、胃腸などの消化器系、内分泌系、外皮系、生殖系、呼吸器系及び泌尿器系の上皮組織を含み得る。
ある特定の例では、サンプルは、食道から得られる。食道サンプルの場合、例えば、扁平上皮の、及び/又は粘膜固有層の細胞を含むことがある。
サンプルは、生検や切除術のような組織サンプルであってもよいし、又は、唾液、尿、血液、血清、脳脊髄液(CSF)、羊水、水性又は硝子体液、胆汁又はその他の分泌液のような、体液サンプルのような細胞を含む、他のいかなるサンプルでもあってもよい。
サンプルは、いかなる適当な方法によっても得られる(例えば、擦ること、削ること、生検又は針サンプリングによって)。
サンプルは、スライド上への固定の前に回転処理(遠心分離)してもよい。
サンプルは、体から取り除かれても、又は体内にあるままでもよく、すなわち、適当な分光計によって測定できるならば、サンプルは生体外でも生体内でもよい。
【0010】
サンプルは、患者から直接得られた新鮮な組織サンプルか、又は保存されたサンプルでもよい。調査サンプルに応じて、新鮮な組織サンプルは、数分、又は数時間まで保存されてもよい。又は、サンプルは処理を施されてもよい。サンプルは、例えば、(瞬間)冷凍されたものや氷上に置いたサンプルでもよく、あるいは例えば室温でのホルマリン固定による固定サンプルでもよい。また、ホルマリンに固定される検体は、パラフィンに包埋してもよく、必要に応じ、任意に脱パラフィンしてもよい。本方法は、以下に示す一つ以上のステップを含む。サンプルの保管、冷凍、瞬間冷凍、解凍、乾燥、再水和、水和、固定、包埋(パラフィン中)、又は脱パラフィンステップ。本方法は、水和(ハイドレーション)レベルの修正のように、サンプルの処理によってもたらされるいかなる変化をも修正するために、サンプルのキャリブレーションのステップを含めてもよい。 本方法は、いかなる薬剤や他の医薬品のための、又は、サンプリング前に対象に加えられたかもしれない他のいかなる作用剤(例えば染料のような物質)のためのキャリブレーションのステップをも含めてよい。薬剤又は他の医薬品は、外用剤(例えば酢酸、アドレナリン、NAC(Nアセチル・システイン)を含むもの、又は喉スプレー)でもよい。染料は、メチルブルー又は他のいかなる適切な染料であってもよい。
【0011】
サンプルは、癌細胞あるいは前癌細胞を含むことが予想される、又は含むことが既に分かっている組織のサンプルであってもよい。あるいは、他の細胞型、特に病気にかかった細胞型を含むことが予想される、又は含むことが既に分かっている組織のサンプルであってもよい。
【0012】
本方法はサンプルを得るステップを含むことができ、前記サンプルは事前に得られたものでもよく、また、前記方法は、完全には生体外で行われたものであってもよい。
【0013】
本方法は、サンプルを赤外分光光度計でスキャンした結果を提供するステップを含む。
いかなる適当な分光光度計(例えばベンチ・ベースの分光光度計又はプローブ)を使ってもよい。分光光度計は、好ましくはFTIR分光光度計(より好ましくは、ATR―FTIR分光光度計)である。
本方法は、サンプルをスキャンするステップを含んでもよく、又は単にスキャン結果を解析するステップを含むか、若しくは解析するステップからなるものであってもよい。
【0014】
本方法は、生じるスペクトルに従って細胞を分類するステップを含む。細胞によってできるスペクトルの範囲は、典型的には、1800―600cm―1領域に入る。分類ステップは、サンプル中の細胞によるスペクトルと既知の細胞によるスペクトルとの比較により行われる。別法として、又は、それに加えて、サンプルによってできるスペクトルは予想スペクトルピークと比較される。既知の細胞のスペクトルで見つかると予想されるピークを意味するために、予想スペクトルピークという用語が用いられる。本発明者らは、既知の細胞サンプル由来スペクトルのライブラリを作成した。そして、それらの細胞が標準組織学技術によって同定された。このようなライブラリは、スペクトルを、又はサンプルスペクトルが比較される予想スペクトルピークを出力するために用いることができる。
本方法は既知の細胞からスペクトルを得るステップを含むか、又は、これは別途実施することができる。既知の細胞のスペクトルとサンプルのスペクトルは、同一タイプの分光計により得られなければならない。
【0015】
本方法は、細胞をそれらの様々なタイプ又はクラスに分類するステップを含む。特に、本方法は、細胞を正常細胞と非正常細胞に分類するステップ、すなわち、正常細胞、特に非癌化細胞に関連付けられたスペクトルを生じる細胞と、異なるスペクトルを生じる細胞とを識別、又は分類するステップを含んでもよい。非正常細胞は、正常(健康)な細胞スペクトルを生じないいかなる細胞であってもよい。それらは、異常(病的)細胞でもよいし、単に正常(健康)な細胞スペクトルを生じない細胞でもよい。特に、非正常細胞は以下を含み得る。例えば、扁平上皮癌、肺癌、前立腺癌、乳癌、子宮頸癌などで見つかるような癌細胞及び前癌細胞、炎症性腸疾患(IBD)又は炎症性腸症候群(IBS)で見られるような炎症の存在を伴う細胞。また、非正常細胞は、他の疾患又はヘリコバクター・ピロリ感染、胃潰瘍、クローン病、セリアック病、潰瘍性大腸炎などのような疾患状態からの細胞を含むこともできる。正常細胞だけを含んでいるサンプルは、正常であると宣言でき、更なる組織学分析は必要としないので、正常細胞と非正常細胞を区別できることは有用である。
【0016】
あるいは、本方法は、サンプルが生細胞を含むかどうか確認するためのものでもよい。
例えば、本方法は、サンプルが正しい場所から採られたことを確認すること、例えば、その場所にあるべき特定の細胞型の存在を確認するのに有用である。サンプルが特定の細胞を含むか含まないかの同定、又は生細胞、死細胞あるいは死にゆく細胞を含むのか、又はこれらの細胞の混合なのか、又は全く細胞を含まないのかどうかの同定のために、スペクトルによってサンプルを分類することができる。
したがって、サンプルの中で細胞の存在を確認する方法が提供されるが、その方法は、FTIR分光光度計を用いてサンプルをスキャンすることによって生じるスペクトルを提供するステップ、そして、各々が生じるスペクトルに従ってサンプル中の細胞を同定するステップを含む。
別法として、又は、既に言及されたいかなるステップに加えても、本方法は、異なる細胞型を分類するステップを含むことができる。サンプルは、通常一つ以上の細胞型を含む。
例えば、食道上皮のサンプルは、通常少なくとも若干の扁平上皮細胞及び若干の粘膜固有層細胞を含む。特にサンプルが特定の細胞型の疾患のために調査されている場合、細胞型を識別することが可能であることは特に有用である。その細胞型が存在しない場合、そのサンプルは廃棄できる。
【0017】
別法として、又は、既に言及されたいかなるステップに加えても、本方法は、疾患又は疾患状態によって細胞を分類別するステップを含むことができる。例えば、本方法は、癌細胞及び前癌細胞を互いに及び/又はサンプルの他の細胞から分類するステップを含むことができる。
本方法は、正常細胞と体内の他の部分での発癌(遠隔発癌)のマーカーを含むか、又は発癌マーカーとして働く細胞とを分類するステップを含むことができる。例えば、検査されているサンプルが食道上皮である場合、本方法は非異形成バレット食道(NDBE)細胞を軽度異形成(LGD)、高度異形成(HGD)そして食道腺癌(EAC)を有する細胞から分類することを含む。細胞は以下を含む他の疾患、又は疾患状態によって、分類することもできる。炎症性腸疾患(IBD)又は炎症性腸症候群(IBS)でみられるような炎症又は炎症の徴候を伴うか又は示す細胞を含む他の疾患や疾患状態、扁平上皮癌、肺癌、前立腺癌、乳癌、子宮頸癌などを含む他の癌タイプ。細胞は、ヘリコバクター・ピロリ感染、胃潰瘍、クローン病、セリアック病、潰瘍性大腸炎などを含む他の疾患又は疾患状態によって分類することもできる。細胞は、例えば、種別(タイプ)によっても分類できる。
【0018】
細胞は、上記記載のとおりタイプ又はクラスによって分類することができる。各分類ステップは、それ単独、又は、他のステップと連動して、行われてもよい。分類ステップは、繰り返されてもよい。ある実施例においては、正常細胞及び非正常細胞を分類するステップは、他の分類ステップより前に実行される。ある実施例においては、タイプによる細胞分類ステップは、疾患状態によって細胞を分類する前に実行される。ある実施例においては、分類ステップは、以下の順番で実施される:正常であるか非正常か;細胞型;疾患状態。
【0019】
本方法は、サンプルのイメージを生成することを含むこともできる。
【0020】
細胞を異なるクラス又はタイプに分類するいかなるステップの後も、一つ以上のクラス又はタイプを、分光計によって生じるサンプルのイメージから取り除くことができる。従って、イメージから取り除かれていない、選択された、細胞型若しくは細胞クラス、又は細胞型若しくは細胞クラスの群(グループ)の、存在又は非存在を示すイメージを提供することができる。
【0021】
本方法は、サンプルの水和を考慮するため、スペクトルのシフト又はキャリブレーションのステップを含むこともできる。乾燥したサンプルは湿潤したサンプルとは異なるスペクトルを生じることがある。サンプルの水和の影響が予測されるが、考慮に入れることができる。本方法は、いかなる薬剤、他の医薬品、例えば染料のような、サンプリングの前に対象に与えられる他の作用剤のためのキャリブレーションのステップを含むこともできる。酢酸、アドレナリン、NAC(Nアセチル・システイン)、又は喉スプレーを含むような、いかなる薬剤又は医薬品も、局所的に投与することができる。染料は、メチルブルー又は他のいかなる適切な染料でもよい。
【0022】
スペクトルに影響を及ぼす他のいかなる要素も、同様の方法で扱われる。
【0023】
方法における分類、シフト及び/又は画像生成のステップは、これらのステップの一部もしくは全部を、実行するようにプログラム化されたコンピュータ、又は、実行するためにインストールされたプログラムを有するコンピュータを経由して実行できる。
【0024】
本方法は、分光光度計によるサンプルのスクリーニングとスキャニング(走査)のステップを含む。サンプルは、、可能な限り最高の画像を得られるように、一回、又は二回以上スキャンすることができる。サンプルは、しばしば組織の切片であり、上部と底部とを有する。この場合、それは両面、又は、一面のみをスキャンすることができる。他のサンプルは、それらの形状とサイズに依存して、異なったスキャンをすることができる。例えば、サンプル(又はサンプルのどの側面も)がプリズム(3mm/3mm)より大きい場合、同じ側面で二か所以上の場所をスキャンすることが必要となるかもしれない。好都合にも、スキャンされた領域が罹患していなくても、試料中の離れた疾患を検出することも可能である。
当業者であれば、離れた疾患を発見することに適したサンプルの適切なサイズ(例えば、面積及び厚み)及び形状の範囲を決定することができる。
【0025】
最善のスキャンのために、サンプルは、スライド上に平らにするか又は固定することができる。サンプルはスキャンの前に、湿潤させるか乾燥させる処理もできる。
【0026】
本発明の第二態様によれば、本発明における分類、シフト、及び画像生成のステップの少なくとも1つを実行するためのコード手段を備えたコンピュータプログラムが提供される。
更にこの種のコンピュータプログラムを含むコンピュータ可読媒体が提供される。
更には、コンピュータプログラム(例えばコンピュータやコンピュータが接続されるサーバーにインストールされているプログラム)を実行可能なコンピュータを含むシステムが提供される。本システムは、分光光度計を備えることもできる。また、本システムは、分類ステップ用にコンピュータによってアクセスされることができる、既知の細胞からのスペクトルのライブラリを含むこともできる。
【0027】
本発明の第3の態様は、対象の疾患状態を診断するための方法を提供する。その方法は、サンプルの赤外分光光度計のスキャン結果の解析、及び細胞によるスペクトルに従った、サンプル中の細胞の同定、又は分類を含む。
疾患状態は、同種の正常細胞と異なるスペクトルを生じさせる、いかなる疾患状態でもあってもよい。特に、疾患状態は、癌又は前癌状態であっても良く、更に上皮組織の癌であっても良く、とりわけBEやEACであってもよい。
【0028】
本発明について、図面を参照し、ほんの例示として説明される。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】(A)厚さ8μmのSQ組織切片の1570及び1485cm―1でのアミドIIバンドの高さで擬似的に色付けされた2×4のFTIRイメージ。四角形は、既知の上皮及び粘膜固有層組織型から選択された領域を表す。(B)既知の組織型領域から加算、平均化された吸光度(上部)及び2次導関数(下部)スペクトル。418の平均化スペクトルを含んだ上皮(青い部分)と1777の平均化スペクトルを含む粘膜固有層。(C)4×4のビニングされたイメージの1200―1100cm―1スペクトル領域のHCA(階層的クラスター分析)の最初の2つの群に色付けされるピクセル。青いピクセルは上皮に、赤いピクセルは粘膜固有層に対応する。黒いピクセルは、0.05未満の吸光度を有するアミドIIのピクセルで、HCAに含まれなかった。
図2】(A)青線でマークされた領域によって示されるLGDの小領域を有するNDBE生検サンプルの、厚さ3μmのH&Eで染色した横断面。(B)厚さ8μmの切片の、1610―1530cm―1スペクトル領域のHCAの最初の2つの群で色づけされた、隣接するFTIRイメージ。上皮は、青色に色付けされ、1494ピクセルを含み、粘膜固有層は赤色に色付けされ、1266ピクセルを含む。黒いピクセルは、吸光度0.05未満を有するアミドIIのピクセルであり、これらのデータはHCAに含まれなかった。(C)平均吸光度(上部)及びHCAクラスからの2次導関数(下部)スペクトル。
図3】(A)H&Eで染色した厚さ3μmのHGD生検サンプルの横断面であり、青線でマークされた領域は、組織病理学者によって定義されたHGDの特徴を示す。(B)厚さ8μmの切片の、1610―1530cm―1スペクトル領域のHCAの最初の2つの群で色づけされた、隣接するFTIRイメージ。上皮は、青色に色付けされ1271ピクセルを、粘膜固有層は赤色に色付けされ1882ピクセルを含む。黒いピクセルは吸光度0.05未満を有するアミドIIのピクセルである。(C)平均吸光度(上部)及びHCAクラスからの2次導関数(下部)スペクトル。
図4】(A)H&Eで染色した厚さ3μmのHGD生検サンプルの横断面。(B)厚さ8μmの切片の、1610―1530cm―1スペクトル領域のHCAの最初の2つの群で色づけされた、隣接するFTIRイメージ。青色は1247ピクセルを、赤色は1901ピクセルを含む。黒いピクセルは吸光度0.05未満を有するアミドIIのピクセルである。(C)平均吸光度(上部)及びHCAクラスからの2次導関数(下部)スペクトル。
図5】平均吸光度(上部)及び2次導関数(下部)スペクトルであり、以下の(A)と(B)を比較するものである。(A)SQ上皮 対 他のすべてのバレット食道ステージ、(B)(A)のNDBE、LGD、HGD+及びEACの領域から手動で選択された、1800―1000cm―1の領域、そして、B)1300―1000cm―1のスペクトル領域。
図6】平均吸光度(上部)及び2次導関数(下部)スペクトルであり、以下の(A)と(B)を比較するものである。(A)SQ粘膜固有層 対 NDBE/LGD/HGD+粘膜固有層及びEACの他の全ての平均、(B)(A)のNDBE、LGD、HGD+粘膜固有層及びEACの領域から手動で選択された1800―1000cm―1の領域、そして、B)1300―1000cm―1のスペクトル領域。
図7】シングルエレメント(シングル素子)ATR―FTIRスペクトルがどのように分別されるかを示す系統図。最初にSQとNDBE/HGD/EAC群へ(i)、次いで、それらが存在する支配的な組織型、上皮又は粘膜固有層へ(ii)、それぞれの疾患クラスへの分類の前に:NDBE EP(上皮)若しくはHGD EP(上皮)/EACへ(iii a);又は、NDBE LP(粘膜固有層)若しくはHGD LP(粘膜固有層)/EACへ(iii b)。
図8】(A)1800―850cm―1領域の平均吸光度(上部)及び2次導関数(下部)のスペクトルについて、61のSQ(緑色)、106のSQ粘膜固有層(青色)、616のNDBE/HGD/EAC(黒色)の、生検スペクトルの違い。(B)SQ対NDBE/HGD/EACモデルに対して、1385―1235及び1192―1130cm―1のPLSDAで使用する3つの潜在変数(LV)のスコアプロット。各ポイントは、167のSQ又は543のNDBE/HGD/EACの、生検スペクトルの1つを意味する。
図9】吸光度(上部)及び2次導関数(下部)のスペクトルにおける、存在する優勢な組織型への分類の後の、368のNDBE/HGD/EAC上皮スペクトル(青色)及び175のNDBE/HGD/EAC粘膜固有層スペクトル(赤色)の平均の違い。
図10】(A)1300-870cm-1領域での平均吸光度(上部)及び2次導関数(下部)のスペクトルにおける、271のNDBE(青色)、115のHGD上皮/EAC(赤色)の、生検スペクトルの違い。(B)1100―900cm―1のPLSDAモデルにおいて使用する4つの潜在変数(LV)のうちの最初の2つのLVのスコアプロット。 各ポイントは、198のNDBE上皮生検材料又は66のHGD上皮/EAC生検材料の1つを示す。1つの生検材料に対して二つ以上のスペクトルが存在する場合、スコアは平均値である。
図11】(A)1300―870cm―1領域での平均吸光度(上部)及び2次導関数(下部)のスペクトルにおける、141のNDBE粘膜固有層(青色)、89のHGD粘膜固有層/EAC(赤色)の、生検スペクトルの違い。(B)1290―1210cm―1及び1130―870cm―1のPLSDAモデルにおいて使用する4つの潜在変数(LV)のうちの最初の2つのLVのスコアプロット。各ポイントは、207のSQ/NDBE粘膜固有層生検材料又は53のHGD粘膜固有層/EAC生検材料の1つを意味する。1つの生検材料に対して二つ以上のスペクトルが存在する場合、スコアは平均値である。
図12】気管支生検切片の、細胞型及び疾患ステージ(病期)を示す。(A)気管支サンプルのH&E染色切片の組織病理学的分析。(B)EP及び粘膜固有層の吸光度(上部)と2次導関数(下部)を示す抽出スペクトルであり、(E)のHCA定義の領域の平均によって導出される。グレーの色の領域は、パラフィンが吸収する領域を示す。(C)EP(青色)及びLP(黄色/赤色)を示すヒートマップであり、1591cm-1のトラフの積分サイズで分離。(D)EP(赤色)及びLP(黄色/緑色)を示すヒートマップであり、1334cm-1のトラフの積分サイズで分離。(E)1614―1465cm-1領域のHCAにおいて同定した2つの主要な群の図表示は、EP(赤)及び粘膜固有層(緑)を示す。(C)(D)(E)に存在する「破損データ」としたボックスは、記録されたデータが破損し、使用不可能だったFTIRイメージの2つの隣接する部分を示す。
図13】気管支生検材料の細胞型を分類する樹形図である。1614―1465cm-1領域のHCA。
図14】異なる疾患ステージでの気管支上皮からのFTIRスペクトルを示す。15か所の領域は、以下の疾患ステージによって選択された:領域1―3(正常);領域4―6(軽度異形成)、領域7―9(中度異形成)及び領域10―15(重度異形成/上皮内癌)。領域は、以下のサイズに従って、色で符号化される:(A)1036cm-1のトラフの積分の2次導関、及び(B)1163cm-1のトラフの積分の2次導関のサイズ。(A)と(B)に存在する「破損データ」としたボックスは、記録されたデータが破損し、使用不可だったFTIRイメージの2つの隣接する部分を示す。(C)は、1800―1000cm-1のスペクトル領域での吸光度(上部)と2次導関数(下部)スペクトルを示し、正常から重度異形成/上皮内癌にわたる15カ所の選択されたEP領域の平均値になる。(D)1250―1000cm-1のスペクトル領域。
図15】手動で選択された気管支上皮領域からのスペクトルのPCA(主成分分析(principal component analysis))である。(A)1100―1030cm-1のスペクトル領域を使用して実行されたPCAの3つの成分からのPCAスコアの散布図。各データポイントは、それに対応する領域番号によってラベル化されている:緑色は正常;オレンジ色は軽度異形成;赤色は中異形成;黒色、重度異形成/上皮内癌。(B)対応するPCAのローディング(主成分負荷量)。
図16】気管支粘膜固有層の手動で選択された領域からの、スペクトルの特徴のピークの積分を示す。LP色の領域は、それらの特性の積分について符号化されている;(A)1334cm-1;(B)1279cm-1;(C)1066cm-1;(D)1215cm-1当該領域は、以下のEPと隣接している:領域1―3、正常;領域4―6、軽度異形成;領域7―9、中度異形成、及び領域10―15、重度異形成/上皮内癌。
図17】気管支粘膜固有層の手動で選択された領域のFTIRスペクトルを示す。(A)1800―1000cm-1のスペクトル領域での吸光度(上部)及び2次導関数(下部)スペクトルを示し、正常(青色)から重度の異形成/上皮内癌(赤色)の範囲の15か所の領域からの平均値である。(B)同じスペクトルの1250―1000cm-1のスペクトル領域。LPから手動で選択された領域の位置は、図16に見られる。
図18】病気にかかった上皮に隣接する気管支粘膜固有層領域からのスペクトルのPCAを示す。(A)PCAの散布図は、1350―1196cm-1及び1097―1041cm-1のスペクトル領域のPCAの最初の3つのPCA成分から得点(スコア)を付ける。各データポイントは、それに対応する領域番号によってラベル化されている:緑色は正常;オレンジ色は軽度異形成;赤色は中度異形成;黒色、重度異形成/上皮内癌。(B)対応するPCAローディング(主成分負荷量)。
図19】1585―1527cm-1の領域でのHCA後の3つの主要クラスタを、アミドIIの高さで規格化して示す。EP(赤)及び粘膜固有層(青)シグネチャー(特徴)の平均値は黒色で表示され、混合細胞の生理機能を示す生検材料の平均IRシグネチャー(特徴)は緑色で示されている。
図20】細気管支生検材料の上皮のシングルエレメント(シングル素子)ATR―FTIR比較を示す。41の正常EP(緑色)スペクトル(18人の患者、32の生検材料)、5つのLGD EP(青色)スペクトル(3人の患者、4つの生検材料)、8つのHGD EP(赤色)スペクトル(3人の患者、6つの生検材料)及び11の癌 EP(黒色)スペクトル(3人の患者、7つの生検材料)からの、平均2次導関数ATR―FTIRスペクトルである。すべてのスペクトルは、凝縮水及び水蒸気を形態は無条件で除き、アミドIIの高さで標準化されている。
図21】細気管支生検材料の粘膜固有層のシングルエレメント(シングル素子)ATR―FTIR比較を示す。(A)16の正常LPスペクトル(12人の患者、14の生検材料)、2つのLGD LP(青色)スペクトル(2人の患者、3つの生検材料)、6つのHGD LP(赤色)スペクトル(4人の患者、4つの生検材料)及び17の癌LP(黒色)スペクトル(3人の患者、10の生検材料)からの平均2次導関数ATR―FTIRスペクトルである。すべてのスペクトルは、凝縮水及び水蒸気を形態は無条件で除き、2次導関数において、アミドIIの領域で標準化されている。(B)成分組成の電位変化を示している1190―1140 cm-1領域。
図22】豚の組織サンプルへの酢酸の影響を示す。各スペクトルは、組織サンプルの上皮群からのすべてのスペクトルの平均である:蒸留水だけによって洗浄した組織からの4つのスペクトル(黒色);蒸留水で洗浄後、2.5%の酢酸により洗浄した組織からの4つのスペクトル(青色);蒸留水で洗浄後、5%の酢酸により洗浄した組織からの5つのスペクトル(赤色);5%の酢酸の単一スペクトル(緑色)。
図23】ヒト組織への酢酸のスペクトル上の影響を示す。
図24】ヒト組織への1:100,000のアドレナリンのスペクトル上の影響を示す。
図25】ヒト組織へのNACのスペクトル上の影響を示す。
図26】ヒト組織への喉スプレーのスペクトル上の影響を示す。
【発明を実施するための形態】
【0030】
方法
FTIR分光イメージング
FTIR分光イメージは、15×0.4NAの対物レンズを備えたHyperionIRスコープII顕微鏡と連結されたBruker IFS66スペクトロメータ及び128×128ピクセルのテルル化カドミウム水銀焦点面アレイ(FPAフォーカルプレーンアレイ)検出器を用いて測定された。
アレイ検出器を使用することにより、サンプルの異なる空間領域から同時にスペクトルを取得することができ、1つの検知素子34,38を用いて同じ領域をマッピングするより非常に速くなる。
NDBE/LGD及びSQサンプルは、厚さ8μmまでミクロトームで薄く切断され、そして、厚さ2mmのフッ化カルシウム・ウインドウ上に取り付け、規格化されたキシレン・プロトコルによって脱パラフィンする[リファレンス]。
【0031】
分光イメージは96×96ピクセル・ウインドウを有するFPAを使用して記録され、それは256×256μmの視野を有する。社内開発されたマクロを用いて、スペクトルイメージは、組織の異なる部分から取得され、Matlabに連結して、大きいデータセットを作る。各サンプルは、事前に組織病理学者によって等級分けされた様々な段階の異形成の領域を含むエリアと同様に、上皮及び粘膜固有層細胞型をカバーしてマッピングされる。そのFTIRイメージは、雑音に対する信号を増加させるため、4×4マトリックスにビニングされた。1571―1490cm―1の間の0.5未満のアミドII積分を含んだいかなるピクセルも、更なる解析から除外された。他の全てのスペクトルは、アミドIIピークの高さ及び1555と1475cm―1の間のトラフに規格化された。
イメージは、SN比(信号対雑音比)改善のために、4×4マトリックスでビニングされた。水蒸気の影響は、予め記録してある水蒸気のリファレンススペクトルを差し引くことで取り除かれた。処理後、異なる細胞型の違いが明らかにされた。
【0032】
ATR―FTIRスペクトル記録
6000―800cm―1領域で記録するブルカー・オプティクス(Bruker Optics)IFS66/sFTIRスペクトロメータがスペクトルの記録のために用いられたが、4000―900cm―1の領域だけが集められ、2200―900cm―1の領域だけが分析された。
本装置は、ZnSeオプティクスを有する減衰全反射(ATR)3反射シリコン・プリズムを備えた、液体窒素で冷却されたMCT―A検出器を装備している。スペクトルは、Bruker OPUS 6.5ソフトウェアを使用して記録された。
【0033】
すべての測定は、4cm―1の分解能で記録され、ほぼ±1cm―1のピークの精度がある。
きれいなプリズム面の1000のバックグランド干渉図形が平均化され(水及び100%のエタノールでプリズムを慎重に清浄後に)、そして、生検サンプルを正しく配置した後に、500の干渉図形が平均化され、単一の生検吸光度スペクトルを生成する。
【0034】
データ処理
全てのデータは、ソフトウェア内で、Bruker OPUS 6.5ファイル形式からASCIIファイル形式まで変換された。
その後データは前処理され、MATLAB_R2012b及び/又はPLSツールボックスv7.0.3で開発された社内スクリプトを使用して解析された。
【0035】
解析の前に、4つのデータ前処理ステップが、各スペクトルに以下の順序で適用された。
リファレンスの水スペクトルを使用した水のスペクトルの除去(サブストラクション)、予め記録してあるリファレンススペクトルを使用して水蒸気のスペクトルの除去(サブストラクション)、アミドIIバンドの高さによる標準化、及び2次導関数の算出。
【0036】
組織病理学
UCLHの胃腸管系部門は、2人の担当組織学者を有している。
正しい診断を確実にするために、両組織学者は、異形成の診断を有するいかなるサンプルも個別に検査した。
サンプルは、4%のホルマリン溶液に格納され、包埋カセットに置かれ、次に示すエタノール溶液の中に、2時間配置され脱水された:各々1時間後に交換される70%、80%、95%及び100%エタノール溶液。
その後、生検材料はキシレンの中に3時間置かれ、毎時、溶液は交換された。
その後、生検材料は、1.5時間、パラフィンワックス(~57℃)中に置かれ、パラフィン・ブロック包埋されるまで繰り返された。
その後、ブロックは40―45℃の水浴中でミクロトームにより4μmにスライスされ、ガラススライド上に置かれ、オーブンで乾燥させた。
その後、サンプルは、5分間、キシレン中で再水和された;溶液は、変更されて、それから水和の工程が3回繰り返された。その後、サンプルは、100%エタノール中で3分間すすがれ、それが繰り返され、そのあと、95%エタノール中で3分すすがれ、その後、サンプルは蒸留水で洗浄され、検査のために着色された。
【0037】
その後、サンプルは、正常SQ上皮細胞か、あるいはBEの3つのクラス;NDBE、HGD又はEACの中のどれか一つ、のどちらかに分類された。
インターセプトマッチ(intercepted-matched)されたデータセットの場合、NDBE―IMの群(クラス)が追加で含まれた。
UCLHの専門家の病理学者が各生検材料を診断し、そして、生検材料がHGD又はEACと診断された場合、さらに別の組織学者がその診断を独立に検証した。
LGDと分類された生検材料は、モデルのトレーニングデータから除外された。
【0038】
統計分析
部分的最小自乗判別分析
部分的最小自乗判別分析(PLSDA)が、説明変数、相関変数(波数)及び分類変数(疾患ステージ)の間の共分散を最大にするために、次数の低減に適用された。
このモデルが多段階プロセスを使用して構築されたので、変数(波数)のサブセットは細胞型によって変わる。SQ分類のために、1385―1235―1cm―1と1192―1130cm―1領域が使用され、上皮診断用モデルのために1200―900cm―1が使用され、粘膜固有層診断用に1290―1210cm―1と1130―870cm―1の領域が使用された。
そして、これらの領域は、潜在変数と呼ばれる無相関変数の、より低次元空間に縮小され、使用する潜在変数の数は、結果の章で示される。
PLSモデルを作成して迅速に正確に算出するために、我々は、De Johng、Sijmen39のアプローチに従う。
【0039】
ロジスティック回帰
疾患ステージを識別するために、我々は、ロジスティック回帰分析を用いてPLSDAから生成されたスコアに基づいて、各ステージに確率を割り当てた。ロジスティック回帰モデルは、次式で与えられる。
【0040】
この式において、Yiは二成分反応(疾患ステージ)を、βは切片を示し、βは係数のベクトルであり、Xは潜在変数のマトリックスである。
この方程式から、我々は疾患ステージごとに確率を算出することができ、そして、ひとつの分類規則が2つの群の間での閾値の同定のために適用されなければならない。
【0041】
誤分類コストの適用
分類性能の最適化のために、我々は決定問題に誤分類コストを適用した。
というデータが与えられて、2つの可能な決定があったとする。:未知の生検スペクトルを「治療不要」(SQ/NDBE)として分類することに対応する「ノートリート」、そして、未知の生検スペクトルを「治療」(HGD/EAC)として分類することに対応する「トリート」 である。正しく分類された生検スペクトルに、損失はなかった。
もし、決定はノートリートであるが、真の群はトリートであった場合、コストλtreatが存在し、それは1に固定される。同様に、トリート生検のノートリートとする誤分類の決定は、値が変化するλno-treatが割り当てられることになり、λno-treatの結果の章を参照。下記参照:
【0042】
条件つきリスク(予想損失)は
及び
である。
もし、
又は
の等価である場合、決定はノートリートであり、それ以外では、決定はトリートである。
【0043】
閾値(t)に非常に近い状態にあるサンプルに対応する、『不確定』な予測のクラスをさらに含めることにより、評価測定の性能を最適化する。もし、
ならば、サンプルは『不確定』であると特徴づけられる。ここで、実際には、tは絶対値でのこれらの差のq%分位数で選択される。
一方、
ならば、100%-q%の信頼度でトリート又はノートリートの決定がなされる。
【0044】
交差検証
最も正確に臨床環境を表すために、各患者から採取される生検材料の数に関係なく、トレーニング・データセット及びテストデータセットは同じ患者を決して含まない。その方法は以下の通りである。ここで、Nは患者数であり、:i)生検材料はランダムにN個のサブサンプル、必ずしも同じサイズである必要はない、に分けられ、同じ患者の生検材料は同じサブサンプルに属するようにする。ii) N-1個の患者のサブサンプルをトレーニングデータとして、そしてN人の患者からの1個のサブサンプルをテストデータとして使う。iii)最初の二つのステップを各患者一人ずつN回繰り返す。この方法は患者数が生検材料数より非常に少ないためそれほど計算コストは高くない。
【0045】
結果
細胞及び疾患状態分光特性のライブラリ構築のためのFTIRイメージング
シングルエレメントATR―FTIR法は高速で、簡単、そして、高い信号/ノイズ比を有するが、いくつかの固有の限界を有する。
これらの中の一つは、視野が大きい(数mm)ことで、その結果、サンプル全体で、すべての細胞型及び疾患ステージのスペクトルが平均化される。これは、病気にかかった細胞と正常細胞のスペクトルの違いを解析するのが困難であることを意味する。
特に、病気にかかった少数の細胞からの信号は、多数の正常サンプルの中において平均化されて見えなくなってしまうことがある。
この限界の克服のため、FTIRイメージングが、細胞及び疾患ステージ特徴のライブラリを構築するために用いられた。
既知の疾患ステージ、SQ、LGD領域を有するNDBE、HGD及びEAC、を含む厚さ8μmの組織切片のFTIRマイクロ分光学イメージが記録されている。
それから、細胞型及び疾患ステージの特徴(フィーチャー)が、これらのイメージから選択され、ATR―FTIRスペクトルの特定の細胞型のスペクトルのシグネチャーをより良く同定するために用いることができる。
【0046】
SQ生検材料切片の細胞型のスペクトル特性
SQサンプルは2つの組織型を含むと思われる:表面の上皮(EP)及び深層の粘膜固有層(LP)。
図1Aは、アミドIIバンドの高さに対して擬似的に色付けされたSQサンプルの厚さ8μmの組織切片のFTIRイメージを示す。図1A中の四角形は、EP及びLPの既知領域を示す。
これらの2つの領域からのスペクトルは、加算され、平均化された(図1B)。
これらの平均化スペクトルの間の主な違いは、1200―1000cm―1領域に起こる。
階層的クラスター分析(HCA)が、2次導関スペクトルのこのスペクトル領域を使用して実行された。これは、扁平上皮及び ?粘膜固有層に明らかに対応する2つの優勢な群を生成した(図1C)。
【0047】
NDBE/LGD生検材料切片の細胞型のスペクトル特性
図2Aは、組織学分析のためにH&E染色された厚さ3μmの組織切片を示す。このサンプルはLGDの領域を有し、優勢的にNDBEとして組織学的に定義された。このサンプルには、主に2つの組織型が存在する。:円柱上皮(CEP)細胞及びLP。
CEP及びLPの既知領域からのスペクトルは手動で検査され、そして、それらの最大の違いは1600cm―1領域周辺で生じている。
イメージからの全てのピクセルをCEP又はLPのどちらかに分類するために、HCAが、2次導関数スペクトルの1610―1530cm―1領域を使用して実行された。これは、CEP及びLPの領域に明らかに対応した2つの優勢な群を生成した(図2B)。
これらの2つのHCAクラスからの平均化スペクトルが図2Cに示される。2次導関数スペクトルにおいて最も顕著に見られるいくつかの特徴があり、それが、このNDBE/LGDサンプルの中でCEPとLPの間の分類を示す:
LPのスペクトルには存在しない1570cm―1近傍のCEPピーク;
CEPの1541cm―1からLPの1545cm―1への、アミドIIのトラフ(溝)の4cm―1シフト;
アミドIバンドの肩形状の1633cm―1の大きさの変化について、1633cm―1のCEPのアミドIの肩は、LPに比べてより顕著である;
そして、アミドI/アミドII強度比は、CEPからLPへ、0.27増加している。
【0048】
HGD生検材料切片の細胞型のスペクトル特性
図3Aは組織学的に少なくともHGD(HGD+)と定義された厚さ3μmの組織切片を示す。
SQ及びNDBE/LGDでのFTIRイメージにおけるものとな同じ組織型の分類方法に続いて、同定可能なCEP及びLPの既知領域からのスペクトルが手動で検査され、そして、1600cm―1近傍領域で同様の差が見られた。
イメージの中の全てのピクセルをCEP又はLPに分類するために、1610―1530cm―1領域のHCAが実行された。NDBE/LGDサンプルと同様に、CEP及びLPに対応する2つの優勢なHCA群が見られる(図3B)。
しかしながら、それらの平均化スペクトル(図3C)間の違いは、NDBE/LGDサンプルほどは明白でなかった。
1570cm―1において、CEPとLPの間にほんの小さいピークの違いがある;
1542cm―1からLPにおける1544cm―1へのCEPのアミドIIバンドの2cm―1シフト、;
CEPスペクトルでの1633cm―1の小さいアミドIの肩形状;
そして、CEPからLPへの0.18のアミドI/アミドII強度比のより小さい増加。
【0049】
EACの大きな組織切片の細胞型のスペクトル特性
図4Aは、組織学的にEACと定義された大きな組織(直径1cm)の厚さ3μmの切片を示す。
このサンプルは切除片であり、生検サンプルの典型的な直径(1―2mm)より大きい。
このサイズのEACサンプルは、サンプル表面に細胞の線維層を、そして、その下部にはCEPとLPの、不規則に間隔が空いた陥入を含む。
この研究はATR―FTIR分光光度計を用いた生検材料の診断に焦点を置いたものであり、もし、生検材料が、1―2mmの典型的サイズ以内で、EAC領域からとられた場合には、それが線維層の組織型以外のものを含む可能性は少ない。従って、EACサンプルの外側端部だけがイメージングされたことになる(図4Aの黒い四角形で示される)。CEPもLP組織型も線維層に存在しなかったと予測される。
NDBE/LGD及びHGDサンプルにおける特徴と同じ特徴を有するこれらの組織型が、この層において同定可能だったかどうか調べるために、同じ1610―1530cm―1スペクトル領域を用いたHCAが行われた。2つの優勢な群への明白な分類は成し遂げられなかった。
図4Bで、最初の2つの群のカラーマップが示されているが、同定可能な組織型への明白な識別はなく、これらの2つの群の平均化スペクトル(図4C)は、弱い、有意でないスペクトルの違いを示すだけであった。
【0050】
上皮組織の疾患ステージスペクトル特性の比較
NDBE、LGD及びHGD+CEP及びSQ EPは、すべて上皮細胞型であるにもかかわらず、それらは異なる細胞構造を有する。
従って、CEPとSQ EPのスペクトルの違いは、CEPの疾患ステージ間のスペクトルの違いより大きいと思われる。
図5Aは、図1CからのSQ EPスペクトルと図2C及び3CからのNDBE/LGD/HGD+CEPの平均との比較である。
SQ EPとCEPの間の最も有意な差は、それらの2次導関数スペクトルの1300―1000cm―1領域において最も明らかに見られる(図5A)。
SQ EPからCEPまでに発生する最も顕著な変化は以下の通りである:
1292cm―1バンドの強度の増大;
1212及び1201cm―1のバンドの強度の減少;
1168cm―1の強度の減少及び1154cm―1ピークの強度の増大;
1116cm―1近傍のバンド組成の変化;及び
1066cm―1ピークと1034cm―1トラフ間の明瞭な変化。
【0051】
図5Bは、CEP(NDBE、LGD及びHGD+)及びEAC線維領域の中で発生している平均化された疾患ステージを比較する。
スペクトルの最も有意な違いはNDBE/LGDとHGD+/EACの間にあり、図5Bの2次導関数1300―1000cm―1スペクトル領域で最も顕著である。
NDBEからEACへの移行を示すスペクトルの特徴は第2導関数スペクトルにおいて以下を含む。:
1283cm―1のトラフの強度の増大;
1158cm―1のトラフの強度の減少;
1154cm―1と1167cm―1バンド間の大きさの比率の変化、1167cm―1のトラフもHGD+/EACステージの1170cm―1へのシフト;
1116cm―1のNDBEトラフからLGD/HGD+ステージでの1119cm―1へのシフト及びEACステージでの1123cm―1へのシフト
【0052】
粘膜固有層の疾患ステージスペクトル特性の比較
BEサンプル(NDBE/LGD/HGD+)の中に存在するSQLPとLPは、同じ組織成分を含み、それゆえ類似のスペクトルを有すると予想される。
図6Aでは、SQLPを、NDBE、LGD及びHGD+そしてEACのLPのスペクトルの平均と比較している。
予想したように、SQ LP及びBE LPスペクトルは類似であるが、それらを区別するために用いることができる特徴がある。
これらは、2次導関数中ではっきりと見える:
強度の増大及び1157cm―1のトラフの1153cm―1へのシフト;
1114cm―1のBE ?粘膜固有層の追加の構成要素(トラフ);及び
1122cm―1のトラフの減少。
【0053】
図6Bは、EAC線維領域と同様にBE LP(NDBE、LGD及びHGD+)にも起こっている平均化された疾患ステージを比較する。NDBEからEACへの進行の間に変化する、2次導関数の1300―1000cm―1領域に顕著に見られる、いくつかのスペクトルの特徴があり、以下を含む:
NDBEの1233cm―1のトラフがまずLGDで1232cm―1にシフトし、そしてHGD+で強度が減少する。そして、EACで1230cm―1への更にシフトする;
BEの進行に伴い、1215cm―1及び1053cm―1のバンドの強度が減少する;
NDBEの1114cm―1のトラフがHGD+ステージの1119cm―1を経て、EACステージの1122cm―1にシフトする;
1080cm―1のNDBEバンドの強度は減少し、LGDステージで1079cm―1を経てHGD+/EACステージで1077cm―1にシフトする;そして、1045cm―1近傍のバンドの強度が減少する。
【0054】
新鮮な生検材料のシングルエレメントATR―FTIR分光光度計
全体で、患者131人からの414の生検材料の790の生検スペクトルが、シングルエレメントATR―FTIR分光光度計を用いて測定された。可能な限り、少なくとも一つのスペクトルが、生検材料の各面で記録された。小さい生検材料の場合、1つのスペクトルだけが記録された;逆に、生検材料が大きい場合、それぞれの側で複数のスペクトルが記録された。スペクトルは、水及び水蒸気の寄与が修正され、アミドIIバンドの高さに標準化され、更なる分析の前にそれらの2次導関数の形式に変換された。これらの790のスペクトルのうち、80は異常値として除外され、379の生検材料及び122人の患者から合計710の生検スペクトルが残った(表1)。処理後、スペクトルが、1800―850cm―1スペクトル領域の75%以上において、平均±標準偏差から逸脱する場合、それは異常であると判断された。
【0055】
生検スペクトルの優勢な細胞型によるグループ化
シングルエレメントATR―FTIR分光光度計の更なる制限は、エバネセント波37が侵入する深さが限られていること(数ミクロン)である。それは細胞の表層だけが分析されることを意味する。
生検サンプルは、おおよそディスク形で、一方の面が露出面(SQ EP又はCEP)に由来し、他方の面が下層の組織(LP)に由来する。侵入の深さの制限を克服するため、そして、これら2つの表面が異なる細胞型を含むので、疾患ステージによる分析の前に、常に生検材料の両面からのスペクトルが記録され、それらの優勢な細胞型に従って識別された。
【0056】
以下の優勢な細胞型が存在すると推測された:
SQに対するEP又はLP、NDBE及びHGD;及び
完全に癌化したサンプルに対するEAC。
ここで記載されたモデルのトレーニングデータから、LGDサンプルは意図的に取り除かれた。
これは、組織学者間のLGD診断の観察者間合意が低いためであり、ここでは、κ―値が0.27の低さであることが報告され、これらの患者が切除治療法による治療をすべきか否かの議論もある。これらの理由でLGD患者は、分析の主要部分から除外された。しかし、これらの患者を予測するモデルの能力について後述する。
【0057】
分類モデルの性能を最適化するために、スペクトルは、図7に図示したルートによって分類された:
(i)スペクトルは、まずNDBE/HGD/EAC、又はSQに、割り当てられた;
(ii)その後、NDBE/HGD/EACのスペクトルは、EP又はLP組織型に分類された;
それから(iiia)上皮又は(iiib)LP群は、付加的な誤分類コストを使用してNDBE又はHGD/EAC疾患ステージに更に分類された。
最終ステップにおいて、生検の両側面のスペクトルが組み合わされ、
SQ/NDBE (臨床的に治療を必要でない群)、HGD/EAC(治療が必要な患者の群)、又は、疾患等級を決定するに十分なデータのない不確定の群、のいずれであるかの全体的な生検予測を得る。
【0058】
(i) SQ生検材料からのNDBE/HGD/EACの分類
SQ(SQ EP及びSQ LP)組織を他の全ての疾患ステージ(NDBE/HGD/EAC)から効果的に分類するために、一個(患者)抜き交差検証(leave-one-patient-out交差検証)を用いたPLSDAを、710の個々のスペクトルの1385―1235及び1192―1130cm―1スペクトル領域に適用した。
このスペクトル領域は、図5A及び6AのSQ EPとSQ LPとの比較の差異に基づいて選択した。
NDBE/HGD/EACの生検材料を正しく識別することが、より重要であるので、3のNDBE/HGD/EAC誤分類コストがこのクラスに割り当てられた。
対応する混同行列(confusion matrix)は表2に示され、そして、SQとNDBE/HGD/EACの間のスペクトルの違いが、図8Aの平均化スペクトルで見られる。
図8Bは、このモデルの潜在変数(LV)スコアプロットを示し、2つの良好な分類が見られる。NDBE/HGD/EACの生検材料の検出感度は、99%(536/543)であり、無病正診率は64%(107/167)であった。
【0059】
SQ検出モデルの無病正診率は64%で低かった。次のステップへ進む前に、FTIRイメージの調査による情報が、モデルの性能の改善を支援するために用いられた。
SQ EPが、1153cm―1で固有のバンドを備えているとわかった。
この群の平均積分は―5.6483×10―5±0.15987×10―5であった、そして、他の全ての組織型/疾患ステージの平均積分は―0.0015±6.4367×10―4であった。従って、この成分の積分が―8.5633×10―4以下である場合、それはSQ EPと分類された。生検材料が、NDBE/HGD/EAC及びSQ群に存在するスペクトルを有する場合、SQスペクトルは固有のSQ EPピークの存在が調査された。もしピークが存在する場合、先に誤分類されたNDBE/HGD/EACスペクトルはSQとして再分類された。この付加的なチェックにより、結果的に、誤分類された60のSQのうちの28が正しく再分類された。そして、NDBE/HGD/EACの生検材料のいずれも誤分類することなく、NDBE/HGD/EAC 対 SQモデルの無病正診率を81%(135/160)まで改善した。
【0060】
(ii) NDBE/HGD/EACスペクトルにおける上皮と粘膜固有層の分類
その後、NDBE/HGD/EACスペクトルが、それらが主にEP細胞型を表すのかLP細胞型を表すのかに関して分析された。
FTIRイメージングは、EPからのスペクトルが、1570cm―1の2次導関数ピークの存在及びアミドIIバンドのシフトにより、NDBE及びHGDのLPから区別され得ることを明らかにした。
これに基づき、kは(クラスター分析を意味し、ここではk=2(2つの群))、NDBE及びHGDのシングルエレメントATR―FTIR測定の1610―1465cm―1領域で行われた。
偏側性を予測する一個(患者)抜きの(leave-one-patient out)PLSDAモデルを構築するために、NDBE及びHGDサンプルのEPとLPとの間の、1610―1465cm―1スペクトルの違いを用いた。
図9は、モデル適用後のNDBE、HGD及びEAC群からのすべてのスペクトルのEPとLPの予測の平均を示す。
【0061】
(iii a)上皮スペクトルにおける疾患ステージ分類
NDBE/HGD/EACスペクトルのEP及びLPへの分類の後、これらのカテゴリは、NDBE又はHGD/EAC疾患ステージに更に分類された。
図10Aは、NDBE又はHGD/EACとして組織学的に分類されたEPサンプルからの平均的スペクトルを示す。NDBEとHGD/EACのスペクトルの違いは小さい。
1200―900cm―1スペクトル領域(特に1082、1043及び974cm―1のバンド)は、これらの疾患ステージの最大の違いを呈した。しかしながら、それらの標準偏差はオーバーラップするため、これらのバンドを単独で分類特性として使用することはできない。
そのかわりに4つの潜在変数である1100―900cm―1スペクトル領域の一個(患者)抜き交差検証PLSモデルが構築された。図10Bは、NDBE及びHGD/EACの生検材料の分類に用いる最初の2つの潜在変数からのPLSスコアを示す。PLSDAとその後のロジスティック回帰が、これらのPLSスコアに実行され、誤分類コスト3が割り当てられた。なぜならHGD/EACの生検材料の正しい分類がより重要であるからである。これらのコスト適用により、HGD/EACの感度86%(71/83)及び無病正診率72%(221/308)が達成された。これらのモデル性能の指標は、ステップ(i)からの28(32中)の誤分類SQスペクトルを含み、その後、本モデルのこのステップに入れた。但し、これらのスペクトルは、この群に分類されてはならなかったので、トレーニングデータから除外された点に注意することが重要である。SQスペクトルは、もしHGD/EACと同定された場合、誤って分類されており、もしNDBEであると同定された場合、正しく分類される。これは、我々があらかじめ定めた予測クラスが、SQ/NDBE(治療が不要)対 HGD/EAC(治療が必要)だからである。
【0062】
(iii b)粘膜固有層スペクトルにおける疾患ステージ分類
図11Aは、NDBE又はHGD/EACとして組織学的に分類された、LPサンプルからの平均化スペクトルを示す。主なスペクトルの違いは1290―1210及び1130―870cm―1領域に見られ、最大の違いを示す1221及び1047cm―1のバンドをもつ。
ピーク位置の組合せ及び積分では疾患ステージを十分に識別できなかったため、1290―1210及び1130―870cm―1領域の2群(NDBE対HGD/EAC)4潜在変数PLSモデル、HGD/EAC誤分類コスト3、が構築された。
図11Bは、最初の2つの潜在変数からのPLSスコアを示す。その後、PLSDAが、PLS結果の分類のために用いられた。
2つの群の完全な分類が達成されなかったにもかかわらず、HGD/EACの同定は93%(41/43)の感度及び71%(95/133)の無病正診率を有した。
これらのモデル性能の指標は、ステップ(i)からの7(32中)の誤分類を含み、その後、これは本モデルのこのステップに入れた。(iii a)のように、これらのスペクトルは、トレーニングデータから除外された。SQスペクトルは、もしHGD/EACと同定された場合は誤分類であり、もしNDBEとして同定された場合は正しい分類である。
【0063】
分類の組み合わせは、生検材料の各側面に起因
前述のように、可能な限り、各々の生検では生検材料の各側面から一つずつ、合計2つのスペクトルが記録された。
BE EP及びBE LP(EACを含まない)の340の全ての生検材料のATR―FTIR測定のうちの158が1つのEP及び1つのLPスペクトルを有し、96が2つのEP表示を有し、40が2つのLP表示を有し、23が単一のEPスペクトルだけを有し、そして、23が単一のLPスペクトルだけを有した。
記録された複数のスペクトルのうち、様々なモデルの結果が、平均87%の確率で一致した。予測スコアの平均化の後のSQ/NDBE対HGD/EACの感度は90%、無病正診率は71%であり、HGD/EAC誤分類コストは3であった。
【0064】
臨床適用へのモデルの最適化
上記モデルの感度及び無病正診率は、臨床医の意志決定過程の補助のための、異形成BE生検スクリーニング装置として使えるように、臨床ニーズを満たすように更に最適化され得る。スクリーニング装置は、最小95%の感度を要し、明白な臨床的利益がある限り、無病正診率は考慮されなくてもよい。このモデルの感度を高めるために、『不確定』な分類結果が含められた。このステップは、単一ステップ中の偽陰性及び偽陽性の数を減らすことにより、2つのクラスの確実性を改善するために用いられた。
以下の記載のいずれかでも真であった場合、不確定な結果が与えられた。第1に、生検材料のいずれの側からの分類予測も一致しなかった場合。
第2に、p値に調整されたコストの両方が閾値を超えた場合、あるいは、両方のスペクトルが0.8の閾値より下の場合、つまり、そのモデルで、両方のスペクトルが互いに反対の分類群に分類される確信があった場合、あるいは、そのモデルで、両方のスペクトルが互いに反対の分類群に分類される確信がなかった場合、生検は不確定とされるべきである。
一方のスペクトルが閾値を超えて、他方のスペクトルが閾値より下にあった場合、生検は与えられた閾値を超えたスペクトルの分類を採用するだろう。
これらの規則を含めると、HGD/EACの全体の感度は97%、無病正診率は83%及び不確定率は18%となった。
【0065】
診断用モデルがどのようにLGD患者のために作動するかについて検査するため、10人のLGD患者からの14の生検材料の27のスペクトルがテストされた。
上記の通りにスペクトルの両面からの予測を結合した後に、7つの生検材料は、SQ/NDBE(2つがSQであった)と分類された;
2つはHGD/EACであり、そして、5つは不確定であった。
LGD生検の不確定率は36%で他のクラスの不確定率18%より高かった。
【0066】
考察
ここで、我々は、シングルエレメントATR―FTIR分光光度計がHGD/EAC生検のためのリアルタイムのポイントオブケアスクリーニング装置として使われることを可能にする技術を解説する。
他の振動分光法の様に、ATR―FTIR分光光度計は、その生化学的プロファイルに基づいて臨床組織診断を提供することができる。
他の方法が初期コストが高く、専門オペレータを必要とする生体内診断を提供しようとする中で、我々は看護師によって操作され得るより単純化された方法を提案する。
シングルエレメントATR―FTIR分光光度計の大きな利点の1つは単一のサンプル・タイプに限られていないことと、サンプルに損傷が引き起こされないことである。従って、それが固体又は液体の分析に使われ得るし、そして、同じサンプルは必要に応じて従来の診断のために回すことができる。よって、用途の広いツールとなり、様々な臨床現場に適用できる。
【0067】
SQ、NDBE及びHGD/EAC組織の間での生化学変化は、1200―900cm―1スペクトル領域で、特にEPでの1082、1043及び974cm―1のバンド、及びLPでの1290―1210及び1130―870cm―1領域で見られる。122人の患者からの379の新鮮な生検材料の710のATR―FTIRスペクトルによって構築された一個(患者)抜き交差検証を用いたPLSDAを介して、これらの生化学変化がモデル化された。3つの可能な結果が得られた:
SQ/NDBE、すなわち治療を必要としない;
HGD/EAC、つまり直ちに手当が必要;
不確定、つまり結果の信頼性がそれを分類するのに十分高くない。
各結果は関連する信頼性レベル(p値)を有し、臨床意志決定の過程の補助のために臨床医に示され得る。このモデルは、90%の総合的な精度(正確度)、97%の感度、83%の無病正診率(不確定結果を含まない)及び18%の不確定率を有する。モデルがLGD患者で検査された場合、患者10人からの14の生検材料の50%がSQ/NDBEに分類され、14%はHGD/EACに、そして36%が不確定に分類された。
理想的には、LGD生検材料であればすべて、不確定、又はHGD/EACに分類されるだろう。
但し、このモデルは、LGD診断で観察者間合意が50%未満だった組織学結果を使用して調整された。従って、モデルがLGD生検材料を一貫して単一の群に分類しないことが予期された。
しかしながら、LGDは、NDBEと、HGD/EACのクラスの間にある異形成のステージであるため、結果の36%が不確定であったことは見込みがある。
より多くのサンプルがあれば、追加のLGD群をモデルに含めることが可能であろう。
【0068】
分光光度計が、我々がここで示したモデルをインストールされることになっている場合、予測不確かな生検材料を更なる分析に送るだけで、組織学サンプルの量の少なくとも50%が軽減され得る。これは、組織病理学に送られるすべてのバレットの追跡調査の生検材料の90%以上が正常であるという事実に基づく。この規模の組織学サンプルの量の軽減は、医療提供者にとってかなりのコスト削減となる。さらに、このモデルには、HGD/EACと予測される患者にとって有益である可能性がある。患者がHGD/EACと予測される場合、これが正しいことは、このモデルでは83%で確かである。臨床医がこのp値を評価し、内視鏡検査で見えた物及び患者の病歴に基づいたこの予測に同意する場合、患者は直ちに治療され得る可能性がある。
【0069】
研究は、臨床使用には適さない、液体窒素で冷却されたシングルエレメントATR―FTIR分光光度計を用いて実施された。
しかし、10秒未満で研究室レベルの機器と同様のデータ品質を提示できると主張するポータブルな室温装置が利用可能である。
この装置を臨床適用するには、これらのより小さいベンチトップ型シングルエレメントATR―FTIR分光光度計の1つについて、より多くの研究を行う必要がある。
【0070】
FTIRイメージングとATR―FTIR分光光度計の肺癌診断への適用
FTIRイメージング及びATR―FTIR分光光度計は、上記の通り、肺癌にも適用された。
肺扁平上皮癌(SCC)の細胞及び疾患進行を特徴づけるために、単一の、脱パラフィンされた、組織学的に疾患の進行が明らかにされた領域を含んだ、厚さ8μmの生検切片において、伝送モードのFTIR分光学イメージングが使用された。
この生検材料に存在する疾患ステージは、正常、軽度/中度/重度の異形成及び上皮内の肺扁平上皮癌(SCC)を含んでいた。この種のサンプルの使用は、発癌に無関係に起り得る、サンプル間と患者間のスペクトルの違いを排除することが期待されていた。そのことによって、単一のサンプルがその位置のままで(in situ)正常から上皮内癌へ完全な疾患移行を示すことはまれとなる。本研究は、この種のサンプルのFTIR分光イメージングを初めて示すものである。FTIRイメージから得られた細胞型の情報は、患者21人の新鮮な肺生検材料の小さいデータセットを分類するためのアルゴリズムの開発に使用された。そして、それらの疾患ステージの違いが評価された。
【0071】
気管支生検材料のスペクトル特性を特徴づけるためのFTIRイメージングの使用
細胞型の違い
スペクトルの最大の違いは、組織内の細胞型の間に見つかるように思われる。従って、この研究では、細胞型の中で疾患ステージの違いを評価する前に、細胞型が、まず分類された。図12は、気管支生検切片の細胞型と疾患ステージを同定する。図12Aは、上皮性疾患ステージ進行の領域を含む、EP及びLPの組織学的に定義済みの領域を伴う、H&E染色された厚さ3μmの肺サンプルの切片を示す。疾患の進行は、LGD及びHGDに相対するものとして、軽度、中度及び重度の異形成の構成によって特徴づけられている。軽度の異形成はLGD(低度異形成)に相当し、重度の異形成はHGD(高度異形成)に相当した。
【0072】
図13は、気管支生検材料の細胞型を分類する樹形図を示す。1614―1465cm-1領域のHCA。気管支表層EPと下層にあるLPのスペクトルの違いは図12Bに示される。
細胞型の間で違いを示したスペクトルの全体を通していくつかの特性があった。FTIRイメージのピクセルが1591、1334、1215及び1275cm-1バンドの積分に色でコードされたときに、細胞型は容易に分類され得る。例えば、図12C及びDは、各々1591及び1334cm-1バンドの積分を示す。細胞型を2つの異なる群に分類するために、1614―1465cm-1領域でHCAが実行された、そして、樹形図(図13)からの2つの優勢な群が選択され、区別するため、EPを赤色に、LPを緑に、ピクセル色がコード化された(図12E)。細胞型の間でスペクトルの違いが全部のスペクトル全体に見られたが、1614―1465cm-1の領域が選択された。なぜなら、この領域でのスペクトルの違いは、主に疾患ステージの変化によってよりも、むしろ細胞型の変化に主に起因しているように見えたためである。
【0073】
疾患タイプの違い
細胞型から生じるスペクトルの違いを疾患ステージの違いとして誤解することを排除するために、EP及びLPの疾患ステージは、別々に分析された。
【0074】
SNRを向上させるために、イメージは4×4マトリックスにビニングされ、そこにおいて、各ピクセルは約10.8×10.8 mのサイズを有した。
しかしながら、疾患ステージの区別に用いることができる小さい信号の差を正確にデコンボリューションするためには、これは、まだ不十分だった。
SNR向上のためにイメージの広域からのスペクトルが選択され、平均化された。
【0075】
上皮の分析
イメージの合計15の領域が、EPに沿って手動で選択された(図14A及びB)。
オリジナルの解像度において投影されたピクセルサイズが2.7×2.7 mである領域1―15は以下のピクセル数を含む。
領域1、2224;領域2、992;領域3、1392;領域4、1344;領域5、880;領域6、2144;領域7、3744;領域8、3376;領域9、2992;領域10、4720;領域11、5056;領域12、2416;領域13、2720;領域14、2352及び領域15、3280。
【0076】
H&E染色した切片の組織学分析によると(図12 A)、領域1―3は正常、領域4―6は軽度異形成、領域7―9が中度異形成、領域10―15は重度異形成/上皮内癌を示した。
これらの各領域の中のスペクトルは、平均化され、それらのアミドII強度の標準化の後、比較された(図14C及びD)。
1163、1074及び1036cm-1のトラフと1093cm-1のピークを含むいくつかのスペクトルの違いがあった:これらの違いは、2次導関数スペクトルにおいて、はっきりと見えている。
上述したすべてのバンドは、正常EP(赤色:領域1―3)からEPの患部組織(黄色/青色:領域4―15)にいくにつれて強度が減少した。
1163及び1036cm-1の両方の積分において、正常と異形成/上皮内癌との間のマン―ホウィットニーU検定でのp値は0.0044であり、正常と異形成/上皮内癌との間の差は有意であった。但し、軽度/中度/重度異形成と上皮内癌との間には有意なスペクトルの違いがなかった(領域4―15)。
【0077】
単一のピークに相対するものとして、一つのスペクトル領域を選択することが、疾患ステージの解明に役立ったかどうか判断するために、3つの成分のPCAが、1100―1030cm-1のスペクトル領域で実行された(図15)。PC1は他の異形成の領域から正常を分類し、PC3は中度異形成を重度異形成から分類する。しかしながら、軽度異形成と他の異形成領域の間には明らかな分類はなかった(図15A)。手動で選択されたEPの各領域を2つに細分割した後にスペクトルを平均化することによって、疾患進行の良好な分類を保持することが、まだ可能であった。しかしながら、より小さな区画ではSNRの低下のため、鮮明な分類は失われる。
【0078】
粘膜固有層の分析
SCCは表層の上皮で生じるので、スペクトルの主な違いは細胞のこの層で起こると考えられる。
異形成の進行が下層の組織のスペクトル特性にも影響を及ぼしたかどうか調査するために、15のLPの領域が、マッピングされたFTIRイメージ(図16)から手動で選択された。
図17は、これら15の領域から平均化された絶対スペクトル(上部)と2次導関数スペクトル(下部)を示す。
オリジナルの解像度において投影されたピクセルサイズが2.7×2.7 mである領域1―15は以下のピクセル数を含む:領域1、9360;領域2、5232;領域3、5264;領域4、5008;領域5、3376;領域6、4896;領域7、5536;領域8、6544;領域9、6288;領域10、7872;領域11、6576;領域12、9072;領域13、9296;領域14、10704及び領域15、4288。
【0079】
LPの疾患ステージは、EPの隣接領域の組織病理学に従って定められた:
領域1―3、正常;
領域4―6、軽度異形成;
領域7―9、中度異形成;及び
領域10―15、重度異形成/上皮内癌。
【0080】
スペクトルの違いは、2次導関数における1334及び1279cm-1のトラフ、及び1215及び1066cm-1でのピークで明らかであった。疾患の進行とともに、これらのバンド強度は減少した。疾患が進行すると、1279cm-1のバンドと1080―1050cm-1のスペクトル領域もいくらかシフトを呈した(図17A図17B)。図16A―Dは、各々1334、1279、1066及び1215cm-1バンドの積分の2次導関数を示す。1334、1279及び1066cm-1バンドの積分は、正常から重度の異形成/上皮内癌まで徐々に強度の低下を示した。1215cm-1の積分(図16D)も正常と異形成状態の間で強度の減少を示した。但し、異形成のステージの間に有意差はなかった。
【0081】
LPの疾患ステージ間で最大の違いを呈したのは、1350―1196cm-1と1097―1041cm-1のスペクトル領域である。図18Aは、15の選択領域の3つの主成分スコアの散布図を示す。FTIRイメージの領域が4つのファクターで細分割されると、疾患ステージ間で同じ分類が見られることができた。しかしながら、更に細分すると、この分類は失われた。LPの単一ピーク積分の分析では、EPの場合より、正常から上皮内癌までの移行がより緩やかであった。これは、より多くのピクセルが平均化されたことにより、LPにおいて、ノイズ比がより高くなったことに起因すると考えられる。
【0082】
新鮮な気管支生検材料のシングルエレメントATR―FTIR分光光度計
ATR―FTIR気管支生検材料の偏側性の評価
脱パラフィンした厚さ8μmの気管支生検材料のFTIRイメージの上記分析に基づき、2つの細胞型が、典型的な大きさの生検材料(直径1―2mm及び厚さ最高1mm)で予測された。生検材料は概ねディスク形であり、EP細胞が表面に、LP細胞がその下部の側にあると予測される。
【0083】
ATRプリズム上での生検材料の方向付けはわかっておらず、もし生検材料がねじられるか又は折り畳まれていた場合、表面及び下位の層の両方がプリズムと接触するように、生検材料が方向付けられた可能性がある。従って、ATR―FTIR分光光度計だけの使用では、生検材料の偏側性は、決定され得ない。
【0084】
ATR―FTIR分光光度計に記録された新鮮な生検材料のスペクトルを、優勢な細胞型(すなわち表層EP又は下層のLP)に基づいた群に分類するために、HCAでは、1614―1465cm-1のスペクトル領域が使われた。このスペクトル領域が、主に細胞型の違いから生じる違いを含むとわかった。3つの主要クラスタがHCAから作り出され、これらのクラスタからの2次導関数スペクトルの平均が図19に見られる。ATR―FTIRスペクトルからのスペクトル情報を用い、3つのスペクトルを細胞型の異なる群に割り当てることができた。1つのスペクトルは、1570cm-1のピークと1633cm-1のより顕著なアミドIの肩形状があったので、EP細胞(図19の赤色スペクトル)から生じると考えられた。
これは、FTIRイメージングの調査(図12B)の所見と一致した。第2の主要な細胞型はLP(図19の青色スペクトル)由来であった。これは、1570cm-1の2次導関数のピークの欠如、1633cm-1での不明瞭なアミドIの肩形状により、主にLPに割り当てられた。スペクトルの最終的なクラスは、そのLP/EPの平均化スペクトル(図19の黒色スペクトル)との類似性に基づき、EPとLPの混成であると予測された(図19の緑色スペクトル)。
【0085】
表4は、図19の3つの考えられるクラス全体のスペクトルの分布を示す。単一の生検材料からの2つのスペクトルが、生検材料のどちらかの側からのスペクトルを含んだかどうかを、表4Bは示す。
全体で、22の生検材料は2つの細胞型を含むシグネチャーを示した、そのうち、わずか2つが下部にあるLP側からのスペクトルを示した。
直径1―2mmサイズの生検材料の作成に小さな鉗子が使われた。しかし、生検材料の厚さは、計測が困難であり、この生検材料は1mm未満であると考えられた。この厚さの生検材料にさえ、EP及びLPの両方が存在すると思われる。
なお、生検材料がEPスペクトル、LPスペクトルのどちらかひとつだけを有した所では、生検材料の両面が測定され、同じ側が二回測定されるように生検材料の方向が向いていた可能性がある。
【0086】
肺の疾患ステージにおけるATR―FTIRの違いの評価
疾患状態の正確な識別のために。異なる群の疾患ステージが評価される前に、3つの優勢なEP及びLP群が、まずHCA(上を参照)からつくられた。
【0087】
上皮からのスペクトルの疾患ステージ比較
図20は、主にEPを含む生検材料の正常なSQ、LGD、HGD、及び癌の疾患状態における平均化された2次導関数スペクトル間の違い示す。
疾患状態の主要な違いは、1130と900cm-1の間に発生していたが、そこでの主な寄与因子はDNA/RNA及びグリコーゲン/糖タンパク質の違いであると考えられる。そして、それは、BE組織の疾患変化についての以前の研究に基づいて、疾患ステージ間の大部分の変化が予想されるところであった。1273cm-1のピークは、正常組織では、他の病気にかかったEPシグネチャーと比較して大きかった。そして、癌組織の1738cm-1のトラフは他の全ての疾患ステージより顕著だった。1738cm-1は、15で示される脂質スペクトルに基づいた脂質に暫定的に起因するものである。
【0088】
粘膜固有層からのスペクトルの疾患ステージ比較
気管支異形成はEPにおいて発生するので、LP組織での変化はわずかであることが予想された。しかしながら、単一生検材料のFTIRイメージングの調査が、LPが、隣接するEPの疾患ステージ特有の特徴も示す可能性を示唆した。図21は、正常なSQ、LGD、HGD及び癌LP組織に分類された生検材料のLPスペクトルにおいて、実際にスペクトルの違いが存在していたことを示す。但し、含まれるスペクトル、患者及び生検材料の数が少なかった点に注意されなければならない。
【0089】
通常のLPは、1743cm-1で2次導関数の脂質のトラフを示す。そこでは、LGD、HGD及び癌が1738cm-1でシフトするトラフを有し、癌サンプルのトラフは、他の疾患ステージより非常に大きい。それゆえ、正常から癌へと、1360cm-1の2次導関数のピークが減少し、低い周波数への合計2cm-1シフトしていくことが見られる。1163―1171cm-1間のスペクトル領域の変化も観察された。通常のLPは、1163cm-1で単一の幅広いピークを有した。そこでは、LGD及びHGDが1163と1171cm-1のバンドの組合せを有し、癌は、1171cm-1の非常に大きなトラフ(図21B)を有する。これは疾患ステージの進行に伴う付加的な生化学成分の出現を示唆する。
【0090】
混合細胞型からのスペクトルの疾患ステージ比較
混合細胞型の群は、各疾患群内での変化が多すぎるため、それらを区別するために使用され得るいかなる重大なスペクトルの違いをも抽出することができなかった。プリズム上での生検材料の方向付けの不確実性により、細胞型が混合する可能性がある。例えば、生検材料がねじれた場合、結果として生じるスペクトルが表層のEPと下層にあるEPを含む。BE及び肺癌を調査する際に、新鮮な生検材料の臨床診断のためのATR―FTIR分光光度計を使用する主な欠点の1つは、プリズム上へのその方向付けであった。新鮮な肺生検材料が記録されたのは、偏側性の問題が知られる前であった。従って、将来、収集されたデータが記録される場合、生検材料がねじれていないことや折り畳まれていないことを確認するのを助けるためのプロトコールが重要になるであろう。これは、複数の細胞型がプリズムに接触している、というようなことを防止する。
【0091】
結果
BEの主要な研究と同様に、FTIRイメージングは、典型的な細胞型のスペクトル及び疾患タイプ・スペクトルのライブラリ構築のために用いられた。分析には、脱パラフィンした厚さ8μmの、正常からSCC insitu(扁平上皮内癌)までの疾患の完全な段階的変化を含む、一つの肺生検材料を用いた。細胞型は有意に異なり、1591、1334、1215及び1275cm-1バンドの積分により、又は1614―1465cm-1領域のHCA(スペクトルを異なる2つの細胞型群に分離するため用いられる)により容易に識別された。肺組織のスペクトルによる細胞型の識別に関する文献情報は殆ど存在しない。Birdらは、単一サンプルの中での異なる細胞型の識別のためにFTIRイメージングを用いた一例を示している。これは10のクラスのHCAを用いて行われた。そして、それは細胞/組織型(例えば線維芽細胞を有するLP、多数のリンパ球、血管、マクロファージ及び粘液性腺を有するLP)に割り当てられた。しかし、彼らは、これらの細胞型から生じており、そしてここのデータと比較され得ないスペクトルの特徴を特定しなかった。しかし、ここで見つかる細胞型の違いは、BE中のEPとLPの間で見つかる細胞型の違いと類似性を持つ。この類似性は、2次導関数の1633cm-1のスペクトル領域にあり、そこには、BE CEPと肺EPに存在し、BE LPと肺LPには存在しないアミドIの肩形状があった。但し、肺EPのアミドIの肩形状は、BEのFTIRイメージデータほど顕著でなかった。BEのFTIRイメージ情報の1614―1465cm-1スペクトル領域での偏側性の決定に使用できる他の顕著な特徴は、1570cm-1の2次導関数のピークであった。肺EPと肺LPの間の、この領域でのFTIRイメージングデータの違いは顕著ではなかった。
にもかかわらず、新鮮な肺のEPやLPの生検材料のATR―FTIRスペクトルにおける1570cm-1のバンドの違いは、新鮮なBE生検材料のEPやLPのATR―FTIRスペクトルの間で見いだされた違いに、更に類似していた。FTIRイメージデータにおいてこの違いが明らかでなかった理由は不明である。しかし、それはIRスペクトルに影響を及ぼす脱水の効果がイメージング・サンプル・スペクトル上で現れたのかもしれない。しかしながら、画像全体のスペクトルの整合性が原因で、1614―1465cm-1での違いが、タンパク質タイプの実質的な違いから生じた可能性が最も高い。LPは、上皮より多くのコラーゲンと血管を含む線維組織のネットワークから成る構造組織である。正常なEPは、上皮細胞の薄層で、LPより多くの細胞を含む。1560―1190cm-1スペクトル領域でのEPとLPのスペクトルの違いは、この領域に影響しそうな要因が複雑に重なり合うため、いかなる個別の要因にも割り当てられなかった。しかし、これらの違いは、より多くの、炭水化物のような代謝産物を含むEP細胞の層と比較して、LP中の線維結合組織の相違に関連がありそうである。
【0092】
EP及びLPの中の疾患ステージの違いは、主に1350―1000cm-1のスペクトル領域にあった。EPは、正常と異形成/組織内癌の間で、1163、1095、1074及び1036cm-1におけるバンドの積分に違いを示した。しかし、中間の異形成ステージの間では、これらの成分の積分強度を比較するとき、有意差は見つからなかった。但し、疾患ステージ間のなんらかの差異は、1100―1030cm-1のスペクトル領域のPCAにより更に分析され得る。しかしながら、これらのスペクトル変化の有意差を確認するには、研究においてより多くのサンプルが必要である。ここで報告されたスペクトルでの変化とモデル化合物の比較は、1074及び1036cm-1における変化がグリコーゲン関連化合物の変化に起因している可能性を示唆する。Chaudhriらによる肺癌細胞株 対 正常細胞株に関する最近の生化学研究は、正常細胞から癌細胞への変化に伴い、グルコースを含む代謝産物が減少することを示唆する。そしてこれは上記の所見をサポートしている。
【0093】
疾患ステージ間のスペクトルの違いは、LPにおいて、より顕著だった。主要な違いは、1334、1279、1215及び1066cm-1バンドで起こった。1350―1196及び1097―1041cm-1のスペクトル領域を用いたPCAによって疾患ステージ間の違いが更に分析された。1066cm-1周辺のバンド形の変化で、1つ又は複数の生化学成分の導入及び/又は変化を示したことは特に興味深い。癌の進行が炎症反応を引き起こすことが知られている。添加されたこのような成分は、炎症プロセスに応答してその領域に集められた白血球や他の細胞/タンパク質によって生じた可能性がある。1066cm-1領域での変化は、炎症反応により増加した細胞由来のタンパク質と関連したDNAの量の増加に起因している可能性があった。しかしながら、他のDNAバンドにおいては、比例変化は見られなかった。
【0094】
Birdらは、1235、1090、1065及び965cm-1での、SCCと正常組織の間の変化を述べ、その変化はDNAの変化に因る。これらは、現在の研究で見られる1095及び1066cm-1のバンド変化と部分的に類似している。しかし、Birdらの研究においてEP及びLPが識別されたかどうか明らかでなかったので、直接比較をすることは困難である。YanoらによるSCCと正常肺組織についての別のFTIRイメージング研究は、アミドIIバンドで標準化した時の、1045cm-1のバンドの高さに基づいた識別を報告した。彼らは、FTIRトランスミッションモードにおける、すり潰された新鮮な生検材料を用いた以前の研究に基づいてこの変化をコラーゲンに起因するとした。1045cm-1のバンドがここでは見つからなかったが、同じ成分との関連性が示唆される1036cm-1のバンドは見られた。しかし、この確認には、より多くの詳細な分析が必要である。上述した、グリコーゲンにおいて可能な変化と同様に、DNA/RNAは、1100―900cm-1のスペクトル領域で、投稿者達によく知られている。EPがより多くの細胞、よって、より多くの核を含むため、ここで報告されるこの1100―900cm-1領域のいくつかの変化がDNAの変化に起因していた可能性がある。
【0095】
主にEP群からの新鮮な生検材料のATR―FTIR測定の間の疾患ステージの違いは、1273と1738cm-1のバンドで見られた。しかし、これらのバンドは、正常組織と癌組織の違いを示すだけだった。しかしながら、1273cm-1のこのピークは、正常組織において、他の、病気のEPシグネチャーと比べ、より大きく、このバンドは、FTIRイメージングで裏付けられなかった。癌組織の1738cm-1のトラフは、他の全ての疾患ステージより顕著だった。スペクトルのこの一部は、脂質に暫定的に割り当てられた。しかし、このバンドはFTIRイメージングデータで観察されなかった。そして、それはイメージング・サンプルが脱パラフィンされていること、そして、このプロセスが脂質成分を洗い流したであろうという事実に起因する可能性がある。脂質変化があったかどうかの判断には、より詳細な分析を要する。
【0096】
結論として、厚さ8μmの肺生検材料切片のEPとLP間のスペクトルの違いが2次導関数のスペクトルの1614―1465cm-1領域に見え;それらは、BE生検のCEPとLPの間にも観察された違いである。その組織切片の上皮EPにおける疾患の進行(SQから上皮内癌まで)を示すスペクトルのシグネチャーは、EP、LP両方の1350―1000cm-1領域に見られた。1163、1095、1074及び1036 cm-1でのEPの特徴は、積分され、SQ EP組織と、異形成/上皮内癌組織の間で明白な差異を示した。但し、ノイズ比は、積分のみで異形成の疾患ステージ間を識別するに十分な高さはなかった。1100―1030cm-1スペクトル領域のPCAは、異形成のステージの更なる識別ができたことを示した。1334、1279、1215及び1066cm-1におけるLPの特性(フィーチャー)の積分は、SQから上皮内癌への明白な進行を示した。この進行は、1350―1196と1097―1041cm-1スペクトル領域のPCAを使用して、更に解析できる。
【0097】
ATR―FTIR分光光度計で記録される新鮮な肺生検材料データセットの疾患クラスごとのサンプルの数は少なかった。生検スペクトルは、それらの優勢な細胞型(EP、LP、及びその混合のクラス)に分類できた。細胞型の間の違いは、1614―1465cm-1スペクトル領域で見られ、FTIRイメージデータにおける細胞型の違いと整合する。
主にEPスペクトルを含んだスペクトルが、2次導関数のスペクトルの1273及び1738cm-1のバンドで、SQと癌の間の違いを示した。しかしながら、これらのバンドは、LGDとHGDの疾患クラスの識別に用いることができない。
【0098】
酢酸の影響
2つの実験が行われた:
1.酢酸が、制御環境にある組織に及ぼす可能性のある影響を試験するために、2つの濃度の酢酸が、豚の食道に吹き付けられた。その後、食道の小さい部分が切除され、IR分光光度計で測定された。
2. ヒト組織上への、酢酸、喉スプレー、1/100,000のアドレナリン、NAC及び喉スプレーの影響が、これらの薬剤を使用した患者と、使用しない患者のヒト生検組織のIR測定の比較によって分析された。
その後、ヒト及び豚の組織における酢酸と関連したスペクトル変化が比較された。
【0099】
(i)豚のサンプル
方法
2匹の異なるブタからの食道が使われ、そして、実験はブタが屠殺されたほぼ3時間後に行われた。食道は、屠殺場から氷上で研究室まで運ばれ、それから解剖され、食道に残っている食べ物すべてを取り除くために蒸留水で洗浄された。
【0100】
表5は、各条件において記録されるサンプルの組数及び測定の数を示す。すべてのサンプルはピンセットで扱われ、そして、測定の合間にサンプルは持ち上げられ、このプリズムは蒸留水で洗浄後、乾燥させた。
【0101】
蒸留水で食道を完全に洗浄した後、2つのサンプルが各々から切り出され、測定された。
その後、食道の一部は2.5%の酢酸で洗浄された;組織は切られて直ちに測定された。
5%の酢酸を用い、食道の新しい領域で、これが繰り返された。
【0102】
測定パラメータ
1回反射型ダイヤモンドATRプリズム(シングルバウンスダイヤモンドATRプリズム)を取り付けたパーキン・エルマー・Spectrum2とDTGS検出器が用いられた。スペクトルは、スキャンで1cm―1の分解能で、4000と400cm―1の間の吸光度モードで10回の同時加算及び平均化スキャンで記録した。その後、SN比を改善し、ヒトでの酢酸実験に用いられた分光計のSN比と等しくするために、スペクトルの分解は、後に4cm―1まで減らされた。
【0103】
分析
図22は、豚の組織上への酢酸の影響を示す。
その組織では、酢酸濃度の増加に伴い、明瞭で一貫したバンド強度の変化があり、5%酢酸の標準スペクトルに直接対応する。
この強度変化をたどるバンドは、1709、17744、1397、1366、1366、1312、1279、1050及び1013cm―1である。
【0104】
蒸留水で洗浄された組織の1399cm―1のバンドが、2.5%と5%の酢酸で洗浄された組織サンプルでは1412cm―1へシフトされて見える。
このバンドは、標準スペクトルに一致していないが、これは、おそらく立体構造変化に起因する。このバンドの主成分はタンパク質のアミドIII結合であり、このことは、タンパク質の立体構造変化の仮説を支持するものである。
【0105】
酢酸がもたらされた組織から測定されたスペクトルは補正することができ、これは、サンプルスペクトルから酢酸のスペクトルを単純に差し引き、その後、アミドIIIバンドの補正シフトを行うことにより可能である。従って、ここで示される証拠は、酢酸使用の有無による我々のアルゴリズムの活用を支持する。
【0106】
ヒト組織
方法
通常の内視鏡検査の際、サンプルはUCLでBOOST研究に同意した患者から切除された。
サンプルは氷上で保湿密封された環境で、測定される研究室に運ばれた。ある患者については、処理の間中、食道表面にはいかなる局所用薬物も吹き付けられなかった。これらの患者は、この分析の『薬剤なし』に該当する。
ある患者については、以下の薬の1つが食道上に吹き付けられた:
2.5%の酢酸、1:100,000のアドレナリン、NAC又は喉スプレー。
表6は、患者、サンプル及びスペクトル数の内訳を示す。
【0107】
測定パラメーター
スペクトルは、Bruker Optics IFS 66/sFTIR分光計を用いて4000と400cm―1の間の吸光度モードで記録された。液体窒素で冷却したMCT―A検出器、臭化カリウムビームスプリッタ、そして、炭素グローバーが使われた。開口部は1.5mmにセットされ、40kHzのスキャナ速度が使われた。分光計は、乾燥空気によってパージされた。すべての測定値は、4cm―1の分解能で記録され、ほぼ±1cm―1のピークの精度を与えた。スペクトルはZnSeオプティクスを有するSensIR 3―反射シリコン・プリズムのATRモードで記録され、清浄なプリズム面の1000のバックグラウンドの干渉図形は平均化された(水と100%エタノールでプリズムの慎重な洗浄後に取得)。そして、プリズム上でのサンプルの方向付けの後、500の干渉図形が平均化され、単一のサンプル吸収スペクトルが合成された。すべてのATR―FTIRスペクトルは、BrukerOPUS6.5ソフトウェアを使用して記録された。
【0108】
酢酸の影響の分析
図23は、酢酸スプレーの有無によるヒト組織での比較を示す。酢酸がスペクトルに影響を及ぼすという証拠がないことが見られる。若干の小さいスペクトルの違いが1051と1030cm―1周辺にある。これらのバンドの違いが、スペクトルの酢酸吸収領域において見られるが、スペクトルでは他に酢酸によると思われる変化は全くない。これらの変化は、両群のデータの標準偏差範囲内にあり、統計上差はない。
【0109】
この実験での豚の組織の酢酸の影響は、ヒトのサンプルで示される影響よりはるかに大きかった。これは、豚のサンプルが、食道が水平状態に保たれ、酢酸を長時間、組織の上に留めることができる制御された環境において、調製され、分析されたため、予想されていたものである。
実際は、酢酸がヒトの生体内に適用される場合、それは急速に胃の中に流出して、唾液により更に洗い流される。
【0110】
1:100,000のアドレナリンの影響の分析
その影響は図24に示される通りであり、アドレナリンが用いられたヒト組織と薬が使われなかったヒト組織の間でわずかな変化しかなかった。これらの変化で、統計的な有意差はない。
【0111】
NACの影響の分析
【0112】
その影響は図25に示される通りであり、NACが使われたヒト組織と薬が使われなかったヒト組織の間で、わずかな変化しかなかった。これらの変化で、統計的な有意差はない。
【0113】
喉スプレーの影響の分析
その影響は図26に示される通りであり、組織の喉スプレーの有無の間でスペクトルの違いが示される。1294と1213cm―1間の変化は、統計的に有意な変化である。しかしながら、これらは、アルゴリズムで一般的に使われないスペクトル領域で見られるので、アルゴリズム・パフォーマンスへ影響はしそうでない。1110cm―1より下の軽微なスペクトル変化は、統計的に有意でない。
【0114】

表1.外れ値の除去の後、組織学的診断により、各疾患ステージで記録した、患者、生検材料及びATR―FTIRスペクトルの総数。
【0115】
表2.SQスペクトル 対 NDBE/HGD/EACスペクトルのPLSDA予測のためのコンフュージョン(混同)マトリックスで、PLSDAは1385―1235及び1192―1130cm―1領域に適用した一個(患者)抜き交差検証を有する
【0116】
表3.生検の基礎毎に不確定群を含む場合の、SQ/NDBE又はHGD/EACの予測のためのコンフュージョンマトリックス。
【0117】
表4.正常の細気管支生検材料の偏側性の分布。
A)可能なIR細胞型全体での全てのスペクトルの分布
B)同じ生検材料からのスペクトルのペアの分布:
それらが同じ細胞型、異なる細胞型を有したかどうか、又は、生検材料が1つのスペクトルだけを有したかどうか。
【0118】
表5.記録された豚データ(各条件で記録されるサンプル数及び測定数)。
【0119】
表6.ヒト組織データ(患者、サンプル及びスペクトルの数の分析を示す)。
【0120】
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図1
図2
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図4
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